【学位論文審査の要旨】
1 研究の目的
近年の超高齢社会の進展とともに骨折治療の重要性が増してきている.高齢者は骨粗鬆 症や運動能力の低下などの身体機能の低下のために骨折のリスクが高く,大腿骨などの歩 行に必要な骨の骨折は寝たきりの原因にもなっている.高齢化は日本だけでなくアメリカ やイギリス,ドイツ,フランスなどの主要な先進国の間で進行している.このため,今後 骨折治療の需要は増加し,その重要性は高まっていくと考えられる.従来,骨折の治療は 高い力学的信頼性のある金属材料が主に使用されてきた.しかし,金属材料を長期間体内 に留置した場合,応力遮蔽による骨の弱化,腐食による金属イオンの溶出,材料の疲労破 壊といった様々な為害作用が生じることが知られている.従って,骨折の治療後は金属製 骨固定デバイスを除去するための再手術が行われているが,この除去手術は患者にとって 肉体的,経済的,精神的な負担となっており,患者の Quality of Life を低下させる要因 ともなっている.
そこで,生体吸収性材料であるポリ乳酸を用いた骨固定デバイスが開発されている.ポ リ乳酸は体内にも存在する乳酸の重合体であり,分解生成物が無害であるために生体適合 性が高く,これを用いた骨固定デバイスが研究・臨床応用されている.しかし,ポリ乳酸 は力学的特性が低いために顎顔面領域などの低負荷部位への適用に限定されている.この ため,ポリ乳酸の力学的特性を向上させるために延伸による自己強化が研究されてきた.
これは材料を構成する分子をある方向に整列させることによって材料に異方性を与え,そ の方向の力学的特性を向上させる手法である.繊維においては引張強度 2 GPa を超えるポ リ乳酸が延伸によって実現されており,その潜在能力は高いと言える.しかし,バルク体 に対する従来の研究は多方向に分子鎖を配列させる手法が主流であり,分子鎖の共有結合 の有する高い強度を積極的に利用しているとはいえない.
本研究では生体吸収性骨固定材料のより広い部位への適用を可能とすることを目標とし ている.このため実用的な骨固定デバイスとしてスクリューに着目し,分子配向制御によ る自己強化ポリ乳酸スクリューの力学的特性の向上を目的としている.
2 研究の方法と結果
スクリューの成形条件として,成形温度・潤滑・延伸比が挙げられる.これらはスクリ ューの内部の分子鎖の配向状態を表す配向係数や高次構造である結晶化度に影響を及ぼし,
その結果として力学的特性が変化する.このため,成形条件と各種特性の関係を実験的に 調査している.最初に成形法を統一して,成形温度・潤滑のみを考察している.その結果,
延伸時に潤滑を行い,より低い温度で延伸を行うことで結晶化による脆化が防止され,強 度が向上することが明らかとなった.次に,配向状態と力学的特性との関係を調査し,自 己強化ポリ乳酸スクリューのせん断強度は分子配向によって向上するが,延伸比が大きい と変形や摩擦にともなう発熱によって配向緩和し,結果的に分子配向が進行しなくなるこ
とを明らかとしている.また,スクリュー内の配向状態と延伸前のビレットの高次構造が 力学的特性に及ぼす影響を検討し,延伸前の配向によってスクリュー内における配向係数 が増加し,それに伴ってせん断強度も向上するが,一方でねじり強度は低下することを明 らかにしている.
以上より配向係数が大きいほど,分子鎖方向の特性が向上することが明らかとなったた め,解析的に適切な配向を与える成形条件を決定するための手法を検討している.配向分 布を予測する手法として有限要素解析と分子鎖ネットワークモデルを組み合わせる手法を 提案している.また,本手法により延伸したロッドの配向分布を算出し,実験より得られ た配向係数と比較することにより解析の妥当性を検討している.その結果,延伸比 4 以下 における配向係数は実験値と解析値で良い一致を示し,本手法の妥当性が示された.
引き続き異方性を積極的に利用した選択的強化法として押出延伸とねじり延伸を組み合 わせる手法を提案している.本手法を用いて,分子配向をらせん状にしたスクリューを成 形し,その特性を調査している.その結果,スクリューのせん断強度を損なうことなく,
ねじり強度の向上が可能であることを明らかとしている.
骨固定スクリューを臨床応用する際は,骨折の治癒期間力学的特性を保持している必要 がある.このためin vitro環境下における自己強化ポリ乳酸スクリューの高次構造及び力 学的特性の変化も調査している.この結果,延伸による配向結晶化によって吸水が抑制さ れ,分子量低下や強度低下が抑えられ,骨折治癒に必要な24週にわたって力学的特性を保 持可能であることを示している.
3 審査の結果
本研究では分子配向制御により生体吸収性プラスチックスクリューの高強度化に成功し ている.その過程で,分子の配向状態を表す配向係数と力学的特性の関係を,さらに配向 結晶化により分解を抑制可能であることを明らかとしている.また,スクリュー内での配 向分布を解析的に予測する手法を考案している.すなわち,本研究で得られた知見より,
適切な期間に渡り充分な力学的特性を保持できるような配向条件を決定可能である.また,
解析によりその配向条件を与える成形条件を決定することが可能となり工学的意義は高い といえる.また,本研究で提案された押出延伸とねじり延伸を組み合わせた手法で作製し たスクリューは,押出延伸だけのものと比べて約50%強度が向上し,安静状態ではあるが高 齢者の全身の骨折治療に適用可能となり,臨床応用的寄与についても大きいといえる.
以上の通り,本論文で得られた成果は生体吸収性プラスチックスだけではなく,プラス チックス全般の分子配向制御による力学的特性の最適化に対して先進性の高い技術,革新 性の高い基礎的な知見と指針を与えるもので工学ならびに工業的意義は高く評価されるも のである.よって,本論文は博士(工学)を授与するに十分な価値あるものと判断される.
4 最終試験の結果
本学学位規定に則り,論文審査委員による論文審査会を3回開催し,本論文の内容及び 関連分野に関して,多角的な視点から審査委員による口頭及び筆答の試験を実施した.ま た,公開の論文発表会を開催し,学内外から多数の参加者を得て多角的な討論を行った.
これらの結果を総合的に考慮し,慎重に審査した結果,博士(工学)としての専門科目に 関する十分な学力を有するものと認め,最終試験を合格と判定した.