(中央大学論文審査報告書)
博士論文の内容と審査結果の要旨
我が国の道路交通事故死者数は、そのピークであった1970年の約1万6千人から、2017 年には4千人を下回るまで減少した。しかし、究極的には交通事故死者数ゼロを目指すとさ れており、道路交通事故対策は依然として重要な課題である。
我が国では、道路交通事故防止のため1970年より10次にわたって交通安全基本計画が作 成されてきた。この基本計画はこれまで計画が更新される際に前計画の評価はなされるもの の、すべての計画を通しての評価はなされないできている。本研究では、第1次から第10 次の基本計画全てを統一した視点で評価し、計画の課題を把握するとともに改善方法の提案 を行い、その提案を実施するために必要な手法の開発を目的としている。
論文は7章で構成され、第1章では、研究の背景、目的、構成が簡潔に述べられている。
第2章では、国がこれまでに策定した10次にわたる基本計画を時系列で比較・分析し、
以下の3点を明らかにしている。①目標設定の方法は、第7次以前と第8次以降とで設定根 拠が変化している。第7次以前は、計画作成時点までの事故の発生傾向を踏まえた目標設定 であり、第8次以降は、総理大臣の発言や世界各国と比較するトップダウン型の目標設定方 法に変化した。②事故の原因分析は、第1次から第10次までを通して、高齢者や子供とい った対象に関する一般的記述が中心であり、事故対策の具体的な検討に有用な記述は少ない。
③施策の選定は、構成面において第8次以降で変化が見られたが、事故分析の結果に対応し て施策が選定されるべきとの観点からは、第1次から第10まで変化は見られない。
以上の結果より、国の基本計画に関する改善方策として、トップダウン型の目標設定に対 応して、バックキャスティングの考え方に基づく施策の選択を行うこと、選択を効率的なも のにするため事故分析手法を高精度化することを提案している。
第3章では、第8次以降目標設定方法が変更されたことに加え、目標指標に死傷者数が追 加されたこと、新規施策・重点施策が追加されたことなどから、これらの変化に都道府県交 通安全計画がどのように対応しているかを第8次及び第9次の都道府県交通安全計画を対 象に分析し、以下の3点を明らかにしている。①都道府県の設定する目標値の合計が国の目 標値を下回ること。また、目標設定の根拠が国に準拠する場合においても、都道府県の死者 数の目標削減率が国の目標削減率を下回るケースがあること。②事故分析と施策の選択の連 動を意識している県が2割程度存在すること。③施策を実行する担当部署を明記するなど安 全計画を効果的なものにするための工夫が見られる都道府県が1割程度存在すること。
これらの結果を基に、国が国と都道府県の目標値を調整すること、都道府県間で事故分析 結果や施策実施の工夫を共有するための意見交換の場を設置することを提案している。
第4章では日本と類似した交通安全に関する総合的計画を有する韓国の道路交通安全対 策のための計画を分析し以下の4点を明らかにしている。①韓国では、第4次計画からトッ プダウンによる目標設定方法が採用されていること。②国及び地方の計画が日本と同様に作 成され、国により地方の目標設定がなされていること。③韓国では死傷者数が目標指標とし
(中央大学論文審査報告書)
て採用されておらず、その理由が負傷者数の把握精度が低いためであること。④日本の計画 では行われていない前計画の評価、施策実施主体の記載、副目標の設定が行われていること。
第5章では、道路交通事故に関する指標の検討が行われている。特に第4章での知見を踏 まえ、日本において一般的に使用されている交通事故統計から得られる死傷者数が検討され 以下の成果が示されている。➀死傷者数の全国値では、保険データによる推計値が交通事故 統計の値を上回り、2005年頃から両者の乖離が大きくなり始め、2017年には保険データに よる推計値が交通事故統計の値の2倍程度となっていること。②都道府県別に比較すると、
交通事故統計の値と保険データによる推計値との乖離の程度は都道府県によって異なって おり、その違いは1.1倍から4.5倍まであること。
以上の結果より、道路交通事故対策の効果を評価するに当たっては、全国値での時系列の 比較を行う場合と都道府県別に地域間の比較を行う場合とのいずれの場合においても、交通 事故統計データのみを使用すると判断を誤る危険性があることを指摘している。
第6章では、計画に定める対策の効率的な選択手法を構築している。複数の対策を比較す るに当たっては、費用と効果を貨幣換算するなどして同一の尺度で比較できることに加え、
交通事故対策の特徴である対策効果が不特定多数の多くの運転者だけでなく歩行者や自転 車利用者にまで及ぶことを考慮できることが必要であるとし、社会資本整備の影響分析に用 いられる費用便益法と便益帰着表を組み合わせて用いる手法を提案し、ドライブレコーダー の設置義務化規制を事例として適用し分析を行っている。
分析により明らかとなったこととして以下の 3 点を挙げている。①全車種を規制対象と した場合、費用便益比は1.68であり、事故に関連する事故件数削減効果及び事故処理時間 削減効果とそれ以外である燃料費用削減効果及び心理的効果とは同程度であること。②全車 種を規制対象とした場合、事故に関連する事故件数削減効果及び事故処理時間削減効果のみ を考慮すると費用便益比は0.86となること。③全車種を規制対象とした場合、費用負担の ない歩行者・自転車利用者も全便益の約6%の効果が波及すること。
これらのことより、提案した手法が効果別の費用対効果、主体間の移転等を把握して政策 判断に活用する事が出来、対策の優先順位決定に有効であることを示している。
第7章では、各章で得られた結果をまとめ、結論と今後の課題について述べている。
以上述べてきたように、本論文は、我が国における50年に及ぶ道路交通安全対策のため のこれまでのほぼ全ての基本計画を対象に詳細に比較・分析し、計画の作成、実行、評価に 関連した課題を明らかにするとともに、課題の改善方策及び改善に必要な手法を開発したも のである。
本研究で明らかにされた知見及び提案はこれからの交通安全計画の改善に有効であり、ま た開発された手法は交通事故対策の分野だけでなく広く活用される可能性の高いものであ り、本論文は博士(工学)の学位請求論文として十分な内容を有するものと判断する。