研究ノート
IASB 概念フレームワークにおける 有用な財務情報の質的特性について
井 上 善 弘
Ⅰ は じ め に
年に国際会計基準審議会(以下,「IASB」という)が公表した『財務報告に関 する概念フレームワーク』(以下,『 CF』という)は,現在及び潜在的な投資者,
貸付者及び他の債権者を一般目的の財務報告書が対象とする主要な利用者と位置づけ た上で,それら利用者が報告企業の財務報告書に基づいて意思決定を行う際に最も有 用となる可能性の高い情報の種類を識別する際の指針として,有用な財務情報の質的 特性(qualitative characteristics of useful financial information)を定めている。
『 CF』は,IASBがその前身である国際会計基準委員会(以下,「IASC」とい
う)の時代の 年に公表した『財務諸表の作成及び表示に関するフレームワーク』
(以下,『 CF』という)を改訂したものであるが,両者の間には,財務情報が利 用者の意思決定に対して有用であるために必須の要件に関して,認識の違いが存在す る。特に,それは,財務情報の質的特性のひとつである信頼性(reliability)の取扱い ないし位置付けに現れている。『 CF』では,信頼性は目的適合性(relevance)等 と共に財務情報を有用なものとする「主要な質的特性」のひとつとみなされていた。
ところが,『 CF』では,信頼性は,財務情報が有用であるための必須の特性であ る「基本的な質的特性」に含まれておらず,『 CF』において信頼性の構成要素の ひとつであった忠実な表現(faithful representation)が目的適合性と並んでその位置を 占めている。
本稿は,『 CF』における有用な財務情報の質的特性に関する規定を具に検討し
た上で,財務情報の質的特性のひとつである信頼性の地位が相対的に低下することの 意味について考えるものである。
Ⅱ 有用な財務情報の質的特性
『 CF』は,現在の及び潜在的な投資者,貸付者及び他の債権者が報告企業の財
務報告書(財務情報)に基づいて意思決定を行う際に最も有用となる可能性の高い情 報を識別する際の指針として,有用な財務情報の質的特性を次のように規定する。
「 財務情報が有用であるべきだとすれば,それは目的適合的で,かつ,表現し ようとしているものを忠実に表現しなければならない。財務情報の有用性は,
それが比較可能で,検証可能で,適時で,理解可能であれば,補強される。」
(IASB[ ], QC )
上で言及されている,質的特性のうち,目的適合性と忠実な表現は,基本的な質的 特性(fundamental qualitative characteristics)と呼ばれ(IASB[ ], QC ),財務情報 が有用であるために備えておくべきところの必要不可欠な特性とされる(IASB[ ], BC . )。他方,「比較可能性」,「検証可能性」,「適時性」及び「理解可能性」は,
補強的な質的特性(enhancing qualitative characteristics)と称し,目的適合性があり忠 実に表現されている情報の有用性を補強するものとされる(IASB[ ], QC )。
以下では,これら質的特性の各々について,IASB[ ]に従い説明を行う。
基本的な質的特性
⑴ 目的適合性(relevance)
目的適合性のある財務情報は,利用者が行う意思決定に相違を生じさせることがで きる(IASB[ ], QC )。つまり,目的適合性とは,利用者の意思決定に違いを もたらす財務情報の能力を指している。財務情報が,意思決定に有用である,つまり 役に立つといえるためには,当該財務情報を用いることで利用者の意思決定に何らか の変化が生じることが必要であろう。
それでは,財務情報が利用者の意思決定に相違を生じさせるためには,財務情報に いかなる利用価値あるいは情報価値が備わっていることが必要なのか。『 CF』は,
「財務情報は,予測価値,確認価値又はそれらの両方を有する場合には,意思決定に 相違を生じさせることができる。」(IASB[ ], QC )という。ここにおける予測 価値(predictive value)とは,財務情報が,将来の結果を予測するために利用者が用 いるプロセスへのインプットとして使用できる能力を指す。つまり,財務情報は,利 用者が将来の結果を予測するために用いるプロセスへのインプットとしてそれを使用 できる場合には,予測価値を有する(IASB[ ], QC )。但し,財務情報が予測 価値を有するために,財務情報が予測や見込(forecast)そのものである必要はない。
予測価値のある財務情報は,利用者が自らの予測を行う際に利用される(IASB[ ], QC )。
一方,財務情報は,「過去の評価に関するフィードバックを提供する(過去の評価を 確認するか又は変更する)場合には,確認価値(confirmatory value)を有する。」と される(IASB[ ], QC )。つまり,財務情報は,利用者がそれを用いて過去に 行った評価を確認又は変更することができる場合に,確認価値を有することになる。
このように,財務情報が基本的な質的特性のひとつである目的適合性を具備してい るためには,すなわち,利用者の意思決定に違いをもたらすためには,予測価値,確 認価値又はそれらの両方を有していなければならない。ところで,財務情報の予測価 値と確認価値は相互に関連している。すなわち,予測価値がある情報は,確認価値も あることが多い(IASB[ ], QC )。例えば,当年度に関する収益の情報は,将 来の年度の収益を予測するための基礎として利用できる(つまり,予測価値を持つ)
が,過去の年度に行った当年度についての収益予測と比較することもできる。そうし た比較の結果は,それらの過去の予測に使用されたプロセスを利用者が修正し改善す るのに役立つ(つまり,確認価値を持つ)ともいえる(IASB[ ], QC )。
ところで,情報は,その脱漏又は誤表示により,特定の報告企業に関する財務情報 に基づいて利用者が行う意思決定に影響する可能性がある場合には,重要性がある
(IASB[ ], QC )。それゆえ,財務情報の重要性(materiality)は,利用者の意思 決定に違いをもたらすという観点からすると,財務情報の基本的な質的特性としての
目的適合性の一側面であるといえる。重要性のない情報は利用者の意思決定に影響を 与えないからである。但し,基準設定主体が基準を開発する際には重要性を考慮しな い。重要性は企業固有の考慮事項だからである。すなわち,重要性は目的適合性の企 業固有の一側面であり,個々の企業の財務報告書の文脈においてその情報が関連する 項目の性質若しくは大きさ(又はその両方)に基づくものである(IASB[ ], QC
)。
⑵ 忠実な表現(faithful representation)
財務情報の基本的な質的特性のもうひとつは,忠実な表現あるいは表現の忠実性と よばれるものである。財務情報は,それが有用であるためには,目的適合性のある現 象を表現するだけなく,表現しようとしている現象を忠実に表現しなければならない
(IASB[ ], QC )。情報は,有用であるためには,目的適合性があり,かつ,
忠実に表現されていなければならない。目的適合性のない現象の忠実な表現も,目的 適合性のある現象の忠実でない表現も,利用者が適切な意思決定を行うことには役立 たないIASB[ ], QC )。
『 CF』は,財務情報の基本的な質的特性である忠実な表現を支える要素として,
「完全であること」,「中立的であること」,「誤謬がないこと」(free from error)の つを措定している。すなわち,財務情報が,表現しようとしている現象の,「完璧に 忠実な表現であるためには,描写は つの特性を有する。それは「完全」で,「中立 的」で,「誤謬がない」ということである。」としている(IASB[ ], QC )。
まず,完全な描写(a complete depiction)は,描写しようとしている現象を利用者 が理解するのに必要なすべての情報(すべての必要な記述及び説明を含む)を含んで いる(IASB[ ], QC )。ここで,留意すべきことは,描写対象である項目の一 部に関しては,完全な描写には,「当該項目の特質及び内容に関する重要な事実,そ れらの特質及び内容に影響を与える可能性のある要因及び状況,並びに数値的描写を 決定するのに使用したプロセスなどが含まれることがある。」(IASB[ ], QC ) という点である。この点については,後述する補強的な質的特性のうちの検証可能性
(とりわけ間接的な検証)と関連性がある。
次に,中立的な描写(a neutral depiction)は,「財務情報の選択又は表示に偏りが
ない」(IASB[ ], QC )ことを意味する。中立的な描写は,財務情報が利用者 に有利又は不利に受け取られる確率を増大させるための,歪曲,ウエイトづけ,強調,
軽視,その他の操作が行われていないことを意味する。但し,中立的な情報とは,そ の情報に目的がないことや行動に影響しないことを意味しない(IASB[ ], QC
)。そもそも,目的適合性のある財務情報は,定義上,利用者の意思決定に相違を 生じさせることができるものであるからである。
つめに,誤謬がないとは,その現象の記述に誤謬や脱漏がなく,報告された情報 を作成するのに用いられたプロセスが当該プロセスにおける誤謬なしに選択され適用 されたことを意味する(IASB[ ], QC )。但し,この文脈においては,誤謬が ないことはすべての点で正確であることを意味しない。例えば,観察不能な価格又は 価値の見積りは,正確であるとも不正確であるとも判断できない。しかし,その見積 りの表現は,その金額が見積りであるものとして明確かつ正確に記述され,見積りの プロセスの内容と限界が説明され,見積りを作成するための適切なプロセスの選択と 適用の際に誤謬が生じていない場合には,忠実となり得る(IASB[ ], QC )。
このように,忠実な表現とは,その表現がすべての点で正確であることを意味するも のではない。
ところで,忠実な表現は,それだけでは,必ずしも有用な情報とはならない。例え ば,報告企業が有形固定資産を政府補助金を通じて受け取ることがある。明らかに,
企業がコストなしに資産を取得したと報告することは資産のコストを忠実に表現する が,その情報は,それほど有用でないと思われる(IASB[ ], QC )。また,目 的適合性のない現象を忠実に表現したところで,当該情報は利用者の意思決定に役立 たない。
補強的な質的特性
補強的な質的特性は,すでに目的適合性があり忠実に表現されている情報の有用性 を補強する役割を持つものである(IASB[ ], QC )。目的適合性と忠実な表現 という つの基本的な質的特性のない財務情報は,有用ではなく,より比較可能性が 高く,検証可能で,適時性があり,理解可能だとしても有用なものとなり得ない。し
かし,目的適合性があり忠実に表現されている財務情報は,たとえ補強的な質的特性 がなくても,なお有用であり得る(IASB[ ], BC . )。補強的な質的特性は,
つの方法がいずれも同等に目的適合性があり忠実な表現となる場合に,どちらの方 法をある現象の描写に使用するかを決定するのに役立つことがある(IASB[ ], QC )。以下では,『 CF』が措定する つの補強的な質的特性について,順次 説明する。
⑴ 比較可能性(comparability)
報告企業に関する情報は,他の企業に関する類似の情報や,別の期間又は別の日の 同一企業に関する類似の情報と比較できる場合には,有用である(IASB[ ], QC
)。すなわち,比較可能性は,項目間の類似点と相違点を利用者が識別し理解する ことを可能にする質的特性である(IASB[ ], QC )。目的適合性があり忠実に 表現された情報は,他の企業及び他の期間における同一企業が報告する類似の情報と 容易に比較できる場合に,最も有用である。しかし,容易に比較可能でない場合であっ ても,目的適合性があり忠実に表現された情報は,やはり有用である。比較可能な情 報であっても,目的適合性がない場合は有用でなく,忠実に表現されていない場合は 誤解を招く可能性がある。したがって,「比較可能性」は基本的な質的特性ではなく 補強的な質的特性とされる(IASB[ ], BC . )。
ところで,比較可能性に似て非なる概念として,首尾一貫性(consistency)と画一性
(uniformity)がある。首尾一貫性は,比較可能性と関連したものではあるが,同じで はない。首尾一貫性は,ある報告企業の期間ごとに,あるいは異なる企業のある単一 期間において,同じ項目に同じ方法を適用することを指している(IASB[ ], QC
)。また,比較可能性は画一性ではない。情報が比較可能となるためには,同様の ものは同様に見え,異なるものは異なるように見えなければならない(IASB[ ],
QC )。
⑵ 検証可能性(verifiability)
検証可能性は,知識を有する独立した別々の観察者が,必ずしも完全な一致ではな いとしても,特定の描写が忠実な表現であるという合意に達し得ることを意味する。
数量化された情報が検証可能であるためには,ある一点の見積りである必要はない。
考え得る金額の範囲とそれに関連した確率も検証することが可能である(IASB[ ],
QC )。
このように,検証可能性は,基本的な質的特性のうちの「忠実な表現」と密接な関 係にある。特定の財務情報について,それが表現しようとしている対象の忠実な表現 となっているかどうかに関して観察者間で合意に達し得る場合,当該財務情報には検 証可能性が備わっていると判断できるからである。また,財務諸表項目の中には,将 来予測を含む見積りを伴い,正確に数値を決定できないものがある。そこで,そのよ うな会計上の見積りを伴う項目については,考え得る金額の範囲とそれに関連した確 率が検証の対象となり得る。
財務諸表項目の性質は,検証の方法にも影響を及ぼす。すなわち,検証は,直接的 であることも間接的であることもあり得る。直接的な検証とは,直接的な観察(例え ば,現金の実査)を通じて,金額又はその他の表現を検証することを意味する(IASB
[ ], QC )。間接的な検証とは,モデル,算式又はその他の技法へのインプット のチェック及び同一の方法論を用いてのアウトプットの再計算を意味する。例えば,
棚卸資産の帳簿価額の検証を,インプット(数量及び原価)をチェックして,期末の 棚卸高を同じコスト・フローの仮定(例えば,先入先出法)を用いて再計算すること によって行うといったものがある(IASB[ ], QC )。
忠実な表現を支える要素の一つである「誤謬のないこと」に関する説明にもあった ように,財務諸表数値の決定に見積りが伴う場合,その見積りの表現は,その金額が 見積りであるものとして明確かつ正確に記述され,見積りのプロセスの内容と限界が 説明され,見積りを作成するための適切なプロセスの選択と適用の際に誤謬が生じて いない場合には,忠実となり得る(IASB[ ], QC )。このような見積りの表現 に係る忠実性の検証は,間接的な検証の範疇に入ると考えられる。
なお,検証可能性はこのように忠実な表現と密接な関係を持ちながらも,忠実な表 現の構成要素ではなく,補強的な質的特性の一つとされている。このあたりの事情は,
概略,以下のように説明されている。検証可能性を忠実な表現の要素として含めると,
容易に検証可能でない情報を除外する可能性がある。目的適合性のある財務情報を提 供する上で非常に重要な将来予測的な見積り(例えば,期待キャッシュ・フロー,耐
用年数及び残存価額)の多くが,直接的には検証できない。しかし,それらの見積り に関する情報を除外してしまうと,財務情報の有用性が大きく低下することになる。
そこで,IASBは,検証可能性の位置付けを見直して,非常に望ましいものではある が必ずしも要求されないものであるとした(IASB[ ], BC . )。
⑶ 適時性(timeliness)
適時性とは,意思決定者の決定に影響を与えることができるように適時に情報を利 用可能とすることを意味する。一般的に情報が古くなればなるほど,有用性は低くな る(IASB[ ], QC )。適時性は非常に望ましいものではあるが,目的適合性や 忠実な表現ほど決定的なものではない。適時性のある情報が有用であるのは,目的適 合性があり忠実に表現されている場合のみである。これに対して,目的適合性があり 忠実に表現されている情報は,たとえ望ましいといえるほど適時に報告されていなく とも,やはり有用(特に確認価値の目的では)である(IASB[ ], BC . )。
⑷ 理解可能性(understandability)
まず,情報は,それを特徴付けし,明瞭かつ簡潔に表示することにより,理解可能 となる(IASB[ ], QC )。また,財務報告書は,事業及び経済活動についての 合理的な知識を有し,情報を入念に検討し分析する利用者のために作成される(IASB
[ ], QC )。つまり,利用者の側に,報告される財務情報を合理的な勤勉さをもっ て「実際に」研究する責任があるとされる。
もし,理解可能性の考慮が基本的なものとしたならば,非常に複雑な事項に関する 情報は,たとえ目的適合性があり忠実に表現されていても,報告することを避けるこ とが適切ということになる可能性がある。理解可能性を補強的な質的特性に分類する のは,理解が難しい情報はできるだけ明瞭に表示と説明を行うべきだということを示 すことを意図したものである(IASB[ ], BC . )。また,時には,十分な情報 を持った勤勉な利用者であっても,複雑な経済現象に関する情報を理解するために助 言者の支援を求める必要のある場合もある(IASB[ ], QC )。
Ⅲ 財務情報の「信頼性」と「忠実な表現」
年に改訂される前の, 年公表の概念フレームワーク(以下,『 CF』と
いう)では,財務情報の主要な質的特性として,理解可能性,目的適合性,信頼性
(reliability)及び比較可能性が措定されていた(IASC[ ], )。
『 CF』と比較した場合,まず,目的適合性は『 CF』においても基本的な
質的特性として引き続き重要視されている。これに対して,信頼性は主要な質的特性 の地位から外され,代わって『 CF』では信頼性のひとつの要素であった忠実な 表現が基本的な質的特性のひとつとして位置づけられている。また,理解可能性と比 較可能性は,主要な質的特性から補強的な質的特性へと格下げされている。ここでは,
『 CF』において主要な質的特性に位置付けられていた信頼性と,『 CF』にお
いて基本的な質的特性として位置付けられている忠実な表現とを比較することで,財 務情報の属性のひとつである信頼性が財務情報の有用性を判断する規準として占める 位置付けの変化を確認する。
『 CF』における信頼性
まず,『 CF』において質的特性とは,「財務諸表が提供する情報を利用者にとっ
て有用なものとする属性」をいう(IASC[ ], )。前述したように,理解可能性,
目的適合性及び比較可能性と並んで,信頼性が主要な質的特性に位置づけられてい る。そして,信頼性を支える構成要素として,忠実な表現,実質優先(substance over
form),中立性,慎重性(prudence)及び完全性を措定している(IASC[ ], −
)。
『 CF』は,信頼性について次のように規定している。
「 情報はまた,それが有用であるためには,信頼し得るものでなければならな い。情報は,重大な誤謬や偏向がなく,またそれが表示しようとするか,ある いは表示することが期待される事実を忠実に表現したものとして利用者が信頼 する場合に,信頼性の特性を有する。」(IASC[ ], )
「 情報が信頼性を有するためには,それが表示しようとするかあるいは表示す ることが合理的に期待される取引その他の事象を忠実に表現しなければならな い。したがって,例えば,貸借対照表は,認識規準を満たすもので決算日現在
の企業の資産,負債及び持分を構成する取引その他の事実を忠実に表現しなけ ればならない。」(IASC[ ], )
これらの規定からわかるように,財務情報の信頼性は,財務情報が有用であるため に必要不可欠な要件である。また,忠実な表現は信頼性を支える重要な要素とみなさ れている。さらに,『 CF』では,忠実な表現の要素とみなされている,「誤謬が ないこと」及び「中立性」(偏向がないこと)が信頼性の構成要素となっている。
ところで,『 CF』では目的適合性と信頼性がトレードオフの関係にあると考え られていたことが,次の規定からみてとれる。
「 目的適合性を有しているが,性質又は表現において信頼性を有していない情 報を認識することは,判断を誤らせる可能性がある。例えば,損害請求の妥当 性とその金額が訴訟で争われる場合には,企業がその損害請求の金額と状況を 開示することは適切であっても,貸借対照表に当該請求金額のすべてを認識す ることは適切ではない可能性がある。」(IASC[ ], )。
目的適合性のある情報であっても,それが信頼性を有していない場合には,少なく とも財務諸表本体の情報として記載しないこと,したがって,信頼性が財務諸表への 記載の可否を決める上での重要なファクターとみなされていたことがわかる。
信頼性と忠実な表現
それでは,次に,『 CF』が規定する主要な質的特性のひとつである信頼性と,
『 CF』が規定する基本的な質的特性のひとつである忠実な表現を比較することに
する。
まず,信頼性と忠実な表現の各々が目的適合性に対してどのような関係にあるかを 確認する。『 CF』における信頼性と目的適合性の関係については,先述のように トレードオフの関係にある。これに対して『 CF』における忠実な表現と目的適 合性の関係は,『 CF』の次の規定からそれ窺い知ることができる。
「 基本的な質的特性を適用するための最も効率的かつ効果的なプロセスは,通 常次のようなものとなる(補強的な質的特性とコストの制約の影響も受ける が,この例では考慮していない)。最初に,報告企業の財務情報の利用者にとっ て有用となる可能性のある経済現象を識別する。第 に,その現象に関する情 報のうち,利用可能で忠実に表現できるとした場合に最も目的適合性の高い種 類の情報を識別する。第 に,その情報が利用可能で忠実に表現できるかどう かを判断する。もしそうであれば,基本的な質的特性を充足するプロセスはそ こで終了する。そうでない場合には,その次に目的適合性の高い種類の情報で そのプロセスを繰り返す。」(IASB[ ], QC )。
上の規定からわかるように,財務報告において描写すべき経済現象を識別するに当 たっては,まず,利用者からみた目的適合性がその判断規準となる。次に,目的適合 性の適用によって識別された経済現象について,忠実な表現の方法が考慮されること になる。つまり,基本的な質的特性の中に,「目的適合性→忠実な表現」という論理 的序列が想定されているのである。
もっとも,目的適合性が忠実な表現に対して優先的に適用されるからといって,目 的適合性のある現象であれば何でも財務情報となるわけではもちろんない。目的適合 性のある現象の忠実でない表現が,利用者が適切な意思決定を行う上で役にたたない ことは明らかである。しかしながら,『 CF』における目的適合性と信頼性の関係
と,『 CF』における目的適合性と忠実な表現の関係とは,少し趣を異にしている
と思われる。つまり,『 CF』における忠実な表現は,『 CF』における信頼性 ほど,目的適合性のある現象を財務情報として選択する上での歯止めにはならないと 考えられるのである。そのように考えられる根拠を以下で述べることにする。
先述したように,『 CF』は,財務情報の基本的な質的特性である忠実な表現を 支える要素として,「完全であること」,「中立的であること」,「誤謬がないこと」の つを措定している。このうちの「完全であること」(完全性)に関しては,描写対 象である項目の一部については,完全な描写には「当該項目の特質及び内容に関する 重要な事実,それらの特質及び内容に影響を与える可能性のある要因及び状況,並び
に数値的描写を決定するのに使用したプロセスなどが含まれることがある。」(IASB
[ ], QC )とされる。また,「誤謬がないこと」(無謬性)に関しては,観察不 能な価格又は価値の見積りについて,その見積りの表現は,その金額が見積りである ものとして明確かつ正確に記述され,見積りのプロセスの内容と限界が説明され,見 積りを作成するための適切なプロセスの選択と適用の際に誤謬が生じていない場合に は,忠実となり得る(IASB[ ], QC )という。
以上のことから,推測できるのは,『 CF』が,見積りの不確実性の大きいと目 される経済現象であっても,目的適合性が高いと考えられる場合には,これを意思決 定に有用な情報として積極的に財務情報として開示する立場に立っているということ である。すなわち,目的適合性の高い経済現象に関して,その数値的描写の決定に際 して仮に見積りの不確実性が大きくても,見積りのプロセスの内容や限界,当該プロ セスに影響を与える可能性がある要因及び状況が正しく説明ないし記述され,適切な プロセスの選択と適用の際に誤謬が生じていない場合には,その見積りの表現は忠実 な表現となり得るのである。また,このような見積りの表現に係る検証は,間接的な 検証の範疇に入れられ,忠実な表現として認められる素地が存在している。さらに付 言するならば,検証可能性は,補強的な質的特性であり,目的適合性や忠実な表現と 異なり,非常に望ましいものではあるが必ずしも要求されないものであるのである。
Ⅳ むすびに代えて
『 CF』において,財務情報の質的特性である信頼性は,目的適合性と並んで主
要な質的特性と位置づけられていた。つまり,信頼性は,財務情報が有用であるため の必要不可欠な特性(属性)とみなされていた。これに対して,『 CF』において は,目的適合性が『 CF』を継承して財務情報が有用であるための必須の要件
(『 CF』においては「基本的な質的特性」と称される)であり続けているのに対
して,信頼性は必須の要件からは外れ,代わりに忠実な表現がその位置を占めている。
そして,『 CF』において忠実な表現という特性は,目的適合性は高いが,その数 値的描写の決定に際して見積りの不確実性が大きい経済現象を,従前に増して広範囲 に,有用な財務情報の範疇に取り込むことを可能にしている。『 CF』において,
検証可能性が補強的な質的特性と位置づけられていること,また,検証可能性の下位 概念として新たに「間接的な検証」を措定したことが,この傾向にさらに拍車を掛け ていると言えよう。
『 CF』は,概念フレームワークの目的のひとつとして,「各国の会計基準設定
主体が国内基準を開発する際に役立つこと」(IASB[ ], A )を挙げている。つ まり,概念フレームワークは,会計基準設定主体が会計基準を開発(あるいは改訂)
する上で理論的基盤となるものである。それゆえ,概念フレームワークが規定する有 用な財務情報の質的特性は,会計基準設定主体が会計基準を開発(あるいは改訂)す る際の重要な考慮事項となる。『 CF』が基本的な質的特性として目的適合性を重 視する一方で,検証可能性を補強的な質的特性と位置づけることで,財務情報の質的 特性のひとつである信頼性の地位が相対的に低下している。検証可能性は,「その情 報が表示しようとしている経済現象を忠実に表現していることを利!用!者!に!確!信!さ!せ!る! ことに役立つ」(IASB[ ], QC . 傍点は引用者)特性であり,検証可能な情報 は,「信頼をもって利用することができる」(IASB[ ], BC . )からである。
概念フレームワークは,「財務諸表がIFRSに準拠しているかどうかについて,監 査人が意見を形成する際に役立てること」及び「財務諸表利用者がIFRSに準拠して 作成された財務諸表に含まれる情報を解釈するのに役立つこと」を併せて目的として いる(IASB[ ], A )。それゆえ,財務情報の質的特性たる信頼性の地位の相対 的な低下は,財務諸表監査の担い手たる監査人及び財務諸表利用者の双方にも少なか らず影響を及ぼすと考えられる。
参 考 文 献
IASB[ ]: The Conceptual Framework for Financial Reporting , IFRS Foundation, IASC[ ]: Framework for the Preparation and Presentation of Financial Statements, IASC,
July .
伊藤善朗[ ]:「IASB/FASB概念フレームワークにおける関連性定義の二重性について
― 関連性理論からの検討 ―」『経営経理研究』第 号, 〜 頁, 年。
井上善弘[ ]:「会計上の見積りを巡る不正な財務報告に対する監査のあり方」『現代監 査』第 号, 〜 頁, 年。
藤井秀樹[ ]:「FASB/IASB改訂概念フレームワークと資産負債アプローチ」『国民経済 雑誌』第 巻第 号, 〜 頁, 年。