アフリカ地域派遣国際協力機構ボランティアにおける 迅速診断検査と血液塗抹検査によるマラリア診断の
結果不一致に関する後方視的分析
1)
独立行政法人国際協力機構国際協力人材部健康管理課,
2)東京医科大学病院国際診療部,
3)
東京都保健医療公社豊島病院感染症内科
鈴木 直子
1)井上 康子
1)宇野いづみ
1)宮﨑 朋子
1)水野 泰孝
1)2)廣江ひろみ
1)相楽 裕子
1)3)(平成 28 年 11 月 28 日受付)
(平成 30 年 4 月 6 日受理)
Key words : malaria, Rapid Diagnostic Test(RDT),Sub-Saharan Africa, volunteer
要 旨
アフリカ地域に派遣された JICA 青年海外協力隊員(以下隊員)における現地でのマラリア診断に際し,
迅速診断検査(Rapid Diagnostic Test,以下 RDT)と血液塗抹標本の顕微鏡検査(以下鏡検)を実施した 場合,その結果が一致しない事例が散見されていた.そのため我々はアフリカ地域におけるマラリア検査不 一致例について後方視的に調査し,隊員の健康管理対策を再検討することとした.現地にて,隊員本人また は現地医師がマラリアと判断し治療を開始した 33 例を分析したところ,RDT と鏡検を併用したケースは 22 例,うち両者の結果が不一致だったものは 12 例(55%)で,一致した 10 例(45%)を上回った.予防薬の 内服状況や臨床経過,検査結果により,現地担当医または JICA 顧問医が最終的にマラリアであったと診断 したものは 33 例中 24 例で,最終診断と検査結果の一致率は,RDT で 96%(20/21 例),鏡検で 80%(12/
15 例)であった.なお,RDT 陽性・鏡検陰性 9 例のうち,鏡検実施前スタンバイ治療薬開始 6 例は,治療 薬の影響を考慮して鏡検実施例数から除いた.わが国ではマラリアの診断は鏡検により行われ,RDT はあ くまで補助診断の位置付けにすぎない.しかし,医療環境整備が不十分な開発途上国では WHO も RDT の 有用性を認め推奨しており,このような地域においては,医療機関における鏡検のみに頼るのではなく,RDT の併用を積極的に推進することが隊員の健康管理上有用であると考えられる.
〔感染症誌 92:533〜537,2018〕
序 文
独立行政法人国際協力機構(Japan International Co-
operation Agency,以下 JICA)は,青年海外協力隊
員(以下隊員)を含め,常時5,000
名以上を開発途上 国に派遣している.任国で関係者の健康管理を担うの が健康管理員(Health Advisor,以下HA)と呼ばれ
る看護師である.HAは任国の医療事情を把握すると ともに,現地医療機関およびJICA
顧問医と連携して 傷病時の対応にあたっている.また,JICA顧問医も交代で医療事情調査に加わっている.傷病発生時には,
JICA
の方針として,現地医療機関での受診を原則と している.可能な限り,現地の契約顧問医,またはあ らかじめ実施した医療事情調査の結果に基づいて現地JICA
事務所が選択した医療機関を受診する.重症時 は任国事務所を通じて本部顧問医に報告・相談し,顧 問医の助言を受けながら対応する.現地での診療が不 可能と判断される場合は,近隣の医療先進地あるいは 本邦への移送を行う場合もある.マラリア対策につい ては,従来関係者の健康管理上の最重要課題の一つと して取り組んでおり,予防対策としては,防蚊対策,予防内服を強く推奨している.早期診断・早期治療に 対する対策としては,迅速診断検査(Rapid Diagnostic 原 著
別刷請求先:(〒102―8012)東京都千代田区二番町 5―25 二番町センタービル 2F
独立行政法人国際協力機構国際協力人材部健康
管理課 宇野いづみ
Table 1 Details of RDTs used in each country Name of country Gabon Cameroon
Benin Malawi Tanzania Uganda Zambia Senegal Burkina
Faso Product name Malaria Quick
Test
ICT Malaria P.F Test
ICT Malaria Combo Test
Homemed malaria (p.f.)
Test Kit
CareStart
No Data
Manufacturer CYPRESS
DIAGNOSTICS
ICT Diagnostics ICT Diagnostics Homemed Acces Bio, Inc.
Country of manufacture Belgium South Africa South Africa South Africa U.S.A.
Targeted antigen (s) HRP 2 HRP 2 HRP 2 pLDH HRP 2 HRP 2 pLDH
Target parasite species P. falciparum P. falciparum P. falciparum P. falciparum+
others P. vivax
P. falciparum P. falciparum P. falciparum+
others P. vivax
Storage temperatures 4-28°C 15-30°C 4-37°C Room
temperature
4-30°C
HRP 2: Histidine Rich Protein II
pLDH: Plasmodium lactate dehydrogenase
Test,以下 RDT)キットと stand-by emergency treat- ment(いわゆるスタンバイ緊急治療薬)として,以
前から,世界保健機関(以下WHO)が推奨するアー
テミシニン配合薬を配布している.このように,予防・診断・治療について総合的な取り組みを行っている が,その過程において,診断に際し
RDT
と血液塗抹 標本の顕微鏡検査(以下鏡検)を実施した場合,その 結果が一致しない事例が散見されていた.そこで,今 回我々はアフリカ地域におけるマラリア検査結果不一 致例について後方視的に調査し,隊員の健康管理対策 を再検討することとした.対象と方法
対象:2011年
6
月から2012
年3
月 の10
カ 月 間 に サハラ以南のアフリカ地域に派遣されていた隊員のう ち,本人または現地医療機関の判断により,マラリア 治療を開始した33
例を対象とした.方法:調査期間内に現地で入手可能な
RDT
キット を使用した(Table 1).原則的にWHO
が評価したも のを使用した.一部の国ではQuantitative Buffy Coat
(以下
QBC)が使用された.
RDT
は現地で任地派遣前に隊員が自身で実施でき るように,現行通り,HAが指導した.38℃ 以上の 発熱時に実施し,撮影した結果をHA
宛にメールで 送付,結果が陰性あるいは不明瞭な場合には数時間以 上の間隔で再検査,判定困難であれば健康管理課に結 果を送付し,顧問医が判定した.陽性あるいは急速に 症状が悪化する場合で,直ちに医療機関を受診できな い時にはスタンバイ緊急治療薬を開始の上受診させ た.を健康管理課に提出,治療終了まで経過報告を行い,
現地最終診断の報告を受けた顧問医がマラリア報告書 に基づいて最終判定を行った.マラリア報告書では,
臨床経過,検査結果,治療内容のほか,予防内服を含 む防蚊対策についても調査している.報告書の解析に 当たっては個人識別符号を除く匿名で扱い,個人情報 保護に十分留意した.この調査報告は東京都保健医療 公社豊島病院倫理委員会において承認されている.
成 績
対象
33
例の報告国の内訳は,ガボン7
例,タンザ ニア6
例,ウガンダ6
例,マラウィ5
例,ザンビア3
例,ベナン3
例,セネガル1
例,カメルーン1
例,ブ ルキナファソ1
例の9
カ国であった.対象者の年齢は23
歳〜39歳(平均26.6
歳),性別は男 性21
名(64%),女性
12
名(36%)であった.防蚊対策実施状況(複 数回答)は,蚊帳の使用24
名(73%),虫よけスプレー の使用20
名(60%),蚊取り線香の使用21
名(64%),長そで長ズボンの着用
5
名(15%),予防内服状況(内 服率90% 以上を「内服あり」とする.)は,内服あり 9
名(27%),内服なし23
名(70%),不明1
名であっ た.現地において実施されたマラリア検査法は,RDT
26
例,鏡検27
例,QBC 2例であった.対象
33
例中,検査が実施されなかった例は2
例,1 種類の検査のみ実施された例は7
例で,RDT 2例,鏡 検5
例であった.2種類以上の検査を併用された例は24
例で,このうちRDT
と鏡検が併用された例は22
例,RDT
とQBC
の併用例は2
例であった(Table 2).RDT
と鏡検を併用した22
例中,RDT・鏡検ともにFig. 1 Format of Malaria Report
※The lab data can be attached.
Dispatched Country
Batch
Date
mm/dd Time BT (℃)
□Headache ・□Fatigue
□Joint Pain ・□Chills
□Diarrhea ・□Nausea
□Vomiting ・□Others ( )
□Headache ・□Fatigue
□Joint Pain ・□Chills
□Diarrhea ・□Nausea
□Vomiting ・□Others ( )
□Headache ・□Fatigue
□Joint Pain ・□Chills
□Diarrhea ・□Nausea
□Vomiting ・□Others ( )
□Headache ・□Fatigue
□Joint Pain・□Chills
□Diarrhea ・□Nausea
□Vomiting ・□Others ( )
Date of physician visit:
About PROTECTIVE MEASURES
◎Do you perform anti-malaria prophylaxis? ; Yes ・ No (→If No, what is the reason?: )
◎Do you use a mosquito net?; Yes ・ No
◎Do you use an anti mosquito spray ; Yes ・ No
◎Do you take any other measures as protection against mosiquito bites?; Yes ( )・ No Remarks (include results of blood test)
◎Do you use mosiquito coil?; Yes ・ No
→If Yes, please answer the questions, ① to ④
①What is the name of the drug?; Mefloquine ・ Doxycycline ・ Others ( )
②Do you take it regularly; Yes ・ No ( %)
④What was the last date you took the drug (s)?; (mm/dd )
③When did you start it?: mm/yy Admission: Yes (Date; mm/dd/yy 〜 )・ No
Diagnosis: P. falciparum ・ P. vivax ・ P. malariae ・ P. ovale ・ Others ( )
Name of Hospital/Clinic:
Malaria Test (Time・Kind of
Diagnostic method・
Result)
Anti malaria drug (Time・
Name ・ Dose)
Other drugs (Time・Name
Quantity)
Symptom
Check䖵 all symptoms you have
Records ※Please check BT 3 times per day and before taking an antifebrile.
Occupation Age
Assignment
Place Name
Table 2 Number of patients diagnosed based on the test results (n=33)
RDT Slide test
RDT+
Slide test RDT+QBC not performed
2 5 22 2 2
RDT: Malaria Rapid Diagnostic Test QBC: Quantitative Buffy Coat
Table 3 Concordance rate between the final diag- nosis and the test results (n=24)
RDT Slide Test QBC
Concordance rate
95.2% (20/21)
*80% (12/15)
*100% (1/1)
**
; (number of positive results/number of tests conducted)
対象
33
例のうち,その後の臨床経過から,現地医 師の判断により,扁桃腺炎,咽頭炎,不明熱,尿管結 石と最終診断された4
例,「マラリア報告書」の情報 から,本部顧問医がマラリアとしての診断根拠不十分 と判定した5
例,計9
例を除外し,最終的にマラリア と診断した例は24
例であった.これら24
例のうち,RDT
を実施した例は21
例,鏡検は21
例,QBCは1
例であった.このうち,RDT陽性・鏡検陰性9
例中,鏡検実施前スタンバイ緊急治療薬開始例が
6
例あり,内服開始から鏡検実施までの時間は
8〜24
時間,平均16.5
時間であった.治療薬の影響を考慮してこれら6
例を鏡検実施例から除いて集計した.それぞれの結果 と最終診断との一致率は,RDT 95.2%,鏡検80.0%,
QBC 100% であった(Table 3).
考 察
2010
年にWHO
が,マラリアが疑われるすべての 症例に対し,治療が開始される前に鏡検またはRDT
の実施を推奨1)して以降,現地医療機関における未検 査での治療は減少してきた2).しかし,今回の調査対 象期間において,2例の未検査での治療開始例が認め られた.一般的に,RDTを個人で実施するのは,医 療機関を受診するまでの緊急的な診断手段としての位 置付けであるが,このように,現地医療機関を受診し ても検査が実施されないケースも依然あり,そのよう な場合には,RDTによる自己検査を実施することが 必要と考える.鏡検結果と最終診断との一致率が他の検査法に比べ て低かった点については現地医療機関の技術的な問 題3)を考慮に入れる必要がある.現地医療機関で実施 している検査の信頼性を確認するには,マラリア疑い 例の検体を本邦に送付し確認する方法もあるが,それ は
JICA
の運営上困難である.そのため,受診先医療 機関における鏡検結果の信頼性が不明な場合,現状で とり得る手段としては,自己検査によるRDT
を併用 し,その結果が医療機関での鏡検結果と不一致の場合 には,臨床経過,予防薬内服状況,治療薬開始の有無,機関における鏡検の信頼性を把握することにもつなが ると考える.
上記のとおり,医療環境整備が不十分な開発途上国 においては,RDTの自己検査は,未検査治療の防止 や医療機関における検査の補完等の役割を果たす一面 もある.そのためマラリア流行地域に派遣されている 隊員に対しては
RDT
の使用を積極的に勧めると同時 に,RDT
キット使用に際しては,信頼性の高い情報4)5)をもとにした商品選択,及び関係者が正しく使用でき るよう,保管時の注意点や使用時の手技,使用時の注 意点をわかりやすく説明することは必須である.
また,現地医療機関においては,検査結果が陰性で あってもマラリアと診断し抗マラリア薬を処方するこ とがあり,その割合は
50% を超えるところもあると
指摘されている6)7).さらに,鏡検実施前にスタンバイ 緊急治療薬開始例では鏡検が陰性となる可能性があ る.不要な治療を避け,他の治療可能なあるいは重篤 な疾患を見逃すことがないよう,できるだけ多くの臨 床情報を入手し,適切な診断及び治療の判断をするこ とが極めて重要である.すなわち,予防対策強化と同時に早期診断・早期治 療のために,医療機関受診前に隊員自身による
RDT
実施を更に推進することが隊員の健康管理上有用と考 える.謝辞:本調査にあたり,ご協力いただいた在外健康
管理員,英文校正担当のEditage
社(www.editage.jp)の皆様に感謝いたします.
利益相反自己申告:申告すべきものなし 文 献
1)WHO:World Malaria Report 2010, Executive
summary and key points. viii.
2)WHO : Overview of diagnostic testing (updated :
14 March 2016).
3)Batwala V, Magnussen P, Nuwaha F:Are
rapid diagnostic tests more accurate in diagno- sis of Plasmodium falciparum malaria compared to microscopy at rural health centres? Malaria Journal 2010;9:349.
4)WHO:Malaria rapid diagnostic test perform-
diagnostic tests (RDTs). 2016;p. 36―51.
6)Reyburn H, Mbakilwa H, Mwangi R, Mwerinde
O, Olomi R, Drakeley C, et al.:Rapid diagnostic tests compared with malaria microscopy for guiding outpatient treatment of febrile illness in Tanzania : randomized trial. BMJ 2007;24:
334―403.
7)Rakotonandrasana Harimbola David1,塚原高広,
清水 悟,美田敏宏,遠藤弘良:マダガスカル のマラリア低流行地域における医療従事者のマ ラリア迅速診断キット使用および診断結果遵守 に関連する因子.東京女子医科大学雑誌
2011;
81:41―9.
Retrospective Analysis of Discrepancies in Malaria Diagnosis Based on Rapid Diagnostic Test Blood Smear in Japanese International Cooperation Agency Volunteers Dispatched to Sub-Sahara African Countries
Naoko SUZUKI
1), Yasuko INOUE
1), Izumi UNO
1), Tomoko MIYAZAKI
1), Yasutaka MIZUNO
1)2), Hiromi HIROE
1)& Hiroko SAGARA
1)3)1)