Ec-LPS アレイを利用した溶血性尿毒症症候群患者の 大腸菌 O 血清群診断
1)
秋田大学バイオサイエンス教育・研究センター,
2)秋田県健康環境センター保健衛生部
天野 憲一
1)2)八柳 潤
2)齊藤志保子
2)(平成 18 年 4 月 24 日受付)
(平成 18 年 8 月 28 日受理)
Key words : Escherichia. coli, LPS, O-serogroup, diarrhea, Ec-LPS array
要 旨
下痢原性大腸菌のうち日本で患者から分離報告のある大腸菌の O 血清群菌を中心に 58 株より LPS を抽 出精製し,溶血性尿毒症症候群(HUS)患者血清及び市販抗大腸菌 O 血清群抗血清との反応性を Ec-LPS アレイを用いて検討した.Ec-LPS アレイは PVDF メンブレンに 58 種の LPS をドットブロットして,メン ブレン上で抗原抗体反応を行い,視覚的に診断する方法である.市販抗血清を用いると,ほとんどの場合同 一の LPS とのみ反応することから,これらの LPS は抗原として使用できることが確認された.腸管出血性 大腸菌(EHEC)が分離されなかった HUS 患者 6 名の血清と Ec-LPS アレイとの反応性を検討すると,急 性期での血清中の IgM および IgA 抗体測定ではどの LPS とも反応しなかったが,回復期血清中の両抗体測 定では全て O157-LPS に対して反応性を示した.この結果から,6 名の患者は全て EHEC O157 による感染 であることが示唆された.同時に行った ELISA や WB からも同様の結果が得られた.一方患者血清中の IgG 抗体測定においては多くの O 群 LPS との反応性が見られ,診断には用いられないことを示した.以上のこ とから Ec-LPS アレイは ELISA やウェスタンブロットよりも時間やコスト,および手間から見て簡便な方 法であるといえる.
〔感染症誌 81:26〜32,2007〕
序 文
下痢原性大腸菌は主として毒素原性大腸菌,腸管侵 入性大腸菌,腸管病原性大腸菌及び腸管出血性大腸菌
(EHEC)を含み,その他に腸管付着性大腸菌や腸管 凝集性大腸菌が存在している.EHEC は志賀毒素の 存在によって分類され,この産生遺伝子を検出するこ とによって同定されることも多い.またそれ以外の下 痢原性大腸菌の分類はそれぞれ特有な病原因子遺伝子 の検出や毒素の産生試験によって決定される
1).これ まで多くの EHEC 感染症は大腸菌 O157 によって引 き起こされたことが報告されてきたが,最近血清型 O 157 以外の大腸菌によって引き起こされる事例が増え てきている
2).一方,それ以外の下痢原性大腸菌も様々 な O 血清群を示しており,それぞれの下痢原性大腸 菌と O 血清群にははっきりとした相関性はない.し
かしながら,原因食材の調査や,感染経路の追跡,あ るいは集団食中毒内での患者同士の関連性の検討など からみて,O 血清型別診断は必要なことと思われる.
今回我々は我が国での EHEC などの下痢原性大腸菌 感染症患者から分離された大腸菌 O 血清群を中心に 58 種の大腸菌
3)からフェノール・水抽出法で抽出し,
超遠心で精製した LPS を抗原とした Ec-LPS アレイ を作成し,溶血性尿毒症症候群(HUS)患者血清を 用いて反応させ,その有効性を検討したので報告する.
材料と方法
1.供試大腸菌株
大腸菌 O103,O111,O121 株は国際大腸菌クレブ シェラセンター(コペンハーゲン,デンマーク),O26 はフランス国立獣医学研究所(パリ,フランス)より 分与された.O91,0114,0123,0145,0153,0157,
0165 は秋田県衛生科学研究所にて分離同定した株,残 りの O 血清群 47 株(O1,O3,O6,O8,O11,O15,
O18,O20,O25,O27,O28ac,O29,O32,O44,
原 著
別刷請求先:(〒010―8543)秋田市本道 1―1―1
秋田大学バイオサイエンス教育・研究センター 天野 憲一
Fig. 1 Reactivity ofcommercialanti-E.coliO-serogroup antisera versusE.coliLPS measured by Ec-LPS array.1:O-serotype LPS,and asfirstantibodies;2:anti-O26 antisera;3:anti-O55 antisera;4:anti-O86 antisera;5:anti-O111 antisera;6:anti-O119 antisera;7:anti-O126 antisera;8:anti-O142 antisera;9: anti-O157 antisera.
O55,O63,O77,O78,O86a,O112ac, O 113 , O115,O117,O119,O124,O125,O126,O127a,
O128,O131,O136,O142,O143,O144,O146,
O148,O149,O150,O151,O152,O158,O159,
O 164 , O 166 , O 167 , O 168 , O 169 ) は American
Type Culture Collection(ロックビル,USA)より購 入した.
2.大腸菌の培養
大 腸 菌 は Gmeiner 培 地 に て 37℃,overnight で 培
養し
4),0.5% ホルマリン殺菌後遠心にて集菌した.蒸
Table 1 Diagnosticdata ofpatientsused forserodiagnoses. Daysafter diarrhea onset Serum
Symptoms No Patient Age
No.
16 1-1
Diarrhea,HUS 11
1
5 2-1
Diarrhea,HUS 3
2
―b)
3-1 None
15 3a)
― 3-2
5 4-1
Diarrhea,HUS 13
4
9 4-2
5 5-1
Diarrhea,HUS 9
5
8 5-2
14 6-1
Diarrhea,HUS 4
6
a)BrotherofpatientNo.4.
b)Exactdata wasnotobtained.
留水で 2 回洗浄後,凍結乾燥した.
3.LPS の抽出と精製
LPS は乾燥菌体を用いてフェノール・水抽出法
5)で 抽出し,蒸留水で 3 日間毎日透析用の水を交換して透 析した.その後凍結乾燥した.LPS の精製は超遠心
(100,000xg,3 時間)にて行い,その後 2 回洗浄して 凍結乾燥した.得られた精製 LPS(LPS と略す)は SDS-PAGE 後銀染色
4)にて染色したて,泳動パターン を確認した.
4.Ec-LPS アレイの作製
得られた LPS を 0.1M 炭酸ナトリウム緩衝液にて 10 µ g ! mL に希釈した.一方 PVDF メンブレン(日本 ミリポア社製)は 8cm×8cm に切断し,メタノール 中で 10 分間振とうした後メタノールを捨ててブロッ ティング緩衝液で 30 分間振とうした.その後メンブ レンをドットブ ロ ッ ト 装 置(AE−6190 型,ATTO 社製)にセットし,希釈した LPS を 50µL ずつ分注 し,アスピレータで吸引する.5% Tween X20-PBS で 5 分間洗浄してそれを 2 回繰り返した.タッパー ウェアにパラフィルムを敷き,その上にメンブレンを 載せ,3% スキムミルク-PBS を 3mL マウントし常温 で 30 分間静置した.その後 5% Tween-PBS で 5 分 間 2 回振とう洗浄し,洗浄後のメンブレンを濾紙で挟 んで水分を取った後,得られたメンブレンを Ec-LPS アレイとして,使用するまで 4℃ で保存した.
5.Ec-LPS アレイを用いた診断法
保 存 し た Ec-LPS ア レ イ を 5% Tween-PBS で 5 分間洗浄し,タッパーウェアにパラフィルムを敷いて,
その上に載せた.一次抗体として患者血清を 3% スキ ム ミ ル ク-PBS で 1 ! 100〜1 ! 500 倍 希 釈 し,3mL を ア レイにマウントした.常温で 30 分間静置後,Tween- PBS で 5 分間振とう洗浄した.次に二次抗体として,
ペルオキシダーゼ標識の抗ヒト IgG,抗ヒト IgM,抗 ヒト IgA 抗体(Dako 社,デンマーク)をそれぞれ 3%
ス キ ム ミ ル ク-PBS で 1! 250〜1! 500 希 釈 し,3mL を
マウントした.一次抗体に市販抗体(病原大腸菌免疫 O 血清:デンカ生研)を用いた場合は,二次抗体に抗 ウサギ IgG 抗体(Dako 社)を 1! 500 希釈して用いた.
二次抗体を添加後 30 分間静置して,Tween-PBS で 10 分間 4 回振とう洗浄した.洗浄した Ec-LPS アレイを ジアミノベンジジン発色液に浸し,発色するまで振と うした.発色後蒸留水で洗浄して,濾紙に挟んで乾燥 させ,発色したドットを判定した.
6.ウェスタンブロットと ELISA
ウェスタンブロット(WB)と ELISA は Amano ら
6)の方法に準じて行った.
7.HUS 患者血清と抗大腸菌 O 血清
患者血清は秋田県衛生科学研究所で収集した HUS 患者血清を用いた.これらの患者の便からは EHEC は分離されなかった.大腸菌の O 群抗血清はデンカ 生研(東京)より購入した.抗 O103 抗体は国際大腸 菌・クレブシェラセンターより分与された.
結 果
1.大腸菌 LPS と市販抗血清との反応性
58 種の大腸菌 O 血清群株より LPS の抽出精製を 行った結果,乾燥菌体からの回収率は株によって多少 異なるが,フェノール・水抽出の段階では 5〜10%,
超遠心後は 1〜3% の範囲内であった.得られた LPS を水に溶解し て 2mg ! mL の 濃 度 に 調 製 し た.SDS- PAGE で泳動し,銀染色で染色したところ,ほとん どの LPS は階段状のバンドを示しており,O 抗原多 糖部分を有することが確認できた(データ省略).こ れらの LPS と市販の大腸菌 O 血清との反応の特異性 を ELISA 及び WB にて確認した(データ省略).LPS はその同一の O 血清群に対する抗血清と高い反応性 を示した.いくつかの抗血清は同一の血清群以外にも 弱い反応性が見られたが,WB で検討した結果,他の O 血清群の LPS に対する反応性は見られなかった.例 外的に抗 O121 と抗 O125 血清は互いに相手方の LPS の低分子領域の分子と反応しており,コアオリゴ糖部 分に共通抗原性の可能性があるが,多糖部分には交差 反応が見られなかった(データ省略).これらの結果 より O 血清群株より抽出した LPS 58 種は O 抗原多 糖部分において他の O 血清型とは交差性が見られな かったことより,Ec-LPS アレイの抗原として用いる こととした.
次に Ec-LPS アレイと市販抗血清との反応性を検討
した.Fig. 1に一部の結果を示す.市販抗血清は同一
の O 血清型 LPS に反応しており,他の血清型 LPS と
はほとんど反応性が見られなかった.上記 3 種類の測
定法はどれをとっても非常に特異性の高い方法である
ことが示された.
Table 2 Reactivity of IgM antibody in patient sera versus E.coli LPS measured by ELISA.
IgM titers ofpatients seraa)b)
LPS 1-1 2-1 3-1 3-2 4-1 4-2 5-1 5-2 6-1
-
-
-
-
-
+
-
+
- O26
-
-
-
-
-
-
-
-
- O55
-
-
-
-
-
-
-
-
- O86
+
+
-
+
+
+
+
+
+ O103
-
-
-
-
-
+
-
+
- O111
-
-
-
-
-
-
-
-
- O119
-
-
-
-
-
-
-
-
- O121
-
-
-
-
-
-
-
-
- O125
-
-
-
-
-
-
-
-
- O126
-
-
-
-
-
-
-
-
- O127
-
-
-
-
-
-
-
+
- O128
-
-
-
-
-
-
-
-
- O142
+++
+++
-
+++
-
+++
-
+++
++
O157
a)Dilution of patinet sera was 1/100 and anti-IgM anitibody 1/500.
b)- ,OD492nm< 0.1;+,0.1-0.4;++,0.4-0.8;+++,>0.8.
Fig. 2 Reactivity of IgM antibody in patient sera versusE.coli LPS measured by western blotting. As second antibody:antihuman IgM antibody.Dilution ofpatientsera was1/100 and antihuman IgM antibody 1/500.
2.大腸菌 LPS と腸管出血性大腸菌感染症患者血清 との反応性
秋田県で発症した HUS 患者 6 名(Table 1)の急性 期と回復期の血清を用いて ELISA を行った(Table 2).これらの患者は 15 歳以下の小児であり,便から
は EHEC が分離されなかった.患者 No.3 は患者 No.4
の兄であり,発症はしていないが,妹の発症時期に伴
い,同一時期に採血を行った.可能性の高い O 血清
群 LPS との反応性を検討すると,抗ヒト IgM 抗体を
二次抗体として用いた場合,急性期血清である血清
Fig. 3 Reactivity ofIgG,IgM,and IgA antibodiesin patientsera versusE.coliLPS measured by Ec-LPS array.Assecond antibodies:antihuman IgG,antihuman IgM orantihuman IgA antibodies.Dilution ofpatientsera was1/100 and three anti- human antibodies1/500.
3-1,4-1,5-1 はどの LPS とも反応していないが,回 復期血清で あ る 1-1,3-2,4-2,5-2,6-1 は O157-LPS と強く反応していた.血清 2-1 は急性期でありながら 強い反応性が見られたが,これは潜伏期が長かった可 能性がある.二次抗体に抗 IgG 抗体を用いると,様々 な O 血清型 LPS と反応してしまい,診断が つ か な かった(データ省略).この ELISA を基に二次抗体 に抗 IgM 抗体を用いた WB を行うと,Fig. 2に示す ように ELISA で陽性の血清は O157-LPS と強く反応 した.
ついでこれらの患者血清のうち陽性と出た血清に対 して今回開発した Ec-LPS アレイでの反応性を検討し たところ,二次抗体に抗ヒト IgM 抗体または抗ヒト IgA 抗体を用いた場合には ELISA や WB の結果と同 様に 1-1,2-1,3-2,4-2,5-2,6-1 に O157-LPS との反 応性が見られた(Fig. 3).一方,抗ヒト IgG 抗体を 用いた場合はスポットした LPS のほとんどが反応し
ており,ELISA と同様に診断がつきにくかった.
考 察
1996 年堺市を中心とした大規模な集団食中毒事件 が発生し,その原因が大腸菌 O157 による EHEC 感 染症であった
7).これを契機に従来の伝染病予防法の 大幅改定となり,「感染症新法」が成立した.わが国 ではその後も毎年多くの EHEC 感染症が報告され,医 療機関や地方衛生研究所などが対応に追われている.
当初 EHEC はそのほとんどが大腸菌 O157 によるも のと思われていたのに対し,わが国においても最近 O 157 だけでなく多くの O 血清群株が EHEC 感染症を 起こすことが報告されている
2)8).すなわち様々な O 血清群株が志賀毒素を産生することから,その結果,
EHEC の O 血清群を明らかにする必要が生じてきて
いる.原則として O 血清群は EHEC 患者糞便から分
離された大腸菌の O 血清型別で診断されるが,抗生
物質の投与によっての EHEC が分離できない場合や
発症時の菌分離が行われなかった場合などでは原因と なった EHEC の O 血清群が不明になることがある.
そこで我々は患者血清中の抗体価を測定することに よる診断法の開発を試みた.大腸菌 LPS に対する血 中抗体価の測定は Chart ら
9)による WB と ELISA で の 方 法 が 報 告 さ れ て お り,そ の 後 Greatorex &
Thorne
10)は HUS 患者の O157-LPS に対する抗体の産 生を明らかにしている.その他 Blocking ELISA
11),ラ テックス凝集法
12)などの測定法での大腸菌 LPS に対 する抗体価測定を行っているが,臨床診断のための方 法としては浸透していない.また菅原ら
13)は大腸菌 O 157-LPS を抗原として患者血清中の IgM 抗体の測定 をすることによる大腸菌 O157 感染の診断を ELISA 法で開発した.最近になり,Tsutsumi ら
14)は腸管出 血性大腸菌症患者血清と 3 種類の大腸菌 LPS との反 応 性 を ELISA や WB で 行 い,IgM や IgA 抗 体 の 測 定によって診断可能であることを報告している.また Thirumalapura ら
15)は我々と同じようにメンブレンを 用いたマイクロアレイを作成してグラム陰性細菌の同 定に用いることを検討している.我々は日本で腸管出 血性大腸菌感染症の原因として報告されている O 血 清型を含んだ 58 種の O 血清型大腸菌からそれぞれ LPS を抽出し,それを抗原として ELISA,WB,Ec- LPS アレイで患者血清との反応を試み,患者の感染 した大腸菌の O 血清群に対する抗体(IgG,IgM,
IgA)を検出した.ELISA はアレイと長所は似てい るが,血清や二次抗体のウェルへのスポットに手間が かかることや,判定の際,ELISA リーダーが必要と なる点などが欠点である.WB は抗体がどの成分と反 応しているかは視覚的で判断できるが,SDS-PAGE とメンブレンへの転写を行わなければならないこと,
抗原のサンプル数が限られていることから,手間,費 用,時間がかかることが欠点である.それに比較して ドットブロットを基本とした Ec-LPS アレイは他の方 法よりも操作法が簡単であり,判定が視覚でおこなえ ることおよび経済性や時間短縮などが大きな長所であ る.以上のことを考慮すると,このアレイは非常に有 用な手段であることが分かる.但しこの方法における IgG 抗体の測定では O 血清群の診断はできず,IgM または IgA 抗体の測定によって診断が可能であるが,
感染初期には陽性とはならず,患者によって異なるが,
診断のためには発症後 5 日以上必要と思われる.今回 は HUS 患者血清に対する診断を行ったが,このアレ イによる診断は下痢原性大腸菌感染症全般に応用する ことが可能である.
この実験遂行に当たり実験補助をしていただいた澤田石 千佳子氏に深謝いたします.
文 献
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