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感染症学雑誌 第82巻 第 4 号
Ec-LPS アレイを用いた散発下痢症患者の大腸菌 O 血清群診断
1)秋田大学バイオサイエンス教育・研究センター,2)秋田県健康環境センター,3)岩手医科大学医学部細菌学講座,
4)生化学バイオビジネス(株)
天野 憲一
1)2)堤 玲子
3)佐藤 成大
3)田村 弘志
4)(平成 19 年 11 月 19 日受付)
(平成 20 年 4 月 4 日受理)
Key words : Escherichia coli, lipopolysaccharide, O-serogroup, diarrhea, Ec-LPS array
要 旨
前報(感染症学雑誌:81 巻 26-32 頁,2007 年)で報告したように,我々は 58 種類の大腸菌由来 O 抗原 LPS をメンブレンにドットブロットした Ec-LPS アレイを開発した.本報では 8 年以上前に採血し,冷凍保存し ていた散発小児下痢症患者 24 名の血清を用い,このアレイの有効性を検討した.前報と同様に IgG 抗体の 検出では複数の LPS に対する反応性がみられ,診断は困難であった.抗 IgM および抗 IgA 抗体に対する反 応では 24 血清中 20 血清でアレイによる診断が可能であった.一方分離培養法では 15 名の患者からの分離 菌の O 血清群が診断された.両法で診断結果の出た患者 11 名中 7 名が同一血清型となり,血清の古いこと を合わせて考えると,Ec-LPS アレイは O 血清群診断法として利用できると思われる.今回のアレイ診断結 果から自然界に多くの O 血清型を持った下痢原性大腸菌が存在することが予想される.
〔感染症誌 82:300〜303,2008〕
序 文
下痢原性大腸菌感染症の中で患者数の最も多い感染 症は腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症であり,臨床 的にも重症となることがある.EHEC の診断は糞便 中の志賀毒素産生の大腸菌を分離同定することが基本 となっている.ところが抗生物質の使用によって糞便 からの分離が困難な場合や検便を省く場合などでは大 腸菌さらには O 血清群が診断されずにおかれてしま う.EHEC に は O157 血 清 型 の み な ら ず,多 く の O 血清型のあることが調べられており,他の下痢原性大 腸菌による下痢症患者の下痢便中にはさらに多くの O 血清型大腸菌の存在が明らかになっている1)2).そこで 我々は Ec-LPS アレイによる診断法を開発し,大腸菌 の O 血清群を検出することによって,下痢原性大腸 菌感染症の大腸菌 O 血清型診断に応用できることを 前報3)で報告した.本報ではこの診断法の有効性を確 認するため,以前より保存していた散発小児下痢症患 者の血清を用いて診断を試みたので報告する.
材料と方法 1.実験供試大腸菌株
実験に用いた大腸菌株は前報3)で述べた通り,国際 大腸菌・クレブシェラセンター(コペンハーゲン,デ ンマーク),フランス国立獣医学研究所(パリ,フラ ンス),秋田県衛生科学研究所,American Type Cul- ture Collection(ロックビル,USA)より収集した.
2.大腸菌の培養と LPS の抽出・精製3)
大腸菌の培養は Gmeiner 培地にて 37℃,overnight で培養し,0.5% ホルマリン殺菌後遠心にて集菌した.
蒸留水で 2 回洗浄後凍結乾燥した.LPS の抽出は乾 燥菌体を用いてフェノール・水法4)で抽出し,3 日間 透析後凍結乾燥した.LPSの精製は超遠心(100,000×g,
3 時間)にて行い,その後 2 回洗浄した.
3.Ec-LPS アレイの作製と診断法3)
Ec-LPS アレイの作製は以下に示す.LPS を 0.1M 炭酸ナトリウム緩衝液で 10µg!mL に希釈した.PVDF 膜(日本ミリポア)を 8×8cm に切断し,ブロッティ ング緩衝液で振とう後,ドットブロット装置にセット して LPS を 50µL づつ分注した.洗浄後 3% スキム ミルクでブロッキングして常温 30 分間静置,洗浄し て乾燥保存した.この Ec-LPS アレイを Tween-PBS で湿らせ,3% スキムミルクで希釈したヒト血清(1!
100〜1!500 希釈)をマウントして常温 30 分間静置,
洗浄後ペルオキシダーゼ標識抗ヒト IgG 抗体,抗ヒ 原 著
別刷請求先:(〒010―8543)秋田市本道 1―1―1
秋田大学バイオサイエンス教育・研究センター 天野 憲一
下痢症患者に対する Ec-LPS アレイ O 血清群診断 301
平成20年 7 月20日
Table 1 Sporadicdiarrhea patientsprofilesused in serodiagnoses. O-serogroup determined by
Ec-LPS array O-serogroup
ofisolated E.coli VT
detection Blood sampling
time (daysafter diarrhea onset Symptoms
Age (years) Patient
No.
O157 O157
-a) 8
Diarrhea 10
1
O157 O157
VT2 10
Diarrhea 7
2
O157 O157
VT2 2
Fever,Diarrhea 2
3
O26 O26
VT1 2
Diarrhea,HUSb) 13
4
O150 noned)
NDc) 7
Diarrhea,HUS 4
5
O136 none
ND 2
HUS 9 6
O25 none
ND 2
HUS 5 7
O121 none
ND 2
Diarrhea,HUS 4
8
O153 025
ND 2
Diarrhea 4
9
O150 none
ND 16
Diarrhea 1
10
O136 none
ND 7
Diarrhea 6
11
O149 none
ND 2
Diarrhea,HUS 3
12
O149 O26
VT1 5
Diarrhea 3
13
O26 O26
VT1 2
Diarrhea,HUS 5
14
O26 O26
ND 2
Diarrhea,HUS 1
15
O115 O111
ND 11
Diarrhea 5
16
O157 O157
― 11
Diarrhea 6
17
O166 none
ND 2
HUS 1 18
ndf) O111
― 4
Fever,Diarrhea 9me)
19
O115 O26
VT1 13
Fever,Diarrhea 7
20
nd O26
VT1 2
Diarrhea 1
21
O115 none
ND 2
HUS 6 22
nd O26
VT1 3
Diarrhea 2
23
nd O111
― 2
Diarrhea 4m
24
a)-:nottested.
b)HUS:Hemolyticuremicsyndrome.
c)ND:notdetected.
d)none:enteropathogenicE.coliwere notisolated.
e)m:months.
f)nd:notdetermined.
ト IgM 抗体,抗ヒト IgA 抗体(Dako,デンマーク)
を各々 1!500,1!500,1!250 希釈してマウントし,30 分間静置した.洗浄後ジアミノベンジジンで発色した.
4.散発下痢症患者血清と糞便から分離した下痢原 性大腸菌の志賀毒素検出および O 血清群同定 患者血清は岩手医科大学医学部小児科学講座に保存 していた散発下痢症患者血清を用いた.血清の採血時 期は 1998〜1999 年であり,数回の凍結融解を繰り返 している.発症当時に患者の糞便から下痢原性大腸菌 を分離し,その菌の志賀毒素の検出および O 血清群 の同定を行った.志賀毒素(VT1 および VT2)は大 腸菌ベロトキシン検出用キット(デンカ生研)にて検 出,O 血清群は病原大腸菌免疫血清(デンカ生研)に て同定した.
結 果
Table 1に今回用いた散発小児下痢症患者のデータ を示した.これら患者の血清はアレイ上で血清中のア イソタイプ決定のために二次抗体として抗ヒト IgG,
抗ヒト IgM,抗ヒト IgA 抗体を用いた(Fig. 1).IgG 抗体検出では,複数の O 血清群 LPS に反応する血清
が多く存在し,その結果からは O 血清群を診断する ことは困難だった.一方 IgM 抗体の検出においては,
患者 1〜3,17 が O157 のみに強い反応性を示し,患 者 4,14,15 には O26 との反応性が見られた.その 他,患者 8 は O121,患者 9 は O153,患者 10 は O150,
患者 11 は O136,患者 12 は O149 との強い反応性が 見られた.また患者 6 は O136,患者 7 は O25,患者 16 は O115 に対する弱い反応がみられていた.IgA 抗 体検出の場合は,多くの血清において反応性が見られ なかったが,一部の血清については IgM 抗体検出と 同一の反応性が見られた.例えば患者 1〜3 および 17 は O157 と,患 者 4,14 は O26,患 者 9 は O153,患 者 13 は O149,などである.但し患者 2 と 14 は抗 IgM 抗体で検出された O 血清群以外にも抗 IgA 抗体検出 ではいくつかの O 血清群 LPS に対する反応性が見ら れた.患者 20 と 22 は抗 IgM 抗体では判定できなっ たが,抗 IgA 抗体では O115 であると診断できた.ア レイで O 血清群診断の出来た 20 名の患者において,
11 名の下痢便からの菌が分離・同定されていた.そ の両結果を比較すると,11 名中 7 名の患者で一致し
天野 憲一 他 302
感染症学雑誌 第82巻 第 4 号 Fig. 1 Reactivity ofIgG,IgM,and IgA antibodiesin pa-
tient sera againstE. coli LPS measured by Ec-LPS array.Antihuman IgG,antihuman IgM,and antihuman IgA antibodies were used as second antibodies. A showswhere O-serogroup LPS wasfound.
た.異なっていたのは患者 9 で分離菌が O25 に対し てアレイでは O153,患者 13 で分離菌が O26 に対し てアレイでは O149,患者 16 で分離菌が O111 に対し て O115,また患者 20 では分離菌が O26 に対して O 115 であった.患者 13 と 16 の場合,アレイの結果は 発色が弱いながらも三抗体とも全 て O149-と O115- LPS に反応しており,感染した O 血清群は O149 と O115 ではないかと推定された.その他,大腸菌が分 離されなかった 9 名の患者ではアレイを用いて診断す
ると,日本では少ない O 血清群である O25,O115,
O121,O136,O149,O150 お よ び O166 が 特 定 で き ることから,この方法の有用性を示している.今回用 いた患者血清は採血してから 8 年以上経過しており,
その間に IgM 抗体の部分分解が起きている可能性の 高いことから,長期間保存されている血清に対する診 断は難しいが,不可能ではないと思われた.前報3)で 用いた血清は採血して数カ月しか経っておらず,アレ イでははっきりとした診断が出来ていることより,こ のアレイの場合は出来れば 1,2 年以内に採血した血 清について行うのが望ましいと考えられる.コント ロールとして健常人血清を検討したが,抗 IgG 抗体 検出では多くの LPS が陽性となり,一方抗 IgM,抗 IgA 抗体ではほとんど反応が見られなかった.また,
このアレイはあくまで抗原抗体反応によっての診断で あるため,どうしても感染初期には検出が困難であり,
発症後 4 日以降の血清であることが望ましいと思われ るが,今回の検討で,発症後 2 日目で 11 例において 検出が可能であった(患者 3,4,6,7,8,9,12,
14,15,18,22).
考 察
我々は前報3)において溶血性尿毒症症候群患者の血 清を用いて O 血清群診断のための簡易診断法として Ec-LPS アレイの有用性を報告した.このアレイは一 般に行われているドットブロットを応用した方法であ り,一枚のメンブレン上で全ての O 血清群のタイピ ングが可能である.その他の血 清 学 的 手 法 で あ る ELISA やウェスタンブロット(WB)と比較しても明 らかな有意差が見られる.ELISA は 96 穴のウェルに 抗原,抗体,試薬などを入れる手間や,判定の際の ELISA リーダーが必要であること,WB は SDS-PAGE やメンブレンへの転写などの手間,時間,コストの面 などでアレイよりも不利である.
これまでに EHEC 感染症患者の O 血清学的診断に O157-LPS を抗原とした方法がいくつか報告されてい る.Chart & Rowe5)は ELISA と WB を用いて出血性 大腸炎や溶血尿毒症症候群患者の診断法として有用で あることを示している.小野ら6)はラテックス凝集法 を用いて O157 血清学的診断を行っている.その他受 身凝集法を用いての検討は Yamada ら7)によって行わ れている.いずれも O157-LPS のみを用いて行われて いるため,他の O 血清型には対応できない.
今回我々はこのアレイを用いて,保存していた散発 小児下痢症患者血清に応用した.用いた 24 血清中ア レイで型別が可能だったのが 20 血清あり,残りの 4 血清は判定できなかった.今回の判定は前報3)で報告 したように IgM および IgA 抗体検出で示され,IgG 抗体では非常に多くの O 血清群 LPS との反応性が見
下痢症患者に対する Ec-LPS アレイ O 血清群診断 303
平成20年 7 月20日
られたことから,判定は無理であった.これらの血清 は 8〜10 年前に採血され,−80℃ に保存されていた が,数回凍結融解を繰り返されており,特に IgM 抗 体はかなり分解されていることが考えられる.今回の 結果は長期保存による抗体価の低下においてもタイピ ングが可能であることを示唆している.また分離株と アレイによる O 血清群の両方の結果がでている 11 名 のうち,7 名までが一致していることはこのアレイの 正確さを示している.患者 16 ではアレイの結果にお いて,三抗体が全て O115 と反応したことから,本血 清型の大腸菌が主感染と考えられるが,分離菌 O111 との共感染の可能性も否定しえない.このように以前 診断出来なかった過去の下痢原性大腸菌症患者血清に おいてもこの方法で充分判定できる可能性を示した.
以上のことより,自然界には多くの O 血清型を持っ た下痢原性大腸菌が存在し,それらの菌によって下痢 原性大腸菌感染症になっていることから,Ec-LPS ア レイのような一度に多くの O 血清型を検出できるよ うな診断法が必要であると考えられる.但し,現時点 ではこのアレイは補助診断であり,特に原因菌の分離 ができなかった場合や分離していない場合に有効であ ると思われる.
謝辞:この研究をサポートいただいた澤田石千佳子氏に お礼申し上げます.
文 献
1)木村晋亮,小崎明子,佐々木富子,小松原彰:
散発下痢症患者および健常者から分離された糞 便由来大腸菌 O 血清型の比較と地域差.感染症 誌 1999;73:53―61.
2)Tsutsumi R, Ichinohe N, Shimooki O, Obata F, Takahashi K, Inada K,et al.:Homologous and heterologous antibody responses to lipopolysac- charide after enterohemorrhagic Escherichia coli infection. Microbiol Immunol 2004;48:27―38.
3)天野憲一,八柳 潤,斉藤志保子:Ec-LPS アレ イを利用した溶血性尿毒症症候群患者の O 血清 群診断.感染症誌 2007;81:26―32.
4)Amano K, Williams JC:Chemical and immu- nological characterization of lipopolysaccharides from phase 1 and 2 Coxiella burnetii. J Bacteriol 1984;160:994―1002.
5)Chart H, Rowe B:Improved detection of infec- tion by Escherichia coli O157 in patients with haemolytic uraemic syndrome by means og IgA class antibodies to lipopolysaccharide. J Infect 1992;24:257―61.
6)小野智子,高田真人,前田俊郎,伊藤昭夫,神
野英毅,川村尚久,他:ラテックス凝集法を用 いた血清中の腸管出血性大腸菌 O157 LPS 抗体 検出キットの開発.臨床検査 1998;42:945―
7.
7)Yamada S, Kai A, Kudoh Y:Serodiagnosis by passive haemagglutination test and verocyto- toxin enzyme-linked immunosorbent assay of toxin-producing Escherichia coli infections in pa- tients with hemolytic uremic syndrome. J Clin Microbiol 1994;32:955―9.
Clinical Trials ofEscherichia coliO-serogroup Serodiagnosis in Patients with Diarrhea by Ec-LPS Array Ken-ichi AMANO1)2), Reiko TSUTSUMI3), Shigehiro SATO3)& Hiroshi TAMURA4)
1)Bioscience Education Research Center, Akita University,2)Akita Prefectural Center for Health and Environment,
3)Department of Microbiology, School of Medicine, Iwate Medical University,4)Seikagaku Biobusiness Corp After developing the Ec-LPS array for Escherichia coli O-serogroup serodiagnosis (J. Jpn. Infect. Dis., 2007 ; 81 : 26-32), we tested the arrayʼs usefulness in sera bled over 8 years ago from 24 patients with pediat- ric diarrhea. IgM and IgA antibodies in 20 sera among sera from the 24 reacted with a single LPS spot, making it possible to diagnose the O-serogroup. IgG antibodies in almost all patient sera reacted with many LPS among the 58 O-serogroup LPS of E. coli. O-serogroup strains of E. coli isolated from the 24 patients numbered 15. Among 11 patients in who O-serogroups were serodiagnosed by both methods, 7 were diag- nosed with the same O-serogroups. Based on these results, this array appears useful in the O-serogroup se- rodiagnosis ofE. coli.