平成
29
年度 博士学位論文韓国における高等教育改革下の大学開放
――「名誉学生制度」と大学の「知」の変容――
(要約)
創価大学大学院
文学研究科 教育学専攻
金 明姫
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目次
序章 研究の所在と研究の意義 第1節 問題の所在
第2節 研究の目的と方法
第3節 先行研究の検討と本研究の意義 第4節 本研究の構成と用語説明
第1章 高等教育改革下の大学開放の変遷過程 第1節 高等教育改革下の大学開放政策の変遷
1.全斗煥政権(第5共和国、1980-1988) 2.盧泰愚政権(第6共和国、1988-1993) 3.金泳三政権(文民政府、 1993-1998) 4.金大中政権(国民の政府、1998-2003) 5.盧武鉉政府(参与の政府、2003-2008) 6.李明博政府・朴槿恵政府(2008-2017) 第2節 韓国の高等教育の現在
第3節 高等教育改革下の大学開放政策の諸課題
第
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章 韓国における大学開放の成立過程と概念第1節 イギリスとアメリカ合衆国における大学開放の起源 1.イギリスにおける大学開放
2.アメリカ合衆国における大学開放 第2節 韓国における大学開放の起源と展開
1.韓国の大学開放の起源 2.「平生教育法」制定と大学開放 3.韓国における大学開放の諸概念
第3節 今日の韓国における大学開放の諸様相
第
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章 韓国の大学開放と非在来的学習者 第1節 高等教育における非在来的学習者第2節 韓国の高等教育における非在来的学習者のための大学開放事例 1.遠隔大学形態の大学開放
2.開放大学の設立
2 3.単位銀行制度
4.時間制学生登録制
5.大学附設「平生教育院」
第3節 高齢者のための生涯学習の展開と大学開放の課題
第
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章 大学開放と「知」の変容―「名誉学生制度」の事例を通して―第1節 「名誉学生制度」の創設背景と理念 1.「名誉学生制度」の創設背景
2.「名誉学生制度」の創設目的と意義 第2節 「名誉学生制度」の事例検討
1.調査概要
2.他大学における「名誉学生制度」の実態 3.慶北大学の「名誉学生制度」の実態
第3節 「名誉学生制度」と「知」の変容
第
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章 これからの大学開放への展望と課題第1節 高齢者のためのエンパワーメント教育としての大学開放
第2節 世代間の統合のための学習共同体の構築と「知」のイノベーション
終章 結論と今後の課題 第1節 まとめ
第2節 結論と今後の課題 参考文献
【総論】
本論文は、韓国における大学開放研究の一環として、地方国立大学における大学開放プ ログラムである「名誉学生制度」を事例として取り上げ、(1)慶北大学の「名誉学生制度」
創設の直接的契機とその経緯を、韓国の高等教育改革政策の変遷過程に位置づけて検討を 行い、それまでの大学開放と、どのような点で異なっていたのかを明らかにする、(2)7校 における「名誉学生制度」の実態分析をもとに、非在来的学習者である高齢者を大学に受 け入れることでもたらされた、大学の「知」の変容と諸課題を明らかにし、大学開放の在 り方への示唆を得ることを目的としている。
韓国の高等教育は、1980年代、90年代の政府主導の高等教育拡大政策によって、高等教
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育のマス化、ユニバーサル・アクセス化が急速に進展し、21世紀の初めに、早くも、いわ ゆる大学全入時代を迎えた。また、高等教育改革の一環として推進された「高等教育の門 戸開放」政策によって、在来型の大学がもつ閉鎖的な構造が原因で高等教育へのアクセス が妨げられていた成人学習者のために、仕事と学習を連携する「開放大学」、いつでも、ど こでも、誰でもアクセスできる遠隔形態の「放送通信大学」など、高等教育レベルにおけ るオールタナティブ教育制度が拡充されてきた。
他方で、近年においては学齢期人口の激減に直面し、「定員減縮」と「競争力確保」を掲 げた大学構造改革が断行され、これもまた縮小定員に基づく構造改革的努力に見合った財 政支援あるいは予算減額措置として行われ、こうした改革の圧力から、「大学倒産」という 実態に対応するために、入学者を確保するための生き残りをかけた諸戦略の模索が高等教 育の喫緊の課題となっている。
このような状況を受けて、大学自身が学科の統・廃合を通して入学定員を果敢に削減し、
その大学ならではの独自の、差異のあるプログラムの開発、さらに多様な財源確保のため の地域連携、産学連携への取り組みが盛んである。また、知識基盤社会、生涯学習社会、
そして急速な高齢化の進行に伴い、従来の学齢期学生のみの大学から、成人、高齢者など を含む非在来的学習者をも視野に入れた、成人親和型大学への転換が生き残りの一選択肢 として採用されており、こうした諸戦略の策定は入学者を確保できず経営難に陥る地方の 私立大学と専門大学を中心に熾烈化している。
そうした状況から浮かび上がる問いは、従来の伝統的な大学教育の対象ではなかった 人々を大学に招き入れた結果、大学のキャンパスにおいて、実際にどのような影響が起き ているのか、あるいは大学はこうした影響をどのように受け入れたのか、すなわち大学の
「知」の環境はどのように変わっていくのかというものである。しかしながら、これに関 する実証的な研究の蓄積はほぼ見られない。
上記の研究上の問題に答えるために、本論文では、韓国の地方国立大学である慶北大学 が 1995 年から行っている、地域連携を掲げて取り組んだ高齢者のための大学開放
(University Extension)プログラムである「名誉学生制度」を事例研究として取り上げる。
本論文の研究目的を達成するために、以下のような5つの議論の対象を掲げ、それらに ついて検討、考察することを課題として設定している。
第1に、慶北大学が高齢者のために「名誉学生制度」を創設するようになった直接的な きっかけとその経緯を確認するため、韓国における高等教育改革が本格的に推進された 1980 年代以降の高等教育改革下の大学開放政策の変遷過程を検討する。それを踏まえて、
韓国のこれまでの大学開放は高等教育政策とどのように連動されてきたのか、それらが今 日に残した課題とは何かを明らかにする(第1章)。
第2に、韓国における大学開放の成立過程とその概念を確認するため、今日の大学開放 の起源とされるイギリスとアメリカ合衆国における大学開放の成立過程とその理念を概観 し、韓国の大学開放は、イギリスとアメリカ合衆国におけるそれとはどのように異なって
4 いるかを整理する(第2章)。
第3に、高等教育の非在来的学習者とは何か、また彼らは高等教育の中でどのように位 置づけられているかを、韓国における大学開放の主要事例を用いて検討する。高等教育の 非在来的学習者、とりわけ、「名誉学生制度」の対象であり、韓国において教育機会が最も 乏しい高齢者に焦点を当てて、韓国では高齢者のための教育あるいは学習は、これまでど のように展開されてきたのかを生涯学習政策を中心に検討し、高齢者のための大学開放の 諸様相と課題を明らかにする(第3章)。
第4に、「名誉学生制度」を実施している全7大学の実態分析をもとに、実施大学におけ る制度の異同と諸課題を確認する。それを踏まえ、非在来的学習者である高齢者を大学に 受け入れることでもたらされた、大学の「知」の環境の変容と、大学のキャンパスに生じ させた新たな課題とは何かを明らかにする(第4章)。
第5に、「名誉学生制度」の事例分析を手がかりに、これからの大学開放の展望と課題を 示し、大学開放の在り方への示唆を得る(第5章)。
【各章の要約】
序章 研究の所在と研究の意義
本章では、韓国の高等教育改革における大学開放の諸様相と喫緊の課題を概観した上で、
これまでの先行研究の検討を踏まえ、本研究の目的と課題、研究方法を示している。
本研究で取り上げる事例である「名誉学生制度」は、これまでの先行研究において、大 学の豊富な教育資源を活用し、地域社会に高等教育の機会を提供すると同時に、高齢者と 大学生が同じ講義室で一緒に学ぶことによって、世代間の対話を広げ、世代共同体の教育 ができる高齢者教育の一プログラムとして高く評価されてきた(ホ・ソネ2004、ジョン・
ジュンモ2009、ハン・ジョンラン2015)。しかしながら、これらの先行する研究において は大学における高齢者のための一プログラムとして取り上げることにとどまり、高齢者の 学びが大学の知の環境に及ぼした影響やその諸実情に関する分析や考察は欠けている。ま た、「名誉学生制度」が実施された7大学における実態分析に基づく実証研究は2005年以 降行われていない。
本研究は、まず、それまで大学における高齢者教育プログラムとして扱われてきた「名 誉学生制度」を大学開放プログラムとして取り上げ、韓国における高等教育改革政策の変 遷課程に位置づけて考察を行うこと、次に、「名誉学生制度」を実施している全7大学の実 態分析をもとに、それまでの大学開放との異同を解明すること、さらに、高齢者の学びが 大学の「知」の環境に及ぼす影響と大学の「知」の変容をも考察を行うことが、従前の研 究と相違している特徴であり、本研究の意義として挙げられる。
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第
1
章 高等教育改革下の大学開放の変遷過程第1章では、「名誉学生制度」が創設された背景とその経緯を検討するため、高等教育改 革が本格的に推進された 1980 年代以降の高等教育下の大学開放政策の変遷を政権別に概 観し、大学開放は高等教育政策とどのように連動されてきたのか、それらが今日に残した 課題とは何かについて検討を行った。
韓国の高等教育は、1980 年代の高等教育へのアクセスを拡大する「高等教育門戸開放」
政策、1990年代の「大学設立自律化」政策によってかつてない量的拡大を達成した。トロ ウの高等教育発展段階に従えば、同一年齢の高等教育就学率は1982 年に17%で高等教育 のマス段階に急速に突入し、2000年には52.5%に達し高等教育のユニバーサル・アクセス 段階に移行した。全日制及び定時制の高校卒業者の大学進学率は 2003 年に 90.1%まで上 り、いわば、大学全入時代を迎えたのである。学生の数も、1980年の約65万人から1990 年には約170万人へと急速に増加し、2016年には約352万人にいたる。
また、1980年には、「国家は平生教育を振興しなければならない」と大韓民国憲法第29 条第5項に「平生教育」が明文化され、1982年に「社会教育法」、1999年には「平生教育 法」が制定された。大学開放は生涯学習を法的に保障する「平生教育法」の下、高等教育 改革の一連の政策と連動しつつ、遠隔大学や成人教育機会の拡大のための社内大学、単位 銀行制度など、高等教育機会の量的拡大はもとより、その形態と内容も多様化した。
しかしながら、1997年の韓国IMF危機と2000年頃から顕著になった少子化による学齢 人口の激減によって、大学の量的規模を大幅に縮小し、評価と財政支援の連携、大学教育 の質保障と競争力の強化を狙う改革が推進され始めた。近年においては、「競争」「評価」
「定員減縮」「不良大学退出」といったスローガンに凝縮される大学構造改革政策が断行さ れ、入学資源の確保で最も厳しい状況に置かれている地方大学においては、「大学倒産」と いう実態に対応するための諸戦略が模索されつつある。大学の存続にかかわる資源である 学生を獲得するためにそれまで大学の主流ではなかった成人、女性、高齢者などの非在来 的学習者の大学の正規課程へのアクセスを容易にする制度(例えば「晩学徒制度」)の運営、
個別大学に特化した差異のあるプログラムの開発、学費に依存している大学財政戦略から 脱皮した多様な財源確保のための地域連携、産学連携など、従来の在来的学習者のみの大 学から、非在来的学習者をも視野にいれ、大学を開放していくことが生き残りの一つの選 択肢として採用されている。
大学開放に関連する内容として、2008年からは「大学平生学習活性化支援事業」が打ち 出され、成人学習者に柔軟に対応した高等教育体制への転換とともに、地域社会に高等教 育の機会を拡大し、高等教育の地域社会への生涯学習の機能が強化された。2016 年には、
新たな成人親和型大学である「平生教育単科大学」支援事業が創出され、在職者の継続教 育の機会を拡大しつつ、生涯学習者オーダーメード型単科大学を支援する政策が実施され ている。
こうした政策の変遷からみると、今日の韓国の高等教育の膨大な拡大は政府主導の大学
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改革政策によって誘導された結果であるといえる。また、生涯学習を法的に保障する「平 生教育法」の下、高等教育改革の一連の政策と連動した大学開放政策が実施され、多様な 開放型大学の創出と高等教育の機会を拡大する諸制度を生成させた。
しかし、今日の大学の供給過剰という問題を発生させるきっかけとなる大学設立自律化 政策や、大学の多様な特性と諸事情を無視した等級別評価、大学自体の根本的な改革を伴 わない政府主導の臨時方便的な一連の政策は大学の自律性を阻害する問題となりつつある。
また、こうした高等教育改革下で推進された大学開放政策が作り出した弊害も少なくな い。第一に、入学定員の確保に失敗した大学が、大学開放を一種の弥縫策として着手した 結果、そのプログラムは、当然のことながら、単発的あるいは画一的となり、成人学習者 の教育ニーズとのミスマッチや、正規課程との不連携という問題を生み出したことである。
第二に、地域社会の「すべての人々に開かれた生涯学習の場」を担うべき大学開放を目指 しながら、その対象が依然として一部の成人に限定されており、これもまた学位取得のオ ールタナティブとして扱われていることである。これは、大学の人的、物的インフラを以 て地域社会に貢献することが大学本来の使命であり、役割であるという意識が生成されな いまま、政府主導の政策によって「生涯学習の義務化」という強いられた取り組みが、前 述のような弊害を生み出してしまったといえる。
第
2
章 韓国における大学開放の成立過程と概念第2章では、今日の大学開放の起源とされるイギリスとアメリカ合衆国における大学開
放(University Extension)の成立過程と概念について概観し、韓国における大学開放の展開
過程と概念について検討した。
18 世紀後半の産業革命以降、イギリスの高等教育、特にオックスブリッジにおいては、
一部の特権階級と宗派の占有物とされた高等教育への批判と、新たに発生された中産階級 と労働者階級を含む一般大衆にも門戸を開放し大学と民衆の関係を改善する改革が要請さ れた。大学開放は、オックスフォード大学のW. シューアル(William Henry Sewell, 1804- 1874)が大学改革の方策として提出した「大学の拡張のための提案(Suggestions for the Extension of the University)」(1850年11月26日)において「教育を必要とする大衆を大学 の中に連れてくることは不可能であるにしても、大学を大衆のところへもちこむことが可 能ではなかろうか」という意見が、ケンブリッジ大学のJ.スチュアート(James Stuart, 1843- 1913)の「大学拡張に関する書簡(A Letter on University Extension)」(1871年11月23日)に おいて「大学教育を受ける機会に恵まれない学外の人々に大学教育を提供する」構想とし て生まれたとされる。J.スチュアートは大学拡張の原理として、①日々の生活から大学に 来ることができない人々の高等教育ニーズを満たすべく大学の門戸を開放すること、②成 人を対象にした教育は継続的でなくてはならない、③大学は組織的に責任をもつ専門部局 を持つこと、と設定しておりこうした大学拡張、あるいは大学開放の原理は今日の大学開 放の理念として成り立っている。
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アメリカ合衆国の場合、1862年にモリル法(Morill Act)が法制化された後、国有地付与
大学(Land-grant College)や新設大学を中心に農民たちに農作業に必要な知識や技術、新
しい機械などの教育活動を行ったことがその源流の一つとされる。大学教授を講師とする 学外の通俗講義は 19 世紀前半に始まったライシャムと呼ばれる成人学習運動において活 発に行われていたが、大学開放がアメリカで広く認識されるのは、1890年代のイギリスの 大学拡張運動がアメリカ合衆国に流入されてからである。アメリカにおける大学開放は、
地域社会の課題を解決するためのサービスを大学自身が主体的に提供するという、独自の 新しい形態で展開されるようになった。ウィスコンシン大学を中心に、州全体をキャンパ スとし大学教育だけでなく、通信教育、夜間学校、図書館事業などの多様で広範なアプロ ーチの大学開放事業が推進され、大学開放は社会貢献、地域社会への貢献を大学の使命と して定着されていることを特徴として挙げられる。
これに対して、韓国における大学開放の起源は 1905 年に開校した普成専門学校の夜間 課程と同校が 1909 年に法学科のための創設した校外生制度に有しているが、イギリスと アメリカ合衆国に起源をもつ大学開放が展開されたのは、1970年の啓明大学における女性 のための市民公開講座である。
韓国における大学開放は、①植民地支配下の識字教育、啓蒙運動など地域社会への奉仕 活動、②1970 年代の地域社会教育の一環としての大学講座の公開、③1980 年の「平生教 育」の義務化と高等教育改革としての大学開放、④1999 年の「平生教育法」の制定以降、
大学附設「平生教育院」の拡大と成人親和型の高等教育体制の構築、の大きく四つの方向 性をもって展開されてきた。また、先行研究の分析からみると、従来の大学開放の概念は、
①正規の学生ではない非在来的学習者、主に成人学習者を対象に、②学位課程または非学 位課程を含むすべての教育活動を組織的に行い、③社会もしくは地域社会に貢献すること である、と定義されてきたが、「平生教育法」制定以降は、生涯学習の次元から高等教育体 制が再編されることにより、大学で一般成人のために提供する全ての教育活動を包括する 上位概念として大学平生教育の概念が使われている。
韓国の今日における大学開放は、成人学習者を入学定員として獲得するため、大学のシ ステムを成人親和型に転換する「平生教育単科大学」の創設など、高等教育と生涯学習が 統合された「高等平生学習複合体制」という新たな大学開放の様相として現れている。
第
3
章 韓国の大学開放と非在来的学習者第3章では、大学開放を通じて新たに招き入れた非在来的学習者は、韓国の高等教育に おいてはどのように位置づけられているかを主要事例に着目して検討した。また、非在来 的学習者、とりわけ「名誉学生制度」の対象である高齢者のための教育は、これまでどの ように展開されてきたのかを政策を中心に整理し、高齢者のための大学開放の役割とは何 かを考察した。
韓国の高等教育における非在来的学習者のための大学開放事例のうち、放送通信大学、
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開放大学、単位銀行制度(Credit Bank System)、時間制登録生、大学附設「平生教育院」の 主要事例を取り上げ、創設の意義や実態について概略的に検討した。これらの大学開放事 例から見ると、韓国における大学開放は、まず、成人のための高等教育の拡大が主流とな っていることである。成人が働きながら学ぶことができる開放大学の設立、単位銀行制度 や時間制登録生などの学位取得を容易にする制度の拡大が、この例に当たる。次に、大学 附設「平生教育院」を拡大し、大学の地域社会への生涯学習の機能を強化させ、地域社会 の生涯学習の拠点となる大学が図られたことである。
しかしながら、多くの大学は相変らず学齢期中心の大学のシステムを維持したまま、学 生枠のみ成人学習者に転換しており、結果として、キャンパスにおける成人学習者は周辺 的な存在となっている。また、大学開放は大学の付随的な機能として捉えられ、ごく制限 された教育または非学位課程が多く、教養や趣味など、大学の収益を創出するプログラム が中心となっていた。さらに、地域社会のすべての人びとのために大学教育を開放するこ とがこの機関の存在条件であるにもかかわらず、教育機会が乏しい高齢者などに対する教 育はほぼ行われてこなかった。
一方、韓国において、現在65歳以上の高齢者は、かつて日本帝国主義と朝鮮戦争によっ て、教育機会が最も乏しい世代である。そのため、1970代から地域の生涯学習センターを はじめ、福祉施設などでは、福祉サービスの一環として、ハングル教育やレクリエーショ ン等を中心としたプログラムが活発に行われてきた。
「平生教育法」の制定以降、高齢者のための生涯学習政策が本格的に開始され、「老人教 育専門家の養成」や「老人教育課程の師範運営支援事業」など、高齢者のための教育機会 を拡大するとともに、高齢者にかかわる専門家の育成まで多角的に実施されてきた。「名誉 学生制度」は、「高等教育機関を活用した高齢者教育の活性化方案」の一取り組みとして奨 励され、「老人教育課程の師範運営支援事業」として2002年から実施され、この事業とし て「名誉学生制度」を導入した大学は、全北大学のほか3大学である。
しかし、「老人教育課程の師範運営支援事業」など、より体系的、専門的な高齢者教育を 生成しうる事業は2005年からは支援が中断され、単発的な事業にとどまってしまった。ま た、1990年代後半から多角的に立案された高齢者教育政策のほとんどは、実行にはつなが らない、宣伝的な発表にとどまり、結果的には“政策の不在”として現れた。
韓国において高齢者に対して行われてきた教育政策は、急変する高齢社会に応じるため の“準備や適応教育”が主流であり、高齢者は疎外階層として扱われ、教育、また学習の 機会を提供することのみに汲々としてき。また、福祉もしくは人的資源開発の二つに焦点 を当てた議論が形成され、高齢者たちを他の誰かによって彼らの運命が決定される客体と して見ていること、高齢者の集団の中に存在する多様性あるいは差異について十分な考慮 がなされていないと指摘された。すなわち、高齢者がみずからの状況や環境を切り拓いて いくために学習の内容と方法をみずから選び決定すること、さらに、このような学習を通 して、主体的に社会に参画し、様々な課題に働きかける学習を反映した政策が行われて来
9 なかったことである。
地域社会の「知の拠点」、「成人に開かれた大学」など、大学に生涯学習を牽引する役割 が求められるなか、従来の伝統的な大学教育の対象ではなかった人々を大学に招き入れ、
全世代が融合した「世代間の統合」、「生涯にわたる教育の実践のための場」である大学こ そ、高齢者が主体的な学習を通じて自身の状況をより良い方向へ変えていく、人生の主体、
社会変革の主体である生涯学習者としての教育、学習を行う役割をもつのである。
第
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章 大学開放と「知」の変容―「名誉学生制度」の事例を通して―第4章では、本研究の事例である「名誉学生制度」が実施された7校の大学における「名 誉学生制度」の実態を分析し、諸大学における「名誉学生制度」の異同について考察を行 った。これをもとに、非在来的学習者である高齢者を大学に受け入れることでもたらされ た大学の「知」の変容と諸課題を明らかにした。
まず、「名誉学生制度」は従来の大学開放に対して、①高等教育へのアクセスが最も乏し い高齢者(満55歳以上)を優先的に考えたこと、②全学部の全科目を開放し、大学生と一 緒に授業を受けること、③非学位課程ではあるが、3年間30単位を履修した場合、修了証 を与え、大学における学習のアウトカムズを認定していること、④運営主体が大学本部で あること、⑤名誉学生に、在学生と同様の学内クラブ活動を促していたこと、という点が 異なっていた。
次に、「名誉学生制度」の実施以降、大学の「知」の環境に及ぼした正と負の影響と、新 たな課題について次のような結果が得られた。
第一に「名誉学生制度」は、その創設当初、慶北大学が、政府主導の改革政策に先駆け て、地域社会に貢献する奉仕の一環として、地域に根差した「知の拠点」を、大学の改革 課題として取り上げ、全学的ガバナンスで推進されたものである。
第二に、大学が非在来的学習者に相応しい「知」の環境へと転換する柔軟性を発揮して いることである。高齢者の要望を受け、高齢者の学習ニーズを反映した「名誉大学院課程」
を創設し、現在は「名誉学生制度」を代替する規模に拡大し大学の中心的な大学開放プロ グラムとして機能している。
第三に、昨今の大学開放が、一般成人の再教育に注目していることに対して、「名誉学生 制度」は高齢者を優先にしていたことである。教育疎外階層として捉えられてきた高齢者 を、若い学生と同じく学ぶ意欲を持つ、学習の可能性を持つ存在として見直し、高等教育 レベルの教育を行ったことである。
第四に、非在来的学習者である高齢者が若い在学生と一緒に学び合い、互いの知と経験 を持ち寄り、それを交流することによって、お互いの距離を克服し、大学のキャンパスに、
より一層勉学の雰囲気を広げていたことである。
第五に、「知」の共有との地域社会への「知」の還元である。「名誉学生同期会」の文集
『誉林』において、詩や随思、論壇など、各自が学んだ知識を共有し、同誌上の教授フォ
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ーラムには慶北大学の教授からも投稿を受けていた。また、名誉学生クラブと自治会活動 を通じて、地域社会にボランティアとして活動するなど、名誉学生の学びは地域社会に還 元していく実践として現れている。
以上の検討から、「名誉学生制度」は、従来の大学開放に対して、①高等教育へのアクセ スが最も乏しい高齢者を優先的に考え、在学生と同様に名誉学生の在学、在籍などの学事 運営、クラブ、自治体活動などを大学本部が全学的ガバナンスで行っていたこと、②大学 における学習のアウトカムズを認定し、正規学位課程への流動性を保っていたこと、③新 たな「名誉大学院課程」の創設など、非在来的学習者である高齢者が学びやすい、より良 い知の環境づくりを柔軟にしていたことで、韓国における大学開放の最先端の実践事例と して取り上げることができた。
しかしながら、大学に新たに招き入れた非在来的学習者と在学生が共に学び合うために 改善すべき課題は残されている。在来的若い学生と非在来的学習者の高齢者が互いの知を 持ち寄り、共に学び、それまでの知識や経験を共有できるカリキュラムの構築、非在来的 学習者のより良い学習のための相談や支援などをどのように行っていくかが最も考えるべ き課題である。
第
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章 これからの大学開放への展望と課題第5章では、「名誉学生制度」の事例分析を手がかりに、大学開放の在り方への示唆を探 ってみた。
「名誉学生制度」は、高齢者が学習の内容と方法をみずから選び決定する主体的な学習 を通じて、自身の課題に真摯に向き合い、さらに、地域社会の課題にも積極的に参加しな がら、自身の状況と環境はもとより、地域社会の環境をもより善い方向へ変えていく、人 生の主体、社会変革の主体としての教育、すなわち、「エンパワーメントの教育」としての 可能性をもつことを示した。
また、大学が全学的なガバナンスで促進してきたクラブ活動は、高齢者同士あるいは高 齢者と若い学生が互いの知識と経験を交流し合い、世代間の統合を目指す学習の共同体づ くりの可能性が開かれていることを論じた。
さらに、大学が高齢者のニーズに応じて、新たな知の環境である「名誉大学院制度」を 創設したことは、こうした「知」は地域社会に還元されていく、「知の善循環」を創出させ る、地域社会の「知の拠点」たる大学開放の在り方であることを示した。
大学開放を通じたより良い「知」の環境は、(1)大学が全学的なガバナンスの視座から、
大学開放で新たに招き入れた非在来的学習者を在来的学習者と同様に、主流の学生として 位置付けること、また、(2)新たな教育ニーズを反映した知の環境を創り上げていく柔軟 性を発揮していくこと、(3)こうして生成された知の環境は、大学自体をより善くしてい く学習の共同体として成り立っていくことへのコンセンサスが前提となっている、の3つ を大学開放の在り方への示唆として得た。
11 終章 結論と今後の課題
終章では、本論文で設定した研究課題の到達点を確認し、各章を概略的にまとめた。ま た、本論文に残された課題と今後の研究課題を示した。
本研究は、学びを求める者であれば誰でも自由にアクセスできる、いわば、「万人に開か れた大学」へと変容されつつある今日の状況下で、そもそも大学教育の対象ではなかった 人々を、とりわけ、高齢者を大学に招き入れた結果、大学のキャンパスにおいて、実際に どのような影響が起きているのか、あるいは大学はこうした影響をどのように受け入れた のか、すなわち大学の「知」の環境はどのように変わっていくのかという問いから始まっ た。
本研究では、「名誉学生制度」の実態分析をもとに、結論として、次の知見が得られた。
「名誉学生制度」は、従来の大学開放に対して、①高等教育へのアクセスが最も乏しい 高齢者を優先的に考え、在学生と同様に名誉学生の在学、在籍などの学事運営、クラブ、
自治体活動などを大学本部が全学的ガバナンスで行っていたこと、②大学における学習の アウトカムズを認定し、正規学位課程への流動性を保っていたこと、③新たな「名誉大学 院課程」の創設など、非在来的学習者である高齢者が学びやすい、より良い知の環境づく りを柔軟にしていたことで、韓国における大学開放の最先端の実践事例として取り上げる。
また、「名誉学生制度」が示唆しているように、大学開放を通じたより良い「知」の環境 は、(1)大学が全学的なガバナンスの視座から、大学開放で新たに招き入れた非在来的学 習者を在来的学習者と同様に、主流の学生として位置付けること、また、(2)新たな教育 ニーズを反映した知の環境を創り上げていく柔軟性を発揮していくこと、(3)こうして生 成された知の環境は、大学自体をより善くしていく学習の共同体として成り立っていくこ とへのコンセンサスが前提となっている、というこれら3つを、これからの大学開放の在 り方への示唆として得られた。
しかし、本研究は、大学の「知」の環境の中核である授業の変容、すなわち、若い学生 層と高齢者がともに学ぶ講義室では、どのような学びの姿であったのか、また現役学生、
そして大学の教員は、名誉学生の学習にいかに関わっていたのか、そして相互間の知はど のように共有されていたのか、という実際の授業の場面に関する検討ができなかった。ま た、今日における名誉学生の学びの変容や、「名誉学生制度」に対するニーズや満足度など、
名誉学生の声を反映する実証的な調査が行われていないことが課題として残されている。
今後、高齢化社会が成熟するにつれ、高学歴、高所得のベビーブーム世代を含めた中高 齢者の高等教育へのアクセスが増えると予想されるなか、高齢者をはじめとする非在来的 学習者が在来的な学生層とともに学びやすい学習の在り方や環境を模索したい。そのうえ、
大学開放を通じて、大学自体がよりよい学習の環境へと改善されていき、大学が地域社会 の「知の拠点」として成立する可能性を、さらに事例を集約し、日本との比較研究を考え ていきたい。その際、アメリカ合衆国等で長い歴史をもっている「大学拡張」、「大学開放」
という理念と実践をも参照にし、今後の研究課題とする。