﹃源氏物語﹄
の﹁老いしらへる﹂人
反転する価値と︑その逆説的有効性
外
山
はじめに
﹁老いしらふ﹂の﹁しらふ﹂は︑何ものかに心の動きを占領され
て麻痺・夢中の状態になる意の﹁しる﹂に︑反復・継続の接尾語﹁ふ﹂
のついた形である︒つまり︑老いによって心の動きが完全に支配さ
れてしまった状態をいい︑それを﹁年をとって正常な判断力が鈍く ユ なる︒おいぼれる︒もうろくする︒﹂︵角川古語大辞典︶︑﹁見るから
に老いほうけて︑わずかに昔の記憶があるような様子である︒﹂︵岩
波古語辞典︶︑﹁年を取って︑もうろくする︒年をとって︑ぽける︒ ヨ おいぼれる︒おいしれる︒﹂︵日本国語大辞典︶と説明している︒
以前稿者は︑女三の宮付きの老女房である﹁老いしらへる﹂人が︑
主要人物の隠された秘密に限りなく近づく発言をしてしまうことで︑ き無意識のうちに主要人物に揺さぶりをかけてしまう様相を論じた︒
本稿では︑旧稿をふまえた上で︑考察の対象を﹃源氏物語﹄全体に
愛知淑徳大学論集ー文学部・文学研究科篇ー第二八号 二〇〇三・三 三九−五一 広げ︑﹁老いしらへる﹂人が物語の進行のなかでどのようにしくみとして生かされているのかを掘り下げて検討する︒その際︑本稿では類似表現との比較を通して︑老いの極まった状態にある﹁老いしらへる﹂人の役割の差異を明確にし︑さらには︑﹃源氏物語﹄前後に成立した他の物語文学に登場する﹁老いしらへる﹂人を視野に入れることで︑﹃源氏物語﹄固有の機能をも抽出していく︒ 肉体と精神のすべてを老いに支配された︑いわば老いの究極のありようを体現した﹁老いしらへる﹂人を︑﹃源氏物語﹄がどのように把握し︑活かしているのか︒こうした﹁老いしらへる﹂人へのまなざしは︑必然的に﹃源氏物語﹄にとって︿老い﹀とは何か︑という問いに発展していくものと考えている︒
﹃源氏物語﹄第一部の﹁老いしらへる﹂人
﹃源氏物語﹄における﹁老いしらふ﹂の用例は︑﹁老いしらへる
三九
愛知淑徳大学論集ー文学部・文学研究科篇ー 第二八号
人々﹂︵賢木巻・藤壺中宮付き老女房︶︑﹁老いしらへるどもは﹂︵明
石巻・内裏老女房︶︑﹁老いしらへる女房など﹂︵常夏巻・弘徽殿女
御付き老女房︶︑﹁老いしらへるは﹂︵若菜上巻・朱雀院付き老女房︶︑
﹁御乳母などやうの老いしらへる人々ぞ﹂︵若菜上巻・女三の宮付
き老女房︶︑﹁老いしらへる人などは﹂︵柏木巻・女三の宮付き老女
房︶︑﹁中に老いしらひて﹂︵総角巻・宮の大夫︶の︑計七例である︒
このうち︑総角巻の用例を除いた六例が女房を指し示すことばとし
て用いられている︒﹁老いしらへる﹂人たちは︑物語のなかである
共通する重要な役割を担いつつ︑物語の進行にしたがってその役割
自体がしだいに発展・深化していく︒そこで︑物語第一部と第二部
に登場する老女房たちを中心に︑﹃源氏物語﹄における﹁老いしら ら へる﹂人の機能をみていくこととする︒
桐壼院の一周忌を終え︑光源氏は出家した藤壼のもとに年賀のた
め参上する︒時流の変化で屋敷内はひっそりと静まり返り︑部屋の
しつらいも出家者の住まいに様変わりしている︒光源氏は︑こうし
た変化を目の当たりにして万感の思いを抑えきれないが︑﹁とみに ねものものたまはず﹂﹇賢木・ニニ六頁﹈︑また︑ほのかに聞こえる藤
壼の声に感極まって思わず涙ぐむが︑周囲の目を意識しあくまでも
平静を装ってコ言少な﹂﹇賢木・=二七頁﹈のまま退出する︒光源
氏は︑藤壼へのこみ上げる感情を必死で抑制し︑その結果逆に寡黙
になってしまったのだ︒藤壼も﹁思し出つること多﹂﹇賢木・=二
七頁﹈いものの︑光源氏同様︑複雑な胸中は語らない︒ 四〇
ところが︑光源氏や藤壼がお互いを思いつつも決して多くを語ら
ないなかで︑反対に多弁なのが﹁老いしらへる人々﹂であった︒
﹁さもたぐひなくねびまさりたまふかな︒心もとなきところな
く世に栄え︑時にあひたまひし時は︑さる一つものにて︑何に
つけてか世を思し知らむと推しはかられたまひしを︑今はいと
いたう思ししづめて︑はかなきことにつけても︑ものあはれな
る気色さへ添はせたまへるは︑あいなう心苦しうもあるかな﹂
など︑老いしらへる人々うち泣きつつめできこゆ︒
﹇賢木・=二七頁﹈
﹁老いしらへる人々﹂は︑言葉少ない光源氏の様子に以前の彼とは
異なるものを感じ取り︑それを逆境に直面したことによる人間的な
成長と解釈して泣きながら称賛する︒藤壼へのあふれる思いをひた
隠し︑つとめて平静を装っていたため逆に寡黙になってしまった光
源氏の不自然な態度を︑﹁老いしらへる人々﹂は見逃さなかったの
だ︒真意を悟られないよう意識的に感情を抑制していたはずなのに︑
﹁老いしらへる人々﹂によって︑光源氏の︿異変﹀は見破られてし
まうのである︒
だが︑﹁老いしらへる人々﹂は︑光源氏と藤壼との秘密を知らな
い︒したがって︑藤壺に対面した光源氏の︿異変﹀を見抜きながら
も︑結局はそれを光源氏の人間的成長に結びつけて解釈するよりほ
かなかった︒﹁老いしらへる人々﹂は︑特有のするどい観察眼によっ
て︑光源氏や藤壼という主要人物の抱える複雑な背景や事情に限り
なく近づいているようでいて︑やはり真相の核心部分︵光源氏と藤
壼の密通︶にまで行き着くことはなかったのである︒
このように︑他の人物が沈黙を守ろうとする︿場﹀のなかで︑ひ
ときわ多弁な﹁老いしらへる﹂人の特徴を語っているのが︑常夏巻
の用例である︒
女御の君に︑﹁かの人参らせむ︒見苦しからむことなどは︑老
いしらへる女房などして︑つつまず言ひ教へさせたまひて御
覧ぜよ︒若き人々の言ぐさには︑な笑はせさせたまひそ︒う
たてあはつけきやうなり﹂と︑笑ひつつ聞こえたまふ︒
﹇常夏・二四一頁﹈
近江の君の処遇に頭を悩ませる父内大臣は︑異母姉にあたる弘徽殿
女御に近江の君を託すことにする︒内大臣は近江の君の教育係とし
て︑弘徽殿女御に仕えている﹁老いしらへる女房など﹂を指定する︒
内大臣の﹁老いしらへる女房﹂に対する期待は︑弘徽殿女御の妹と
いう身分血筋に遠慮することなく︑近江の君の﹁見苦しからむこと﹂
は﹁つつまず﹂指摘するという点にある︒﹁老いしらへる﹂人は︑
他の人物ならば遠慮するであろう社会的身分や周囲の状況に対して
も︑何の配慮もなく本質的な事柄を無遠慮にことばにしてしまう︒
そうした﹁老いしらへる﹂人の特性は本来ならば負の要因となるべ
きだが︑内大臣はそれを逆に近江の君の教育に有効的に利用しよう
としたのである︒
物語第一部に登場する﹁老いしらへる﹂人は︑周囲が沈黙を守ろ
﹁源氏物語﹂の﹁老いしらへる﹂人︵外山 敦子︶ うとするなかで︑ただ一人︑本質に限りなく近づく発言をしてしまう役割を果たしている︒しかも︑賢木巻の﹁老いしらへる﹂人は︑光源氏の︑真意を見抜かれまいとする意識的な行為を見破ってしまう︒﹁老いしらへる﹂人は︑光源氏の抱える秘密に無意識のうちに近づいてしまう危険人物として︑物語に存在するのである︒
一一@﹃源氏物語﹄第二部の﹁老いしらへる﹂人
﹃源氏物語﹄第二部に登場する三例の﹁老いしらへる﹂人は︑す
べて女三の宮の結婚︵生活︶に関連する場面で登場している︒主要
人物の意識的な行為を見破り︑主要人物の抱える秘密に近づいてし
まう物語第一部の﹁老いしらへる﹂人の役割は︑第二部に展開する
と︑主要人物をもおびやかす存在に発展・深化するようになる︒朱
雀院の病により決定した女三の宮と光源氏との結婚は︑薫の出産を
経て女三の宮が出家することで終わりを迎えるが︑実は︑﹁老いし
らへる﹂人が︑女三の宮の結婚生活の始発と終焉に大きく関わって
いる︒はじめに︑結婚の終焉の場面からみていくことにする︒
光源氏が朱雀院鍾愛の内親王を正妻に迎えて七年後︑その女三の
宮が柏木との密通を経て男児を出産する︒出産後の盛大な儀式に
人々が参集するなか︑光源氏は男児出生を喜べない葛藤を胸中に押
し沈め︑﹁人にはけしき漏らさじ﹂﹇柏木・二九八頁﹈︑﹁いとよう人
目を飾り思せど﹂﹇柏木・三〇〇頁﹈と︑﹁人︵目︶﹂を意識するこ
とに全神経を集中する︒この意識的な行為により︑六条院に参集し
四一
愛知淑徳大学論集−文学部・文学研究科篇− 第二八号
ている人々はだれ一人として︑
はいなかったのである︒ 光源氏の重苦しい胸の内に気づく者
大殿は︑いとよう人目を飾り思せど︑まだむつかしげにおはす り るなどを︑とりわきても見たてまつりたまはずなどあれば︑老
いしらへる人などは︑﹁いでや︑おろそかにもおはしますかな︒
めづらしうさし出でたまへる御ありさまの︑かばかりゆゆしき
までにおはしますを﹂とうつくしみきこゆれば︑片耳に聞きた
まひて︑さのみこそは思し隔つることもまさらめと眼めしう︑
わが身つらくて︑尼にもなりなばやの御心つきぬ︒
﹇柏木・三〇〇〜三〇一頁﹈
ところがただ一人︑女三の宮付きの老女房﹁老いしらへる人﹂が︑
光源氏の行動の不審を感じ取り︑生まれた赤子に対する光源氏の薄
愛を指摘してしまう︒光源氏が全神経を集中して﹁人︵目︶﹂を意
識していたにもかかわらず︑﹁老いしらへる人﹂の﹁目﹂だけがそ
こから抜け落ちてしまったのである︒﹁老いしらへる人﹂の不満は
ただちに発言となって外界に発信され︑それを聞いた女三の宮は光
源氏の隔て心に絶望し︑出家への衝動にかられていく︒誰一人気づ
くことのなかった光源氏の押し殺された︵はずの︶感情を︑ただ一
人﹁老いしらへる人﹂が見破ってしまったがために︑光源氏は正妻
女三の宮を永遠に失ってしまったのである︒
女三の宮付きの老女房に﹁老いしらへる人﹂という呼称を使用し
ている場面は︑もう一例ある︒いま一つの用例を挙げ︑﹁老いしら 四二
へる人﹂の発言内容にみえる共通性を確認する︒
今日は︑宮の御方に昼渡りたまふ︒心ことにうち化粧じたまへ
る御ありさま︑今見たてまつる女房などは︑まして見るかひあ
り︑と思ひきこゆらんかし︒御乳母などやうの老いしらへる人々
ぞ︑いでや︑この御ありさま一ところこそめでたけれ︑めざま
しきことはありなむかし︑とうちまぜて思ふもありけり︒
﹇若菜上・七三頁﹈
光源氏が女三の宮を六条院に迎え入れて五日目︑初めて日中に女三
の宮と対面する場面である︒明るい場所での対面のため︑光源氏は
入念に身だしなみを整え︑一層輝きを増している︒女三の宮の女房
たちは︑それを﹁見るかひあり﹂と称賛するが︑﹁老いしらへる人々﹂
は不安がる︒女三の宮の身分不相応な幼稚さを知っている﹁老いし
らへる人﹂は︑それとは不釣り合いな光源氏の立派な様子に︑将来
それが因となって﹁めざましきこと﹂が起こるに違いないと︑この
結婚に対して強い不安を覗かせるのである︒
この﹁老いしらへる人々﹂の発言は︑﹁来たるべき六条院の悲劇
︵7︶ ︹8︶を予告﹂するという意味で︑﹁物語の筋を先取り﹂したものである︒
だが︑﹁六条院の悲劇﹂の要因は︑直接的には柏木と女三の宮の密
通事件であった︒女三の宮自身は︑光源氏の円熟した人柄と紫の上
の悲痛なまでの忍耐に助けられ︑六条院にあって安定した日々を得
ていたのである︒その意味では﹁老いしらへる人々﹂による︑﹁夫
婦間の不均衡からくる結婚生活の困難﹂という懸念は︑幸運にも当
たらなかったといえよう︒にもかかわらず︑結果としては密通事件
を経て女三の宮は尼となり︑六条院は要としての正妻喪失という打
撃を被る︒﹁老いしらへる人々﹂の発言は︑結果として﹁六条院の
悲劇﹂を予告してしまったのである︒
これら二例の﹁老いしらへる人﹂の発言に共通することは︑彼女
たちの発言内容が︑無意識のうちに物語内世界の真相に迫っている
という点にある︒しかし︑そのように事の真相には迫りながら︑主
要人物の抱える秘密にはついに行き着くことはない︒﹁老いしらへ
る人﹂は︑正妻腹の男御子に対する光源氏の薄愛を指摘しながらも︑
結局密通という秘事の核心に至ることはなかった︒彼女たちは︑最
終的には真相の核心部分から外され︑ずらされていくが︑しかし図
らずも真実を突き当てる発言をしてしまう存在として機能するので
ある︒ このような﹁老いしらへる﹂人の機能は︑第一部・賢木巻の﹁老
いしらへる人﹂と共通している︒しかし︑賢木巻との決定的な相違
は︑﹁老いしらへる人﹂の発言を女三の宮が聞き︑そのことがきっ
かけとなって物語に新たな展開を呼び込んでしまっているというこ
とであろう︒﹁老いしらへる﹂人の発言は︑結果として女三の宮と
光源氏の結婚生活の幕引きという︑極めて重要な役割を担っている
のである︒
こうして﹁老いしらへる﹂人は︑無意識のうちに主要人物を動か
してしまったことで︑女三の宮の結婚生活を終焉に導いてしまうが︑
﹁源氏物語﹂の﹁老いしらへる﹂人︵外山 敦子︶ 同じ現象が若菜上巻の始発にもあらわれる︒寿命の短きを悟り出家を決意した朱雀院が鍾愛の内親王の処遇を憂慮し︑結果として六条院への降嫁が決定するが︑その過程において︑実は無意識のうちに
﹁老いしらへる﹂人の発言が朱雀院を突き動かしていくのである︒
母女御を亡くし︑後見のない女三の宮の行く末に頭を悩ませたま
ま︑朱雀院は出家する︒朱雀院は︑光源氏の名代として見舞いに参
上した夕霧を見て︑﹁このもてわづらはせたまふ姫君の御後見にこ
れをや﹂﹇若菜上・二四頁﹈と考え︑夕霧が最近結婚したことを話
題にし︑それとなくほのめかして夕霧の反応をうかがおうとする︒
それに対して夕霧は︑﹁さやうの筋にや﹂﹇若菜上・二五頁﹈と朱雀
院の意図を読みとるが︑臣下としての礼をわきまえ︑あえてそれに
は答えようとしなかった︒二人は︑それぞれの身分や立場をわきま
えて心中を抑制し︑ことばを選び︑多くを語ろうとはしなかった︒
結局︑この話もそれ以上の進展を見せることはなかったのである︒
主要人物たちがことば少ないなかで︑多弁なのはやはり女房たち
であった︒
女房などは︑のぞきて見きこえて︑﹁いとありがたくも見えた.
まふ容貌︑用意かな︒あなめでた﹂など集まりて聞こゆるを︑
老いしらへるは︑﹁いで︑さりとも︑かの院のかばかりにおは
せし御ありさまには︑えなずらひきこえたまはさめり︒いと目
もあやにこそきよらにものしたまひしか﹂など︑言ひしろふを
聞こしめして︑﹁まことに︑かれはいとさまことなりし人ぞか
四三
愛知淑徳大学論集−文学部・文学研究科篇ー 第二八号
し︒︵中略︶﹂など︑めでさせたまふ︒
﹇若菜上・二五〜二六頁﹈
朱雀院に対する夕霧の思慮ある対応や美しい容貌が女房の称賛をよ
ぶなか︑﹁老いしらへる﹂人は︑光源氏の若い頃に比べたら︑たと
え息子の夕霧でもかなわないと反論し︑いささか無遠慮に両者が﹁言
ひしろふ﹂状態へと発展していく︒この場面の﹁老いしらへる﹂人
の発言内容は︑﹁昔の思い出のみがより所で︑眼前の現実に対して す は感受性を失っている老人の姿﹂があらわれたものであるが︑女房
たちの言い争いを聞いた朱雀院は︑﹁老いしらへる﹂人の意見に触
発されて光源氏を称賛し︑続いて﹁六条の大殿の︑式部卿の親王の
むすめ生ほしたてけむやうに︑この宮を預かりてはぐくまむ人もが
な﹂﹇若菜上・二七頁﹈と︑本格的に女三の宮降嫁先選定に動き出
す︒だが︑鍾愛の内親王に最上の身の振り方をと模索する朱雀院に
とって︑﹁光源氏が紫の上を育てたように﹂という自ら掲げた理想
以上の婿がねなど存在するはずもなかった︒結局朱雀院は自分自身
の発した︿ことば﹀の呪縛から解き放たれることができない︒先の
夕霧との会話で︑心中を明確に︿ことば﹀にしなかったために進展
せず立ち消えになった降嫁話は︑朱雀院の口上により光源氏の名が
はっきりと示されると︑その︿ことば﹀こそが現実を支配すること
になる︒つまり︑朱雀院が光源氏称賛を︿ことば﹀に発したその瞬
間︑女三の宮の降嫁先はすでに決定していたのである︒ここでは︑
﹁老いしらへる人﹂の発言が︑朱雀院のなかに潜在していた光源氏 四四
称賛の心理を︿ことば﹀として顕在化の方向へと導いていく重要な
役割を果たしており︑またそのことで事態は大きく展開していくの
である︒ 物語第二部に登場する﹁老いしらへる﹂人は︑意図せざるところ
で主要人物を突き動かす発言をしてしまう︒朱雀院による光源氏称
賛からはじまった女三の宮の六条院降嫁と︑女三の宮の出家による
その結婚生活の終焉は︑いずれも﹁老いしらへる﹂人の発した︿こ
とば﹀が契機になっている︒女三の宮物語は︑﹁老いしらへる﹂人
の発言により始まり︑﹁老いしらへる﹂人の発言で終焉を迎えるこ
とになるのである︒
また︑第一部の﹁老いしらへる﹂人は︑主要人物が意識的に隠し
ていた真意を見破ってしまうところに特徴があったが︑第二部では
さらに︑本人︵朱雀院︶ですら気づいていない潜在的な心理をも﹁老
いしらへる﹂人は暴いてしまっている︒﹁老いしらへる﹂人たちは︑
物語の進行にしたがってその役割を深化させていくのである︒
三 ﹁ほけ﹂人との共通性と差異性
﹃源氏物語﹄に登場する﹁老いしらへる﹂人たちは︑主要人物の
内奥を暴き真相に近づく危険な発言をする︒だがこのことは︑主要
な辞書が﹁老いしらふ﹂の訳語として採用している﹁年をとって正
常な判断力が鈍く﹂なり﹁もうろくする﹂状態であることと矛盾す
るかのような印象を受ける︒﹁もうろく﹂した人間には︑他の人で
は決して気づくことができない真相を暴く︑隠れた︿力﹀が存在す
るのだろうか︒本章では︑﹁老いしらふ﹂以外のことばで︑﹁もうろ
くする﹂状態をあらわす﹁ほく﹂を例に︑﹁老いしらふ﹂との共通
性と差異を考えてみたい︒
まず︑﹁ほけ﹂人の発言が︑大きな意味を持つ例として︑若菜上
巻の明石女御出産の場面から考えてみたい︒
紫の上のもとで﹁后がね﹂として育てられた明石の姫は︑春宮に
入内し無事男皇子を出産した︒この男皇子誕生は︑光源氏一族の繁
栄を後代まで保証する決定的な出来事であったが︑一方︑このたび
の出産を六条院の栄耀栄華とは別に喜びと期待をもって迎えていた
のが︑明石の御方とその両親︵明石の入道︑明石の尼君︶であった︒
なかでもこれまで女御との対面を許されていなかった明石の尼君は︑
孫娘との対面をことのほか喜び︑体調の思わしくない女御に無遠慮
に近づいて︑昔語りを始める始末であった︒
こうした明石の尼君については︑語り手によって﹁かの大尼君も︑
今はこよなきほけ人にてぞありけむかし﹂﹇若菜上・一〇四頁﹈と
評されている︒かつて︑娘を手放す決心をしかねていた明石の御方
に︑冷静で的確な判断を促した尼君は﹁思ひやり深き人﹂﹇薄雲・
四二九頁﹈と評されており︑比較すればその人物像の変化は明白で
ある︒ 女御が春宮に入内した後︑明石の御方が女御のそば近くに仕えて
いたが︑身の程をわきまえた御方は︑明石での昔話を女御に決して
﹁源氏物語﹂の﹁老いしらへる﹂人︵外山 敦子︶ 語ろうとはしなかった︒だが︑御方が抑制し続けた肉親としての感情は︑御方の代わりに﹁ほけ人﹂となり果てた尼君が喜びにまかせて長々と語り始めてしまった︒身の程意識に縛られる明石の御方が言えなかったことを︑﹁ほけ﹂て抑制の効かなくなった尼君が明らかにしたのである︒ 出産直前という場で語られる女御の出自についての昔話は︑このたびの女御の出産の意味をあらためて問い直すものであった︒臨月の苦しみと痛みのなかで︑女御は︑実の母明石の御方が光源氏も都に帰ってしまった後の明石の浦で︑たった一人で女御を産み落とし ハエたときの不安と喜びがいかほどであったかを知ることになる︒﹁ほけ人﹂は︑絶ちがたい血脈の意味とその重みを体当たりで女御に突き付ける︒これまでの明石一族の忍従の日々は︑まさに女御による皇子出産のためだったのだ︒﹁ほけ人﹂の昔語りは︑女御が六条院体制の一員としてでなく︑明石一族の一員として︑明石一族の栄華のために出産に臨むことを要請するのものだったのである︒そして女御も﹁げに﹂と納得し︑明石側の論理へと組み込まれていくことになる︒ 毫緑のために抑制が効かなくなったところで行われた語りは︑明石の女御の心情を根本から揺さぶる結果になった︒﹁ほけ﹂人や﹁おいしらへる﹂人のような︿毫緑した人﹀は︑このように暴露する者としての役割を果たす︒周囲の状況や現状に対する認識や配慮に欠け︑他の人たちが語らないことを臆面もなく切り出すために︑彼ら
四五
愛知淑徳大学論集ー文学部・文学研究科篇ー 第二八号
の発言が物語展開にとって大きな役割を果たしていくところには共
通性がある︒だが︑彼らの役割には微妙な差異をもみせる︒それを
発言内容から確認しておきたい︒
明石の尼君による昔語りは女御によって素直に受け止められたが︑
ひたすら忍従と卑下の日々を送り続けてきた明石の御方にとって︑
このことは予定外の出来事であった︒明石の御方は女御の動揺を静
めようと﹁古代のひが言どもやはべりつらむ︒よくこの世の外なる
やうなるひがおぼえどもにとりまぜつつ︑あやしき昔のことどもも
出でまうで来つらむはや︒夢の心地こそしはべれ﹂﹇若菜上・一〇
六頁﹈と言う︒尼君はすでに正常な判断力や記憶力を無くしてしまっ
た﹁ほけ人﹂であるから︑﹁ほけ人﹂の語ることも﹁ひがおぼえ﹂
から生じた﹁ひが言﹂で︑事実とは異なると懸命に言い繕うのであ
る︒ だが︑尼君の昔語りは唐突で何の脈絡もない発言であったにせよ︑
その内容はすべて事実だった︒にもかかわらず︑語る主体が毫豫し
た﹁ほけ人﹂であるがゆえに︑その発言内容は事実とは異なり﹁ひ
が言﹂が混じるとされてしまうのである︒そこには︑﹁﹃ほけ﹄人は
﹃ひが言﹄を言うものである﹂という︑ひとつの共通理解が存在す
る︒ このように﹁﹃ほけ﹄人が﹃ひが言﹄を言う﹂パターンは︑他の
場面にもみられる︒
むすめたち︑さは言へど︑心強く笑ひて︑﹁この人のさま異に 四六
ものしたまふを︒ひき違へはべらば︑思はれむを︑なほほけ
ほけしき人の︑神かけて聞こえひがめたまふなめりや﹂と解
き聞かす︒ ﹇玉鍵・九八頁﹈
西の京の乳母︵夕顔の乳母︶に伴われて筑紫に下向した玉鍵は︑か
の地で美しく成長し︑やがて肥後の有力者である大夫監に求婚され
る︒大夫監は自ら西の京の乳母のもとを訪れ︑玉餐との結婚をせま
るが︑乳母の機転によって何とかその場を切り抜けることに成功す
る︒ところが帰り際︑監の詠みかけてきた和歌に対する乳母の返歌
が︑監の機嫌を損ねてしまう︒恐ろしさのあまり声もでなくなった
乳母に代わり︑娘たちが必死に弁解する︒この時の乳母の返歌﹁年
を経ていのる心のたがひなば鏡の神をつらしとや見む﹂﹇玉餐・九
八頁﹈は︑長年にわたって祈ってきた玉餐の幸福がもしも叶わなかっ
たら︑﹁かがみの神﹂を恨むという︑乳母の正直な気持ちが込めら
れている︒その和歌を娘たちは﹁母は竃礒しているために︑言い間
違いをした﹂と弁解し︑監の機嫌を取ろうとする︒ここで︑乳母は
決して言い間違いをしたわけではない︒だが︑間違いだと言わねば
監の機嫌は直らない︒では︑なぜこのような間違いをしたのか︑そ
の弁解のために︑乳母は正常であるにもかかわらず︑娘たちによっ
て﹁ほけほけしき人﹂に仕立て上げられてしまうのだ︒監も︑娘た
ちの弁解に﹁おい︑然り︑然り﹂﹇玉餐・九八頁﹈と納得する︒こ
こにも︑﹁ほけほけしき人﹂が﹁ひが言﹂を言うのは仕方がないと
いう共通理解がある︒そして︑乳母は正直な気持ちを表現したにも
かかわらず︑発話主体が﹁ほけほけしき人﹂とされると︑たちまち
その内容も真実から﹁ひが言﹂にされてしまうのである︒
これは︑源氏の御族にも離れたまへりし後大殿わたりにありけ
る悪御達の落ちとまり残れるが問はず語りしおきたるは︑紫の
ゆかりにも似ざめれど︑かの女どもの言ひけるは︑﹁源氏の御
末々にひが事どものまじりて聞こゆるは︑我よりも年の数つも
りほけたりける人のひが言にや﹂などあやしがりける︑いつれ
かはまことならむ︒ ﹇竹河・五九頁﹈
引用本文は︑竹河巻冒頭のいわゆる草子地である︒光源氏一族とは
疎遠になってしまった﹁悪御達﹂が語る竹河巻であるが︑その内容
は﹁紫のゆかり﹂の人々による語りと相違があるという︒一体どち
らが正しいのか︑それは分からないと物語執筆者は前置きする︒
﹁悪御達﹂は︑自分たちの提供する情報の方が正しいと主張し︑
﹁紫のゆかり﹂の情報には﹁ひが事﹂が混じっていると指摘する︒
その理由として︑﹁紫のゆかり﹂が﹁我よりも年の数つもりほけた
りける人﹂であるからだと説明するのである︒﹁悪御達﹂は︑自分
たちの語りの正当性を主張するために︵換言すれば﹁紫のゆかり﹂
の情報には信懸性がないことを主張するために︶︑﹁紫のゆかり﹂の
人々を﹁ほけたりける人﹂に仕立て上げることで︑彼女たちの語り
から信頼性を削ぎ落とそうとする︒そして自らの﹁問はず語り﹂の
正当性を主張しようとするのである︒ここでも︑自分たちが見聞し
た内容を忠実に語っていたはずの﹁紫のゆかり﹂の語り手たちは︑
﹁源氏物語﹂の﹁老いしらへる﹂人︵外山 敦子︶ ﹁ほけたりける人﹂とされたことによって︑その発言内容がたちま
ち﹁ひが言﹂とされてしまう様相がみてとれよう︒
以上三例に共通することは︑発話者は事実を述べているにもかか
わらず︑第三者がその内容を隠蔽・排除するために︑発話者を﹁ほ
け﹂人に仕立て上げることで発話内容を﹁ひが言﹂と断定している
点である︒この点については︑先にみた﹁老いしらへる﹂人との差
異を明確にあらわしている︒﹁老いしらへる﹂人は︑主要人物の秘
事に接近しつつも微妙にそこからずらされていき︑しかし図らずも
真実を突き当ててしまう役割を担っていたが︑﹁ほけ﹂人は︑事実
を述べているにもかかわらず︑正常な判断力を失った人物の発言と
いう理由から︑第三者によって﹁ひが言﹂と退けられてしまうので
ハロザある︒また︑﹁ほけ﹂人の語る内容は︑自分の正直な気持ちや自己
の体験談など︑いわば︿自己語り﹀に終始しているが︑﹁老いしら
へる﹂人の場合は︑徹底して他者を︿見る人﹀であり︑その発言は
︿他者批評﹀である点を比較しても対照的であるといえるだろう︒
四 ﹃源氏物語﹄前後の﹁老いしらへる﹂人
これまで﹃源氏物語﹄に登場する﹁老いしらへる﹂人の役割を類
似表現との対比によって明らかにしてきたが︑他の作品の﹁おいし
らふ﹂の用例も︑﹃源氏物語﹄と同様の役割を果たしているのだろ
うか︒本章では︑﹃源氏物語﹄前後に成立した物語文学にあらわれ
る﹁老いしる﹂︑﹁老いしらふ﹂の用例とその役割を概観する︒﹃源
四七
愛知淑徳大学論集ー文学部・文学研究科篇− 第二八号
氏物語﹄前後に成立した物語文学にあらわれる﹁老いしる﹂︑﹁老い
しらふ﹂の用例数は︑﹃うつほ物語﹄一例︑﹃とりかへばや物語﹄一 ロ 例︑﹃浜松中納言物語﹄二例である︒
ω﹃うつほ物語﹄
﹁さや︑よくのたまへり︒このごろは︑願はしきものなり︒殿
には人いと多かれども︑われらが友達にすべき人もなし︒乳母
たちも︑若くとてある限りぞある︒われのみ貧しくて老いしれ ハおソ にたるや﹂といふ︒ ﹇藤原の君・一八三頁﹈
﹁年六十ばかり﹂﹇藤原の君・一八一頁﹈の滋野真菅は︑あて宮を
妻にと望み︑近所に住む堰を介してあて宮の兄忠澄の老乳母に仲介
を頼む場面である︒相談を持ちかける嘔に︑老乳母は﹁三条殿には
大勢伺候しているが︑皆若く︑自分だけが﹃老いしれ﹄ている﹂と︑
自分が三条殿では相手にされない存在であることを嘆く︒老乳母は
仲介を引き受けるものの︑あて宮への文の取り次ぎすらうまくいか
ず︑真菅の求婚は失敗に終わる︒六十歳の老人の求婚を二人の老人
が仲介したわけだが︑大勢の若者によって繰り広げられるあて宮へ
の求婚に︑真菅のような老人が参加している滑稽さを︑仲介者であ
る堰や老乳母の存在がより強調しているといえよう︒
②﹃とりかへばや物語﹄
我はかならずしも急ぎ出づべきならねど︑姫君にしばしもたち
離れきこえてはいとよりどころなき心地すべきもさることにて︑
宮も︑やがてついでに渡したてまつりて︑我は一筋に思ひおく 四八
ことなくてと思して︑さるべき老いしらへる女房などをだにと ︵14︸ どめたまはず︑出だしたてさせたまふ︒ ﹇巻第四・四六三頁﹈
吉野の姉妹が︑今大将によって京の新邸に迎えられる場面︒本来な
らば︑新邸で姉妹に仕えさせるには見劣りする﹁老いしらへる女房﹂
などは吉野に留めおくべきだが︑父である吉野の宮は修行専心を願
う気持ちから︑﹁老いしらへる女房﹂を含む姉妹付きの女房すべて
を京に行かせた︒﹁老いしらへる女房﹂の上京は︑吉野の宮の仏道
修行に対する固い決意を強調する役割を果たしている︒
③﹃浜松中納言物語﹄
奥の方より︑老い痴らへたる声したる人出で来て︑﹁ただ今ぞ
渡り給ひにける︒︵中略︶あはれあさましや︒目の前に︑さは︑
かかることもありけるは﹂と言ひつづけて︑泣くさまのいみ
じきは︑御乳母などやうの人なるべし︒ ハロ ﹇巻第三・二五二〜二五三頁﹈
衛門督と大弐の娘との婚儀の日︑中納言が衛門督の元北の方の邸内
を覗く場面︒元北の方の乳母が﹁老い痴らへたる声﹂で衛門督の薄
情な仕打ちをあれこれと非難し泣き騒ぐのに対して︑元北の方は﹁言
ふにもよらぬものなり﹂﹇巻第三・二五三頁﹈と︑悲しみを胸の内
に秘め多くを語らない︒そうした元北の方の﹁あてやか﹂﹇巻第三・
二五三頁﹈な様子を見て︑中納言は男の心変わりを情けなく思い︑
元北の方に対して心から同情する︒老乳母の発言は女主人である元
北の方の気持ちを代弁したものだが︑老乳母の多弁が︑反対に言葉
少なく逆境を耐え抜こうとしている元北の方の高貴さを際立たせる
役割を果たしている︒
ω﹃浜松中納言物語﹄
今日はよろしくと見よろこびつる人々︑ここのしなの上にのぼ
り給ひぬるうれしさもおぼえず泣きまどふを︑中納言はしばし
庭におりて︑縁におしかかりて︑︵中略︶うちには姫君︑絶え
入りたまひぬ︒︵中略︶ものもおぼえず寄り来て︑﹁いかがしは
べらむずる﹂と︑老い痴らへる人のうれへまどふ︑いみじとお
ぼしまどふ心まよひに︑ものせさせ給ふならむ︒
﹇巻第四・二九六頁﹈
吉野の尼君は︑中納言に姫君を託して亡くなる︒尼君の死に加えて︑
心を乱した姫君までもが失神し︑﹁老い痴らへる人﹂は途方にくれ
た様子でうろたえる︒諸事にしっかり対応できる確かな女房がいな
いので︑結局中納言が自ら几帳の内に入って姫君の介抱をする︒姫
君が中納言に姿を残りなく見られてしまったのは︑姫君に﹁老い痴
らへる人﹂のような役に立たない女房しか仕えていなかったためで
ある︒ ﹃源氏物語﹄以外の物語文学に登場する﹁老いしらふ﹂はすべて
乳母や女房に使われているが︑主に彼女たちの思慮の浅さや短絡的
思考︑適切な判断力の喪失を表しており︑もはや女房としては役に
立たないとされる場合が多い︒また③のように︑﹁老いしらへる﹂
乳母と女主人とを対比させることによって︑女主人の高貴さや奥ゆ
﹁源氏物語﹂の﹁老いしらへる﹂人︵外山 敦子︶ かしさを際立たせる役割をも担っている︒以上の例から︑﹃源氏物語﹄以外の物語文学の﹁老いしらふ﹂は︑否定的な要素が極めて強いと考えられる︒老衰・老竃という負の役割を﹁老いしらへる﹂女房たちが担うことによって︑若い主要人物たちを引き立てているのである︒
五 ﹃源氏物語﹄の︿老い﹀
他作品に登場する﹁老いしらへる﹂人の役割は︑﹃源氏物語﹄に
登場する﹁老いしらへる﹂人のそれと比較したとき︑明らかな差が
認められる︒なぜ︑﹃源氏物語﹄の﹁老いしらへる﹂人にのみ︑他
の物語文学にはない固有の役割が担わされるのか︒この問いは︑突
き詰めれば︑﹃源氏物語﹄が︿老い﹀をどのようなものと捉えてい
るのかという極めて大きな問題へと連動していくものでもあるだろ
・つ︒ ﹁老いしらふ﹂とは︑肉体や精神のすべてを︿老い﹀に支配され
るという意である︒︿老い﹀はもともと物語世界では厳しい異質性 め や疎外性を有する負の存在であり︑︿老い﹀の究極のありようを体
現した﹁老いしらへる﹂人は︑老衰・老毫の極みという否定的役割
が担わされる︒その具体例が︑前章で取りあげた﹃うつほ物語﹄﹃と
りかへばや物語﹄﹃浜松中納言物語﹄の各場面に登場する﹁老いし
らへる﹂人たちだといえよう︒だが︑﹃源氏物語﹄の﹁老いしらへ
る﹂人には﹁正常な判断力が鈍った﹂﹁毫康﹂という負の要素を見
四九
愛知淑徳大学論集−文学部・文学研究科篇ー 第二八号
出すことができない︒そのことをどのように説明すべきなのだろう
か︒ ﹃源氏物語﹄の﹁老いしらへる﹂人が登場している場面には︑そ
れぞれが身分・立場などによる制約や︑思うにまかせない事情を抱
え︑表現を抑圧された主要人物たちがいる︒彼らは︑社会的なしが
らみや制約のなかで本質的なことは何も語ろうとしない︒その一方
で︑﹁老いしらへる﹂人たちにはそうした抑止力など一切なかった︒
周囲の状況や現状に対する配慮に欠け︑思ったことは率直に語り出
してしまう︒こうした配慮の欠如は︑たしかに﹁正常な判断力﹂の
低下によるものである︒しかし︑あらゆる先入観や人間関係のしが
らみから解き放たれ︑曇りのない︿目﹀で対象と向き合ったときに
こそ︑はじめて人は本来持っている直感で︑物事の本質を見定める
ことができるのではないだろうか︒つまり﹁老いしらへる﹂人は︑
物語内社会の構⁝成員としての﹁正常な判断力﹂を喪失したことによ
り︑逆に社会的属性という鎧を脱ぎ捨てた素の人間としての﹁正常
な判断力﹂‖直感力を発動することができるのである︒
そして重要なのは︑物語内社会の秩序からは疎外され︑否定され
た存在としての無効性を︑逆に物語展開を呼び込む︿力﹀に転じて
いく︑﹃源氏物語﹄の手法である︒﹃源氏物語﹄の﹁老いしらへる﹂
人に対する固有の価値認識は︑﹃源氏物語﹄の︿老い﹀に対する価
値認識に連動するものとして理解できよう︒︿老い﹀は︑時間を集
積した存在であることから︑伝承世界においては必然的にその経験 五〇
に伴う精神的な老熟という肯定的な価値が強調され︑神的な権威あ びる存在として位置づけられてきた︒その一方で︿老い﹀を権威付け
るはずの時間的集積には︑老衰・老毫という無価値・無効性が背中
合わせになって存在している︒注意すべきは︑﹃源氏物語﹄の語る
︿老い﹀の逆説的有効性が︑右のような老人の精神的老熟という肯
定的価値としての一義的な有効性とは全く異なるものであるという
ことである︒無論︑他の物語文学に登場する︿老い﹀のように︑無
効性のみが強調されているわけでもない︒あくまでも老いのたわご
とにすぎないとされる発言が︑その価値を一転させ︑物語を一気に
展開させてしまうところに︑︿老い﹀に対する﹃源氏物語﹄固有の
価値観が存在する︒﹃源氏物語﹄は︿老い﹀が物語内社会において
無効であることを︑逆に︿方法﹀として有効に活かしているのであ
る︒ 注
︵1︶中村幸彦他編﹃角川古語大辞典﹄︵角川書店︶︒
︵2︶大野晋他編﹃岩波古語辞典補訂版﹄︵岩波書店︶︒
︵3︶﹃日本国語大辞典第二版﹄︵小学館︶︒
︵4︶﹁女三の宮物語の始発と終焉ー変貌する老女房ー﹂︵﹃古代文学研究
第二次﹄第七号 一九九八年一〇月︶︒
︵5︶本稿では︑物語第一部・第二部に登場する﹁老いしらへる﹂人た
ちの発言を中心に考察するため︑発話のない明石巻の用例と︑第
三部である総角巻の用例については用例を挙げるだけに留めるこ
とにする︒
︵6︶﹃源氏物語﹂の引用は︑すべて新編日本古典文学全集﹃源氏物語﹄
︵小学館︶に拠る︒なお引用本文には私に傍線等を付し︑下に巻名
と頁数を記した︒
︵7︶﹃新編日本古典文学全集源氏物語四﹂︵小学館︶頭注︑七三頁︒
︵8︶永井和子﹁物語と老い1源氏物語をひらくもの﹂︵﹃国語と国文学﹄
第七一巻第一号 一九九四年一月︶︑後に同氏著﹃源氏物語と老い﹄
︵笠間書院 一九九五年五月︶に所収︒
︵9︶﹃新編日本古典文学全集源氏物語四﹄︵小学館︶頭注︑二五頁︒
︵10︶三田村雅子﹁明石からの手紙﹂︵﹃源氏物語ー物語空間を読む﹄
ちくま書房 一九九七年一月︶︒
︵11︶永井和子は﹁物語と老いー源氏物語をひらくものー﹂︵﹁源氏物語
と老い﹂ 笠間書院 一九九五年五月︶において︑﹁ほく﹂とい
うことばをコ種の放心状態をさす語﹂とした上で︑﹁放心のま
まではなく必ずそれが何らかの表現力を持つものとして描写され
ている﹂と説明する︒また︑﹁老いしらふ﹂との比較を通して︑﹁ほ
く﹂は﹁人目から解放され︑抑制を失い﹃老いしらふ﹄状態より
も更に激しく突き動かされた発言・行為に連なることが多い﹂と
結論付けている︒しかし︑本論文でそれぞれの発言内容を考察し
た結果︑﹁ほけ﹂人よりもむしろ﹁おいしらへる﹂人の方が︑物
語展開における発言の重要度や衝撃性は大きいと考える︒
︵12︶﹁うつほ物語﹄︑﹃とりかへばや物語﹂︑﹁浜松中納言物語﹂のほか︑
以下の作品について用例を調べた︒﹃竹取物語﹂︑﹃落窪物語﹄︑﹃伊
﹃源氏物語﹂の﹁老いしらへる﹂人︵外山 敦子︶ 勢物語﹂︑﹁大和物語﹂︑﹃平中物語﹂︑﹃多武峰少将物語﹄︑﹁夜の寝覚﹂︑ ﹁堤中納言物語﹄︑﹁松浦宮物語﹄︑﹃狭衣物語﹄︒これらの作品につ いては︑﹁老いしらふ﹂の用例は確認できなかった︒
︵13︶引用は︑新編日本古典文学全集﹃うつほ物語﹄︵小学館︶に拠る︒
なお引用本文には私に傍線等を付し︑下に巻名と頁数を記した︒
︵14︶引用は︑新編日本古典文学全集﹃とりかへばや物語﹄︵小学館︶に
拠る︒なお引用本文には私に傍線等を付し︑下に巻数と頁数を記
した︒
︵15︶引用は︑新編日本古典文学全集﹁浜松中納言物語﹄︵小学館︶に拠
る︒なお引用本文には私に傍線等を付し︑下に巻数と頁数を記し
た︒︵16︶永井和子﹁老いということばー源氏物語の場合﹂︵﹃学習院女子短
期大学国語国文論集﹄第二〇号 一九九一年三月︶︑後に同氏著
﹁源氏物語と老い﹂︵笠間書院 一九九五年五月︶に所収︒
︵17︶宮田登﹁伝統社会における﹃老い﹂﹂︵﹃老人と子供の民俗学﹄ 白
水社 一九九六年三月︶︑山田直巳﹁記紀・風土記の﹃老﹄1知の
枠組みと時の詩学ー﹂︵﹁古代中世文学論考第三集﹄ 新典社 一
九九九年一〇月︶など︒
︵博士後期課程五年︶
五一