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〈日本語解説〉「華僑団体から国民団体へ : モー リシャス華人団体の変遷

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〈日本語解説〉「華僑団体から国民団体へ : モー リシャス華人団体の変遷

著者 河合 洋尚

雑誌名 国立民族学博物館調査報告

巻 150

ページ 101‑102

発行年 2020‑03‑31

URL http://doi.org/10.15021/00009528

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夏  从侨居团体到国民团体―毛里求斯华人社团的变迁 

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〈日本語解説〉「華僑団体から国民団体へ

モーリシャス華人団体の変遷

 本稿は、モーリシャスの華人、特に客家の移住から現在に至るまでの歴史を概略した ものである。モーリシャスは1930年代には72もの華人団体を抱えており、当時のアフリ カの60%を占めていたというデータをもとに、華人団体に焦点を当てた歴史的な推移を 述べている。本稿の概要は以下の通りである。

◦ モーリシャスの華僑研究をレビューしたうえで、客家および他の華人集団の団体に焦 点を定めている。モーリシャスに中国系住民が移入しはじめたのはアヘン戦争が終了 して以降のことであり、とりわけ1877年にイギリス植民地政府が移民の保証金を免除 する新たな法案を定めてから、大量の華人がモーリシャスへと移住することになった。

そのうち最も早く移住したのは福建人であったが、その後、南順人(広東省中部の南 海・順徳から来た広府人)、そして梅県の客家が移住した。

◦ モーリシャスに移入した華人たちは、さまざまな団体を形成した。そのうち最も早い のが福建人、南順人、客家により共同で建てられた関帝廟である。やがて19世紀末に なると福建人は減少するが、1859年には地縁組織である南順会館が、1871年には嘉応 同郷会(後に仁和会館)が建てられた。前者は広府人、後者は客家の団体である。19 世紀末のモーリシャスは南順系の広府人と客家が二大勢力となり、両者の間で争いが 生じた。両者の争いはやがてモーリシャスを超え、マダガスカルでは南順人が勢力を 拡大したので、客家が入れなくなった。モーリシャスでは、20世紀の半ばになるまで に福建人だけでなく南順人の人口も減少していき、客家が約90%を占めるようになっ た。モーリシャスでは、地縁団体だけでなく、宗親会なども結成されており、○○旅 館、□□堂などの名がつけられている。血縁団体は、レユニオンや南アフリカから来 た客家を迎え入れる地点ともなっている。

◦ 第二次世界大戦後、モーリシャスの華人社会は大きく変化した。当時の宗主国であっ たイギリス政府(1968年の独立まで)は、それまで華人団体が担ってきた諸々の公共 サービス、特に教育、衛生、福祉などに力を入れるようになった。それにより相互扶 助組織としての華人団体の機能が低下した。また、モーリシャスの華人が次々とイギ リス国籍に加入し、1962年には84.7%に達した。それにより、現地化、クレオール化 が進んでいった。モーリシャスの華人たちは言語、出身を基準に区別することをしな くなり、趣味、性別、政治的志向に応じた団体を次々と設立していった。他方で、モ ーリシャスの華人は、地理的に離れているにもかかわらず、常に中国の政治的影響を 受けてきた。第二次世界大戦後には華僑団体のなかに国民党派閥、共産党派閥ができ た。それは地縁団体も例外ではなく、客家系の仁和会館は左派と右派が闘争した結果、

いち早く共産党派に傾いていった。他方で、客属会館は国民党派となった。

◦ 華僑(中国人)はモーリシャス本国における国民となり、同国を構成するエスニック

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集団の 1 つとして位置づけられていった。モーリシャスは、中国デー、インド・デー、

イギリス・デー、フランス・デー、アフリカ・デーという記念日を設け、文化の多様 性を保証するようにもなった。中国デーでは、イベントが催されるようになっている。

他方で、モーリシャスにおいて「中国人」という枠組みが前面に出ても、客家として のアイデンティティは失われていない。モーリシャスの華人はカナダ、アメリカ、オ ーストラリアなどに移住して、グローバル・ネットワークを結びはじめている。同時 に、モーリシャスの客家は、世界客家大会、世界嘉応同郷聯誼会、各宗親会に参加し、

グローバルな客家ネットワークに参入しているのである。

   モーリシャスの客家の多くは現地の国籍を取得し、言語的にも文化的にも現地化、

クレオール化している。客家という枠組みよりも「モーリシャスの中国人」としての アイデンティティが強まり、それに関連するイベントが出現していることは、後にみ るタヒチなど他の客家と似たような傾向がみてとれる。ただし、客家語が失われても、

客家としてのアイデンティティが完全に失われているわけではなく、むしろ客家とい う概念・認識を資源として外の世界とつながる傾向が増していることは注目に値する 点である。

(河合洋尚)

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