数値流体解析による水道システムの 水質管理に関する研究
2016 年 9 月
岸 本 圭 司
首都大学東京
数値流体解析による水道システムの水質管理に関する研究
目次
第
1
章 序論第
1
節 水道システムとは ···1
第
2
節 残留塩素濃度管理の必要性 ···7
第
3
節 本論文の目的と構成 ···9
参考文献 ···
11
第
2
章 水道システムにおける数値流体解析の適用 第1
節 緒言 ···13
第
2
節 数値流体解析について ···14
第
3
節 数値流体解析を用いた水質管理手法 ···24
第
4
節 結言 ···29
参考文献 ···
30
第
3
章 配水池におけるバッフル設置による滞留改善効果の検討 第1
節 緒言 ···33
第
2
節 配水池模型における化学種輸送モデルの適用 ···35
第
3
節 実規模配水池における残塩濃度推定 ···46
第
4
節 バッフル設置時における塩素消費量の分析 ···51
第
5
節 結言 ···57
参考文献 ···
58
第
4
章 管内分岐部における堰を用いた流れ場制御 第1
節 緒言 ···59
第
2
節 混相流モデルによる濁質流れの推定 ···61
第
3
節 堰を用いた濁質の分配制御の考案 ···67
第
4
節 管路実験における濁質分配効果の検証 ···81
第
5
節 結言 ···88
参考文献 ···
89
第
5
章 耐震性貯水槽における水質のシナリオ分析第
1
節 緒言 ···91
第
2
節 耐震性貯水槽における流れ場のモデル化 ···93
第
3
節 流入流量シナリオによる水質シミュレーション分析 ···104
第
4
節 結言 ···112
参考文献 ···
113
第
6
章 結論 第1
節 研究の成果 ···115
第
2
節 今後の課題 ···118
謝辞 ···
121
付録
1
配水池模型による流れ場の確認実験結果(流入流速 0.8m/s 水深 15cm)
付録
2
同口径分岐管φ100×φ100および異口径分岐管φ150×φ100 濁質分配実験データ 付録3
堰付き分岐管(アクリル管)における濁質分配実験結果(第 4
章第3
節(1)の形状4)
付録
4
堰付き分岐管(ダクタイル鉄管)における濁質分配実験結果(第 4
章第3
節(2)の形状3)
付録
5
分岐管を複数設置した管網による濁質分配実験結果1
第 1 章 序論第 1 節 水道システムとは
(1) 水道システムの構成要素
日本の水道は,
1950
年以降の高度経済成長期より面的な整備を整え,1950
年時点で26.2%
であった水道普及率は,2014年時点で
97.8%
1)にまで向上しており,図 1-1に示すように,現在ではほぼ日本の全域で水道が利用できる環境になっている.水道は主に取水施設,貯水 施設,導水施設,浄水施設,送水施設そして配水施設から成り立つ.各施設の主な特徴を述 べると,取水施設は水道の水源である河川,湖沼,地下水等から原水を取り入れるための取 水堰,取水塔,井戸,取水管,取水ポンプ等の設備および付属設備で構成される.貯水施設 は原水を貯留するためのダム等の貯水池,原水調整池等の設備で構成される.導水施設は取 水施設で取り入れた水を浄水施設へ導くための導水管,導水路,ポンプ等の設備で構成され る.浄水施設は原水を飲用に適する水として供給できるように浄化処理するための設備で,
凝集,沈殿,ろ過の設備や,浄水池やそれらの連絡管で構成されるいわば水道施設の中枢と もいえる施設である.そして,送水施設は浄化施設で浄化処理された浄水を配水施設に送る ための送水管および送水ポンプ等の設備で構成され,配水施設は一般の需要に応じ必要な 水を供給するための配水池,配水管のおよび配水ポンプ等の設備や付属設備で構成されて いる2).これらは,どの施設においても重要な機能を担っており,それぞれが健全に機能す ることで水道システムが成り立っていると言える.
これら各施設から成り立つ水道システムは,広範囲に及ぶ面的な整備にともない資産額 も膨大になっている.図 1-2に示す水道施設のストック額は,昭和
35
年にはおよそ3
兆円 であったが,平成20
年ではおよそ15
倍の47
兆円にまで増加している3).中でも導送配水 施設は全体の約7
割を占めており,その大半を構成する管路施設については,年々着実にそ の延長を伸ばし,図 1-3に示すように平成18
年度に60
万km
を超え,今では65
万km
ま で達している4).今後はこれらの施設の更新を順次進めていく必要がある.管路施設の役割に着目すると,はじめに原水を浄水場まで導く導水管がある.次に,浄水 場から送られた水は,送水施設によって,配水池や配水管路等の配水施設に送られる.浄水 場から配水池までの系統が単一になる場合は,将来の更新や事故時の影響を考慮し,送水管 路の複線化などを図ることや,配水池が複数ある場合は,配水池間で水が融通できるように 連絡管を設置すること,更には周辺事業体との相互連絡を図ることとされている5).そして,
配水施設に送られた浄水は配水池,配水塔や高架タンク(以下,配水池等」という.)に一 旦貯められる.ここでは,時間的に変動する需要量に対して適正な水圧で安定的に給水する と共に,浄水を汚染すること無く,かつ,変質させること無く適切に浄水を保持される.
配水池等で一旦保持された浄水は,配水管路を経由して需要者へ配水される.ここで,配
2
水管は配水本管と配水支管に分類される.一般的に配水本管は配水支管への輸送を目的と しており,給水管といった分岐を持たない.しかし,可能な限り相互に連絡された管網を形 成することや,他の配水本管へのバックアップを可能にしておくなどの機能を求められる.
一方の配水支管は,受給者への供給を役割とするため,給水管といった分岐を持つ.そのた め,給水エリアを網羅するように布設され,かつ,隣接する給水エリアとの遮断と相互融通 が図られている.また,配水本管,支管ともに水質事故防止の為に,管内が負圧にならない ように必要な処置が講じられている.更には,地震による被害を防止するために耐震性を有 する管および継手を用いられているほか,事故が生じた際に断水エリアを最小限に留める ために遮断,融通を可能にするバルブが適切に設置されている.加えて,大規模災害により 水の供給が不可能になった場合に備え,給水エリア内には耐震性貯水槽のような緊急時に 備えた貯留施設も設置されている.耐震性貯水槽は,普段は管路の一部として機能している が,災害が発生した際は管路から切り離されて貯水施設として機能することで,飲料用水や 消火用水の確保を可能にしている.
このように水道システムの中でも,とりわけ管路は水道水を需要者に対して常時安定し た供給を可能にする,膨大な施設となっている.
3
水道普及率[%]
0 50,000 100,000 150,000 200,000 250,000 300,000 350,000 400,000 450,000 500,000
S3 5 S3 7 S3 9 S4 1 S4 3 S4 5 S4 7 S4 9 S5 1 S5 3 S5 5 S5 7 S5 9 S6 1 S6 3 H2 H4 H6 H8 H10 H12 H14 H16 H18 H20
ス ト ッ ク 額( 億円 )
土木 建築
機械 電気
計装 施設その他 取・導水管 送水管 配水本管 配水支管 管路その他
50 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0
ストック額 [兆円]
図 1-1 日本の水道普及率状況
図 1-2 水道資産の推移
4 0
10 20 30 40 50 60 70
S3 5 S3 7 S3 9 S4 1 S4 3 S4 5 S4 7 S4 9 S5 1 S5 3 S5 5 S5 7 S5 9 S6 1 S6 3 H 2 H 4 H 6 H 8 H1 0 H1 2 H1 4 H1 6 H1 8 H2 0 H2 2 H2 4
埋 設管路 延長 [万 km]
図 1-3 全国の配水管延長の推移
5
(2) 水道システムにおける課題このように管路施設は膨大な量の施設が整備されてきた.この膨大な管路施設は高度経 済成長期以降に埋設されたものが多い.図 1-4に水道への投資額の推移を示す.図より,昭 和
50
年前後と平成10
年前後の2
つのピークがある.特に前者の昭和50
年前後に建設され た施設は,建設後40
年近くが経過しており,今後,施設の老朽化が懸念される.これらの 施設は今後一斉に更新時期を迎えることになることから,計画的な更新を進めていかなく ては,健全な水道事業の運営が困難になるものと考えられる.水道システムの中でも,図 1-2で述べた水道資産の約
7
割に当たる33
兆円もの資産であ る管路を含む配水施設は,支障が出れば広範囲に被害が及ぶ恐れがあるにもかかわらず,未 だに更新が進んでいないのが実情である.平成26
年ではその更新率が0.76%とされており,
すべての管路を更新するには
130
年を要する.これは,大部分が地中に埋設されているため 目視等の状態確認ができず,現状では通水できていることもあり,更新の優先順位が下がる 傾向にあるためである.しかし,更新しないまま劣化が進んだ金属製管路からは,内面に鉄 錆やライニング処理されたモルタルの剥離によって砂等の濁質が発生している.このよう な濁質は水質の劣化を招くため,定期的に管内から除去する必要がある6).そのため,水道 事業体では定期的な配水洗管作業や,濁質補足装置などを管路内に組み込み,管路内の濁質 を除去する取組みを継続的に実施している.水道事業にも関わるもう一つの課題に人口減少問題が挙げられる.国立社会保障・人口問 題研究所によると,日本の将来人口は中位推計で
2050
年には1
億人を下回ると予測されて いる7).したがって,将来的に給水人口は減少するため,給水収益も同様に減少することが 見込まれる.更に,給水量も同様に減少することから,配水時における水の滞留が懸念され る.配水時の滞留も水質劣化の原因の一つとなるため,濁質の除去と同様に対策が必要であ る.特に残留塩素濃度は時間の経過にともなって減少することから,規定値を下回った水は 排水されるケースもある.前述した濁質の除去や,残留塩素濃度規定値を下回った,もしく は残留塩素濃度を維持するために定期的な排水洗管が行われているが,このような排水洗 管等によって,年間4
億m
3もの水が無収水量として計上されている8).将来的な給水収益の増加が見込めない中,このような無収水量の改善に加え,昨今の環境 負荷低減の観点からも,水質劣化を原因とした無駄な排水を減らすことは水道システムに おいて極めて重要な課題であり,早急な対策が必要である.
6 0
200,000 400,000 600,000 800,000 1,000,000 1,200,000 1,400,000 1,600,000 1,800,000 2,000,000
S2 8 S3 3 S3 8 S4 3 S4 8 S5 3 S5 8 S6 3 H5 H1 0 H1 5 H2 0
年度 投
資 額 百 万 円
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
水 道 普 及 率
%
上水道及び用水供給 水道普及率(%) 用水供給 上水道図 1-4 水道への投資額の推移
7
第 2 節 残留塩素濃度管理の必要性(1) 水質管理項目の変遷
水質基準は
1958
年(昭和32
年)に水道法が制定され,これに基づき1959
年(昭和33
年)に「水質基準に関する省令」として定められた9).その後,昭和
35
年,41
年そして53
年に一 部が改正され,26項目の基準に加えて暫定水質基準などが設定されている.平成
4
年には水質基準に関する省令により,化学物質を中心に大幅に項目の追加と基準 値の見直しが実施された.これに伴い,水質基準は26
項目から46
項目となり,また,水質 基準を補完する項目として,快適水質項目として13
項目,将来的な水道水質の安全性のた めに監視項目として26
項目が設定された.これによって延べ85
項目が設定されるに至っ た.なかでも,快適水質項目は水道水に対する需要者のニーズの高まりもあり,より質の高 い水道水を確保するために管理が必要な項目として,マンガン,アルミニウム,遊離炭酸,有機物等,カルシウム・マグネシウム等,蒸発残留物,濁度,ランゲリア指数,pH値,臭 気強度,ジェオスミン,2-MIB,そして残留塩素の
13
項目が挙げられている.その後も数回の数値変更や項目の追加が行われ,現在では,水道法第
1
章第4
条による 六つの要件を備えるとともに,水質基準として51
項目,水質基準には定められていないが 今後検出される可能性があるものや,水質基準に含まれるがより質の高い水道水を目指す ため必要なものとして,水質管理目標項目として26
項目,さらに,要検討項目として47
項 目の管理項目が挙げられている 10).これらは,市販されているミネラルウォーターよりも 遥かに厳しい管理基準であり,水道水は極めて安全な水質を確保された状態で給水されて いることが分かる.(2) 残留塩素濃度の管理における課題
第
2
節(1)で述べたように,水質管理として多くの項目に対し規定値が設定されている.中でも伝染病の予防や重金属除去のために行われる塩素注入と残留塩素濃度の管理は極め て重要であり,給水栓において遊離残留塩素として
0.1mg/L
以上を確保することが水道法施 行規則により規定されている.一方,他の研究によると,おいしい水としての残留塩素濃度は
0.4mg/L
以下とされており 11),安全の確保だけでなく,味覚の観点からも重要な管理項目となっている.しかし,残留塩素濃度は時間の経過とともに減少することから,実際には 安全を期するために,高めの値で管理されることが多い.
浄水処理工程において,残留塩素濃度の管理は,場内の主要地点で濃度の自動測定器が設 置されており,きめ細やかな管理が行われている.このように浄水場内ではシステムの整備 によって比較的容易に管理できる残留塩素濃度であるが,送配水工程では複雑な管網ネッ
8
トワークを通じて配水することや,時間帯による使用水量の変動などもあり,その管理は極 めて困難となる.
送配水工程では,配水の過程において残留塩素濃度の減少を抑えるために,各施設で様々 な対策が施されている.浄水場から送られた水道水を貯留する配水池などの貯水施設では.
構造用材料として鉄筋コンクリートや強化プラスチック等に加え,耐食性や衛生性に優れ るステンレスが用いられている 12).また,規格によって所定の塗装材料および塗装方法で 処理することが定められている他 13),接水部となる壁面において水質を保持するために 種々の研究が実施されている14),15).
施設の構造面の対策では,滞留時間が過大にならないように配水区域の規模や管網に適 した貯水容量とすることや,滞留水や短絡流が形成されないように流入出部の位置を決め るといった対策が取られている.また,必要に応じて水が滞留しないように導流壁の設置が 推奨されている.しかし,水の流路や滞留の有無といった流れ場は,施設内に計測機器を設 置することが困難なため,詳細に把握することが困難であり,主に流入部と流出部における 残留塩素濃度の管理が中心である.
一方,管路における水質劣化への対策としては,使用水量に応じた管径を用いて滞留時間 が過大にならないようにすることや,管網末端では,配水ループを形成することによる滞留 防止や,ループが形成できない管路では定期的な排水作業の実施が行われている.さらに,
管内面に防食性能に優れる材料をライニング処理することで,配水過程で生じる水質劣化 を抑える方法も提案されている16).しかし,節水機器等の導入による使用水量の減少や,過 大となった管径の適正化のための管路更新は依然として進んでおらず,水の滞留が不可避 的な管路も存在している.また,管路内には緊急時における水の確保を目的とした貯水槽が 設置されている.貯水槽は容量を確保するために,配水管に比べて大きな流路となっている ため,必然的に水の滞留が生じることから,このような施設においては適切な残留塩素濃度 の管理が必要である.
もう一つの水質劣化の要因の一つに,管内に残存する濁質等が挙げられる.高度経済成長 期に布設された管内面にライニング等の処理が施されていない管から発生した鉄錆や,初 期ライニング管が老朽化により内面のモルタルが剥離することで発生した砂や鉄錆,さら に,管の布設工事時に管内に混入した土砂等が管内の濁質の発生源となり,水質劣化の原因 になる17).また,砂や錆等の濁質は残留塩素の減少だけでなく,濁水の発生や給水器具から の流出とった水質事故を引き起こすことから,このような水質事故を予防策として管内に 残存した濁質を除去するために,管路内への濁質補足装置の設置や 18),強制排水による洗 管が実施されている.しかし,濁質は水流によって複雑なネットワークを形成している管網 内を運ばれるため,堆積している箇所の特定が困難となっている.そのため,排水洗管を実 施しても効果が限定的になることもある.したがって,効率的に排水洗管を実施するために は,管路内において濁質の堆積しやすい位置を予め把握しておく必要がある.
9
第 3 節 本論文の目的と構成送配水過程において残留塩素濃度(以下,残塩濃度と略す.)は,経験的な判断に基づいて 管理されていることが多い.これは,水道システムを構成する配水池や管路といった施設で は,衛生性の確保や埋設構造物といった理由から,内部の確認や計測機器の設置が困難であ り,流れ場の詳細な把握ができないためである.そこで,本研究では数値流体解析を用いた 流れ場の可視化技術に着目した.数値流体解析は流れの支配方程式を数値的に解くことで,
流れ場を可視化し,詳細に調べることが可能となる.
配水池のような貯水施設では,施設更新時における貯水容量の見直しや構造や導流壁の 設置を検討するためには,従来までの経験だけに依存するのではなく,現行施設の適切な流 れ場の把握や,計画段階における流れ場の予測が必要である.また,施設内部の残塩濃度の 分布状態を把握しておくことで減少対策が講じ易くなる.残塩濃度の減少を抑えることが できれば,浄水場における塩素投入量を抑制できるだけなく,出口部での残塩濃度の向上に 伴い,配水管網における残塩濃度を効果的に管理することが可能となる.そのため,施設内 部の流況に加え,残塩濃度の分布状態を把握・予測することが重要となるが,貯水池のよう な大規模施設において,残塩濃度を含めた流況の定量的な把握は行われていない.
管路施設においては,内部の水とともに,残存する濁質の挙動を把握することができれば,
流速条件による濁質の流れや,管網における濁質の広がりを予測することができる.その結 果,管網内における濁質の堆積箇所の推定が容易になる.堆積箇所の推定に関する精度向上 は,面的な広がりを持つ管路施設において,効率的な排水洗管の実施や効果的な濁質補足装 置の設置に加え,無駄な排水を減らすためにも重要であると考える.
本研究では,高水準な給水の実現に寄与するために,水質管理における代表的な
2
要因で ある残留塩素濃度と濁質に着目し,配水施設における水質管理に対し,数値流体解析の適用 可能性を示すとともに,水質管理方法を提案することを目的としたものである.以下に,本研究の構成を述べる.
第
1
章は序論であり,本研究の背景である水道システムの構成要素と水道事業における 課題について述べる.水道システムは様々な施設から成り立っている.中でも導送配水施設 は水道資産の約7
割を占めており,更新は依然として遅れている.施設の老朽化や使用水量 が減少する中で水質管理を進めていく必要があるが,特に残留塩素濃度は水の安全とおい しい水という観点からも重要な水質管理項目である.この残留塩素濃度の管理を行うため に数値流体解析による可視化の有効性について述べる.第
2
章では,流体運動の基礎方程式を述べ,基礎方程式を解くための代表的な3
つの解 析手法である,差分法,有限体積法および有限要素法について,それぞれの特徴を比較する.さらに,有限体積法を数値計算的に解く代表的な手法と,導入されている乱流モデルについ て整理する.また,従来の管網計算による水質管理方法について触れ,管網計算と数値流体
10
解析の特徴をまとめる.そして,数値流体解析による水質管理手法の課題について,水道に おける数値流体解析の適用事例とともに述べる.
第
3
章では,矩形配水池における残留塩素濃度の推定を通じ,水道施設への数値流体解析 の適用性を検討する.配水池内部の流れ場の再現性は,模型を用いて検証実験を行い,模型 内の電気伝導率の変化と着色水による流況確認の結果から,数値流体解析の妥当性を明ら かにする.また,実規模の矩形配水地内部の残留塩素濃度分布を推定し,流れの滞留を改善 するためのバッフルプレートについて,残留塩素濃度の消費量をもとに最適な設置位置が 検討可能であることを明らかにする.第
4
章では,水質劣化の要因の一つである濁質に着目し,管網内に残存する濁質を効果的 に除去するため,濁質の流下方向を制御できる分岐管形状の開発を試みる.まず,濁質の分 岐部分配挙動を,水の中を流れる濁質挙動が考慮できる混相流モデルにより検討し,実験管 路で実測した分配挙動が再現できることを確認する.次に,解析結果における堰周辺の流速 分布を検討し,分岐側への濁質分配比と堰による損失水頭を評価して最適形状を提案する.そして,堰を持つ分岐管を用いた水理実験により,その効果を確認する.以上により,管網 内における濁質の堆積箇所を推定し,効果的な洗管計画の立案が可能になる.
第
5
章では,管路末端に設置された耐震性貯水槽に着目し,流入量低下時における内部の 残留塩素濃度を化学種輸送モデルにより推定する.解析の妥当性は実際に運用されている 貯水槽における流入出部の残留塩素濃度変化を比較することで検証する.そして,流入量を 変化させたシナリオ解析により,内部の残留塩素濃度の減少量を明らかにし,解析結果をも とに既存の貯水槽について,残留塩素濃度を適切に維持管理するために必要となる流入量 を明示する.最後に,第
6
章では,以上で述べた研究成果を総括するとともに,数値流体解析による水 質管理の有用性を示し,今後の水道システムにおける水質管理の課題について考察する.11
参考文献1)
厚生労働省:水道の基本統計 水道普及率の推移,http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000122560.pdf, 2016.
2)
日本水道協会:改訂版水道のあらまし, p.7-8, 1993.3)
厚生労働省健康局:水道におけるアセットマネジメント取組促進等業務報告書, 2011.4)
日本水道協会:水道統計 施設・業務編, p.13, 2015.5)
日本水道協会:水道施設設計指針, pp.423-424, 2012.6)
日本水道協会:水道施設維持管理指針, 2006.7)
国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口, 2012.8)
日本水道協会:水道統計 施設・業務編, pp.886-897, 2015.9)
山村尊房:水道法水質基準改正の背景, Journal of the National Institute of Public Health, 第42
号, 第4
号, pp.504-510, 1993.10)
厚生労働省:水質基準項目と基準値(51項目)http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/kijunchi.ht ml, 2016.
11)
おいしい水研究会:おいしい水について, 水道協会雑誌, 第54
号, 第5
号, pp.76-83,1985.
12)
日本ステンレス工業会:http://www.stainless-tank.org/character.html, 2015.13)
日本水道協会:水道用コンクリート水槽内面エポキシ樹脂塗料塗装方法, pp.1-7, 2004.14)
津田崇弘, 永井崇昭, 鈴木雅彦, 穂坂恒夫, 朝倉祝治:淡水環境中の塗装鋼製水路にお けるカソード防食とエレクトロコーティング, 材料と環境, vol.54, pp.146-151, 2005.15)
木下喜博, 野間口兼政:最近の樹脂ライニングの動向(その3)鋼構造用エポキシ樹脂系
塗料及び防食樹脂ライニングの動向-エポキシ樹脂-,
ネットワークポリマー, vol.26,No.4, 2005.
16)
ダクタイル鉄管協会:塗装とライニング, pp.16-18, 2007.17)
大阪市水道技術協会:配水管, pp.479-480, 1993.18)
水道技術研究センター:水資源の有効利用に資するシステムの構築に関する研究,pp.149-229, 2005.
12
13
第 2 章 水道システムにおける数値流体解析の適用第 1 節 緒言
数値流体解析は流体の流れ,熱や物質移動,化学反応などの支配方程式を数値計算により 解き,流れの現象を予測する手法であり,1960 年代に航空機やロケット等の外部流れを数 値的に解析する目的として開発され,1970 年代に台頭してきた.それ以前は,流れ場の把 握のために経験的・実験的手法によって,膨大な開発コストと人力が投入されていた1).
1980
年代になると,コンピュータの普及から飛躍的に発展し,現在では産業界にとって必要不可 欠なツールとなっている.数値流体解析によって解析対象である流れ場の詳細な流況を可 視化することで,製品の開発や課題点への具体的な対策が検討可能となる.現在では,コン ピュータの高性能化と低廉化によって,数値流体解析の利用はますます盛んになっており,水道事業においても数値流体解析を用いた研究が行われている2).これらは主に装置や施設 内部といった実測や目視が困難である,局所的な流れ場の把握に適用されている.
一方,水道システムにおける管網では,局所的な流れ場の解明ではなく,管網全体を俯瞰 できる管網計算が主流である.管網計算では管網を管と管を節点で接続し,配水池や需要点 に関する情報を節点に持たせる.そして,配水池の水位,管路の配置,管径,需要量等の条 件を与えられたときに,管路の流量と管路の各点において十分な水圧が確保されているか を調べる3).したがって,管網計算で把握できるのは水量,水圧等の節点における値となるた め,数値流体解析にように,局所的な流れ場は把握できない.しかし,管網全体を俯瞰する には極めて有効であることから,多くの水道事業体で活用されている4),5).
このように,数値流体解析と従来の管網解析では取り扱う現象が異なる.これまでの水道 システムにおける水質管理は管網計算によるものが多い.しかし,管網計算は局所的な現象 を扱うことができないため,管網内における施設内で生じる現象の分析はできなかった.そ こで,数値流体解析により施設内の流れや個々の現象を把握することで,水道システムにお ける水質管理に対して知見が得られると考えた.
本章では,数値流体解析を水道システムの水質管理へ適用する課題について考察する.
以下,第
2
節では,数値流体解析の基本理論の一つである有限体積法の特徴を述べ,導入さ れている乱流モデルや仮定によって発生する誤差について整理する.第3
節では,従来から 実施されている管網解析と数値流体解析の違いを整理するとともに,数値流体解析を水質 管理に適用する上での課題を述べる.14
第 2 節 数値流体解析について(1) 流体運動の基礎方程式
流れの中のある特定の部分に着目し,これを流体要素と呼ぶ.流体運動を記述するには,
流体要素の質量の保存式,運動方程式,エネルギーの保存式を解く必要がある.ここでは,
それらの一般的な形を示す.
a) 質量の保存式
流体の流れは基本的に途切れることなく続く.この特徴を示すのが質量の保存式である.
図 2-1に示す空間に固定され体積 ΔVの流体要素を考えたとき,流体要素内の質量は,入 ってくる質量と,流出する質量によって時間変化する.このときの質量の変化は微小時間 Δtとした場合,以下で表現される6).
質量の時間変化 ∆
∆ ∆
この流体要素に流入流出する質量は,一軸方向(x方向)の流速
u
のみを考慮すると,密度,流速,通過断面積によって次のように表される.
流入する質量
∆
流出する質量
∆ ∆
これらの和は質量の時間変化に等しいことから,
∆
∆ ∆ ∆ ∆
ここで,
∆ ∆ ∆ ∆
,∆ ∆ ∆
を代入し,∆t → 0
,∆ → 0
の極限を取ると,∆ → lim
∆
∆
∆ → lim
∆
∆
・・・(2-1)
・・・(2-2)
・・・(2-3)
・・・(2-4)
・・・(2-5)
・・・(2-6)
15
したがって,0
となる.流速の
y,z
成分も同様に流速をv,w
とすると0
ベクトル表記では
∙ 0
図 2-1 流体要素の流入出 Δz
(ρu)
xΔS密度:ρ 体積:ΔV=ΔxΔyΔz
断面積:ΔS=ΔyΔz
Δx
Δy
(ρu)
x+ΔxΔSz
x y
・・・(2-7)
・・・(2-8)
・・・(2-9)
16
b) 運動方程式連続の式同様に,流体要素を通過する流れから運動量の保存を考えたとき,流体要素内の 運動量は密度,体積,流速の積により
ρuΔV
と表され,微小時間内の運動量変化は,運動量の時間変化 ∆
∆ ∆
となる.流体要素に流入流出する運動量は,ρuΔS が単位時間あたりに断面を通過する流 体執質量なので,
流入する質量
∆
流出する質量
∆ ∆
また,流体要素に働く外力
F
を加えると,運動量の保存は次のように表される.∆
∆ ∆ ∆ ∆
単位体積あたりの外力を
f
とし,質量の保存式と同様にΔt→0,ΔV→0
の極限を取ると,流速が
y,z
成分を持つときも同様なので∙
この左辺を展開すると
∙ ∙ ∙
∙
・・・(2-10)
・・・(2-11)
・・・(2-12)
・・(2-13)
・・・(2-14)
・・・(2-15)
・・・(2-16)
17
(2-16)式の( )内は質量の保存式に等しいことからゼロとなる.したがって,
∙
流体要素に働く外力
f
には,流体要素の面積に比例する力(面積力)と体積に比例する力(体 積力)がある.面積力は主に静圧と粘性応力であり,以下で表される.圧力勾配力 粘性力 以上から,最終的に以下の式が得られる.
∙
この式が非圧縮性の運動方程式(ナビエ-ストークス方程式)であり,質量の保存式と運 動方程式を合わせて流体の支配方程式と呼ぶ.非圧縮性流体の
3
次元流れの場合,流速の3
成分と圧力の4
つの未知数に対し,質量の保存式と運動方程式3
成分で4
つの方程式が成 立するため,解を求めることができる.c) エネルギーの保存式
エネルギーの保存式は,伝熱や圧縮性を伴う流れを取り扱う際に考慮される.したがって,
非圧縮や熱の出入りが発生しない流れの場合は考慮不要である.したがって,ここでは保存 式を記すに留める7).
∙ grad Φ
ρ:密度,T:温度,s:エントロピー,t:時間,ν:速度(ν=ν1,ν2,ν3),q:熱流束(q=- k gradT),Q:内部発熱量(単位時間,単位体積あたりのエネルギー),Φ:散逸関数(Φ
μ
ただし )・・・(2-17)
・・・(2-18)
・・・(2-19)
・・・(2-20)
・・・(2-21)
18
(2) 数値流体解析における解析手法数値流体解析では,流体の運動を記述する質量の保存式とナビエ-ストークス方程式を数 値的に解く.そのため,コンピュータで計算を可能にするため,取り扱う式を離散化する必 要がある.ここで,離散化とはコンピュータが演算可能となるように,解析対象とする空間 を有限個の格子点上に分割し,未知数に関する代数方程式や関係式を作ることである8).
ナビエ-ストークス方程式を離散化する代表的な手法に,差分法,有限体積法,有限要素 法の
3
種類が上げられる.それぞれの特徴を表 2-1に示す.差分法は微分方程式に現れる微分項を,テイラー級数展開を用いて表現する手法であり,
要求される精度に合わせて,格子点やその近隣の格子点のテイラー級数展開による関係式 を組み合わせ,微分項を近似的に表している.構造格子による離散化が必要なため,複雑な 解析形状では適用が困難になるといった制約がある.
有限体積法は運動量や質量の保存則を満たしやすいように,積分で基礎方程式を離散化 している.考えている格子点を中心とした微小領域内で方程式を積分し,その境界の値を近 隣の格子点を利用して求められる精度で与えて,積分式を離散化する.
有限要素法は未知数を要求精度の近似関数で表現し,その係数の大きさを重み付き残差 法等により微小領域ごとに決定するもので,流れ場の複雑な形状にも対応できる特長を持 つ.しかし,有限体積法に比べて取り扱う情報量が多いため,計算負荷が高く,計算プログ ラムが煩雑になるといった課題もある.また,境界層のような速度勾配が大きな流れ場を解 くために多くの格子点が必要となり,計算負荷の増大や収束性の悪化等の課題がある.
現在では,多くの汎用数値流体解析ソフトが有限体積法を採用している.これは
90
年代 に入って有限体積法においても複雑な流体空間に対応できる非構造格子が登場したことに 加え,有限要素法に比べて計算が早く経済性に優れるといった理由から,産業界での利用が 進んだからである.本研究においても有限体積法に基づく解析手法を用いている.解法 長所 短所
差分法 高精度化が比較的容易 構造格子で計算領域を離散化す るため,形状の制約がある
有限体積法
複雑な形状でも計算可能
比較的粗く離散化しても計算が 可能
離散化によっては数値発散が発 生する可能性がある
有限要素法 複雑な形状でも計算可能
コンピュータの負荷が高い プログラムが複雑なためメンテ ナンス性に劣る
表 2-1 各種解法の特徴
19
有限体積法により離散化した質量の保存式とナビエ-ストークス方程式を数値計算的に解 く代表的な手法として,MAC法9),フラクショナル・ステップ法10),そして
SIMPLE
法11) の3
つが提案されており,それぞれの中に更に種々の計算手法がある.図 2-2 に有限体積 法の数値解法をまとめる.一般的に音速を超えない流体は非圧縮性とみなすことができ,非 圧縮性流体の定常流れを解くには,3
つの手法の中で収束性と経済性が優れるSIMPLE
法が 多く用いられている.図 2-2 数値計算法の代表的な分類
(3) 数値流体解析における仮定の導入と誤差
a) 乱流モデル
数値流体解析では流れの物理現象をコンピュータで解くために,現象に応じたモデル式 が導入されている.中でも乱流流れの解析については多くのモデル式が提案されている18).
乱流とは,ある領域で時間とともに速度や圧力が不規則に変化する流れ場である.乱流状 態におけるある点の速度変化を図 2-3 に示す.このように乱流状態では流速が時間ととも に絶えず変化する非定常の流れとなる.しかし,工業的に細かな流速や圧力の変動は重要と
NS
方程式 質量の保存式 の数値計算法MAC
法フラクショナル・
ステップ法
SIMPLE
法系統SMAC
法12)HSMAC
法13)DD
フラクショナ ル・ステップ法14)SIMPLER
法15)SIMPLEC
法16)PISO
法17)MAC
法系統フラクショナル・
ステップ法系統
20
はならず,大まかな値を得ることができれば十分に実用的であることが多い.そこで導入さ れているのが
RANS(Reynolds-Averaged Navier-Stokes)といわれる時間平均を考慮した乱流モ
デルである.RANS
による乱流モデルはモデル式中で取り扱う輸送式の数によって図 2-4の ように分類されている.中でも2
方程式モデルに代表されるk-εモデル
19)は産業上,最も 汎用的に利用されていることから,実績も豊富なモデルである.しかし,k-εモデルは乱流
が十分に発達した流れ場を前提としているため,乱流の目安となるレイノルズ数が低い状 態になる流れ場の解析には不向きである.そこで,k-εモデルの課題となる低レイノルズ数
の流れを改善した乱流モデルとしてk-ω
モデル 20)も提案されている.また,計算負荷が大 きいため,k-εモデルや k-ω
モデルに比べて産業上での利用は少ないが,より高度なモデル としてレイノルズ応力モデル(Reynolds Stress Model,RSM)がある21).一般的にRSM
は旋 回や回転の影響を厳密に取り入れているため,複雑な流れ場をより正確に予測できる.しか し,計算負荷の高さに加え,収束性も悪いため,産業での利用は限定的である.このように,RANS
による乱流モデルは多岐にわたって提案されているが,現在でも研究が取り組まれて いるものの,幅広く適用可能なモデルが見当たらない.そのため,現象に応じたモデルの選 択が必要となる.RANS
は経済性と信頼性を確保しつつ利用可能なモデルが多く提案されている一方で,近 年では,質量の保存式と運動方程式をそのまま解く,直接数値シミュレーション(DirectNumerical Simulation,DNS)や一部の流れ場のみを直接解くラージエディシミュレーション (Large Eddy Simulation,LES)といった手法も用いられている
22).DNS
は乱流モデルを導入せずに方程式を直接解く.そのため,微小な渦の動きと流れの 非定常性を十分に捉えることができる非常に詳細な離散化と繰り返し計算が要求される.そのため,計算コストが膨大になることから,基礎研究を除き利用されることは少ない.た だし,より現実に近い流れのデータが得られることから,乱流モデルの検証などに利用され ている.
LES
は空間的に大きなスケール流れは直接解き,小さいスケール流れはモデル化を用い る.そのため,DNS に比べて計算負荷が軽減でき,コンピュータの処理能力の向上や並列 計算技術により徐々に利用できるレベルになっている23).DNS
やLES
はRANS
で導入して いる時間平均を考慮しないため,RANSに比べて非定常現象に対して解析精度が良くなる.しかし,DNSと
LES
は日常的に実施するには依然として負荷が高いことから,乱流現象の 基礎データを得るための研究ツールとしての利用に留まっている.したがって,産業上での 利用は今後もRANS
が重要な役割を担うと予想される.21
時間 t 速度 u平均速度 u-
Cebeci-Smith
モデル24)RANS
Baldwin-Lomax
モデル25)標準
k-εモデル 0
方程式モデル
1
方程式モデル
Sparart-Allmaras
モデル26)RNG k-ε
モデル27)Realizable k-ε
モデル28) 乱流流れの解法
2
方程式モデル 標準
k-ωモデル
SST k-ωモデル
29)Transition SST
モデル30)DNS LES
図 2-3 ある点での乱流流れにおける速度変化
図 2-4 乱流流れの解法の分類
22
b) 数値流体解析で発生する解析誤差数値流体解析は流れを解くために導入した仮定や,コンピュータにより数値を取り扱う 関係上,得られた解には不可避的な誤差や不確かさが伴う.このような誤差の原因としては 主に以下があげられる38).
① 数値誤差:丸め誤差,反復計算の収束の誤差,離散化の誤差
② コーディングの間違い:ソフトウェア内の間違いやバグ
③ ユーザーの間違い:ユーザーの入力ミス等
また,不確かさの原因としては主に以下があげられる.
④ 入力の不確かさ:解析のモデル形状,境界条件,材料物性などの近似による不確かさ
⑤ 物理モデルによる不確かさ:モデリング過程の簡略化による実際の流れと数値流体 力学との間の相違
数値誤差に含まれる丸め誤差は,機械精度ともいわれ,コンピュータでは有限の桁数しか 取り扱えないために発生する.そのため,大きさがほぼ同じの数字の減算や,大きな差があ る数字の足し算によって誤差が生じる.このような誤差を解消するため,計算では浮動小数 点演算を用いた計算を行っている.
反復計算の収束の誤差は,流れを解くために数値解法として反復計算を行が,このとき,
反復計算の過程では常に解が変動する.解が収束に向かうことで,計算過程での解の変動は 小さくなることから,十分な反復計算と収束性を確認することでこの問題は回避すること ができる.
最後の離散化誤差は,流体空間を離散化(メッシュ分割)した際のメッシュ密度や,基礎式 を解く際に高次の項を無視することにより生じる誤差である.この対策として,メッシュの 適切な配置や分割とすることで誤差を小さくすることができる.しかし,これにはコンピュ ータのリソースを必要とするため,あらかじめ計算結果に及ぼす度合いを加味してメッシ ュ分割を決定する.
入力の不確かさとは,流れ場の形状,境界条件,そして流体の物性が挙げられる.現実の 流れ場は微小な凹凸や隙間が存在しているが,数値流体解析では計算モデルの増大を避け るために,流れ場形状を簡略化することが多いため,実際の流れ場とは厳密に異なる形状と なる.これが,解析モデル形状におる計算結果の不確かさとなる.
次の境界条件の不確かさとは,流れ場の条件設定にあたり,ある表面の速度,温度等の分 布状態を決定する.また,熱の解析では壁面における温度の出入りに関する条件を設定する こともある.このような情報は,現実の問題において全て得られていることは少なく,計算 の実行のため事前に定義する必要がある.このような境界条件の定義が実際の流れに対す る入力の不確かさとなる.
最後の流体物性の不確かさとは,密度,粘度や熱伝導率といった流体の物性によるもので ある.通常は流れ場内において流体の物性は一定,もしくは物性の変化は僅かで計算結果に 与える影響は少ないとして仮定するが,現実的には空間的,時間的に物性に変化が生じてい
23
る可能性がある.このような物性の設定が入力の不確かさとなる.
物理モデルの不確かさはとは,
RANS
や物理モデルに導入されている仮定や経験則によっ て生じる不確かさである.これらは得られた解析結果を実験結果と比較し,物理モデルによ る不確かさの定量評価が必要である.しかし,現実的にはRANS
や物理モデルの結果を逐 次実験結果と比較するのは困難である.以上のように,数値流体解析はモデル化や離散化を取り入れている性質上,誤差を完全に 除去することはできないことから,常に得られた結果を慎重に判断する必要がある.
24
第 3 節 数値流体解析を用いた水質管理手法(1) 従来の管網計算による水質管理
残留塩素濃度は水道法により給水栓で
0.1mg/L
以上を確保することが定められており,多 くの水道事業体では日々の運転管理の経験から,給水栓末端で0.1mg/L
を確保できるように 配水時における残留塩素濃度を設定している.また,一部の事業体では管路末端に水質モニ ター等を設置し,定期的な水質検査やリアルタムの残留塩素濃度値を把握している 39).こ のように,過去の経験や,配水管路内にも受けた水質モニターによる残留塩素濃度の管理が なされる一方,管網計算を用いた水質管理手法40)も用いられている.管網計算は需要者の水量・水圧・水質要求を満たすための,配水池,管路,ポンプ,計測 機器等のハード面の仕様が検討可能であることに加え,既存の施設に対して改善・制御を目 的として利用することで配水コントロールの検討もできる.
管網計算では,図 2-5に示すように,配水池,ポンプや給水地点を節点として,管路を節 点と節点をつなぐ線として抽象化している.節点が持つ物理量は,配水池の水位,節点エネ ルギー,流入出水量,増減圧量であり,管路では,長さ,直径,粗度,損失水頭,流量であ る.これらのいずれかの値は水道運営で計画的に決まっていることが多いため,それに応じ た他の値が導かれる.また,管網内の水量の収支バランスが考慮できることから,各施設に おける使用水量が把握できていれば管路内の水の流向も求めることができる.そのため,病 院などの重要施設への配水ルートが明らかになり,水質管理だけでなく管路の更新計画等 にも応用可能である.さらに,管路の高低差,材質,屈曲部の配管状態や管路延長が既知で あれば,配水池から流出した水道水が,任意の配水地点に到達するまでに生じる損失,流量 や任意の配水地点における水道水の到達時間を求めることができる.この時間を(2-22)式に 示す残留塩素濃度減少予測式41)に代入することで残留塩素濃度が算出できる.
exp ⋅
ここで,Ct
:任意の時間後における残留塩素濃度[mg/L], C
0:初期残留塩素濃度[mg/L], k:残留
塩素濃度減少速度係数[hr-1],t:経過時間[hr]である.
このようにして,管網計算においても,管路全体の水質管理が可能である.近年では管路 のマッピングシステム内に,管網解析の機能を付加したアプリケーションも実用化されて いる42).マッピングシステムは本来,管路の配管情報や給水情報を管理するものであり,こ の管網情報をそのまま管網計算に利用できる機能を備えている.また,顧客の水道の利用状 況も反映できるため,実運用に即した管網計算ができる利点を備えている.
・・・(2-22)
25
図 2-5 管網計算イメージ モデル施設
:モデル節点
:メータ,給水管
メータの使用水量は 直近の節点に割当てられる
施設節点では 流出水量が算 出される
管路では管径に応じた 流量,流速,流向が算出
される 水量を指定した節点では,
水圧が算出される 管網計算
26
(2) 管網解析と数値流体解析の比較第
3
節(1)で述べたように,管網全体の水量,水圧,流向および配水池からの到達時間が 算出できることから,管網を俯瞰的に管理する上で管網計算は非常に有効である.同等のこ とを数値流体解析で再現するには解析モデルが大規模になり,膨大な計算時間を要する.一方,管網計算は管網内の施設を節点として表現するため,その施設内部の詳細な流れ場 を把握することが困難である.また,流入出部の水質のみしか考慮できないため,施設内部 の水質状況は把握できない.しかし,数値流体解析は施設内部の流体空間そのものをモデル 化するため,管網計算では考慮できない詳細な流れ場が検討可能である.また,流体物の拡 散状態や,流体中の固体の流れ状態といった管網計算では考慮できない現象を解くための 物理モデルも用意されている.
表 2-2に管網解析と数値流体解析の特徴をまとめる.
管網計算 数値流体解析
メリット
管網を俯瞰した計算が可能
管路の水量,水圧,水質の把握が可 能
部分的な詳細な流れ場が把握でき る
さまざまな流れを考慮できる物理 モデルが用意されているデメリット
施設内の詳細な流れ場は考慮でき ない
施設内部の水の入れ替わり状況や,濁質の挙動は考慮できない
管網全体の流れ場を再現するには 解析モデルが過大となり不向き 表 2-2 管網計算と数値流体解析の特徴の比較27
(3) 数値流体解析による水質管理手法の課題数値流体解析は流れが可視化できるという点で非常に有用である.実機による実験では,
測定機器が設置可能な範囲のみでしか数値が得られないのに対し,数値流体解析では,空間 の任意の位置での値や,等値となる領域を色付けしたコンター図等を表示することも可能 である.また,航空機や自動車では従来から力学的相似により,実規模よりもスケールダウ ンした実験が行われているが,数値解析では想定する規模を直接考慮でき,実測が困難であ る高圧や高温条件下においても詳細な数値を得ることができる.
これらの特徴を活かし,産業界に留まらず,水道システムにおける各施設の運転状況の把 握にも数値流体解析が用いられている.渡邉は水道施設の中の急速ろ過システムにおける 沈殿池内の定常流れ場を数値流体解析により推定し,沈殿池の能力向上を試みた 31).そし て,定常流れ場解析の結果から,沈殿池が設計段階における当初の性能を発揮できなくなる 原因について言及した.このときに用いられた物理モデルは水単体の単相流解析モデルで あり,沈殿池内の流速分布をもとに施設効率が低下した原因を考察している.
数値流体解析では定常の流れ場だけでなく,時々刻々と流速や圧力が変動する動的な流 れ場となる非定常の解析も可能である.この特徴を活かし,水道技術研究センターの研究で は,耐塩素性病原生物対策として位置づけられている紫外線処理における「紫外線照射装置 が備えるべき要件」について,紫外線照射装置の照射瀬能の評価に数値流体解析を用いてい る32).ここでは流体中を流れる物質の動きを考慮できる分散相モデル33)が適用されている.
このモデルは流体中の粒子を質点として考慮するため,粒子形状によって流れから受ける 力の影響は加味されていない.そのため,粒子挙動が流れ場に支配されるような粒子濃度が 希薄な流れ場に適しており,第一相目の流体と第二相目の粒子が互いの流れに影響を及ぼ し合う流れ場では十分な解析精度が得られないモデルである.分散相モデルを水道管路内 の濁質挙動解析に適用した結果,濁質の挙動が十分に再現できなかったことも報告されて いる34).
斎藤ら 35)の研究では,給水タンクの入れ替わり性能の検討に対し,二種類以上の物質に おける拡散状態の把握が考慮できる化学種輸送モデルを用いて,給水タンクの入れ替わり 性能の確認と性能向上に関する検討を行っている.この化学種輸送モデルは気体の拡散状 態も扱えることから,有機溶剤等の気体の拡散現象の検討にも利用されており36),液体,気 体の拡散や置換現象を考慮する場合に多く用いられている.
水道施設の中には自由水面を持つ受水槽も多く存在しており,近年多発している地震の 揺れによって内部の水の越流や,揺れに伴う受水槽の破損といった問題も生じている.この ような現象の解析には液体と気体の界面の挙動を考慮できる
VOF(Volume of Fluid)モデルが
利用され 37),地震で生じる揺れの周期に対する内部の水の水面高さの変化を把握し,貯水 容量の上限値の設定や構造物の強度検討が行われている.このようなタンク形状における 液体が揺れるときの水面の変化現象は水道施設以外でも生じており,化学プラントの燃料28
タンクや土木構造物のダム等における水面の挙動解析にも利用されている.
このように,水道システムの各施設においても,流れ場の把握や課題解決のために数値流 体解析が利用されており,さまざまな物理モデルが提案されている.しかし,すべての現象 を考慮できる物理モデルは現在でも存在しない.複数の物理モデルを組み合わせた解析も 理論上は可能であるが計算負荷や計算の収束性の面から実施されないことも多い.そのた め,解析の実行にあたっては対象とする現象に応じた物理モデルの選択が重要である.そし て,第
3
節(2)でも述べたように,数値流体解析は流れ場を考慮する空間全てを離散化する ため,水道システム全体の流れ場を一度に解くことは現実的に不可能である.近年ではスー パーコンピュータの開発も進んでいるが,水道システムは施設の更新や改良が日々行われ ていることを考慮すると,流れ場をスーパーコンピュータで解くことは経済性の点でも課 題である.したがって,今後も水道システムとして水質管理は従来の管網計算が主流となる ことが予想される.一方,管網計算では施設内の流入出における水質のモニタリングが中心であり,施設内部 の水質の把握は行われていない.そのため,貯水槽等の池状構造物では短絡流の形成により,
流出部における水質は確保できていても,内部の水質は劣化が進行している場合も考えら れる.また,水質劣化の要因となる管路内部の流れる濁質の挙動やそれに起因する水質劣化 に加え,濁質補足装置等を導入したことによる圧力損失も管網計算では算出できない.この ような管網計算では考慮できないシステム内の部分的な流れ場や,施設内部の詳細な流れ 場の把握には数値流体解析が必要である.
水道システムにおける施設内部や装置の流れ場の検証や,管路内部で生じている濁質の 堆積や水流の停滞といった個々の課題に対し,適切な物理モデルを選択した上で数値流体 解析を利用することで,従来の管網計算では困難であった各施設の詳細な流れ場の把握が 可能となり,従来に比べてより精度の高い水質管理が可能になると考える.
29
第 4 節 結言本章では流体運動の基礎方程式を述べ,代表的な数値流体解析の解析手法の一つである 有限体積法の特徴について整理した.また,流れ場を有限体積法により解く数値解析手法を 挙げ,流れ場を解くために導入される乱流モデルおよび,様々な物理現象を考慮するための 物理モデルを研究事例とともに示した.さらに,水道システムにおける水質管理を目的とし て利用されている管網計算と数値流体解析の違いについて整理した.
以下にその主要な結果を述べる.
1)
従来の管網計算では考慮できない施設内部や管網の局所的な流れ場を詳細に分析す るには数値流体解析が必要であり,水の入れ替わりや濁質挙動等の様々な物理現象 が考慮できる.2)
数値流体解析は,流れ場を数値解析的に解くための仮定やモデル化が導入されてお り,解析結果には必ず誤差が伴うため,その結果は慎重な評価が必要である.3)
数値流体解析では,流れ場を解くための乱流モデルや物理モデルが多く提案されて おり,実現象を精度よく解析できる高度なモデルも提案されている.これらを経済的 にかつ精度よく適用するため,適切なモデルの選択が必要である.数値流体解析により,従来の管網計算で考慮できていなかった施設内部の詳細な流れ場 や,水質劣化の原因となる濁質の挙動を把握することで,水道システムにおける水質管理を より精度よくできる可能性があると考える.