修 士 学 位 論 文
高 エ ン ト ロ ピ ー 合 金 型 の 層 状 構 造 を 持 つ 超 伝 導 体 に 関 す る 研 究
指 導 教 員 水 口 佳 一 准 教 授
令 和2年 1月 9日 提 出
首都大学東京大学院 理 学 研 究 科 物 理 学 専 攻
学修番号 18844420 氏 名 曽 我 部 遼 太
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学位論文要旨(修士(理学))
論文著者名 曽我部 遼太
論文題名:高エントロピー合金型の層状構造を持つ超伝導体に関する研究
2012 年に発見された BiS2系超伝導体は BiS2伝導層とブロック層の積層構造 を持ち、高温超伝導体と類似の結晶構造を有するため、物質探索および機構解明 に向けた研究が行われている[1]。BiS2系層状化合物REO0.5F0.5BiS2の超伝導を誘 起するためには、電子キャリアドープと面内化学圧力制御が必要である。ブロッ ク層であるREサイトをより小さい希土類元素で置換することにより、ブロック 層が収縮する。面内化学圧力効果により面内Bi-S1結合距離が短くなり、バルク な超伝導が誘起され、超伝導転移温度 Tcが上昇する。さらに、面内化学圧力効 果は REO0.5F0.5BiS2系において面内 S1 サイトの局所的な構造の乱れを抑制する
[2]。化学圧力以外の効果により、BiS2系層状化合物の局所構造を制御できれば、
さらなる物質開発が可能となる。そこで注目したのが、構造材料や生体材料など の分野で盛んに研究されている高エントロピー合金(HEA)である。典型的な結 晶構造を図(a)に示す。高エントロピー合金とは5種類以上の元素が1つのサ イトを占有し、それぞれの元素が 5-35%のものである[3]。本研究では単純な合 金ではなく、HEAの概念を層状化合物へ応用した。
本研究は、HEA型のブロック層を持つ層状超伝導体を合成し、HEA状態が超 伝導特性及び結晶構造にどのような影響を与えるか解明することを目的とした。
固相反応法により4種類のHEA型REO0.5F0.5BiS2の多結晶試料を合成した[4; HEA型層状超伝導体の特許を出願]。図(b)に結晶構造を示すように、REサイ トに5 種類の異なる RE イオンが占有し、HEAの定義を満たしている。磁化率 および電気抵抗率測定から、合成した 4 つの試料すべてにおいて超伝導転移が 観測された。超伝導転移温度と格子定数をまとめた相図を図(c)に示す。従来 型(RE サイトを 1 つまたは 2 つのイオンが占有している状態を従来型とする)
のREO0.5F0.5BiS2と比較すると、超伝導が発現する領域は格子定数の大きい領域
(局所構造乱れが大きい領域)へ拡張されている[4]。この結果は、HEA効果が 層状構造内の局所構造に影響を与え、化学圧力効果と同様の乱れの抑制を実現 していることを示唆している。この推測を解明するために、様々なRE混合エン トロピーを持ち、かつ同程度の格子定数(化学圧力の大きさに対応)を有する REO0.5F0.5BiS2多結晶試料を合成した。超伝導特性評価、放射光X線回折及びリ ートベルト解析を行い、REサイトの混合エントロピー増大が超伝導特性及び局 所構造に与える影響について研究を行った。リートベルト解析における異方性 原子変位パラメーター解析の結果から、REサイトの混合エントロピー増大によ
ii
り、局所的な面内構造の乱れ(図(d)中のU11)が抑制された。ここでは格子定 数を同程度に制御した系で研究を行っているため、化学圧力の大きさに変化は ほぼない。すなわち、REO0.5F0.5BiS2系においてREサイトをHEA化することは、
BiS2 伝導面内の局所構造の乱れを抑制し、超伝導を発現させることが可能であ ると結論付けた[5]。本研究で得られた成果は、今後の層状機能性材料の局所構 造制御や機能性向上に役立つコンセプトであると考えている。
図(a)典型的なHEAの結晶構造
(b)HEA型のブロック層を持つREO0.5F0.5BiS2の結晶構造
(c)HEA型試料と従来型REO0.5F0.5BiS2の格子定数aに対する 超伝導転移温度Tc
(d)REO0.5F0.5BiS2のREサイトの混合エントロピーSmixに対する 異方性原子変位パラメーターU11
引用文献
[1] Y. Mizuguchi, J. Phys. Chem. Solids, 84, 34-48 (2015).
[2] Y. Mizuguchi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 87, 023704 (2018).
[3] J. W. Yeh et al., Adv. Eng. Mater. 6, 299 (2004).
[4] R. Sogabe et al., Appl. Phys. Express 11 053102 (2018).
[5] R. Sogabe et al., Solid State Commun. 295, 43 (2019).
目次
第
1
章 序章... 1
1.1 超伝導現象の発見 ... 1
1.1.1 電気抵抗がゼロ ... 1
1.1.2 完全反磁性(マイスナー効果) ... 2
1.1.3 ジョセフソン効果 ... 3
1.1.4 臨界磁場 ... 4
1.1.5 超伝導体の種類 ... 5
1.1.5.1 第一種超伝導体 ... 5
1.1.5.2 第二種超伝導体 ... 6
1.1.6 磁束の量子化 ... 6
1.1.7 臨界電流密度 ... 7
1.1.8 BCS理論 ... 8
1.1.9 超伝導の歴史 ... 9
1.2 BiS2系超伝導体 ... 11
1.2.1 元素置換効果(キャリアドープ) ... 12
1.2.1.1 希土類置換によるキャリアドープ ... 13
1.2.1.2 混合原子価状態 ... 13
1.2.2 高圧印加による物性の変化 ... 14
1.2.3 化学圧力 ... 15
1.2.4 面内異方性パラメーター ... 16
1.3 高エントロピー合金(HEA) ... 18
1.3.1 HEA超伝導体 ... 19
1.3.2 圧力効果 ... 21
1.4 本研究構想に至った経緯と本研究の目的 ... 22
第
2
章実験方法及び原理
... 23
2.1 試料作製方法 ... 23
2.1.1 固相反応法 ... 23
2.2 試料の測定・評価方法 ... 24
2.2.1 粉末X線回折装置(XRD) ... 24
2.2.2 放射光粉末X線回折実験 (SPring-8) ... 25
2.2.3 リートベルト解析 ... 26
2.2.4 走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分解X線分光(EDX) ... 27
2.2.5 超伝導量子干渉計(SQUID) ... 28
2.2.6 電気抵抗率測定 ... 29
第
3
章HEA
型のブロック層を持つREO
0.5F
0.5BiS
2系超伝導体の合 成と物性評価... 31
3.1 HEA型のブロック層を持つREO0.5F0.5BiS2系超伝導体の合成 ... 31
3.2 リートベルト解析を用いた結晶構造解析 ... 32
3.4.1 SEMとEDX ... 34
3.3 電気抵抗率の温度依存性 ... 35
3.4 磁化率の温度依存性 ... 37
3.4.1 MH測定 ... 37
3.5 超伝導転移温度Tcと格子定数a ... 38
第
4
章 ブロック層の混合エントロピー増大と超伝導特性及び局所 構造の相関... 40
4.1 ブロック層に希土類元素を1-5種類混合させたREO0.5F0.5BiS2系超伝導体 の合成 ... 40
4.1.1 SEMとEDX ... 41
4.2 Pr-based REO0.5F0.5BiS2 の結晶構造パラメーター ... 43
4.3 Pr-based REO0.5F0.5BiS2の磁化率の温度依存性 ... 46
4.4 Ce-based REO0.5F0.5BiS2の結晶構造パラメーター ... 47
4.5 Ce-based REO0.5F0.5BiS2の磁化率の温度依存性 ... 50
4.6 混合エントロピー増大に対する磁化率と格子定数 ... 51
4.7 高圧の印加 ... 53
第
5
章 総括... 55
5.1 本研究のまとめ ... 55
5.2 今後の課題 ... 55
5.3 研究業績 ... 57
5.4 引用文献 ... 59
5.5 謝辞 ... 63
5.6 付録 ... 64
1
第
1
章 序章1.1
超伝導現象の発見超伝導現象は低温で導体の電気抵抗がゼロになる現象である。1911 年、オランダ・ライ デン大学の物理学者カマリン・オンネスによって偶然発見された。
1908 年、オンネスはヘリウムの液化に成功し、様々な金属の電気抵抗が液体ヘリウム温 度までどのような変化をするか測定していた[1,2]。金属の電気抵抗は液体窒素温度まで温度 を下げると減少するが、絶対零度に向けてどうなるかについては知られていなかった。そこ で当時としてはもっとも純度の高い試料が得られる水銀を選んで実験を行った。この実験 の中で、水銀の電気抵抗が4.2 Kで突然ゼロになることを偶然発見された[3]。超伝導は以下 の3つの現象によって特徴づけられる。
・電気抵抗がゼロ
・完全反磁性(マイスナー効果)
・巨視的量子効果(ジョセフソン効果)
図1 Hgの電気抵抗の温度依存性
1.1.1 電気抵抗がゼロ
特定の物質を冷却すると、ある温度で電気抵抗が急激に減少し、消失する。この温度は超 伝導転移温度Tcと呼ばれる。特に、電気抵抗が落ちはじめた温度はTconset、電気抵抗がゼロ になった温度はTczeroと呼ばれる。図2に筆者が合成したBiS2系超伝導体La0.7Ce0.3OBiSSe の電気抵抗率の温度依存性を示す[4]。Tconsetは約3.21 K、Tczeroは約3.09 Kである。超伝導転
移幅(ΔTc = Tconset-Tczero)が小さいほど均一な超伝導体であることが知られている。
2
図2 La0.7Ce0.3OBiSSeの電気抵抗率の温度依存性
1.1.2 完全反磁性(マイスナー効果)
完全反磁性は、磁場中に置かれた超伝導体が外部磁場の臨界値を超えない限り、磁力線を 排除する効果である。この現象は1993年にマイスナーとオクセンフェルトによって報告さ れた[5]。
𝑩 = 𝑯 + 4𝜋𝑴 = 0 (CGS単位系)(式1) B : 磁束密度、H : 外部磁場、M : 磁化
すなわち、超伝導体は𝑴 = −4𝜋1 𝑯 の反磁性磁化をもつ。反磁性の観測には、ゼロ磁場冷却
法 (ZFC)と磁場中冷却法 (FC)がある。ZFCは超伝導体をゼロ磁場中で冷却した後、磁場を
印加し、超伝導体内部に磁束が侵入しないことを観測するものである。この方法で観測され る反磁性は、完全伝導性と独立な現象ではない。完全導体であれば電場E = 0、およびファ ラデーの電磁誘導の法則rot𝑬 = −𝜕𝑩
𝜕𝑡 = 0 より、ρ = 0 の物体に磁場を印加しても、その物 体内部には磁束は侵入しない。
一方、FCはTc以上で超伝導体に磁場を印加した後、磁場中で試料を冷却し、Tc以下で磁 束が排除されることを観測するものである。この現象は、完全導体では起こらない。完全反 磁性は超伝導現象に特有である。
第二種超伝導体では、磁束の一部が磁束量子の形でピン止め中心に捕捉され、外部へ排除 されない。このため、第二種超伝導体では、FCによる反磁性は100%に満たないことが一般 的である。
3
図3 ZFCとFCにおける超伝導体と完全導体のふるまい
図4 La0.7Ce0.3OBiSSeの磁化率の温度依存性
1.1.3 ジョセフソン効果
ジョセフソン効果は、図 5のように薄い絶縁体を 2 つの超伝導体で挟んだ接合(ジョセ フソン接合)を作製した場合、クーパー対のトンネル効果が起こり、超伝導体の間に超伝導 電流が流れる現象である[6]。ジョセフソン接合間に電圧がなくとも、2つの超伝導体の間に 位相差さえあれば直流超伝導電流が生じる。このようなクーパー対のトンネル現象は直流 ジョセフソン効果と呼ばれる。直流ジョセフソン電流は以下の式で表すことができる。
-0.35 -0.3 -0.25 -0.2 -0.15 -0.1 -0.05 0 0.05
2 3 4 5 6 7 8 9 10
La0.7Ce
0.3OBiSSe
Magnetization (emu/g)
Temperature (K) H=10G FC
ZFC
4
𝐼 = 𝐼csin ∆∅ (式2)
I : ジョセフソン電流、Ic : 臨界電流、∆∅:2つの超伝導体の位相差
この現象の応用例として、超伝導体のリングにジョセフソン接合を含む超伝導量子干渉計
(SQUID)素子があり、磁気特性測定装置(MPMS)には欠かすことのできない役割を担っ
ている。
図5 ジョセフソン効果の概念図
1.1.4 臨界磁場
超伝導状態を維持するためには、超伝導転移温度 Tc以下であるだけでなく、外部磁場H が物質に固有の値Hc以下でなくてはならない。𝑇 ≤ 𝑇𝑐 の場合、円柱形の第一種超伝導体と 呼ばれる超伝導体にその軸方向と平行なHを印加する。Hを増加させ、Hcを超えると、超 伝導状態は破れて常伝導状態になる。逆に、この温度領域でHをHc以下に減少させると、
超伝導状態が現れる。このHの臨界値Hcは臨界磁場と呼ばれ、経験的に温度Tの2次関数 で近似される。
𝐻c (𝑇) ≈ 𝐻c (0) [1 − (𝑇𝑇
c)2] (式3)
ここで、Hc (0)は絶対零度におけるHcであり、第一種超伝導体では、数百Oe程度である。
この経験則はHcのパラボリック則と呼ばれる。
5
図6 臨界磁場の温度変化
1.1.5 超伝導体の種類
超伝導体は第一種超伝導体と第二種超伝導体の二つに分けられる。
1.1.5.1 第一種超伝導体
図7に第一種超伝導体の外部磁場Hに対する磁化Mの依存性を示す。第一種超伝導体は、
Hが臨界磁場Hcを超えると突然常伝導体になる。NbとV以外の超伝導体になる金属元素 単体がこのようなふるまいを示す。
図7 第一種超伝導体の外部磁場依存性
6
1.1.5.2 第二種超伝導体
図8に第二種超伝導体の外部磁場Hに対する磁化Mの依存性を示す。第二種超伝導体の 臨界磁場Hcは、下部臨界磁場Hc1と上部臨界磁場Hc2に分けられる。HがHc1までは完全反 磁性を示し、さらにHを印加すると、Hc2まで連続的に常伝導体になる。Hc1とHc2の間の領 域では、超伝導領域とH が侵入した常伝導領域の両方が存在している。この状態は混合状 態と呼ばれる。化合物超伝導体などの第一種超伝導体以外の超伝導体がこのようなふるま いを示す。第二種超伝導体は高磁場でも超伝導を維持することが可能であり、非常に実用的 である。また、種類も豊富であるため、超伝導の研究はほぼ第二種超伝導体を対象に行われ ている。本研究で扱ったBiS2系超伝導体も第二種超伝導体に分類される。
図8 第二種超伝導体の外部磁場依存性
1.1.6 磁束の量子化
図9のような超伝導リングを超伝導転移温度Tc以上で磁場中におく。温度を下げていく と、完全反磁性によって超伝導体内の磁束は排除される。その後、外部磁場 H をゼロにす ると、磁束は超伝導体を通り貫けることができない。そのため、超伝導リングの内部を流れ る超伝導電流により、その磁束は一定に保持される。この電流は、Tc以下である限り減衰せ ず、いつまでも流れ続ける永久電流である。また、超伝導リングに捕捉されたフラクソイド
(外部磁場と超伝導電流のつくる磁束)の値は任意の値を取ることはできず、
𝛷0 = ℎ𝑐
2𝑒 ~ 2.07 × 10−7 G ∙ 𝑐𝑚2 (式4)
h : プランク定数、c : 真空における光速、e : 電気素量 を単位に量子化されている。これは磁束の量子化と呼ばれる。
7
図9 磁場中の超伝導リング
1.1.7 臨界電流密度
超伝導体が電気抵抗ゼロで電流を流すことができる単位断面積当たりの最大の電流値は 臨界電流密度 Jcと呼ばれる。超伝導を工学的に応用する場合に重要な値の一つである。超 伝導体には対破壊電流密度、マイスナー電流、磁束ピンニング電流密度という3種類の臨界 電流密度が存在する。
図10 超伝導の臨界条件
8
1.1.8 BCS理論
バーディーン、クーパー、シュリーファーの三人により、超伝導の電子状態に関しての理 論が構築された[7]。この理論は、2つのフェルミエネルギー付近の電子が電子格子相互作用 によりクーパー対を組む。その場合、フェルミエネルギーより下の基底状態に落ちてボー ズ・アインシュタイン凝縮することである[8,9]。
電子格子相互作用の様子を図11に示す。格子振動をしている正電荷のイオンの中に負電 荷のイオンが飛んでくる場合、正電荷のイオンが負電荷のイオンに近づき、正電荷の密度が 濃くなる部分ができる。この部分に別の負電荷のイオンが引き寄せられる。この過程におい て、2つの電子が対をなして動いているように見えることが電子格子相互作用になる。
BCS理論から以下のような超伝導転移温度Tcの決定方程式が導かれる。
𝑘B𝑇c = 1.13𝜔D exp (−𝑁(0)𝑉1 ) (式5)
𝑘B : ボルツマン定数、𝜔D : デバイ振動数、𝑁(0) : フェルミ面の状態密度 V : 電子間相互作用
𝜔D ∝ 1
𝑀𝛼 (式6) M : 原子の質量
𝑇c =1.20𝜔D exp {−𝜆−𝜇1.04(1+𝜆)∗(0.62𝜆)} (式7) λ : 電子格子結合定数
しかし、式5は電子間相互作用VをV<<1として近似し導出されたため、Vが大きい物質を 表現できなかった。そこでマクミランは式 7の方程式を提唱した[10]。この式により、さら に高いTcを持つ超伝導体を表現できるようになった。式5と式7から、デバイ振動数𝜔D や フェルミ面近傍の状態密度𝑁(0)、Vを大きくするとTcが上昇する。式6から、𝜔D はMの 軽い元素ほど大きくなり、Tcが上昇する。
M が同位体元素により変化し、Tcが変化することは同位体効果と呼ばれる。式を以下に 示す。
𝑇𝑐= 𝑀−𝛼 (式8)
BCS理論では、α = 0.5を示す。Hgなどの金属単体のαは0.5に近い値であることが報告 されている[11]。
9
図11 電子格子相互作用の様子
1.1.9 超伝導の歴史
図12に超伝導転移温度Tcの推移を示す。1911年にHgで超伝導が報告されて以来、単体 元素における超伝導探索が行われた[3]。次に超伝導探索は合金、金属間化合物へと移行し
ていった[12-16]。これらの超伝導体はBCS理論によって理解されている。BCS理論では電
子格子相互作用を強くすると、Tcの上昇が期待されるが、電子格子相互作用が強くなりすぎ ると、Tcは40 K程度で頭打ちになると予想されていた。
しかし、1986年にベドノルツとミュラーにより、La2-xBaxCuO4は30 Kで超伝導を示すこ とが報告された[17]。その後、90 K 以上の Tcを有する YBa2Cu3O7-xが報告された。これは BCS理論による予想を超えるTcであり、銅酸化物系超伝導体で高温超伝導体探索のフィー バーが起きた[18-21]。数年でHgBa2Ca2Cu3OxのTcは圧力下で164 Kにまで上昇することが 報告された[22]。現在の最高記録は166 Kと報告されている[23]。
2001 年に秋光らの研究グループで MgB2は 39 K 以下で超伝導を示すことが報告された [24]。
2006年に細野らの研究グループでLaFePOは4 Kで超伝導を示すことが報告された[25]。 2008年には同研究グループで20 Kを超える鉄系超伝導体が報告され、2回目の高温超伝導 体フィーバーが起きた[26-28]。わずか数ヶ月でSmFeAsO1-xFxのTcは55 Kであることが報 告された[29]。現在の最高記録はSrTiO3基板上に作成されたFeSe薄膜が100 Kを超えると 報告されている[30]。
2012年に水口らの研究グループでBiとSからなる伝導層を持つBiS2系超伝導体が報告 された[31]。Tcの最高記録は常圧下で5.6 K、高圧下で10.6 Kと報告されている[32,33]。本 研究では主にこの超伝導体についての研究を行った。
2015年にH3Sは150 GPaという超高圧下で203 Kの超伝導を示すことが報告された[34]。 同位体効果はBCS理論とよく一致しており、従来型の超伝導体であることが示唆されてい る。2018年にLaHxは超高圧下(150 GPa)で215 Kの超伝導が報告され、LaH10±xは超高圧 化(200 GPa)で260 Kの超伝導が報告された[35,36]。
2019 年には NiO2面が伝導層となるニッケル酸化物系超伝導体 Nd2-xSrxNiO2薄膜は Tc約
10
9.1 Kと報告された[37]。しかし、バルクなNd2-xSrxNiO2は超伝導を示さないと報告されてい る[38]。
今後の研究でTcが上昇し、室温超伝導体を発見できるか注目が集まっている。
図12 超伝導転移温度の歴史的推移
11
1.2 BiS
2系超伝導体BiS2系超伝導体は2012年に首都大学東京の水口らにより報告され、BiS2伝導層と絶縁体 層であるブロック層の積層構造からなる層状物質である。VESTAを用いて描いたBiS2系超 伝導体の結晶構造を図 13 に示す[39]。この層状構造は、高温超伝導体である銅酸化物系超 伝導体や鉄系超伝導体と類似の結晶構造を有しており、非従来型の超伝導機構を持つこと が角度分解光電子分光(ARPES)の研究結果から示唆されている[40,41]。近年、同位体効果 の研究結果からも非従来型の超伝導発現機構であることが示唆されている[42]。
層状構造の超伝導体は伝導層やブロック層を変化させることで、様々な超伝導特性を有 する超伝導体を発見することができる。これまでに、Bi4O4S3系やREOBiS2系などが報告さ
れている[31,32,43,44]。最近では、Bi,S,Pbから構成される四層構造の伝導層を有する物質や、
Bi,S,Cl から構成される一層構造の伝導層を有する物質が報告されている[45,46]。BiS2系超
伝導体は新規超伝導体の探索や詳細な機構の解明など様々な課題と高温超伝導体や非従来 型超伝導発現機構が期待されている。
図13 BiS2系超伝導体の結晶構造
12
1.2.1 元素置換効果(キャリアドープ)
BiS2系層状化合物で超伝導を発現させるためにはいくつかの条件がある。一つは、BiS2伝 導層に電子キャリアをドープすることである。図14(b)中のフェルミエネルギー直上のバ ンドは主にBi-6p軌道とS-3p軌道が混成している[47]。よって、電子キャリアをドープする ことができれば、BiS2伝導層の金属化を期待できる。LaOBiS2の場合、LaO1-xFxBiS2のよう にブロック層のO2-をF-で部分置換することにより、BiS2伝導層に電子キャリアがドープさ れる。その結果、LaO0.5F0.5BiS2は 2.5 Kで超伝導を示す[32]。また、ほかのREOBiS2(RE : 希 土類元素)でも、同様なF置換により超伝導が発現する[48]。
図14(a)LaOBiS2のF置換によるキャリアドープの図 (b)LaOBiS2のバンド図[47]
(c)24軌道モデルと4軌道モデル[47] (d)LaO0.5F0.5BiS2の電気抵抗の温度依存性[40]
13
1.2.1.1 希土類置換によるキャリアドープ
REOBiS2はOサイトだけではなく、REサイトを置換することにより、BiS2伝導層に電子
キャリアをドープすることができる。LaOBiS2のLaサイトを4価のイオンで置換すること により、BiS2伝導層に電子キャリアをドープすることができ、超伝導が発現する[49]。Laサ イトをThで置換した場合のTcは2.51 K、Hfで置換した場合は2.81 Kになる。
AFBiS2 (A : Sr, Ca, Eu)はAFフッ化物のブロック層をもつ化合物である。2価であるAを 3価のREで部分置換することにより、電子キャリアをBiS2伝導層にドープでき、超伝導が 発現する[50]。
図15(a)LaOBiS2のTh置換によるキャリアドープの図
(b)SrFBiS2のLa置換によるキャリアドープの図
1.2.1.2 混合原子価状態
多結晶試料のEuFBiS2とEu3F4Bi2S4は元素置換によるキャリアドープがされていないた め、超伝導は発現しないと考えられる。しかし、母物質自体が金属的な電気伝導を示し、
超伝導が発現する。Euは2価と3価の混合原子価状態を取り得るため、Euの価数揺らぎ によりBiS2伝導層にキャリアがドープされ、元素置換なしで超伝導が発現すると報告され ている[43,44]。
CeOBiS2は1.3 Kで超伝導が発現する。Ceは3価と4価の混合原子価状態を取り得るた
め、Ceの価数揺らぎによりBiS2伝導層にキャリアがドープされ、超伝導が発現すると報 告されている[51]。一方、絶縁体的な電気伝導を示すCeOBiS2単結晶の報告もあり、混合 原子価状態は合成条件や結晶構造、組成などに敏感な可能性がある[52]。
14
図16(a)EuFBiS2の電気抵抗の温度依存性 (b)CeOBiS2の電気抵抗の温度依存性
1.2.2 高圧印加による物性の変化
試料に物理的な高圧を印加し、合成や測定をすることで常圧下とは異なる結晶構造や電 子状態になることが期待できる。
LaO0.5F0.5BiS2の高圧合成試料は 7 K 以下で大きな反磁性シグナルを示し、バルクな超伝 導状態を示す。電気抵抗率測定から、TczeroとTconsetはそれぞれ8 K、10 K以上である[32]。 LaO0.5F0.5BiS2の高圧下物性を評価すると、1 GPa以上の圧力領域において、高圧合成と同様 に高Tc相が得られる[53]。高圧下でのX線回折パターンから、常圧下では正方晶(P4/nmm) だが、2GPa以上では単斜晶(P21/m)に相転移する。
他のREO1-xFxBiS2において同様の圧力誘起相転移のふるまいが報告されている[54]。Tcが 大きく変化する領域の中点をとると、臨界圧力はLa, Ce, Pr, Ndの順に高圧側にシフトする。
この順序は、REサイトのイオン半径と対応しており、REイオン半径が大きく、格子定数の a軸が大きいほど単斜晶への構造相転移を起こしやすいことを示している。EuFBiS2の高圧 下測定からも単斜晶への構造相転移が報告されている[55]。
15
図17 REO0.5F0.5BiS2の高圧測定下における超伝導相図[40]
1.2.3 化学圧力
REO0.5F0.5BiS2はREサイトをLaからSmまで固溶することで、格子定数を連続的に変化 させることができる[33,56]。すなわち、仕込みの電子ドープ量を変化させずに格子定数が連 続的に収縮しており、高圧の印加と状況が類似している。図18(a)に示すように、希土類 元素の平均イオン半径を小さくし、面内化学圧力を印加していくと、Tcが上昇し続け、RE
= Nd0.2Sm0.8で超伝導は消失する。
上述ではRE置換について述べたが、それとは違うサイトの元素置換による面内化学圧力 効果の検証が重要であり、BiS2伝導層のSをSeで置換した効果を述べる。LaO0.5F0.5BiS2-xSex
は図18(b)のような超伝導相図を示す。Se置換によりバルクな超伝導が誘起され、Tcが上 昇する[57]。このふるまいはRE置換の場合と類似している。BiS2伝導層にはSサイトが2 つ存在するが、結晶構造解析の結果から、置換されたSeは面内のSサイトを選択的に占有 すると報告されている[58]。面内のSがSe置換にされると、BiS面に比べてBiSe面は大き なa軸長を持つはずである。一方で、ブロック層の構成元素は変化しない。よって、SとSe のイオン半径差から予想されるよりもa軸長の伸長は小さい値になる。結果として、Bi-Ch 面内の充填密度は上昇し、面内化学圧力が上昇する。
EuFBiS2のEuサイトを3価のRE(RE : La, Ce)で置換することにより、電子キャリアをBiS2
伝導層にドープすることができる。Eu0.5RE0.5FBiS2では超伝導発現に十分なキャリアがドー プされているにも関わらず、バルクな超伝導は発現しない。そこで、SサイトをSeで置換 することにより、面内化学圧力が印加され、バルクな超伝導が発現する[59,60]。EXAFS(広 域X線吸収微細構造)からも、Ce1-xNdxO0.5F0.5BiS2とEu0.5La0.5FBiS2-xSexの両方の系において、
化学圧力の効果により面内の不安定性が抑制され、超伝導が発現すると報告されている [61,62]。
16
図18(a)REO0.5F0.5BiS2の平均REイオン半径とTc [63]
(b)LaO0.5F0.5BiS2-xSexのSe置換量とTc[57](c)化学圧力の概念図
1.2.4 面内異方性パラメーター
REO0.5F0.5BiS2(RE : La, Ce, Pr, Nd)の化学圧力効果と超伝導発現機構の関係について、放射 光実験で結晶構造パラメーターが解析されている[63]。面内Bi及びS1サイトに対して、異 方性原子変位パラメーターであるU11とU33が用いられている。BiとS1サイトのU11の差 はバルクな超伝導体を示す指標であると考えられている。それを図19に示す。S1サイトの U11はRE のイオン半径が小さくなるにつれて減少する。これは、LaO0.5F0.5BiS2-xSexの面内 カルコゲンサイトのU11で観測される傾向と類似している[64]。BiサイトのU33はREのイ オン半径の減少に伴って大幅に変化することはないが、S1サイトのU33はREの置換によっ て劇的に変化する。S1サイトのU33はTcと相関があると考えられている。LaO0.5F0.5BiS2-xSex
においても同様の傾向になる。
17
図19 希土類イオン半径に対するBi及びS1サイトのU11とU33 [63]
18
1.3
高エントロピー合金(HEA
)高エントロピー合金は近年大きな注目を集めている新しい合金の概念であり、構造材料 や生体材料などの分野で研究が盛んに行われている。高エントロピー合金は一般的に 5 種 類以上の元素が同一サイトを占有し、それぞれの元素が5-35%である合金とされている[65]。 高エントロピー合金に対する明確な定義はまだ存在せず、その後の研究によって様々な定 義が提唱されている。現在、基本的な定義は以下の2つの式が用いられている[66,67]。
∆𝑆mix= −𝑅 ∑𝑁 𝑥𝑖ln 𝑥𝑖
𝑖=1 (式9)
∆𝑆mix≥ 1.5 𝑅 (HEA) (式10)
∆𝑆mix : 混合エントロピー、R : 気体定数、𝑥𝑖 : 成分iの割合
中エントロピー合金(MEA)と低エントロピー合金(LEA)はそれぞれ以下の式で定義され る。
1.0 𝑅 ≤ ∆𝑆mix≤ 1.5 𝑅 (MEA) (式11)
∆𝑆mix≤ 1.0 𝑅 (LEA) (式12)
高エントロピー合金の定義として5 元素以上の5 という数字に物理的な意味はない。しか しながら、5元素以上の系においてのみ、∆𝑆mixが1.5 Rを超える高エントロピー状態である 合金を形成することができる。
高エントロピー合金は 4 つの効果を示すと考えられている。①高エントロピー効果、② 格子歪み効果、③緩慢拡散効果、④カクテル効果である。それぞれの効果の特徴を以下に示 す。
①:∆𝑆mixが高いために、元素間の相互溶解性を高め、金属間化合物への相分離を防ぐ。ギ プスの自由エネルギーより、特に高温で、終端溶解や金属間化合物の溶解度の範囲を拡 大し、単純な多元素が固溶した安定な相を形成しやすくする。
②:様々な原子の大きさに起因する結晶格子の歪みにより、固溶体相が安定し、高い強度の 固溶体を得ることができる。また、電気伝導率や熱伝導率を低下させる。
③:原子の拡散が遅いため、結晶を構成する元素の数が増加すると、ナノ結晶構造やアモル ファス構造を形成する。
④:構成している元素自体の特徴と、元素間の相互作用から生じる複合効果により、特異な 物性を示す。高温でも延性や高強度を示すことや、耐靭性や耐腐食性が高いことが報告 されている[67,68]。
19
図20 一般的な合金とHEAの模式図
1.3.1 HEA超伝導体
2014年に初めてTa0.34Nb0.33Hf0.08Zr0.14Ti0.11というHEA超伝導体が報告された[69]。報告さ れているHEA超伝導体は従来型の超伝導体と示唆されている。現在、HEA超伝導体は4種 類の結晶構造が報告されている[68]。以下に4種類のHEA超伝導体の特徴を示す。
①:主にTa-Nb-Hf-Zr-Tiにより構成される。空間群はIm3mであり、結晶構造は体心立方格
子構造(BCC)である。Tcは4.0-9.2 Kを示す。
②:主に遷移金属により構成される。α-Mn型の複雑な結晶構造である。Tcは1.9-5.7 Kで ある。
③:主に Sc-Zr-Nb-Rh-Pdにより構成される。空間群は Pm3mであり、CsCl型構造を持つ。
Tcは3.9-9.3 Kである[70]。
④:Re0.56Nb0.11Ti0.11Zr0.11Hf0.11である。結晶構造は六方最密充填構造(HCP)である。Tcは4.4 Kである[71]。
ごく最近では、NaCl型の結晶構造を有し、カチオンサイトがHEAのような状態になって いるAgInSnPbBiTe5が報告されている[72]。試料は高圧合成により作製され、Tcは2.6 Kで ある。
20
図21(a)Ta0.34Nb0.33Hf0.08Zr0.14Ti0.11の結晶構造 (b)AgInSnPbBiTe5の結晶構造
HEA 超伝導体の Tcの決定に重要なパラメーターは価電子数(VEC)である[73]。HEA 超伝導体は単純な2元素による合金のTcとVECのMatthiasプロットとほぼ一致している
[74]。Ta-Nb-Hf-Zr-Ti から構成される HEA 超伝導体の Tcと∆𝑆mixの相関関係が研究され、
∆𝑆mixの増加はTcに大きな影響を与えないと報告されている[75]。HEA超伝導体を構成する 元素の数が増え、乱雑さが増加しても、超伝導が消失することや Tcに影響を与える可能性 はほぼないと考えられている[76,77]。
図22 Tcと混合エントロピー∆𝑆mixの相関関係
21
1.3.2 圧力効果
HEA 超伝導体(TaNb)0.67(HfZrTi)0.33に高圧を印加したときの超伝導特性が報告されている
[77]。注目すべき点はこの超伝導体のゼロ抵抗が1気圧から190.6 GPaまで連続して存在す ることである。190.6 GPaは地球の外側のコアの圧力とほぼ同じである。通常の超伝導体は 圧力を印加しすぎると超伝導は消失するが、このHEA超伝導体は圧力に対して強固である。
その後の研究で同じグループが、NbTiで同様のふるまいを示すと報告されている[78]。この 報告からも、HEA 効果が超伝導体にどのような影響を及ぼすかは今後解明すべき課題であ る。
図23 HEA超伝導体の圧力相図「引用文献77からデータを読み取りプロット」
22
1.4
本研究構想に至った経緯と本研究の目的卒業研究では、LaOBiSSeのREサイトであるLaサイトをCeで置換することにより超伝 導が発現することを発見した[4]。
そこで、BiS2 系層状化合物において RE サイトを様々な希土類元素で置換することによ り、超伝導特性にどのような影響を与えるかについて研究しようと考えた。そのときに、
HEAという研究分野があることを知り興味を持った。REO0.5F0.5BiS2のREサイトをHEAの ような状態にすることで、超伝導特性にどのような影響を与えるかについて研究すること とした。
本研究の目的は、HEA型のブロック層を持つ層状超伝導体を合成し、HEA状態が結晶構 造および超伝導特性にどのような影響を及ぼすか解明することを目的とした。
23
第
2
章 実験方法及び原理2.1
試料作製方法2.1.1 固相反応法
固相反応法は原料を目的の組成となるように秤量し混合した後、高温下で反応させて試 料を合成する方法である。一般的に無機化合物のような融点が高い物質を合成する場合に 用いられる。
本研究では、固相反応法を用いて試料を合成した。図24に示すように、実際に行った合 成方法の工程について述べる。
①:原料を目的の組成となるように秤量し、乳鉢に入れ、均一になるように5分程度混合 する。
②:混合した試料を10 MPa程度でペレット状に成型し、石英管に真空封入する。
③:電気炉に試料を封入した石英管を入れ、試料に合わせた温度シーケンスで一次焼成をす る。
④:得られた試料を再び乳鉢に入れ、均一になるように混合する。
⑤:混合した試料を再度②のようにする。
⑥:③と同様のことを行う。
図24 固相反応法の図