|扇究ノート|
現代中国への視角*
一 一 再 論 ・ 現 代 中 国 政 治 分 析 の モ デ ル 一 一
森 山 昭 郎
はじめに
この小論は,現代中国研究にさいして用いられる分析視角の問題点を 検討し,伝統中国の影響を過少評価すべきでないことを主張しようとす
るものである。
日本における中国研究において,冷静に事実を検討し,客観的,科学 的に研究しようとする態度は乏しい,といわれて久しい。そうした研究 状況の背景として, 1 つにはイデオロギ 的な問題があろう。「正統的マ ルクス主義 J の立場から,中国の状況を批判することに終始し,あるいは 中国側の公式発言をくり返しているものさえ一部にはみられる。
?}レ ク ス主義の視角からもきわめて実証的な分析が現に告されているだけに,
分析視角や方法論にかんする問題意識を欠いた作品が存在することは,
きわめて残念なことだ,といわねばならない。
中国が情報の面では閉ざされた社会であり,イデオロギーや社会体制 の面で巽なった体系であるだけに,現代中国にどのようにして,いかな る視点から接近するかを考察することは,重要な問題である。筆者(森 山)は,かつて本ジャーナル誌上に「現代中国政治分析のモデル」と題す
キ本稿を準備するにさいして, IC U 社会科学研究所.東京女子大学比較文化研究 所の御協力をえた。また,筆者が勤務する東京女子大学の短期大学部図書館員,
渡辺敏 ,中村内介,五十嵐絹子各氏に資料収集の御援助をいただいた。記して
謝意を表したい。
1 3 4 現代中国への視角
る小論を寄稿したことがある?}そこでの議論もまた,上のような問題関 心からなされている。この小論は,より大きな全般的な分析視角を問題
とするものではあるが,再論と副題するゆえんである。
I 1 独自性と分析視角
こんにち,現代中国研究において,すべてにわたって利用される分析 視角というものは存在しない?
ある論者によれば,現代中国政治の主要な傾向は「変イじ」にある
f:たし かに,中華人民共和国の 3 0 年史をふりかえってみれば,それは意外性か ら意外性への連続であった。そうした変動の激しさが,支配的な分析視 角の登場を妨げている,といえるのかもしれない。とくに,近年におけ る対日・対米接近,中越戦争,毛沢東再評価問題,経済調整などは,外 部の観察者にとって,理解を困難にするほどの重大な変動であったかも
しれない。
一体どのような視角から,研究対象としての中華人民共和国に接近し うるのか,またすべきなのか,あらためて聞い直されている,といって よいであろう。
最近出版された『中国と国際関係』一一わが国最初の本格的中国外交 の通史ーーの著者,宇野重昭氏は,中国研究において氏がもっとも関心 を寄せているのは中国の「独自性」の析出にある,という:
1実は,宇野氏 にとどまらず,中国の「独自性」に対する関心は広範に存在するが,それ をもっとも強調する人々の中には,中国の政治体系はきわめて特殊なも のであり,それゆえに従来の研究において採用されてきた,どのような モデル,いかなる分析視角も十分なものではない,と主張する者がある。
たしかに,中国の広大なる土地,巨大な伝統文化,悠久の歴史等々,中国
の体系を「独自」なものとしてとらえるべきだ,と主張するさいの根拠に
現代中国への視角 1 3 5 は事欠かないように見・える。そうであればこそ,社会科学の理論の適用 や他国との比較分析を拒否し,独自な「中国モデル」を構築すべきだ,と する主張が生まれるのであろう。
実際,中国研究にさいして,社会科学の概念を機械的にあてはめよう としたり,中国の独自性をまったく無視して,分析を行なうことはでき ないであろう。それはたしかにそうであるが,他方では,社会科学の枠 組をまったく用いることなしに現代中国を分析しようとすることも,ま た,できないであろう。加えて,中国にかぎらず,どの国であれ,その 固だけをみているかぎり,特殊性(独自性)を析出することはおろか,そ の国のこと自身さえもわから告くなってしまうのではないか。
その意味で,主として欧米で発達してきたものではあるが,人類。?共 通財産化している社会科学の枠組を,中国研究においても批判的に摂取 し,他国との類似点と相違点を明らかにしていく努力は不可欠であろう。
もちろん,理論家の視点からすれば,中国革命の歴史的意義がどれほど 大きく重要であり,中国政治が国際社会におよぼす影響がいかに重大で あっても,中国は単一の事例であることにかわりはない。筆者(森山)
の本節での関心は,ごの単一の事例を対象とする研究として,現代中国 研究はいかなる意味で理論とかかわるのか,また比較分析の視点、との関 連はどのようなものであるのか,という点にある。
2 理論と実証分析
一般的にいえば,実証分析においてなんらかの理論的枠組の存在は不 可欠である。また,実証分析の基礎なしに経験理論が形成されることも ありえない。そうであればこそ,中国研究における過去の業績に対する 評価として,「理論の応用 J ,「一般化に役立つ事例研究 J といった区分を することがあったのであろう。
すでにふれたように,中国研究において支配的な分析視角というもの
は存在しない。ただ,アメリカの現代中国研究においてそれに近いもの
があったとすれば,それは疑いもなく「全体主義」の概念であろう。「全 体主義」という用語は,しばしば,形容詞として用いられ,あるいは分析 を精密なものとする概念左して利用されてきた。おそらくは,アメリカ において,明示的にせよ暗黙のうちにせよ,「全体主義」の概念をまった く考慮に入れない中国研究の業績というものは少ないであろう。この全 体主義にかんする理論が,ナチス・ドイツやスターリンのソ速を研究す るところから生まれたことは,よく知られている。この理論が,現代政 治学に重要な成果として大きな地位を占めていることは,なんら不思議 ではないであろう。
全体主義の理論は,あきらかに普遍的に妥当するものとして,中国研 究にも利用されてきた。しかし,研究が進むにつれ,その問題点 L も意識 されはりめた。 2 点に整理しうる問題点の 1 つは,理論それ自体に内在 するものであり,いま 1つは,現実の中国との不一致である。全体主義 の理論が,ヒトラーやスターリンといった特定の人物の個性に影響され すぎる,というのは批判の lつであった。さらに,多くの,単一政党の 支配する国々の体制との差異も問題とされた。また中国の現実との不一 致という面では,毛沢東のリーダーシァプや計画経済のあり方,官僚制 など,スターリンのソ連とは異なる,とする見解も表われたのである。
上のような意味で,現代中国政治の分析と理論との聞の相互作用は,
一方では理論を豊富にするとともに,他方では実証分析を精密化するこ とに貢献したのである。
3 事例研究と比較分析
第 2 に問題とすべき側面は,単一事例の研究としての中国研究と比較
分析の視点とのかかわりである。も f , ろん,比較分析の意義は,理論形
成のための一般化にとっても,また実験による研究における対照群の設
定に類似する機能を果しうるという点からいっても,きわめて重要であ
ろう。
現代中国への視角 1 3 7
それでは,中国研究において比較分析の視点は,一体どのような意味 をもつのであろうか。この観点からすれば,つぎの 2 つの側面がことに 留意さるべきではないであろうか。
第 lは,中国の指導者自身がこんにち主張しているように,中国が近 代化の過程にある発展途上諸国と共通の一面を持っていることである。
たとえば,前出の宇野氏の近著 r 中国と国際関係』は,わが国における 中国外交史の本格的通史として,ほとんど唯一のものであるが,中国指 導者の発言にふくまれる発展途上国の立場からする主張と思われる諸点 を,ほとんどすべて,中国に独自な発想にもとづくものと評価している。 。
しかしながら,慎重に検討しつつ自己の行動の正当化や中国的表現のア ヤを取り除いてみるとき,宇野氏がいう中国に独自な諸点は,実は他の 発展途上諸国指導者が発言したことにきわめて類似しているように思わ れる。
発展途上国というものをいかに定義するにせよ,中国であれ他の諸国 であれ,その典型ではあるまい。しかし,現代中国研究において,中国 が多くの発展途上国と共通する問題をかかえている点に注目し,発展に かんする広範な著作から概念上の示唆をえたり,発展や近代化について のモデル構築の根拠をえようとすることには,うなづける点がある。
1つの考え方は,中国の近代史を通じて展開された近代化過程の延長 線上に現代中国を位置づけるものである。産業化以前の農業経済,伝統 的体系との革命的対決といった問題にみられるように,中国のみならず,
各国の近代史に広範にみられる諸問題が関心をひく。
もう 1つの観点は,経済水準の低さを重視するものである。この見解 では,中国は同等の経済条件下にある諸国とともに,同一の類型にいれ られる。インドなどと経済発展の状況を比較するのは,その例である。
以上の意味で,中国を発展途上国と比較する視点は欠かせないであろう。
第 2 に,現代中国の体系は共産主義体系であったし,こんにちもそう
である。同ビくマルクス・レーニン主義をかかげるソ連,東欧諸国など
との類似点,相違点の検討がなされねばならない。在ぜなら,同ビく共産 主義体系であるこれらの諸国との比較なしに,中国の社会主義の現状と 社会主義の理念との聞に存在する問題点を明らかにすることは,ほとん ど不可能だからである。中ソ対立,中越戦争といった事象を分析しようと 試みるさいに,この点に注意を払わないとするならば,おそらくは理解 不可能な状態に陥いるであろう。
「近代化」ないし「発展」を取り上げる視点と「比較社会主義」ないし「比 較共産主義」アプローチともいうべき視点とは,ある見解によれば,きわ めて密接に関連している。ラスウエル( HaroldD . Lasswell )は,ソ連と 中国の共産主義が,とりわけ科学技術の急速な発達と,それにともなう 社会構造や思考様式の変化をめざすものである,とする見解に注目すべ
きだとのべたことがある T こうした変動が最初は西欧に始まり,全世界 に拡まっていった「近代イヒ」を意味することは,いうまでもないであろ う。もっとも,ラスウエ J レによれば,ロシア革命にせよ中国革命にせよ,
技術革新に有利な制度さえ破壊してしまったという一面はあるのだが。
たしかに,中ソ論争が表面化して以来,中国とソ連の体系に類似性が あるとする前提に疑問符が付されてきた。しかしながら,そうした事情 は,両国の類似性と独自性を見きわめようとする努力の価値を否定する ものではない。「共産主義は低開発の現象である」とする見解が過度の単 品世化であるとしても,ラスウエ J レの指摘は,こんにちなお,「近代化」の 視点からの比較と,「比較共産主義」の視角が類似の問題を分析すること
になるかもしれない,という意味て、関連性を持つことを示している。
[
1 「伝統の影響」と「外国の影響 J
現代中国研究における分析視角の 1つは,あきらかに巨大な伝統文化
と現代中国のかかわりの検討にある。現代中国の共産主義体系は,どの
程度に伝統中国の影響を受けているのであろうか。その体系は,一部に
現代中国への視角' 1 3 9 外国の様式をふくむにせよ,伝統的な支配型を再生した新しい「毛沢東 王朝」なのであろうか。それとも,中国の伝統を破壊する外国(ロシア でないとしても西洋の)の思想による征服を表わすもの告のであろうか。
アメリカの中国研究においては,このテーマに関する議論は 2 つの立 場のいずれかを極端なかたちで主張することを避けてきた。一般的には,
共産主義革命が本質的に反伝統的であり,中国にとっては異質な価値を 普及する手段である,とする見解が保持されたと思われる。
この問題に関連して,中ソ両国の共産主義体系の比較分析を推進した トレドヨルド( D o n a l dW. T r e a d g o l d )は次のように問いかける。
「ソ連邦と中華人民共和国とは,単に,国際的な共産主義理論家の思 想を現実化した 2 つの事例にすぎないのであろうか。それとも,ロシア
と中国の何百年という歴史を,こんにちにおいて継承しているのだ,と 見なすのが最良なのであろうか T 」
中華人民共和国の起源が,中国共産党を権力の座に導いた2 0 世紀の諸 現象にとどまらず,それ以前の政治的伝統をもふくむことを否定する人 はいない。その意味で,この問題をめぐる論争の真の価値は, 2 つの立 場のいずれかを文字通りに想定することにあるのではない。
事実, 中共王朝 皇帝毛沢東 といった表現をとることがあったにせ よ,注意深しヨ論者たちは,いずれかの立場に全面的に立つことによって 生ビる意見の両極化を避けてきた。この点については, トレドコールド
も同様の認識を表明している。
2 「毛沢東王朝 J
あらゆる社会がなんらかの意味でその過去の所産であるがゆえに,適
切な間いは,中国の政治的伝統が現在にたいして,類例のないほどの影
響力をおよぼしているかどうか,ということになろう。このような問い
かけにたいして,十分な判断を下すことは困難ではあるが,ある人々は
伝統が強い影響力をおよぼしている,と主張している。
伝統的支配体系との類似性を主張する人々によれば,こんにちの共産 主義体系における統治のパターンは,伝統的な中国の王朝のそれときわ めて似た面をもっているという。その主張によれば 世界の至高の権威
という思想,パランスのとれた経済の国家管理,社会的秩序をもたらす 正統的権威の制定,そしてエリ トの補充に関する基準の作成といった 諸点に注意を払うべきだ,ということになる。
あきらかに,現実の中国政治には,伝統中国の影響と外国の影響とが 混在しているが,アメリカの中国研究では,こんにちまでに著わされた 書物の多くが,現代中国の追求する,あるいはすでに達成した変動に焦 点をあわせているので,伝統重視の主張に注意を払う必要がある。
中国の「中国らしさ J を主張する論者は,けっして多くはない。フェア パンク( J o h nK . F a i r b a n k )は,一貫してその数少ない提唱者であり続け た。彼によれば,「中国は中国史の文脈に規定されている。」現代中国にお いてイデオロギーや公式の指令がどのような意義を有していようとも,
中国の伝統が弱められたり破填されたと主張すべきではない。そうではな く,中国の歴史は依然として,中国人の行動にたいするいくつかの説明 をあたえている,というのである。
現代中国を伝統的王朝と類似したものと見なす 1つの傾向は,プロ文 革の時期にあらわれた。すなわち,中共政権に対するありそうな脅威の 1つは内部からのものであるが,このような主張をする人々のなかには,
プロ文革が典型的な王朝流の政権崩壊であると見なすものもいた T 清朝 崩壊後の軍閥時代のような国内の対抗関係によって,共産主義体系が粉 砕される過程として,プロ文革をとらえていたのである。
伝統中国の影響と外国の影響の適切な役割に関する論議というものは,
単に外部の観察者にとって重要であっただけではない。中国の知識人や
政治指導者にとって,この問題は 1 9 世紀末以来,中国の体系をいかに再
建するか,異なった方式を提出する形で論じられてきたのである?近年
における「 4 人組 J 批判のなかで,彼等が中国の事物を不当に高く評価
現代中国への視角 1 4 1
L ,外国の事物を排斥した,とされる問題は,まさにその再現であった。
中国は西側諸国に学ぶべきだ,とする現体制の主張が示唆するのは,中 国志向を強調する時期に続いて強い外国志向へと転じた,いわば 2 つの 極の聞を揺れ動く微妙なバランスであろう。
3 「共産主義 J または外来思想、
上にのべたような伝統の影響を重視する見解に対して,「共産主義中国 と中国王朝の制度と類似性を主張するのはミスリーディングである」と する意見も検討しておく必要があろう。
「毛王朝」といった主張よりも「革命の中国 J として中国のイメージを 描く見解がアメリカでは一般的である。こうした見解は何よりも,中国自 身が自らを反伝統的であると描き出した点に大きな根拠を得たのである。
ウオーカー (Richard L . Walker )は中共政権の最初の 5 年間を検討した著 書の中で次のようにいう。「西欧の若干の学者にとっては,中国は今なお 中華の国であり,その現在は,ほとんど中国の過去の伝統からのみ,理 解されるべきものとされているのである。しかし中国はもはや 5 年前の 中国ですらないのだー。研究者は,かつての中国の文化の知識に,あま りに重い信頼を置いたのでは,正確な結論を引出すことを,もはや期待 されえないのであるけ
「共産主義の変化は,少なくとも残存する伝統的な型を,修正するだ けの深さには,達している。年がたつと共に修正は増加するであろう。
そして中国学者( S i n o l o g i s t )でなく,共産主義の専門家が,…(中国)圏 内の事件を分析するのに,より多くの資格があるものとされるであろう出 あきらかに,ウオーカーは中国政治の分析視角としては,伝統文化の 重要性を否定し,共産主義の視点を第一にすべきだと主張している。中 ソ論争によって,中固とソ連の共産主義体系に明白な類似性を前提とす る主張に,疑問が投げかけられる以前になされたウオーカーの議論は,
ソ連の強い影響を主張する。そして,中共が建国後の 5 年間に,「東洋的
専制」の大きな基礎をすえたのだ,という。
回中ソ論争が表面化して以来,「ソ連の影響」という表現は,「外国の影響」
という表現に置き換えられることになった。両国の体系の類似性ばかり でなく,差異をも説明しなければ在らなくなったからである。たとえば,
ジョージ・テーラー( George E . Taylor )は「共産主義の世界観という ものは,過去の帝制の遺産ではない。それはイギリス, ドイツ,フラン スからやってきたものであり,ロシアにとっても中国にとっても外国の ものであった」という。彼によれば,「共産主義と中国王朝の制度的類似 性 エリートによる支配,個人の自由や代議政府の欠主トーの主張は ミスリーデイングである」し,「ロシアも中国も,彼ら自身の努力によっ て伝統的体系を取り除いたが,どちらの場合も,新しい制度は彼らが支 配する以前に(戦争と内戦によって)破壊されていた。共産主義者たちは 古い社会を転覆したのではなかった。彼等は,おそらくは近代化をより
目
前進せしめたのであろう新しい体系の芽を,打ち砕いたのである」とい うことになる。
中国の伝統を破壊する外来思想による征服という主張にたいしては,
中国史上にあらわれた「征服王朝」は次第に「中国化」されるのが常であ ったと反論することができょう?しかし,この反論に対しでも,ソ連の援 助が中共にとって決定的な意味があったにせよ,外来思想、の担い手とし ての中共は,中国人自身の党であり,したがってその思想の「中国化 J はありえない,とするものもあったのである f
おわりに
長期におよぶ政治的伝統の持続と中華主義は,現在の体系に強い影響
を与えているように思われる。たとえ新しい体系が旧体制色を一掃した
ようにみえても,伝統的な価値観はひきつづきかなり長期にわたって存
在するのであろう。あれほどに自立的で長期間存在した体系が,その公
式の制度としての生命をこえて影響を及ぼすことはない,と考えること
現代中国への視角 1 4 3 は,かえって困難ではないだろうか。 「 4 つの近代化」政策の推進にさ いして中国が直面している諸問題の背景には,まさしくこのような問題 があるといわねばならない。こんにちの中国には,伝統の影響と達成さ れた変化とが混在しているであり,近代化過程で不可避在伝統との衝突 も現に生じていよう。
このように考えてくると,現代中国に 7プロ チするさいにその類似 也ゆえに他の共産主義体系との比
l絞,発展途上諸国との比較を行者うと ともに,「近代化」の実現を求める 1つの理由が巨大な伝統の影響にある ことを忘れることはできない。
以上にのべてきた方向にそった論争は,たしかに果しないものになろ うが,それはまた,現代中国の社会の基本的性格,そしてその変動の態 様を綿密に考察するのに役立つであろう。
1つの社会をみる時に,「伝統」という用語ほどひんぱんに用いられな がら,その意味するところがあいまいで,多様に解釈されるものも少な い。こんにちの中国における「伝統」を論じる場合に,あるものは延安期以 来中共がつちかつてきた社会主義建設を目指す努力の堆積としてこの語 を用いる?また,ある論者は中華人民共和国の建国以後の経験を中心に すえている f さらにまた, 1 9 世紀すなわち清朝の政治体系,統治のパタ ーンを強〈意識することもある f これらの用語法には,それぞれの論者の 主張と密接な関連がみられよう。しかし,筆者からすれば,上のごとき種 々の「伝統」も中国の数千年におよぶ歴史から切り離されては存在し辛 い。中国の歴史が長く,文明が巨大なだけに,その影響力は無視しえ辛 いものがあろう。アメリカの中国研究においても,日本の中国研究にお いても,作品の~くが中共指導者の達成した,あるいは追求しつつある 変動そのものに焦点をあわせている現在,変革されざる側面の持つ意義
に注意を払うことには十分な意味があろう。
こんにちの中国において大きな問題となっている,幹部の持権乱用,
官僚主義や非能率,といった問題を,アジア的生産様式と関連して東洋 的専制主義の影響としてとらえなおすべきだ,とする見解が中国々内で
凶
も表明されていることは,これまでのべてきた議論を補強するものとい ってよい。私は「アジア的社会の停滞性」を一面的にとらえようとするも のではないが,逆に伝統中国の影響を無視することには,比較分析の視 点、を忘れ,理論を深めることを忘れる危険性があると思われる。
中国研究にさいしては,資料商での制約をいかに打破するかの問題と 関連して,計量分析的アプローチの意義を検討すべきであるが,この問 題については,筆者の過去の研究努力と直接にかかわる問題であるので,
稿をあらためて考えてみたい。 (1981 年 6 月 29 日 )
i 主
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(3)
日本の中国研究については.とりあえず.宇野重i 出r 中国と国際関係 ' f l 洋書房,
1 9 8 1 年,はしがき,及び革 I 章,まと.森山,前掲「 J I ( アジア」事!'!!。アメリカ の中国研究については,#山「アメリカの現代中国研究概観 中国政治分 析の諸アフローチ
J" J ! f "'(中国政治の動態』日本国際問題研究所(近刊予定,仮 題)を見よ。
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