九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
いわゆる取調べ受忍義務に関する検討
鮎川, 泰輔
九州大学大学院法務学府
https://doi.org/10.15017/11869
出版情報:学生法政論集. 2, pp.81-93, 2008-03-25. 九州大学法政学会 バージョン:
権利関係:
鮎 川 泰 輔
一、はじめに
二、取調べ受忍義務肯定説 三、取調べ受忍義務否定説
四、肯定説の理論的正当性への疑問 五、「取調べ受忍義務」の分析的検討 六、私見
七、取調べ受忍義務を否定することの意味
一.はじめに
刑事訴訟法(以下、刑訴法という)198条1項は「検察官、検察事務官又は司法警察職員 は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べ ることができる。」と定め、但し書きにおいて「ただし、被疑者は、逮捕又は勾留されてい る場合を除いては、出頭を拒み、または出頭後、何時でも退去することができる」と定め ている。刑事訴訟法の分野においては実務と理論の乖離が大きいといわれるが、同条の解 釈において逮捕・勾留中の被疑者にいわゆる取調べ受忍義務を認めるかという対立もその 顕著な例として知られている。法に関する専門的知識を有さない裁判員が刑事裁判に参加 する裁判員制度の導入を2年以内に控え、取調べをめぐる状況は大きな変革を迎えている。
例えば、検察庁は2006年5.月、裁判員裁判対象事件について検察官による被疑者取調べの 一部の録音・録画の試行を発表した。さらに、同年5月には未決拘禁者の処遇の内容も規 定した刑事収容施設及び被収容者の処遇に関する法律(以下、刑事収容施設法という)が 施行されている。本稿ではこのような状況の変化のもとで刑訴法!98条1項の解釈について 理論的な再検討を試みる。
二.取調べ受忍義務肯定説
実務においては、取調べ受忍義務肯定説がとられているといわれており1、学説のなかに
1 裁判所職員総合研修所監修『刑事訴訟法講義案(三訂版)』(司法協会、2007年)参照。
もかつては通説的地位を占めていた2。下級審の裁判例では、逮捕に係る被疑事実以外の取 調べ(余罪取調べ)について取調べ受忍義務がないことを判示する前提として逮捕にかか る被疑事実については被疑者に取調べ受忍義務があるとしたものがある3。また最高裁も
「身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解する ことが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意 味するものでないことは明らか」と述べているから、少なくとも最高裁は取調べ受忍義務 を否定しているものではない4。取調べ受忍義務を肯定する見解の根拠は、①刑訴法198条1 項但し書きの反対解釈、②逮捕・勾留という身体拘束は、拘東中の取調べを予定したもの であること、③捜査における身体拘束下の被疑者取調べの重要性と必要性、といったもの である。このうち、①と③の理由が主に実務において取調べ受忍義務が圧倒的に支持され てきたことの主な根拠である。
三.取調べ受忍義務否定説
一方で学説では、取調べ受忍義務を否定すべきであるとの見解が極めて有力な地位を占 めてきた。否定説に共通する根拠は、被疑者も憲法38条に由来する包括的黙秘権を有して おり被疑者に取調べ受忍義務を課すことは黙秘権を実質的に侵害することとなってしまう という点にある。しかし、否定説も論者によって理論構成や内容にばらつきがある。これ は、刑訴法198条1項但し書きの文言が「逮捕又は勾留されている場合を除いては」となっ ており条文自体は反対解釈を許すかのような規定になっていることに起因する。取調べ受 忍義務否定説は刑訴法198条1項但書きの文言解釈の難点という宿命を背負わされてきた
のである。
第一の見解は刑訴法198条!項但し書きを「出頭拒否・退去を認めることが逮捕または勾 留の効力自体を否定するものでない趣旨を注意的に明らかにしたものにとどまる」5とする。
すなわち、逮捕・勾留されている被疑者が取調べを拒絶し取調室を出たとしても、逮捕・
勾留の効果は消えないから被疑者は自宅に帰る等身体拘束を逃れることができるわけでは ないということであって、そのことを規定したものだというのである。しかし、刑訴法198 条1項但し書きの文言から身体拘束の効力に関する注意的規定としての意味合いまでは読 み取れないであろう。
2 団藤重光『條解刑事訴訟法上』(弘文堂、!950年)365頁、高田車爾『刑事訴訟法(二恩版)』(青青書 院、1984年)335頁、池田修・前田雅英『刑事訴訟法講義(第2版)』(東京大学出版会、2006年)76 頁、131頁。
東京地誌昭和49年12月9日判例タイムズ32望号204頁以下。
:最大判平成1!年3月2媚民集53巻3号514頁以下。
平野龍一『刑事訴訟法』(有斐閣、1958年)!06頁。
第二の見解は刑訴法!98条1項但し書きを在宅の被疑者について①捜査のために出頭要求 ができること、②それが任意処分であること、をあきらかにした規定と読む6。すなわち、
刑訴法198条1項は取調べについて定めたものではなく、在宅の被疑者に対し「捜査機関」
への出頭を求めることができると規定したもので「取調べ室」への出頭要求ではない、逮 捕・勾留されている場合にはすでに艘査機関」にいるから「捜査機関」への出頭拒否・「捜 査機関」への退去は問題とならないので除外されている、というのである。しかし、それ でも条文の文言上「捜査機蘭への出頭と読むのが自然であって、「取調べ室」への出頭を 問題としているのではないとの解釈は文言の意味を越えているように思われる。
第三の見解は、刑訴法198条1項但し書きは逮捕・勾留された被疑者については言及して いないのであるから、逮捕・勾留された場合には明文をおかずに解釈に委ねた趣旨である とする7。しかし、文言に「除いて」とある以上まったく規定のない場合と同じように解釈 に委ねられているとするのはやはり不自然な解釈といわざるを得ない。
第四の見解は、被疑者が身体拘束されている以上取調べを受けている場所への出頭拒 否・退出の自由は認められないが、取調べ自体を拒むことはできるというものである8。こ の見解は、「出頭拒否・退去の自由」と「取調べを拒む自由」とを区別し、逮捕・勾留を受 けている場合には身体の自由が制限されているので前者は認められないが、後者は認めら れるとする。刑訴法!98条1項但し書きの文言は「逮捕又は勾留されている場合を除いては、
出頭を拒み、または出頭後、何時でも退去することができる」というのであるから、文言 との関係では最も無理がないともいえる9。しかし、なぜ取調べを拒否できるのに取調べの ための出頭・滞留が義務付けられるのか明らかでないし圭。、取調べ受忍義務否定説の冒的 は黙秘権の実質的保障にあるのであるから、出頭・滞留の義務を認めてしまうことは結局 取調べを受ける義務を認めてしまうことになってしまう、などと批判される。
このように、取調べ受忍義務否定説は結局、文言解釈の難点克服と被疑者の黙秘権の実 質的保障を両立させることに十分に成功したとはいいいがたい状況であった1三。
6 田宮裕『刑事訴訟法(新版)』(有斐閣、1996年)132頁。
7 鈴木茂嗣『刑事訴訟法(改訂版)』(青林書院、1990年)83頁。
8 松尾浩也『刑事訴訟法(上・新版)』(弘文堂、1999年)67頁。
9 寺崎嘉博『刑事訴訟法』(成分堂、2006年)135頁。
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@三井誠『刑事手続法(1)(新版)』(有斐閣、1997年)!33頁。
u なお、上潤裕吻体拘束中の被疑者取調べについて」南山法学5巻1・2号(1981年)U9頁以下、の
ように黙秘権と公判中心主義という観点から、身体拘束中の被疑者に対する取調べ自体が禁止されて
いるとする見解もあった。しかし、黙秘権と公判中心主義という根拠からは身体拘束の有無で取調べ
の可否を分けるという結論は導けないという理論的理由と身体拘束を受けている場合には一切取調べ
ができないとなると捜査に大きな支障が生じるという事実上の理歯から多数の支持は得られなかった。
四、肯定説の理論的正当性への疑問
前述のように取調べ受忍義務否定説には刑訴法198条1項但し書きの文言との関係で解 釈上問題があるとの批判が向けられてきた12。確かに、取調べ受忍義務肯定説は刑訴法198 条1項但し書の文言との関係では反対解釈によるので否定説よりも説得的であることは否 めない。しかし、肯定説には理論的側面について疑問が残る。
取調べ受忍義務があると考える見解は、取調べ受忍義務は何を根拠に生じると考えるの か。この点については、逮捕勾留による身体拘束の付随的効果として取調べ受忍義務が生 じるという構成が考えられる。逮捕・勾留によって被疑者は身体を拘束されるという状況 におかれるが、そのような状態を利用して取調べを禁じるものではなく、逮捕勾留は取調 べの可能性を予定した強制処分であると考えるのである13。しかし、逮捕・勾留の目的に 取調べが含まれていないということと整合的でないし14、このような考え方に立つならば むしろ逮捕・勾留を行うかの判断に取調べの必要性をも考慮するべきである。もちろん、
現行法において逮捕・勾留の際に「取調べの必要性」は要件とはなっていない。また、逮 捕・勾留という処分は対象となる被疑者の身体を一定の場所に留め置くという効果を持つ のみであって、単なる留置とは異なる取調べの受忍という効果は逮捕・勾留からは当然に 導かれるものではない。したがって、逮捕・勾留の付随的効果として取調べ受忍義務が生
じるという説明には論理の飛躍がある。
そこで、刑事訴訟法の目的との関係で取調べ受忍義務を正当化しようという試みもある。
すなわち、取調べ受忍義務を負わせることによって「被疑者に存在する人権侵害の危険性 と、身体拘束申の被疑者の取調べの必要性とを比較衡量した場合、受忍義務そのものを否 定することは刑訴法!条の定める真相解明の昌的を軽視しすぎる」15というのである。し かし、被疑者個人の人権と捜査によって得られる公益とを単純に比較衡量することは、公 権力による侵害から少数者の地位を守るという基本的人権の発想と相容れないし、刑事訴 訟法の存在意義を揺るがしかねない。
さらに、取調べ受忍義務肯定説は取調べの法的性質の理解においても難点が見られる。
取調べ受忍義務肯定説でも被疑者の黙秘権を否定するわけではないから、任意処分である との立場にたっているものが多く、強制処分としている見解はないといわれる。しかし、
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高田・前掲(註2)・335頁、寺崎・前掲(註9)・!35頁など。
高闘・前掲(註2)・335頁。
もっとも、高田・前掲(註2)・349頁は、被疑者の取調べを独立の目的とする逮捕は許されないが、
取調べの目的が併存することを否定するものではないとする。しかし、他の目的(被疑者の逃亡、罪 証隠滅)と並存するとしても、取調べを逮捕勾留の目的に含めている以上は取調べの目的についても 裁判官による司法審査を経ることとするのが令状主義からは理論的である。
池田ほか・前掲(註2)・76頁。
取調べを受忍する義務を負っていると考える以上は何らかの強制的要素はぬぐいされない ため、任意であるというためにはそれなりの積極的な理由付けが必要となるはずである。
だが、取調べ受忍義務肯定説からはこの点についての理論的かつ説得的な説明はなされて いない。取調べ受忍義務が逮捕・勾留の効果から当然に導かれるものではなく、強制的要 素が多分にあることを考えると、法定手続を保障した憲法31条や強制処分法定主義を定め る刑訴法!97条1項但書の趣旨からは取調べ受忍義務を根拠づける特別の規定が必要だと 考えるべきである16。
五.『取調べ受忍義務」の分析的検討
これまでは、被疑者が取調べを受けるにあたって強制の対象となりうる事項をひとつの 取調べ受忍義務として論じられてきた17が、問題の所在を明確にするためにいわゆる「取 調べ受忍義務」とされるものの内容を分析的に考察してみる。被疑者が取調べを受けるに あたって被疑者への強制の対象となりうる事項を分類すると、①取調べ執務場所(捜査機 関)への出頭義務、②取調べ室への出頭義務、③取調べ室での滞留義務、④発問・説得を 受ける義務、⑤応答・供述義務、⑥調書への署名・押印義務、といった内容になる。この うち⑥の義務については、刑訴法198条5項の規定で被疑者が調書への署名押印を拒絶する ことが当然に予定されているから、被疑者には署名押印をする義務はないということにな
る。
また、いわゆる「取調べ受忍義務肯定説」であっても、憲法上の黙秘権の保障(憲法38 条1項)や刑訴法198条2項の保障までは否定しないから、「取調べ受忍義務肯定説」、「取 調べ受忍義務否定説」いずれの見解によっても⑤の義務は認められないことになる臥そこ で、従来の見解をこれらの分析によって位置づけることで、「取調べ受忍義務」といわれて きたものを明らかにしてみようと思う。
取調べ受忍義務否定説の第一の見解は、「検察官は、拘置所の居房から取調室へ来るよう に強制することはできないし、一度取調室へ来ても、被疑者が、取調をやめ居房へ帰るこ
圭6
@村井敏邦編『現代刑事訴訟法(第2版)』(三省堂、1998年)〔高霞昭正〕143頁。
σ このように考えると、取調べ受忍義務否定説の第二の見解は勾留の段階においても被疑者が警察署の 留置場(いわゆる代用監獄)に留置されていることを念頭において議論されていたように思える。し かし、勾留の段階においては留置されるべき場所はあくまで拘置所であり、いかに実際上代用監獄へ の留置が多いからといって例外的措置である代用監獄の利用を念頭において解釈をするのは妥当でな い。法解釈においては原則的形態を念頭におきつつ、実情にあわせて必要な限りで修正を加えていく という方法によるべきである。
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@「取調べ受忍義務肯定説」が取調べの法的性質を任意処分と考えるのも、⑤の義務まで課すものでは
なくその点についての拒絶の余地は残されているから、というのが背景としてあると思われる。しか
し、④の義務を負わせる以上はやはり強制処分と考えるのが自然である。
とを求めたときは、これを許さなければならない」19としているから、少なくとも勾留中 は①の義務までを否定する趣旨であると思われる。取調べ受忍義務否定説の第二の見解に あっては、逮捕・勾留された被疑者はすでに取調べ執務場所(捜査機関)にいる事を前提 としているから20、①の義務は否定しえないこととなる。刑訴法198条1項但し書きの文言 との関係で反対解釈を行う場合には②③の義務は否定し得ないところである。したがって、
「取調べ受忍義務肯定説」においては少なくとも②③の義務までは認めるであろうし、最 高裁の判例もここまで認めることは明らかである21。「取調べ受忍義務否定説」にあっては、
文言との整合性を重視する第四の見解では②③の義務は認められることとなるが、第一か ら第三までの見解は②から⑥の義務をすべて否定するものといえる22。
前述したように、「取調べ受忍義務肯定説」に立つとしても⑤の義務までは認めないので あり、「取調べ受忍義務を認めたからといって黙秘権を侵害するものではない」との説明は
④の義務と⑤の義務を無意識的に分けたうえで④の義務まで認める事には問題がないとの 趣旨であろう。この点については最高裁の立場は明らかでない。
「取り調べ受忍義務否定説」のうち、第四の見解は②③の義務と④の義務を切り離し、
②③の義務までは認める。しかし、取調べ受忍義務否定説の多くの見解からは黙秘権の実 質的保障という観点から②③の義務と④の義務を切り離すべきではなく、被疑者が取調べ 室へ存在する義務自体を否定すべきであると主張される23。
以上を整理すると否定説は第一の見解において①から⑥、第二の見解においては②から
⑥、第三の見解においては②から⑥、第四の見解においては④から⑥が認められない「取 調べ受忍義務」と考えているようである。一方で肯定説は①から④を「取調べ受忍義務」
としてこれを認める見解ということになる紛したがって、一応は④の義務を認めるかが取 調べ受忍義務を肯定するのかどうかという分水嶺となるが、そもそも①が認められるのか、
9012 129白2
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平野・前掲(註5)・106頁。
繊富・前掲(註6)!32頁。
前掲(註4)最大判平成1!年3月2帽。
もっとも、第三の見解の原則どおりにすべて解釈に委ねられているとするなら、この帰結は論理必然
ではない。三井・前掲(註10)・133頁。
まとめると以下のようになる。
① ② ③ ④ ⑤ ⑥ 取調べ受忍義務肯定説
取調べ受忍義務否定説 第一の見解 第二の見解 第三の見解 第四の見解 高内瓢梅構説
0 0 0 0 × ×
××××× ×××0× ×××0× ※○△O×
※拘置所への勾留を念頭においている。
××××× ×××××
②③と④を分離する事ができるのかについては慎重な検討が必要である。
そもそも逮捕・勾留中の被疑者に関して①の義務が認められるかについて興味深い理論 的試みがなされている25・この立場では、①の義務を否定する前提としては、被疑者に捜査 機関へ出頭する「権利」がないことを主張する。被疑者の側に「出頭する自由」が与えら れてなければ、たとえ捜査機関に出頭を要求されても被疑者はその要求に応えることはで きないからである。この被疑者側の出頭する「権利」がないことを理由とする出頭義務の 否定という論理を理解するには思い起こすべきことが二つある。ひとつは、逮捕・勾留の 判断権者およびその場所である。もうひとつは刑訴法198条1項但し書きが身体拘束の有 無によって被疑者の扱いを分けているということである。
まず、逮捕・勾留は、身体の自由に対する制約であるから、逮捕・勾留を行うかの判断 は捜査機関でなく、中立的立場の裁判官(または裁判所)が行うこととされている(刑訴 法200条、207条・64条)。これは、身体拘束の判断を捜査機関に任せ不要な身体拘束による 人権侵害を防止することを趣旨とする令状主義の要請である(憲法31条、34条)。さらに、
刑訴法64条によれば、裁判官は勾留状において「勾留すべき刑事施設」を指定し、勾留状 の執行に当たっても指定された刑事施設に引致しなければならないとされている。刑事収 容施設法15条によれば、警察署における留置場でも刑訴法による勾留を行うことはできる が、法はあくまで刑事施設への留置を予定しているといえる26。したがって、勾留の場合 には裁判官の許可なく、捜査機関が勝手に指定された「勾留すべき刑事施設」以外の場所 へ移送することはできない。逮捕段階においては、被疑者の身柄は警察署か検察庁といっ た捜査機関の「官公署」に留置されるが、逮捕段階においては中立の立場にない捜査機関 には勾留の可否を判断するための「弁解の機会」を与えるという経過的措置しかされて予 定していないから、身体拘束状態を利用して取調べを行うことは許されない。
この説では身体拘束権限と捜査権限が峻別されており、身体拘束下の被疑者の所在場所 については法の規定およ:び裁判官(または裁判所)が決めることとなっているから、捜査 機関も被疑者自身にも選択の余地はないということになる。そして、このような制約は逮 捕・勾留中の被疑者にのみかかってくるものであり、在宅の被疑者にはない。すなわち、
在宅の被疑者は捜査機関へ出頭するかしないかを自分で決めることができるのである。在 宅の被疑者については出頭する、しないをきめる自由が被疑者にあり、逮捕・勾留されて
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梅田豊「取調べ受忍義務否定論の再構成」島大法学38巻3号(1994年)1頁以下、高内寿夫「逮捕・
勾留中の被疑者取調べに関する一試論」白鴎法学3号(1995年)73頁以下。
このように考えると、取調べ受忍義務否定説の第二の見解は勾留の段階においても被疑者が警察署の 留置場といった代用監獄に留置されている場合を念頭において議論されていたように思える。しかし、
勾留の段階において留置されるべき場所として法が予定しているのはあくまで拘置所であり、いかに
実際上勾留段階においても代用監獄への留置が多いからといって例外的措置である代用監獄への留置
を念頭において解釈をするのは妥当ではない。
いる被疑者にはそもそも捜査機関へ出頭する、しないを決める自由はないから、逮捕・勾 留されている被疑者には捜査機関への出頭要求すらありえないということで刑訴法198条
!項但し書きは「逮捕又は勾留されている場合を除いては」という規定になっているので ある。このような①の義務をも否定してしまう見解は、198条1項の解釈としては捜査機関 には逮捕・勾留中の被疑者に対しては取調べ行う権限を認めないから、捜査機関が被疑者 に対して取調べを行おうとするならば、捜査官は被疑者の拘置されている施設に赴き、拘 置所職員に接見を申し出た上で、被疑者の同意のもとに一般の面会と同じように面会室に おいて面会という形で刑事訴訟法80条の範囲において行うべきであるということになる27。
六、私見
それでは、身体拘束を受けている被疑者に対して取調べについていかなる義務が認めら れるのかについて検討する。一括りに身体拘束といっても、逮捕段階と勾留段階では若干 状況が異なるから、分けて考えていくことにする。まず、逮捕段階においては原則として 被疑者は警察署の留置施設に収容されることとなる(刑事収容施設法14条)。すると逮捕段 階では被疑者の身体は警察署にあるのだから、警察が取調べを行う場合には①の執務場所
(捜査機関)への出頭義務は否定しがたいようにも思われる。しかし、刑事収容施設法16 条3項は留置担当官と捜査官との分離を明文で求めており、被疑者の身体を預かる留置施 設としての警察署と捜査機関としての警察署は異なるということがはっきりしている。し たがって、逮捕段階であるからといって①の義務が必然的に認められるというわけではな い。このことは、警察署の留置場に留置されている逮捕段階の被疑者を検察官が取り調べ る場合を想像すれば容易に理解できる。
では、勾留段階はどうか。刑訴法64条によって勾留の場所は刑事施設と定められている から、法の建前は勾留をうけた被疑者は刑事施設たる拘置所に留置されるということとな る。被疑者の身体が拘置所にある場合には取調べを行う者が検察官であろうが司法警察職 員であろうが取調べの執務場所は検察庁ないしは警察署であり留置場所とは異なるため、
①の義務が当然には認められない。勾留をうけた被疑者が代用監獄としての警察署の留置 場にいる場合にも、刑事収容施設法/6条3項の規定から留置施設としての警察署と捜査機 関としての警察署は異なるから、①の義務が当然に認められるわけではない。
したがって、逮捕・勾留の効果としては①の義務は当然には認められないのであるから、
①の義務を認めるとしたら特別の根拠が必要であるということになる。しかし、刑訴法お よび刑事収容施設法には①の義務についての規定はない。
②③の義務については、従来の取調べ受忍義務肯定説における有力な学説の説明として
27
@高内・前掲(註25)85頁。
は「当該被疑事件につき逮捕または勾留されているばあいには、逮捕された被疑者を留置 している捜査機関または勾留された被疑者を拘置している監獄ないし代用監獄の職員は、
被疑者の出頭を要求した捜査機関に被疑者を出頭させる義務を:負い、このばあいには被疑 者は出頭を拒み、または出頭後退去することはできない」28とされているから、これが刑 訴法198条1項但し書きの効果として認められるとの理解の上に立っている。
②③の義務について、刑訴法198条1項但し書きの文言との関係でいえば反対解釈により 被疑者にこれらの義務を課すことが認められてもよさそうである。しかし、刑事収容施設 法には取調べのために留置施設ないし刑事施設から捜査機関へ被疑者の身柄を移動させる 事についての規定はない。この点では①の義務の有無と同様の問題を生じる。
ここで、訴訟法と刑事収容施設法の関係が問題となるが、従来は暗黙のうちに刑訴法と 施設法は目的と規律する次元を異にするものであると理解されてきたと説明される29。だ から、刑訴法に定められていなくても収容上の必要による規定は予定されており、施設法 で被疑者・被告人の権利を制限することは認められるし、施設法の規定によって捜査権が 制限されることはないというのである。しかし、刑事収容施設法は刑訴法によって認めら れる身体拘束の具体的執行について定めるものであるから、刑訴法と刑事収容施設法とは
目的と手段の関係にあると考えるべきである30。
したがって、仮に刑訴法上①から③の義務が認められるならば、刑事収容施設法にも取 調べのため被疑者の身柄を移動させることを認める規定が存在してしかるべきである。こ のことは、刑訴法上の接見交通権の保障を受けて刑事収容施設法に弁護人等との面会を予 定した規定が置かれていることから考えても導かれる。監獄法から刑事収容施設法への改 正が刑事施設および留置施設に関してだけでなく未決拘禁者の処遇についても統一的に定 めを置くことを目指したものであったということができる。すると、刑訴法上①から③の 義務を認め、刑事収容施設法に具体的規定を欠くにもかかわらず被疑者の身柄の移動を認 めることは被疑者の地位を著しく不安定にし、刑事収容施設法への改正の趣旨を没却する こととなる。したがって、刑訴法198条1項但し書きの効果として身体拘束を受けている被 疑者に①から③の義務をみとめることは刑事収容施設法との関係では整合性に問題がある。
では、取調べ受忍義務否定説の第四の見解のように②③の義務と④の義務とを分離し、
②③の義務のみを認めるという解釈は可能であろうか。第四の見解を支持する学説からは、
「身柄を拘束された被疑者に出頭・滞留義務を認めても、取調べに応じる義務まで肯定す ることにはならない」3王と説明される。しかし、黙秘権行使の前提として供述を行うかに ついて被疑者に自由な意思決定が保障されていることが不可欠であることを考えると、取
28
@団藤・前掲(註2)・365頁。
29
@後藤昭『捜査法の論理』(岩波書店、2001年)111頁はこれを二元主義による考え方であるとする。
30
@後藤i・前掲(註25)・115頁。
3ま
@寺崎・前掲(註9)・136頁。
調べを拒否しているにも関わらず取調べ室への出頭・滞留を強制することは自由な意思決 定に影響を及ぼすものと言わざるを得ない。このような被疑者の意思決定の自由が取調べ への弁護人の立会いや録音・録画等の可視化など取調べ過程の適正化をはかることによっ て確保することが可能であるかは、法的観点のみならず心理学的観点からも検討の余地が ある。ただ、現行法上取調べへの弁護人の立会いや録音・録画が認められていない以上、
法解釈においてこれらの条件を前提とすることはできない。
さらに、②③と④を分離する見解をとった場合には取調べを拒否した場合の取調べ室へ の出頭・滞留の性質についても問題を生じる。取調べ受忍義務と出頭・滞留義務を区別す る事を提唱した松尾説は、被疑者が取調べを拒んだ場合、長時間にわたらない限りは捜査 機関の側で翻意を促すための説得を行う事ができるとする32。したがって、「取調べ受忍義 務のない出頭・滞留」はこの説得のためのものということができるが、この義務の性質に ついては必ずしも明らかでない。
このように考えると、②③の義務と④の義務を分離して考えることは理論上も事実上も 妥当でない。刑訴法の規定から考えると、勾留の目的は被疑者の裁判所への出頭の確保と 罪証隠滅、逃亡の防止にある(刑訴法60条)。逮捕の目的について刑訴法に明文の規定はな いが、被疑者勾留において逮捕前置主義が認められていることから、逮捕の冒的も勾留と 同様に考えるべきである。したがって、取調べは逮捕・勾留の目的に含まれない。逮捕・
勾留の効力は被疑者の自由な移動に対する制約であるから、取調べとは完全に分離すべき である33。身体拘束の効力と取調べとを完全に分離するなら、逮捕・勾留による身体拘束 の有無によって被疑者に対する取調べの態様が異なることはあってはならない34。よって、
被疑者は取調べに関して身体拘束を受けていようがいまいが、なんらの義務も負わない。
本稿の分類でいえば、①から③の義務も④の義務も負わないということになる35。逮捕さ れた場合の被疑者が留置されるのは「引致すべき官公署その他の場所」(刑訴法2GO条)で あり、勾留の場合には「勾留すべき刑事施設」(刑訴法64条)である。前述したように、刑 事収容施設法16条3項は留置施設ないし刑事施設と捜査機関とを明確に区別する立場に立 っており、留置施設ないし刑事施設から捜査機関への被疑者の身柄の移動に関する規定を 有していない。これらの規定との整合性からも①〜③の義務は否定されるべきである。し たがって、捜査機関は被疑者との関係では弁護人でない者に当たるので、捜査機欄の取調
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松尾・前掲(註8)・67頁。もっとも、松尾説は一定の範囲での捜査機関による説得を認めるわけであ るから、本稿にいう④の義務を完全に否定するわけではないようである。
田宮・前掲(註6)136頁でも、余罪取調べの限界を論じるにあたってこのような考え方を前提として
いる。
酒巻匡「刑事手続法の諸問題・『供述証拠の収集・保存(!)』」法学教室287号(2004年置80、81頁。
⑤の義務は黙秘権の保障および刑訴法198条2項の規定から、⑥の義務は刑訴法198条5項の規定から
認める余地はない。
べは外部交通として刑訴法80条および刑事収容施設法116条、117条、218条、2!9条にもと づいて行われなければならない。もちろん、逮捕・勾留中の被疑者取調べの性質は任意捜 査と考えるしかない。
さて、理論的には取調べについて本稿にいう①〜⑥の義務はすべて否定されるべきであ るとの結論にいたったが、取調べ受忍義務否定説の弱点とそれてきた!98条1項但し書きの 文言との関係はいかに考えるべきか。
この点については、刑訴法77条1項の規定が参考になる。刑訴法77条1項は被告人勾留 に際して弁護人選任権告知を要求するが、「逮捕または勾引に引き続き勾留する場合」を除 いている。これは、逮捕または勾引の時点ですでに弁護人選任権の告知がなされているか ら、告知義務を必要とする状況が存在しないことを理由とする36。逮捕・勾留されている 被疑者の出頭・滞留について考えてみると、逮捕・勾留されている被疑者は逮捕・勾留の 効果として、「引致すべき官公署その他の場所」ないしは「勾留すべき刑事施設」から の移 動の自由を制約されている。たとえ被疑者自身の意思であろうと逮捕状ないし勾留状に記 載されていない場所に裁判官に無断で被疑者の身柄を移動することは、身体拘束について 事前に裁判官の審査を行うことを要求した令状主義の趣旨に反することとなる。したがっ て、被疑者自身の意思で出頭・滞留することはそもそもできないのである。すると、198 条1項但し書きは被疑者自身の意思によっても出頭・滞留する事ができない事を理由に逮 捕・勾留中の被疑者を出頭・滞留の主体から除外したということになる。このように考え れば、文理上の困難を伴わずに逮捕・拘留中の被疑者が①から⑥の義務を負わないことを 説明できる。そして、取調べを外部交通と考えることで被疑者は捜査の客体ではなく当事 者主義における一方当事者としての地位にあるという現行刑事訴訟法における原則を取調 べにおいても全うにする事ができる。
七、取調べ受忍義務を否定することの意味
近年取調べ受忍義務については、肯定説に立つか否定説に立つかということは重要な問 題ではなく実際上の取調べの適正化こそが図られるべきであるとの指摘が目立つ37。確か に、取調べ受忍義務を肯定するか否定するかといったことが直接何らかの法的効果を生む わけではない。裁判例において取調べ受忍義務について言及される事が少ないのもこのよ うな背景があると思われる。しかし、取調べ受忍義務の有無は取調べを理由とする接見指 定の可否、別件逮捕、余罪取調べの限界、自白の証拠能力、などを論じるにあたって理論
36
@高内・前掲(註25)・82頁。
37
@三井誠「被疑者の取調べとその規制」刑法雑誌27巻1号(1986年)176頁、寺崎・前掲(註9)136頁、
池田ほか・前掲(註2)・!31頁など。
的前提になるものである。
本稿で指摘したように、実務が依拠してきた取調べ受忍義務肯定説には理論的な欠陥が ある。捜査の必要性と文言の反対解釈という薄弱な根拠による説明では、法に関する専門 的知識を有さない裁判員の納得を得られないであろう。裁判員制度のもとでは、裁判官、
検察官、弁護人が、それぞれの立場にとって都合のいい法律上の主張をぶつけ合うような ことをしても、裁判員の負担を増やすばかりである。当然といえば当然であるが、自己の 見解の論拠のみならず他の見解からの反論にも理論的な説明を行う、というのが我々法律 家の役割である。
また、今後も裁判員制度の導入にむけて新たな法制度が導入されることも考えられるが、
新しい法制度を導入する場合には、その制度がどういう背景に基づいているのか、どのよ うな理論的位置づけにあるのかについて確認したうえで議論されなければならない。取調 べの可視化を例にとって考えれば、発問受忍義務(④の義務)を前提としたうえで供述の 任意性確保のために取調べの録音・録画を導入するのか、出頭・滞留義務(①から③の義 務)まで否定したうえで被告人の供述調書において読み聞かせがきちんと行われているか の確認のために録音・録画を導入するのかというような違いが実際に行う録音・録画の態 様にも影響しうるからである。
接見指定の可否、別件逮捕、余罪取調べの限界、自白の証拠能力の論点においては学説・
判例の百花門門の議論が展開され、議論が錯綜している部分すらある。これは、その理論 的前提となる取調べ受忍義務論の議論をあいまいにしてきたことが原因と言えるかもしれ ない。このように議論が錯綜していることによる負担を裁判員に負わせるのは妥当ではな
い。
そこで、違法な取調べの結果が裁判で争われるのは自白の証拠能力の問題として争われ ることが多いと考えられるから、取調べ受忍義務論を論じることによる刑訴法上の他の論 点への影響について、自白法則を例に若干の検討を加えてみる。刑訴法3!9条により自白の 証拠能力が否定される場合があることの根拠として、学説上は虚偽排除説、人権擁護説、
違法排除説などが唱えられているが、判例は専ら自白の任意性を問題としているといえる
38
Bでは、取調べ受忍義務について私見のような立場にたった場合にどのような影響が考
えられるか。
私見によれば、逮捕・勾留されている被疑者は捜査機関への出頭・滞留義務を負わない ので、取調べが本来被疑者のいるべき留置場ないし拘置所以外の場所で行われた場合には、
捜査官との間に任意でなされたものでないとの推定がはたらくものといえる。自白の排除
38
@最判昭和4!年7月!黙門守20巻6号537頁、最大判昭和45年間月25翼砲門24巻12号1670頁、最判昭和38 年9月!3日刑集17巻8号1703頁、東京地判昭和62年12月16日判例タイムズ664号252頁、浦和地取平成3 年3月2服判例タイムズ760巻26!頁。福岡高判裁那覇支昭和49年5月13日判例タイムズ316巻269頁な
ど。
において任意性を問題とする場合には供述の内容自体を検討するのが、本来であるが取調 べが198条違反の場合には黙秘権の侵害につながるものとして任意性への影響を考えるこ
とができるから、自白の証拠能力が否定される余地が広がると考えることもできる39。取 調べ受忍義務の否定を前提とした自白法則の運用によって、被疑者段階における当事者の 実質的対等をはかることが可能となる。
本稿では主に、刑事収容施設法および取調べの適正化論といった問題をふまえたうえで 取調べ受忍義務論がどのような影響を受けるのかについての視点から取調べ受忍義務と呼 ばれてきたものについて分析的な検討を試みた。刑事訴訟法自体について取り調べ過程に ついての法改正は長い間行われていないが、拘禁関係の法改正や裁判制度の変革に伴う変 化が取調べ過程における刑事訴訟法の解釈にどのような影響を与えるのかが明らかになれ ば本稿の目的は一応達成できたものといえる。ただ、取調べ受忍義務論が他の論点に及ぼ す影響についてはなお改めて検討する余地があると思われる。
以上
39