宗教 社会 学
の
た
め に
ラ
ッ セ ル。
R
.
デ
ニ ス訳者 疋
田 精 俊
宗 教社 会 学の た めに 歴 吏 的にま たは現 在その重要 性 を評価さ れてい る人 間関係の或る部分があるが,
その部分は社 会 学に対 応 する ほ どの強調さ を もっ て受 取られていない。 こ の軽 視 さ れてい る分野 が宗 教 社 会 学である。
現 在,
価 値の研 究に関係のあ る社会 学 がこ の分 野に対して間接 的に寄与している とはい え,
他の特 殊部門である家 族社会 学,
都 市 祉会 学 及 び教育社 会 学な ど と 同 じ よ うな 立場を宗教社会学に与え る とい う協 調 体 制は なされてい ない。 宗 教 社 会 学にお け る或る程度の 領域を敍 述してい る次の数節は, 我々 の知 識の 中に可成 りの見 込 性と懸 隔の あ ること にっ い.
て指 摘する ように 試み ら れている。
こ の論 文は決して この分 野の 大 略とか概観を考察しょう と す る もの でな く,
希 望 的で はあるが,
示 唆 的 暼 見 を論 ずるものである。 言及 し ている領 域は社会学者に 対 して関連せ る研 究の機 会 を与え,
更に何とか し て, こ の分 解へ の 思索に着手 さ せ或いは鼓 舞 させ るこ とであろ う。
1
社 会 体 系 (social system )に おける宗 教の 位置 最近, 社 会学 は機能主義を導入すること に よっ て利 益 を得てい る。
機 能 主 義は [1} 哲 学 上 或い は社会学上新ら し く は ない が, 然しその仮 定 説は理 論 分 析 をな す 為の一
助 力と してより 明 確に適 応 する。
社会 体 系の機 能的 概念に おい て, 価値 紐帯を密 教文 化 論 集 必 要とするこ とは極めて重 要 な 要 件の
一
つ である 。 宗教の諸機能の一
っは, 社 会 に 対 して凝集 力 を与える とこ ろ の価 値の合理化を備 えてい る ことである。 この 所 説は今日自明’
の理の よ う に思わ れてい るが, 然しそれはすで に多 くの学 者達に よ っ て築かれ,
ま た その著書か ら得られ た ものである。
或る初期の人 類 学 者は原 始 宗 教 をた んなる迷 信 と考 えたe そ して彼 等は啓 発さ れ た科学者に よっ て 原始宗教 の役 割は減 少し て しま うであろ う とい うこと を確信していた。 原 始社会は 「宗 教 的」であっ た し,
ま た科 学 的 知 識に欠 けていた。 そ れ は 理論 上次の ご と くであっ た。 即ち,
人 間が よP 一
層 科 学的になれ ばな る程, 宗教性 が少なくなっ てくる と い うことである。
然しながら,
マ リノフ ス キー
(malino−
wski )は原 始 人は合 理 的 c2) 知 識を多く有し ていた が,
それに も拘らず,
合理的 行 動を経 験しない多くの生活 状 態であっ たこ と を指摘した。 生活におい て多くのあい まいさ か ら起る情緒的 反 応 が もし表現することの 出来な かっ た な らば, 全体社 会の機能 を減じ て し まう行 動 がおきてくる であろ う。 それ らのあいまいさ を合理化し て ゆ く為に若干の心的 機制が 必要 とさ れ た が, 合 理的技術に はそ れ が 用意され ていない。 デュ ル ケー
ム(
Durkheim
)は宗 教 象徴 (religious symbpls )と社 会の価 値 紐 帯との間に密 接な関係の あるこ とを指 摘し続 けてきた。 彼は また, それら価 値 紐帯の 表現と補 強の 中に宗教儀礼の重 要 性 を強 調した。 他の理論 家達は因果関 係や或い は 同じ よ うな相 関々 係による 科 学 的 説明で は
,
何故ある事態が生ずるか にっ いて我々 に語っ て く れ ない こ と を指摘してきた。 か ような 因果関係の冷静さでは,
結局の ところ,
情 緒 的 緊張の慰安と な ら ないか ら である。
更に, 宗教はその最 も広い背 景の中に集 団 価値の説 明と正当な る 理由を 備 えてい る。
宗教 儀 礼を通じて, それ ら諸価 値の絶え間な き蘇生 と 再肯定 が達成 さ れ る。
進 化す る宗 教 象徴は集 団諸価 値に具 体的 関係を与える し,
加える て宗 教 的 制 裁を 通 じて, 報 酬 や 罰 則の体系は諸価値に準拠し て鼓舞すべ く案出 さ れ る。 社会構 造に対 する宗 教との関 係にっ い て,
こ の全 体の理 論 展 開は パー
ソ ソ ズ (T.
Pasrsons)によ り適 切に約言 さ れ た。
限ら れ た 人 生 での生得 的 問題が紡ぎ出 され た。
そ し て その熱 烈な情 緒 的 愛 情の 分裂, 予 期と到 達との間の相 違,
‘
‘
苦痛”“
悪 行”
及び“
不 確 定”
の諸 問 題は経験一
90一
宗 教 社 会 学のために (疋田) 的 方法では和らがない し恐ら く和らげること も出来ない
。
いろ い ろ の 方 法 の 中 で,
科 学 が社会 的経験によっ て 定 義し たよ うに は“
実 際”
問 題を 処 理 さ れない。
もし ‘‘ 意 味”
の問題 が社 会 体 系の総 合 体であるな らば,
宗 教 とその機 能 的 同義語 は U迷 信”
と して片付け ること は出来 ない。
然るに,
機 能主 義 者の宗教 概 念は総 合 的 構成 を提 案しているが,
それ は必 ず や 拡 充さ れまた固定 化さ れる に相 違ない。
こ の概 念を公 式 化す る よ う助 力し た多く の理 論 家達は彼等の もっ原 始社会観から述べたもの であるが,
然しより素朴な諸 社会を統 合して い る一
宗 教は, さらに複 雑な社会に なると諸宗教に分離す るr こ の よ うに, 他の諸 問 題は分 析が一
層大き く複雑な社会に及ん だ時提出され た に違 い ない。
多 数の 副 次 的 文化の 中に多 様の 価 値体 系 を有 する社 会において,
我々 自 身と同じ ように,
‘
:
宗 教”
は どの ように全 体社 会の“
統 合”
に貢 献して いる かP
政 治 的 軍 事 的 行 動におい て最 も顕 著 な 民 族精神 例へ ばカ ソリッ ク,
クエー
カー
, 及びエ ホ バ の証 人 派 といっ た相 容れ ぬ そ れら副 次的 文 化に は どんな価値を含ん で い る のか 〜 特 殊 社 会の“
先 験 的”
志 向が一
層効 果 ある 経 験主義 的二者 択一
に代 わ る に ど んな方 法がある の か ? 支 配 的な宗教 価 値 体 系に対し て,
周辺的な個 人 は どの程度宗教に参加する人と違うのか 〜強力な宗教的価値が強
ヵ
な世俗 的価 値と相 反す る時, 例へ ば平和主義 対 国 家主義の如き に何が起る か 〜 国家主義, 共 産 主 義,
救 世主 的 活動, 生得 論 的 活 動, そ して これ ら集 団 価 値の説 明と合理化 の中で,
宗 教の為に機 能 的二者 択一
を用意 する科 学の役 割は何か ? 不統 合 力 或 い は無 統 合 力 として存在する宗教の役割は何か2
これ らの更に より多くの質 問 に答え なけれ ばな らない。
然し な が ら,
機 能 主 義 者の立 場は一
層 複 雑 な社 会 体 系 内に拡散 し てい るこ れ ら諸 質 問に対 し,
論 理 的 な研 究の緒 にっ くこ と を考えてお り,
ま た一
層 詳 細に す る為に有 益な統 合 的 概 念 機 構 を我々 に提 供 するのである。
2
他制度と宗 教の関 係 宗 教は社 会か ら分 離し て孤立し た 区分のよ う に は存在し ない。 区分化 がい さ さ か科 学者の心 に存 在するか も知れ ないが,
然し社会 的経 験の 中に は存 在し ない。
−
一
密教文化論集 諸 原 因か らの研 究で は, 社会の 他局と宗教との関 係が目立っ てきた
。
ウエー
バー
(Max
Weber
)は世俗 的価値に おける変 化が,
顕 著なる宗 教 哲学 と 密接に関係し て い ること を 立証せ る最 初の一
人であっ た。
彼は種々 なる制 度 的 配 列の 効 果と そ れらの関 係を明示 し た。
な お その他に トーニー
(Tawney ),ニー
バー
(Niebuhr
),
{7[ 並びにポー
プ (Nope ) らは経 済 と 宗教 との相互関 係か らこ の分 析 を拡 大した。
ペ リー
(Perry)は 清教主義と民 主 主義の補 強並 び に補足の上か ら論 述し て い る。
政 ゆ 治 的 行動 や 教 育 的 政 策における宗教の役 割は,
党 派の論争か ら離 れて研 究さ れ る 必 要がある。
その訳は,
例へ ば彼 等は 巨一
マ 法 王 庁へ 大 使 を送ることや 教育に対 し聯 邦 政 府の援 助に よる教区学 校の立 場など, 今日非 常に意 味深 長 を 有 し て い る。
社 会 体系の諸要素は相互 に依存してい る の であっ て, 諸要素の無 作 為な配 列は 不適合 であること は もっ ともと思われるのである。 換 言 す れ ば, 特 殊 体 系 内に お ける諸要 素の共存に は糊 限がある。 例へ ば,
多 神 教と大 規 模 な工業 化 との共 存は 可能であるか ? 都 市 化と工業 化は宗 教 的イデオ P ギー
を変 更 させ る の に どんな 効果 が あ るのか ? 世 俗 化は常に分 離を減 少しそし て 異 種 を増 加し た結 果である のか? 権威主義的宗教及 び 権威主義的 神は家 父 長 制 家 族 体 系 と相 互 関 係がある のか 〜 こ うし た方面の研 究に着手し た一
つ としては, パー
ソ ン ズ が論 述せ る社 会 構 造 分 類の中で, 宗 教 類 型 (religious patterns)の出来る限 りの適 合 性 を立案 ω してい るこ とであ ろ う。
3
コ ミニ ェ ティー
段階での 宗 教 もし社 会の他局面 と宗教との 関 係がコ ミa=
テ ィー
(community )の中で,一
層明白に見るこ と の出 来るな ら ば, コ ミュ ニ テ ィー
研 究は諸 仮 定の為に試 験揚 と して提 供 さ れ るであ ろ う。
社 会 学の文 献 中に は,
特別 に か或い は附 随 的に か宗 教 を含ん でい る多 数の研 究 論 文がある。
そ れ ら の研 究論 文は特殊 価 値の見 地から宗 教 を論 述さ れ てい る けれども,
なお一
層 研 究せんが為に可成り貴重な洞 察と示 唆 を供 給す ること が 出来る。
宗 教に関 連せるこれ らの論文は,
生態 学,
文 化,
統 計一
92一
宗 教社 会 学のた めに (疋田 〕 上 並 びに特殊コ ミ
ュ
ニ テ ィー
な どの構 造研 究の 中に含ま れて い る。te
とへ それ らの多くが限定せ る諸 問 題の中で論じられ てい る故に,
宗 教を軽視 して い るか或 いは恐らく無 視してい る と して も, 研 究 論 文は宗教変数の (religious variable ) 意 味 を離れな が ら も助 力 出 来る し,
また事によると全社会体系に対し て もヒ ン ト を与えて くれ る。4
宗 教 集 団 この論 文を通して,
宗教 関 係は社 会 関 係である とい うことが強 調さ れ た。 たと へ,
或る宗教的体験 が非常に個 性 化さ れて いる かも知れ ないが (然し勿論,
結 局 そ れは社 会化に由来した こ と に な る), 宗 教的 体 験は社会 的 行 為とし て実 施さ れる よ う にあつか り,
ま た コ ミュ ケー
トさ れ な け れ ば な らない。
社 会 学 者 達は数字と か或 いは社会 学上 殆ん ど意 味の ない 僅か な秘教 崇 拝 をしばしば 研 究した。
そ し て 家 族, 親戚 関 係,
人 種 的ま た は国 家 的紐 帯と して一
層深い 関 係にある宗 教を軽 視し て きた。 既 成 宗教と現 在の社 会状 態に対 する それ らの 反 応は歴 史 社 会 学 者によ っ て研究 さ れて は きたが,
然し社 会 学 的 関 係 枠におい て精査 をほ どこすこ と も 出来 る。
教会一
セ ク トの 二分 法は Fレ ル チ (Troeltsch
)に よっ て展 開さ れ,
ペ ッ カー
(Becker
), イソ ガー
(Yinger
),
ポー
プ (Pope
),
そ して ワ ッ ハ (Wach
)に よっ隅 鱒 四 衂 て綿密に 理論 付 け られた が,
一
層多い経験 的な ま た は よ り少い類型学 的方 法は注 目に値す る』特に権 力構 造と階層体系に対 する そ れ らの タイプの関 係は,
豊 富な 研 究 材 料 を提 供す るこ とであろ う。
これ らの集 団 関 係は, 一
方で は密 接に関 連の ある領域 を 示唆し, 他 方で は可能 性を 表 示 している。5
宗 教 集団の 分化と階層多くの既 成 宗教は社会状態へ の特 殊反応 と して成立 した
。
そ の結果,
癈 嫡した 教 会, 中級教会,
国家 的・
地 方 的・
人種 的区分を反 映してい る教会, 現状を強化 する教 会な どがあ る。 このこ とは周知の通 りである が,
然し他の多 くの事 柄につ一
一
密教文 化論集 い ては そ れ程 明白で ない
。
個人 が階層 体 系 内で移 動 する時 宗教 加入の為に何が生 ずる か ? 人 間は自己の宗教思想や宗教 加入 を や た ら に変更す るのか,
或い は あ る教会は経済倫理に関し て幅広い寛容の範囲 を もっ てい るか ? 何故経済異説者 が中 級教会の中に現 われ るのか,
例へ ば メソジ エ ス ト派 の “ピソ ク フサ (pinkfringe
)”
の 費 用は ? 或る教 会は宗教 思 想 を順 次に変 更し て,
経 済 利益を生 ずる ところの経 済 倫 理 を説 教 する のか 〜一
集 団 とし ての 宗 教 団 体は,
経 済 的 活 動の 中に表 現さ れ た宗教的 動機付けの結果と して 階層体 系 内で 移動す るの か 〜 教 会が
上向きの 時勢に伴なっ て個人 を 置 き忘 れ る 時,
個人が経験 す る“
迷 夢か らの覚 醒の過 程”
は ど ん な ものか 〜 会 衆の社 会 経 済 的地 位が儀 式の入 念,
来 世 観の相 違, 説 教の論 題,
唱 歌 隊の構 成 聖 職 者の教 育,
音 楽の型 式,
“
社 会 的”
活 動の 種 類な どに対して,
どんな 風に影 響を及ぼすか。 これ らの質問に対 する若 干の ヒ ン トや 多 少の解 答は社会学 的研 究に よっ て, 恐 ら く試み ら れてい る。
ア メ リカ社 会 学 者達は今日的 関心 を もっ て階 層を明 白にする し, 近 き将 来一
層 明 瞭にするこ と は 可能である。
6宗教 的権 威と リ
ー
ダー
シ ップの 分析 宗 教 現 象の た だ表面 的 な知識につ いて は,
多数のす ぐれ た リー
ダー
達によっ て 銘 記さ れ た。 宗教 (社 会)運 動のいずれに お いて も,
リー
ダー
は重要な変 数で ある
.
リー
ダー
シツプの。
偉 人 理 論 (great rnan theory )”を拒絶し ながら も
,
社会 学 者は リー
ダー
シ ップ型につ い て の理 解 とリー
ダー
役 割に対する 人々 の選択の 理 解を全く付け加えなか っ た。
パー
ソ ナ リテ ィー
要因 を社会状態に 代え ることに よ っ て,
社 会 学 者は明 瞭に しな け れ ば 理 解 もしなか っ た。
牧 師,
予 言 者,
聖人,
伝 導者,
先覚 者,
新セ ク トの リー
ダー
一
,
そ して宗 教 的 身 分 階 層制 (the religioushierarchy
)の複 雑さの研 究は,
徹 底 的 な役 割 分 析を 必要と す ることであろ う。 マ ッ クス・
ウ=・
一
一
パー
は再 びこ の分 野にお け る開拓者であっ た。
確か に,
ウェー
バ 蜘一
が提起したカ リスマ 的権 威の概 念は,
ハ リウッ ド技 術によっ て 近 頃 救済の意味 を附加し た し, 又宗 教 的 権 威は次 第に官僚 政 治 化 を習 得してき た。 宗教的リー
ダー
94一
宗 教 社 会 学のた め に (疋 田 )
一
威 信の歴 史 的凋落に も拘らず,
ウエー
バー
は今 尚,
我々 の世俗社会に おい て有力 な 人物であり,
また彼の役 割は研 究に値 する。
その上, し ば し ばす ぐれ た宗教的 リー
ダー
は型には まっ た リー
ダー
の尊大さを奪 うが, 然し共に もっ と注 意を受け る に 足 る。 そ れでも やは り,
多くの 質 問がリー
ダー
シ ッ プ につ い て生ずる。
リー
ダー
は実際に リー
ドする のか,
或い は“
彼は駆り立て られ た” の か ? 何が官僚 政治の傾向と状態で あるの か ? どの ように し て リー
ダー
は選 ばれ たか ? リー
ダー
が仲間のイ デ オ卩ギー
t‘
系 列”
から離れる時, 何 が 生 起 するか 〜 どんなイ ソ フ ォー
マ ル な権 力構 造がフ ォー
マ ルな身分 階 層 欄の中に存 在 するか P どんな 特 殊 状 態が宗教 的 反 応を生じ る の か,
そし て どんな部 分が リー
ダー
シ ヅ プ行 動で ある のか ? 特 殊パー
ソナ リテ ィー
タ イ プは 特 殊 な 宗 教 的 役 割の為に選 択さ れ た のか 〜 も う一
度リー
ダー
シ ッ プにっい て研 究せ よ。
そ して職 業 社 会 学 (occupa−
tional sociology )は全 社 会 学へ の一
般 的 質問に対し,
宗 教 的リー
ダー
シ ッ プ問題 の多 少にっ いて我々 に解 答 する であろう。
宗 教 社 会 学に関 する多 くの他の見 込 性 と,
目下の研 究は大 目に見られて きた。
例へ ば , 社会心 理学 的 質 問はこ の論 文か ら除 外さ れ たの である。 前 述の論評 と質 問は, 希 望と しては, 単に 示唆的 発 端を提示 しているのであっ て, 研究の論 評と して提出 したの でない。 悲 観的 に なる理 由はない。 こ の 領 域 には多くの希 望 的微 候がある, 例へ ば, 宗教社会学の部 門は, 国民社会の集 会で再 び蘇生 さ れ て き た。
そし て他の集 団一
宗教科 学 研 究 委 員会一
が最近組織された.
マ ッ クス・
ウ=
一
バー
著 作の新訳書と, 彼の多数ある著書の 中で宗教社会学につ い て 英訳 し利用 出 来る可能 性は この分 野に一
層の刺 戟 を加 え るこ と だ ろ う。 最 近の研究は階層, リー
ダー
シ ッ プ, 選挙 行動及 びそ の他の分 野を処 理 し てい る。
とは いえ,
特 別に 宗 教にっ いて集 中し ない ながら も, 研 究は宗教変数に関して我々 の知識を豊富に して くれる だ ろ う。
註 1 歴史 的に デ; ル ケー
ム,
マ リ ノ フ ス ギー,
そ して ブラ ウソは社 会 学 的又 は人 類 学 的 領 域に関係ある学者と して挙 げなければ ならない。 最 近の論文に は, see Robert K.
−
− 1
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with their crosscultUral and historical scope,
can provide the sociolegist with much researeh raaterial.
See Weber
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trans,
by H.
H,
Gerth and C.
Wright Mills(Newyerk:Oxford University Press
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1946)Weber
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The Religion of China,
trana,
by H、
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Gerth (glencoe,
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1951)o付 記
筆 者 Russell R
.
Dynes.
ナ・
・イォ州 立 大学 教 授。
本稿は’
lSociologyand social Research
”
an internatienalJournal
に1954年 発表 された論 文で, 原 題は“
towardthe socioLogy of religion