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哺乳類科学 53(2): ,2013 日本哺乳類学会 243 原著論文 ニホンジカとアライグマにおける低密度管理手法 遅滞相管理 の提案 浅田正彦 千葉県生物多様性センター 摘要個体群動態において, 爆発的な個体数増加や分布拡大が発生する前段階として, 個体数や分布が限られている時期を遅

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原 著 論 文

日本哺乳類学会

ニホンジカとアライグマにおける 低密度管理手法「遅滞相管理」の提案

浅 田 正 彦

千葉県生物多様性センター

摘 要

個体群動態において,爆発的な個体数増加や分布拡大 が発生する前段階として,個体数や分布が限られている 時期を遅滞相(

Lag-phase

)という.千葉県におけるニホ ンジカ(Cervus nippon)とアライグマ(Procyon lotor)の 捕獲記録における性比の時空間的変動に基づいて遅滞相 の存在について考察し,千葉県印西市アライグマ防除事 業の分析から低密度下での捕獲方法について検討した.

両種において分布前線部や捕獲によって低密度となった 地域ではオス比が高くなっており,アリー効果が発現し ている遅滞相にあると考えられた.このことから,根絶 や地域的排除に至る前段階となる地域的な個体数管理手 法として,捕獲個体のオス比などから推定できる「遅滞 相の実現と維持」を管理目標にする「遅滞相管理

Lag- phase management

」を提案した.

は じ め に

近年,多くの野生動物において鳥獣保護法に基づく特 定鳥獣保護管理計画や,外来生物法に基づく特定外来生 物防除実施計画が策定されており,それに基づく個体数 管理が広く実施されている.千葉県でも 2012 年現在,ニ ホンジカ(Cervusnippon),ニホンザル(Macacafuscata),

アカゲザル(Macacamulatta),キョン(Muntiacusreevesi),

アライグマ(Procyon lotor),カミツキガメ(Chelydra serpentina)において管理計画を策定し,個体数管理を 行っている.計画は県が策定し,市町村が捕獲を行う場 合(ニホンジカ,ニホンザル,アライグマ)や,県が主 体となって捕獲を行う場合(ニホンジカ,キョン,アカ ゲザル,カミツキガメ)がある.外来生物において,こ れらの計画の中の個体数管理目標では「完全排除」,すな わち「根絶(

eradication

)」を掲げているが,アカゲザル

以外では個体数増加と分布域の拡大が進行しており,現 状では管理目標である根絶にむけてのプロセスを進んで いるとはいいがたい.また,ニホンジカの第 3 次千葉県 特定鳥獣保護管理計画では,生息域内を保全調整地域,

農業優先地域および拡大防止地域に区分し,それぞれで 生息密度の個体数管理目標を設定している(拡大防止地 域での管理目標密度は 0 頭 /

km

2).ところが,個体数管 理目標とは裏腹に個体数が増加し,分布拡大に伴って低 密度地域が拡大しており,保護管理計画の対象 108 ユ ニット中 58 ユニットが拡大防止地域となっている(浅田 2012).

2011 年 1 月に千葉県自然保護課が実施した市町村担当 者に対するアライグマ防除実施計画に係るアンケート調 査において計画に関する要望を聞いたところ,「年間目標 のようなものを示してもらいたい.」や「当面は目撃・被 害情報を受けてからの対処療法的な対策を講じていくし かありませんが,アライグマを殲滅するには,今のやり 方で達成できるのか疑問を感じています.」,「(特定防除 計画について)何年後に完全排除を目指す等の数値目標 を盛り込んだ内容として欲しい.」,「地域ごとの明確な目 標設定(ワナ日・捕獲頭数等)を盛り込んでもらいたい.」

といった個体数管理目標・手法に関するものが,回答し た 15 市町村中,5 市町村から得られた.これは,防除目 標を全県での根絶と設定して生息地域での事業が行われ ているものの,市町村単位においては,その目標の達成 可能性が認識できず達成に至る行程の何割まで到達して いるのかがわからない状態にあることを示している.ま た,担当者がこのような状態になっているため,各市町 村の捕獲事業において市町村財政当局との次年度予算折 衝における説得力のある説明が困難となってきており,

捕獲頭数が増加する一方で事業の予算規模は縮少される 事態に至っている.このため,個体数を減少させて分布 域を縮小させていく根絶への過程について,測定可能な

(2)

方法で定量的に現状を把握(事業評価)し,根絶までの 中間的な管理目標を設定することが市町村単位などの地 域的な個体数管理において必要となっている.

個体群動態学において,低密度個体群で増加率と密度 に正の相関がある「アリー効果(

Allee effect

)」が知られ ている(

Courchamp et al.

1999;

Stephens et al.

1999).保護 管理対象種が低密度時にアリー効果を示す種なのかどう かを正しく判断することは,適切な管理施策の意思決定 に重要な要素となっている(

Taylor and Hastings

2005).

このアリー効果には,有性繁殖種は低密度下で繁殖相手が 見つかりづらいことによる効果(

Gascoigne et al.

2009),

複数個体による共同作業の欠如,大きな集団で効果的に なる捕食者回避機構の欠如などが報告されている.

一方,哺乳類の分散(

dispersal

)には性差のある種が 多く(

Greenwood

1980),出生後分散(

natal dispersal

)の 場合,多くの哺乳類でメスは出生地である母親の行動圏 の近くに(もしくは重なりあうように)自らの行動圏を確 保して「バラの花びら」(

Porter et al.

1991)のように分布 が拡大していくのに対し,オスは遠く離れた場所へ移動 することが報告されている(

Greenwood

1980).例えば,

千葉県において保護管理が必要な中・大型哺乳類に関し ても,国内外の調査事例から分散距離に性差があること が知られている(表1).分布を拡大している個体群の場 合,分布の中心部では生息密度が高く,分布域前線部にい くに従って低密度になることが予想される.もし,その種 の分散距離にオス>メスという性差が見られる場合,分

布域前線部では,オス個体ばかりが存在する,もしくは 性比がオスに偏っている可能性がある.さらに,このよ うな分布前線部のオスばかりの低密度地域では,メス密 度が低いために繁殖が抑制され,密度逆依存的に個体群 増加率が減少するアリー効果が発現している可能性があ る.同様の現象は北米に侵入したマイマイガ(Lymantria dispar)で報告されている(

Liebhold and Bascompte

2003;

Tobin et al.

2007).また,外来生物において,このアリー 効果などのため,定着初期には個体数が少ないままで あったり,数年間分布域が限られたり,もしくはその両 方がみられ,その後に顕著に個体数増加や分布を拡大す る現象が広く観察されており(エルトン1971),それぞ れ「遅滞相(

lag-phase

)」と「増加相(

increase-phase

)」と して認識されてきた(

Lewis and Kareiva

1993;

Crooks and

Soule’

1999).この遅滞相の存在を確認することは,外来

生物対策にとって非常に重要な点である.それは,その個 体群で現在みられている低い増加率が将来も同じように 維持されるとは限らず,ある時点で爆発的な増加に転ず ることがあるからである(

Crooks and Soule’

1999;

Taylor and Hastings

2005).

以上の背景を踏まえ,千葉県におけるニホンジカとア ライグマの各地域(市町村)の捕獲記録から,分布中心 と前線部との空間的変動および捕獲により密度低下した 地域での性比(オス比)の時間的変動を解析し,遅滞相の 存在の有無について考察した.なお,本報告におけるオ ス比とは,性別が判明している個体数に占めるオス個体 表 1.千葉県に生息する中・大型哺乳類の分散距離の性差に関する文献情報

種名 分散距離

分散行動の性差に関する記述 文献

メス(最大) オス(最大)

ニホンジカ

(Cervus nippon) データなし 0.5 ~ 2km 2 頭の 1 才メスは定住性を示したが,1 頭の 1 才 オスは出生行動圏から 0.5 ~ 2.0km離れた場 所に分散した.

千葉県(2004)

新たに分布域となった場所では,最初のメス個 体が現れるまで,成獣オスが約 10 ~ 15 年間生 息するようになる.

Swanson and Putman(2009)

メスは移出しなかったが,3 ~ 4 才オスは家族

群から独立するようになる. Minami et al.(2009)

アライグマ

(Procyon lotor) 0.6km(1.4km) 9.7km(33.0km) Gehrt and Fritzell(1998)

(275km)

すべてのオス個体は分散の兆候を示したが,メ

スは分散しなかった. Fritzell(1978)

(Muntiacus reevesi)キョン 分布域を遠く離れた場所で発見された個体で,

性別が判明した個体はすべてオスであった. 千葉県環境生活部自然保護課ほか

(2008)

メスの仔獣は出生行動圏の近くにいるようにな るが,ほとんどの分散個体は若いオスによるも のであった.

Chapman and Harris(1996)

(Sus scrofa)イノシシ 4.5km(19km 16.6km(100km以上) Truvé and Lemel(2003)

1.6km(10.0km) 3.8km(42.0km) Keuling et al.(2010)

(250km以上) Andrzejewski and Jezierski(1978)

オスの仔獣は出生地域から分散した. Hirotani and Nakatani(1987)

Nakatani and Ono(1994)

(3)

の割合と定義した.また,千葉県印西市のアライグマ防 除事業の事例を分析し,低密度下での捕獲方法について 検討し,ニホンジカとアライグマの根絶や地域的排除に 至る前段階となる地域的な管理目標について提案した.

方     法 1.ニホンジカの捕獲記録の分析

ニホンジカ房総半島個体群の分布拡大に伴う空間的な オス比の分布構造について,捕獲記録を基に分析した.

用いた捕獲記録は,1986 ~2010 年度の千葉県の有害鳥 獣捕獲および狩猟による捕獲記録である.性比の偏りに 及ぼす出生性比と移出入の要因を分離する目的で,歯の 萌出状況(大泰司1980)による査定で,メスが繁殖可能 となる 1才以上と判定された個体もしくは体重30

kg

(落 合・浅田 1995)以上の個体で,オス比を年度ごとに集計 した.千葉県では 1992~2005 年度に実施した「野生鹿 調査及び生息数調整のための捕獲事業」において,毎年,

県内の捕獲従事者に対し,試料回収研修会を開催し,実 際の捕獲個体を解剖しながら性を判定する方法(生殖器 の外見判定)について研修してきたため,捕獲従事者に よる性の誤判定は起こりにくいと考えられた.また,

1998 年度以降2~3 月に生息密度指数として千葉県内で 継続的に調査されている糞粒法(浅田・落合 2007)によ る糞粒密度(100 プロットあたり糞粒数)と 1才以上の オス比について,年度と市町村ごとに集計して分析した.

捕獲手段の違いによって捕獲個体のオス比に違いがある かみるために,市町村別の各年度の捕獲手段(ワナ,も しくは猟銃)が明らかな捕獲個体についてオス比と猟銃 での捕獲割合の関係を検討し,スピアマンの順位相関係 数による無相関検定を行った.さらに,ニホンジカ分布 域のほぼ中心部に位置し(浅田 2011

a

),1999年度以降,

強い捕獲圧によって生息密度が低下した地域(鴨川市の 千葉県シカ管理ユニットの

A

2,

A

4,

G

1,

G

2,

G

4ユニッ ト,以下密度低下地域とする)において,生息密度の低 下に伴うオス比の時間的(経時的)な変化を 0才および 1才以上の個体について検討した.

2.アライグマの捕獲記録の分析

アライグマのオス比における時空間変動を調べるため に2007~2011年における千葉県のアライグマの捕獲個体 の分析を行った.捕獲は千葉県アライグマ防除実施計画に 基づき実施されており,捕獲主体である市町村から捕獲 頭数,性別および使用したワナ数が毎月報告されている.

捕獲のほとんどは

Havahart

社製

cagetrap

で行っているが

(一部,ほぼ同サイズの他社製箱ワナ),誘引餌は地域に よってバナナや揚げパン,スナック菓子など様々なもの が用いられている.これらの報告に基づき,年 800ワナ日 以上捕獲していた市町村における年間 100ワナ日あたり の捕獲頭数を捕獲効率として集計し,アライグマの密度 指標(

Catch per unit effort

,以下,

CPUE

)とした.千葉県 では捕獲統計の集計者である市町村担当者や捕獲従事者 について毎年セミナーを開催しており,県が安楽殺処分 を行う個体に関しては,獣医職の県職員により性判定が 行われたため,性の誤判定はほとんどないと考えられた.

アリー効果の議論の際にしばしば混乱されている点と して「少個体数」による効果と「低密度」による効果が 異なることが指摘されており,性比バランスの維持機構 は,その地域の「個体数」による効果の問題と考えられ ている(

Stephens et al.

1999).従って,本研究の集計は 生息密度指標の

CPUE

で行っており,値を個体数として 検討するために分析面積をほぼ均一にするように隣接す る複数の市町村のデータを合併した.それぞれの地域を 2011 年の

CPUE

の値によって,高密度地域(0.8~1.4 の

A

地域:茂原市・長柄町・長南町・睦沢町,

B

地域:

富津市・鋸南町),中密度地域(0.2~0.8 の

C

地域:木 更津市・袖ヶ浦町,

D

地域:市原市,

E

地域:白子町・

長生村・一宮町,

F

地域:大多喜町・勝浦市),低密度地 域(0.2未満の

H

地域:印西市,

G

地域:鴨川市および 南房総市)に区分して検討した(図1).

各地域の捕獲努力量を検討するため,年間の設置ワナ 日密度を求めた.これは,3 次メッシュ単位でのワナ設 置メッシュ数(ほぼ1

km

2)を設置面積とし,ワナ設置面 積1

km

2あたりの年間ワナ日数を算出して行った.

3.両種のオス比と生息密度の関係

ニホンジカおよびアライグマの市町村別,年別の捕獲 頭数におけるオス比と生息密度指数との関係を検討する ため,ロジスティック回帰式の下限を変数として設定し た以下の式について,統計ソフトウェア

R

R Develop- ment Core Team

URL: http://cran.ism.ac.jp/bin/windows/

; 2013 年 3 月 27 日版)を用いて非線形回帰分析を行い,係 数

a

b

c

を推定した.

y

=(

1

a

*

exp

b*x

c

)(

/ 1

exp

b*x

c

)))+

a

ただし,目的変数

y

はオス比(ニホンジカでは 1才以 上,アライグマでは全年齢の性判別個体に占めるオス個 体数割合)を,説明変数

x

は密度指標(ニホンジカでは 100 プロット当りの糞粒数,アライグマでは

CPUE

の常 用対数値)である.係数

a

は密度指標が高くなった地域

(4)

での漸近的オス比,すなわち密度が無限大の時のオス比 に限りなく近い値となる.係数

b

および

c

はロジスティッ ク回帰曲線の係数と切片である.

4.地域的な捕獲方法の事例研究(千葉県印西市アライグ マ防除事業)

アライグマにおいて,高い捕獲努力による密度低下や 地域的根絶の可能性を検討するため,千葉県印西市(図1 の

A

地域)における捕獲事業の分析を行った.印西市で は,2009年度からアライグマの防除事業が開始され,新 興住宅地,開放水面およびゴルフ場などを除いた地域で,

約1

km

のメッシュ(3 次メッシュ)単位に 1~数個のワ ナを設置してアライグマなどの捕獲を行っている(以下,

標準捕獲地域).これに対し,集中捕獲期間として 2009年 11 月~2010 年 8 月には同市西部地域の 5.8

km

2の範囲で 250

m

メッシュ(3 次メッシュの 1/16 サイズ)にワナを 1台設置(ワナ密度:16 ワナ/

km

2)して捕獲を行った

(図2)(以下,集中捕獲地域).この地域は住民からの被 害情報や捕獲実績から市内でも密度が比較的高い地域で あると考えられた場所である.全ての捕獲個体で性別,体 重および妊娠状況を記録し,歯の萌出状況(

Montgomery

1964;

Grau et al.

1970)により幼獣(0才)と成獣(1才 以上)を区分した.

図 2.千葉県印西市アライグマ防除事業における捕獲地域.破線は約 1kmメッシュ単位の捕獲地域を示し,実線は 250mメッシュの集 中捕獲地域を示す.

図 1.千葉県におけるアライグマの密度別調査地域.アライグ マの捕獲個体分析に際し,2011 年のCPUEに基づいて高密度地 域(0.8 以上),中密度地域(0.2 以上 0.8 未満),低密度地域

(0.2 未満)に区分した.図中の英字は調査地域名を示す.

(5)

結     果 1.ニホンジカのオス比の空間分布

市町村別の捕獲個体オス比の年推移を図3 に示した.

古くから分布が確認されている分布地域のほぼ中心部分 に位置する鴨川市(天津小湊地域)では 1990~2007年は オス比が低かった.鴨川市(鴨川地域)では,1987年か ら捕獲が開始され初年度にはオス比が高かったが,その 後はほぼオス比が 0.5 になっていた.鴨川地域から分布拡 大して 1989年から捕獲を開始した君津市では当初オス 比が高かったが,徐々にオス比が低下していき,1999 ~ 2005 年頃まではほぼ0.5 となっていた.同様に 2001 年ま でに分布域となった大多喜町と勝浦市では,1991 年まで オス比が高かった.両市町の 1996年の値は一時的に低 かったが,これは捕獲個体数が少なかったための推定誤 差と考えられた(試料数:勝浦市6,大多喜町9).さら に,その後の分布拡大によって 2010 年までに生息域が含 まれるようになった富津市,鋸南町,南房総市,木更津 市,市原市では,いずれの市町村とも捕獲開始年(図3

の上向き矢印で表記)から 10 年後程度まで,オス比が高 く,0.5 以上に偏っていたが,生息期間が長くなるにつ れ,オス比が 0.5 前後に移行していた.

このような分布周辺地域では,生息密度が低くなってお り,生息密度指標である糞粒密度とオス比との関係をみる と,糞粒密度が60 を下回る場所ではオス比 0.5 以上に偏 るが,それより糞粒密度が高くなるに従って低下し,30 を下回るとオスのみが捕獲される地域がみられた(図4,

表2).非線形回帰分析によると,漸近的オス比(係数

a

) はほぼ0.5 となった.また,猟銃による捕獲とオス比との 間に相関関係はみられなかった(図5,スピアマンの順 位相関係数による無相関検定:

rho

=-0.026,P=0.893).

2.ニホンジカの密度低下に伴うオス比の時間変動 捕獲による密度低下地域における齢区分別のオス比の 年変動を図6に示した.幼獣では 2003 年以降はオス比が ほぼ0.3 であったが,成獣では 1999 ~2005 年には 0.4で 2007年以降はほぼ0.6となり,密度の低下に伴いオス比 が高くなる傾向にあった.

図 3.千葉県房総半島のニホンジカの分布と捕獲個体のオス比の年推移.折れ線グラフは捕獲個体のオス比(1 才以上もしくは体重 30kg 以上の性判明個体に占めるオス比率)を示し,図中矢印は有害捕獲の開始年を示した.地図上の灰色部は,それぞれ 1973 ~ 1974 年

(小金沢ほか 1976),2001 年(千葉県環境生活部自然保護課・房総のシカ調査会 2002),2010 年(浅田 2011a)のニホンジカの推定分布 域を示す.

(6)

3.アライグマのオス比の空間分布

図7に 2007 ~2011 年の県内 8 地域(図1 の

A

H

)に おける年毎の

CPUE

と,オス比および設置ワナ日密度を示 した.これによると,

CPUE

が低密度地域に区分した

G

および

H

地域では

CPUE

が 0.2 以下で推移し,中密度地 域の

C

F

地域では 2009年以降の 3 年間で,おおむね 0.2~0.6の間で推移していた.高密度地域

A

および

B

地域では

CPUE

が 2009年以降増加傾向にあった.オス比 は,低密度地域の

G

地域で 1.00,

H

地域で 0.58~0.75 と高い値だったが,高密度地域の 2009 ~2011 年では 0.5 前後で推移していた.中密度地域は,地域と年で変動が 大きいものの,低密度と高密度地域のほぼ中間的な値を とっていた.設置ワナ日密度は,低密度地域では 2009年 の

H

で 183.0ワナ日/ 年

km

2であったが,それ以外は700 ワナ日/ 年

km

2以上の捕獲努力がなされていた.一方,

高密度の 2 地域では,2007 ~2011 年のいずれの時期も 100ワナ日/ 年

km

2以下の値となっていた.中密度地域

では,低密度と高密度地域の中間の値で,ほぼ100~ 600 ワナ日/ 年

km

2であった.

密度指標となる

CPUE

とオス比の関係をみると(図8),

CPUE

が対数値で-0.5,常数でほぼ0.3 よりも低いと,捕 獲個体のオス比は高くなり,それ以上の地域では漸近的 オス比(係数

a

)がほぼ0.5 となった(表2).

図 4.千葉県のニホンジカ捕獲個体のオス比と糞粒密度の関係.

1998 ~ 2010 年の市町村,年毎の捕獲個体のオス比と糞粒密度

(100 プロットあたり糞粒数)の関係を示す.図中の曲線は非線 形回帰分析の結果を示す.

図 5.ニホンジカの銃捕獲率(捕獲頭数に占める銃による捕獲 頭数割合)とオス比の関係 .

表 2.ニホンジカとアライグマの密度指標とオス比の非線形回 帰分析結果

推定値 標準誤差 z値 有意確率

(>|z|) ニホンジカ

a(オス比漸近値) 0.511 0.020 25.013 <0.00001 b(係数) -0.055 0.017 -3.341 0.00164 c(切片) 1.415 0.529 2.675 0.01026 アライグマ

a(オス比漸近値) 0.530 0.085 6.262 <0.00001 b(係数) -3.930 3.005 -1.308 0.19900 c(切片) -3.703 2.986 -1.240 0.22200 回帰式:性比=(1-a)*(exp(b*(密度指標)+c)/(1+exp(b*(密 度指標)+c)))+a密度指標として,ニホンジカは糞粒密度,ア ライグマはCPUEを用いた.

図 6.千葉県のニホンジカの密度低下地域におけるオス比と糞 粒密度の関係の年変化.密度低下地域における成獣(1 才以上,

上図)および幼獣(0 才,下図)の捕獲個体のオス比と,糞粒 密度を示した.図中の数字は捕獲年を示す.

(7)

4.印西市におけるアライグマ防除事業の事例

集中捕獲地域ではオス成獣 3 頭,メス成獣4頭,幼獣 2 頭の計9頭が捕獲され,標準捕獲地域ではオス成獣9

頭,メス成獣 5 頭,幼獣 10 頭,性齢不明 7頭の計 31 頭 が捕獲された(図9).集中捕獲地域で捕獲されたメス成 獣の繁殖状況は,1才(妊娠なし),1才(胎仔5 頭),2 才(胎仔3 頭)であった(1 個体は齢,繁殖状態不明).

集中捕獲地域では,集中捕獲期間が終了し た 2010 年 8 月 以降も標準捕獲地域と同程度の1ワナ/

km

2の捕獲努力を 継続したが,2011 年 12 月までに 1 頭しか捕獲されなかっ た(図9).

考     察 1.低密度地域におけるオス比の偏り

千葉県のニホンジカ個体群は 1960 年代までに鴨川市

(天津小湊地域)の清澄山周辺に縮小し,その後,捕獲禁 止措置などにより個体数増加に伴う分布拡大をしている

(図3,

Asada and Ochiai

2009).現在の生息密度の勾配は,

1960 年代に個体群が縮小したときにも残存していた鴨 川市(鴨川地域東部から天津小湊地域)周辺で高く(ほ ぼ10~20 頭 /

km

2),その後の分布拡大している周辺部 図 7.千葉県のアライグマにおける地域別 の捕獲効率(CPUE,上図),オス比(中図),

設置ワナ日密度(ワナ日数 / 設置面積km2) の年推移 . 図中の英字は調査地(図 1 参照)

を示す.

図 8.千葉県のアライグマのオス比と捕獲効率(CPUE)対数値 の関係.調査地域の市町村別,年別に集計した.図中の実線は非 線形回帰分析結果の回帰曲線を示し,破線はオス比=0.5 を示す.

(8)

にいくに従って低くなっている(ほぼ0~10 頭 /

km

2,浅 田 2011

a

).今回の結果から,分布周辺に位置する市町村 では,ニホンジカが生息するようになった初期はオスが 多く捕獲され,その後,10 年後程度経過すると,メスも 捕獲されるようになり,オス比が 0.5 とほぼ等しくなる ことがわかった.同様の現象がイギリスに導入されたニ ホンジカ個体群でみられ,分布の辺縁部では,まず若いオ スが観察され,その 10~15 年後にはじめてメスが観察 されるようになった(

Swanson and Putman

2009).また,

密度の指標となる糞粒調査が実施されている地域(分布 周辺部よりも比較的生息期間の長い市町村)での分析で は,非線形な密度依存的にオス比が変わり,糞粒密度60 を下回る低密度の場所ではオス比が高くなることがわ かった.これまでシカ類において,出生性比は母親の順 位や環境要因で変動することが知られている(

Kojola and Eloranta

1989;

Wauters et al.

1995;

Flint et al.

1997;

Kruuk et al.

1999).しかし,図3 は 1才以上の個体についての集 計であり,オス比の空間的不均一性は出生性比の違いで はなく,周辺地域との移出入の効果であると考えられた.

今回の分析では,野外に存在する個体のオス比につい て,捕獲個体に見られるオス比をもって推定したいと考 えた.このニホンジカおよびアライグマの捕獲記録にお いて,とくに性の誤判定により信頼性が低くなる可能性 も考えた.しかし,方法で述べたようにニホンジカにつ いては,捕獲従事者に対し研修会を開催し,誤判定が起 こりやすい幼獣においてはオス比の集計から除外した.

アライグマについては,市町村担当者や捕獲従事者につ いてセミナーを開催し,一部については,獣医職の県職 員により性判定が行われてきた.これらのことから,両 種の捕獲記録においては,性の誤判定が起こりにくい.

また,ニホンジカの捕獲行為が野外からの無作為抽出 でなかった場合,捕獲オス比は野外の実際のオス比を反 映しないことも十分考えられる.特に猟銃によるニホン ジカの捕獲では,角をもつオスを選択的に捕獲される可 能性がある.しかし,銃による捕獲比率とオス比の間に 明確な相関関係はみられなかった.房総半島のニホンジ カ生息地は,北海道のように広大な地域でスコープ付き のライフル銃によって個体を選択的に捕獲することがで きるような環境ではなく,巻き狩りで猟犬や人(勢子)

に追われた個体が尾根(20~50

m

間隔に細かく枝尾根 が形成されている)を越えて逃走する時に,射程距離の 短い散弾銃によって瞬時に射撃する方法しかとれない地 形環境である.このため,房総半島の場合,銃だからと いって特にオスに偏るわけではないと思われた.

低密度地域は分布拡大中の個体群の周辺部だけではな く,強い捕獲圧をかけて行ったときにも達成できる.ニ ホンジカの分布中心部に位置し,1980 年代頃から生息が 確認されている鴨川市で,捕獲圧が高まっている地域で は 1999年から 2011 年にかけて生息密度がほぼ 6 割に減 少している(糞粒密度で 1999年 190粒/100 プロット→

2011 年 117 粒/100 プロット).この地域のオス比の変化

(図6)をみると,出生性比の影響が大きいと考えられる 0才はオス比が低いにも関わらず,1才以上では密度低下 に伴ってオス比が高くなる傾向がわかった.

千葉県において,1990 年代以降,野外に定着(落合ほ か 2002)したアライグマは,房総半島南東部のいすみ市 を中心に高密度地域となっており,ほぼ全県に分布が拡 大している(浅田・篠原2009).今回の分析では,いす み市北部に位置する

A

地域がもっとも生息密度が高く,

分布周辺に位置する

G

H

などでは低密度で推移してい た.この密度の違う地域を比較すると,低密度の地域で オスが多く捕獲されていることがわかった.

これまでアライグマのワナ捕獲に際し,ワナの設置密 度が低い場合,1 頭の行動圏がワナとワナの間に入って しまい,ワナへの暴露がされないことや行動圏の大きさ に性差があることから,オスに捕獲が偏る現象(ワナ密 度効果

trap-density effect

)が報告されている(

Gehrt and

Fritzell

1995).しかし,地域別の設置ワナ日密度の分析

から,

G

地域や

H

地域といった生息密度が低い場所にお いて,より高密度の場所よりもワナ密度は高く(年間 1

km

2あたり700ワナ日以上),ワナ密度効果に起因して 図 9.千葉県印西市アライグマ防除事業におけるアライグマ捕

獲数.集中捕獲地域(上図)および標準捕獲地域(下図)にお ける成獣オス,成獣メス,幼獣別の捕獲頭数を示した.

(9)

オス比の偏りが見られたとは考えにくい.

したがって,分布拡大中のニホンジカとアライグマの 地域個体群において,分布周辺部の低密度地域,および ニホンジカで捕獲により密度を低下させた地域では,性 比がオスに偏っていると考えられた.これは,表1 で示 したように,両種の分散距離において性差がみられ,オ スが大きな移動性をもつことに起因して,分布構造にお ける性比の偏りがみられたと推測した.今回,両種の生 息密度とオス比の関係の分析(図4および図8)では,ニ ホンジカの場合は糞粒調査による糞粒密度を,アライグ マの場合は捕獲効率を密度指標として使い,密度依存的 な関係を明らかにした.対象となった地域は糞粒調査や 十分な捕獲行為が行われている地域で,この対象となっ た地域のより外縁に,それぞれの種が分布しているもの の,調査や捕獲が実施されなかった低い生息密度地域が 存在しており,そこではさらに性比の偏りが大きくなっ ているかもしれない.

以上のことから,分布拡大中の分布周辺部や高い捕獲 圧をかけて低密度化した地域では,性比がオスに偏って いることがわかった.そして,この地域では繁殖相手で あるメスを発見することができず,生息密度だけから期 待されるような個体群増加率が,密度低下に伴って低下 する,アリー効果(

Gascoigne et al.

2009)がみられてい る可能性が高く,個体群動態の遅滞相(

Lewis and Kareiva

1993;

Crooks and Soule’

1999)にあると考えられた.

次に,遅滞相から増加相へと変化する移行域の生息密 度(境界密度)について考えてみる.遅滞相では,性比 の偏りに起因して,アリー効果が発現しているので,本 調査では性比がオスに偏っている生息密度の上限を遅滞 相と増加相の境界密度とした.

アライグマについて,

A

および

B

地域において 2007 ~ 2009年では,

C

F

地域とほぼ同様の中密度で推移し,

2008 年のオス比は 0.75 以上とオスが多かったが,2009年 以降,オス比が 0.5 前後と偏りがなくなると同時に,個 体数が増加していき,2011 年には

CPUE

0.8 以上の高密

度となっていた.これは 2007 ~2009年の捕獲努力量(設 置ワナ日密度)が低く(74 ワナ日/ 年

km

2以下),十分 に増加(もしくは移入)していくメス個体の増加を制御 できず,遅滞相から増加相へ移行していったと考えられ た.一方,設置ワナ日密度を700ワナ日/ 年

km

2以上設 置した地域(

G

H

地域)では,

CPUE

が 0.2 以下の低 密度で推移しており,遅滞相が実現されていたと考えら れる.中密度(

CPUE

:0.2~0.8)の4地域では,低密 度と高密度地域のほぼ中間的な

CPUE

とオス比,捕獲努 力量となっていた.また,

CPUE

が 0.3(対数値-0.5)

を下回るとオス比が高くなる(図8)ことから,アライ グマの場合,

CPUE

で 0.2~0.3 の近傍に相の境界密度 が存在すると思われた.

ニホンジカの場合,100 プロットあたり糞粒密度60 を 下回ると性比のオスへの偏りが始まり,30 以下ではオス のみが捕獲されるようになることから,30~ 60 の近傍 に遅滞相へと移行する境界密度があると思われた.糞粒 密度60 に相当する生息密度は,区画法との相関関係を用 いた生息密度換算(浅田 2011

a

)では 5.6頭 /

km

2となる.

ただし,この増加相と遅滞相の境界密度(表3)につ いては,それぞれの種や個体群の生態的特性(分散距離 や繁殖形態)や生息地の状況(移動分散率に影響する物 理的障壁の度合いなどの環境条件や周辺密度など)に よって変化することが予想され,上記の密度の値は,千 葉県の両種に限定されるものと考えるべきであろう.

2.低密度地域の管理目標としての遅滞相

今回の分析により,ニホンジカやアライグマでは,十 分な捕獲圧をかけていった地域や,分布拡大時に生息が 確認され始めた初期の低密度地域では,遅滞相となって いると推測された.この遅滞相は,それぞれの管理目標 にもなっている「根絶」もしくは「生息密度 0 頭 /

km

2」 という未生息状態と,個体数増加が顕著な状態(増加期,

increase phase

)の中間の時期に,一定期間実現される.

もしも,地域個体群全域で遅滞相が実現できた場合,ほ 表 3.千葉県におけるニホンジカおよびアライグマの遅滞相管理

種名 相 密度 オス比 備考

ニホンジカ 増加相 糞粒密度 60 以上 ほぼ 0.5

(境界) 糞粒密度 30 ~ 60 0.6 以上

遅滞相 糞粒密度 30 以下 1.0 となる地域あり 多くの地域で捕獲開始からほぼ 10 年間は遅滞相にあった.

アライグマ 増加相 CPUE:0.8 以上 ほぼ 0.5 100 ワナ日 / 年km2以下の捕獲努力で増加相へ移行していた.

(境界) CPUE:0.2 ~ 0.8 ほぼ 0.5 700 ワナ日 / 年km2以上の捕獲努力で遅滞相へ移行していた.

遅滞相 CPUE:0.2 以下 0.6 ~ 1.0

遅滞相管理の際の目安となる値を示した.ただし,生息環境や周辺密度によっては変動する可能性あり.

糞粒密度は浅田・落合(2007)参照.CPUEは 1km2・100 ワナ日あたり捕獲数を示す.

(10)

とんどの場所で繁殖阻害がおこり,さらなる捕獲によっ て,「未生息状態」となるだろう.ところが,両種とも千 葉県では県域に一つの地域個体群が生息しているが,捕 獲事業は個体群の一部地域である市町村単位で実施して いる.このように,一つの地域個体群の一部地域におけ る個体数管理について考えると,一部の地域(例えば1 市町村)で,一時的に未生息状態が実現できたとしても,

周辺地域(市町村)からの分散個体(主にオスと考えら れる)の移入によって,遅滞相へと引き戻されてしまう ことになる.さらには,遅滞相にある隣接地域から「バ ラの花びら(

Porter et al.

1991)」のように世代を重ねて行 動圏をずらしながら移入してくるメスの分散個体によっ て,その地域が増加相へ移行する可能性は高くなる.こ のため,連続する個体群の一部地域において未生息状態 や遅滞相を達成させて維持していくことは,周辺地域(市 町村)との強い連携と,地域間の広域(県域)調整が継 続的に必要となる.そして,周辺からの移入頻度を考え ると,地域単位での個体数管理目標を地域単独では達成 困難な「未生息状態」とするのではなく,経過的な目標 として「遅滞相の実現とその維持」を設定するとよいだ ろう.また,地域個体群全域の管理目標の「根絶」は「遅 滞相維持」を達成できている地域を増やしていくことで,

最終的に達成させることが可能となる.以上のことから,

「遅滞相の実現と維持」を管理目標にする個体数管理を

「遅滞相管理,

“Lag-phase management”

」として提案する

(表3).

千葉県のニホンジカについて策定されている第 3 次特 定鳥獣(ニホンジカ)保護管理計画の地域別管理目標 は,保全調整地域が 3~ 7頭 /

km

2,農業優先地域が 0~ 3 頭 /

km

2,拡大防止地域が 0 頭 /

km

2としている.これ は,ニホンジカの採食圧によって林床植生の種多様度が 5~ 7頭 /

km

2以上で減少していくこと(

Suzuki et al.

2008)

や,林業の植栽苗の食害が 5~ 7頭 /

km

2で顕著になり

(千葉県 2004),農家が感じる農業被害程度が 3 頭 /

km

2で 許容されなくなること(千葉県 2004)などを根拠に設定 されている.今回,千葉県のニホンジカの場合,増加相と 遅滞相の境界密度が5.6頭/

km

2以下にあると予想された.

農業優先地域や拡大防止地域のように,0~3 頭 /

km

2程 度の低密度の管理目標をもつ地域においては,地域的な 管理(例えばシカ管理ユニット単位や市町村単位の管理)

の際は,今回提案する遅滞相管理が有効と思われた.遅 滞相は,捕獲個体に占める成獣の性比や幼獣の有無から 予測することができる.例えば,分布拡大域と農業優先 地域の境界地域で,オスしか捕獲されなかった(遅滞相 にあると推定)のに,ある時期からメスが捕獲され始め

たら(増加相へ移行と推定),捕獲圧を部分的に高くし て,遅滞相に引き戻す努力を投資するといった方法が考 えられる.

千葉県に生息するイノシシ(Sus scrofa,

Andrzejewski and Jezierski

1978;

Truvé and Lemel

2003;

Keuling et al.

2010)やキョン(

Chapman and Harris

1996)についても,

分散距離の性差が海外事例で報告されており(表1),同 様に分布前線部における性比の偏りが存在する可能性 がある.従って,「遅滞相管理」は,これらの種の侵入初 期や分布前線部または,高い捕獲圧を加えていった低密 度地域での地域的な管理手法として利用できる可能性が ある.

3.アライグマの遅滞相管理のための捕獲ワナ配置法 印西市の集中捕獲期間での結果などを踏まえ,低~中 密度(

CPUE

でおおむね0.8 以下)地域において,遅滞相 管理のための捕獲ワナの配置方法について考えてみる.

遅滞相管理の技術的目標はメス個体の排除にあるため,

オス成獣の捕獲実績にあまり影響をうけず,メス個体を 捕獲対象としてワナの配置を決定すべきである.捕獲時 期は繁殖前に実施されることが推奨されているが,準備 期間として,それ以前の秋までの期間に,広い範囲に比 較的低いワナ密度(1 個/

km

2日=365ワナ日/ 年

km

2程 度)を用いた予備捕獲を行い,幼獣やメス成獣個体(その 母親や仔獣あるいは姉妹個体がいる可能性が高い)の捕 獲地点を,集中捕獲地点として抽出するとよいだろう(オ ス成獣の捕獲地点は考慮しない).そして,出産時期の前 までに,メス成獣のいる可能性の高い集中捕獲地点におい て,その個体の捕獲を目標として高いワナ密度での捕獲を 実施すべきだろう.例えば,千葉県印西市の場合,250

m

メッシュごとに 1ワナという捕獲努力量(16 ワナ/日・

km

2=5840ワナ日/ 年

km

2程度)で,ほとんどの個体を排 除できていた.一方,今回の分析では,捕獲努力が 100 ワナ日/ 年

km

2以下だと遅滞相から増加相への移行を許 し,地域的な増加を招いた地域があった.このことから,

千葉県におけるアライグマの遅滞相管理のためには,少 なくとも 1ワナ/日

km

2(=365ワナ日/ 年

km

2)以上の 捕獲努力で,繁殖前に広域での探索的な捕獲を行い,抽 出された地域(増加相地域)を集中捕獲地域ととらえ,

より高い捕獲努力(例えば16 ワナ/日・

km

2程度)を出 産期前に投資し,妊娠個体の捕獲をする方法が提案でき る.また,この捕獲努力量については,それぞれの生息 地の状況(食物供給量や生息適地の空間配置など)によっ て異なることも考えられ,地域ごとに適切な捕獲努力量 は設定されなければならないだろう.

(11)

4.低密度地域の遅滞相管理における行政上の問題点 個体数管理において,アリー効果を示す種なのかどう かを正しく判断することは,とくに外来生物管理におい て,適切な管理施策の意思決定に重要な要素となってい る(

Taylor and Hastings

2005).また,侵入初期の早期対 策は,個体数増加後の対策と比較して,人的予算的コス トが少なくてすみ(

Bomford and O’Brien

1995;

Naylor

2000;

Martin et al.

2010),専門家や関係者の間では,早 期対策は外来生物対策の鉄則とでもいうべきものと認識 されている(

IUCN

2000;農林水産省2010).しかし,今 回分析した地域では,適切な早期対策が講じることがで きずに,遅滞相から増加相への移行を許してしまう地域 もあった.この地域では生息は認識していても,アリー 効果のために生息密度と被害の増加がみられず,効果的 な対策が後手になっていた可能性がある.例えば千葉県 内のイノシシ対策(捕獲や防護柵の設置状況)は,分布 域の前線部(分布域外縁からおおむね3

km

以内の集落)

ではあまり実施されておらず,農作物被害が増加して初 めて対策が講じられる状況にある(浅田 2011

b

).もちろ ん種によっては遅滞相にあって捕獲を行わなくても,近 交弱勢や人口学的不確実性によって遅滞相が延長した り,地域的絶滅がおこり,増加相への移行がすぐに観測 されないこともある(

Rilov et al.

2004;

Aikio et al.

2010).

しかし,潜在的に少個体数から爆発的に増加することが できる種,特にイノシシやアライグマといったすでに他 地域での増加拡大事例が明らかになっている種では,適 切な個体数管理が欠如した場合,いずれ増加相へと移行 して,爆発的な増加をもたらすことが推定される(

Crooks

and Soule’

1999).したがって,遅滞相管理においては,

捕獲や被害対策を行う担当課や財政担当課,ひいては首 長が将来の被害予測や早期対策の重要性(初期の予算投 資の意義)について認識できるように,適切な情報提供 と普及啓発を行っていくことが必要である.

謝     辞

千葉県のニホンジカの個体数データを共有している千 葉県立中央博物館落合啓二氏からデータの使用を承諾い ただき,草稿に対し有益なご指摘をいただいた.千葉県印 西市農林課および千葉県環境生活部自然保護課の方々か らアライグマ捕獲記録を提供いただいた.岐阜大学淺野 玄氏からは草稿に対し有益な指摘をいただいた.国立環 境研究所横溝裕行氏には非線形回帰式についてご教示い ただいた.東京大学栗山武夫氏には文献収集においてご 協力いただいた.これらの方々に深く感謝いたします.

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(13)

ABSTRACT

“Lag-phase management” as a population management method in low density areas in sika deer ( Cervus nippon ) and racoon ( Procyon lotor )

Masahiko Asada

Chiba Biodiversity Center, Aoba-cho 955-2, Chuo-ku, Chiba City, Chiba Prefecture 260-0852, Japan E-mail: [email protected]

I detected the lag-phase in population dynamics of sika deer (

Cervus nippon

) and raccoon (

Procyon lotor

) populations in Chiba Prefecture based on spatiotemporal changes in sex ratio of culled animals. I examined a method to catch raccoons under low density using data from the Raccoon Removal Program in Inzai-City, Chiba. In some sika deer and raccoon populations, high male/both sex ratios suggested that they were under a lag-phase with an Allee-effect in low density areas, at the edge of the distribution and within a heavy culling area. Accordingly, I propose “lag-phase management,” with the goal of achieving and main- taining populations in a lag phase, which is detectable based on the male/both sex ratio, etc., preceding whole eradication or local removal.

Key words

: Allee-effect, eradication, dispersal, alien, CPUE

受付日:2013 年 34 日,受理日:2013 年 521 日

著 者:浅田正彦,〒260-0852 千葉市中央区青葉町955-2 千葉県立中央博物館内 千葉県生物多様性センター  [email protected]

参照

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