2012/12/11
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生命科学 B
生物の多様性と遺伝資源の保全
東北大学大学院農学研究科 福田 智一
生物の多様性…ノーマン・マイアース(Norman Myers)によれば、絶滅した生物の数は 17-18世紀にかけて4年間に1種であったが、20世紀前半までには毎年1種、1975年に は毎年1000種、1990年代には毎年4万種にまで増加しているとされている。地球の長 い歴史においては、大きな気候変動により4回の大絶滅時代があったとされている。
ノーマン・マイアース…イギリスの生物多様性研究者。
頻繁に生物多様性に関わる論文が引用されるが、
キャリアの晩年になって生物多様性の研究を始めた のであって、元々は人口爆発、発展途上国の貧困問 題などを研究する経済学者に近かった人。
生物は歴史上、カンブリア紀の大爆発のように多様性が大きくなり、環境に適応、進 化する上で絶滅により選択が生じる現象を繰り返している。したがって生物種の絶滅 は歴史上の自然現象と解釈すれば何も問題とはならない。しかし1970年代以降の 急激な絶滅種の増加は明らかに生物進化の頂点にたった人間による環境破壊や資 源としての乱獲、加えて生態系の撹乱が原因である。
ドードー
マダガスカル沖のモーリシャス島に生息していた鳥類の一種。大航海時代に発見された。
しかし発見されて絶滅するまでの期間が100年程度と比較的短いこと、ヒトの乱獲が原 因であることから如何に自然環境が破壊されやすいかの一例として上げられることが多 い。ドードーは飛ぶことが出来ず、地上に巣を作る上に動きが遅いために、ヒトによる見 せ物目的の乱獲、ヒトの持ち込んだイヌなどの家畜により捕食され絶滅した。卵を1年に 1個しか産まない弱い繁殖力も絶滅した原因のひとつと考えられている。1681年の目撃 を最後に絶滅した。
ニホンオオカミ
絶滅前の詳細な生態が明らかではないため、不明な点が多いが、北海道を除く日本全土 に分布していたと考えられる。ニホンオオカミはそのDNAの分析から北米にいるハイイロ オオカミの亜種であると考えられている。古来から「送りオオカミ」の言葉のとおり、ヒトや 家畜を襲うと考えられており狩猟の対象となった。上野動物園では1892年の6月までニホ ンオオカミを飼育していたという記録が残っている。1905年に奈良県東吉野村で捕獲され たのを最後にその後は生存が確認されていない。ニホンオオカミは生態系の頂点に立つ 捕食者でもあった。アメリカにおいては絶滅に瀕したオオカミを人工的に繁殖、導入するこ とにより崩れた生態系を修復した例があることから、ハイイロオオカミを日本の生態系に 導入することも検討されているが、オオカミはその行動領域が20km周囲と広く、さらに困 難な事態に直面する可能性もあり実際には行われていない。
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リョコウバト
北アメリカ大陸に存在していたハトの一種。青と赤色の美しい羽色を持っていた。その名の 通り夏の営巣地と越冬地の間を長距離移動した。18世紀にはアメリカ全土で約50億羽が いたとされており、群れが止まった際にその重みで木が折れることすらあったとの記録があ る。19世紀から食肉目的、また羽毛採取を目的に乱獲が行われるようになり個体数は激減 してしまう。当初の個体数があまりに多かったために絶滅すると考えるヒトが少なく、乱獲が 続いたことも絶滅に導いた要因のひとつと考えられている。リョコウバトは繁殖するために 他のハトと比較して大きな集団を必要とし、加えて1年に1度しか繁殖せず、1回の産卵数は 1個であった。この弱い繁殖力も絶滅した原因と考えられている。1908年に最後の野生種 が撃ち落とされる。動物園においては1910年に最後の個体が死亡。
左から若鳥、雄、雌。
シンシナティ動物園の最後の 個体。マーサ。
かつては50億羽いた。
絶滅の危険性に関するランクづけ
国際自然保護連合(IUCN)という組織によって絶滅に瀕している種をリストする際にその 危うさを程度によってランクづけしている。日本版は環境省レッドリストがある。
絶滅に関するクラス 絶滅(EX)、野生絶滅(EW)
絶滅危惧に関するクラス
絶滅寸前(CR)、絶滅危惧(EN)、危急(VU)
低リスクに関するクラス
保全対策依存(CD)、準絶滅危惧(NT)、軽度懸念(LC)
その他のクラス
データ不足(DD)、未評価(NE)
産業の発達によって大量の化学物質が環境中に放出されるようになった。
例としては、農薬や塗料など。
そのような化学物質が環境における生物多様性の脅威のひとつになっている。
歴史的に、化学物質の環境への影響を告発した人がいる。
レイチェル・カーソン(Rachel Louise Carson, 1907年5月27日 - 1964年4月14日)は、
アメリカ合衆国のペンシルベニア州に生まれ、1960年代に環境問題を告発した生物 学者。
幼少時は作家を志しており高校の成績も極めて優秀であった。ペンシルベニア女子 大学では英文学を希望していたが、生物学の授業を受けたことで生物学分野の科学 者を志望するようになった。
ジョンズポプキンス大学の修士課程で遺伝学を学ぶ。
修士課程卒業後はアメリカ連邦漁業局に勤務。1941年『潮風の下で』、1951年『海 辺』、1962年『沈黙の春』等の作品を発表。
レイチェル・カーソンは沈黙の春で何を訴えたの?
沈黙の春は、1962年に出版されたレイチェル・カーソンの著書。DDTを始めとする農 薬などの化学物質の危険性を、鳥達が鳴かなくなった春という出来事を通し訴えた作品。
執筆から40年以上経過した現時点の最新の科学的知見から見ると、その主張の根拠と なった1950年代の知見の中には、その後の研究で疑問符が付けられたものも存在する。
例えばDDTは当時は発ガン性があるとする意見が多かったが、過去数十年にわたる追 跡調査があるにもかかわらず、現在に至ってもDDTの人間に対する発ガン性は発見さ れていない。
しかし、人類史的な視点からは、それまで生態系などへの環境に対する影響自体が軽 視されており、後のアースディや国連人間環境会議の切っ掛けとなった本作は、環境と 人間との関わりから環境問題の告発という大きな役割を果たし、人間が生きる為の環境 をも見据えた環境運動へのさきがけとなった。
ピッツバーグにおけるレイチェル・カーソン橋 カーソンが亡くなった際に掲載された新聞の 漫画。虫たちがカーソンに感謝している。
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DTTとは?
Dichloro-diphenyl-trichloroethane。1873年に初めてドイツの学者によって合成された化 合物。1939年にスイスの科学者(染料会社であるガイギー社の技師。ガイギー社は、のち のチバガイギー、現ノバルティス)パウル・ヘルマン・ミュラーによって殺虫効果が発見され た。彼はこの功績によって1948年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。その後、第二次 世界大戦によって日本の除虫菊の供給が途絶えたアメリカによって実用化された。非常に 安価に大量生産が出来る上に少量で効果があり人間や家畜に無害であるように見えたた め爆発的に広まった。
日本では、戦争直後の衛生状況の悪い時代、アメリカ軍が持ち込んだDDTによる、シラミ などの防疫対策として初めて用いられた。外地からの引揚者や、一般の児童の頭髪に薬 剤(粉状)を浴びせる防除風景は、ニュース映像として配信された。また、衛生状態が改善 した後は、農業用の殺虫剤として利用されていた。自然界で分解されにくいため、長期間 にわたり土壌や水循環に残留し、食物連鎖を通じて人間の体内にも取り込まれ(生物濃 縮)、神経毒として作用する。
DTTの化学構造 シラミ駆除のために頭からDTTを
振りかけられる小学生。1947年
加えて、内分泌撹乱物質という考え方が定着する。
1996年、シーア・コルボーンが「奪われし未来」という本を出版する。
シーア・コルボーン (Theo Colborn)
アメリカ合衆国の動物学者。元フロリダ大学の教授。現在は内分泌撹乱物質の問題に 関する市民団体の委員長も勤める。米国のEPA (Environmental Protection Agency) など多くの委員を勤める。
彼女はヒトが様々な目的のために環境中に放出した化学物質が生物の生殖や発生に 影響すること警告した。「奪われし未来」は発生過程における影響は成体とは異なると 指摘している。現在、工業や農業の利便性を高めるためにヒトが環境中に放出する化 学物質が、生態系における野生種の生殖活動に影響するという例が報告されている。
環境ホルモンとは?
内分泌攪乱物質を一般市民に 分りやすく紹介するために、
NHKと井口泰泉が「環境中に 存在するホルモンのような物 質」という意味合いから環境ホ ルモンという通称を考案した。
一般向け解説書や行政文書、
報道記事で広く使われている。
体内で合成されるというホルモ ンの本来の定義から外れてお り、実際にはホルモンとはいえ ない。
環境中の化学物質によって野生生物が影響を受けている例。
1)船底塗料による有機スズ汚染が引き起こす巻貝の生殖不全
海藻類や貝類の付着による燃費効率の低下を軽減するために船では船底塗料、もしくは漁網 に防汚剤と呼ばれる塗料を塗布されてきた。この塗料にはトリブチルスズもしくはトリフェニル スズがそれぞれ使用されていた。これらの有機スズが我が国の沿岸域を汚染し、巻貝類の異 常を初めて報告したのは国立環境研究所の堀口敏宏である。堀口らは巻貝類の一種であるイ ボニシの調査を進めた。通常、巻貝は雌雄で生殖器の形が異なる。堀口らは佐渡島を除いた ほぼ日本全域の海岸において雌個体の生殖器の異常を見いだした。その異常は雌個体であ るにも関わらず、雄の生殖器の特徴であるペニスや輸精管が形成されている異常で、インポ セックス(imposex, imposed sexual organsの略)と呼ばれている。
このイボニシの異常は日本の沿岸域全域で認められ、異常を持つ個体のいない地域を見 いだすことが困難なほどであった。イボニシの卵巣および輸卵管で高い有機スズの蓄積が 認められること、加えてインポセックスを示す個体ほど体内有機スズ濃度が高いという関係 が認められ、船底塗料による汚染とイボニシのインポセックス発生の間に強い関係がある ことが予想された。加えて堀口は実験室内で飼育されたイボニシに対して有機スズを投与 し、環境中で認められるイボニシの生殖器異常が発生することを証明した。これらの研究 結果と有機スズの環境に対する影響を大きく懸念する意見が高まり、2001年10月に国際 海事機構(IMO, International Maritime Organization)で船底に対する有機スズの利用を 2008年1月1日までに完全に禁止することを柱とした国際条約が採択され、2008年9月17 日に発効した。
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外来種の導入による生物多様性への影響
前述したように生物の多様性はその種が生息する地域や地方の特性や歴史が大きく 関わっている。具体的な例を挙げれば、オーストラリアの動物相が上げられる。オー ストラリア大陸は太古の時代に超大陸ゴンドワナから別れ、アジア大陸などの他の大 陸から孤立して長く存在した。このため、アジア大陸などでは認められない有袋類(カ ンガルーなど)を特徴とする固有の動物相を形成することになった。オーストラリアの 動物相はこのような海という移動を困難にする特性が、固有の生態系の維持に必須 であった。しかしその後、オーストラリア大陸では、ヒトがイヌを持ち込んだ。繁殖力が 豊かで生存力の強いイヌは野生化し、ディンゴと呼ばれることになる。野性化したイヌ の捕食によって多くのオーストラリアの固有動物種が絶滅することになる。このように ヒトが不用意に持ち込む外来種によって、生態系は大きく影響を受けることを我々は 認識せねばならない。
日本におけるブラックバス、特にオオクチバスによる生態系破壊
俗にブラックバスと呼ばれる魚類が日本の各地で生態系に大きな影響を与えていること が報告されている。ブラックバスはその正式名称をオオクチバスと呼ばれる。元々の生息 地は北米の五大湖周辺からミシシッピー川周辺、フロリダ半島に生息していた魚類である。
我が国においては1925年-1930年に釣り魚として芦ノ湖、山中湖などに導入されていた。こ の魚は強い繁殖力と生存能力から1980年代には日本全国に広がることとなった。ブラック バス問題の最も深刻な部分はこの魚が持つ強い肉食性にある。オオクチバスが多く存在す る湖ではオオクチバスが侵入する以前と比較して、在来および固有の昆虫や魚類の個体 数が明らかに減少したことが報告されている。
0 5000 10000 15000 20000 25000 30000 35000 40000
1990 1992 1994 1996 1998 2000 kg
年 図 伊豆沼における魚種別漁獲量の年変化
(農林統計,漁協資料)
その他 ナマズ ドジョウ ウナギ ワカサギ オオクチバス カムルチー コイ フナ モツゴ・モロコ・ヒガイ タナゴ類
マメコガネによる北米での被害
外来種の侵入による生態系の破壊は諸外国から我が国に移入した種に限ったことではな い。北米では日本在来種であった甲虫の一種、マメコガネが猛威をふるっている。英名は the Japanese beetleである。1916年にニュージャージー州で発見されたのが最初の記録 であり、現在では北米の東部を中心に最も深刻な害虫のひとつである。現在は北米の東海 岸を中心に広がり、全米の約半分まで広がっている。マメコガネによる農業および被害額は 深刻で管理費まで含めると年間4億5千米国ドルに至るとの推定がされている。