日本看護倫理学会誌 VOL.8 NO.1 2016 1
■ 巻 頭 言
道具としての倫理的感受性「もどき」
Pseudo-ethical sensitivity as an ethical reasoning tool
太田 勝正
1Katsumasa OTA
看護師の多くは看護倫理が難しいと言う。中に入ろうにも入り口が分からず、また、その中に踏み込んだら、す ぐに迷子になりそうなシャーウッドの森(ロビンフッドの伝説で知られる)のようにとらえているのかもしれない。
しかし、どんな森にも道はあり、努力して先に進めば、その奥には古くからこの問題に取り組んできた先人らが残 した看護倫理の原則、問題解決の枠組などの「道具/鍵」が見つかるはずである。そして、それは看護・医療の倫理 的問題により望ましい答えをもたらしてくれる。そんな森の存在をほとんどの看護師が知っていると思う。ときど き覗いているかもしれない。しかし、踏み込むことをためらっている。ならば、その森の入り口に、倫理的感受性
「もどき」という「道具/鍵」を置いてみてはどうだろう。
倫理的感受性とは、理論と原則の知識をもとに価値や価値の対立を認識する能力、および、道徳的、倫理的な問 題を同定する能力を言う。それは、厚労省が看護基礎教育の充実に関する検討会報告書(2007)の中で示している、
看護師として倫理観や責任感、豊かな人間性および人権を尊重する意識につながる医療者としての大切な能力、資 質である。多くの看護師は、倫理的な問題の存在は感じることができるだろう。しかし、それは上記の定義で求め られる能力までには達していないと思われる。そもそも感受性の育成には、一人一人の性格特性、意識や理解力な どが影響すると考えられ、机上教育や演習などを積み重ねても、もともと苦手な人はなかなか身につけることが難 しい。例えば、バラが美しいことに異論を唱える人はいないと思う。だが、どうして美しいと感じるかは、人それ ぞれの感性の問題であり、中にはバラが好きではない人もいる。さらに、トゲを刺して痛い思いをした人は、バラ の美しさに心を動かされる前に、バラのトゲに目を向けてしまうかもしれない。「なぜ、バラが美しいか答えなさ い」と言われても、戸惑うだけだろう。感受性は人それぞれである。それを磨く、育むというのは一筋縄ではいか ない。倫理的感受性についても同じである。
では、倫理的感受性が十分に育まれていない中で、どうすれば倫理の問題に気付き、対立点を明確化できるだろ うか。一つの方法は、看護倫理についての深い学びである。いろんな倫理の原則や事例の見方、問題の整理の仕方 を学ぶ中で、やがては目の前の状況が抱えている看護倫理上の問題を明らかにできるようになるだろう。ただし、
それは感受性ではなく、知識と能力を武器として。また、ある生命倫理の学者は、倫理の問題はハウツー的に取り 扱ってはいけないと指摘している。いずれにせよ、そこに達する道は長く険しく、臨床看護師すべてに期待できる ものではない。しかし、私はより多くの患者の倫理上の問題が解決されれば、あるいは、少しでも解決に近づくな らば、学問としての本質にこだわる必要は無く、ハウツーを覚え、駆使してもよいと考える。誰でも使えるそのハ ウツーの「道具/鍵」が、倫理的感受性「もどき」である。
実は、すでに学部授業や大学院(修士課程)の授業の中、さらには、看護師や看護管理者向けの講習会の中で、
1 名古屋大学大学院医学系研究科看護学専攻 Department of Fundamentals of Nursing, Graduate School of Medicine, Nagoya University
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私はこの倫理的感受性「もどき」を道具として教えている。道具としての仕組みは次の通りである。人がものごと を認知するには、認知の枠組というものが頭の中にできている必要がある。例えば、幸運のシンボルである四つ葉 のクローバーは、漫然と草むらを眺めていても見つからない。その葉の形を頭に描いて草むらを「スキャン」する と意外に見つかることがある。ピカソの歴史的名画「ゲルニカ」は、何も知らなくても見る人に訴えるものがある。
しかし、それが描かれた歴史的背景やピカソの思いを知れば、絵の中にさまざまな悲劇、惨状が浮かび上がり、一 層強く訴えかけてくる。ものごとをよりよくとらえるためには最小限の基礎知識が必要であるが、それを身につ け、使って対象をスキャンすれば(一つひとつの場面を詳しく見つめていけば)、今まで見えなかったものが見え るようになるのである。倫理的感受性「もどき」は、道徳的、倫理的な問題をたった4つか6つの倫理原則に基づい てスキャンすることで、それらの原則が守られているか否か、価値の対立があるか否かなどを見極める道具であ る。学ぶべき原則は、「自律性」、「無害性」、「善行」、「公正(正義)」、そして「正直」と「忠誠」の6つの倫理原則で ある(「正直」と「忠誠」を個別に示していない、生命倫理の4原則を使ってもよい)。目の前の状況の中に、自律性 に関する問題があるかないかをスキャンする。あれば、そこで自律性が守られているかどうかを吟味する。同じよ うに、無害性、善行、公正などの原則についても一つひとつスキャンする。そのようにすることで、目の前の状況 の中に含まれる倫理上の問題が浮かび上がってくる。
看護倫理のわが国唯一の学術誌の巻頭言で、まがいものの「もどき」を論じることが相応しいかどうか悩んだ。
しかし、多くの看護師養成課程で看護倫理に関する科目が配置され、さらに、ほとんどの新人看護職員研修に看護 倫理が盛り込まれていても、臨床看護の現場には、適切に対処できていない看護倫理問題が多くあり、その一部は 看護倫理の問題として認識すらされていないことがある。シャーウッドの森のことは知っていても、避けて近づこ うとしない、あるいは、森を抜けるための地図の見方を知らないということだろう。
そのような現実を踏まえて、限られた時間で患者のために少しでも大きな成果を上げられるならば、学問的に単 純化しすぎだと言われようが、単なるハウツーだと言われようが、まずは簡単な基礎を学び、そして道具としてそ れを使えばよいと考える。その間に、看護倫理の研究者はより実践的な方法論を見出し、看護倫理の教育者はそれ をしっかりと教える方策を検討していけばよい。(1)生命倫理の4原則、あるいは、看護倫理の6つの原則を学ぶ。
(2)一つひとつの倫理原則をしっかりと意識して、目の前の問題をスキャンする。(3)もし、その倫理原則に関わ る状況が存在していたら、その原則が守られているかどうかを吟味する。(4)4つ、あるいは6つの倫理原則につい て繰り返す。これにより、倫理的感受性がまだ育まれていなくても、誰でも(講習会での手応えは全員が、という わけにはいかず、受講者の何割かについてというのが実情だが)目の前の看護倫理の問題に気付き、問題点・対立 点を明確に指摘することができるようになる。倫理的感受性「もどき」は、便利な道具である。臨床看護の現場を よりよくするために、ぜひこの「もどき」が広まっていくことを期待する。そして、それはやがて本当の「感受性」
に変わり、看護をよりかがやく専門職とするだろう。