口頭伝承と持続可能な地域づくりについての研究
―香川県直島町の直島伝説の事例―
西田有妙
八巻惠子
Oral Tradition and Sustainable Community Development : A Case Study of the Naoshima Legend in Kagawa
Yumi Nishida Keiko Yamaki
論文要旨:本研究は、近代化を通じて「行き過ぎた開発」が自然環境や地域社会の生態系に与えた 影響について、過疎化と少子高齢化が進行しつつある地方都市の持続可能性と地域資源の継承のあ り方から明らかにしようとするものである。香川県の直島のフィールドワークを通じて、子供たち への口頭伝承についてのアンケート調査を行い、少子高齢化が進む直島の「宝」となる文化の継承 の実態がどのようなものかを明らかにしながら、エコツーリズムを活用する持続可能な地域づくり の可能性を検討した。調査を通じて実践的な地域振興の一例を示すことができた。
Abstract : In this study, we tried to clarify the impact of "excessive development" on the natural environment and the ecology of local communities through modernization, from the perspective of sustainability and the inheritance of local resources in a local city with depopulation and an aging population.
Through fieldwork on Naoshima Island in Kagawa Prefecture, we conducted a questionnaire survey on oral transmission of culture to students, and examined the possibility of sustainable regional development utilizing ecotourism while clarifying the actual state of cultural inheritance as a
"treasure" in Naoshima, where the birthrate is declining and the population is aging. Through the survey, we were able to show a suggestion for practical regional development.
キーワード:直島、口頭伝承、生態系、持続可能な地域づくり、エコツーリズム
Key wards: Naoshima, Oral Tradition, Ecology, Sustainable Community Development, Ecotourism
1.はじめに
本研究は、近代化を通じて「行き過ぎた開発」が自然環境や地域社会の生態系に与えた影響につ
いて、過疎化と少子高齢化が進行しつつある地方都市の持続可能性と地域資源の継承のあり方から 明らかにしようとするものである。
生態系とは地球に生息している全ての生物が森林や海、川、草原などの自然環境と関わりながら 構成される空間のことである。地球の健全な生態系は一時的にバランスがゆらいでも、そのダメー ジを克服する能力調整機能を持っている。しかし20世紀の先進国による開発の影響はそれをはるか に上回るものであった。世界の多くの国々で産業構造は変化した。地方都市の若者は収入が安定し た企業で働くために都市部に移住する者が次々に現れた。少子化が進み、第一次産業を継ぐ者が減 少し、里地、里山、里海では自然との共生のバランスが崩れている。地方都市の人口は減少し、過 疎化が進行し、空き家と空き店舗が増加している。
疲弊した地域を再生させるため、日本では地方創生によるさまざまな施策が採られているが、一 度バランスを失った生態系を安定させて自然環境や地域らしい暮らしぶりを取り戻すことは容易で はない。
本研究は、持続可能な地域づくりの一つの手法として、エコツーリズムによる地域活性化の可能 性を検討する。エコツーリズムは観光サービスの提供や観光振興、余暇活動としての観光活動を通 じて、究極には地域資源の持続的な保全と利用が目的である。その資源となるものは、地域特有の 自然、歴史、産業、文化などの中でも地域住民が「宝」と認める地域資源である。またその地域の
「宝」の価値について語ることができる「語り部」の育成も重要である。
そのような観点から、本研究は香川県の直島をフィールドに、子供たちへの口頭伝承についての アンケート調査を行い、少子高齢化が進む直島の「宝」の継承の実態がどのようなものかを明らか にしながら、エコツーリズムを活用する持続可能な地域づくりの可能性を検討していく。調査を通 じて実践的な地域振興の一例を示すことができることにおいては、本研究は社会的意義の高い研究 であると考える。
2.研究方法
持続可能な地域づくり
本研究では、近代の「行き過ぎた開発」がもたらした生態系の変化と、それにより引き起こされ た問題について整理し、その反省に基づいて提唱された持続可能な開発と地域づくりの考え方につ いて説明する。
生態系とは地球に生息している全ての生物が森林や海、川、草原などの自然環境と関わりながら 構成される空間のことである。生物種としての人類は自然環境によく適応し、自然から得られるも のを資源に創意工夫をすることができた。狩猟採集民族だったホモ・サピエンスはやがて定住社会 を創造し、自然環境に手を加えたり管理したりすることから生活共同体を拡大させていった。複雑 なしくみと機能を持つ多様な文化集団を発達させ、高度な産業経済社会を構築し、豊かな文明を創 り上げた人類は、それでもなお自然環境に逆らって生きることは不可能で、大気、水、土壌などに おける物質循環や生物間の食物連鎖のバランスの中で生かされている。文化、社会、産業、経済は
人間の創造物であるが、それらもエコロジカルな存在である。
以上のような考え方から、とりわけバブル経済の終焉以後に顕在化した日本の地方都市の疲弊は、
地球規模での生態系のバランスが崩れていることが基本的な原因と考える。日本の地方都市におけ る人口減少、過疎化、産業の疲弊と労働力不足、人の手が入らない荒れた里山、里海と自然災害な ども関連している。それは18世紀のイギリスに始まった産業革命以降の近代化、とりわけ20世紀の 先進国における工業の発展を中心とした産業と経済の「行き過ぎた開発」に起因する。これを国際 的な協力でもって解決しようとする動きが2015年に国際連合で採択された持続可能な開発目標、
SDGsで、17の目標と169のターゲットから構成されている。自然環境保全だけでなく、民主的な ガバナンスと平和構築、気候変動と災害に対する強靱性、教育、福祉、ジェンダー、民族等の不平 等や貧困などの社会問題としても、長期的に改善の取り組みを実践し、それを通じて将来の世代の 暮らしを持続可能な形で改善することを目標にしている。
このように国連が生態系の問題を指摘して改善目標を具体化させるようになるまでには、当然な がら個別の地域の問題は世界中で顕在化していた。
「行き過ぎた開発」によって引き起こされた生態系への悪影響については、1970年代にはすでに世 界中の多くの学術研究者らが警鐘を鳴らしていた。たとえば日本においては社会学者の鶴見和子が、
地域の水と土と歴史に根ざした内発的発展論を論じている。鶴見は1976年から数年にわたって熊本 県の水俣病患者の聞き取り調査を行い、この病気は企業公害による自然破壊の影響によるものだと いうことと、それは西欧モデルの近代化の弊害の一つの極限状態であると主張している(鶴見 1996:120-121)。
1970年代には中米などではすでにエコツーリズムが始まっている。ヴァレン・スミスは1977年に Hosts and Guests: The Anthropology of Tourismを出版し、観光人類学という新しい研究分野を開拓し た(Smith, 1977)。その内容は、1960年代以降の欧米先進国を中心とする国際観光ブームとマスツ ーリズムによるHost(観光地の人々)とGuest(観光者)の交流を議論したもので、経済力を背景 とする権力格差の問題が複数の論文の中で指摘されている。未開の地のエキゾチックな民族文化を 見世物にしたり、野生動物に接近するための団体ツアーの運営や、物価の安い開発途上国に先進国 の消費者が好む大型リゾート施設を建設したり、地域住民の暮らしぶりや自然環境への配慮が不十 分な外発的開発の在り方について批判的に論じられている。エコツーリズムは地域研究によって指 摘された「行き過ぎた開発」に対する反省から、「もう一つのツーリズム」として提示され、持続 可能な地域に配慮した観光開発の手法である。
第二次国連事務総長を務めたダグ・ハマーショルドは、第二次世界大戦後の経済成長優先型の発 展について議論し、1975年、スウェーデンのダグ・ハマーショルド財団を通じて 「もう一つの発展 (Alternative Development)」 という報告書を国連経済特別総会に提出した。その中で「発展」とは、
人間集団が自分たちのもつもの―自然環境、文化遺産、男女メンバーの創造性―に依拠し、他の集 団との交流をとおして、自分たちの集団をより豊かにすることであると述べている。
1977年の環境教育政府間会議(トビリシ会議)では、海水温上昇や北極での氷面積の減少など地
球温暖化の進行について議論された。1992年にリオデジャネイロで開催された 「地球サミット」 で は、貧困、人口、健康、人権、民主主義、ジェンダー、文化多様性、戦争や平和などの問題が持続 可能なグローバル社会の課題であることが話し合われ、「持続可能な開発」の理念について参加者 からの賛同を得た。
その後の2015年の国連のSDGs採択に至るまでの共通した考え方は、急速で過度な開発による産 業公害と環境破壊の進行を止めることである。例えば工場から排出される大量の産業排水は海洋汚 染を引き起こし、海洋生物がすみづらい環境を作り出すだけではなく、化学物質を取り込んだ海洋 生物の食物連鎖によって人が経口摂取すると人的被害も発生した。大気汚染が原因の酸性雨、光化 学スモッグ、黄砂、PM2.5などは、健康被害、森林や農作物への被害のほか、建物などの表面を溶 かすなどの公害を引き起こした。近年では地球温暖化と気象変動による自然災害が増加している。
これらは過度な開発によって生態系が維持できなくなるほどに自然環境が破壊されたことでおきた ことであり、被害は世界各地に及んだ。
日本の地方都市の多くは近代化を通じて第一次産業から第二次産業や第三次産業へと労働人口が 移行したことから人口が都市部に流出し、少子高齢化と人口減少の影響から農村部では過疎化が進 んでいる。空き家と空き店舗が目立ち、人の手が入らなくなった里山は荒れ、土砂災害や獣害など の自然災害が増加している。沿岸部には工場地帯が多く建てられ海に産業排水が流されている。一 方で、行き過ぎた開発の影響から疲弊した地域を再生させるためにさまざまな施策も採られてきて いるし、地方創生やSDGsの推進によってNPOなどの非営利団体や地域住民の自発的な地域振興 の活動も増えてきている。しかし一度バランスを失った生態系を安定させて自然環境や地域らしい 暮らしぶりを取り戻すのにはどれほど時間が掛かるかはわからない。
本研究は、持続可能な地域づくりの方法として、内発的発展論を前提としたエコツーリズムの手 法から事例を分析する。自然、歴史、産業、文化など、地域には特有のさまざまな資源があるが、
その中でも地域住民が「宝」と認める地域資源を磨きあげ、観光商品にしていくのがエコツーリズ ムである。その究極の目的は地域資源の持続的な保全と利用である(海津2011:25)。エコツーリ ズムの活用は、観光サービスの実践を通じて地域の魅力を訪問者に伝えるだけでなく、他者から見 られることで地元住民が自らの地域の価値を知り、帰属意識の高まりを実感し、地域の担い手を確 保するきっかけにもつながる。住民自らが地域のくらしぶりを守るために環境の管理や資源の保全 を意識することで持続可能な地域づくりのしくみとなるのがエコツーリズムである。
口頭伝承
本研究のフィールドである香川県直島町には、江戸時代から伝わる女文楽や巡礼、祭りなどの伝 統的な文化の継承があり、いずれも地域の「宝」として観光資源になりうる。それらの観光資源の 中から、本研究は口頭伝承に着目して調査を行った。この地域資源を選んだのは、高齢の元観光ガ イドの案内でフィールドワークを行っているときに、後任の観光ガイドがいないと聴いたことがき
っかけである。郷土史研究会もメンバーの高齢化によって解散したあとで、島の語り部1となる後 継者がいない、まさに持続可能な地域の危機的状況であるということがわかったからである。
語り部とは、地域の暮らしぶりや文化を伝える地域ガイドである。観光ガイドとしてはその土地 の物語へと誘う案内人であり、歴史や伝統、民俗風習、昔話の他、自然や文化が持つ記号的な意味 を言語化し、地域外からやってきた訪問者にもわかるように伝えたり、さらには環境保全のルール や滞在中のマナーを教えたりする教師役でもある(海津2011:216)。ホストとゲストをつなぐ地域 のインタープリンター(通訳)とも呼ばれる。
フィールドワークを通じて、直島には地域のガイドはいないが語り部は大勢いることが分かった。
次の担い手候補さえいれば、たとえ短期間の断絶があったとしても、今なら語りの継承が可能であ る。
そのような期待から、島の子供たちがどのくらい島の伝説や言い伝えを知っているのかを調べる ことにした。フィールドワークの初期に、70歳以上の島民は全員、子供の頃に祖父母から島の言い 伝えを聴いたと話した。少子化で三世帯家族が少なくなっているが、島の口頭伝承が子供たちの代 で変化したのかどうかについて、アンケート調査を実施した。アンケートは、直島町立直島小学校 と直島町立直島中学校の校長先生を訪問して協力を依頼し、低学年の生徒には担任教員の援助の元、
小学生123人、中学生47人の全校生徒から回答を返送してもらうことが出来た。
フィールドワークは2019年9月から1年数ヶ月の間に断続的に行った。事前調査として、直島出身 の大学教員から島の暮らしや子供時代の遊びの経験について聴き、直島町史や島の伝説に関する資 料をいくつか読んだ。教員の紹介で直島町長、観光協会のスタッフから島の観光振興や地域振興の 話を聴くことができ、その後はフィールドワークを繰り返しながら人つなぎで元観光ガイド、宿泊 施設や飲食店の経営者などからも直島の民俗と風習について話を聞いた。ある程度聞き取り調査を 終えて、2020年6月に瀬戸内海歴史民俗資料館を訪問し、館長から専門家の立場で直島の歴史や民 俗についての知識を提供していただいた。少子化が進んだ島で、口頭伝承の継承が3世帯家族と2世 帯家族とで同じだろうか、という着眼はこのときの議論から得たものである。
3.フィールドの概要 香川県直島町
本研究のフィールドである香川県直島町についての概要を、口頭伝承の担い手である島民の人口 減少の課題に絡めて説明をしてゆく。
香川県直島町は直島を主島に大小27の島々で構成する瀬戸内海の島々である。有人島は直島、向 島、屏風島の3島で面積は14.22㎢、人口は2020年末で3,069人(2021年1月直島町公式ホームペー ジ)である。
1 語り部はもともと自分の一族・部族の存在の由来(出自)を昔話として他の語り部に伝承させていた(井之口
1977:13)。多くの語り部によって昔話が語り継がれていくうちに、他の地域の話と混同しながら人が面白がる話へ と変化していった。
直島は北部が工業地区、南部は観光地区、中央部は文教地区と、産業機能的に地域区分されている。
工業地区ではリサイクル事業や製錬事業が行われ、島民の約7割がその関連会社に勤務している。
観光地区は文化芸術の観光振興の場であり、国内外からの観光客で賑わっている。文教地区には役 場、公民館、福祉センター、診療所、幼児学園、小・中学校、など島民の生活に必要な公的施設が 多くある。
歴史をたどると、直島は元々大陸の一部で、2万数千年以上前の旧石器が見つかっていることか ら、古来より人が暮らしていたことがわかる。記録に残っている歴史は1156年の保元の乱にさかの ぼる。戦に敗れた崇徳天皇が京を追われて讃岐国へ流される途中に立ち寄り滞在した跡が、崇徳天 皇神社として残っている。伝説によると、純粋で素直な島民のもてなしに心打たれた崇徳天皇が、
この島を『直島』と名付けたという。
江戸時代、直島は天領となり、国内物流の海上交通のメインルート、瀬戸内海の重要拠点として 機能した。島民は交易、塩田、漁業、農業などに携わり、高原城跡の舞台では歌舞伎や女文楽など の芸能活動も盛んに行われた。明治時代までの直島へは嫁入りや養子として移住者が絶えなかった。
しかしやがて道路や鉄道などの陸路や空路が発達すると瀬戸内海の海上交易はかつてほどの重要性 は失われていった。直島の島民は交易の拠点としての生業を変えざるを得なくなっていった。
図1.直島町の人口推移
出典:直島町史・直島町人口ビジョン(2015年10月)より西田作成
図1は直島町の300年に渡る人口推移を示すものである。江戸時代には安定的であった人口が大 正時代に入って急に増加したきっかけは、1917年の三菱マテリアル株式会社による直島製錬所(以 下、製錬所)の開設である。この企業誘致は島民にとって新しい働き口となり、第二次世界大戦後 には人口の約半数が製練所と関わる仕事に従事していた。企業城下町直島の人口は高度経済成長期 の日本の産業発展に後押しされて増加していった。しかし人口のピークは1960年の7,725人、その 後は徐々に減少し始めた。
図2. 直島町の世帯数
出典:直島町役場「直島町統計情報」 より西田作成 図2は直島町の世帯数である。人口が減少しているにも関わらず、2005年以来、世帯数は緩やか に増え続けている。このことからも核家族化が直島でも進行していることがわかる。
人口減少の原因は、日本の地方都市に共通したもので、少子化(出生率の低下=自然減)、高齢化、
人口流出(社会減)が主な理由である。直島の高校は閉校したため、島の子供達は岡山県や香川県 の高校に進学する。そのまま大学進学や島外就職をする者も多い。島から若者が出ていく理由は、
島の産業に偏りがあり就職先の選択肢を求めて大都市に向かうことも大きな要因である。
直島の口頭伝承
少子高齢化によって三世帯家族が減少している中、島の口頭伝承の継承はどのようにされている のだろうか。
直島の伝説や言い伝えは直島町史にも記録があるが、直島出身者である三宅勝太郎の1988年出版、
「ナオシマの伝説」 はそれらの代表的なものをとりまとめて文書化した最初のものである。崇徳天 皇の話や、納言様の話、地蔵山の話など、数多くの直島の伝説や言い伝えを総称して直島伝説と呼 び、それらで語られる場所の多くは現在も島内で見つけられる。
フィールドワークの初期に聞き取り調査を行ったのは直島出身の本学教員、直島観光協会のスタ ッフ、元観光ガイド、宿泊施設の女将の4人である。この全員が知っていた直島伝説が、「そうめん 川」である。全員に共通するのは、「子供の頃に祖父母から聞いてとても恐ろしかった」というこ とで、中には「どうしてもそこを通らなければならない時には怖いのを我慢して目をつぶって走っ て通り抜けた」と述べられることもあった。またインターネット上のブログでも「直島には恐ろし い言い伝えがある」という内容で写真付きで紹介されていたこともあり、直島伝説の中でも特によ く知られた話であることがわかった。そこで筆者らは元観光ガイドに依頼して「そうめん川」の伝 説の場所に案内してもらった。
その場所は、かつて本村と宮浦の間を結ぶ唯一の峠越えの道であったという。現在は峠の下に広 い道路が開通しているので、峠の山道は生活者も観光客もまず通らない。崇徳天皇神社の脇道から 数百メートルほど山道を進んだところにあって、地蔵と小さなため池があった。「そうめん川」と いうが川があるわけではなく、そもそも直島は川のない島である。地蔵の周辺は鬱蒼と草木が生い 茂っていて昼間なのに暗く、道が山沿いに曲がっているために周辺からは死角となり、寂しい場所 である。
写真1.そうめん川の地蔵 写真2.小川の跡と言われるため池
西田撮影 西田撮影 このように、人が寄りつかない暗い峠の抜け道で起きた事件の物語として、「そうめん川」の話 は子供が祖父母からの口頭伝承として受け継がれ、恐ろしい伝説として多くの島民の記憶に焼き付 いているらしい。直島町史にも三宅勝太郎の「ナオシマの伝説」にも掲載されている。それらは以 下のようなものである。
「かつて本村から積浦への道は細道を山越えして行かねばならなかった。その途中に小さ な地蔵さんがあり、そこを小川が流れていた。(中略)…大昔、ここを極楽寺の院主さんが 積浦の方へ法事に出かけた。その院主さんは法事をすませそうめんを沢山ごちそうになり、
本村のお寺へ帰ろうとした。ちょうどこの川にさしかかった時、道に大きな化け物がたちふ さがっていた。するといきなりその化け物が、院主さんの腹へガクッと爪を立てて腹の中の そうめんを川で洗って食べたという」(直島町史1990:214)。
「…そのうち風もないのに、提灯の火が消えた。ふと前を見ると、…(中略)…それは恐 ろしい爪のはえた毛だらけの獣の手らしい。…(中略)…大きな獣の手は、どっこいとばか し院家さんを掴んで、大きな爪をぶっすり腹へたてた。腹からは鮮血と共に、御馳走になっ た素麺がだらだらと地上に流れた。怪物は一声、あやしげな叫び声をたてて、その素麺を近 くの小川に持って行き、水にすすいでうまそうに喰った。…小川をそうめん川といい、夜お そくそこを通らなくなった」 (三宅1988:69‑73)。
この2つの話には若干の内容の違いがある。僧侶(院主、ないし院家)が襲われたものに関する 記述が、直島町史においては 「化け物」、三宅の著書では 「恐ろしい爪のはえた毛だらけの獣」、と なっている。またフィールドワークを通じて、「そうめん川」の話を島民に聞いていくと、僧侶が 誰に襲われたかの部分については、妖怪、狸、そうめんばばあ、などのパターンも聞くことが出来 た。
伝説の内容の詳細が諸説あることは口頭伝承のユニークな点である。個人から個人へと口伝えに 継承されるため、誰からどういった話を聞いたのかが少しずつ違うことがあり、さらにその繰り返 しが何世代にもわたって続けてきたために、同じ地域の中でも少しずつ異なる内容の話が伝搬され る。結果として口頭伝承にはバラエティが生まれる。そのどれもが間違いではない。こんにちのよ うに文書化してメディアに記録を残して配布、拡散されることにおいては、地域資源としての貴重 な情報を正確に伝達できる側面がある一方で、口頭伝承のユニークな多様性が失われてしまう可能 性もある。
4.直島伝説についてのアンケート調査 アンケートの概要
図3. 直島伝説に関するアンケート調査
直島の子供たちに配布した調査質問紙(西田作成)
直島伝説に関するアンケート調査は2020年9月に小学生123人、中学生47人の全校生徒を対象に 紙ベースで、校内で教員に委託して配布され、学校を通じて回答が郵送された。質問内容は同じだ が漢字やふりがななどを学年に配慮したものを3種類作成した。
アンケートの目的は、3世帯家族が多かった70歳以上の人々が祖父母から聞いた、という直島伝 説を、少子化時代の子供たちは一体聴いているのか、聴いているとしたら誰からの口頭伝承か、を 明らかにするものである。質問内容は、属性に関する3問、直島伝説の伝承に関する11問、余暇活
動についての2問、合計16問の選択式であった。
事前調査では、70歳以上の島民はみな直島伝説を祖父母から聞いたと答えていて、夕食後に家族 そろっての団らん時や、縁側で涼んでいるとき、家で花火をしながら聴いた、という話も聞かれた。
三宅勝太郎が書籍にまとめて1988年に出版するまでは、このように祖父母や親から子や孫へ語られ ることで地域の物語は継承されてきた。口頭伝承は娯楽の種類が少なかった時代の家族のレクリエ ーションの一つで、同じ話を複数回聞いたり、祖父母の口調まで真似たり子供たちが怖がって騒ぐ 様子を再現しながら思い出を語る人もいたりしたことから、高齢者による余興でもあったと考えら れる。
一方、現代の子供たちは祖父母と一緒に住んでいない者も多く、きょうだいも少ない、スマホや ゲームなどの一人でも遊べる道具が増えているため、高齢者の子供時代とは異なる生活条件下にある。
5.アンケート調査の結果
以下はアンケートの結果から、特徴が捉えられるものをいくつか見ていく。
1)家族構成:2世帯か、3世帯か。
図4.家族構成
図4によると、直島の子供たちの 家族構成は約75%が2世帯家族であ った。
2)口承伝承の実態把握 図5.知っている直島伝説
図5によると、三宅勝太郎が文書 化した『ナオシマの伝説』に記載さ れた直島伝説の中で最もよく知られ ているのは「そうめん川の話」で(複 数回答あり)あった。小学校では74.
2%、中学校では87.2%と認知度が高 い。他にも崇徳天皇の話、高原城の 話、地蔵山の話も多くの子ども達に 知られていた。
3)誰から語り継がれたか:少子化時代の口頭伝承 図6.誰から直島伝説を聞いたか
図6は直島伝説を誰から聞いたか という質問に対する回答の集計であ る。小学生は友達から聞いたり本で 読んで知ったりした生徒が多く、ま た学校の先生から聞いたという回答 は家族と同じように多い。
中学生は48.9%が学校の先生から 教えてもらったと答えている。筆者 らが中学校を訪問した際に、中学で は地域学習の授業で伝説を学ぶ機会 があると聞いた。その影響が数値に表れたと考えられる。
4)口頭伝承の多様性
図7.「そうめん川」で僧侶を襲ったのは誰か
図7は、島の子供たちに最も認知 度が高かった「そうめん川」の話の 中で、僧侶を襲った者は誰か、とい う質問への回答である。小学校、中 学校共、学年が上に行くほど回答が 多様化するのが分かる。
この図から分かるのは、学年によ って差が大きい点である。小学生で は、1年生と4年生は「聞いたこと がない」という答えが過半数である。
3年生は4分の3が「狸」と答えて いて、聞いたことがないという生徒 以外には他の選択肢がない。2年生、
5年生、6年生はやや多様だが、2 年生の生徒の多くが「その他」と答 えていて、他の学年にない特徴が見 られる。「聞いたことがない」と答えた生徒数が最も少なく、「爪の生えた毛だらけの怪物」と「妖 怪」が同数に近く、「怪物」も多い。「高入道」「化け物」「狸」はほぼ同数で、小学校の6学年の中 で最もバラエティに富んだ回答であった。5年生、6年生は「狸」と「聞いたことがない」と答え
た生徒が多いが、他の回答も多様であった。
中学生も3学年で全く異なる回答が得られた。中学生は「先生に教えてもらった」と回答した生 徒が過半数だったこともあり、学年ごとに同じ回答が多く、1つの内容に偏っている点が特徴であ る。たとえば1年生は「そうめんばばあ」が圧倒的多数であり、「狸」との2択であった。2年生 は「化け物」「爪の生えた毛だらけの怪物」で過半数を占め、他にも「怪物」「そうめんばばあ」が ほぼ同数、「狸」「聞いたことがない」もほぼ同数であった。3年生は「狸」が過半数で、「そうめ んばばあ」「聞いたことがない」がほぼ同数、「爪の生えた毛だらけの怪物」と未解答者がいた。
このことから推察できるのは、学年によって授業を担当した先生の話の内容が違うため、生徒に 伝承された内容に違いが出ているということである。また中学生になってインターネットに接続す る機会が増えるせいだと思われるが、インターネット上に都市伝説のごとく掲載されている「そう めんばばあ」の数字が上がる。高齢の島民からは聞かれたことがない。
結果分析
アンケート結果とフィールドワークや聞き取り調査から得られた情報を総合して分析をすると、
2つのことが明らかになった。
1つめに、核家族化の進行によって島の子供たちへの口頭伝承のプロセスは高齢者の子供時代と は変わっているが、直島伝説は語り継がれていることが確認できた。近親者からの情報伝達が弱体 化した代わりに学校が情報装置として機能し、重要な役割を果たしていることが分かった。
その一方で、多くの生徒が、伝説が語られている場所までは知らない、と答えている。たとえば 2番目によく知られた崇徳天皇の話については、崇徳天皇は直島でどんなことをした人か、なぜ直 島を訪れたのか、という質問に対して回答がバラバラであった。3番目に認知度の高い高原城の話 については、高原城は誰が建てたのかや、どこにあるのかという質問に対して、半数以上の生徒が
「聞いたことがない」と回答した。このことから推察できるのは、島の子供たちは情報としては物 語を知っているが、自分の生活地域とのつながりを持って理解し切れていないということである。
つまり自分のふるさとの話として理解するに至っていないのではないか。高齢の島民の多くが直島 伝説を次から次へと詳しく語ることができることや、「そうめん川は怖いから通りたくない」など、
自分が生活している場所に伝わる話として説明が出来たりすることを考えると、未来を担う地域の 語り部の継承のためには、あと少しの後押しをしたいところである。
2つ目は、「先生に教えてもらった」と回答している生徒が多かったことから、直島伝説は口頭 伝承よりも学校教育や書籍といった明文化された情報から学習して学ぶようになっているようであ る。その結果、学年ごとに生徒が知っている伝説の内容や回答が偏っていることが分かった。
このばらつきをどう見るかだが、考えられることは、学年ごとに担当した先生が違ったから生徒 が聞いた話に違いが出ている、ということである。生徒は学校の先生に教えてもらうことは正しい と思ってしまうため、「正しい伝説」や「唯一の伝説」が創造されかねない。このことは地域の大 人の中で議論が必要かもしれない。
直島の人口減少問題を背景に、口頭伝承の慣習に代わって制度化されるメリットは大きい反面、
口頭伝承は少しずつ語りが違ったり情報がずれたりしながら世代を継承していく結果として多面的 であることがユニークであり、地域らしさや魅力でもある。語り部の話が少しずつ違っていること は、歴史のある地域だからこそ可能なのであり、それもまた地域の「宝」の資源である。今の直島 の子供たちのように、学年ごとに生徒の知識が異なったり偏ったりしていることも、制度の中で生 み出す多様性の形なのかもしれない。地域文化の多様性の継承という新たな課題として検討の余地 がある。
直島の口頭伝承とエコツーリズムの可能性
数年前まで、語り部がガイドとして島を案内し直島伝説を語る観光ツアーがあったが、語り部の 高齢化とガイドの後継者が育たなかったことから、現在は島を案内できるガイドがいない。このよ うになった背景の一つに、企業が牽引する現代アートの島、国際芸術祭、などの華やかな外発的観 光発展の勢いが強いこともある。しかしそのおかげで世界中から直島にやってくる観光者は増加し ている。
直島はインバウンド観光で大成功の事例である。そのため観光産業に関わる島民はアート観光や インバウンドに関わる仕事に向いてしまい、企業が運営する観光産業に参加している。その陰で、
直島を語る語り部による着地型観光はなくなってしまった。これも行き過ぎた外発的発展から生態 系のバランスを崩している状況である。
ガイドが歩かないため、観光客が訪れない場所は放置され、荒れている。そうめん川の地蔵周辺 は木が生い茂って薄暗く、人気もない。高原城址跡は有名なアート観光スポットのすぐそばにある にも関わらず、途中の道が木々や落ち葉に覆われているため人が寄りつかない。地蔵山はかつて子 供たちが走り回る遊び場で、遠足で山越えをしたと聞くが、子供たちの数が減ったせいか、道の痕 跡さえなく奥に進むのは困難である。山が荒れたところではきのこがとれなくなったり、イノシシ が出るようになったりということで、地域住民も昔のようには山に入らない。伝説の場所に行けな いとなると、廃れて忘れられ、伝説そのものが継承の危機に陥る。文化継承の担い手がおらず人の 手がはいらないことでは、地域固有の自然や文化、歴史、生活などの保全が難しくなる。きらびや かなアート観光の人気が高いうちに、過度に企業依存をしなくてもよいように体勢を整えることは 持続可能な地域づくりにとっても重要なことである。口頭伝承を地域資源とするエコツーリズムは その一つとして有効な手段である。
島の子供たちは少子化が進んでも口頭伝承が継承されていることがわかった。観光ガイドはいな くなったが、直島伝説を継承する語り部はまだ大勢いる。今の小学生や中学生は直島らしい暮らし ぶりについて詳しい話を聞くことができる最後の世代かもしれない。
観光者が来ることで、見てもらうために観光資源を磨こうとする、また人に見てもらうことで地 域住民の誇りがうまれる。伝説の場所を荒れたまま放置しないという自発的な内発的発展に結びつ く。島外企業に依存しすぎないリスクマネジメントとしても、口承伝承の継承は持続可能な地域づ
くりのモチベーションとなるのではないか。
6.おわりに
本研究は、近代化を通じて「行き過ぎた開発」が自然環境や地域社会の生態系に与えた影響につ いて考えるものである。過疎化と少子高齢化が進行しつつある地方都市の持続可能性と地域資源の 継承のあり方を、香川県直島町の口頭伝承の事例から明らかにすることをこころみた。
行き過ぎた開発によって自然環境や社会環境に影響を与えすぎると、生態系のバランスが維持で きなくなってしまう。この反省と、持続可能な地域づくりを目的とするエコツーリズムが1970年代 頃からはじまった。口頭伝承も地域の「宝」の一つの地域資源であり、よく磨くと観光商品になる。
直島に語り継がれる口頭伝承について説明し、直島の人口減少と少子化の問題の構造を説明した。
直島町立直島中学校、直島町立直島小学校の生徒に向けたアンケートを通じて、直島の口頭伝承 は子どもたちに継承され続けていることがわかった。しかし高齢者のように近親者を通じて語られ た伝承ではなく、学校の先生、友達、本を読んで知ったという、今の高齢者とは異なる情報伝達が なされていた結果、学年ごとに知識が異なっている面もあった。それもまた新しい地域文化の多様 性とも言える。
アート観光、インバウンド観光で華やかな直島では、島を語るガイドが高齢でいなくなり後継者 がいない。そのため伝説の場所は人の手が入らず荒れている。しかし子供たちに知識は伝承されて いるし、語り部もまだ大勢いることから、エコツーリズムを導入することで、観光者に伝説の場所 を見てもらう、直島伝説を地域の「宝」の資源として価値の再認識をすることで住民が地域の誇り をもつ、持続可能な地域づくりの一手段として有効である。
謝辞
本研究のために調査にご協力いただきました直島町長の小林眞一氏、NPO法人直島町観光協会の 藤井重典さま、元観光ボランティアガイドで語り部の田中春樹さま、旅館志おやの村尾由紀子さま、
直島町立直島小学校の榧貴志校長先生、直島町立直島中学校の木村りさ校長先生、小倉勇介教頭先 生、生徒のみなさんをはじめとする直島町の皆様にはたくさんのご支援をいただきました。瀬戸内 海歴史民俗資料館の田井静明館長、芳澤直起主任には専門家の立場から調査のアドバイスを賜りま した。 心から感謝申し上げます。
就実大学三枝省三教授には、直島の暮らしについてたくさんのことを教えていただき、貴重な資 料をお貸し頂いただけでなく、最初にフィールドに入るときに重要な人つなぎをしていただきまし た。心から感謝申し上げます。
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