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所有権留保における物権変動と対抗要件について

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所有権留保における物権変動と対抗要件について

—最高裁平成 22 年 6 月 4 日判決を契機として—

山 下  良

脇阪明紀先生、徳永賢治先生のご退官に際しまして、心よりお慶びを申 し上げるとともに、両先生の今後のますますのご活躍とご発展を、心より 祈念申し上げます。

一 はじめに

 所有権留保とは、代金の割賦払いによる売買契約において、売買代金債 権を担保するために、代金の完済まで目的物の所有権を売主が留保すると いう取引形態である。買主が代金を完済すれば目的物の所有権は買主に移 転するが、代金の支払いを怠った場合、売主は、留保していた所有権に基 づいて買主から目的物を引き揚げて、当該目的物によって残債務の弁済を 受けることになる。所有権留保は、主として自動車などの高額動産の売買 代金債権を担保する手段として、広く用いられている。

 また、今日では、売主・買主の二者間で行われる通常の所有権留保(い わゆる売主所有権留保)だけでなく、売主・買主・信販会社の三者間で行 われる所有権留保(いわゆる第三者所有権留保)も盛んに行われている。

第三者所有権留保では、売主・買主間の売買契約と、買主・信販会社間の 立替払契約が同時に締結され、売主は目的物を買主に引き渡し、信販会社 は売主に売買代金の立替払をし、買主は信販会社に立替金等(金利・手数 料込)の割賦払をすることになる。このとき、売主・買主間の売買契約で は、代金の完済まで目的物の所有権は売主が留保することが取り決められ、

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買主・信販会社間の立替払契約では、立替金等の完済まで目的物の所有権 は信販会社が留保することが取り決められる。

しかし、ここで問題となるのは、目的物の所有権が、どのように移転す るのかということである。すなわち、売主・買主間の売買契約では、売買 代金完済まで目的物の所有権は売主が留保することが取り決められている が、その売買代金は、信販会社が立替払をすることにより、直ちに完済さ れる。そして、買主・信販会社間の立替払契約では、立替金等の完済まで 目的物の所有権は信販会社が留保することが取り決められている。このと き、目的物の所有権は、売買代金完済によっていったん買主に移転してか ら、改めて担保として信販会社に供されるのか、または、売主から信販会 社に直接移転するのかが問題となる。

この点について、自動車の第三者所有権留保売買における従来の実務で は、買主・信販会社間の立替払契約において、売主が留保していた目的物 の所有権は、立替払によって信販会社に移転し、登録名義のいかんを問わ ず、信販会社が留保する、という取り決めがなされるのが通常であった。

そして、信販会社による立替払の後も、目的物である自動車の登録名義は、

売主のままであることが通常であった。登録名義を売主にとどめるのが常 態化した理由は、①信販会社は、日々大量に全国各地で締結される立替払 契約について、その都度人員を立ち会わせ、登録名義を信販会社にするた めの手続を行うことがコスト的にできないので、契約書の作成および自動 車の登録を売主に事務委託することにより、信販会社の事務および費用負 担を軽減するため、②登録名義を信販会社にした場合、信販会社が自動車 税(地方税法 145 条 2 項)および自動車取得税(同法 113 条 1 項)を課さ れるのではないかという疑問があったため、③信販会社としては、買主に 対する立替金等債権を担保するためには、買主による目的物の転売を予防 するだけで十分であると割り切れば、売主に登録名義を残しておくだけで 足りるためである(注 1)

このような実務は、特に問題となることなく運用されていたが、近時、

このような実務に大きな影響を与え得る最高裁判決が登場した。これが、

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最高裁第二小法廷平成 22 年 6 月 4 日判決・民集 64 巻 4 号 1107 頁(以下、

「平成 22 年最判」という。)である。平成 22 年最判は、自動車が第三者所 有権留保によって売買されたが、買主が民事再生手続に陥ったため、信販 会社が留保していた所有権に基づき自動車の引渡しを求めたところ、買主 は、民事再生法 45 条に基づき、信販会社は当該自動車について所有権移 転登録を経由していないので、別除権を行使することはできないと主張し て争ったという事案である。これについて最高裁は、当該自動車について、

民事再生手続開始の時点で信販会社を所有者とする登録がされていない限 り、売主を所有者とする登録がされていても、留保した所有権を別除権と して行使することは許されないと判示して、信販会社の別除権行使を認め なかった。

この平成 22 年最判により、買主が法的倒産手続に陥った場合、信販会 社は従来の第三者所有権留保の方式では所有権留保の実行ができなくなる のではないかということになり、実務は大きな衝撃を受けた。しかし、こ の平成 22 年最判は、その意味するところや射程が明確ではなかったため、

議論に少なからず混乱をもたらした。すなわち、民事再生法 45 条は、民 事再生手続開始前に生じた原因に基づき手続開始後になされた登記・登録 等は、再生手続の関係においてはその効力を主張することができないと定 めているが、最高裁が登録のない信販会社の権利行使を否定したのは、信 販会社と、民事再生手続における再生債務者を第三者関係ととらえ、従来 の第三者所有権留保の方式では対抗要件が具備されていないとしたからな のか、あるいは、対抗関係のあるなしを問わず、登記・登録がない限り権 利行使できないとしたからなのかが問題となる。また、最高裁のこのよう な判断は、第三者所有権留保一般に及ぶのかが問題となる。

そこで、本稿では、平成 22 年最判以前の所有権留保についての議論と、

平成 22 年最判、そして、平成 22 最判に次いで登場した東京地裁平成 22 年 9 月 8 日判決・判タ 1350 号 246 頁(以下、「平成 22 年東京地判」という。)

を概観して、平成 22 年最判の意味するところを検討し、所有権留保にお ける物権変動と対抗要件について、若干の考察を試みる。

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二 所有権留保についての従来の議論

 1 売主所有権留保についての学説

まず、所有権留保の基本形である、売主所有権留保についての従来の議 論を概観する。売主所有権留保については、売主から買主への所有権移転 を否定し、所有権は売主のもとに留まっているとする所有権的構成と、売 主から買主への所有権移転を肯定し、売主が有するのは担保権に過ぎない とする担保的構成の伝統的な理論的対立がある。また、所有権的構成、担 保的構成の中でも学説が細分化されており、議論が錯綜しているが、大別 すると、概ね以下のように分類できる(注 2)

 ・所有権的構成  ①停止条件説

所有権留保は、売買契約そのものは無条件に効力を生じるが、所有権の 移転については、買主の売買代金完済を停止条件として効力を生じるとす る見解である(注 3)。かつての通説であるが、これによれば、代金完済前の 買主が目的物を処分した場合は、刑法上横領罪を構成するとともに処分自 体が無効となり、買主が法的倒産手続に陥った場合は、売主は取戻権を行 使し得るとされていた。しかし、昭和 50 年代以降、所有権留保の担保と しての側面を強調する判例が登場してからは(注 4)、このような伝統的な停 止条件説をとる見解はみられなくなった。

以降の停止条件説では、代金完済前の買主にも、代金を完済することに より所有権を取得できるという条件付権利(民法 128 条、129 条)(債権 的な期待権、条件付所有権取得権などと表現されることもある)が帰属し ているとする見解が有力となり、この条件付権利に基づいて、買主の保護 が図られている(注 5)

 ②物権的期待権説

代金完済前の買主には、代金を完済することにより所有権を取得できる

(5)

という条件付権利が帰属しているとする点は停止条件説と同様であるが、

買主が目的物の引渡しを受けた後は、当該条件付権利は物権的性質を持っ たもの(物権的期待権)となり、売主の所有権行使を物権的に制約すると する見解である(注 6)。これによれば、代金完済前の売主が目的物を他に処 分した場合、買主の条件付権利を侵害したことによる損害賠償義務を負う のみならず、当該処分は、買主の所有権取得を妨げる限度で、物権的に無 効となる。

 ・担保的構成  ③担保権的構成説

所有権が売主と買主に分属していることを肯定して、売主には残代金を 被担保債権とする担保権(留保所有権)が帰属し、買主には所有権から当 該担保権を差し引いた物権的権利が帰属しているとする見解である(注 7)。 この見解は、債権者が担保の目的で有する所有権を担保権にまで減縮する という点で、譲渡担保についての担保的構成(特に設定者留保権説)に類 似するものであるといえる。

 ④動産抵当権説

所有権が買主に移転していることを肯定して、売主は目的物に抵当権を 設定しているのであるとする見解である(注 8)。この見解は、売主の有する 所有権が実質的には担保権であるというのであれば、法形式のうえでも売 主は担保権者であると構成するべきであるとしており、担保の目的をより 徹底しようとするものであるといえる。

このような所有権的構成と担保的構成の対立は、同じく非典型担保であ る譲渡担保と並列的に語られることが多いが、譲渡担保の場合は、もとも と債務者のものであった所有権が債権者に移転するかという問題であるの に対し、所有権留保の場合は、もともと債権者のものであった所有権が債 務者に移転するかという問題である点に違いがある。譲渡担保においては、

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かつて所有権的構成がとられていたが、債権者による目的物の丸取りが問 題となったため、債権者の権利を制限する方向で議論がなされてきたとい う経緯から(注 9)、現在では担保的構成が有力となっている。このような傾 向は、所有権留保についての議論にも影響を及ぼしており、特に、最高裁 第三小法廷平成 21 年 3 月 10 日判決・民集 63 巻 3 号 385 頁(注 10)が登場し てからは顕著となっているが、所有権留保においては、被担保債権である 売買代金債権と目的物の価額が概ね釣り合うため、丸取りはあまり問題と ならず、債権者の権利を制限する必要が譲渡担保ほどには大きくなかった ため、現在もなお所有権的構成が有力である。

 これらの学説を、対抗要件具備の必要性の観点からみると、所有権的 構成では、所有権は売主から買主に移転していないので、売主の所有権留 保について独自の対抗要件は観念できず、対抗要件具備の必要はないとい うことになる。強いて挙げれば、買主が所有権者であるとの公示をしない ことが、売主の所有権留保の公示であるということができる。

これに対して、担保的構成では、売主は担保としての留保所有権を取得 し、買主は所有権のそれ以外の部分を取得したということになるので、売 主の所有権留保について独自の対抗要件を具備する必要があるということ になる。その方法は、登記・登録制度がある動産であれば登記・登録をす ること、ない動産であれば、買主から占有改定による引渡しを受けること である(注 11)

 2 第三者所有権留保についての学説

次に、第三者所有権留保についての学説を概観する。前述の通り、第三 者所有権留保では、売主が売買代金債権を担保するために目的物の所有権 を留保するとしても、その売買代金債権は、信販会社の立替払によって直 ちに消滅してしまうため、これをどのように考えるかが問題となる。これ についての学説を整理すると、以下のように分類できる(注 12)

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 ①法定代位説

信販会社の立替払は第三者弁済であり、信販会社は買主の売買代金債務 の弁済について正当の利益を有するので、その求償権を確保するため、民 法 500 条、501 条により、信販会社は売主に法定代位することができ、目 的物の所有権は、弁済による代位の効果として、信販会社に法律上当然に 移転するとする見解である(注 13)。この見解は、売主・買主間の売買契約と、

買主・信販会社間の立替払契約を、それぞれ別個独立のものとみるのでは なく、可能な限り一つの取引関係と解釈しようとするものであるといえる。

しかし、売主の被担保債権(売買代金債権)と、信販会社の被担保債権(立 替金等債権)がまったく同一ではないという点が問題となる。

 ②特別の合意説

第三者所有権留保における目的物の所有権は、信販会社・買主間で担保 に関する特別な合意がなされた結果、売主から信販会社に移転するとする 見解である(注 14)。この見解は、売主の被担保債権(売買代金債権)と、信 販会社の被担保債権(立替金等債権)はまったく同一ではないので、売主 から信販会社への所有権の直接移転の根拠を、買主・信販会社間の合意に 求めるものであるといえる。しかし、立替払契約は買主・信販会社間で締 結されるのに、なぜ売主から信販会社へ所有権を直接移転させることがで きるのかという点が問題となる。

 ③譲渡担保説

目的物の売買契約は売主・買主間で締結されるのであるから、売買契約 において信販会社に直接所有権を移すことを定めていない限り、信販会社 の立替払による売買代金完済によって、目的物の所有権はいったん買主へ 移転し、改めて買主が信販会社へ譲渡担保に供したものとみるべきである とする見解である(注 15)。この見解は、立替払契約は買主・信販会社間で締 結されるものなので、売主・買主間での売買契約で定められていない限り、

目的物の所有権は原則として買主に移転するとするものであり、目的物の

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所有権移転経路について当事者間の合意に根拠を求めるという点では、特 別な合意説に類似するものであるといえる(注 16)。しかし、契約締結時の当 事者に、いったん買主が取得した所有権を改めて譲渡担保に供するという 意思があったと解することは困難であるという点が問題となる。

この学説の対立については、特に大きな議論となることはなく、従来の 実務では、法定代位説を前提として取引を行っていたようである。対抗要 件具備の観点からみると、法定代位説によれば、代位は譲渡とは異なり、

信販会社は独自に目的物の所有権を取得したわけではないので、売主が対 抗要件を具備していた限り、信販会社は対抗要件を具備しなくとも、債務 者その他の第三者に対抗することができるということになる。これに対し て、特別の合意説、譲渡担保説では、信販会社は独自に目的物の所有権を 取得したということになるので、自身の対抗要件を具備する必要があると いうことになる。その方法は、前述のように、売主所有権留保について所 有権的構成をとるのであれば、具体的な対抗要件は観念できず(強いて挙 げれば、買主が所有権者であるとの公示をしないことである)、担保的構 成をとるのであれば、登記・登録制度がある動産であれば登記・登録をす ること、ない動産であれば、買主から占有改定による引渡しを受けること である。

三 平成 22 年最判

 1 概要

以上のような所有権留保についての議論を前提として、次に、平成 22 年最判を概観する(注 17)

事案の概要は前述の通りであるが、これについて第一審(札幌地裁平成 20 年 4 月 17 日判決・民集 64 巻 4 号 1125 頁)は、次のように判示して、

本件信販会社は別除権を行使することができないとした。

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すなわち、民事再生法 45 条の趣旨は、再生をめぐる権利関係を、再生 手続開始決定の時点で固定し、その後の事情によって、権利者間の平等、

衡平が害されるのを防止することにある。つまり、実体的な権利変動につ いて、それが登記・登録を要する行為である場合は、その登記・登録の有 無により、再生手続開始決定時において、これを画一的に確定し、迅速で 安定した再生手続の実現を図ったものである。

本件では、売買契約と立替払契約が同時に成立し、同日、信販会社が売 主に売買代金を一括払いしたことが認められ、この時間的同時性や、信販 会社の所有権留保の被担保債権に手数料が含まれ、自己の利益のために契 約関係に入ったこと、および三者による契約の基本的機能に照らせば、信 販会社の有する所有権留保は、自己の利益のために設定した担保権である と認めるのが相当であり、これは、民事再生法 45 条に規定する「権利の 設定」に該当するから、その効力を民事再生手続において主張するために は、権利の設定者である信販会社自身の登録を要する(注 18)

これに対して、原審(札幌高裁平成 20 年 11 月 13 日判決・民集 64 巻 4 号 1179 頁)は、次のように判示して、本件信販会社は別除権を行使する ことができるとした。

すなわち、信販会社の立替払は、その効果として、弁済による代位が生 じる結果、売主の買主に対する本件自動車の売買代金債権およびその留保 所有権は、本来消滅するはずであるところ、信販会社の買主に対する立替 金および分割手数料債権を確保するために、これを信販会社に移転させ、

信販会社において立替金等債権の範囲内で上記売買代金債権およびその留 保所有権を行使することが法律上当然に認められるものであり、本件契約 における三者間の合意内容は、このことを確認したものと解するのが相当 である。

民事再生法 45 条は、権利主張に対抗要件が必要な場合に、再生手続の 開始決定前に権利を取得しても、それについて対抗要件を具備していない 限り、再生手続との関係では権利取得を主張できないことを定めたもので あり、これが必要でない場合には適用されないと解されるところ、本件信

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販会社は、売主からの本件自動車の留保所有権の移転について対抗要件を 経由することを要しないので、信販会社が売主に対する立替払により売主 から本件自動車の留保所有権を取得する場合には、民事再生法 45 条は適 用されない。

そして、最高裁は、次のように判示して、信販会社は別除権を行使する ことができないとした。

すなわち、「本件三者契約は、販売会社において留保していた所有権が 代位により被上告人(筆者注:信販会社)に移転することを確認したもの ではなく、被上告人が、本件立替金等債権を担保するために、販売会社か ら本件自動車の所有権の移転を受け、これを留保することを合意したもの と解するのが相当であり、被上告人が別除権として行使し得るのは、本件 立替金等債権を担保するために留保された上記所有権であると解すべきで ある。すなわち、被上告人は、本件三者契約により、上告人(筆者注:買 主)に対して本件残代金相当額にとどまらず手数料額をも含む本件立替金 等債権を取得するところ、同契約においては、本件立替金等債務が完済さ れるまで本件自動車の所有権が被上告人に留保されることや、上告人が本 件立替金等債務につき期限の利益を失い、本件自動車を被上告人に引き渡 したときは、被上告人は、その評価額をもって、本件立替金等債務に充当 することが合意されているのであって、被上告人が販売会社から移転を受 けて留保する所有権が、本件立替金等債権を担保するためのものであるこ とは明らかである。立替払の結果、販売会社が留保していた所有権が代位 により被上告人に移転するというのみでは、本件残代金相当額の限度で債 権が担保されるにすぎないことになり、本件三者契約における当事者の合 理的意思に反するものといわざるを得ない。

そして、再生手続が開始した場合において再生債務者の財産について特 定の担保権を有する者の別除権の行使が認められるためには、個別の権利 行使が禁止される一般債権者と再生手続によらないで別除権を行使するこ とができる債権者との衡平を図るなどの趣旨から、原則として再生手続開 始の時点で当該特定の担保権につき登記、登録等を具備している必要があ

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るのであって(民事再生法 45 条参照)、本件自動車につき、再生手続開始 の時点で被上告人を所有者とする登録がされていない限り、販売会社を所 有者とする登録がされていても、被上告人が、本件立替金等債権を担保す るために本件三者契約に基づき留保した所有権を別除権として行使するこ とは許されない」。

 2 学説の評価

以上が平成 22 年最判の概要であるが、この平成 22 年最判は、その意味 するところが明確でなく、大きな議論をもたらした。平成 22 年最判が残 した問題は、大別すると 2 つに分けられる。

1 つ目は、最高裁は第三者所有権留保について、いかなる法的構成をとっ たのかという点である。すなわち、第一審は、売主・買主・信販会社の三 者の合意により、信販会社が自己の利益のために所有権留保を設定したの であるとした。原審は、第三者所有権留保について法定代位説をとること を明示し、本件立替払契約はこれを確認したものであるとした。これに対 して、最高裁は、本件立替払契約は、信販会社が立替金等債権を担保する ために、売主から本件自動車の所有権の移転を受け、これを留保すること を合意したものと解するのが相当であるとした。最高裁のこのような判示 は、特別の合意説に親和的であるが、最高裁は第三者所有権留保一般につ いて、法定代位説を否定して、特別な合意説をとったものであるのかが問 題となる。

2 つ目は、売主所有権留保の法的構成とも関連するが、最高裁が、民事 再生手続において信販会社が別除権を行使するには、信販会社自身の登記・

登録等が必要であるとした理由は何かという点である。すなわち、民事再 生法 45 条は、民事再生手続開始前に生じた原因に基づき手続開始後にな された登記・登録等は、再生手続の関係においてはその効力を主張するこ とができないと定めているが、その理由については、民事再生手続開始に よって、再生債務者は第三者性を有するので、これに対抗するためには対 抗要件の具備が必要となるからであると解するのが一般的である(以下、

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「第三者性肯定説」という。)(注 19)。これに対して、民事再生法 45 条は、

単に開始決定後になされた登記・登録等の効力の問題であり、再生債務者 との対抗問題が生じることを規定したものではなく、登記・登録等を権利 保護要件としたものであるとし、再生債務者の第三者性を否定する見解が ある(以下、「第三者性否定説」という。)(注 20)

第三者性肯定説をとる場合、信販会社が有する所有権留保が第三者対抗 力を有していれば、登記・登録がなくとも別除権を行使できることになる。

そして、最高裁は本件立替払契約について法定代位説をとっていないので、

信販会社は自身の対抗要件具備を求められることになるが、前述のように、

売主所有権留保において所有権的構成をとる場合、具体的な対抗要件は観 念できず、担保的構成をとる場合、信販会社が登記・登録(その制度がな い場合は占有改定)をすることが対抗要件となる。

これに対して、第三者性否定説をとる場合、民事再生手続においては端 的に登記・登録のない信販会社の権利行使が否定される(登記・登録が権 利保護要件となる)ので、売主所有権留保についての所有権的構成、担保 的構成の議論には影響を受けず、信販会社は別除権を行使しようとする場 合、常に登記・登録を求められることになる。

この点について、第一審は、民事再生法 45 条の趣旨について、権利関 係を再生手続開始決定の時点で固定し、迅速で安定した再生手続の実現を 図ったものであるとした。このような判示は、対抗関係を持ち出さずに手 続の迅速化を強調していることから、第三者性否定説に親和的である。原 審は、民事再生法 45 条について、権利主張に対抗要件が必要な場合には、

対抗要件を具備していない限り再生手続との関係では権利取得を主張でき ないが、これが必要でない場合には適用されないとした。このような判示 は、第三者性肯定説に親和的である。これに対して、最高裁は、民事再生 法 45 条を「参照」して、他の一般債権者との衡平を図るなどの趣旨から、

信販会社自身の登記・登録等が必要であるとしている。このことから、最 高裁が第三者性肯定説をとり、さらに売主所有権留保について担保的構成 をとったものとも考えられるが、第三者性否定説をとり、端的に登記・登

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録のない信販会社の権利行使を否定しただけであるとも考えられ、平成 22 年最判の判示からは、この点は明確ではない。

この平成 22 年最判に対する学説の評価は、1 点目については、最高裁 は法定代位説そのものを否定したわけではなく、当該事案の約定において は法定代位が認められなかっただけであり、約定の内容によっては法定代 位が認められる余地はあるとする見解(注 21)と、法定代位説そのものを否 定したものであるとする見解(注 22)がある。前者は、最高裁が明示的に法 定代位説を否定していないことをその論拠とし、後者は、売主の被担保債 権である売買代金債権と、信販会社の被担保債権である立替金等債権は異 なるので、約定によっても、法定代位では信販会社の金利・手数料を取り 込むことは困難であるという点をその論拠としている。

また、2 点目については、最高裁が第三者性肯定説をとったものである とする見解(注 23)と、第三者性否定説をとったものであるとする見解(注 24)

がある。前者は、①本件における登録を権利保護要件と考える場合、その 理由は、対抗要件具備の有無という形式的・画一的判断による迅速な手続 という点を強調するしかないが、そのような見解は一般的ではなく、実体 法上の権利を不当に剥奪するもので妥当ではない、②売主の被担保債権は 売買代金債権であり、信販会社の被担保債権はそれを上回る立替金等債権 なので、この超過部分で、信販会社と再生債務者は対抗関係に立つ、③目 的物は売主の所有権留保によって債務者の一般財産から切り出され、対抗力 を得たのに、売主から信販会社に別除権行使の主体が変わっただけで、手続 開始前に登録のない信販会社の別除権行使を否定して目的物が債務者の一般 財産に復帰するとすれば、再生債務者に棚ぼたの利益をもたらす(注 25)、④平 成 22 年最判が第三者という用語を用いていないのは、第三者の文言を使 用するまでもなく、民事再生法の規定の趣旨に基づき、第三者性の内容に ついて説明が可能であるからである、といった点をその論拠としている。

これに対して、後者は、①本件における登録を対抗要件と考える場合、

必然的に所有権留保について担保的構成をとらざるを得ないが、所有権留 保において担保的構成は一般化しておらず、このような特殊な構成を特に

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理由も示さないまま最高裁が採用したとは考えにくい、②再生債務者が第三 者性を有することを理由としてしまうと、信販会社との関係で対抗要件の欠 缺を主張する正当な利益を有していない、あるいは、信販会社の登録欠如を 主張するのは信義則に反するといった反論を許す余地がある(注 26)、③再生手 続が開始されたら、他の一般債権者は個別の権利行使を禁止されて、債務 者の財産への差押えも許されなくなるので、信販会社が別除権を行使する のであれば、手続開始前に別除権を行使できる地位を確保しておかなけれ ばバランスを欠く(他の債権者よりも優位に取り扱うことを正当化する事 由が必要である)、といった点をその論拠としている。

 

四 平成 22 年東京地判

 1 概要

以上のように、平成 22 年最判の評価については見解が分かれている状 況にある。このような状況下で、平成 22 年最判に次いで登場したのが、

平成 22 年東京地判である(注 27)

平成 22 年東京地判は、売主と買主の間で基本契約が締結されたうえで、

家庭用雑貨等の動産が売主所有権留保によって売買されたが、買主につい て民事再生手続の開始決定がなされたため、売主が所有権に基づいて目的 物の引渡しを請求した事案である。

これについて東京地裁は、次のように判示して、売主の請求を棄却した。

すなわち、本件基本契約においては、売主が買主に商品を納入した後、

売買代金の支払を受けるまでの間に、買主による商品の処分を制限する定 めはなく、買主は売主から仕入れた商品を、代金支払の有無にかかわらず、

他に転売していた。そして、買主による転売は売主も認識しており、売主 も許容するところであったものと推認される。そうすると、本件の所有権 留保特約の下での売主・買主間の売買においては、個別に商品を売買する 際に、売買の対象である商品についての物的支配権を買主に移転すること が予定されており、その上で、買主から約定どおりに代金支払がなされな

(15)

い場合などに、売主が、買主との売買契約を解除し、売却した商品の引渡 しを受けることにより、実質的に売買代金債権を担保することが想定され ていたものと認められる。したがって、上記所有権留保特約は、売主のも とに商品の完全な所有権をとどめる趣旨ではなく、買主に所有権を移転し たうえで、売主が、売却した商品について担保権を取得する趣旨のもので あると解するのが相当である。

そして、売主が本件商品について有する権利は、所有権ではなく、担保 権の実質を有するものであるから、買主について開始された再生手続との 関係において、別除権として扱われるべきであると解されるところ、再生 手続が開始した場合において再生債務者の財産について特定の担保権を有 する者が別除権を行使するためには、個別の権利行使が禁止される一般債 権者と再生手続によらないで別除権を行使することができる債権者との衡 平を図るなどの趣旨から、原則として再生手続開始の時点で当該特定の担 保権につき登記、登録等の対抗要件を具備している必要があると解される

(民事再生法 45 条参照)。したがって、売主が本件商品について有する権 利(留保所有権)についても、再生債務者である買主に対してこれを主張 するためには、対抗要件の具備を要すると解される。

以上を前提とすると、本件商品は動産であるから、本件商品についての 原告の留保所有権の対抗要件は、引渡しであると解される(民法 178 条)

ところ、本件商品は、すべて買主に引き渡されているから、売主が対抗要 件を具備していたと認めることはできない。

なお、本件商品については、売主は、占有改定の方法によって占有を取 得し、対抗要件を具備する余地もあると考えられるが、本件基本契約にお いては、買主が、売主から納品を受けた本件商品を、代金支払の有無に関 わらず転売し引き渡すことが予定され、売主もこれを許容していたことや、

買主のもとにある在庫商品について、売主から仕入れた商品が、他の仕入 先から仕入れた商品と分別して保管されておらず、他の仕入先から仕入れ た商品と判別することができない状況であったことなどからすれば、本件 商品の売却に際し、占有改定がされたと認めることはできない。

(16)

 2 検討

平成 22 年東京地判は、いわゆる流通過程における所有権留保の事案で ある。流通過程における所有権留保においては、買主が目的物を他に転売 することが予定されているが、平成 22 年東京地判では、これについて、

本件所有権留保特約は、売主のもとに目的物の完全な所有権をとどめる趣 旨ではなく、買主に所有権を移転したうえで、売主が売却した商品につい て担保権を取得する趣旨のものであると解するのが相当であるとした。す なわち、第三者所有権留保における譲渡担保説と同様に、いったん買主が 取得した所有権を、改めて売主に譲渡担保に供したものであると理解して いることがうかがえる。流通過程における所有権留保についてのこのよう な理解は、それ自体が一個の問題であるが、ここでは、平成 22 年東京地 判の民事再生法 45 条についての解釈に着目する。

平成 22 年東京地判は、民事再生法 45 条を「参照」し、別除権者が別除 権を行使するためには、個別の権利行使が禁止される一般債権者と再生手 続によらないで別除権を行使することができる債権者との衡平を図るなど の趣旨から、原則として再生手続開始の時点で、登記・登録等の「対抗要 件」を具備している必要があるとした。このような判断は、民事再生法 45 条を「参照」している点では平成 22 年最判を踏襲しているが、そこで 求められる登記・登録等を「対抗要件」としている点で、平成 22 年最判 と異なっている。すなわち、平成 22 年最判は、民事再生法 45 条を「参照」

し、登録・登録等がなければ別除権を行使できないとしたが、それが対抗 要件なのか権利保護要件なのかを明らかにしなかったので、第三者性肯定 説と第三者性否定説の議論を引き起こした。これに対して、平成 22 年東 京地判は、これを対抗要件であると明示したため、第三者性肯定説を前提 としていると考えられる。そして、平成 22 年最判では、民事再生法 45 条 の趣旨が、登記・登録制度のない別除権にも及ぶ(それに代わる引渡し等 が必要となる)のかは明らかではなかったが、平成 22 年東京地判では、

求められているのは対抗要件の具備なので、登記・登録制度のない別除権 にも及ぶということになる。この点で、平成 22 年東京地判は、平成 22 年

(17)

最判をより明確化したものであるといえるが、平成 22 年最判について第 三者性否定説をとる立場からは批判されている(注 28)

そして、平成 22 年東京地判は、当該事案の目的物は登記・登録制度の ない動産であることから、引渡しおよび占有改定が対抗要件となるとする。

平成 22 年東京地判では、前述のように、流通過程における所有権留保に ついて譲渡担保説をとっていると考えられるので、ここで判断されている のは、実質的には譲渡担保の対抗要件である。占有改定の有無の判断基準 については、破産手続の事案とあわせて参考となるが(注 29)、本稿では詳細 には立ち入らない。

五 考察

以上のような議論状況を踏まえたうえで、平成 22 年最判の意味すると ころについて検討し、若干の考察を試みる。

まず、平成 22 年最判の射程が、第三者所有権留保一般に及ぶのか否か については、最高裁は、当該事案による売主・買主・信販会社の三者間の 合意を解釈して判断を下していることからすれば、平成 22 年最判の射程 が、直ちに第三者所有権留保一般に及ぶもの、すなわち、最高裁が法定代 位説を否定したものではないと考えられる。ただし、平成 22 年最判の事 案における三者間の取引条項は、第三者所有権留保における標準的な取引 条項であることを考えれば、同様の条項を用いる限り、平成 22 年最判の 射程は、事実上、第三者所有権留保一般に及ぶといえる。これに対して、

通常の第三者所有権留保とは異なる類型の三者間取引、たとえば、売主・

買主間の売主所有権留保で目的物が売買され、当該売買契約の代金債務を 信販会社が連帯保証するような類型には、平成 22 年最判の射程は及ばな いと考えられる(注 30)

次に、平成 22 年最判が、民事再生法 45 条について第三者性肯定説をとっ たのか、第三者性否定説をとったのかについて検討する。

まず、第三者性否定説をとるうえで最も大きな障害となるのは、信販会

(18)

社の別除権行使を否定する場合、目的物である自動車は、信販会社が権利 行使できない結果、いわば反射的に再生債務者の一般財産に組み込まれる ことになるが、それは衡平に反しないのかという点である。この点につい ては、第三者性否定説をとる立場からも指摘されている。買主による割賦 金支払がある程度以上進んでおり、もはや買主が目的物の所有権をほぼ取 得しているので、それを奪うことが他の債権者との衡平に反する(このよ うな考え方は、物権的期待権説に親和的である)のだとしても、それを判 断するためには当事者間の具体的事情の勘案が不可欠であり、それは第三 者性否定説の論拠の一つであった、形式的・画一的判断を行うことによる 手続の迅速化とは相容れないもののように思われる。また、このような判 断基準で平成 22 年最判の事案を見ると、買主は信販会社に対して 48 回中 7 回しか割賦金を支払っておらず、目的物の所有権をほぼ取得していたと は到底いえない状況であった(注 31)。そして、信販会社の別除権行使の可否 を実質的に判断するとしても、民事再生法 45 条を前提とする限り、信販 会社が自身の登録を備えていれば、買主による割賦金支払がどれだけ進ん でいたとしても別除権行使できることになり、実質的判断には限界がある。

したがって、平成 22 年最判は、第三者性否定説をとったものであるとし ても、当該事案の当事者間の事情について実質的に判断したうえで別除権 行使を否定したものではないと思われる。

このような理解を前提として平成 22 年最判の判示をみると、当該三者 間契約は、信販会社が自身の立替金等債権を担保するために、売主から自 動車の「所有権」の移転を受け、これを留保することを合意したものと解 するのが相当であるとした。そして、その理由として、信販会社の有する 立替金等債権は、売主の有していた売買代金債権を上回るものであり、こ れを担保するためには、弁済による代位によって、売主が「留保していた 所有権」を信販会社に移転するだけでは不足である点を指摘している。す なわち、売主が「留保していた所有権」は、売買代金債権を被担保債権と する所有権留保である。これをそのまま信販会社に移転させたとしても、

信販会社の有する立替金等債権のうち、売買代金債権額相当部分しか担保

(19)

できず、金利・手数料部分は担保できないことになる。そこで、平成 22 年最判では、信販会社の立替払いによって、売主の有する所有権留保は消 滅し、目的物の所有権は本来であれば買主に移転するはずのところを、合 意の効果として信販会社に移転し、信販会社が改めてこれを所有権留保し たと解釈したものと思われる。このような判断は、所有権的構成に親和的 である。なぜなら、担保的構成では、所有権は売主と買主に分属している

(売主が有するのは売買代金債権を被担保債権とする留保所有権)か、買 主に移転している(売主が有するのは動産抵当権)ので、信販会社の弁済 によって売主の所有権留保が消滅すると、買主が目的物の完全な所有権者 となるからである。したがって、平成 22 年最判は、所有権留保について 所有権的構成をとっているものと思われる(注 32)

それでは、最高裁は民事再生法 45 条について、第三者性肯定説をとっ ているのか、第三者性否定説をとっているのか。所有権留保について所有 権的構成をとる場合、おのずと第三者性否定説をとらざるを得ないとも考 えられる。なぜなら、所有権的構成では、所有権留保の具体的な対抗要件 は観念できず、平成 22 年最判の事案では、買主は一度も所有権者である という登録をしたことがないので、信販会社は別除権を行使できるはずだ からである。しかし、平成 22 年最判は、民事再生法 45 条を直接適用して おらず、「参照」して、その趣旨から、登録のない信販会社の別除権行使 を否定している。第三者性否定説をとるのであれば、民事再生法 45 条を 直接適用すればよいはずである。そこで、ここでは、平成 22 年最判を第 三者性肯定説で理解することが可能かについて検討する。

第三者性肯定説をとる場合、民事再生法 45 条で求められているのは、

対抗要件の具備である。すなわち、登記・登録制度がある場合は登記・登 録をすること、ない場合は引渡し等である。これを備えていない場合は、

民事再生手続において別除権行使を認められない。しかし、所有権留保だ けは、登記・登録も引渡しもなくして別除権を行使し得るとすれば、他の 一般債権者や担保権者に対して衡平を欠く。しかし、民事再生法 45 条を 直接適用する場合、信販会社が実体法上対抗力を備えている限り、信販会

(20)

社自身の登録がなくとも別除権行使を認めざるを得ない。そこで、平成 22 年最判は、民事再生法 45 条を「参照」し、その趣旨を適用することによっ て、登録のない信販会社の「対抗要件具備」を否定したのではないだろう か。すなわち、登録のない信販会社は、実体法上対抗力を有していたとし ても、法的倒産手続が開始された場合には、手続法上は対抗力を有してお らず、その結果として再生債務者に対抗できず、権利行使が否定されるの である(注 33)

このように解することによって、平成 22 年最判を、民事再生法 45 条に ついての第三者性肯定説、および、所有権留保についての所有権的構成と 整合的に理解できるものと思われる。また、平成 22 年最判に続く平成 22 年東京地判が、民事再生法 45 条について「対抗要件」としたことは妥当 であったと評価できる。

六 終わりに

本稿では、平成 22 年最判は、民事再生法 45 条について第三者性肯定説 をとり、所有権留保について所有権的構成をとったものであると位置づけ、

信販会社は実体法上は対抗要件を具備しているが、手続法上は対抗要件を 具備していないと解されることを述べた。しかし、さらに進んで、実体法 上の所有権留保が、法的倒産手続の開始によって、手続法上の所有権留保 に変動したため、売主(または信販会社)は、当該変動についての対抗要 件を要求されると考えることはできないだろうか。

すなわち、法的倒産手続が開始される前は、売主(または信販会社)は 目的物の所有権者であるが、法的倒産手続が開始された場合、当該所有権 が担保権(別除権)に変動するのである。法的倒産手続が開始された後は、

別除権者といえど、担保権実行手続中止命令や担保権消滅請求などにより、

完全に自由な権利行使は許されないのであるから、このような別除権は、

もはやそれ以前の所有権留保とは別のものであると解するのである(注 34)。 このような構成が可能であるかについて、さらに検討したい。

(21)

(注 1)小峯勝美「クレジット取引と自動車の所有権留保(5・完)」NBL435 号 23 頁以下

(1989 年 10 月)、佐藤昌義「クレジット会社の所有権留保」NBL463 号 40・41 頁(1990 年 12 月)。また、売主に登録をとどめる理由について、後掲平成 22 年最判の第一 審において、信販会社は、①信販会社は登録手続を売主に依頼することが多いので、

手続を重複させず、速やかな登録を実現するため、②自動車の売買では、売主から 買主への目的物の引渡後も、売主・買主間では、修理、整備、車検等で密接な関係 が続くので、売主に登録をとどめていた方が、買主の代金完済、顧客の代替、下取 り等の際の登録にスムーズに対応することができるため、③売主と信販会社は関係 が遠いので、信販会社が移転登録等の手続を担うとすれば、買主は、手続の度に厳 密な本人確認、証明書類の提出、車検証等の提出を求められ、売主が手続を担う場 合より多額の費用を支払わなければならなくなるので、買主の事務や費用負担を軽 減するためであると主張して、買主にとっての利益を強調している。

(注 2)売主所有権留保についての学説を整理するものとして、新田宗吉「所有権留保売 買における法律関係(二・完)」上智法学論集 20 巻 2 号 166 頁以下(1977 年 1 月)、

中野正俊「所有権留保」半田正夫編集代表『現代判例民法学の課題』456・457 頁(法 学書院、1988 年 9 月)、石川智之「所有権留保に関する一考察」日本大学大学院法 学研究年報 34 号 128 頁以下(2005 年 3 月)、松田佳久「所有権留保における物権 的期待権概念の必要性(2)」創価法学 43 巻 1 号 94 頁以下(2013 年 7 月)など。

(注 3)我妻榮『債権各論 中巻一』317 頁以下(岩波書店、1957 年 5 月)、末川博『民 法論集』125 頁以下(評論社、1959 年 5 月)

(注 4)最高裁第二小法廷昭和 50 年 2 月 28 日判決・民集 29 巻 2 号 193 頁は、自動車が、

サブディーラーからユーザーに売買された後でディーラーからサブディーラーに所 有権留保付で売買され、ユーザーはサブディーラーに代金を完済したが、サブディー ラーがディーラーに支払を怠ったため、ディーラーが売買契約を解除してユーザー に対して自動車の引渡しを請求した事案において、当該請求はディーラーが自ら負 担すべき代金回収不能の危険をユーザーに転嫁しようとするものであり、代金を完 済したユーザーに不測の損害を被らせるものであって、権利の濫用として許されな いと判示した。また、最高裁第三小法廷昭和 57 年 3 月 30 日判決・民集 36 巻 3 号 484 頁は、建設機械が所有権留保によって売買されたが、買主が会社更生手続開始 決定を受けたため、売主がいわゆる倒産解除特約に基づいて売買契約を解除して取 戻権を行使した事案において、売主の取戻権の行使を認めず、倒産解除特約につい ても、会社更生手続の趣旨・目的を害するものであるとして、その効力を否定した。

(注5)神崎克郎「所有権留保売買とその展開」神戸法学雑誌 14 巻 3 号 495 頁以下(1964 年 12 月)

(注6)竹下守夫「所有権留保と破産・会社更生(上)」曹時 25 巻 2 号 9 頁以下(1973 年 2 月)。また、道垣内弘人『担保物権法〔第 3 版〕』361 頁以下(有斐閣、2008 年 1 月)も、目的物の所有権は売主に留まっており、買主には物権的期待権が帰 属しているとするが、売主の有する所有権は担保目的に制限されたものであり、

買主の物権的期待権は、譲渡担保における設定者留保権と同様のものであるとし ていることから、後述の担保権的構成説に近い見解であると考えられる(松田・

前掲(注 2)100・101 頁参照)。

(注7)柚木馨=高木多喜男『法律学全集 19 担保物権法〔第三版〕』581 頁(有斐閣、

1982 年 9 月)、鈴木禄弥『物権法講義〔五訂版〕』403・404 頁(創文社、2007 年 11 月)

(注8)米倉明『所有権留保の実証的研究』36 頁以下、300 頁以下(商事法務研究会、

1977 年 9 月)

(注9)譲渡担保において、債権者の清算義務が確立されるまでの経緯について、拙稿・

明治学院大学法律科学研究所年報 32 号 237 頁以下(2016 年 7 月)。

(注 10)当該判決は、自動車が第三者所有権留保によって売買されたが、買主が自動車の 駐車場として賃借していた土地の賃料支払を怠ったため、土地所有者が賃貸借契 約を解除して、信販会社に対して車両撤去・土地明渡請求をした事案である。こ れについて最高裁は、次のように判示して、土地所有者の請求を棄却した原判決

(22)

を破棄し、本件を原審に差し戻した。すなわち、本件立替払契約では、信販会社は、

買主が立替金債務について期限の利益を喪失しない限り、自動車を占有、使用す る権原を有しないが、期限の利益を喪失して残債務全額の弁済期が経過したとき は、買主から自動車の引渡しを受け、これを売却してその代金を残債務の弁済に 充当することができる。所有権を留保した者(留保所有権者)の有する権原が、

期限の利益喪失による残債務全額の弁済期の到来の前後で上記のように異なると きは、「留保所有権者は、残債務弁済期が到来するまでは、当該動産が第三者の土 地上に存在して第三者の土地所有権の行使を妨害しているとしても、特段の事情 がない限り、当該動産の撤去義務や不法行為責任を負うことはないが、残債務弁 済期が経過した後は、留保所有権が担保権の性質を有するからといって上記撤去 義務や不法行為責任を免れることはないと解するのが相当である。なぜなら、上 記のような留保所有権者が有する留保所有権は、原則として、残債務弁済期が到 来するまでは、当該動産の交換価値を把握するにとどまるが、残債務弁済期の経 過後は、当該動産を占有し、処分することができる権能を有するものと解される からである」。当該判決の概要について、拙稿・明治学院大学法律科学研究所年報 31 号 298 頁以下(2015 年 7 月)。

(注 11)動産抵当権説では、動産抵当権の設定について特段の公示方法はない(売主であ る抵当権者には占有権もない)が、動産物権変動について、民法典が占有改定の ようなほとんど無意味に近い公示方法にも対抗力を付与していること、また、物 権に公示が要請されるのは第三者を保護するためであるが、買主からの譲受人は 民法 192 条によって、売主からの譲受人は民法 94 条 2 項類推適用によって保護さ れることからすれば、公示方法は伴っていないが、取引の需要に応ずるために動 産抵当権の設定に対抗力を付与するべきであるとしている(米倉・前掲(注 8)

37 頁、301 頁)。

(注 12)第三者所有権留保についての学説を整理するものとして、野村秀敏・金判 1353 号 14・15 頁(2010 年 11 月)、上江洲純子・ジュリ 1420 号 176 頁(2011 年 4 月)、

田頭章一・リマークス 43 号 135・136 頁(2011 年 7 月)、印藤弘二・金法 1928 号 82 頁(2011 年 8 月)、直井義典・香川法学 31 巻 1・2 号 12・13 頁(2011 年 9 月)、

杉本和士・慶應義塾大学法学研究 86 巻 10 号 96 頁以下(2013 年 10 月)、山田真紀・

最判解民平成 22 年度(上)385・386 頁(2014 年 3 月)、鈴木尊明「所有権留保 特約の解釈とその実行――民事再生手続における別除権行使が問題となった近時 の判決を素材にして――」早稲田法学会誌 64 巻 2 号 452 頁以下(2014 年 3 月)、

小原将照「所有権留保に関する議論の整序――平成 22 年最判を素材として――」

南山法学 39 巻 3・4 号 107・108 頁(2016 年 6 月)など。

(注 13)小峯・前掲(注 1)26・27 頁、千葉恵美子「割賦購入あっせん」福永有利編著『新 種・特殊契約と倒産法』42 頁以下(商事法務研究会、1988 年 9 月)、千葉恵美子「複 合取引と所有権留保」内田貴=大村敦志編『民法の争点』153・154 頁(有斐閣、

2007 年 9 月)

(注 14)安永正昭「所有権留保の内容、効力」加藤一郎=林良平編集代表『担保法大系〈第 4 巻〉』386 頁(金融財政事情研究会、1985 年 10 月)

(注 15)佐藤・前掲(注 1)38 頁以下、吉原省三「信販会社のファクタリングについて」

金法 785 号 8 頁以下(1976 年 4 月)

(注 16)佐藤・前掲(注 1)40 頁は、目的物の所有権が信販会社に直接移転するという定 めがあったとしても、当事者間の利益衡量、および、売買契約締結時の当事者の 意思のあり方からみて、法解釈上は売主から買主へいったん所有権が移転し、改 めて信販会社に譲渡担保に供されたものと解するべきであるとする。

(注 17)平成 22 年最判に関する文献として、(注 12)に掲げたもののほか、小林明彦・

金法 1910 号 11 頁(2010 年 11 月)、佐藤鉄男・民商 143 号 4・5 号 489 頁(2011 年 2 月)、山本和彦・金判 1361 号 68 頁(2011 年 3 月)、小山泰史・金法 1929 号 56 頁(2011 年 9 月)、和田勝行・京都大学法学論叢 170 巻 1 号 120 頁(2011 年 10 月)、田髙寛貴「所有権留保の対抗要件に関する一考察」清水元ほか編『財産 法の新動向』235 頁(信山社、2012 年 3 月)、田髙寛貴・金法 1950 号 48 頁(2012

(23)

年 7 月)、印藤弘二「所有権留保と倒産手続」金法 1951 号 62 頁(2012 年 8 月)、

関武志「民事再生手続におけるクレジット会社の法的地位(上)・(下)――最判 平 22・6・4 民集 64 巻 4 号 1107 頁の事件を素材にして――」判時 2173 号 3 頁(2013 年 3 月)・2174 号 3 頁(2013 年 3 月)、加毛明・倒産判例百選〔第 5 版〕118 頁(2013 年 7 月)、野村剛司・速報判解 13 号 165 頁(2013 年 10 月)など。

(注 18)第一審は、第三者所有権留保において、所有権が売主から信販会社へ移るとの文 言を設ける法的意味は、所有権留保の権利が信販会社にあることと、買主に完全 な所有権がないことにあり、売主のもとで発生した所有権留保が信販会社に移転 するとか、所有権がいったん買主に移転してから改めて譲渡担保に供されるといっ た迂遠な構成をする必要はなく、端的に、三者の合意により、信販会社に立替金 債権を担保するための所有権留保の権利を有する関係が発生すると解すれば足り ると述べており、従来の特別な合意説とは異なる判断を下していることがうかが

(注 19)福永有利監修『詳解 民事再生法〔第 2 版〕 ――理論と実務の交錯――』309・える。

310 頁〔山本和彦〕(民事法研究会、2009 年 10 月)、園尾隆司=小林秀之『条解  民事再生法〔第 3 版〕』165 頁〔園尾隆司〕(弘文堂、2013 年 4 月)。この見解は、

民事再生手続開始によって再生債務者が公平誠実義務を負うこと(民事再生法 38 条 2 項)、双方未履行双務契約について、再生債務者が契約の解除・履行の選択権 を有すること(同法 49 条)、再生債権者の相殺が制限されること(同法 93 条)な どをその論拠とする。

(注 20)園尾=小林・前掲(注 19)190 頁以下〔河野正憲〕。この見解は、民事再生法に おいては、手続開始決定は再生債務者に対する財産の処分制限を課すものではな いこと、再生債務者自身は否認権を行使できず、監督委員にその権限を与えてい ることなどをその論拠とし、再生債務者に対して財産の処分制限(民事再生法 41 条)がなされたり、監督命令に基づく処分制限(同法 54 条)がなされた場合にの み、第三者性を有するとする。

(注 21)野村秀敏・前掲(注 12)17 頁、田頭・前掲(注 12)136・137 頁、小林・前掲(注 17)13 頁、田髙・前掲(注 17)247・248 頁、田髙・前掲(注 17)金法 54・55 頁、

加毛・前掲(注 17)119 頁

(注 22)野村剛司・前掲(注 17)167・168 頁。また、柚木馨=高木多喜男編『新版注釈 民法(9) 物権(4)〔改訂版〕』741 頁〔安永正昭〕(有斐閣、2015 年 9 月)は、

平成 22 年最判は、当該事案における合意の解釈という体裁であるが、信販会社に よる所有権留保の事案には一般的に当てはまるものであるとする。

(注 23)小林明彦・前掲(注 17)12・13 頁、佐藤・前掲(注 17)497 頁以下、和田・前 掲(注 17)129 頁、園尾=小林・前掲(注 19)166 頁〔園尾〕。また、野村秀敏・

前掲(注 12)16 頁は、結局は個別の問題の解決に際して具体的、実質的考慮が必 要であるならば、第三者性を前提にした方が説明しやすい多くの規定(民事再生 法 38 条 2 項、49 条、93 条など)があることを鑑みて、消極的に第三者性肯定説 に賛同している。

(注 24)杉 本・ 前 掲( 注 12)98 頁 以 下、 鈴 木・ 前 掲( 注 12)463・464 頁、 印 藤・( 注 17)67・68 頁、関・前掲(注 17)(下)6・7 頁、園尾=小林・前掲(注 19)195 頁〔河野〕

(注 25)田頭・前掲(注 12)137 頁は、平成 22 年最判の判示は、対抗問題や第三者保護 のような二者択一型の判断ではなく、別除権者の地位を一般債権者との衡平の見 地から実質的にとらえていこうという態度であると評価することができるとしつ つ、売主の従前の地位を引き継いだ信販会社が把握している目的物の価値を、民 事再生手続が開始されたという理由だけで一般債権者に移転することは、一般債 権者全体に対して衡平に反する利益を与えることになるとする。

(注 26)直井・前掲(注 12)13 頁以下は、平成 22 年最判の判示は、信販会社が第一審に おいて、実質論として当該自動車の買主の所有であると再生債務者が信頼する基 礎は存しないという主張を行っていたことに対応したものと考えられるとする。

(注 27)平成 22 年東京地判に関する文献として、鈴木・前掲(注 12)465 頁以下、印藤

参照

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