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総 説 がん患者のリハビリテーション Cancer and Rehabilitation

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(1)

はじめに

嘗ては,あからさまな病名告知すら憚られる傾向の あった“がん(癌)”であるが,医学の進歩によって,

殊に今世紀に入ってからは極めて希望を与えるような 治療成績が発表されるようになってきた.がん患者の 長期生存,治癒が実現されつつある現況である.言葉 を換えれば,がん患者の QOL を向上させるべく治療

早期からリハビリテーション(以下,リハビリ)の理 念を考慮する時代に突入したのである.以下,現在ま でのがん医療のあらましと問題点を述べ,新しい時代 のリハビリ技術の構築の参考としていただければ幸い である.

がん治療の“むかしばなし”

人類は大昔から“がん”に苦しめられてきただろう

Corresponding author:

新潟リハビリテーション大学

〒958-0053 新潟県村上市上の山 2 -16 Tel:0254-56-8292

Fax:0254-56-8291 E-mail:[email protected]

がん患者のリハビリテーション Cancer and Rehabilitation

大 澤 源 吾

新潟リハビリテーション大学 教授

キーワード:がんのリハビリ,免疫チェックポイント阻害薬,がん免疫療法,分子標的療法,癌サバイバー,細胞周 期チェックポイント

要旨 20世紀には,“がん”を治す“くすり”はなかった.がんはできるだけ早期に見つけて手術的に摘出 せねば,必ずヒトを死に追いやる病気であった.リハビリの介入の余地は殆どなかった.

しかし,20世紀後半の遺伝子ゲノムの解析と免疫病態の分子生物学的解明の進展とが,21世紀のがん診療 を一変させようとしている.がんを治療する“くすり”が作られ,それによる長期生存が一部で可能になっ たのである.治療法は未完成だが刻々と変遷を繰り返しながら拡がりつつある.この辺の事情を,甚だ表面 的ながらお伝えした.

そして,がん患者の QOL 向上のためにもがん患者のリハビリテーションを積極的にすすめる時代に向

かっているのである.そのためには医療関係者の努力のほかに,社会全体が“がん患者”に対する理解を深

める必要がある.

(2)

ことは古い遺跡・遺物や考古学が教えてくれるところ であるが,これほど身近なものとしてとりあげられる ようになったのは現代になってからである

1 , 2 )

.紀元 前のはるか古い時代のエジプトの文書に乳房の腫瘍に ついての最古の記載があるという

1 )

.しかし,人類の 歴史のなかではごく近代まで平均寿命の短かい時代が 続き,がんを発病する以前に飢え,怪我や負傷,ある いは感染症で多くの人が亡くなっていたと想像され る.下水道などの都市衛生工学や現代医学の発達のお かげで,人類を苦しめてきた感染症が著しく減ったこ とと平均寿命の延長が相俟って,そして,それに加え て工業化や食生活などの環境の変化によるがん発病率 の上昇もあって,20世紀の後半から“がん”という病 気が特に身近な話題となってきたのである.

古代ギリシャ時代の医師ヒポクラテス(紀元前 4 〜 5 世紀頃)が,皮膚にできたカニの甲羅のようにごつ ごつして硬く,その周りに血管がカニの脚のように膨 れ上がって治らない腫瘍をカルキノス(カニ)と呼ん だ.これが語源となって“がん”を英語で Cancer,

独逸語で Krebs と呼んでいる.内臓のがんに注目す るようになったのはヨーロッパでもさらに遅れて18世 紀になってからであり,解剖が行われ内臓の異常に気 づき,それを“がん”と診断するようになったのは18 世紀の後半だという

2 )

日本では江戸時代に華岡青洲が己の調合した薬によ る全身麻酔の下で乳がん患者を手術した

3 )

のが19世 紀の初期であるが,“内臓のがん”に注目し出したの は遙かに遅れて西洋医学が導入された明治時代に入っ てからである.詳しい病状の記載が残っている武田信 玄や徳川家康などが胃がん,蒲生氏郷が大腸がんだっ たのではないかと推測されている

2 )

が,立証は不可 能である.

20世紀中葉の“がん治療”

1972年に刊行された内科書

4 )

を開いてみよう. 「悪 性腫瘍の治療」の項には,「今日のところ,悪性腫瘍 はその発生した局所に固定している時期に,うまく摘 出しないかぎり不治の病である.例えば,直径 2 cm 以下の肺癌であれば他の内臓への転移も少なく,完全 に摘出でき,治癒率も高いといわれているが,かかる 例はむしろ稀で,肺癌全体についてみると,診断確定 後 1 年以上生存する例は 1 〜 2 割に過ぎない.……内 科医は悪性腫瘍患者に接した場合,まず,観血療法が 可能か否か,外科医と緊密な連絡をとって,手術侵襲 が影響を与えるような余病がないか否かを検索する.

……」とある.

世界的にも同様な考え方であり,悪性腫瘍全般につ いて,“TNM 分類”が国際的に統一して試みられて い た. こ の T は 腫 瘍 Tumor,N は 局 所 リ ン パ 節 regional lymph Node,M は 遠 距 離 の 転 移 distant Metastasis を示す記号で,理学的,臨床検査的方法で 各々の程度を悪化病変の拡がりとして 0 〜 3 の 4 段階 に分けたもので,各腫瘍毎に分類表があるので,それ を参考にして,例えば,T

1

N

0

M

0

,T

2

N

1

M

0

などと記載 する.最初の TNM 分類で患者の予後を推測したり,

治療法の選択の有力な参考資料としたのである.

このような医療の歩みの中での経験から,がんに打 ち勝つためには,より早期の発見・診断が必要である ことが認識されるに至ったのである.しかし,1950年 代の診療ではがんに伴う何らかの愁訴が出現してから 受診する人がまだ多かった.また,内視鏡も未発達 で,僅かに造影剤を使ったレントゲン診断技術を手に しただけの,当時の幼稚な検査技術では確定的な診断 を下せない事態も多かったことも確かで,躊躇した病 気告知になりやすかった.患者への“がん”という病 名告知は死刑の宣告に近いものになる可能性もあり,

“思い遣り”のこもった,技術を要するものであった.

こうした躊躇した病気告知は,現今の医療倫理の視点 に立てば,もちろん,父権主義(パターナリズム)の 誹謗を免れ得なかったに違いない.

筆者の脳裏を過

ぎる映画があった.巨匠黒澤明が監 督した「生きる」である.細かい内容は疾うに消え 去っているが,俳優志村喬が演ずる初老の男が,己の

“がん”を密かに悟って,前途を打ち拉がれ,夜の歓 楽街をさ迷っていた.バックグランドに奏でられた音 楽が「ゴンドラの唄」で,おそらく,この謹厳で遊び を識らない男の青春時代の流行歌だったのではあるま いか. 「命短かし恋せよ乙女,紅き口唇色あせぬ間に,

熱き血潮の冷えぬ間に,明日の月日はないものを(正 確な歌詞は覚えていない)」 .しかし,やがて彼は「本 当の生き方」に気づき,たしか市役所か何かの課長職 の役柄だったと思うが,それまでの因襲的,消極的な 仕事ぶりから変化して,部下を激励し,反対勢力を説 き伏せたりして,街なかの人達が欲しがっていた施設

(公園だったか?)を作り上げてから静かにこの世を

去った.公園のブランコに揺られながら,淋しそう

に,しかし満足気に星空を見上げていた姿は,バック

のゴンドラの唄のメロディーと共に小生の記憶に妙に

焼きついている.1952(昭和27)年の作品である.さ

すが日本の代表的知識人黒澤監督であると,病名告知

(3)

問題に対する慧眼と社会行動派的表現とに恐れ入るば かりであるが,一般の常識的,保守的,固陋な心情に は未だそれほどの先進性はなく,かなりの隔たりが あったと思っている.

急性白血病や肺癌の治療

今世紀の進歩した治療を述べる前に,比較する意味 で, 「20世紀後半のがん治療」にもうしばらくつき合っ ていただきたい.

“がん”という名前はついていないが,「白血病」も 立派な“がん”で,幼若で異常な白血球細胞が急速に 増えてきて,骨髄を占拠して赤血球や血小板も造れな くするので,貧血や出血も起こりやすくなり,その人 を死に至らしめる病気である.その治療としてまず抗 がん薬を使ってがん化した白血球細胞を全部破壊して しまう. 「皆殺し作戦」(total cell kill)と呼ばれる

5 )

. 白血球はご承知の通り,体の中に入ってきた細菌や ウィルスを退治するという大切な機能をもっているの だから,白血病の患者は抗がん薬の使用によってさら に感染症をおこしやすくなるので,感染が起こらない よう無菌室に隔離し,食事も看護も診療も厳重な注意 のもとで行われる.使用する抗がん薬も,特に初期の 抗がん薬では,がん細胞だけでなく,全身の正常な細 胞にも影響するので(これをがん細胞のみに作用する という「選択性が低い」と表現する),頭髪が抜けた り,細胞分裂の活発な消化管粘膜上皮細胞も傷害され て食欲がなくなったり吐き気がおこったりする.抗が ん薬の“副作用”と呼ばれる症状である.がん細胞を 一挙に殺してから健常な白血球が増えてくるのをまつ のである.顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を使用 したり,骨髄移植もこの時に選択されるのである.

肺癌は現今のリハビリ内科書にあるように,組織学 的に扁平上皮癌,腺癌,小細胞癌,大細胞癌の 4 つに 分けて説明してあることが多い.そして“治療”は小 細胞癌と非小細胞癌に分けて考えるのが一般的であっ た

6 )

.どのタイミングでの組織の場合でもはじめは TNM 分類に基づくことは言うまでもない.小細胞癌 のみが抗がん薬による化学療法や放射線療法の奏効率 が比較的高いので,最初から外科的に切除することは 少なかった.他の組織タイプのものは“非小細胞癌”

と一括され,外科療法を中心に,化学療法や放射線療 法が追加されるが奏効率が低い.小細胞癌で運良く完 全寛解となることもあるが,全体として再発率も高く 患者の延命に貢献していない

6 )

というのが20世紀末 までの状況であった.

抗がん薬と支持療法の進歩

抗がん薬の理想は,がん細胞だけに毒性を発揮し,

健常細胞には影響がないこと,つまり選択毒性が高い ことで,農業に例えれば害虫は駆除するが,作物に影 響を与えない

7 )

のが理想である.しかし,現実の抗 がん薬は選択毒性が低く,健康な細胞にも同時に働く ので,悪心・嘔吐などの副作用を発現し患者を苦しめ ることは既に述べた.20世紀後半になって多数の抗が ん薬が作られたが,何れも細胞の DNA 合成や細胞分 裂を非特異的に阻害することによる,いわゆる殺細胞 性抗悪性腫瘍薬(cytotoxic drug)が主流であった

7 )

ので,悪心・嘔吐など患者の苦しみは続いた.

抗がん薬が消化管で吸収されると活性酸素が産出さ れて,その刺激で腸管上皮に澤山備わっている腸クロ ム親和性細胞(EC 細胞)からセロトニンやサブスタ ンス P が分泌され,近傍の迷走神経の中枢性神経の 受容体に作用して脳幹にある嘔吐中枢を刺激して悪 心・嘔吐を惹起するに至る機構も解明され,この受容 体(5-HT

3

受容体とよばれる)が作動しないよう前 もって占拠する目的で開発された薬(5-HT

3

受容体拮 抗薬)が嘔吐を抑制し,現在では患者の嘔吐の苦しみ が極めて少なくなった

7 , 8 )

抗がん薬による骨髄抑制も,G-CSF やエリスロポ エチンが役立って回復を早めてくれたし,抗生物質や 抗ウィルス薬も感染症の支持療法としてがん診療に有 効であったことはいうまでもない.こうした支持療法 の進歩と共に,免疫学,遺伝子解析の技術が進展し,

がん細胞の研究に採り入れられるようになったのであ る.21世紀においてがん細胞の分裂に特異的に作用す るような小分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻 害薬へと発展し,驚異的ながん治療につながることに なるのだが,その詳細は後で述べることにする.

がん細胞の特徴

がん細胞は,よく分化したものから未分化なものま

で種々の段階に変化したタイプがあるが,周囲の正常

な組織に食い込んでこれを破壊,浸潤して拡がるほ

か,胸腔や腹腔に直接がん細胞がばらまかれたり(播

種),血管やリンパ管を通して離れた臓器に飛び火(転

移)する.こうしたがん細胞の特徴も,20世紀後半ま

での細胞生物学や遺伝子研究の進歩により,ヒトの体

の細胞の遺伝子の変化(異常)によるものであり, “が

ん”は遺伝子(ゲノム情報)の変異によっておこる病

気であるという考え方になってきた

9-13)

(4)

細胞が増えるときには,分裂前に遺伝情報であるゲ ノム(DNA)がまず 2 倍に複製されねばならぬ(合 成期,Synthesis,S 期) .そして細胞分裂が起こる(細 胞分裂期,Mitosis,M 期) .つまり,DNA 合成期→

細胞分裂→ DNA 合成期→細胞分裂→…というサイク ルが繰り返されるが,その前後に静止期(gap,G 期)

が入り,M 期と S 期の間の静止期は G1期,S 期と M 期の間の静止期は G2期と名付けられているので,細 胞分裂は G1→ S → G2→ M → G1→ S →…の如く繰り 返される(細胞周期,図)

9 )

健康な場合には,細胞分裂には複数のチェックポイ ントがあって,正しく細胞周期が進行しているかどう かを監視しており,異常があると細胞分裂を停止させ る.とりわけ重要なのが,DNA 合成を開始するかど うか,G1期と S 期の間にある G1→ S チェックポイン トで,もし DNA に傷があれば周期を停止させて傷の 修復が行われる.サイクリンや CDK と呼ばれる蛋白 質など複数の分子が複雑に機能し合ってここの細胞周 期の進行を司っている.さらに,ここの進行を阻害す る因子(CDK 阻害因子,CDKI)もいくつかあって細 胞周期を止めることができる.従って,チェックポイ ントが正常に機能して細胞周期を止めてくれると細胞 はむやみに増えない.逆に,がんになるのはチェック ポイントが変化しているとも考えられ,実際にヒトの がんでは CDK や CDKI の異常が高頻度にみられるこ とも分かってきた

9 )

がんはヒトの体の細胞の遺伝子に異常が入ることで 発症する.すなわち,染色体異常や塩基配列の突然変 異などによっておこる(genetic)し,さらに塩基配 列の変化を伴わない,プロモーター領域の DNA メチ ル化など(epigenetic という概念がある)でもおこる.

こうした発癌過程で異常をおこしている遺伝子は,

“がん遺伝子”と“がん抑制遺伝子”に分けられる.

“がん遺伝子”は発がんを促進する遺伝子で,例え ば消化器がんにおける K-ras(膜,G 蛋白質)乳がん

M G

1

G

2

S

M:細胞分裂期 G

1

:DNA 合成準備期

S :DNA 合成期 G

2

:細胞分裂準備期 細胞周期=M+G

1

+S+G

2

図 細胞分裂のステージ(文献

9 )

より)

における ErbB2(増殖レセプター),白血病における c-myc(転写因子)などの活性化が代表例である.

発がんにブレーキをかけるのが“がん抑制遺伝子”

で あ り, 遺 伝 子 変 異, 欠 失,DNA メ チ ル 化

(epigenetic,メチル化された遺伝子は転写されないた め,プロモータ領域がメチル化されると癌抑制遺伝子 の発現が抑制される)などにより機能喪失が観察さ れ,p53,Rb(網膜芽細胞腫),APC(家族性大腸腫 瘍症)などが代表例である.特に p53はヒトのがんに おいて最も高頻度に検出される変異であり,細胞周期 調節のほかにアポトーシス誘導,ゲノム安全性,血管 新生抑制などに関与している.従って p53の変異によ り一気に複雑ながんの特質を獲得するようになり,発 癌過程において最も重要な異常と言える

9 )

発がんのメカニズムについても,遺伝性網膜芽細胞 腫という乳児の病気の研究で,1971年に Knudson は 劣性のがん遺伝子の存在を想定し,生後に対立遺伝子 のもう片方に変異が発生すると発症するに至るという 二段階説を唱えた.後にその遺伝子(Rb 遺伝子)が がん抑制遺伝子であると第13番染色体 q14領域に証明 された

12)

さらに,家族性大腸腺腫の研究(Vogelstein)によっ て正常大腸粘膜に第 5 染色体上の APC 遺伝子の欠失 が起こるとポリープが発生し,その上に K-ras 遺伝子 の突然変異や p53遺伝子の突然変異が加わることに よって,がん化が進行して,転移を起こすに至るとい う“多段階発がん”説が広く受け入れられるように なった.つまり,発癌の初期,中期,末期とがん細胞 の異常は多数重なり,血管新生,浸潤,転移の能力を 獲得しながら進展するのである

9 ,10,12)

発がんに関わる外因

発がんには,体外から加わる化学的,物理的,生物 学的要因が大きく影響していることは20世紀初期から の検討で明らかであった.何れの外因もその曝露に よってヒトの体の細胞の DNA を傷つけ,突然変異を ひきおこすことが,その後の研究で明らかになってい る.なかでも,化学的因子はヒトのがんの大部分に関 与しとり分け重要である.煙突掃除人の陰嚢皮膚がん

(煤),膀胱がん(アニリン)などの歴史的研究を嚆矢 とし,ヒ素,アスベスト,ベンゼン,カドミウム…と 枚挙に暇ない.

物理的発癌因子としては放射線や紫外線を挙げるこ

とができる.旧ソ連・チェルノブイリ原発事故の放射

線被曝住民の白血病や小児甲状腺癌が確認されている.

(5)

生物学的発癌因子として,レトロウィルスは逆転写 酵素によって自らの RNA を鋳型として DNA を複製 し,宿主細胞の DNA の中に取り込まれ,発がん性を 発揮するようになる.エイズ(HIV)や成人 T 細胞 白血病(HTLV-1)がその例である.DNA ウィルス としてはヘパドナウィルス(肝癌,HBV)やパピロー マウィルス(子宮頚癌)などを記憶しておられよう.

新しいタイプの抗がん薬

従来の抗がん薬は,非特異的に細胞の DNA 合成や 細胞分裂を障害することで殺細胞効果を示す物質で,

その細胞毒は植物の中や金属の中から生成してくる性 格のものであった.これに対して,がん細胞の分子異 常の解明が20世紀後半に進展したので,がん細胞に出 現する異常蛋白分子,あるいは異常な細胞増殖に関係 する蛋白分子,がん遺伝子などの小分子をとり出して これを標的分子として,これにぴったり結合するよう な分子構造の物質(抗体分子)を薬として作り,患者 のがん細胞の機能を抑え込もうとするもので,分子標 的治療薬と呼ばれている

9 ,14)

健常な細胞も増殖する際には,成長因子(細胞増殖 因子)の刺激をうけ,その因子の多くはタンパク質で ある.細胞外からのこのタンパク性因子は細胞表面に ある特異的な受容体に結合することによって,シグナ ルを細胞に伝える.すなわち,受容体は細胞内のシグ ナル伝達経路(キナーゼと呼ばれる一連のタンパク)

を介して核内の転写因子に伝える

9 ,14)

理論的にはこの経路のどの段階に関与する遺伝子で あってもがん遺伝子になり得る

14,15)

.実際ある種のが ん細胞では成長因子と受容体が同時に変異して,細胞 膜からの増殖シグナルが入りっ放しになって増殖す

9 ,14)

.また,受容体に変異が生じるとその構造が変

化して,正常な受容体は成長因子が結合した時だけ活 性化される筈であるが,成長因子が無くても活性化さ れた状態が維持されることがおこる.正常細胞の転写 因子も多数知られているが,がん細胞では異常に高く 発現していて増殖が促進された状態になり得る

9 ,14,15)

こうした“がん細胞”の発現から成熟過程において も免疫監視機構が働くので,この一連のサイクルを

「がん免疫サイクル(cancer immunity cycle)」と概 念的にみなして,免疫学的な手法をとり入れて“がん”

に立ち向かおうと,“がん免疫療法”が試みられるよ うになった.その 1 つが能動免疫療法でがん細胞の一 部の成分を患者に注射してがんと闘う免疫を体内に誘 導するもので,がんワクチン療法がこれに相当する.

もう 1 つの能動免疫療法として患者から取り出したリ ンパ球などの免疫細胞を体外で活性化してから再び体 内に戻す免疫細胞療法や,動物細胞で作られた抗体を 患者に注射する抗体療法である

16)

①がん組織から放出されたがん抗原(antigen)を

②抗原提示細胞(APC)がとり込み,主要組織適合 遺伝子複合体(MHC)分子に結合させて細胞表面へ 提示しつつリンパ節へ遊走する.③リンパ節で APC は T 細胞に抗原を提示し,抗原特異的な T 細胞が活 性化する.④活性化 T 細胞ががん組織へ遊走し,⑤ 浸潤する.⑥がん抗原を発現するがん細胞を T 細胞 が認識し,⑦攻撃する.破壊されたがん組織から新し いがん抗原を放出して再びサイクルを形成する.この

①〜⑦のどの段階かが障害されても効果的ながん免疫 応答の誘導が困難となり,がんは免疫監視機構から逃 避する.例えば,活性化 T 細胞に発現される細胞傷害 性 T リンパ球抗原 4(cytotoxic T-lymphocyte antigen 4:CTLA-4)は APC と結合すると T 細胞に抑制性の シグナルを伝達して③の段階を止めてしまう.また,

活性化 T 細胞に発現される PD-1(programmed cell death 1)はがん細胞に発現した PD-L1(programmed cell death-1 ligand-1)と結合することで,T 細胞に抑 制性のシグナルを伝達し⑦の段階を抑えるなどであ る.このように免疫応答を制御する作用を持つ分子を

“免疫チェックポイント分子”と呼ぶ(“細胞周期 チェックポイント”と混同せぬように) .免疫チェッ クポイント“阻害薬”は停滞していたがん免疫サイク ルを再び進行させ,がん免疫応答の再活性化をもたら してがん組織を破壊しようとするのである

15)

. 抗 CTLA-4抗体,抗 PD-1抗体,抗 PD-L1抗体などがい くつかのがん治療で用いられ,有効性を発揮してい る

15)

細胞分裂のチェックポイントについては既に触れ た.G1期から S 期への進行はサイクリンというタン パクとサイクリン依存性タンパクキナーゼ(CDK)

というタンパクが結合して作られる複合体が機能する ことによって,細胞周期が進行する.このサイクリン と CDK の複合体の機能を阻害するのが CDK 阻害因 子(CDKI)であり,細胞周期を止めることができる のである.ヒトのがんで調べると,サイクリンや CDK の量が増加し,CDKI の突然変異も高頻度に認 められる.

前置きが冗長になった.21世紀のがん治療の変化を

垣間見ることにしよう.

(6)

急性白血病の治療

がん化した白血球細胞を化学療法で皆殺しにしてか ら移植療法を駆使して治療を目指すことは今も変わら ない.悪心・嘔吐や感染症対策などの補助療法の進歩 も既に述べた.急性前骨髄球性白血病(APL)とい う病型に対してビタミン A の誘導体である全トラン ス型レチノイン酸(ATLA)の内服によって,副作用 も少なく,安価に,白血病細胞を消失させて90%以上 が完全寛解するという驚くべき発表が1985年にあった のである.また,慢性骨髄性白血病においてフィラデ ルフィア染色体( 9 番目と22番目の染色体の転座)が 見つけられ,遺伝子異常と発病との関係がいち早く,

1970年代に注目された疾患でもあった.そのため,白 血病における遺伝子変異の解析が急速に進み,21世紀 に入って,抗 CD33抗体(gemtuzumab)やチロシン キナーゼ阻害薬(TKI,imatinib)などの分子標的薬 が白血病治療の支持療法薬としての有効性を期待され るようになってきた

17,18)

.また,米国を中心として,

がん免疫チェックポイント阻害薬をはじめとした免疫 療法の研究結果やその長期成績を待っている状況であ る.

肺がん治療の変化など

肺がんの薬物治療でも,「小細胞癌」と「非小細胞 癌」に分けて治療する時代から,遺伝子異常と,治療 薬の効果を予測する“バイオマーカー”とによって分 子標的薬剤を選択して患者の延命を図る時代に突入し た.例えば,肺癌細胞の増殖を促しているとみられる チロシンキナーゼ(tyrosine kinase:TK)経路はが ん 細 胞 の 上 皮 成 長 因 子 受 容 体(epidermal growth factor receptor:EGFR)を介しているが,この経路 を抑える分子標的治療薬(EGFR-TKI)は gefitinib

(Iressa

®

)あるいは erlotinib(Tarceva)などとよば れ,殊に肺がんの中の“腺癌”に有効である.このと き,患者に“EGFR 遺伝子変異”がある場合に有効な ので,これが予後を予測する“バイオマーカー”とな る.あるいは,既述の“免疫チェックポイント”阻害 薬としての抗 PD-1抗体(nivolumab,Opdivo

®

)は非 小細胞がんの中の扁平上皮癌に有効である.殊に肺癌 腫瘍内の PD-1の発現が高い人で症状の改善,生存期 間の著明な延長が証明されたが,“バイオマーカー”

については異論がある

19-21)

こうした“がん臨床”の変化を皮切りに,他の固形 腫瘍に対する本格的な個別化医療が開始されたのであ

る.腎癌,胃癌,悪性黒色腫など多くの固形がんにも 急速に対象が広がっていったのである.

新しい治療薬の特徴と副作用

新しいがん免疫療法によって,かなり進行した“が ん”でも治る可能性が見出されるようになってきたの だが,その恩恵は“がん”の一部のみに限られてい る

22)

.肺癌に有効と発表されても,その恩恵が及ばな い肺癌も沢山に残っているのである.がんの“生じ 方”が違うと解釈されている.無益な治療で患者が苦 しまないよう,治療前に効くか効かないか鑑別予測す るための正確な情報が必要であり,“予測バイオマー カー”が臨床的に,あるいは遺伝子情報の中に求めら れている途上にある

15)

新しい治療薬によって起こる未知の副作用が命に関 わることも分かってきた.皮膚障害,甲状腺障害,肺 臓炎,大腸炎,免疫障害など軽重さまざまな事象がお こり,これを警戒し,薬剤中止に至る場合もあるよう だ

23)

がん患者のリハビリ

1981年以来,日本人の死亡原因の第 1 位は“がん”

によるものである.そして現在ではがん患者の少なく とも半数以上が“がん”と共存して生きる時代になっ た.がん患者はがんの診断もしくは治療の過程で精神 的・心理的傷害,嚥下障害,発声障害,運動麻痺,筋 力低下,拘縮,しびれや疼痛,骨折,上肢や下肢の浮 腫などさまざまな障害・症状が生じ,それによって移 乗動作や歩行,セルフケアをはじめとする日常生活動 作(ADL)に制限が生じ,QOL の低下を来たしやす い

23)

.なかでも高齢者に頻発する認知症の合併は大き くて困難な問題を投げ与えることになろうが,こうし た障害に対処し,二次障害を予防しつつ,患者の身体 機能や生活能力の維持・改善を目的としたリハビリを 行う必要性はさらに増加することが予想される

23)

辻は,リハビリの対象となる障害を,がんそのもの

による直接的および間接的障害と,がんの治療過程に

おいて起こりうる全身性機能低下,手術関連障害,化

学療法・放射線療法に基づく障害に分け,さらに病期

によって予防的,回復的,維持的および緩和的リハビ

リとして原則的に論じている

24)

が,これからの“が

ん患者のリハビリ”では遺伝免疫学的情報に修飾され

た個別格差の大きい機能訓練が要求されると予想す

る.新しい視点に立ってのリハビリ法を創生せねばな

るまい.

(7)

がんサバイバーはつねに進行・再発への不安,治療 の副作用,後遺症,社会的な問題を抱えることになろ うし,医療者の努力と共に社会全体で包括的な対策を 構築することの重要性が叫ばれている

25)

本学宮岡里美教授から学内メールでボランティアの 呼びかけがあった「リレ・フォア・ライフ・ジャパン 2018にいがた」の活動はこうした社会活動の一環であ り,本学学生諸君の今後の関心の高まりに期待を寄せ るものである.

おわりに

がん診療の昔話で終わってしまった.この原稿の提 出直前に,「免疫チェックポイント分子」として触れ た「PD-1」の研究者本庶佑氏が2018年度のノーベル 医学・生理学賞受賞者に選ばれたことが示す通り,が ん診療は新しい時代に入りつつある.がん患者のリハ ビリテーションにも新しい対応が求められる時代に なった.

文献

1 )Mary Dobson:Disease - the extraordinary stories behind history's deadliest killers(小林力訳:人類を襲った30の病魔,

医学書院,2010,p.222) .

2 )酒井シヅ:病が語る日本史,講談社,2002,p.92.

3 )小川鼎三:医学の歴史,中公新書,1964,p.152.

4 )小宮正文:悪性腫瘍の治療,島本多喜雄監修:内科学総論,

中外医学社,1972,p.90〜99.

5 )大野竜三:急性白血病,島田馨編:内科学書, 4 版,中山 書店,p694〜704,1995(p.699) .

6 )阿部庄作:原発性肺癌,島田馨編:内科学書, 4 版,中山 書店,1995,p.1389(p.1394) .

7 )大西一功:抗腫瘍薬,門脇・永井:内科学,西村書房,

2012,p.192〜195.

8 )相羽恵介:がん薬物療法における支持療法の進歩,日本医 事新報,No.4853,2017,p.42〜49.

9 )仲野徹:こわいもの知らずの病理学講義,晶文社,2017,

p.239.

10)小川道雄:癌遺伝子と臨床,メジカルセンス(1998),p.8.

11)Hanahan D, Weinberg RA:The hallmarks of cancer,

Cell:100(1):57〜70,2000.

12)佐々木泰史,今井浩二:がん遺伝子と発癌機序,日医雑誌,

138(特1):S30,2009.

13)村上善則:がん診療における遺伝子・ゲノム研究の重要 性,日本医事新報,No.4475,p.58,2010.

14)荒尾徳三:西尾和人:分子標的療法,門脇・永井:内科学,

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15)佐藤靖祥,垣見和宏:免疫チェックポイント阻害薬の奏効 メカニズムとバイオマーカー,日本医事新報,No.4918,p.28

〜34,2018.

16) 山 田 亮: が ん 免 疫 療 法 の 最 新 知 見, 日 本 医 事 新 報,

No.4627,p.90,2012.

17)三谷絹子:急性白血病,日内会誌,107(7):1269〜1271,

2018.

18)三谷絹子:急性骨髄性白血病の分子病態と分子標的療法,

日内会誌,107(9):1648〜1659,2018.

19)弦間昭彦:肺癌分子標的治療:最近の話題,日本医事新報,

No.4805,2016.

20)北野滋久:癌免疫療法の現況,日本医事新報,No.4817,

p.36〜43,2016.

21)中西洋一:肺癌治療の展開-バイオマーカーに基づいた肺 癌薬物療法の有用性-,日内会誌,107(9):1660〜1669,

2018.

22)玉田耕治:免疫チェックポイント阻害薬によって変わる抗 癌剤治療,日本医事新報,No.4918,p.27,2018.

23)加藤晃史:免疫チェックポイント阻害薬の副作用とその対 策,日本医事新報,No.4918,p.35〜40,2018.

24)辻哲也:がんの周術期リハビリテーションの重要性,日本 医事新報,No.4563,p.73〜81,2011.

25)滝口裕一:肺癌サバイバーに医師ができること,日本医事

新報,No.4915,p.27,2018.

参照

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