大学院派遣研修研究報告
算数困難児における算数的思考能力の特徴に関する研究
所属校:東京都立小平養護学校 氏 名:成 川 敦 子 派遣先:東京学芸大学大学院 キーワード:算数困難・アカデミックスキル・算数的思考能力
Ⅰ 研究の目的 1 はじめに
特別支援教育が本格実施となった今日、通常の学級 に在籍し、算数に困難をもつ児童(以下「算数困難児」
と表記する)への支援は、通常の学級や特別支援学級 において喫緊の課題となっている。先行研究よりLD 児への学習支援としては、算数困難への支援、特に「文 章題」の領域に関する支援ニーズの高さが示唆された。
しかし、算数は学校での教科学習において重要な位置 を占めるものの、読み障害ほど注目されてこなかった 状況がある。
本研究は、算数困難児の学習能力(アカデミックス キル)の特徴と算数的思考能力の特徴について検討し、
算数困難児における文章問題の困難の要因を、読み書 き以外の算数的思考能力の偏りや不全という観点から 分析することを目的とした。
2 検討1
算数困難児の学習能力(アカデミック・スキル)の 特徴に関する検討
算数の標準学力検査により算数困難児をスクリーニ ングする。また、算数の総合到達度と読み書き困難と の関係、算数の内容領域(「数概念」「計算」「量と測定」
「図形」「数量関係」)の成績と読み困難との関係、算 数の総合到達度と観点別評価(「考え方」「表現処理」
「知識理解」)との関係を検討することにより、算数 困難児の学習能力(アカデミックスキル)の特徴を明 らかにすることを目的とした。
3 検討 2
算数困難児の算数的思考能力の特徴に関する検討 算数困難を引き起こしている重要なアカデミック・
スキルとしての「数学的考え方」に視点を当て、算数 困難児における「算数的思考能力の特徴」について検 討することを目的とした。
Ⅱ 研究の方法 1 対象児
東京都近郊にある小学校の言葉の教室(計4箇所)
に協力を得て、標準学力検査を実施した。言葉の発達
の遅れ、学習の遅れ等の理由により指導に通っている 児童のうち、構音障害、難聴の児童は除外した。その 中で、標準学力検査において算数に遅れがない(評定 3)、又は WISC−Ⅲの群指数のいずれか1つは70 以上(知的遅れを伴わないものとする)である70名
(小1~小6)の児童を検討の対象とした。学年の内 訳は、1年生3名、2年生8名、3年生19名、4年 生17名、5年生15名、6年生8名である。
2 手続き
検討1では、学習能力検査として教研式標準学力検 査(CRT−Ⅱ)の国語と算数を実施した。問題の実 施学年は、文部省(平成 11 年)のLDの判断基準に基 づき、2・3年生は1学年下、4年生以上は2学年下 の学年の検査を実施した。(ただし1年生は当該学年の 検査を実施した。)評定の基準は1(努力を要する)、 2(おおむね満足)、3(十分満足)の3段階である。
本研究において、算数全体の評定が1か2の児童つい ては、実施学年(つまり実際の学年より1〜2学年下)
の学習能力に到達していないとして「算数困難」と定 義した。国語についても同様に「読む能力」「書く能力」
の評定が1か2であった場合は、「読み困難」「書き困 難」として定義した。さらに、同一検査から算数領域 別の得点率を算出するため、各学年の問題を5つの算 数の内容領域「数概念」「計算」「量と測定」「図形」「数 量関係」に再分類し、問題数に応じて得点率を算出し た。
検討2では、算数的思考能力を測定するための思考 課題を作成し、達成率による分析と、標準得点による 分析から算数困難児における算数的思考能力の特徴に ついて検討した。思考課題は、問題解決に必要な中心 的能力を「集合分類」「推移律」「可逆性」として構成 した。
Ⅲ 研究の結果 1 検討1の結果
第1に、読み書きと算数は強い関係があることが分 かった。これらの結果は、多くの先行研究と一致する 結果であった。第2に、算数の内容領域(「数概念」「計
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数 概
可 逆
可 逆
推 移 律
可 逆
分類
分類
分類
分類
分類
推移律
可 逆 算」「量と測定」「図形」「数量関係」)の成績と読み困
難との関係について検討した。算数困難児は、すべて の領域で非算数困難児より有意に得点が低かった。「数 概念」と「図形」は読みの能力の影響が大きいと推測 される結果であった。第3に、算数の総合到達度と観 点別能力(考え方、表現処理、知識理解)との関連に ついて検討した結果、算数困難群の中の評定1群(よ り困難が強い群)と評定2群(困難が弱い群)の違い は、「数学的な考え方」に表れることが分かった。以上 のことから、読み書き以外の算数困難の要因を明らか にするためには、数学的な思考能力に焦点を当てた検 討の必要性が示唆された。
2 検討2の結果
まず、達成率による比較では、算数困難児は健常児 よりも3種の課題すべてにおいて有意に低かった。
発達的特徴としては、健常児では学年があがると正答 率も上がり、3年生くらいでほぼ完成してしまうこと が分かった。次にオーダリングという手法を用いて、
健常児群と算数困難児群における課題の達成順序性を 検討した。その結果、健常児では3種の課題間で順序 関係が求められなかったが、算数困難児では「集合分 類」「推移律」「可逆性」の3領域を中心とした経路が 想定された(図1) 。このことから、健常児は3 種 の思考を相互に関連付けながら発達していくのに対し、
算数困難児は、3種の思考パターンが独立している可 能性が示唆された。3領域の課題の正答の分布状況よ り対象児を5群に類型化できたことからも、算数困難 児では、思考課題のうちの特定の種類の課題が困難な 者が存在することが指摘できた。次に年齢を考慮する ため、標準得点による検討を行った結果、1 種と残り の 2 種の思考間で二重乖離現象を示したことからも、3 種の思考あるいは 1 種と残りの 2 種の思考が独立して いることが示唆された。最後に、算数困難児の情報処 理における特異的な不全を検討するために、計算、図 形、読み評価課題(3種)、プランニング課題を加えた 9種の標準得点プロフィールを検討した。その結果、
読みやプランニング能力の不全が算数の思考困難の要 因として推測されたが、読みもプランニングも良好で あるにもかかわらず、思考課題はかなり低いという事 例が存在することがわかった。彼らにおいては、読み やワーキングメモリの不全が指摘できず、算数の能力 だけが他の能力に比べて極めて低い「算数障害」であ る可能性が高いことから、算数の中でも思考課題解決 における情報処理過程の独自性が示唆された。
図1 算数困難児群の算数的思考課題の達成順序
Ⅳ 考察
検討1より、算数困難を引き起こす原因となって いる数学的スキルは「数学的考え方」の能力であるこ とが分かった。本結果は、読み書きスキルが算数能力 に大きな影響を与えていることを示す一方で、算数困 難をもたらすアカデミックスキルは読み書きの困難の みが関与するものではないことを示しており、「数学的 考え方」の関与の検討が必要であることが指摘できる。
検討2より、算数困難児では3種の思考が独立して いる可能性が示唆された。異種構造課題間の連関が乏 しいということは、異なる構造をもつ思考を相互に関 連づけながら、概念を拡張し、ネットワーク化してい くことが苦手であり、相互の思考構造が独立しがちで あることを意味している。以上より、算数困難児にお いては、次のような支援が必要であろう。1点目は、
苦手なタイプの思考課題を調べ、そのタイプの構造に ついて理解を促すこと。構造の学習への転移について も成果が報告されていることからも、集合分類、集合 包摂(推移律)の構造が把握しやすくなるための援助
(包含図・分類表・数直線など)が考えられる。2点 目は、算数的構造について、その構造をもつ課題を系 統的に学ばせること。推論の型は個人によっていくつ かパターンがあり、治療教育が可能であるとする先行 研究からもその有効性が期待される。3点目は、構造 間の連関について気付かせることなどである。それに より、算数困難児の数学的考え方、論理的思考能力が 促進されると考えられる。今後、算数困難児の事例を 増やし、群指数などの関連について検討するとともに、
支援方法の開発が課題となるであろう。
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