義務教育における不就学、長期欠席に関する考察村上尚'三郎
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(2) さ れ た も の であ る︒. 一三四. 相撲協会が︑︒ フ ロ ・スポ ー ツと は い いな が ら ︑ 国 技 と いう キ ャ ッチ フ レー ズ と併 せ て も って いた古 典的 な性 格 を 核 と し て︑ 極 め て閉 鎖 的 な 第 二次 集 団 を 形 成 し て き た︒. こう し た集 団 にあ って は︑ 成 員 と し て の役 員 ︑ 力 士 の存 在 は︑ す べて勝 ち星 と いう 実 績 を重 視 す る︒ こ の実 績. が︑ 必 要 不 可 欠 の条 件 と し て興業 主 義 と 結 び つき な が ら 重 視 さ れ て き た と ころ に 問 題 が内 在 し て いる の で あ って︑. 義 務 教 育 を 無 視 した 常 識 は ず れ の徒 弟 制 度 が平 然 と 行 な わ れ て いた のも当 然 と いえ る かも し れ な い︒. いず れ に し ても ︑ 心 と から だ の健 全 な 成 長 に資 さ な く ては な ら な い スポ ー ツが︑ 義 務 教 育就 学中 の子 ども を︑ 学. 校 教 育 と没 交 渉 の︑ 隔 離 さ れ 閉 鎖 さ れ た 特 殊 社 会 の枠 内 で︑ 徒弟 的 に 育成 す る よ う で は スポ ー ツ本 来 の あ り方 から 逸 脱 す る こと は な は だ し いと いわ な け れ ぼ な ら な い︒. (アメリカにおいては学校出席監督Ot ttruantorat tendance. こ のよ う な ︑ 協 会 の後 進 的 な義 務 教 育 軽 視 も ︑教 育 ︑福 祉 関 係 行 政 機 関 に よ る︑ 平 素 から の周 密 な 指 導 助 言 がな. ︑. さ れ てお れ ば ︑ 問 題 にな ら な か った で あ ろ う こ と を思 う ︒ of fi cer が存在する). 相 撲 協 会 の こ のた び の問 題 を単 に氷 山 の 一角 のそ れ と し て傍 観 視 す る こ と な く︑ わ れ わ れ は︑ こ れを 教 訓 的 事 実. と し て受 け 止 め︑ こ の機 に︑義 務 教 育 に お け る不 就 学 ・長 期 欠 席 の諸 問 題 を考 察 し て み た い と思 料 す るも の であ る︒. 一︑ 長 期 欠 席 に み ら れ る 問 題 点. 義 務 教 育 に お け る完 全就 学︑ そ れ は今 日 の教 育 行 政 や 学 校 現 場 に お い て大 き な 課 題 と な って い る︒.
(3) これ は いう ま でも な く ︑戦 後 の日本 が 民 主 主義 の理念 のも と に平 和 の尊 重 と文 化 の興 隆 を めざ し︑ こ れ を国 民 の. 信 条 と し︑ 教 育 はそ れ にふ さ わ し い資 質 を そ な え た国 民 を育 成 し な け れ ば な ら な いか ら で あ る︒ 重 要 な国 策 と し て の義 務 教 育 の意 味 も こ こ にあ る︒. 憲 法 が︑ 教 育 を 国 民 の権 利 のひ と つと し て宣 言 し て いる こと も 重要 であ って ︑ これ は︑ 国 民 に教 育 を受 け る機 会 を 均 等 に与 え る こ とを 意 味 す る︒. 戦 前 の教 育 は周 知 の よう に︑ 国 民 の権 利 と いう よ り 国 家 の要 求 を 満 た す た め のも の︑ いわ ば義 務 教 育 は︑ 国 家 が 要 求 す る義 務 と し て考 え ら れ てき た︒. 今 日 に あ って は︑ 国 民 が民 主的 国 家 ︑ 社 会 の形 成 の た め に必 ず 教 育 を受 け さ せな け れ ば な ら な い義 務 であ る と同. 時 に︑ す べて の国 民 が こ れ を必 ず 平 等 に受 け る こ と の でき る権 利 であ る こ とが 明 ら か にさ れ て い る の であ る︒. 義 務 教育 を 無償 と し (憲法第 二+ 六条)︑ ﹁国 及 び地 方 公 共 団 体 は︑ 能 力 が あ る にも か か わら ず ︑ 経済 的 理 由 によ っ. て 修 学 困難 な者 に対 し て奨 学 の方 法 を講 じ な け れ ば なら な い﹂ (教育基本法第 三条 )と規 定 し て い る のも ︑ 義 務 教 育 を. 国 民 の重要 な 義 務 であ る と と も に ︑権 利 と考 え る以 上︑ 国 家 と し ても 十 分 な考 慮 ど施 策 を行 な わな け れば な ら な い か ら であ る ︒. こ の教 育 基 本 法 の趣 旨 を受 け て学 校 教 育 法 では ﹁経 済 的 理 由 に よ って︑ 就 学 困難 と 認 め ら れ る 学齢 児童 ( 生徒). の保 護 者 に対 し ては ︑ 市 町 村 は 必要 な 援 助 を与 え な け れ ば な ら な い﹂ こ と を明 ら か に し て い る が︑ 今 日 で は︑ ﹁就. 学援助法﹂ ( ﹁就学困難な児童及び生徒 に係る就学奨励 に ついて の国の援助 に関する法律﹂)︑﹁学 校 給食 法 ﹂︑ ﹁学 校 保健 法 ﹂︑. 一三五. ﹁日本 学 校 安 全 会 法 ﹂ 等 関 係 法 規 が 整 備 さ れ る に至 って︑要 保 護 お よ び準 要 保 護 児童 ・生徒 の就 学援 助 に資 し て い 義務教育 における不就学︑長期欠席 に関す る考察.
(4) る︒. 二 二六. こう し た法 の整 備 が結 果 し て︑ 昭和 二十 五 年 度 ︑ 中 央 青 少 年 問 題 協 議 会 が 行 な った 長期 欠席 児 童 ・生 徒 調 査 で. は︑ 経 済 的 理 由 の範 ち ゅう に入 るも の小 学 校 約 十 万 二千 人 ( 約 三亠⊥ %)︑ 中 学 校 約 十 九 万 八千 人 ( 約 五+八%) の多. き を数 え て い たも の が︑ そ の後 ︑ 年 と とも に減 少 の方 向 を たど って今 日 に及 ん で い る︒. 文 部 省 「学校 基 本 調査 」. 34,612. 100.0. 34,145. 100.0 気. 26,111. 75.4. 18,519. 54.2 経 済的 事 情. 848. 2.5. 2,137. 6.3 学校 ぎ らい. 3,875. 11.2. 9,631. 28.2 そ. 3,778. 10.9. 3,858. 11.3 他. り 昭 和 三 十 九 年 度 に いた る減 少 に みら れ るよう な 逓 減 の傾 向 を示 し て いな い こ. 四 十 三 年 度 に. いた る長 期 欠席 児 童 ・生 徒 の減少 のよ う す は ︑ 昭和 二十 七 年 度 よ. か か わら ず ︑表 1と の比 較 にお い て明 ら か な よ う に︑ 昭和 三 十 九 年 度 よ り 昭和. 中 学 校 の場 合 は実 に四 分 の 一ま で下 が って いる﹂(昭和四+ 一年版青少年白書)にも. り ︑ 昭 和 二十 七年 度 と 三 十 九 年 度 と を 比較 す ると ︑ 小 学 校 の場 合 は 三 分 の 一︑. る︒ 即 ち ︑ ﹁小 学 校 ・中 学 校 を 通 U て長 欠 率 は 逐年 減少 の 一途 を た ど っ て お. 移 を み ると ( 表 2)︑ 長 期 欠 席 者 の減 少 傾 向 に ひ ど つの問 題 点 が見 出 せ る の であ. と ころ が ︑ こ の長 期 欠 席 状 況 を 昭和 二十 七 年 度 にさ か の ぼ って︑ そ の後 の推. く ︑ い わゆ る ﹁学 校 ぎ ら い﹂ が これ に次 い で い る こと が 注 目 さ れ よ う ︒. 学 校 で約 三 万 五 千 人 ︑ 中 学 校 で約 三 万 四 千 人 で︑病 気 によ るも のが も っと も多. こ こ で︑ 最 近 の全 国 児 童 ・生徒 の長 期 欠 席 状 況 ( 表 1) に つい て み ると ︑ 小. も と よ り こ のこ と は好 ま し い現 象 で は あ る が︑ さ り と て手 放 し で喜 べな い問 題 を多 面 附 に含 ん で い る こ とも ま た. 数. 見 す ご し て はな ら な い︒. 総. 病. の. 実 劉 百分率 数1百 分率 実. 校 学 中 校 学 小. 昭和43年 度 国児 童 ・生徒 の長 期 欠 席 状 況 表1全.
(5) 1.43%. 181,779人. 3.75% 121,428. 1.04. 154,535. 2.84 31. 110,923. 1:'. 129,285. 2.25 33. 93,281. 0.70. 89,915. 1.80 35. 79,818. 0.64. 75,866. 1.29 37. 57,560. 0.55. 72,981. 1.05 39. 47,659. 0.49. 59,448. 0.92. 度. 14.2 1.. 43.1% 42.7 25,389. 24.5 の. 他. ×1,656. と で あ る︒. 年 々︑ 長 期 欠 席 児童 ・生 徒 数 が減 少 し て い る こ の. 傾 向 は︑ 好 ま し いこ と で は ゐ る が ︑ 一定 のパ タ ー ン. で 減少 し て いな いと いう 問 題 のほ か に ︑ な お いく つ. か の問 題 が み ら れ る ど いう こ と に お いて 全面 的 に喜. べな い の であ る ︒ た と え ば ︑. 一︑ ﹁病気 ﹂ に よ る長 期 欠席 の百 分 率 が か え って高. く な って いる こと は ︑ ﹁経済 的 理 由 ﹂ に よ る も の. が 低 く な った た め であ るが ︑ 理 由 別 の均 分 的 な 減. 少 を 示 し て いな い (表1︑表 3)︒. 二︑文 部 省 は 昭 和 三 十 九 年 六 月 ︑ 要 保 護 ・準要 保 護. ので︑ か な り就 学 率 も 向 上 し てき た と思 わ れ る が︑ 一般 の児 童 生 徒 に比 べ. れ︑ こ れら の原 因 を 除 去 す る た め︑ 関 係 者 があ ら ゆ る手 段 で努 力 し て いる. 庭 の貧 困 ︑ 親 の無 理 解︑ 本 人 の学 校 ぎ ら いな ど いろ いろ な 理 由 が 考 え ら. 童生徒 ( 前年度間 五+日以上欠席 した児童生徒)が多 く問 題 と な って いる︒ 家. で︑ ﹁こ の調 査 の対 象 とな った要 保 護 ・準 要 保 護 児 童 生 徒 に は長 期 欠 席 児. 児 童 ・生 徒 を 対 象 に︑ ﹁就 学 援 助 に関 す る調 査 ﹂ を 行 な った が ︑ こ のな か. 経済的理由. 5.8. 校 学 中 校 学 小. 25,651人. 69.7%. 2,787. 気 病. 欠 児 童 ・生徒 の欠 席 理 由(昭 和39年 度) 表3長. 33,216人. そ. 長歙 儲 釧. 長 欠 率 長 欠 率 長期欠席酬. 中. 文 部 省 「学 校 基本 調 査 」. 義 務教育 における不就学 ︑長期欠席 に関 する考察. 七. 158,767人. 29. 昭 和27年. 校 学 校 学 小 度 年. 期欠 席 児 童 ・生 徒数 及 び長 欠率 の推 移 表2長.
(6) 表4級 (1)小. 地別長期欠席児童生徒の推計数 と長欠率. 学 校. 長 期欠 席 児童 推 計数 ・比 率. 全 国 第6学 年 要 保 護 ・準要 保 護 児 童数. 援 助 を受 けて い る者. 鞴. 扶囲. (2)申. 学. 人. 人. 2,355. 1,195. 1,091. 423. 179. 244. 196. 84. 112. 719. 382. 326. 11. 1,017. 550. 409. 58. %. 職. て い ない 者. 就学援助. 人. 入. 1羅1. 援 助 を受 け. %. 69. %. %. 1.21. 1.85. o.s7. 1.23. 1.24. 1.71. 1.06. 1.02. 1.04. 1.03. 1.12. 1.75. 0.79. 0.74. 1.31. 2.28. 0.81. 1.77. 校. 長 期 欠席 生 徒 推 計数 ・比 率. 全 国 第3第 年 要 保 護 ・準要 保 護 生 徒数. 援 助 を受 けて い る者. 鞴. 扶助 障. て い ない 者. 人. 人. 4,927. 2,150. 2,423. 354. 658. 236. 395. 27. 303. 179. 119. 5. 1,454. 664. 722. 68. 2,512. 1,071. 1,187. 254. %. 比撫. 学援助. 人. 人. 離1. 援 助 を受 け. %. %. %. 3.05. 1.76. 5.72. 1.72. 2.15. 1.48. 4.66. 1.75. 2.64. 1.16. 1.61. 率t 3級. 地. 1.99. 2.68. 1.54. 4.36. 4級. 地. 2.93. 3.85. 2.19. 6.79. 昭 和39年 度 「就 学 援 助 に 関す る調 査 報 告 書 」 文 部省 ※. 「級 地」 と は生 活保 護 法 に よ る保 護 基 準 地 域 指 定 の級 地 を い う。 市(区)町. 村 単 位 に1〜4級. 地 の 区分 が 定 め られ て い る。. 天. 2.30.
(7) 8.9. 予 算 の枠 内. 申請者全 員 会 に よ る. 各学校 ごと に人 員 の枠 を示 す. で認定. を認定 % 100.0. 46.3. 20.1. 24.7 満. 100.0. 49.9. 21.2. 23.8. 5.1 0.300^‑0.400. 100.0. 51.7. ... 22.5. 7.0 0.400〜0.500. 100.O. 47.6. ... 22.8. 10.8 0.500‑‑1.000. zoo.0. 38.0. 21.0. 27.2. 1s.s 1.000以. 100.0. 31.9. 18.0. 33.0. 17.0. 計. 0.300未. 上. 認 定 の委 員. 昭 和39年 度 「就 学 援 助 に 関す る調 査 報 告書 」 文 部省. る と ま だ ま だ長 欠 率 は高 い現状 で あ る﹂ (同報告) と し て そ の問 題 点 を指 摘 し て いる︒. 表 4 によ る と ︑ 長 期 欠 席 率 は 小 学 校 一︑ 一二 % ︑中 学 校 二︑ 三 〇 %. で︑表 2 ︑ 昭和 三 十 九年 度 に お け る 全 国児 童 生徒 の長 期 欠 席 率 小 学 校. ○ ・四 九 % ︑ 中 学 校 ○ ・九 二 % と 比較 す る と︑ 小 ・中 学 と も約 二 ・五倍 にあ た って いる こと が わ か る ︒. ま た ︑ 長 期 欠席 児 童 生 徒数 全 体 のな か で占 め る ︑要 保 護 ・準 要 保 護児. 童 生 徒 数 の割 合 は ︑ 小 学 校 (六年生)で 二十 二% ︑ 中 学 校 三 年 生 で 十 九 % にあたる︒. な お ︑長 期 欠席 率 を 援 助 別 に み る と ︑ 小 申 学 校共 通 し て 教育 扶 助 受 給. 者 が ︑ 就 学 援 助 受 給者 よ り も き わ て め 高 い比 率 を示 し て いる こと が 注 目 されよう︒. さ ら に︑ 級 地 別 にみ た と き ︑ 四 級 地 の長期 欠席 率 が 小 ・中 学 校 と も 高. い (小学校︑ 一.三 一%︑申学校 二 ・九三%) こ と が指 摘 さ れ る︒ これ は 四. 級 地 (郡部町村 )が も つと こ ろ の自 然的 ︑ 社 会 的 ︑ 経 済 的 条 件 が都 会 地 な. ど 他 の級 地 よ り 一層 就 学 を 困 難 に し て いる こと を も のが た るも の であ る ︒. 一三九. 三 ︑ ま た ︑準 要 保 護児 童 生徒 の認 定 状 況 を み る と ( 表5)︑ 申 請 者 全 員 を 認 義務教育 における不就学 ︑長期欠席 に関する考察. 計. 市町村の財政力指数別 にみた 準要保護児童生徒 の認定方法 表5.
(8) 定 す る と いう ケ ー スはご く わず か で あ る こ と が わ か る︒ そ れも ︑ 財 政 力 指 数. 一四〇. ( 当該市町村 の基準財政収入額 を同基準. 財政需要額 で除し︑算出 したもの) の高 い市 町 村 ほど 比 率 が 高 く な って い る こと に気 づ く の であ る︒. 約 半 数 が︑ 認 定 の委 員 会 ( 教育長 ・学校 長 .民生委員等によ って構成)に よ る も ので あ る が︑ こ の ほ か︑ ﹁学 校 ご と. に人員 の枠 ﹂ が決 め ら れ た り︑ ﹁予 算 の枠 内 ﹂ で認 定 さ れ る など 問 題 的 な 条 件 規 制 が な さ れ て い ると ころ に︑ 教 育 福 祉 を めぐ る地 方 自 治 体 の落 差 が あ る と いえ よ う ︒. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. へ. ﹁町 ぐ る み長 期 欠 席 者 防 止 運 動 を 展 開. ・六%)︑ 中 学 校 一万 二千 二百 八 十 六 人 (二八 .九%) で︑ こ れ を 昭和 四 十 三年 度 ( 表 1)と 比 較 し てみ. 四 ・長 期 欠席 理由 のう ち ﹁学 校 ぎ ら い﹂ を︑ 昭 和 四 十 一年 度 文 部 省 ﹁学 校 基 本 調 査 ﹂ によ れ ば ︑ 小 学 校 四 千 四 百 三 十 人 (=. ヘ. ると ︑ そ の減 少傾 向 は決 し て顕 著 な も のと いえ な い︒ こ れ に っい て は︑. し ︑ P T A ︑児 童相 談 所 な ど関 係 機 関 団体 等 と連 絡 を 密 に し て長 期 欠 席 者 数 の半 減 を み た例 や ︑ 教 育 困 難 校 であ. ると さ れ て いた 中 学 校 が ︑ 校長 以 下 全教 員 の協 力 に よ って︑ 家 庭 の無 理 解 ︑ 学 校 ぎ ら い等 によ る長 期 欠 席 者 を 大. 巾 に減 少 せ し め た例 等 ︑市 町 村 教 育 委 員 会 及 び学 校 の積 極 的 な指 導 や 適 切 な措 置 に よ って著 し い効 果 を あ げ て い. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. へ. ると ころ が あ る︒﹂ i傍点筆者1 ( 昭和四+ 一年版青少年白書)に も か か わ らず ︑ 反面 ︑ ﹁十 分 な効 果 が あ が って いな. い地 域 も あ る の で︑ 生徒 指 導 の徹 底 を は か る と と も に︑ 関 係 諸 機 関 が連 絡 を 密 に し て︑ 長 期 欠 席 児 童 .生 徒 の問. 蓼 爨 雰 か恕 際 奪 劵 蓼 ゆ 励が必票 碧 ︒ ﹂1傍占籌 ⊥ 同書)ことが強調される︒. いず れ に し ても ︑ こ のよ う な ︑指 導 にお け る 地域 格 差 そ れ自 体 が悶 題 な ので あ る︒. な お ︑ 白 書 に みら れ る ﹁関 係 機 関 によ る連 絡 の緊 密化 ﹂ に つ いて は︑ 去 る昭 和 三 十年 九月 ︑ 文 部 ︑ 厚 生 ︑ 労 働. の三省 によ る通 達 ﹁義務 教 育 諸 学 校 にお け る不 就 学長 期 欠 席 児童 生徒 の対 策 に っ いて﹂ が出 さ れ て いた こ と を認.
(9) 識 し て お き た いo. こ の通達 は︑ 都 道 府 県 教 育 委 員 会 ︑ 都 道 府 県 知 事 ︑ 都 道 府 県 労 働 基 準 局 長 ︑ 婦 人 少 年 室 長 あ て に出 さ れ た も の. で︑ ﹁義 務 教 育 諸 学校 に おけ る不 就 学 ︑ 長 期 欠 席 状 態 の改 善 の た め に は︑ 教 育 ︑ 児 童福 祉 ︑ 生 活 保 護 ︑労 働等 の. 各 関 係 機 関 な ら び に こ れ ら の関 係 諸 団 体 が︑ 密 接 な 協 力 体 制 を 確 立 す る こ と が必要 であ り ︑ そ の協 力 体 制 のも と. に適 切 な指 導 ︑ 保 護 お よ び監 督 が行 な わ れな け れば な ら な い﹂ とす る趣 旨 のも の であ った ︒ そ の基 本 的 な骨 子 は つぎ の とお り であ る︒. 1︑ 関 係 機 関 ︑ 団 体 から な る就 学 奨 励 対 策 委 員 会 (仮称)な ど を設 置 し て︑ 協 力体 制 を確 立︑ 相 互連 絡 を 密 に し て問 題 の解 決 を は か る︒. 2︑ 保 護 者 お よ び 一般 に対 し︑ 義 務 教 育 の重 要 性 な ら び に不 就 学 長 期 欠席 状 態 の解 消 の た め に 必要 な 児童 福 祉 ︑ 生 活 保 護 ︑ 年 少 労 働 保 護 等 の重要 性 に つ い て周 知徹 底 を は か る︒. 3︑ 義 務 教 育 完 全 就 学 実 現 の た め に︑ 法 令 に規 定 す る事 務 ( 就学義務︑児童福祉︑生活保護等)を履 行 す る︒. 4︑ 児 童 生 徒 の校 内 お よ び 校 外 にお け る生 活 に っい て︑ 指 導 ︑ 保護 お よ び 監督 を じ ゅう ぶ ん に行 な い︑ 不 就. 学 ︑ 長 期 欠 席 の防 止 を は か る と とも に︑ そ の早期 発 見 に つと め︑ 適 切 な措 置 を講 ず る︒. こ のよ う な ︑ かな り き め の細 か い通達 が 出 さ れ た と し ても ︑ す でに み た よう に︑ 末 端 に ま で透 徹 し な い と こ ろ に︑対 象 者 無 視 の︑ 通達 行 政 の欠 落 が如 実 にみ ら れ る ので あ る︒. 五 ︑表 1〜 4 にお け る長 期 欠席 児 童 生 徒 数 に っ いて み た と き︑ こ こ に は単 な る ト ー タ ル のみ示 さ れ て いる の に過 ぎ. 一四 一. な い の であ って︑毎 年 度 これ に該 当 す る 児童 生徒 数︑ お よ び新 し く こ の層 に ラ ンク さ れ た児 童 生 徒 数 ︑ さ ら に は 義務教育における不就学︑長 期欠席 に関する考察.
(10) プ四二. 一度長 期欠 席 の経 験 を も って いて︑ あ る期 間 を お いて︑ 再 び長 期 欠 席 の対 象 と な って い る児 童 生 徒 の数 な ど が明 ら か でな い︒. こ のよ う な種 別 的 分類 が 不明 であ る と ︑長 期 欠 席 児童 生徒 の動 態 が把 握 で きず ︑ そ れ は︑ 長 期 欠 席 完 全解 消 を. めざ し て の指 導 を す す め るう え でも ︑ 指 導 の力 点 を ど こ に お く か定 ま ら な いこ と に も な り か ね な い︒ し た が っ. て︑ 単 に数 字 が下 が ると いう こと だ け を も ってし ては ︑ これ を 正 当 に︑ ま た客 観 的 に評 価 で き な いと思 わ れ る の であ る︒. 六 ・ (関連して)さ ら に︑ 長 期 欠 席 児 童 生 徒 の数 が逐 年 減 少 し て い る から と い って︑ 長 期 欠席 の完 全 解消 が 保障 さ れ. て いる と いう わけ のも の で はな い︒ 長 期 欠 席 児 童 生 徒 数 ゼ ロ化 への過 程 は ︑ 決 し て安 易 な も の では な いと いう こ と で あ る︒. 変 動 の著 し い現 代 の社 会 ・経 済 情勢 や︑ そ れ に とも なう 社 会 的 ・経 済 的 条 件 の変 化 等 は︑ 例 え ば ︑ 失 業 者 の増. 大 ・ 交 通 過 密 ︑ 各種 各様 の公害 の発 生 な ど を も たら す こ と が予 想 さ れ︑ そ れ は ま た︑ 直 接 聞 接 に子 ど も たち の学. 校 適 応 を いろ いろ な か た ち で妨 げ る で あ ろ う こと が予 見 さ れ る ので あ る︒ そ れ は極 言 し て︑ ﹁長 期 欠席 予 備 階 層﹂ と し て の子 ど も 群 の発 生 を も 意 味 す ると は いえ な いだ ろ う か︒ 二︑ 明 治 以 降 に お け る 就 学 施 策 と 諸 問 題. さ て・ こ こ で わ が国 学制 の歴 史︑ そ れ も き わ め て 浅 い歴 史 ( 明治以降七+年ほどの) のな か で︑ 就 学 に関 す る諸 施 策 が ど のよ う な︑ か た ち で と ら れ て き た のか回 顧 し て み た い︒.
(11) ○ わ が国 学 制 の特 色. 就 学 率 の変 化 の状 況. こ れ を と お し て︑. ○. 年 五 年. 六 年. 八 年. 記 学制 が布 かれた. 事. 備. 就 学 せ ぎ る 者︑ 学 区 取 締 が 調 査︑ 結 果 は地 方 官 に 提 出 ︑ 地方 官 は督 学 局 に 報 告. 委 託 金 府 県 交 付 (学 校 増 設 のた め) ﹁学 齢 ﹂ な る こ とば 用 いら. 男子. 一五 ・ 一四 %. 三 九 ・九 〇 %. 男子. 一八 ・七 〇 %. 五 〇 ・七 三 %. 一四 三. 女子. 満 六才〜満十四才 を学齢. 女子. 六才 〜十三才 まで の者就 学. 旧藩 時代 の寺小屋を基 盤に編成. な ど の様 相 を︑ 概 括 的 に把 握 し て み た いも の であ る︒. 明治. 明治. 明治. れる. 学 事 年報 諸 表 式 の決定 ( 教 育 統 計 の草 創 ) 特 に不 就 学 児 童 と 関 連 し て ﹁貧 民 ノ子 女 ヲ学 二就 シ ムル. 義務教育 における不就学︑長 期欠席 に関する考察. 考.
(12) 法﹂の報告. 小学扶 助金制. 年. 明治 教育令公布. 九. 明治 十 二 年 就 学督責規 則起草 心得 の交 付. 学齢 子女数 に配布. 査表 ﹂ を毎 年 一月 に府 県 へ提 出. 小学校令制定. 尋 常 小学 校 の教 科 を卒 え な い 者 は︑ 学 齢 が 過 ぎ て も 就 学義 務 が存 在. 男子. 三 三 ・六 四 %. 六 七 ・ 一六 %. 一四 四. 女子. 男子. 三〇 二 二 %. 亠 ハ一 二 ・○ ○ %. 学齢 児童 は︑ 満 六才 〜 満 十 四才 の八 か年. 委 員 が 郡 区 長 に提 出 ︑ 郡 区 長 は ﹁郡 区 学 齢 就 学 調. 学 事 表 簿 様 式 の制 定 ︑ ﹁学 齢 就学 調 査表 ﹂ と 学 務. 明治 十 四 年. 明治 十 六 年. 明治 十 九 年. 明 治 二十 一年. 女子.
(13) 匪 泌仁 1I‑ 1 ‑11I. 明治 二十四年. 明治 二十 六年. 明治 三十 一年. 明治 三十三年. 明治四十 一年. 小学校令改正 教育勅語 公布. 学 齢 児 童 を保 護 す べき 者 と し て︑ 父 母 ︑ 戸主 ︑ 後 見 人 が こ れ にあ た る べき で あ ると 規 定. 女 子就 学勧誘策が とられ る 女 子 教 育 の教 科 に ﹁裁 縫 ﹂ の採 用 ︑家 庭 生活 と の 関 連 に お い て教 育 方針 を改 善 ︑ 就 学督 励 方 策 をと る. 小 学校令改正 ( 就 学 の免除 または猶予 の規定) 義務教育 六年 となる. 義 務教育 におけ る不就学︑長期欠席 に関する考察. 男子. 女子. 男子. 女子. 九 六 ・八 六 %. 九 八 ・七 三 %. 五 三 ・七 三 %. 八 二 ・四 二%. 三 二 ・二三 %. 男 ヱ﹂ 六 六 ・七 二%. 女子. 一四五.
(14) 大正. 五 年. 三. 年. 一 年. 大正 十 二 年. 昭和. 昭和. ( 工場法施行令) 尋 常 小学 校 の教 科 を修 了 し な い学 齢 児 童 を使 用す る 場 合︑ 工業 主 は 遅 滞 な く就 業 に ついて 必要 な事 項 を 定 め地 方 長 官 の認 可 を う け る. ( 工業 労働者 最低年齢 法) 十 四 才 未 満 の者 は︑ これ を 工業 に使 用 す る こと が でき な い︒ た だ し︑ 十 二才 以 上 に し て尋 常 小 学校 の教 科 を 修了 し た者 は これ を 使 用す る こと が で き る. \. 学齢 児童就 学奨励規程 貧 困 の た め就 学 困難 な学 齢 児 童 ︑ 盲 者 ま た はろ う 唖 者 で貧 困 のた め 盲学 校 また は ろ う唖 学 校 の初 等. 男子. 女子. 男子. 九 九 ・四 〇 %. 九 九 ・四 八%. 九 九 ・ 一五 %. 九 九 ・三 二%. 一四 六. 女子.
(15) 昭和. ﹂. 五. 年. 年. 年. 八 年. 七. 昭和 十. 昭和. 昭和. 部 に 入学 困 難 な者 に対 し て は国 庫 ︑府 県︑ 市 町村. 男子. 九 九 ・五 六 %. 九 九 ・五 九 %. 備考ら ん数字は就学率 を示す. 女子. え用 意 でき な い欠 食 児童 発 生 し︑ 社 会 問 題 と な る︒. こ の頃 農 業 恐 慌 お こる︒ 農 村 の負 債 急増 ︑ 小 学 校 の弁 当 さ. は相 当 の 支出 金 をも って こ れ を救 護 す る. 学校給 食臨時施設方法 こ の頃 の農山 漁村 の未 曾 有 の窮 迫 し た経 済 事 情 に より 生 ま れ た も の︒ 小 学 校 児 童 で家 が貧 困 のた め 食 事 を 欠 き ︑ あ る い は また は な は だ し い粗 食 を し て就 学 上︑ 養 護 上支 障 あ る 者 に対 し て︑ と く に 学 校 にお いて給 食 さ せ るた め ︑ 政府 より 援 助 費 支 出. ( 児童虐待防止法). ※. 一四七. いう ま で も な く明 治 の初 期 に お け る文 明 開化 の思 想 は ︑ た とえ ば福 沢 諭 吉 の ﹁学 問 のす す め﹂ に よ っても 明 ら か 義務教育におけ る不就学︑長期欠席 に関す る考察.
(16) で あ る︒. 一四八. こ の思 想 は当 時 抬 頭 し て き た いわ ゆ る 四民 平 等 の語 で わ か る よう に︑ ﹁学 を志 す も の は 士以 上 のも の に限 ら れ︑. 農 工商 は卑 賤 で あ る か ら 学 は不 要 で あ る﹂ と し た旧 来 の陋 習 を打 ち破 ったも の で あ った︒. 考 え て み る と︑ あ らゆ る子 弟 に対 し て︑ 教 育 の機 会 均 等 のた め の門 戸 を解 放 し た のが 学 制 発 布 (明治 五年)で あ っ. た ︒ ま た こ の学 制 は︑ 特 に女 子 が男 子 と差 別 な く就 学 す る こ と の要 を強 調 し た点 も 注 目 さ れ る ど こ ろ で あ った が︑. 現 実 に は表 に み ら れ る よう に男 子 三 九 ・九 〇% ︑ 女 子 一五 ・ 一四 % に過 ぎ ず ︑ 人 々 が当 時 の学 校 を ど のよ う に考 え て いた か を よ く示 し て い るも の と い え る︒. 国 は 学制 に基 づ いて︑ 小 学 校 の設 置 に大 いな る努 力 を 払 った ( 僅 かの期間 に二万数千の小学校を全国に設置)が ︑ こう. し た動 き に さ き が け て︑ ﹁明 治 二年 ︑ 地 域 社 会 の人 々 の出 資 金 に よ って設 置 ︑ 運 営 さ れ た京 都 市 小 学 ︑ 中 学 の ケー. ス﹂ (京都小学三+年誌)は︑ 教 育 に お け る 地方 自 治 の基 本 的 あ り か た を先 駆 的 に示 唆 す るも の と し て︑ ま さ に異 色 な 形 態 で あ った と いう こ と が で き よう ︒. し か し︑ 明 治 五年 の学 制 が ﹁就 学 せざ る者 を学 区 取 締 が調 査 し︑ そ の結 果 を 地 方 官 に提 出 せし め︑ 地 方官 は ︑督. 学局 に報 告 し て い た﹂ こ と で わ か る よう に︑ 明 治 以 降 の近 代 的 教 育 思 想 摂 取 の方 向 性 は ︑多 分 に権 威 主義 的 ︑官 制 的 な 色彩 を強 くう ち出 し て い た こ と が十 分 にう か がえ る の であ る︒. ま た︑ 年 表 に み る と お り︑ 明 治 中 期 ま で漸 増 を示 し てき た わ が国 の就 学 率 は ︑ 大 正 期 に入 って急速 に 上昇 し てき た︒ こ の現 象 は︑ 同 時 に国 民 文 化 の水 準 の向 上 を 意 味 す る︒. こう し て わ が国 の学 制 は︑ 資 本 主 義 の世 界 史 的 な文 化 の波 に の って発展 し てき た の であ るが ︑ こ のか げ に は す で.
(17) に ふ れ た よ う に︑ 国 家 の強 制 就 学 の方 法 が とら れ て き た こ と に注 意 す る要 が あ る だ ろう ︒. ( 学. さ て︑ こ の期 間 にお け る 長 期 欠席 児 童 の実 態 は︑ 遺 憾 な が ら客 観 的 な資 料 が基 本 的 に欠 乏 し て い る の で把 握 す る こと は 不 可能 であ る︒. し た が って こ こ では ︑ 国 家 的 な 見 地 か ら と ら れ てき た と こ ろ の︑ 就 学督 励 の諸 施 策 の裏 面 に存 在 し た不 就 学. 齢簿 に載 っていながらも通学 していな いこと) の実 態 を可 能 な 範 囲 内 で把 握 し︑ 明 治 以 降 の文 教 施 策 の 一分 野 を占 め る. 就 学 問 題 にみ ら れ た 教 育福 祉 ︑ 児 童 福 祉 の欠 落状 態 を明 ら か に し て お き た いと考 え る の で あ る︒. 不 就 学 の実 態 を 農 村 に求 め ると ︑ 前 近 代 的 な 家 族 主体 の農業 労 働 のも と に あ って子 ど も の労 働 は︑ そ れ自 体 が宿 命 的 な 期 待 感 を も た れ て恒 常 的 に存 在 し て いた ︒. し た が って彼 ら の就 学 状 況 は︑ ﹁就 学 率 の上 昇 と とも に︑ 学 校 にき て い る時 間 だ け 農 家 の子 ど も は 労 働 か ら 解 放. さ れ る よう に な った︑ と いう こ と を あげ る こ と が でき る であ ろ う ︒ し かも 岐 阜 県 のあ る 農 村 の小 学 校 では ︑明 治 五. 年 の学 制 頒 布 後 二十 数 年 を経 ︑ 日清 戦 争 に勝 利 をえ て国 運 の隆 昌 を ほ こ っ た 明 治 二十 九 年 にお い て︑ 就 学 率 が 五. これ ら の︑ 一. 八 ・八 % で あ り︑ さ ら に十 年 を経 た 日露 戦 争 後 の三 十 九 年 に就 学 率 が 九 六 ・ 一% に達 した と き でも ︑ 就 学 児 童 四 二. 一名 の約 半 数 に当 た る 一九 九名 が学 校 に在 籍 し て いな か った︒ 1 岐 阜 県 加 茂 郡 古 井 小 学 校 沿 革 史 1. 応 は就 学 し て いる が学 校 に は いな い子 ど も の申 に は︑ 小 学 四 年 (当時 は四年が義 務)終 了 後 ︑ 子 守 り に い ったり ︑ 女. 工 と な った り し た も のも あ った ろ う が︑ 自 家 に お いて農 業 労 働 や 家 事 労 働 に し た が って いた も のも 相 当 あ った と考. 一四九. え ら れ る ︒ 全国 的 に 見 て も︑ 顕 著 で あ った就 学 者 と在 籍 者 の差 は︑ そ の後 さ す が に小 さ く な った の であ る が ︑﹂ ( 小 義 務教育 における不就学 ︑長期欠席 に関する考察.
(18) 一五〇. 川太郎 ﹁日本 の子ども﹂ 一九七頁) こう した実 情 を み る に つけ︑ 農 村 労 働 の後 進 性 と とも に そ の中 に あ って︑ 労 働 力 と. し て の子 ど も が ︑ 学 校 へも いく こ とな く ︑ 家 に束 縛 さ れ 原 生 的 な労 働要 員 と し て位 置 つ いて いた こと を窺 い知 る こ ど が でき る の であ る ︒. も っとも こ の児 童 労 働 は︑ いう ま でも な く ︑ な にも農 村 に限 った こと では な い︒ た と え ば明 治 三 十年 八︑ 九月 大 阪 にお け る ﹁教 育 会 の調 査 に拠 れ ば ︑. 一四 七. 四 ︑ 一三 九. 一九 〇. 計. 四三. 三︑ 四 一七. 一 一︑ 三 五 一. 女. 十歳 未 満 七 二二. 七︑ 二三 八. 一五︑ 六 八 〇. 男. 十 四 歳未 満 四︑ 一 = 二. 一〇︑ 八 〇 二. 齢. 十四歳以上. 四︑八七八. 年. 計. ( 略) 泰 璽 糞 霽 急 ↓漁 ・甥 懸象 塞 蹌 募 捻 禽 所獄 ︒而して各会社が受けたり蒜 する 教 育 の程 度 を 見 る に. 五︑ 九 八〇. 計 四︑ 六五三. 七︑ 七 七 一. 女 一︑ 三 二 七. 五︑ 二 六 二. 男. 無 教育 の者. 二︑ 五 〇 九. 教 育 の程 度. 少 し く教 育 を受 け た る者. 一︑ 九 二九. 1五 ︑ 六 八 〇. 八八七 一〇 ︑ 八 〇 t1. 一︑ 〇四 二 四︑ 八七八. 尋 常 小学 校 を卒 業 し た る者 計.
(19) 黙 堕 9 勲 盆 全蕪 馨 奪 で︑罫 綜 や歩 い霧 愈 潔 馨 審 掌 ︑更に年齢の長幼により. 十歳未満 三六. 十四歳未満. 五一. 二五. 十四歳以上. 〇. 二九. 七 一. 十 歳未 満. lo o. 五. 五四. 四 一. 十 四 歳未 満. 一〇 〇. 一〇. 四七. 四三. 十四歳以上. て 教 育 の多 少 を 調 査 比例 せ る者 を 見 る に. 教 育 の程 度 七九 五四. 二四. lo o. 女. 無 教 育 の者 二一. 一〇. lo o. 男. 少 し く教 育 を受 け た る者 〇. lo o. 舌. の関係 に付教育 の状態 を明 にす るを得ざ れば︑若 し其 れ特 に. 大阪 教育 会 の調 査 は僅 に五 十 人 以 上 の工場 を標 準 と し︑ 啻 に原 動 力 を仮 ら ざ る者 の みな ら ず ︑ 玉 簾 の如 き. 計. 尋 常 小学 校 を卒 業 し た る者 lo o. (略). 手 工業 篷 範囲 を加え︑漠 然として其工業 蠱. ︑ 同 U く 大阪 警. 会. 下層社会﹂ 天 ︒〜 天 二頁). 職 工 に於 ても 燐 寸 工 場 の如 く甚 し か ・ bざ 耄. を受 け ざ る者 三割 八分 の少数 に止 ま ・ らざ る は之 を明 言 す る を得 べし︑ 是. 者 を 見 るや 必 せ り︒ 之 を燐 寸 工場 に 就 き て 見 る も︑ 全 職 工 の+ 分 の五. 一種 の工業 に付 一々職 工 の教 育 程 度 を 探 究 せ ば 学齢 児 童 は平 均 二割 七分 のみ な らず ︑ 無 教 育 者 三割 八分 と い ふ の みな ら ず ・ 実 に多 数 の学 齢 児 童 及 び 無 警 満 の児 童 に し て︑ 全 く 警. のな れど も ︑ 蘿. 六 は+ 二蘗. れ燐 寸 工 場 に就 き て言 へ耄. 工場 を熟 響. る者 能 く 之 を 知 ら ん︒L ( 横山源之助 ﹁日奎. の調 査以 上 に出 で居 る は蘿. と い った あ り さ ま で︑ ど れ ほど 不 就 学 児 童 .無 教 育 者 の多 い かが瞭 然 であ る︒. 一五 一. と り わ け・ こ の調 査 は大 阪 府 下 の︑ 対 象 八十 二 工場 のう ち わず か 二十 二 工場 ︑ 回 収 率 二六 .八 % と いう 低 さ であ 義務教育におけ る不就学 ︑長期欠席 に関する考察.
(20) 一五二. った か ら ︑後 日 ︑ 大阪 教 育 会 が ﹁鳴 呼 此 の数 十 会 社 は 回答 す る暇 な き か︑ 世 に教 育 を無 用 の も のな り とす る か︑ 将. た我 会 を 無用 な り と す る か﹂ と嘆 じ︑ 憤 慨 し た こ と で も わ か る よう に︑ 生 産 実 績 本 位 で教 育 軽 視 の風 潮 が︑ い か に︑ 当 時 の都 市 生産 企 業 界 に横 盗 し て い た か理 解 でき ると いう も の であ る︒. ま た︑ 横 山 源 之 助 指 摘 のとお り︑ ﹁僅 か に 五十 人 以 上 の 工場 を 標 準 と し﹂ て い る と こ ろ から ︑ 小 規 模 工場 を 調 査. 対 象 の フ レー ム外 にお い た と いう ︑ 実 態 把 握 のう え で の決 定 的 な 条 件 規 制 が な さ れ て いた こと も 回 収 率 の低 さ と と も に十 分 に認 識 し てお かな け れ ば な ら な い であ ろ う ︒. こう し て︑ 何 は とも あ れ︑ 資 本 主 義 発 展 過 程 にお け る労 働 力 の にな い手 に︑ 幼 い子 ど も の心 と か ら だ が 意図 的 に 引 き ず り こま れ ︑ む し ぼ ま れ て い った ので あ る ︒. こ の子 ど も た ち の労 働 力 は ︑ 大 正期 に 入 って 広 く 社 会 の注 目 す る と こ ろ と な り ︑同 五年 ︑ ﹁尋 常 小 学 校 の教 科 を. 修 了 し な い学 齢 児 童 を使 用 す る 場 合 ︑ 工業 主 は 遅滞 な く 就業 に つ いて必 要 な事 項 を定 め地 方 長 官 の認 可 をう け る﹂. と す る 画期 的 な ﹁最 初 の工 場法 が成 立 し ︑年 少 労 働 に対 す る 保 護制 限 の規 定 が つく ら れ た が︑ そ の とき でも 就 労 を. 禁 止 さ れ た のは 十 二歳 以 下 の尋 常 小 学校 年 齢 の子 ども だ け で あ った︒ し かも ︑ 法 の施 行 当 時 使 用 し て い た十 歳 以 上. の者 は そ のま ま認 め ら れ︑ ま た軽 易 な る作 業 に つい て は十 二歳 以 下 でも 条 件 付 き で就 労 が 認 めら れ た ︒ だ から そ の. 大 正 五年 末 に は︑ 十 二歳 未 満 の子 ども の労 働 者 は 一万 八百 ︑ 十 二歳 から 十 四 歳 ま で は十 三 万 三 千 を数 え た ︒ し か も. こ れ は 工場 法 適 用 の十 五人 以 上 の 工場 に就 労 す る子 ど も の数 であ った から ︑ 工 場 で働 く 子 ど も は さ ら に多 か った と 考 え ね ば なら な い︒﹂ ( 小川太郎前出書二二 一頁)実 情 のも と に お か れ て い た︒. (工場法の施行 による幼年労働 の保護が︑ このような実態であ った ことから︑ われわれは︑法 のも つ形式的な二面性を︑また︑.
(21) 内容 的 な建 前 と本 音 の異 質 性 を ︑ 法 の矛 盾 と して 捉 え る こ とが でき る ︒否 ︑ それ 以 上 に︑ 法 と 福 祉 と のi 感得 す る の であ る ︒ ). 人聞 性 の1. 懸隔 を. し た が っ て明 治 ・大 正 期 に お け る 不 就 学 児 童 の 全 国 的 な 数 字 は 後 述 す る よ う に ︑ か な り 尨 大 な も の に な る こ と が 推 測 さ れ る の であ る︒. 以 上 み て き た 年 少 労 働 へ の要 請 ︑ そ れ も 主 と し て 親 の 立 場 か ら の要 請 は ︑ た ん に わ が 国 だ け の こ と で は な く ︑ 十. 九 世 紀 末 の イ ギ リ ス に も み ら れ た ︒ す な わ ち ︑ ﹁ 一八 八 八 年 頃 迄 は ︑ 義 務 教 育 は ︑ ど う も 徹 底 的 に実 施 せ ら れ ず ︑. 何 や 彼 と 理 窟 を つけ て ︑ 市 長 か ら 特 別 の 指 令 を 貰 ひ ︑ 子 供 を 若 い う ち に ︑ 学 校 か ら 引 取 っ て し ま ふ こ と が ︑ 比 較 的. 容 易 で あ った の で あ る ︒ 現 在 ︑ ク ラ ス D の 子 供 達 が ︑ 彼 等 の両 親 の 時 代 よ り も 長 く 学 校 に 止 ま っ て ゐ る こ と は 事 実. で あ る ︒ し か し な が ら ︑ 十 四 歳 以 上 の者 で ︑ 尚 且 ︑ 学 校 に 止 ま っ て ゐ る 者 の数 は ︑ 極 め て 少 い︒. 小 学 校 以 上 の 学 校 教 育 を 受 け る こ と は ︑ 大 切 な こ と で は あ る が ︑ 小 学 校 を 卒 業 す る や 否 や 職 に つ い て稼 ぎ 始 め る. こ と と ︑ 学 業 の 継 続 と は い つ も 天 秤 に か け ら れ ︑ 後 者 の方 が 負 け て し ま ふ の で あ s sa°﹂ (S.S.Rownt ree"Poverty A. 学 校 か ら 出 来 る だ け 早 く 子 供 を 引 取 ろ う と し て 親 達 が 如 何 に 気 を 揉 ん で い る か に つ い て は ︑ 或 る 視 学 の語 っ. St udy of Town Li f e" 1 922 長沼 弘 毅 訳 七八 頁) ※. た 次 の や う な 実 話 を 聞 け ば ︑ は っき り わ か る ︒. 或 る 公 立 小 学 校 で ︑ 或 る 朝 ︑ 一人 の 子 供 が ︑ 妙 に ︑ そ は そ は し て気 を 揉 ん で ゐ た ︒ 先 生 が ︑ ど う し た の か ︑. と 聞 い た と こ ろ ︑ そ の 子 供 は ︑ 逆 に ︑ ﹁先 生 ︑ 今 何 時 ? ﹂ と 聞 い た ︒ ﹁十 時 半 だ よ ︑ だ が ︑ そ れ が ど う し た の. 一五 三. か ね ? ﹂ ﹁え ︑ 十 時 半 ︑ そ れ じ ゃ 先 生 ︑ 僕 ︑ も う 行 っ て も い い ? お 母 さ ん が ︑ 今 朝 十 時 半 に な った ら ︑ ち ょ う 義 務 教 育 にお け る 不就 学 ︑長 期 欠 席 に関 す る考 察.
(22) 一五四. ど 十 四 にな る から ︑ そう した ら 学 校 や め て い い んだ って い って ゐ た ん で す ﹂ と いう あ り さ ま で あ った︒. これ は︑ B ・S ・ラ ウ ント リ イが 一八 九 九 年 (明治 三+ 二年)イ ギ リ ス の ヨオ ク 市 に っ いて︑ 最 低 生活 の研 究 を お. こな った も の であ るが ︑ 当 時 の親 の学 校 教育 観 の 一面 も う か が え て 興 味 あ る こ と が ら と いえ よう ︒ わ が国 の場 合 も. 同 様 であ った が ︑さ ら に加 え て ︑子 ど も の学 校 観 はど のよ う な も の であ った か と いう と ︑﹁子 ど も が 学 校 に いる問 は ︑. 子 ど も は 労 働 か ら 解 放 さ れ て いた ︒ だ か ら ︑奴 隷 的 な 労 働 か ら 逃 が れ よ う と す る 子 ど も は︑ 学 校 で の時 間 を解 放 の. 時 問 と か んじ た ︒明 時 十 年代 に は 就 学 す る 子 ど も は学 齢 児 の半 ば に達 し な か った が︑ 就 学 し た子 ど も の中 に は︑ 学. 校 へいく と 称 し て ︑ ひ ば り の巣 を と って遊 ん で い る者 も少 な くな か った と いう し ( 岐阜県 .高橋氏談)︑ 今 日 でも 子 ど. も は下 校 時 に待 ち か ま え て いる労 働 か ら 逃 が れ る た め に︑ 放 課 後 も学 校 に残 ろう と し︑ 途 中 で道 草 を く って帰 宅 の. 時 間 を お く ら せ よ う と す る︒ 大 正 申期 の話 と し て ︑﹃た だ いま ﹄と あ いさ つを せ よ な ど と ︑先 生 は と ん でも な い こと. を 教 え て く れ た も ので あ る と述 懐 し た人 も あ る︒ こ っそ り と か ば ん を縁 端 に お い て︑ 川 や 池 に逃 げ だ す のが 子 ど も. の手 で あ った ので あ る ( 愛知県 ・松本氏談)︒ ﹂ (小川太郎 ﹁日本 の子 ども﹂ 二三二頁) と いう 実 態 が描 き だ さ れ て いる ︒. 小 川 太 郎 は ま た ︑不 就 学 の実 態 に つ いて同 書 で ﹁都 市 に お い て も︑ 明 治 二十 三 年 に ﹃仙 台 市 では 百 人 に対 す る三. 十 七 人 の不就 学﹄ と いわ れ︑ 全 国 的 に は︑ 六年 の義 務 制 が し か れ た明 治 四 十 一年 の小 学 校 生 徒 数 は ︑就 学者 よ り も. 百 十 一万 人 も少 な く な って お り ︑ 大 正 七年 に な って も そ の差 は十 二万 を数 え ﹂ た こ とを 指 摘 し︑ さ ら に ﹁昭和 二十. 七年 に お い てな お ︑ 九 年 の義 務 教 育 に お いて半 年 に五 十 日 以 上 欠席 の児童 生徒 が 二十 四 万 八千 人 あ る の であ る︒ こ. れ ら の学 校 生 活 を欠 く 子 ど も た ち の生活 に つい て は改 め て述 べる必 要 はな い であ ろう が ︑ こ のよ う な 不 就 学 ・長 欠. 児童 を 残 し つ つも ︑学 校 生活 を営 む子 ど も が徐 々 に増 加 し て い った結 果 が︑ 子 ど も の人 間 形 成 の上 にど う いう 意 味.
(23) を も った か ﹂ を問 題 視 す る︒. 三 ︑ 数 田 生 の ﹁児 童 保 護 問 題 ﹂. な お ︑ こ のほ か不 就 学 児童 数 を把 握 す る資 料 と し て広 島 県 教 育 会 発 行 ﹁芸 備 教 育﹂ (昭和+ 一年 +︑+ 一'‑ } ‑t1 月号). に収 録 さ れ た ︒ 広 島 師 範 学 校 ︑数 田 生 執 筆 にな る ﹁論 説 ・児 童 保護 問 題 ﹂ が あ る︒ す な わち ︑. ﹁(前略)最 近 加藤 精 三 氏著 す と ころ の ﹃小 学 校教 育 の財 政 的 基 礎 ﹄ を繙 く に及 ん で︑ いさ さ か平 常 の希 望 に適 す. るも のを得 ︑更 に其後 これ を 裏 書 き し傍 証 す る様 な資 料 を も 二 三求 め得 た︒ ( 省略)氏 の推 算 に よ れ ば大 正 十 一年. 三 月 一日 にお け る我 国 不 就 学 児 童数 はー ( 法令 上の手続を経 たる不就学児童は勿論 ( ( 小学校 令一 二+二条 三+八条) )一切 の事. 実上の不就学児童を包含 するも のと信ず)1 四 十 三万 乃 至 四 十 五 万 であ る と いふ の であ るが ︑ 此 の推 算 の基 礎 とな っ. た事実 ( 壮丁 の不就学調査) から 考 へて︑ 真 の不 就 学 者 数 は 尚 ほは るか に大 な る も のが あ る で あ ろ う と いふ の であ. る︒ 氏 は更 に此 の調 査 以外 の種 々な る調 査 を 行 った結 果 ︑ あ る も の か ら は 七 十 五万 と いう 数 字 を得 ︑ 最 多 のも. 三百 万 で あ った様 に︑ 又 木村 正義 氏 は三 + 万 位 であ ろ う 生 云って居 ら れ る ( 蒂 国警. 六 九 四︑ 茗 渓 会 教 真. 四. の に至 っては 百 六 十 四 万 と いう 推算 さ へ可 能 で あ る と述 べて居 ら れ る︒ ( 此 の数字に関 して野田博士は中橋文相時代の 調 査 に 依 れ竺. > > 1 ) ) °私は前者 は数字が大に過 ぎ後者は少に過 ぎると思 って居 る) これ ら の調 査 の行 は れ た のは大 正 十 一年 又 は昭 和 元 年. 一五五. の こ と であ って云 はば 一昔 も 二昔 も 以 前 の こ と では あ る が ︑私 の此 の小論 に於 て 主意 とす る と こ ろ は必 ず し も そ. の数 字 の可 及 的 に正 確 で可 及 的 に最 近 のも ので あ る こと を要 求 す る も ので は な い︒﹂ と展 開 す る︒ 義務教育 における不就学︑長期欠席 に関す る考察.
(24) 一五 六. こ こ で 重 要 な こ と は ︑ 数 田 生 が 指 摘 す る ﹁必 ず し も そ の 数 字 の 可 及 的 に 正 確 で 可 及 的 に最 近 の も の で あ る こ と を. ( 問題)と し て. ( 数 田 生 は こ れ に つい て ﹁己 に就 学 の始 期. 要 求 す る も の で は な い﹂ が ︑ 壮 丁 不 就 学 調 査 か ら の逆 推 算 で も わ か る よ う に ︑ 当 面 す る 現 実 的 意 味 の︑ 客 観 的 で 周 密 な 調 査 統 計 に よ る 実 態 把 握 が 累 年 な さ れ て い な か った こ と. に達 した る 学 齢児 童 に して 而 も就 学 せぎ る 者︑ 並 び に己 に就 学 の始 期 に達 し た る をも って 一旦 就学 し なが ら 然 も 未 だ就 学 の終 期 に. 達 せざ る中 途 に 退学 をす る ︑ 学 齢児 童 数 は 一体 ど の位 ある も ので あ ろう か ︒ 私 は 此 の数 字 を何 と か し て知 り た い と思 って︑ 一人 の. 薄 幸 な友 人 の行 方 を探 す 様 な 気 持 ち で︑ 可 な り 長 い間 探 し求 め て居 る が︑ それ が な か な か求 め得 な い の であ った ︒ 人或 は文 部省 年. 報 や県 の統 計 書︑ 学 事 要 覧 な ど が あ る で はな いか と言 ふ か も 知 れ な い が︑ これ ら の も の にあ ら は れ て い る所 謂 学 齢児 童 の不 就 学 統. 計 と いふ は︑ 私 の要 求 し て居 る と こ ろ のも のと は実 は甚 だ 縁 の遠 いも の な の であ る ︒ ﹂ と︑ 在 来 の教 育行 政 統 計︑ 学 校 教 育 統 計 の 不備 を指 摘 す る)︒. つぎ に︑ す で に み て き た よう に︑ 国 家 的 な 規 模 に よ る強 制 就 学 の方 途 が講 じら れ て︑幸 い就 学 率 の上 昇 は 期 せ ら. れ た け れ ど も ︑ こ の こ と は ︑ そ の過 程 に お い て 生 じ た さ ま ざ ま な 欠 落 ‑ 子 ど も の 教 育 権 の 保 障 ︑ 子 ど も の福 祉 権 の. 尊 重 等 のー を 埋 め る こ と な く ︑ 見 す ご し て 経 過 し て き た と い う 点 で 厳 し く 評 価 さ れ な け れ ぼ な ら な い ︒ 就 学 し な い. 子 ど も た ち や ︑長 期欠 席 の子 ど も た ち に対 す る就 学 上 の配 慮 がま ったく と い って よ い程 に︑ 欠 け て いた 事 実 を 認 め な いわ け に は いか な い ので あ る︒. さ て ︑ こ こ に と り あ げ る 数 田 生 の ﹁児 童 保 護 問 題 ﹂ は ︑ 昭 和 十 一年 と い う ひ と つ の 歴 史 の 点 が も つ時 代 の背 景 ー. そ れ は ︑ 国 を 挙 げ て 戦 時 体 制 に 突 入 し つ つ あ った と いう ー の な か で 論 述 公 開 さ れ た も の で あ る こ と に 注 目 し た い ︒. 内 容 的 に は ︑ 具 体 的 な ビ ジ ョ ン に 欠 け る 恨 み は あ る と いう も の の ︑ 教 育 や 子 ど も ︑ そ れ に 関 連 す る 法 律 の 諸 問 題.
(25) を ︑ ヒ ュ ー マ ン な 立 場 か ら 鋭 い 感 覚 で と ら え て い る ︒ そ れ は い っ て み れ ば ︑ 当 時 の初 等 教 育 界 に 対 す る 訴 え だ け に. 止 ど ま ら な い で ︑ ま さ に ︑ 今 日 よ う や く 重 要 視 さ れ て き た 教 育 福 祉 の ﹁先 駆 を な す も の﹂ で あ る と い っ て 過 言 で は な いと 思料 す る の であ る︒. 以 下 ︑ 数 田 生 の ﹁児 童 保 護 問 題 ﹂ の な か か ら 重 要 と 思 わ れ る 内 容 を こ こ に 紹 介 し て ︑ 広 く 江 湖 の思 索 の 資 に 供 し た い︒. であ る︒ ど ん な貧 困 な 家 庭 の子 供 でも 小 学校 へだ け は上 ら せ る︒ そ れ は 人 の子 の親 の義 務 でも あ り ︑ 日本 国 民 の義 務 でも あ る. ○ ﹁六 七歳 か ら 十 三︑ 四 歳 位 迄 の 子供 と い えば ︑ 何 と言 っても 凡 ての も の が小 学 校 に通 って︑ 所 謂 国 民普 通教 育 を受 け て 居 る年 齢. ( 民 法 八 七九 ︑ 小学 校 令 三 二)︒ 況 ん や 人間 何 の冥 加 に か猗 頓 の富 を 背 負 ひ ご ん で富 裕 な 家 庭 の子 女 と 生 れ て は︑ 小 学 校 に通 う時. 代 こ そ は真 に最 大 の幸 福 時 代 であ り︑ 希 望 と 光 明 と に か が や い て成 育 を す る時 代 では な か ろう か ︒ 富 者 の子 弟 も 貧 者 の子女 も 子. 供 と 云 え ば 小 学校 ︑ 小 学 校 と 云 え ば 子供 ︑ そ れは 天 下 の子 供 の パラ ダ イ スで あり ︑ レ ソー ト であ り ︑ セ ルタ ー で あ る︒ 家 庭 で 子. 供 の姿 が 見 え ね ば学 校 に問 い合 せ て見 よと い ふ︒ 子 供 は学 校 に上 る も の︑ 学 校 に通 う も の︑ 学 校 で 一日暮 すも の な の であ る︒ 日. 本 全 国 一千 万 の学 童 が朝 八時 頃 か ら 午後 三時 ︑ 四 時 頃 迄 ワ ァと 言 う 喊 声 を あげ て運 動 場 に 土煙 り を ま き お こ し て居 る勇 ま し い姿. を想 像 し て は ︑何 と言 っても ﹁子 供 は学 校 ﹂ と い ふ 一つの新 し い成 語 が 生 れ てく る ︒ 然 る に茲 に此 の社 会 の絶 対 命 令 を う ら ぎ つ. て数 十 万 乃 至 百 万 にも 近 い不 幸 な 児 童 が彼 等 の最 も 親 し ま る べき 小 学 校 にも ︑ 行 く べく し て行 って居 な いと い ふ厳 然 た る 事 実 が. が若 し此 の 一大 事 実 に直 面 し乍 ら 尚 も耳 を掩 う て 居 る と いう 態 度 で事 は済 む であ ろ う か︑ 然 り と せば そ れ は極 め て呑 気 千 万︑ 無. 確 証 せら れた の で あ る︒ 子 供 と 共 に 生 き て行 か ね ば な ら ぬ︑ 子 供 の将 来 に国 家 と 社 会 と か ら其 の大 責 任 を 負 は さ れ て居 る も の 達. 責 任 極 ま る 話 と言 わね ば な ら な い︒﹂. で は な いか と ︒ ラ ン ド セ ル を背 負 う た り︑ 綺 麗 な セー ラ i服 を着 た り し て学 校 に来 る も のば かり が 子 供 だ と思 う たり ︑ か う し た. ○ ﹁私 は思 ふ︒ と かく 社 会 は入 の 子 の 親も 学 校 の教 師 も︑ そ の明 る い 半面 の み を人 生 と 考 へ教 育 と 考 へて︑ こ れ に狂 奔 し て 居 る の. 子 供 を中 学 校 や女 学 校 に進 学 さ せ る こと ば か り が 児童 観 であ った り ︑教 育 の帰 決 であ った りす る の では な い かと ︒ 然 る に 今私 は. 一五 七. 人 間 生 活 の暗 い半 面 ラ ン ド セ ルや セー ラ ー服 は愚 か ︑ 生命 を維 持 す る 最少 限 度 の保 証 す ら な き れ て居 な い程 の 不幸 にし て 悲 惨極 義 務 教 育 にお け る 不 就 学 ︑長 期 欠席 に関 す る 考 察.
(26) 一五八. ま る数 十万 乃 至 百 万 の児童 が と にか く 此 の社 会 の何 処 か で其 の 日其 の日 を 送 って居 ると い ふ明 か な事 実 に直 面 し て は何 と な く︑. 重 く る し い気 持 ち にな らぎ る を得 な い︒ 人 生 の最 大 幸 福時 代 を病 弱 故 に︑ 貧 困 故 に︑ 父 母 な き故 に︑ 父 母 の無 理解 故 に︑ 国 家 の. 児 童保 護 精 神 の徹 底 せ ぎ る故 に︑ 廟 け ら れ︑ 虐 げ ら れ︑ 苦 し めら れ︑ 強 いら れ︑ 諭 され ︑賺 さ れ︑ 凡 そ数 十 万 乃至 百 万 にも 近 い. に見 逃 す べ き こと では あ る ま い︒ 実 際 こ れ は大 問 題 であ る ︒ ﹂. 少 年 が小 学 校 にも 通 ふこ と を許 さ れず ︑ 此 の お 互 の社 会 のど こ か で少 年 か ら青 年 へと 段 々成 長 し つつあ る と い ふ社 会 事 象 は 軽 々. で地 下 を も ぐ る人 間 であ って どう し て こ れ ら のも の の つく る や が て の社 会 が 幸福 で あり 得 よ う か︒ こ れだ け の 事実 を観 て尚 此 の. ○ ﹁仮 令 今 日 一千 万 の小 学児 童 に国 民 普 通 教 育 が授 け ら れ て み たと ころ で︑彼 等 の コン テ ンポ ラ リ ー数 十 万 乃 至百 万 が病 弱 で無 知. 不 幸 な 小国 民 に同 情 と 関 心 と が持 て ぬ様 で は ど れ ほど 教 育 を論 じ て見 た と こ ろ で真 に国 家 を 憂 ふる所 以 では あ る ま い︒ 渡 世 の師︑ や 我 利 我利 盲 者 た る 親 達 に は こ の事 が わ から な い︒﹂. か な い此等 の 子供 は 一体 何 処 で其 の日 其 の日 を 送 って居 る ので あ ろう か︒ ﹃子供 は学 校 ﹄ た る こ と を信 じき って 居 るも の にと つ. ○ ﹁学 校 に 行く べく し て行 って居 な い数 十 万 乃 至百 万 の児 童 は ど う い ふ原 因 で学校 へ行 って居 な い の であ ろ う か ︑ 次 に は学 校 に行. ては ︑ そ れ は い みじ く も 大 き な疑 問 でな け れ ば なら な い︒ こ ん な こと を考 え 乍 ら私 は夕 食 後 の二︑ 三十 分 を 特 に街 の中 の散 歩 に. 折 々費 し て み る こと が あ る︒ そ の散 歩 の度 毎 に 此 の疑 問 の何程 か宛 が解 決 さ れ て成 程 と 私 に合 点 を さ せ る︒ そ の こ と が益 々此 の. 問 題 の中 に私 を ひき 入 れ る の であ る︒ 街 の散 歩 の興 味 と は 何 か︒ 華 か に着 飾 って傲 然 と して 道 行く 都 会 人 を 見 送 り乍 ら ︑ 路 辺 に. 物 乞 う 乞 食 子供 を此 処 にも 居 る の かと 思 う ほ ど 散歩 の度 毎 に私 は 発見 す る ︒ 三味 線 を抱 え て 一銭 二銭 の恵 み の金 に声 を限 り に流. 行 歌 を 流 し て軒 つ た ひを す る小 娘 ︒ 芸 妓 ︑酌 婦 と お ぼし き 少女 ︒ 新 聞 や活 動 の ビ ラ を配 って 歩 く少 年 ︒ 屋 台 店 で焼 マン ジ ュウを. ひ さぐ 少女 等 々︒ 私 は僅 々二 十分 や 三十 分 の散 歩 の間 に所 謂 不 就 学児 童 の凡 て の生活 縮 図 が 見 ら れ る と い ふ の でも なく ︑ 又 これ. を そ のま 丶不就 学 児 童 の生 活 縮 図 と見 よう と い ふ の でも な い︒ 併 し少 なく と も 此 の都 市 街 上 の少年 少 女 風 景 は 問 題 の実 相 への何. 程 か の手 が か り と し て こ こか ら 一層 真 実 に近 いも のを探 し出 し 得 る で あ ろう し 唯 こ れ だ け の風 景 の中 に でも た し か に若 千 の興 味. は秘 めら れ て 居 る の であ る ︒ 広島 で は見 か け な い 風景 乍 ら 夕 方 の散 歩 途 上 に ﹃夕刊 夕 刊 小 父 さ ん夕 刊 を買 って﹄ と︑ 薄 ぎ た な い. か︒ ○ ○ の○ ○ ○ で 一町 も 二町 も ﹃小 父 さ ん お 金︑ 小 父 さん お 金﹄ と小 さ い乞 食 子供 が つ い て来 た の を思 ひ出 す︒ 今 日 の○ ○ に. 身 なり の少 年 に夕 刊 の押 売 り を さ れ た のは 愉 快 なも の で はな か っ た が こ れ も考 え て見 れば 薄 倖 な少 年 の生 活 苦闘 で はあ る ま い. そ ん な こと が あ る か な いか 知 ら な い が私 の○ ○ に 住 って居 た 頃 に は確 か にあ った 事 実 であ る ︒ 冬 の夜 更 け て辻占 を売 って歩 く 少.
(27) や船 乗 ︑ 小学 校 にも 上 り 得ず 少 年 少 女 の酷 使 さ れ て居 る 世界 は決 し て少 な く は な い の であ る ︒ ﹂. 年 少 女 ︑ 一本 の針 金 の上 や 一本 の竹 棒 の上 で 胆 を つづ す 様 な 曲芸 を演 ず る サ ー カ ス団 の少 年少 女 ︑ 角 兵 衛 獅 子 や 工 場労 働 ︑ 子 守. ○ ﹁古 か ら ﹃子供 の国 日 本 ﹄ と 言 は れる ほど 親 子 の惰 の こま や か な の が我 国 であ り︑ そ れが 我 国 独特 の家 族 制 度 と 融 合 し て真 に外. 抑 々日 本 人 の児 童 愛 護 はこ れ で も徹 底 し てゐ る と言 え る のか ︑教 育尊 重 の念 は こ. 国 では 見 ら れ ぬ ほど の子 供 王国 の国 風 を つく って来 た ︒ 此 の ﹃子 供 の国 日本 ﹄﹃子 供 王 国 日本 ﹄に驚 く 勿 れ 現 に 数 十 万乃 至 百 万 に も 近 い不就 学 児 童 が 存 在 す る と い ふこ と はi. れ でも 充分 と言 へる のか 否 国家 生 活 (経 済 ︑法 律 ) への反省 が こ れ でも 遺 憾 な い と言 え る のか︒ 近時 義 務 教 育 年 限 延長 の声 が 頓. に 現 実 性 を持 って高 く な った こ と はま こと に喜 ば し いこ と で あ る が︑ 私 は 現 在 の義 務 教 育 を 先 づ 以 て与 えら れ た ま ま に充 実 す る. こ と が甚 だ緊 急 な こ と を 感 じ るも の で︑ こ れ を 不可 分 の問題 と し て換 言 す れ ば百 万 不就 学 児 童 の現 状 に暖 き 救 ひ の 手 を さし の べ. る こ と を 忘 れな いよ う に し て︑ 年 限 延 長 問題 が速 か に実現 せ ん こと を 切 望 す る と いう 卑 見 を も って居 る ︒﹂. ○ ﹁前 に も 述 べた 如 く 今 私 は夕 食 後 の 二十 分 や 三 十分 の都 市 街 上 の散 歩 か ら 不就 学 児 童 の全 生 活 を ピ ック ア ップ し よ うな ど と 乱 暴. な こ と を考 へて居 る の で は な い︒ 而 し 問 題 は こ こか ら 出 発 す る︒ これ によ って幾 分 の関 心 を持 た れ同 憂 の士 は 試 み に 一日 を 費 し. て 県下 ○ ○ ○ の○ ○ ○ を訪 れ て漁 村 に 於 け る学 齢 児 童 不就 学 の実 状 を 調 べて み ら れ たら 驚 き は 更 に大 き い であ ろ う︒ 茲 に私 が 此. 問. 答. 問. 四 四 二人 と 記憶 し て居 ます ︒ 四 〇 人 の中 途 退 学 者 の 八倍 と見 て三 二〇人 ︑ そ れよ り 一二 〇人 位 多 く な る で せう ︒ 初 めか ら全. す る と現 在 の不就 学 者 と いう のは ど の位 です か ︑ つまり 学 校 に来 る べく し て来 てゐ な い児 童 の数 です が︒. あり ま す ね ︑ 毎年 中 途 退 学 者 だ け で何 しろ 四 〇 人 位 はあ る でし ょ う︒. あ な た の所 に は 不就 学 児 童 が 随 分沢 山 あ る でし ょう ね︒. の閾 題 に つ いて 同村 小 学 校 長 ○ ○ ○ ○氏 に教 を 乞 う た要 点 を 記 し て見 よう ︒. 答. そ れ が毎 年 二〇人 位 あ る の です︒ そ れ で これ を 二 倍 し て男 女 併 せ て 四 〇人 の中 途 退 学 者 と い ふも のを 申 上げ た わけ です︒. 壮 丁 の学 歴 調 査 の結 果 は如 何 です か ︑義 務 教 育 を 終 へな い者 の数 で す ね︒. 然 就 学 しな い のが沢 山 あ る の です か ら︒ 問. い や よく わ か り ま し た︒ と ころ が女 の方 は男 の方 よ り多 いか も 知 れ ま せ ん ね︒ それ か ら あ な た のと こ ろ の様 な漁 村 は 未 だ 県. 一五 九. 答. ○ ○郡 の○ ○村 ○ ○︑ ○ ○ の○ ○ 辺り も 随 分 ひ ど い で せう ︒. 内 に沢 山 あ り ま す か︒. 丶. 問. 答. 義 務 教 育 にお け る不 就 学 ︑長 期 欠 席 に関 す る 考察.
(28) 聞. 答. 一六Q. 大 阪 の船 場 あ たり に舟 を 家 と し て ゐ る連 中 は 全 く どう にも な ら な い で せう ね︒ 私 は こ う し た不 就 学 者 の数 を数 十万 乃 至 百 万. ま ち が いな いと思 い ま す︒ だ か ら 私 の と こ ろ では 御 承 知 の様 に こ れら の児 童 の た め に寄 宿 舎 を建 て て 一人 でも こ ん な児 童 を. と 考 え て る の です が︒. 救 ひ た い と念 願 し て来 た の です ︒ 実 際 私 の村 の教 育 を 考 え る と 恐 ろ しく な り ま す︒ 私 生 子 だ の無 籍 者だ の年 が 十 五 や 十 六 で子. を 生 む 娘 だ の お話 にな ら な い の です ︒ 少 年 刑務 所 から は し ば しば 村 出 身 の少 年 に つい て紹 介 を し て 来 ます ︒ これ は 私 の特 権 だ. と 思 う て居 ま す よ︒ 而 し よ う し︑ か う し た 子供 の た め にわ し の力 の つづ か ん 限 り働 い て やろ う と い ふ熱 情 も お蔭 で 此 の辺 から 湧 い てく る の です ︒. こ れら の少 年保 護 機 関. ○ ○校 長 が し ば しば 村 出 身 の犯罪 少年 の身 元 調 べを 依嘱 さ れる と い う少 年 刑 務 所 は 近 い所 で は尾 道 に も岩 国 にも あ る︒ そ こ 迄行. か なく ても こ れ と似 たり よ った り の風 景 は (? )広 島 修 道 院 でも 広島 学 園 でも 見 学 出 来 る︒ 私 は し ば く. 人 の子 と して ︑ 見 る から に世 を す ね た面 相 に変 って 収容 せら れ て居 る の であ る ︒﹂. も 訪 れ て みた が︑ そ こ に は お互 の愛児 達 と余 り 年 齢 の異 なら な い少 年少 女 が︑ 如 何 に 運命 の いた づ ら と は言 い乍 ら 悲 惨 な境 遇 の. 簡単 に片 付 け てお く 訳 に は ゆく ま い︒ 刻下 の日 本 に於 て義 務 年 限 延 長 問題 は元 より 国 民 総意 の然 も 多 年 の熱濤 なが ら ︑ こ こ に 又. ○ ﹁数 十万 乃 至 百 万 の児 童 が現 に学 校 に ゆく べく し て行 って居 な いと いう社 会 事 象 を認 識 し て は我 等 はも 早 ﹃子供 は学 校 ﹄ な ど と. 小 学児 童 の総 数 を 一千百 数 十万 乃 至 一千 二百 万 に増 加 す る と い ふ こと が (昭 和 九年 学 齢 児 童中 就 学 数 一〇 ︑ 九 七 八︑ 七 一八 ) こ. れ に も 劣 ら ぬ他 の緊 急 な 問題 で はな い であ ろ う か︒ 事 は 一見 消 極 的 な 努 力 で あ る か に見 え る が︑ 児 童 保 護 乃 至 は就 学 奨 励 聞 題 を. 徹 底 せ し めず し て徒 ら に教 育 内 容 の拡 大 や年 限 の延 長 のみ を 図 る の では 同 じ比 例 に於 て不 就学 児 童 数 の増 加 を結 果 す る虞 が あ り. は せ ぬか︒ こ れ私 が 児 童保 護問 題 を 不 可 分 の重 大 な る 問 題 と し ︑年 限 延 長 を実 現 し て貰 いた い と熱 望 し て居 る所 以 であ る ︒﹂. も のと は 考 へら れ て居 ら な い︒ こ れ を唯 一つの例 に つき て 考 へて見 ても ︑ 例 え ば貧 困 のた め生活 す る こ と能 わ ぎ る特 定 者 に対 し. ○ 児 童 保 護 法規 は果 し て充 分 に其 の法 とし て の 使命 を全 う し て居 る かど う か ︒ 今 日 の実 状 では 決 し て現 想 的 な 法規 が整 備 し て居 る. 一日 廿 五銭 以 内︒ こ れも 一世 帯 一日 一円 を 超 え る こ と は許 さ れ な い) ( 令 第 十 三 条) 或 は親 族 中 に 扶養 義 務 者 が あ る 為 に救 護 申. て は︑ 所 謂 救 護法 に よ って 救 護 が行 わ れ て居 る 一般 に信 じら れ て居 る の であ る が︑ 実 は救 護 額 が余 り に低 額 であ る こ と や (一人. 請 が出 来 な い ( 法 二条 )︒ と いふ様 な法 そ のも のの 不備 又 はそ の運用 上 の欠 陥 等 の た め に︑ 所 謂 生 活 に窮 追 せる 特 定 者 な るも の. 必 ず しも 一般 に 信 じら れ て居 る こ と程 左様 に大 き な法 の恩 恵 を 享 受 し て居 る も ので は な い︒ こ 丶を 以 て如 何 に救 護 法 が存 在 し て.
(29) 居 ても 此 の法 の欠 陥 か ら こ ぼ れ出 た者 達 は 其 生 活維 持 のた め に余 儀 なく 子 女 に廃 学 を強 い たり ︑ 納 豆 を 売 ら せ たり ︑ 工 場 に働 か せ た り す る こと にも な る の で あ る︒﹂. に 子 を抱 え て生 活 に 窮 し つ丶 ある 母 性 の救護 は出 来 るも ので は なく ︑ 栄 養 少 き 乳 に よ って辛 う じ て 死 を ま ぬか れ て 居 る赤 ン坊 の. ○ ﹁現 在 の母 性 保 護 に関 す る法 規 に し ても こ れ は 逐年 熱 心 な 運 動 と なり 建 議 と な って居 る か の母 子 扶 助法 に迄 進 歩 し な け れば ︑ 真. 救 護 は出 来 るも の では な い︒ 貧 児 の保 護 に関 す る法 規 も 決 し て 満 足 と は思 はれ な い ︒巷 に彼 等 の姿 の 見 え ぬ様 にな る の時 は何 時. であ ろ う か︒ 労 働 児 の保護 に関 す る 法規 に到 って は我 国 は 到 底欧 米 の列 強 に優 越 し て居 るも のと は 言 は れ ま い︒ 不 良児 の保 護 ︑. 犯罪 児 の保 護 に関 し て 更 に 一段 否 二段 も 三段 も立 法 上 の勇 気少 く とも 法 運 用 上 の 努力 が払 はれ な け れば な ら ぬ の では な いか ︒﹂. も 此 の 問題 こ そ他 に適 当 な研 究 者 が沢 山 あ る 筈 で あ る から ︑ 私 は 唯 一二 の感 想 を 述 べる に止 めね ば な ら ぬ︒ 而 し 誤 って いな い 一. ○ 学 校 教師 の無 理 解 な 教育 的 態度 ︑ 教 育 愛 の欠 乏 が 往 々 に し て少 年 の学 校 嫌 悪 ‑ 退 学‑ 放 浪 ー 犯 罪 を 強 い る場 合 の問 題 で あ る︒ 尤. 般 論 と し て︑ 教 師 は出 来 る だ け少 年 の家 庭 と個 性 と に通 じ て居 な け れば 適 確 な教 育 は出 来 る も の で は な い であ ろ う︒ 私 の経 験 か. ら し ても 教 師 が 凡 る 誠 意 を傾 け て居 る のに飽 迄弟 子 によ って反 逆 が行 わ れ る 様 な場 合 に は︑ 必 ず家 庭 的 な 原 因 が児 童 の性 格 的 な. 原 因 か が ひ そん で居 た︒ 此 の原 因 を 発 見 し て は彼 は最 早 憎 む べき 入" では な く寧 ろ潤 む べき 人 と な る の であ る ︒特 に我 等 が今 問 題. と し て居 る不 遇 少 年 ︑ 不良 少 年 ︑ 犯 罪 少 年 に対 す る 学校 教 師 の 一言 一行 こ そ は最 も 慎 重 でな け れば な る ま い︒﹂. 心 の非 常 に旺 盛 な青 年 教 師 であ った が ﹃私 は近 頃 大 いに嶄 新 な 某 科 の教 授法 を案 出 し て受 持児 童 の学 力 を 日 に 日 に進 め て来 た ︒. ○ ﹁或時 私 のと こ ろ に 二人 の小 学 校 の先 生 が落 ちあ って 私 と 三人 で互 に教 育 問題 を論 じて 居 た と こ ろ︑ 其 の中 の 一人︑ そ れは 研 究. 今 迄 一分 間 に数 十 の仕 事 しか 出 来 な か っ た も の が 現 在 で は数 百 の仕 事 が出 来 る様 にな った﹄ と如 何 にも得 意満 面 の様 子 であ っ. た︒ す ると 一方 の壮 年 教 師 は ﹃そ れ は実 に敬 服 の他 は な い︒ 定 めし 左 様 な研 究 は面 白 いこ と であ ろ う ︒ 葡 し拙 者 の様 に草 深 い 田. 舎 に仕 事 を し て い る者 達 に は左 様 な研 究 上 の愉 快 な ど は思 いも よら ぬこ と で︑ 尋 常 卒 業 が 近く な っても ︑ 五 十 や ︑百 の計 算 さ へ. 出 来 な い児 童 も居 る と いう 有 様 で︑ かう した 子 供 を 何 と か し て百 迄 の計 算 でも 出 来 る 様 に し て やり た いと朝 夕苦 心 をす る ︒ 而 し. 学 問 の出 来 な い の は未 だ堪 えう る ︒ か って私 の受 持児 童 に甚 し い盗 癖 の児 童 が居 てど う し ても 直 ら な い︒ 私 は此 の子 供 の矯 正 に. は ホ トノ丶 困 り ぬいた ︒ そ う し て 二︑ 三年 にわ た る私 の如 何 な る 訓 戒 叱責 も 結 局 無 駄 で あ った︒ 万 策 つき て最 後 に私 は彼 と 一年. 間 起 居 を 共 に し︑ 食 事 を共 にし ︑ 勉 強 を共 にし ︑ 運動 を共 にし ︑ 労働 を共 にし 乍 ら 一生 懸命 私 の心 を か た む け て彼 を 教 導 し て. 一宀 会. 見 た︒ こ のこ と の みが 終 に甲 斐 あ って︑ 或 日 彼 は ﹁先 生私 が悪 う 御 座 い ま し た︒ 長 い間 先 生 に申 訳 な い忘 恩 の振 舞 を 致 し ま し た 義 務 教 育 にお け る 不就 学 ︑ 長 期 欠席 に関 す る考 察.
(30) 一六 二. こん な 事 が私 達 田 舎 の 小学 校 教 師 の苦 心 で も あり 楽 し み で も あ. こ れ から は 正 し い立 派 な 人 間 に な り ます ︒ ど う ぞ堪 忍 し て下 さ い ﹂ と泣 き 泣 き 詫 び てく れ る ので あ った︒ 此 の子 供 は 今 で はあ る. る ﹄ と諄 々 と述 懐 談 を さ れ た の であ った︒ 私 は両 方 の話 を各 々異 った 興味 と敬 意 と を 以 て聞 き終 った が ︑ 此 の対 話 は何 と 言 りて. 呉 服 屋 の忠 実 な 番頭 と し て主 家 のた め に働 いて 居 る が ま あく. も先 の青 年 教 師 の 方 が敗 北 であ る と思 った ︒ 分 析 出 来 ぬ人 間 を 分 析 し て私 も 生 徒 に 英 語 を教 えた り ︑ 法制 ︑ 経 済 を 教 え た り し た. こ とも あ った ︒ ﹃教 育 は諸 教 科 を そ れ ぞ れ有 効 にす る こ と に よ って有 効 に な る﹄ と 考 え て居 る我 等 では な い か︒ 而 し ﹃諸 教科 の. 効 果 の寄 せ集 めが 教 育 そ のも の では な い﹄︒ 尤 も ら し い理窟 を言 う 者 でも ﹃諸 の教 科 が 互 に協 調 し て相 補 って統 一的 に円 満 に児. 童 の 一人 一人 を発 達 せ し め る﹄ と説 く の で はな い か (此 の引 用 は学 校 教 育 二 八 七号 教 育 効 果 反省 の目 標 西 晋 一郎 氏 三頁 か ら ) ︒. か く て教 科 の研 究 が 最大 に教 師 を狂 喜 せ し め る︒ 人 閲 が 不 具 者 に否 拗 者 ︑ 犯罪 者 に さ へな り つ 丶あ る事 を 気 づ かな い の であ る︒. 人 を 立派 な人 に作 る 方 法 は彼 を全 体 的 に導 き教 へる こと よ り他 に はな い︒ 此 の意 味 に於 て 私 は 深く 右 の対 話 の青 年 教 師 の教 育観. った な ら其 の末 路 はど う な って居 た であ ろ う か︒ 此 の話 を 唯 簡単 に 一人 の不良 児 の生 存 権 救 済 と し て見 送 る のは余 り に勿 体 な す. を 是 正 し て貰 いた いと 共 に壮 年 教 師 の努 力 に対 し て敬 意 を表 す るも の であ る ︒此 の少 年 が 若 し此 の教 師 ∂愛 によ って救 はれ な か. と. め. ぎ る ︒ そ れ は実 に社 会 自衛 上 の極 め て大 き な貢 献 でも あ ら ねば な ら な い︒﹂. ま. 考 え て み る と ︑ 不 就 学 ・長 期 欠 席 は 単 に 就 学 規 則 に 反 す る と いう こ と よ り も 重 要 な 意 を も つ︒ そ れ は 不 就 学 ・長. 期 欠 席 す る 子 ど も た ち が多 様 な要 素 を そ れ ぞ れ背 景 と し ても って いる から で あ り︑ こ れら の問 題 的 要 素 を 除 去 す る こ とが 困 難 な条 件 を と も な う か ら で あ る︒. い う ま で も な く ︑ 不 就 学 ・長 期 欠 席 の 原 因 は ︑ 身 体 的 虚 弱 ︑ 社 会 的 不 適 応 ︑ 情 緒 不 安 定 等 に よ る も の ︑ ま た 風. 俗 ︑ 慣 習 上 の相 違 ︑ 貧 困 等 が あ げ ら れ るが ︑多 く の場 合 これ ら の原 因 が複 合的 に作 用 し て存 在 す る︒ 何 れ に せ よ︑. 特 殊 な 場 合 を 除 い て ︑ 子 ど も が 正 常 に 学 校 へ出 席 し な い と い う こ と は ︑ 明 ら か に 非 行 化 へ の動 機 を な す も の で あ.
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