コミュニティ再生の方位と原理
新しい労働運動および互助システム形成にみる近代理念の弁証法的展開
The Destination and Principle of Regenerating Communities
The Dialectic Process of Modern Ideals “Liberty, Equality, and Fraternity”
Seen in New Labor Movements and Reciprocal Systems
早稲田大学大学院社会科学研究科 地球社会論専攻 社会哲学研究
今枝 俊哉 IMAEDA, Toshiya
2008年2月
<目次>
はじめに 1
第一章 近代市民社会の変遷 9
第一節 社会契約論による社会の設計 11
[1]生存権と合理性 11
[2]所有権と労働 14
[3]一般意志と平等 17
第二節 近代市民社会の成立と課題 20
[1]社会契約論のインパクト―正義と正当性のパラダイム転換― 20
[2]市場と分業による国富の増大 22
[3]結果の平等と一般意志の由来 24
[4]承認を求める闘争とリベラルな民主主義社会の行方 26
第三節 資本主義社会の発展と疎外 31
[1]階級対立と疎外された労働 32
[2]資本蓄積と目的合理性 35
[3]合理化による疎外 38
第四節 生活世界の抵抗と新しい社会運動 42
[1]対話による矛盾の克服 42
[2]自分探しと権力の可視化 45
第二章 新しい労働運動とコミュニティの形成 50
第一節 グローバリゼーションと国際連帯 53
[1]下からのグローバリゼーション 53
[2]内なる国際化 56
第二節 コミュニティの成立要件 60
[1]価値観と正義 60
[2]社会的正義と承認 62
第三節 社会的正義を紐帯としたコミュニティの継続性 65
[1]生活賃金運動と世間の承認 65
[2]苦汗労働工場反対運動とモニタリング 69
[3]地域コミュニティとの一体化 71
第四節 民衆教育による組織化と地平の融合 72
[1]コミュニケーションの地平 73
[2]対話による意識化の実践―識字教育― 74
[3]アメリカ労働組合における民衆教育の事例 78
第三章 共生社会に向けて 83
第一節 共生社会への道標 85
[1]近代以降の社会体制とフランス革命の理念 86
[2]共生社会と第三の道 90
[3]共生社会と持続可能性 92
第二節 労働の弁証法と仕事の創出 94
[1]オランダ型ワーク・シェアリング 94
[2]各国のワーカーズ・コレクティブ 97
[3]生活者の視点と世代間の承認 99
第三節 生活世界の抵抗としての地域通貨 103
[1]開放と封鎖の弁証法 103
[2]等価交換の罠 105
[3]循環と増殖 107
第四節 交換から贈与へ 110
[1]信頼の贈与 110
[2]贈与と友愛 112
[3]「限定された目的の貨幣」の復活とコミュニティ金融 116
結語―真の豊かさと近代社会の弁証法的展開― 122
注 129
参考文献 178
はじめに
近代になって地縁、血縁、身分などに基づく伝統的な共同体は崩壊し、これ以上分ける ことができない個人(individual)にまで解体された。だが、人間は一人では生きていけない から、やはり社会を必要とする。けれども、この社会は伝統に根ざした無意識的・自然発 生的な共同体ではなく、個人が独立した主体であることを認めた上で、意識的・人為的に 構成された社会でなければならない。一度、近代において各人が個に目覚めた以上、元に 戻すことは難しく、自由な個人を前提とした社会でなければ機能しないからである。
それゆえ近代以降の社会は、必然的にテンニースのいうゲゼルシャフト(契約社会)、つ まり自由で独立した諸個人が相互に契約を結ぶ社会となった。その契約の履行を国家が社 会の外から促すか、あるいは市場メカニズムが社会の内において促すかは別として、とも かく自由で独立した諸個人から成る近代市民社会は、自由の理念を核とした社会として生 まれたのである。
しかし、ゲゼルシャフトにおける人間関係は冷淡な契約関係であり、人々はそれが強い る緊張状態にずっと耐え続けることはできない。それゆえ、暖かな温もりを求めて、やは りテンニースのいうゲマインシャフト(共同社会)を再び、今度は意識的に形成していか ざるをえなくなる。だが、それは当然にも近代以前のものとは違った形で現象する。した がって本論の目的は、自由の理念を核とした近代市民社会の誕生と前後して崩壊した伝統 的コミュニティが、新たな共同社会として甦っていく過程を明らかにすることにある。
ところでその過程は、まずは、近代市民社会が資本主義社会へと変質しつつ発展してい く過程として現れる。だが、その間、フランス革命の理念の一つである平等を核とした社 会体制、すなわち共産主義や社会主義の社会が出現した。そして、周知のように、ソ連と 東欧圏の共産主義体制はすでに崩壊している。それゆえフランシス・フクヤマは、『歴史の 終わり』の中で、今までのところリベラルな民主主義以上の社会はなかったと結論し、リ ベラルな民主主義社会はこれで終わるのだろうかという問題を提起して考察を終えている [Fukuyama, 1992, 337-339=1992, 下巻219-223]。彼の考察の背後には、言うまでもなく、
世界史が自由の理念の実現過程であり、その進行の極点は現代であるというヘーゲルの歴 史哲学(1)がある。
ヘーゲルによれば、世界史の本体は理性(精神)であり、理性の発展過程である。そし て、精神の実体ないし本質は自由である。それゆえ、世界史とは自由の意識が前進してい く 過 程 で あ り 、 自 由 の 意 識 を 内 容 と す る 原 理 の 段 階 的 発 展 と し て 示 さ れ る[Hegel, (1837)1970, 29-32, 77=1994, 上巻36-41, 101]。
だがヘーゲルの自由は、アイザイア・バーリンのいう消極的自由(nagative liberty or negative freedom)、つまり他者からの干渉を嫌う個人の恣意的自由である「~からの自由 (liberty from or freedom from)」[Berlin, 1958, 11, 16=(1971)2000, 311, 317]ではない。
それは、やはりバーリンのいう積極的自由(positive liberty or positive freedom)であり、共 同体の本質(真理)を自分の生きる目的とする「~への自由(freedom to)」[Berlin, 1958,
16=(1971)2000, 317] である。
そして、この共同体の本質を体現するのが国家であり、国家は個人が共同の世界を知り、
信じ、意志(das Wollen)するかぎりで、自由を所有し享受するような現実の場である。なぜ なら、共同体の本質とは、公共の精神と主観的精神が統一されることであり、その公共の 精神は、普遍的かつ理性的な国家の法律のうちに表現されるからである。それゆえ自由と は、正義や法律のごとく、共同体全体にかかわるような対象を知り、それを意志し、正義 や法律にふさわしい現実、つまり国家を生み出すことに他ならない[Hegel, (1837)1970, 55-57, 82=1994, 上巻72-73, 107]。だが歴史の帰結は、必ずしもヘーゲルの思い通りにな らはなかった。
ヘーゲルが歴史の最終段階とする啓蒙思想の時代においては、自然法則、正義、善など の一般観念が理性と名付けられ、この理性の法則にこそ真理があると考えられるようにな る。さらに、1791年のフランスの人権宣言では、個人の自由と法の下での平等、つまり万 人が自由独立であるがゆえに平等であることが、社会の目的として採択された。けれども、
フランスが奉ずるカソリックの世界では、一方には神聖な真理があり、他方には宗教上の 迷信や真理に反対する抽象的思考がある。そして、この抽象的思考における形式的な自己 意識が現実の土台を成すと考えられるようになると、社会の正義は法の定めるところとな り、その意志(der Wille)は個人の意志として把握される。そうなると、多数の意志の集合体 たる国家は、絶対の正義を実現した完全無欠の共同統一体ではなく、また、個人が意志的 にしたがうべき真理ではないことになる。むしろ、「意志という原子(die Willensatomen)」
こそが出発点であり、各人の意志がそのまま絶対的なものとみなされるようになった [Hegel, (1837)1970, 523-524, 525-527=1994, 下巻351-352, 354-357]。
こうして「原子としての個の意志という原理(das Prinzip der Atome, der Einzelwillen)」
を打ち立てた自由主義思想は、社会のすべてが個人の参与する公然たる権力と公然たる同 意によって動かされねばならないという。だが、ヘーゲルによれば、このような形式的か つ抽象的な自由に執着するかぎり、確固とした組織(国家)は成立のしようがない。特定 の政治機構が現れると、ただちに自由がそれを特定人のわがままとして異議をとなえるか らである。それゆえ、多数者の意志が内閣をくつがえし、これまでの反対党が内閣を組織 したとしても、反対党が政府となったとたんに、その政府に多数者が反対するということ が 起 り 、 不 安 定 な 状 態 が 続 く こ と に な る [Hegel, (1837)1970, 534-535=1994, 下 巻 366-367]。
それゆえ近代市民社会は、自由の理念を核として現象した社会ではあるが、その自由は、
正義や法律のごとく、共同体全体にかかわるような対象を知り、それを意志し、正義や法 律にふさわしい現実、つまり国家を生み出すような自由ではない。本論は、形式的かつ抽 象的な近代当初の自由が、平等、友愛(ヘーゲルはそれを自分の特殊な意志を国家という 共同体の法律や憲法にしたがわせるべきと考える愛国心(die Gesinnung der Staats)として 捉えている[Hegel, (1837)1970, 531=1994, 下巻361-362])という他の理念を要請しつつそ
の内容を獲得し、新たな共同体を生み出すことで、ヘーゲル本来の自由に帰還するまでの 弁証法的過程を描くものでもある。
したがって本論は、過去においてリベラルな民主主義社会以上の社会はなかったという フクヤマの主張をある程度は認めつつも、リベラルな民主主義社会はこれで終わるのかと いう問いに対しては否と答える。そしてリベラルな民主主義社会の中に、友愛(連帯)を 核とした社会(共同体・コミュニティ)が新しい形で現象しつつあるというのが本論のパ ースペクティブである。すなわち、近代市民社会の発展は、自由と平等の狭間を揺動しな がら進行する歴史といえるが、この自由と平等の対立を友愛が止揚(2)した社会の萌芽が現在 すでに表出している。
ちなみに、ヘーゲル弁証法(3)における止揚には「廃棄する(否定する)」、「持ち上げる(向 上させる)」という意味とともに、「保存する」という意味が含まれている。それゆえ、自 由と平等の対立を友愛で止揚した社会には、自由(リベラル)と平等(民主主義)が保存 される。つまり、友愛を核とした社会は、リベラルな民主主義社会という体制の下で生成 するのである。
ところで歴史的にみれば、キリスト教団も友愛を核とした社会といえよう。ヘーゲルに よれば、キリスト教団は世界(世間)とのあらゆる交渉に背を向けて、愛の純潔を堅持す ることで結束してきた。だが、その拡大によって世界との交渉を余儀なくされている。す なわち、愛の共同体である教会は国家や社会に対して、再び私的親密圏内に自己を限定し て自らを無力化するか、あるいは妥協的連帯によってそれの支配を甘受するかの選択を迫 られることになった[Hegel, (1798)1978, 503, 509-510=1998, 133, 138-140]。それゆえ彼は、
「教会と国家、礼拝と生活、篤信と徳業、聖職と世俗とがけっしてひとつに融合しえない ということが、教会の運命なのである」[Hegel, (1798)1978, 516=1998, 147]という。この 観点にしたがえば、友愛を核とした社会とリベラルな民主主義社会との良好な関係の手掛 かりを、どこに求めたらよいかという問いが浮上してくる。
したがってリベラルな民主主義社会の成立をもって歴史が終わるわけではない。この友 愛を核とする社会は、人と人との友愛のみならず人と他の生き物との友愛も大切にする。
人と他の生き物との友愛無くしては、生態系が破壊されて、それこそ人類の歴史が終わり かねないからである。
本論は、このように自由・平等・友愛という3つの理念を極として現象する社会が弁証 法的に展開していく様相を、労働、正義、承認を媒介項として記述する。ここでなぜ労働、
正義、承認を媒介項にするのかといえば、今日の社会の弁証法的展開の支配的要因がこれ らに集約されているからである。
諸現象の実在のあり方は『華厳経』が説くように、一切が「重々無尽」の関係にある。
また金剛般若経においては、AがA以外のあらゆる非Aとの関係において成立していると いう「即非律(A 即非A)」が説かれている。(4)だが、いずれにしても、そうした関係をす べて列挙することは不可能であり、それゆえ「労働・正義・承認」を、自由と平等の対立
を友愛が止揚するに至る内的連関の主要な契機としてここに抽出するわけである。
このような形で提示する展開は、人間と自然が共生する社会に方位を定め、近代になっ て解体されたコミュニティがそこに向かって再生していく道のりを描くことである。そし て、その過程で現れる新たなコミュニティの実相と背景を、原理的に明らかにすることを 本論では試みる。
なお本論の構成は、「はじめに」と「結語」に加えて三つの章からなる.。この構成に沿っ て、本論の概要を以下に述べていく。
第一章では、近代市民社会が資本主義社会となって発展していく過程を、社会契約論に まで遡り、理論的に明らかにしていく。
近代においては、各人が宗教や伝統の桎梏から解放され、固定的な身分制度に基づく共 同体社会が解体した。しかし、いくら個人が自由に目覚めて自立を主張しても、人間は一 人では生きていけないから、なんらかの秩序を持った社会をつくらねばならない。それゆ え近代の初期に、社会契約論者によって、自由な諸個人が結ぶ契約によって秩序立つ社会 が構想された。したがって、第一章ではまず代表的社会論者であるホッブス、ロック、ル ソーの理論を検討する。
彼らはすべて、社会を設計する際に、人間が自由に振舞う自然状態を想定し、そこにお ける合意を秩序原理に据えた。だが、そこから導出された社会像は相違する。人間の情念 が持つ負の側面を強調し、天然資源を人間の欲望に比して不十分とみなすホッブスと、人 間の理性や優しい感情を信じ、天然資源を無尽蔵とみなすロックやルソーとでは、結論は 自ずから異なっていた。
またロックとルソーの違いは、人間の先天的資質をどう捉えるかに由来する。ロックも ルソーも、人間の先天的資質に差があることは認識していた。だがロックは、その差が軋 轢を生むほど広がるとは考えていない。これに対してルソーは、その差が拡大して不平等 が抜き差しならぬほど悪化することを憂慮し、平等の必要性を訴えた。ルソーが捉えたこ の自由と平等の対立は、正義の問題として扱うことができる。
正義とは交換と資源配分をめぐる概念である。そして従来は、交換比率と配分比率をど う決めるかが争点であった。だが、ロックは労働によって資源量が増やせると主張し、こ の問題を労働による生産で解決しうるとした。けれども、ロックは労働によっていかにパ イ(資源量)を大きくするかは示さなかった。これを提示したのは、アダム・スミスであ る。スミスは、分業と市場を通じた自由な交換がパイを大きくし、それゆえパイの分け前 を争って生じる正義の問題を解決するとして、自由と正義の両立を論証した。
こうしてスミスによって経済の「自由放任」が説かれて以降、近代市民社会は19世紀を 通じて、景気変動を繰り返しながらも著しい経済発展をとげた。だがそれと並行して、次 第に近代市民社会が抱える矛盾も表面化していった。第一章ではこの点を次に検討する。
近代市民社会はその後資本主義社会に移行したが、そこでは市民が生産手段の有無によ り資本家と労働者に分かれて対立した。しかも、景気変動は自由経済から資本主義経済へ のシフトとともに拡大し、1929年の世界大恐慌から「慢性不況」へと続いていった。その 結果、資本家と労働者の対立が激化し、これらに対処するために、階級対立についてはマ ルクスが、慢性不況についてはケインズが理論的解明を行っている。そしてマルクス主義 によれば、資本主義社会は共産主義社会へと移行するはずであった。だが、この予言はや がてケインズによって打ち砕かれる。彼のいわゆるケインズ政策が慢性不況を解消し、階 級間のパイの分捕り合戦(階級闘争)も、パイを大きくすることで終息させたからである。
だがそうなると、法治国家は政治(行政)国家とならざるをえない。階級対立と慢性不 況の解決には、市場の自動調整メカニズムを補填する「経済政策」と階級対立を和らげる
「社会政策」が必要となるからだ。こうして国家の市民社会への介入が増すにつれて、国 家はさらに国民に物的豊かさを約束する福祉国家へと変貌する。そして福祉国家において、
経済的自由が生み出す階級対立と慢性不況という矛盾は止揚された。だがその結果、ウェ ーバーが指摘するように官僚制が発達し、別の矛盾が噴出する。したがって第一章では、
次にこの問題を検討する。
カール・レーヴィットは、マルクスの資本主義社会を捉える観点が人間疎外であるのに 対して、ウェーバーは合理化であるという。だが、両者は結局のところ「合理化による疎 外」という資本主義社会の矛盾に収斂する。そしてこの矛盾は、福祉国家によっても止揚 されることはない。なぜなら、物的豊かさの追求は必然的に合理化を伴い、各人にその中 に身を投じることを命じるからである。その結果、経済的自由を満喫するために欲した物 的豊かさが「合理化による疎外」を生み、かえって自分自身を不自由する。それゆえ、福 祉国家においても「合理化による疎外」は自分自身であることを疎外する「アイデンティ ティの疎外」となって止揚されないまま残る。
ハーバーマスは、この「合理化による疎外」を市場と行政という「システムによる生活 世界の植民地化」と捉え直し、社会運動が「生活世界の抵抗」として現象するとした。それ を受けてメルッチは、「生活世界の抵抗」運動を「新しい社会運動」と呼び、それがアイデ ンティティの形成に役立つことを明らかにした。したがって、「新しい社会運動」は運動体 の内部において「アイデンティティの疎外」を止揚する。
だが、その止揚は福祉国家の財政的破綻とともに消滅した。そして、福祉国家の挫折に 対する反省から、「市場原理主義(market fundamentalism)」とその世界的貫徹を推し進め るグローバリゼーションが生まれた。その結果、現在、人々は弱肉強食の論理にさらされ ている。したがって第二章では、グローバリゼーションに対抗する人々の運動について考 察する。
第二章では、ハーバーマスのいう生活世界の抵抗運動が、グローバリゼーションの下で、
新たな形で現象する様子を明らかにする。それは、グローバリゼーションの本家アメリカ
において、「新しい労働運動」として出現した。
グローバリゼーションが引き起こす資本の流動化は、資本を誘致するために労働、社会、
環境に関する必要経費までも切り下げていく「下向きの競争(race to the bottom)」に労働 者、地域社会、そして各国をも駆り立てる。その結果、仕事や工場の海外移転が頻繁化し、
ストライキも封じられた結果、労組は資本家や経営者に対して甚だ劣勢に立たされた。
だが、やがて反撃に出てグローバリゼーションに対抗する労働運動を新たに創出してい る。それは、「下向きの競争」に対抗して、公正な水準に向かって下層の人々の労働条件を 押し上げていく「上向きの平準化(upward leveling)」を目指す運動である。第二章では、
そのような運動の実例として、最初に UE(the United Electrical, Radio and Machine Workers of America 全米電機ラヂオ機械工組合)のマキラドーラでの活動と SEIU(the Service Employees International Union全米サービス従業員労働組合)の「ジャニターに 正義を(Justice for Janitors)」運動を取り上げる。
UEとSEIUが行ったのは、「上向きの平準化」を目指した国際連帯であり、そのために 彼らは、言語・文化の違いや差別を乗り越えて、女性、マイノリティを含む未組織労働者 の組織化を積極的に推進した。だが、こうした人々を引き付けて組織化するには、労組は これまで行ってきた経済的利害の追求に加えて、社会運動が取り組んできた「社会的正義」
の追求も視野に入れて闘うことを強いられる。その結果、労働運動は社会運動と融合して
「新しい労働運動」として生成している。
この「新しい労働運動」を実行する組合では、女性、マイノリティの参加により組合内 部の多様性が進み、組合内で個々の組合員の民族的アイデンティティやジェンダーが承認 される。そして、この「出自の承認」が「新しい社会運動」と同様に、運動体の内部で「ア イデンティティの疎外」を止揚し、個々の成員が不安なく自分自身でいられる場所を提供 する。その結果、運動体そのものがコミュニティとなった。
だが、運動を基体とするコミュニティは、一過性になりやすい。したがって、運動を基 体とするコミュニティをいかに維持するかが次に問われるが、第二章では継続性を獲得し た運動体の事例を二つ提示する。
一つは、生活賃金運動(living wage campaign)であり、それは広範な「世間の承認」を獲 得 す る こ と で 運 動 体 の 継 続 性 の 保 持 し て い る 。 二 つ 目 は 、 苦 汗 労 働 工 場 反 対 運 動 (anti-sweatshop movement)であり、それは運動体を地域コミュニティと一体化させること で継続性を実現した。実際、UNITE(Union of Needletrades, Industrial and Textile
Employees 全米縫製繊維産業労働組合)は、地域の「労働者センター」における教育や学
習を通じてコミュニティへの定着を果たしている。
この教育・学習は運動体を維持するだけでなく、組織化の際にも多いに役立つ。それゆ え第二章では、最後に「新しい労働運動」が実践する教育の事例を検討する。それは「民 衆教育」と呼ばれるもので、パウロ・フレイレの識字教育を祖とし、対話によって意識化 を促し、参加者間の異なるコミュニケーションの地平を融合しようとするものである。
ところで、「新しい労働運動」は最終的に相手と和解することを目的とする。そして、真 の和解のためには、対立を友愛によって止揚するしかない。第三章では、この友愛を核と して現象する社会について具体的に検討する。
第三章では、初めに人間と他の生き物との共存共栄を目指す共生社会に至る道筋を明ら かにする。そのために共生社会への道標としてギデンズのいう「第三の道」を考察し、続 けてレスター・ブラウンの説く「プランB」を共生社会に不可欠な施策として提示する。
共生社会は、ギデンズと同様に社会民主主義の短所を改め,長所を引き継ごうとする。
だが、持続可能性を優先する共生社会は、ギデンズよりも環境への配慮を徹底して、社会 民主主義から「公正」を尊重する姿勢は継承するが、物的豊かさを追求する福祉国家は受 け継がない。
また、共生社会は新自由主義と同様に「効率」を重視するが、それは資源やエネルギー を消費する際の効率であって、労働における効率ではない。環境に配慮するのであれば、
人々の生活をもっと「ゆとり」あるものにしなければならないからである。この「ゆとり」
の実現には、時短とワーク・シェアリングが不可欠である。それゆえ、第三章では次に、
オランダ型のワーク・シェアリングを検討する。
オランダ型ワーク・シェアリングは、「同一価値労働同一賃金」の原則を堅持しているた め、パートタイマーであっても就業時間を除けば給与や待遇面で正社員と差別されること はない。それゆえ、人々は生涯過程におけるそれぞれの段階に応じて、ゆとりを持って多 様な働き方を選択できる。けれども、オランダ型を模範に時短とワーク・シェアリングを いくら進めても、新たな仕事を生み出さなければ、失業の撲滅は難しい。そこで第三章で は、オルターナティブな働き方として、ワーカーズ・コレクティブを次に検討する。
ワーカーズ・コレクティブとは、雇う-雇われるという関係ではなく、働く者同士が共 同で出資して対等に働く労働者協同組合のことである。そしてそれは、特に福祉分野の事 業に適している。なぜなら、ワーカーズ・コレクティブの構成員はその地域の住民であり、
彼らはそこに住み続けることを前提に、自分の老後の問題として地域の福祉に取り組むか らである。その結果、地域の福祉に必要な物品やサービスが事業化され、「中負担高福祉」
が実現される。
しかし、いくら中負担とはいえ、ワーカーズ・コレクティブが提供する福祉サービスに は費用がかかる。また、ワーカーズ・コレクティブの起業時にも資金が必要である。そこ で第三章では、次に近年流行している地域通貨について検討する。
本論はハーバーマスに依拠して、地域通貨をグローバリゼーションに対する「生活世界 の抵抗」の現れの一つとみなすが、メルッチは「生活世界の抵抗」を「新しい社会運動」
と呼び、それが不可視の権力を可視化することを明らかにした。同様に、地域通貨も共同 体における不可視の紐帯を可視化する。地域通貨は、生活世界における潜在的な人々のき ずなを顕在化し、グローバリゼーションから「生活世界」を守るための閉じたシステムな
のである。
では、なぜある地域を閉じるのかといえば、それは地域経済を循環させて、財と資源を 滞りなく必要なところに確実に届けるためである。そして、循環させるには地域通貨が人 と人をつなぐ必要があるが、第三章では次に地域通貨が人をどのように媒介するかついて 考察する。
地域通貨は、形式的には等価交換であるが、実は贈与交換でもある。では、何を贈与す るのかといえば、それは信頼である。地域通貨では、貨幣を受け取る人の存在が鍵となる。
なぜなら、発行された貨幣を受け取り、それと引き換えに財やサービスを提供する人がい なければ、貨幣は無価値となるからである。したがって、法定通貨でない貨幣を受け取っ て交換するということは、実は受け取る人が相手に信頼を贈与しているのである。
それゆえ、地域通貨は信頼を「与えること」で人と人をつなぎ貨幣共同体を形成する。
そして、この「与えること」がホネットのいう最も基本的な承認の形式である愛(友愛)
の本質であり、友愛こそがコミュニティが成立するための最も重要な要素となる。だが、
コミュニティを形成する贈与の形は地域通貨に限られない。第三章では、最後に世界各国 のコミュニティ金融の事例を検討して考察を終了する。
結語においては、近代の歴史がパイの拡大を追求して市場メカニズムを採用し、そこで の自由な分業と交換、さらには競争を通じて「豊かな社会」の実現を目指した歴史である ことを最初に確認する。
だが、自由・競争・繁栄という筋書きには矛盾がみられる。競争は本来貧しいから起こ るはずなのに、物的豊かさを成就した先進国において、まだなお競争が続いているからで ある。では、なぜ豊かになっても競争に追い立てられるのかといえば、市場経済が本質的 に「欠乏経済」だからである。結語ではこのことを明らかにし、真の豊かさが人と人、人 と自然との間の「分かち合い」と協同・互助の中にあると結論する。
第一章 近代市民社会の変遷
近代の始まりをどこに見るかは意見の分かれるところである。ヨーロッパの歴史叙述で は、伝統的にルネサンス以降を近代としてきた。ルネサンス期の人文主義者たちは、古代 ギリシア・ローマの時代(古典古代)を理想の時代と考え、ローマ帝国の崩壊後を古典古 代の理想が忘れ去られた暗黒時代としたため、自分たちの時代をその理想が再生し、復興 した時代とみなした。すなわち、古典理想時代を「古代」、暗黒時代を「中世」、今の時代 を「近代」とし、歴史を 3 つの時代区分で捉えたのである。時代的な画期としては、西ロ ーマ帝国が滅びた 476 年をもって古典古代の終わりとする意識に対応して、東ローマ帝国
(ビザンチン帝国)がオスマン帝国に滅ぼされた1453年が取られることが多かった。これ は古代帝国の遺産である東ローマ帝国が、東方の異質な文明を持つトルコ人に滅ぼされた という衝撃もさることながら、コンスタンティノポリス(コンスタンティノープル)から イタリア半島に亡命してきた多くの学者が西ヨーロッパの古典古代研究を刺激し、ルネサ ンスの人文主義隆盛のきっかけになったという実際的な面を反映していた。
こうした伝統的な三時代区分の発想は19世紀以降も長く歴史学を支配してきたが、現在 では、ルネサンスから国民国家成立頃までを近世として近代から区別する四分法、あるい は近世に加えて20世紀の世界大戦を経験した後の歴史を現代とする五分法などの区分が用 いられている。すなわち、今日では資本主義、市民社会、国民国家といった近代を象徴す る経済・社会・国家の在り方が現れた18世紀後半から 19世紀前半をもって近代の本格的 な始まりとし、それ以前からルネサンス以降までの時代を近世として近代から区別するこ とが行われている。時代区分としての近代を象徴する出来事としては、ウエストファリア 条約による主権国家体制の誕生、市民革命による市民社会の成立、産業革命による資本主 義の発達、ナポレオン戦争による国民国家の形成などが挙げられる。
だが、フランス革命が起きた1789年が、時代的画期とみなされることが多い。実際、近 代になって登場した市民社会は、このフランス革命のスローガンである「自由、平等、友 愛」のうち、ヘーゲルがいうように、自由の理念を核として現象した社会体制である。そ して、この自由を核とした社会は、ウェーバーがいうように合理主義を通奏低音とし(5)つつ も、具体的には、後に述べるように資本主義社会の形をとって発展していった。
ところで、この合理主義の起源を思想史的に遡れば、デカルトに行き着く。デカルトは
『方法序説』において、方法的懐疑を経て悟った「精神としての私」から「身体」、そして
「神」を考察する。彼はまず、あらゆるものを疑っても、疑っている自分の存在だけは疑 えないとし、有名な「我惟う、ゆえに我在り(コギト・エルゴ・スム ; cogito, ergo sum)」
という哲学の第一原理に到達する。そして、コギト(私が思考すること)の明証性から精 神を実体として把握し、それを身体から区別することで心身二元論を導出した。さらに、
不完全な私が自分より完全な何かを考えることができるのは、それが私の外から到来する からだとして、そこから自らの外部に完全無欠の神を措定し、神の存在証明を行った [Descartes, (1637)1988, 601-607=1997, 45-51]。
デカルトは、これらの考察をその後の『省察』や『哲学原理』の第一部においてさらに 深めていく。特に、『方法序説』の第四部でわずかに触れただけの物体については、これを
「精神としての私」である思惟実体との対比で延長実体として捉え、物心二元論に至って いる[Descartes, (1641)1992, 487-489=1991, 205-206 ; Descartes, (1644)1989, 119-120, 121-124, 128-129, 132-134=1964, 67, 69-72, 76-77, 79-81]。ここにおいて合理主義を支え る<主観―客観>の認識枠組みが成立する。
だがここで重要なのは、デカルトが、理性を正しく行使すれば主観(精神)が外界の存 在である客観(自然)をすべて認識し言葉で言い表せること、つまり「主観と客観の一致」
を説いている点である。デカルトは、その保証のために合理的な「神の存在証明」を行った。
すなわち、一旦神の存在が証明されれば、思惟実体と延長実体という二つの実体は共に神 の被造物として関連付けられ、理性も神からの授かり物ということになる。しかも、完全 無欠の神が欺くはずがないから、我々は与えられた理性の正しい使用によって客観的真理 に至ることができる、という論理である[Descartes, (1641)1992, 455-456, 467-468=1991, 169-170, 182-183 ; Descartes, (1644)1989, 109-112, 116-118=1964, 55-59, 63-65]。
しかし理性によって主観と客観の間に透明な関係が成立するということは、人間の理性 が神の座にすわることを意味する。なぜなら、理性によって人間の視点は神の視点となり、
そこから自然界を構成する素材とその運動法則を、自由に発見し利用することができる(機 械的自然観の成立)からだ。ここから、理神論の登場は必然的であった。
理神論とは、啓蒙時代にイギリスやフランスの思想家たちの考えた、理性に基礎を置く 神学である。この神学上の立場では、神は存在し、この世界を創ったのも神であるが、ひ とたび創った後はまったく世界に干渉せず、自然や世界の動きはわれわれの理性が解しう る自然法則にのみしたがって動くとされている。デカルトは人間(人間の肉体を含む自然
――筆者)を機械の一種とみなしたが、それを創った機械工は神だとし、さらにこの機械 を時計に例えている[Descartes, (1641)1992, 497-498=1991, 74, 214]。だが、このような考 え方が進むと、神は時計職人の座へ追いやられ、ついには無神論に行き着くことになる。
グリフィンによれば、歴史的に見て科学的自然主義は大きく二つに分けられる。一つ目 は初期の近代科学的自然主義であり、心身二元論に基づく「存在論的二元論(ontological dualism)」と、心身を統合する原理として自然法則を超越した神を要請する「超自然的有 神論(supernaturalisitic theism)」から成る。いうまでもなく、初期の近代科学的自然主 義はデカルトの立場である。だが18世紀になると、自然法則を超越した神という考え方が 疑問視され、法則の制定者であり、創造の後には直接世界に関与しない神を考える理神論 (Deism)が盛んになった。しかし、超自然的有神論も理神論も悪の存在という問題に答える ことができなかった。そこで、理神論は無神論(Atheism)へと進むことになる。また、神が 世界に直接関与しないという考えと科学的知見の蓄積によって、世界の出来事は適法
(lawfulness)であるという確信が高まり、二元論は、精神現象を脳の副産物とみなす「付 随現象主義(epiphenomenalism)」を経て唯物論(materialistic identism)へと変化した。
この二つの変化を経た無神論的唯物論が近代科学的自然主義の二つ目のものである[Griffin, 2000, 24-29]。
こうして科学的自然主義が無神論的唯物論と同一視されるようになって以降は、ニーチ ェがいうように「神は死んだ」[Nietzsche, (1885) 1982, 279=1995, 上巻21]のであり、加 えて自然も死んだものとなる。「万物に神性が宿る」とする汎神論的自然観や「すべてのも のの中に霊魂や聖霊が宿る」と考えるアニミズム(animism)は完全に背後に退き、自然 は人間に利用されるだけの「マテリー(素材)としての自然」となった。これは根源的に は、人間が理性によって神の視点に立ち、自然と対峙するようになったからである。そこ から自由主義の源である「個中心思想」[野尻, 1997, 7]が生まれ、個人は社会についても同 様に対峙するようになる。その結果、ポランニー的にいえば、社会に埋め込まれていた個 人が突出し、宗教や伝統によって培われた固定的な身分と階層から成る共同体社会は解体 した。しかし、いくら個人が自立を主張しても、元来社会的動物である人間は一人では生 きていけない。それゆえ、社会はやはり必要であるが、それをどのようなものにするかは 自ら決定可能である。社会は、自然と同じく、自らの理性にしたがい、自由にこれを操作 し、しかもつくることができる。人為的な構造体としての社会と新しい秩序原理の創出[竹 田, 2004, 76]が要請されたのである。
こうして近代の初期に、自由な個人を構成要素とする人為的構造体としての社会が社会 契約論によって唱道された。だが、それはまだ秩序原理の根拠を社会の外部の権威(神や 自然法)に頼るものであった。しかしその後、アダム・スミスが自由放任の下でも社会自 身が内在的秩序原理をもつことを明かにした。そして、このように自律性を備えた近代市 民社会の登場をもって、本論では「即自的自由」の段階とみなす。けれども、近代市民社 会も長くは続かず、やがて資本主義社会へと移行する。そして、資本主義社会はそれが抱 える矛盾ゆえに、形式的には自由を標榜しつつも、自由の内容はかなりの変更を余儀なく された。本論では、資本主義社会の矛盾が深刻化した時点を、「対自的自由」の段階とみな す。そして本章では、このような自由の理念の弁証法的展開の筋道を理論的に裏付けてい く。
第一節 社会契約論による社会の設計
近代において思想家が自由な諸個人から成る社会を設計した際に、その支柱である新し い秩序原理の正当性は社会契約による合意に求められた。けれども、何を重視して社会契 約を結ぶかは、論者によって異なる。本節では、代表的な社会契約論者であるホッブス、
ロック、ルソーの理論を取り上げ、それぞれの力点の違いについて考察していく。
[1]生存権と合理性
近代の出発点において、社会の構造と秩序原理を新たに考えるに当たっては、それを構 成する人間の観察から始めるべきである。「個中心思想」が普及した近代においては、個人
が宗教や伝統のくびきから解放されたが、その自由な有り様を捉えること、すなわち自然 状態における人間の考察を起点として社会理論を構築しなければ、理論の妥当性が得られ ないからである。それゆえ、自然状態から出発する社会契約論が生まれた。それは、社会 ないし国家が自由で独立した個人相互の契約によってつくられるという考え方であり、人 間の自然状態をどのように捉えるかで様々なものが生じた。だが、その最も重要な起点と なったのはホッブスの理論であろう。
ホッブスの理論を検討するに当たっては、その生涯を振り返ることが重要である。牧師 の妻であったホッブスの母は、祖国イギリスがスペインの無敵艦隊来襲の噂につつまれて いたとき、この噂に強い衝撃を受けて、1588年4月5日に彼を早産した。彼自身がいうよ うに、「母は大きな恐怖をはらんで私と恐怖との双生児を産んだ」のである。その後、16世 紀末から17世紀末まで、91年の長きに渡って彼はイギリス激動の時代を生き抜いた。特に、
ホッブスが思想家として最も生産的であった50歳から 70歳までの時期は、清教徒(ピュ ーリタン)革命を頂点とする内乱の時代であった。ホッブスは生涯に 4 度、ヨーロッパ大 陸に渡ったが、身辺の危険を予知して最後の渡欧を試みたとき、自ら「第一号の亡命者」
と名乗っている。そして、1679年12月4日にホッブスは死去したが、最後の病が不治で あることを知ったとき、彼は「この世から這い出る穴が見つかるのは私にとって幸いであ る」と述べたという。彼は、恐怖とともに生まれ、内乱の危機を恐れ、この世から這い出 る穴を見つけたことを喜んで死んだのである。(6)
このような一生を送ったホッブスが強く望んだものは、平和であった。それゆえ、彼の 主著『リヴァイアサン』は、平和な社会をつくることを意図して書かれている。彼は『リ ヴァイアサン』の序説において、生命を四肢の運動として捉え、人間を含む動物一般を腕 時計のような「自動機械」、つまり運動体とみなす。そして、国家をリヴァイアサンと名づ け、これを人工人間に喩えている。すなわち、国家の「素材」と「製作者」はともに人間 であり、国家は「人民の安全」を目的として個々人の契約によってつくられる。そして、
彼がこの人工人間の設計に際し依拠したのは、「汝みずからを読め(ノスケ・テイプスム)」 という格言である。すなわち、ひとりの人間の思考や情念は他の人間のそれに類似してい るがゆえに、人が自分自身の内部を深く見つめるならば、他のすべての人々の思考や情念 をそこから読み取ることができる[Hobbes, (1651)1962, 19-20=1971, 53-55]。それゆえ、彼 の社会哲学は個人の分析からスタートした。
ホッブスによれば、人間の思考は、感覚が外圧に抵抗する際に心に映す像(映像)を記 憶、経験として蓄積し、それを言葉や記号に載せて、推論でつなぎ合わせていくことで形 成される。そしてそれは、ついには学問として体系付けられる[Hobbes, (1651)1962, 21-46=1971, 56-89]。
人間は、自己保存のための生命運動と意志運動を行うが、意志運動はそれに先行する「ど こに」「いかにして」「なにを」といった思考に常に依存する。と同時に、それは運動の対 象が内的に引き起こす欲求や嫌悪、つまり情念にも依存する。そして、生命運動を助長し、
強化するものは何であれ善であり、それは快い感覚もたらすが、その逆は悪であり、不快・
苦痛をともなうとした。また彼は、行動を起こすか否かの考量を「熟慮」と呼び、熟慮の 末の決定にともなう最終的な情念を「意志」と呼んでいる[Hobbes, (1651)1962, 47-55=1971, 89-101]。
このようにホッブスは、人間を運動体とみなす観点から、人間が自己保存のための欲求 や意志を持つことを首尾一貫して説明し[田中, 1998, 109]、善悪の基準を伝統的な神に置か ず、人間の快苦の原理に根拠づけた[竹田, 2004a, 81-82]。だが、自然は本来人間を平等に つくったから、人が集まって暮らす自然状態では、目的達成(主として自己保存をめぐる)
についての希望の平等が、各人の間に生じる。しかも、ホッブスの人間観によれば、人間 は利己的で虚栄心に満ち(自負)、被害妄想が強く(不信)、争い好き(競争心)の本性を 持つ。それゆえ、もし各人の希望がぶつかり合う時は、「各人の各人に対する戦争状態」に ならざるをえない。その結果、絶えざる恐怖と暴力による死の危険の中で、人間の生活は、
孤独で貧しく、きたならしく、残忍で、しかも短いものとなる。ホッブスは、このように 悲惨な自然状態から人間が脱却し、最高の価値である平和を実現する可能性を、情念と理 性に求めた。すなわち、「死の恐怖」、「快適な生活に必要なものを求める意欲」、「勤労によ ってそれらを獲得しようとする希望」の三つの情念が人々を平和に向かわせ、理性が人々 が互いに同意可能な都合のよい平和のための諸条項(自然法)を考え出すという[Hobbes, (1651)1962, 98-102=1971, 154-159]。
恐怖との双生児として生まれたホッブスにとって、何よりも大事なのは、人は生きるた めにすべての能力と手段を行使できる、とする自然権(生存権)である。よって、人間は 自然権を持つがゆえに、あらゆる手段を講じて自己防衛と平和の獲得に努力せよ、と命じ る自然法が最初に導き出される。だが、人間は自然権を持つといっても、自己の権利だけ を強硬に主張すれば、かえって「万人の万人に対する戦争状態」が起こる危険性がある。そ のため、他の人々も同意するならば、人は権利(ある行為をやったりやらなかったりする 自由)の一部を相互に進んで放棄し、譲渡すべきだ、とする自然法が次に引き出される。
ホッブスはこの「権利の相互譲渡」を契約と呼んだが、身の安全を守るために抵抗する権 利は放棄しえないから、力に対して力で自己防衛しないという契約は常に無効だとしてい る[Hobbes, (1651)1962, 103-110=1971, 159-169]。
ホッブスは、この契約の後に形成された「共通の権力」を「コモンウェルス」(国家)と 称した。だが、それが真に全成員の自己保存を確保するためには、懲罰に対する恐怖によ り人々に契約の履行を強制するところの、目に見える統一的存在とならなければならない。
そのため彼は、「共通の権力」を代表する人格として多数決で選出した一個人または合議体 に、各人がすべての権利を同時に譲渡することを提唱する(絶対主権の設定)。そして、選 ばれた主権者の行為は、主権者に委任した本人自身の行為とみなされるから、本人である 個々人は主権者の意志と判断に従うとした。また、立法することができるのは主権者だけ で あ る か ら、 主 権 を認め て い る 以上 、 人 々は法 に も 服 さな け れ ばなら な い[Hobbes,
(1651)1962, 129-133, 198-199=1971, 192-197, 277-278]。このようにホッブスは、近代国 家の二要件である「統一的権力」と「法の支配」で統治される、社会契約によって「設立 されたコモンウェルス(commonwealth by institution)」[Hobbes, (1651)1962, 133=1971, 197]を理論化し、近代国家論の祖と呼ばれるようになったのである。
[2]所有権と労働
ホッブスの悲惨な自然状態に対して、ロックの描く自然状態はより楽観的なものであっ た。彼は『統治論』の第二篇において、人間の自然状態を、自由かつ平等で、「平和と善意 と相互援助と保存の状態」としている。すなわちロックによれば、神は万人を平等なもの として創った(神の前での平等)から、地上において人々を支配する超越者はなく、人々 は相互に自由かつ平等な状態にある。しかも、人間は神から理性を与えられており、たと え実定法がなくとも理性によって、「他の人の生命、健康、自由あるいは所有物を侵害すべ きでない」と教えられる。そして、この教えが「平和と全人類の保存とを欲する自然法」
であるが、各人はこの自然法を守るための「賠償」と「抑制」として、賠償請求権と処罰 権を持つ。だが、暴力や他人の身体に対する公然たる暴力的意図があり、しかも地上には 救済を訴えるべき共通の上位者がいない場合、自然状態は戦争状態へと移行する。そして、
この戦争状態の回避こそが、人々が結合して社会をつくる理由だという[Locke, (1689)1988, 269-282=1997, 161-172]。
このようにロックは、神を根拠とする自然法を出発点とすることにより、ホッブスが権 利(自然権)から秩序(自然法)をつくり出そうとしたのに対して、自然権と自然法の関 係をもう一度逆転して伝統的な思考様式に戻した[浜林, 1996, 157-158]。また、神を持ち出 したことで、ホッブスと比べて理論的にも後退してしまう。ホッブスの自然法は、人間の
「理性によって発見された戒律」[Hobbes, (1651)1962, 103=1971, 160]であり、いわば「人 間どうしが互いに生き延びるために見出す関係の合理性」[竹田, 2004a, 82]であった。その 根底には、「自分自身にして欲しくないと願うことは、他にも行うな」[Hobbes, (1651)1962, 122=1971, 184]という考えが流れており、神抜きでも成立する。これに対して、ロックの 自然法は神意であり、それを人間の理性が読み取るとされている。たしかに、神を根拠に すればあらゆるものに説明がつくが、それでは科学的な理論とはいえないであろう。
けれども、ロックにおいて着目すべきは、その所有権の概念である。彼は、ホッブスの 自然権、つまり生存権を私的所有権に置き換えて、より具体化した。ロックによれば、神 は世界を共有物として人類に与えたのだが、それと同時に、世界を生活と便宜のために最 もよく利用するための理性をも与えた。大地とそこにあるすべてのものは、人間の生存を 維持し快適にするために、人類に与えられたのである。ところで、すべての人は自分の身 体に対して所有権を持つがゆえに、その身体を駆使した労働も本人の所有権に属する。そ れゆえ、私の労働こそが万物に自然がつくった以上の何物かを付け加え、それを共有状態 から抜け出させて、私の所有権を固定させる。共有物であったものは、それに労働を加え
た人の財産として認められるのである。よって、神の理性と人間の理性とは、生活に役立 つよう大地を改良し、そこに自身の労働を投下することを命じた。ただし、「それを享受す るかぎりにおいて」(充分制限)、「それが腐敗してしまわないうちに生活のために有効に 利用するかぎりにおいて」(腐敗制限)という自然法の範囲内で、大地に対する所有権は確 定する[Locke, (1689)1988, 285-292=1997, 175-181]。
ところが、貨幣が発明されて富の無限蓄積が可能となると、私的所有権の自然法的制限 の内の一つが消滅する。すなわち、貨幣は腐らないから、これをいくら蓄積しても、その 行為は自然法つまり神の意志に反することはない。なぜなら、彼の正当な所有権が限界を 超えるのは、彼の財産が大きいことではなく、そのうちの一部が無駄に腐敗してしまうと きだからである。それゆえ人々は、相互に貨幣の使用に同意し、生活の役には立つが腐敗 しやすいものを保存しうる耐久性があるもの、つまり貨幣と交換するようになる。その結 果彼らは、すべての人が利用しうるだけを持つべき(権利と便宜の一致)という「適宜性の 法則」を越えて、大所有を欲するようになった。また、すべてのものに価値の差をもうける のは労働である(7)が、貨幣の発明は、人々の勤労の程度の差に応じて生じがちであった財産 の程度の差を拡大した。私有財産の不平等を伴う物の分け方は、社会の枠の外(自然状態)
で、契約なしに、ただ金銀に価値を置き、暗黙の内に貨幣の使用に同意することによって 可能になったのである[Locke, (1689)1988, 292-302=1997, 181-191]。
このようにロックは、資本主義的営為・蓄財行為を、「神の名」、「自然法の名」において、
堂々と正当化した近代最初の思想家である。それゆえ彼の思想は、名誉革命後の社会を担 うことになる資本主義的地主層や商人層、産業資本家層に万雷の拍手をもって歓迎された [田中, 1998, 212]。またロックのように、私的所有権を国家の成立以前に発生する自然権と みなすことは、主権者といえども本人の同意なしにはこれに介入できないことを意味する。
それゆえ、フランス革命の人権宣言に述べられているように、私的所有権は「神聖不可侵 の権利」(8)となったのである[浜林, 1996, 161]。だが、貨幣の使用後に富の不平等をみたロ ックは、格差が生むであろう窃盗、詐欺などの犯罪行為(戦争状態の発生)に対処すべく 市民社会(政治社会)の考察へと進む。
ロックによれば、他の人々とともに団結して一つの社会をつくるという原始契約は、同 意(9)にのみに基づき、同意こそが合法的な統治を誕生させる。そして、そこでは多数者が残 りの人を動かし、拘束する権利を持つ。すなわち、ある共同体を動かすものは、多数者の 同意である。すべての人は、一つの政治体をつくり、一つの統治に服するよう他の人々と 同意すると、多数者の決定に服し、それに拘束されるという義務を、その社会の全成員に 対して負うことになる[Locke, (1689)1988, 330-333=1997, 222-224]。
そして、人間は自らの所有権、つまり生命、自由、財産の保全を目的として、契約によ り市民社会をつくる。そのため各人は、自然法の執行権を放棄して、これを公共に委ねな ければならない。なぜなら、どんな人であれ、自分や自分の愛する人をひいきするから、
共通の同意を与えて認めた人の命令に、皆が従うのでなければ、争いや混乱は果てしなく
続くからである。その結果、すべての個人の私的制裁は排除され、代わりに人々は、成員 間の争いを裁き、犯罪を処罰する権威を持った公平な法と裁判所に訴えられるようになる。
市民社会に入り、国家共同体の一員となった人はすべて、彼の代わりに法をつくる権威を 立法部に委ねるとともに、法の執行のために彼に支援を命ずる権利を国家共同体に与える。
ここにこそ、市民社会の立法権と執行権の起源があるのであり、彼は自身が立法部の一員 としてつくった法に、他の人々とともに服さなければならない。市民社会では、いかなる 人も法をまぬがれないのである[Locke, (1689)1988, 323-330=1997, 214-221]。
それゆえロックによれば、立法権こそが国家共同体、つまりコモンウェルスの最高権力 である。だが、それはホッブスの主権のような絶対的なものではなく、四つの限界(10)をも つ。また彼によれば、立法権は執行権に優位する最高権力といえども、国民の福祉のため に信託された権力にすぎない。それゆえ、もし立法部がその目的に反する行動をするとき には、立法部を退けたり、変更したりする権力は、なお国民の手にある。さらに、執行権 者がその権力を利用して、立法部を召集しなければならないにもかかわらず、その集合と 議決を妨害した場合、彼は国民との戦争状態に入ったとみなされる。そして、国民は力に よってこれを取り除く権利を持つ。だが、この国民の最終権力は、こうした「統治の解体」
(11)が起こるまでは発生しえない。統治が存続している間は、どんな場合でも、立法権が最 高権力なのである[Locke, (1689)1988, 354-355, 366-374=1997, 247-248, 261-268]。ロック の場合、契約内容の違反に対しては、ホッブスのような個人的抵抗の容認にとどまらず、
国民の集団的抵抗・反乱もありうること(革命権)を述べた点で、権力と自由の関係をよ り明確にしたといえよう[田中, 1998, 214]。
以上のように、ホッブスとの違いに留意しながらロックの理論を概観してきたが、後の 議論との絡みからいって、最も重要な両者の違いは、その自然観の違いである。ロックに とって、自然はすこぶる恵みの豊かなものである。それゆえ彼からみれば、土地の占有は、
他人の害にはならない。まだ、たくさんの大地がアメリカのように充分にあり、土地のな い人が利用しうる以上に残っているからである。しかも人間は、労働によって資源そのも のを増やしていくことができる。ロックは、囲い込まれ耕作された1エーカーの土地から 生産される生活必需品は、少なく見積もっても、同じ肥沃さを持ち、共有の荒無地のまま に な っ て い る 1 エ ー カ ー の 土 地 の 産 物 の 十 倍 に は な る と い う[Locke, (1689)1988, 290-295=1997, 179-183]。
このように、資源の豊かさと労働による富の増大という考え方は、ホッブスが自然状態 では限られた資源の奪い合いが生ずると考えたのとはまったく対照的であって、ここにも 自然状態を戦争状態と考えるか、平和な状態と考えるかという両者の違いの理由があると いえよう[浜林, 1996, 162]。それゆえ、ロックの視点に立てば、ホッブスの「万人の万人に 対する戦争状態」というテーゼは、「限られた資源を奪い合う、万人の万人に対する戦争状 態」というふうに言い換えることができる。
[3]一般意志と平等
ルソーは人間の自然状態を、『人間不平等起源論』の第一部で詳細に述べている。自然人
(未開人)は、豊饒な土地と大森林の中に動物にまじって散在している。彼らは、定まっ た住居もなく、互いに相手を必要ともせず、恐らくは一生に二度会うか合わないくらいで、
知り合うことも話しあうこともない人々であり、その肉体は頑丈で敏捷である。それゆえ、
彼らは簡素で一様で孤独な生活様式で暮らし、自分自身の保存にのみ心づかいするため、
触覚と味覚は極端に粗野であるが、視覚と聴覚ははなはだしく鋭敏になる[Rousseau, (1755) 1971, 213, 216-217, 220=1933, 42-43, 47, 50-51, 58]。
こうした身体的特徴に加えて、彼らを形而上学的および道徳的側面からみると、人間は 動物と同じく精巧な機械であるが、動物と違う特質として「自由な能因」と「自己を改善 する能力」を持つ。だが、この改善能力こそが、人間のあらゆる不幸の源泉である、とル ソーはいう。それは、平穏で無辜な日々が続くはずの原初的状態(12)から時とともに人間を 引き出し、また、人間の知識と誤謬、悪徳と美徳を幾世紀のうちに孵化させて、ついには 人間を彼自身と自然に対する暴君にするからである[Rousseau, (1755) 1971, 218=1933, 51-53]。
さらにルソーは、ホッブスの自然状態を批判し、彼は「自然状態とはわれわれの自己保 存のための配慮が他人の保存にとって最も害の少ない状態なのだから、この状態はしたが って、もっとも平和に適し、人類に最もふさわしいものであった」、というべきだと述べる。
そして、彼がなぜ誤ったかについて、二つの理由を挙げる。
一つは、自然人は悪事を知らないのだから悪人にはなりえないということであり、二つ 目は、人間の持つ「憐れみの情」(13)に彼が気づかなかったということである。ルソーによ れば、「憐れみの情」が各個人における自己愛の活動を調節し、種全体の相互保存に協力す る。他人が苦しんでいるのを見て、何の反省もなく、われわれが助けに行くのはこのため である。また、自然状態において、法律、習俗、美徳の代わりをするものはこれであり、
しかもその優しい声には誰も逆らおうとしないという長所がある。母親の子供たちに対す る愛情や、母親が子供の危険を救うために冒す危険についてはいうまでもなく、親切や友 情さえも、これに起因する。すべての丈夫な自然人に、どこか他で自分の生活物資を得ら れる見込みがあれば、か弱い子供や病弱な老人からそれを取り上げる気にさせないのも、
このおかげである[Rousseau, (1755) 1971, 223-225=1933, 69-75]。
このようにルソーは、人間を孤立した機械と捉える点で、ホッブスと一致していたが、
彼の性悪説的な人間観とは異なり、人間を「憐れみの情」を持つ存在とみなすことで、性 善説的な人間観を保持した。そして、人間の自然状態は「万人の万人に対する戦争状態」
に陥らないとしたのである。それゆえルソーの自然状態は、ホッブスやロックのように、
社会状態への必然性を導くための単なる前提条件ではなかった。それは、それ自身で独立 し、自足する一つの完結した世界であり、一種の理念的世界像だったのである。
ところで、ルソーの自然観はロックの自然観と極めて近いといえよう。両者とも自然の
豊穣さを認め、人間が自然状態に生きる限り、資源量は充分に足りていると考えたからで ある。しかもルソーは、ロックと違って、自然状態では食料を得るために大地に労働を加 えることすら必要ないという。(14)だが、ロックにとっても平和な状態であった自然状態は、
貨幣の発明に起因する私有財産の不平等によって戦争状態へと移行した。
同様にルソーが理想とする自然状態も、社会状態に移行して不平等が増大し、最終的に 専制政治へと行き着いて格差が固定する。彼は、その過程を『人間不平等起源論』の第二 部で段階的に詳述している。結論からいうと、偶然の外的要因を無視すれば(15)、この過程 を押し進めたのは改善能力と私有の観念である。彼の「人間を文明化し、人類を堕落させ たものは、詩人からみれば金と銀であるが、哲学者からみれば鉄と小麦である」[Rousseau, (1755) 1971, 231=1933, 96-97]という言葉は、改善能力が冶金(鉄)と農業(小麦)という 労働集約的技術を生み出し、私有の導入(16)をきっかけに奴隷制と貧困が芽生え、成長して いったことを表している。
では、この支配と不平等が続く社会状態から抜け出して、人間は自由と平等を回復でき るのだろうか。ルソーはこの問題に『社会契約論』で答えようとした。第一編第一章の冒 頭の言葉である「人間は自由なものとして生まれた、しかもいたるところで鎖につながれ ている。・・・どうしてこの変化が生じたのか?・・・何がそれを正当なものとしうるか?
わたしはこの問題は解きうると信じている」[Rousseau, (1762)1971, 518=1954, 15]は、彼 の決意を物語っている。
ルソーの社会契約説の著しい特徴は、従来の服従契約説を全面的に退けた点にある。ヨ ーロッパには社会契約という考え方はかなり古くからあったが、中世に多くみられたのは 服従契約であって、君主と家臣との間の保護と忠誠の相互契約であった。つまり服従契約 説とは、政治体の形成にあたって、ある特定の支配者または元首の存在をあらかじめ前提 としておいて、この支配者と人民の間に契約が結ばれるとする考え方である。この考え方 による契約の内容は、当然、支配者に対する人民の服従条件を定めることが主とならざる をえない。その結果つくられる国家は、君主の絶対権力が支配する国家であるか、あるい は部分的にそれが制限された国家であるかのどちらかであって、人民主権の国家ではあり えない。これに対して、契約以前に君主と家臣という関係が前提とされているのはおかし いという批判が生まれる。そして、そういう関係が一切存在しない自然状態からまず社会 そのものをつくる社会契約の考え方が生まれたが、これを結合契約(17)という。ルソーは、
特定の上位者あるいは元首を契約当事者とする考え方を排除して、社会契約を主権者たる 個々人相互の間の結合契約として把握しようとした。
ルソーによれば、人間は自然状態において生存を妨げる諸々の障害に対しては、多人数 の協力による「力の総和」(18)で打ち勝つしかない。だがその際、自分の利益を害すること なく、各人が力と自由を拘束されるためには、共同の力をあげて、各構成員の身体と財産 を守り、保護する結合形式を見出さなければならない。そして、この結合形式こそがルソ ーの社会契約である。各構成員は、それによって全体に結合するが、自分自身にしか服従