前章までは、近代以降の社会体制の推移を自由の理念の弁証法的展開として提示した。
ここでは同じ推移を、自由、平等、友愛というフランス革命の理念の弁証法的展開として、
もう一度提示してみたい。近代市民社会は、市場を通じた自由な経済活動を基盤として成 立した。だが、やがて生産手段の有無により資本家と労働者に分化した資本主義体制の社 会に移行し、階級対立が激化していった。階級対立は、「利益配分における承認を求める闘 争」といえるが、これをフランス革命の理念の視点からみれば、平等の理念が浮上した現 象とみることができる。すなわち、資本主義体制の社会の弊害は、一方で平等の理念を核 とする社会主義・共産主義体制の社会を生み出した。だがそれは、1989 年 10 月の「ベル リンの壁」崩壊から連鎖的に起きた1991年12月のソヴィエト連邦の解体によって歴史的 終焉を迎えている。
私的所有権と自由競争を一切禁止することで、富の配分の格差をなくすには、巨大な国 家権力が必要となる[竹田, 2004a, 215; Fukuyama, 1992=1992, 下巻138]。なぜならそれ は、必然的に、禁止事項が守られているかを常に監視する強大な権威を持った官僚制を要 請するからだ。だが、新しい体制が強圧的で硬直した官僚制に転化するや否や、闘いにお けるヒューマニストの次元は失われ、解放を語ることは不可能となる[Freire, 1970a=1979, 39] 。そして、そうなると、絶対平等の理念の実現という目標は、一握りの前衛エリートの 理論に基づくものでしかなく、万人の承認によるものではなくなる[竹田, 2004a, 215-216] 。
さらに、共産主義体制の権力が社会の活力を低下させたことが、より致命的な崩壊の原 因となった。パイ(国富)の拡大という点では、資本主義体制も共産主義体制も同じであ り、後者では私企業に代わって国営企業がそれを追求する。だが国家がすべてを取り仕切 る共産主義体制は、「欲望の体系」の根幹をなす人々の自由な経済的欲望の追求を阻害して、
パイの拡大を不可能にした。よって、「自由なき平等」(社会・共産主義)と「平等なき自 由」(資本主義)が衝突した体制の闘いは、後者に軍配が上がった。
だが、自由が勝ち続けて平等が無くなってしまったわけではない。資本主義体制は、市 場を通じて経済的欲望を自由に追求していった結果、階級対立だけでなく、景気変動や恐 慌を引き起こし、経済そのものを行き詰らせた。この経済の停滞を政治権力によって外的 に、すなわち政策によって循環させようとしたのがケインズである。それゆえ、ケインズ 政策を取り入れた修正資本主義の社会は、市場経済に基礎を置きながらも国家が計画経済 を推進する混合経済体制となった。そしてそれは、自由な経済の追求が生み出した有効需 要の不足を国家が補填する形で、パイの拡大を継続していった。その結果、階級対立が「生 産で協力し、分配で対立する」という形で緩和され、共産主義を選択する可能性は除去さ れた。
こうして修正資本主義においては、ケインズ政策の庇護の下で、富とサービスの個人的 享受に価値が与えられて、福祉国家が成立する。そして社会的生産増の配分については、
福祉国家が社会民主主義の観点から「配分の正義」に留意し、形式的な保障から実質的な
保障の実現に力点を移したため、ある程度の「結果の平等」が満たされるようになった。
だが、福祉国家において増殖した官僚は、サービスの提供者とされているが、大抵は規制 と許認可権を操るだけで特に付加価値を生み出すわけではないから、これを多数養うには 莫大な費用がかかる。また、既に述べたように、ケインズ政策は増税・赤字国債とインフ レを伴うがゆえに、福祉国家は財政的に破綻した。
けれども、福祉国家の破綻は財政面ばかりではない。ケインズは民間人の物的消費に限 界があることを見出し、それゆえ有効需要を喚起する政策を提案したが、限界があるのは 需要だけではない。自然の資源が有限であることは、1972 年にローマクラブの『成長の限 界』[Meadow, D. H., Meadow D. L., Randers, and Behrens III, 1972=1972] が発表され たあたりから自覚され始め、1973 年のオイルショックによって広く人々の実感するところ となった。パイの拡大を目指す経済成長路線は、もはや「自然からの承認」を得られなく なったのである。
こうして福祉国家の破綻が明らかとなった後に登場したのが、新自由主義体制の社会で ある。そこでは、自然の有限性の認識を受けて、経済合理性がパイの拡大から資源の効率 的な運用と消費に転換する。そして新自由主義社会は、資源効率の追求を市場における自 由競争に委ねたために、市場原理主義とその普遍化であるグローバリゼーションを推進し、
その結果、貧富の格差を拡大させてきた。
以上、近代市民社会から新自由主義社会までの推移をみれば、それが自由と平等の理念 を両極とし、その間を揺れ動いてきた社会体制の歴史であることがわかるだろう。したが って、フクヤマがリベラルな民主主義社会をもって「歴史の終わり」と主張することは、
この点から理解できる。リベラルが文字どおり自由な市場経済を表し、民主主義がその結 果生じる不平等を話し合いによって是正する体制を意味するからである。たしかにソ連と 東欧圏における共産主義体制の崩壊は、それがリベラルな民主主義の体制より劣っている ことの証明だといえよう。だが、リベラルな民主主義の体制が歴史の終着駅だとする見解 に疑問を呈する事例として、フクヤマ自身も認めているように、イスラム原理主義の復活 や東アジア諸国の繁栄が挙げられる。
東アジア諸国は、経済的には自由主義でありながらも、政治的にはむしろ権威主義的で ある。だが、リベラルな民主主義の体制よりも経済的な成果を上げている[Fukuyama, 1992, 238-242=1992, 下巻 40-48]。(81)政治的自由(民主主義)が無くても、経済が順調ならば、
とりあえず国家の運営が成り立つことは、中国の例をみても明らかである。フクヤマは、
経済成長を第一の目標とするならば、自由主義経済と権威主義を組み合わせた市場志向型 の権威主義が最もふさわしい体制だ、と述べている[Fukuyama, 1992, 123-125=1992, 中巻 57-62]。また、リベラルな民主主義の体制への移行を目指したアメリカのイラク介入が頓挫 している現実をみれば、イスラム教の根強さを感じざるをえない。
したがって、リベラルな民主主義の社会が、「歴史の終わり」における社会であるとは言 い切れない。問題は、自由と平等を個別にかつ絶対的に追求すれば、互いに矛盾し、必ず
行き詰るということである。
フクヤマによれば、社会的不平等のカテゴリーは、①因習から生まれたもの、②自然や 自然的必要性からもたらされたもの、の二つに分けられる。そして、①の因習から生まれ たに社会的不平等ついては、リベラルな民主主義の経済を司る資本主義が因習的な社会関 係を絶えず攻撃し、家柄からくる世襲の特権を、技能や教育を基礎にした新しい階級関係 に置き換えていく(「機会の平等」の実現)。読み書き能力や教育が普及し、職業の門戸が 才能に対して開かれ、社会の流動性が増さないかぎり、資本主義は最大限の効率を発揮で きないからだ。
しかし②の自然や自然的必要性からもたらされた社会的不平等は、人間の意志というよ りもむしろ事物の本性に基づく「必然的かつ撲滅不可能なもの」である。それゆえ、その 撲滅を目指したマルクス主義の体制は、自由を犠牲にしながら社会的平等(「結果の平等」
の実現)をとことん推し進めたために、巨大な国家を要請せざるをえず、最終的に破綻し た。したがって自由と平等の問題は、どの地点で両者のトレードオフが成立するかという 問題に帰着する。だが、妥協点の選択がリベラルな民主主義の土俵上で行われるかぎり、
その基本原理が損なわれることはない。それゆえフクヤマは、仮にいっそうの社会民主主 義化が望まれたとしても、それ自体は、「歴史の終わり」の可能性に対して異議を唱えるこ とにはならない、という[Fukuyama, 1992, 289-294=1992, 下巻132-140]。
本論は体制論的にはフクヤマの見解を採用し、政治的な枠組みとしてリベラルな民主主 義の体制を一応の「歴史の終わり」とみなす。だがリベラルな民主主義の体制は、「歴史の 終わり」の必要条件ではあっても十分条件ではない。リベラルな民主主義といってみても、
自由と平等の間に和解が成立しない限り、歴史は自由と平等の2極間を常に振動し続ける ことになり、不安定なままである。本論では、この自由と平等の対立を友愛で止揚した社 会こそが最良の社会であると考える。
ただし、ヘーゲルのいう止揚では、対立するものはより高い段階に移行することによっ て保存される。つまり、自由と平等の対立を友愛で止揚した社会においては、自由と平等 がより高い次元で形を変えて保存されなければならない。そして両者は、リベラルな民主 主義体制という社会の枠組みとして保存されるのである。したがって本章では、自由と平 等の抗争を友愛が和解させた社会が、リベラルな民主主義社会という体制の中でどのよう な形でする現象するかを明らかにしていく。
第一節 共生社会への道標
近代市民社会の変遷は、自由と平等の理念の対立を反映した社会体制の変化の歴史とい えるが、この自由と平等の対立は友愛をもって止揚する他はない。このような友愛を核と して現象する社会は協同社会である。だが、その友愛は人間以外の生物にも向けられるべ きであり、最終的に友愛を核とする社会は共生社会に至らねばならない。本節では、この 共生社会に至る道筋を考えるために、ギデンズのいう「第三の道」を考察する。また併せ