寄与相続人の特別受益と寄与分について
その他のタイトル Du rapport des liberalites du coheritier et de son "Kiyobun"
著者 千藤 洋三
雑誌名 關西大學法學論集
巻 38
号 5‑6
ページ 1469‑1504
発行年 1989‑03‑01
URL http://hdl.handle.net/10112/2512
寄 与 相 続 人の 特 別
又戸
益 と 寄 与
分 に 千 つ
して
藤 洋
‑. .
目 次
ー は じ め に
二寄与相続人の持戻し免除のない特別受益と寄与分
︱︱︱寄与相続人の持戻し免除を伴った特別受益と寄与分
9
最高裁判所事務総局家庭局の見解⇔ 学 説
①持戻し免除意思の推定による寄与分の認定の可否
@意甲紐坤定による寄与分認定後の寄与分に関する協議・審判の可否
⑱その他の問題 回 判 例
四おわりにー私見に代えて1
寄与
相続
人の
特別
受益
と寄
与分
につ
いて
があった相続人︵﹁寄与相続人﹂とよばれる︶ 続人が︑特定の相続人に特別の利益を付与する意図で返還を免除︵﹁持戻し免除﹂とよばれる︶するか︑利益を付与したものではなく︑それだけしか付与しないという意思を表明したならば︑これらの意思表示が遣留分に関する規定に反しない範囲内で優先する︵九
0
三条
一
1一 項
︶ ︒
(1 )
﹁持戻し免除﹂に限定して考察する︒
ところで︑昭和五五年に民法の一部改正が行われ︑共同相続人中に被相続人の財産の形成・維持に特別の貢献
これら特別の寄与を考慮の上︑共同相
( 2 )
続人の協議もしくは家庭裁判所の調停・審判により寄与相続人の相続分を決定するという寄与分制度が制定された
︵ 九
0
四条
の二
︶︒
この寄与分制度の創設をめぐる諸議論の中で︑
益と
いえ
る︶
︒
しか
し︑
の中に含まれていることから︑持戻しの必要はない︶させ︑共同相続人各自の具体的相続分を算定している︵九
0 1 1 1
条一項︒なお︑特別受益というけれども︑返還が原則であることから︑特別な利益とはいえない場合がある︒同条ニ
項により︑特別受益額が特別受益者の相続分以上であれば︑返還しなくてもよいので︑この場合にはじめて特別な利
個人財産の処分の自由が許されている現代社会において︑処分者の意思尊重のために︑被相 人間の衡乎をはかるために︑ わが国の民法は︑被相続人が︑遣贈により︑または婚姻︑養子縁組のためもしくは生計の資本としての贈与に
より︑特別の利益︵特別受益︶を共同相続人のうちの特定の者︵﹁特別受益者﹂
これら特別受益額を遺産総体に計算上返還︵持戻しという︒なお︑遺贈については遣産
は じ め に
寄与相続人が被相続人から受けた生計の資本等の の具体的相続分算定に際して︑
以下
︑
二五
三
に与えた場合に︑相続
︵一
四七
一︶
本稿では﹁特別の意思表示﹂の最も典型例である
とよ
ばれ
る︶
逆に特別の
生前贈与や遣贈には︑被相続人の特別の意思表示がなくても︑持戻し免除の効果が付与されるべきであるとの意見が みられた︒その後の寄与分に関する諸論説の中にも︑持戻し免除の効果の付与を当然の前提として議論を展開するも
(4 )
のが
みら
れる
︒ 本来︑特別受益財産は︑相続分の前渡し的性質を有するもので︑その持戻しは︑法定均分相続主義を貫徹する ための操作手段であり︑持戻し免除は︑特別な利益を付与する先取り的性質を有し︑法定相続分を修正する操作手段
(5 )
である︒寄与分も︑法定相続分を修正するための機能を有することから︑持戻し免除制度と結びつきやすく︑さして 深い検討もないまま︑寄与分の対価としての生前贈与・遣贈であれば︑持戻し免除の意思があったとの擬制もしくは 推定︵以下︑推定を用いる︶を容易に働かすことになったと思われる︒こうした傾向に対して︑近時︑
戻し免除﹂という観念はわが国ではいまだ十分な検討がなされていない︑
確かに︑わが国では﹁持戻し﹂や﹁持戻し免除﹂といった観念についてすら︑これまで必ずしも十分な共通認識がで きているとはいえない︒その意味では︑この批判は正鵠を得ているといえよう︒
本稿は︑こうした批判の趣旨を踏まえて︑寄与相続人への寄与に報いた︵正しくは︑寄与に報いたと思われる というべきである︒被相続人の明確な意思表示がない場合がすべてといってよく︑意思の推定によるものであるか ら︶生前贈与や遣贈に持戻し免除の効果を付与し︑寄与分として清算することの適否を明らかにしようとするもので
(7 )
ある︒そこでまず第二章で︑いわば条文上の原則形態である︑寄与相続人への寄与に報いた形での特別受益があった けれども持戻し免除がなかった場合のその者の寄与分が︑
︵一
四七
二︶
そもそも﹁持
(6 )
という観点からの有力な批判がでてきた︒
どのように算定されるかを明確にしておく︒
で︑条文上では例外形態ともいえる︑寄与相続人への特別受益があったけれども持戻し免除がついていた場合︵明確
四
関 法 第 三 八 巻 第 五
・ 六 号
1一
五四
ついで第三章
寄与相続人の特別受益と寄与分について な意思表示があった場合と意思の推定による場合を含むが︑現実にはこれまで持戻し免除の明確な意思表示が行われたケースは皆無である︒したがって︑具体的には持戻し免除の黙示の意思推定のみが問題となる︶に︑これら持戻し免除意思を推定することによって︑寄与相続人への生前贈与や遣贈を寄与分として認定することに問題がないか否か︑そして︑認定した後に寄与分の協議・審判が可能か否か︑その他の問題点︑述の順序としては︑第三章第一節で最高裁判所事務総局家庭局の見解をいわば問題提起の形で紹介し︑で学説を持戻し免除意思の推定による寄与分の認定の可否︵第一款︶︑の可否︵第二款︶︑その他の問題︵第三款︶を紹介・検討したい︒
二五
五
もっともここでの学説の紹介は︑
款までの項目に従って整然と行われている訳ではなく︑相互にオーバーラップしていることを︑予めお断りしておく︒
個々の学説を細分化して紹介するのでは︑読者の理解に困難さを与える場合が多いことや学説の真意にはずれること︑
等を避けるためである︒なお︑学説の紹介の際に︑筆者の疑問点等を述べようと思う︒さらに第三節で︑判例につい
ても触れておきたい︒最後に︑第四章のおわりに代えてで︑私見をまとめることにする︒
( 1 )
筆者は︑最近公表した拙稿﹁民法九
0 1
︱一条
三項
でい
う意
思の
表示
につ
いて
﹂︵
関大
法学
論集
三八
巻ニ
・三
合併
号二
九五
頁
以下︶で︑民法九
0
三条三項でいう﹁前二項と異なった意思﹂には︑持戻し免除以外に︑より強固な持戻しを要求する場合があることを明らかにした︒ただ︑特別の意思表示の典型例は︑持戻し免除であることは確かである︒( 2 )
寄与分制度に関する諸論稿を知るには︑判例クイムズ六六三号︵昭六三︶三二頁以下の文献一覧表が便利である︒
( 3 )
本文に述べたような意見を含めて︑筆者の目に留まった持戻し免除と寄与分との関係について触れた主な文献には︑教科書等の類を除いて︑次のようなものがある︵年代順︒頁は開始頁を指す︶︒法務省民事局参事官室編﹃新しい相続制度の解
説﹄
︵昭
五五
︶
1 1六四頁︑加藤一郎﹁相続法の改正︵下︶﹂ジュリ七二三号︵昭五五︶︱‑六頁︑最高裁判所事務総局編﹃改
正民法及び家事審判法規に関する執務資料﹄︵昭五六︶三六頁︑猪瀬慎一郎﹁寄与分に関する解釈運用上の諸問題﹂家裁月
︵一
四七
︱︱
︱) 第一款から第 寄与分認定後の協議・審判による寄与分決定 ついで第二節 について考察していくことにしたい︒叙
報三三巻一
0
号︵昭五六︶一頁︑岩井俊﹁寄与分と家事審判﹂﹃新実務民事訴訟講座
8﹄︵昭五六︶九九頁.︱二四頁︑太
田武男﹃現代家族法研究﹄︵昭五七︶三八二頁︑栗原平八郎﹁寄与分についての覚書﹂﹃太田武男教授還暦記念・現代家族 法の課題と展望﹄︵昭五七︶ニニ七頁︑高木多喜男﹁寄与分と遺留分﹂法曹時報三四巻五号︵昭五七︶一
0
四七頁︑橘勝治﹁相続に関する民法の一部改正について﹂法曹時報三四巻三号︵昭五七︶一五頁︑大塚錆子﹁寄与分の要件﹂ケース研究一
九七号︵昭五八︶1
一頁︑岩井俊﹁遺産分割と寄与分﹂﹃日本弁護士連合会編・昭和五八年度特別研修叢書︵上巻︶﹄︵昭五 九︶三三一頁︑瀬川信久﹁寄与分における相続人間の公平と被相続人の意思①③⑥
(4
完︶
︵﹂
昭六
) 0
判夕五四
0
号ニ
︱ 頁•五四一号一―10
頁•五四二号二六頁•五四四号―一頁、井野場明子「遺産分割及び寄与分に関する諸問題について」『日 本弁護士連合会編・昭和五九年度特別研修叢書︵上巻︶﹄︵昭六
0 )
一九五頁︑中川淳﹃相続法逐条解説︵上巻︶﹄︵昭六
0 )
二七三頁︑上野雅和﹁寄与分と特別受益﹂﹃中川淳先生還暦祝賀論集・現代社会と家族法﹄日本評論社︵昭六二︶四一五頁︑
小淵喜代治・杉原信二﹁寄与分︵昭和五六年改正後の動向︶﹂自由と正義一二八巻九号︵昭六二︶六九頁︑辻朗﹁判例にあらわ れた寄与分の法的性質と要件﹂判夕六六一二号︵昭六三︶五頁︑佐藤義彦﹁寄与分の実体的要件をめぐる若干の問題﹂判夕六
六三号︵昭六1
︱‑︶‑︱頁︑山口純夫﹁寄与分の承継﹂判夕六六三号︵昭六一︱‑︶一六頁︑伊藤昌司﹁寄与分の算定に関連する
若干の問題﹂判ク六六三号︵昭六三︶ニニ頁︒
( 4 )
たとえば︑瀬川・前掲論文1
一九
頁参
照︒
( 5 )
高木・前掲論文七頁︒
( 6 )
伊藤昌司﹁持戻し免除について﹂﹃中川淳教授還暦・現代社会と家族法﹄︵昭六
1一︶三九六頁︒同教授は︑そもそも︑民
法九
0
三条三項の意思表示を持戻し免除と呼ぶこと自体︑自明のことではないという︒筆者も同感である︒これまで︑民法
九
0
三条一ー一項をめぐっての検討は︑充分に加えられてきたとはいえない︒もっとも︑辻正美﹁遺留分の算定について﹂京大
法学論叢―-0
巻四•五・六合併号(昭五七)二三九頁以下、あるいは坂井芳雄「遺産相続制度における遺贈ないし生前贈
与持戻し規定︵民法九
︱
0 1
一条
︶の
解釈
適用
につ
いて
﹂東
洋法
学︱
︱
‑ 0
巻一・ニ号︵昭六二︶五九頁以下︑等でみられるように︑
近年次第に触れられるようになってきている︒
( 7 )
本稿で取り扱う﹁特別受益の持戻し免除﹂と﹁寄与分﹂との関係は︑寄与分の法的性質をめぐる調整説︵寄与分を事後的 調整要素とみて︑他の相続人に相続分どおり帰属させては不公平である部分を寄与者に廻して修正するものであるとする見
関 法 第 三 八 巻 第 五
・ 六 号
二五
六
︵一
四七
四︶
寄与相続人の特別受益と寄与分について
この
原則
規定
が︑
二五
七 寄与相続人への特別受益があ のを寄与者に帰属させるために︑寄与者の具体的相続分を他の相続人のそれよりも大きくしようとするものであるとする見 解︶と身分的財産権説︵寄与分を寄与相続人が相続財産上に有する客観的に確定しうる利益とみて︑寄与者に帰属すべきも
解︶との対立とも関連するものである︒この点については︑辻朗﹁判例にあらわれた寄与分の法的性質と要件﹂判ク六六三
号七
頁以
下参
照︒
被相続人が︑共同相続人中の︑被相続人の遺産の増加・維持に特別の寄与のあった者に︑その者の寄与に報い
るため︑あるいは他の共同相続人よりも単に利益を与えるため︑もしくは限定的にこれだけやるけれども他に相続財
産を主張することは認めないとの趣旨などのいろんな意図から︑生前贈与や遣贈を行うことは︑しばしばみられるこ
とである︒本章では︑被相続人による寄与相続人への特別受益が︑持戻し免除なしに行われた場合に︑その寄与相続
人の寄与分がどのように算定されるかについて一瞥しておこうとするものである︵なお︑生前贈与のうち︑婚姻・養
子縁組•生計の資本としての三類型以外の贈与については、民法九0-―一条の特別受益の範疇からはずれることから、
すでに述べたように︑民法は︑持戻し免除等の意思表示があればともかくも︑それがない以上︑特別受益は︑
被相続人の遣産に計算上持戻されるとする︵九
0 1
︱一条
一項
・︱
︱一
項︶
︒
った場合にも適用されるであろうか︒これに答えることは︑特別受益の持戻し制度と寄与分制度との関係をどのよう
に理解するかにかかっているといえよう︒結論から先にいえば︑私は︑特別受益の持戻し制度と寄与分制度とは︑別
(1 )
個独立の制度であり︑両者の関連性を強調すべきでないと考える︒確かに︑特別受益の持戻しは︑いわば理由なくし 持戻し免除等はもともと問題とならない︶︒
︵一
四七
五︶
寄 与 相 続 人 の 持 戻 し 免 除 の な い 特 別 受 益 と 寄 与 分
そし
て︑
て特別な利益を得た特定の相続人に︑その特別な利益を計算上返還させることによって︑また寄与分は︑特別な寄与
をした者に︑その特別な働き分を考慮して︑それに見合うだけの財産を余分に取得させることによって︑いずれも均
分相続という形式的平等がもたらす不公平さを克服し︑実質的乎等を貫徹しようとするものである︒この意味におい
て︑両者はいずれも同じ目的に奉仕する制度であるといえる︒しかし︑それ以上のものではありえない︵もっとも︑
寄与した相続人に生前贈与などの財産上の利益供与があったかどうかは︑寄与分の有無ないし額を定めるについて︑
もこの者の寄与分があったとしても︑持戻し免除がない以上︑原則にしたがってみなし相続財産額算定に際し︑特別
受益額を持戻させ︑かつ寄与額を控除することによって︑寄与相続人の具体的相続取得額は算出されなければならな
いと思う︵明確な持戻し免除の意思表示があった場合︑ならびに持戻し免除意思の推定の場合については第三章で検
討す
る︶
︒
こうした考え方は︑特別受益者のほかに寄与相続人がある場合の相続分の算定方法について︑学
説・実務が一般的に示す方法︑つまりみなし相続財産額の算定は現存遺産額に持戻し額をプラスし︑そこから寄与額
(2 )
をマイナスすることを同時に行ういわゆる同時適用説と同様である︒
(3 )
問題となるのは︑寄与相続人が実質上寄与分の対価として生前贈与もしくは遺贈を受けたとみられる場合に︑
され
るか
︑
これらを特別受益として持戻し免除の意思推定に服せしめるか︑あるいは特別受益ではないとの扱いをすることが許
(4 )
である︒次章以下で検討する︒
( 1 )
栗原
判事
は︑
﹁寄
与分
は︑
特別
受益
とは
異な
り︑
遺留
分算
定の
基礎
とな
らな
いた
め︑
寄与
分の
有無
は遣
留分
の算
定と
は無
関係
であ
り︑
もと
より
減殺
請求
の対
象に
もな
らな
い﹂
とい
う︵
栗原
平八
郎﹁
寄与
分に
つい
ての
覚書
﹂﹃
太田
武男
教授
還暦
・
料酌されるべき事情の︱つであることは否定できない︶︒
した
がっ
て︑
たとえ寄与相続人への特別受益があり︑しか 関法第三八巻第五・六号
二五
八
︵一
四七
六︶
寄与相続人の特別受益と寄与分について は︑最近に公にした論稿の中で︑
寄 与 相 続 人 の 持 戻 し 免 除 を 伴 っ た 特 別 受 益 と 寄 与 分
二五
九
現代家族法の課題と展望﹄︵昭五七︶二四五頁︶︒
( 2 )
最高裁判所事務総局編﹃改正民法及び家事審判法規に関する執務資料﹄︵昭五六︶四五頁以下︒本文以外には︑第九
0 1
︱ ︱条優先適用の考え方と︑第九
0
四条の二優先適用の考え方とがある︒同旨︑加藤一郎﹁相続法の改正︵下︶﹂ジュリスト七二三号︵昭五五︶︱‑四頁︒なお︑法務省民事局参事官室編﹃新しい相続制度の解説﹄︵昭五五︶二六四頁以下の計算例︑及び山本哲一﹃相続実務研究会編・問答式遺産相続の実務﹄四一0
頁参
照︒
( 3 )
受贈した特別受益者が︑受贈前の寄与行為以外に受贈後にも寄与行為を行った場合に︑その受贈後の寄与行為に対する寄与分の申立は︑当然許されるべきであることはいうまでもない︵太田・前掲書三八四頁参照︶︒
( 4 )
もっとも︑持戻し免除の推定や特別受益の該当性を論じていないものもある︒たとえば︑法務省民事局参事官室編・前掲
書二六四頁以下参照︒同書は︑寄与相続人でかつ超過特別受益者については︑九
0 ‑
︱一条
二項
によ
り︑
相続
分を
受け
るこ
とが
できないけれども︑寄与分は受けることができると解する︒このような解決方法も興味がもたれる︒
本章では︑被相続人が寄与相続人に対して︑生前贈与もしくは遺贈をし︑しかもこれら特別受益に明示または 黙示の持戻し免除の意思表示があったとき︑寄与相続人の寄与分をどのように扱うか︑を検討するものである︒筆者
﹁昭和五六年に寄与分制度︵現行九
0
四条の二︶が創設されて以来︑寄与分をめぐ る議論の中で︑持戻し免除について言及されることが増えたことは確かである︒そこでは︑寄与相続人が被相続人か ら受けた生前贈与や遣贈は︑被相続人の特別の意思表示がなくても︑持戻し免除の効果が付与されるべきであると解 されている︒しかし果たして︑そのように処理してよいものか︑疑問なきにあらずである︒寄与分制度が創設される までであれば︑被相続人の財産形成に特別の働きをしたいわゆる寄与相続人の公平感を充たすための趣旨で︑免除意
︵一
四七
七︶
日 ] 討していくことにしたい︒ ところで︑被相続人が寄与相続人に特別受益を行っていた場合︑持戻し免除の意思表示がなされていれば︑こ
れら特別受益は返還を免れることができる︵九
0 1
︱一条
三項
︶︒
しか
し︑
こうした持戻し免除の意思表示制
(2 )
度がひろく知れわたっていないこともあって︑持戻し免除の意思表示が明示されることは皆無といえる状態である︒
そこで︑具体的に問題となるのは︑こうした持戻し免除意思の推定ということになる︒以下︑相続人の寄与に報いた
贈与並びに遺贈が︑被相続人の持戻し免除の意思推定に服するか否かについて︑まず学説を︑
( 1 )
拙稿
﹁民
法九
0
三条一
二項
でい
う意
思の
表示
につ
いて
﹂関
大法
学論
集一
二八
巻ニ
・三
合併
号︵
昭六
三︶
二九
八頁
︒
( 2 )
被相
続人
の持
戻し
免除
の明
確な
意思
表示
があ
った
事例
は︑
筆者
の知
る限
りで
は皆
無で
ある
︒黙
示の
意思
表示
があ
った
と認
められた事例については、拙稿•前掲論文三一六頁以下参照。
最高裁判所事務総局家庭局の見解
ここではまず︑昭和五五年の寄与分制度立法後に上梓された最高裁判所事務総局編﹃改正民法及び家事審判法 の寄与分算定に際して︑安易に考慮すべきではあるまいと思う︒ 思の推定も解釈として可能であったが︑制度創設後の今日では︑特別の寄与は規定に則り処理すべきであり︑免除意
(1 )
思はあくまで本来の特別な利益付与の趣旨で︑解釈されるべきであるように思われる﹂と述べた︒本稿は︑筆者の素
朴な疑問をもっと掘り下げて検討してみようとするものである︒結論から先にいえば︑この気持ちにまったく変更は
ない︒明確な持戻し免除意思が表明されていた場合であれ︑持戻し免除意思を推定する場合であれ︑持戻し免除とい
う以上は︑特別な利益を特別受益者︵本稿では寄与相続人でもある︶に付与しようとするものであり︑このことを後 関法第三八巻第五・六号
現実
には
︑
二六
〇
ついで判例を紹介・検 ︵
一四
七八
︶
とし
て︑
寄与
相続
人の
特別
受益
と寄
与分
につ
いて
紹介
する
︒
﹁民
法第
九
0 1
︱一条の特別受益の持戻しと第九
0
四条の二の寄与分とは︑衡平を図る制度であるという点では同じであるが︑現実に持つ機能を考えると︑両者は制度的にも異なり︑また必ず
しも相対応するものではない︒したがって︑生前贈与等があるからといって当然に寄与分に影響すると考える必要は
︑
︑
︑
︑
︑
ない︒しかし︑寄与分は相続財産の維持増加に対する相続人の貢献を遺産分割の際に調整的に清算しようという制度
九
0 1
︱一条の持戻しの関係においても︑当該生前贈与等が同条第一項の生計の資本性を欠くというか︑あるいは同条第
三項の持戻免除の意思表示があるというか︑その理由付けは両様考えられるが︑寄与の対価と認められる限度におい
(1 )
て︑生前贈与等を持戻しの対象としない取扱いをすることになるものと考えられる︒﹂
﹁[J
か幽
蛉応
二六
別途寄与分を認めることは相当ではないと考えられる︒したがって︑寄与した相続人に対して既に生前贈与又は遣贈︐︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑がなされている場合において︑当該生前贈与等が︑明示的であるかどうかを問わず︑寄与に対する実質的な対価とし*
でかざわかかかで砂釘
Jと茄認かいかかいぎ応寄手が心認かいかかいいいがrふ
g
かなが︒この場合には︑民法第 であるから︑被相続人と寄与した相続人との間で既に実質的に寄与に対する清算が行われているといえる場合には︑ 規に関する執務資料﹄︵昭五六︶から︑特別受益と寄与分との関係をみていくことにしよう︒少し長くなるが以下に︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑贈与又は遺贈の趣旨に関するものであるから︑ どちらも抽象的には共同相続人間の実質的
︵傍
点ー
筆者
︶︒
そし
て︑
梃梱続んか意思加もか重要か要素とかかかか
つま
り︑
︑︑
︑︑
︑
と考えられ︑寄与と生前贈与等がその価額等において外形的に対応しているからといって当然に生前贈与等が寄与に
( 2 )
対する実質的な対価であると認めることはできないと言うべきであろう︒﹂と記述する︵傍点ー筆者︶︒
相続人への特別受益が明示的であるか否かを問わず寄与への対価としてなされたときには︑それで清算が終了してお
︵一
四七
九︶
注*
寄与
③とは異なり︑ があった場合︑④黙示的に持戻し免除の意思表示があった場合︑⑥明示的に生計の資本性を欠くとした場合︑⑥黙示的に生計の資本性を欠くとした場合︑等が考えられる︵なお︑⑥と⑥の場合は︑遣贈について妥当しないことはいう
これら六ケース中︑①と③については︑条文上の法構造が︑原則として持戻しを要求していることか
ら︑わざわざ問題にする必要がないともいえる︒同様に︑たとえば明示的に生計の資本性だとする場合を論ずる必要
もない︒したがって︑これら六ケース中︑検討に値するのは︑R④⑥⑥である︒ところが︑すでに述べたように︑こ
れまで私の知りうる限りでは︑被相続人の持戻し免除等の意思表示が明確な形で︑遺言書中で︑あるいは贈与に際し
朋言をもって︑もしくは別の機会に文書ないしは口頭で明確な意思表示が行われていた事例は︑見当たらない︒した
がって︑これら四ケース中︑③⑥については︑理論上はともかく具体的には問題とならない︵もっとも⑥については︑
持戻し免除ぁるいはこれに類似した表現がなくてもよいので︑柔軟な解釈の余地はある︶︒1 1
で結局︑被相続人の意思として検討すべきことは︑黙示的な場合︑ ま
でも
ない
︶︒
り︑後に寄与相続人には寄与分が認められないことになるが︑寄与への対価であるか否かは︑被相続人の意思を如何
に判断するかによる︑というものである︵なお︑寄与に対する対価としての明示の意思表示とは︑当該生前贈与等は
寄与に報いるための対価であるということの意思を明らかにしたものである︒このことは︑生前贈与等の持戻しを免
以上の最高裁判所事務総局家庭局の見解に従うと︑問題は︑被相続人の意思をどのように判断するかにかかっ
ているといえよう︒そこで︑被相続人の意思として考えられる場合分けをしてみると︑生前贈与等について︑①明示
的に持戻しの意思表示があった場合︑③明示的に持戻し免除の意思表示があった場合︑③黙示的に持戻しの意思表示 除するという意思表示と解しうる︶︒
関 法 第 三 八 巻 第 五
・ 六 号
つまり被相続人の意思の推定という④⑥のケース
二六
︵一
四八
0 )
そこ
(1)
寄与
相続
人の
特別
受益
と寄
与分
につ
いて
二六
︵一
四八
一︶
である︒そして︑この④と⑥は︑生計の資本性を有するか否かという別の次元の問題を学むものではあるが︑黙示的
であるが故に︑今ここで検討しようとする⑥の何をもって生計の資本等でなかったと認定するかの問題は︑同様に④
の生計の資本等ではあるが︑何をもって持戻し免除があったと認定するかということと同一レペルの問題︑
相続人の意思解釈の問題であることから︑以下では特に断らない限り︑前記の⑥ケースは④ケースに含めて考えるこ
(3 )
とにしたい︒もっとも︑⑥は︑寄与分制度創設前における判例の解決方法としてよく利用されたが︑後述するように︑
寄与相続人に対する被相続人の生前贈与等の行為について︑黙示的に持戻し免除の意思表示があったとする場
合とはいったいどのようなものであろうか︒そもそもそういう解釈は許されるのであろうか︒こうした疑問に応える
ために︑まず主だった学説を紹介・検討してみよう︒なお︑個々の学説の紹介のつど︑批判的に私見を展開すること
にし︑最後に私見をまとめるという形をとりたい︒なお︑学説は網羅的ではなく︑極めて恣意的であり︑
野雅和教授その他の優れた見解を紹介しなかったことを︑お許し願いたい︒
最高
裁判
所事
務総
局編
﹃改
正民
法及
び家
事審
判法
規に
関す
る執
務資
料﹄
同書
・五
0
頁注
( 5 )
︒
上野
雅和
﹁寄
与分
と特
別受
益﹂
持戻し免除意思の推定による寄与分の認定の可否 とりわけ上
寄与相続人への生前贈与もしくは遣贈があり︑しかも被相続人による明示の持戻し免除の意思表示が存在しな
⇔ 学 説
( 1 ) ( 2 ) ( 3 )
今日では問題が多い︒
﹃中
川淳
先生
還暦
祝賀
論集
・現
代社
会と
家族
法﹄
︵昭
六二
︶四
二
0
頁 ︒
︵昭
五六
︶︱
︱一
六頁
以下
︒
つまり被
られるのではないか︒ 能であろうか﹂と問題を限定し︑ かった場合に︑これら特別受益を持戻し免除の意思推定による寄与分として認定することが可能かについて︑昭和五五年民法一部改正の立案関係者の一人であった加藤教授は︑まず﹁寄与分権利者が︑生前贈与や遺贈を受けていた場合に︑それと寄与分との関係はどうなるであろうか﹂と問題を提起し︑であれば︑それで寄与分は清算されており︑それと別に改めて寄与分を請求することはできないと解すべきである﹂と
いわ
れ︑
する
こと
︑
︵一
四八
二︶
ついで﹁被相続人は︑寄与分をいくらと評価して︑生前処分または遣言によって寄与者に与えることは可
﹁寄与分は︑そもそも被相続人が遣言で適切な処分をしなかったような場合に︑公
平のために相続分を調整・修正しようとする補充的な制度とみるべきだと思われるので︑被相続人の意思が寄与分に
優先するものとしてよいであろう︒そうすると被相続人が寄与分として与えたものが少なくても︑それはしかたのな
( 1 )
といういこととなるし︑被相続人が遺言で寄与分を与えないとするのも有効と見るべきであろう︒﹂ここでは幾つ
かの問題点が重なって提起されている︒第一に︑寄与分に報いた生前贈与や遺贈により寄与分は清算されること︑第
ニに︑寄与分が清算されているから後に改めて寄与分を請求しえないこと︑第三に︑被相続人の意思が寄与分に優先
の三点である︒加藤教授は持戻し免除という文言を用いておられないので︑推測の域を脱しないが︑これ
ら三点をよみあわせれば︑被相続人の持戻し免除意思を推定することにより︑寄与分の認定が可能であると解してお
しかし︑私は︑加藤説には若干の疑問を抱く︒現行規定によれば︑生計の資本等の生前贈与や遺贈は原則とし
て持戻されるべきであるから︑寄与相続人がこれらを得ていたとしても相続分の前渡しに過ぎず︑被相続人による持
戻し免除の意思表示がない限り︑結局は相続人間の形式上の公平分配に服することになる︒これでは寄与相続人に不 関法第三八巻第五・六号
﹁もし︑それが︑寄与分に報いる趣旨のもの
二六
四
寄与相続人の特別受益と寄与分について 高木教授は︑明確に持戻しとの絡みに言及し︑
満が残る︒そこで︑後に共同相続人の問での寄与分額算定のための協議等が行われる余地が必要である︒問題となる のは︑持戻し免除の意思表示があったと推定することが可能かであるが︑またなにをもって推定が可能か︑
問題もでてくるけれども︑仮に推定が可能としても︑この場合には相続分の先取り︑
付与することであって︑
免除である以上︑被相続人の特別な意思表示を尊重しなければならず︑
することになっても︑
か︒被相続人の意思尊重では加藤説と同様ではあっても︑持戻し免除意思を推定し︑
しても︑実質的には報酬的性質を帯びたものであることは否定できまい︶
二六五
︵一
四八
一︱
‑︶
といった
やはり後に共同相続人の間での寄与分の話し合いの余地は残されるべきではないか︒持戻し
それが共同相続人問の形式的な平等性を破壊
やむをえないからである︒そもそも寄与分に報いる趣旨のものと容易に判断しうることだろう
かつそれによって寄与相続人へ
は十分に応えているのでこの者の寄与分を定める申立ては許されないと解することは︑逆に被相続人の相続分外への
(2)
特別な利益を付与しようとの意思に反するような結果をもたらすという恐れがあることを忘れてはならないであろう︒
ただ︑寄与分は︑寄与相続人の寄与行為に対するいわば報酬︵寄与分制度が相続分の微調整に奉仕する制度であると
であることから︑寄与相続人への特別受益
が持戻し免除された場合には︑後に寄与分を定める申立ての行われることは少なくなると予想される︒しかし︑申立 ては許されるべきでないと解すべきではあるまい︒あくまで︑寄与分は︑被相続人の意思で決定されるものではなく︑
被相続人の死後に︑共同相続人間の協議により︑もしくは審判によって決定されるものである︒したがって︑寄与分 をまった<与えないとの遺言は︑それ自体有効であっても︑後の寄与分の申立て等に影響を及ぼすべきではない︒民
法九
0
四条の二のすなおな解釈にしたがうとそのように解する以外に方法はないといえよう︒
﹁寄与相続人に︑生前贈与・遺贈がなされていることがある︒ つまり相続分外に特別の利益を
これが寄与分として与えられているかどうか︑持戻を要するかどうか︑
といった事情により︑
みなし相続財産に含める︒しかし︑寄与分として与えられた遺贈は被相続人の意思により持戻を要しない遣贈︵民九
0 ‑
︱ 一 条m )
と解しなければならない︒持戻を要する遺贈と解すると︑受遺者に優先的取得分を認めることにならず︑
寄与分として与えるとする被相続人の意思と矛盾するからである︒したがって︑みなし相続財産から遺贈を差引かね ばならない︒寄与分が生前贈与によって与えられる場合には︑持戻を要しない贈与と解し︑
と 述 べ 翠 要するに︑高木説によれば︑寄与分の対価としての贈与・遺贈であれば︑持戻し免除意思の推定 により持戻しを必要としないというものである︒しかし︑寄与分は︑もともと協議もしくは審判で決定されるもので あり︑寄与分を与える意思でなされた贈与・遣贈ということがそれほど容易に認められうるとは思えないし︑また︑
持戻しを要するか否かは︑第一次的には被相続人が決めることで︑後になって持戻し免除の意思があったかなかった かの詮索を安易に行うべきではあるまい︒もっともこの点に関しては︑私は︑以前に﹁可能な限り九
︱
0 1
一条
三項
の意
(4 )
思表示を肯定する解釈が要請されるように思われる﹂と主張した︒その理由として︑わが国では︑たとえば︑被相続 人が共同相続人の一人に贈与や遺贈を行った場合に︑被相続人の死後に︑贈与物の価額が名目上︑遺産総体に持戻さ れ︑他の共同相続人と平等に分配されなければならないという結果を︑被相続人自ら認識していない場合が多いよう
に思われるからである︒わが民法九
0
三条の母法といわれているフランスでは︑ない
︒﹂
えられ︑これによって︑遣留分との関係も変動する﹂といい︑
一八
0
四年の制定当初の規定と異な ﹁具体的相続分の計算にあたり︑持戻を要する遺贈は︑関法第三八巻第五・六号
二六
六
いろいろなケースが考
みなし相続財産に加算し
って今日では︑遺贈は原則として持戻しが免除されている︵生前贈与は今日でも持戻しが原則︶のに比して︑わが国 では生前贈与・遺贈ともに持戻しが原則となっているところにも問題があるといえよう︒したがって︑わが国におい
︵一
四八
四︶
寄与
相続
人の
特別
受益
と寄
与分
につ
いて
二六
七
(5 )
ても︑すくなくとも遺贈に関しては︑持戻し免除を幅広く認めていく解釈態度が要請されるといえる︒もともと寄与
分の対価としての贈与・遺贈に持戻し免除をという発想が︑こうした一般的な国民意識を下敷きにして個別具体的な
妥当性の追及の結果として出てきたことは否定できない︒しかし︑加藤説への批判として述べたように︑被相続人の
意思は多様であって︑寄与分の対価らしきものを︑即︑被相続人の持戻し免除意思を推定した結果として︑寄与相続
ことたれりとしてはならない︒規定上の原則は尊重されねばならず︵原則がおかしいというのであれば︑
フランスのように規定を修正するのが正当であろう︒さらにフランス法を超えて︑贈与も遺贈も免除を原則とすべき
である︒もっとも︑原則と例外を変えたからといっても︑寄与分として認定するか否かは︑
別問
題で
ある
︶︑
ある被相続人の免除の意思推定は︑被相続人による明示の意思表示がないことでもあるので︑慎重さが要請される︒
そして︑免除意思を認定したとしても︑それは寄与に対する清算でもなんでもなく︑被相続人の特別の利益を付与し
ようとの意思推定にすぎないこともあるから︑後の協議もしくは審判による寄与分を認める余地を残しておくべきで
あろ
う︒
瀬川教授によると︑寄与相続人への生前贈与・遺贈の︒^クーンは︑①持戻し免除なし︵法定相続分を変更しな
い中立的な贈与・遺贈︶③持戻し免除付でかつ限定的︵この生前贈与・遣贈しか与えない趣旨︶③持戻し免除付で
(6 )
かつ先取的︵生前贈与・遺贈だけ余分に与える趣旨︶の三種類に区分される︒そして︑同教授によれば︑①と③では
寄与分が協議・審判される余地があるけれども︑③はその余地がなく︑また③の場合には︑原則として贈与・遺贈の
分だけ寄与分額が減少する︒しかし︑私は︑①③③のいずれも寄与分が論じられるべきであり︑③の場合にも減少さ
れるべきではないと思う︒個々具体的にみていくと︑まず︑瀬川教授は︑限定的である③の場合では当該寄与相続人
四
人に
付与
し︑
︵一
四八
五︶
例外で
(7 )
はそれ以外に取得しないから︑その者の寄与分額は問題とならないという︒果たしてそうであろうか︒被相続人が寄
与相続人に限定的に贈与・遣贈していても︑寄与分は︑相続人間の協議あるいは審判で決定されるのであって︑被相
続人の意思に拘束されないのではなかろうか︒また︑いうまでもないことだが︑限定的贈与もしくは遣贈が︑兄弟姉
妹を除く寄与相続人の遣留分額に不足していれば︑これらの者は減殺請求しうる
( 1 0 1
︱ ︱ 一 条
︶ ︒
遺留分減殺制度と
寄与分制度とは︑法の目的が異なるけれども︑遣留分減殺の手続等を考えると︵減殺請求権は短期消滅時効に服すな
(8 )
ど︶︑寄与分による補完を認めてよいように思われる︒
続人は残った相続財産から取得できるから︑寄与分額が問題になる︒このときは︑その寄与者の寄与分の額は︑原則
として︑贈与・遺贈の分だけ減少すると考えるべきである︒ただし被相続人が︑贈与・遺贈が寄与の清算でないこと
を明らかにしたときは︑寄与分は︑相続財産の減少と同じ比率で減少する︒さらに被相続人が︑当該寄与者は残る相
(9 )
続財産から寄与分全額を取得できる旨を明確にしていたときには︑寄与分は減少しない﹂という︒私は︑加藤説への
批判で述べたように︑被相続人の意思による寄与分の確定は認められないと考える︒被相続人が寄与相続人にその寄
与に報いたいとし明確な意思表示のもとに贈与・遣贈を行うのであれば︑それは持戻し免除での贈与・造贈であって︑
いいかえれば先取り分として特別な受益を付与しただけのことである︒逆に︑寄与相続人がそれら免除された特別受
益だけで満足するのであれば︑後に寄与分の主張をしないだけのことである︒後に寄与分の主張がでてきた場合に︑
持戻しが免除された特別受益を十分に得ているから︑もはや寄与分はないと協議もしくは調停・審判で決めるべきで
はあるまい︒寄与分がないときめつけることは︑被相続人の意思を無視し︑なんでも衡平にしなければならないとい
う悪しき平等主義に陥る弊害を生じよう︒瀬川説では︑特別な利益を相続人中の特定の者︵それがたまたま寄与相続 関法第三八巻第五・六号
つい
で︑
同教
授は
︑
先取的である⑤の場合には﹁当該寄与相
二六
八
︵一
四八
六︶