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博士論文審査要旨

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Academic year: 2021

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博士論文審査要旨

論文提出者 田附あえか

論文題目 養育不調が生じた家族への心理的支援の検討:

児童養護施設における心理士による家族支援の意義

審査委員

主査:首都大学東京大学院人文科学研究科 教授 下川昭夫 副査:首都大学東京大学院人文科学研究科 教授 永井 撤 副査:首都大学東京大学院人文科学研究科 教授 村松健司

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2 1.本論文の課題

本研究は,筆者が児童養護施設において勤務し,家族への支援を実践する中で生じた問い を背景に持っている。すなわち,いったい,養育不調が生じ,子どもが施設入所にいたる程 度にまで悪化するという重度の失調を抱える家族は,どのような背景があって失調が発生 し,どのような過程を経て悪化するのだろうか。特に,臨床心理学から見て,その養育の不 調の発生のプロセスはどのようなものなのだろうか。そして,どのような援助プロセスを経 れば,回復の方向性が見えるのだろうか,という問いである。

本研究の目的は,これらの臨床経験を背景に展開されるものであり,筆者が臨床実践の中 で気づいた家族に養育不調が生じるパターンを,実証的手法と事例研究を用いて確認する ことにある。児童養護施設で出会う家族と子どもとの関係が回復し,子どもの適応的な発達 への寄与がなされるために,心理士による家族支援のための具体的方法論を模索し,支援の 基礎となることを目指す。

2.本論文の構成

第Ⅰ部 理論編 児童養護施設における家族支援をとらえる視座 第1章 児童虐待と児童養護施設に関する基本

第2章 児童虐待が子どもに与える影響とその回復への支援 第3章 児童養護施設での心理的アプローチの意義と可能性 第4章 児童養護施設における家族への支援

第5章 本研究の目的と方法

第Ⅱ部 事例編:児童養護施設で出会う子どもとその家族への心理的支援の実際 第6章 研究1 家族に養育の不調が発生し,施設入所に至るまでの過程とその支援に

関する記述のこころみ

第7章 研究2 再婚家庭を作るプロセスで生じた身体的虐待の事例:

怒りを爆発させる養父とその家族への5年間の支援過程

第8章 研究3 母-祖母関係のなかで生じたネグレクト事例の3年間の支援過程:

ジェネレイショナル・サイクルの視点からの考察 第9章 研究4 夫婦間暴力被害のなかで生じたネグレクトの事例:

子どもと親のレジリエンスを育てる9年間の支援過程

第Ⅲ部 総合考察

第10章 児童養護施設で暮らす子どもとその家族を支援する意義 第11章 おわりにかえて

引用文献 謝辞

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3 3.論文要旨

第Ⅰ部 理論編 児童養護施設における家族支援をとらえる視座 第1章 児童虐待と児童養護施設に関する基本

本章では,まず児童虐待の定義や児童虐待の相談件数の増加等,児童虐待の基礎とその現 状についてまとめた。また,児童虐待が生じた家庭から保護された子どもの大半が暮らす児 童養護施設についての解説と,その機能の歴史的変遷について概観した。児童養護施設に入 所する子どもの中で,心的不調や心身の障害を抱える割合が増加し,従来の養育のあり方が そのまま適用できなくなっている現状が指摘された。このような現状を踏まえると,児童養 護施設が治療・ケア機能を担う必要性や意義があると考えられた。

第2章 児童虐待が子どもに与える影響とその回復への支援

本章では,まず児童虐待が子どもに与えうる長期的で深刻な影響と,そこからの回復につ いての知見を,心理社会的,生物学的観点から,主に縦断研究を概括しながら提示した。現 代の研究によれば,児童虐待のような逆境的経験からの回復を目指す際には,PTSD症状の 低減のみならず,関連症状や生活全般の質の改善,そして子どもの発達全体の保障を視野に 入れること,そして子どもの周りの大人たちとの温かい関係性の構築が不可欠であること が明らかとなった。このような考え方に基づいた場合,子どもが日常生活を送る児童養護施 設における子どもへのケアに,大いなる可能性が生まれると指摘した。

第3章 児童養護施設での心理的アプローチの意義と可能性

本章では,児童養護施設における心理的ケアの可能性と意義についての内外の先行研究 を概観した。ここから,施設における心理的支援を検討する際には, (1)子どもの生活全体 を治療的にすること,(2)子どもの主体性を高めるための取組み,(3)子どもの家族への支援,

3つが重要であることがあげられた。しかし,(3)の施設における家族支援については,

わが国では実践も研究も蓄積が乏しく,心理的ケアの専門家である心理士の関与もほとん どないことが明らかになった。そこで本研究では,施設における家族支援というテーマで,

児童養護施設における家族支援の意義を検討する必要性が明らかになった。

4 児童養護施設における家族への支援

本章ではまず,家族とは何か,という点について,近接専門分野の論点を整理したうえで,

本研究では,家族とは,子どもが自分の出生や育ちのもとであり,支えであると感じる内的 イメージであると定義した。

次に,施設における家族支援に関する先行研究の概観から,家族支援は子どもの発達に 良い効果を与えるという研究が多数あることがわかった。しかし,わが国では,施設心理 士による家族支援はほとんど実施されておらず,研究の蓄積にも乏しいのが現状であると

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指摘された。そこで,家族に養育不調が生じるパターンに関する臨床的枠組みを提示し,

施設における家族への心理的支援実践の意義について論じる必要性があることを示した。

5 本研究の目的と方法

これまでに述べてきたように,家族に養育の失調や児童虐待が生じる背景や特徴に関す る研究や支援実践は,子どもの逆境的体験からの回復と適応的な発達に,不可欠の要素で あることが指摘されているにも関わらず,研究の数にも質にも限りがあり,特に心理的支 援に関しては,実施状況もきわめて低調であった。そこで,本研究では,児童虐待が生じ て子どもが施設に入所するに至った家族の背景や特徴に関するパターンを検討することを 目的する。それらを踏まえて,実践に必要な心理臨床的枠組みを示唆し,施設における家 族に対する心理的支援の意義について論じる。

方法としては,少数事例(small-N)による事例研究を行うこととし,事例研究の中でも,

複数の事例をまとめて統計的処理を用いて分類する方法と,単一事例研究の二つの方法を 用い,児童養護施設における家族への心理的支援の意義の提示を試みるとした。

第Ⅱ部 事例編:児童養護施設で出会う子どもとその家族への心理的支援の実

6 研究1 家族に養育の不調が発生し,施設入所に至るまでの過程とその支援に関 する記述のこころみ

研究1の目的は,児童虐待が生じた家族への支援を行うために,家族に養育不調が発生 したパターンを検討することであった。本研究では,ある児童養護施設に一定期間入所し ていた18事例31名の児童の個別事例記録を対象とした。個別事例記録から事例の背景を 特徴づける項目を選び,さらに客観的指標となりうる20項目を選択した。この20項目に ついて,コレスポンデンス分析を用いて検討したところ,児童養護施設に入所した家族の 背景は,「養育への固執群」「祖父母世代からの自立葛藤群」「社会生活不安定群」の3 のパターンに分類できることがわかった。次に, EriksonおよびMcGoldrickの個人と家族 の心理社会的発達段階論の知見を用いて,養育は,「世代性」を中心とした発達課題と関 係することを論じた。養育不調が生じた家族は,この課題への挑戦の途上にあり,個人や 家族の発達課題への取り組みを支援することが,実践の視座となりうることを提示した。

7 研究2 再婚家庭を作るプロセスで生じた身体的虐待の事例:

怒りを爆発させる養父とその家族への5年間の支援過程

7章から9章までは,児童養護施設における家族支援の事例を提示し,上記の3分類 に照合しながら,施設入所に至るパターンについて検討を深めることを目的とした。

7章は,養育への固執群の一例として,養父による身体的虐待が生じて施設入所とな

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ったN男(未就学児)とその家族への5年間支援過程を記述した。養父は自分の期待どお りの「強い男の子」に育っていないN男に対して激しい体罰を繰り返していたが,支援過 程を通して,その背景には,義父(母方祖父)や世間から,自分を父親として認めてもら いたいという,「承認」への欲求があることが理解された。また,自分自身も被虐待やい じめ等の被害体験が複数あり,そのような被害を受けないために強い子に育てたかったこ とが語られた。さらに母親の自己表現力の低さや,再婚家庭で起こりうる,夫婦関係の非 対等性という背景も虐待発生の背景として考えられた。このような背景が家族内で理解さ れ,養父の衝動性の統制が可能となったこと,施設ケアでのN男の成長が見られたこと,

家族関係が改善したことから,虐待リスクは低減したと判断され,家庭復帰となった。

8 研究3 母-祖母関係のなかで生じたネグレクト事例の3年間の支援過程:

ジェネレイショナル・サイクルの視点からの考察

本章では,祖父母世代からの自立困難群の一例として,母親によるネグレクトの事例を 提示した。背景には,曾祖母-祖母―母親-子どもと,多世代にわたる養育困難の歴史が 流れていることを指摘した。支援過程で,母親-子どもの間で現在生じている養育への関 与の低下は,祖母-母親の間で生じていたネグレクトの再現であることがわかった。母親 の中には,祖父母世代から自立してきちんと養育に関与したい気持ちと,まだ子どもとし て祖父母世代から自立したくない気持ちの葛藤が起き,その葛藤に向かい合えずに逃避す ることで,子どものネグレクトに至っていることが理解された。心理的支援としては,そ のような視点での養育の不調の把握に基づいて,家族内に子どもの養育を継続的に行うエ ネルギーを引き出すことが目的とされた。本事例では,祖母が自分の世代の養育の課題 と,自分の娘の養育困難が関連していることを理解し,養育という課題に再挑戦するため に,自分が孫を引き取って育てる決意をする,というプロセスが見られた。

9 研究4 夫婦間暴力被害のなかで生じたネグレクトの事例:

子どもと親のレジリエンスを育てる9年間の支援過程

本章では,実父からのネグレクトを受けて施設保護となったJ男と,その実母への9 間の支援過程を,レジリエンスの視点から考察した。母親も実父(夫)からの激しい暴力 を受けており,幼少期から母子関係が構築される機会は乏しく,母子の情緒的関係は希薄 だった。J男は,生育歴の困難さと彼自身の持つ発達障害傾向の素因が相まって,高い攻 撃性や強い怒り,世界や自己存在への不信感,といった根源的な生の不安定さや不確かさ を抱えていたと考えられた。母親もDVによるPTSDや成育歴上の課題があり,両者とも 大きな心理的課題を抱えていた。しかし支援過程の中で,母子合同面接を通じて,母子の 間に少しずつ情緒的関係が構築できるよう働きかけ,J男が自分の人生に生じた事実の理 解を助け,さらにそれぞれの個人心理療法を行った。母子ともに,辛い事実であっても向 き合って知ることや,主体的な選択をすることといった,レジリエンスを構成する要素に

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おける育ちが見られた。9年間の援助の結果,J男は学校生活を楽しく送れるようになり,

母親も社会的な適応を成し遂げ,退所後は母子での生活が可能となった。

第Ⅲ部 総合考察

10 児童養護施設で暮らす子どもとその家族を支援する意義

本章では,家族が養育失調に至ったプロセスを理解して,それに基づいた支援の方向性 を提示するための枠組みとして,Erikson, E. H.(1997/2001)の心理・社会的発達理論と,

Cater & McGoldrick(1999)の家族のライフサイクルを,理解の枠組みとして提示した。こ れによって,養育の失調が起きる家族は,心理・社会的発達課題への挑戦過程にあると捉 えることが可能となり,家族支援とは,過去の発達課題に向き合い,養育を中心とする世 代性の課題に取り組む,という枠組みで理解することが可能であると論じた。

次に児童養護施設における心理士による家族支援が,子どもと家族双方の健康的な発達 に寄与する可能性について検討し,親と子どもにとっての児童養護施設における家族支援 の意義を,レジリエンスを育てるという観点から考察した。家族支援によって,子どもは 自分自身の人生に起きた事柄の事情を知ることができ,知った事実を踏まえて自分の人生 を主体的に選択し,実際の家族との関係性を選ぶことを可能とする可能性を高まることが 考察された。このことは,レジリエンスの構成要素である,洞察,独立性,イニシアティ ブ,関係性などを育てることにつながることが考察された。実践への示唆としては,施設 内での支援において子どもと家族の間に,知る-伝える,選ぶ-委ねる,関係を図るとい うプロセスが生じ,ケアの公平性が確認されることが重要であると指摘した。

11 おわりにかえて

本章ではまず,本研究の課題として,大きく分けて3点を指摘した。対象が,ある時期の ある施設に限定されていること,長期的な予後を見ていないこと,社会生活不安定群をはじ めとする支援困難群の検討が不十分であることの3点であった。また,施設内で家族との交 流がない,あるいは持てない子どもに対する,内的家族像への支援に関する視点が,施設に おける家族支援では不可欠であることも指摘した。

最後に,子どもが代替養育において適切な養育を受け,その後の人生においても,適応的 で健康で主観的に幸せな生活を送ったとしても,やはり家族との関係は課題として残るこ とを指摘した。今後の展望としては,原家族との関係は,その人の人生にどのように位置づ けられるのか,家族と別れて暮らす子どもの育ちにとって,家族とはいったいどのような役 割を果たすのか,といった点についての検討が必要であることをあげた。これらのテーマに ついては,インタビューや事例研究において,施設入所児や退所児の語りの分析を通じて,

あるいは自然観察や参与観察によって,長期間丁寧に追跡することが必要であると指摘し,

今後の研究課題であるとした。

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4.論文審査結果 論文評価

本研究は筆者が長年にわたる児童養護施設での実践を踏まえた上で、入所児童とは別に 暮らす養育不調をきたした家族に対する施設心理士による心理臨床的支援が、入所児童の 健やかな成長に及ぼす影響と意義を検討したものである。これらは従来、施設心理士の中で も重要性は意識されていたが、実際の取り組みとしてはあまり取り上げられてこなかった。

第一部では児童虐待と児童養護施設に関する心理的アプローチなどの先行研究をまとめ、

子どもの逆境的体験からの回復と適応的な発達において、家族が不可欠の要素であるにも 関わらず、愛着やトラウマへのケアなどと比較し、心理士による家族への支援はあまり目が 向けられてこなかった点を指摘しているのが本研究の1つの大きな意義である。

第二部では、児童養護施設において児童の個別事例記録からそれぞれを特徴付ける客観 的指標となりうる項目を選び、コレスポンデンス分析を用いて、家族の背景を「養育への固 執群」「祖父母世代からの自立葛藤群」「社会生活不安定群」の3パターンに分類できること を明らかにした。この結果から「養育への固執群」「祖父母世代からの自立葛藤群」への心 理的な家族支援で良好な経過を示した3つの事例を取り上げ、その家族力動の中での養育 不調の機制と心理的支援の効果を明らかにし、施設心理士がジェネレイショナル・サイクル の影響や子どもと親のレジリエンスを育てる視点を持つことの重要性を論じている。調査 だけでなく面接も含めた心理臨床的な関わりの有効性を具体的に示せたことが本研究の2 つ目の意義である。

第三部では、子どもたちの豊かな育ちは親以外のソーシャルネットワークの中でも可能 である点を踏まえた上で、心理臨床による家族支援によって家族が抱える課題の改善可能 性と、安心感や誰かにとって特別な存在である確認が保証される事による子どもの主体性 を育てることの意味が論じられている。この児童養護施設における心理臨床的な家族支援 の子どもに及ぼす意味を明らかにしたのが3つめの意義である。

審査結果

博士論文審査ではこれらの点が評価されると同時に、児童養護施設における心理臨床に 関連する先行研究をよく調べてまとめてある点や、難しい親支援を長年にわたって根気強 く継続し、その効果を明らかにした点なども評価された。一方で、いくつかの課題も指摘さ れた。例えば論文題名をより普遍性のあるものに変更した方が良い点や、コレスポンデンス 分析で得られたクラスター群の命名をもう少しわかりやすく変更した方が良い点などであ る。筆者は指摘された本研究の不十分さや課題を認めつつ、さらなる研究の積み重ねの必要 性を論じた。

これらのことから本研究は不十分な点はあるものの、本論文は博士論文として十分な内 容と水準を持つものである。公開審査における質疑応答も優れた見識と意欲を示しており、

指摘された課題点を含め、今後の研究を発展させてゆく十分な力を示すものであった。よっ

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て審査者一同は一致して田附あえかに博士(心理学)の学位を授与することが適当であると 判断した。

参照

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