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餌 生活給引編纂の世界的意義

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セッション Ⅱ

図像のなかの暮らしと文化一日本と乗アジアの近世

生活給引編纂の世界的意義

福 田 アジオ

は じめに

生活絵 引 とい う言葉 は聞 き慣れない言葉である0 日常用語 として も学術用語 として もその意味はほ とん ど 知 られていない。生活給 引は 『絵巻物 による 日本 常民生活絵引』 の名称でこの世に登場 した ものであ り、現 在でもその限 りで研究者 の世界で知 られているに過 ぎないo絵引を英語で何 とい うか、フランス語で何 とい うか知 らないO おそ らく絵 引の適切 な訳語 は未 だ作 られていない し、それに対応す る言葉 はなかった もの と 思われ る。

そのよ うなユニー クな 『絵巻物に よる 日本常民生活給 引』編纂の過程 を最初に確認 し、次にその特色 を明 らかに したいD そ して、現在試みつつある 日本近世生活給引編纂の一端 を紹介す ることを通 じて、生活絵引 編纂の意義 を考 えたいO

1. 日本常民文化研究所

現在、神奈川大学に 日本常民文化研究所 とい うユニー クな研究所が付置 されている。 日本の私立大学 には 多 くの研究所が設置 されているが、その大部分は学部の教員の研究活動 を支 える組織であ り、研究費分配の 組織 であるO独 自の 目標 と内容 を備 える研究所 はほ とん どないOそのなかで、神奈川大学 日本常民文化研究 所 は、特定の学部 に基礎 を置かず 、大学を構成す るどの学部の研究教育内容 とも対応 しない研究所である。

これ は、その来歴 が深 く関係 しているO

日本常民文化研究所 はもともと神奈川大学に設置 された研究所ではな く、民間の財団法人 として活動 して きた機 関であ り、その活動の独 自性か ら広 く知 られた研究所であったoそれが財政難か ら神奈川大学に移管 され たのが

1 982

年の ことであったO神奈川大学の研究所 になることによって、財政的基盤 は安定 し、それ ま での活動 を継承発展 させ ることができたが、同時に私立大学の付置研究所 として多 くの制約 を受けることに なったo その最大の致命傷が専任所員がいないことであるO私立大学の設置す る研 究所は、その性格 もあっ て、ほ とん どが専任の所員 を置いてお らず 、学部や大学院の教員が兼務す る形式 をとっている。 日本常民文 化研究所 も同様で、専任所員はお らず 、各学部の教員が兼任で所員 とな り、教育の合間を縫 って、わずかな 余力を注ぎ研究 しているのが実態である0

日本常民文化研究所 が設立 された牛 をいつ と考 えるかは意見が分かれ る ところであるが、ここでは

1 925

年 としてお きたい。明治の実業家並滞栄一の孫で、本人 も実業界で活躍 した猿滞敬三が、友人たち とはか らっ て、 自宅にアチ ックミューゼアム と称す る研究所 を作 った ことに始まるO その屋根裏博物館 とい う名称が示 す よ うに、趣味で収集 していた各種資料 を展示す る博物館 とい う側面 を もったが、活動の中心は施滞敬三の 豊かな資金によって行 う調査研 究 とその成果の刊行にあった。アチ ック ミューゼアムの活動は、民俗 ・民具

・文書の三つを柱 とし、 しか もそれ らを統合す る調査を行 うところに特色があった。今では広 く用い られて いる民具 とい う用語 も、滋滞敬三によって作 り出 された ものである。 なお、アチ ック ミューゼアムは

、1 942

年頃に、 日本常民文化研究所 と改称 し、現在に引き継がれている。

(2)

セッション Ⅱ

図像のなかの暮らしと文化一日本と兼アジアの近世

2.

『絵巻物 による 日本常民生活給 引』

アチ ック ミューゼ アムを主宰す る溢滞敬三は、幅広い視野 をもってお り、忙 しい本務の傍 ら、 自らも調査 研究にあたった.そのなかで、注 目す るよ うになったのが歴史資料 としての絵画であったO学問研 究のため の基礎デー タを蓄積す ることと、それ を情報 として発信す ることの必要性 を強 く感 じていた溢浮は、 『世間 胸算用』 、 『東海道 中膝栗毛』、 『地方凡例録』 な どさま ざまな文献についての語真索引を作 り (『文献索 隠』 1

935・36)

、 自らも 『日本漁名集覧

』 ( 1 942‑44)

を編纂執筆 している。 この延長上に、絵画資料 を窓

口にす る絵 引の構想があった。

博は

、 1 940

年 に絵巻物研究会を発足 させ、絵巻物 を歴史資料 として活用す るための方策 を検討 したoそ

LTL‑か

れ以前に溢浮は足半の研究 を行 っていたが、その歴史 を明 らかにす る資料 としての絵巻物 の発見があった と 思われ るO 民俗学研究者 であ り、 日本画家で もある橋浦泰雄 に依頼 して、絵巻物 を模写 し、そ こに描かれた 事物に名称 を付す とい う作業 を開始 した。民俗学研究者 である橋浦は、絵巻物の単なる模写ではな く、生活 を描いた部分 を抜 き出す形 で模写 し、関連の薄いものは省略 した。そ して研 究会では、事物に名称 を与えて いったOこの作業は戦争の激化の中で中断 し、しか も橋浦の模写絵 は焼失 してな くなって しまったのである.

しか し、溢浮の絵巻物 を歴史資料 として使 えるための索引作 りの情熱は失われ なか った。第 2次大戦後 に再 び取 り組むのである。

1 95 4

年に溢浮は、 「絵引きは作れぬ ものか」 とい う短文を発表 して、絵引 とい う概念 を提示 しつつ、編纂 事業再開の夢 を語 ったOそ して、翌年 には研究会は再開 され、新たに 日本画家村 田泥牛が依頼 され、絵巻物 の模写が開始 されたo研究所 の多 くのメンバーが参加 して作業は熱心に進 め られ、浮の没後の

1 965

年か ら 刊行 されたO それは、絵巻物に描かれた画面を①切 り取 り、②模写の過程で不必要 な背景な どを消 し去 り、

人々の生活場面を強調す るかたちで描 き、③そ こに番号を振 り、④事物の名称 を与えると共に、⑤ その図柄 か ら読み取 った内容 を解説文 として付 ける とい う方法で作 られた、ま さに絵 か ら事物 を知 るとい う絵引であ った。絵 引は絵巻物の作品単位 に編集 され、全

5

巻 として完成 した。量が少ない絵巻物の場合は、複数の絵 巻物で

1

巻 とし、大 きな絵巻物は単独で 1巻に した。 『一遍聖絵』な どはその代表である。

3.『絵巻物 による 日本常民生活給 引』の独創性

『絵巻物 による 日本常民生活給 引』 に示 された編纂の特色は、以下の諸点であろ う。

第1に、過去の特定の時期に描かれた ことを重視 し、描かれた場面 を尊重 している。不必要 と判断 された 背景や情景は省略 されてお り、絵巻物の場面その ものではないが、全体 と しては描かれた絵画その ものを絵 引 と して用いている。そのことによって、描かれ た時代の特色を把握 できる可能性 を残そ うとしている。勝 手な補筆による変更は行われていない し、新たな追加 もないo

第2に、徹底 して個別の事物に名称 を与えよ うとしている。描かれ た事物 を注意深 く観察 し、その事物は 当時何 と呼ばれていたか とい う歴史的な名称 を与 え、 さらに加 えて、現代の吾輩では何 と呼ぶべ き事物か と い う点に も注意 してい るO字引に対す る絵 引であるとい う、絵か ら事物 を知 るとい う方式 を追究 していると 言えよ うQ

3

に、個別の事物 に分解せず、事物相互の関連、関係性 を重視 しているO装飾品 と衣服 とその姿が描か れ た空間が相互 に関連 して理解 できるよ うに、図像 を完全に個別事物 に分解せず、組み合わせ として示そ う

としているo頭の装飾 品 と衣服 と履物の組み合わせ が分か り、 しか もそれが路上であるのか、屋敷内である のか、また社寺境 内であるのかが分かるよ うに、場面 をある程度 の広が りの中で切 り取 っている。 この点が 非常に重要である。

駿

(3)

セッション Ⅱ

図像のなかの暮らしと文化一日本と乗アジアの近世

1

新版 『絵巻物による日本 常民生活給引』

(2

,P P .1 9 0‑1 91 )

これ ら

3

点は 『絵巻物 による 日本常民生活給 引』の誇 るべ き特色であ り、絵引類似本 には見 られない点で あるo絵 引類似本 ともい うべ き一連の刊行物がある。絵 引類似本 の第1種は、図解辞典である.字引に対す る絵 引 とい う言葉 に表面的に対応す る辞典が、図解辞典である。語学の初学宥和 ナに世界各地で編纂刊行 さ れ ているもので、辞典のために新たに描 いた図に番号 を付 けた り、矢印を付 けて、その名称 (単語) を示す ものであるD事物 を具象的に知 るこ とがで き、難 しい説 明抜 きに単語 の意味を知 ることができるO これは、

語学の辞典だけでな く、仏像の各部位 を示す ときや、建造物の部位 を示す ときに も用 い られ 、各種辞書類の 中には多かれ少なかれ採用 されている。

類似本の第2種は、過去の図像 を切 り取 り、主題 ごとに並べている図典である。 それ らは絵巻物 を参照 し ていても、それ を分か りやす く描 き直 していることが多い し、詳細な点まで事物 を取 り出 して名称 を与えて いないのが一般的である。 そ して、事物のみを単独で播 くことが多い。組み合わせで描 くことはほ とん どな いO逆に場面全体を切 り取 って編纂 した ものは、個別事物の名称 はな く、またそれ‑の読み取 りもな く、全 体的な印象 による解説に とどまっている。

これ らの特徴は、近年多 く刊行 されている、絵画資料によって生活 ・風俗 を描 き出そ うとした事典につい て も言 えることであるo Lたがって、 日本 においては、 『絵巻物 による 日本常民生活給引』以降に、未だ一 つ も本格的絵引は編纂 され ていない とい うことになる。恐 らく、世界的に見て も、過去に描かれた図像その ものに基づいて絵引 とい う方式の事典 を編纂 した試みはないのではないか と思 うo その点で 『絵巻物に よる 日本常民生活給 引』 はユニー クな存在であ り、 日本か ら世界‑発信できる成果であると言 えよ う。

「人類文化研究のための非文字資料の体系化」とい う課題 で

21

世紀

COEプ ログラムに採択 された私 ども

は、研究事業の一つの柱に、先輩たちがお こなった 『絵巻物 による 日本 常民生活絵引』 を継承発展 させ、絵 引を世界的な共有財産 にす ることを設定 した。 まずは 『絵巻物 による 日本 常民生活絵引』 を世界に紹介 し、

世界各地で 日本研究に活用できるよ うにす ると共に、その編纂方式 を示すために、マルチ言語版 『絵巻物 に よる 日本常民生活給 引』 の編纂 を進 めてい る。 これは 『絵巻物 による 日本常民生活給 引』 の事物についての キャプシ ョンを英語 ・中国語 ・韓国語 ・フランス語に訳 し、また読み取 り解説文を英語訳 して、編纂刊行す

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セッション Ⅱ

図像のなかの暮らしと文化一日本と乗アジアの近世

るものであるO事物 と日 ・英 ・中 ・韓 ・仏語対照表 をデー タベース として完成 させ ることも副産物 として 目 指 している。

そ して、中世 までが対象 であった 『絵巻物 による 日本 常民生活絵 引』 の編纂方式 を近世 ・近代にまで拡大 し、 『日本近世 ・近代生活絵 引』 を編纂す ることに取 り組んでいる。 この

5

年間では、 日本近世の生活給引 の編纂 を、い くつかの地方において試み、試案本 を完成 させ ることとしているO本 日披露す る試みはその一 部になる予定のものである。

そ して、三つ 目は、このよ うなユニー クな絵 引編纂方式 を 日本以外で実験す ることである。実際には、 『東 アジア生活絵引』の編纂 を、朝鮮時代の風俗画による生活絵 引の編纂 、晴の乾隆時代の 「姑蘇繁華図」 によ る生活絵 引の編纂 として進 めている。

絵 引編纂 を世界的な規模 で進 める場合 に、検討 しなければな らない問題 があるO それは世界 中どこで も生 活 を描 いた図像資料が存在す るか ど うか とい うことである。 さらに、絵 に描 くことが 日常的に どの程度親 し みのあることであ り、また描 いてきたか とい う問題 が検討 されなければな らない。 日本においては近世以降、

人々は絵画に 日常的に親 しむ よ うになっていた と考 えられ る。特 に近世 中期以降、多 くの書物 が挿絵 を多 く 挿入 し、挿絵 中心の書物 となっていた。小説類 の挿絵 は物語のイメー ジを増幅 させ るための ものであ り、想 像の産物であったが、それ が次第に写実的な描 き方 をつ くり出 し、実態に即 して対象 を描 くよ うになった。

1 8

世紀末に刊行 を開始 した一連の名所図会な どはその代表であるO さらに、絵師や画工でない人が 自ら筆 を とって描 く素人絵 も次第に増 えてきた。文字で表現できない事項 を絵 に して表現す ることが、 日記の中で採 用す る人 もいた.絵 日記である さらに旅 に際 して 目に した ことを絵 にす る 日記 も増 えたO 文字 中心であっ たが、そ こに絵が含 まれ 、絵 によって記憶 を再現す ることが行われ 、近代の美術教育による絵画‑ と引 き継 がれてい くことになったO

このよ うな 日本の近世以降の図像‑の親 しみは、世界的に共通 しているとは思われない。 わずかな経験か ら言 って も、同 じ東アジアである中国においては 日常的な事物 を写実的に絵 に描 くことは晴代にはほ とん ど なか った と言 えるほ ど、日常生活 を描 いた絵画は少ない。絵 日記のよ うな素人絵 を発見す ることもできない。

このよ うな事情は中国だけでな く、世 界各地で見 られ る可能性がある。 その点で、 日本で可能な生活給引編 纂が どこで も同 じよ うにで きるとは限 らないことを知 らねばな らない。 それぞれの文化 による図像のあ り方 の相違 を前提に して、個性 ある生活給 引の編纂 を追究す る必要があろ う。

4.

日本近世生活給 引締井 の試み‑ F東海道名所図会J)

図2 東海道名所図会

近世後期 には、 『名所 図会』 とい う表題 を付 け た、多 くの挿絵 を入れた特定地域 に関す る地理 案 内書が多 く刊行 された。 その最初は

1 780年

(安永 9)刊行の 『都名所図会』全 5巻であっ た。京都市中の絵入 り名所案内記で、その作者 は京都在住 の秋 里離 島、絵 は絵師竹原 春朝斎 で、出版 は京都 の吉野屋為八であったOこの『都 名所 図会』は好評 を博 し、おおいに売れた とい う。 『都名所図会』に始 まる多 くの名所図会は、

挿絵が大き く、風景や事物 を丁寧に詳 しく、と きには鳥轍図 として、ときには 目の高 さで描い

(5)

セッション Ⅱ

国魚のなかの暮らしと文化‑日本と兼アジアの近世

て、読者 を絵で惹 きつけるものであった。 『都名所 図会』に成功 した秋里練島は、 『大和名所図会』 (1791 午)、 『摂津名所 図会』 (1796‑98年)、 『東海道名所 図会』 (1797年)、 『河内名所図会』 (1801年) な ど、続 々 と企 画 し、執筆刊行 した。 『東海道名所 図会』は この一連 の作品の中では最 も広域的な対象 を取 り上げてお り、そ こに挿入 された挿絵 も多 く、 しか も一人の絵師によるのではな く、5人の絵師の碗作 とな っている。

『東海道名所図会』 は、東海道の道沿いに見 られ る名所 旧跡 を取 り上げ、その地点の絵 を描 き、挿絵 とし て挿入 している。基本的には、先ず古 く歌に うたわれ たよ うな名所 を取 り上げ、歌 を挿入 して紹介 し、また 歴 史上の出来事の舞台 となった場所 を取 り上げて説明す ると共に、想像図でその歴史的事象 を描いて入れて いるO挿入 され た絵 は200ほ どであるOその多 くはこの よ うな古典的な名所 旧跡である。 しか し、それ以上

図 3 京都 祇園

図 4

江戸日本橋

に注 目され るの は実 際の宿場 の様子 であ った り、各地の祭礼行事 な どが挿絵で描 き出 されて いることである。挿入図の約

4

分の

1

が この よ うな図であるO 『東海道名所図会』 は、その独 創性 は大 きく、十返舎一九の 『金草軽』や 『東 海道 中膝栗毛』に も影響 を与えた し、また東海 道各宿 を描いた広重 の絵 の構図にも類似 の もの がある。逆に言 えば、 『東海道名所 図会』 の挿 絵 には、オ リジナル性 が大 きく、資料的価値 も 高い と言 える.。

幸いに、我 々は このよ うに価値 の高い 『東海 道名所図会』の1797年 (寛政9年)刊本 を入手 す ることができたので、 これ を材料 に 『日本近 世生活絵 引』の試案本の

3冊 目を作成す るこ と

に して、準備 に入 ったO その構想 と手順 を以下

に紹介す るO

① 『東海道名所図会』全6巻 に挿入 されて いる挿絵200点 をスキャナで読み込み、デジタ ル画像 ファイル とす る。

② 200点の図像 の うちか ら生活 に関わる情 景が描かれ ている図

50

点 を選択す る。

③ 各絵のなかに描 き出 され た事物 をできる だけ多 く取 り出 し、それ らに名称 を付けるO名 称 は近世に用い られた用語 を、関連資料に よっ て確認 しつつ記入す るo

(6)

セッション Ⅱ

図像のなかの暮らしと文化一日本と乗アジアの近世

東海道名所図 会▲

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鮮 2006年 月 日I

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図5 絵引作成用切取 り (1) (日本橋魚市場)

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6 絵引作成用切取 り (2) (日本橋南話)

④ キャプ シ ョンを 付 ける過程で、絵 に示 さ れた主題 を決め、それ に 関係 が弱 い部分 を省 略 す る形で切 り取 る。

⑤ 主題 を中心に、描 かれ た図柄 全体 を読 み 取 り、その意味を説明す ると共に、それ との関係 で個別事物 につ いて も 解説す る。

⑥ 見開き 2ページ に

1

枚の絵 を入れ、絵 ・ キャプシ ョン・読文を割

り付 ける。

⑦ 絵 50枚によるA4

100ページの試案本 と して完成 させ、 『日本 近 世 生活絵 引 ・東海 道 編

(試案本)として印 刷公刊す る。

(勤 キャプ シ ョン と して付 けた用 語 とそれ に対応 す る図 を対 照 さ せ、双方か ら検索可能 な デー タベ ー ス と して完 成 させ、Web上で公開す

る。

5.

生活給 引編纂の意義

生活上の事物 を文字 に記録 された資料だけで知 ることは困難であるO現在の事物であれ ば、現物 を確かめ れ ばよい。 また過去の事物 であって も、現在 まで民俗 ・民具 として継続 して存在す るもの も少な くな く、そ れ を手がか りにす ることができる。 しか し、特定の時間で表示す る過去の事物 を確認す ることは民俗 ・民具 ではできないO 図像は偶然記録 であるが、その価値 は大 きい.特定の時間の過去において存在 した事物や人 々の行為 を具体的に教 えて くれ る。それは溢滞敬三が考 えた とお りであると言 って よい。字引に対 して、新

十三了Ol:

(7)

セッション Ⅱ

図像のなかの暮らしと文化‑日本と兼アジアの近世

たに絵 引 とい う概念 をつ くり出 し、絵 引制作 を試みた先駆性 は大 きいO

生活給 引 とい う、人 々の 日常生活 を図像資料か ら引き出 して、特定の過去の状態 を知 る手がか りとす るユ ニー クな事典編纂の方法は、 日本における図像資料の制作量の多 さ、豊か さが可能 にす る ものであ り、他の 社会や文化では同様の絵 引は作成 不可能 とい う考 えは当然存在す るであろ うO 同 じ東アジアでも、 日本では 可能であって も、中国では図像は規範化 され た描 き方 をされ、人々の生活 を写実的 に描 くとい う方法は蓄積 されず、 したがって生活給 引を編纂す る材料がない とい う欺 きも聞かれ る。 しか し、少 ないなが らも、対象 を人々の 日常生活 に置 いて、写実的 に描 こ うとした作品 も存在す る。 日本ほ ど豊富ではな く、種々困難 を伴 うが、絵 引編纂は不可能ではないのである。 この点は、欧米 について も言 えるであろ う。写実性 とい う点で は早 くか ら描かれた図像があ り、絵引編纂の可能性 はある。 『絵巻物 による 日本常民生活給 引』 を発展 させ た、 日本近世 ・近代生活給 引を編纂す ることは、絵引が中世の絵巻物 だけで可能なのではないことを示す こ

とで、絵引が普遍性 をもち うることを広 く了解 させ ることになろ うD

生活史研究のインデ ックス としての生活給 引編纂に問題 は多 く残 されているO検討すべ きい くつかを掲げ れ ば以下の諸点であるO

1

に、図像が どこまで実態 を描 き、事物 を間違いな く描 いているかの確認が されなけれ ばな らない。図 像 の大部分は、絵師や画工 とい う職業的な絵かきが描いた ものである。彼 らは修行過程で学んだ約束事 に縛

られ 、特に粉本 にもとづ く描写が多い.。その点 を確認 し、差 し引いて、対象を把握 しなければな らない。

2

に、生活の地域的特質、すなわち地域性が示 されているか どうか検討す る必要があるO特に異なる地 域 の事物 を描いた図像が、結果的に同 じよ うに描 いているとすれ ば、それは絵師たちの この事物は こうある べ Lとい う観念 に基づいて描かれていることになるO

3

には、描かれ た事物がその時間の資料 とな りうるか ど うかの確認が必要である。作品 としての年代が、

描 かれた事物の年代 を確定 して くれ るわけではないoその資料批判 を しなければ、生活史 としてのインデ ッ クスにはな らないであろ う。

生活絵 引の価値 は大 きいが、今後の課題 も大きいのである

参照

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