「預金通貨」とそのサービス対価としての「金利」
石田和彦
はじめに
1. 預金通貨用いた交換と金利
2. 預金通貨による投資のファイナンスと金利 3. サービス対価としての金利のインプリケーション
はじめに
現代経済において支払い・決済手段として機能しているのは、伝統的な経済学が暗黙に想定 しているような「商品貨幣」(ないし、その便宜的な代替品としての「兌換紙幣」)や、政府 が何の裏づけもなく発行する「不換紙幣」などではなく、銀行の信用供与により供給される「預 金通貨」である。石田[2011](以下、前稿と称する)では、こうした「預金通貨」や、その 供給主体としての銀行業・中央銀行の機能を、理論的な見地から整理・理解し直すことを試み た。そこでは、銀行が貸出によって「預金通貨」を創り出すと同時に、その「預金通貨」の移 転システムを提供することで「預金通貨」を「商品貨幣」に代わる支払い・決済手段として機 能させる仕組みを図式化するとともに、こうしたシステムを支える存在としての中央銀行の役 割を導出した。
しかし、実際に銀行や中央銀行がこうした機能を果たして、経済における様々な交換(売買)1) が円滑に進むようにし続けるためには、言うまでもなく「費用」が掛かる。銀行が個々の経済 主体の信用状態を評価・判断して貸出を行い、さらにそれを無事に回収するためには、審査や モニタリングの費用が必要である。また、「預金通貨」の移転システムは、当初の「手形交換 所」のような形態から発展し、現代においては大半が巨大なコンピュータ・ネットワークとし て提供されているが、その構築・維持・運営には膨大な費用を要する。いかに「預金通貨」が 便利な存在であり、それにより経済における交換が円滑に行われて、その結果経済全体として の厚生水準が高まるとしても、その供給主体である銀行や中央銀行の費用がカバーされない限 り、「預金通貨」は供給されないであろう。
本稿の目的は、前稿では取り敢えず捨象されていた、「預金通貨」の供給費用をカバーする
仕組みを明らかにし、同稿で提示した「預金通貨」のモデルをより現実に近いものとすること にある。無論、今更言うまでもなく、現実には、銀行は貸出を行うに際に「金利」ないし「利 子」2)を徴求し、金利収入によって費用をカバーしているのであるが、本稿の特徴は、この「金 利」ないし「利子」を、銀行が提供する「預金通貨による支払い・決済」というサービスの「対 価」と(一種のサービス価格)と捉える点にある。そのように理解することで、「金利」や「利 子」に対する様々な誤解が解かれ、「金利」も含めた「預金通貨」のシステムが合理的な存在 であることが示されるものと考えられる。
本稿の構成と議論の概要は以下の通りである。まず第1章では、前稿で示した最も簡単な預 金通貨を用いた交換システムに「金利」を導入する。この段階では、まだ時間の概念はなく、
全ての交換プロセスが同じ時点で行われるため、サービスの対価としての「金利」の側面が明 確に看て取れるはずである。第2章では、「預金通貨」による投資のファイナンスにおける「金 利」の役割を示す。ここでは時間の概念が導入され、「投資の収益率」とサービス対価として の「金利」の関係が明らかになる。第3章では、こうしたサービスの対価としての「金利」と いう理解から導かれる様々なインプリケーションを考察する。例えば、「貨幣の保蔵を防ぐた めには、貨幣には負の利子率が付されるべき」といった考え方が根強くあるが、「預金通貨」
は単に保有しているだけの場合には、銀行へのサービス対価(=金利)の支払分だけその残高 が減少していくので、収益率は通常マイナスであり、必要以上に保蔵される動機はそもそも生 じない。近年の日本経済のデフレや低成長との関係でしばしば話題にされる経済のマイナス成 長と金利の関係についても、金利をサービス対価と捉えることで新たな視点が提供される。
1. 預金通貨を用いた交換と金利 1.1. 手形割引による交換
前稿と同様に、ロジックを簡潔に説明するための例示として、しばしば用いられる第1図の ような3角形の交換プロセスを考えよう。ここで、財a、b、cは共通の価値尺度(計算単位)で 評価されていて等価であるものとする。これは、「欲求の二重の一致」は存在しないが、経済 全体としてみれば需給は一致しているという状況3)の、最も小さなモデル化である。
(第1図)交換の最も単純なモデル
ここで、最終的には、銀行による「預金通貨」の供給により、偶然の一致や迂回取引、供給 制約の大きい「商品貨幣」等に依存することなく交換が円滑に実現するというのが、前稿の結 論であった。その最も単純化されたプロセスを図示したのが、第2図である。第2図は現実の 銀行取引の一形態である「手形割引」を図式化したものである。
(第2図)手形割引のモデル化(1)
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財a 財b
財c
<交換のプロセス>
① 経済主体AはBに財aを引き渡し、Bの債務証書(手形)を受領
② 経済主体AはBの手形を銀行に持ち込み、預金通貨を入手(手形割引)
③ 経済主体Aは預金通貨を用いて、Cから財cを購入(預金通貨による決済)
④ 経済主体Cは預金通貨を用いて、Bから財bを購入(同)
⑤ 経済主体Bは入手した預金通貨を用いて、銀行に対して債務を履行し(手形の決済)、
交換のプロセスは終了
第2図では、銀行は、持ち込まれた手形(経済主体Bの債務証書)をそのまま預金通貨に交 換することが想定されている。その結果、経済主体A、B、C間での財a、b、cの交換が全て 円滑に行われ、各経済主体の効用水準が高まるというのが前稿での結論であった。この点をよ り明確にするために、第2図を金額表記で描き直してみたのが第3図である。ここでは、財a、
b、cは全て同一の計算単位で評価されていて(以下、表記を簡単にするため、この計算単位を
「円」と称する)、当初、Aは財aを100円分、同様にBは財bを100円分、Cは財cを100 円分保有していたものとする。
(第3図)手形割引のモデル化(2):金額表記 経済主体B
経済主体A 経済主体C
財a 財b
財c Bの手形
銀行
預金通貨 預金通貨
預金通貨 預金通貨
(手形の決済)
<交換のプロセス>
① 経済主体AはBに財a・100円分を引き渡し、Bの手形(額面100円)を受領
② 経済主体AはBの手形を銀行に持ち込み、預金通貨100円を入手(手形割引)
③ 経済主体Aは預金通貨100円を用いて、Cから財c・100円分を購入
④ 経済主体Cは預金通貨100円を用いて、Bから財b・100円分を購入
⑤ 経済主体Bは入手した預金通貨100円を用いて、銀行に対して債務を履行し(手形の決 済)、交換のプロセスは終了
以上で交換のプロセスは完了するが、注意を要するのは、この過程で銀行は何ら財を入手し ていない点である。銀行がBの手形を預金通貨に交換するためには、Bの信用力、債務返済の 意思等について一定の審査が必要であり、それには費用が掛かる。また、預金通貨が、銀行
→A→C→B→銀行、と流通するためには預金通貨の移転システムが必要であるが、その構築・
維持・運営にも費用を要する。従って、銀行が、交換のプロセスで自らも何らかの財を入手し てこれらの費用をカバーすることができない限り、実は、銀行は「業」としては成立し得ず、
従って、「預金通貨」を用いた交換も「絵に描いた餅」に過ぎないこととなる。
銀行は、こうした自らの費用をカバーするため、実際には、上記 の取引において手形の額面 より低い金額でしか預金通貨を提供しないのが通例である(「手形割引」という表現が、実は
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財a100円 財b100円
財c100円 Bの手形:額面100円
銀行
預金通貨100円 預金通貨100円
預金通貨100円 預金通貨100円
この点から発生しているのは言うまでもない)。この場合、交換のプロセスは(第4図)のよ うになる。
(第4図)手形割引のモデル化(3):手形割引料を10%と想定
<交換のプロセス>
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財a100円 財b90円
財c90円 Bの手形:額面100円
銀行
預金通貨90円 預金通貨90円
預金通貨90円 預金通貨90円
財c10円残り 財b10円
① 経済主体AはBに財a・100円分を引き渡し、Bの手形(額面100円)を受領
② 経済主体AはBの手形を銀行に持ち込み、預金通貨90円を入手(手形割引:割引料を 10%と想定)
③ 経済主体Aは預金通貨90円を用いて、Cから財c・90円分を購入(Cの手許には、財c・
10円分が売れ残る)
④ 経済主体Cは預金通貨90円を用いて、Bから財b・90円分を購入(Bの手許には、財 b・10円分が売れ残る)
⑤ 経済主体Bは入手した預金通貨90円だけでは、銀行に対する債務の履行(手形の決済)
が出来ないため、併せて手許に残っている財b・10円分を引き渡す(実際には、この取 引は、銀行がBに預金通貨10円を支払って財b・10円分を購入し、その上でBが銀行 に預金通貨100円を支払って手形の決済を行う形を取るものと考えられるが、本質的に は同様である)
⑥ 銀行は購入した財b・10円分を自らの費用のカバーに当てて、交換のプロセスは終了(銀 行自身の費用カバーのために財b以外の財が必要な場合には、銀行自身がさらに交換取 引を行う必要があるが、本質は変わらない)
第4図のモデル化では、手形の割引料(10%=10円)が銀行の収入となって、銀行の費用を カバーすることで、銀行が「業」として成立する。ここで、手形の割引料は、「Bの信用リス クを引き受けて、Bの債務証書(手形)を支払い手段である預金に交換し、さらにその預金の 移転サービスを提供する」という銀行のサービスに対して、Aが支払う「対価」と考えられる。
因みに、この一連のプロセスの前後での各財の保有状況を改めて整理してみると、以下のよ うになる。
(交換前)
A B C 銀行
財a 100 0 0 0
財b 0 100 0 0
財c 0 0 100 0
(交換後)
A B C 銀行
財a 0 100 0 0
財b 0 0 90 10
財c 90 0 10 0
ここで、Aは財a・100円分を手放したにも拘らず、財cを90円分しか入手できておらず、
当初の交換で意図しただけの効用水準の向上は達成できていない。これは、銀行に手形割引料 10円を支払った結果である。また、Cは、欲しいと考えていた財bを90円分しか入手できず、
手許に財c・10円分が売れ残っているので、やはり当初意図していただけの効用水準の向上は 達成できていない。これに対して、Bは、当初意図したとおりの交換を実現している。このよ うに、交換の結果、各経済主体間に一種の格差が生じてしまうが、それでも交換が実現するの は、 Aには、銀行に割引料10円を支払ってでも交換を実現したいだけのインセンティブがあ った(それだけ財cの効用が高い)ため、または、 Bの信用力が十分に高く、債務証書(手形)
が銀行によって割り引かれることが確かなため(例えば、A、C の手形にはそれだけの信用力 がない)と考えられる。この間、銀行はサービス生産の対価として財b・10円分を入手してお り、これで生産費用がカバーできれば業として成立する。そして、銀行のサービス生産費用の カバーまで考慮に入れることで、経済全体の需給はバランスしている。
1.2. 預金通貨の借入による交換
前稿で論じたように、こうした預金通貨を用いた支払いが一般化すると、必ずしも、まず誰 かの債務証書(手形)と交換に自らが保有する財・サービスを手放さなくとも、通貨である預 金自体を銀行から借入れることで、どの経済主体でも交換を主導することが可能となる。第 5 図はこのようなプロセスを図式化したものである。
(第5図)預金通貨の借入による交換のモデル化(1)
<交換のプロセス>
① 経済主体Bは借入により銀行から預金通貨を入手
② 経済主体Bは預金通貨を用いて、Aから財aを購入(預金通貨による決済)
③ 経済主体Aは預金通貨を用いて、Cから財cを購入(同)
④ 経済主体Cは預金通貨を用いて、Bから財bを購入(同)
⑤ 経済主体Bは交換(財bのCへの販売)で入手した預金通貨を用いて銀行に借入を返 済し、交換のプロセスは終了
第5図では、Bが銀行から借入によって調達した預金通貨を介して、経済主体A、B、C間 で財a、b、cの交換が成立し、それぞれの効用水準が高まるものと想定されているが、この場 合も、このままでは銀行は審査・モニタリングや預金通貨の移転システム提供の費用がカバー できず、やはり銀行は「業」としては成立しない。
現実には、銀行は借入主体であるBに対して「金利」を課し、返済時には借入時に提供した 預金通貨以上の金額の返済を求めるのが通例である。ここで、1.1.と同様に、当初、A は財 a を100円分、同様にBは財bを100円分、Cは財cを100円分保有していたものとし、銀行は 借入れに対して10%の金利を課すものと考える。この場合、仮に、Bが銀行から100円の預金 通貨を借り入れて、第6図のような交換を行った場合、Bはその返済時に金利を支払うことが
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財a 財b
財c
銀行
預金通貨
預金通貨 預金通貨
預金通貨(借入)
預金通貨(返済)
出来なくなってしまう。
(第6図)預金通貨の借入れによる交換のモデル化(2):金利10%、交換不成立
<交換のプロセス>
① 経済主体Bは借入(金利10%)により銀行から預金通貨100円を入手
② 経済主体Bは預金通貨100円でAから財a・100円分を購入
③ 経済主体Aは預金通貨100円でCから財c・100円分を購入
④ 経済主体Cは預金通貨100円でBから財b・100円分を購入
⑤ 経済主体Bは財bのCへの販売で入手した預金通貨100円を手許に保有しているが、
それでは銀行に金利10円を支払うことが出来ない(債務不履行)
⑥ 従って、このような交換プロセスが継続的に行われることは考えられない(交換不成立)
ここで、Bが無事に金利を含めた債務を履行し、交換のプロセスを完了させるための方法は、
Bが交換によって入手した財a の消費を一部諦め、その分を金利として銀行に提供することで ある。第7図はそのような状況を示したものである。
(第7図)預金通貨の借入れによる交換のモデル化(3)
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財a100円 財b100円
財c100円
銀行
預金通貨100円
預金通貨100円 預金通貨100円
預金通貨100円
(借入)
預金通貨110円
(返済)
<交換のプロセス>
① 第6図 ①~ ④までと同様
② 経済主体Bは財bのCへの販売で入手した預金通貨100円を手許に保有しているが、
それでは銀行に金利10円を支払うことが出来ないため、金利相当分の財a・10円分の 消費を諦めて銀行に提供(実際には、この取引は、銀行がBに預金通貨10円を支払っ て財a ・10円分を購入し、その上でBが銀行に預金通貨110円を支払って金利も含め た借入の返済を行う形を取るものと考えられるが、本質的には同様である)
③ 銀行は購入した財a・10円分を自らの費用のカバーに当てて、交換のプロセスは終了(銀 行自身の費用カバーのためには財a以外の財が必要な場合には、銀行自身がさらに交換 取引を行う必要があるが、本質は変わらない)
第7図のモデル化では、Bが消費を諦めて銀行に支払う金利(10円分の財a)が銀行の収入 となって、銀行の費用をカバーすることで、銀行が「業」として成立する。ここで、金利は、
「Bの信用リスクを引き受けて、Bに預金通貨を貸し出し、さらにその預金の移転サービスを 提供する」という銀行のサービスに対して、Bが支払う「対価」と考えられる。
手形割引の場合に倣って、この一連のプロセスの前後での各財の保有状況を改めて整理して みると、以下のようになる。
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財a100円 財b100円
財c100円
銀行
預金通貨100円
預金通貨100円 預金通貨100円
預金通貨100円 +財a・10円分
(返済)
預金通貨100円
(借入)
(交換前)
A B C 銀行
財a 100 0 0 0
財b 0 100 0 0
財c 0 0 100 0
(交換後)
A B C 銀行
財a 0 90 0 10
財b 0 0 100 0
財c 100 0 0 0
ここで、Bは財b・100円分を手放したにも拘らず、最終的には財aを90円分しか消費でき ず、当初の交換で意図しただけの効用水準の向上は達成できていない。これは、銀行に金利10 円を支払った結果である。一方、A、C は、当初意図したとおりの交換を実現しており、ここ でも交換の結果、各経済主体間に一種の格差が生じてしまう。このような事態が生ずるのは、
Bに、銀行に金利10円を支払ってでも交換を実現したいだけのインセンティブがある場合(例 えば、それだけ財aの効用が高い)場合に限られる4)。この間、銀行はサービス生産の対価とし て財a・10円分を入手しており、これで生産費用がカバーできれば業として成立する。そして、
銀行のサービス生産費用のカバーまで考慮に入れることで、経済全体の需給はバランスしてい る点は、手形割引の場合と同様である。
2. 預金通貨による投資のファイナンスと金利 2.1. 投資の収益率を考慮しない場合
前稿では、さらに、上述のような銀行からの借入取引においては、実は、借り手は必ずしも 借入時点で交換の対象となる財・サービスを保有している必要はないことを示した。例えば、
「Bが将来時点(借入の返済時点)で財bを保有しており、それを販売して借入を返済できる ことがほぼ確実である」と銀行が判断した場合、現時点ではBが何等かの財を保有していなく とも、銀行は貸出に応ずるものと考えられる。これは、現実的には、Bが将来時点で成果を産 む投資案件を有しており、そのファイナンスに銀行が応ずるケースと考えられる。このような 状況をモデル化して示したのが第8図である。
(第8図)預金通貨による投資のファイナンス
(1)投資実行時点
<交換のプロセス>
① 経済主体Bは投資実行のために銀行より借入を行い、預金通貨を入手
② 経済主体Bは預金通貨を用いて、Aより投資に必要な財aを購入
③ 経済主体Aは入手した預金通貨を用いて、Cより財cを購入(Aは最終的な貯蓄主体で はないため)
④ 最終的な貯蓄主体であるCは、財cの販売で入手した預金通貨を定期預金に変換して満 期まで保有
(2)投資結実(=借入返済)時点 経済主体B
経済主体A 経済主体C
財a
財c
銀行
預金通貨
預金通貨 預金通貨
預金通貨(借入)
定期預金
<交換のプロセス>
① 定期預金の満期時点で経済主体Cは預金通貨を入手
② 経済主体Cは定期預金満期で入手した預金通貨を用いて、Bから投資の成果である財b を購入
③ 経済主体Bは投資の成果である財bの販売で入手した預金通貨を用いて銀行に借入を 返済し、(異時点間に跨る)交換のプロセスは終了
第8図は、実は、前出の第5図に時間差の概念を導入したものに過ぎない。すなわち、基本 的には、Bは将来、財b・100円を獲得(ないし生産)するプロジェクトを有しているが、その ためには現時点で財a・100円分を消費(ないし投入)することが必要であると想定されている。
この場合、Bは銀行から預金通貨を借入れることにより、この投資を実行することが出来るが、
このままでは、銀行のサービス生産費用がカバーされない。従って、第6図や第7図の場合と 同様に、第8図(2)の投資の結実時点において、Bは借入れた預金通貨の返済に加えて金利の 支払を求められることとなる。仮に金利を10%として、このような状況を図示したのが第9図 である。
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財b(投資成果)
銀行
預金通貨 預金通貨
(借入返済)
預金通貨
(定期預金満期)
(第9図)預金通貨による投資のファイナンス:金利10%、交換不成立
(1)投資実行時点
<交換のプロセス>
① 経済主体Bは投資実行のために銀行より借入(金利10%)を行い、預金通貨100円を 入手
② 経済主体Bは預金通貨100円を用いて、Aより投資に必要な財a・100円分を購入
③ 経済主体Aは入手した預金通貨100円を用いて、Cより財c・100円分を購入(Aは最 終的な貯蓄主体ではないため)
④ 最終的な貯蓄主体であるCは、財c・100円分の販売で入手した預金通貨を定期預金に 変換して満期まで保有
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財a100円
財c100円
銀行
預金通貨100円
預金通貨100円 預金通貨100円
預金通貨100円
定期預金100円
(2)投資結実(=借入返済=定期預金満期)時点
<交換のプロセス>
① 定期預金の満期時点で経済主体Cは預金通貨100円を入手
② 経済主体 C は定期預金満期で入手した預金通貨を用いて、B から投資の成果である財 b・100円分を購入
③ 経済主体Bは投資の成果である財b・100円分の販売で入手した預金通貨100円を手許 に保有しているが、このままでは、銀行に金利10円を支払うことができない
④ (第7図の場合とは異なり)Bは手許に他の財を保有していない(投資実行時点で入手 した財a は既に消費済、ないし財bの生産のために投入済)ので、このままでは債務不 履行とならざるを得ない
⑤ 従って、このような交換プロセスが継続的に実現することは考えられない(交換不成立)
以上のように、預金通貨の借入による投資のファイナンスの場合、このままでは投資結実時 点(=借入返済)時点で金利支払に充てる預金通貨が存在しないため、金利がゼロでない限り 交換は成立しない。しかし、金利がゼロでは銀行のサービス生産費用がカバーされないので、
やはり預金通貨を用いた交換は不成立である。
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財b(投資成果)100円
銀行
預金通貨100円 預金通貨110円
預金通貨100円
(定期預金満期)
2.2. 投資の収益率を考慮した場合
2.1.では、預金通貨による投資のファイナンスは、銀行のサービスの対価としての金利を考 慮すると交換不成立となった。言うまでもなく、これは、投資が収益を生まない(Bは財 a・
100円分を投入して、将来、財b・100円分を生産する)と想定しているためである。一般的に は、投資は何らかの収益(投入額した以上の生産額)を生むものと考えられる(そうでなけれ ば、そもそも投資は実行されない可能性が高い)。
そこで、投資が収益を生む場合の、預金通貨による投資のファイナンスを図示したのが、第 10図である。ここでは、Bは現時点で財a・100円分を投入することにより、将来、財bを110 円分生産できるような投資プロジェクト(投資の収益率10%)を保有しているものと想定して いる。
(第10図)預金通貨による投資のファイナンス:投資収益率(10%)を考慮した場合
(1)投資実行時点:(第9図)(1)と同じ
(2)投資結実(=借入返済=定期預金満期)時点
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財b(投資成果)100円
銀行
預金通貨100円
預金通貨100円
(定期預金満期)
預金通貨100円
(返済)
財b(投資成果)10円
(返済に充当)
<交換のプロセス>
① 定期預金の満期時点で経済主体Cは預金通貨100円を入手
② 経済主体 C は定期預金満期で入手した預金通貨を用いて、B から投資の成果である財 b・100円分を購入
③ 経済主体Bは投資の成果である財b・110円分のうち100円分の販売で入手した預金通 貨100円と、財b・10円分を手許に保有しているが、このままでは、銀行に金利も含め た借入れの返済額110円の預金通貨を銀行に支払うことはできない
④ このため、Bは預金通貨100円と財b・10円分を銀行に提供することで、金利支払いも 含めて借入れを返済(実際には、この取引は、銀行がBに預金通貨10円を支払って財 b ・10円分を購入し、その上でBが銀行に預金通貨110円を支払って金利も含めた借 入れの返済を行う形を取るものと考えられるが、本質的には同様である)
⑤ 銀行は購入した財b・10円分を自らの費用のカバーに当てて、交換のプロセスは終了(銀 行自身の費用カバーのためには財b以外の財が必要な場合には、銀行自身が更に交換取 引を行う必要があるが、本質は変わらない)
このようにして、投資の収益を銀行の預金通貨サービスの対価(=金利)の支払に充当する ことで、投資とそれに伴う財の交換(売買)が円滑に行われるようになる。第10図では、簡単 化のために投資の収益率を銀行の金利と等しい 10%と想定しているため、交換完了後に経済主 体Bの手許には何も残らない結果となっているが、投資の収益率が金利より高ければ、借入返 済後にもBの手許にはなお財bが残る。Bは、これを手許保有の財として、次の交換プロセス に参加することができ、これによって投資が行われなかった場合より、Bの効用水準は高まる はずである(B は交換当初には、何も保有していなかったことに留意の要)。A、C が、預金 通貨を介して自らが望む交換を実現して、効用水準を高めていることは言うまでもない。
第1章で考察したような単なる交換の場合には、銀行へのサービス対価の支払のために、交 換に参加した経済主体のいずれかが、当初企図した交換(預金通貨用いない場合の交換)によ る効用水準の向上の一部分を諦めざるを得ないのに対して、投資の収益が存在する場合には、
銀行へのサービス対価支払後でも、預金通貨の使用により誰もが効用水準の向上を実現してい る。すなわち、預金通貨による交換はより実現しやすいものと考えられる。実際、現実の経済 において、銀行の信用供与により預金通貨が創出されるのは、ほとんどの場合、その背後に投 資機会があり、投資による収益が期待される場合である。
2.3. 定期預金の金利について
第8図~第10図において、最終的な貯蓄主体(自らが保有する財cは現時点で手離してし まうが、それと交換に入手する財は将来時点<投資結実時点>まで待とうとする経済主体)で あるCは、現時点での交換(財cの販売)で入手した預金通貨をそのままの形ではなく、交換 に使用する投資結実時点を満期とする「定期預金」の形で保有されるものとしている。これは、
仮にCが預金通貨のままの形で保有し続けた場合、銀行からみると投資結実時点(=借入れ返 済時点)より前の時点で(第8図~第10図には登場していない)他の交換プロセスに用いられ てしまう可能性が否定できず、それに備えておくためには一定の「支払準備」を保有しておく 必要性(=ファイナリティ<支払完了性>のある決済手段への需要)が生じてしまうためであ る5)。銀行は、こうしたファイナリティのある決済手段への需要を極力小さくする6)ために、満 期を特定した定期預金の保有を、預金通貨保有主体に勧めるものと考えられる7)。
しかし、最終貯蓄主体(ここでは、経済主体C)からみた場合、いつでも自由に交換(財の 購入)に用いることができる預金通貨に代えて、敢えて満期まで使用できない定期預金8)を保 有するインセンティブはないものと考えられる。このため、銀行は、最終貯蓄主体が「いつで も自由に交換に使用できる」という預金通貨のメリットを一時的に(満期時点まで)放棄する ことに対する一種の補償を支払うことで、定期預金への転換を推奨せざるを得ない。この「補 償」分が定期預金の金利である。すなわち、定期預金の「金利」とは、銀行がサービス供給の 対価として受け取った金利収入の一部を、サービス供給に関わる費用の一種として「定期預金」
保有主体に支払うものと解釈される9)。
以上の議論のまとめとして、 投資の収益率は20%、 銀行の貸出金利(預金通貨の借入れに 伴う金利)は10%、 定期預金の金利は5%と想定して、投資のファイナンスにおける交換のプ ロセスを改めて図示しておくと、(第11図)のようになる。
(第11図)預金通貨による投資のファイナンス:定期預金金利(5%)を考慮した場合
(投資収益率は20%、貸出金利10%)
(1)投資実行時点:第9図(1)と同じ
(2)投資結実(=借入返済=定期預金満期)時点
<交換のプロセス>
① 定期預金の満期時点で経済主体Cは預金通貨105円(定期預金金利相当分5円を含む)
を入手
② 経済主体Cは定期預金満期で入手した金利分を含む預金通貨を用いて、Bから投資の成 果である財b・105円分を購入
③ 経済主体Bは投資の成果である財b・120円分のうち105円分の販売で入手した預金通 貨105円と、財b・15円分を手許に保有しているが、このままでは、銀行に金利も含め た借入れの返済額110円の預金通貨を銀行に支払うことはできない
④ このため、Bは預金通貨105円と財b・5円分を銀行に提供することで、金利支払いも 含めて借入れを返済(実際には、この取引は、銀行がBに預金通貨5円を支払って財b ・ 5円分を購入し、その上でBが銀行に預金通貨110円を支払って金利も含めた借入れの
経済主体B
経済主体A 経済主体C
財b(投資成果)105円
銀行
預金通貨105円
預金通貨105円
(定期預金満期)
預金通貨105円
(返済)
財b(投資成果)5円 財b(投資成果)10円
返済を行う形を取るものと考えられるが、本質的には同様である)
⑤ Bは手許に投資成果である財b・10円分を保有したまま、当期の交換を終了(次期には、
この財を用いてさらなる交換過程に参加)
⑥ 銀行は購入した財b・5円分を自らの費用のカバーに当てて、交換のプロセスは終了(銀 行自身の費用カバーのためには財b以外の財が必要な場合には、銀行自身が更に交換取 引を行う必要があるが、本質は変わらない)
因みに、第11図において、交換過程を通じて銀行が提供しているサービスは第10図とほと んど変わらないにも拘らず、銀行の収入は10円→5円に縮小している。これは、サービス対価 としての金利収入の一部を、定期預金金利としてCに支払ったためである。仮に、定期預金金 利の支払に見合った費用削減が他の部分でできていない場合には、このままでは銀行は費用を カバーすることができず、 貸出金利の引上げか、 定期預金金利の引下げが必要になる。
最後に、この一連のプロセスの前後での各財の保有状況を改めて整理してみると、以下のよ うになる。
(交換前)
A B C 銀行
財a 100 0 0 0
財b 0 0 0 0
財c 0 0 100 0
(交換後)
A B C 銀行
財a 0 0 0 0
財b 0 10 105 5
財c 100 0 0 0
ここで、Aは財a・100円分を手離して財cを100円分し、当初の交換で意図しただけの効 用水準の向上を達成している。Bは何も保有していない状態から借入れによる投資の実行で財 b・10を獲得し、その分Bの効用水準も向上したものと考えられる。Cは、当初欲しいと考え ていた財bを100円分に対して、定期預金金利受取の結果、実際には財bを105円分入手して いる。Cが自主的にこの定期預金保有を受容れたとすれば、定期預金保有に伴う自由度の縮小 と言う不利益を考慮しても、Cの効用水準も向上しているはずである。この間、銀行はサービ ス生産の対価として最終的に(定期預金金利という費用の支払を控除した後で)財 b・5 円分
を入手しており、これで費用がカバーできれば業として成立する。
3. サービス対価としての金利のインプリケーション
以上、第1、2 章では、前稿で提示した「預金通貨」による交換のモデルに、明示的に「金 利」を組み込むことを試みてきた。ここでの考察から明らかなになった点を改めて整理してお くと、次の通りである。
① 銀行が信用供与により「預金通貨」を創出する際に借り手に課す「金利」(手形割引料、
ないし、貸出金利)は、「預金通貨」が提供するサービスに対して、その生産者である 銀行が求める一種の「対価」であると考えられる。
② 借り手は、「預金通貨」サービスを銀行から購入する(=物々交換や、商品貨幣による 交換に代えて、預金通貨を用いて交換を行う)ことによって、円滑な交換の実現やそれ に伴う効用水準の向上といったメリットを得るが、その対価として「金利」を銀行に支 払う。
③ サービス対価としての「金利」の支払の結果、交換過程にある財の一部、ないし、投資 の成果として得られた財の一部が銀行に引き渡されるので、その分、(銀行以外の)一 般経済主体の効用水準の向上幅は抑えられることとなる。言い換えれば、銀行の「預金 通貨」サービス自体も、交換過程に組み込まれた財の一種であり、「金利」は決して、
「無から有を生み出している」訳ではない(譬えて言えば、誰かが一定量の財の消費を 諦めることによって、その分の「金利」が生み出されている)。
④ 銀行は、「預金通貨」サービスの生産に関わる費用(審査・モニタリング費用や、預金 移転システムの構築・維持・運営費用、等)を、サービスの対価である金利収入(=一 定量の財の獲得)によってカバーすることで、初めて「業」として成立し得る。
「金利」をこのように、「預金通貨」による交換の実現というサービスの対価として理解す ると、「貨幣」・「通貨」や「金利」・「利子」に関する様々主張の多くに、実は誤解に基づ く部分が少なくないことがみえてくる。本稿では、最後に、こうした誤解に基づくものと(少 なくとも部分的には)考えられるいくつかの主張に対して、サービスの対価としての「金利」
という本稿の立場からの論評を加えておくこととしたい。
3.1. ゼロ成長、あるいはマイナス成長下での金利
日本経済は、経済の成熟に加え、人口の高齢化による労働力の減少から、今後、長期に亘っ
て低成長が続き、場合よっては(人口の減少を技術進歩による生産力の増加で補えない場合に は)マイナス成長に陥ることも想定されている。このような事態に直面して、「経済成長がマ イナスになれば、金利も当然マイナスにならざるを得ない」との主張がしばしばなされている。
このような主張の根拠となっているのは、①金利が予定通り支払われるには、その分の通貨の 増加が必要→②経済の成長(=交換規模の拡大)がなければ通貨は増加しない→③もし経済成 長がなければ金利はゼロ(マイナス成長下での金利はマイナス)という理屈である。
一方で、「預金通貨」サービスに対する対価としての銀行の貸出金利は、銀行のサービス生 産に要する費用が「正」である限り、正の値を取らざるを得ない。この、一見すると矛盾にみ える事態は、実は上記第1章と第2章を比較すれば、矛盾でないことがわかる。すなわち、第 2章での議論のように、「預金通貨」が投資のファイナンスとして創出され、それに対する「金 利」の支払が投資収益の中から行われる(即ち、消費の一部を我慢して財を銀行に引き渡す経 済主体が存在しない)ようなケースだけを考えれば、確かに経済成長率の低下により投資の収 益率が低下すれば、金利の支払が困難になる場合が増加するように思われる。
しかし、このような場合、それでも「預金通貨」を用いて交換を行うことを維持しようとす れば、第1章で考察したような、銀行へのサービス対価の支払い(=交換過程にある財の一部 の銀行への引渡し)のために経済主体の一部が交換によるメリットの享受や財の消費を一部諦 めざるを得ないケースが増加するだけであって、決して、サービスの対価である「金利」自体 がゼロ、ないし負になる訳ではない。無論、銀行へのサービス対価の支払による財消費の減少 を回避するために、「預金通貨」の使用を止めて物々交換や商品貨幣の世界へ戻るという選択 肢もあり得ない訳ではないが、それに伴う交換の利便性の大幅な低下を考慮すれば、一般的に は、やはり「預金通貨」が選択されるものと考えられる。
因みに、第4図や第5図で論じたように、このような場合の「金利」支払相当分の「預金通 貨」の増加は、形式的には、銀行自身が財の一部を「預金通貨」で購入することにより実現さ れるものと考えられるが、この取引が、本質的には交換過程にある財の一部をサービスの生産 費用として銀行が消費するものであることに何ら変わりはない。
3.2. 投資の収益率と金利の関係
上記3.1.の議論とも密接に関連するが、経済がゼロ成長、ないしマイナス成長の下で「金利」
が正であると、投資が行われなくなるとの誤解もしばしば聞かれる。確かに、第2章で論じた ような形で「預金通貨」による投資のファイナンスが行われ、投資成果の結実時点で金利も含 めてその返済が予定通りに行われるためには、投資の収益率が金利を上回っていなければなら
ない。しかし、注意を要するのは、当然であるが、この場合の投資の収益率とは、個々の投資 プロジェクト毎の収益率であって、それは経済全体の成長率とは必ずしも同じではないという 点である。
銀行による「預金通貨」サービスの生産費用をカバーする水準(これは、当然、正のある値 をとるはずである)に「金利」が与えられた場合、それよりも高い収益率が得られるものと予 想される投資プロジェクトであれば、第2章で示したような一連の交換プロセスを経て、銀行 にサービスの対価としての金利を引き渡した後にも、手元に財が残る(その分を消費して効用 水準を高めるか、その財を用いて新たな交換を主導することができる)ので、銀行から「預金 通貨」を借り入れて実行した方がよい。逆に、「金利」水準より低い収益率しか見込まれない 投資プロジェクトは、金利の支払が困難になるため、そもそも実行されないものと考えられる。
従って、経済全体でみれば、「預金通貨」サービスの生産費用を上回る投資プロジェクトしか 実行されず、実行されたプロジェクトの収益率は少なくとも「正」になっているはずである。
なお、中央銀行は、銀行の「預金通貨」サービスの生産費用の一部をなす、準備預金の調達 費用をコントロールすることによって、銀行のサービス価格である「金利」に影響を与えるこ とができる。例えば、中央銀行が銀行にとっての準備預金の調達費用を引き下げた場合、銀行 のサービス価格である「金利」も低下し、より収益率の低いプロジェクトも借入により実行さ れるようになるであろう。その結果、経済全体で実行される投資が増加し、経済成長率が高ま るものと期待される。この場合、中央銀行は、準備預金サービスの供給費用をカバーできなく なる可能性もあるが、中央銀行は「収益目的」ではなく「政策目的」でこうした引下げを実施 するので、その費用負担は別途解決されるべき問題となる10)。
3.3. 「貨幣の利子率」を巡る混乱について
そもそも必ずしも合理的な主張と言う訳ではないが、「金利」の存在によって、経済全体に 存在する「貨幣」の総量が年々無限に増加していくようなイメージをもたれ易いことから、「貨 幣にはマイナスの金利を付して、その増殖を抑制すべきである」との考え方が、一部に根強く 存在する。また、貨幣にマイナスの金利を付すことで、「貨幣」の退蔵を防止し、「貨幣」が その本来の機能である交換の媒介に用いられ易い環境が作られるとの主張もある。
これらの考え方は、古くは、「ゲゼル理論」やそれを根拠とした過去のいくつかの実験的な 貨幣発行の例まで遡るものであるが11)、近年では、「サブ・プライム問題」やその結果生じた
「リーマン・ショック」等を受けた世界経済の大きな混乱の原因となった、いわゆる「マネー 経済化」現象を批判する論調の中で再び勢いを増しているように窺われる。
しかし、現代経済において主たる交換・支払い手段の地位を占めている「預金通貨」に関す る限り、これらの主張は誤解に基づくものと言わざるを得ない。第2章で「定期預金」の例を 示したように、確かに銀行が提供する広い意味での「預金通貨」の一部には、正の金利が付さ れることがある。しかし、そこでの議論からもわかるように、これらは、実は、本来の「預金 通貨」に比べて通貨としての機能度合いが低い預金(典型的には、定期預金)に対し、銀行が より低いサービス価格(貸出金利-定期預金金利、等)を課しているだけに過ぎない。従って、
「預金通貨」は、仮に正の金利を付された「定期預金」等といえども、それを保有しているだ けで年々金利相当分だけ増殖していく訳ではない。むしろ、単に「預金通貨」を保有している だけであれば、年々発生する銀行へのサービス対価の支払(言うまでもなく、対価相当部分の 財は、銀行のサービス生産のために消費されていく)によって、経済全体では預金通貨は減価 していくはずである12)。すなわち、敢えて「負の利子率を付す」と言った主張をするまでもな く、預金通貨の収益率はそもそもマイナスであり、無限の増加も、退蔵のインセンティブも初 めから存在しないのである。
3.4. 金融サービスの計測問題との関係について
ここまでの議論からはやや離れるが、現在、国民経済計算(SNA)においては、金融仲介機 関の生産活動のうち明示的な手数料等が課されない部分(典型的には、貸出や預金のサービス)
を、金利に暗黙に含まれているサービス価格相当部分(いわゆるuser cost)を、FISIM(Financial Intermediation Services Indirectly Measured<間接的に計測される金融仲介サービス>)として 抽出することにより計測しようとする試みが進められている。
石田[2010]で詳しく論じたように、現行の国民経済計算の国際基準である「2008年SNA」
におけるFISIMの定義には理論的な問題が多く、なお改善の余地が少なくないものと考えられ るが、それは、そもそもFISIMという概念自体が、各種の帰属計算などと同様に、一種の便宜 的ないし擬制的な計測手法として導入されたことに起因する部分が大きいように窺われる。
本稿で提示したように、「金利」は本来的に銀行が提供する「預金通貨」サービスの対価で あるという考え方に基づいて、FISIMの定義やその理論付けを再構築することで、より理論的 な整合性の高い金融サービスの計測が可能になるものと期待される。この点は、今後の課題と したい。
注
1) 「交換」に際して「商品貨幣」ないし「預金通貨」等を用いることが一般化した経済では、財・サービス同
志の交換(物々交換、バーター)は稀となり、殆どの交換は財・サービスと貨幣や通貨の間で行われるよう になる。「交換」の片方が貨幣や通貨の場合、それは「売買」と呼ばれるのが通例である。
2) 「金利」、「利息」、「利子」等の用語があり、必ずしも一般的に明確な使い分けがあるようにも見受けら れないが、本稿では、原則として、多くの金融論の文献が用いている「金利」を使用することとした。
3) ①Aは財aを保有しているが、それを手放して財cが欲しい、同様に、②Bは財bを保有しているが財aが 欲しい、③Cは財cを保有しているが財bが欲しい、というのがここで想定されている状況である。経済全 体で見れば全ての財について需要と供給が一致しており、かつ交換が成立することによって全ての経済主体 の効用水準が高まるにもかかわらず、AとB、BとC、CとAのいずれの組が市場でであっても「欲求の二 重の一致」は成り立たず、交換は成立しない。
4) 仮にどの経済主体も交換に関して同程度のインセンティブしか有していないような場合には、市場取引の結 果として財の交換比率等が変わり、金利の負担が各経済主体に均等になることも考えられる。実際、現実の 経済取引では、金利負担は販売者の原価の一部として、販売価格にある程度転嫁されるのが通例である。
5) 異なる銀行間で預金通貨による支払(通常の言葉で言えば「振込」)が行われた場合、それに伴う銀行間で の決済が必要となる(「振込」だけでは決済は完了しない)。銀行間で決済を完了させるために、通常は銀 行が中央銀行に保有している準備預金が使われる。このことから、準備預金はファイナリティ(支払完了性)
のある決済手段と呼ばれる。この点に関する詳しい説明は、石田[2011](前稿)を参照。
6) 準備預金による決済は、中央銀行が銀行に提供する一種のサービスであり、その使用に際しては中央銀行に 費用を支払う必要がある。この費用は、現実には、中央銀行貸出に対する金利(公定歩合等)、あるいは、
国債等の利子の付いた金融資産を銀行が中央銀行に売却する、等の形で支払われている。
7) 日常生活において多額の普通預金を保有している場合、銀行窓口で定期預金を薦められる例が多いのは、正 にこうした事情によるものである。
8) 現実には、定期預金も一定のペナルティを払って解約すれば必要な時に財の購入に用いることができるが、
ここでは簡単化のため解約の可能性は取り敢えず捨象しておく。
9) 銀行は、預金通貨供給に伴って生ずる「ファイナリティ需要」の充足費用(中央銀行から銀行券や準備預金 を調達して保有する費用)よりも、定期預金金利支払費用の方が小さい場合に、このような費用の支払を選 択するものと考えられる。「ファイナリティ需要」に関しては、石田[2011]を参照。
10) 中央銀行による政策の必要性に関しては、石田[2011]を参照。
11) これらの考え方に関しては、河邑・他[2011]、およびそこで引用されている各種文献等を参照。
12) この点は、銀行から預金通貨を借り入れて、それを交換等に用いず単に定期預金に預入しておくという行動 を考えてみれば明らかであろう。一般に、貸出金利は定期預金金利よりも高いので、このような行動の結果、
預金は年々減少していくはずである。実際には交換プロセスに投入された結果として、借入れ主体と定期預 金保有主体は異なる場合が多いので、借入れをせずに単に交換の結果入手した預金通貨を定期預金で保有し ているだけの経済主体にとっての収益率は一見プラスに見えるが、そのことは経済全体での預金通貨の無限 の増殖を意味する訳ではない。
参考文献
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石田和彦、1999、「情報技術革新と預金通貨・金融政策」、IMES DISCUSSION PAPER SERIES 99-J-34、
日本銀行金融研究所
石田和彦・川本卓司、2000、「電子マネーとマネーサプライ」、IMES DISCUSSION PAPER SERIES 2000-J-8、
日本銀行金融研究所
石田和彦・三尾仁志、2000、「わが国銀行業の将来像 預金通貨需要からのアプローチによるマクロ的サイ ズの検討」、『金融研究』第19巻第2号、日本銀行金融研究所
石田和彦、2010、「金融仲介サービスの計測に関する理論的諸問題について」、『東京外国語大学論集』
第80号
石田和彦、2011、「『預金通貨』と銀行・中央銀行の機能」、『東京外国語大学論集』第82号 岩井克人、1993、『貨幣論』、筑摩書房
岩村 充、2010、『貨幣進化論 「成長なき時代」の 通貨システム』、新潮社
河邑厚徳+グループ現代、2011、『エンデの遺言 根源からお金を問うこと』、講談社 文庫 清滝信宏、1995、「貨幣と信用の理論」、『金融研究』第12巻第4号、日本銀行金融研究所 黒田 巖、2011、『通貨・決済システムと金融危機』、中央大学出版部
建部正義、2010、『金融危機下の日銀の金融政策』、中央大学出版部
吉田 暁、1988、「ペイメント・システムのリスクと銀行の本質」、『武蔵大学論集』第35巻第6号 吉田 暁、1993、「金融システムの安定性とナローバンク論」、『金融』93年10月号、全国銀行協会 吉田 暁、2002、『決済システムと銀行・中央銀行』、日本評論社
吉田 暁、2003、「信用創造と信用貨幣 小林真之氏他の批判に答える 」、『武蔵大学論集』第51巻第2号
Deposit Money and Interest Rate as its Service Charge
ISHIDA Kazuhiko
This paper tries to introduce a notion of an “interest rate” to the model of “deposit money” developed in Ishida[2011]1, which showed that exchanges of goods in the economy are much better facilitated by the use of “deposit money” and the functions of banks which provide it, compared with the cases of a barter or the use of commodity money. However, the model lacked a mechanism for banks to cover their costs of providing deposit money, since banks themselves are not involved in the exchange of goods. If banks’ costs are not covered, they are not able to continue running their business, and deposit money will not actually be provided despite its great merit of facilitating smooth exchange of goods. In this paper, the model of exchange with deposit money is further modified in a way that banks now ask the borrowers of deposit money to pay certain charges as a form of an “interest”, so that their costs will be properly covered.
The main conclusions of the paper can be summarized as follows:
1) Banks charge an “interest rate” to borrowers of deposit money, which can be regarded as a “price” for the service of deposit money.
2) Borrowers are willing to pay such a “price” for purchasing the service of deposit money, because their exchange of goods can far better be facilitated by the service provided by “deposit money” and banks.
3) Payment of an “interest” as a “price” means that banks are also involved in the process of exchange and consume certain goods that are necessary for providing their service. Thus, the total volume of goods that agents other than banks can consume becomes lower compared with the cases with no banks. This might be a clear counterargument for the widespread image of “interest rates” as “creating something from nothing”.
4) Receipt of a “price” for their service in the form of an “interest” is the foundation on which banks are able to continue to run their business.
Finally, understanding an “interest rate” as a service “price” could also throw a new light to the very current economic issues, such as the relationship between interest rates and negative economic growth or deflation.
1) Ishida, K., 2011, “Deposit Money and the Functions of Banks and a Central Bank”, ‘Area and Culture Studies 82’, Tokyo University of Foreign Studies (in Japanese)