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(1)

ィ幻想」・「夫婦制家族理念」からの脱却をめざし

著者 吉田 愛梨

雑誌名 同志社社会学研究

号 20

ページ 35‑50

発行年 2016‑03‑31

権利 同志社社会学研究学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015528

(2)

1.はじめに

個人と個人の関係や個人と集団あるいは組織と の関連性を総称する概念として、「社会的ネット ワーク」がある。その下位概念に位置づけられ、

個人、すなわちミクロな視点からネットワークを 捉えるアプローチが、本稿で扱うパーソナル・ネ ットワークである。パーソナル・ネットワークは 森岡淸志に依拠すれば、「エゴセントリック、つ まり個人(時には夫婦や世帯)を中心にして結ば れる他者とのつながり」を意味する概念、と捉え ることができる(森岡2000 : 5, 2013 : 22)。訳せ ば「個人的な」ネットワークとなるように、「パ ーソナル・ネットワーク」という用語を使用して いなくても、個人を中心としたネットワークは分 析ツールのひとつとして、社会学の全領域におい て広範に用いられている。

まず、パーソナル・ネットワーク研究の起源を 簡単に整理しておこう。社会的ネットワークには 2つの視点が内包されている。ひとつは個人の視 点からネットワークを捉えるアプローチで、もう 一方は全体構造の視点からネットワークを捉える アプローチである。パーソナル・ネットワークは 個人の紐帯に焦点をあてることから前者のアプロ ーチとして理解できる。こうした「個人の視点か らネットワークを捉える」社会的ネットワーク分 析の基盤を形成したのは、J. A. バーンズのノル ウェーにおける島地区の階級ネットワークに関す る研究(Barnes 1954=2006)と、E. ボットによ

る夫婦の役割に関す る 研 究(Bott 1955=2006)

である。その後、今日のパーソナル・ネットワー クアプローチに通ずる、個人の紐帯に焦点を当て た社会的ネットワーク研究は主に人類学の領域に おいて「親族関係やコミュニティを超えた社会関 係に関わる個人の行動を概念化する手法」として の発展をみせてきた(Boissevain 2011)1)

「パーソナル・ネットワーク」が分析的な概念 を示す用語として確立されるのは、C. S. フィッ シャーの「アーバニズムの下位文化理論」2)を検 証した実証研究まで待たねばならない(Fischer 1982=2002)。このフィッシャー理論を踏襲する 形で1980年代に輸入された「パーソナル・ネッ トワーク」は、日本の都市社会学領域において

「個人を中心として同居家族の外に広がる親密な 他者との紐帯を意味する専門用語」(森岡2013 : 23)と認知されている。しかし、この都市社会学 的概念における「パーソナル・ネットワーク」

は、本来の社会的ネットワークの下位概念として のパーソナル・ネットワークと、その視座を異に しているように思われる。社会的ネットワークの 下位概念である限り、パーソナル・ネットワーク 分析にも多岐にわたる視角や視点の提供が見込め るにもかかわらず、なぜ、その定義は個人を中心 とした「同居家族以外の親密な他者との紐帯」に 限定されてきたのか。また、限定的な視角への傾 倒は、結果的にネットワーク分析としての幅を狭 めてしまっているのではないか。

本稿が扱うのは、こうした問題意識を含意する

パーソナル・ネットワーク論再考

──「コミュニティ幻想」・「夫婦制家族理念」からの脱却をめざして──

吉田 愛梨

YOSHIDA Eri

(3)

狭義の「パー ソ ナ ル・ネ ッ ト ワ ー ク」で あ る。

「パーソナル・ネットワーク」分析が暗に前提と してきた2つの論点を再考し、社会的ネットワー ク分析としての限界性を検討する。なお、本稿に て「」付きの「パーソナル・ネットワーク」と記 述している場合には日本における都市社会学的概 念の意を表している。

以下、2章では、都市社会学における社会的ネ ットワーク分析関連の研究を時系列的に概観し、

従来の「パーソナル・ネットワーク」に対する認 識が30年を経ても依然として変化しない要因を 探る。3章では、「パーソナル・ネット ワ ー ク」

が、分析概念としての本来の目的である「一定の 個人を中心に構成されるネットワークの構造的特 質と個人の行動や意識との関連」(森岡2000 : 5)

を十分に説明しうるのかを検討するため、分析ツ ールとしての社会的ネットワークを柔軟に捉え、

社会変動に合わせて適宜応用させながら分析を試 みてきた家族社会学研究の変遷を同じく時間軸に 沿って通観する。そして、社会的ネットワーク分 析の変遷を別領域である家族研究の観点から検討 することで、「パーソナル・ネットワーク」分析 に対する「家族」の変動の視点導入の重要性を指 摘する。つづく4章では、本稿のまとめとして狭 義の「パーソナル・ネットワーク」が内包する問 題点を2つの論点から再整理し、従来の枠組みを 踏襲した分析の限界性を指摘したうえで、パーソ ナル・ネットワーク研究の新たな方向性を模索す る。

2.「コミュニティ」への拘泥

都市社会学における共通主題は「都市的生活様 式(urbanism)の研究」である、と主張する鈴木 広によれば、その理論構成は「異質性に焦点をお くエスニシティ研究と、量・密度(都市化)に焦 点をおくネットワーク研究」とに集約される(鈴

木2001 : 13)。そして、都市化の過程を経て形成

される都市的生活様式の研究を目的とした、都市 社会調査の背景には「コミュニティ理念」が共有 されていると田中重好は指摘する。高度成長期の なかで生じた農村から都市への大量の人口移動に よって、「都市に移り住んだ人々がどうコミュニ ティを獲得できるのか、あるいは、なぜできない のか、獲得されたコミュニティはどれだけ『近代 的特質』を備えているのか」という共通の問題意 識が都市社会学者たちの根底に存在している(田

中1994 : 22)。アプローチや程度の差はあれ、鈴

木 広 の「コ ミ ュ ニ テ ィ・モ ラ ー ル と ノ ル ム」

(1978)や、奥田道大の「コミュニティ・モデル」

(1983)など、コミュニティの形成、変容、可能 性の問題を追及する数多の論考を考慮すれば、都 市社会学におけるコミュニティ理念の浸透は明白 であろう。ただし、こうした理念が広範に普及す るあまり、分析視野を狭めている点も否めない。

以下、コミュニティ理念への拘泥が引き起こした

「パーソナル・ネットワーク」分析が直面する課 題に迫りたい。

2.1 「パーソナル・ネットワーク」概念の確立 日本の都市社会学領域において、親戚、近隣、

友人等の人間関係を対象とした総合的な調査にい ち早く着手したのは、鈴木広を中心とする研究グ ループであろう。これは、コミュニティの社会的 状況の実証的な把握を目的として個人のインフォ ーマル・フォーマル集団との関わり方に焦点を当 て、1974年から1977年にかけて実施された実証 研究である(鈴木1978)。この鈴木の調査研究に 対し、「日本において個人の人間関係をインフォ ーマル集団結合と概念化してしまう潮流を形成」

するに至ったと問題視している大谷信介は、この 鈴木の調査に代表されるような集団パースペクテ ィブに代わる、個人を中心としたネットワーク・

(4)

パースペクティブに焦点を当てることの重要性を 主張する(大谷1995)。

さて、このネットワーク・パースペクティブ、

すなわち大谷が意図するところのパーソナル・ネ ットワークアプローチはいかに都市社会学に応 用、展開されてきたのだろうか。本節では、主に

『日本都市社会学会年報』のレビューを通じて、

日本の都市社会学における社会的ネットワークの 動向を追うことで「」付きの「パーソナル・ネッ トワーク」概念がいかに形成され、定着してきた のかを整理する。

同誌掲載の社会的ネットワーク分析を扱った主 たる研究テーマを年代順に整理したものが表1で ある。なお、ここでは狭義の「パーソナル・ネッ トワーク」概念創出の経緯に焦点を当てるため、

表1は1984年から1993年までの10年間の主題 を対象としている。1983年創刊の『日本都市社 会学会年報』において、「社会的ネットワーク」

という用語が登場するのは翌年の1984年掲載の 大会自由報告要旨のひとつ、「都市研究における 社会的ネ ッ ト ワ ー ク」(竹 内1984)で あ る。当 時、興隆しつつあったネットワーク分析の視点を 都市研究へ応用することの理論的・方法論的有用 性に言及し、その射程は個人を中心としたエゴセ ントリック・ネットワークや全体構造の視点から 捉えるトータル・ネットワーク、さらには数学の グラフ理論系譜のモデルにも及んでいる。社会的 ネットワーク分析の潜在的な可能性を幅広く見据 えた議論であるといえよう。その後は、社会的ネ ットワークの視点を取り入れた実証研究の増加が みられる。

都市社会学における社会的ネットワーク分析に 転機が訪れるのは1988年から3年間に渡って掲 載された大谷による報告要旨である。ところで、

ネットワークという概念には、分析対象としての 意味合いと分析手段としての意味合いの2つが含

まれ(大谷1995)、「社会的ネットワーク」とい う用語が意図するものは各研究によってさまざま である。このように多義的な概念を北米の先行研 究に準じて、その対象や単位を限定した「パーソ ナル・ネットワーク」という共通認識を日本の都 市社会学領域にも適用し、概念の定着を試みたの が 大 谷 信 介 に よ る 実 証 研 究(大 谷1988, 1989, 1990, 1995)と 松 本 康 に よ る 理 論 展 開(松 本 1991, 1993, 1995)であるといえよう。その後、

幾多の研究者たちによる分析枠組みの応用がみら れる(森岡2000;野邊2006;原田・杉澤2014な ど)。

大谷、松本両氏の議論の共通点でもあり、都市 社会学領域における「パーソナル・ネットワー ク」分析の根底に在るものは、フィッシャーの

「アーバニズムの下位文化理論」(Fischer 1975=

1983, 1982=2002)およびB. ウェルマンの「コ ミュニティ問題」(Wellman 1979=2006)3)の検証 である。この点は1991年掲載の松本による「都 市社会学における社会的ネットワークの視点」

(表1 : No.10)において都市社会学が扱う基本的

な争点を、①都市の社会的ネットワークに対する 都市効果を認めることができるか否か、②都市の 地域コミュニティは衰退したか否か、③地域を超 えた社会的ネットワークは広がっているか否か、

の3つとしている点からも明らかであろう(松本 1991)。①はフィッシャー理論の踏襲、②と③は ウェルマンのコミュニティ問題の援用である。

1984年に竹内が言及した社会ネットワーク分析 の都市研究への応用可能性に比べると、その視座 は遥かに狭められている。特徴として、ネットワ ークに対する都市効果の測定を目的とするためパ ーソナル・ネットワークを従属変数として扱うこ とや、「コミュニティ」を社会的ネットワークと して捉えるためその分析対象を「家族以外で最も 親しい人(親族・近隣・職場仲間・友人)」に限

(5)

定すること、などがあげられる。ただし、北米の 研究に依拠した理論や方法の踏襲という大谷や松 本の試みは「先進国の理論・概念・方法を消化す ることがまず先決問題」(鈴木1984 : 20)とされ ていた当時の都市社会学の潮流を考慮すればむし ろ当然の流れであり、その後の学術的な発展に寄 与する大きな一歩であったと理解できる。

2.2 パーソナル・ネットワーク論の転換とその後 大谷や松本によって展開された「パーソナル・

ネットワーク」分析に対し、方法論的な疑問を投

げかける論考もみられる。本来ならば、パーソナ ル・ネットワークは「特定の個人を中心として広 範囲に拡がる人と人との紐帯を意味する」にも関 わらず、その分析対象を「個人と親密な他者との 紐帯に狭く限定」していることを問題視した森岡 淸志は、調査研究の対象として親密な他者との周 囲に広がる「知人たちとのネットワーク」を取り 込む必要性があると指摘する。森岡は親密な紐帯 を含みつつ、その外側に拡がるネットワークの全 体を「拡大パーソナルネットワーク」と称するこ とで「パーソナル・ネットワーク」とは区別した 表1 「社会的ネットワーク」関連の諸研究(1983年−1994年)

No 掲載年 種別 主題 研究内容 変数 投稿者

1 1984 要旨 「都市研究における社会ネットワーク分析」 理論 − 竹内彰啓 2 1986 要旨 「集合住宅管理と住民の生活構造」 実証 従属

竹内英紀 野沢慎司 ほか 3 1987 要旨 「高齢者の都市アメニティ」 実証 独立 金子勇 4 1987 要旨 「大規模住宅団地居住者の生活構造と近隣関係」 実証 従属 文屋俊子

5 1987 要旨 「地域特性と生活構造」 実証 独立 安河内恵子

6 1988 要旨 「大都市における地域社会構造と生活構造−(5)ライフスタ

イルと集団参加」 実証 独立 松本康

7 1988 要旨 「地方都市におけるパーソナルネットワーク−松山市民の住

民意識とネットワーク−」 実証 従属 大谷信介

8 1989 要旨 「地方中核都市住民のパーソナルネットワーク−四国4県庁

所在都市住民の比較研究−」 実証 従属 大谷信介

9 1990 要旨 「都市化とパーソナルネットワーク−中四国5都市調査の分

析を中心として−」 実証 従属 大谷信介

10 1991 要旨 「都市社会学における社会的ネットワークの視点」 理論 − 松本康 11 1992 テーマ部会 「テーマ部会Ⅰ『都市化と社会的ネットワーク』に参加して」 − − 森岡淸志

12 1992 要旨 「伝統消費型都市における居住経歴・社会層とネットワーク

−山形市の四町を事例として−」 実証 独立

森岡淸志 飯田俊郎 ほか 13 1993 テーマ部会 「『ネットワークの異業種交流』に関する司会者報告」 − − 大谷信介 14 1993 テーマ部会 「コミュニティにおける社会的ネットワークと社会統合」 − − 松本康 15 1993 テーマ部会 「現代家族の社会的ネットワーク」 − − 神原文子 16 1993 テーマ部会 「混住化農村における社会的ネットワーク」 − − 野邊政雄 出典)各年の『日本都市社会学会年報』を基に筆者作成。

注)種別欄の「要旨」は大会自由報告要旨、「テーマ部会」はテーマ部会での報告要旨を表す。変数欄は、各実証研究において「社会的 ネットワーク」を従属変数、独立変数のどちらで捉えているのかを示している。Noは説明を容易にするため、筆者が任意に付し たケース番号であり、巻や号を示すものではない。

(6)

(森岡2000, 2001)。

ここで森岡の議論から拡大パーソナルネットワ ークを分析対象とすることの意義を整理しておき たい。簡潔に示せば、以下の5つの応用可能性に 要約される。

①親密な紐帯の外側に位置する多様なネットワ ークを捉えることで、諸個人のパーソナルネ ットワークと都市社会構造を接合するマクロ なアプローチの追求

②都市化に伴う第二次的接触・関係の優位とい う命題の検討

③パーソナルネットワークを独立変数とするア プローチの採用

④個人と地域社会の人びととのつながりの具体 的な把握

⑤加齢に伴う、あるいはライフコースに沿った パーソナルネットワークの変容の把握

森岡の視点は、これまでの都市・地域社会学者 たちが捉えようと試みてきた、個人的な行動や意 識と全体社会構造の関連の把握、いわゆるR. K.

マートンの「中範囲の理論」(1949)やK. マン ハイムの「媒介原理」(1940)概念の構築に対し て、パーソナル・ネットワーク分析の潜在的な応 用可能性を示唆している点で評価できる4)。しか し、森岡自身も触れているようにそれほど親しく ない人との紐帯測定には、親しい紐帯の測定より も大きな困難がともなう(森岡2001 : 158)5)。し たがって、方法論上の限界性を考慮すれば、理論 的な有用性は理解されているにもかかわらず、拡 大パーソナルネットワークの実証研究は事実上進 んでいないのが現状といえる。

2.3 コミュニティ幻想

都市社会学的概念としての「パーソナル・ネッ

トワーク」の創生を、シカゴ学派に端を発するフ ィッシャー=ウェルマン議論に学び、1980年代 後半から1990年代前半にかけて調査研究を展開 させてきた大谷や松本の議論は既述のとおりであ る。本節では、その帰結として狭義の「パーソナ ル・ネットワーク」には「コミュニティ」という 概念が内包されていることを確認し、「コミュニ ティ」への拘泥の様相を具体的に捉えていくこと にしたい。

ここで意図する「コミュニティ」は一定の集団 をあらかじめ想定する地域性に準拠した概念では ない。それは、シカゴ学派のコミュニティ衰退仮 説に対し、「都市コミュニティをネットワークと それに支えられた下位文化増殖の場」として捉え た下位文化理論、そしてその延長線上に位置づけ られるコミュニティ解放論、すなわち「コミュニ ティは地域的制約から解放され、空間的に散在す るネットワーク」と捉える、2つの理論仮説から 導き出された、「親密な絆」によって定義される

「コミュニティ」である(松本1993, 1995;大谷 1995)。これは、大谷が著作のなか で 一 貫 し て

「パーソナル・ネットワーク」と表現しているも のは内容的にはすべて「パーソナル・コミュニテ ィ・ネットワーク」と同義である、と断っている 点からも明らかである(大谷1995 : 28-30)。

さて、この「パーソナル・ネットワーク」に対 する「コミュニティ」概念の含意は、何を意味す る の か。こ こ で「コ ミ ュ ニ テ ィ 幻 想」(田 中 1994 : 22)という概念を引用しておきたい。本章 の冒頭部分ですでに述べたとおり、都市社会調査 には「コミュニティ理念」が共有されている。共 通の問題意識を抱き、その問いに対する解答を追 求している点では評価できるが、同時に次の意味 では「コミュニティ幻想に陥る危険性を内包して いる」と田中は指摘する。

(7)

理念的にはア・プリオリにコミュニティは

『いいもの』であるとしてしまうことであり、

分析枠組みとしてはコミュニティ・レベルの社 会現象をコミュニティ・レベルの変数だけで説 明 で き る と し て し ま う 幻 想 で あ る。(田 中 1994 : 22)

田中の指摘は、都市社会学が対象とする「地 域」がその異質性や外部性を除去し、「閉塞的な

『地域』像」の描写に陥っていることを批判した 西澤の論考にも表れている(西澤1996 : 53)。こ うした指摘を受け、現在の都市社会学の研究動向 としては、「都市内部の分析を都市外部の要因に 結びつけていく」試みが主流となり、パラダイム 転 換 が な さ れ つ つ あ る と い え る(玉 野2012 : 449)。

しかし、狭義の「パーソナル・ネットワーク」

分析に関していえば、「コミュニティ幻想」から 抜け出せていないのではないか、と筆者は考えて いる。「パーソナル・ネットワーク」概念にはフ ィッシャーとウェルマンによって規定された、

「親密な絆」に基づく「コミュニティ」概念が内 包されていることは大谷や松本の主張によってす でに確認した。そこに田中や西澤が問題視する、

日本の都市社会学の伝統ともいえる「コミュニテ ィ理念」の共有が重なった結果、個人が特定の社 会関係と取り結ぶ「ネットワーク」それ自体を従 属変数とした都市効果の測定という、いわば、閉 塞的なネットワーク像の探求につながっていると 考えられる。

3.「家族」の変化への配慮

前章では「パーソナル・ネットワーク」分析の 問題点として、「コミュニティ」への視点の傾倒 と、都市化の過程における生態学的要因追及への 比重の大きさを指摘した。本章では、第2の論点

として「パーソナル・ネットワーク」の分析枠組 みの問題点を検討し、家族の変動に対する視点の 欠如をとりあげる。そして、弱まることのない家 族をめぐる論争と、現状の変化に応じた分析視点 や方法の柔軟な変容過程を追跡することで、現代 日本社会において多様化する人間関係の構造の分 析には、従来の「パーソナル・ネットワーク」の 枠組みを超えた議論展開の必要性に迫られている ことを提示したい6)。なお、家族研究の内容詳細 への言及は紙幅の都合上、必要最低限に留めてい る。

3.1「家族」を扱う意義

まず、狭義の「パーソナル・ネットワーク」と いう都市社会学的概念の再考に際し、家族社会学 の議論の変遷を扱う意義を簡単に述べておこう。

その要因は、①異なる問題関心に基づく研究対象 のちがい、②社会的ネットワーク分析に対する問 題意識のちがい、③概念規定に対する認識のちが い、の3つに見ることができる。これらの差異が 実態としては密に関連し合う「都市社会」あるい は「地域コミュニティ」と「家族」に対するパー ソナル・ネットワークアプローチの学術的な分断 を生み出し、「パーソナル・ネットワーク」の限 定的な定義の半永続性を正当化していると筆者は 考えている。

①の研究対象の差異については、都市社会学で は「都市社会」や「地域コミュニティ」を対象と するのに対し、家族社会学では「家族」7)を対象 とする。つまり、分析対象や視点にも自ずと偏り が生じることとなる。飯田哲也は、人間の問題を めぐっては「都市化」・「家族」・「地域」に結びつ くことが大部分であるにもかかわらず、並列的に つまり理論的にはそれぞれが切り離されて論じて いる論考が、相対的に多いことを指摘している

(飯田1989 : 31)。

(8)

②の社会的ネットワーク分析に対する問題意識 については、前章で指摘した都市社会学の「コミ ュニティ幻想」が少なからず影響している。この 議論に関しては1992年の日本都市社会学会大会 で設置されたテーマ部会「ネットワーク論の異業 種交流」における松本康(都市社会学)と神原文 子(家族社会学)両氏による報告の論点を検討し

よう(表1 : No.14, 15)。前者はエゴセントリッ

クなレベルのデータを用いて、「都市コミュニテ ィの統合」というマクロな視点からの説明図式の 重要性を主張している(松本1993)。対する後者 は個々の生活者の視点に立った分析の必要性を主 張し、測定上も問題意識上もミクロな視点を想定 している(神原1993)。こうした問題意識の差異 は、分析対象とする社会関係の選定の差異へとつ ながっている。つまり、前者が測定対象とするイ ンフォーマルネットワークを同居家族以外の親族

・近隣・職場仲間・友人に限定しているのに対 し、後者は「家族」をめぐる変動の影響をダイレ クトに受ける個人を中心としたエゴセントリック

・ネットワークの変容、それ自体を議論の対象と しているため、個人が社会関係をとり結ぶ相手を 柔軟に変化させることが可能であったと推測でき る。

こうした問題意識の差異は③の概念規定に対す る認識 の 問 題 に も 影 響 を 与 え て い る。上 記 の 1992年テーマ部会の司会を務めた大谷信介は、

「聞こえはよいが、実態としては不明確な言葉」

として一般的に広く使用されている「コミュニテ ィ」概念と「ネットワーク」概念との類似性に着 目し、社会学者たちの間で共通言語化やある程度 の方法の統一を図っていくことの重要性を指摘す

る(大谷1992, 1995)。他方、家族社会学領域で

はパーソナル・ネットワークに相当する含意があ ったとしても、「ネットワーク」や「社会的ネッ トワーク」あるいは「リンケージ」といった多様

な用語で、個人の「つながり」を表現している幾 多の論考がみられ、共通言語化の促進を図る議論 は確認できない。

本節において、学問領域別の具体的な不一致を 取り上げたのは、ネットワーク分析に対するアプ ローチや認識の差異に優劣をつけるためではな い。他領域である家族社会学の研究系譜に目を向 けることによって、研究発展につながるヒントが 得られるのではないかと考えたからである。

次節では、家族社会学領域での社会的ネットワ ーク分析の変遷を「家族」に対するイメージと実 態の変容とともに時系列的に捉えることによっ て8)、都市社会学領域での議論が見落としてきた 視角を探りたい。以下、「家族」研究の転換期の 分節点を1980年代後半と2000年代初頭に設定 し、①1980年代前半以前、②1980年代後半から 2000年代初頭、そして③2000年代後半から現在 という3つ の 期 間 に 区 切 り を つ け て 検 討 を 行 う9)

3.2 家族社会学の社会的ネットワーク分析

(1)集団単位の諸議論−1980年代前半以前 人間関係に焦点をあてた研究は、主に村落研究 や家族研究の領域における蓄積がみられる10)。た だし、これらの先行研究では、個人のとり結ぶ人 間関係が「社会関係」として位置づけられてお り、大谷は「集団を媒介とした社会関係を分断的

・個別的に捉えるという視点から展開」されてき たと振り返る(大谷1995 : 39-40)。この分析単位 を「個人」ではなく「世帯」あるいは「家族」と した集団論的な視点は、当時の社会状況や「家 族」、あるいは家族成員に対するイデオロギーが 大きく影響していたことは言うまでもない。落合 恵美子は「近代家族」11)時代を、人びとの人生の 画一化とともに「誰もが似たようなライフコース を歩み、似たような家族を作った時代」と表現し

(9)

ている(落合2004 : 241)。

(2)家族の「個人化」論−1980年 代 後 半〜2000 年代初頭

1980年代後半に入ると、家族研究は新たな境 地へと踏み出すことになる。日本家族社会学会に よる『家族社会学研究』が創刊された1989年か ら1991年までの特集の総合テーマは「いま家族 に何が起こっているか」であった。変動期を迎え た当時の「家族」像をめぐる論争の沸騰がうかが える。そして、3年間に渡る議論の帰結として導 かれたのが「個人化」概念である(藤崎1991;

目黒1991)12)

こうした変動期のなかの「家族」の動向を踏ま え、目黒依子はネットワーク理論の有用性に言及 している。「ネットワークの中心を〈家族〉とす るよりも〈個人〉とした方が、流動性の強い現代 家族の理解により有効ではないか」(目黒1988 : 212)と主張する目黒の論点は、社会の基礎単位 を「家族」や「世帯」とする視点から「個人」の 視点へと移行させるきっかけを提起した点で画期 的である。この問題意識の先に、家族の多様化を 分析する概念枠組みとしての「家族の個人化」の 提案があるが、これは「個人を分析単位とするネ ットワーク概念なくしてなかった」と、後に目黒 は振り返っている(目黒2011 : 114)13)

この時期の家族の「個人化」議論を山田昌弘は 2004年論文「家族の個人化」14)において、「家族 関係自体の選択不可能、解消困難性を保持したま ま、家族形態や規範、行動等の選択可能性が増大 するというプロセス」に特徴づけられる「近代の 枠内における家族の個人化」とし、2000年代後 半 以 降 の「個 人 化」と は 区 別 し て い る(山 田 2004 : 344)15)

(3)「家族」を超えた議論展開−2000年代後半以 降

山田が2004年論文で区別したもうひとつの家

族の「個人化」とは、「家族の本質的個人化」と 呼ばれる「家族関係自体を選択したり、解消した りする可能性が増大するプロセス」のことである

(山 田2004 : 344)。山 田 に よ れ ば、現 代 社 会 は

「家族が家族であることの近代的な『存在理由』

が失われていく過程」に直面しており、「家族の 存在」自体が大きく揺らいでいる。こうした「家 族」の現状、すなわち家族そのものの形成や維持 の困難の先にあるのは、社会問題として家族の

「リ ス ク 化」や「階 層 化」の 招 来 で あ る(山 田 2004 : 346-350)16)

もはや家族を共通の経験として想定することが できなくなった今日では、「家族」概念に代わる 分析視点としての「親密圏」(斎藤2003)17)の登 場と興隆がみられる。しかし、この親密圏を扱う 議論の多くは、単に「家族」の代替概念として

「親密圏」を位置づけており「異なる概念を援用 する効果が見られない」との指摘もある(上野 2009, 2011)。上野千鶴子は、私的領域には子ど もや高齢者、病人、障がい者などの「自律できな い個人」が含まれ、「家族」には「親密圏」とい う概念だけではカバーできない領域が残っている ことを強調する(上野2009 : 7)。こうした動向 を踏まえ、近年の家族研究は多様な家族のかたち を描き出す議論から、これまでの「家族」にとら われない、生きる場・関係の可能性を問う議論、

すなわち「生きる基盤」の可能性の探求へとシフ トしている(牟田2009)。ここでの詳述は避ける が、昨今の家族社会学研究の関心は総じて「親密 性」と「ケア」にあるように思われる18)

3.3 夫婦制家族理念への拘泥

フィッシャー理論やウェルマンのコミュニティ 問題に由来する「パーソナル・ネットワーク」と いう用語が大谷によってはじめて 提 唱 さ れ た 1980年代後半は、偶然か、あるいは必然か、家

(10)

族研究において「個人化」という概念が登場した 時期と一致する。社会的ネットワークの射程は

「集団」にも及ぶのに対し、分析対象を「個人」

に限定するパーソナルなネットワークを捉える視 点の普及は、学術分野の垣根を超えてその背景に ある大きな社会の変化を示唆しているかのようで ある。しかし、その後のネットワーク分析は都市 領域と家族領域においてまったく異なる道を歩ん できた。問題関心を異にするため同様の分析方法 や理論を援用、踏襲しても、そのアプローチや重 要視する論点に差が出るのは当然である。ただ し、都市社会学における「パーソナル・ネットワ ーク」分析は、「地域コミュニティ」への意識が 強すぎるためか、あるいはもはや幻想に近い記述 概念としての「近代家族」に基づく夫婦制家族19)

を前提とした理念から抜け出せないためであろう か、いずれにせよ家族成員間のつながりをもひと つのリンケージとして捉える視点が見落とされて きたのは事実である20)。親族ネットワークの析出 に、「同居家族以外の親族」と限定しているが、

わずか半世紀の間に生じた家族の変動の脈絡を踏 まえると、個人を中心としたネットワークを捉え る「パーソナル・ネットワーク」分析にも、家族 社会学者たちが検討を重ねてきた議論展開の変遷 に耳を傾け、同別居を問わず家族成員をダイアッ ドな関係、すなわち個対個の関係として捉える視 点の導入を試みるのも、ネットワーク分析の新た な道を切り開く一歩となるのかもしれない。

4.実態把握に適合的な分析ツールをめざ

して

4.1 「パーソナル・ネットワーク」の限界性 ここまでの叙述で検討してきた2つの論点を再 整理し、都市社会学の専門用語としての「パーソ ナル・ネットワーク」分析の限界性、すなわち狭 義の「パーソナル・ネットワーク」概念が直面す

る課題をまとめておきたい。本稿から見えてきた 課題は、①生態学的視点への傾倒と、②文化的・

規範的側面の軽視の2点である。

①の「生態学的視点への傾倒」の最大の要因 は、フィッシャー=ウェルマン理論への固執によ る、「親密な絆」に基づく「コミュニティ」概念 への拘泥にあると考えられる。2章で詳述したよ うに、日本の都市社会学者たちが共通認識として 抱いている「コミュニティ理念」、すなわち「都 市に移り住んだ人々がどのようにコミュニティを 獲得できるのか、あるいはできないのか」といっ た問いに対して、親密なネットワークに基づいた

「コミュニティ」を想定している研究者たちが、

ネットワークそのものを被説明変数として応答し ようとする試みは、なんら不思議ではない。しか し、北米の先行研究の緻密な踏襲とその応用は、

結果的に「パーソナル・ネットワーク」分析を、

生態学的要因という一側面の追及手段への応用に 留まらせてしまっている。したがって、本来の社 会的ネットワーク分析の下位概念としての多岐に わたる潜在的な応用可能性が、機能しないまま今 日に至っている。

つぎに、②の「文化的・規範的側面の軽視」に ついて整理する。この議論に関しては、さまざま な事例が考えられるが、ここでは3章で検討した 家族社会学領域の社会的ネットワーク研究に見習 いたい側面を挙げておくことにする。「パーソナ ル・ネットワーク」分析が対象とする、社会関係 をとり結ぶ間柄が「同居家族以外の親族・近隣・

職場仲間・友人」に限定されてきた要因のひとつ は、「家族」の変動を考慮した視点の欠如に見る ことができる。言い換えれば、個人を取り巻く社 会集団の最小単位として認識されてきた「家族」

の制度的・実態的変化を軽視してきたがゆえに、

家族成員どうしのつながりを一つのリンケージと して捉える視点が欠如していたどころか、議題に

(11)

さえのぼらなかったと推測される。しかし、家族 の形成や維持、そして終焉さえも個人の選択に委 ねられる現代社会の実態把握に際して、パーソナ ル・ネットワーク抽出時あるいは分析時に「同居 家族」を想定しないのは賢明とは言えないだろ う。

4.2 パーソナル・ネットワーク分析の可能性 さいごに、前節の課題点の克服に向けたパーソ ナル・ネットワーク分析の応用可能性について森 岡淸志、目黒依子、野沢慎司の3氏による議論を 中心に、その方向性を描いてみたい。

まず、2章で展開した森岡による「拡大パーソ ナルネットワーク」分析の5つの意義(①「中範 囲の理論」の構築、②第二次的接触・関係性への 分析焦点の移行、③パーソナル・ネットワークを 独立変数とするアプローチの採用、④個人をエゴ とした具体的な「つながり」の把握、⑤加齢やラ イフコースの変化に伴うネットワークの変遷の把 握)はすべて「パーソナル・ネットワーク」分析 の潜在的機能を捉えている。方法論上の試行錯誤 は必要であるが、森岡の指摘を考慮することは分 析の幅を広げる契機となるであろう。

都市コミュニティ研究と家族研究の両領域か ら、ネットワーク研究のアプローチに挑んできた 野沢は「家族・コミュニティ問題」21)の検討から 今後のネットワーク論の可能性に言及している。

野沢は、議論の余地が絶えない「家族の個人化」

という命題を、「アイデンティティ構造の多元化 とそれに対応したネットワーク構造の多元化によ ってもたらされる(伝統的)家族役割規範からの 個人の自立性の増大」(野沢2009 : 170)と捉え、

「パーソナル・ネットワークは、個人のアイデン ティティ構造と家族のライフスタイルを媒介する 重要な概念」(野沢2009 : 163)であると主張し、

それが家族とその外側に広がる人間関係構造の把

握や、家族の変動および多様性分析のための潜在 力を有していることを指摘する。

目黒はソーシャル・ネットワーク・アプローチ に潜む魅力について「主体は個人であり、個人は 社会関係の中で交渉する、構造概念であるが実は 構 造 を 変 え る、変 化 を も た ら す 概 念」(目 黒 2011 : 116)であると述べている。ネットワーク をミクロな視点から捉えるパーソナル・ネットワ ークが社会的ネットワークの下位概念であること を再認識すれば、目黒の指摘がパーソナル・ネッ トワーク分析にも当てはまることは明白であろ う。

以上、異なる領域に足場を置く3氏の論点を断 片的にではあるが、パーソナル・ネットワークの 応用可能性として拾い上げてみた結果、ある共通 点が浮かび上がってきた。それはパーソナル・ネ ットワークを「独立変数として扱うアプローチ」

の重要性である。近年の調査研究を概観すると、

個人の生活構造やライフスタイル、幸福感などさ まざまな変数を規定する尺度として社会的ネット ワークを用いた実証研究は数多く確認できる。に もかかわらず、いまだに多くの論者による「独立 変数として扱うアプローチ」の重要性に対する指 摘が絶えないのは、個々の実証研究がミクロレベ ルの実態把握にとどまり、その背後にある大きな 全体社会構造との結びつきを明らかにするには至 っていないからなのかもしれない。倉沢が、集団 パースペクティブに代わるネットワーク・パース ペクティブの興隆を指摘した大谷に対し、優劣で はなくむしろ「ふたつのパースペクティブの相補 性」に目を向ける重要性を説いたように(倉沢 1997 : 158)、あるいは、野沢が「集団とネットワ ークは相互排他的な対概念ではなく、むしろ前者 は後者の下位概念である」と指摘するように(野

沢2009 : 165)、個人間の結びつきと、個人と集

団との結びつき、そしてこうした個々の成員から

(12)

なる集団を含んだ「ネットワーク」が社会の全体 構造といかに結びついているのか、いわばパーソ ナル・ネットワークとトータル・ネットワーク双 方を駆使したアプローチを全体社会構造の把握の ための独立変数とするような新たな枠組みの模索 が迫られている。

5.おわりに

本稿で示唆するよう心掛けてきた他領域への歩 み寄りの重要性は、今日の社会学的研究全般にお いて求められている。長谷川らの言葉を借りれ ば、家族、農村、都市、産業などの「領域ごとに 編成されていた知の様式が大きな壁にぶつかっ て」いるのが今日の社会学的研究の姿である。本 稿で扱った「パーソナル・ネットワーク」論再考 に際しても、家族領域のみならず組織研究や人類 学などで用いられているネットワーク分析の理論 や方法にも目を向けることが「知の領域再編」

(長谷川ほか2007)につながるだろう。

さらに、家族社会学の近年の研究動向である

「生の基盤」の探求は都市・地域社会学のみなら ず、すべての社会学領域からの視座が不可欠であ る。パーソナル・ネットワーク分析の対象はもは や、森岡が指摘する「拡大パーソナルネットワー ク」でもカバーしきれないほどに拡がりを見せて いる。同居家族成員をダイアッドな関係として捉 えるのはもちろんのこと、実態レベルの個人のつ ながりの対象はNPO法人や専門職などにも及ん でいる(後藤2010;上野2013)。とりわけ高齢者 に言及すれば、ヘルパーやケアワーカーに対して 血縁や地縁で繋がる人びとよりも、手段的・情緒 的両方の側面においてサポートを得ている高齢者 も多い(春日2010;上野2013)。社会関係をとり 結ぶ対象が公的組織に属していても「個人的な」

紐帯を構成する一成員であることには変わりな い。

社会的孤立や排除が問題視される現代日本社会 の「一定の個人を中心に構成されるネットワーク の構造的特質と個人の行動や意識との関連」(森

岡2000 : 5)の実態を捉えるには、通説に囚われ

ず研究領域の垣根を超えて、対象者としての「個 人」と向き合うことで、その個人をエゴとした

「つながり」のあらゆる可能性を模索してみる必 要があるのではないだろうか。そして、個々人の

「つながり」を分析する際には、その取捨選択や 形成・維持に多大な影響を与える、すなわち個人 の意思決定に基づく選択を左右する、もろもろの 制度や市場の動向など、全体社会を構成している 諸要素へも目を向ける必要があるだろう22)

さいごに、今後のパーソナル・ネットワーク論 の方向性について、恐縮ながら若干の示唆を加え ておきたい。まず、都市社会学的な概念としての

「パーソナル・ネットワーク」をその専門用語と いう縛りから一度解放し、社会の実態に即した概 念を再考することが不可欠と思われる。加えて、

ミクロな視点にとどまらず大きな全体社会構造と の関連を常に意識することがパーソナル・ネット ワーク研究のさらなる発展につながると筆者は信 じている。現代の日本における都市社会学の領域 は大谷(1997)の言葉を借りれば、先の研究者た ちが先進諸国に学び、多大なる苦労をともなう

「追体験と理解」に励んできた結果としての実証 データが蓄積されてきた時代、さらには研究環境 を激変させてきた国際化・情報化の時代にある。

こうした恵まれた時代にあるからこそ、先行研究 の「追体験と理解」にとどまらない、「都市現実」

を理解する方法の探求に踏み切る必要があるので はないだろうか。いまだ顕在化していない、パー ソナル・ネットワーク分析における「都市現実」

の一面を明らかにする分析手段としての応用可能 性に期待を寄せて、本稿を終えたい。

(13)

〔注〕

1)1960年代の調査研究のなかで都市コミュニティの ネットワーク分析に焦点をあてたものとしては、J.

C. ミッチェルらによるアフリカでの都市人類学的 研究がある(Mitchell 1969=1983)。

2)フィッシャーの下位文化理論は二つの側面を内包 している。ひとつはL. ワースのアーバニズム論の 理論的修正という「アーバニズム論」としての側 面で(Fischer 1975=1983)、もうひとつはパーソ ナル・ネットワークの実証研究に基づく「ネット ワーク論」と し て の 側 面 で あ る(Fischer 1982=

2002)。

3)産業化した官僚制的な社会システムが共同的な

(communal)関係構造に与える効果の研究で、コミ ュニティ問題(The Community Question)と呼ばれ ている。この問いに対してB. ウェルマンは3つの 論点に整理した。「コミュニティ喪失論」は都市に おける親族や近隣の紐帯の衰退を主張する見解で、

そのような都市であっても第一次的紐帯は繁盛し 続けると主張する見解が「コミュニティ存続論」

である。これら二つの並行する議論に対し、コミ ュニティという概念を地理的制約から切り離し、

都市の第一次的関係は空間的に分散したネットワ ークとして展開するという見解が「コミュニティ 解放論」である(Wellman 1979=2006)。

4)マートンは著書『社会理論と社会構造』(1949)の なかで、「中範囲の理論」という概念を提示してい る。これは、調査研究を通じて豊富になっていく 小作業仮設(minor working hypotheses)と、多く の経験的現実のうちに認められる事象の斉一性命 題(unified theory)あるいは巨大な概念図式との中 間にあって、この両方を架橋しながら双方の機能 を独自に活性化させていくような理論を表してい る。また、マンハイムは『変革期における人間と 社会』(1940)において、個別的・一回的事象と一 般法則との間にあって、それらを媒介する特定の 法則を示す概念として「媒介原理」を提唱してい る(社会学小事典2005 : 435, 496)。こうした概念 を受けて鈴木広が論じた「都市研究における中範 囲理論の試み」(1970)は都市社会学研究の方向性 を示唆した点で意義深い。

5)有効なデータ収集事例として森岡は「年賀状」を 挙げているが(森岡2000, 2001)、15年前ならとも かく、現在では特に若い世代においてSNSの発達 とともに年賀状文化が衰退の一途を辿っているよ うに感じられる。それほど親しくない紐帯(知人)

の測定・分析方法の模索が求められる。

6)近年の家族論争に関する特集テーマを取り上げて みても、2008年の「家族のオルタナティブ」『家 族社会学研究』Vol.20(1)や、2011年の「現代に お け る 家 族/親 密 圏」『哲 学』No.62、2014年 の

「近代社会の転換期のなかの家族」『社会学評論』

vol.64(4)、など「家族」に対する学問領域を超え

たさまざまな視点からの学術的接近がみられる。

7)「家族」をどう捉えるのか、という課題は戦後から 現在にいたるまで、通時的・共時的に関心が向け られてきたテーマの一つである。特に21世紀をむ かえた近年の家族をめぐる諸議論は専門的家族研 究の領域に留まらず、その勢いは増大している。

議論が絶えないのは「家族」像がうまく捉えられ ないためであるが、落合に依拠すれば、「この定義 の困難こそが、『家族』の本質的重要性を指し示し ている」(落合[1985]1989)といえる。

8)「家族」を大きく変容させるに至ったひとつの要因 は、社会の構造転換である。戦後の民法改正によ る「家」制度の廃止や直系制家族の質的変化、つ いで高度成長期の経済発展に伴う労働力の地域移 動の激化などにより、「夫婦制家族」が産業化の著 しい当時の日本社会に適合的な家族形成規範であ ると広く認識された昭和30年代から40年代。そ して、女性の社会進出の促進に伴う晩婚化や未婚 率の高まり、結婚のライフスタイル化などによる、

「家族成員個々の自律性の増大」がみられた、昭和 50年代以降(森岡清美1992)。さらに平成に入っ てからは、各自の任意な生活選考に基づき主体的 に思い思いの家族を形成していく傾向がみられ、

このような家族を「合意性家族」と称した野々山 久也の言葉を借りれば、現代は家族ライフスタイ ルの時代、そして家族の多様化の時代であるとい える(野々山2007)。

9)家族の実態が一様に一斉に変化することはない。

森岡清美は、家族の変化しやすい面の一つとして

「住居に即して捉えることのできる家族形態面」を あげ、他方、変わりにくい面の一つとして「夫婦 と幼児からなる核家族の人間関係」を指摘したう えで、家族を変化の面からアプローチする場合で あっても、一直線的で全面的な変化を想定してし まうことは危険であると説いて い る(森 岡 清 美 1992 : 2)。しかし、こうした留意点を考慮しても なお、その後の学術的な展開を大きく左右する節 目となった時期が確認できるため、分節点を設け て議論を進めている。

10)人間関係研究の先がけとなった戦前の村落・家族 研究においては、イエの探求やムラの探求に焦点

(14)

がおかれていた。家連合は村落社会構造の中に位 置づけられ、都市研究においても、「家連合として のコミュニティとのつながりや家族制度との関連」

を扱っていた(玉野2012)。

11)落合は欧米の家族史・社会史研究を概観し、近代 家族の特徴として①家内領域と公共領域の分離、

②家族成員相互の強い情緒的関係、③子ども中心 主義、④男は公共領域・女は家内領域という性別 分業、⑤家族の集団性の強化、⑥社交の衰退、⑦ 非親族の排除、⑧核家族の8項目をあげている。

ただし、これらの「近代家族」概念は「欧米、そ れも西欧の中産階級を主たるモデルとして抽出し たもので、日本や第三世界など他の地域や、労働 者をはじめとする他の階層には、いささかの変更 なしには適用することはできない」点には留意し なければならない(落合1989 : 18-20)。

12)藤崎は「個人化」を「集団の規範によってではな く、個人の価値規範、選考基準によって行動や態 度を決定する傾向」と捉えている。ただし、「大量 消費型の現代の情報化社会では、様々なメディア を通して情報が無差別に家庭内のあらゆる成員に 届けられる」ことから、「差異化の一方で、画一化 された生活の選考がもたらされつつある」ことも 指摘し、個人化と画一化の同時進行がみられるこ とに留意している(藤崎1991 : 7)。

13)家族生活について目黒は「人の一生の中であたり 前の経験ではなく、ある時期に、ある特定の個人 的 つ な が り を も つ 人 々 と で つ く る も の」(目 黒 1987 : iv)と説明し、この議論に触発され、家族生 活がいわゆる「一つのライフスタイル、人生のエ ピソードの一つ」であるという認識を契機に落合 恵美子は「21世紀家族」像を「個人を単位とする 社会」のなかに描いている(落合2004 : 242-252)。

14)U. ベックやZ. バウマン、A. ギデンズらの近年の 研究を整理し、質的に異なる2つの「個人化」の 区別を明示した2004年論文「家族の個人化」の反 響は大きく、山田の理論的枠組みを参考にした論 考 が 多 く 見 受 け ら れ る(た と え ば 久 保 田2009, 2011;安達2010など)。

15)2000年代前半以前の「個人化」は家族の存在を前 提としている。山田によれば、このタイプの個人 化は社会(国家、地域社会、近隣、親族など)か らの「期待」の拘束性の低下によってもたらされ る、「家族の『あり方』選択肢の拡大」である。ま た、家族の内部でも選択肢の拡大が生じ、個々の 家族成員の行動の自由が増大するとしている(山 田2004 : 345)。

16)「家族のリスク化」とは家族関係が望んでも得られ るとは限らず、いつでも解消可能性と隣り合わせ になっている様相を示している。また、望み通り の形態の家族形成を実現するには全体社会の中で の個人の「力」関係、すなわち経済力や性的・人 間的魅力が大きく左右する。したがって、家族自 体を形成できないリスクや、家族自体から「捨て られる」リスクと隣合わせであり、家族の有無と いう点で格差が生じることを「家族の階層化」と いう(山田2004 : 349-351)。

17)斎藤純一によれば「具体的な他者の生/生命への 配慮・関心によって形成・維持される場と関係性」

を前提に成立する(斎藤2003)。現実の家族(「近 代家族」)のオルタナティブとしての「新たな親密 圏」にとって不可欠な構成要件は、①性愛抜きの 親密圏、②依存関係の脱・私事化、③親密圏の脱

・暴力化、④成員の退出の自由の担保、⑤家族に とっての第三項の意味、⑥脱ジェンダー家族、で ある(金井2011 : 43-44)。

18)安達正嗣が「主として介護・ケアに特化したもの は活発となっている一方で、家族や親族との関係 や生活に焦点をあてた論考はむしろ少なくなる傾 向 に あ る」(安 達2010 : 13)と 指 摘 す る よ う に、

「生きる基盤」に関連する諸議論の争点を「ケア」

に 置 い て い る 論 考 が 多 い(た と え ば 上 野2011,

2013;久保田2011など)。これは「日本の家族社

会学が社会福祉論との密接な関連のもとに展開さ れ、育児問題、老人問題の具体的社会問題に対す る問題解決志向が強かった」(大谷1995 : 48)こと がその所以であろう。

19)父子継承ラインが特徴の直系制家族と対比される、

夫婦単位のもしくは夫婦中心の家族形態を示す。

生涯にわたる一夫一婦的性結合と、夫の単独稼得 を前提とした性別分業を特色とする近代家族の相

(森岡清美1992 : 6)。

20)高齢女性のパーソナル・ネットワークを対象とし た野邊の調査および分析では、同居家族も社会関 係の相手として析出しているが、これは、老年社 会学や家族社会学など他領域の諸研究をも参考に しているためと考えられる(野邊2006)。

21)高度経済成長期をひとつの転換点とし「現代の社 会変動の文脈のなかで、家族とコミュニティが相 互にどのように関連しあい、どのように変容して いるのか」という問い(野沢1995 : 177, 2009 : 3)。

野沢の視点に基づき、都市における子育てネット ワークの実態を検証した立山徳子は「子育てを巡 る政策は家庭内・外の双方を車の両輪のように同

(15)

時に実施する」必要性を見出し、家族とコミュニ ティ両領域を視野に入れたアプローチの有用性を 実証している(立山2011)。一方で、政治経済的 な視点に立ち、都市を「資本主義世界経済におけ る空間的な国際分業の中に位置づける」ことで、

「家族」をその都市やコミュニティに求められる

「労働力の調達と再生産の単位」として捉えること が可能となり、野沢の「家族・コミュニティ問題」

は解消される、と指摘する玉野は、ネットワーク のみへの注目に限界があることを示唆している

(玉野2012)。

22)V. ペストフは、社会福祉事業への第3セクターの 介入の重要性を指摘した論文において、基本的な

社 会 秩 序 を 構 成 す る4つ の 要 素 を、①共 同 体

(community)、②市 場(market)、③国 家(state)、

④組織(associations)とし、それぞれの要素に 内 包される一般的な社会集団として、①家族(house- holds)、②私 企 業(private firms)、③公 的 機 関

(public agencies)、④自助組織や非営利組織(vol- untary associations and non-profit organizations)を取 り上げ、これらの社会秩序と社会集団の相互連関 をトライアングルモデルとして図化した。公/私

・営利/非営利・フォーマル/インフォーマルと いった差異に着目し、社会構成の理念型を描きだ している点は注目に値する。(Pestoff 1992参照)

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────,2001,「アーバニズム論の現代的位相」金子勇・森岡淸志編『都市化とコミュニティの社会学』ミネルヴァ 書房

鈴木広編,1978,『コミュニティ・モラールと社会移動の研究』アカデミア出版会

竹内彰啓,1984,「都市研究における社会ネットワーク分析」『日本都市社会学会年報』2 : 18-19 玉野和志,2012,「都市研究の転換と家族・コミュニティ論の課題」『社会学評論』62(4):442-458 田中重好,1994,「日本都市社会学における社会調査の今後の課題」『日本都市社会学会年報』12 : 21-23

立山徳子,2011,「都市空間の中の子育てネットワーク−『家族・コミュニティ問題』の視点から−」『日本都市社会学 会年報』29 : 93-109

上野千鶴子,2009,「家族の臨界−ケアの分配公正をめぐって」牟田和恵編,前掲書

────,2011,「『家族』という神話−解体のあとで」『哲学』62 : 11-34

────,2013,「介護の家族戦略−規範・選好・資源−」『家族社会学研究』25(1):30-42

Wellman, B. 1979, The Community Question : The Intimate Networks of East Yorkers American Journal of Sociology84

(5):1201-1231(=2006野沢慎司・立山徳子訳「コミュニティ問題−イースト・ヨーク住民の親密なネットワー

(17)

ク」野沢慎司編,前掲書)

山田昌弘,2004,「家族の個人化」『社会学評論』54(4):341-354

参照

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