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アタナシウス・キルヒァーの情動説

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(1)

アタナシウス・キルヒァーの情動説

著者 鈴木 潔

雑誌名 言語文化

巻 9

号 4

ページ 697‑720

発行年 2007‑03‑10

権利 同志社大学言語文化学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011082

(2)

アタナシウス・キルヒァーの情動説

鈴 木   潔

1 伝記的なこと

アタナシウス・キルヒァーは1601年5月、フルダの近郊ガイサに生まれ、

1680年11月、ローマで没した。ドイツ国内で教育を受けた後、生涯の大半を ローマのイエズス会学院で研究と著作に没頭。研究分野は自然学、考古学、

文献学、エジプト学、歴史学、言語理論、天文学、光学、音楽・音響学など 多方面に及ぶ。ユニヴァーサルな学問を追及したキルヒァーは「最後のルネ サンス人」の一人と見なされている。ルネサンス後期の神秘的宇宙観を共有 しながらも、また自ら実験に手を染めるなど新しい実証的な方法を広く取り 入れたので、近代の入り口に位置する人物とも評される。

本稿では音楽研究者としてのキルヒァーを取り上げるので、MGG(Die Musik in Geschichte und Gegenwart : allgemeine Enzyklopädie der Musik)の記述 を参考に、簡単にこの人物の伝記をまとめておく。

少年期についてはよく知られていない。哲学・神学の博士であり、

膨大な蔵書を所有していた父、ヨーハン・キルヒァーが、少年キルヒ ァーに音楽を含め最初の教育を施した。ガイサで初等学校を終えたあ と、フルダのイエズス会の学院に進む。1618年にパーダーボルンで修 練士としてイエズス会に入会し、論理学・物理学の研究を始めたが、

しかし1622年には三十年戦争の影響で一時中断させられた。ケルン、

コブレンツ、ハイリゲンシュタット(アイヒスフェルト)の教団学院 に移って物理学、数学、言語学の研究を続けた。1623年にはマインツ

『言語文化』9-4:697−720ページ 2007.

同志社大学言語文化学会©鈴木 潔

(3)

選帝侯(大司教)の招聘を受け、アシャッフェンブルク宮廷に出仕し た。1624年からマインツで神学を研究し、同時に東洋語研究と天文観 察にも携わった。1628年に司祭に叙任され、シュパイアーで研修を済 ませたところで、ヴュルツブルク大学から教授に招聘されて数学、哲 学、東洋語の講義を行った。1631年にはスウェーデン軍が迫って来る なか、当地のイエズス会の修道士たちと共に町を離れた。彼はフラン スに逃れ、しばらくリヨンとアヴィニヨンで教鞭をとった。1633年に は皇帝フェルディナント三世から数学研究者として招聘を受けた。だ がウィーンに赴く前に短期の訪問のつもりでローマを訪れたところ、

当地のイエズス会学院 Collegium Romanumで数学、物理学、東洋語の 教授就任を請われ、結局こちらを受けてローマに留まった。同時にエ ジプトについての大部の研究書を著す任務を命じられた。数年後にキ ルヒァーは教授義務を免ぜられ、研究と著作に専心できるようになっ た。その後は旅行で町を離れるとしても、マルタまでの本格的なもの を除いて、たいていはイタリア内の旅行で、生涯の最後までローマに 定住することになった。

「最後のルネサンス人」アタナシウス・キルヒァーは学問・技芸のあらゆ る分野に関心を持ち、生涯に30冊以上の著書を残した。まさに百科全書的博 物学者の一人といえる。当時のローマは彼のように学問全般、自然、宇宙の すべての事柄に関心を抱く人間にとって理想の場所であった。世界中に派遣 された宣教師から東洋・新世界の情報が集中し、珍しい動植物標本、民族資 料などがここに集積されたのである。これらの珍しい博物資料を管理したの もキルヒァーで、Museum  Kircherianum  と呼ばれることになる一大コレクシ ョンを作り上げた。MGGによれば、ここには彼の作った一連の自動音楽機 械も収められていたが、収蔵庫は1915年に解体されたとのこと。

加えて、彼は世界中に800人に近い文通相手がいて、情報の交換に余念が 無かった。その中には17世紀ドイツのもっとも注目すべき人物の一人、キル ヒァーと同じく多方面に関心を持ち、そのすべての分野で卓越した業績を挙 げた思想家で科学者のG・W・ライプニッツも含まれていた。1

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2 『普遍音楽論』

キルヒァーが著した約30のモノグラフィーの内、音楽関係の著書は2点あ る。『普遍音楽論』Musurgia Universalis と『音響学新論』Phonurgia Novaであ る。両著ともラテン語で書かれ、『普遍音楽論』の元タイトルは、

Musurgia  Universalis,  sive  ars  magna  consoni  et  dissoni  ars  minor  in  X.

libros digesta. で 1650年にローマで出版されている。

これには12年後に、アンドレア・ヒルシュによるドイツ語訳が出版された。

Andrea Hirsch: Musurgia Universalis in Sechs Bücher, Gedruckt zu Schwäbisch Hall bei Hans Reinhard Laidigen/ A. 1662.

本稿ではこのドイツ語訳をテキストとして彼の音楽論を見てゆく。キルヒァ ーの音楽論はバロックの音楽理論の展開に大きな影響を及ぼしたといわれる が、このドイツ語訳がドイツにおける音楽理論の普及に相当な役割を果たし たことは間違いない。訳者ヒルシュはプロテスタントの牧師であった。

もう一冊の『音響学新論』もドイツ語訳が出版されているが、どちらかと いうと物理的音響学の方が主要なテーマになっている。2

キルヒァーにとって、音楽は17世紀の百科全書的な関心の中に置かれてい る。むしろ関心の中心に位置すると言うべきかもしれない。『普遍音楽論』

で彼は音楽の物理的な基礎ないしは音一般についての記述から始め、始原の 音楽に関する歴史的な考察、数学の一分野としての音楽、いかにして音楽が 数・計算・比例に深く関わるかという論証、さらには音楽の教育目的として の意義、具体的な作曲にまで議論が及び、さまざまな楽器についても詳細に 説いた上で、ここが『普遍音楽論』の中心となるが、音楽によるさまざまな 情動効果に議論を進める。そして木霊と音響、音と音楽の不思議な働きに触 れ、最後には宇宙のハルモニーという壮大なヴィジョンに至る。音楽を単に 芸術の一部門としてではなく、バロック時代の世界像における「天体の音楽」

という構図の中で、さらに実験科学の立場からも取り扱っている。まさに当 時の音楽に関する知識を網羅すべく、多方面なアプローチを見せているので

(5)

A. Hirsch 訳:Musurgia Universalis, 扉

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ある。

先に述べたように、ローマに居住したことは彼の学問全般にまことに好都 合だった。ここはキリスト教ヨーロッパの中心であり、当時世界各地に布教 に赴いていたイエズス会の根拠地として、地球規模の情報の集積地であった。

それにまた最新の文化芸術の中心でもあった。音楽に関しても同様で、ロー マは、ポリフォニック音楽では中世の多声音楽が集大成され、新しい音楽の 端緒を開いたパレストリーナが活躍し、また多声音楽から近代の和声音楽へ と向かうカンタータ、オラトリオが生まれてくる現場であった。

ローマでは、教会の内外で多様なオルガン曲、器楽曲を聴く機会もあった。

さまざまな楽器の取引、楽譜出版も盛んに行われていた。キルヒァーが最も 評価する同時代の音楽家はジアコモ・カリッシーミ(G. Carissimi, 1605-1674)

のようだが、『普遍音楽論』の中で楽譜が引用されている音楽家を挙げれば、

そのほかに、A.M.  Abbanini,  A.  Agazzari,  G.  Allegri,  G.  Frescobaldi,  J.J.

Frberger,  J.  Gallus,  H.  Kapsberger,  J.K.  Kerll,  D.  Mazzochi,  Cl.  Monteverdi,  C.

Morales, P.F. Valentini など多数に上る。

キルヒァーの主要な関心事は、いかに音楽が(健康な、また病気の)人間 に働きかけるかという問題であった。どのようにして音楽の効果が心身に及 ぶか、四つの体液を媒介としてさまざまな性質の人間に働きかけるか、とい う長大な論述がこの著書の頂点をなしている。論証には簡単な共鳴の事実、

すなわちある楽器の弦が鳴らされると空気の振動を通して別の楽器の弦を同 じく響かせるという実験結果が重視される。音楽による空気の振動は魂に同 様の共鳴を呼び起こすのであり、そしてこの運動の原理には常に一定の数比 が基礎にあると、「物理学的」に指摘されるのである。

この関連で、病人に対する治療効果というテーマに多くのページを割いて いるので、キルヒァーは近代の音楽治癒学 musica  pathetica  の方面からも注 目されている。

ここから、キルヒァーの「情動理論」3、すなわち音楽が人間の心身に及ぼ

(7)

す効果に関してどのように考えていたかを見てゆくことにする。オリジナル のラテン語版では第七巻、ヒルシュのドイツ語訳では主として第四巻でこの 問題が扱われている。

ドイツ語訳第四巻は DIACRITICVS  と題され、Von  der  alt-  neuen  Music  / von  beeder  Art  und  Weis「新旧の音楽、両者のあり方について」とテーマが 表示されている。すなわち古代の音楽と現代の音楽はどちらが優れているか、

という多数の学者によって戦わされている大論争に決着を付けよう、という のである。この巻は三つのパートに分けられ、第一は EROTEMATICA、第 二は PRAGMATICA、第三は MUSICA  PATHETICA  とタイトルが付けられ ている。まず初めに、この章立ての順に第四巻をざっと眺めておこう。

第一部EROTEMATICAは、八つの設問が立てられ、逐一論じてゆく体裁で ある。

第一の設問はWas die alten Griechen für ein Music gehabt / und worinnen deroselben Vortrefligkeit bestanden sei.

「古代ギリシャ人はどのような音楽を持っていたか/どこに優れた点があ ったか」

第二の設問はVon der Alten ihren Music-Instrumenten.

「古代の楽器について」

第三の設問はOb  die  Alten  auch  mit  vielen  Stimmen  gesungen  /  und  wie  sie componirt haben.

「古代の人々も多声で歌っていたか/彼らはどのように曲を作ったか」

第四の設問はWas die Alten für Noten gebraucht?

「古代に人々はどのような楽譜を用いたか」

第五の設問はOb der alten ihre Music vollkommener und vortreflicher gewesen als die heutige?

「古代の人々の音楽は今日の音楽より完全で優れていたか」

第六の設問はOb / warum / und wie die Music eine Kraft hab / die Gemüter der Menschen zu bewegen / und obs war sei was von den Wunder-würkungen der alten Music geschriben wird.

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「はたして/何故/どの様に音楽は人間の心情を動かす力を持つのか/古 代音楽の奇跡についての記録は真実であるか」

第七の設問はaus  der  Physic.  Wie  der  harmonische  numerus  die  Affecten bewege.

「物理学。調和数音はどのように情動を喚起するか」

第八の設問はOb underschiedliche toni und underschiedliche Affecten erregen / und was die Ursach sei.

「異なる調べは異なる情動を喚起するか/その原因は」

第二部 PRAGMATICA は6章に分けられている。

Cap.1. Von der Erfindung und Fortpflantzung der Figural-Music.

「多声音楽の発見と発展について」

Cap.2. Von der Vortrefligkeit deß Kirchen-gesangs.

「教会音楽の卓越性について」

Cap.3. Was für ein Underschied sei inter psalmum, canticum & hymnun?

「詩篇聖歌と頌歌と賛美歌にはどのような違いがあるか」

Cap.4. Von der Vortrefligkeit deß Gregor.Gesangs / wie auch dessen Mißbrauch.

「グレゴリウス聖歌の卓越性ならびにその誤用について」

Cap.5. Von den Mißbräuchen der Figural-Music / und von den Mängeln der Singer

「多声音楽の誤用について/歌手の欠陥について」

Cap.6. Von den Mängeln und Mißbräuchen der heutigen Componisten.

「今日の作曲家の欠陥と過ちについて」

第三部 MUSICA PATHETICA も6章に分けられている。

Cap.1. Wie sie anzurichten sei.

「それはどのように作り出されるか」

Cap.2. Von den Tonis, derselben Natur/ Eigenschaft und Würkung bei den Affecten.

「さまざまな調べについて、その性質/情動の特徴と効果」

Cap.3. Von der Pathetischen Music / wann und wo sie anzurichten?

(9)

「情動的な音楽について/いつ、どこで演奏するか」

Cap.4.  Von  der  Pathetischen  Music  selbsten  /  wie  sie  soll  ins  Werck  gesetzet werden.

「情動的な音楽自体について/どのように作られるべきか」

Cap.5. Von den underschiedlichen Harmonischen stylis.

「種々の音楽様式について」

Cap.6. Wie die Composition anzurichten/ daß sie allerhand Affecten movire.

「どのように作曲されるべきか/さまざまな効果を生むために」

以上、概観すれば「情動説」に関しては、ヘブライ、ギリシャ、ローマ時 代から現在に至る新旧音楽の特徴に触れる中で、また教会音楽の歴史を論じ る中で第一部第6から第8の設問で取り上げられていることが分かる。第二 部では同時代の音楽、特に教会音楽についての現状を批判しつつ、情動に効 果を及ぼさない粗野な音楽が論じられている。そして第三部はほぼすべて情 動に関する問題に充てられている。

3 情動論の構成

では、キルヒァーはどのような意図と目的を持って情動論に取り組んでい るか、それはどのように組み立てられているか、どのような根拠が示されて いるのだろうか。

第一部第6の設問「はたして/何故/どの様に音楽は人間の心情を動かす 力を持つのか/音楽の奇跡についての昔の記録は真実であるか」では、ティ モテウスが気の触れた人間を音楽の力で治癒したという類の昔の記録は真実 だろうかという問いから論を起こす。伝えられる多くの記録は、三つのケー スに分けられると言う。第一は超自然・反自然のもの、第二は半ば自然で半 ば超自然・反自然のもの、第三は純然たる自然の現象である。最後の場合に は四つの条件が必要で、いずれの一つを欠いても実現しない。1. ハルモニー 自体 2. 数と比例 3. 詞あるいは言葉であり、4. 聞き手の性質・能力である と列挙し、以下のように主張する。4

(10)

[…] und zwar / die Harmony hat solche Kraft in das Menschen Gemüt / so viel sie nach dem harmonischen motu deß Lufts den innerlichen eingepflantz- ten Luft oder lebendigen Geist gleichmässig moviret und beweget / daher die Luft und Süssigkeit der Music. Komt nun hinzu der determinirt und proportionirte numerus, so hat die Harmony doppelte Würckung / bewegt das Gemüt nicht nur zu innerlichen Affecten / sondern auch zu äusserlichen Leibs- Bewegungen / wie in dem Tantzen / da der numerosus sonus der hyperorchematicae Harmony die Täntzer zu gleichen proporionirlichen Sprüngen / mit einer verborgenen Kraft anreißet und anstreichet.5

しかもハルモニーは、それが空気の調和的な動きに従って人間内部の 空気すなわち生気を同じように動かす限りにおいて、人間の心に力を 及ぼす。それゆえ音楽の空気と甘美さが働くのである。そこへ境界の 定まった(determinirt)比例の取れた(proportionirt)数(numerus)が 加わると、ハルモニーの効果は倍増し、身中だけではなく、ちょうど 踊りの場合のように外の身体の動きにも効果を及ぼす。それゆえ祝祭 的スタイルの音楽の調べは、踊り手をして同じプロポーションの跳躍 へと、隠れた力によって仕向け、強いるのである。

第一部第7の設問「物理学。調和数音はどのように情動を喚起するか」では 音の比例とヒポクラテス、ガレノス以来の四体液説とが物理的に関連付けら れ、以下のように論じられる。

Weil dieaffektiones, oderpassiones, wie sie dieEthici nennen / geschehen in dem appetitu  sensitivo  corporeo  &  materiali, müssen sie nothwendig auch leiblicheconditiones haben / dann sie beschehen in gewisser Verbindung der ersten Elementarische Eigenschaften / und können gar wolvapores genent werden / so aus andern humoribus entstehen / nach dem diese aus den objektis derphantasi vermischt werden : ist das objektum zornig / so kommen von der Gallen hitzigevapores, daraus entstehen solche Affecten / Zorn / Grim /

(11)

A. Hirsch 訳:Musurgia Universalis, S139.

(12)

Rasenei. Ist dasobjektum lieblich / so kommen aus der Leber süsse vapores, daraus entstehen solche Passionen / Lieb /Freud/ Hofnung. Ist das objektum schrecklich / so kommen aus der schwartzen Gallen kaltevapores, daraus entstehen solche Affecten/ Traurigkeit / Schmerzen /Forcht / Mitleiden. Ist aber dasobjektum weich / annehmlich / lieblich /halb traurig und halb frölich / so kommen kalt und feuchtevapores, daraus entstehen solche Affecten / mässige Freud / Ruhe / Sicherheit / Zuversicht /usw. Nun hat es aber ein gleiche Be- schaffenheit mit der Music / wie mit den Affectionen / dann wann der harmonischenumerus erstlich den innerlichen Luft erreget / und demselben die harmonischmotus imprimiret, darnach die Phantasy antreibt und bewegt / disehumores erreget / dise dievapores, und dise mit dem innerlichen Luft oder Geist vermischet werden / so bewegen sie den Menschen dahin / wohin sie sich ziehen / und auf dise weis beweget die Harmony diepassiones und Affecten. […]6

気分(affektiones)とか情念(passiones)と倫理学者が名づけるもの は身体および物質的な感覚の欲求において生じるものであるから、自 ずと肉体的な条件も持っている。それらは第一のエレメントによる性 質とある種の関連を持っているし、気 (vapor)  と呼ばれうる。だから 他の人間的なものから生じ、それによって空想の対象と混合される。

対象が怒りをよぶものだと、胆嚢から熱い体液が出て、それによって 怒り、憤怒、逆上などの情緒が生まれる。対象が愛らしいものだと、

肝臓から甘い液が出て、それによって愛とか、喜びとか、希望とかの パッションが生まれる。対象が驚くようなものだと黒い胆嚢から冷た い液が出て、そこから悲しみ、痛み、恐れ、共感などの情緒が生まれ る。対象が、優しく、快適で、愛らしく半分悲しく半分楽しいような ものであれば、冷たく湿った液が出て、そこから中庸の喜び、落ち着 き、安心という情緒が生まれる、等々である。さて音楽が情緒と同等 の性質を持っているので、もし調和数音(harmonische numerus)が最 初に体内の空気を動かし、そしてそれにハルモニー的に動き(motus)

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を刻み付け(imprimiren)れば、空想に働きかけ、動かし、これが体 液(humores)を動かし、これが気(vapores)を動かし、これが内部 の空気あるいは精神と混ざり、それが人間をしてその方向へ動かす。

このようにしてハルモニーはパッションと情緒を動かすのである。

第一部第8の設問「異なる音は異なる情動を動かすか。その原因は」では、

メロディの種類によって異なる感情を引き起こすことを論じる。

Die Harmony ist eine einstimmige Proportion ungleicher Stimmen / die proportio aber der Zahlen leuchtet aus der Bewegung deß Lufts/ dermotus aber ist underschidlich / nach dem dieintervalla auf und absteigen : weil nun der Geist oder innerlich eingepflantzte Luft / nach der Proportion deß äusserlichen Lufts beweget wird / so geschiehts demnach / daß vermittelst deß bewogenen Geistes underschidlicheaffektiones in dem Menschen entste- hen. Weil aber die toni nach den 7. species diapason abgetheilet / mancherlei intervalla an sich nehmen / einer höher ist als der ander / daher entstehen auch die underschidene Affecten. Graves  modi erreichengraves  affectus, acuti acutos. Die Ursach aber dieser gantzen Diversität ist der underschiedene motus undsitus dessemitonii durch die Octav / und hat doch seine natürliche Ursach. Dann wird es zu letzt oder zu Angangs gesetzt / auf- oder absteigend / so wirds etwas weich / und nimt mit seiner Weiche auch die folgende tonos ein / daher entstehen weiche Gemüts-Bewegungen / Lieb / Traulichkeit; wird es aber mitten gesetzt / so verursachets ein Künheit / Ernsthaftigkeit / 7

ハルモニーは異なった声が調和した比になったもの、propotio  は空気 の動きから数が明らかになる。運動(motus)は 間隔が大きくなった り小さくなったりすることで異なる。精神あるいは身体内に埋められ た空気は外部の空気の比例によって動くから、精神の動きに応じて人 間の中にさまざまな感情が生じるということが起きるのである。だが 調べ(toni)は七種の旋律(diapason)に分けられ、さまざまな間隔

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をとり、ある旋律は別の旋律より高くなるとか、それゆえまたさまざ まな情動を生む。重い旋法(modi)は 重い感情を、鋭いものは鋭い 感 覚 に 届 く 。 こ う し た 違 い の 原 因 は オ ク タ ー ヴ を 通 し て 半 音 階

(semitonii)の異なった運動(motus)と位置(situs)であり、その自 然な原因を持っているのである。それが最後または最初に置かれて、

上がったり下がったりしながら、ちょっと穏やかになりその穏やかさ で続く音(tonos)を受け取る。それにより穏やかな心の動き、愛、

悲しみ、真剣さなどが生じる。

ここでも心情の動きは物理的なプロセスとして捉えられている。特に、人間 の内なる振動数という発想が注目される。

さてすべてが「情動説」の論究に充てられている第三部を見てゆこう。

「情動的な音楽の目的はあらゆる人間の感情を呼び起こすことだ」という定 義からキルヒァーは説き起こす。「情動的な音楽」(パテーティッシェ・ムジ ーク)という言葉でキルヒァーが何を指しているのか。それは健康な、ある いは病気の人間に働きかける音楽、人間の心と身体にさまざまな効果を及ぼ す音楽に他ならない。

彼は「そのような働きの基礎は toni, modi, tropi と呼ばれるものだ」と言う。

この三つ、tonus「調べ」modus「旋法」tropus「トロープス」は、それぞれ 少しずつ異なった意味だが、ここでは必ずしも厳密に区別されること無く議 論が進められる。さしあたり、音楽の各種旋律の「輪郭」あるいは「動き方」

と見なしてよいと思われる。

古代から「調べ」の、その数、序列、性質について、さまざまな権威が語 っていると指摘する。ドリアが一番という者もいれば、フリギアがいい、い やリュディアが優れていると言う者がいる。旋法は三つという者もいれば、

8, 12, 13, 14, 15, 24 さらには 72 という者もいる。ドリア、フリギア、リュデ ィアのそれぞれの評価もまちまちだ。

そういう状況を説明したあとで、音楽とは完全な学問であり、永遠の真実 の原理を持っていて、七種類が基本であるという。七種の中ですべての情動

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的な音楽が成立する。そしてその旋律における音程の違いからそれぞれの旋 律の性質が出てくる。音そのものではなく、あくまでも音程(Intervalle)を 重視するわけである。

そして、音楽が人間を動かす原理を、音を発するものはすべて空気の動き をその中に閉じ込めていて、この運動(motus)が、もし比例が取れていれ ば、魂と聴覚を快く動かし、もし比例が悪ければ、不快にさせると説明する。

そして「これが協和音と不協和音の第一の基礎である」8と言うのである。

音間の intervalla  が大きくなればなるほど人を動かす力は大きくなる。「そ れゆえ説教者や演説をなす者は、聴衆を動かそう(motum  を喚起しよう)

とすれば声を高めるし、猛り狂う犬は、血を滾らせて純粋そのものの声を発 する」9というわけである。

また、一つの調べ(tonus)が誰にも一様の効果を持つことはない、誰に も同じ感情を動かすのではないと指摘する。受け取る個人の方が一様でなく、

同じ性質を持っていないからである。それゆえ「一つの調べが、ある人には 悲しく別の人には陽気に思われる。一つの調べが時間やメンズール(リズム の種類)の変化によって、またカデンツとクラウゼル(終止定型)の違いに よって、別のものとなり得る」

同じ音楽が一個人の中で二種類の効果をもち、二つの異なった情動を与え、

引き起こす場合についても述べられている。ここでプラトンの音楽論に言及 される。プラトンはメロディを四種類に分類した。「ドリア旋法doriaeは、プ ラトンによると、堂々たる真剣な演奏、プリュギア旋法phrygiaeは活発で戦 意を高揚し、ミクソリュディア旋法myxolydiaeは鋭く、悲しげで、ヒュポリ ュディア旋法hypolydiaeは弱々しく柔弱である。この四種類から二つだけを 彼の共和国に許した」と、プラトン(『国家』)を引用10して言っている。

そのあと、演奏に関して、四つの条件を述べる。1. 聴衆に相応しいテーマ の選択、2. 選んだテーマを心地よい音に移す、3. 歌詞に相応しいリズムない しメンズールを選ぶ、4. 人を動かす音楽の演奏に相応しい場所と時を選んで 経験を積んだ歌手に曲を歌わせる、と要点を述べた上で、時間と場所につい

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て詳論している。

次に、情動的な音楽それ自体について議論を進める。「人間にはさまざま な情動があり、一つの対象が一人の人間に同じ効果をあらわすとは限らない。

著者は八つの顕著な情動11を選んだ。 愛、苦しみ、喜び、怒り、嘆き、悲し み、誇り、絶望。これらについては聖書から多くのテキスト、テーマを引き 出すことができた。」

そこで、なんと彼はこれをヨーロッパ中の最も優れた8人の作曲家に送っ て、それぞれに相応しい効果に考慮を払って作曲するよう依頼したのである。

「作曲家によって効果の差があるか、イタリア、ドイツ、イギリス、フラン スなど国による違いがあるかなどいろいろ知りたいと思ったが、なかなか曲 が仕上がらず、これに関しては後日改めて別の本で取り上げたい」12とある が、そのような著作が出版された形跡は無い。

第五章「種々の音楽様式について」ではまず内的と外的なスタイルという 概念を提起し、前者はあれこれのスタイルに対する好悪で、人それぞれの自 然の性格によって異なるものとする。そして、いわゆる「どのように作曲す るかという指図」すなわち作曲技法上の分類を外部スタイルとする。

これには八種類ある。一番目は教会音楽で、ミサにおいては賛歌、グラド ゥアーレ(昇階唱)、アンティフォナ(入祭唱など)である。厳格ligatusな もの、自由solutusなものがある。厳格なものはcantu  firmo(定旋律)または コラールに基づき、自由なものは作曲家の裁量に委ねられている。

教会音楽を除く七種は、

1. stylus moteticus 2. stylus phantasticus 3. stylus madrigalescus 4. stylus melismaticus 5. stylus hyporchematicus 6. stylus symphoniacus

7. stylus dramaticus oder recitativus

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A. Hirsch 訳:Musurgia Universalis, S216.

(18)

このうち、2,  5,  6  はもっぱら器楽のジャンル13である。stylus  phantasticus は作曲家の自由な創意・技法が発揮できる音楽で、作曲家はクラウゼルの技 と優美さを聞かせることができる様式、stylus  hyporchematicus  は祝祭的様式 で、theatricus(コメディ)と choraicus(ダンス)の二種類に分けられる。劇 に用いられる(舞曲を含む)種々の器楽である。stylus  symphoniacus  は Symphonia  の書き方。種々の楽器の合奏に用いられる様式。楽器の違いによ ってさまざまになる。

その他、stylus  moteticus  は荘厳豪華な、技巧を凝らした様式。stylus madrigalescus は徳、不徳、寓話、歴史(物語)を表現している。この名称に ついてキルヒァーは、この音楽の創始者 Madrigallus  に由来する、と怪しげ な説を立てている。stylus  melismaticus  は甘美さからそう名づけられた、さ まざまなフィグールで、stylus dramaticus oder recitativus は独特のクラウゼル をもつ様式、と説明されている。

4 同時代の音楽批判

第二部 PRAGMATICA  では、キルヒァーが同時代の音楽をどう見るかに ついて語られている。グイード・ダレッツォの音階名14と記譜法確立による 音楽の革新のこと、多声音楽また教会の聖歌の歴史を辿ったあと、第四章

「グレゴリウス聖歌の卓越性ならびにその誤用」では以下のような見解を披 瀝する。グレゴリウスの時代まで教会の歌はシンプルで、詩篇を大声で合唱 した。法王グレゴリウスが教会音楽を今日のローマ教会でも感嘆されるよう な上品な(優美な)ものにした。しかし今日、余りに速く歌ったり、言葉を 強調し過ぎたり、シラブルを捻じ曲げたりなどの間違った歌い方をしている、

と批判する。

第五章「多声音楽の誤用と歌手の過ち」では、単旋律音楽より多声音楽の ほうが優れているのだが、いつもそうならないのは音楽それ自体に責がある のではなく、歌い手の無知と粗暴さにあるのだ、としてさまざまな問題点を 列挙している。

(19)

第六章「今日の作曲家の欠点と過ち」では、最近は作曲家の数はやたら増 えたが、彼らは声を翻訳するだけ、音とその性質を顧慮せず、言葉(詞)も その他の状況も無視する。作曲に不可欠な知識も無く、経験だけで曲を作る、

と非難して五つの誤りを列挙する。その第一は、協和音と不協和音を間違っ て使用する。三度音、六度音をやたらと使うので胃がむかつくほどだ、と厳 しい。第二の間違いは模倣すること。第三は名誉名声のためではなく単に金 銭と利益のために作曲すること。第四は現代の作曲家が言葉を見ないで作曲 すること。第五、もっと我慢がならないのは、テーマを考慮しないことで、

それぞれの声部が歌詞、効果、時にかまわず勝手に歌う、と散々に扱き下ろ している。

では彼の理想とする音楽はどのようなものであったのか。第三部の最終章

「どのように作曲されるべきか/さまざまな効果を生むために」で、人間の 情念は先に挙げた八つ、これ以外の感情はほぼその八つに吸収できる、とす るなかで、Jacobi Carissimi(1605-74) を卓越した音楽家と呼び、オラトリオ作 品『エフタ』Jephthe  を例に挙げて、特にエフタと娘の対話における喜びと 嘆きの表現を賞賛している。

5 むすび

キルヒァーが、音楽が健康な人間、あるいは病気の人間に働きかける情動 効果を解明しようとするとき、その試みは17世紀のものの見方における生理 学の課題につながる。イタリア後期ルネサンスの世界像と人間観に依拠し、

音楽の効果が四体液を媒介として人間の心身にさまざまな影響を与える、と いう主張が彼の基本思想である。キルヒァーは、音楽的フィグールが雄弁家 の用いるレトリックと同等に聴き手の情緒を喚起する効果を持つと考えてい る。喜び、悲しみ、叫び、嘆きなどといった情緒の表現とフィグールとの直 接的因果関係を疑っていない。それには簡単な共鳴の例、すなわちある楽器 の弦が鳴らされると空気の振動が別の楽器の弦を同じく響かせる、という事 実が論拠にされる。また異なった液体を満たしたゴブレットによる実証的な 実験で共鳴を立証しようとする。音楽の動きは魂に同様の動きを呼び起こす

(20)

と主張して、この運動の原理には常に一定の数比が基礎にあると考えている。

キルヒァーの音楽についての思想は、音楽学は数学に属する学問とする古 典的な世界像の枠組みの中で組み立てられている。万物の原理としての数、

数はすべてを一丸とし、統一する、なぜならそれはハルモニーだからである。

世界そのものがハルモニーであり、宇宙全体が一つの音楽であり、神は「全 ハルモニーの偉大なる楽長」Der  Grosse  Capellmeister  aller  Harmonieであり、

みずから創造した全自然と生き物、すなわち全宇宙を神が調和せしめた。か くて音楽は神によって与えられ、神の認識に通じるものなのである。キルヒ ァーの理論はピュタゴラスの音楽システム(比例 proportion、間隔 intervalle)

とプラトンの宇宙ハルモニー理論の中にある。ケプラーやメルセンヌ15も同 じ思想圏にあるだろう。この神秘な宇宙論は錬金術や魔術の境界領域にあっ て、事実、その種の対象にも彼の視野は及んでいる16

『普遍音楽論』を、この時代らしく、音楽の百科学「エンチクロペディー」

とすることをキルヒァーは目指した。こうして古代からの歴史における音楽 の原則と諸法則を提示し、しかもそれを同時代の音楽の諸問題につなげよう とし、作曲の実践にまで及んでいる。

本論ではそのうち情動論に関係する部分だけを取り上げたが、全編を読む とノアの洪水後に音楽を復旧したエジプト人の話題など古今の逸話や、毒蜘 蛛タランテラに噛まれたときの治療法、古代の楽譜、楽器製作、自動作曲機 械17、自動演奏オルガン、音楽による暗号通信、その他多くの珍しい報告に 溢れている。ここに、世にあるさまざまな楽器を論ずる中で Katzen-Orgel を 紹介しているくだりを取り上げておく。

IST noch nicht lang / ist zu Rom von einemingenioso histrione ein solch Instrument einem Fürsten / seine Melancholi zu vertreiben / gemacht worden : alle lebendige Katzen / von underschiedlicher Grösse / so viel er derselben hat bekommen können / hat er genommen / und in einen Kasten / welcher mit sonderbarem fleis darzu ist gemachet worden / dergestalt eingeschlossen / daß die Schwäntz durch die Löcher heraus sehend / in gewisse Canal sind ein- getheilt gewesen / über dise hat er gesetztpalmulas mit spitzigen Stacheln.

(21)

Die Katzen aber hat er nach ihrer underschiedenen Grösse thonsweis also angeordnet / daß auf einen ieglichen Schwantz gerad ein palmulamit dem sta- chel kommen ist : nach dem nun das Instrument zur Lustierung deß Fürsten zugerichtet / hat er dasselbe in einen bequemen Ort gestellt / da es / wann es geschlagen worden / eine solche Harmony von sich gegeben / wie die Katzen stimmen geben können. Dann in dem der Organist mit den Fingern die palmulas niedergedruckt / haben diese mit ihren spitzigen Stacheln die Katzenschwantz dermassen gestochen / daß sie gantz toll und unsinnig / mit einer erbärmlichen Stimm / bald einen tiefen / bald einen hohen sonum von sich geben / und ein solche Katzen-harmony verursachet / daß es die Zuhörer zu lauterm Lachen bewogen / ja die Mäuß selbstem zum Tantzen hatte bewegen können.18

まださほど昔のことではないが、ローマで才気に富む学者によって、

かくのごとき楽器がとある君主に、そのメランコリーを追い払うため に製作された。さまざまな大きさの猫を、入手できる限りたくさん集 めて一つの箱に入れた。その箱は特に以下の点に注意を払って作られ た。すなわち猫の尾が穴から覗いて幾筋かの溝に分けられ、これを通 してとがった針のついた鍵盤を取り付けた。猫たちを大きさの順に音 の高さで並べ、それぞれの尾に一つずつ尖った鍵盤が当たるように。

かくしてこの楽器は君主の慰みのため整えられ、具合のいい場所にお いて、鍵盤が叩かれれば猫たちの鳴き声のハルモニーが生じるように された。さてその場所で演奏者が指で鍵盤を押し下げると、尖った針 が猫の尾を突き刺すので、狂ったように物凄い悲鳴を上げるが、それ は時には低い、時には高い声となる。かくのごとき猫のハルモニーは 聴き手に大笑いをもたらしたであろうし、ネズミたちにはてんてこ舞 いさせたことであろう。

これは音楽療法としていささか残酷な手法だが、博物資料収集家としての 珍奇なものへの関心、あるいは彼のユーモアの表れと見ることができよう。

(22)

キルヒァーがこの「楽器」の実物を目にしたかどうかは不明である。

1 長年にわたりキルヒァーは毎年相当量の新旧の書籍を、ライプニッツが館長を 勤めていたヴォルフェンビュッテル侯アウグスト図書館へ送っていた。かくて

(プロテスタントの!)アウグスト・フォン・ヴォルフェンビュッテル侯の駐ロ ーマ図書エージェントの役割を果たしたのである。同館は、今日最も重要なバロ ック文献図書館のひとつとされるが、その名声の一部はまさしくこのイエズス会 師に負っている。(Phonurgia Novaドイツ語訳復刻版 [1983] のUlf Scharlauによる解 説参照)

2 Phonurgia nova sive conjugium mechanico-physicum artis et naturae, 1673

これにも、長々しいタイトルのドイツ語訳が出版されている。訳者はやはりプロ テスタントの牧師、Agathus Carion(仮名、本名はTobias Nißlen)であった。

Athanasii Kirchers Neue Hall- und Thon-Kunst, oder Mechanische Geheim-Verbindung der Kunst und Natur : durch Stimme und Hall-Wissenschafft gestifftet, Worinn ingemein der Stimm, Thons, Hall- und Schalles Natur, Eigenschafft, Krafft und Wunder- Würckung, auch deren geheime Ursachen, mit vielen neu- und ungemeinen Kunst- Wercken und Proben vorgestellt werden. Ingleichem wie die Sprach- und Gehör- Instrumenta, Machinen und Kunst-Wercke, vorbildender Natur, zur Nachahmung, so wohl die Stimm, Hall und Schall, an weitentlegene Ort zu führen, als auch in abgesonderten Geheim-Zimmern, auf kunstverborgene Weise, vertreulich und ungefahr sich mit einander zu unterreden sollen verfertigt werden. Endlich wie solche schöne Erfindung zu Kriegs- Zeiten nutzlichen könne angebrachet und gebraucht werden / In unsere Teutsche Mutter- Sprach übersetzet von Agatho Carione.

3 „Affektenlehre“は通常「情緒説」と訳される。例えばある事典では「情緒説」

として、「バロックの中心主題として、音楽における感情や心的興奮状態の描出 を扱う。すでに古代も音楽を心的状態と結びつけ、音楽の価値を倫理的に判断す るようになった(プラトン)。ルネサンス末期から初期バロックにかけては、特 に古典期と後期のイタリア・マドリガーレおよび〈ムジカ・レゼルヴァータ〉に おいて、歌詞の情動内容が意識的に表現された。(後略)」(ウルリヒ・ミヘルス

『図解音楽事典』白水社 1989)と解説されている。

キルヒァーの生涯はまさにイタリア・オペラが成立する時代に重なる。そのイタ リア・オペラで affetto「感情、情感」が重視されていったことの関連も考えられ る。「情緒」より「情動」「情念」と訳すほうが音楽のダイナミックな効果を考え

(23)

ているキルヒァーの意図をよく伝えると思われ、また pathetische  Musicという表 現もされているので、本稿では主にこちらの訳語を使用する。

4 テ キ ス ト の 引 用 に つ い て 。『 普 遍 音 楽 論 』 の ド イ ツ 語 訳 ( Andrea  Hirsch:

Musurgia  Universalis)は、この時代の書物特有の印刷である。ドイツ語の中に多 くのラテン語語彙が混入していて、ドイツ語がフラクトゥール、ラテン語がラテ ン文字で印刷されているが、ここではドイツ語部分をGungsuhCheで、ラテン語部 分をCenturyに、文字のフォントの差に置き換えている。

5 A. Hirsch(übers.): Musurgia Universalis, S.136f.

6 A. Hirsch(übers.): Musurgia Universalis, S.138f.

7 A. Hirsch(übers.): Musurgia Universalis, S.139f.

8 A. Hirsch(übers.): Musurgia Universalis, S.150.

9 A. Hirsch(übers.): Musurgia Universalis, S.151.

10 プラトン『国家』第三巻(岩波文庫、『国家』(上)p.209以下)を参照。

11 人間の基本的な情動を分類することは昔から行われている。プラトンは、喜び、

苦しみ、欲望、恐れの4つ。アリストテレスは、欲望、怒り、恐れ、勇気、ひが み、喜び、愛、憎しみ、憧れ、嫉妬、同情の8つ。時代が下がって、デカルト (1596-1650)は、喜び、憎しみ、愛、悲哀、欲望、賞賛の6つなど。

12 A. Hirsch(übers.): Musurgia Universalis, S.157.

13 “Music in the seventeenth century” p.50f.参照。キルヒァーの音楽様式論について は、佐藤望『ドイツ・バロック器楽論』でも詳細に論じられている。

14 グイード・ダレッツォGuido d’Arezzo(ca.991-ca.1033)はC, D, E, F, G, Aなどの音 名に対して、一定の音高に結びつかない音程の構造に対する音階名、ut, re, mi, fa, sol, la を用いることを始めた。

15 ケプラーとメルセンヌにはそれぞれ、Kepler:  Harmonices  mundi  (1619)  と Mersenne: Harmonie universelle (1636/37)という著書がある。

メルセンヌ「宇宙の調和」によれば、音楽の世界は音響学、音程、調律の分野の 研究であり、音楽の三つのゲネラ(音種)、すなわちダイアトニック、クロマテ ィイック、エンハーモニックの三つは父と子と聖霊にもなぞらえる三位を構成す る、とされている。

協和音と不協和音は味と色彩に比較される。黒と白が不協和音と協和音。半音程 は色彩を生じる。五度は油っこい味、四度は塩味、長三度は渋味、短三度は淡白 な味、また、バスは土星と木星、テノールは火星、アルトは地球と金星、ソプラ ノは水星と対置される。

「音楽は数学の一部であり、したがって結果の原因、すなわち、音、音程、旋律、

和音、そしてそれらに関係あるもののすべての特質を示す科学である」

以上、ウォレン・ドワイト・アレン『音楽史の哲学: 1600-1960』による。

16 カバラのこと(S.163, S.170) 、薔薇十字のこと (S.172) 、またコルネリウス・アグ

(24)

リッパのこと (S.219) など。

17 自動作曲機械はいくつかの部品を組み合わせて曲を作るもの、ルルスの結合術 を連想させる仕掛けである。情動の種類、音楽のスタイルを8つに分類すること もルルスの図式に関連するのかも知れない。Hocke, Gustav Rene: Manierismus in der Literatur –– Sprach-Alchimie und esoterische Konbinationskunst, 1959のS.186 参照。

18 A. Hirsch(übers.): Musurgia Universalis, S.120

[付記]  テキストのラテン語に関して高畑時子氏から多々ご教示をいただきまし た。ここに記して感謝の意を表します。

主要参照文献

The Cambridge history of Western music theory / edited by Thomas Christensen Cambridge:

Cambridge University Press, 2002

Music in the seventeenth century / Lorenzo Bianconi ; translated by David Bryant.

Cambridge University Press, 1987.

Philosophies of music history : a study of general histories of music 1600-1960 / Warren Dwight Allen, New York, 1962

ウォレン・ドワイト・アレン『音楽史の哲学: 1600-1960』音楽之友社 1968 Horst Beinlich(Hrsg.): Magie des Wissens. Athanasius Kircher 1602-1680.

Universalgelehrter, Sammler, Visionär. (Ausstellungskatalog 2002/2003)

Daniel Stolzenberg(Hrsg.): The Great Art of Knowing. The Baroque Encyclopedia of Athanasius Kircher. Stanford University 2001.

Paula Findlen(hrsg.): Athanasius Kircher. The Last Man who Knew Everything. New York and London 2004

Ingrid D. Rowland(Hrsg.); The Ecstatic Journey. Athanasius Kircher in Baroque Rome.

University of Chicago 2000

Godwin Joscelyn: Athanasius Kircher. A Renaissance Man and the Quest for Lost Knowledge–– : pbk. –– Thames and Hudson, 1979. –– (Art and imagination).

川島昭夫訳「キルヒャーの世界図鑑。よみがえる普遍の夢」1986年、工作舎 Leinkauf, Thomas: Mundus Combinatus. Studien zur Struktur der barocken

Universalwissenschaft am Beispiel Athanasius Kirchers. Berlin 1993.

佐藤望『ドイツ・バロック器楽論』(慶應義塾大学出版会 2005)

Werner Braun: Deutsche Musiktheorie des 15. bis 17. Jahrhunderts, Darmstadt:

Wissenschaftliche Buchgesellschaft , 1994

Werner Braun: Die Musik des 17. Jahrhunderts, Wiesbaden:Akademische Verlaggesellschaft

(25)

Athenaion , 1981

Carl Dahlhaus … [et al.]: Hören, Messen und Rechnen in der frühen Neuzeit, Darmstadt:

Wissenschaftliche Buchgesellschaft, 1987

Johann Gottfreid Walther: Musicalisches Lexicon oder Musicalische Bibliothec. Leipzig, 1732 (Facsimile edition: Kassel, 2001)

Andreas Werckmeister: Musicalische Paradoxal-Discourse oder ungemeine Vorstellungen.

1707 (Facsimile edition: Laabar, 2003)

Lubkoll, Christine: Mythos Musik. Poetische Entwürfe des Musikalischen in der Literatur um 1800. Freiburg im Breisgau, 1995

Athanasius Kircher’s “Affektenlehre”

Kiyoshi SUZUKI

Key words: Athanasius Kircher, doctrine of affections, Baroque music, theory of musical aesthetics

参照

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Schmitz, ‘Zur Kapitulariengesetzgebung Ludwigs des Frommen’, Deutsches Archiv für Erforschung des Mittelalters 42, 1986, pp. Die Rezeption der Kapitularien in den Libri