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行 政 裁 量 理 論 の 始 原 的 形 態

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Academic year: 2022

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(1)幽. 二. 一. むすぴ!﹁裁量二元論・裁量一元論﹂という把握の提示. ↓o目R氏の自由裁量理論. 切R猛言涛及びピ窪5両氏の自由裁量理論. 次. 三. はじめに. 目. 行政裁量理論の始原的形態. はじめに. 高. 橋. 靖. 私は︑自由裁量理論を把握するための分類としての﹁要件裁量説・効果裁量説﹂という一般に承認されている. 把握︵命題︶が妥当かどうかを︑本稿を含む論文において再検討していぎたいと思う︒. ちなみにこの把握をめぐる問題は﹁自由裁量の本質論﹂とよばれ︑自由裁量の本質は︑﹁法律要件に該当する事実の. 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶. 一八九. 認定ないし事実の法律要件へのズプズソプチオソ︵硝奴︶をめぐつて存する﹂とするのが要件裁量説︵もっともこの定.

(2) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 一九〇. 義にある﹁事実の認定﹂というのは単なる事実問題で裁量問題ではない︑と私は思うが︶︑﹁いつどういう行為を行な. うかどうかという行為の選択をめぐつて存する﹂とするのが効果裁量説である︑とされている︵山田幸男﹁自由裁. 量﹂田中等編﹃行政法講座第二巻﹄一九六四年︑一四二頁︶︒なおこの要件裁量・効果裁量というのは寄ぼ氏の分類. ︵︿σq一︐匡轟鼠冒ぼ︾U一︒︿︒毫暮舅σqω鴨旨置喜︒d︒げ︒壱﹃窪§αQα︒ω銭巨ロ一ωざ牙︒昌国§①のω曾ρお︒︒ごの品P①違︶. からの導入のようであるが︑このスイスの人がおそらくはじめてこのような分類をなしたのではないかと思われる︒. そしてこの分類を導入した山田幸男氏が︑自由裁量の本質論の問題という形でわが国ではじめてこのような分類を提. 示したのであろう︵その最初が山田﹁自由裁量の観念について﹂法律時報二二巻七号︑一九五〇年︑五八頁以下だと思. われる︶︒ただドイッ・オーストリアにおいてはこの分類自体は︑﹁自由裁量の本質︵U霧≦8窪8降邑魯野旨$8房︶﹂. という問題とただ一つの要素として結びついてはいないようである︵現に冒酵氏も﹁自由裁量の本質﹂とはいって. いないようである︶︒というのはドイッやオーストリアにおいては自由裁量の本質の間題は︑ ﹁自由裁量といっても︑. ⁝⁝完全に自由ではないこと︑自由裁量は恣意を意味しないこと﹂などに関するものだったようだからである. ︵9琶巽窪圧g9︒警三︒釜く窪α融︒注酵窪勾g犀①旨黛窪ω9暮N貯魁R餌︒暮ω畠窪<R蓄屋§αQ馨畠苗蜜︒︒〒. 一. お置︶φ舘ω牢︶︒だから自由裁量が法規の要件の部分に. 琶αQ﹂︒茎ψ鐸<αQ一︒窪魯︾年&︿.くR魯冬評の汐o幕ヨ留ωヰ︒善卑幕馨富巨伍魯宰魯8窪のげ箋①αq華αQ︸. α2R匡︒繧8富N魯ω︒ぼ窪︷驚α鵠窪艶魯窃閃8買ω. あるのか効果の部分にあるのかという議論は︑自由裁量の本質論のただ一つの構成要素とはいえないのであろうが︑. 右に引用したような自由裁量の本質についての議論はもはや今日では当然だからということで︑山田幸男氏は自由裁.

(3) それはさておき本稿では要件裁量説・効果裁量説という把握︵命題︶の妥当性を再検討するための手始めとし. 量の本質論を要件裁量・効果裁量という議論に結びつけてきたのであろうか︒. 二. ︵なお例えばその限界論のようにゼ塁p氏によって承継. て︑このような把握がなされはじめる始原的なものでありかつ常に要件裁量説および効果裁量説の代表としてあげら れるオーストリアの国α琶¢&田馨舞N津氏︵お課ー這お︶. ︒︒. され明確化されていったというものもあるので︑本稿では幻&o竃冨毒氏︵一︒ ︒騎tご謡︾をも含めて論ずることに. する︶と評δ段9↓Φ弩角氏︵一〇︒9ーお謡︶の間の論争の再検討をなしてみようと思う︒つまり一般にとかれる. 一九七一. 劇R昌9N津説H要件裁量説︑↓①彗R説H効果裁量説という把握︵例えば山田・前掲法律時報二二巻七号五八f五九. 頁︑田村悦一﹃自由裁量とその限界﹄一九六七年︑六︸頁以下︑金子芳雄﹁行政裁量﹂公法研究三三号︑. ただ要件裁量説・効果裁量説という把握にかわるべきあるいは併存すべき他の把握を提示している人がすでに. 年︑一六九⁝一七一頁︒なおこの論争に関しては田村・同右が詳細である︶は︑はたして妥当かどうかの検討であ る︒. 三. ﹁裁量二元論と裁量一元論﹂ ︵これはすでに金. いるではないか︑といわれるかもしれない︒だが以上の再検討はそのような人に対しても次のことを指摘しうるとい う意義をも有するのではないか︑と私は思う︒結論からいえば私は︑ ヤ ヤ. 子・同右一八二−一八三頁に存する︶という把握をした方がより妥当ではないかと思うのであるが︑このような把握. 一九一. 一八八頁参照︒ただしこの点不明瞭ではあるが︑一九五〇年代の9ρ. がある金子芳雄氏にしてもわが国の第二次大戦後の判例の傾向からみてこのような把握を提示しているようにみえる. し︵例えば金子・同右一八一ー一八三︑ 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶.

(4) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 一九二. ゆ8ぽ︷あるいば小沢文雄各氏の説についても金子氏は︑このようなつまり裁量限界論からみた裁量一元論という理. 解をしているのであろうか︵同右一七二ー一七五頁参照︶︒ただそうであっても本稿の結論にかわりはない︶︑またこの. ﹁裁量二元論と裁量一元論﹂という把握と同じものだといえる山田幸男氏の﹁自由裁量行為と自由裁量権﹂という命. 題︵把握︶も︑﹁自由裁量行為﹂という命題はドイッ・オーストリアのものやわが国の学説に︑﹁自由裁量権﹂とい. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. う命題はフランスや英米のものおよびわが国の判例にあてはまるとしている︵山田・前掲﹃行政法講座第二巻﹄一三. 七頁以下︶︒だが本稿で扱う田導錬N蔚︵及び罫善︶対↓o弩R論争の再検討は︑すでに約九〇年前に論争がはじまっ. た︵現在は一九八○年であり︑論争がはじまったのは↓oきR氏のN霞幕ぼ①<9留B坤鉱窪卑目8ω魯ユR. ヤ. ヤ ヤ ヤ ヤ. ヤ. <・暑巴ε畠ωぽま&聲巴のO議且伍Rq自諾鼠&お犀魯αRく・暑巴9轟招亀魯9が出版された一八八八年である︶︑. このオーストリアの人々︵望彗舞N旨及び↓o寒R両氏はウィーン大学教授︑鍔毒氏は一九一九年以来ハンブルク. 大学教授であったが︑ウィーソ大学で学位および大学教授資格を得また私講師︑助教授を歴任した︶の学説の中に︑. 以上のような﹁裁量二元論と裁量一元論﹂という把握をした方がよい要素が存在したということを指摘しうる︑と私. わが国に影響を与えてきたドイッ・オーストリアにおけるく行政裁量理論の始原的形態Vの時代から︑このよ. は思うのである︒. 四. うな把握をなすことは可能であったということを私は指摘していき︑これにより理論的な統嚇性をもって自由裁量理. 論を把握しうるという貢献をもなしうると思うのである︒またそうすることによって︑他の法系はこうだからという. ような外在的根拠にたよるような批判ではなく︵こういうことではそういうものもあるさという程度にしかうけとら.

(5) れず︑批判されるものにとってはさして痛くもかゆくもないのである︶︑まさに従来のわが国の学説の骨格をなしてき. たのと同じ基盤にたつ内在的な根拠による批判︵影響︶を与えうるのではないかと思うのである︒そのようなわけで. あるからすなわちドイッ・オーストリアの裁量理論史という面をも本稿にもたせたいと思うから︑第二次大戦前の. ︵本稿の範囲はここまでである︶ドイッ・オーストリアの裁量理論の動向にも︑以上の論争に関係のある限りで言及. ﹃ナチスの行政法理論﹄一九四. していきたいと思う︒ただしナチスが支配した時代のものは︑それ以前のものとおよび第二次大戦後のものとも断続 があるようだから︵例えば次のものを参照︒渡辺宗太郎﹁自由裁量論﹂一九四二年︑. ﹁自由裁量﹂という言葉は不適切だとする︒す. 三年所収︑一一〇ー一一一︑一四〇頁以下︑田村・前掲書八三頁以下︑溶器葺題浮耳ヨ鑑蒔窃卑彗o器窪毯α閃色?. ωo馨9N爵氏の自由裁量理論はどのようなものか︒彼はまず︑. 頃o⁝曽欝旨及び■器胃両氏の自由裁量理論. 募αq①誉拝勾く卑﹂器9ωる︒︒●︶︑本稿では除外しておくことにする︒. 蜘. なわちある処分が公益に反することを知っているにもかかわらずそれをおこなう公務員は︑義務違反をおこなってい. るのであり︑その場合には職権濫用罪等によって責任を問われることになる︒だから﹁自由裁量﹂といっても︑﹁法的. に驕束された︑義務にかなった裁量﹂を理解しなければならないのであり︑このことは自由裁量という言葉ではみお. ︵1︶ とされるから︑むしろ﹁技術的裁量︵8畠鉱の畠8国誉8ωS︶﹂等の言葉を使う方が適切だというのである︒ではこの技. 一九三. 術的裁量︵自由裁量︶と法的覇束︵お昌象魯oO害§号嘗①δはいかにして区別されるのか︒評旨象N岸氏はこの点︑ 行政裁量理論の始原的形懇︵高橋靖︶.

(6) 早稲田法学会誌第一三巻︵一九入○︶ ︵2︶. 一九四. ︵3︶. ﹁存在する事実から法規範の適用可能性への推論の前提︵勺鼠昌ωω睾︶が法秩序によって定められている方法︵>5. においてのみ︑区別が存する﹂という︒要するに法規の規定の仕方が問題だといっているのであるが︑さらに﹁法規. 範は常に命じるかあるいは禁止するにすぎず︑結論それ自体は論理的規準に従い法的規準に従わないから︑いわゆる. ﹃自由﹄裁量の特色あるメルクマールは事実的前提︵9Φ聾鋒︒窪畠︒勺鼠旨一器窪︶においてのみ存しうるにすぎな ︵4︶. い﹂とのべていることからみて︑法規の要件の部分の規定の仕方が間題だといっている従って要件裁量説をとってい. るといえよう︒ではどのような法規の要件の規定の仕方が問題だというのか︒彼はこの点︑技術的裁量カテゴリー. ︵O簿茜9一窪号ω富魯巳ω9§甲目窃8房︶というものを提示する︒そしてそれは︑相当︵>昌αQo目o⑦ω窪ぽε︑有用. ︵Z葺呂︒算魯︶︑危険︵○¢貯ぼ︶等のような︑事実をある法律の概念に包摂しようとする際にその包摂が﹁かなり複 ︵5×6︶ 雑な一連の推論を使用してはじめて認められうる概念﹂のことだとのべている︒望馨錬N障氏は︑このような技術的. 裁量カテゴリーヘの事実の包摂はそのための素養があるわずかな専門家のみが判断できるにすぎず︑しかもこの場合 ︵7︶. には専門家とは行政庁にほかならないから︑このような技術的裁量カテゴリーの判断について行政庁の自由裁量が存 在する︑というのである︒. 以上のような浮露讐N民氏の自由裁量理論に対して↓o弩R氏は︑主に次のような批判を加える︒すべての言葉. は不確定だといえば不確定なのである︑すなわち事実をある法律の概念に包摂しようとする際に争いが生じえないよ. うなつまりかなり複雑な一連の推論を使用しないような概念はー数字による表示と精密科学の専門語︵N昏一窪訂苧 ︵8︶. oざぎ毒α Q窪巨ユZoヨo琴蜀言おpα段o跨9窪≦一ω器霧︒訂穿昌︶を度外視すれば−存しない︑と︒そして技術的裁.

(7) 量カテゴリーとはこのように広範なものなのであるから︑また↓︒§R氏によれば︑次にみるように行政庁の判断に. ついての行政裁判所による審査はないと浮導緯N篤氏はしているのだから︑随意にこのような概念を根拠にすること ︵9︶. ︵10︶. によって行政庁は無法をなしうる︑すなわちこのような概念にかこつけてのべられた法律違反の可能性を行政庁に開 いてしまう︑とである︒. ﹁法的コソトpールすなわち法律問題の再審理︵3<芭oぎごお︶がこの自由裁量領域では不可能. この↓①§R氏の批判に遭遇して田旨讐鼠犀氏は︑一八九一年にいたり裁量の限界として明示的に仏法の越権の導 入をなすにいたる︒. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. であるにしても︑すべてのコントロールがここでは不可能なのではない︒すでに前にのべられたようにこのコソト巨. ールは︑行政裁判所は行政庁が明らかに︵o内︒9象︶その裁量の限界を鍮越した時に取消しうる︑ということに存し. ている︒フランス人は︑行政庁の権限の瞼越をこの﹃越権︵も讐募8宕瑳o窪.︑︶﹄に認めそしてここでこのような瞼 ︵11︶ 越を治癒するための諸原則を使用している﹂︵傍点筆者︶とである︒なお田旨簿臥犀氏はこの越権を一八八六年の閃o︒7. ︵13︶. 房胃o畠目鵬9血目舞践o一一〇知9窪葵声津 において認めていたかについては︑この書のψ濠戸と¢&に相矛盾する ︵12︶ と思われる箇所がある関係で争われ︑↓︒§震氏は認めていなかったとし︑望誉讐N篤氏自身は一八八六年の段階では. 単に言葉が足りなかったにすぎないという︒この点望旨彗凶涛氏自身のいうとおりであるにしても︑この書には﹁不 ︵14︶ 明瞭でかつすべての考えうる目的のために使用しうるフランスの﹃越権﹄﹂という言葉を使っている箇所もあること ︵15︶. からみて︑一八八六年の段階ではむしろ認めていないに近い状態ではなかったかという意味で︑一八九一年に至り明. 一九五. 示的になったとするのが適当であろう︒このような裁量限界論における﹁明白性﹂の主張に対しても↓o跨R氏は︑ 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶.

(8) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 一九六. ︵16︶︵71︶ 仏法の越権は﹁明白性﹂など要求していない等の批判をなすのであるが︑この点はさておき︑評彗鎖言弾氏が裁量限. 界論に﹁明白性﹂を要求している点から次のようにいえないであろうか︒︽窄議舞N鱒氏はまず︑絶対的に裁判所の. 審査の入れない領域としての自由裁量を確定しようとした︑だが↓o弩R氏に批判をうけたような不合理な自由裁量. 決定というのは避けなければならない︑このようなジレソマを解消しようとするものが限界論における﹁明白性﹂の. 主張ではなかったか︒なぜなら明白な鍛疵さえなければ︑絶対的に裁判所の審査の入れない領域としての自由裁量と いうものは存在することになるからである︒V. 二 次にいき昌氏の自由裁量理論はどうか︒ただ霊毒氏についてはかつてやや詳細に論じたことがあるので︵﹁我. 国裁量理論へのピ窪ロ説の導入︵一︶﹂早稲田法学会誌第二九巻︑一九七九年︑二六三頁以下︶︑ここでは望旨暮N涛 氏の理論との相違点に注目していこう︒. 鍔目氏は︑ー裁量限界論として仏法の越権のうちの権力濫用︵これは︑﹁行政庁が立法者によって委託されている ︵18︶ のと異なった目的のためにおよび異なった動機から自由裁量を使用した﹂場合である︶を導入し︑それと自由裁量と. いうものを理論的に統一させようとしたためであろうと思われるがー﹁目的﹂という点で自由裁量理論を構成して ︵19︶ いく︒つまり少なくとも直接目的の規定がある場合H法律の覇束︑最高目的の規定のみの場合︵これは公益 ﹁管轄 ︵20︶. ︵21︶. している機関が⁝⁝最善のものとそして最も適当なものと認めかつ認めるであろうもの﹂をおこなえという原則︑す ︵22︶. なわちこのような公益原則のみによって支配されるものといえよう︶U自由裁量という構成である︒このようにまさに. ﹁公益の考慮としての自由裁量﹂なのであるが︑この公益目的という点での構成により守韓募N涛氏と異なる点が出.

(9) ︵23︶. るのである︒①まず第一に不確定概念についても自由裁量を問題にするとはいえ︑自由裁量は﹁公益﹂関係のものに ︵24︶. 限り︑ω段欝鼠犀氏の技術的裁量カテゴリーたる﹁危険﹂︑﹁健康に有害な﹂等の概念は︑たとえ裁量だといっても轟 ︵25︶. 束裁量だとするのである︒この点一でみたような↓o§R氏の批判が一般化し不確定概念の自由裁量はますます縮減. ︵27︶. ・. 氏は︑国家機関の任命︑政治的理由からの外国人の追放︑貴族の身分や勲章等の授与︑恩赦等も自由裁量の例と. されていくのであるが︑その理論史上において浮醤帥雷爵氏よりも﹁〜いoヨ昌9<9U雲昌およびゑ﹂亀営葵 ︵器︶ のような一連の著述家たちは︑行政裁判上再審査しえない不確定概念の範囲を非常に著しく制限した﹂という功績は ヤ ヤ 認められるであろう︒②第二に公益﹁目的﹂という点からの構成からして︑自由裁量は不確定概念のみに限られず︑ ピ器. してあげている︒そしてそのことからい四毯氏は︑ωR轟鼠犀氏のように要件裁量に限らず効果裁量も認めるようで. ある︒例えば﹁行政庁は︑⁝⁝Aを公務員に任命するかあるいは任命しないか︑彼に貴族の身分︵︾8一︶を与えるか ︵28︶ あるいは与えないか︑彼を恩赦するかあるいは恩赦しないかの選択の自由がある﹂としている点をみよ︒ ︵29︶. ただし冨§氏も︑仏法の越権殊にその中の自由裁量の統制を目的とする権力濫用を裁量瞼越︵田舅霧器房昏段﹃. 畠憲窪昌σQ︶という形で導入するのであるが︑このような裁量限界論を構成しても絶対的に裁判所の審査が入れない領. 域としての自由裁量の観念は維持されるという二元的構成をとるのであり︑この点で評醤暮N篤氏と同様である︒す ︵3 0︶. なわちたとえこのような構成が﹁論争しあっている二人の著者によって書かれたかのような印象を生じさせる﹂と評 ︵31︶. されようとも︑また自ら﹁自由裁量とこの裁量の限界鍮越についての裁判所による再審査というのは︑⁝⁝相互に相. 一九七. 応している相関概念﹂である︑従って﹁いかなる点においても自由裁量に属しているというような行為は︑近代国家 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶.

(10) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. ︵32︶ においては存在しない﹂と認識しているにしても︑いき昌氏は︑ ︵33︶. ︵4 3︶. 一九八. ﹁裁量の限界は自由な目的選択と法的に覇束された. 目的選択との限界を決してなくさない﹂というのである︒まさに却下理由としての自由裁量の考察をなすのであ る︒. ︵35︶. ︵36︶. 三 さらにもう一つ︑殊にいきβ氏によって明示的になされた権力濫用の導入をめぐる↓︒き段氏との論争も︑今. 日まで続く重要な論争点であった︒この導入をめぐっては賛成︑反対という議論が展開したわけであるが︑い窪昌氏 ︵37︶ によって支持された権力濫用は︑ドイッ・オーストリアにおいても一般に認められるようになったといえよう︒ただ. そうであっても↓︒き醇氏が主張したように︑権力濫用理論が統制の対象にしている内心の動機が許されない場合で ︵38︶ あっても︑裁量決定は適法である場合があるからその時には取消されてはならない︑という留保がつけられるのが一. 般的のようである︒だが実はこの論争の中で冨毒氏は︑この↓oNbR氏のような主張をしていなかったのかとい. うことについて疑問が出るのである︒ただこの間題に論及することは︑フランスとドイッ・オーストリアの裁量問題. 解決の差異ということにも及ぶ重要問題なのであり︑従って本論文ではーこれも殊に9巨対↓︒旨R論争の一つ. 田身同︾お逡uω繭8︾5旨●に●. ω.蒔一︒<αq一q鎧魯O洋Oζ逡9U①旨m畠8<①暑餌一け琶ー. なのではあるがー紙数の関係で言及しえないので︑別の論文︵﹁裁量限界論における主観性と客観性﹂という題を 予定︶にゆずらざるをえない・. ω︒︾亀一. 国鎚ヨ自&ω①讐象虹ぎ男①o窪の費①畠自⇒αq鎚昌島営碧o話巴一①因①畠誘ぎ繊紗一coco9. 鵯お3. ︵1︶. ︵2︶ωo葺葺臥ぎ団寓傷こψ藤鱒●.

(11) ω︒島●. 切O吋口帥帥N一パ︶ 一げ一山こ. ω●鵠艶. ︵3︶くαQ一●磐号 ︵4︶. 切①毎餌冒一ドま箆.. ︵5︶切︒3象臥ぎ薫幽●. 卜Q Q.. ω. ○ OO︒. 〇〇合這8りψ8牢︶︑切R轟試岸氏はこの理論をとりいれたのであろう︒ Z窪飢旨良伍R︾島αq3①因霧器一一〇. なおすでにω餌ぼ 氏も行政判断の技術︵↓o︒冒岸山Rく︒暑聾ロ畠のnω窪旨色きαQ︶に属する概念ということを論じているが︵98震ぼ. 目︶O肘 園①Oゲ帥¢ω叶塑餌け︶ 鱒●. ︵6︶. ω︒. 旨︒ ︒. ω︒窪. ψωO. 忽. 伽霞の. 9①島︒5ω畠︒昌↓ぎo二窪儀Rく︒暑巴ε農質①︒ゲ房鳳−. 仏法の越権を最初に導入したの. 零乙霧︒導亨R鼠の︷邑①国醤︒馨・・署こω●ωω8ωお三︒村のこu器︷邑︒国§①mの睾拐≦こ. ︒︒. 8①⁝山霞のこ浮の富一①国馨①器窪伽臼<①暑巴言bαqωぴ①ま巳Φp一旨トψb⊃一〇. β睾. もっとも今日のような明確な分類になっているわけではないが. §山N名①良筥蓼巴鴨①富R名諾信ロσQ﹂O鼻ωる葵︶︒なお現在にも通ずるような自由裁量間題の論及を最初にドイツ・. 氏︵閏●7家塁oンO旨p房警器ユ窃く霞矩巴ε昌αq胃⑦o窪即一c o①ρψ嚇一剛︒︶のようである︵くαq一●ゑ巴一霞蜜臣器ぎOo器什罰. オーストリアにおいて. い①ぼo. 図NO. oω ︷引 阜①同のこ N9円﹈﹁のゲ円O <O昌 儀O口一 ︷目O一〇昌 ︸U目ヨ①ωω①口 匹O同 くOH署四一け仁昌αq¢ぴOゲα﹃伍①口㊤一ω ωゆG. αびR留︒ ︒︷邑︒国毒︒ωωg伍︒穫<︒毫毘巷αqωぴ︒まa窪巴ω9・&島霞qづ釜の感&貫﹃魯伍Rく段蓄犀§σqω鴨ユー. ︵︾こ. ↓o昌①さ. ︵7︶守吋醤鼠F帥.蝉●. ω●. ζ. 山Rく︒毫毘§鴨鴨誉窪9一︒︒︒︒︒ o. O円β昌﹃=けooN①一一ωOび吋一︷一りM劉伍︒一■O一 ﹈■Q oON一. 男桝一①傷吋一〇﹃. OゲけO︸. ︵OO︶. 一〇〇一︸. O村5一口伍 伍O吋 d口N9ζoけ餌5山一σqパO一一. 一〇のO一. 男.. 気O円. ︵9︶↓①弩9N畦 ω●一①●. 閏︒. ︵10︶ドィツ・ は︑ OOωΦ件NOω帥嵩名O⇒山偉旨αq. ω①口︑.. 仁. 島二9口σ ① ω け 一 導 旨 け ① 同 菊 O O ゲ 一 の ぴ Φ α q 円 一 ︷ ︷ . . 一 旨. くO円毛餌一件信昌αqの村①Oゲ. 園①Oゲ件仁昌匙ωけ鋤勢. =①︷け 腫coO\Oω一︸ 一〇①O一 ω.. O︷︒⁝ 問吋ぽN OのωO口ず館ゲ一︶. オーストリアにおいてなした人も︑男男ζ亀R氏︵コ男ζ錯段∪鉾鉾○●u¢藤紹鵬︶だったようである︵︿騨類9曾国ぴ目ぎ二u蝉韓㊦ωー. ①Oゲ樽の犀村帥︷. 弩﹂8. 傷①吋くO円毒髄詳9旨αqのαqO﹃一〇﹃汁①堕一. 一㎝蒔︒. 営餌け①H一①目①. H①Oり. ↓︒跨g9・&霧︷邑︒国毒︒のの窪仁累こω︒認︒︒. O吋ロロ島 山①目d昌国口ω酔餌口儀圃の犀O即. ω. N①謹のOゲ吋一︷計. 一九九. ω︑ω9. ω儀●一c QO一︾ ω︒一〇〇︒ ou 一G. ψu器︷邑︒団§①のの窪β畢.. 図ωO︷︒︾P目●N①. きご山器. O目自コサβ叶の. 切①讐跨N一ぎ切①ω箕︒&琶σq自①の野︒ぎのくo⇒宰一巴ユ︒ゲ↓①塁①コN賃ピΦぼ︒ぎ昌α①目富一窪田ヨ①ωω窪血Rく︒暑巴言長ωぴ①ま益窪. ↓o注窪N窪暮島O①貯ぼ魯山霞づ窪霞窪卑目①ωωΦ霧一①ぼρOαく一80︒響ψ①一〇︒6︶︒ ︵11︶. 巴ω. 閃①目口帥け凶一パ︾ ωOo oづ吋①Oげβ昌σqβの妻こ. ︵2 1︶. MWO婦昌岱けN一即い勾OOゲけω唱同OOゲロロσq口昌山. ω●. ︵14︶. ︵3 1︶. 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶.

(12) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八O︶. このような明示のきっかけを与えたのはおそらく︑ ○簿o寓亀oぴ↓富o瀞伍oの︷建養α跨畠窪. ︵16︶. 例えば次のものをみょ︒↓臼暮び∪霧守鉱①卑ヨ窃の窪5≦. ↓︒弩︒59①&器ヰ︒一︒国§︒ωの窪¢鴇 ω.ω︒s. 越権についての紹介であろう︒. ︵15︶. ︵17︶. 即&o罵富琶︶U器︷邑①田筥①ωω曾毯α︒・①ぎ①9①欝︒p一緯ρω・嵩9H黛ま︒︒・ S臼︷こ謡Go脚傷①一・の. 一一〇〇. <①円零巴霊bαq段⑦o窪の﹂o︒oo9. ω●置譲.の. ︒ぼ巴窪卑奪①︒︒の窪9頴ω$oぼ一︷け窪肖国讐雪§邑誉㌣ N¢導零o巳①日儀①︒. OO︒館留参堕αぽ﹃伍器ヰ色o騨ヨo鴇窪霧揖りψo︒爲︒. ︵18︶. いきpU器ヰo一︒津琶oのω窪唱鴇こω●9搾も$w畠①﹃のこ曽旨甲oげ一〇旨q署こω︐一〇出●︸ω合零●. お一G ︒い¢Oや. い窪pO器砕①一〇日誉①ω︒︒窪5妻こω︒. なお一九一五年の内舞畠o冴3の仁&象呂巨艮おZo§①戸︾α戸臣る. ロ昌︾. ︵珀︶. ︵20︶. 胡い脚審村ωこN霞い①ぼ︒︿o目ヰ①一窪田営①ωの窪山霞黛8旨一一魯90同⑩睾ρ甘−−. 切讐仲震﹂毘●①ρH8トω︒ω臼︷︒嚇α震のこい①bo黛o一門象のRひぎ呂巴β>募轟ぼ①α①一︑H諾葺9冒8彗&o葛一8Uδ犀薯び一一p. ω﹄9爲︸雪︷. R器魯黄一︑. 論理学の成果を使って法律の羅束と自由裁量の明確な対立という自己の主張を補強しょうとしたとみるのが妥当であろう︵<αq一︒. ①け&濫δξ器旨o旨αΦ℃o薯oF閃︒ω駐︒ぼ罵酔︷費男且o一︷富琶貰のo営①旨勉畠鼠閃︒︒汁窪O︒薯旨ω貫寧一8ρマo︒G︒︒︶. ︑﹁目的﹂という構成は依然として残っているのだから︑説の変更︵蜜一畠巴Uの且一βOo導誌び呉一9似訂ぎ臨8身8薯o冒. ・ω﹂8牢以降︑定言的規範と選言的規範という観念が入っ. ︵1 2︶. てきているが. とはいえず︑. 象ωRひ鼠o昌旨巴お. 餌gゲ =窪ω勺o酔震εωΦ戸勺o一搾一パ仁鼠甘ω欝︾這o︒8ψ一〇︒①︷●︶︒. 一u一旨8ω︒8め. ︵23︶訂琶︸ 置αこω︒βお一暁こ頴O︷も傷R︒Dこ浮菖即o匡︒β彦≦こω●一一●<αqド窪畠9琶鐘団夢一gピ①窪ぼ魯傷霧望①. ︵22︶鍔§︾ U器ヰ○一①国村目o器窪臣多︶ω●曾●. ︾蔑rωα. 昌o ︒菖ωoげΦ. ︵24︶訂毎︶ U 器 律 α o 野 ヨ ① 器 窪 島 多. 一参一 鰹 甲 α 臼 ︒ ︒●︾ω①目Rざ農窪建営律鉱窪田旨霧のの昌琶伍豊ヨ象8霞ま旨①旨α①唱o量oぽぎ︒欝帥象9撃募畠首くα昂R−. ①︒︾象一こ︼毘■月お$︸ψ嶺.. 頃奪Rい震畠ρ. 国ゲ巳βm︒鉾○こω︒一曾困︒ざ鼠日げoeFu霞<o&①ざ犀α霞卜①墜q一の一象く①§餌魯の牢一欝ぎα段の①器?. ︷辞国霞ぽ旨渓﹃きの︒お鰹∪ω●一鳶●. ω鼠葺巴①筥一︷05鎚霞Oα霞①詔霧o一一ωo訂︷. ぐ自く︒暑毘琶αq琶山寄︒ゲ房冥①︒ゴ謎︾山蝉&びq&号のα︒暮u畠窪ω叶器錺お︒冥ω︸ω阜FH8bo矯ω●憶認. 例えぽ次の も の を み よ ︒. 悶①の言oぼ賦件. 一〇ω9℃︒. 器島 ︵25︶. 噛b吋営窃ωoδ.︑. 馨巷一αQ蚕一.

(13) ︵26︶国﹃巨多魯Φ巳鉾富ヨ電R氏も確かに︑ω震轟鼠犀氏のいうような技術的裁量概念のすべてが自由裁量なのではないという認識から出発. ∪帥の. ︷村O一①. 国村目Oのω①づ. =o D名こ. ω.①①出こ. ω. 一剃ω.. ωOQ●. 一〇〇紳. ⑬①O. 曽旨勺8露のヨ信馨. ω﹂O脚匿お. ︶一①℃8︿oぼ象ωR禽o茸跨9唱の. ↓冒旨欝ω$嘆gゴ50Q. U器守︒一⑦守旨oω︒︒①ロ暮傷︒①ぼ09①欝︒p一三く①竈巴言罐︒鷲︒臣〜ωα︒Oρ一〇旨︸o o●嵩ご評ロ一. ω●一膳Q Q ⁝ 頃鋤≦o一犀帥︾ 9 0︒ ㊤● Oこ ω. ω魁一惨 一 勺蝉9一 ωOげOo昌一 Nq同 悶﹃鋤けqO α①同 ハ甲賊OβNO口 αO同 dげの︻℃吋参︷¢β磯. 一〇〇D㎝鳩. ︒・. また﹁得﹂規定に. 葭9︶︒およびそのあげている例︵零き亀9一げ箆こω.&Oごをみよ︒蜜一一ぎ魯氏については︑例えばく震名巴言農巽8耳導. している︵︿匹︒囚貰目固①浮震毎<Dいo旨磐05︾も巳oαq9置o﹃Φω葺象①oN農く霞毛巴葺旨鴨σQR8窪筈簿昏oぎ○急Pぽ呉のN巴諾oぼ一Fω鮮N鱒. ︒ 一〇 ︒O㎝︾ω●㌫G. ﹈﹁餌=づ矯. o界を参照︒ Z①&旨鼻血霞oo ︾象一甜oくgお窪りお①9ψG ︵π︶. ついてのべているいきPO器ヰ臥①守旨o器窪霧誉堕¢ooN co9もみょ︒. 臣.︒︒︒し︒艮ψ︒︒G︒︒︒いく磯一●き︒び寧目貫鋤.鉾○こω●鱒9. 瀬8お︒﹃§騎ユ8ω琴ぎωぐ8因&o一︷鍔き ∪器中o凶①守糞①︒. ︵路︶ζ§し三 φ霧ρ蕊脚餌R勢冨宕薯oぼ象零詠件凶8轟ぽρマ罷ρ置9留参・ω①目①Hざ凝窪垢碕こω・一鳶・ 例えばζ茸︾U器犀巴①犀ヨ霧︒・ob霧多∪9ま鼠や参照︒ 9雪ぎ冨N魯の︒巨︷. ω︑㎝︶鵠︷ふ㌍言国餌≦〇一訂. ︵29︶. 仁&の晋Φ9 ︒ 養 ︒ p ぎ. ↓Φ跨oぴ∪ 器 ヰ Φ 一 ① 田 目 ① ω ω ① 昌 臣 名. のO旨. ︵30︶. ω.. 富βu霞≦四a︒こ①二儀①窪ω奮け唇侮<︒鱒巴の野︒−ω霞§αq血︒ω≦︒庭①&ω︒・魯ω﹂︒ωG︒りψ︒︒p. qの毒︒鳩. 信ω名. ︵31︶. o.. にo. ω①目①円犀¢旨αq①口. 9. ℃HOげ一〇旨. 額琶︾U器ぼ巴︒毘醤雷の窪¢鴇 ω●N︒どお9犀ω甲α段の. ︼﹁即G. 一囑. い節似P︾. N仁B. ︵2 3︶. ︵33︶. ︼W琴げ①︒<g閑鼠o竃霊琶. 例えば=①ぼ誉﹃閃霧一pU霧℃畠器貯霞oa妻凝︒・おo露貯牢窪禽p斡︾象r一〇︒貫ω●淺箪餌βB﹄㌣. ︵4 3︶ ︵お︶. ら霧. 一〇①o︒︸ω﹂合︷︒. 軍①一①の犀&琶マ①一①の甲旨①器ΦpU象富畠①︸賃捧窪−N︒津§αq︾ω阜一N一〇長ω.一8申一①一浮①ドOo︒︒①尽畠≦こω・謹①や嚇. 国①ぎR矯H器葺暮一g窪号の飢窪一ω畠窪く①暑巴言農鴇①︒浮ωる●Z①&霊鼻侮震oo︒︾象一濃o︿05H80︒. ︾ぴ菊矯一W傷・一8. 例えば98鼠亀oぴω雷冥8プ琶磯号ω切q魯$︿自写8箭8ゲ↓g富コ9①8g零﹃窪↓富o誌讐山霞く霞毛9︒一ε5αq霞①魯富鳳一罐少. 閃履一9. ︻︶O円け臣餌5づΨ. ぎ. ︵6 3︶. 二〇一. 2帥O﹃bH鈴︷q目磯くOづ<①同名山一件=嵩のω鋤犀け①昌∪頃①帥導一①b−︸螢﹃Hび蝿Oゲ矯. く震窪讐お窪ぼ<︒毫巴gβoqωω#︒智く︒窪帥ぼop<R名簿毒αq舞8露〜切阜ON一〇一〇一ω︒置P 臣同①一①﹈四H目①ωω①昌9β餌飢一①吋一〇﹃一Φ村口Oげ0. 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶. O一∪卑の <αq一︒頃餌Pの℃①什O賊O. bO一一NΦ岸ゆOゲOぺ ︵37︶.

(14) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶ ω●藤o o鴇引■霞oゲρ鉾帥.○こω︒一〇〇. D酔臼P甲葺①ωの窪ロ&§N巳舘ω蒔①卑言①ωω①富窪のま毒騨一︒①倉 8︶困雲︒︒o. ︵3. ロ一目①曽霞氏の自由裁量理論. ω●o oビ●. 二〇二. ︵1︶ ロ ↓①§R氏の自由裁量理論という場合︑自由裁量とは選択の自由︵名筈年o旨魯︶のことであるとしている点︑. およびその﹁選択は︑作為と不作為︵エき留庁§鎚¢旨包器の窪︶との間に︑この行為︵頃き亀馨αq︶とあの行為との ︵2︶. 間にのみ存在するにすぎず︑だが事実の存在もしくは不存在に関するこの判断とあの判断との間には存在しない﹂と. のべている等のことからみて効果裁量説をとっている点︑そしてさらに先の一でみてきたようにωo韓鶏N岸氏や9§. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 氏の不確定概念へのあるいは仏法の越権殊に権力濫用の導入への批判という点は︑一般に語られるのである︒ところ ︵3︶ が↓o弩段氏はどのような効果裁量説をとるのか︑例えば﹁得﹂規定に自由裁量を認めるのかというような点につい. ては語られないのである︒つまり↓o§R氏自身の説はどういうものかについて言及されることは全くない状態だと いえる︒. 選択の自由ということ. 筆者注︶をより以上に追求し. これはいったいなぜなのであろうか︒い窪ロ氏は︑↓o弩R氏が自由裁量を選択の自由だとしたことを功績だとして. いるのであるが︑だが﹁↓︒弩Rは︑その考え︵自由裁量 ︵4︶. なかった︒むしろ彼は︑すべての著述においてこの概念︵自由裁量という概念ー筆者注︶を全く破壊しようとして. いる﹂とのべている︒つまり冒きロ氏は︑↓o目R氏は自由裁量を認めていないのだと理解しているようである︒そ.

(15) ︵5︶. してこの点︑田中二郎氏も同様のように思える︒だがはたしてそうなのであろうか︒↓①§R氏の自由裁量理論は︑. い窪口氏等の自由裁量理論とは﹁質﹂が異なるものなのではないであろうか︒だから﹇窪昌氏等には自由裁量を論. じていないようにみられるのではないであろうか︒このような観点から↓︒弩R氏自身の自由裁量理論とはどのよう. ﹁評言簿N篤によって支持されたオーストリア行政裁判所の裁量実務がたえがた. ↓①弩R氏の立論の出発点︵基礎︶は何であったか︒↓︒弩R氏は︑弁護士試補︵︾昌薫巴誘︒富寡き乏警§︶と. なものなのかを︑検討していこうと思う︒ 二. して実務にたずさわっていた時に︑. いという訴訟依頼人の不平﹂によって主として促されこの実務を詳細に調査したが︑その成果が︑↓︒NbR氏の最初の. 自由裁量に関する論文である一八八八年のN貫9ぼo<8号目ヰ鉱窪卑B霧ω窪αR<o毫巴昌畠ωぽま&窪巴の. ︵6︶ O議こ鎚Rd糞霧一習岳αQ訂濤血段くo毫巴昌頗茜o膏犀oであったそうである︒つまり国民に対する行政裁判所の権利. 保護のために︑ω︒旨讐N篤氏のいうような絶対的に行政裁判所の審査が入らない︵審査しえない︶領域としての自由. 裁量の理解睦何も審理せずに単に技術的裁量カテゴリーに関するものだという理由だけで訴訟を却下してしまうよう. ︵7︶. な自由裁量の理解に対して最重点をおいて批判をなすということが︑↓︒§巽氏の立論の出発点︵基礎︶だったので ︵8︶. ある︒そして↓︒§R氏自身︑このような行政裁判所の権利保護の拡大のために努力したことを自分の不変の功績だ としている︒. では↓︒跨R氏は︑望ヨ暮N幹氏等のような絶対的に裁判所の審査が入らない領域としての自由裁量の理解とは異. 二〇三. なるどのような自由裁量理論を考えているのか︒それは︑浮旨9N詩氏等の自由裁量理論の逆手をとった裁量限界論 行政裁量理論の始原的形懇︵高橋靖︶.

(16) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 二〇四. ︵9︶ からの自由裁量の考察なのである︒現に↓oきR氏は︑自分の研究は﹁裁量理疵の制度﹂の叙述だという︒このよう. な裁量限界論からの考察ということになれば︑当然︑﹁限界を見出さないであろう行政の自由は存在せず︑そしてたと ︵10︶ えわずかであるにしても活動の自由の余地をのこさないであろう麗束は存在しない﹂︑すなわち自由裁量・麗束裁量. ︵12︶. の区別など必要はないことになるのである︒従ってまた﹁行政が個人に対してどれくらい自由であるか否かの問題を ︵n︶ 決定するための抽象的基準は︑⁝⁝見出されえない﹂︑すなわち絶対的に裁判所の審理を排除する自由裁量の区別基準. など論じられない︵認められない︶ことになるのである︒そしてこのようにしている点が︑ピ窪ロ氏等が↓o弩R氏. ﹁プ惇イセン高等行政裁判所の判. は自由裁量を論じていないとしている原因なのであろうが︑それはさておき↓︒きR氏はこのような裁量限界論の基 礎をプ官イセソ高等行政裁判所の判決から得ているのである︒殊に↓︒§R氏は︑. ︵13︶. 決の意味を裁量理論の問題のためにおよび警察法の領域での権利保護の賦与のために見出し︑それを学問的に根拠づ けそして⁝⁝定式化している﹂ことを︑自己の研究の学術的意味の一つだとしている︒. そのプロイセンにおいて裁量問題発展のぎっかけを与えたのは︑訴訟は警察処分をなすための要件事実が存在して. ︵14︶. いないという主張にもとづいてなされうる︑ということを規定している一般ラント行政法一二七条第三項第二号. ︵㈱一ミ︾げ9ωN窪︒N8ωOoのo欝8麟げR島①90一薩o旨飢昌oU餌昌留ω<R薫巴ε昌鵬<o旨oo9冒犀一〇〇〇〇︒ G ︶をめぐる問題だ. ったようである︒そして↓Φ§R氏によれば︑プロイセン高等行政裁判所の判決は次のことを教えているという︒. ﹁プ・イセン法の行政訴訟は︑⁝⁝警察行政庁にある処分を一般に授権したであろう要件事実が存在しないという主. 張に限られるのではなくて︑処分⁝⁝をなす法的理由︵α震お畠岳︒ぼ>巳蕊︶が存在しないということに及びうる﹂. ︑.

(17) ︵面︶. ということを︑さらに﹁裁量は決して恣意的にもしくは義務違反に. ︵惹鐸鐸一幽魯&R覧ぎ窪&昏一鵬︶おこなわれて. はならない︒裁量は合理的に︵ぎ醤酵蜜αQ︶おこなわれなけれぽならない︒裁量は法的に許されないかあるいはいか. なる事実の根拠もない考慮にもとづいてはならない︒裁量は鍛疵なく︵鼠琶一8︶おこなわれなければならず︑誤っ ︵16︶. 7︶ ︵1. ︵B︶. た考慮があってはならない︒行政裁判官は︑すべての場合に義務にかなった裁量の限界が守られたかを審査しなけれ. では↓︒§R氏は︑このような裁量限界論からの考察によって何をもとめたのか︒それは行政処分の正当化. ぱならない﹂ということをである︒そして↓Φ跨R氏も︑これと同様な考察をなすわけである︒. 三. ︵19︶ ︵ ︒︒窪8三磯§鵬︶の要求なのである︒つまり例えば技術的裁量ヵテゴリーに関するものだといえば裁判所の審査は. 入れず訴えは却下するしかない︑というような田暴緯N涛氏のような自由裁量の理解に対して裁量限界論からの考察 ︵20︶ によって反対し︑それによって処分の正当化を求め国民の権利保護に役立てようとしているのである︒まさに↓o目R ︵21︶ 氏は︑処分の﹁正しさ︵N三お中睾︶﹂ということを要求しているといえよう︒ ↓︒鋸段氏によれば︑行政裁判所は行 ︵22︶ 政庁がある処分によって個人に﹁不正︵q糞︒魯一︶﹂を加えたか否かを審査する︑そして﹁行政裁判官は︑⁝⁝行政の ︵23︶ 最高の適正︵繕①哀島箸oω8菖︒算Φδに向かって努力する﹂ものなのである︒. では彼の自由裁量n選択の自由というのは︑どこにあらわれるのか︒↓︒NβR氏はこの点︑くo旨9訂詩魯理論をと. ↓o弩段氏の場合にはこれを︑要件の裁量は否定しているのだから当然効果の部分にとっている︑. っているといえよう︒つまり第二次大戦後のdす評魯亀両氏のく︒葺︒ま費ぎ#理論は要件の不確定概念についての 議論であったが︑. 二〇五. とである︒この<︒葺9鼠蒔魯という考え方は︑一九二四年のU霧ヰ色︒騨唐霧ω窪8﹃く①毫些毒αqのぴ︒まこ窪では 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶.

(18) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 二〇六. っぎりあらわれるのであるが︑そこでは次のようにのべている︒﹁⁝⁝行為が適法であるための前提要件が根拠づけら. れる時︵つまりは限界に違反しない時ということと同じであるー筆者注︶︑行政裁判官は︑この前提要件の存在に関. する行政庁の見解を審査する際に︑それは主張しうる︵<R幕岳践︶か︑思考上考えうる︵αqaき窪魯旨8一一魯︶か︑. ︵器旨︒号舘︶ことを理由にするだけ. 行政庁がのべているものは﹃もっとも︵ω一昌⁝りuげ貸窪一霧ω窪.︑︶﹄であるか︑という判断だけにしておかなければなら. ないであろう︒そして反対のものも考えることができ反対の見解も主張しうる. で︑行政行為の取消にとりかかってはならないであろう︒疑わしい場合には︵首N譲&&行政行為の維持︵︾縄奉. ﹁代替可能性﹂という訳が一般的のようである︒ただここでは. 畠浮巴一巨αQ︶ のために決定されるべきである︑という原則よりも重要な行政訴訟の原則はおそらく存在しないであろ ︵忽︶. う﹂と︒なおこの<o鋒9訂詩警の訳語であるが︑ ︵25︶. ﹁主張可能性﹂でよいと思われる︒つまり主張可能性︵く段膏チ舘汀δU様々な見解の可能性︵ζααQぎ穿魯ぎ窃︒年. &窪R︾窃9窪§αQ9︶といえよう︒それはさておき以上のことは︑限界に違反しないつまり﹁行政庁の行動が法的. に異議を唱えられえない場合には︑行政庁がその権限に属する他の行動をおこなうならば︑その方がより合理的もし ︵26︶ くはより公平︵ぎ馨ぎまαQ段&R窪凝段︶ではなかろうか﹂をもはや判断しないということなのである︒以上のこ. 選択の自由︑従って自由裁量である︑. とからみて↓o暮段氏は︑自由裁量H選択の自由ということを次のように考えているのがわかろう︒限界論からみた 適正な︵︒っ8嘗9︶もの︑その適正内における主張しうる︵くR霞︒ま巽︶もの. とである︒まさに自由裁量H選択の自由は︑﹁その選択が適正︵留魯ぎ算魯︶の限界内にある時に﹂︑﹁その選択が適 ︵27︶ 正に︵ω8葛畠︶︑⁝⁝正当化される﹂時に存在しているのである︒.

(19) 四 以上のものが︑↓o弩R氏の自由裁量理論であった︒これは︑裁量限界論からみて適正︵ω毬窪畠訂δ内での主. 張しうる︵<R嘗oま巽︶もの 自由裁量を求めるというものである︑すなわち望馨象N詩氏等の考察とはまったく逆 ︵28︶. の一元的な裁量理論であり︑まさに切o旨9N障氏等の却下理由としての自由裁量という理解とは異なる棄却理由と. しての自由裁量の理解だといえ︑両者の裁量理論の﹁質﹂の相違は明らかであろう︒雄川一郎氏は︑第二次大戦後の ︑︑︑︑. ︑︑︑・. ⁝. ︵29︶. わが国の判例の傾向について﹁自由裁量行為と法規裁量行為︵鶴束裁量行為に同じー筆者注︶との区別を相対化す. る立場を徹底させれば︑本来の意味での自由裁量の概念の否定に至るのではないか﹂ ︵傍点筆者︶とのべているが︑. まさに↓︒睾醇氏のはこのように評される自由裁量理論だったのである︒従ってこのような﹁質﹂の相違ということ ︵30︶. を考えれば︑守彗緯N涛氏と↓o§R氏を要件裁量説と効果裁量説というように同一平面の上でとらえること自体問. 題なのである︒ある意味では↓︒N昌R氏の主張した効果裁量というのは︑その主張の本質的なものではなく︑相手の. ω①暮讐臥犀氏が要件裁量をとるとしていることに対抗して出された表面的な看板にすぎなかったように私には思える のである︒. 二︒窪ρ一〇︒c ︒こ9①留暮ω島窪↓ゲ①o村︸雪山霞く震毛巴昌話霞o︒窪の鳳一品9一8一噂ω﹄G︒一● 〇脚留民︒ ︒︒ c りωレ一〇. ︵1︶弓︒Nロ8Nξ訂ぼ︒︿睾諭旨︷邑曾蝉目8の窪山Rく①箸魯墓鴨訂ま&窪器O霊亀畠霞O自拐一麟巳一鴨魯餌曾<︒暑翼琶撃αq雪. ω・一8・さらに臼︒§9N員溶ぼoロω多︾ψ旨詐号昂︸U器α②o盲葛旨o旨塁§︸ψo︒o︒・も同様である︒および﹁すべての概念は法概. ︵2︶日︒目①びU器留8g旨①目︒馨血①bo暑oマき飢鎌①血︒5の9︒男︒畠富びΦの島巧段山9冒ぼぎ畠密のα庸①邑一号窪園︒︒浮の℃ω島・く口︒F. 二〇七. 念であり︑行政裁判官による解釈と適用に服する﹂としている︵↓①豊9N珪富ぼ①霧多︾9冨ポき出引α段のこ9⑦審葺の魯窪↓竃o鴇①昌. 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶. 諾類こ¢舘Go診8曾鮎角のこU器留8信旨o彗o葺霧毛こω●お噂5ピ︶ことも参照︒.

(20) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 二〇八. ︾象一こ. ︒・ぎ自こ一§あ﹂︒願 3︶浮二臣①&︒頁く①暑毘唇讐︒︒げ喜浮αqρ窪・ど一︒Nρω﹄︒︒9切・箆︒や∪一︒即①酵ω昏σq昏Φ8泣・§σq・︒. ∪一〇︿o毫巴葺轟︒︒σq&畠岳︒ぽd①げR冥窪ロ凝号ω&邑琶弩簿鉱く窪甲目①ωω①霧レOG︒ごω・①圃い. 閃&o鼠国o購ヨき5国︒誉疑一FO量巳一︒ぼ塁山8く段類巴言⇔αq胃①畠富ω︸這譲︾ω68津︒二W夢一g■oぼ評魯匙oのω叶窪Φ霞①o窪の﹂. ︼Wα﹂レ旨評ω︒①9まぼ. 4︶いきPU器中o一〇厘旨o器①bβ&器ぎ①O目9NoPお一ρω︒o︒蒔9. 5︶田中二郎﹁行攻裁判所の権限より観たる自由裁量間題﹂一九三一年︑﹃行政争訟の法理﹄一九五四年所収︑二三三頁注︵三六︶参照︒. 国H韓O⑦OO⇔ 山OH. α①同. 一口. qω妻. ︾ぴ園︸. ω●鱒. Z●. 蜀・り. Oり. ω●. 一〇り. 鱒㎝県D. OqQ一︸ ⇔ωQQや. 問目旨Oωω①p傷O同 一GQON℃ ω︒. ︷目O一〇. 一〇鱒㎝︸. ω駄︒. αげO匡山餌の. ω島・. O甲侮O吋の. <①村ミ動一叶q嵩㈲ω磯①巴凶Oび叶①・ON鄭βぽ縄け乙o NO一けのOげ村一︷. 伍①暮ωo﹃op↓﹃①o誌①昌. <O穫譲鎖一叶μ昌αqωぴOゲα肖餌Φ⇒︸. U一〇. ω︒. 鱒OqQ. ︒ ω︒︒︒. 器§. ︒o oo禽山霞のこ∪器守o一①騨旨①ω︒︒窪彦多︸ω︒㊤︶匿. o ω︒一〇Go9. <8閃ユgω蔚撃ωo置す一〇旨. ω9. 一〇一蔽u. ω・. N一㎝. 名餌一一〇帰. ψ一〇︒9. ﹃①嵩一づO犀鳩. qQ眺一9. ωOの℃吋①Oゲq昌磯. 山Oω. 切90ゲOの. くO昌. O肘二昌傷血①べ. ○時件ヨ餌味. ω葺ぴ一〇聴. 一〇〇G Qり ω●一ωや ︸○叶酔碁帥H切俳げ一〇円りU一〇 の び㎞O犀酔一くO昌 ぴ︷︷①口二一〇ゲ①昌 因①Oゲ叶① β嵩餌 凶げ肘 ωOげq酔N. 次のものも参照︒津首国①ぎ9田菖oぽo︒窪暮伍α融窪象畠窃. ︒旨巳琶吸ぼ島醇勺建臨ωo津壁鴨蓄注けRく①暑聾琶ロqωφ窃g器毒山く①暑聾琶αq︒・ζ・. 堕ω︒一8●くαq一9き畠↓︒鍔︒さ薫伍. ω︒一〇ω・. O︒ b⊃. o●. 0c 唱ω≦ こ のひ 一一〇・. O刈︸. ・. <O吋毛鎚一け信昌σqωげ①ゲα同伍o口帥一の. 6︶↓︒睾9U器常一①国馨窃ω①雛q鴇こφo︒︒<αq一︒讐魯国o①一一お暮奪鴇望︒︒鷺Φ畠きσp魁窃窪島︒¢︿8蜀昌①量魯↓︒讐︒コU器地邑①. 7︶↓o昌059 ① q昌国段ω齢餌昌魁一ひ毎パO一帥. 口Φ毒. 一田吋誉OωもoO昌. Q D●. 儀Oq叶ωO﹃①口. 儀仙けOβ吋口①β①昌け βの毒こ. 目の毛ご. ↓o弩oぴ. 中巴o国同旨霧器ロ島類 こω︒︒ くσqザ碧9弓︒弩鍵︸薫伍こω●践●﹄︒ ︒己器・導N霞■①ぼ︒岳〜ω・一. O器. ↓︸︸①O疑一①昌. 8︶. ↓①塁R︶ U霧. U器 臨曾o賃器ヨ①旨霧毛こ. 一〇一Q O︾ ω.. ∪器 ぐ①一Φ国目目窃ωΦβ霧名 N一叶O一百塑口昌v. U舘 ま8仁旨o旨①馨冨毒こ. 蜜村. 窪賊. ①げ目O 剛H①一〇. 目u. 浮ヨ牢o匡︒ヨ留︒・︷邑曾卑旨︒器雪ωい. 9︶. 10 ︶↓o睾①び 11 ︶↓o弩R噂. ︶臼o弩oび 12 男Oω叶¢O﹃村一︷酔. 13 ︶↓o目oび. 虞口閃O⇒. Ng冠. 勺㎏O口届O協い ゲ①吋即¢ω㎎①鵬①げ①昌. この規定に関しては例えば次のものを参照︒. ↓①曽oぴ. U器. 閃q︒. なおこのプロイセン高等行政裁判所の実務をめぐる問題については︑. ↓o讐oび. ①NO村伽. 14 ︶. ︶ 15. 16 ︶ 17 ︶. ︷辞評巳■帥げき倉. ぎ 傷興留三ω9曾く窪巧巴葺凝興の魯富胃①3琶鱒. H導霧o器ρ頴ω眞偉︒び①.

(21) O一︒聲三①寄貯窪窪︷窪一浮び窪. o畠8量山一ぼω号葺Nぼ山段α窪冨︒げ窪<①暑巴言5αqωお号冨箕o︒ざ誌し糞︾ぴ菌ω阜器︾這罫ψ. ㎝︒ω㌔邑ω号8pN賃牢品︒似震9の§昌似段9①膏蔑毒σq旦︸N亀喜巽<︒警⑳賃凝gぼくR墨ぎ農ωω賃︒憲①浮ぼ①p<①暑㌣. 角U円3. o#無ユ魯εβ這ωρ¢9一上杉信敬﹁プロイセン警 O器卑導9も︒£8ωo. ︒①卑旧冒一ごω昌象ω魯o芦い︒ぼぎ魯儀Φの儀Φ暮の昌窪β鼠質o島一ω畠窪<①毫巴ビ轟段①畠瑳跨ロ津①⊆& 一一毒αqの震&ぎ ︼ W 創 8 一 ⑩ 一 〇 ︸ ω ● o. 察法における便宜主義の限界﹂法学論叢一〇〇巻一号︑一九七六年︑七三頁以下等︒. ω①o富8ぎき3ω醇a︾亀一鋤oqρ這曽・ψ零ρ餌鎚. ︵8 1 ︶なお↓︒§臼氏は︑﹁﹃事物の本性にかなった︑自然的︑一般的︑自明の法原則﹄それ故に正義と公平︵の霞9窪齢ぎ津麟包空一一㎡ぼ5. 6①目ΦびU舘守Φ一〇田3霧ω窪蓋妻こω・㎝o ︒.. を︑⁝⁝裁量の限界﹂だとのべている︵↓①罧9ご器律巴o甲ヨ霧8昌唱の毒こ幹蒔ρお㌔ooレち︒︶のもみょ︒ ︵9 1︶. ︵20︶例えば﹁決定の基礎になっている事態の提示と解釈の明示によって根拠づけるように行政庁を義務づける﹂ ︵↓①目璽置自こψ峯︶︑. 一ぴ一黛ψOS︶とのべていることもみよ︒<解讐魯↓震菌ぴOびR魯の律巴①守旨o鴇窪5毒こω●ω㎝9. ﹁決定的だとして採用された事実をあげることなしに単なる法律の指示からなっているにすぎない根拠づけは︑根拠づけではない﹂︵↓①昏震︾. ︵21︶↓o§①ぴαぴ段魯ω浮一〇国琶①ω︒陰窪ロ裟こω︒ω罫. ︵認︶↓︒跨g一獣傷こω●︒︒刈9. ω︒o︒ω.. ︵23︶↓9まさU器守o一①卑誉①鴇魯島多︶ω﹂曾堕なおω8匡ざ年魯という言葉であるが︑弓魯器㎏氏は器畠まダ鮮昼留営妻窃︒昌. 円o弩oび一び箆こ¢鴇ρ. qRω8富讐言o旨旨窪ということだとしている︵日oN昌霞﹂露曾ψ一8h︶︒ ︵鍛︶. ↓o跨R﹂窪山こψ霜ど目一︒<αq一9讐&↓o弩o昌U器念酔8旨Φ旨Φ旨霧毛. ︵25︶ <αq一●↓o弩oざN賃ピoぼo参毛こω︒9●. ︵26︶. ω芦ρ. またそもそも要件裁量説︑効果裁量説というものに分類しても︑例えばぎ琶氏のように両方とも認める場合. 二〇九. ︵剛の二参照︶にはいかな. ︵27︶↓︒§2u器︷畿①国毒毯9島評ψ$爵毯や謡一●き魯頴昏鉾9︒乙箇鑑邑︒国琶霧窪信馨●あ﹂8﹂器こ浸︒ 山Φ葺の30旨↓ゲ①〇二〇昌葛毒こω●boO9. ︵28︶<αq一・ ↓ ︒ 跨 貴 U 器 ぼ 一 ① 甲 皆 ︒ の ω 窪 q 裟. 0 ︵ 3︶. ︵29︶雄川一郎﹁最近における行政判例の傾向︵二・完︶﹂法律時報二七巻八号︑一九五五年︑八七頁︒. 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶.

(22) 早稲田法学会誌第三︸巻︵一九八○︶. むすびー﹁裁量二元論・裁量幽元論﹂という把握の提示. る分類をなすのであろうか︑という疑問もあろう︒. 三. U二〇. 国 以上がゆR轟鼠犀︵及びいきロ︶対↓o弩角論争︑および各氏の説のあらましであった︒以上のものを要件裁. 量説・効果裁量説という把握でとらえるのが妥当であろうか︵はじめにの二参照︶︒この点特に︑↓o§段氏自身の説に. ↓の弩R氏の理論の歴史的発生は何を意図していたのかを考えてみる必要があるのである︒. 注目してみなければならない︒つまり守き簿N篤︵及びピ餌巨︶対↓︒弩R論争という行政裁量理論の始原的形態の 中で︑. 二でみたように︑↓o跨R氏は確かに効果裁量に限っている︑だがその効果裁量というのは浮醤導N涛氏の理論へ. の対抗概念という意味しかもたなかったように思われる︒↓︒弩R氏の理論の重点は︑絶対的に裁判所の審査を排除. するものとしての自由裁量という理解への批判︑そのための裁量限界論からの自由裁量の考察ということであった︒ ヤ ヤ. 従ってこの点を直接的にとらえる把握の方が︑要件裁量・効果裁量という把握よりもより妥当だといえよう︒それが. ﹁裁量二元論と裁量一元論﹂という把握である︒金子芳雄氏の定式をかりればーもっとも金子氏の場合︑本論争と. はかかわりなく︑わが国の第二次大戦後の判例からこれをえているようであるがー︑自由裁量を論じた後にその限. 界論を付加するという二元的考察をなす裁量二元論と裁量限界論という見地より一元的に︑裁量理論を把握しようと. する裁量一元論︑という把握である︒このような把握は︑すでに約九〇年前のオーストリアの理論からすなわちわが. 国の理論に影響を与えてきたドイッ・オーストリアの行政裁量理論の始原的形態の時代から可能だったのである︵以.

(23) ここで以上の論争にそくして裁量二元論・裁量一元論というものをより詳しく典型化させておこう・まず. 上の文献については︑はじめにの三参照︶︒. 二. 浮馨辞N幹氏等の裁量二元論である︒絶対的に裁判所の審査しえない領域としての自由裁量の理解︑従って自由裁量. と鶴束裁量という区別が重視される︒これに自由裁量が恣意にながれないように裁量限界論を付加する︒ただこの裁. 量限界論による審査はあっても︑絶対的に裁判所の審査しえない領域としての自由裁量の理解には変化は生じないと. する︵殊にωo醤簿臥パ氏の限界論における﹁明白性﹂の主張をみよ︶︒つまり裁量限界論による審査はあっても︑自由. 裁量内のものだということがわかれば訴訟は却下されるにすぎない︑と考えるのである︒これに対し↓o巷段氏の裁. 量一元論は︑次のようになろう︒↓︒弩段氏の場合には︑裁量限界論からの考察ということになる︒従って絶対的に. 裁判所の審査しえない領域としての自由裁量という理解はないし︑また当然自由裁量と覇束裁量の区別など重視され ないわけである︒まさに棄却理由としての自由裁量の考察といえよう︒. ただし以上は典型化させればということであり︑そこにいう自由裁量の却下︑棄却という点は︑実務上のとりあつ. 公法判例評釈﹄一八︑一一七頁では却. かいを考慮すれぽ変容を生ずることになろう︒例えば裁量二元論に分類される美濃部達吉氏は︑一九二九年の﹃行政. 裁判法﹄一五七頁では却下説をとっていたが︑一九四一年の﹃昭和十五年度. 下説は限界論からの審査があるが故に不当だとし︑棄却説に改説しているようにである︒. 三 ではここでは以上の﹁裁量二元論と裁量一元論﹂を︑その内部において理論的に検討してみよう︒確かに理論. 二一一. 上発生してきた順序からいえば裁量限界論は後から付加されてきたのであるから︑裁量二元論は決しておかしくはな 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶.

(24) 早稲田法学会誌第三一巻︵一九八○︶. 一二二. い︒ただ次の二点に裁量二元論の理論的欠陥が出るのではなかろうか︒①第一に︑例えば評旨暮N涛氏は︑﹁自由﹂裁. 量といっても公益原則による拘束があるのだから﹁技術的﹂裁量等の言葉を使うべきだとのべているように︑浮韓㌣. 鼠犀氏等にしても﹁自由﹂裁量といっても完全な自由だといっているわけではない︵一の一および二参照︶︒そしてこ ︵1︶. のようないわば自由裁量と麗束裁量︵あるいは羅束行為︶というのは量的な相対的な差異にすぎないというのが︑一. 般的なのであるQだがそういっていながら絶対的に裁判所の審査しえない領域としての自由裁量をうちたてようとす. る︒例えば技術的裁量カテゴリーがそうだというように︒だがそのようなことは︑先ほどのような﹁自由﹂裁量の理解. と相いれるのであろうか︒すなわち自由裁量と鶴束裁量という﹁量的﹂な相違を︑自ら﹁質的﹂な相違に変化させて. 一霊o号ωαω8糞03・言窃訂嘗臥8巳岳⑦甲﹃一畠ε轟. しまっているのではなかろうか︒もちろん浮旨魯N鱒氏等が論じた時は︑自由裁量の審理を行政裁判所から除外した オーストリア行政裁判所設立に関する法律第三条e︵吻ω. ︵2︶ ︒誤︶の規定があった時であり︑ここでいう自由裁量とは何かと o冒$くR譲 ぎ甚品a︒犀昏08ωぎ目器︒○ζ呂R一〇 ︵3︶ 自由裁量という理解があったようであり︑こ. いうことを確定するのは当然だといえよう︒また当時においては行政. の点からみればー後の見解からみればまだ広いとはいえ1例えば田旨葺N涛氏が技術的裁量カテゴリーというも ︵4︶ のに自由裁量を限定してきたことへの功績はみとめてよかろう︒だがやはり以上のように相対的な量的な相違である ︵5︶ にすぎないといっていながら絶対的な質的相違をうちだそうとすることに︑理論矛盾がないであろうか︒②この第一. のものは︑自由裁量不審理規定におけるその自由裁量を確定する必要上やむをえなかったとあるいはいえるかもしれ. ない︒しかし第二に︑裁量限界論を認めることにより絶対的に裁判所の審査しえない領域としての自由裁量という理.

(25) ︵7︶. ︵6︶. ︵8︶. 解に変化が生じなければおかしいはずである︒それなのに何らの理論変更をなさない点に根本的な理論的矛盾がある. ︵9︶. のではなかろうか︒たとえ︑自由裁量のもともとの出発点は﹁裁量の再審査不可能という原則﹂でありまたωR壼?. N鮮氏等の当時においても例えば08茜ζ昌段氏のように裁量限界論を認めないような人もいたのであり︑このよ. うなものに対しても裁量限界論を付加することにより自由裁量の統制を認めていた功績はあるにしても︑また殊に. いき昌氏は自由裁量とその限界論︵裁量瞼越︶を目的という点で統一的に首尾一貫させた理論構成をなした功績はあ. るにしてもである︵この点一の二参照︶︒以上が裁量二元論の理論的欠陥であり︑この点からみてこのような欠陥のな. いーもちろん裁量一元論の方があとから出てぎたという有利さはあろうがー裁量一元論の方がより妥当であるよ うに︑私は思う︒. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︵恥︶. ﹁自由裁量とは﹂︑不確定概念の﹁具体化についての内心の価値もしくは無価値に関する︑法によって権威を与. 現にその後の理論上においても︑裁量限界論を含めた自由裁量の定義があらわれてくる︒例えば≦巴けR崔ま舞 ︑. 氏が︑. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ﹁法律の意味で行政庁が裁量により決定をおこな. えられ理疵なくおこなわれた個人的見解である﹂ ︵傍点筆者︶としているようにである︒また法律の規定上も︑この ︵n︶ ような裁量限界論の内容がとりいれられた裁量の行使方法についての規定がなされてくる︒例えば一九一九年一二月. ヤ. 一三日のドイッ租税通則法︵菊蝕︒募魯αQ筈雲9魯§αQ︶六条には︑. 一二三. うように授権されている時︑その決定は正義と公平にしたがい︵鍔畠寄︒窪猛ユ田一凝ぎδおこなわれることを要 ︵皿︶ す﹂ ︵傍点筆者︶という規定がなされているようにである︒以上の第二次大戦前の動向の中にも︑裁量一元論的傾向 がしだいに強くなってきていることがみてとれよう︒ 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶.

(26) 四. ︑. 早稲田法学会誌第三一巻︵麟九八○︶. 二︸四. なお最後に一つ付言しておくが︑評馨暮N涛氏や罫§氏の説に対して反動的あるいは反法治主義的であると. ︵14︶. いう批判があるようである︒例えば↓①Nま﹃氏が︑望旨魯N涛氏のことを﹁絶対主義的でかつ反動的な行政の権威的要 ︵13︶ ︑︑︑︑ 求に魅せられている﹂としているように︑また山田幸男氏が︑い讐昌氏に対して﹁﹃公益の考慮﹄⁝⁝につき行政の万. 能を許容﹂したとするようにである︒だがすでにみたようにこの両氏は︑殊に裁量限界論を付加していくことにより. 自由裁量の統制を可能にしているのであるから︑この批判自体はいささか当を失するように思う︒またーω︒9簿N篤. 氏については私には語るべきものをもたないがーーその法思想についてみると9毒氏は︑法の自律理論をとる自然. ︵5 1︶. 法論者で法実証主義に反対する︑従って法の拘東力の窮極の根拠も服従者の良心と正義感情︵閃︒︒窪茜焦爵一︶にあ. る︑とする人なのである︒そのような人なのであるから鍔§氏は︑すべての形式の恣意と権力に対する長年の闘争 ︵蛤︶ と倫理的規範にもとづく﹁真の法﹂の妥当性を得させようとする努力をおこなった︑と評されるのである︒以上の点. からみて↓o弩R氏等の浮旨9N岸氏やピ讐ロ氏への批判についてはいささか当を失するところがあると思われる ので︑ここで付言しておくことにする︒. ︒望︷二豆誌魯 例えば勺露ロ署Noヨ︶国葺房9①ω言島窪豊賊くR毛巴ε旨αq詔oユ魯富富躊①ドく巽巧巴言昌σq雷器寓〜ω阜ρ一〇〇逡りψ一〇. ω魯Φ毒ΦぴN賃犀品①山R9の餐⑦β伍R289吋窪章αq号の卑資︒ωの窪の象8ゲ象①の︒浮窪ρくΦ暑巴葺凝ω震︒露く︶国血一ωωン︒NG︒℃ωふ︒︒︶. ︵1︶. oo︑8Pさらに国家行為についての法規によるすべての拘束という形式的な面からのものではあるが︵韻一︐浮ぼ琶9鉾鉾○こω●ooo o.︶︑同. o o一⁝謡震誉騨計O霊&ポぼ窪山霧く霞名簿き撃器o窪窃導おNどψ8ご︾旨gO旨o津切曙①器号窃<R名巴εロひq詔興♂寓品①器欝一旨o o. 様のものとして純粋法学の主張がある︒例えば属餌葛訳︒一︒9︾=袈℃68匡o膏o傷段聾器酵︒畠邑︒ぼρド︾亀rお8・ω・㎝ミ幡凱伍曾掌.

(27) ≧飼①葺巴器幹器邑oぼρ28臣讐畠幽臼巽曾窪︾焦一甜o︿9お謡︸お8︾ω・漣撃. ︼Wα﹂弘O鮮o o. ︵清宮四郎訳﹃ケルゼン一般国家学︵改版︶﹄一九七. 9ρ89︾匹o罵ζ震年≧一αqΦ導Φぼ①ω<︒吋毛箋毒αq胃の︒ダ一〇ミ植ω●一爵嶺ド. 一年︑四〇五−四〇七頁︶甲く震象oρU窃牢o匡o旨山霧砕o博聲津B霧器霧仁&象o宰①一89$訂名畠琶騨α警Φ円奉ざ岳ω9①N鉱駐魯亀け ︷驚α中︒暑一一魯︒の即①畠. 訴訟に対する行攻庁側の反対を弱めるという意味をももっていたようである. ︵↓o弩8∪器守巴①守菖o器窪α段く霞巧巴ε昌oqのぴ①ま銭①夢. ︵2︶ この規定については︑例えば田中﹃行政争訟の法理﹄二〇七i二〇八頁参照︒なお↓の馨震氏によれば︑この規定を制定することは行政. この点次のものを参照︒区包津①岸R霧く窪ω8お卑9︒<震乏巴ε凝超Rざぼ菩費犀卑⊆&毎①ぴ崩窪岳9窪閃9冨︒いく霧名巴εマ. 一〇漣︸ψ嶺9︶︒. 〇〇㎝いω︒N一はや旧評巳富げき斜O器ωけ器富おo窪号ω餌ogの魯窪幻①一魯o辞餌●卜象一●uω鮮FおOどω﹂①舞嚇宰一g αQω貸9ぎω山︒ω り 一 〇. ︵3︶. ω瀞7ωo巨pU霧縛8田臣窃︒・窪ぎ濁g窪の質︒魯§嚥毎山くRぞ毘琶σqり閃8黄昏︒︷辞−窪一匿鼠&矯窪︒FおOo︒りω●濠皐. ︵5︶. 行攻法上﹄一九七九年︑二〇六頁︑国ゲ醤ぎ︾. ド︾魯;田﹂︾一〇︒︒①博ψ紹ご竃Φ匿も﹄●○●噂ψ一参. なおこの点渡辺洋三﹃現代国家と行政権﹄一九七二年︑九二︑九四頁も参照︒. ︵4︶<¢q﹃き畠 鼠 震 江 も ● 鉾 ○ こ ω ● 犀 ピ. ︵6︶<αq一︒き3鼠突くo嵩ωΦ且︒㌍野網亀ω畠霧ω爵駐同①3. ︾焦r一〇〇鐸. 堕鳶h︵なお現在の訳語と相違するものがありまた. りb毒①ωω曾..琶貸︾きぴ婁ぼ巨興寄︒窪筈①管中..ぎ<R惹開彦晦器︒窪曽国①︒窪自巳ω雷鈴類3鵠O\鵠卜這︒O曾ω﹄ρ. ︵7︶ この点次のものも参照︒渡辺・前掲書九五ー九六頁︑磯部力﹁行致裁量﹂山田等編﹃演習. の8お竃亀①ぴピoぼ薯魯α窃留葺︒︒号窪<R毛巴葺轟段9窪βP. ︒・. ︵8︶ω魯①巷①び餌︒鉾○こω︒①︒. 全﹄一九〇一年︑八五五−八五六頁︵三畠9訂ぼぎ魯ユ霧号9の号窪響器仲鴇9窪39︾象rお8堕. 本書の初版の訳であるが︑沢井要一訳﹃独逸行攻法論第一巻﹄一八八七年があり︑この部分は本訳書の五二ー五三頁にあたる︶︑ゲオルグ︑マ. ︵9︶. イエル原著︑乾等訳﹃独逸国法論 ω︒8 ●︶︒. ︵−o︶崔一ぼのドOΦω︒貫O︒ωΦ墓ωき毒巳毒西毒儀N類①鼻葺酵一讐葺の①暑餌αq毒σqレ︒一︒︒℃ω︒︒ o ︒﹂器こく霞譲婆琶鵯富︒ぎZ①&霊畠αR. く震蓄一け§鴨8︒浮ω﹂ぎ津①ロ民器︒募8<①合①馨旨︒︾亀蹄αq︒口︒鎚ω︒島ε妻①旨霧距巷鷺詳︾U器℃身暑畠霞O︒︒︒①件弩餌の︒一讐︒岸. oρさらにほぼ同じものとして次のものがある︒頃簿8ぽドピoぼゴ魯留ω留葺ω魯魯ロ&胃窪聖ω&雪 ω●︾亀一臓①く8這竃︸一89ω曝o. 一二五. oa①5琶αQ臣欝傷窪>誹涛①二〇︒ユ︒の≦辞幕導びRαq O霧①gφψ害①同象①く①毫帥一言− 留吋く①暑聾琶αq琶飢畠器律①一︒国§3の窪ぎ帥穿gし. 行政裁量理論の始原的形態︵高橋靖︶.

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