違法な建築確認と国家賠償責任
─ 耐震偽装国家賠償訴訟を中心に ─
北 村 和 生
1 はじめに (1)耐震偽装事件と被害者の救済 (2)耐震偽装事件国家賠償訴訟の特色 (3)耐震偽装事件国家賠償訴訟の論点 (4)耐震偽装事件後の建築基準法の改正について 2 建築確認と建築主等の権利の保護 (1)国家賠償法における違法と職務義務違反説 (2)耐震偽装国家賠償訴訟に関する判例の整理 (3)耐震偽装国家賠償訴訟における国家賠償法上の違法論 3 建築確認審査における注意義務 (1)建築確認における建築主事らの審査 (2)耐震偽装事件国家賠償訴訟に関する判例の整理 (3)まとめ 4 むすびにかえて1 はじめに
(1)耐震偽装事件と被害者の救済 耐震偽装事件とは、建築物の構造計算を担当していた一級建築士が、建築基準法によって要 求される構造安全性を有していないにもかかわらず、構造計算書を偽装して建築確認の申請を 行ったところ、建築主事や指定確認検査機関の検査員らが構造計算書の偽装を見破ることがで きず、建築確認を行い、そのため、安全性を有しない建築物が多数建築されたという事件であ る。同事件は、2005 年 11 月に発覚したが、偽装を行っていた一級建築士は多数の建築に関与 していたため、多くの建築物が安全性を有しないことが判明した1)。さらに、その後の調査に より、同一級建築士が構造計算を担当した物件以外にも、安全性が欠けている物件があること がわかった。 耐震偽装事件は、その発覚直後から、被害者をどのように救済すべきかが重要でありかつ困論 文
難な課題となった。一義的に責任を負うべきと考えられるのは、言うまでもなく、耐震偽装を 行った一級建築士であるが、これらの莫大な損害を負担する資力を有しておらず、被害者救済 として不十分なのは明らかであった。同一級建築士に構造計算を委ねていた設計事務所や経営 コンサルタント等に対して、民法等に基づく損害賠償請求がされた事例も見られるが2)、一方 で、建築主事や指定確認検査機関が耐震偽装を見抜けなかったこと等を理由として、すなわ ち、違法な建築確認という「公権力の行使」を根拠として、国家賠償法に基づく損害賠償請求 がされた事例も少なくない。本稿は、これらの耐震偽装事件に関する国家賠償請求訴訟の判例 分析に基づき、行政法や国家賠償法上の問題点を整理するものである。 (2)耐震偽装事件国家賠償訴訟の特色 本稿で扱う耐震偽装に関する国家賠償訴訟については、別表にまとめたとおりである3)。こ 〈別表〉 裁判年月日 掲載誌 責任 主体 原告 結果 ① 奈良地判平 20・10・29 判時 2032 号 116 頁 否定 検査機関 建築主 確定 ② 名古屋地判平 21・2・24 判時 2042 号 33 頁 認容 公共団体 建築主 控訴 ③ 前橋地判平 21・4・15 判時 2040 号 92 頁 否定 公共団体 建築主 控訴 ④ 福岡地小倉支判平 21・6・23 判時 2054 号 117 頁 否定 検査機関 建築主 確定 ⑤ 東京地判平 21・7・31 判時 2065 号 82 頁 否定 検査機関ら 建築主 取り下げ ⑥ 京都地判平 21・10・30 判時 2080 号 54 頁 否定 公共団体 建築主 控訴 ⑦ 大阪高判平 22・7・30 裁判所HP 否定 公共団体 建築主 上告 ⑥の控訴審 ⑧ 京都地判平 22・10・28 裁判所HP 否定 公共団体 建築主 控訴 ⑨ 名古屋高判平 22・10・29 判時 2102 号 24 頁 否定 公共団体 建築主 上告 ②の控訴審 ⑩ 東京地判平 23・1・26 判時 2122 号 89 頁 否定 検査機関 購入者ら 確定 ⑪ 東京高判平 23・2・23 判タ 1356 号 156 頁 否定 公共団体 建築主 確定 ③の控訴審 ⑫ 東京地判平 23・3・23 訟月 58 巻 6 号 2291 頁 否定 検査機関 建築主 確定 ⑬ 東京地判平 23・3・30 判時 2126 号 73 頁 否定 検査機関 購入者ら 控訴 ⑭ 横浜地判平 24・1・31 判時 2146 号 91 頁 認容 検査機関 購入者ら 控訴 ⑮ 東京高判平 24・2・28 判時 2167 号 36 頁 否定 検査機関 購入者ら 上告 ⑬の控訴審 ⑯ 東京地判平 22・11・25 判時 2108 号 79 頁 否定 公共団体 購入者ら 確定 ⑰ 静岡地判平 24・12・7 判時 2173 号 62 頁 認容 公共団体 建築主 控訴 ⑱ 名古屋地判平 25・1・22 判時 2180 号 76 頁 否定 公共団体 建築主 確定 ⑲ 最 3 小判平 25・3・26 裁時 1576 号 8 頁 否定 公共団体 建築主 ⑦の上告審
れら約 20 の判決はいずれも建築確認の違法を理由として、建築主やマンションの購入者が、 地方公共団体や指定確認検査機関を訴えたものである。これらの耐震偽装事件国家賠償訴訟に は、次のような特徴が見られる。 違法な建築確認を理由として国家賠償が請求される事例は従来からも見られるが4)、これま での判例の多くは、次のようなものであった。ひとつは、違法な建築確認によって建築された 建築物が危険であることを理由として、当該建築物の周辺住民が建築確認取消訴訟を提起した ところ、当該訴訟が、建築工事終了後訴えの利益を喪失し、国家賠償請求訴訟に変更されると いうものである。また、事案としてはかなり違いがあるが、建築確認が行政指導等によって留 保され遅滞したこと等による損害賠償請求訴訟も見られた5)。このような従来から見られた違 法な建築確認による国家賠償請求訴訟の事例とは、本稿が扱う耐震偽装事件はかなり異なるも のである。というのも、建築確認を申請した建築主らが自らの申請通りに行われた建築確認が 違法であるとして、公共団体等に対して国家賠償請求を行うという特殊性を持っているからで ある。申請による処分につき、申請通りの処分がされたことを違法として申請者が国家賠償請 求を行うことは通常殆ど見られないが、建築確認に関しては、これまでにも数は少ないもの の、ある程度はこのようなタイプの事件が見られる。その理由は、特に耐震偽装事件で問題に なった構造計算がそうであるが、建築計画の複雑で専門的な内容は、申請者である建築主で あっても充分に把握できないためである。その意味では、建築確認における建築主は申請者で あり、法的には行政処分の名宛人であるが、実質的には、第三者的な立場であるということが できる。 (3)耐震偽装事件国家賠償訴訟の論点 別表で示した各判決を整理すると、以下の 3 点が主要な論点となっていることがわかる。 第 1 の論点は、建築基準法が、建築主やあるいは建築されたマンション等を購入した者の財 産的利益を保護すると考えられるかどうかという問題である。建築確認取消訴訟の原告適格の 有無に関わって論じられることがあるように、建築物の周辺住民は、建築基準法によって、そ の利益を法的に保護されていることがあるとされる。それに対して、耐震偽装によって、その 所有する建築物の財産的価値が毀損された場合、これらの建築主らの財産権が、建築基準法に よって保護されているかという問題である。後に見るとおり、国家賠償訴訟において、反射的 利益論として論じられることがある論点と共通する論点である。 第 2 の論点は、建築主事らの注意義務の内容と程度に関する問題である。耐震偽装事件にお いては、建築物が建築基準法に違反する違法な建築物であり、当該建築物に関する建築確認も 建築基準法上の要件を充足しない違法なものである。しかし、国家賠償責任が認められるかど うかは、建築確認が建築基準法に反して違法であると言うことのみで決せられるものではな く、違法な建築確認申請を建築主事らが見落としたことにつき、職務上尽くすべき注意義務違 反が見られるかが争点となる。 第 3 の論点は、指定確認検査機関が建築確認を行っている場合、損害賠償責任を負うのは、
指定確認検査機関か、地方公共団体のいずれであるかという問題である。建築主事が建築確認 を行っている場合には、地方公共団体が責任を負うが、指定確認検査機関が建築確認を行って いる場合には、地方公共団体と指定確認検査機関のいずれかが責任を負うのか、あるいはいず れもが責任を負うのか、という問題があるからである。さらに、⑭判決が取り上げているが、 違法な建築確認を行った指定確認検査機関を指定し、あるいは必要な監督処分を行わなかった という規制権限を有する行政主体の責任も想定することができる。 以上の 3 点のうち、第 3 の論点は、建築主事が建築確認を担当した場合には争点化しえず、 すべての耐震偽装事件国家賠償訴訟に関連するわけではない。また、第 3 の論点は、理論上、 大きな関心を引くが、後に見るとおり、別表で取り上げた各判決で第 3 の論点を具体的に取り 上げている判決はそれほど見られず、少なくとも、本稿執筆時点では、第 3 の論点を取り上げ た上級審の判決は見られない。したがって、本稿では、第 3 の論点については、最後に簡単に 触れるにとどめる。 (4)耐震偽装事件後の建築基準法の改正について (3)で見た各争点の検討に入る前に、耐震偽装事件後、建築基準法がどのように改正された か、本稿と関わる点のみ簡単に整理しておくこととする6)。社会問題化した耐震偽装事件によ り、建築基準法や建築士法の制度的な問題点が指摘され、これらの法律は大規模な改正を受け た。そのため、本稿で取り上げる耐震偽装事件当時の建築基準法と現在の建築基準法はかなり 異なる。 まず、建築確認について審査が厳格化され、特に一定の建築物の構造計算については、二重 にチェックするという、都道府県知事による構造計算適合性判定制度が導入された(改正後の 建築基準法 6 条 5 項、18 条 4 項参照)。耐震偽装事件においては、構造計算の偽造を建築主事 や指定確認検査機関が発見できなかったことが原因のひとつであることから、二重のチェック 体制によって構造計算の適法性を確実に担保するためである。また、構造計算のチェックは、 都道府県知事によって指定される専門的な機関である指定構造計算適合性判定機関によっても 行われる(改正後の建築基準法 18 条の 2 第 2 項)7)。都道府県知事や指定構造計算適合性判 定機関は、構造計算適合性判定を求められた場合においては、14 日以内にその結果を建築主 事らに交付しなければならないが(改正後の建築基準法 6 条 8 項、6 条の 2 第 5 項)、14 日以 内で交付できない「合理的な理由があるとき」は、35 日以内で期間を延長することができる (改正後の建築基準法 6 条 9 項、6 条の 2 第 6 項)。さらに、建築主事らは、構造計算適合性判 定によって構造計算が適切に行われたと判定される場合に建築確認を行うことができる(改正 後の建築基準法 6 条 11 項、6 条の 28 項)とされ、構造計算について慎重な手続が定められた。 次に、建築確認の審査期間が、建築基準法改正によって、一部の建築物を除いて、35 日と された(改正後の建築基準法 6 条 4 項)。改正前の審査期間は、21 日間(改正前の建築基準法 6 条 4 項)であったから、2 週間分法定の審査期間が延長されたことになる。上で見た構造計 算適合判定に係る期間と併せると、最長で 70 日という期間とすることが可能となる。このよ
うな建築確認の審査期間は、3 で見るように、建築主事らの職務上の注意義務を考える際に参 照される規定の一つであり、建築主事らの注意義務の内容に影響を与えると考えられる。 その他、建築物に対する中間検査の強化や、指定確認検査機関や建築士に対する規制や罰則 の強化といった改正が行われた。この結果、本稿で扱うような違法な建築確認による国家賠償 請求事件が仮に将来生じるとしても、本稿で考察するような諸判決とは異なる判断がされると 考えられる。また、本稿では、改正前の建築基準法に関する判例の考察が中心であることか ら、以下で建築基準法や施行令の条文に言及する場合、特に断りがない限り、改正前の建築基 準法に関するものである。
2 建築確認と建築主等の権利の保護
(1)国家賠償法における違法と職務義務違反説 違法な建築確認が行われ、それによる損害につき建築主らに対する国家賠償責任が認められ るためには、当該建築確認が国家賠償法上違法でなければならない。国家賠償法上の違法につ いては様々な議論があるが、以下で本稿の分析に必要な限りで整理を試みておこう。 まず、国家賠償法上の違法につき、判例は、「国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公 権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国 民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定する」8)と して、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務違反をもって、国家賠償法上の違法と解 している。同判示は、立法権の権限不行使に関わる事案についてのものであり、やや特殊な事 案についての判示であるが、その後の多くの判例でこのような考え方が維持されており、耐震 偽装事件国家賠償訴訟においてもほぼ同様である。以下では、このような判例の考え方を「職 務義務違反説」と呼ぶこととする。 判例が職務義務違反説を採用していることについては、職務上の法的義務の内容の不明確性 といった点や9)、職務行為基準説との関連に関わって、その問題点が指摘されることがある が、本稿ではこれらの問題については立ち入らない。ここで指摘しておくべきことは、次のよ うな点である。すなわち、職務義務違反説によるならば、公務員が、従うべき一定の行為規範 に違反し損害が生じた場合、国家賠償責任が認められるかどうかは、当該行為規範が、損害を 受けた者の利益を保護しているかがまずは問題となるというものである。このように理解する ならば、職務義務違反説は、不作為責任において問題になることが多い反射的利益論と同様の 思考に基づくものと言うことができるであろう10)。また、取消訴訟の原告適格論との類似性 も同じく指摘できることになる。反射的利益論によれば、仮に損害が発生したとしても、それ が反射的利益であることを理由に、カテゴリカルに国家賠償請求を棄却することが可能とな る。 耐震偽装事件国家賠償訴訟に関する判決には、ニュアンスの違いがあるものの、職務義務違 反説を採用し、建築基準法が、建築主の利益を保護するものではなく、公益を保護するものであることを、少なくとも理由のひとつとして請求を棄却しているものが少なくない。以下、職 務義務違反説に関して、耐震偽装事件国家賠償訴訟判決を整理しておこう。 (2)耐震偽装国家賠償訴訟に関する判例の整理 まず、耐震偽装事件国家賠償訴訟の判決には、職務義務違反説を採用して、国家賠償法上の 違法性を原則として否定する判決が一定数見られる。これらの判決は一定の場合には、国家賠 償法の違法性が認められることがあるという例外を認めるものや、特にその様な言及がない判 決が見られる。次に、一定の制限を付すことはあるものの、建築主らとの関係で国家賠償法上 の違法性を肯定する判決も見られる。前者を違法性原則否定説、後者を違法性肯定説とさしあ たり呼ぶこととする。その他、職務義務違反説に関わっては特に論じていない判決も見られる が、これらの判決については特に触れない11)。 (ア)違法性原則否定説を採る判決 まず、最も明確に違法性原則否定説を採用したのが、⑧判決である。⑧判決は、職務義務違 反説をとるかについては言及していないが、「建築主事も建築物の安全性について責任を負う べき立場にあるとはいえるが、(略)建築基準法上は、建築物というものが、その建築物内に いる者、その近隣に居住する者、通行人などの利益を侵害する危険があるものなので、特に規 制をしているというべきであり、その保護の対象もそれらの者の利益であると考えられるので ある。これとは別に、特に建築物に限ってだけ、その所有権という私権を、建築主事又はその 属する地方公共団体が、後見的に保護しなければならない理由は見いだせ」ず、「建築主事が 建築基準関係規定適合性の判断を誤っても、原則として違法とは評価できない」と述べ、建築 主事の注意義務違反の有無については一切検討することなく請求を棄却している。 ③判決は、職務義務違反説の定式を示した後、建築基準法は、「建築物の所有者による建築 物に係る利用価値又は資産価値を内容とする財産上の利益を保護したり、又は当該建築物所有 者から建築工事を請け負った工事業者の業務上の利益を保護したりすることを目的とするもの ではない」として、「建築主事の行為について職務上の義務を尽くさなかった違法があったと しても、法が保護しようとする者以外の者である原告らとの関係では、国家賠償法 1 条 1 項の 『違法』を構成するものではない」と述べており、違法性原則否定説の典型ということができ る。もっとも、③判決は、念のためとしながら、仮に建築主らに国家賠償法上保護される利益 が認められるものと解した場合について、建築主事の注意義務違反に関わる検討を行い、義務 違反はないとしている。 ⑥判決は、⑧判決とほぼ同内容の判断を示して12)、建築主事が建築基準関係規定適合性の 判断を誤っても、原則として国家賠償法上違法とは評価できないとしながら、「建築確認を経 たことによるその建築物の安全性への建築主の信頼が全く保護の対象とならないともいえない とすると、建築主事が建築基準関係規定適合性につき故意に虚偽の判断をしたり、誤った判断 をしたことにつき建築主事に重過失があったような場合には、故意や重過失のない建築主との
関係で、国家賠償法 1 条との関係でも違法と評価されることがないとはいえない」として、故 意又は重過失があれば、国家賠償法上違法となることがあるとし、さらに重過失の有無を検討 している。控訴審判決である⑦判決は、「建築主の個別的利益に属する財産権は、建築主事が 建築確認審査において依拠すべき行為規範の保護範囲には含まれず、本件建築確認審査におい て本件建築主事が建築主である控訴人個人に対して職務上の法的義務を負うものとは認められ ない」としているが、故意又は重過失という限定は行わず、さらに、注意義務違反がないこと も示して国家賠償請求を棄却している。 以上のように、違法性原則否定説を採る判決は、いずれも反射的利益論的な解釈により、建 築主らの財産的利益は建築基準法によって保護されていないとして、国家賠償請求を認めてい ない。しかし、⑧判決を除き、建築主事の注意義務違反がないことにも触れており、違法性肯 定説との違いは、原則と例外が逆転していることに過ぎないとも考えられる。 (イ)違法性肯定説を採る判決 建築主事らがなした違法な建築確認が、建築主らとの関係で国家賠償法上違法となりうると した判決は以下のとおりである。 ⑪判決は、違法性原則否定説を採用した③判決の控訴審判決であるが、「建築確認の制度 は、建築主や建築業者の建築物に対する所有権の保護を目的として制定されたものではなく、 また建築確認が建築主等に対し当該建築物の安全性を保証するものでないことも明らか」とし ながら、建築基準法 1 条に「国民の生命、健康及び財産の保護」が含まれ、これには建築主ら の財産が排除されるとは考えられないことや、建築確認を受けなければ建築主は建築を適法に 行うことができないという負担を課せられていることを示して、建築主との関係で国家賠償法 上違法となり得ることを認めた。 ⑨判決、⑱判決も、⑪判決と同様の根拠をあげて、違法性肯定説を採用している。さらに、 例えば、⑨判決や⑱判決は、建築主事らの資格が通常の一級建築士よりも資格要件が厳格であ ることもその根拠としている。これらの判決に共通するのはいずれも、違法性肯定説の採用を 国家賠償請求訴訟の場合に限定していることである。また、⑨判決は、「基準違反の建築物が 建築された後の事後的損害の回復を求める場合において違法理由として用いることのできる利 益は、周辺住民だけでなく建築主にも及び、建築主の財産権も少なくとも国家賠償請求訴訟と の関係では建築基準法の保護法益に含まれる」と判示しているが、国家賠償請求訴訟における 反射的利益論を、行政事件訴訟法 10 条 1 項における主張制限の問題のように理解しているの ではないかと考えることができる13)。その他、その根拠には明白でない点もあるが、⑫判決 も「およそ建築主事等の職務上の義務違反を建築主の財産上の損害との関係で違法ないし過失 と評価することが全くできないとすることは相当ではない」と述べている。 本稿執筆時点では唯一の最高裁判決である、⑲判決は、違法性原則否定説を採用した⑥判決 と⑦判決の上告審であるが、少なくとも⑲判決の判示からは、違法性肯定説を採用していると いうことができるであろう。⑲判決は、「建築主事が職務上通常払うべき注意をもって申請書
類の記載を確認していればその記載から当該計画の建築基準関係規定への不適合を発見するこ とができたにもかかわらずその注意を怠って漫然とその不適合を看過した結果当該計画につき 建築確認を行ったと認められる場合に、国家賠償法 1 条 1 項の適用上違法となる」と述べてい るからである。 以上のように、一部の裁判例においてみられた違法性原則否定説は、最高裁判決を含む多く の判決では採用されず、少なくとも一定の限定は見られるものの、違法性肯定説が採用されて いると考えてよいであろう。次に、最高裁判決である⑲判決を中心に国家賠償法の違法論と関 係を分析することとする14)。 (3)耐震偽装国家賠償訴訟における国家賠償法上の違法論 (ア)⑲判決を中心とした整理 上で見たように、最高裁判決である⑲判決を含め多くの判決で違法性肯定説が採用されてい ることは、妥当と考えてよいであろう。(2)で整理した判決が述べるとおり、建築基準法が建 築主の財産権を保護の対象から排除しているとは考えにくいからである。 そして、最高裁の判断である⑲判決が、いわゆる違法性相対説的な見解を採用していること も併せて指摘できるであろう。すなわち、耐震偽装事件国家賠償訴訟においては、構造計算が 偽造されたことから、違法な建築確認であることは争いがない。しかし、⑲判決によれば、そ れだけでは、国家賠償法上違法ではないことになるのであり、建築主事らの職務上尽くすべき 注意義務違反が認められてはじめて国家賠償法上違法とされることになるからである。また、 第 1 審判決の⑥判決も国家賠償法上の違法性の前提として故意又は重過失を想定していること から、実質的には⑲判決と類似していると考えられる。 ⑲判決のように耐震偽装事件国家賠償訴訟において違法性相対説を採用するとすれば、例え ば、周辺に居住する住民が建築確認取消訴訟を提起した場合には当該建築確認は違法として取 り消されうるが、建築主らが提起する国家賠償請求訴訟では当該建築確認は国家賠償法上違法 ではないとされることもありうる。また、⑲判決の寺田逸郎裁判官と大橋正裁判官の補足意見 においても触れられているように、建築主以外の者が国家賠償請求訴訟を提起した場合に は15)、国家賠償法上も違法ではないとされることは考え得るところである。建築主事らの注 意義務はそれぞれの事例で問題になる被侵害利益の性格等により相対的になる可能性があるか らであろう。 上記の様に原告がどのような主張をするかによって、あるいは訴訟の形式が何かによって、 違法性に関する判断が異なるのは、違法性相対説を採用する以上は不可避のものである。もう 少し詳しく整理すると以下の様に考えることができるであろう。 国家賠償法上の違法は、違法性相対説を採用するか否かによらず一種の行為規範違反と考え られるが16)、耐震偽装国家賠償訴訟において、建築確認を行う建築主事らは 2 種類の行為規 範を与えられていると言うことができる。第 1 に、建築基準法上適法な建築確認を行うという 規範である17)。この規範は、建築基準法に適合する適法な行政活動を負うべきといういわば
法治主義の原理から導かれる。具体的には建築基準関係規定への適合性ということになるであ ろう。第 2 の規範は、建築確認を審査するときに建築主事らが行うべき注意義務であり、耐震 偽装国家賠償訴訟においては、提出された建築確認の申請に対して、構造計算書のチェックや 建築主事らによる独自の調査(例えば構造計算の再計算)をどの程度まで行うのかという点に 関する規範である。第 1 の規範は、絶対的な性格を有するものであり、訴訟に応じてあるいは 当事者に応じて変動することはなく、建築基準法という客観的な規範によって判断されると想 定することができる。したがって、取消訴訟であろうと国家賠償請求訴訟であろうとこの意味 での違法に変わりはない。しかし、第 2 の規範に違反するという意味での違法は、具体的な状 況での注意義務違反の存在であり、主体や被害の性質に応じて変動することになり、相対的な ものとなりうる。すなわち、⑲判決の言う違法性=第 1 の規範違反+第 2 の規範違反、と理解 することができる。 (イ)違法性一元説からの整理 以上の整理は、⑲判決に代表される耐震偽装事件国家賠償訴訟に関する判例を違法性相対説 的な見地から整理したものである。第 1 の規範と第 2 の規範の違反が、耐震偽装国家賠償訴訟 においては、国家賠償法上の違法判断に混在しているという状況が明らかとなった。しかし、 ⑲判決の補足意見において、寺田裁判官らが、「国家賠償法においては、条文上『過失』とは 別の要件として『違法性』が明文で定められているから、これをそのいずれの要件の問題とす るかの問題は残る」と述べているように、そもそも⑲判決が採用するような、職務義務違反説 に基づく違法性相対説的な理解をする必要があるのか、という点やその根拠は何かという疑問 は残る18)。 違法性一元説的な整理を行えば、例えば、第 1 の規範の違反 = 国家賠償法上の違法であり、 第 2 の規範違反 = 国家賠償法上の過失、と考えることができる19)。このような整理を行った としても、論理的に明確になりこそすれ、特に問題が生じるわけではない。むしろ、建築確認 の違法性についての判断については、訴訟の種類にかかわらず、一貫性が認められることにな る。もちろん、このような整理を行ったとしても、構造計算が偽装されていた建築確認は違法 とされるであろうが、第 2 の規範により過失が判断される結果、国家賠償請求が認められると は限らないのは言うまでもない。また、事案によっては、建築確認が違法で第 1 の規範違反が あったとしても、過失相殺や、信義則違反といった理由で建築主による国家賠償請求が認めら れないことはあろうが20)、それは別個の問題である。 これまでにも、耐震偽装国家賠償訴訟ではないが、建築主事が構造計算書に誤りがあるのを 見抜くことができずに建築確認を行ったため、損害を受けた建築主による国家賠償請求におい て、構造計算書を審査する義務を過失の問題とし、建築確認が法令に違反していることを違法 の問題として整理する判決も見られる21)。そうすると、耐震偽装国家賠償訴訟においては、 違法性相対説をとる必要性は乏しく、国家賠償請求訴訟と取消訴訟の違法性につき、一元説的 な整理を行うことがむしろ理論的にも適切ではないかと考えられる。
3 建築確認審査における注意義務
2 で論じたように、建築確認が建築主らの財産的な権利を保護しうると理解できるものであ るとすれば、次に建築主事らが建築確認の審査においてどのような注意義務を負うのかにつき 検討が必要となる22)。2 で論じた点は、前提となる問題点の整理であり、耐震偽装国家賠償訴 訟の最も実質的な争点は、建築主事らが負う注意義務の内容である。すなわち、2 での用語法 に従えば、第 2 の規範の具体的な内容であり、建築主事は改正される以前の建築基準法の下 で、どのレベルまで建築確認の審査をしなければならなかったのかという問題である。 (1)建築確認における建築主事らの審査 (ア)建築基準法と耐震性能 建築基準法によると、「建築物は、自重、積載荷重、積雪荷重、風圧、土圧及び水圧並びに 地震その他の震動及び衝撃に対して安全な構造」(建基 20 条)を有しなければならず、「建築 物の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適合するものであること」(建 基 20 条 1 号)が要求され、一定の建築物については、「政令で定める基準に従つた構造によつ て確かめられる安全性を有すること」(建基 20 条 2 号)とされている。建築基準法施行令は、 これらに基づいて、「建築物の構造設計に当たっては、その用途、規模及び構造の種別並びに 土地の状況に応じて柱、はり、床、壁等を有効に配置して、建築物全体が、これに作用する自 重、積載荷重、積雪、風圧、土庄及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対して、一様に 構造耐力上安全であるようにすべきものとする」(施行令 36 条の 2 第 1 項)とし、その他、建 築基準法施行令には、建築物の耐性や靱性や構造部材についての様々な規定が見られる。 これらの法令により、建築物は一定の構造耐力を有していなくてはならず、それは法令の定 めた基準によって計算されなくてははらない23)。構造耐力を計算する手法はいくつかあると されるが、耐震偽装国家賠償訴訟に関しては、地震に対する強度を示す耐震性能(当該建築物 が有している保有水平耐力を必要保有水平耐力で割った数字で示される)が 1 以上であれば必 要な耐震性能が備わっているとされる。建築物の耐震性能を示すための構造計算は非常に複雑 なものであるとされ、国土交通大臣が認定したパソコンソフトによって計算される。そのよう な大臣認定ソフトに様々なデータを入力することにより計算が行われ、耐震性能が不足すると いった問題がなければ、計算書にはエラー 0 との表示がされるとのことである24)。 (イ)建築主事らの審査の範囲 耐震偽装事件では、実際には耐震性能が不足しているのに、提出された大臣認定ソフトによ る構造計算書ではエラーが 0 となるように偽装が施されていた。そのため、表面的には耐震性 能を備えた適法な建築確認申請であるという外見がとられていたのであり、このような場合に 建築主事らがどの程度までの審査が要求されていたかが、耐震偽装国家賠償訴訟における建築 主事らの注意義務の問題である。建築主事らによる建築確認の審査において対象となるのは、建築基準法令の規定にとどまら ず、いわゆる建築基準関係規定(建築基準法令の他、「建築物の敷地、構造又は建築設備に関 する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるもの」(建基 6 条 1 項))であ るが、これらの建築基準法令や建築基準関係規定への適合性を建築主事らが審査する場合、建 築主事らがどの程度までの審査をすべきかについては、これまでにも訴訟で取り上げられるこ とがあり、例えば私法上の権利関係の調査や実地調査は原則的に不要とされていた25)。これ らの裁判例のうち比較的最近のものによると、「建築主事は、建築確認の審査をする際、提出 された申請書類に基づき、建築申請に係る建築計画が建築基準関係規定に適合するか否かを判 断すれば足り、関係者から事情聴取をしたり、現地調査をしたりする義務はない」とする判決 26)や、建築主事の調査権限(建基 12 条)に関わって、「建築主事は、建築主の確認申請書及 びその添付図書に基づき、申請に係る建築計画が建築基準関係規定に適合するかどうかについ て、原則として書面審査の方法で判断すれば足り、添付図書と現況との不一致についても、添 付図書の記載自体からその正確性を疑うべき特段の事情が認められる場合を除き、その正確性 について上記調査権限を駆使した実質的ないし実地の審査を行うべき義務」を負わないとする 判決27)が見られる。これらの判決からは、当時の建築確認の審査期間が 21 日間と短いこと (建基 6 条 4 項)や、建築確認の持つ法的な性格を根拠として、例外的な場合を除いて、提出 された建築確認申請書やその添付図書等を書面審理すればよく、それ以上の実質的な審査を要 求するものではないと考えられていたと言ってよいであろう。 (2)耐震偽装事件国家賠償訴訟に関する判例の整理 では、次に、表にあげた耐震偽装事件に関する国家賠償請求訴訟において、建築主事らの注 意義務違反がどのように判断されたかを整理することとする。 (ア)注意義務違反を認めなかった判決 表にあげた判決のうち、国家賠償請求訴訟において注意義務違反を認めたのは、②判決、⑭ 判決、⑰判決の 3 判決のみであり、その他の判決はすべて請求を棄却している。⑧判決のよう に違法性原則否定説をとり建築主事らの注意義務違反を特に問題にせず請求を棄却した判決も あるが、多くは建築主事らの注意義務違反について一定の判断を行っている。 これらの建築主事らの注意義務違反を認めなかった判決によると、建築主事らが建築確認の 審査を行う時に払うべき注意義務については、提出された申請書等に基づいて建築基準関係規 定への適合性を審査すれば足りると考えており、「すべての申請書類を、民間図書等で示され る工学的知見をもって厳密に逐一審査することは求めていない」(⑪判決、⑱判決等)とされて いる。したがって、構造計算書の主なポイントと書類上でエラーが出ているかどうかを確認す れば足りるのであり、データを照合したり検算したりする義務はないと判断している(⑤判決、 ⑱判決等)。また、いくつかの判決で問題となった耐震壁のモデル化について、当時はこれに 関する建築基準関係規定が存在していなかったことから、その判断は建築主事らの審査対象で
はないとするか(⑱判決)、あるいは、原則として審査を不要とする判決も見られる(⑨判決)。 これらの判決は、建築主事らの審査対象を建築基準関係規定に限定し(上記の他、⑯判決も 同様)、また、審査のやり方についても、例えば構造計算書の数字を検算する必要はなく、大 臣認定ソフトによりエラーが 0 であれば、それ以上の審査は原則として不要と考えられている ことになる。例えば、④判決では、指定確認検査機関の検査員には、検算の義務はなく、構造 計算書の申請図書に明確ではない点につき、質疑書を送付して回答を求めることまでは必要と しているが、その回答に問題がなければ、それ以上の調査を行う義務を要求していない。もち ろん、これらの判決も、「構造に関する書類上に構造計算書の偽装を疑わせる明らかな徴表」 (⑩判決、⑫判決、⑬判決)や「特段の事情」(④判決、⑤判決)があれば、追加的に調査をす べき注意義務が生じる可能性があることは認めているが、特にその様な事情がなければ、書面 に基づいて建築基準関係規定への適合性を審査すれば充分であり、それ以上の調査を要求する ものではないとしている。最高裁判決である⑲判決も、建築主事には逐一データを照合すべき 注意義務はないとしており、これら下級審の判断と同じ立場と考えることができる。 このように、これらの判決は、建築主事らの注意義務を、従来の建築確認に関する国家賠償 請求訴訟の場合と同じように、特別な事情がない限りは形式的な書面の審査で足りるものとし ている。その根拠としてこれらの判決が指摘しているのは以下の様な点であろう。第 1 に、建 築確認は裁量の余地が殆どなく、講学上は「確認」とされることが多い行為であるということ である。建築確認には、裁量の余地がなく、いわば技術的なチェックと考えられているためで あろう28)。第 2 に、建築基準法が、当時は建築確認の審査期間を 21 日間という短期間に設定 していたことである(建基 6 条 4 項)。このような期間では複雑な構造計算書の再計算や検算 を含む審査は不可能ということになり、建築基準法がその様な審査を要求していないことの証 左となろう。第 3 に、⑲判決等も述べているように、建築物の安全性は、基本的に、専門的な 能力を有する建築士によって担保されるべきであるという考え方である。建築士には国家試験 によって一定の能力が担保され、また、建築士法によって強い監督を受け、建築確認に必要な 設計図書等は建築士が作成しなければならないとされている点が根拠とされる。また、建築物 は基本的に私人の財産であり、建築も自由に行われるべきものであるから、その財産権の安全 性につき行政が積極的に保障するものではなく、建築主が自ら選任した建築士によって保障さ れるという考えも示されている(例えば、⑱判決)。 (イ)注意義務違反を認めた判決 では、次に建築主事らの注意義務違反を認めた判決を見ていくこととする。これらの 3 判決 はいずれも(ア)で見た請求を棄却した判決とは建築主事らの注意義務の内容につき異なる判 断をしているのであろうか。以下で各判決を整理しておこう。 (a)⑭判決と⑰判決 まず、⑰判決は、(ア)で紹介した判決と同じく、建築主事はすべての書類を逐一審査する
義務はないとしている。ただ、⑰判決は事件としては少し特殊な性格のものであった。という のも、⑰判決の事案では、建築確認申請時に一次設計か終了していなかったことから、建築主 事に提出された申請書は、基準を満たしているかの結論が示されている最終頁がない状態で あった。これに対し、建築主事は、是正を指示したため、最終頁が後から提出された。このた め提出済みの計算過程と最終頁の結論が対応しておらず、また、建築士は構造計算をやり直し て提出する必要があったが提出しなかった。その結果、建築主事の手元には、保有水平耐力比 が不足している計算過程が記され最終頁がない構造計算書、保有水平耐力比が法令の基準を満 たしている旨記載された構造計算書の最終頁、一時設計が終了した段階で作成された構造図が 提出されていただけであったのに、建築主事はさらなる是正指示をせず建築確認を行ったとい うものである。このような事情の下で、⑰判決は、最終頁とその直前の頁を比較することは容 易であり、申請書の結論部分が抜けていることは「通常考え難い事態」であり、容易に比較で きる数値の連続性を確認すべきであったとして建築主事の注意義務違反を認めた。 ⑭判決は、指定確認検査機関による事案であり、後にも触れるとおり、指定確認検査機関自 体が国家賠償責任を負うとした特徴的な判決である29)。指定確認検査機関の検査員の注意義 務違反が問題となるが、建築主事が負う注意義務と違いはない。⑭判決も⑰判決と同じく、や や事案に特殊性が見られる。⑭判決によると、指定確認検査機関の担当者は、構造計算におけ る安全率が 1 を割っていることに気づきその改善を申請者に指摘し、その指摘に基づいて手書 きの修正が行われた。しかし、手書きの修正は構造計算の上では誤りであることは明白で、指 定確認検査機関の担当者は手書き修正が適切かどうかを確認する義務があるのに、これをしな いまま建築確認を行ったのであるとして過失(=注意義務違反)が認められた。⑭判決には 「特段の事情」に関する言及はないが、通常の構造計算書では考えられないミス(他の判決で 言う「特段の事情」)があるとして過失を認めたものと考えられる。 以上の⑭判決と⑰判決は、いずれも事案の特殊性が注意義務違反を導いているのであり、 (ア)で整理した諸判決と建築主事らの注意義務の内容について大きな違いがあるわけではな い。いずれも各事案の特殊性から、「特段の事情」があるとされ、構造計算につきより調査を 尽くすべき注意義務の存在が肯定されたと考えられる。 (b)②判決と建築主事の注意義務違反 以上のように、注意義務違反を肯定した⑭判決と⑰判決も、建築主事らの注意義務の判断枠 組みについては、(ア)で見た注意義務違反を肯定していない判決と大きな違いはないと考え られる。②判決も、これらの判決と大きな違いがあるわけではないが、建築主事の注意義務に つきやや詳しい判断をしている30)。 ②判決では、建築確認の申請書での、耐震壁を評価するためのモデル化の不適切さやピロ ティ階の構造が問題となった。まず、②判決は、建築主事の注意義務について、通常の建築士 よりも建築主事がより適切な判断をなし得るとし、建築主事による建築確認審査は「申請に係 る建築計画について建築基準関係規定適合性を確保し、危険な建築物を出現させないための最
後の砦」であるとしている。そして、耐震壁のモデル化の当否について審査する際、建築主事 は「建築に関する専門家の常識に反するようなモデル化がされている場合には、少なくともそ の真意を設計者に確かめるべきであり、また、建築の専門家の間で一般的に通用する技術的基 準に反するような構造設計がされている場合も同様であって、そのような調査確認も建築確認 審査の一内容をなすものというべきである」と述べ、ピロティ階の構造に関しても、「設計者 に対して、上記設計の真意、すなわち、安全性確保のための設計上の留意の有無及びその内容 を問い質すなどの調査をなすべき具体的注意義務」を負うとし、いずれについても建築主事の 注意義務違反を肯定した。 このように②判決も、「特段の事情」の存在を建築主事の調査義務の前提としていることか ら、(ア)で見た判決や⑭判決と⑰判決と共通すると言うことができる。もっとも②判決は、 通常の建築士よりも建築主事がより重い注意義務を負うことを認めていることや31)、建築確 認を単なる技術的なチェックではなく「最後の砦」としてより積極的な意義を与えている点が 特徴的と言うことはできる。その意味では、別表の諸判決の中では、最も建築主事らの注意義 務につき厳格な姿勢を示していると言うことはできるかもしれない。とはいうものの、②判決 は、建築主事の負う注意義務の内容としては、他の判決と同様に、建築主事による構造計算の やり直しを要求しているわけではなく、不審な点について設計者に対して問い合わせを行う義 務を認めているにとどまるのであり、やはり建築確認の審査については原則として形式的な審 査で充分としているものと考えられる。 (3)まとめ 一般に、行政庁が処分を行う場合、処分要件となる事実の有無や法解釈等について調査検討 する必要があり、「行政庁の調査義務」として論じられることがある32)。もっとも、行政庁が どの程度の調査義務を負うかは、処分の性質やその根拠法の規定によって変わり、どのような 権利利益が影響を受けるかによっても変わると考えられる。耐震偽装国家賠償訴訟で問題と なった建築主事らの注意義務は、このような調査義務の例と考えることができる。 耐震偽装国家賠償訴訟の判決例の整理によれば、建築主事らが建築確認の審査において耐震 性に関して調査を行う義務は原則としてないとされた。このように、建築確認において、建築 主事らの調査義務が簡単なものにとどまるのは、(1)で述べたように、建築確認の審査は形式 的な審査によるとされてきたことや裁量の余地が殆どないとされる建築確認の性質、さらには 建築基準法における審査期間が短いこと等から建築基準法自体が詳細な調査までは予定してい ないと考えられることが主な理由である。もちろん、原則はその様に考えられるとしても、建 築確認申請の内容に疑義を生じさせるような「特段の事情」が見られる場合には、建築主事ら には調査義務が課せられ、例外的には調査義務は生じることとなる。しかし、上記の様な建築 確認の性格を踏まえて、調査義務の内容は、比較的厳しく建築主事に注意義務を肯定したと考 えられる②判決であっても、申請者に対する問い合わせにとどまり、建築主事らに検算等の内 容的な審査を要求するものではなく、形式的な審査のレベルであると考えることができる。
一方で、調査義務に関しては、申請型の処分の場合には、申請者が最も必要な事情を知るも のであることから、申請書の記載につき行政庁がその内容の調査を独自に行う必要性は小さい と指摘されることがある33)。したがって、申請型の処分においては、多くの場合において、 行政庁の調査義務が限定されることとなるが、耐震偽装国家賠償訴訟においては、申請型の処 分であることから、ストレートに調査義務の限定が導かれているわけではないと考えられる。 建築確認においては、建築物の購入者は特にそうであるし、また、形式上は申請者でもある建 築主であっても、必ずしも申請内容を熟知しているわけではないためであろう。既に述べたよ うに、建築確認においては専門家である建築士の役割を重視するのが建築基準法の趣旨であ り、建築主であっても、実質的には第三者の立場に近いことがその理由のひとつと考えられる であろう。
4 むすびにかえて
以上で建築確認における違法性に関する論点と注意義務違反に関する論点の整理と分析を終 えた。もとより、本稿執筆時点では最高裁の判決もひとつしか見られないところであり、耐震 偽装国家賠償訴訟に関する上級審の判断が出そろっているわけではなく、不十分な分析である ことは否めないかもしれないが、これまでの判決の整理からは以上のような点が導かれる。 最後に、第 3 の論点である指定確認検査機関と地方公共団体の責任に触れてむすびにかえる こととする。本論点については、国家賠償請求を行う際に被告を指定確認検査機関から公共団 体に変更することを認めた最高裁決定34)に関わって、学説上様々に論じられてきた。同最高 裁決定によれば、地方公共団体が国家賠償責任を負うことになりうるが、学説からはこのよう な立場に対しては批判的な見解が多く見られ、あるいは、同最高裁決定の射程を限定的に捉え る試みも見られた35)。別表に整理した耐震偽装国家賠償訴訟の判決には、指定確認検査機関 が建築確認を行った事例は少なくないが、第 3 の論点については殆ど触れられていない。とい うのも、これらの判決においては、そもそも検査員が注意義務違反を犯していないことから、 第 3 の論点を論じるまでもないとして請求が棄却されているからである(④判決、⑩判決、⑫ 判決、⑬判決)。第 3 の論点について、明示的に触れているのは、検査員の注意義務違反を肯 定した⑭判決のみである。⑭判決は、指定確認検査機関は、「行政とは独立して、公権力の行 使である建築確認業務を行っている」として、違法な建築確認による国家賠償責任は、公共団 体ではなく、指定確認検査機関が負うものであるとしている。⑭判決によると上記の最高裁決 定は、事務の帰属先について判断したものであり、国家賠償責任の問題とは異なると判断して いる。⑭判決の結論は、これまでの学説とは適合的と考えられ、注目されるべきと考えられる が、⑭判決の控訴審判決も含めて、違法な建築確認における指定確認検査機関の責任に関する 分析については、今後の課題としたい。 (なお、本論文の研究は、JSPS 科研費 21530040 の助成を受けた研究の一部である。)注 1 )耐震偽装事件については、2006 年 4 月に発表された、国土交通大臣の私的諮問機関である構造計算 書偽装問題に関する緊急調査委員会の報告書が詳しい。以下のサイト参照。http://www.mlit.go.jp/ kisha/kisha06/15/150406/03.pdf。 その他、辻山幸宣・編『耐震偽装の政府責任──建物の安全の制度設計』(公人社、2006 年)参照。 2 )小賀野晶一「耐震偽装の民事責任」判タ 1218 号(2006 年)12 頁参照。 3 )表に記載されている判決は、本稿執筆時点(2013 年 10 月)において、判例集に登載されているもの を中心に整理したにとどまり、網羅的なものではないことをお断りしておく。本稿は国家賠償請求訴訟 に関する検討を行うものだが、表に記載されている判決には、国家賠償法ではなく不法行為責任による ものも含まれている(①判決)。「責任」の項目は行政の損害賠償責任の有無のみを示す。また、「主 体」は、建築確認を行った主体を示しており、地方公共団体の建築主事らによる判断か、指定確認検査 機関によるものかを示している。 4 )建築確認に関する国家賠償訴訟について、西口元「建築確認をめぐる裁判例概観──建築確認の違法 を理由とする賠償請求を中心に」判タ 1218 号(2006 年)19 頁。 5 )著名な例として、最判昭和 60 年 7 月 16 日民集 39 巻 5 号 989 頁。 6 )建築基準法の改正について、建築法制研究会編集『平成 18 年 6 月改正 建築基準法 ・ 建築士法の解 説』(第一法規、2007 年)8 頁以下参照。また、建築基準法改正に対する評価として、櫻井敬子『行政 法講座』(第一法規、2010 年)247 頁以下、藤田弘「構造計算書偽装事件と建築基準法等の改正」法政 策研究第 10 集(信山社、2008 年)111 頁以下参照。 7 )建築法制研究会編集・前掲書 9 頁によると、知事による構造計算適合性判定はあまり想定されず、指 定構造計算適合性判定機関によるものとされる。 8 )最判 昭和 60 年 11 月 21 日 民集 39 巻 7 号 1512 頁。 9 )職務義務違反説を採用することの問題点について、芝池義一『行政救済法講義〔第 3 版〕』(有斐閣、 2006 年)245 頁参照。なお、同書は、職務義務違反説を義務違反的構成と呼んでいる。 10)参照、本多滝夫「行政救済法における権利 ・ 利益」磯部力 = 小早川光郎 = 芝池義一編『行政法の新 構想Ⅲ』(有斐閣、2008 年)229 頁。 11)耐震偽装国家賠償訴訟の類型分けとして、安本典夫『都市法概説〔第 2 版〕』(法律文化社、2013 年) 140 頁参照。 12)⑥判決と⑧判決の裁判官構成は裁判長を含めて 2 名が同一である。 13)国家賠償請求訴訟において、職務義務違反説と反射的利益論が主張制限に該当するとの指摘として、 藤田宙靖『行政法Ⅰ〔第 4 版改訂版〕』(青林書院、2005 年)505 頁。 14)⑲判決の違法性肯定説とこれまでの学説について、下山憲治・速報判例解説 vol.13(2013 年)56-57 頁参照。 15)言うまでもなく、損害等の他の国家賠償法上の要件が充足されている必要がある。 16)国家賠償法における違法について、北村和生「国家賠償法における違法と過失」芝池義一=小早川光 郎 = 宇賀克也編『行政法の争点〔第 3 版〕』(2004 年)78 頁。また、稲葉馨「国家賠償法上の違法」法 学 73 巻 6 号(2009 年)29 頁以下参照。 17)国家賠償法上の行為規範の分析について、神橋一彦「行政救済法における違法性」磯部力 = 小早川 光郎 = 芝池義一編『行政法の新構想Ⅲ』(有斐閣、2008 年)241 頁以下参照。本稿で言う第 1 の規範 は、神橋教授が指摘される「権限規範」に該当するであろう。
18)職務行為基準説や違法性相対説の一般的な問題点に関して、宇賀克也「職務行為基準説の検討」行政 法研究 1 号(2012 年)32 頁以下参照。 19)薄井一成「申請手続過程と法」磯部力 = 小早川光郎 = 芝池義一編『行政法の新構想Ⅱ』(有斐閣、 2008 年)283 頁によると、このような調査義務は手続法的義務の一種であり過失とは区別されるとする。 20)例えば、建築主が偽装に関与していたという場合が考えられる。 21)山口地岩国支判昭和 36 年 2 月 20 日下民集 12 巻 2 号 320 頁。評釈として、広岡隆『判例 ・ 建築基準 法』(有斐閣、1990 年)3 頁参照。その他、違法な建築確認を理由とする建築主からの国家賠償請求を 棄却した例として、長崎地判平成元年 3 月 1 日判例自治 65 号 78 頁。 22)②判決の評釈である、小粥太郎・判時 2075 号 184 頁は、建築基準法が建築主らの権利を保護するこ とが論証された後にはじめて、建築主事らの注意義務違反の有無が問題になるとする。 23)構造計算について、坂和章平『建築紛争に強くなる!建築基準法の読み解き方』(民事法研究会、 2007 年)246 頁以下および 385 頁以下。 24)参照、田中修一「耐震偽装事件」判タ 1218 号(2006 年)4 頁以下。 25)田中元雄「建築行政」塩崎勤 = 安藤一郎編『新 ・ 裁判実務大系 2 巻・建築関係訴訟法〔改訂版〕』(青 林書院、2009 年)270 頁参照。 26)徳島地判平成 17 年 8 月 29 日判例自治 278 号 72 頁。 27)横浜地判平成 23 年 5 月 11 日判例自治 354 号 88 頁。 28)以下の論攷によると、立法時点において、建築確認は最低限の「法令適合性を機械的にチェックする だけの制度」と考えられていたとのことである。三宅博史「建築基準法における建築手続きの成立過程 に関する研究(上)」都市問題 2011 年 12 月号 88 頁、「同(下)」都市問題 2012 年 1 月号 93 頁。 29)その他、⑭判決は市の監督責任についても触れている。同判決の評釈である、板垣勝彦・自治研究 89 巻 6 号(2013 年)137 頁も参照。 30)②判決の評釈として、馬橋隆紀 = 小林信行 ・ 判例自治 322 号 4 頁、由喜門眞治 ・ 判例自治 326 号 77 頁、戸部真澄・速報判例解説 vol.5(2009 年)61 頁。また、⑥判決の評釈ではあるが、田村泰俊・自治 研究 88 巻 7 号(2012 年)129 頁も参照。 31)参照、西埜章『国家賠償法コンメンタール』(勁草書房、2012 年)443 頁。 32)小早川光郎「調査 ・ 処分 ・ 証明」『雄川一郎先生献呈論文集 ・ 行政法の諸問題(中)』(有斐閣、1990 年)267 頁。 33)参照、薄井 ・ 前掲論文 278 頁以下。 34)最決平成 17 年 6 月 24 日集民 217 号 277 頁。 35)同最高裁決定についての論攷は少なくないが、批判的な指摘として、安本 ・ 前掲書 142 頁、金子正史 『まちづくり行政訴訟』(第一法規、2008 年)409 頁以下、阿部泰隆『行政法解釈学Ⅱ』(有斐閣、2009 年)445 頁以下、山本隆司『判例から探求する行政法』(有斐閣、2012 年)602 頁以下等参照。一方、 指定確認検査機関ではなく、公共団体が責任を負うべきとする主張として、⑬判決の評釈である堀田次 郎・行政判例研究会編『平成 23 年度行政関係判例解説』(ぎょうせい、2013 年)221 頁参照。また、金 子正史「指定確認検査機関のした建築確認の違法を理由とする国家賠償請求訴訟の賠償責任者」同志社 法学 64 巻 7 号(2013 年)81 頁以下、板垣勝彦『保障行政の法理論』(弘文堂、2013 年)539 頁以下も 参照。