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鉄 道 友 の会 福 井 支 部 報

No.150

w a

d a

c h i

平成25年9月号

(▲2013年7月6日 えちぜん鉄道 福井駅

撮影

森家和治)

えちぜん 鉄道で「七夕アート」電車 運転!

え ち ぜ ん 鉄 道 で は 、

7月 7日 の 七 夕 に 合 わ せ 、 福 井 工 大 の 学 生 の 装 飾 に よ

る 「 和 ∼ な ご み ∼ 」 を テ ー マ と し て 社 内 を 彩 っ た 七 夕 ア ー ト 電 車 が 、6月下

旬から7月7日まで運転されました。

福井支部

ホームページアドレス

URL

http://www.geocities.jp/railfan_fukui/

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明 治 23年 旧 制 福 井 中 学の 東 京 修 学 旅行 ( 5)

田中 完一 明 治 23年 4月 15日 ( 火 ) 雨 午 前8時 、全 員 宿舎 の全 生庵 を出 発し、 約2キ ロ の 道 を 歩 い て 、 帝 国 大 学 工 科 大 学 に 向 か う 。 工 科 大 学 の 学 舎 は 、 工 科 大 学 教 授 の 辰 野 金 吾 の 設 計 に よ っ て 、 明 治 21年 ( 1888) に 現 在 の 本 郷 キ ャ ン パ ス 内 に 完 成 し て お り 、 土 木 、 機 械 、 電 信 、 造 家 、 鉱 山 、 化 学 、 冶 金 、 造 船 の8学 科 が 設 置 さ れ て い た 。 福 中 生 達 は 真 新 し い 学 舎 の 中 で 、 先 生 方 か ら 懇 切 丁 寧 に 器 機 の 操 作 法 の 説 明 や 実 験 を 行 っ て の 観 察 の 仕 方 な ど を 教わ っ た 。 次 い で 、 約1.5キ ロ の 道 を 行 き 、 小 石 川 の 旧 水 戸 藩 邸 跡 ( 元 後 楽 園 遊 園 地 ) に あ る 砲 兵 工 廠 を 見 学 。 こ こ で も 職 員 か ら 親 し く 銃 砲 の 製 造 法 な ど に つ い て 丁 寧 な 説 明 を 受 け た 。 こ こ は 、 日 本 陸 軍 の 兵 器 工 廠 で 小 銃 を 主 体 と す る 兵 器 の 製 造 を 行 っ て い た 。 現 在 、 小 石 川 後 楽 園 内 に は 砲 兵 工 廠 の 遺 構 が い く つ か 保 存 さ れ て お り 、 ま た 、 工 廠 敷 地 の 形 状 を か た ど っ た 記 念 碑 も 設 置 さ れ て いる 。 午 後 3時 こ ろ 帰 宿 し 、 在 京 の 学 生 な ど 福 中 に 関 係 あ る 者 : 70 余 名 が 集 い談 話 会 を 開 催 し 、 午 後 9時 こ ろ 解 散 し た 。 談 話 会 は 東 大 生 の 永 井 環 や 一 高 生 の 比 企 忠 、 梅 野 兵 次 郎 、 木 澤 定 夫 等 が 中 心 と な り 世 話 に 当 た り 、 参 加 者 は 福 中 生 や 教 員 、 在 京 の 有 志 等150人 余 で あ っ た 。 中 澤 岩 太 郎 ( 工 科 大 学 教 授 )、 松 田 為 常 ( 元 福 中 校 長 ・ 一 高 幹 事 )、 関 雄 也 ( 県 農 商 課、 山 口 謙 造 ( 同 )、 斉 藤 次 兵 衛( 県 出 品 人 総 代 )、 萩 原 縫 ( 福 井 監 獄 副 典 獄 ) 等 の 顔 も あっ た 。 辰 野金 吾 設計 の 工科 大 学校 舎 (東京大 学工学部 建築学科ホ ームペー ジより) 砲 兵 工廠(「 ウイキ ペディア 」より) 砲 兵工 廠 の基 礎 東京 ドームホテ ル

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中 澤 岩 太 郎 氏 の 講 話 や 義 捐 金 の 報 告 が あ り 、 引 き 続 い て 、 今 回 の 修 学 旅 行 に 際 し て 世 話 に な っ た 事 、 義 捐 金 へ の 謝 辞 、 今 回 の 経 験 に つ い て 教 員 ・ 父 母 へ の 感 謝 の 弁 、 郷 里 へ 広 め る こ とや 今 後 の 生 き 方 へ の 期 待 等 が話 し 合 わ れ た 。 明 治 23年 4月 16日 (水 ) 曇 神 田 一 橋 の 高 等 商 業 学 校 を 見 学 。 商 業 の 実 習 な ど に つ い て 教 官 か ら 説 明 を 受 け た 。 高 等 商 業 学 校 ( 現 一 橋 大 学 ) は 、 明 治8年 ( 1875) 森 有 礼 が 設 立 し た 私 設 の 商 法 講 習所 を 前 身 と し 、 明 治20年 に 創 立 さ れ た 。 同 35年 に 神 戸 に も 高 等 商 業 学 校 が で き た の で 東 京 の 名 を 冠 す る こ と に な り 、 大 正9年 、 東 京 商 科 大 学 に 昇 格 し 、 戦 後 、 一 橋 大 学 と な っ た も の で あ る。 そ の 後 、 一 行 は 、 旧 福 井 藩 主 で あ る 松 平 慶 永 公 を 小 石 川 関 口 町162番 地 の 別 邸 に 訪 ね た 。 公 は 体 調 を 崩 し て い た が 、 起 き あ が り 、 生 徒 達 を 庭 に 招 き 入 れ 親 し く 、 言 葉 を 賜 っ た 。 家 従 の 澤 木 氏 が 、「 今 般 内 国 第 三 勧 業 博 覧 会 観 覧 ノ 為 越 前 福 井 縣 福 井 尋 常 中 学 校 々 長 幹 事 教 員 ハ 生 徒 数 十 名 ヲ 引 連 シ テ 上 京 セ リ 今 日 ハ 関 口 邸 寓 居 ヲ 訪 問 ス 余 ノ 歓 喜 雀 躍 何 ソ コ レ ニ シ カ ン 直 ニ 面 接 シ テ 其 敬 礼 ヲ 受 ク 慶 永 思 フ 所 ア リ 校 長 幹 事 教 員 上 等 ノ 義 ニ 付 注 意 有 之 度 希 望 ス 生 徒 ハ 怠 惰 ナ ク 日 二 勉 励 学 事 研 究 他 縣 ニ 勝 ル 名 誉 ヲ 輝 ヤ カ サ ン 事 ヲ 懇 望 ス 明 治 二 十 三 年 四 月 十 六 日 従 一 位 松 平 慶 永 」 の 告 辞 事 を朗 読 さ れ た 。 次 い で 、 小 石 川 水 道 町35番 地 ( 現 文 京 区 春 日2丁 目 26) の 松 平 茂 昭 公 邸 宅 を 訪 問 し た 。 茂 昭 公 は 当 時 、 癌 を 患 い 療 養 中 の た め 不 在 で あ っ た が 、 表 座 敷 に 通 さ れ 、 慶 民 氏 ( 慶 永 公 の 子 息 ;8才 ) と 春 光 氏 ( 茂 昭 公 の 子 息 ;7才 ) が 出 迎 え ら れ 、 家 令 の 武 田 正 規 氏 か ら慶 永 公 の 言 葉 を 賜 っ た 。 松 平 邸 は 、 小 石 川 水 道 町 の 台 地 上 に 大 き な 屋 敷 を 構 え て い た 。 明 治19年 に 発 行 さ れ た カ ラ ー 版 の 「5千 分 の 一 東 京 図 : 測 量 原 図 」 に 名 称 入 り で 描 か れ て い る 。 屋 敷 内 に は 幾 棟 も の 建 造 物 や 大 き な 池 泉 を 配 し 、 茶 畑 も み ら れ る 。 屋 敷 の 東 は 安 藤 坂 で あ る 。 「5千分の−東京図:測量原図」(複製:筆者蔵)

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こ の 日 の 松 平 邸 訪 問 の こ と に つ い て は 、 福 井 県 立 こ ど も 歴 史 文 化 館 の 長 野 栄 俊 氏 か ら 「 越 前 松 平 家 家 譜 慶 永 」( 福 井 県 文 書 館 資 料 叢 書8) に 収 載 さ れ て い る こ と を 教 示 さ れ た 。 その 内 容 は 次 の よ う で あ る 。 ○ 明 治 二 十三 年 ○ 四 月 十 六 日 福 井 尋 常 中 学 校 長 兼 教 諭 久 田 督 外 八 名 、 同 校 学 生 六 十 二 名 内 九 名 不 参 を 引 連 れ 関 口 町 別 邸 及 ひ 水 道 町 本 邸 に 来 る 、 是 ハ 此 節 上 野 公 園 に 於 て 第 三 回 内 国 博 覧 会 を 開 か れ し 故 、 観 覧 の た め 出 京 と の 事 に て 両 邸 へ 伺 候 せ し な り 、 関 口 町 別 邸 に て ハ 建 物 狭 隘 な り し 故 、 校 長 以 下 学 生 一 同 を 庭 前 江 整 列 せ し め 、 慶 永 公 に 面 会 、 告 辞 書 を 朗 読 せ ら れ 、 本 邸 に て ハ 表 座 敷 に 於 て 慶 民 君 ・ 春 光 君 茂 昭 公 不 在 中 面 会 、 折 詰 行 厨 ・ 酒 を 差 出 し 武 田 正 規 慶永 公 の 代 理 を 以 て 祝 辞 を 朗 読せ り 、 左 の 如 し 「 今 般 内 国 第 三 回 博 覧 会 観 覧 ト シ テ 遥 々 福 井 県 ヨ リ 上 京 シ 、 該 会 ノ 教 育 陳 列 品 等 ヲ 見 テ 今 後 学 事 ノ 進 歩 啻 ナ ラ ス ト 国 家 ノ 為 メ 欣 喜 ニ 堪 ヘ ス 、 殊 ニ 本 日 ハ 予 力 邸 へ 訪 問 ヲ 辱 フ シ 旧 誼 ノ 厚 キ ヲ 感 謝 ス 、 因 テ 慶 民 ・ 春 光 面 接 シ テ 懇 親 ヲ 結 ヒ タ ク 、 尚 将 来 介 肋 ア ラ ン コ ト ヲ 希 望 ス 明 治 廿 三年 四 月 十 六 日 従 一 位 松 平 慶永 」 松 平 本 邸 で は 、 昼 食 と し て 折 詰 が 出 さ れ 、 し か も 酒 を 振 る 舞 わ れ て い る 。 も っ と も 酒 は 引 率 の 教 員 達 に 、 幼 い 慶 民 ・ 春 光 両 氏 が 手 ず か ら 酒 を 勧 め ら れ た の で あ る 。 別 邸 で の 慶 永 公 が 病を 押 し て の 面 会 、 本 邸 で の 懇ろ な 歓 待 に 教 員 、 生 徒 達 は 感 激 し た と い う 。 雨 の 中 、午 後7時40分頃 帰宿。 こ の 晩 、9時 34分 47秒 地 震 発 生 。 南 東 か ら 北 西 の 方 向 に 4分 55秒 も 揺 れ た 。 さ ら に 、 午 後11時 40分3秒にも微 震が発生した。 慶 永 公 は そ の 後 、 病 状 悪 化 し6月 2日 に 、 享 年 63才 で 亡 く な ら れ た 。 ま た 、 療 養 中 の 茂 昭 公 も7月になくなられ た、享年55才であった。 明 治 23年 4月 17日 (木 ) 曇 朝4時55分45秒 に地 震発 生、 続 いて 、5時11分 3秒 にも 地震 。 終日 、自 由行 動で 、休養 を と る 者 、荷 物 を 整 理 し た り 、 土 産 を 買う 者 な ど 思 い 思 い の1日であった。 ( 以 下 次号 に 続 く )

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ローカル線と温泉の旅

和 田 一 彦 前 回 、 列 車 を 降 り た ら す ぐ 温 泉 と い う タ イ ト ル で 長 良 川 鉄 道 と み な み 子 宝 温 泉 を 紹 介 さ せ て い た だ き ま し た 。 今 回 は そ の 第2弾 作 と し て 、 明 知 鉄 道 と 花 白 温 泉 ( は な し ろ お ん せ ん ) の 旅 体 験 を ご 紹 介 さ せ て い た だ き ま す 。 旅 程 は 下 記 の 通 り で い つ も の よ う ハ ン グ リ ー 精 神 に の っ と り 全 行 程 普 通 列 車 で の 移 動 で す 。 福 井 … … … ‥ 敦 賀 … … … … 米 原 … … … … 名 古 屋 … … … … 恵 那 4:50 5:32/5:35 6:28/6:36 7:42/7:46 8:55 明 知 鉄 道 ⇒ 恵 那 = = = = 明 智 = = = = 花 白 温 泉 ( 入 浴 ・ 昼 食 ) = = = = = 恵 那 9:27 10:16/ 10:39 11:10∼13:10 13:42 恵 那 … … … … 名 古 屋 … … … … 米 原 … … … … 敦 賀 … … … … 福 井 14:02 15:13/15:30 16:40/17:02 17:48/17:52 18:46 JR恵 那 駅到 着 後 、 明知 鉄 道 乗 り場 へ と 向か う 。 キッ プを 購入 する が なん と今 め ず ら し い 硬 券 で あ っ た 、 更 に そ の 硬 券 が お 土 産 用 と し て も 販 売 さ れ て い た 。 明 知 鉄 道 は か つ て の 国 鉄 明 知 線 で あ っ た が 、 昭 和60年 第 3セ ク タ ー と な り 再 ス タ ー ト し た 。 恵 那 か ら 日 本 大 正 村 で 有 名 に な っ た 明 知 町 ま で 美 濃 地 方 の 高 原 地 帯 を 縫 っ て 南 下 す る 全 長25キロの路 線である。通学輸送を基本と しているが、 多 く の イ ベ ン ト も 企 画 し て お り 、「 気 動 車 体 験 運 転 」 や 地 元 特 産 の 寒 天 料 理 出 す 「 寒 天 列 車 」「 花 見 弁 当 列 車 」 な ど グ ル メ 列 車 企 画 で 頑 張 っ て い る 会 社 で あ る 。 さ て 、 恵 那 駅 を 出 発 後 中 央 線 と 別 れ さ っ そ く 急 こ う 配 へ と さ し か か り エ ン ジ ン は フ ル 回 転 と な る 。 右 へ 左 へ とS字 カ ー ブ を 繰 り 返 し 速 度 も 40キ ロ 前 後 で は な か ろ う か ま さ に の ん び り と ロ ー カ ル 線 に 乗 車 し て い る こ と を 実 感 で き る の で あ る 。 汽 動 車 は ア ケ チ12号、 1998年 富士 重工 製の セミ クロ ス シー ト車 であ る 。 恵 那 か ら3つ 目 の 阿 木 駅 に 到 着 、 こ こ は な ん と も 田 舎 の い い 雰 囲 気 を 残 し て い る 駅 で あ る 。 使 わ な く な っ た 旧 式 の ア ケ チ が 留 置 さ れ て い た 。 こ の 付 近 は 農 村 景 観 日 本 一 と な っ た ら し く 周 り に 新 し い 建 物 が ほ と ん ど 見 ら れ ず ま さ に ロ ー カ ル ム ー ド 満 点 の 地 と 実 感 す る の で あ る 。 そ し て 交 換 駅 で あ る 岩 村 に 到 着 、 乗 客 の 大 半 は こ こ で 降 り た 。 城 下 町 を 散 策 す る た め で あ ろ う 。 上 り の 列 車 と 交 換 し 終 点 明 智 を 目 指 す 。 終 点 明 智 着 後 本 来 は 日 本 大 正 村 な ど を 観 光 す る の で あ る が 、 今 回 は 観 光 を パ ス し 、 折 り 返 し 目 的 地 の 花 白 温 泉 駅 へ 戻 っ た 。

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花 白 温 泉 到 着11:10 駅 ホ ー ム か ら 降 り た と こ ろ が 温 泉 の 入 口 で あ る 。 ま さ に 下 車 後 徒 歩0分 で あ る 。 500円 の 入 湯料 を 支 払い 館 内 へ 、こ の 温 泉は ラ ド ン放 射 能 線 で 肌 荒 れ、疲 労 回 復 に 効 能 あ り 。そ し て な ん と薪 で 沸 か し て い る の で あ る 。 浴 槽 は 温 泉 と 白 湯 の2層 あ り 、 大 き な 窓 か ら は 新 緑 の 木 々 を 通 し て 田 舎 の 風 景 が 一 望 で き た 。 優 し く じ わ り と 後 か ら 効 果 を 感 じ る お 湯 で あ っ た 。 食 事 施 設 も 大 き く は な い が 充 実 し て お り 、 名 物 の 「 寒 天 ラ ー メ ン 」 ※ 地 元 産 の 寒 天 を 麺 と し て 使 用 し た ラ ー メ ン 。「 山 金 豚 」( や ま き ん と ん ) ※ 地 元 産 の 豚 を 使 っ た ト ン カ ツ な ど 地 元 産 の メ ニ ュ ー も 含 め 数 多 く あ っ た 。 ま あ お 昼 く ら い は ケ チ ケ チ せ ず と 、生 ビー ル と こ の2種 類メニューで豪華な食事をして しまいました( 笑)。 で も 本 当 に 美 味 し か っ た で す ! 再 度 列 車 に 乗 車 、S字 カ ー プ や 坂 の 連 続 、 ト ン ネ ル を 掘 れ ば ま っ す ぐ 行 け る も の を や は り 村 と 村 を 結 ぶ た め か 、 他 に い ろ ん な 事 情 が あ る の だ ろ う か 、 と に か く カ ー ブ と 坂 の 多 い 路 線 だ と 痛 感 さ せ ら れ た 。 運 転 手 も ど こ に カ ー ブ が あ る か 、 き つ い 坂 が あ る か を よ く 熟 知 し て い て 手 慣 れ た 運 転 ぶ り で あ る 。 先 程 も 述 べ た よ う に 、 こ の 鉄 道 は さ ま ざ ま な イ ベ ン ト 列 車 を 企 画 し て 客 の 誘 致 に 頑 張 っ て い る 会 社 だ と 思 う 、 し か し な が ら 沿 線 の 風 景 は ま さ に 日 本 の 田 舎 を 感 じ さ せ ら れ る 鉄 道 で あ る 。の ん び り と 一 人 旅 でこ の 風 景 に 浸 る の も い い し 、 気 の あ っ た 仲 間 同 士 で 田 舎 の 風 景 を 楽 し み な が ら 、 イ ベ ン ト 列 車 の 企 画 を 楽 し む の も い い の で は な い だ ろ う か 。 明 知 鉄 道 【 グ ル メ 食堂 車 】 急 行 大 正 ロ マ ン 号 の 企 画 列 車 紹 介 し ま す ① お ば あ ち ゃ ん の お 花 見 弁 当 列 車 2,900円 ② ハ ヤ シ ラ イ ス 列 車 3,500円 ④ 寒 天 列 車 5,000円 ⑤ 鮎 料 理 と 花 白 温 泉 入 浴 券 付 き 5,000円 ⑥ ビ ー ル 列 車 3,500円 以 上 、 ま だ ま だ 他 に も 企 画 あ り ま す 。 今 回 の 旅 費 お 出 か け パ ス 2,000円 長 浜 ∼ 恵 那 往 復 5,040円 明 知 鉄 道1,470円 交 通 費 計 8,510円也。 前 回 の 長 良 川 鉄 道 、 今 回 の 明 知 鉄 道 と 岐 阜 県 の ロ ー カ ル 線 と 温 泉 の 旅 を 楽 し み ま し た 。 で も あ と 一 つ 樽 見 鉄 道 が 残 っ て い ま す 。 次 回 ま た 計 画 実 行 し た い で す 。そ し て 今 回 の 旅 でJR東海の313系の電車に数回乗車しました。北陸線の521 系 も 大 好 き で す が 、 こ の 電 車 も 改 め て 好 き に な り ま し た 。 い い 電 車 で す! KATOか ら 313系 5000番 が 発 売 さ れ て い ま す 。 買 お う か ど う か 大 変 迷 っ て い ま す … … 。

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【 ア ケ チ12号】 は な し ろ 温 泉 駅 に 到 着 し た 恵 那 行 き 列 車 富 士 重 工 製15M級 の 普 通 鋼 製 の セ ミ ク ロ ス シ ー ト 車。295PSのディーゼル機関を 1 基 搭 載 し て お り 、 急 こ う 配 用 に 砂 撒 き 装 置 が 付 い て い る 。 【 終 着 明 智 駅 】 ロ ー カ ル ム ー ド い っ ぱ い の 明 智 駅 観 光 地 と し て 、 日 本 大 正 村 が 有 り 大 正 時 代 の 街 並 み を 保 存 し て い ま す 。 以 前 は 写 真 左 側 に 旧 ア ケ チ1形 が 留 置 さ れ て い た が 今 は 解 体 さ れ て し ま っ た 。 【 ホ ー ム か ら 望 む 花 白 温 泉】 ホ ー ム か ら 温 泉 の 入 口 が 見 え ま す 。 大 き な 桶 に お 湯 が 青 々 と 溜 り 、 白 く 美 し い 花 が 浮 い て い た こ と か ら 花 白 と い う 地 名 が 生 ま れ た そ う で す い つ ま で も ぽ か ぽ か と 暖 か い 温 泉 で す 。 【 名 物 寒 天 ラ ー メ ン 】 恵 那 地 方 名 産 の 寒 天 を 麺 と し て 使 用 し た ラ ー メ ン 。 ス ー プ は 豚 骨 味 で あ っ さ り し た 寒 天 の 麺 と 微 妙 に マ ッ チ し て い る 美 味 し い ラ ー メ ン で し た 。1杯 550円 山 金 豚 単 品 は250円也 【JR東海 313系 電車】 211系 電 車 と 並 ぶ JR東 海 の 代 表 的 通 勤 電 車 。113・ 165系 な ど 国 鉄 車 両 か ら 置 き 換 え 用と し て 登 場 し た 車 両 で 、特 急 の373 系 を 基 本 に 近 郊 型 に 改 良 さ れ て い ま す 。

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房総半島ローカル私鉄横断の旅

岸本

雅行

7月 末 に 東 京 へ 出 か け た 折 、 い す み 鉄 道 と 小 湊 鉄 道 に 乗 車 し て 房 総 半 島 を 横 断 し て き た 。JR内 房 線 ・ 外 房 線 は何 度 か 乗車 し た こ とが あ る が 、房 総 半 島を 横 断 す るこ の 2つの 非 電 化 ロ ー カ ル 鉄 道 に は 乗 車 す る 機 会 が な か っ た 。 以 前 か ら 気 に な っ て い た 鉄 道 で あ り 今 回 乗 車 する 機 会 に 恵 ま れ た の で 、こ の2つの 路線について報告したい。いすみ鉄道(路 線 総 延 長26Km) は JR外 房 線 の 大 原 ( い す み 市 ) と 上 総 中 野 を 結 び 、 昭 和 63年 に JR木 原 線 か ら 転 換 さ れ た 第3セ ク ター 鉄 道 であ る 。 木 原線 と い う名 称 は 、 JR内 房線 の 木 更津 と 外 房 線 の 大 原 を 結 ぶ 計 画 で 名 付 け ら れ た が 、 大 原 か ら の 線 路 が 途 中 の 上 総 中 野 で 小 湊 鉄 道 と 繋 が っ た こ と も あ り 、 工 事 も 中 断 し て し ま っ た 。 な お 、 い す み と は 、 こ の 沿 線 の 地 名 ・ 千 葉 県 夷 隅 郡 に 由 来 す る 。 ま た 、 小 湊 鉄 道 ( 路 線 総 延 長39.1Km) は JR内 房 線の 五 井 ( 市 原 市 ) と 上 総 中 野 を 結 ぶ 私 鉄 で あ る 。 小 湊 鉄 道 と い う 名 称 は 、 五 井 と 外 房 線 の 安 房 小 湊 ( 日 蓮 上 人 ゆ か り の 誕 生 寺 の あ る 町 ) を 結 ぶ 計 画 で 名 付 け ら れ た が 、 こ れ も 上 総 中 野 で 木 原 線 と 繋 が っ た こ と も あ り 中 断 し て し ま っ た 。 両 鉄 道 と も 、 全 線 建 設 の 夢 が 途 中 で 挫 折 し て 中 間 の 上 総 中 野 で 手 を 結 ん だ ま ま 現 在 に 至 る と い う 、 似 た よ う な 歴 史 を 辿 っ て い るの が お も し ろ い 。 東 京 駅 京 葉 線 地 下 ホ ー ム か ら 安 房 鴨 川 行 の 特 急 「 わ か し お 」 に 乗 車 し1時 間 10分 ほ ど で 大 原 に 到 着 。 人 口4万 の 「 い す み 」 市 ( 合 併 に よ り 大 原 町 か ら 昇 格 ) の 中 心 に し て は 少 し 寂 し い 駅 前 風 景 で あ る 。JR大 原 駅 に 隣 接 し て 、 い す み 鉄 道 の こ じ ん ま り と し た 駅 舎 が あ っ た 。 駅 舎 の 中 は 直 営 売 店 と な っ て お り 、 い す み 鉄 道 オ リ ジ ナ ル の レ ト ル ト カ レ ー ・ お か き ・ 最 中 ・ 饅 頭 を は じ め 各 種 鉄 道 グ ッ ズ が 所 狭 し と 並 べ ら れ て あ る 。 鉄 道 部 門 の 赤 字 を 鉄 道 関 連 商 品 で 補 お う と い う 涙 ぐ ま し い 努 力 が 感 じ ら れ 、 つ い つ い 財 布 の ひ も が ゆ る ん で 何 点 か 購 入 し て し ま っ た 。 売 店 で は 切 符 も 売 っ て お り 、「 房 総 横 断 記 念 乗 車 券 」( い す み 鉄 道 ・ 小 湊 鉄 道 共 通 割 引 切 符 ) を1600円 で 購 入 し た 。 こ れ は 、 大 原 ∼ 五 井 間 の 途 中 下 車 は 自 由 で あ る が 後 戻 り は で き な い 片 道 の 切 符 で 、 別 々 に 購 入 す る よ り470 円 安 く な っ て い る 。 ホ ー ム に 向 か う と 千 葉 県 花 の 菜 の 花 を 連 想 さ せ る 黄 色 い 車 体 の 気 動 車 ( い す み200形 … 第 3セ ク タ ー 開 業 時 に 導 入 さ れ た 富 士 重 工 製 の2軸 ボ ギ ー 台 車 レ ー ル バ ス ) が1両 、 発 車 を 待 っ て い た 。 「国鉄木原線からいすみ鉄道まで」(鉄道 ジャーナル2011年5月号)より [小湊鉄道は主要駅のみ記載してある]

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車 体 に は ム ー ミ ン の イ ラ ス ト が 大 き く 描 か れ て い る 。 い す み 鉄 道 で は 、 沿 線 の 里 山 が ム ー ミ ン 谷 の 雰 囲 気 に 似 て い る と か い う こ と で 、 ム ー ミ ン を 鉄 道 の シ ン ボ ル と し て 利 用 し 観 光 客 を 呼 び 込 ん で い る 。 ム ー ミ ン 谷 は 北 欧 に あ る は ず で 、 温 暖 な 房 総 半 島 で は ミ ス マ ッ チ の 感 じも す る が 、 こ れ も 収 益 を 上 げる た め の 作 戦 の 一 つ で あ る よ う だ 。 高 校 生 を中 心 に6∼7割の座席が埋ま った上総中野行の気動車は12: 59の定刻に発車、 平 日 の 昼 に し て は ま ず ま ず の 乗 車 率 で あ る 。 夏 休 み 中 の 補 習 授 業 ・ 部 活 帰 り ら し い 高 校 生 も 多 く 、 普 通 の 日 は も っ と 空 い て い る の で は な い か と 思 わ れ る 。 沿 線 は 坦 々 と し た ど こ に で も あ る よ う な 水 田 風 景 が 続 く 。 の ど か な 丘 陵 地 帯 の 里 山 を 縫 う よ う に 走 っ て い く が 、 う っ そ う と 茂 っ た 山 深 い 地 域 も あ り 、 車 窓 か ら の 景 色 は 見 飽 き な い 。30分 程 で 本 社 ・ 機 関 区 の あ る 大 多 喜 に 到 着 、 遅 い 昼 食 を と る た め に 途 中 下 車 し た 。 大 多 喜 町 は 旧 城 下 町 か ら 発 展 し た 町 で 、 古 い 町 並 み が 美 し い 沿 線 最 大 の 中 心 地 で あ る 。 最 大 の 中 心 地 と い っ て も 、 人 口 約1万 、 過 疎 化 も か な り 進 ん で い る み た い だ 。 昼 食 を と っ て 街 な か を 散 策 し た 後 、 上 総 中 野 行 に 乗 車 。 今 度 の 車 両 は 、 昨 年 導 入 さ れ た ク ロ ス シ ー ト の 新 し い 車 両 、い す み300形だ。20分ほどで終点の上総中野 に到着、両鉄道の接続駅とい うことで、 あ る 程 度 の 賑 や か な 中 心 地 を 予 想 し て い た が 、 駅 前 に は 店 ら し い 店 も ほ と ん ど な い 寂 し い 山 の 中 の無 人 駅 で あ っ た 。 し ば ら く す る と 、 隣 の ホ ー ム に 小 湊 鉄 道 の 気 動 車 が1両 で 入 線 し て き た 。 赤 と ク リ ー ム の ツ ー ト ン カ ラ ー の か な り く た び れ た 気 動 車 で 、 若 い 女 性 運 転 士 と 女 性 車 掌 が 乗 務 し て い た 。 い す み 鉄 道 の 方 は 大 多 喜 ∼ 上 総 中 野 間 に1日 14本 の 列 車 が 走 っ て い る が 、 小 湊 鉄 道 の 上 総 中 野 ま で や っ て く る の は6本 ( 多 く は 五 井 ∼ 上 総 牛 久 ・ 養 老 渓 谷 間 の 区 間 列 車 ) だ け と い う 少 な さ 。 両 鉄 道 を 乗 り 継 ぐ 乗 客 は ほ と ん ど い な い よ う で 、 い す み 鉄 道 か ら 乗 り 継 い だ の は 私 以 外 に は 観 光 客 ら し き3人 の 男 性 グ ル ー プ の み で あ っ た 。 ほ ど な く 五 井 行 の 気動 車 は 発 車、車 窓 に は 東 京 近 郊 と は 信 じ ら れ な い よ う な 険 し い 山 や 谷 が 続 く。 線 路 脇 に 垂 れ 下 が っ た 樹 木 が 列 車 の 窓 を か す め る よ う な 光 景 も あ り 、 よ く も こ ん な 寂 し い と こ ろ に 線 路 を 敷 い た な と 思 う ほ ど で あ っ た 。 次 の 停 車 駅 、 養 老 渓 谷 ( 沿 線 唯 一 の 観 光 ス ポ ッ ト ) に 到 着 し て ま た も や び っ く り 。 駅 長 ら し き 職 員 が 何 と タ ブ レ ッ ト を 持 っ て 列 車 に 近 づ い て 来 る で は な い か 。 そ し て 運 転 士 と タ ブ レ ッ ト を 交 換 、 昭 和30年 代 に タ イ ム ス リ ッ プ し た よ う な 光 景 で あ っ た 。 養 老 渓 谷 を 過 ぎ て も 、 ま と も に 人 家 も な い よ う な 山 間 地 を の ん び り と 走 る 。 駅 舎 ( ほ と ん ど 無 人 駅 で あ っ た が ) は 開 通 し た 昭 和 初 期 そ の ま ま で は な い か と 思 わ れ る よ う な 古 い も の も あ り 映 画 の ロ ケ に も 使 え そ う だ 。 の ど か な 田 園 風 景 も 上 総 牛 久 に 近 づ く に つ れ 賑 や か に な り 、 上 総 牛 久 で ど っ と 乗 客 が 乗 り 込 み 座 席 は ほ ぼ 埋 ま っ て し ま っ た 。 こ の あ た り か ら 住 宅 団 地 が 増 え だ し 、 東 京 の 近 郊 の ど こ に で も あ る よ う な 沿 線 風 景 に 変 化 し て き た 。 上 総 牛 久 あ た り か ら は 都 心 へ の 通 勤 通 学 客 も 多 い よ う で 、 駅 舎 も 新 し く 信 号 設 備 もATS設置の 普通の 鉄道に 様変わ りしてい た。通 路 に 立 つ 乗 客 も 増 え た 列 車 は 、 サ ッ カ ー の ジ ェ フ ユ ナ イ テ ッ ド 千 葉 の 本 拠 地 で も 知 ら れ る 市 原 市 ( 人 口28万 ) の タ ー ミ ナ ル JR五 井 駅 に 到 着 し た 。 先 程 の タ ブ レ ッ ト 交 換 は 夢 だ っ た の かと 錯 覚 す る よ う な 不 思 議 な 路線 で あ っ た 。 い す み 鉄 道 は 第3セ ク タ ー に 転 換 さ れ た 後 も 乗 客 が 減 り 続 け 、 存 続 の 危 機 が 続 い て い た が 、 鉄 道 関 連 商 品 の 開 発 ・ イ ベ ン ト 列 車 運 行 ・ 社 長 の 公 募 な ど の さ ま ざ ま な 経 営 努 力 の 結 果 、 平 成22年に 存続が 決定し た。現 在、2代目公 募社長の鳥塚 亮氏がJRからキハ52

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・ キ ハ28を 購 入 し て 土 日 に 臨 時 列 車 と し て 走 ら せ る な ど 、 さ ま ざ ま な ア イ デ ア で 積 極 的 に 鉄 道 フ ァ ン を 呼 び 込 も う と 努 力 し て い る 。 東 京 か ら 日 帰 り で き る と い う 恵 ま れ た ロ ケ ー シ ョ ン を 活 か し 、 さ ら な る 活 性 化 を 期 待 し た い 。 小 湊 鉄 道 は バ ス 事 業 が 主 体 の 会 社 で あ り 、 上 総 牛 久 ∼ 五 井 間 は あ る 程 度 沿 線 人 口 も あ る た め 、 い す み 鉄 道 の よ う に 背 水 の 陣 で 鉄 道 を 残 そ う と い う 意 気 込 み は 感 じ ら れ な か っ た 。 車 両 も 昭 和36年 か ら 52年 に か け て 導 入 さ れ た キ ハ200形 1種 類 ( 14両 在 籍 ) の み で 、 鉄 道 フ ァ ン に と っ て は 面 白 み に 欠 け て い る 。 し か し 、 い す み 鉄 道 よ り は 都 心 に 近 く 、 養 老 渓 谷 と い う 観 光 地 も あ る こ と か ら 、 工 夫次 第 で 乗 客 を 増 や す こ と は 可能 で あ ろ う 。 房 総 半 島 の2つ の 鉄 道 を 駆 け 足 で 乗 車 し て き た が 、 上 総 中 野 で せ っ か く 繋 が っ て い る の に 乗 り 換 え を し な け れ ば な ら な い と い う の が 残 念 で あ っ た 。 直 通 運 転 を 行 う な ど 両 者 が 協 力 す る こ と に よ り 、 さ ら な る 発 展 の 可 能 性 ほ あ る と 思 う 。 今 回 は 時 間 の 都 合 も あ り 通 過 す る だ け で 終 わ っ て し ま っ た が 、 菜 の 花 が 満 開 の 頃 、 再 度 訪 問 し て ゆ っ く り と 沿 線 を 巡 り た いも の で あ る 。 いすみ200形(大原駅) キハ52+キハ28(大多喜駅) いすみ300形とキハ200形(上総中野駅) タブレット交換(養老渓谷駅)

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福井県内の鉄道関連ニュース(6・7月)

福井新聞掲載記事より 6月22日 『北陸新幹線ふさわしい列車名を 建設促進同盟会、福井駅でPR』 県北陸新幹線建設促進同盟会は21日、2015年春に金沢まで開業する北陸新幹線の列 車名募集をPRする街頭活動を福井市のJR福井駅で行った。25年度末ごろには敦賀 へ延伸されることから「北陸にふさわしい列車名を福井から応募しよう」と呼び掛 けた。 6月24日 『北陸新幹線 若狭ルート実現へ気勢』 北陸新幹線若狭ルート建設促進総決起大会が23日、小浜市文化会館で開かれた。若 狭ルートの一日も早い公表と大阪までのフル規格整備を求める大会決議を選択し、 実現に向け気勢を上げた。 6月30日 『七夕電車に一日揺られ えち鉄 福井工大生が飾り付け』 福井工大の学生がえちぜん鉄道の1車両を幻想的に飾り付けた「七夕アート電車」 が28日、完成した。7月7日まで勝山永平寺線と三国芦原線で運行される。 7月 3日 『新幹線若狭ルート実現へ 国に早期働き掛けを』 県会は2日、新幹線・地域鉄道調査特別委員会を開いた。北陸新幹線の敦賀以西ル ートについて、委員からは若狭ルートの実現に向けて県選出の国会議員や関係自治 体の意見をまとめ、早めに国に働き掛けていくよう要望が相次いだ。 7月 6日 『福鉄「ビア電」出発進行 夜景楽しみ揺られ乾杯』 福井鉄道福武線の夏恒例「ビア電」が5日夜、運行を開始した。蒸し暑い日が続く 中、一番電車に乗り込んだ乗客たちは、ビールを勢いよく飲み干した。ビア電は9 月23日まで、日曜を除く毎日運行。 7月 8日 『福井駅前電車通り「まちフェス」 仮設電停も利用好評』 福井市の駅前電車通りを歩行者天国にするイベント「まちフェス 街なか繋がるス トリート」が7日、開かれた。西武福井店本館前に初めて設けられた福井鉄道の仮 設電停から直接会場に足を運ぶ人も多く、蒸し暑さを吹き飛ばすような笑顔があち こちで見られた。 7月20日 『福鉄・北府駅 国の文化財登録 国府「北の玄関口」に光』 越前市の福井鉄道北府駅舎が19日、国の登録有形文化財(建造物)に登録されるこ とになった。1924年に「西武生駅」として開業した木造平屋の駅舎は、大正時代の レトロな面影を残して2012年3月に改修された。内部には福井鉄道に関する資料を 展示したギャラリーを備え「越前府中まちなか博物館」に認定されている。 7月24日 『福鉄電停の再配置を 市長へ利便性向上策提言』 福井鉄道とえちぜん鉄道の相互乗り入れを2015年度に控え、福井商工会議所は地域 鉄道の在り方に関する提言をまとめ23日、東村新一福井市長に提出した。福鉄福武 線の電停の再配置や拡幅、運行面でも安全性や快適性を向上させるためのハード整 備を求めた。 7月25日 『給水塔写生大会 児童40人が挑戦JR小浜駅』 JR小浜駅にある給水塔の写生大会が24日、同駅構内で開かれた。参加した子供たち は給水塔を前に思い思いに絵を描いていた。

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事 務 局 だ よ り

9月見学会「北陸本線旧杉津線廃線跡巡り」のご案内

9月8日(日)12:50 JR敦賀駅改札口集合

「わだち」前号でもご案内しましたが、9月の見学会は、『つるが「鉄道と港」フェステ ィバル』に協賛して、「北陸本線旧杉津線廃線跡巡り」を会員以外にも呼びかけて実施しま す。田中支部長の案内で敦賀∼今庄間(新保駅・葉原信号場・山中信号場・大桐駅など) の廃線跡を貸切バスで巡ります。バスを貸し切るため1人1500円の会費が必要ですのでご了 解願います。8月31日締切となっていますが、まだ座席に多少ゆとりがあります。福井支部 会員に限り9月6日(金)まで延長しますので、多数のご参加をお待ちしています。(定員に な り 次 第 締 め 切 り ま す の で 、 申 し 込 み は お 早 め に 。) 事 務 局 ま で メ ー ル (miyabi@ oboe.ocn.ne.jp)か電話(090−1639−2121)でご連絡ください。

◎鉄道模型運転会(福井支部主催)報告

昨年に引き続き『つるが「鉄道と港」フェスティバル』に協賛して、8月3日(土)・4日 (日)の2日間、金ヶ崎緑地の敦賀鉄道資料館において鉄道模型運転会を開催しました。昨 年は1日だけの開催でしたが、ぜひ2日間開催してほしいという要望もありましたので2日間 の日程で行いました。夕刻、金ヶ崎緑地でイベントが開催されていたので、3日は21:00ま でと福井支部初のナイター運転会となりました。新聞に大きく報道されたこともあり、2日 間で約800名(敦賀鉄道資料館調べ)の観客が入場し会場は終日大賑わいでした。参加して いただいた福井支部会員の皆様、たいへんお疲れさまでした。

◎福井県立図書館で鉄道模型運転会

10月26日(土)

福井県立図書館から依頼があり、鉄道模型運転会開催を決めました。10時から16時頃ま での予定です。ご都合のつく方はご参加ください。 ︽ 終 着 駅 ︾ 残 暑 お 見 舞 い 申 し 上 げ ま す 。 今 年 は 例 年 に も 増 し て 、 気 温 の 高 い 酷 暑 と な っ た 日 が 続 き 、 熱 中 症 で 死 亡 者 も 出 る ほ ど の 異 常 気 象 と な り ま し た 。 更 に 一 旦 雨 が 降 る と ﹁ ゲ リ ラ 豪 雨 ﹂ の ご と く 、 激 し く 長 時 間 に 渡 っ て 降 り 続 く た め 、 各 地 で 洪 水 や 土 砂 崩 れ と い っ た 災 害 が 発 生 し て い ま す 。 鉄 道 に も 甚 大 な 被 害 が あ り 、 九 州 や 山 陰 、 中 国 地 方 の 路 線 で は 復 旧 の め ど が た た な い ほ ど に な っ て い ま す 。 福 井 で も 、﹁ 福 井 豪 雨 ﹂ を 経 験 し 、 越 美 北 線 が 長 期 間 運 休 と な り ま し た 。 あ の 時 を 思 い 出 す と 、 飴 の よ う に 曲 が っ た レ ー ル や 、 流 失 し た 鉄 橋 が 無 残 な 姿 を さ ら し 、 一 時 は 失 意 の 底 に あ り ま し た が 、 今 で は き れ い に 復 旧 さ れ 、 あ り が た い と 思 い ま す 。 被 災 地 の 、 一 日 も 早 い 復 旧 を お 祈 り い た し ま す 。 ︵ 森 家 ︶

参照

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4) Arai, H. : S-wave velocity profiling by inversion of microtremor H/V spectrum, Bull. : Estimation of deep underground velocity structure by inversion of spectral ratio

2018 年 2 月 4 日から 7 日にかけて福井県嶺北地方を襲った大雪は、国道 8

碇石等の写真及び情報は 2011 年 7 月、萩市大井 1404、萩市大井公民館長の吉屋安隆さん、大井ふる

指標名 指標説明 現 状 目標値 備 考.

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■実 施 日: 2014年5月~2017年3月. ■実施場所: