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夏目漱石_模倣と独立

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Academic year: 2021

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大正二 年 十二月 十 二 日 第一高等 学校において

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今日ははからずお招きにあずかりまして突然参上いた しました次第でありますが︑私はもとこの学校で育った 者で︑私にとってはこの学校はだいぶ縁故の深い学校で あります︒にもかかわらず︑今日までこういう︑すなわ ち弁論部の御招待にあずかって︑諸君の前に立ったこと はございませんでした︒もっとも御依頼もございません でした︒また遣る気もありませんでした︒ただいま私を や 御紹介下さった速水君は知人であります︒昔はお弟子で はや み で し

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今は友達

いや友達以上の偉い人であります︒ しかし︑ ともだち 知り合ではありますけれども︑速水さんから頼まれたわ あい けでもありません︒今度私がこゝに現われたのは安倍能 あ べ よし 成という

これも偉い人で︑やはり私の教えた人であ しげ りますが

その人がなんでも弁論部のかたと御懇意だ というので︑この安倍能成君を通じての御依頼でありま す︒その時私はお断りをしたかった︒というのは︑近来 頭の具合が悪い︒というよりも︑頭の働き方がこういう 所へ参って︑組織立ったお話をするに適しないようにな っております︒

一口に言えば︑面倒臭いので︑一応 めんどうくさ

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はお断りをいたしたのであります︒けれども私の断り方 がよほど正直だったので︑

ぜひ遣らなければならな いならば出るが︑まあどうか許してもらいたい

こう いうふうに返辞をした︒ところがぜひ遣らなければなら んから出ろ︑というのです︒あとから考えると︑あまり 私が正直すぎたと思います︒もっとも︑ぜひ遣らなけれ ばならんと言うのはどういう訳だ︑と言って問い詰める ほどの問題でもありませんから︑遣らなければならんも のとして出て参りました︒安倍君は君子であります︒頼 んだ事は引き受けさせようというほうの君子︒速水君も

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君子であります︒これは頼まないほうの君子︑遠慮され たほうの君子でありますが︒そういう訳で今日は出まし たので︑演説をするまえに言訳がましい事をいうのはは いいわけ なはだ卑 怯 なようでありますけれども︑大して 面白い ひ きょう おも しろ 事もお話はできないと思いますし︑ また問題が有っても︑ 学校の講義見たように秩序の立ったお話はでき兼ねるだ み ろうと思います︒安倍君曰く︑何を言ったってかまいま いわ せん︑喜んで聴いているでしょう︒ き それに︑私は此校で教師をしていたことがあります︒ こ こ その時分の生徒はみなおそらく今ここには一人もいない ひと り

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でしょう︑卒業したでしょうけれども︑しかし貴方がた あ な た はその後裔と言いますか︑跡続ぎ見たような子分見たよ こう えい あと つ うなもので︑その親分をこの教場でたび

虐めていた いじ 事などがあるから︑その子か孫に当るような人などはな んとも思っておらんので︑チャンと準備をして出て来る ほど旨くゆかなかった︒ うま 私は教師としてこの学校に四年間おりました︒のみな らずその以前には︑貴方がたのように︑生徒としてこの 学校に

何年間おりましたかしらん

落第したと 思 っちゃいけません︒もともと私はここへはいって 来たの

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じゃない︒この学校が予備門といってちょうど一ツ橋外 ひと つ ばし に在りました︒今の高等商業の在る界隈一面がこの学校 あ かいわい 兼大学であった︒明治十七年︑貴方がたがまだ生れない さき︑私はそこへはいったのです︒それから

実は落 第しております︒落第して愚図々々しているうちにこの ぐ ず ぐ ず 学校ができた︒この学校ができて最も新らしいところへ いの一番に乗り込んだ者は私

だけではないが︑その 一人は確かに私である︒吾々の教室は本館のいちばん北 われ われ の外れの︑今食堂になっている︑あそこにありました︒ はず 文科の教室で︒それが明治二十二年くらいでした︒その

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時分の事を今の貴方がたに比べると︑吾々時代の書生と いうものは乱暴で︑よほど不良少年という傾き

人に よるとむしろ気概があった︒天下国家をもって任じて威 い 張っておった︒吾々の年配の人は︑いつも今の若い者は というような事を言っては︑自分達の若い時がいちばん 偉かったように思っているけれども︑私はそうは思わな い︒今でもそうは思わない︒貴方がたの前に立ってこう してお話をするときは︑なおそう思わない︒貴方がたの ほうが吾々時代の者よりよほど偉い︒先刻から偉い偉い さ っ き ということを速水君が言われましたが︑貴方がたの方が

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はるかに大人しい︑よくできていると思います︒吾々は お と な 実に乱暴であった︒その悪戯の例はいくらも有ります︒ いたずら それをお話するためにこゝへ登ったんじゃないが︑いか に吾々が悪かったかということを懺悔するた めにお話す ざん げ るのであるから︑その真似をしちゃいけませんよ︒現に ま ね あそこに教場に先生の机がある︒まず私達は時間の合間 あい ま 合間に砂糖わりの豌豆豆を 買ってきて 教 場の中で食べ あい ま えん どう まめ る︒その豌豆豆が残るとその残った豌豆豆を先生の机の 抽斗の中に入れておく︒歴史の先生に長沢市蔵という人 ひき だし ながさわいちぞう がいる︒吾々がこれを渾名してカッパードシアと言って あだ な

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い る ︒な ぜカッパード シアというかというと︑なんでも カッパードシアとかなんとかいうギリシアの地名かなん かある︒今は忘れてしまいましたが︑ギリシアの歴史を 教える時︑その先生がカッパードシアと一時間のうち幾 回となく繰り返す︒それでカッパードシアという渾名が く 付いた︒この長沢先生の時間と覚えておりますが︑その 先生がカッパードシアカッパードシアとボールドへ書く ので︑そのカッパードシアを書こうとしてチョークを捜 す た め に 抽 斗 を 明 け る と ︑ そ の 抽 斗 の 中 か ら 豆 が あ がら

と出てきたというような話がある︒これは先生

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を侮辱したわけではありません︑また先生に見せるた め にわざ

遣ったのでもありませんが︑とにかくよほど 予備門などにおった吾々時代の書生の風儀は乱暴であり ました︒現にこの学校の中を下駄で歩くのです︒私も下 げ た 駄で始終歩いた一人で︑今はついでだから話しますが︑ 私がこゝにはいった時にちょうど杉浦 重 剛先生が校長 すぎ うら じ ゅ う ご う でこゝの呼び者になっていた︒この時二十八歳だったか よ もの と思い ま す︒たいへ ん 若く て呼 び者であっ た が︑しばら くするとこういう貼出しが出ました︒学校の中を下駄を はり だ 穿いて歩いてはいけない︒それは当然の事ですが︑わざ

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わざ貼り出さなければならんほど下駄を穿いて歩いてい たものと私は考える︒しかるに貼出しがあってしばらく しても︑私は下駄を穿いて歩いていた︒ある日のこと︑ ちょうど三時過ぎです︒今ごろで︑もうだれもいまいと 思 っ て ︑ 下 駄 を 穿 い て ︑ 威 張 っ て 歩 け と 思 っ て ︑ ドン

歩いて行った︒すると廊下を曲るとたんに杉浦 重剛さんにパタリと出会った︒私は乱暴書生ではない︒ ごく気の小さい大人しい者である︒杉浦さんに出会って どうしたと思います︒私は急に下駄から飛び降りた︒飛 び降りたばかりではありません︑飛び降りていきなり下

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駄を握って一目散に逃げだしました︒だから一口も叱ら しか れもせず︑また捉まえられもせずに済んでしまった︒こ つか す れはたゞ自分で覚えているだけで人に話したことはあり ません︑今日初めてくらいのものでありますが︑このあ き ょ う いだある所で杉浦先生に久々振りでお目に掛った︒だい ひさ びさ ぶ ぶ先生も年を取っておられる︒その時私が︑先生こうい う事を覚えておいでですか︑私は下駄を穿いて歩いてこ うこうだったとお話したら︑杉浦さんは︑いやそれはど うも大変な違いだ︑私は下駄を穿いて学校を歩くことは 大賛成である︑穿いちゃあならんという貼出しが出たの

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は︑あれは文部省が悪い︒とかく文部省はやかましいこ とを言うが︑私はその下駄論者だったと言う︒私も驚い て︑杉浦さんが下駄論者だと仰しゃるのはどういうわけ おっ ですかと聞くと︑先生の曰く︑そも

下駄は歯が二本 いわ しかない︑それでいくら学校の中を下駄で歩いたところ で︑床に印する足跡というものは二本の歯の底だけであ る︑ しかるに靴は 踵 から爪先まで足の裏一面が着 く じ くつ かかと つま さき ゃないか︒もしこれが両方とも同じ程度に汚すのである よご ならば︑学校の床を汚す面積は靴のほうが下駄よりはる かに偉大である︑だから 私 はその下駄で差 支 ないとい さし つ か え

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うことをしきりに主張したが︑どうも文部省の当局が分 わか らないから︑それでやむをえずあゝいう貼出しをした︒ それじゃ私は逃げるところでなかった大いに賞められて ほ しかるべきであった惜しいことをした︑ と言って笑った ︒ その時分は杉浦さんも二十八くらいでまだ若かったから 暴論を吐いて文部省を弱らせたのでしょう︒下駄のほう が 宜 いというわけはないと考えるのです︒まあそうい よろし うような 時代を貴方がたが想像したら︑ずいぶん乱暴な 奴がたくさんおったということがお分りになるでしょう やつ が︑実際今よりも悪い悪戯な奴がたくさんおった︒スト

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ーブをドン

焚いて先生を火攻にしたり︑教場を真闇 ひ ぜめ まっ くら にして先生がいきなりはいってきても︑どこも分ら ない ような事をしたり︑そういうところを経過してはじめて 此校へはいったものであります︒ こ それから此校に二年ばかりおって︑大学に入って︑だ はい いぶ御無沙汰をして︑それから外国に行きまして︑外国 ご ぶ さ た から帰って来て︑また此校へはいった︒故郷へ錦を着る という ほ ど で もない が ︑まあ教師になってはいった︒そ うして初めて教えたのが︑今いう安倍能成君等でありま す︒此校を出て︑大学を出て︑諸方を迂路ついている時 う ろ

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に教えたのが︑こゝにいる速水君であります︒速水君を 教える時分は熊本で教員生活をしておった時で 漂 泊生 ひょ う は く せ い でありました︒ 速 水君を教えていた時分は偉くなかった︑ あるいは偉い事を知らなかったか︑どっちかでしょう︒ とにかく速水君を教えたことは確かであります︒形式的 に︒むろん偉くない人だからほんと うに啓発するほ ど 教 えなかったが︑教場に立って先生と呼ばれ︑生徒と呼ん だことは確かにある︒なお自白すれば︑熊本に来たてで あります︒私の前にだれか英語を受持っておって︑私は うけ も そのあとを引受けた︒エドマンド・バークのなんとかい ひき う

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う本でありますが︑それは私の 嫌 な本です︒このくら きら い い解らない本はない︒演説でもイギリス人が解るものな わか らば日本人が字引を引いて解らないことはないはずであ る︒が︑実際解らない本です︒その解らない物を教えた 時にちょうど速水君が生徒だったから︑偉くない偉くな いという考えがいつまでも退かないのかもしれません︒ それでその後英語もだいぶ教えて年功を積みましたが︑ 速水君に断りますが︑その後発達した今日の私の英語の 力でも︑あのバークの論文はやはり解らない︒嘘だと思 うそ うなら速水君があれを教えてごらんになればすぐ分る︒

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こんな下らないことを言って時間ばかり経って御迷 くだ た 惑でありましょうが︑実は時 間 を潰すた めに︑そういう つぶ ことを言うのであります︒ 大した問題もありませんから︒ それで︑先刻演題という話でしたが︑演題というよう なものはないから︑何か好加減に一つ題は貴方がたのほ いい か げん うであとで 拵 えてくだ さい︒チョッと複雑すぎて簡単 こしら な題にならんような高尚な事なん だ ろうと 思 う︒何かお 話しようと思いましたが︑実は先刻 申 上げ たような訳 もうし あ で︑時間もなし︑今日も人が来ますし︑チッとも考えら れない︒それだからいう事はあまり大した事ではありま

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せん︒が︑もう少しのあいだ︑ごく雑としたところをお ざっ 話して御 免 蒙 ることにしましょう︒ こう む 私はこのあいだ文展を見に行きました︒ ︵私は御存知 のとおり︑職業が職業ですから︑お話する事は一般の事 でも︑あるいは文芸ということが例になったり︑またそ のほうから出立することが多いかもしれませんから︑そ のほうに興味のないかたにはお気の毒ですが︑まあ仕 方 しかた がない︑ お聴きを願います︶ ︒ で︑ 今申しましたように︑ このあいだ文展を見に行きました︒それで 文 展を見てチ ョッと感じました︒どうも私は文部省の展覧会に反対を

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したり︑博士を辞したり︑はなはだ文部省に受けが悪い 人間でありますが今度の文展も公には書きませんでした が︑どうもたいへん面白くありませんでした︒ことに私 は日本画のほうで︑まあそうだと 思 います︒西洋画のほ うについても言えば言えますが︑そのほうはあとにして おいて︑日本画のほうについて申します︒ いっこう面白くなかった︒あの画のうち︑どれを見て え も面 白 く な い ︒な かに は例 外は あり ますけれど も ︑どれ を見ても面白くない︒ただ面白くないと言っても分らぬ から︑訳を言わなくちゃならんが︑どれを見てもノッペ

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リしている︒ノッペリしているという意味はお手際が好 て ぎわ い いと言うので︑ 褒 めているのかと言えば︑ そ うではない︒ ほ 悪く言う意味で︑お手際がたいへん好いのです︒言葉を よ 換えて言えば︑腕力は有 る ︑腕の力は有 る︒それじゃど こが悪いかと言えば︑頭がない︒ 頭 がなくて手だけで描 か いている︒職人見たようなものである︒そうまでいうと み お気の毒だから︑それだけは公にしません︒

これだ け公にしていれば沢山だが

私は別に画家や文展の非 たく さん 難を遣っているのではありません︑画家を個人的に悪口 を言っているわけではありません︒ただ感じたことにつ

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いてチョッと必要だから申すのでありますが︑たゞノッ ペリとしている︒たとえばシミがなく︑マダラがなく︑ 、 、 、 、、 ムラがなく︑仕上げが綺麗にできている︒あゝいう手際 、 、 き れい というものは︑丁稚奉公をして五年十年遣らなければで でっ ち きないでしょうけれども︑それ以外に何かあるかと 聞 か れても︑私には分らない︒ちょうど人間で言いますと︑ やはり紳士というものによく 似 てい ると思う︒紳士とは どんなものかというと︑紳士というものは︑たゞノッペ リしている︒顔ばかりじゃありません︒マナーが

態 度および挙止動作が

ノッペリしている人間で︑手を

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出して握手をしたりする︒下層社会の女などがよくあの 人は様子が宜いということを言うが︑様子が宜いくらい い で女に惚れられるのは︑男子の不面目だと思います︒様 ほ 子が宜いというのは︑ 人を外らさないということになる︒ そ ただお座なりを言うということになる︒あまりブッキラ ざ ボーでない︑ 当り触りが宜いというのでございます︒鮮 あた さわ あざ や かで穏かでまことに宜い ︒ それは悪い事とは思いません︒ そういう人に接しているほうが野蛮人に接しているより は宜い︒一口感情を害してもすぐに擲られると い うよう なぐ な人より宜い︒それを攻撃するわけじゃありませんが︑

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しかしそれだけでは人格問題じゃない︒人格問題じゃな いというのは

ずいぶん悪い事をして︑人の金をたゞ 取るとか︑法 律に触れるような事をしないまでも非道い ひ ど ずるい事をしたり︑種々雑多な事をやって ︑ 立派な家に はいって︑自動車なんぞに乗って︑そうして会ってみる とまことに調子が好くて︑品が好くて︑ノッペリしてい よ る︒そうして人格というものはどうかと言うと︑あまり 感服できない人がたくさん有りましょう︒それが紳士だ と思ってはいけません︒けれどもそういう者が紳士とし て通用している︒つまり人格から出た品位を保っている

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ほんとうの紳 士もありましょうが︑ 人格というものを度 外に置いて︑たゞマナーだけをもって紳士だとして立派 に通用している人のほうが多いでしょう︒まあ八割くら いはそうだろうと思います︒それで文展の絵を見てどっ ちのほうの紳士が多いかというと︑人格の乏しい絵だ︒ 人格の乏しい絵だといって︑なにも泥棒が絵描になって どろ ぼう え かき いるというようなわけでは ない︒そういう侮辱の 意味じ ゃない︒けれども尊敬した意味じゃむろんない︒たいへ んどうも頭が

なんと言って宜 い か

気高いという ものがない︒御覧になっても分る︒気高いということは

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富士山やお釈迦様や仙 人などを描いて︑それで気高いと しゃ か さま か いうわけじゃない︒たとえ馬を描いても気高い︒猫をか ねこ いたら

なお気高 い︒草木禽 獣 ︑どんな小さな物を きん じ ゅ う 描いても︑ ど んなインシグニフィカントな物を描いても︑ 気高いものはいくらもあります︒そういうような意味の 絵にはどうも欠乏し切っているのが文展である︒これを 逆にいうと︑ そういう絵を排斥しているのが文展である︒ こういうわけであるから︑それが一列一帯にチャンとお 手際だけはできておらないと い けない︒お 手 際 が できて ない物はみな落第する

のですかどうか分らないが︑

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とにかくそういうことを私は文展において認め︑かつそ の文展における絵の特色と人間の特色と相対していわゆ るゼントルマンに比較して考えたのであります︒ それからその次に︑ある人が外国から帰って展覧会を 開いた︑それを見に往きました︒二人でありました︒そ ゆ ふた り の一人の絵を見ると︑油絵で西洋の色々な絵を描いてい ひと り る︒アンプレッショニストのような絵も描いている︒ク ラシカルな︑ルーベンスなどに非常によく似たような絵 も描いている︒フランス派であるが︑あれを公平に考え てみると︑あの人はどこに特色があるだろう︒他人の絵 ひ と

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を描いている︒自分というものがどこにもないようです ね︒巧い拙いにかゝわらず︑他人の描いたようなものは うま まず いくらでも描くんですが︑それじゃ自分はどこにあるか というと︑チョッとどこにあるか見えないような絵を展 覧会で見せられました︒その次にもう一つの外国から帰 った人の絵を見た︒ そ れは品の宜い︑ 大 人しい絵でした︒ それで誰が見ても︑まあ悪感情を催さない絵でありまし た︒私はそのなかの一つを買ってきて家の書斎に掛けよ うかと思いました︒が︑止しました︒けれども︑まあ買 よ っても宜いとは思いました︒なぜ買っても宜いと言いま

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すと︑相当にできているからです︒内へ持ってきて掛け うち るのはなぜかと言うと︑イギリス風の絵なら絵を︑相当 に描きこなしておって︑部屋の装飾として突飛でない︑ へ や とっ ぴ ちょうど平凡でチョッと好かろうと思ったから買ってこ よ ようかと思ったけれども︑買ってきませんでした︒その 人の絵は誰が見ても習った 絵だということが分る︒習っ てある程度まで進んだ絵である︒それだから見苦しくな い︑ということは分る︒その代りその作者を俟って初め ま て描けるような絵は一つもないのです︒たとえばそのう ちの一を選んで内に掛けるにしても︑その特別なる画家

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を 煩 わさ ないでも︑外の人に頼んでも︑それと 同 じよ わずら ほか うな絵ができそうな絵でありました︒それから私はもう 一つ見ました︒これは日本にいる人で︑日本にいる人の ある外国の絵でありました︒まえの二つは帝国ホテルお よび精養軒という立派な料理屋で見ました︒お客様もど せい よう けん うも華やかな人が多い︒なかには振袖を着ている女など はな ふりそ で がおりました︑あんな女などに解るのかと思うほどでし た︒第三に見たのは︑これはどうも反対ですね︒所は読 売新聞の三階でした︒見物人は吾々くらいの紳士だけれ ども︑なんだか妙な︑絵かきだか な ん だ か妙な判じもの

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のような者や︑ポンチ画の広告見たような者や︑長いマ ントを着て尖ったような帽子を被ったオランダの植民地 とか かぶ にいるような者や︑ 一 種特別な人間ばかりが行っている︒ 絵もそういうふうな調子である︒見物人も綺 麗な人は一 人もいない︒どうもその絵はそれである程度まではチャ ンと整うてはいないと思います︒しかし︑自分が自分の 絵を描いている︑という感じは確かにしました︒しかし その色の 汚 いほ うの 絵は未 成 品だと 思 いま す︒それだ きた な から同情もあり︑それを描いた人に敬意も持ちますけれ ども︑わざ

金を出して内に買ってきて書斎に掛けよ

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うと思わない絵ばかりでありました︒ こういうふうにいろ

違う絵があるからして︑その 点から出立してお話をしましょう︒

それで文展の画 家や西洋から帰って来た二人は自分で自分の絵を描かな い︒それから今の日本のほうのは自分で自分の絵は描く けれども未成品である︒感想はそれだけですがね︒それ についてそれをフィロソフィーにしよう

それをまあ こじつけてフィロソフィーにして演説の体裁にしようと いうのです︒どういうふうにこじつけるかが問題であり ます︒それが旨くゆけば聴かれそうな演説である︒巧く うま うま

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ゆかなければそれだけの話である︒まあどういうふうに 片付けるかというお手際の善悪などはどうでもよいので かた づ すから︒ 人間というものはたいへん大きなものである︒私なら 私一人がこう立った時に︑貴方がたはどう思います︒ど う思うと言ったところで漠然たるものでありますが︑ど ばくぜん う思いますか︒偉い人と速水君は思うか知らんが︑そん な意味じゃない︒私は往来を歩いている一人の人を捉ま つか えてこう観察する︒この人は人間の代表者である︒こう 思います︒そうでしょう神様の代表者じゃない︑人間の

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代表者に間違いはない︒禽獣の代表者じゃない︑人間の ま ちが 代表者に違いない︒したがって私がこゝにこう立ってい ると︑私はこれでヒューマン・レースをレプレゼントし て立っているのである︒私が一人でたくさん有る人間を 代表していると︑それは不可ん君は猫だと意地悪く言う い か い じ わる ものがあるかもしれぬ︒もし貴方がたがこう言ったら︑ そうしたら︑いや猫じゃない︑私はヒューマン・レース を代表 し ているのであると︑ こ う断言するつもりである ︒ 異存はないでしょう︒それならば︑それでよろしい︒ 同時 にそ れだけかというとそ う で も ない︒じ ゃ何 を 代

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表 し ているかというと︑その一人の人は人間全体を代表 していると同時にその人一人を代表している︒詰らない つま 話だがそうである︒私はこうやって人間全体の代表者と して立っていると同時に自分自身を代表して立ってい る︒貴方がたでもなければ彼方がたでもない︑私は一個 か な た の夏目漱石というものを代表している︒この時私はゼネ ラルなものじゃない︑スペシァルなものである︒私は私 を代表 し ている︑ 私以外の者は一人も代表しておらない ︒ 親も代 表 しておらなければ︑ 子 も代 表しておらない︑ 夫子 ふう し 自身を代表している︒否夫子自身である︒ いや

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そうすると︑人間というものはそういうふうに二通り を代表している

というと語弊が有るかもしれません が

二通りになるでしょう︒そこです

︑それを言 わな いとよく解 ら な い ︒ わか それでこのヒューマン・レースの代表者というほうか ら考えて︑人間というものはどんな特色︑どんな性質を 持っているか︒第一私は人間全体を代表するその人間の 特色として︑第一に模倣ということを挙げたい︒人は人 の真似をするものである︒私も人の真似をしてこれまで ま ね 大きくなった︒私のところの小さい子供なども非常に人 こ ども

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の真似をする︒一歳違いの男の兄弟があるが︑兄貴が何 あに き か呉れろといえば弟も何か呉れろという︒兄が要らない い と言えば弟も要らないと言う︒兄が小便がしたいと言え ば弟も小便をしたいと言う ︒ そ れは実にひどいものです ︒ すべて兄の言うとおりをする︒ちょうどそのあとから一 歩々々ついて歩いているようである︒恐るべく驚くべく 彼は模倣者である︒ 近頃読んだ本でありませんがマンテガッツァのフィジ オロジー・エンド ・エキスプ レ ションと いう本のなかに イミテーションということについて例をたくさん挙げて

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ありましたが︑私は今一々人間というものは真似をする ものであるということの沢山な例を記憶しておりません が︑こゝに二つ三つあります︒たとえば︑一人の人が往 来で洋傘を広げてみようとすると︑同行している隣りの よう がさ とな 女もきっと洋傘を広げるという︒こういうふうに一般に ある程度まではそうです︒往来で空を眺めていると二人 なが 立ち三人立つのはわけはなくやる︒それで空に何かある かというと︑ 飛行船が飛んでいるわけでもなんでもない ︒ けれども飛行船が飛んでいるとかなんとか言えば︑大勢 おおぜい の群集が必ず空を仰いで見る︒その時に何か空中に飛行

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船でも認めしむることができないともかぎらない︒ それほど人間というものは人の真似をするようにでき ている情けないものであります︒それでその︑人の真似 なさ をするということは︑子供のうちから始まって︑今言っ たような些末の事柄ばかりでない︑道徳的にもあるいは さ まつ こと がら 芸術的にも︑社会上においてもそうである︒むろん流行 などは人の真似をする︒吾々がごく子供のうちは東京の 者はこんな薩摩飛白などは決して着せません︒田舎者で さつ ま が す り い なか もの なければ着ないものでした︒それを今の書生はたいてい みな薩摩飛白を着る︒安いからかしりませんが︑みな着

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るようになった︒それから一時白い羽織の紐の毛糸か何 ひも かの長いのをこう

結んで胸から背負って頸に掛けて せ お くび おった︒あれも一人遣るとあゝなるのであります︒私達 や の若い時は羽織の紋が一つしきゃないのを着て通人とか なんとか言って喜んで いた︒ そ れが近ごろは 五つ 紋をつ けるようになった︒それも大きなのがだん

小さくな ったようだが︑近ごろどのくらいになっているのか︒私 は羽織の紋があまり大き い から流 行 に後 れぬように小さ おく くしたくらいそれほど流行というものは人を圧迫してく る︒圧迫するのじゃないが︑流行にこっちから 赴 くの おもむ

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です︒イミテーターとして人の真似をするのが人間のほ とんど本能です︒人の真似がしたくなるのです︒こうい う洋服でも二十年前の洋服はあまり着られない︒このあ いだ着ていた人を見たけれども可笑しいです︒あまり見 お か み っとも宜いものではない︒ことに女なんぞは︑二十年前 の女の写真なんぞは非常に可笑しい︒本来の意味では可 笑しいとは自分で思っていないけれども︑熟々見ると︑ よくよく やはり模倣ということに重きを置く結果︑どうもその自 分と異った物︑あるいは世間と異ったものは可笑しく見 えるのであります︒そういうふうにそれを道徳上にも応

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用ができます︒それから 芸術上 はむろんのことですね︒ そんな例はたくさん挙げても宜いけれども︑時間がない から略しておきます︒とにかくたいへん人は模倣を喜ぶ ものだということ︑それは自分の意志からです︑圧迫で はないのです︒好んで遣る︑好んで模倣をするのです︒ 同時に世の中には︑法律とか︑法則とかいうものが在 あ って︑これは外圧的に人間というものを一束にしようと ひとたば する︒ 貴 方がたも一束にされて教育を受けている︒ 十 把一 じっ ぱ ひと からげにして教育されている︒そうしないと始末に終え お ないから︑やむをえず外圧 的に皆さんを圧迫しているの

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である︒これも一種の約束で︑そうしないと教育上に困 難であるからである︒その約束︑法則というものは政治 上にも教育上にもソシャル ・マナーの上にも有る︒飯を 食べるのにサラ

グチャ

は不可ないという︒そう い け いうのはこれは法則でしょう︒それから道徳の法則︑こ れは当り前の話で︑金を借りればどうしても返さねばな あた まえ らぬようになっている︒それから芸術上の法則というの がある︒これがまた在来の日本画だとか︑お能だとか︑ のう 芝居 の 踊 りだとかいうもの には︑ 非 常に 究 屈な面倒な固 しば い きゅう く つ めんどう かた まった法則があって︑動かすことができないようになっ

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ております︒それ等の例を一々挙げると宜いのですが︑ それは一々挙げません︒例を省くと詰らないものになり ますが︑早く済みますから︑詰らなくして早く切り上げ す てしまおうと思う︒ それから︑法則というものは社会的にも道徳的にもま た法律的にもあるが︑最も 劇しいのは軍隊である︒芸術 はげ にでもすべてそういうような一種の法則というものがあ って︑それを守らなければならぬように周囲が吾人に責 ご じん めるのであります︒一方ではイミテーション︑自分から 進んで人の真似をしたがる︒一方ではそういう法則が有

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って︑ほかの人から自分を圧迫して人 に 従わせる︒この 二つの原因があって︑人間というものの特殊の性という ものは失われて︑平等なものになる傾きが有る︒その意 味で私なら私が︑人間全体を代表することができる資格 を有ちうるのであります︒ も 私は人間を代表すると同時に私自身をも代表してい る︒その私自身を代表しているというところから出立し て考えてみると︑イミテーションという代りにインデペ ンデントということが重きを為さなければならぬ︒人が な するから自分もするのではない︒人がそうすれば

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他人は朝飯に粥を食う俺はパンを食う︒他人は蕎麦を食 と かゆ おれ そ ば う俺は雑煮を食う︑吾々は自 分 勝手に遣 ろうお前は三杯 ぞう に かっ て 食う俺は五杯食う︑というようなそういう事はイミテー ションではない︒他人が四杯食えば俺は六杯食う︒それ はイミテーションでないかしらぬが︑ことによると故意 に反対することもある︒これは不可ない︒世の中には奇 い け 人というものがありまして︑どうも人並の事をしちゃあ ひと な み 面白くないから︑なんでも人とは反対をしなければ気が 済まない︒なかには広告するためにやる奴もある︒普通 のことでは面白くないから︑何か特別な事をしてみたい

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というので︑髪の毛を伸ばしてみたり︑冬夏帽を被って みたり

それはこゝの生徒などにもよく有る︒が︑あ れは無頓 着 からくるのでしょう︒人が冬帽を被ってい む とん じ ゃ く るということに気が付けば自分も被りたくなるでしょ う︒故意に俺は夏帽を被ると言ったひにはよほど奇人と なる︒私のこゝにインデペンデントというのは︑この故 意を取り除ける︒次には奇人を取り除ける︒気が付かな の いのも勘定の中にはいらない︒それじゃあどういうのが インデペンデントであるか︒人 間は自然天然に独立の傾 向を有っている︒人間は一方でイミテーション︑一方で

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独立自尊︑というような傾向を有っている︒そのうちで 区別してみれば︑横 着 な奴 と︑横 着 でない奴と︑横着 おう ち ゃ く でないけれども分らないから横着をやって︑まあ朝八時 に起きるところを自然天然の傾向で十時ごろまで寐てい ね る︒それはインデペンデントには違いないが︑はなはだ どうも結構でないことかもしれません︒それは我儘︑横 わがまま 着であるが自然でもある︑インデペンデントともなるけ れども︑これも取り除けということになる︒最後に残る のは

貴方がたのなかでよく誘惑ということを言いま しょう︒人と歩調を合わして行きたいという誘惑を感じ

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ても︑いかんせんどうも私 にはその誘惑に従うわけにゆ かぬ︒ ち ょうど跛を兵式体操に引き出したようなもので︑ いかんせんどうも歩調が揃わぬ︒それは︑諸君と行動を そろ ともにしたいけれども︑どうもそうゆかないので仕方が ない︒こういうのをインデペンデントというのです︒も ちろんそれは体質上のそういう一種のデマンドじゃな い︑精神的の

ポジチブ な内心のデマン ド である︒あ るいはこれが道徳上に発現してくる場合もありましょ う︒ あるいは芸術上に発現してくる場合もありましょう︒ 精神的になってくると

そうですね︑古臭い例を引く ふるくさ

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ようでありますが︑坊さんというものは肉食妻帯をしな い主義であります︒それを真 宗 のほうで は︑ずっと昔 しん し ゅ う から肉を食った︑女房を持っている︒これはまあ思想上 の大革命でしょう︒親鸞 上 人に初めから非常な思想が しん らん し ょ う に ん あり︑非常な力があり︑非常な強い根底の有る思想を持 たなければ︑あれほどの大改革はできない︒言葉を換え て言えば親鸞は非常なインデペンデントの人と言わなけ ればならぬ︒あれだけのことをするには初めからチャン とした︑シッカリした根底がある︒そうして自分の執る べき道はそうでなければならぬ︑ほかの坊主と歩調をと

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もにしたいけれども︑いかんせん独り身の僕はたゞ女房 ひと み を持ちたい肉食をしたいという︑そんな意味ではない︒ その時分に︑今でもそうだけれども ︑思い切って妻帯し 肉食をするということを公言するのみならず︑断行して ごらんなさい︒どのくらい迫害を受けるか分らない︒も っとも迫害などを恐れるようではそんな事はできないで しょう︒そんな小さい事を心配するようでは︑こんな事 は仕切れないでしょう︒そこにその人の自信なり︑確乎 し き かっ こ たる精神なりがある︒その人を支配する権威があって初 めてあゝいうことができるのである︒ だ から親鸞 上人は︑

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一方じゃ人間全体の代表者かもしらんが︑一方では著し き自己の代表者である︒ 今は古い例を挙げたが︑今度はもっと 新しい例を挙げ れば︑イブセンという人がある︒イブセンの道徳主義は 御承知のとおり︑昔の道徳というものはどうも駄目だと だ め いう︒何が駄目かと言えば︑あれは男に都合の宜いよう にできたものである︒ 女というものは眼中に置かないで︑ 強い男が自分の権利を振り回すために自分の便利を計る ために︑一種の制裁なり法則というものを 拵 えて︑弱 こしら い女を無視してそれを鉄窓の中に押し込めたのが今日ま

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での道徳というものであると言っている︒それでイブセ ンの道徳というものは二色にしなければならぬのであ る︒ 男の道徳︑ 女 の道徳というようにしなければならぬ︒ 女のほうから見ますれば︑それが逆にまあならなければ ならないというのです︒その思想︑主義から出発して書 いたものがイブセンの作の中にある︒最も著しい例は︑ ノラというようなものであります︒それがイブセンとい う人は人間の代表者であるとともに彼自身の代表者であ るという特殊の点を発揮している︒イミテーションでは ない︒今までの道徳はそうだから︑たといその道徳は不

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都合であるとは考えていても︑別にしようがないからま あそれに従っておこう︑というような余裕のある︑そん な自己ではない︒もっと特別な猛烈な自己である︒それ がためイブセンはたいへん迫害を受けたというわけであ ります︒むろん事実不遇な人でありました︒それのみな らずあの人は特殊な人で︑人間全体を代表しているとい うより彼自身を代表しているほうがよほど多い︒そこで 国を出て諸方を流浪して︑たまに国へ帰っても評判が宜 くないから︑国へはめったに帰らなかった︒ある時国へ 帰って来た︒国へ帰っても家が ないから宿屋に泊ってい

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る︒その時ブランデスという人がイブセンが来たから歓 迎会を開こうと言うと ︑イブセンはそん な歓迎会 などは 御免蒙ると言っている︒しかしせっかくの催しで人数も 十二人だけだからと言って︑ようやくイブセンを説き伏 せた︒面倒を省くためにイブセンの泊っている宿屋で︑ 帝国ホテルみたようなところで開くということになり︑ それでいよ

当日になってちょうど宜い時刻になった か ら ︑ ブ ラ ン デ ス は イ ブ セ ン の 室 に 行 っ て ド ア ー を へや コツ

と叩いて︑衣服の用意はできたかと外から聞い たた たら︑イブセン曰く衣服などは持っておらぬ︑自分は決 いわ

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して服装などは改めたことはない︒シャツを着ている︒ シャツといってもロシア辺では家の中ではこんな冬の日 には温度が七十度くらいにしてある︒本でも読む時は上 うわ 衣をとっている︒外に出る時はこういうものを着るでし ょう︒それでシャツを着ているのは宜いが︑みんなは燕 えん 尾服を着て来ているのだからというと︑イブセンは自分 ふく の行李の中には燕尾服などははいっていない︑もし燕尾 こう り 服を着なければならぬようなら御免蒙ると言う︒お客を 呼んで︑そのお客が揃っている のに︑御 免を蒙 ら れては 大変だから

そんなことを言わないで ど うか出てもら

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いたい︑それじゃ出るということになったが︑ブランデ スが実は十二人だったところが︑だん

と人数が殖え ふ て二十四人になったと言うと︑そんな嘘を吐くならもう うそ つ 出ないと言う︒実に手古摺らされたということをブラン て こ ず デス自身が書いている︒そん な 事でいろいろ面倒なこと があったすえ︑ よ う

連れて行ってチャンと坐らせた︒ すわ ところが大将大いにふくれていて一口も口を利かない︑ き 黙っている︒まだ面白い話があるけれどもまあこれくら いで切り上げてしまいましょう︒とにかく人間を代表し ても 獣 を代表しても ︑イブセ ンはイブセ ン を 代 表して けだもの

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いると言ったほうが宜い︒イブセンはイブセンなりと言 ったほうが当っている︒そういう特殊な人であります︒ この話は幼稚でありますが︑今のイブセンの道徳の見解 からいっても︑イブセンはイミテーションという側の反 対に立った人といわなければならないわけであります︒ それで︑人間にはこの二通りの人がある︒というと︑ 片方と片方は紅白見たように別れているようにみえます が︑一人の人がこの両面を有ってい るというこ と が一番 適切である︒人間には二種の何とかがあるということを よく言うものですが︑それはたいへん間違いだ︒そうす ま ちが

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ると 片方は片方だけの性格しか具えていないようにな そな る︒議論する人はそういうふうになるから︑あとがどう も事実から出発していない議論に 陥 ってしまう︒とに おちい かく二通りの人間が有るということを言うが︑これはこ の両面を持っているというのが︑これが本統の事でしょ う︒いくらオリジナルの人でもイミテーションの分子を どこかに持っている︒イミテーションの側に立って考え ると︑これはどういう人がイミテーターかというと︑要 するにイミテーターというものは人の真似をする︒それ だから自分に標準はない︒あるいは有っても標準を立て

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通すだけの強い猛烈な勇気を欠いているか︑どっちかな のである︒しかしながらインデペンデントの側の方は︑ 自分に一種の目安がある︒ アイデアル・センセーション︑ それが個人的になっておって︑とにかくそれを言い現わ し︑それを実行しなければいても立ってもどうしてもい られない︒風変りではあるが︑人からいくら非難さ れて ふう がわ も︑お前は風変りだと言われても︑どうしてもこうしな ければいられない︒藪 睨みは藪 睨みで︑どうしても横ば やぶ にら かり見ている︒これはインデペンデントのほうの分子を よけい有っている人である︒だからこういう人というも

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のはまことに厄介なもので︑世の中の人と歩調をともに やっ かい することはできない︒ おい君湯 に行こう︑ 僕 は水を被る︑ 君散歩に行かないか︑俺は行かない座禅をする︑君飯を 食わんか︑僕はパンを食う︑そういうようなインデペン デントな 人になっては手が付けられない︒とうてい一緒 に住むことは困難である︒しかし人に困難を与えるから 気の毒な感じがないかと言うと︑そうではない︒ただそ んな事は考えておられないのでしょう︒それが本統のイ ンデペンデントの人と言わなければならぬ︒厄介ではあ るけれども︑イミテートする人あるいは自己の標準を欠

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いていて差し障りのないほうが間違いがなくて安心だと さ さわ いうような人に比べれば︑自己の標準があるだけでもこ っちのほうが恕すべく 貴 ぶべし

と言ったらどんな ゆる とうと 奴が出てくるか分らぬが︑事実貴ぶべき人もありましょ う︒とにかくインデペンデントの人 にはまあ恕すべきも のがあると思うです︒ 元来私はこういう考えを有っています︒泥棒をして懲 どろ ぼう 役にされた者︑人 殺 をして絞首台に臨んだもの︑

ひと ご ろ し 法律上 罪 にな るというのは徳義上 の 罪であるから公に 所 刑せらるるのであるけれども︑その罪を犯した人間が︑

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自分の心の径路をありのまゝに現わすことができたなら ば︑そうしてそのままを人にインプレッスすることがで きたならば︑総ての罪悪というものはないと思う︒すべ て成立しないと思う︒それをしか思わせるにいちばん宜 いものは︑ありのまゝをありのまゝに書いた小説︑よく できた小説です︒ありのまゝをありのまゝに書きうる人 があれば︑その人はいかなる意味からみても悪いという ことを行ったにせよ︑ ありのまゝをありのまゝに隠しも せず漏らしもせず描きえたならば︑その人は描いた功徳 く どく によってまさに 成 仏することができる︒法律には触れ じょう ぶ つ

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ます懲役にはなります︒けれどもその人の罪は︑その人 の描いた物でじゅうぶんに清められるものだと思う︒私 は確かにそう信じている︒けれどもこれは︑世の中に法 律とか な んとかいうものは要ら ない︑懲役 に する こと も い 要らない︑そういう意味ではありませんよ︒それはよく 申しますると︑いかに傍から見て気狂じみた不道徳な事 はた を書いても︑不道徳な風儀を犯しても︑その経過をなん にも隠さずに衒わずに腹のなかをすっかりそのまゝに描 てら きえたならば︑その人はその人の罪がじゅうぶんに消え るだけの立派な証明を書きえたものだと思っているか

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ら︑さっき言ったような︑インデペンデントの主義標準 を曲げないということは恕すべきものがあるといったよ うな意味において︑立派に恕すべきであるということが できると︑ 私 は考えるのであります︒ しかしこういうふうにインデペンデントの人というも のは︑恕すべくある時は貴むべきものであるかもしれな いけれども︑その代りインデペンデントの精神というも のは非常に強烈でなければならぬ︒のみならずその強烈 なうえにもってきて︑その背後 に はたいへん深い背景を 背負った 思想なり感情なりがなければならぬ︒いかにと

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なれば︑もし薄弱なる背景がある だ けならば︑いたずら にインデペンデントを悪用して︑ただ世の中に弊害を与 えるだけで︑成功はとてもできないからである︒ こゝに成功という意味についても説明を要する︒また 強い背景ということについても説明を要するが︑強い背 景というものはなんだというと︑それは別なものではあ りません︒たとえば私なら私が世の中の仕 来 りに反した し きた ことを︑断言し︑宣言し︑そうしてそれを実行する︒そ の時に︑ もしそれが根底のないことを遣っているならば︑ いかに私自身にはそれが必然の結 果 であり︑私自身には

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必要であろうとも︑ 人 間として他の人のためにならない︒ なんらの影響を与える ことができ な い︒ なん らの影 響 を 与えることができなければ︑私 は文字に現われたる イ ン デペンデントであって︑その文字に現われたるインデペ ンデントなことをして︑最後 に 文字に現われたるインデ ペンデントで死 な なければならない︒人 にはなんらの影 響を与えざるのみならず︑そのインデペンデントは人の 感情を害し︑法則というものに一種の波動を起して︑人 に一種の不愉快を醸させるにすぎないのであります︒そ かも れではどんなふうな深い背景を 有って い なければなら な

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いかというと︑たとえば非常に個人主義のようなフラン ス革命でも︑明治改革でも宜しゅうございます︒徳川家 よろ が将軍に成ったすえであまり勢いは強くなかったけれど も︑とにかく将軍というものが政権を持っておって︑そ のうえに天子様がおられるという︒これは一般の法則で ないというところから︑習慣的に続いてきた幕府という ものを引っ繰り返したというのは︑その引っ繰り返ると ひ く いう時の人の胸中に同情があって︑その同情を惹き起す ひ ということができなければ︑あれは成功はできないので ある︒だからいたずらにインデペンデントということは

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不可ない︒人間の自覚というものは一歩先へ先へとくる け ものである︒一歩遅れたら人より一歩遅れ て歩行かなけ あ る ればならない︒人は相当の時期がくればそのとおりにな るべき運命を持っているのだから︑一歩先に啓発しなけ ればならぬ︒それが強い深い背景と言えば言える︒それ がなければ成功はできない︒ 成功ということについて歴史などの例を挙げたが︑誤 解されるといけないから︑こゝに手近い例をもう一つ挙 げておきたい︒学校騒動があってその学校の校長さんが 代る︒この学校ではありませんよ︒そうするとあとに新

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らしい校長さんが来ましょう︒そうしてその学校騒動を 鎮めに掛る︒その時はいろ

思案もやりましょう計画 しず かか も要りましょう︒刷新もいろ

ありましょう︒そうし て旨くゆけばあの人は成功したと言われる︒成功したと うま いうと︑その人の遣口が刷新でもなく︑改革でもなく︑ やり くち 整理でもなくても︑その結 果が宜いと︑たゞその結 果 だ よ けを見て︑あの人は成功した︑なるほどあの人は偉いと いうことになる︒ところが騒動がます

大きくなる︒ そうすると今まで遣ったその人のいっさいの事が非難せ られる︒同じ事を同じように遣っても︑結 果 に行って好

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ければ成功だというが︑同じ事をしても結 果 に行って悪 いと︑すぐにあの人の遣口は悪いという︒その遣方の実 やりか た 際を見ないで︑結果ばかりを見て言うのである︒その遣 方の善し悪しなどは見ないで︑たゞ結果ばかり見て批評 よ あ をする︒それであの人は成功したとか失敗したとか言う けれども︑私の成功というのはそういう単純な意味では ない︒たとえその結果は失敗に終っても︑その遣ること が善いことを行い︑それが同情に値いし︑敬服に値いす あた る観念を起させれば︑それは成功である︒そういう意味 の成功を私は成功と言いたい︒十字架の上に 磔 にさ れ はりつけ

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ても成功である︒こういうのはあまり宜い成功ではない かもしらぬが︑成功には相違ない︒これはテンポラルな 意味で宗教的の意味ではない︒乃木さんが死にましたろ の ぎ う︒あの乃木さんの死というものは至誠より出でたもの である︒けれども一部には悪い結果が出た︒それを真似 して死ぬ奴がたいへん出た︒乃木さんの死んだ精神など は分らんで︑たゞ形式の死だけを真似する人が多いと思 う︒そういう奴が出たのはかりに悪いとしても︑乃木さ んは決して不成功ではない︒結果には多少悪いところが あっても︑乃木さんの行為の至誠であるということはあ

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なたがたを感動せしめる︒ そ れ が私 には成功 だと認 め ら れる︒そういう意味の成功である︒だからインデペンデ ントになるのは宜いけれども︑それには深い背景を持っ たインデペンデントとならなければ成功はできない︒成 功という意味はそう言う意味で言っている︒ それで人間というものには二通りの色合があるという いろあい ことは今申したとおりですが︑このイミテーションと イ ンデペンデントですが︑片方はユニテー

人の真似を したり︑法則に囚われたりする人である︒片方は自由︑ とら 独立の径路を通って行く︒これは人間のそのバライエテ

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ーを形作っている︒こういう両面を持っているのではあ りますけれども︑まず今日までの改正とか改革とか刷新 とか名のつくものは︑そういうような意味で︑知識なり 感情なり経験なりを豊富にされる土台は︑インデペンデ ントな人が出てこなければできないことである︒もしそ れができなかったならば︑吾々は吾々の過去の歴史を顧 みて︑いかに貧弱であるかということを考えれば︑その 人はいかに吾々の経験を豊富にしてくれたかということ がよく分るのであります︒その意味でインデペンデント というものは︑たいへん必要なものである︒私はイミテ

(79)

ーションを非難しているのではないけれども︑人間の持 って生れた高 尚 な良いものを︑もしそれだけ取り去っ こう し ょ う たならば︑心の発展はできない︒心の発展はそのインデ ペンデントという向上心なり︑自由という感情から来る ので︑吾々もあなたがたもこの方面に修養する必要があ る︒そういうことをしないでも生きてはいられます︒ま た自分の内心にそういう要求のないのに︑たゞその表面 だけ突飛なことを遣る必要はむろんない︒イミテーショ とっ ぴ ンで済ましうる人はそれで宜しい︒インデペンデントで よろ 働きたい人はインデペンデントで遣ってゆくが宜しい︒

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インデペンデントの資格を持っておって︑それを抛って ほう おくのは惜しいから︑それを持っている人はそれを発達 させてゆくのが︑自己のた め日本のため社会のために幸 福である︒こういうのです︒ 繰り返して申しますが︑イミテーションは決して悪い とは私は思っておらない︒どんなオリジナルの人でも︑ 人から切り離されて︑自分から切り離して︑自身で新し い道を行ける人は一人もありません︒画かきの人の絵な どについて言っても︑そう新しい絵ばかり描けるもので か はない︒ゴーガンという人はフランスの人ですが︑野蛮

(81)

人の妙な絵を描きます︒フランスに生れたけれども野蛮 地にはいって行って︑あれだけの絵を描いたのも︑まえ にフランスにおった時に色々の絵を見ているから︑野蛮 地にはいってからあれだけの絵を描くことができたので ある︒いくらオリジナルの人でも︑まえにほかの絵を見 ておらなかった な らば︑あれだけのヒントを得ることは できなかったと思う︒ヒントを得るということと イミテ ートするということとは相違があるが︑ヒントも一歩進 めばイミテーションとなるのである︒しかしイミテーシ ョンは啓発するようなものではないと私は考えている︒

(82)

それから︑イミテーションは外圧的の法則であり︑規 則であるという点から︑ただ打ち毀して宜いというもの こわ ではない︒ 必 要がなくなれば自然に毀れる︒ たゞ︑ 利 益︑ 存在の 意 義の軽重によって︑それが予期したより十年前 におのずから倒れるか︑十年後に倒れるかである︒また オリジナルのほうが早く自然に滅亡するか︑イミテーシ ョンの方がさきに滅亡するかであって︑大した 違 いはな い ︒ 片 方 だ け を 悪 い と は 決 し て 言 わ な い ︒ 両 方 と も おの

存在するには存在すべき理 由があって存在して いるのである︒ことに教育を受ける諸君のごときものに

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向って規則を無くしたら︑とても始末が付かない︒また 兵式体操などもできない︒子供のうちは親の言うことば かり聞いておっても︑だん

一人前になってくると イ ンデペンデントというものは自然 に 発達してくる︒また 発達してもしかるべきような時期に到着するのでありま す︒一 概 に た ゞイ ンデペンデントであるというこ とを主 張するのではないのであります︒ けれども近来の傾向を見て︑世の中の調子を見て︑大 体はインデペンデントに賛成である︒今日の状況をもっ て学校の規則を蔑視して自分勝手にしろというのではあ

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りません︒それは別問題ですが︑今の日本の現在の有様 から見て︑どっちに重きを置くべきかというと︑インデ ペンデントというほうに重きを置いて︑その覚悟をもっ て吾々は進んで行くべきものではないかと思う︒吾々日 本人民は人真似をする国民としてみずから許している︒ また事実そうなっている︒昔は支那の真似 ば かりしてお し な ったものが︑今は西洋の真似ばかりしているという有様 あり さま である︒それはなぜかと言うと︑西洋のほうは日本より 少しさきへ進んでいるから︑一般に真似をされているの である︒ちょうどあなたがたのような若い人が︑偉い人

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と思って敬意を持っている人の前に出ると︑自分もその 人のようになりたいと思う

かどうかしらんが︑もし そう思うと仮定すれば︑先輩が今まで踏んで来た径路を 自分もひととおり遣らなければ︑こゝに達せられないよ うな気がするごとく︑日本が西洋の前に出ると︑こゝに 達するにはあれだけの径路を真似て来なければならな い︑こういう心が起るものではないかと思う︒また事実 そうである︒しかし考えるとそう真似ばかりしておらな いで︑自分から本式のオリジナル︑本式のインデペンデ ントになるべき時期はもうきても宜しい︒またくるべき

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はずである︒ 日露戦争というものははなはだオリジ ナ ル な ものであ ります︒インデペンデントなものであります︒あれをも う少し遣っておったならば負けたかもしれない︒宜い時 に切り上げた︒その代りたくさん金は取れなかった︒け れどもとにかく軍人がインデペンデントであるというこ とはあれで証拠立てられている︒西洋に対して日本が芸 術においてもインデペンデントであるということももう 証拠立てられても可い時である︒日本は動もすれば恐露 よ やや 病に罹ったり︑支那のような国までも恐れているけれど かか

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も︑私は軽蔑している︒そんなに恐しいものではないと 思っている︒これはあ なたがたを奨励するた めにこうい うことを言っているのである︒それからまた日本人は雑 誌などに出るちょっとした作物を見て︑西洋のものとほ とんど比較にならぬと言うが︑それは嘘です︒私の書い た小説なども雑誌に出ますが︑それをいうのじゃない︒ 間違えられては困る︒それ以外のもので︑文壇の偉い人 の書いたものはたいてい偉いのです︒決して悪いものじ ゃありません︒西洋のものに比べてちっとも驚くに足ら ぬ︒ただ竪に読むと横に読むだけの違いである︒横に読 たて

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むとたいへん巧いように見えるというのは誤解でありま うま す︒ 自分でそれほどのオリジナリテーを持っていながら︑ 自分のオリジナリテーを知らずに︑あくまでもどうも西 洋は偉い

と言わなくても︑もう少しインデペンデン トになって︑ 西洋をやっつけるまでにはゆかないまでも︑ 少しはイミテーションをそうしないようにしたい︒芸術 上ばかりではない︒私は文芸に関係が深いからとかく文 芸のほうから例を引くが︑その他においても決して追っ お 着かないものはない︒金の問題では追っ着かないかしら ぬが︑頭の問題ではそんなものではないと思っている︒

(89)

あなたがたも大学をお遣りになって︑そうしてます

インデペンデントにお遣りになって︑新しいほうの︑本 当の新しい人にならなければ不可ない︒蒸返しの新しい い け むしかえ ものではない︒そういうものではいけない︒ 要するにどっちのほうが大切であろうかというと︑両 方が大切である︑どっちも大切である︒人間には裏と表 がある︒私は私をこゝに現わしていると同時に人間を現 わしている︒それが人間である︒両面を持っていなけれ ば私は人間とはいわれないと思う︒たゝどっちが今重い かと言うと︑人といっしょになって人の後に喰っ付いて く つ

(90)

行く人よりも︑自分から何かしたい︑こういうほうが今 の日本の状況から言えば大切であろうと思うのでありま す︒ 文展を見てもどうも︑そっちのほうが欠乏しているよ うに見えるので︑特にそういう点に重きを置いて︑御参 考のた め に申し 上 げた ような次第であ り ます︒ ︵筆記による︶

(91)
(92)

表 し ているかというと︑その一人の人は人間全体を代表していると同時にその人一人を代表している︒詰らない つま話だがそうである︒私はこうやって人間全体の代表者として立っていると同時に自分自身を代表して立っている︒貴方がたでもなければ彼方がたでもない︑私は一個かなたの夏目漱石というものを代表している︒この時私はゼネラルなものじゃない︑スペシァルなものである︒私は私を代表している︑私以外の者は一人も代表しておらない ︒親も代表しておらなければ︑子も代表しておらない︑夫子ふうし自身を代表している︒否夫子自身である

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○安井会長 ありがとうございました。.

 Rule F 42は、GISC がその目的を達成し、GISC の会員となるか会員の