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A型大動脈解離に対する弓部置換術の手術成績 -手術手技上の工夫-

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(1)

A型大動脈解離に対する弓部置換術の手術成績

      -手術手技上の工夫-要  旨:1993年より1996年4月までにA型大動脈解離症例24例中,弓部人工血管置

換を15例に行った.平均年齢は54歳,手術は上行弓部部分置換術(HAR)7例,弓部分

枝全置換術(TAR)8例である.術式はentryの存在部位により決定し,

entry部位の確認

は人工心肺開始後,常温下に瘤を切開し,短時間の循環停止下に行った.

HARでは大腿動

脈送血で開始し,中枢側断端形成と人工血管吻合は大動脈遮断下に行い,20°Cに冷却の

後,末梢側断端形成,人工血管吻合は循環停止下に行った.

TARでは右肢裔送血あるいは

グラフト送血と大腿動脈送血を併用した.弓部分枝の再建は脳循環維持下に行い,中枢側

吻合は大動脈遮断下,末梢側吻合は循環停止下に行った.人工血管の吻合部には幅3

cm.

厚さ3mmのフェルトを置き,後壁3針のみ固定し,吻合終了後そのフェルトでラッピング

し,圧迫止血を行うことを基本とした.GRF糊を用いた症例では断端部の解離腔内にGRF

糊を注入し吻合部の補強を行った.

HARとTARを比較すると,循環停止時間,大動脈遮

断時間には両群で差を認めなかった.体外循環時間,手術時間はいずれもTAR群で有意に

長時間を要した. GRF糊を使用した5例とGRFを使用しなかった9例について検討する

と, GRF糊使用例では循環停止時間は有意に短縮された.大動脈遮断時間,手術時間につ

いてもGRF糊使用例では短い傾向を示した.全症例のうち1例を失い死亡率は7%であ

った.死亡例はTARの1例であり,術後低心拍出症候群で失った.合併症はTARの1例

で再開胸止血術を行ったが,脳合併症,呼吸不全は認めず,全例が社会復帰した.以上よ

り手術手技および補助手段上2,3の工夫を行った弓部置換術の成績は満足のいくものであ

った.(口血外会誌6 : 601-606, 1997)

索引用語:A型大動脈解離,弓部置換術,フェルトラッピング法,

GRF糊

はじめに

 近年,A型大動脈解離の外科治療に際して,上行弓

部大動脈にかけてentryを認める症例では

期的に上

I 現 八尾徳洲会総合病院心臓血管外科(Tel : 0729-93-8501) 〒581 八尾市久宝寺3-15-38 2 桜橋渡辺病院心臓血管外科(Tel : 06-341-8651) 〒530 大阪市北区梅[I]2。4 32 受付:1996年10月31日 受理:1997年5月27日

行弓部人工血管置換術が選択されるようになり,手術

成績も向上しつつあるl・2).これは超低体温下循環停止

法3,4)や選択的順行性5)あるいは逆行性脳渥流6・7)など

の補助循環法の確立により,脳保護の安全性が確認さ

れたこと,またopen

distal anastomosis法8)やGRF

糊9)の開発によるところが大きいと思われる.われわ

れも本症に対しては積極的に弓部置換を行う方針を選

択しており,手術成績向上のために手術手技上いくつ

かの工夫を行っている.今回,手術手技上の工夫を紹

酒井  敬1・2   高見  宏2   福田 宏嗣2   大西 健二2

(2)

表1 臨床像 症例数 性 (M/F) 年齢(yr) 手術時期  急性       慢性 病型    限局型       広範型 分枝解離  解離(月       ゛(-) 手術手技  hemiarch replacement       total arch replacement

Hemi-arch replacement ・大腿動脈送血 ・中枢側断端形成及び人工血管  吻合は大動脈遮断下 ・末梢側断端形成及び人工血管  吻合は循環停止下(20℃) Total arch replacement ・右肺癌あるいはグラフト送血  4-大腿動脈送血 ・分枝再建および中枢側吻合は  脳循環維持下 ・末梢側吻合は循環停止下 図1 補助手段と手術手順 15 8/7 54(38∼80)  8  7  5 OCO 1^ 1 7 8 介し,手術成績について検討を加えた.          対象と方法  対象は1993年より1996年4月までに手術を行った A型大動脈解離症例24例である.そのうち弓部人工 血管置換を行った15例を対象とした.平均年齢は54 歳(38∼80歳),男8例,女7例である.  病期については表1に示すように発症から5日以内 に手術を行った急性期例が8例,慢性期例が7例であ り,病型は限局型5例,広範型10例である.弓部分枝 の解離が1枝以上におよぷ例は8例に認められた.  手術方法は上行弓部部分置換術(Hemiarch

replace-ment : HAR) 7例,弓部分枝全置換術(Total arch

replacement : TAR)8例である. HARは急性期5例, 慢性期2例に行い, TARは急性期3例,慢性期5例に 行った.術式の選択はentryの存在部位により決定し た. Entry部位の正確な確認のために人工心肺開始後, 常温下に短時間の循環停止下に瘤を切開し, entry部位 を検索した.なおTARの際の弓部分枝の再建はグラ フトによる分枝再建を7例に, en bloc再建を1例に行 26

よ︰

図2 フェルトラッピング法 った.合併手術はHARでは冠動脈バイパス術1例,大 動脈弁つり上げ術1例.TARではAVR十Piehler法1 例,冠動脈バイパス術I例である.弓部分枝に解離が およんでいた8症例中7例にTARを行った,TAR例 でen bloc再建を行った例は分枝に解離を認めなかっ た.冠動脈バイパス術はいずれも解離が右冠動脈開口 部におよんでいたため右冠動脈にバイパスを設置した 症例である, Marfan症例はAVRの1例のみであっ た.全例胸骨正中切開で到達し,人工血管吻合部の断 端形成の際にGRF糊を5例に用いた.  補助手段と手術手順は以下のごとく行った(図1). HARでは大腿動脈送血で体外循環を開始し,冷却の 間に中枢側断端形成と人工血管吻合を大動脈遮断下に 行った.20°Cに冷却の後,末梢側断端形成,人工血管 吻合は循環停止下に行った.TARでは右旅寓送血ある いはグラフト送血と大腿動脈送血を併用した.弓部分 枝の再建は脳循環維持下に行い,中枢側吻合は大動脈 遮断下,末梢側吻合は循環停止下に行った.ポンプは 1基で送血した.  人工血管の吻合部には幅3 cm, 厚さ3mmのフェル トストリップを置き,後壁3針のみ固定し,吻合終了 後そのフェルトでラッピングし,圧迫止血を行うこと を基本とした(図2).HAR例では中枢側,末梢側とも にフェルトラッピング法で行った.TAR例では AVR十Piehler法を行った1例と再再手術例の1例お よび慢性期の1例には中枢側にはフェルトラッピング 法は行わなかった.末梢側は再再手術例のI例は人工

(3)

循環停止  時間 -11±5 表3 GRF糊使用の有無による比較 大動脈 遮断時間 -42±11 GRF glue円 (n°5) GRF glue(-) (n=9) 体外循環 手術時間  時間 121±35 290±83 HAR :hemiarch replacement  TAR :totalarch replacement

62±58  153±45  393±123 体外循環 手術時間  時間 96±26 255±45 N.S P<0.01 P<0.05 N.S P<0.05 GRF : gelatine-「esorcine-formaldehyde のみで可能か, HARで再建が可能か, TARを選択す る必要があるかの判断は大動脈造影のみでは必ずしも 容易ではない.われわれはentryの存在部位,弓部分枝 の解離所見により手術術式の選択を行っている. Entry 部の正確な確認のために人工心肺開始後常温下に瘤を 切開し,短時間の循環停止下に弓部大動脈内を観察す るようにしている.術中所見よりentry部位が上行大 動脈にとどまる症例では上行大動脈人工血管置換術を, entry部位が左鎖骨下動脈までにとどまる症例では上 行弓部部分置換術を,左鎖骨下動脈分枝部より末梢に およぶ例では弓部分枝全置換術を選択する方針をとっ ている.  最近の弓部置換術の手術成績をみるとKazuiらlo) はA型急性解離に対するTARの死亡率は23.3%で あり,術前ショック例や臓器虚血のない症例の手術成 績は良好で,死亡率8.7%と報告している. Tabayashi ら11)はHARを14例に行い,1例(7.1%)の死亡率, TARを6例に行い2例(33.3 %)の死亡率であり,死 亡例3例はいずれも破裂例であったと報告している. Andoら12)は慢性期例を含めた42例中,3例(7.1 %) の死亡率であったと報告している.欧米の報告では急 性例に対する弓部置換術の死亡率は10∼20%であ る13-15)われわれの症例では15例中8例が急性期症 19±5  66±44 126±51 343 ±129 N.S N.S

1997年8月

酒井ほか:A型大動脈解離に対する弓部置換術

血管に直接吻合を行い,慢性期の1例はelephant

trunk法にて再建したためフェルトラッピング法は用

いなかった. Double barrelに再建した慢性期の1例で

は,フェルトラッピング法を用いた.

 GRF糊を用いた症例では断端部の解離腔内にGRF

糊を注入し吻合部の補強を行った.

      結  果

 1. HARとTARの比較

 1)手術時間と補助時間(表2)

 TARのうち,Piehler法で再建を行ったMarfan症例

はaortic buttan法で再建した左冠動脈からの出血の

コントロールが困難であったためPiehler法による再

建法に変更した症例であり,検討から除外した.循環

停止時間,大動脈遮断時間には両群で差を認めなかっ

た.体外循環時間,手術時間はいずれもTAR群で有意

に長時間を要した.

 2)手術成績

 全症例のうち1例を失い死亡率は7%であった.死

亡例はTARの1例であり,術後低心拍出症候群で失

った.合併症についてはTARのl例で再開胸止血術

を行った.出血部位は末梢側吻合部であった.両群と

もに脳合併症,呼吸不全は認めず,全例が社会復帰し

た.

 2. GRF糊使用の効果(表3)

 GRF糊を使用した5例とGRFを使用しなかった9

例について手術時間と補助時間について検討した.

GRF糊使用例では循環停止時間は有意に短縮された.

大動脈遮断時間,手術時間についてもGRF糊使用例

では短い傾向を示した.

 3.フェルトラッピング法の効果

 本法を用いると吻合部および針の刺入点からの出血

のコントロ

ルが容易であり,手術時間の短縮の

となった.

      考  察

 近年,A型大動脈解離の手術成績の向上に伴い,大

動脈弓部にまでentryが存在する症例では,積極的に

弓部を含めた人工血管置換を行う症例が増加している

それは補助循環法の確立やopen

distalanastomosis法

に寄与するところが大きい.しかしながら,A型大動

脈解離の手術手技の選択にあたって,上行大動脈置換

表2 HARとTARの比較(手術時間と補助時間) HAR (n°7) TAR (n=7) 循環停止  時間 一 16±4 15±10 N.S 大動脈 遮断時間 一 52±18 603

(4)

例で,急性期例の1例をLOSにて失い,死亡率12.5%

であり,ほぼ満足のいく手術成績であると思われる.

また予後の面からみるとCrawfordら16)は急性期に

entryが弓部に存在した10例のうち,上行弓部置換を

行った9例では再手術を要した症例がなかったのに対

し,上行置換のみを行った1例では再手術を要したと

述べ,危険因子のない年齢の若い症例では上行弓部置

換術を推奨している.

 A型大動脈解離の手術成績を向上するためには術

式の選択に加えて,出血のコントロールを確実に行い,

体外循環時間をできる限り短縮させることが肝要であ

る.われわれは図2に示したようなフェルトストリッ

プを用いたラッピングを行い,吻合部出血のコントロ

ールに工夫を行っている.従来より吻合終了時にフェ

ルトストリップを外側に巻いて圧迫止血することは試

みられているが,連続糸で後壁を3点固定し,人工血

管吻合とラッピングを同時に行う方法は報告されてい

ない.本法では止血する際,技術的に困難となる後壁

からの出血を確実に止血する点で有用である.同時に

吻合線からフェルトが移動しない点ですぐれている.

本法は中枢側再建の際に冠動脈口部の狭窄の発生に注

意を要するが,冠動脈の移植を余儀なくされる症例で

は問題なく施行可能である.末梢側吻合に際しては,

HAR例では急性期,慢性期にかかわらず施行可能で,

止血の効果は良好であった.

TAR例ではelephant

trunk法を用いた2期的手術が考慮される症例では適

応にはならない.胸骨正中切開でTARを行う際,視野

が不良である末梢側吻合部からの出血のコントロール

が最大の課題であるが,フェルトラッピング法を用い

ると同部位での止血は比較的容易であった.しかしな

がら,近位下行大動脈まで置換を要した1例では末梢

側からの出血に対し,再開胸止血術を経験しており,

止血の確認については注意が必要である.

 TARの際の分枝再建についてはグラフトによる分

枝再建を主に用い, en bloc再建は1例しか施行しなか

った.これは,解離が分枝基部を含め分枝にまでおよ

んでいる症例が多かったことにもよるが,出血のコン

トロールの面からすると, en bloc例ではフェルトによ

るラッピングは困難であり,吻合部の止血効果は不十

分であった. En bloc再建の際,弓部大動脈の切開線が

弓部分枝の起始部に近接する例では吻合線近傍は平面

にならないため,ラッピングの効果は期待しがたいと

考えられる.  補助手段は20°Cの超低体温,循環停止下に行って いる.全例で脳合併症を認めず,満足のいく成績であ った.TARでは右の肢裔送血と20°Cの超低体温法の 併用を基本としている.これは,超低体温法のみでは 末梢の断端形成と3本の分枝再建を循環停止下で行う のは時間的に困難であると判断しているからである. 今回の検討によるとGRF糊を使用すれば循環停止時 間および大動脈遮断時間を短縮することが可能である ことが明らかとなった.したがって,今後症例によっ ては肢窓送血を行わなくても循環停止下にno touch 法にて各分枝毎の再建を行うTARが可能であると考 えている.  今回,検討を行った15例は全例胸部正中切開にて到 達しており,1例では末梢側吻合部からの出血を圧迫 止血するために正中創から胸膜の切開を行った.肋間 開胸を追加した症例はない.術後呼吸不全を1例も認 めなかったのは胸部正中切開で到達したことがー困で あると思われる.加瀬川ら17)は6例の弓部下行置換術 を正中切開のみの到達法で行っており,呼吸不全を認 めず,術後平均在院期間は23日であったと報告してい る. Matsudaら18)は正中切開で行った弓部大動脈手術 生存例の人工呼吸器の平均装着期間は1.6日であり, 呼吸不全が少なかった理由に左開胸を行わなかったこ とを挙げている.  今回の対象例は慢性期例が半数を占めたが,今後は 本法を急性解離例にも積極的に用いることにより,さ らに手術成績の向上が期待されるものと考える.

      結  語

 1)A型大動脈解離に対する弓部置換術15例に対

し常温短時間循環停止下にentry確認を行い術式を決

定した.

 2)弓部置換術(HAR7例,

TAR

8例)を行い, TAR

の1例が術後LOSにて死亡した.

 3)手術は胸骨正中切開,20°C超低体温循環停止下

に行い,脳合併症および呼吸器合併症は認めなかった.

 4)フェルトストリップを用いた,吻合線のラッピン

グ法は吻合部出血のコントロールに有用であった.

 5) GRF糊使用5例においては,断端形成が迅速,

簡便に行え,循環停止時間が有意に短縮された.

(5)

1997年8月

酒井ほか:A型大動脈解離に対する弓部置換術

605

       文  献      10) Kazui, T・,Kimura, N・,Yamada, O. et al.:Total

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(6)

Surgical Treatment

for Type A Aortic Dissection: Efficacy of the Felt

Wrapping

Technique

and Gelatin

-

Resorcin-Formaldehyde

Biologic Glue

Kei Sakai1'2, Hiroshi Takami2, Hirotsugu Fukuda2 and Kenji Ohnishi2 1 Division of Cardiovascular Surgery, Yao Tokusyukai General Hospital 2 Division of Cardiovascular Surgery, Sakurabashi Watanabe Hospital

Key words: Type A aortic dissection,Arch dissection,Felt wrapping technique, Gelatin-resorcin-formaldehyde biologic glue

We treated 15 cases of arch replacement for type A aortic dissection from January 1993 to April 1996. Seven patients underwent hemi-arch replacement (HAR), and eight patients underwent total arch replace-ment (TAR). The operative methods involved a graft replacement following resection of the portion of the aorta containing the intimal tear. The site of the intimal tear was determined during short-term

normother-mic circulatory arrest.All operations were performed with deep hypothermia, circulatory arrest and the open distal anastomosis technique. In TAR, an aortic cannula was inserted from both the right axillar artery or a branch of the graft and the femoral artery. Arch vessels were reconstructed under cerebral perfusion. The proximal and distal anastomosis were wrapped with a feltstrip 3 cm in width. The feltstrip

was sutured outside to the anastomosis portion with 3 stiches. In 5 cases,the dissected aortic stumps were reinforced with GRF glue. One patient (7%) of the TAR group died of low cardiac output syndrome. Cerebral and respiratory complications were not found. There was no difference in the circulatory arrest time and aortic clamp time between HAR and TAR. The cardiopulmonary bypass time and the operation time in TAR were significantly longer than in HAR. The circulatory arrest time in 5 cases with GRF glue

was significantly shorter than in the cases without. We believe that our surgical techniques can improve the surgical outcome for type A dissection. (Jpn. J. Vase. Surg., 6: 601-606, 1997)

参照

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