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日本と香川の農業--その現状と将来---香川大学学術情報リポジトリ

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香 川 大 学 経 済 論 叢 第73巻 第 1号 2000年 6月 1-25

日本と香川の農業

ーその現状と将来一

唯 之

国際化時代の日本農政と香川の農村 国際化時代を迎えて ガット

(GATT

,1948年の昭和

2

3

年発足)とともに第 二次世界大戦後の国際経済秩序を支えてきた“ブレトンウツズ体制"の崩壊を 告げるニクソン大統領の金・ドノレ交換停止の声明は昭和46年8月のことである が,これを機に日本経済は日米貿易摩擦の解消に向けて“対米協力ヘ“国際化" を深化させ,工業分野では引けをとったが農業分野では圧倒的に国際優位に立 つアメリカから大量の農産物が輸出されて日本は自給率をさらに低下させて いった。あたかも農業を日米貿易摩擦のスケ}プゴートにするかのごとく,日 本は農産物市場を解放し、ていったのである。農産物輸入の急増が農産物の過剰 と価格低落をうながし,日本農業の生産条件は悪化した。 いま,昭和45年から昭和60年に至る主要農産物の自給率の推移をたどれば, コメや生鮮食料品の野菜,鶏肉・鶏卵のほかは,果実が84→ 77%,牛肉が90 → 72%,豚肉が98→ 86%と低下し,穀物は小麦が9→ 14%と若干上向くもの の,大豆は4→5 %と低迷し, トウモロコシなどは1 %を割るという状況で, 穀物の自給率は全体として46%から31%へと急減した。いうところの穀物自給 率は食用とともに飼料用もあわせてのものであるから,数値の上では自給率の 高い畜産物もその飼料のほとんどが輸入原料でまかなわれているという事実も ここで指摘しておこう。 昭和60年代に入ると,日本農業に対する“国際化"圧力はさらに高まる。ア

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-2ー 香川大学経済論叢 2 メリカが日本の農産物 12品目(乳製品, トマト・ジュース,でんぷん,落花生など)の 自由化を求めてガットに提訴し,全米精米業者協会(RMA)が日本にコメの自由 化要求を突きつけたのは昭和61年のことであり,さらにガットによる多角的貿 易交渉であるウルグアイ・ラウンドがはじまったのもこの年のことであった。 しかしこうした外圧以上に重視すべきことは,昭和61年産の米価が自民党と全 国農業協同組合中央会のあからさまな政治的圧力によって大きく手直しされた ことが直接の契機となって燃え上がり高まった国内の農業と農政に対する不満 と批判であろう。おりしもアメリカ経済の不調のもとで円相場が急上昇するな か,輸入農産物に対する日本の農産物の割高が目立ち,そのように割高でーある 原因として日本農業の過保護と立ち遅れを指摘する常套的表現として「内外価 格差」という言い方がマスコミをはじめ広く世間に流布したのもこのころから である。そして昭和61年4月,ときの内閣総理中曽根康弘の私的諮問機関で あった「国際協調のための経済構造調整研究会」から,その検討結果が報告さ れた。いわゆる“前川レポート"である。日本農業の構造を改善するために“国 際化時代にふさわしい農業政策の推進"を掲げつつ,市場メカニズ、ムを活用す ることによって“圏内市場の一層の解放"を農政に求めた前川レポートは,そ の後における農政展開の基本的指針となった。昭和60年代以降の日本農政を国 際化農政と呼ぶならば,昭和40年代後半から昭和50年代に至る間,とどめよ うもなく一途に衰退の道を歩んできた日本の農業には,この国際化農政のもと で展開する農業打開のための諸施策に対応する力はもはやなく,衰退のテンポ を早めていく。 その衰退にさらに拍車をかけたのは牛肉とオレンジの自由化であった。「牛肉 は自由化しない」と日本政府が公言し続けてきた牛肉,国産果実の中心をなす ミカンと市場が直接ぶ、っかり合うオレンジ,この牛肉とオレンジの自由化にか かわる日米聞の合意がアメリカの強硬姿勢の前に全面降伏する形で昭和63年 に成立,その3年後の平成3年4月から牛肉と生鮮オレンジが,翌平成4年4 月からオレンジ果汁がそれぞれ自由化の第一歩を踏み出したのであった。この 自由化の波が日本の畜産農家,果樹栽培農家に与えた影響は大きしここ香川

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3 日本と香川の農業 3 の地でも昭和

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年以降 I讃岐牛」の出荷量が減少し,温州ミカンの収穫量が 減少していったことは,図1ならびに図2にみるとおりである。 図1 温州ミカンの収穫量(香川県) 60000 50000 40000 30000 20000 10000 昭60 昭62 平1 平3 平5 平7 資料)I香川県の農業J(香川県農林水産 部) 原資料は青果物出荷統計調査」 (農林水産省)。 図2 讃岐牛の出荷量(香川県) 顕 30000 25凹0 200同 ゆ j 書 z : 渓r 史知t f 覧 再 ,;! 15,000 10,000 命 5,0凹 o 昭60 昭62 sp.1 平8 平5 平 ? 資料)I香川の畜産J(香川県農林水産部) 原資料は i食肉流通統計J(農林 水産省)。 農政の大転換一基本法農政から「新農政Jへ のちに述べるように,昭和

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年代以降,圏内農業は構造改善がはかどらないまま高齢化が進み,後継者は 激減して労働力は脆弱化し,そのもとで農地は荒廃し耕作放棄地が広がって いった。もし,日本農業をとり囲むこのような状況を放置したままこれからも 市場開放の要求に応じていくならば,日本農業はやがて壊滅するのではないか。 日本農業はいままさにこのような危機的状況にあるとの認識に立ちつつ,農水 省は平成4年6月,いわゆる「新政策J (i新農政Jともいう)として「新しい食料・ 農業・農村政策の方向」を公表した。世界の食糧事情の将来動向のなかでわが 国の食糧政策の今後を考え,さらにこれまでの効率性追求一辺倒の農業から環 境保全型農業への転換と確立を協調したこの新政策の登場によって,日本の農 政は基本法農政から大きく転換することとなった。 新政策において日本農業の危機的状況を打開するための新しい担い手として

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4 香川大学経済論議会 4 登場したのは,“経営体"であった。自立経営が育たず,中核農家も漸減してい くなか,新政策がこれからの日本農業の担い手として望ましいとする経営体像 は,他産業なみの労働時間・労働条件のもとで,主たる農業従事者が“生渡所 得"として他産業従事者に均衡する農業所得の獲得をめざすというものであっ た。いうところの経営体は個別経営体と組織経営体からなるが i香川県農業経 営基盤強化促進基本方針J(香川県,平成 6)によると i他産業従事者と均衡する 年間総労働時間(主たる従事者1人当たり 2,000時間程度)の水準を達成しつつ,県 内における他産業従事者の生涯所得に見合う年間農業所得(一個別経営体当たり 900万円から1,000万円程度)を確保できるような効率的かつ安定的な農業経営」と いうのが香川県当局が示した個別経営体像であり,そのような経営体として23 の経営類型別営農モデルが示され,また,組織経営体としては経営内労働力

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人,経営規模30haの水稲作中心の営農モデルが示された。そしてさらに, i21 世紀香川県農業・農村計画J (香川県農林水産部,平成8)によると,平成12年の 2000年iまでに 4,000の個別経営体の育成をめざすという。新農政が想定した全 国レベルでの 21 世紀初頭の経営体数は個別経営体 35~40 万,組織経営体 4 ~5 万で,これだけの数の経営体が確保できれば地域農業の再生も可能であろ う,というのが農政当局の将来展望であるが,果たしてこの将来展望は実現可 能であろうか。農政学者・梶井巧の試算によれば,稲作において“生涯所得" 均衡が達成できるような大規模経営が成立するためには,大規模化による費用 低下というメリットの一方で増大する地代負担というデメリットをカバーする ためには何はともあれ米価の引き上げが必要だという結論であった(~国際化農 政期の農業問題1151Pから)。しかし,食糧政策にかかわって新政策が掲げるとこ ろの旗印はこれまでの農政路線どおり“内外価格差の縮小"であって,米価引 き上げは新政策の採るところで、はなかった。 「農業経営基盤強化促進法」の制定 21世紀の日本農業の太宗を担う“効率 的で安定的な農業経営体"を育成すべしそのための法的措置として「農業経 営基盤促進法」が平成5年6月に制定され翌平成6年2月から施行された。農 用地利用増進法の改正になる農業経営基盤促進法は農用地利用増進法における

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5 日本と香川の農業 -5ー 利用権設定等促進事業を継承するとともに,特定農業法人制度の創設,農地保 有合理化法人制度の拡充,農地法・農協法の改正など,その内容は広範に拡大 されたが,なかでももっとも注目すべきは農業者自らが作成する農業経営改善 計画の認定制度であった。 農家の農業経営計画にかかわる認定制度そのものはすでに昭和55年の農用 地利用増進法のときに制度化されたが,しかしその内容は経営規模の拡大にか ぎられていた。これに対し農業経営基盤促進法のそれは,認定すべき対象が生 産方式・経営管理の合理化,労働条件の改善など農業経営全般にまで広げられ た。農業経営基盤促進法におけるこの認定制度において認定を行うのは市町村 である。県当局の基本方針を踏まえつつ,地域の実情を考慮し,市町村みずか ら策定した「市町村基本構想」にもとづいて認定の審査が行われ,審査にパス した“認定農業者"には税制上の特典を与え,資金も優先的に貸し付ける。こ うした優遇措置によって農地利用権を認定農業者に集積させ,もって認定農業 者を“効率的で安定的な農業経営体"に育て上げていこうというのが新農政の 意図するところであった。しかし農業経営基盤強化法の制定時に想定された21 世紀初頭の認定農業者数40"-'45万に対し,制定後 7年を経過した平成 10年の 1998年 12月現在,その数 12万 9,029(うち,法人4,380)と,思惑どおりにはこ とは進んで、いない。香川県の場合,同時点で認定農業者数は705(うち,法人41) と,事態はさらにはかばかしくない。 中山間地問題と「特定農山村法」 香川県と同じ四国の高知県は県土の

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割以上が林野で,市町村の大半は険しい四国山地のなかにある。傾斜がきっく 地形が複雑な山聞の農地での農作業は作業効率が悪ししたがって収益も低い。 『四国農業試験場研究資料第 13 号~ (平成6年 10月)によると,平成2年現在, 高知県の53市町村のうち 1農家当たり平均の年間農業所得が 50万円に達し ない村は13ヵ村をかぞえるが,その 13ヵ村はいずれも山聞の村むらであった。 山間の村むらはこうした農業経営上の不利に加え,交通が不便で学校,病院に 遠いなど,暮らしの環境がきびしく,故郷を離れていく若者があとをたたない。 高知の32の山村についてその人口動向をみると,昭和 60年からわずか 5年間

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6- 香川大学経済論叢 6 で人口は

7%

近く減少,しかも死亡が出生を上回る人口自然減の村がふえつつ ある。このような人口急減のもとで農家人口が減り農家が減っていくなか,農 業就業人口は急速に高齢化していく。右と同じ期間中,これらの村むらで老人 専業農家が9%以上もふえたこと,耕地が1割近く減少する一方で耕作放棄地 が 4割以上ふえたことなどの事実に,高齢化による営農活動の低下を明白にみ てとることができょう。 その小さな事例を高知県の山村にみるような農業と農村の危機的状況は,い ま,全国の山間地を中心に山間地から平野の外縁部にいたる地帯においても広 範かつ急速に現出しつつある。農林統計では全国の市町村が「都市的地域j,,-平 地農業地域j,,-中間農業地域j,,-山間農業地域」の

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つのタイプに分けられ, 後者ふたつの中間農業地域と山間農業地域を合わせて「中山間地域」と称する のであるが,その中山間地域において農業労働力の減少と高齢化が急進行して 農地の放棄,森林の荒廃があらわになりつつある。香川県の山間農業地域は塩 江町と琴南町の

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町であるが,県域が狭く山の浅い香川県であるために両町か らも海岸線の都市部まで通勤が可能で,したがってまた,両町における農家人 口の高齢化の進行は高知の山村などとくらべれば比較的緩やかである。香川県 の場合,高齢化の進行は山間農業地域よりはむしろ,中間農業地域である小豆 島の池田町や直島町などの,兼業機会に乏しい島しょ部で顕著である。 日本農業全体をみわたした場合,農業生産の“条件不利地"である中山間地 域は平成2年現在,耕地面積,農家戸数,農業就業人口,農業粗生産額のいず れにおいても日本農業全体の

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割前後を占めている。「新政策」は中山間地域に おいて現に進行しつつある農業の衰退基調をこのまま放置するならば日本農業 そのものが衰退していき,そしてまた,あまつさえ低い日本の食糧自給率は今 後さらに低下するであろうとの認識に立ち,さらにまた国土・環境保全,水資 源のかん養などの機能を維持・確保していくうえでの中山間地域の役割を重視 しつつ,大規模経営体による効率的経営の実現をめざす一方でト条件不利地の中 山間地域問題をとりあげ,その対策の検討を提示したのであった。これを受け るかたちで「特定農山村地域、活性化法」が平成5年3月に制定され,その4ヶ

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7 日本と香川の農業 -7二一 月後の9月28日,この法律の対象となるべき“特定農山村"地域として全国で は1,703の地域,香川県では19の地域が公示された。香川県の場合, 19地域の うち

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地域についてそれぞれの地域が属する市町において「農林業等活性化基 盤整備計画」が策定され,この計画にもとづいて中山間地域活性化のための諸 事業が国の支援をうけつつ推進されることとなった。琴南町におけるマーガ レツトやレタスなどの試験栽培,小学生の農業体験の実施,農産物産地直売施 設の設置など,塩江町におけるユズ苗の配布やゴボウの販売促進用資材の作成, シルバー人材ノtンクの設立の検討などを,香川県における中山間地域活性化の うごきの事例としてここに紹介しておこう。 ところで,広く条件不利地対策ということであれば,すでに過去に,たとえ ば高度経済成長期以降,人口の大量流出によって過疎開題が深刻化した地域を 対象に,住民福祖の向上・雇用の増大・地域格差の是正などを謡った立法措置 が次々と講じられてきた。昭和 40年「山村振興法j,昭和 45年「過疎地域対策 緊急措置法j,昭和田年「過疎地域振興特別措置法j,平成2年「過疎地域活性 化特別措置法」等々がそれである。過疎地域振興特別措置法のときは,財政基 盤が劣弱で人口減少のはげしい地域として香川県では阿讃山麓の塩江,綾上, 琴南の3町と小豆島の池田町が過疎地域に指定された。それはさておき,地域 全体を対象に総合的に産業基盤や生活環境の整備などをその政策目的としたこ れまでの条件不利地対策と今・回の特定農山村法が基本的に違っているところ は,この法律が正式には「特定農山村地域における農林業等の活性化のための 基盤整備に関する法律」と称するように,これはまさに“農林業等の活性化" のための農業・農村に的をしぼった中山間地域対策であったことである。しか し,主旨はそうだとしても,施策としての効果となるとこれはどうか。たとえ ば新規作物の導入にさいし収益があがらない場合は経営費の低利融資が受けら れる制度が創設されたが,これでもって特定農山村における農林業の振興を期 待できるであろうか。ささやかな事例であるが,マーガレツトやレタスなどの 栽培がかりに琴南町に定着したからといって,これで琴南町の活性化が図れる などとはとうてい思えない。過疎化と高齢化が進行するなか,地域社会そのも

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8 香川大学経済論叢 8 のが崩壊の危機にさらされている日本の条件不利地全体を視野に入れていえ ば,やはり問題とすべきは,農林業以外に有力な収入源のない人々に対する特 別の所得補償であろう。新政策策定の過程でその検討はなされたが結局見送り となったこの直接的所得補償政策は,しかし,後述する「食料・農村・農業基 本法J(平成11年7月制定)においてその導入が明記されることとなった。 二 平成期の米問題と生産調整政策 水田利用再編対策から水田農業確立対策へ 昭和

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年聞に わたった水田利用再編対策のあとを受げ,水田農業確立対策が昭和62年度から スタートした。水田農業確立対策は前期3年,後期3年のあわせて6年計画の 政策であったが,その前期3年の転作目標面積は,政府古米在庫量が昭和 59年 度以降漸増してコメ過剰の三燃が懸念されたため,昭和

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万haから 77万haへと,一挙に 17万haも引き上げられた。 77万haといえば実にわが国水 田面積の28%にもおよぶ、広大さである。香川県の場合,転作目標面積は 8,250 haで,昭和

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haにくらべて 29%もの大幅増となった。 しかしこうした調整面積の大幅な拡大にもかかわらず,生産調整奨励金は財 政事情の逼迫から昭和

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年度にくらべて23%も削減された。奨励金を大幅に 削減して生産調整を実施することになれば,生産調整非協力農家がふえて生産 調整は空洞化することが懸念される。そこでそうはならないよう,今回から 一一これまでも系統農協は実質的に生産調整事業に参加・協力していたのであ るがー生産調整事業における系統農協の地位が制度的に明示され,かつ強 化された。今後,系統農協は行政機関と相携えながら,転作目標面積の配分や 生産調整の推進・実施あるいは転作の確認作業などさまざまな面において生産 調整事業に参加しなければならない。今回の生産調整から生産'性等向上加算と 地域営農加算からなる加算制度が新たに設けられたが,後者の地域営農加算は 農協などが中心となって生産調整を計画的に推進するさいの農協に対する支援 金としての加算であって,これが農協の生産調整への積極的コミットを謡う水

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9 日本と香川の農業 -9 田農業確立対策の政策的意図に対応したものであることはいうまでもない。前 者の生産性等向上加算は,規模拡大,生産組織,団地化などにかかわる構造政 策に関係した加算である。 こうした農政当局の基本姿勢を踏まえつつ,香川県農業協同組合中央会は昭 和62年4月の『農業香川

I

~ (39巻4号)の紙面において「この対策(水田農業確立 対策一注)の推進にあたっては,行政と系統農協が一体となった推進が何よりも 重要であり,対策の成否を左右すmるといっても過言ではないので,今まで以上 に協調・一体化して取り組む」と強調したのであった。なお,水田農業確立対 策がスタートするにあたり,食管制度との関連においても農協の役割に新たな 展開がみられた。系統農協による過剰米の「自主保管」がそれで,系統農協は こののち,これまではもっぱら政府が行ってきた過剰米負担の一部を引き受け なければならなくなったのである。この点,同じく香川県農業協同組合中央会 が上の同じ『農業香川 I~ において '61 年産米の豊作により, 62年米穀年度末の 持ち越し在庫量は, 190万t程度見込まれている。このため,政府売却可能限度 の150万tを超えるものについては,三度目の過剰米発生の事態を避けるため, 全生産者の協力によって,超過米・自主流通米の調整保管に系統農協を挙げて 取り組み,食管制度の堅持じ秩序ある米流通の実現を図る」と述べているこ とを紹介しておこう。ちなみに文中に150万tとあるが,この数量は,政府指 定倉庫の収容能力ならびに月 30万tという政府米のこれまでの売却実績,この 両者を考慮して設定されたものであった。 香川県における昭和62年度の実施状況をみると,その転作等実施面積は 8,579 haでトあって,転作目標面積8,250haを上回った。先に指摘したように転作 目標面積8,250haは昭和61年度の6,400haにくらべて29%もの大幅増であっ たのであるが,結果としてそれを上回る減反となった。昭和

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年度と平成元年 度においても転作の実績は目標を上回り,さらに,平成2年度から平成4年度 の後期対策においても目標を上回った。目標を上回って転作が年々実現してい るのは,やはり,米作への依存度が低いために米づくりに対する香川の農民た ちの姿勢がかならずしも積極的でないことに原因するのであろう。香川県では

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10-- 香川大学経済論叢 10 転作への組織的取り組みも積極的でなく,ここに平成3年度の加算制度への取 組状況を,生産調整実施面積に占める加算制度対象面積の割合をもって示せば, 生産性向上等加算は都府県の45%,徳島県の62%に対し香川県は16%,地域営 農加算は都府県の53%,愛媛県の65%に対し香川県は23%と,それぞれ目立つ て{s:い。 香川県の場合,とりわけ集団転作の低調さが目立つが一一

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年ゼンサスによ れば,香川県の集団転作集落割合は東京や和歌山とともに全国最下位にある 一一,このように低いのは上に指摘した米づくりへの消極的姿勢に加えて,次 のような事情が存在することも指摘しておかなければならない。その事情とは ひとつは,低湿な水団地帯では集団転作という形をとらなければ闘場の乾燥性 が保てず,したがって転作作物である畑作物の順調な育成を期しがたいのだが, 香川県の場合,阿讃山地から海岸線に向かつて平野が緩傾斜をなしているため に地下水位が低むそのため単独の転作でも圃場が湿潤にならず効率的転作も 可能だということ,もうひとつは,戦前来,いまなお厳然と存在する香川の用 水慣行である。昭和56年の香川用水完成以降,香川県農業は恒常的干ばつから 解放されて干ばつ時の水利慣行はおよそ姿を消したが,平時における用水配分 はいまでも古い用水慣行にもとづく地域がほとんどで,その複雑で、きびしい水 利慣行が壁となって香川の集団的転作は実施しにくいというわけである。いず れも香川県独自の特殊事情だといえよう。 水田営農活性化対策の開始 水田農業確立対策は平成4年度で終わり,平 成5年度から水田営農活性化対策がはじまった。その前年に発表された「新政 策」が生産調整について提案したところの転作奨励金からの脱却ならびに減反 に対する経営体の主体的判断の導入というこの困難な課題に水田営農活性化対 策はどう応えながら,どのように実施されたか。 まず,新政策が提案する課題に対する取り組みであるが,転作奨励金からの 脱却については「望ましい経営体」以外は一般作物の基本額が半減された。転 作奨励金の全面的廃止をいまただちに実施にうっすことはできないとしても, 少なくとも基本額だけで減反している構造政策とは無縁の農家は今後,転作奨

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11 日本と香川の農業 11ー 励金の対象からはずしていこうというのが,政策当局の意図するところであっ た。 次は,減反に応じるか否かの判断を生産者自体が自主的に行う“選択的減反" である。昭和

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年に生産調整がはじまって以来,農民サイドから終始批判され てきた一律減反,強制減反に代わる手法として,新政策は“選択的減反"を提 案したのであるが,しかし,減反するか否かの判断を生産者に委ねるためには, その前提条件として自由なコメ取引の市場が形成されていなければならない。 しかし現に存在する自主流通米の価格形成機構は自由なコメ取引市場として十 分に機能しているとはいえず,また,現行の食管制度のもとではコメを自由に 販売すること自体,食管法違反であった。したがって,現行の米流通システム と食管制度を前提とするかぎり,選択的減反による生産調整などということは そもそも実施不可能であって,政策当局としてもこれを見送らざるを得なかっ た。 さて,水田営農活性化対策における転作目標面積は,水田農業確立後期対策 の

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万ha(期央年,平成3年度)から

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ha (期央年,平成6年度)へと縮 小された。数年来,水田の潰廃が予想以上に進行したこと,米生産が自主流通 米志向の良質米にかたよったことなどで反収の伸び、が低かったこと等々の生産 側の事情に,コメ消費に減り止まり傾向がみられるなど,需要側の事情も重なっ ての減反緩和であった。なお,この減反面積

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のうちには

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万 ha,生産量にして

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tの他用途利用米が含まれている。日本酒,米菓, 味噌・替油などの加工原材料に供される他用途利用米の需給がその低価格が原 因で近年逼迫状況にあることから,転作面積のうちにその生産面積を明示して 増産を図る一方,コメ生産そのものについても特定品種への過度の作付集中を 是正するための対策が講じられたのであった。 水田営農活性化対策の平成

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年度転作等目標面積

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a

のうち,香川 県に配分されたのはその

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に当たる

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a

で,これを市町別にみると高 松市の

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haを最高に,以下,三木町の

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ha,丸亀市の

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ha,観音寺市 の

3

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haが続く。他用途利用米は全国

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が香川

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-12ー 香川大学経済論叢 12 県分に決まり,

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9

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加がその転作面積に当てられた。そしてその達成率はとい えば,他用途利用米も含め,この年も,翌年も,そして翌々年の平成6,7年 も

100%

を上回った。 転作に対する取り組みはどうであったか。やはり水田農業確立対策のときと 同様に低調であって,平成7年度の水田営農活性化対策の実績をみると,構造 改善の推進ならびに地域農業再生をねらった水田営農確立助成と地域営農推進 助成,このふたつの生産調整奨励金の対象となった転作面積は全体の

27%

でし かなし「新政策」が謡う“望ましい経営体"を育成するために今回の水田営農 活性化対策から登場の高度水田営農推進助成となると,この年も前年の平成6 年度も実績がまったくないというありさまであった。ここにも香川県農業にお ける水田農業衰退の一端をはっきりとうかがうことができるであろう。 食糧法の成立 四国新聞は平成3年6月14日付けの紙面において,県下 47農協を統括する香川県農協中央会が街頭でビラを配るなどのコメ市場開放 阻止運動を展開したことを報じ

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日には,先月

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月末の香川県定例議会 においてコメ市場開放問止の意見書を国会に提出することが決まったこと,そ して香川県と同様に意見書を提出したり,秋田県や島根県のように市場開放反 対の決議まで、行った議会があわせて

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道府県にのぼることを報じた。それは, ときあたかも海外でガット・ウルグアイラウンド農業交渉が急進的改革を求め る米国と漸進的保護削減を主張するECとの対立が解けずに難航するなか,コメ の自由化反対を訴え続けている日本政府代表に対する国内からのアピー1レで あった。しかし日本の訴えは結局容れられるところとならず,ついに平成

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月,ときの細川内閣はコメの市場開放を閣議決定した。この市場開放決定は 部分開放とはいえーーその内容はコメの最低輸入義務として

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9

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年の平成

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年に国内消費量の

3%

からはじめて

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0

0

0

年の平成

1

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年には

5%

にまで高める といういわゆるミニマム・アクセス一一一,日本のコメがはじめて世界の自由貿 易市場のなかに組み込まれる歴史的画期となったこととともに,食管制度と系 統農協に対して決定的に大きな影響を与えることとなった。すなわち,これま でもその存在ゆえに日本農民を退嬰的にし日本農業の発展を遅らせてきた手厚

(13)

13 日本と香川の農業 ~13 い農民保護装置だとして消費者サイドから強く批判されてきた現行食管制度が 今日まで存続しえたのはもっぱら系統農協の政治運動によるといっていいのだ が,その食管制度堅持の立場からするところの組織の総力挙げての市場開放阻 止の運動がこのたびの市場開放決定によって完全に失敗に終わったからであ る。ここに系統農協は目標を失って虚脱状態に陥りその政治運動は挫折した。 一方,コメの部分開放が決まった平成5年という年ははからずもまた,夏場 の異常な低温と長雨,台風のためにコメの作況指数

7

4

という戦後最低を記録し た年であった。そして平成

5

年末以降,

2

5

0

万tを超える大量輸入を行わなけれ ばならないという緊迫した状況がつづくなか,翌平成6年の3月,いわゆる平 成の米騒動が勃発した。同月6日の四国新聞も「外国産米,本格売り出し始ま る」と題する記事で高松市内の某スーパー屈にコメを求めて集まった買物客た ちの写真を大きく掲げたが,同じような光景が全国津々浦々の町々に現出した のであった。こうしてコメ需給の異常な逼迫と米価の暴騰という緊急事態に対 応し得ない現行食管制度の矛盾が浮きぼりになる一方,その廃止を求める国民 の声がとみに高まった。 上にみた平成5年 12月のガット農業交渉合意によるコメの部分開放の決定, そして翌平成6年3月のいわゆる平成の米騒動という,日本のコメ問題のあり 方を根底からゆるがしたこのふたつの出来事を受けて立つかのように,平成6 年12月に「新食糧法J(.主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律J)が成立し, こ こに食管法にもとづく食糧管理制度は過去半世紀の長きにわたる歴史を閉じて この新しい法律が規定するところの新制度へと転換することとなった。新食糧 法にもとづく制度的転換について『日本農業年報

4

2

Jj

(

1

9

9

5

年)も,そのタイ トJレに「政府食管から農協食管へ一一一新食糧法を問う一一」とあるように“政 府食管から農協食管へ"と性格づけたように,政府の機能が大きく後退してそ の規制が大幅に緩和される一方,これを代位し補完する形で系統農協が前面に 押し出されてその果たす役割が格段に強まった。それでは,この新しい制度の もとで生産調整はどのように仕組まれ,かっ実施されようとしているのか。 新生産調整推進対策はじまる 新食糧法のもとで実施される新生産調整推

(14)

~14ー 香川大学経済論叢 14 進対策初年度の平成

8

年度,政府が設定した生産調整目標面積は

7

8

7

0

0

0h

a

(水田営農活性化ベース)であった。先行する水田営農活性化対策の平成

7

年度目 標面積

6

7

h

a

に対し

17%

以上もの増加であるが,このように大幅に増加した のは,平成6, 7年連続の大豊作によって急増した政府持越在庫量一一平成 8 年度末には在庫量は

2

2

0

万t前後に達すると予想されたーーを緊急に縮減する 必要があったからである。香川県の場合,その目標面積は

8

7

5

0

ha(水田営農活 性化ベース)で,これは過去最高でトあった平成

2

年のそれにほぼ匹敵する。 ところで,新食糧法の規定にしたがうならば,これからの生産調整は生産者 の自主性を尊重した生産調整でなければならない。これまで地域農業の担い手 として軽重相異なるところの中核農家と自給的農家と区別せずに全稲作農家を 対象に実施してきた一律減反から選択的生産調整への移行である。だがしかし, その実効性の担保措置となると,その準備がまったくなされていなかった。つ まり,生産調整目標達成者に対する政府買い入れの点においてはその買入数量 が平均

1

5

0

万tと量的に制限され,生産調整助成金交付の点においてはその水 準は横ばいにとどまったのである。このように実効性の担保措置が確保されて いないのに,このたび設定された目標面積の水準は高い。そしてもし目標どお りに生産調整が行われなかったら,米流通の主流が政府米から自主流通米に 移っているいま一一平成

2

年時点でのコメの流通量は自主流通米

7

に対し政府 米3という状況一一,供給過剰によって自主流通米の価格が急落し稲作農家が 大きな打撃を受けることは必死であった。 かくして当初から目標達成が困難と予想され,しかも,もし達成できなけれ ばこれまでにない大きな打撃を生産者にあたえることになるであろうこのたび の生産調整の実施にさいし,系統農協は県・市町村Lとの密接な連携のもと,新 食糧法が謡う「自主性」など空文句そのままに,かつてない熱意ときびしさで もって生産者の説得に力を注いだのであった。その結果,初年度の生産調整は 全国平均

100%

,香川県

103%

に達したのであった。 ここで,今回から新しく「とも補償事業」なる制度が導入されたことを指摘 しておこう。とも補償事業は生産調整に対する農家の地域的まとまりを支援す

(15)

15 日本と香川の農業 -15ー るための措置であって,もともとは生産調整が恒常化するもとで集落などが集 団転作に取り組むことが契機となって自然発生的に誕生したところの農民たち の互助制度に起源する。この互助制度は“転作割当面積以下にしか転作しなかっ た農家からは金銭を拠出させ,これを転作割当面積以上に転作した農家に収益 減の補償金として提供する仕組み"であり,このように集落など一定地域で生 産調整にともなう農家聞の利害調整を行うことがこの制度の狙いであった。そ して生産調整に対する自己防衛手段として地域の農民たちが自発的にっくりあ げたこの互助制度に対し国が資金を注入して制度的に助成しようというのがと も補償事業であって,農協がとも補償事業に取り組む場合,農家参加率3分の 2以上を条件に,生産調整面積10a当たり 1万2,000円,参加率4分の3以上 なら2万円の助成金が交付される。平成 8年度,香川県では同事業に 37の農協 が取り組み 4万2,000戸以上の農家が参加した。 生産調整の今後 平成9年度新生産調整推進対策が完了したその翌月の平 成9年11月 r新たな米政策」が発表され,現行のコメ価格流通システムが生 産調整をふくめ全面的に見直されることとなった。新食糧法にもとづく現行の コメ価格流通システムがその制度施行以来わずか2年で破綻しその全面的再編 成が必要となったのは,平成6年以来連年の豊作による過剰米の異常な累積と いう偶発的事情に加えて,新食糧法そのものがシステムとしての整合性を欠く という根本的矛盾を内包していたからである。根本的矛盾をかかえたまま新食 糧法はなぜ、スタートしたのかという同法成立の政治的事情もさることながら, 新食糧法が内包する根本的矛盾とは何であったか。 新食糧法が内包する根本的矛盾を事後的に確認すれば,同法においてはじめ て制度としてシステム内部に取り入れた備蓄と調整保管に関し,備蓄は緊急事 対策として政府がこれを担い,調整保管は過剰対策として農協がこれを担うと いう食糧庁の当初の構想とは裏腹に,現実には農協調整保管の量的限界から政 府が過剰米対策の分野に大きく踏み込まざるをえなくなったこと,さらには, 新食糧法で公認された自由米の増加テンポが予想以上に速まった結果,計画流 通米(政府米・自主流通米)の販売が大幅に落ち込んでしまってコメ流通に対する

(16)

16ー 香川大学経済論叢 16 政府の基本計画が完全に崩れてしまったこと等々とともに,生産調整に関して いえば,新食糧法の謡う自主的生産調整がその実効性の担保措置を欠いていた がゆえに実行にすら移されなかったことは先に指摘した。そして平成

1

0

年か らコメ流通システムの再構築をめざした「新たな米政策」のもとで,全国で は

9

6

3

0

0

0h

a

,香川県では

1

7

3

6

haの減反を目標に「緊急生産調整推進対 策」が始まろうとしている。

衰退する香川の農業 一一脆弱化する農業労働力,荒廃する農地一一 進む担い手の脆弱化 日本農業全体を概観したとき,基本法農政期の昭和

3

0

年代後半から昭和

4

0

年代前半の時期,自立経営農家の育成を謡う基本法農 政の積極的な展開にもかかわらずその数を急減させた基幹的農業従事者は,総 合農政期の昭和

4

0

年代後半以降も激しく減少し,さらに平成期に入っても減少 は続いた。これを数字で確認するならば,昭和

3

5

年当時,男子基幹的農業従事 者

5

5

1

万人ならびに女子基幹的農業従事者

6

2

4

万人に対する平成

7

年の前者が

1

4

9

万人,後者が

1

2

9

万人で,この

3

5

年間に男子

73%

,女子

79%

と,まことに 大きな減少であった。そもそも人間という主体的存在を欠いては生産活動は成 り立たないという普遍的真理にもとづくならば,農業の中心的担い手である基 幹的農業従事者の激減というこの明白な事実にこそ,高度経済成長期以降にお ける日本農業衰退の姿を端的にみてとることができるであろう。 それでは,香川県はどうであったか。基幹的農業従事者とともに農家戸数も あわせてその推移を示したのが図

3

である。昭和

3

5

年から平成

7

年に至る間, 農家戸数が

8

9

3

6

2

戸から

5

3

9

0

5

戸へと減少するもとで,男子基幹的農 業従事者は

7

8

2

8

4

人から

1

6

9

4

6

人へ,女子基幹的農業従事者は

9

5

2

3

3

人から

1

5

0

5

6

人へと,前者が

78%

,後者が

84%

,それぞれ減少した。 農村から青壮年の働き手が年々大量に姿を消していくという憂うべき日本農業 の現実を,香川の農村もこの

3

5

年間,経験し続けてきたのであった。

(17)

17 日本と香川の農業 17-ー 図3 基幹的農業従事者の推移(香川県) 人 100000 70000 f一一 60000 50000 40000 30000 20000 10000 f-昭35 40 45 50 55 60 平2 資料)各年センサス 「耕地面積調査J (農林水産省調査) そしてまたこの35年間,基幹的農業従事者の激減とともにその高齢化の進行 も顕著であった。基幹的農業従事者数に占める65歳以上層の割合を高齢者率と すれば,昭和55年の23,,6%から平成2年には38,,2%に高まった香川の基幹的 農業従事者の高齢者率は平成7年には51刷6%に達した(全国平均397%)という 事実とともに,基幹的農業従事者の動向に関しぜ、ひとも確認しておくべきもう ひとつの事実は,基幹的農業従事者はどの年齢階層にもかたよらずに広く分布 しているのではなしある年齢階層にかたよって分厚く存在しているという事 実である。昭和45年の時点に遡れば,基幹的農業従事者がもっとも分厚く存在 する年齢層は40"'49歳であった。なぜ,基幹的農業従事者がこの年齢層に集中 しているのかといえば,彼らは終戦後は若い農村の労働力として農業に従事し, 高度経済成長がはじまった昭和30年代は青ー壮年の労働力として一家を支える

(18)

18 香川大学経済論叢 18 べく農村にとどまった年齢層の人々であり,他方,彼らより若い世代はその多 くが高度経済成長期に都市産業に吸引されて農村を離れていったのであった。 しかも世代が下るほど,基幹的農業従事者は兼業化の波に強く洗われてその数 を減らしていった。ちなみに平成6年の香川の新規学卒就農者および離農就農 者 (uターン就農者)は,前者が5人,後者のうち 40歳未満が 17人,両者あわせ てわずか22人にすぎない(数値は,香川県農業改良課「農村青少年実態調査」から)。 このように基幹的農業従事者が特定の年齢層にかたよって存在し,かっ,世 代が若くなるほど人数が減ることから,その年齢構成を図に描けば,それは基 幹的農業従事者数のかたよって存在する階層を頂とする山形の曲線となろう。 香川県の基幹的農業従事者についてそうした曲線を描いてその推移を示したの が,図

4

である。基幹的農業従事者の山が時代が下るにつれて右方向に移動し 図4 基幹的農業従事者の年齢構成の推移(香川県) 人 25000 20000 15000 10000 5000 20-29歳 30-39歳 40-49歳 50-59歳 60-69歳 70歳以上 資料)各年センサス 注)1 昭和45年センサスでは, 65~69歳と 70歳以上の区別がない。図を作成するにあ たっては, 65歳以上と一括表示された人数を,便宜上, 65~69歳と 70歳以上に等 分した。 2 平成2年は,販売農家についての数値。

(19)

19 日本と香川の農業 -19ー ていくことがわかるであろう。平成2年現在,その山は60"-'69歳層にある。と いうことは,この山を構成する高齢者たちは,近い将来,農業の現場からリタ イヤするのであるから,やがて大量の基幹的農業従事者たちが香川の農村から 姿を消す事態が間違いなく確実に現出するであろう。前出の『四国農業試験場 第 13 号~ (平成6)の統計分析によれば,香川の

1

5

歳以上

5

9

歳までの基幹的 農業従事者は2010年には1,646人に激減する一方,高齢者はその減少のテンポ が緩やかであることから高齢者率は67,,8%に達する。同統計分析はさらに,こ のように基幹的農業従事者の減少と高齢化が進めば「ω……将来は家族経営が行 き詰まるという予測が成立し,これは本県農業にとってきわめて深刻な問題で あり,今後の農業のあり方に多大の影響を与えると思われる」と結論している が,香川の農業の将来について明快にその内部崩壊を指摘したこの結論は,同 時にまた,日本農業の将来の姿でもある。 進まぬ構造改善 しかし,基幹的農業従事者が団塊となって存在するいわ ゆる「昭和一ケタ」世代がしだいに農業の現場からリタイアしつつある今日, その先に内部崩壊ではなく,農地の流動化が進んで大規模経営の成立が促進さ れ,その結果,基本法農政以来の宿願であった農業構造改善の途が聞かれるこ とを期待することはできないであろうか。

1

9

9

5

年センサスによれば確かに,総 経営耕地面積に占める借入耕地面積の割合は増加し,また,

3

h

a

以上農家!曹は 戸数構成比においても耕地面積シェアにおいてもその割合を高めているが,そ の勢いは一一一日本の北方大農業基地である北海道は別にして一一一あまりに微弱 であって,これでは構造改善の進行をいうことなどはとうていできない。経営 規模が小さく稲作依存の低い香川県などは表1にみるように,平成2"-'7年の 表 1 階層別戸数構成比と耕地面積シェアの推移(香川県) 経営耕地 戸数構p1比(%) 耕 地l 規 模 昭45 昭50 昭55 昭60 平2 平7 昭45 昭50 昭55 昭60 平2 平7 o 5ha未満 485 513 517 522 484 491 227 241 242 244 232 238 o 5.-1 0 392 37.1 362 35.8 384 37.9 49.1 470 456 45.3 45..2 445 1 0-'1 5 9.9 8.7 8.9 88 96 93 203 18.5 186 18.6 190 183 1 5-2 0 1.7 18 2.0 20 22 22 49 56 61 6.2 6.3 6.3 2ha以上 0,7 1.0 1.2 1.2 1.4 1.5 3.0 4,8 5.5 5.6 6,3 7,2 百 十 100,0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100,0 100,0 100.0 資料)各年センサス

(20)

-20ー 香川大学経済論叢 20 間,

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h

a

以上層に変化がみられなくなって農業構造は動かなくなった。動かな くなったこののちは,やはり『四国農業試験場 第

1

3

号』が指摘したように, 香川の農業は全面的崩壊の途を歩むことになるのではないだろうか。 農業構造の改善が進まなかったことを,ここで改めて,ひとつの統計的事実 から再確認しておこう。それは農家戸数の減少とともに耕地面積も減少して いったという事実である。香川県の場合も図3にみるように,農地は減少し続 けた。構造改善は離農する農家の土地が規模拡大を志向する農家に集中するこ とによって実現するのに,離農する農家があっても同時に農地が減少してしま うのでは,構造改善の途が聞けるはずがない。そして昭和60年以降の日本農業 全体を概観したとき,あらかたの地域において農家戸数の減少と相関しつつ農 地も減少していった。ここにも日本農業衰退の姿の一端をみてとることができ るであろう。 荒廃する農地 平成4年7月25日の四国新聞の「ニュースの周辺」欄に, 中央に錆びた濯概用のスプリンクラーの立つ荒れた農地の写真が

1

枚掲載され ている。写真は三豊郡山本町神田地区の大規模農業団地内の風景であるが,昭 和60年前後の時期から団地内に遊休地が目立つようになり,いまは団地の2割 以上が荒廃のままに打ち捨てられている農地だという。 当然のことであるが農業労働力が脆弱化していけば,農業の現場からはしだ いに手が抜かれ,やがては作物を栽培せず,ついには耕作を放棄するという状 況が出現するであろう。山本町にみるような農地の荒廃化もそのようにして出 現したのであって,これはまさに農業生産の後退局面の進行を明瞭に示す事態 だといわなければならない。センサスは,“ここ

1

年間は災害などの特別の事情 で作付けしなかったが今後は作付けする予定の耕地"を不作付地,“ここ

1

年間 作付けせず,これからも作付けするつもりのない耕地"を耕作放棄地としてそ の統計把握を行っているが,香川県における不作付地と耕作放棄地の推移をこ こに示すならば,図5のようである。同図によれば,水田の場合,昭和35年段 階ではわずか

9

4

h

a

であった不作付地が生産調整が開始された昭和

4

5

年以降急 増し,昭和55年段階ではその 14倍の 1,328

h

a

に達した。収益性の低い畑の場

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21

ha

7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 日本と香川│の農業 図5 不作付地・耕地放棄地の推移(香川県) O 21 耕作放棄地(非農家) 耕作放棄地(農家) { 怒 農 地 斗 リ 作 不

ll ﹀

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田 畑 水 資料)各年センサス 注)1川 耕地放棄地は,樹園地を含む。 2 非農家とは,経営する耕地面積が10aに満たず,農産物の販売代金も年額15万 円に達しない世帯。 問35 昭40 昭45 昭50 昭55 昭60 '1'2 平7 合はそのテンポはさらに早く,昭和55年時点で

1

,048haの畑が不作付地となっ た。このころから耕作放棄地もふえはじめ,平成7年時点では耕作の外に打ち 捨てられた耕地が2,233haに達している。 耕作放棄地といえば,土地持ち非農家の耕作放棄地も考慮しなければならな い。農村に住み農地は持っているが経営する耕地面積が

1

0

aに満たず,農産物 の販売代金も年額15万円にとどかない世帯を農業センサスでは土地持ち非農

(22)

-22ー 香川!大学経済論叢 22 家というが,同じく図5にみるように,香川県における土地持ち非農家の耕作 放棄地も,近年,増加しつつある。昭和

6

0

年に

7

3

2

haであった土地持ち非農家 の耕作放棄地はその後も増加し続け,平成7年には 1,585haに達した。ちなみ に全国レベルにおげる平成7年段階の状況は農家の耕作放棄地・不作付地に土 地持ち非農家の耕作放棄地を合わせて

4

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.

.

9

万ha。香川県の総耕地面積の

1

0

倍 以上におよぶ広大な農地が,全国の農村でいま,耕作の外に打ち捨てられてい るのである。 不作付地や耕作放棄地がふえれば,耕地の利用率も低下していくであろう。 昭和35年以降終始低下し続けている香川の耕地利用率のありさまは図Bにみ るとおりである。耕地が極度に零細であるがゆえに夏に米を作り冬に麦を育て, その聞を縫って野菜を栽培し,畦にまで大豆を植えて耕地をフルに利用してき たかつての讃岐農業のおもかげはもはやどこにもない。 図8 耕地利用率の推移(香川県) % 200 180 人 、

¥

ヘ ¥

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1 ¥ ¥

一 一 160 140 120 100 80 60 40 20

昭35 昭40 昭45 昭50 昭55 昭60 平2 平7 資料)r香川の農業』 原資料は r農作物調査J(農林水産省)。

(23)

23 日本と香川の農業 -23ー むすびに代えて 昭和30年代の幕開けとともに急テンポで成長を開始し た日本経済に農業をいかに適応させるか。この一事を最大の問題関心としつつ, 農工聞の所得均衡の実現を政策目標として昭和36年に制定された農業基本法。 それから 30年以上を経過した今日,農業と農村を取り巻く環境は激変した。 その第

1

は環境問題である。環境問題とはつまり,基本法農政展開のもとで ひたすら“生産性追求農法"を推進した結果,農薬の過度使用によって農業従 事者の健康が損なわれ,農薬残留で農産物の安全性が脅かされるようになった こと,水田地帯は水田の有するすぐれた機能によって環境破壊的条件は著しく 緩和されているが畑作地帯においては,大型機械の重圧で土壌が固化する一方, 化学肥料・農薬の多投で土壌条件が劣化したこと,畜産部門において土地と切 り離された加工型集約畜産が展開したため,糞尿の大量排出が四囲の環境を害 していること等々,本来,“環境保全型産業"である農業が過度の機械化・近代 化・施設化によって“環境破壊型農業"へと変質しつつある。 第

2

は,水田が本来持っている洪水調整機能や集落の国土保全機能にかかわ る。わが国は地形が急峻なうえ,多量の雨が降って災害が起こりやすい。その 災害からわが国土を守ってきたのが,農村に住む人々の日々の暮らしと水田農 業の営みであった。そして自然に満ちた農村はまた,国民にゆとりと安らぎ, 心の豊かさを与えてくれる魅力ある地域である。農業が本来持っこうした公益 的・多面的機能が,いま,とりわけ条件不利地域において急速に失われつつあ る。 第

3

は国としての食料の安全保障問題である。これまでしばしば言及してき た日本の自給率は,平成

8

年現在,穀物ベースで

29%

,カロリーベースで

42%

である。このように極端に低い自給率であるが,それではそもそも,日本の食 料自給力の絶対的な水準は一体,いま,どれほどか。ひとつの試算によると, 平成

9

年時点の日本の農地

4

9

5

万haのもとで,圏内農業が国民に最大限に保証 できるカロリーはひとり

1

1

7

6

0

カロリーであった(数値は食料・農業・農村基 本問題調査会答申参考資料による)。同じく平成9年時点における実際の供給カロ リーは2,638カロリーであるから,もし,万が一,海外から食料輸入が途絶え

(24)

-24ー 香川大学経済論叢 24 るようなことになれば,国民は飢餓線上をさまようことになるであろう。現在 の日本の食料自給力の水準は明らかに国の存亡にかかわる危険領域に突入して いるというべきである。昭和30年代以降,次々と農産物が自由化され,ついに はラウンド農業合意の受け入れでコメまで自由化したその極に出現したこうい う深刻な事態を,農業基本法は予想だにしなかった。 振り返れば,昭和

4

0

年代後半から昭和

5

0

年代にかけての時期,コメの生産 調整開始,農地価格の土地価格化,いわゆるニクソン・ショック以降顕著とな る農産物自由化の進展等々によって,農業基本法に即して政策展開を行うこと が不可能になったことが明白になったにもかかわらず農業基本法は改正され ず,改正されないまま平成期に入ってようやく平成6年7月,現行の農業基本 法を抜本的に改正するための「農業基本法に関する研究会」が農林水産大臣主 催の懇談会として設置され,その検討結果が『農業基本法に関する研究会報告』 として平成8年 9月に発表されたのち,翌平成 9年 4月に「食料・農業・農村 基本問題調査会」が発足,そして現行の農業基本法に代わる「食料・農業・農 村基本法」がその2年後の平成11年7月16日に制定された。

2

1

世紀日本農業の基本的指針たるべく,上記の環境問題や農村問題,そして 食料問題を視野に入れた法体系として構築された新基本法の内容について,先 に指摘した中山間地域に対する直接的支援が寵われたことのほか,もう一点だ もぬけ け注記すれば,新基本法が現行の農業基本法のような“脱法"にならないよう におおむね5年ごとに見直されるところの「食料・農業・農村基本計画」を策 定し,この基本計画のなかに食糧自給率の目標を数値として明記することに なった。平成

1

2

年の

2

0

0

0

4

月には平成

2

2

年の

2

0

1

0

年をめざした数値目標 が公表されるが,それに先立ち,この目標達成のためには地域レベルでの取り 組みが大前提であるとして,農水省から農都道府県別食糧自給率試算が示され ることとなった。それによると,平成

9

年の供給熱量自給率は全国

41%

,香川 県

39%

であった。

(25)

25 日本と香川の農業 参 考 文 献 1.'香川県農業経営基盤強化促進基本方針J(香川県,平成6年) 2. '21世紀香川県農業・農村計画J (香川県農林水産部,平成8年) 3.構造改善局資料「基本構想策定及び経営改善計画認定実績」 25 4.1四悶農業試験場研究資料 第13号』に掲載の「第6主主 高知県山間地域における農村高 齢化の現状と再編方向」。 5.農村整備課「香川県の中山間地域対策(農林水産業)の概要について」 6.昭和59年県資料・「過疎地の概要」 7.香川県農業協同組合中央会・井下久敏「水田農業確立対策の系統農協の取り組みについて」 (農業香川39巻4号) 8.農業改良課・浅尾直史 '62年度の実施状況と63年度の取り組みについて一一米需給均衡 化緊急対策一一J(農業香川40巻3号) 9.香川県農林水産部農業改良課・木村清美「新しい水田営農への取り組みJ(1農業香}I!l第 45巻2号) 10.1平成8年度新生産調整推進対策の実施状況・平成9年度新生産調整推進対策の推進方向』 (香川県農林水産部農業改良課,平成9年) 11.I香川の米麦一一一生産対策の歩み .J (香川県農業改良課,平成6年)

参照

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