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はじめに 現在日本では,漢方薬が着実に普及拡大している。 医師の80%以上が漢方薬を使用しているとの報告も ある1) 。漢方薬が評価されている背景には,西洋医 学の限界性,すなわち,高度に細分化した西洋医学 では全人的な医療が困難な場合があるとか,不定愁 訴に的確に対応できないなどの指摘がある。また疾 病構造が感染症から生活習慣病に推移していること, さらに,高齢者医療,精神疾患,婦人病などにおい て漢方薬が成果をあげていることもあげられる。漢 方医学を含む伝統医学の科学的解明研究の進展も, 伝統医学の推進を力強く後押ししている。 漢方薬が医療の現場で信頼性をもって使用される ためには,漢方薬の有効性や安全性を安定的に維持 する必要がある。それには,漢方処方を構成してい る生薬の品質と資源の確保が不可欠である。本稿で

生薬の基原,特に薬用部位および

基原植物の学名について

寺林

横浜薬科大学漢方薬学科薬用資源学研究室,神奈川,〒245‐0066 横浜市戸塚区俣野町601

On the Botanical Origin of Crude Drugs, with Special Reference

to Plant Parts for Medicinal Use and Scientific Names

for Original Crude Drug Plants

Susumu TERABAYASHI

Laboratory of Medicinal Resources, Department of Kampo Pharmacy, Yokohama College of Pharmacy, 601 Matano-cho, To-tsuka, Yokohama, Kanagawa 245-0066, Japan

受付:2012年7月9日,受理:2012年9月26日 Abstract

Botanical origin is one of the most important subjects for ensuring the quality of crude drugs. In this review the author discusses plant parts for medicinal use, especially their Latin names, and scientific names for origi-nal crude drug plants.

In Japanese Pharmacopoeia (JP) there are several crude drugs whose Latin names are controversial. For example, Opiopogonis Tuber should be corrected to Opiopogonis Radix. The descriptive style of scientific plant specie names in JP is often different from that adopted in taxonomy. A table showing differences between the two styles is given. Examples of crude drugs are given, in which additional plant species are defined in the 16 th JP based on the research work with market samples. Also, comparisons of the botanical origins of crude drugs are made between JP and CP (Chinese Pharmacopoeia).

Key words : crude drug, plant parts for medicinal use, original plants, scientific name, Japanese Pharmaco-poeia

要旨

生薬の基原は,生薬の品質確保において最も重要な項目の一つである。本稿では生薬の薬用部位,特にそのラテ ン語表記,基原植物の学名に関する課題について考察した。

『日本薬局方』の生薬のラテン語表記には議論の余地を残すものがある。例えば,麦門冬は根なので Ophiopogo-nis Tuber ではなく OphiopogoOphiopogo-nis Radix とすべきである。日本薬局方収載生薬の基原植物の学名表記は分類学で 用いているものとは異なる場合がある。その違いがわかるように比較対照を示した。生薬の流通品の調査にもとづ いて,『第十六改正日本薬局方』に基原植物を追加収載した生薬の例を示した。また,日中薬局方での基原に関して 異なる例を示した。

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は,生薬の品質確保のなかで第一に考えなければな らない基原に関する問題,特に,薬用部位や基原植 物の学名,日中薬局方の基原に関する異同をとりあ げた。 1.薬用部位とラテン語表記 『日本薬局方』の生薬総則では,生薬を「動植物 の薬用とする部分,細胞内容物,分泌物,抽出物ま たは鉱物など」と規定しているが2) ,生薬の基原と は,基原植物あるいは基原動物とその薬用部位で定 義される。例えば甘草では,その基原は Glycyrrhiza

uralensis Fischer又は G. glabra Linné の根又はスト ロンであり,麻黄では Ephedra sinica Stapf, E.

inter-media Schrenk et C. A. Meyer又は E. equsitina Bunge の地上茎である。 植物性の生薬の用部としては,全草も含め,根, 茎,葉,花,果実,種子など植物体のあらゆる部分 が用いられる。さらに葉や茎のエキスを乾燥させた もの(阿仙薬),葉の液汁を乾燥させたもの(アロ エ),樹脂(安息香,ロジン)もある。動物性生薬 についても身体各部や分泌物が用部となっている。 ここでは,生薬としてよく用いられる植物の根や 地下茎を中心に薬用部位について,特記事項と薬用 部位のラテン語表記の問題点について述べる。 根(ラテン語は Radix)には主根が永く残り側根が 分枝する樹枝状根と,主根がすぐに成長を止め不定 根が主となる繊維状根(いわゆるひげ根)がある。 人参や桔梗は樹枝状根で,竜胆や細辛は繊維状根で ある。 サツマイモのように繊維状根を構成する不定根の 一部が肥大して養分を溜め込んだものを塊根という。 ダイコンやカブのように主根に養分を貯めこんで肥 大したものは多肉根というが,多肉根も塊根として 扱われることがある。塊根が薬用部位となる生薬に は何首烏,!楼根,附子がある。麦門冬や天門冬は 不定根が紡錘状に肥大したもので紡錘根と呼ばれる が,これも塊根の一種である。『日本薬局方』では 塊根のラテン語の表記も Radix としているが,麦門 冬や天門冬では Tuber となっている。Tuber は塊茎 のラテン語であり,麦門冬や天門冬は明らかに根(塊 根)なので Radix とすべきであろう。 地下茎は形態学的に多様で,根茎,塊茎,球茎, 鱗茎などがあり,これらを薬用部位とする生薬は多 い。 根茎(ラテン語は Rhizoma)は地下にあり根のよ うに見える茎のこと。通常,先端が地上に出て地上 茎となる,地下では側枝が地中にのこり根茎となる。 このタイプのものは生薬では生姜,黄連,升麻など 多い。根茎には,先端は地中を進み側枝が地上に出 るものもある(タケの仲間)。また,茎は一切地上 に出ず,葉だけを地上に出すものもある。シダ植物 で一般に見られ,生薬としては綿馬貫衆がある。山 薬の薬用部位は根茎とされるが,形態学的に厳密に 言えば,根と茎の中間的な性質をもつ担根体と呼ば れる特殊な器官である。 塊茎(ラテン語は Tuber)は地下にある肥大した 茎で養分を蓄えている。肥大した部分の下部に細い 茎があり,肥大した部分から芽が多数でる場合を塊 茎といい,細い茎がなく芽が一つしか出ない場合を 球茎(ラテン語は Corm)として区別する。この定 義からするとサトイモ科の生薬の半夏や天南星,ケ シ科の延胡索は球茎となる。ただし塊茎と球茎の中 間的なものもあるので,塊茎と球茎を区別しない見 解もある3)4) 。『日本薬局方』では後者の見解をとり, 半夏,天南星,延胡索を塊茎としている。塊茎が薬 用部位の生薬は他に山帰来,沢瀉,天麻がある。『日 本薬局方』では山帰来と沢瀉は塊茎としながらも, ラテン語は Rhizoma(根茎)となっているが,正し くは Tuber とすべきであろう。 鱗茎(ラテン語は Bulbus)は,短い茎に肉厚に なった鱗片状の葉がつまってついているもので, チューリップなど園芸で球根と呼ばれるものの多く は鱗茎である。生薬では貝母がある。百合は鱗茎を 構成する一枚一枚の肉質の鱗片葉(鱗茎葉という) である。『日本薬局方』では,貝母も百合もラテン 語表記は Bulbus をあてている。 ストロン(走出枝ともいわれる)は,地表あるい は地中の浅いところを水平に伸びる茎で,先端部で 新たな株を立ち上げ地中に根をはる。この方法によ り栄養繁殖を行う。甘草は根を使用するがストロン も用いることができる。 生薬の中には根茎と根の両方を使用するものがあ るが,『日本薬局方』では根を主に使う場合は用部 のラテン語表記を Radix,根茎を主に使う場合は Rhizomaにしている。浜防風のように構造上根茎と 根を分かちがたく同等に使用する場合は Radix cum Rhizomaとしている(cum は英語の with と同じ 意

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味)。 樹皮,根皮(ラテン語は Cortex)は,茎や根の形 成層より外側の部分で,十分に肥大した茎や根では 最外層には周皮と呼ばれる部分があり,コルク層, コルク形成層,コルク皮層からなっている。黄柏や 桂皮などの樹皮生薬では周皮を取り除く。遠志には 根皮だけのもの(肉遠志,筒遠志)と木芯を取って いないものもあるが,『日本薬局方』では薬用部位 は Cortex ではなく,Radix としている。 葉(ラテン語は Folium)を用いるものとしては ウワウルシ,枇杷葉などがあり,全草や草本地上部 (ラテン語は Herba)を用いるものとしては十薬(ド クダミ),センブリ,車前草などがある。甘茶や蘇 葉は,葉だけではなく葉の付いた若い枝先も使用す るが,『日本薬局方』ではアマチャは Folium,蘇葉 は Herba となっており統一されていない。どちらも 葉が主体なので Folium とするのがよいと考える。 花序を使用するものとしてはシソ科の夏枯草,荊 芥,キク科の茵!蒿,菊花がある。シソ科の夏枯草, 荊芥の用部は穂状花序であり,薬用部位のラテン語 は Spica,キク科の茵!蒿,菊花は頭状花序(頭花) であるが,用部のラテン語は Flos をあてている。 辛夷や丁子などの蕾もラテン語は Flos をあててい る。 サフランはアヤメ科の植物で,アヤメ科は雌しべ の柱頭が3裂している,サフランの薬用部位はその 柱頭である。ラテン語は部位ではなく属名の Crocus となっている。 果実(ラテン語は Fructus)には真果と偽果があ る。真果は雌蕊の子房の部分だけが果実になるもの, 偽果というのは子房中位や子房下位の植物において 子房以外に花床やがくなど子房以外の部分も果実の 一部となっているものがある。山査子,山茱萸は偽 果である。営実の薬用部位は「偽果または果実」と なっているが,これは花床やがくなど含む果実全体 (偽果)を使用するものと,花床やがくなどを取り 除いた子房由来の部分だけを使用するものがあると いうことである。後者を「営実仁」と呼ぶ。山椒は 成熟した果皮が主な薬用部位であるのでラテン語は Pericarpium(果皮)とするが,『日本薬局方』では 20%以内の種子も認めているので,Fructus とする 見解をとっている。牛蒡子は種子のように見えるが これはキク科に特徴的な痩果である。茴香や蛇床子 も種子のように見えるが,これらはセリ科を特徴づ ける双懸果である。 種子(ラテン語は Semen)を薬用部位とするもの としては,杏仁,牽牛子,山棗仁,車前子,縮砂, 冬瓜子,桃仁,檳榔子などがある。縮砂は厳密に言 うと,種子塊である。一個一個の種子は縮砂仁,砂 仁と呼ぶ。 釣藤鈎の用部である鈎の部分は茎の変形したもの である。ラテン語は Uncis(鈎)cum Ramulus(枝) としている。 2.薬用部位の歴史的変遷 生薬の原植物が時代とともに変遷する例はいくつ か知られているが(枳実,威霊仙など),薬用部位 の変遷の例は少ないといえる。 釣藤鈎の薬用部位は茎の変形した鈎であるが,李 時珍の『本草綱目』に,「古方には多く皮を用いて あるが,後世では多く鈎をもちいる。その力の鋭い 点を用いるわけだ」5) とある。明代以前は鈎ではなく 茎の皮を用いていたようである。御影らは詳細に本 草の記載を調査した結果,釣藤鈎の薬用部位に関し て以下のような見解を得ている。宋代前半までは「藤 皮」,宋代後半から明代前半までは「藤皮と鈎のつ いた茎枝」,明代後半からは主に「鈎のついた茎枝」 を使用していた。彼らはまた,茎の皮と鈎でアルカ ロイド(リンコフィリン,ヒルスチン)含量の比較 を行い,茎の皮のほうが多いという結果が得られて いる6)7) 。ただし,現代の日本では薬局方の規定から 茎の皮を用いるわけにはいかない。 3.日本薬局方における生薬の基原植物の学名表記 法 『日本薬局方』における生薬の原植物の学名表記 は,しばしば分類学的な表記と異なる場合がある。 これは『日本薬局方』が学術書ではなく法令書であ ることに起因している。表記法の違いとしては二つ あげられる2) 。一つは,学名が組み合わせられた際, 『日本薬局方』では括弧でくくられる最初に学名発 表した命名者が省略される。しかし分類学的には, 属の移動などの場合も最初の学名発表者が誰か分か るように括弧でくくって表記する。例えば,木通の 基原植物の一つであるミツバアケビの学名は,『日 本薬局方』では Akebia trifoliata Koidzumi となって いるが,組み合わせがわかる表記にすると Akebia

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味するところは,Thunberg が最初にミツバアケビ の 学 名 Clematis trifoliataを 発 表 し た が8)

,後 に Koidzumiが属を Clematis から Akebia に移して

Ake-bia trifoliataとしたということである9)

。命名規約で は Clematis trifoliata は Akebia trifoliata の基礎異名 と言う。別な言い方をすれば,『日本薬局方』では 基礎異名の命名者は省略されるということである。 ちなみに『中華人民共和国薬典』では基礎異名の命 名者は省略されない10) 。 二つ目は,『日本薬局方』では命名者の姓はフル スペルで表記される。しかしながら分類学的には, Linnéを L.とするように命名者を簡略表記する方法 表1 日本薬局方の学名表記と分類学的学名表記の例

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がとられる場合が多い。『国際植物命名規約』11) では 命名者を表記する場合は,『Authors of Plant Names』12) ないしは The International Plant Names Index : IPNI (The Royal Botanic Gardens, Kew, The Harvard Uni-versity Herbaria,および Australian National Herbarium の3研究機関で過去に発表された学名のリストアッ プと命名者の表記法標準化をインターネットのホー ムページ上で提示している)13)

が示す簡略標準化を 推奨している。『Authors of Plant Names』や IPNI で 提示されている命名者(著者)の簡略標準化した表 記法の例を示すと以下のようになる。

Carl von Linné→L.

Carl Johann Maximowicz→Maxim. Augstin Pyramus de Candolle→DC.

Alphonse Louis Pierre Pyramus de Candolle→A. DC. Anne Casimir Pyramus de Candolle→C. DC.

Vladimir Leontjevich (Leontevich) Komarov→Kom. Tomitaro Makino→Makino

Philipp Franz von Siebold→Siebold Josepf Gerhard Zuccarini→Zucc. Carl Peter Thunberg→Thunb.

『日本薬局方』の学名表記は間違いではないが, 以上の2点で分類学的に用いられている学名表記と 違いがみられる。『日本薬局方』に収載されている

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生薬の学名の理解を深めることを目的として,『日 本薬局方』の学名表記と分類学的に用いられている 学名表記の関係がわかるように学名表記対照表を作 成した。この学名比較表は『第十六改正日本薬局方』 の「参考情報」に掲載されている。その例を表1に 示す14) 。 4.日本薬局方における生薬の基原動植物の適正化 『日本薬局方』では,『第十三改正日本薬局方・ 第一追補』(1997年)以前は生薬の基原植物や基原 動物については「その他同属植物」「その他近縁植 物」などの表記があり,種が特定されないケースが あった。『第十三改正日本薬局方・第一追補』以降,

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基本的にこのような表記がなくなり,ほとんどの生 薬で種が特定されるようになった15) 。 その後10年以上の年月の経過とともに,生薬の生 産・流通事情の変化,生薬学や関連分野の研究の進 展もあり,流通生薬の実態を把握し,局方生薬の基 原が適正か確認しておく必要があった。そこで『日 本薬局方』に収載されている生薬を対象に,生薬学 的,分類学的研究成果を踏まえ基原の追加や学名の 訂正などの検討を行ってきた。その結果,基原に関 して修正が必要とされる生薬については,局方原案 審議委員会での審議を経て『第十六改正日本薬局 方』で改正された2) 。以下に具体例を示す。 1)基原植物の追加 キョウニン 『第十五改正日本薬局方』では,杏 仁の基原としてホンアンズ Prunus armeniaca Linné 又はアンズ Prunus armeniaca Linné var. ansu Maxi-mowicz(Rosaceae)の種子が規定されていた16)

。『中 華人民共和国薬典』ではこれら2種のほか Prunus

si-birica Linnéと Prunus mandshurica (Maxim.) Koehne も収載されている10)

ホンアンズ,アンズ,Prunus sibirica, Prunus

mand-shuricaの4種について,葉緑体 DNA の rp116イン トロン部分領域の塩基配列を決定した結果,ホンア ンズ,アンズは同一遺伝子型であったが(Type1), 他の種は互いに区別された(Prunus sibirica は Type 2,Prunus mandshurica は Type3)。この結果を基 に市場流通品の杏仁の遺伝子型を調査し基原種を確 認したところ,市場流通品にはアンズ,ホンアンズ 以外に Prunus sibirica もあることが判明した17) 。 また,ホンアンズ,アンズ,Prunus sibirica およ び Prunus mandshurica の4種について,HPLC によ る成分の比較を行った。その結果,アミグダリンな どの一般成分,トリアシルグリセロール類について は4種で同様のパターンを示した。また,『日局』 の確認試験(アミグダリンおよびスコポレチンを指 標とする TLC 試験)も実施したが4種とも同様に 適合した18) 。以上の結果から,日本市場に流通のあ る Prunus sibirica も杏仁として使用可能であると考 えられた。このような研究結果が基になり,『第十 六改正日本薬局方』では杏仁の基原植物としてはホ ンアンズとアンズ以外に Prunus sibirica も規定され ることとなった2) (表2)。 ソウジュツ 『第十五改正日本薬局方』では,蒼 朮の基原としてホソバオケラ Atractylodes lancea De Candolle又は Atractylodes chinensis Koidzumi(本種 は局方では和名がないが,一般にはシナオケラと呼 ばれている)(Compositae)の根茎が規定されてい る16) 。 中国各地(一部日本,韓国)で採集された朮類生 薬基原植物5種(ホソバオケラ Atractylodes lanceaシナオケラ Atractylodes chinensis,オケラ

Atracty-lodes japonica,オオバナオケラ Atractylodes

macro-cephala,ショソウジュツ Atractylodes koreana)に ついて,核 DNA の ITS 領域の塩基配列を決定した。 そ の 結 果,5つ の 遺 伝 子 型(Type1∼Type5)が 認められた。オケラは Type1,オオバナオケラは Type2,シナオケラとショソウジュツは Type4, ホソバオケラは Type3,Type5に分かれた。形態 的にホソバオケラとシナオケラの中間形を示したも のは,Type3,Type4,Type5にまたがった。Type 5は遺伝的に雑種性を示しているので,ホソバオケ ラとシナオケラの雑種が存在していることが明らか となった19) 。 ITSの塩基配列を基に遺伝子鑑定されたホソバオ ケラ,シナオケラおよびそれらの雑種基原の蒼朮に ついて,テルペン4成分(1.elemol,2.hinesol,3. β-eudesmol,4.atractylon),アセチレン化合物5成分 (5.atractylodin,6.atractylodinol,7. acetylatractylodi-nol,8.3‐isovaleryloxy-tetradeca‐4,6,12‐triene‐8,10‐ diyne‐1,14‐diol,9.atractyloyne)全部で9成分を定 量し比較した。これら9成分の含量を主成分分析し た結果,雑種基原の蒼朮は,ホソバオケラおよびシ ナオケラ基原の蒼朮が示す変異の範囲の中におさ まった。すなわち,雑種基原の蒼朮も成分的には蒼 朮として使用して問題がないことが示された20) 。 このような研究結果が基になり,『第十六改正日 本薬局方』では蒼朮の基原植物としてはホソバオケ ラとシナオケラ以外にこれらの雑種も規定されるこ とになった2) (表2)。 2)学名の変更,併記 近年の動植物の分類学の分野において,生薬の基 原植物(動物)の学名が変更されているものがあっ た。『第十六改正日本薬局方』においても該当する 生薬の基原植物(動物)の学名が変更されている2) 。 例としてビャクジュツとブクリョウの場合をとりあ げる。

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ビャクジュツ 白朮の基原植物のひとつであるオ オバナオケラの学名について,『第十五改正日本薬 局方』では Atractylodes ovata De Candolle を用いて いたが16) ,『中華人民共和国薬典』では Atractylodes macrocephala Koidzumiを用いている10) 。どちらの 学名を使うのが正しいかを検討した。『日本薬局方』 がオオバナオケラの学名に Atractylodes ovata De Candolleを使用しているのは北村の見解が根拠と なっている21) 。その後の日本や中国の植物分類関係 の文献における Atractylodes ovataの扱いを見ると 以下のようになっている。 『新日本植物誌』22) :オケラ Atractylodes japonica

Koidz. ex Kitam.のシノニムとして Atractylis ovata Thunb. var. ternata Komar.をあげる。

『新牧野日本植物圖鑑』23)

:オケラの学名を

Atrac-tylis ovata Thunb.とする。 『Flora of Japan』24)

:オケラの学名を Atractylodes

ovata(Thunb.)DC.とする。 『中国植物誌』25)

:ホソバオケラ Atractylodes lancea (Thunb.)DC.のシノニムとして Atractylodes ovata

(Thunb.)DC.をあげる。Atractylodes macrocephala Koidz.のシノニムとしない。

Atractylodes ovataは Thunberg が Atractylis ovata として最初に発表し26) ,後に De Candolle が Atracty-lodesに属を移し新たに組み合わせたものである27) 。 学名は正確に書くと Atractylodes ovata(Thunb.)DC. となる。Thunberg による原記載およびタイプ標本 の写真を入手してオケラかオオバナオケラかを検討 した。その結果,原記載およびタイプ標本の写真か らは,本品がオケラかオオバナオケラかは明確に判 定することは非常に難しいということがわかった。 ただし頭花 の 大 き さ は オ ケ ラ に 類 似 し て い る。 『Flora of Japan』ではオケラの学名に Atractylodes

ovataをあてている24) 。

現在,日本において Atractylodes ovataがオオバ ナオケラであることを示す十分に根拠のある文献は ない。一方中国では,Atractylodes ovata はホソバオ ケラ Atractylodes lancea

のシノニムとされ,Atracty-lodes macrocephalaのシノニムと考えられていない。 オオバナオケラの学名に Atractylodes ovataをあて ることは局方調和の観点からも混乱をまねく原因に なる。 以上のことを考慮し,『第十六改正日本薬局方』 では,オオバナオケラの学名は Atractylodes

macro-cephala Koidzumiとし Atractylodes ovata De Candolle を併記することとされた2) (表2)。 ブクリョウ 『第十五改正日本薬局方』では,茯 苓の基原となるマツホドの学名には Poria cocos Wolfを用いていた16) 。しかしながら現在の菌学界 においては,マツホドは他の Poria とは子実体や胞 子などの形態に差異が認められ,別属の Wolfiporia に分類し学名は Wolfiporia cocos (Schweinitz) Ry-varden et Gilbertsonが与えられている28)

『第十六改正日本薬局方』では,マツホドの学名 は Wolfiporia cocos (Schweinitz) Ryvarden et Gilbert-sonに変更し,Poria cocos Wolf を併記することと された.ただし『日本薬局方』の慣習として基礎異 名の命名者の(Schweinitz)の部分は省略してある2) (表2)。 その他,『第十六改正日本薬局方』では,カンテ ン,コウボク,ゴシュユ,ショウマ,シンイ,チン ピ,ハチミツ,ビャクシ等の学名が変更された29) (表 2)。 5.日中薬局方の比較と課題 中国の伝統医学が日本に伝わり日本風に形を変え 漢方医学が成立したが,漢方で使用する生薬も多く は中国伝来のものを使用していた。しかし生薬の中 には日本国内にも類似のものがあることに気づき, それらを代用品として用いだした。そうしたものの 中には,中国伝来のものより日本産のもののほうが 日本人の体質にあって効果があり,漢方医の間では 好まれて用いられるようになったものもある。当帰 とか柴胡などはその例と言える。こうして日中間で 同名異物の生薬が多々見られるようになったと考え られる。韓国でも同様の生薬事情がある。例として は麦門冬や当帰などがあげられる。 現在の『日本薬局方』と『中華人民共和国薬典』 を比較すると基原種の規定に違いが見られるものが ある。両薬局方での基原植物の異同を詳しくみると 以下の3つに分けられる。①同じ生薬で基原植物が 異なる,②複数基原植物を含む場合,一部基原植物 が一致しない,③基原植物は同じでも学名表記が異 なる。 ①の例として,当帰,川!などは日中の薬局方で 近縁種であるが異なる植物が規定されている。②の 例として,升麻は日中の薬局方とも複数種規定され

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ているが,日本では中国で規定されていないサラシ ナショウマも含まれる。『日本薬局方』では白朮の 基原植物はオオバナオケラとオケラであるが,『中 華人民共和国薬典』ではオオバナオケラだけである。 ③の例として木香があげられる。同じ種に対して『日 本薬局方』では Saussurea lappa Clarke の学名を採 用し,『中華人民共和国薬典』では Aucklandia lappa Decne.を採用している(表3)。日中で生薬事情が 異なるため,両薬局方間で同一生薬については同一 基原に設定することは難しい。少なくとも学名表記 については双方とも IPNI の標準化に準拠すること が望まれる。 日中薬局方の調和の例として,以下のようなケー スもある。木通は『日本薬局方』ではアケビ科のア ケビ Akebia quinata Decaisne又はミツバアケビ A.

trifoliate Koidzumiを規定しているが,『中華人民共 和国薬典』では2005年改訂版までは関木通の基原植

物としてウマノスズクサ科のキダチウマノスズクサ

Aristolochia manshuriensis Kom.が規定されていた。 しかしキダチウマノスズクサには重篤な副作用があ ることが判明し,『中華人民共和国薬典』から削除 された経緯がある30) 。『中華人民共和国薬典』では 日本と同様にアケビ,ミツバアケビ又はその類縁種 が規定されるようになっている10)30) 。 最後に,西太平洋地域(日本,中国,韓国,ベト ナム,シンガポール,香港,オーストラリア)で生 薬の品質規格試験法の標準化を目指した薬局方調和 のプロジェクト(FHH : Western Pacific Regional Fo-rum for the Harmonization of Herbal Medicines)がす すんでいることも付記しておく。この中で各国薬局 方間での生薬の基原動植物の異同の比較もなされて いる31)

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文献 1)日経メディカル開発編集部:漢方薬使用実態・意識調 査2010.日経メディカル8月号別冊付録,pp.38‐39, 2010 2)厚生労働省:第十六改正日本薬局方.厚生労働省,東 京,2011 3)朝日新聞社編:週刊朝日百科植物の世界別冊付録,植 物用語集,植物分類表,p.8,朝日新聞社,東京,1993 4)原 襄:植物形態学.p.30,朝倉書店,東京,1994 5)李時珍原著,木村康一監修,新註校定:國譯本草綱目 第六冊,草部,pp.368‐371,春陽堂書店,東京,1979 6)御影雅幸,遠藤寛子:漢薬「釣藤鉤」の薬用部位に関 する史的考察.日本東洋医学雑誌 59:25‐34,2008 7)御影雅幸,遠藤寛子,香月茂樹,垣内信子:漢薬「釣 藤鉤」の薬用部位に関する史的考察(第2報).日本 東洋医学雑誌 59:279‐285,2008

8)Thunberg CP : Clematis trifoliate. Trans. Linn. Soc. Lon-don,2,337,1794

9)Koidzumi G : Akebia trifoliata. Bot. Mag. Tokyo 39,310, 1925 10)国家薬典委員会編:中華人民共和国薬典2010.中国医 薬科技出版社,北京,2010 11)大橋広好,永益英敏編:国際植物命名規約(ウィーン 規約)2006,日本語版.日本植物分類学会国際植物命 名規約邦訳委員会(翻訳).日本植物分類学会,上越, 2007

12)Brummitt RK, Powell CE eds. : Authors of Plant Names. Royal Botanic Gardens, Kew,1992

13)The Royal Botanic Gardens, Kew, The Harvard University Herbaria and Australian National Herbarium eds. : The In-ternational Plant Names Index (IPNI).

http : //www.ipni.org/ipni/plantnamesearchpage.do2012 14)寺林 進,酒井英二,近藤健児:日本薬局方収載生薬 の基原の確認(第2報)―日本薬局の学名表記と分類 学で用いる学名表記の比較―医薬品医療機器レギュラ トリーサイエンス,41(5),407‐418,2010 15)厚生省:第十三改正日本薬局方・第一追補.厚生省, 東京,1997 16)厚生労働省:第十五改正日本薬局方.厚生労働省,東 京,2006

17)Yamaji H, Kondo K, Miki E, Iketani H, Yamaguchi M, Takeda O : Discrimination of Xingren from Seeds of

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18)牧野文昌,近藤健児,余村かおり,菊地祐一,橋本和 則,武田修己:杏仁基原植物の成分分析パターンの比 較.J. Jpn. Bot.,84,350‐355,2009

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参照

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