大和っぱいモミモミ
おとぎばなし をよん だときには 、 そういうことはおこ ら ない ん だと 思 ったけど 、 いまはこ うしてそのま ん 中にい るん だ ! あたしのこと を 本に 書 くべき よ ね 、 そうですと も! だか ら 大きくなった ら、 あたしが 書 こうっと ︱ で も、 いま も おっきくはなって るん だ わ 6
序章
戦
艦
大
和夜襲
命
令
彼女の 目 前に 広 がってい る のは 、闇 だった 。 MAS の 内 側ほどではないが 、 怪 域 AnomalySea の影 響 に よ って 赤 が 混 じった 、赤暗 の 闇。 どう形 容 す る のがふさ わ しいだ ろ うか ? 彼女が 思 った時 、 その 心 中 を覗 き 見 たかの よ うに 提 督は 言 った 。 ﹁ ご 覧。ウサギ の穴だ ﹂ ああ 確 かに 、 この先に 待 ってい る のは 私 の 知ら ない 世 界だと 。 彼女は 思 った 。 しかし 、 その ウサギ の穴に 飛 び 込ん でしまったのな ら ば 、 その穴の中での体 験を姉妹 に 笑 っ て 聞 かせ る ことは 出 来ないだ ろ う 。 ﹁ さあ 。 いこう大 和﹂ 暗鬱 な る予感を抱 きなが らも。 彼女は 、 大 和 は 。己 の 提 督の 言葉 に 従 って 暗黒 へと 針路を と った 。 7﹁ どういうことだ ! 吾 妻!﹂ その男 、﹃提 督 ﹄井上三雲 は 声を荒ら げた 。 彼は 長躯 が 威 圧 感 ではなく 、安心感を与 え る たぐいの優しげな 風貌 の男だったが 、今 その 顔 は 凶相 と 言 って よ いほどに 引 き攣っていた 。 ﹁霧島! も う 一度 吾 妻 に打 電 だ !﹂ ﹁ は 、 はい !﹂ 答えたのは 、知的 な 美貌を備 えた ﹃艦娘﹄霧島 であ る。 常の 冷静 な態 度を保 てずにい る 彼女 は 、 展 開 した幻 装を通 して 、電信員妖精 へと 指 示 を飛 ばした 。 三雲ら二人 のい る 戦 艦︿霧島﹀夜 戦 艦 橋の 外 側は 、赤暗 い 闇 に 包 ま れ ていた 。 その異 様 な彩 り の 闇 そ れ自 体は 、 な んら おかしな も のではない 。 深 海 棲艦 の展 開 す る 怪 域 アノマリーシー 、 正 式名称﹃選択的透過 性 不可侵領域﹄ の 内 側お よ び影 響範囲内 は 、 常にどこかが ﹁赤 い ﹂。 8
そ れ は常時 夜間 怪 域 という特 殊 な怪 域 であって も、変わる ことが無かった 。 彼 ら が慌ててい る理 由は 、赤 い 闇 の 向 こう側にあった 。 そこには戦 艦 がいた 。 闇 の中でさえその 巨 大さが 分 か る、 否 。闇 という細 部 が 明ら かな ら ざ る情 景の中であ る か ら こそ 、 その 威容 がことさ ら際立 つ 、巨艦。 全 長263メートル。 全幅 38.9メートル。基準排 水 量64000トン。備 え る巨 砲は 四 十 五口径四 十六 センチ三連装 砲 三基 九 門。 戦 艦︿ 大 和﹀ であ る。 彼女は ガダルカナル島 への 艦 砲 射撃を おこなう役 目を担 った第六次挺 身艦隊 の 旗艦 であ り。 艦隊司令 であ る 吾 妻 甫 あ づ ま は じ め 提 督の乗 艦 で も あった 。 怪 域 影 響範囲を構築 す る 基 幹怪 域 M A S 、 Main Anomaly Sea での戦 闘を 終えたばか り の大 和 に 、 目立 った 損傷 は 見られ ない 。 その 頼も しさに 、 戦 艦 大 和を夜 戦に 投 入す る ことの危 険 性 を 主張していた 三雲も﹁ こ れ な ら ば 、ガダルカナル への 艦 砲 射撃も成功 す る﹂ と 安心 していた 。 つい 、 先ほどまでは 。 ﹁一 体どういうつ もり だ 、 吾 妻!﹂ 聞 こえ る はず も ない問いかけ を三雲 は繰 り返 した 。 彼が呼びかけてい る相 手は 、今︿ 大 和﹀ 夜 戦 艦 橋に在 り、 そしてその 瞬間 に も指揮 すべき第六次挺 身艦隊 か ら遠 ざか り つつあった 。 9
大 和 は 目的 地であ るガダルカナル島 への 針路を外れ、北方 に存在が 確認 さ れ てい る 別の MA S へと 進撃 しつつあった 。 ﹁今 の 連合艦隊 に 、寄り道を してい る 余 裕 は無い ん だぞ !﹂ 三雲 が 言 ってい る のは 、 無 論、 連合艦隊 G F のことではない 。 深 海 棲艦、 正 確 には ﹃ 海 洋害 獣 ﹄ の 駆除を行 う ﹃国際連合 決 議 に 基 づく海 上航路保 全 艦隊﹄ を、 ひどく無 理矢理 に略した 艦隊、 連 U 合 N 艦 C 隊 F のことであ る。 三雲 の 言葉通り、連合艦隊 は 切羽詰 まった 状 態にあった 。 連合艦隊 の 保有 す る艦艇、日 本 国内 では 便宜上﹁ 特 殊掃 海具 ﹂ とさ れ てい る、対深 海 棲艦 兵 装﹃艦娘﹄。 その 艦娘 の 船 体か ら燃料 弾 薬 にいた る 全て を構築 す る意識感応 物 質GFD、 Gift From Deepsea の 備蓄 が 連合艦隊 には 殆 ど 残 さ れ ていないのであった 。 おそ ら くは 、 こ れ が 最後 の機 会 のはずなのだ 、 と 三雲 は歯ぎし りを しなが ら思 った 。 怪 域境 界の 表面 に 描 き 出 さ れ た マーブルパターン か ら類推 す る に 、 この 出撃 で敵 基 幹 深 海 棲 艦、臨 時 名称﹃飛行 場 棲姫﹄を撃滅出 来なけ れ ば 、深 海 棲艦 は ガダルカナル に恒常怪 域を完成 させてしまうだ ろ う 。 も し も 恒常怪 域 の 設営を許 してしまったとして 、 その結 果起 こ る ことは 。 三雲 はそこで 思 索 を 打ち 切ら ざ るを得 なかった 。霧島 の 切羽詰 まった 叫 びが 耳 朶 を叩 いたか ら だ 。 10
﹁提 督 ! 大 和 の第 三 砲塔が 、 こち らを指向 しています !﹂ ﹁ な ん だと ! ? ﹂ 慌てて 、三雲 は 夜間双 眼 鏡を覗 きこ ん だ 。喉 の中で呻きが 転 が る。 双円型 に 切り取られ て 拡 大さ れ た 視 界の中 、霧島 の 言葉を肯定 す る情 景がそこにはあった 。 敵に 向 け られ てい る間 はこの 上 なく 頼も しい 巨 砲が 三門。ピタリ と ︿霧島﹀ に 狙 い を定め て いた 。 ︵ そ れ がお前の答えか !︶ 霧島 に繰 り返 し打 電 させた ﹁針路を 元に戻せ ﹂ という 三雲 の 言葉 に 対 す る返 答は 行動 で示さ れ た 。 おそ ら くは 、 こ れ以上言葉を重 ねた場 合 は 質量をも って 返 さ れる のだ ろ う 。 ﹁ どうさ れ ますか ?﹂ どうにか 冷静 な 声を取り 戻して問いかけ る霧島を、三雲 は 見 つ め返 した 。 暗闇 の中で 、 その整った 顔立 ちに浮かぶ 表情 は判然としない 。 しかし 、三雲 はそこか ら 決 意 を読み取 った 。 彼の 選択 に 、 全 力 で 応 えて み せ る という決 意を。 そ れ く ら いのことは 三雲 に も分 かった 。闇 の中で彼女の 顔を見る のは 、 何 も はじ め てではな いのだ 。 そしてつなが りを持 ってい る のは 立 場だけで も、身 体だけで も ない 。 三雲 は 今、選択を迫られ ていた 。 大 和 に 付 いて 行 くという 選択。 11
大 和 の 行動を、 戦 闘をも って止 める という 選択。 大 和を 無 視 して 、 目的 地 ガ ダ ル カ ナ ル へ 向 かうという 選択。 その 選択肢を 前にして 、三雲 は数 瞬目を つ むり、自分 たちの 置 か れ てい る状況を思 い 返 した 。 一ヶ月 前 。珊 瑚海で 生起 した怪 域 での戦 闘 に 連合艦隊 は 勝 利した 。軽 空 母 祥 鳳 が 沈没 したこ と を不吉 の前兆と 言 う 者も いたが 、 この 勝 利に より連合艦隊 は 豪州 におけ る 敵空 母 戦 力 の 撃滅 に 成功 した 。 こ れ に よ って 、豪州輸送路 は 開 か れ たと 思われ た 。 しかし 、 そ れ か ら二週間後、深 海 棲艦 は ガダルカナル島 に 侵 攻 。 常時 夜間 怪 域 という 、実際 の時 間 帯にかか わら ず 夜闇 に 包 ま れ た特 殊 な怪 域を 展 開 して 、連合艦隊 側の空 母 戦 力を封 じた 上 で恒常怪 域 の 設営を開始 した 。 恒常怪 域。現 在太平 洋 に存在す る そ れ は 、ハワイ の レッド・ジュピター ただ 一 つであ る。 現状、 そのたった 一 つの恒常怪 域 か ら生み出 さ れる深 海 棲艦を相 手に 、 連 U 合 N 艦 C 隊 F はどうにか 優位に戦 争を継続 しつつあ る。 しかし 、ガダルカナル にまで恒常怪 域 が 設営 さ れ てしまった ら どうか 。 そこか ら深 海 棲艦 が 、 ハワイ と 同規 模に 生み出 さ れ たとした ら。 12
三雲 は 、一 年 以上 前に 、 浜松に 対 しておこな われ た 艦 砲 射撃 の光景 を思 い 出 していた 。 そう だ 。 あ ん な も のは 、記憶 の中だけで十 分 だ 。 未来の 情 景になど 、 絶 対 にさせてはな ら ない 。 であ る な ら。 いま彼が 選 ぶべき 選択 は決ま り きっていた 。 も し もGFD の 備蓄 が 、 ことに特 殊 な GFD であ る高速修復 材があ れ ば 、 大 和 と共に 北方 の 基 幹怪 域 M A S に 向 かうという 選択も あっただ ろ う 。 そこで 勝 利 を おさ め、豪州 に 避難 してい るソロモン諸島臨 時政 府 の 承認を受 けて 設置 さ れ た ショートランド 前 線泊 地に戻 り、反復出撃を す る。 しかし 再出撃を す る に 足るGFDも、艦娘 の 船 体 を瞬 時に 修復 す る高速修復 剤 も、今 の ショ ートランド には 、 否 、人類 には 残 さ れ てはいない 。 ガダルカナル に 深 海 棲艦 が 襲 来した 直後 に横 須賀鎮守府 にて 原因不明 の 爆 発 事 故が 起 こって お り、備蓄 さ れ ていた GFD は 飛 散してしまったのだ 。出撃 前 、 どうにかかき 集め た GFDを 大 和 の 偽層空 間 ミ ミ ッ ク レ イ ヤ ー に 満載 して横 須賀 か ら駆 けつけた吾 妻 が 、 そ れを三雲 に教えていた 。 ︵ こ れ が 最後 の機 会 だと 言 ったのは 、 お前だ吾 妻。 時 間 と 資源 G F D が 許容 す る、最後 の ︶ そして 二 水戦と 四 よ 方 も 路 じ 君 の 犠 牲 を 無 駄 にしないた め に も、 と 三雲 は 胸 中で 続 けた 。 当 初、連合艦隊 の 上 位組織 ﹃ 海 洋害 獣 対 策 委員会﹄ は 、資源 の 消費を抑 え る意図 で 、巡洋艦 と 駆逐艦 か ら な る 水 雷 戦 隊 の みをガダルカナル 攻略に 出撃 させた 。 五度行われ たその攻 撃 は 、五度 と も 失敗した 。 13
常時 夜間 怪 域 という 、 その 名 の 通り、 常に 夜闇 に 包 ま れ た怪 域を甘 く 見 ていた結 果 であ る。 怪 域内 での戦 闘 は も と より その 狭 さ故に 、交 戦 距離 が 短 くな る傾向 にあった 。 そこに 闇 とい う 要 素が 加わ ったことに よる 影 響 は 、 海 洋害 獣 対 策 委員会、 お よ び 連 U 合 N 艦 C 隊 F の 予想を超 えてい た 。 艦娘 の 損害 は 、軽巡洋艦一駆逐艦五を喪 失 。喪 失にいた ら ずと も 大破して 使 い物にな ら ない 艦娘 が十 以上。 さ ら には 提 督 も一名、 命 を落 とした 。 こ れ は 艦娘実 用 化以 来の 約 半年 間、深 海 棲艦 との戦 闘 では 、わ ずかに 艦娘 十 隻程度 と 提 督 一 名 の 喪 失で優位に戦 闘を進め てきた 連 U 合 N 艦 C 隊 F にと り、信 じがたい 程 の大 損害 であった 。 とはいえ 、 水 雷 戦 隊 に よる成果 が全く無かった 訳 という わ けではない 。 特に神 通を旗艦 とした第 二 水 雷 戦 隊 主体の 五度目 の攻 勢 では 、 怪 域を構成 す るMAS での戦 闘を二回 乗 り越 えて 、ガダルカナル島 の 基 幹怪 域 への 接触 に 成功 してい る。 しかし 、 永久 泊 地 設営化を行 っていたと 見られる 分 類 棲 姫 カテゴリーノーブル 臨 時 名称﹃飛行 場 棲姫﹄ は 陸 地 と半 一 体 化 してお り、 水 雷 戦 隊 の主兵 装 であ る魚雷 は 封 じ られ、艦載 砲で 与 え られる損傷も た かがし れ ていた 為 に 、 第 五 次挺 身艦隊 は 撤退 した 。旗艦 神 通 と 提 督 四方路長治を 怪 域 の 内 側へ 、 否 、 怪 域 の 底 へと 残 して 。 三雲 たち第六次挺 身艦隊 は 、 その 犠 牲の 上 にあった 。 第 五 次までの攻 撃 で 、 敵が打ち 減ら さ れ たおかげで 、様々 な 情 報が 明ら かになったおかげで 、 14
三雲 たちはいま 、ガダルカナル基 幹怪 域を目 前とす る ことができてい る。 貴重 な大 型艦艇を夜 戦に 投 入す る こと を躊躇 す る 海 洋害 獣 対 策 委員会 が 、 吾 妻 の 進言を容れ て大 和を 含 む、 戦 艦 主体の 艦隊編成を許 したの も、 第 五 次までの 犠 牲があってこそだった 。 その 犠 牲 を 無 駄 にしないた め。 恒常怪 域 の 設営を阻 止す る た め に 三雲 が 採る べき 選択 決まっ ていた 。︵三雲 が 選択を す る立 場にあ る こと も また 、提 督死 亡 に よる混 乱という教 訓 に 依 って だった 。通 常 一 つの 艦隊 に 配 さ れる提 督は 一名 の み であ る︶ 三雲 は 胸 の 内 で 、自身 に 言 い 聞 かせた 。引 く わ けには 行 かない 。 そう 、 決まってい る。 決ま り きってい る のだ 。 血迷 ったとしか 思 えない 行動を と る 吾 妻を、提 督となって 以 来の年 若 い 友を。 大 和 という 貴 重 極ま り ない 艦娘を見 捨て る ことは 、 決ま り きってい る のだ 。 第 一 の 選択 は 採れ ない 。 時 間 と 資源 が 許 さない 。 第 二 の 選択も同様 だ 。 吾 妻 が 一 体いかな る意図 で 、 こち ら の 通信を 無 視 して 、北方MAS へ と 向 かってい る かは 分 か ら ないが 、 戦 闘 に よ って大 和 が 損傷を受 け れ ば 、 吾 妻も北方 へ 向 かう こと を断念 す る か も し れ ない 。 しかし 、 そ れ に 対 して吾 妻 が 応 戦した場 合 に 、霧島ら の 艦艇 が 受 け る であ ろ う 損傷 は 、 とて も許容 でき るも のではない 。 い や。損傷 で 済む のかどうか も 怪し い 。 な ら ば 。 第 三 の 選択 しか無い 。 大 和 と吾 妻を北方 に 向 か わ せ 、残 った 艦艇、︿霧島﹀を 含 む 15
五隻 で ガダルカナル島を覆 う 基 幹怪 域 へと 突 入 。障害を排除 し 艦 砲 射撃を 敢 行 す る。 決ま り きった答え を出 すのに 多 大な 苦痛を感 じなが ら。三雲 はしが らみを 振 り きって 口 にし た 。 ﹁ 第六次挺 身艦隊 の 指揮 はこ れより俺 が 取る。 大 和 の 行動 は無 視 し ろ。針路変わら ず 。真方 位 〇 八 五。 敵 泊 地に 突 入す る﹂ ﹁ はい 提 督 。私、霧島 は 提 督の決 断を 支 持 します ﹂ そっと 。三雲 の 腕 に手 を添 えて 。霧島 は 電信員妖精を操 作して 麾下 の 艦艇 へと 三雲 の 言葉を 伝 えた 。 同 時に 霧島 は 、 甲 板上 に 配置 さ れ た 見 張 員妖精 の 視覚情 報 も閲覧 していた 。 私 の 提 督に 、 こ ん な 選択を させ る な ん て 。今度会 った ら ただじ ゃ おきませ んよ。霧島 はそう 胸 中でごちて 、妖精 の 瞳 と メガネ の レンズ越 しに大 和を 睨 め つけた 。 そ ん な 霧島 の 思 い も、三雲 の 苦渋も我関 せずとばか り に 、 大 和 は 闇 の中 を静々 と 進み、や が て 仲間 たちの 視 界か ら消 えていった 。 16
一隻 の 巨艦 は 、北方 へと 消 えた 。 その 後ろ につづいていた 五隻 の 艦艇 は 、 東へと 進ん だ 。 彼 ら 彼女 ら は 針路を違 えた 。 第 二 次太平 洋 戦 争。 大海崩戦 争。 気 楽な戦 争 フ ァ ニ ー ウ ォ ー 。実 に 様々 な呼び 名 がつけ られ、世紀 が 移る ま で 一 つに 定 ま ら なかったその戦 争。も し も そ れ がひとつの物 語 であったな ら ば 、間違 いなく エ ンドロール に大きく 名 前が 載る であ ろ う 二人 の 提 督の 運 命は 、 この 瞬間 にこそ決したのか も し れ ない 。 17
ガダルカナル島を範囲内 におさ め た大 型 で特 殊 な 選択的透過 性 不可侵領域︵通称 常時 夜間 怪 域︶排除 におけ る国際連合 決 議 に 基 づく海 上航路保 全 艦隊︵通称UNCF︶ の 損害 報告 特 殊掃 海具 ︵通称艦娘︶ の 損害 喪 失 戦 艦 大 和 軽巡洋艦 神 通 駆逐艦 涼風 山 風 江 風 海 風 夕立 大破 戦 艦 比叡 重巡洋艦 衣 笠 摩 耶 軽巡洋艦 阿 武 隈 川内 駆逐艦 綾波 朧 初 春 子 日 満 潮 霞 陽炎 親 潮 早 潮 18
中破 重巡洋艦 古鷹 加古 青葉 鳥 海 軽巡洋艦 夕 張 天 龍 駆逐艦 黒 潮 小 破 戦 艦 霧島 損傷 なし 駆逐艦 雪風 怪 域内 作業 者︵通称提 督 ︶ の 被害 19
死 亡 吾 妻 甫 四方路長治 記録者 広 報 部広 報第 三課 鹿井靖 20
エメラルド の 都 は 一面 が ピカピカ と 輝 いてい る か らメガネを かけないことには 目 が潰 れ て しまうのさ ! 22
第
一章 C
の海
二〇一五 年 ミッドウェー 南東 沖。 そこには 陽 光 を反射 し キラキラ と 輝 く 凪 いだ水 面 が 広 がっていた 。も し も その光景 を額縁 の 中に 閉 じ 込める ことが 叶 うのな ら ば 平穏な海 Calm Sea という 題 の 名 画としてそのまま 通 用しそうな 美 し い景 色。 前 世紀、帝国を称 す る国 の 艦隊 が空 母四隻を 失い 、 そして 今世紀 に入ってか ら は 、 その 帝国 を 打ち破った 皆 の 衆 の 国 の 艦隊 が 壊滅 した 災 厄 の海 CalamitySea とはとて も思 えない光景だった 。 その平穏 を 破ったのは プラット・アンド・ホイットニーF135エンジン の 吐 き 出 す 騒音 と 、 その 騒音 と共に 生み出 さ れる推力 に よ って空 を征 く統 合 打 撃 戦 闘 機 F35C だった 。 F35C の コックピット に 座 した モーリス 大 尉 は JHMCS ジ ェ イ ヘ ミ ク ス 越 しにち らり と海 面を見や った 。 そ れ はほ ん の 一瞬 のことであ る。 彼 自身 の眼 球も、 その 視線 に 追随 した 動 体 センサーも、 異常 を 海 面 か ら見出 してはいなかった 。 異常 を知ら せてい る のは 、 機 能的 に 配置 さ れ た コンソール類 の中で唯 一、 とって 付 けた よ う に 鎮座 す る不 格好な機器の み であ る。 そこか ら必要 な 情 報 を読み取る と 、 彼は 母艦 への 通信を 23開 いた 。 ﹁ W V ワイバーン より L C レズリーコントロール 。目標 海 域 に到 達。GFD反応アクティブ。精査情 報 を転送 す る﹂ ﹃LCよりWV。事 前偵 察 と GFD反応 の 傾向 が 一致 した 。ブリーフィング通り だ 。パターン マゼンダ3。エッグノッグ の レンジ は 2﹂ ﹁WV了解。 こ れより目標 海 域を巡航 中の カイジュウ に 対 して エッグノッグを投擲 す る。レン ジ2﹂ パターンマゼンダ3 か 。モーリス 大 尉 は 唇を 歪 め なが ら思 った 。合衆国式 の カイジュウ分類 に よれ ば 、 軽 空 母ヌ級N型 カ サ ブ ラ ン カ ク ラ ス 二隻 に 随 伴 艦を加 えた 編成 のはずだった 。 。 ﹁君 の 瞳 に乾杯 ﹂ 小 さくつぶ や くと 、モーリス 大 尉 はこの半年く り返 した慣 れ た 動 きで 。対カイジュウ 振 動爆 雷﹃エッグノッグ﹄ の 投下操 作 を した 。 モーリス 大 尉 の 操 作に よ って 、F35C の 翼下パイロン に 固定 さ れ ていた エッグノッグ、 急 造 兵器であ るゆ えに 胴 体 内 兵器 倉 ウ ェ ポ ン ・ ベ イ に 収 ま ら なかった 巨 大な楕 円 形の兵 装、 が海に 向 かって 突 き 進み、 海中へと 姿を消 した 。 無 論、 その 様 子 をモーリス 大 尉 が 見る ことはできない 。快調 この 上 ない F35C の エンジン が 投下 地 点 か ら遠 く 離れ た空へと彼 を連れ去 っていたか ら だ 。 戦 果確認 のた め の 旋回動 作 を取り なが ら、面倒 なことだ 、 と モーリス 大 尉 は 思 った 。 そして 24
何 度も 繰 り返 したその 続 きについて 考 え る。 こ ん なのは統 合 打 撃 戦 闘 機た るF35C の 仕事 で はない 。対 潜 ヘリ な り、対 潜 哨戒 機な り に やら せ れ ばいいのだ 、 と 。 胸 中で 毒 づきなが らも、モーリス 大 尉 に も自分 と 自分 の 愛 機 、 そしてその 母艦 た る新鋭原 子 力 空 母ジェラルド・R・フォード にこの 任務 が 与 え られ てい る理 由は わ かってはいた 。 結局の所 、 示 威行為 なのだ 。 無 論、カイジュウ ど も に 対 してではない 。 第 二 次 MI 海戦で 壊 滅 した 合衆国 の海 軍力を 伺ってい るロシア、 中 国を始め とした 諸外国 に 対 しての も のだ 。 この 威容を見よ! 太平 洋艦隊 が 壊滅 してたった 二 年で 合衆国 はこ れ だけの 力を得 たのだ ! そう 喧伝 せ ん が 為 の 。 同 時に 今後合衆国 海 軍 の中核 を担 う ジェラルド・R・フォード級 と F35C に ﹁カイジュウ を退治 した兵器 ﹂ という 箔を付 けたいという 思惑 が 加わ って 、 この 盛 大な無 駄遣 いは 許容 さ れ てい る。エレメントを 組まず 、 単機 飛行を おこなうという 微妙 な ケチ臭 さ を漂わ せつつ 、 では あ る が 。 考 え よ うに よ っては 軍事力 の も っと も 健全な 使 い 方 か も し れ ないな 。モーリス 大 尉 がそ ん な こと を考 えたその時 、背後 で 巨 大な水 柱 があがった 。エッグノッグ が 炸裂 したのだ 。 25
第 二 次 MI 海戦で 合衆国 太平 洋艦隊 が手 も なく打ち破 られ、各国 の海 軍も また 、カイジュウ 共に 対 して無 力 であった 理 由 。 その 原因 は カイジュウ達 が 艦船 形態 を とった時に展 開 さ れる選択的透過 性 不可侵領域、通称 怪 域 AnomalySea と呼ば れる 特 殊 な 領域 にあった 。 この 領域 の 内 側 、 お よ びそこ を 中 心 にした 広 い 範囲 では 、 あ らゆる 物 理現象、 そして 人間 の 精 神に異常が発 生 す る。 さ ら に 不可侵領域 のその 名 が示す 通り、 あ らゆる 攻 撃 の 突 破 を許 さない 。 唯 一、カイジュウ達 が何 ら かの 基準 で 認め た も の 、わ か りや すいとこ ろ では 重力や 光 、 海流 といった も の 、 そして ﹃ 攻 撃 の 対象﹄ だけがその 内 側に 取り込 ま れる。 たとえ 最新鋭 の兵器が怪 域 の 内 側に 取り込 ま れ たとして も、 そ れら の兵器はまと も に 動 作せ ず 、 そしてそ れを操る べき 人員 は 、精 神に異常 を きたしてまと も に戦うことができない 。 外 側か ら反応 兵器 を ぶつけたとして も、 その破 壊力 は怪 域境 界 を突 破できない 。 そ ん な 、インチキ くさい 領域を操るカイジュウ達 に 対 して 、日 本が打ち 出 した 対 策は 、カイ ジュウ と 同様 の機 能を持 つ兵器 ﹃艦娘﹄ の 投 入であ り。 合衆国 が打ち 出 した 対 策は 、﹃カイジュウ が 艦船 形態 を取る 前に 撃 破す る﹄ という も のであ った 。 カイジュウ たちは 、拠点 か ら目標 の海 域 に 至る までの 道 中 、深度五 百か ら七 百 メートル の 深 26
海 を 大 型魚類程度 の大きさの 巡航 形態で 移動 す る。︵ その 深度 は 、 潜水 カ級 ガ ト ー ク ラ ス の 推定限 界 深度を 遥 かに 上回 っていた 。 戦 闘 形態であ る実艦 形態 よりも巡航 形態の 方 が優 れ た性 能を有 してい る というのは奇 妙 といえば奇 妙 な 話 だった ︶ 合衆国 は極 め て 精度 の 高 い GFDセンサー でそ れら深 海 を移動 す るカイジュウ ど もを補足 し 、 そして エッグノッグ と呼ば れる 兵器で 撃 破す る方式を編み出 した 。 エッグノッグ。対カイジュウ 振 動爆雷 は 取り立 てて 目新 しい 技術 が 使われ た も のではない 。 強 力 な水中 衝撃波を広範囲 に発 生 させ る というただそ れ だけの兵器だ 。も と も と 爆雷 という兵 器は 、 地 上 で用い る榴 弾が子弾 や 破片に よ って 巻 き 起 こす破 壊効果を 水中 衝撃波 に 肩代わり さ せてい るも のだか ら、 単に強 力 な 爆雷 と 言 ってしまって も良 いか も し れ ない 。 しかし 、 その 威力 は絶大だった 。 水中にい るも のは 良 くて ミンチ、悪 け れ ば チキンブロス と 化 してしまう 。爆 発 深度を 浅く 設 定 す れ ば水 上目標も 無 事 では 済 まない 。 第 二 次 MI 海戦で 沈没を まぬが れ た アーレイ・バーク 級ミサイル駆逐艦ジョン・ポール・ジョーンズを標的 とした 実験 で 、 その 威力 は 実証 さ れ てい た 。も う彼女が 再 び戦うことはない 。 マグロ か らイルカ程度 の大きさで 遊弋 し 、深度 千 メートル以上 の水圧に 耐 え る構造を持 つ 巡 27
航 形態の カイジュウを駆除 す る方法 として 、合衆国 海 軍 が 選ん だ 広範囲高威力 の水中 衝撃波 に よる 攻 撃 という手 法。 その正しさはこ れ まで 二 十九 回 の カイジュウ退治 に 出撃 した モーリス 大 尉 が 一 番 良 く 知 っていた 。 ﹁WVよりLC へ 。エッグノッグ が発 動 した 。 こち ら の センサー では GFD反応ネガティブ﹂ ﹃ こち らLC。確認 した 。GFD反応ネガティブ。よ く や ったぞ 。 こ れ で 君 の戦 果 は 三 十 個艦 隊を壊滅 させたことにな る な 。 帰 投 せ よ﹄ 決ま り きった 駆除 活 動 とはいえ 、 無 事 に終 わ ったことで 緊 張が 解 けたのか 、LC は 心持 ち 柔 ら かい 口調 になっていた 。 ﹁ あ り がとう LC。 とこ ろ で 、三 十 個艦隊壊滅 のお祝いということで 、一 つ 寄り道をゆる しち ゃ く れ ないか ?﹂ ﹃寄り道 だと ? WV。 まさか ハワイ旅行 にで も行 くつ もり か ?﹄ LC の 声 に 再 び 緊 張が 混 じった 。カイジュウ退治 に 駆り出 さ れるパイロット たちの 間 に 、ハ ワイ 攻略がいつまで も 発 動 さ れ ないことへの 不満 がたまってい る ことは よ く 知られ ていたか ら だ 。 ﹁ そいつは 魅力的 な 提 案だな LC。 だが 、カイジュウ ど も の 最後 の 泊 地には 皆 で 行 こう 。 なに 。 ち ょ いと 働 き 者 の 同盟国 に挨 拶を したい ん でね ﹂ ﹃WV。 あま り驚 かせてく れる な⋮⋮ オーケイ。我ら が 大統 領 の大 頭領 プ レ ジ ド ン ト オ ブ プ レ ジ デ ン ト か ら お 許 しがでたぞ 。 28
そ れ と 伝言 だ 。︽小 う る さい 引率 教師だが 置 いていくつ もり はあ る まいね ?︾ とのおおせだ ﹄ ﹁貴方 とじ ゃ なき ゃメリーゴーランド にだって乗 れ はしませ んよ! と 伝 えておいてく れ。 あ り がとう LC。ゲットバック・パールハーバー﹂ ﹁ お 早 いお帰 りを。WV。君 のお 仲間 が クラッカー の 紐を引 きたがって る。ゲットバック・パ ールハーバー﹂ 交信を 終えた モーリス 大 尉 は 、 東 を見 た 。 水平 線越 しに 見 え る のは 、今 はまだ 超 え る ことの できない 境 界に 覆われ た 合衆国 の 領土。 微妙 な グラデーション の 赤 い半 球状 の 見 た 目 か ら、レッド・ジュピター と も称 さ れる合衆国 五 十番 目 の 州 にして カイジュウ 共の 最後 の 泊 地であ る。 楽 園 の 西 では 、青 い空の元 、青 い海に白い ウェーキを引 きつつ 疾走 す る四隻 の 艦艇 があった 。 現代 の 艦艇を見 慣 れ た も のには 、 どこか細 長 く 感 じ る 全 長一二〇メートル 全幅 一〇メートル 基準排 水 量二〇〇〇トン の 船 体は 、三五ノット という 高速力を 発 揮 していた 。 合衆国 か らGFD反応感知 の 通 報 を受 けて 出撃 していた 連 U 合 N 艦 C 隊 F 第十八 駆逐隊 であ る。 29
その 艦 尾にはそ れ ぞ れ﹁ かげ ろ ふ ﹂﹁ まひかぜ ﹂﹁ なつかぜ ﹂﹁ はつかぜ ﹂ という 文 字が 黄 銅 版で ︵より 正 確 には 黄銅 版に 擬 態した GFD で ︶描 か れ てい る。 戦時には 外舷色 で塗 り つぶさ れ てしまう 艦名 が 残 さ れ てい る のは 、 敵であ る深 海 棲艦 に 対 し て 艦名を伏 せた所で無 意 味であ る ことと 、名 前 を記 しておかないと 提 督たちが 自身 の 担 当す る 艦 の 見分 けが 付 かないか ら であ る。 そ れら の 駆逐艦 の先 頭、旗艦︿陽炎﹀ の 羅針艦 橋の 脇 では 一人 の男が十 二センチ双 眼 望遠鏡 を覗 きこ ん でいた 。 彼は 誰 に 対 してで も 無くつぶ や く 。 ﹁ 終 わ った み たいだ ﹂ そ れ は 連 U 合 N 艦 C 隊 F 第十八 駆逐隊司令 の 芦馬 中佐であった 。身 にまとってい る のはかつての 連合 G F 艦隊 の第 三 種 軍装を 模した 淡緑色 の制 服 であ る。 彼が 見 たのは 巨 大な水 柱 が 上 が る 光景であ る。 そ れ が何 を意 味してい る のかなど問うまで も なく 明ら かだった 。対深 海 棲艦 兵器 、合衆国風 に 言 うのであ れ ば 対カイジュウ 兵器であ る とこ ろ の エッグノッグ が 炸裂 したのだった 。 今回 は 巡航艦隊 の発 見 が 遅れ たか ら 活 躍 の機 会 があ る か も し れ ないと 思 った ん だがな 、 と 芦 馬 は 力 なく 笑 おうとして 、自分を見 つ める視線 に 気 づいた 。 明る い 色 の 髪を した 愛ら しい 少 女 、﹃艦娘﹄陽炎 であ る。 溌 剌とした印 象 の強い彼女であったが 、今 は 憮 然とした 表情を 浮かべてい る。 紡が れ た 声色 30
も同様 だった 。 ﹁ そ ん なこと 貴方 がしなく も、 見 張 員妖精 ウォッチャーフェアリー と 私 がち ゃ あ ん と 見 て るわよ﹂ 芦馬 はその 裏 に ﹁私 のことが 信 用できないの ?﹂ という 言葉 が 隠 さ れ てい る こと を読み とっ た 。 ﹁ ああ 、 う ん。 まあ 、わ かってはい るん だがね ﹂ 芦馬 は 続 けて ﹁指揮官 としては 、出 来う る限り状況を自分 の 目 で 確認 しておきたい ん だ ﹂ と 返 そうとして 、口 ご もる。 理 由は 、合衆国 の パーフェクト・ビクトリー という決ま り きった 状況を自分 の 目 で 確認 した とこ ろ で 、一 体どうな る のだ ? という 疑 問が湧いてしまったのというのがひとつ 。 そ れ とひ とつは 、 全く恥ずかしい 話 であったが 、可愛ら しい 少 女に 見詰められ て ドキマギ してしまった のだ 。 ﹁ そ れ で 、 どうす る の ? このまま ハワイ にまで 行 くつ もり?﹂ 己 の 声 に 混 じった 険 に 、陽炎 は 自分 で も驚 いていた 。 ︵ ああ 私、嫌 な子になって る︶ 31
自覚 し 、自 制し よ うと 思 ったとこ ろ で 、芦馬 が 返事を した 。 ﹁ あ ー。 で も。 だが 。 まだ 。合衆国 か ら の 連 絡が⋮⋮ ﹂ 連 絡が 、 な ん なの ? と 続 き を促 そうとして 、 いけない 、 このままじ ゃ あまた トゲ のあ る口 調 になってしまうと 思 ったとこ ろ で 、電信員妖精 の元に ︿陽炎﹀ に発振 可能 なそ れより遥 かに 強 力 な 通信波 が届いた 。 ﹁ ち ょ うど太平 洋艦隊旗艦ジェラルド・R・フォード か ら 入 電 があった わ。﹃GFD反応ノ消 滅ヲ確認。駆除 活 動ハ完了。貴艦隊ノ 協 力ニ感謝ス﹄ ですって ﹂ 事務的 な報告 を口 に 出 来たこと を、陽炎 は何 者 か 、 おそ ら くは存在しないであ ろ う慈 悲深 い 神と やら、 に 感謝 したかった 。 提 督との 関係を いたず ら に 悪化 させ る の も、自分 が 嫌 な や つになっていくの を自覚 す る の も、 避 け る ことができた 。 ﹁ そう ? じ ゃ あ テキトー に 返信 しておいて よ﹂ ﹁わ かった わ﹂ 即 座 に 文 案 を 作 成 し 、電信員妖精 にそ れを 打たせた 陽炎 は 、芦馬 の 言葉 の 続 き を待 った 。 ﹁ ⋮⋮ ﹂ ﹁ ⋮⋮ ﹂ 吹きさ ら しの 艦 橋 脇。快 晴の空の も と 、二人 の 間 には 気 まずい 沈黙 が 漂 っていた 。 32
艦内 時 計 の 秒針 が 一 周す る の を、艦 橋 配置 の 妖精を通 して 知覚 したとこ ろ で 、陽炎 は 怒鳴 っ ていた 。 ﹁ そ れ で ! ? 戻 る の ? そ れ と も進む の ! ? ﹂ ﹁ あっ 、 ああ ! 全 艦回頭。泊 地へと帰 投 す る﹂ そう 言 って 、芦馬 はそそくさと 羅針艦 橋の中へと戻っていった 。 よ う や っと 提 督か ら意 味のあ る言葉を引 き 出 した 陽炎 は 、操舵員妖精を動 かして 舵を切り、 同 時に 艦隊回頭を あ らわ す 旗旒信号を あげさせ 、念 のた め に 電信も送 った 。 幾つ も の 処理を同 時にこなした 陽炎 は 、自己嫌悪も また 、同 時に 感 じていた 。 自分 の 苛立 ちが 、 単な る 八つ当た り にすぎないことが 分 かっていたか ら だ 。合衆国参 戦 以 来 の 、 無 為 の 日々 に 対 す る、 八つ当た り。 で も、芦馬提 督だって 悪 い 、 と 陽炎 は 自己弁護 した 。 彼が優 柔不断 な態 度 ばか り とってい る ことが 、陽炎 の 苛立 ち を増 してい る の も また 事実 だった 。 昔 の 提 督だった ら、 こうまで 陽炎 は 苛立 ちはしなかっただ ろ う 。 四方路提 督の所にいた時が 懐 かしいと 。陽炎 は 思 った 。 あの 人 は 艦娘を 単な る 兵器としか 見 ていなかったけ れ ど も、 兵器として 信頼 してく れ ていた し 、指 示 も的確 だった 。 あの 頃 は充 実 していた 。勇 敢な 司令。頼れる仲間。 そして 、倒 すべき敵 。 なに も か も が 揃 っ 33
ていた 。 今 は 、司令 はいない 。四方路提 督は ガダルカナル への第 五 次攻 撃 で神 通 と共に アイアンボト ムサウンド に 消 えた 。仲間達 はそ れ ぞ れ 穴のあいた 駆逐隊 に 編 入さ れ、 て ん でば ら ば ら。 そし て 倒 すべき敵は 。 陽炎 はそこで 一旦、追想を 打ち 切 った 。 複 数の 妖精 の 視覚聴覚情 報が空か ら 来 る 異 変を探知 していた 。 本来 、最も は や くそ れ に 気 づ くべき十 三号対 空 電探 の オシロスコープを覗 きこ ん でいた 電 測 員妖精 は 最後 まで 沈黙 したまま だった 。 異 変。 しかし敵ではない 。一瞬 の 緊 張 を解 くと 同 時に 胸 中に 不快感を うず め かせて 陽炎 は空 を見 た 。 通 常 よりも ずっと低く 飛 ぶ 合衆国軍 の戦 闘 機 、 彼女の 記憶 にあ る かつての 合衆国 機とは似て も 似つかぬ 鋭角的 で 巨 大な 姿。F35C が バンクを 振って 、 そして 飛 び 去 った 。 挨 拶を さ れ たのか 。 嘲 笑われ たのか 。 後者 だと 断 じて 、陽炎 は も うっ 、 と地 団駄を踏ん だ 。 ち らり と 。芦馬 がこち らを見る のが 艦 橋 配置 の 妖精 か ら の 視覚情 報で 分 かったが 、気 にす る つ もり はなかった 。 倒 すべき敵は 、も ういない 。 この半年 。合衆国 海 軍 が 撃 ち 漏ら した場 合 に 備 えての 保険 とし 34
ての 出撃 しかしていない 。 そして 合衆国 の 仕事 はいつ も完璧 だった 。 GFD反応 の 規 模か ら、 敵の 巡航艦隊 が 軽 空 母を 含 む有力 な も のであ る ことは わ か り きって い る のに 、保険 とは 言 え 駆逐隊一 つしか 送り こ ん でいない所に 、日 本の海 洋害 獣 対 策 委員会、 お よ び 連 U 合 N 艦 C 隊 F の 信頼 と 諦め が 見 て 取れ た 。 蒼 天 を 眺 め なが ら陽炎 は 嘆 いた 。 ただ 泊 地と海 域 との 間を往復 して 、 戦い も しないで 、一 体何の 艦娘 か ? 私達 は 、 戦うた め に 造られ たというのに 。 嗚 呼 忌 ま わ しき ガダルカナル。 あの 頃 か ら すべてが 変わ ってしまった 。 嗚 呼い や しかし ガダルカナル。 あの 過去 に 比 せばまだましか も し れ ない 。 陽炎 に 怒鳴り つけ られ て 。芦馬 が 双 眼 望遠鏡を離れる と 、 そこには 黒 い 人型 の モヤ が 現れ た 。 妖精 か 。 そう 言 うにはあま り に もオドロオドロ しい 姿 だなと 芦馬 は 思 った 。 日 本が 世 界に先 駆 けて 実 用 化 した 対深 海 棲艦 兵器 ﹃艦娘﹄。 ほ ん の偶然か ら鹵 獲に 成功 した 深 海 棲艦駆逐イ級を解析 して 生み出 さ れ たと ﹃ さ れる﹄ そ れ は 、深 海 棲艦 と 同様 に GFD に よ って 船 体 を構築 し 、 そして 自身も 怪 域を 展 開 す る ことで怪 域 内 への 突 入が 可能 な唯 一 の兵器であ る。 35
そして 構築 さ れ た 艦船 の 操 作は ﹃妖精﹄ と呼ば れる 存在に よ っておこな われる。人型 の 黒 い モヤ の よ うな 姿を した ﹃妖精﹄ は 、 機 関、 兵 装 の 操 作 、 測 距や 索敵 、ダメージコントロールを 人間 の よ うに 感情や 体 調 に 左右 さ れる ことなく 完璧 に 遂行 す る。 そしてそ れら妖精 か ら送られ てく る情 報 を 並 列処理 し 、 かつ 指 示 を出 す役割 を担 ってい る の が 見目麗 しき 少 女の 姿を した ﹃艦娘﹄ であ る。︵GFD で 構築 さ れ た 艦船 とそ れを操 作す る妖 精、妖精を管理 す る少 女 を 含 め た 対深 海 棲艦 兵器その も の を艦娘 と呼ぶのか 、 そ れ と も少 女の みを艦娘 と呼ぶのか 。 この用 語 の 混 乱は 解消 す る ことなく 、文脈 か ら理解 す る必要 があった ︶ 艦船 形態 を と り、妖精 たち を指揮 す る際、艦娘 は幻 装 と呼ば れる艦 の 艤装を 模した器 官を身 にまとう 。 その 名 の 通り、 幻の 装備 であ る そ れ は 、 怪 談 に 出 てく る亡霊 の よ うに 、見る ことは 出 来 れ ど も触れる ことはできない ︵ こ れ は 妖精も同様 であ る︶。 しかしこの幻 装 という器 官を 展 開 して い る間 の み、艦娘 は極 め て 高度 な並 列処理 機 能を 発 揮 す る ことが 出 来 る のだった 。 代わり に 、艦 が 損傷を負 った時には幻 装、酷 い時には 艦娘自身 の 身 体 も、 は 傷 つき 、艦娘 は 損傷度合 いに 応 じた 痛みを感 じ る。 美 しく 雄々 しき 妖精 たちの女 王。 そ れ が 艦娘 であった 。 芦馬 は 茫洋 と海 を 眺 め てい るよ うに 見 え る陽炎を視 界の 隅 に 収め なが ら思 った 。ティターニ ア にたとえ る には 、少 しばか り可愛ら しすぎ る なと 。 36
しかしその 可愛ら しい 少 女は 、今 この 瞬間 に も 数百の 妖精 たちか らも た ら さ られる情 報 を 全 く 混 乱す る ことなく 処理 し 続 けてい る。 陽炎を見 て 。芦馬 は 過去を思 い 出 していた 。 そ れ はまだ 芦馬 が 連合艦隊 に スカウト さ れ たば か り の 頃。 怪 域内 作業 者講習 に 、 たまたま 訪れ た 井上三雲 の 言葉 だった 。﹁ どうして 艦娘 は 娘 であ る必要 があ る のか ?﹂ 兵器に 人 格など 必要 ないのではないか 。 そう問うた 芦馬 に 三雲 はこ う答えた 。﹁艦船を 形 成 す るGFD、ロマンチックマテリアル な ん ていう 名 前 も あ る が 、 まあ その 皮肉 な 名 前の物 質 のせいだ よ。自分 は 望月 であ る。自分 は 伊 八 号 潜水 艦 であ る。自分 は 巻 雲 であ る。 そ ん な 意識 に 反応 して 、GFD は 一 つ形 を成 す 。 だか ら必要 だった ん だ よ。 無 意識 アンコンシャ の海 ス シ ー か ら引 き 上 げ られ たあの 哀れ な子たちは ﹂ 哀れ な子たち 。 その 言葉 の 意 味 を、芦馬 は 今 で も考 え る ことがあ る。後 に 、国民 に 対 して 明 ら かとさ れ た 艦娘 の由来は 、三雲 が 口 にした も のとは異なっていた 。 だが 艦娘 と 、陽炎 と 接 し て 芦馬 は 確信 していた 。三雲 の 言葉 こそが 真実 に 近 いのだと 。 哀れ な子たち 。 そ ん な 娘達 のた め に 芦馬 がして やれる こと 。 そ れ は 一緒 に命 を賭 けて やる こ とく ら いなのではないか 。 彼はそう 思 っていた 。 そう 思 っていたか ら こそ 、現状 で 陽炎 と共にあ る ことに 、 なにか 後ろめ たさ を覚 えてい る の だった 。 命の 一 つ も 張 れ ないで 、一 体何の 提 督か ? ただの メッセンジャーボーイ が恥ずかしげ も な 37
くなぜ 提 督 を名 乗 れよ うか 。 そ れ で態 度 が優 柔不断 にな り、陽炎 に 嫌われ ていたのでは 、 全く 話 にな ら ないな 、 と 。芦馬 が 自 嘲したとき 。 空か ら轟音 が 響 いた 。 低空 を飛行 す るF35C が バンクを降 っていた 。 大した も のだ 、 と 芦馬 は 思 った 。 深 海 棲艦出現 とと も に 、メッキ がほと ん ど剥げていた パクスアメリカーナ は 完 全に 消滅 した も のと 思 った ん だがな 。 深 海 棲艦 戦 争勃 発 以 来の 合衆国 の 国際的 な地位の 転落 ぶ り には 目を覆 いたくな るよ うな も の があった 。 瞬 く 間 に 五 十番 目 の 州 ハ ワ イ を 奪 われ、 太平 洋艦隊 は ミッドウェー で 壊滅 し 、安 全 保障 のた め と 世 界中に 配置 さ れ ていた米 軍 は 深 海 棲艦 に 対 してな んら なすことがなかった 。 そ れ で も はじ め のうちは 、非難 の 目 が 合衆国 に 向 くことは無かった 。 各国 はなに よりも まず海 上封鎖 さ れ た 自国 の危機 を どうにかす る のに 必 死であったし 、深 海 棲艦 に 対 して無 力 であ る のは何 も合衆国 だけの 話 では無かったか ら だ 。 だが 日 本が 有効 な 対深 海 棲艦 兵器た る艦娘 の 開 発に 成功 してか ら は 事情 が 変わ った 。 艦娘を実 用 化 し 、 浦 賀 水 道を遊弋 していた 駆逐イ級を撃沈 したこと を皮切り にして 、自国領 38
海の 深 海 棲艦を一掃 した 日 本は 、 そ れ まで全く 実効力を持 ってなかった 国連 決 議 第 七一三三号 ﹃ 海 上航路を脅 かす海 洋害 獣に 対 す る国際 条 約﹄ に 基 づいて 、今度 は 自国 への 輸送路 の正常 化、 制海権の奪 還 に乗 り出 した 。 バシー、マラッカ に 出撃 して 深 海 棲艦を駆逐 し 、オイルフロー の流 れを一部 正常 化 させた 日 本は 、 その 段階 で 艦娘関連技術を﹃独自 の 基準 で 信頼 でき る と判 断 した ﹄国 へと 提供 した 。 具体 的 には 英独仏伊 の 四カ国 と 、最有力 の 同盟国 た る合衆国 であ る。 この 五カ国 に 限定 さ れ た 理 由はいくつかあ る が 、 かつて 超 弩 級 戦 艦を建造運 用していたのが こ れら の 国 の み であったか ら であ る。︵ かつて 超 弩 級 戦 艦を自力 で 建造可能 な 国 は 現 在の核兵 器 保有国よりも少 なかった ︶ ただ 、 かつての 有力 な海 軍国 の中で 、 唯 一ロシア に 対 す る艦娘関連技術引 き渡しだけは 見送 られ た 。 前大戦 後長ら く 最 大の 仮想 敵 国 であったこと や、パイプライン 偽 装爆 破 事件 などに 見られる 石油独 占の 動 き 、 そ れ に伴う欧 州各国 との 緊 張の 高 ま り などがその 理 由であ る。 しかし第六 駆逐隊亡 命 事件︵ 正 確 には江 頭提 督 亡 命未 遂事件︶ に より、 結 果 として ロシアも 艦娘 の 実 用 化 に 成功 してい る。 閑話休題。日 本か ら の 艦娘関連技術提供を受 けてまず ドイツ、続 いて 英国 が 艦娘 の 実 用 化 に 成功 した 。 39
英独 共 同艦隊 が デンマーク 海 峡 での海戦に 勝 利した 際 の戦 艦ビスマルク と 巡洋 戦 艦フッド が 並 走 す る 映 像 は 世 界中で繰 り返 し放映さ れ、多 くの 人々 にこの戦 争 の流 れ が 変わ ったこと を 印 象 づけた 。 無 論、 戦 闘 中の怪 域内 での 撮 影などできないので 、 こ れ は 宣伝 用に 撮られ た も のであったが 、 その 効果 は絶大であった 。深 海 棲艦 に 対 す る 無 力感 にと らわれ ていた 人々 にとって 、古め かし くあって も﹁ いかに も 強そうな ﹂ 戦 艦 が海 を征 く 姿 は 例 え よ う も なく 頼も しく映った 。 この デンマーク 海 峡 海戦 を皮切り に 、英独 共 同艦隊 は欧 州 の制海権 を取り 戻していった 。 こ れ に フランス、イタリア の 艦娘 が 加わり、スエズ、ポスポラス、バブエルマンダーブ とい った海 上航路要衝 の 安 全 を確保 して ゆ き 、オイルフローを はじ め とした 輸送路 の正常 化 は急 速 に 進ん だ 。 そして欧 州 の海の 安 全がほぼ 確保 さ れ てか ら は 、 欧 州艦隊 か ら抽出 さ れ た戦 力 は 、トリンコ マリー に 建設 さ れ た 泊 地 を拠点 にして インド洋 の制海権の 確保、 特に ホルムズ、マラッカ 海 峡 を通過 す る艦船 の 安 全 確保 に 務め てい る。 こ れら 欧 州各国 に 対 して 。合衆国 はいつまで経って も艦娘 の 実 用 化 ができなかった 。 そしてついには 日 本に 対 し 、金 剛 型 戦 艦四隻を はじ め とす る艦娘 の 実 物 供与を要 求す る始 末 であった 。 こ れ には海 洋害 獣 対 策 委員 とその 下部 組織た る﹃通称﹄連合艦隊、 お よ び 与 党の 一部 か ら 強 40
い 反 発があった 。 連 U 合 N 艦 C 隊 F としては 、非 常に 使 いでのあ る高速 戦 艦を取り上 げ られる ことは 許 しがたい 痛 手で あったし 、与 党の 一部 は ﹁ こ れ は 合衆国 が 日 本の 艦娘 戦 力を 削ぐた め におこなった策 謀 であ る﹂ と 断 じた 。 だが 、 太平 洋 地 域 におけ る 唯 一 の 艦娘保有国 という 責務 と 重 圧 ︵ 主に アジア諸国 か ら の 艦娘 関連技術独 占に 対 す る 批判 ︶ か ら の 解 放 を望ん でいた 日 本政 府 は 合衆国 に 対 す る金 剛 型 の 供与 を 決 定 した 。 そ れ で も なお 。合衆国 は 艦娘を実 用 化 できなかった 。 海 上自衛隊 の 沖縄突 入作戦時におけ る、 在 日合衆国軍 の献 身を理 由として 、 そ れ まで 日 本で は 比較的親 米 感情 が強かったが 、 この時ばか り はいつまで経って も対深 海 棲艦 戦 争 に 参加 し よ うとしない 合衆国 に 対 す る非難 が噴 出 した 。 しかし 世 界中の 誰よりも憤 っていたのは 、他 な ら ぬ 合衆国国民 であった 。 衰 えたといえど も、フロンティアスピリッツ あふ れる開拓者 の子孫たちは 、自ら が票 を投 じ た政 府 の無 能 と弱 腰を詰 った 。 各 地で デモ が発 生 し 、 そ れ は 暴動 にまで発展した 。 大統 領 は弾 劾裁 判で 退任 に 追 い やられ、 合衆国 では第 二 次 世 界大戦 、 い や あ る いは南 北 戦 争以 来の 巨 大な 混 乱が発 生 していた 。 そ ん な 合衆国 で 深 海 棲艦 戦 争開 戦 以 来 三人目 の大統 領 となったのが 、ジョン・H・エデン氏 41
であった 。 彼の就 任演説 で 叫 ば れ た 言葉﹁ゲットバック・パールハーバー!﹂ そして次 々 と打ち 出 さ れ るカイジュウ への 対抗 策 。混 乱し停 滞 した景 気状況 の中 、予定を 前 倒 しして就役す る新鋭 兵器 群。ハワイを除 く 領 海か らカイジュウ 共 を ままたくまに 駆逐 して 見 せたその手 腕。 ゲットバック・パールハーバー の 叫 びは 合衆国を包ん でいた 狂 乱 を熱狂 へと 変 えた 。 合衆国 は ルーズベルト以 来の強 力 な戦 争指導者を得 たのだ 。 対 して 。艦娘を 用いていた 各国 は 、 戦場 を 失った 。 深 海 棲艦 が怪 域を 展 開 してか ら、最 大で も三 十 ノット程度 の 速力 で 駆 けつけて海戦 を おこな う 日 本 方式よりも、高精度 の GFDセンサー で 巡航 形態の 深 海 棲艦を補足撃滅 す る 合衆国方式 ガ バ メ ン ト ス タ イ ル の 方 が 遥 かに 損害 が 少 なく 、 また 確実 であったか ら であ る。 ただ 、合衆国方式 に も 弱 点 はあった 。哨戒 機で常に海中 を探査 し 、 空 母 あ る いは 各 地の 基 地 か らエッグノッグ 水中振 動爆雷 搭 載 機 を飛 ばすのには 、莫 大な 費 用が 必要 であった 。 対 して 艦娘 は 通 常兵器の 運 用 よりも は る かに経 済的 であった 。必要 とさ れる資 材 、GFD は 、 四 種 同定法 に よ って種 類を同定 す る必要 こそあったが 、深 海 棲艦 の 残骸や その 泊 地の 後 か ら回 収 さ れる分 で 賄 うことができ 、 また 再 利用 も可能 だったか ら だ 。 だか ら こそ 各国 は 合衆国 に 深 海 棲艦 との戦い をバトンタッチ した 。国民 の圧 倒的 支 持 に より、 望ん で散 財を してく れ てい る のだ 。 なぜそ れを 止 める必要 があ ろ う ? ︵合衆国 の経 済 が崩 壊 42
した ら どうす る のか 、 という 意見を口 にす る者も いたが 、悲 しいかなほと ん ど無 視 さ れ ていた ︶ ﹁ 大した 国 だ ﹂ 芦馬 はすさまじい 速度 で 離れ て ゆ く F35Cを 眺 め つつ 、胸 中の 言葉を口 に 出 した 。 そこに は 、多分 に 粘 ついた も のが 混 じってい る。 ただ 意 地のた め だけに 、 あ れ だけの戦 力を 次 々 と 投 入でき る。 い や、意 地故にだ ろ うか ? 現 在 艦娘保有各国 は 、合衆国方式 が 通 用しない唯 一最後 の敵 拠点、 常時怪 域 が展 開 さ れ た 合 衆国領ハワイ 攻略作戦の 準備 に 注力 していた 。 すでに 名 前まで決まってい る﹁GP 作戦 ﹂ であ る。 そ れ は 日 本が 保有 す る艦娘 と太平 洋 に 集 結してい る英独 の 艦娘 がい れ ば 、 すぐにで も 発 動可 能 と み なさ れ ていた 。 そ れ が 保 留さ れ てい る の も、や は り合衆国 が 原因 だった 。 彼 ら は 自分 たちの手で ハワイを取 り 戻したがってい る。 ﹁ 本当に 、 大した 国 だ ﹂ ドダン、 という 音 がした 。陽炎 が地 団駄を踏ん でいた 。 そ れ はま る で 芦馬 の 胸 中 を代弁 して く れ たかの よ うだった 。 43
死 ん だ ら、埋め て 下 さい 。 大きな 真珠貝 で穴 を掘 って 。 そうして天か ら落 ち る星 の破片 を 墓標 に 置 いて 下 さい 。 そうして 墓 の 傍 に 待 って 下 さい 。 また 逢 いに来ますか ら 46
第
二章 CRYING
彼女にとって 最初 の 記憶 は 、最期 の 記憶 だった 。 聞 いた 話 に よれ ば 、 そ れ は彼女に 限 ったことではないという 。 艦娘 の 記憶 は 進 う 水 ま し れ て て か ら 沈 し む ぬ まで ︵ あ る い幸 運 に も 解 体さ れる て ん じ ゅ を む か え る まで ︶ が時の流 れ に 沿 って 在 る のではなく 、 その元となった 艦 にとっての 最も鮮烈 な る 時 を土台 に 成り立 ってい る。 ほと ん どの 艦娘 にとってそ れ は 、沈む その 瞬間 であった 。 左舷 か ら 流 れ込む 大 量 の海水 。被 弾に よる 火災で 誘爆 す る 砲塔 。 大きく 傾斜 す る船 体 。 そし て 、転覆 して 、巻 き 起 こ る巨 大な 爆 発 。 空 を飛 び 合 う白い 星を つけた 航 空機 。 そ れ が 落 としてく る 無数の 爆 弾 、魚雷。 空に打ち 上 げ られる 幾条 も の火 線。 弾丸が 炸裂 した煙 。 甲 板をジャラジャラ と流 れ落 ち る 空 薬莢 の 音。900ポンド爆 弾の破片で 身を切り 刻ま れる 機 銃員 の絶 叫。指 示 棒 で敵機 を指 し示す 士官 の 声。艦 橋で 指揮を と る指揮官 の 声。 なに よりも。 渾 身を以 って彼女 を造り上 げた 者達 の 想 い 。 無 為 に 過 ごす彼女 を見 つ める者 の 想 い 。悲壮 な る 決 意 で彼女と共に無 望 の海へ 征 か ん とす る 男たちの 想 い 。 彼女 を送り出 す男た ちの 想 い 。 47そしてあ る いは 。航 空機か ら 彼女 を見 た 移民 の子孫たちが 抱 いた 想 い 。 彼女が 沈ん だこと を 告げ られ た属す る国 の異な る 男たちの 想 い 。 加 え る な ら ば 。 彼女という存在 を知ら さ れ た 後世 の 人々 の 想 い 。も し も 彼女が 、 という夢 想 を 捨てき れ ぬ無数の 少 年たちの 想 い 。 彼女 を最 強と 称 え る者 の 想 い 。 彼女さえいなけ れ ばと 憤 る者達 の 想 い 。 彼女 を 無 駄 と 断 じた 者 の 想 い 。 さ ら にあ る いは 。有り得 なかった も し も の物 語、 欧 州を征 く彼女 、赤 い 日 本と 対峙 す る 彼女 、 宇宙を翔 け る 彼女 、 そ ん な彼女の も し もを観 た も のたちの 想 いす ら。 深 い 深 い無 意識 の海のそこで 混 ざ り合 い 、 そして結晶 化 した も のが 、 彼女の 記憶。 彼女の 人 格 。 彼女の 船 体 から だ を 形作った 。 彼女は 、 怯えていた 。 無 駄 無用無 益 と 断 じ られる のではないかと 。 彼女は 、望ん でいた 。 強 力 強大強 烈 な る力を 振 る いたいと 。 彼女は 、 飢 かつ えていた 。 どうか 、 どうか 、 どうか 私 の 力を、 どうか 私を、必要 として 下 さいと 。 目を見開 いて 、 彼女が 最初 に 見 たのは 、笑顔 だった 。 嬉 しくて 嬉 しくてたま ら ないという 風 な 、心 の 底 か ら 彼女との 出会 い を 歓 迎 す る、笑顔。 ﹁ 大 和。 ずっと 君 に 、会 いたかった 。君 が 必要 だ ﹂ 48
ハワイ 恒常怪 域、通称レッド・ジュピター の周 りを衛星 のごとく周 回 す る艦隊 があった 。 原 子 力 空 母ジェラルド・R・フォード とその 護衛艦 か ら な る合衆国 太平 洋艦隊 であ る。 人類 か ら 制海権 を 奪い 取 った海 洋害 獣たち 、深 海 棲艦 は 合衆国方式 ガ バ メ ン ト ス タ イ ル の 確立以 来 、 その活 動域 を 大いに 狭め、今やハワイ とその周 囲、イオライン、ガニメデライン の 内 側の みを庭 としてい た 。 庭 か ら 伸び る枝 先 を刈り取る 役 目を担 う ジェラルド・R・フォード。 その 艦 ア 橋 イ 構 ラ 造 ン 物 ド か ら は 、 カイジュウ退治 に 赴 か ん とす る 統 合 打 撃 戦 闘 機 F35C が発 艦 す る様 子が 見 えた 。 ﹁頼も しき 我 が 合衆国 の 最新鋭 兵器と 、世 界でただ 一箇 所にしか無い 恒 常 怪 域 レッド・ジュピター を拝見 でき る な ん て 、 こ れ で給 料を貰 ってい る のが申し 訳 ないな 。 こち ら が 見 物 料を 払いたい 気分 だ よ﹂ 冗談を飛 ばす太平 洋艦隊司令官 と 、自身 が 見る べき 情 報か ら目を逸ら さずに 笑みを零 す オペ レーター たち 。 その中にあって唯 一固 い 表情を した男がいた 。 彼は 艦 橋の中で唯 一 の 民間人 で も あった 。 雑誌記者ハーシー・ミーズ氏 であ る。 彼がい れ ばこそ 、司令官 たちは種 々 の 情 報があつま り、 かつ も っと も安 全 度 の 高 い CIC で はなく 、艦 橋に 陣取 っていた 。CIC とは 軍事 機 密 の塊なのだ 。 ﹁ ああ 、 すま ん。君 の前で無神経だったな ﹂ 49
﹁ お 気 になさ ら ないで 下 さい 。 ⋮⋮ 少 し 、感 慨に浸っていた も のですか ら﹂ ミーズも かつては 合衆国 海 軍 の 一員 であった 。 そ れ が 現 在 雑誌記者を してい る理 由は 、 彼が 海 軍士官 として 過 ごした 最後 の年に ミッドウェー にいたか ら であった 。 彼は 合衆国 太平 洋艦隊 が 壊滅 した第 二 次 ミッドウェー 海戦 、 その 生 き 残り であった 。軍務 の 続行 が 不可能 なほどの 心理的外傷を負 い 、 どうにか 立 ち 直 って 雑誌記者 としての第 二 の 生を 歩 み始め たはずの彼 。 そ ん な彼が 再 び戦 闘艦艇 の 上 にい る のは 、合衆国 大統 領、ジョン・H・エデン氏 の 要請 に よ るも のだった 。壊滅 した太平 洋艦隊 の 生 き 残り が 、新 しい太平 洋艦隊 の活 躍を記事 にす る とい う 、 つま り は プロパガンダ のた め に 。 ﹁ ただ 、 この海で 、 あの 赤 い木 星 レ ッ ド ジ ュ ピ タ ー を見る と や は り どうに も落 ち着きませ んよ﹂ ﹁君 は 提 督 適 正 アドミラルアカウント を持 ってい るん だったね 。日 本 や 欧 州 の 連 中 み たいに 艦 F 娘 G を率 いてあそこに 殴り こ み たいという 思 い も あ るん じ ゃ ないのかい ?﹂ どうだ ろ うか 、ミーズ は 思 った 。 周 り の 者達 が 狂気 に 陥り、 強 力 無 比 であ る はずの 艦隊 が 為 す 術 なく砲 撃やレシプロ 機並 み の 運動 性の 航 空機に 沈められ ていく 様を ただただ 見 てい る こと しかできなかった 。 その無 力感を拭 い 去り たい 思 いは 確 かに彼の中には存在した 。 ﹁私も 大統 領 と 同意見 です よ。有効 だか ら といって 原理も分 か ら ぬ カイジュウ 共の 親戚を使 う 気 にはな れ ませ ん﹂ 50
どうに も自分 は先 程 か ら 場の空 気を冷や してい る な 、 と 思 った ミーズ は 、笑 って 付 け 加 えた 。 ﹁ まあ ! あの 赤 い木 星 が ワントゥスリー で 自 由の女神の よ うに 消 えてく れ た ら な ら、私もブ ラヴォー と 叫ん であ らん限り の 小銭を投 げたい 気分 ですがね ﹂ ﹁君 の 冗談も たいがい 笑 え んよ! 自 由の女神は本当に吹き 飛 ばさ れ てしまったのだか ら ね !﹂ 言葉 に 反 して呵 々 と大 笑 して み せた 司令官 は 、一転真面目 な 顔を して み せた 。 ﹁ だがね 。君 の 財布 が 軽 くな る日も近 いぜ 。 なにせ 今 大 西洋 では⋮⋮ ﹂ ﹁司令官 ⋮⋮ ?﹂ 突 然 黙 ってしまった 司令官をミーズ は 訝ん だ 。 そして 司令官 がしてい る こと を見 て 、 彼 も ま た 言葉を 失うことになった 。 最初ミーズ は 司令官 が 小銭を 数えてい る のかと 思 った 。 しかし 違 った 。 司令官 が数えていたのは 、 剥がした 自身 の爪の 枚 数だった 。 十 枚 まで数え終えた 司令官 は ﹁ こ れ じ ゃ あ ベイクドポテト が 買 えない よ!﹂ と 叫 ぶと 、靴 と 靴下を脱 いで 今度 は 足 の 指 の爪 を嬉々 として剥がし 始め た 。 ﹁ 怪 域 アノマリーシー !﹂ 言葉を取り 戻した ミーズ は 、二 年前の光景 を思 い 出 していた 。司令官 がとってい る 異常な 行 動 は 、 怪 域 の 内 側で 提 督 適 正 アドミラルアカウント を持 たない 者 が 起 こすそ れ であった 。 ミーズ は 艦 橋の 窓 か ら外を見 た 。 先ほどまで 確 かにあったはずの 赤 い 木 星 レッド・ジュピター は 消 えていた 。 だ 51
が彼は ブラヴォー と 叫 ぶ 気 にはさ ら さ ら な れ なかった 。 なぜな ら代わり に 、 どこ も かしこ も が 彼 岸花色 ア マ リ リ ス カ ラ ー で 染 まっていたか ら だ 。 未だに 夜毎見る悪 夢と 目 の前の 現実 は 完 全に 一致 していた 。 太平 洋艦隊 は 、再 び怪 域 の中に 取り込 ま れ たのだった 。 ﹁ なぜだ ! ここは ガニメデラインよりも外 側な ん だぞ !﹂ ジェラルド・R・フォードを 含 む 太平 洋艦隊 が 航行 していたのは 、 赤 い 木 星 レッド・ジュピター の周 囲 に 設定 さ れ た数 段階 の 警戒エリア、 その 最外 周 部 のはずであった 。 そ れ がどうして怪 域 の 内 側に 取り込 ま れ てしまったのか 。 彼の問いに答えてく れ そうな 者 は 、 どこに も いなかった 。 ほ ん の 寸 前まで 任務 に 精励 してい た オペレーター達 は 、コンソール に何 度も頭を 打ち 付 け るも の 、 ひたす ら哄笑 す るも の 、自分 の 髪 の 毛を引 き 抜 き 続 け るも の 、 だ れも が 狂気 の 行動 に 走 っていた 。 過去 の経 験 は ミーズを助 けてはく れ なかった 。 かつて 同 じ よ うに怪 域 に 取り込 ま れ た時 、 彼 は周 り の 皆 に正 気 に戻 れ と 叫 び 続 けた 。 そ れ が無 駄 だと 悟る瞬間 まで 、 絶 望 は 押 し 寄 せては来 なかった 。 しかし 、今や 彼は 知 ってい る。 怪 域 の 内 側で 提 督 適 性のない も のは 、 どうあって も 正 気 では あ れ ないのだと 。 押 し 寄 せ る 絶 望 の 波 に流さ れ そうになった ミーズ は 、 か ろ うじて 希望 の浜に 踏み とどまった 。 52
太平 洋艦隊 が怪 域 の 内 側に 取り込 ま れ たことは 観 測さ れ てい る はずであ る。 な ら ば 、 かな ら ず救 援 は来 る。 あの時には 実 用 化 さ れ ていなかった 日 本の 艦娘 が 。 たしか 航 空機 を 用いた 緊 急展 開構想 の 研 究は 、 合衆国方式 ガ バ メ ン ト ス タ イ ル の普 及 で中止さ れ てしまった ら し いが 、ミッドウェー島 には 艦娘部隊 が 配備 さ れ てい る はずだった 。 その 助 けが来 る まで 、自身 ができう る限り被害を減ら すのだと ミーズ は決 意 した 。 狂気 に 囚われ た 者達 が 、 この 艦を 危 険 に晒す よ うな 行為を しない よ うに 拘 束す る など 、やれ る ことはあ る はずだった 。 最悪 の中で 最善を希 求す る行為。 元とはいえ 栄 えあ る合衆国 海 軍 の 人間 として 、 まこと ミー ズ 元中 尉 はふさ わ しい男であ る といえた 。 惜 し むら くは 。 彼の 行為 が全て無 駄 になってしまう 定め にあ る、 ということであった 。 日 本の 艦娘 が来てしまったのであ る。 その時 。ハワイ 赤 い 木 星 レッド・ジュピター の怪 域規 模は 増 大していた 。 そして 西 に 向 かって 動 き 出 していた 。 ミーズ 元中 尉 には 知る 由 も ないことであったが 、 そ れ は 泊 地 内 の 深 海 棲艦、合衆国風 に 言 う 53
のであ れ ば カイジュウ たちが 、一斉 に 艦船 形態 を取り動 き 出 したことに よ って 生 じたのだった 。 怪 域 の 規 模は 、 その 内 側で 艦船 形態 を とった 深 海 棲艦・艦娘 の数に よ って数 指 数 関 数 的 な 増 大 をみ せ る。 合衆国 側 も そのことは 知 ってお り、 余 裕を持 った 警戒エリア の 設定を してい る つ もり であっ た 。 しかし 、 その 見 積 り は 甘 かった 。 合衆国 の 見 積 もりを上回る規 模に 巨 大 化 した怪 域 の 内 側で 狂気 に 囚われ ていない 人間 が 二人 いた 。 一人 は 合衆国 海 軍 元中 尉・ハーシー・ミーズ。 そして も う 一人 は 、 連 U 合 N 艦 C 隊 F 元大 将・ 吾 妻 甫であった 。 ﹁ さあいこう 。 何 も か もを燃や し尽くしに ﹂ 全く何 気 ない 口調 で 。 ま る で ﹁コンビニ に 行 くな ら食パン と卵と ハムを買 ってきて ﹂ とで も 言 う よ うな 調 子で 、 吾 妻 甫は 人類 への敵 対を宣言を した 。 54
﹁ ⋮⋮はい ﹂ そして 。 彼の 後ろ に 控 え る艦娘 は 、刑 場に 引 き 立 て られる罪人 の 声 でそ れ に答えた 。 原 子 力 空 母ジェラルド・R・フォード が 深 海 棲艦 に よ って散 々 に打ちの め さ れ、 否 、撃 ちの め さ れ て 。 その 身を泡沫 に 委 ねたのはそ れ か ら二 時 間後 のことであった 。 怪 域 の 内 側に 、 正 気を保 った 人間 はただ 一人 となった 。 い や あ る いは 、誰も いなくなったの か も し れ ない 。 そして 赤 い 木 星 レッド・ジュピター は 、 日 の丸 レ ッ ド ・ サ ン の 国 へとその 針路向 けていた 。 55
まったく 。 な ん で 俺 がこ ん なこと を せに ゃ な らん のだ 。 つい 二 時 間 前 、 浮 上 しての 定 時 通信 で 受 け 取 った 指 示が全てのきっかけだな 、 と 思 ったあと 、 い や い や、 そ れより ずっと前 、珊 瑚海海戦が ケチ のつきはじ め だと 小野少 佐は 思 い 直 した 。 当時 小野 は中 将 の 配置 についていた 。 中 将 位といえば 、 そのときの 連 U 合 N 艦 C 隊 F においては大 型 艦を 含 む 六 隻規 模の 艦隊を指揮 す る際 に 与 え られる配置 であった 。 彼は第 五航 空戦 隊 に 軽 空 母 祥 鳳 と 巡洋艦三隻を加 えた 艦隊 の 指揮 権 を与 え られ ていたのだ 。 そして 。 彼は祥 鳳を 失い 、五航 戦 も損傷を受 けた 。 敵 艦隊 その も のは 、援軍 として派 遣 さ れ た 井上三雲提 督 率 い る 第 二航 空戦 隊を基 幹とした 艦 隊 に よ って 撃滅 さ れ、豪州輸送路 は 開 か れ た 。 しかし 、小野 の前 途 は 閉 ざさ れ た 。 提 督 、 正 式 には怪 域内 作業 者 という 職 業は 、提 督 適 正 を持 つ 人間 の 希少 さと業 務 に伴う危 険 ゆ えに 、 かな り の好 待遇を受 け る ことができた 。 そして 階級 が 上 が れ ばその 待遇 はさ ら に 向上 す る。 当時の 小野 は平時の 配置 は 少将、出撃 に 際 しては中 将配置を受 け る という ﹃最初 の 五提 督 ﹄ に次ぐ 立 場にあった 。 そ れ が 珊 瑚海での祥 鳳喪 失の失態で 、少 佐 配置 へと 落 とさ れ、今 では 最も悲惨 とさ れる 業 務、 潜水 艦 に よる哨戒 偵 察を おこな わ さ れ ていた 。 56