第 3 世代入浴施設の考察と提言
∼遊びへの回帰∼
グループ Ⅰ部 3 年 7 組 39 番 冨野雄介 Ⅰ部 3 年 25 組 33 番 田中 謙 Ⅰ部 3 年 13 組 35 番 川井 葉月 Ⅰ部 3 年 18 組 26 番 島田 有佳里 【目次】 はじめに 第1章 歴史から振り返る浴場の問題点とその背景 第1節 浴場の形態から見る歴史と定義 第2節 第 2 世代銭湯の現状と問題点 第3節 内湯で実現される「公衆衛生の管理」 第4節 江戸期の銭湯の役割 第2章 現代人が抱える欲求 第1節 「遊び」欲求の高まり 第2節 新たに注目されている温浴施設 第3章 第 3 世代入浴施設の課題 第 1 節 「公衆衛生管理」から「遊び」へ 第 2 節 今後の提案 第1項 「大規模化」と「快適さ」の追求 第2項 「介護サービス提供の場」としての地域密着型銭湯 終わりに要旨 近年、入浴施設である銭湯は年々衰退傾向にある。その要因として、内湯の普及や、銭 湯の後継者問題、若者の利用者の減少があげられるが、それだけではなく根本的に銭湯に 求められていた目的においても大きな変化がある。 衛生管理の役割を果たしていた銭湯は、時代の変化とともに、その役割が内湯や発達し た医療環境に移行している。 江戸期に遡ると、銭湯の役割は「遊び」の要素が強かった。この「遊び」の要素は現代 のおいても求められているのではないかと考え、「遊び」を入浴施設に取り入れる事を、問 題解決の鍵とする。 江戸期の銭湯を参考に、この「遊び」を入浴施設に取りいれ、これを新しい入浴施設の スタイルとする。また、衰退傾向に陥っている銭湯には、新たにデイケアサービスを導入 し地域密着型銭湯としての生き残りをかけ、今後の展開と繁栄を期待する。
はじめに 日本人が生活の習慣として古くから行う入浴は日本風土に合った独特の文化である。身 体を温め、一日の疲れを癒す目的で、湯をはった浴槽に身体を入れる形態や、入浴の頻度 は諸外国ではあまり見られない習慣であり、深い歴史と伝統があると考える[1]。我が国に おいて、入浴文化の役割が強いことは、新しい次代の転換期においては、必ず浴場の流行 が起きるとの、歴史や時代世相、生活風俗の考察から認められる[2]。 世界的にも風呂は、日本とは捕らえ方や形式が異なるものの、リラックスの最も効率的 な手段として捕らえられている。世界の至る所に温泉が存在し、休暇を利用して入浴を楽 しむ文化は多くあるようである[3]。各国の風呂に対する癒しの意識の高さは、一昨年に行 われた、サッカーワールドカップの合宿において見られた。フランス人である、日本代表 チーム監督フィリップ・トルシエの意向により、選手にリラックスをさせ、チームの結束 を固める目的で、会議の場を温泉旅館の露天風呂とした[4]。風呂での入浴を共にすること により交流や親睦を深めるという意識は日本人に限られたものではないようである。また、 アメリカの風呂に対する意識としては、昨年度にメジャーリーグで活躍をしていた、日本 人外野手の新庄剛士選手が、試合での好成績をチームや監督から高く評価され、「一番風呂」 特権を与えられたことがあげられる[5]。古く、日本においては入浴順が家庭内においても 決められており、家長より先に入浴することは決して許されなかったことが広く知られて いるが[6]、アメリカにおいても、一番風呂の持つ意味が特別であることが窺い知れる。 現在では、古くから伝えられている日本独自の生活習慣が、欧米化の強い影響により消 滅してしまう傾向が強いとも考えられるが、入浴習慣は、諸外国文化の影響により独自性 を失うことはなく、古くからの習慣を確実に残している数少ない文化の一つである[7]。 し かし、歴史の変化のなかで、毎日湯船に浸かる習慣自体に変化は無くても、その役割や手 段は歴史の流れの中で変化してきているように考えられる。現在では多くの家庭に風呂が 設置され、家庭用入浴設備の技術的な進歩により、家庭で高い快適性を得られるようにな
るなどの動向が、これまで利用されてきた町の入浴施設である銭湯の利用機会を減らし、 銭湯経営に深刻な問題を与えていると考える[8]。 この深刻化する問題を解消するためには、入浴をサービスとして経営を行ってきた銭湯 は、現代のニーズに合致した、顧客を獲得するための戦略を立て、改革を行なう必要性が 強いと考える。 尚、本稿は主要参考文献ならびに有限会社睦和商事での山浦和明社長へのインタビュー (2004 年 8 月 19 日午後 2 時から午後 5 時)、全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会事務局 の植村秀夫氏に問い合わせを試み、頂いた、同連合会広報担当常任理事村上健三氏のビデ オによるコメントに依拠しつつ、入浴施設の考察と提案を進めていくものである。 第1章 歴史から振り返る浴場の問題点とその背景 第 1 節 浴場の形態からみる歴史と定義 ここでは、現在、衰退傾向にある入浴施設の歴史を捉えるとともに、第 4 章で今後の入 浴施設の提案を行なうために要する定義を示す。 銭湯は明治時代、「文明開化」の波に乗り、西洋文化を取り入れて発展した。明治初期に は、建設ラッシュが起こり、銭湯の軒数は東京では以前の 3 倍以上に増加した。武家の家 屋敷の売却や取り壊しにより、湯をわかす木材が格安で手に入り、経営上有利になったこ とと、武家に使えていた人々が庶民生活に変わったことで銭湯利用者が急増したことによ り、需要が高まり、利益が増加していったことがあげられる[9]。 大正期には、仕切り、流し場、浴槽にタイル張りを導入し、銭湯の近代化を遂げる。そ れ以前に主流であった木製の浴槽では加工が難しく、浴槽の形は四角形に限られていたが、 浴槽加工にタイル張りの技術を導入することにより、丸型や周囲を歩くことが出来るタイ プの浴槽が誕生するなど、タイル加工の技術が銭湯における浴槽の形と位置に大きな変化 をもたらすこととなる。 昭和期初頭には、水道の蛇口(カラン)が設置されたことにより、かけ湯や身体の洗浄
に浴槽の湯を使用することが改善され、銭湯は急速に衛生的で便利な入浴施設となる。 現代の銭湯の形式はこの頃までに整備され、確立されたと考えられる[10]。その後、銭 湯は最盛期を迎えるが、戦後の高度成長期に内湯が急速に普及したことにより、利用者が 急減し、著しい衰退が見られるようになる[11]。近年では、深刻化する衰退傾向を打開す るための、様々な設備の導入や改良などの取り組みが見られる。湯だし口の改良、多様な ミニサウナの設置、新たな浴槽の開発、電気風呂、薬湯、オゾン活性湯などの新たなサー ビス提供に注力している銭湯が見られる[12]。 また、商業地区や大型商業施設には、最新の設備やサービスを導入した都市型入浴施設 の新規参入もみられる[13]。 以上が、我が国の入浴施設の形態の推移であるが、ここで我々が目指す、衰退期にある 入浴施設の今後の提案を行なうにあたり、現在までの浴場の形態を 3 つに大別し、定義す ることが必要であると考え、以下に示す。 前述した明治期以降、内湯が普及する以前の、銭湯が最盛期を迎えた頃の浴場の形態を 第 1 世代入浴施設と位置づけ、その後、内湯の普及により、銭湯が急速に減り、銭湯が経 営難に陥った頃の浴場の形態を第 2 世代入浴施設とし、これまでの入浴施設とは異なる、 充実した設備を提供する入浴施設が徐々に現れだしている今日の浴場の形態を第 3 世代入 浴施設とする。 第2節 第 2 世代銭湯の現状と問題点 本章第 1 節において、第 2 世代入浴施設の問題とともに、入浴施設の存続が危機的であ ることを示し、内風呂の普及が起因していることをあげた。ここでは、内風呂の普及が如 何に入浴施設の衰退に影響を与えることとなったのか、具体的に考察する。 戦後における東京の銭湯の軒数は、1966 年がピークで、2689 軒の銭湯が存在していた。 高度経済成長期の波に乗り、東京へ人口が集中、東京オリンピックなどの好景気に伴い、 戦後、急激に銭湯の数は増えていく。しかし、1955 年に日本住宅公団が発足し、狭いなが らも各家庭に内湯を持つ家が増え、1973 年には 50%を超える家庭が浴室を持つようになっ た。その後、20 年間で、内風呂保有率は 90%に達し、銭湯の必要性が減り、銭湯は急激に
減少する[14]。 東京都生活文化局が例年行なう、国民1人当たり年間利用回数調査によれば、東京都の 1 浴場 1 日平均入浴人員は、1990 年代半ばまでの 20 年間で、約 3 分の 1 にまで落ちている。 そして現在、東京では 1 週間に 1 軒の割合で銭湯が廃業している。 都内総数の推移 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 1965 年 1975年1986年1988年1990年1992年1994 年 1996年1998年2000年2002年 軒数 都内総数 図① (東京都生活文化局 公衆浴場基礎資料より) また、厚生労働省が 1999 年 3 月に発表した公衆浴場業(一般公衆浴場)の実態と経営改 善の方策によると経営上の問題点についての調査を行なっている。10 の項目を設定し回答 (複数回答)を求めた結果は、「利用者の減少」が 88.2%、「施設・設備の老朽化」が 50.5%、 「後継者難」が 26.1%となっている。 さらに、同資料による世帯主の年齢階級別の入浴料の調査によると、最高支出階級は 65 歳以上で、年間支出は 1,381 円で各世帯平均の 703 円の約 2 倍弱となっている。次いで 60 ∼64 歳が 970 円、55∼59 歳、50∼54 歳が 760 円から 780 円台で続く。一方、少ないのは、 25∼39 歳層で 100 円から 140 円台の支出に過ぎない結果となっている。このことから、銭 湯の利用者の多くが高齢者であり、若者の利用者が少ないことがわかる。 また、このような厳しい経営環境下において、これまでにとられた対策についての調査 によると、1 位は「入浴券、サ−ビスデ−導入」38.6%、2 位が「付帯設備の充実」28.7%、 3 位が「特になし」が 25.1%であった。この回答の中で「特になし」が 2 位「付帯設備の 充実」に次いで多いが、問題点が山積しているのに、積極的に対応策を取ろうとしない経
営手法では、ますます取り残されざるを得ないといえよう。 公衆浴場の名の通り、銭湯は一見パブリックな存在のように思えるが、その多くは家族 経営によるものである。かつては多くの従業員を雇う銭湯もあったが、今では人件費を払 い、従業員を雇い入れることは難しいようである。年々、利用者が減少し、銭湯経営が低 迷している現状で、家族による経営を持続させるために後継者を選ぶことは避けられてい る[15]。 さらに、銭湯で育った世代が高齢になり、世代交代が進むと、年配であっても次第に銭 湯と縁遠い世代に移りゆき、外風呂に通うという習慣を必要としなくなるだろう。 つまり、今後の利用者の増加には期待できず、十数年後には銭湯がさらに激減する可能 性があるといえるだろう。 このことから第 2 世代銭湯の経営状況は厳しく、このような状況から利用者の増加、第 2 世代銭湯の今後の繁栄を望むことは難しい。このような状況に陥ってしまった背景に、内 湯の普及が大きく関わっていることは明確であるが、根本的に銭湯に求められていた目的 においても大きな変化があり、銭湯の衰退に深く影響している可能性がある[16]。 公衆浴場軒数及び住宅の浴槽・浴室普及の推移 0 5000 10000 15000 20000 25000 19 63 年 19 67 年 19 70 年 19 73 年 19 76 年 19 79 年 19 82 年 19 85 年 19 88 年 19 91 年 19 94 年 軒 浴槽・浴室普及率 全国公衆浴場軒数 図② (浴槽・浴室普及率/住宅統計調査 公衆浴場軒数/厚生省「衛生行政業務報告」より) 第3節 内湯で実現される「公衆衛生の管理」 本章第 2 節までに内風呂の普及と入浴施設の衰退の相関関係を示し、問題点を確認した。
本節においては、内風呂が普及する第 2 世代期以前の、換言すれば、第 1 世代期において の入浴目的の考察を深め、問題が深刻化した背景を探りたいと考える。 第 2 次世界大戦後、医療環境が未成熟であった我が国において、内風呂が少なかった時 代背景もあり、銭湯は公衆衛生の根幹をなす準公共施設であった。現代において、銭湯に 薬が置かれ、銭湯広告に医薬品が多いことからも窺い知れる[17]。 また、公衆浴場は利用料金と日常生活における必需性により、2 種類に分類され、銭湯は 公衆浴場法の対象となった。「公衆衛生の管理」という重要な役割を担っていた銭湯は、経 済的側面で注目が集まり、競争激化による衛生環境の劣悪化が懸念され、衛生管理と距離 制限の規定を受けた[18]。 現在の入浴の目的についても、1989 年の日本住宅設備システム協会の「バス・ライフに関 する実態調査」や 1992 年のカネボウ化粧品の調査「首都圏OL200 人に聞く入浴の意識と 実態」から考察するところ、第 1 の目的は「清潔」であり、古くから目的に変わりは無い。 国民が入浴に求める目的自体は変化していないものの、内湯の普及により、その目的が 家庭の中で実現できる今日では、「公衆衛生の管理」を銭湯に求める必要がなくなったので ある。そのため、銭湯の必要性が薄れ、銭湯の利用者が減少し経営難に陥ったといえる。 時代の変化とともに国民が求めるものも変わっているのである。「公衆衛生の管理」は内 湯に任せ、今日の浴場は現代のニーズにあったサービスの提供が求められなければならな いのである。 第4節 江戸期の銭湯の役割 衛生管理の役割を果たしていた銭湯は、現代ではその役割の消滅により需要が減少して いることを前節で述べたが、現代において銭湯にはどのような役割が求められるのだろう か。現代人が銭湯に求める役割を模索するため、我々は明治以前の入浴施設、特に江戸時 代の入浴施設のあり方について調査した。 江戸の時代背景は、それまでの戦国時代に比べ、経済的にも物質的にも豊かになり国民 の生活水準は著しく向上した時代[19]であり、庶民の間にも遊びや娯楽を楽しむ〓「粋な」 ことを楽しむという発想が生まれた時代である。そのような時代背景の下で、入浴施設に
みられたのが、湯屋[20]の娯楽施設化である。 江戸期での銭湯・湯屋は、まず、男風呂と女風呂の垣根がなく、混浴であった。現代で は考えられないような光景だが、そこでは男女が共に湯に浸かり、一日の汗を流すことに よって、文字通り「裸の付き合い」をして入浴を楽しんでいた。 また、湯屋には男性の入浴の流しから髪結い、衣服の世話をする「湯女」と呼ばれる女 性が存在し、後に茶や酒のサービスを始めた頃から、男性の酌の相手をし、話し相手とな った。さらに酒の相手をするうちに、身の回りの世話以上の性的サービスを施す湯女があ らわれるようになり、湯女の遊女化が進んだ。このような湯女のいる湯屋を「湯女風呂」 と呼び、寛永年間(1624∼1643)に繁盛しはじめ、その盛況ぶりは当時幕府が公認する唯一 の遊郭であった吉原が、湯女風呂の登場により一時衰退するほどであった[21]。 その後、風紀の乱れを危惧した幕府により、しばしば取締りが繰り返された[22]が効果 はあまりみられず、長い間江戸庶民の人気を保った。このことは、『入浴の享楽ということ と、遊びと浴場との関連が伺われる』(入浴・銭湯の歴史より抜粋)。つまり、江戸におい ての入浴施設には体を清潔に保つための衛生管理だけではく、「遊び」の要素が強かったと 考えられる。 また、「遊び」の要素については、天保年間(1830∼1844)に流行した「二階風呂」からも 窺い知れる。「二階風呂」とは、混浴が幕府により禁止された[23]のちに、男湯の2階を入 浴後に休息できるスペースとして提供した形の湯屋のことで、この2階には茶湯が備えら れており、売り子が販売する茶菓子を口にしながら囲碁や将棋を客同士で楽しみ、あるい は雑談を交わしあい、当時のサロン的機能を果たすことによって江戸の庶民に親しまれた[2 4]。また、世間話や雑談による情報交換を行うことにより、TVやインターネットなどの情 報伝達媒体のない江戸においての重要な情報伝達の場としても栄えた。 江戸の湯屋は、江戸っ子の「粋な」こととして存在し、そこには湯につかる以上の楽し みがあり、当時の娯楽施設として発展した。つまり、江戸期銭湯は「衛生管理目的」とい うより人々の「遊び」の場としての役割が強かったといえるだろう。 次章からは、この「遊び」の要素は現代においても求められているものではないかと考 え、現代求められている銭湯の新しい役割・要素は江戸期と同じように「遊び」であると 仮定し、その根拠を述べていく。
第 2 章 現代人が抱える欲求 前述したように、我々は戦後の高度経済成長を遂げ、確実に豊かになったと言える。本 章では、現代人の「遊び」に対する欲求が高まることに伴い「遊び」に対するニーズも高 度化・拡張化していると考えられる傾向を具体的に示す。 第 1 節 「遊び」欲求の高まり 経済的環境を把握するため、総務省の「家計調査年報」から、全国・労働者世帯の近年 の家計消費や所得の動向を調査する。収入面においては、家計の実収入は 1980 年以来一貫 して伸びており、1998 年を境に一転して減少傾向が続いているが、1980 年から 10 年あま りで、実収入は拡大している[25]。一方の消費面においては、平成 15 年の家計消費支出の 合計は 325,823 円で、家計収入と同様に、6 年間の減少傾向を経て、1998 年からは増加傾 向にある。 平均消費性向の推移 69 70 71 72 73 74 75 76 199 0年 199 1年 199 2年 1993 年 1994 年 199 5年 199 6年 199 7年 1998 年 199 9年 2000 年 2001 年 200 2年 200 3年 % 平均消費性向 図③(財団法人 社会経済生産性本部編集・発行 『レジャー白書 2004 年度版』総務省「家計調査報告」より作成 2004 年 7 月 P5 参照) つまり、バブルが崩壊し、不景気と言われている今日も、収入面・消費面が共に増加傾 向にあるので、現代人は経済的に余裕を持っており、「遊び」の受け入準備が十分に整って
いると判断できる。 次に、現代人の「遊び」に対する意識を評価するため、近年の余暇市場の消費動向を調 査する。個人支出に占めるレジャーへの支出は、平成 15 年の余暇市場は 82 兆 1,550 億円 であり、2002 年の 83 兆 1,260 億円に対して 1.2%の縮小となったが、余暇市場は 1989 年 以降、拡大を続け、ピークの 1996 年には 90 兆円を超えた[26]。 年間余暇市場の推移 0 200000 400000 600000 800000 1000000 1989年 1996年 1998年 2001年 2002年 2003年 億円 年間余暇市場 図④(財団法人 社会経済生産性本部編集・発行『レジャー白書 2004 年度版』2004 年 7 月 巻頭図表 3 参照) 「遊び」への消費を表す余暇市場は、持続的な成長を遂げているとは判断できないもの の、この 10 年間ではそれ以前に比べ、増大していることがわかる。 また、これからの生活の力点の推移をみると、前節で述べたように、レジャー・余暇生 活が 1983 年から現在まで首位を記録している。
高まる余暇生活への志向 0 5 10 15 20 25 30 35 40 19 81 年 19 83 年 19 85 年 19 87 年 19 89 年 19 91 年 19 93 年 19 95 年 19 97 年 20 01 年 20 03 年 % レジャー・余暇生活 食生活 住生活 耐久消費財 衣生活 図⑤(財団法人 社会経済生産本部編集・発行 『レジャー白書 2004 年度版』内閣府「国民生活に関する世論調査」 平成 10 年、12 年は調査を実施していない。2004 年 7 月 P135 参照) 余暇市場への消費の拡大と、高まる「遊び」への欲求から見てわかるように、現代人は 「遊び」志向が強く、近年の経済的事情を含め考察するところ、潜在的に「遊べる」状態 にあると言える。また、「遊び」のニーズが高度化・拡張化している傾向にあることから、 現代人の「遊び」に対する意識・価値観は非常に高いと判断でき得ると考える。 近年の調査によると、[27]余暇時間に最も多く求められているものは「休養やくつろぎ のための時間」であり、男女ともに 6 割以上を占めている。以下は男女間で若干の差があ るが、「気晴らしやストレス解消の時間」「家族と過ごすための時間」と続いている。「休養」 や「くつろぎ」「気晴らし」「家族」といった要素が余暇時間を構成する基本要素となって いる。 今日、高齢化の進展などを背景として、消費者の「遊び」プラス「健康」「安全」「癒し」 への要求が急速に高まりつつある。レジャー分野においても「単なる遊びではなく、健康 にもよい」という点が利用者に受けており、2003 年はこの点を意識した業界の取り組みが 目立った。 2003 年に開設されて話題となった「ラ・クーア」「豊島園」「大江戸温泉物語」などのテ ーマパークは、いずれも温浴施設による消費者のニーズを前面に出すことにより、中高年
などの従来と異なる顧客層の開拓の成功を狙っている。現在、消費者の選択眼がますます 厳しくなる中、「遊び」プラス「健康」「安全」「癒し」効果を本格的に追求し、アピールし ていくかが大きな課題である。[28] 第 2 節 新たに注目されている温浴施設 近年、参加率の高い余暇活動の中に「温浴施設」が含まれており、新たな余暇活動 24 項 目の中で首位の 36.9%である。日々の慌ただしい時間環境と精神的くつろぎへの欲求が大 きく影響していると考えられる。背景としては、情報化の進展やエネルギー投入量の増大 が社会の時間速度を加速化し、仕事を含め、日々の生活に速さと効率が強く求められてい る傾向が考えられる。現在の慌ただしく喧噪な日々の生活が私たちの肉体的・精神的スト レスを強めており、このような環境の下では、自由時間には精神的な解放を求めて「心」 を癒したり、体に優しい環境・低刺激の環境を求めるなど「体」の癒しが求められるよう になる。つまり現代では、従来のような「積極的休養」を求める余暇だけでなく、のんび り・ゆったりと過ごす、「消極的休養」[29]欲求を充たすような余暇も求められる、という ことである。[30]温浴施設の中で、「温泉」は常に人気を占めている。1984 年から安定し て参加人口は上位にあり、ここ3年のデータ−では、2001 年は 6430 万人、2002 年は 6310 万人、2003 年は 5890 万人と、非常に多くの人々が温泉地に訪れている。[31]参加希望率 も高く、1988 年からレジャー部門の中で、毎年 70%以上示し、首位を独占している。[32] このことは、まとまった時間や休暇を必要とする余暇(レジャー)時間で、「温泉」への関 心が高いことを示していると言える。温泉と一部重複する既存の余暇市場である「温浴施 設」は、消費者の新たなニーズや行動変化を受け、新たな業態に発展した部分と考えられ る。[33] 第3章 第3世代入浴施設の課題 第1節 『公衆衛生管理』から『遊び』へ
第2章4節で述べたように、戦国の世が終わりを告げ、経済的にも物質的にも豊かにな ったことにより江戸に遊びの文化が芽生え、銭湯の前身である湯屋は娯楽の場として発展 した。江戸期の遊びへの欲求の芽生えと、現代のそれを比較すると、共に戦後の貧困から 立ち直り、経済成長を為し得た背景から遊びに対する欲求が強くなったことは、同じ流れ である。この両時代の共通点からみて、江戸の銭湯に遊びが求められた理由と同様に、現 代の入浴施設に求められるものは「遊び」であると考えられるのではないだろうか。 また、我々が位置づけた第1世代期・第2世代期の入浴施設において、重要な目的とし て据えられていた「公衆衛生」の管理は、現在の医療環境や家庭入浴設備が充実を遂げた ことにより、入浴施設には求められなくなったと考えられる。そこで、江戸期の湯屋と同 様に第2世代期入浴施設においても「遊び」の要素に重点を置くことにより、家庭の入浴 設備では得ることが出来ない新たなサービスが生まれると考えられ、利用者は家庭の設備 と入浴施設を分けて捉え、目的の側面においては、完全な棲み分けが実現できると考えら れる。つまり、第2世代期入浴施設の深刻な問題である経営難は、入浴施設の目的を「公 衆衛生」の管理から、江戸期に失われた「遊び」に再びシフトさせることにより打破し得 ると考えられる。 今後、要素を「遊び」へと変化させた入浴施設を展開させるにあたり、既存の第2世代 型の入浴施設の形態では限界が生じてくると考えられる。そこで新たなサービスを提供す る際に必要となる入浴施設の形態についての2つの提案を行ないたい。 第2節 今後の提案 第1項 快適さの追求と大規模化 第3章にあるように、現代では「遊び」の要素の中でも特に「健康」「安全」「癒し」の 3つの付加的要素が求められており、そのニーズに応えるためには、銭湯の薄汚いイメー ジや、ただ湯につかり体を清潔に保つためだけの設備・サービスではなく、利用者が入浴 施設を利用することにより「快適」と感じられる設備・サービスを提供することが求めら
れる。このことと、現在「快適さ」を追及した入浴施設が多く見られるようになっている ことは、大きく関連しているのではないか。 それらの施設では、建物の改装やジャグジー・露天風呂・貸し切り風呂・サウナの設置 など、設備の充実を図り、その内容はそれぞれの店舗の特色を出そうと多種多用に変化し ている。なかには、都心部での遊園地やショッピングモールとの併設によって外部経済と の相乗効果を得ている施設や、施設内では入浴だけでなく食事やゲームも楽しめる空間を 提供するなど、入浴以外での娯楽要素をセールスポイントとして打ち出すことが重要視さ れている[34]。 また、第 2 世代入浴施設では、遊園地や有名商業地区に大規模な入浴施設を展開するこ とや、設備の充実による「入浴の楽しさ」を提供することは資金的観点からみて実現が困 難であった[35]が、近年の新しい動きを見せている入浴施設では、大企業が株式会社の形 態を採り、豊富な資金源を利用しFC事業として加盟店を全国展開、企業提携を行い複数の 企業で運営を行う[36]などの新しい動向を見せ、資金的問題を解消すると共に、入浴施設 の大規模化を可能にしている。 これら近年見られる入浴施設の「施設の大規模化」と「快適さの追求」への動きが、第 2 世代までの入浴施設人気の衰退傾向に歯止めをかける重要な動向であるように考えられる。 また、これらの入浴施設では、従来のイメージやサービスの変化から、利用頻度の少な かった若い世代の利用者にも増加が見られている[37]。つまり、「遊び」の要素の強い入浴 施設の形態が、第2世代期で問題視されていた若者離れを解消し得る可能性を示している。 以上に述べた入浴施設は、今後大規模な入浴施設の増加と、多様なサービスの向上に注 力することにより、更なる需要増加が期待できると考えられる。また、若年層利用者数の 減少が深刻化していた入浴施設事情を考える上で、様々な年齢層の利用者に広く受け入れ られる可能性も秘めている。 以上のことから、「大規模」で「快適性の追求」を行う近年見られる新たな入浴施設の動 きを、第3世代入浴施設の形態として提案したい。 第2項 「介護サービス提供の場」としての地域密着型銭湯
前節で提案した「大規模」で「快適性を追求」する入浴施設は、大手企業が豊富な資金 源を利用した FC 事業化や、業務提携による複数企業での経営・運営により成り立つことを 述べた。 それでは、家族経営の銭湯はどうなるのだろうか。大規模化、快適性の追求を行うには 多大な費用を要するため、家族経営の銭湯では資金面から考えると実現は難しく、前節で の提案は、銭湯において実現は困難である。 そこで、第1節の提案に加えて、従来の家族経営の銭湯を、今後存続させるための形態 の提案を以下に行う。 現在の日本では遊びが求められる一方で、国民の高齢化が進み、かつて経験したことの ない高齢社会を迎えている[38]。また、高齢者の増加に伴い、介護を必要とする高齢者は 年々増加しており、介護サービスの需要は高まってきている[39]。この需要の高まりを受 け、1997年公布された「介護保険法」[40]では、従来介護サービスを提供する場とし て認定されていなかった銭湯を含む小規模施設での介護サービス提供を許可し[41]、今国 会(2004年)では「公衆浴場の確保のための特別措置法」が改正され、国や自治体は、 健康増進や交流促進など銭湯の活動を支援する努力が求められている。その一環として、 通所介護(デイサービス)[42]事業を行う施設にたいして、地方自治体と国が援助金を出 すなど、公衆浴場の介護サービス事業化を、国を挙げて促進する動きが見られはじめてい る。 これを受け、一般の入浴サービスとデイサービス事業を併設する「デイ銭湯」が見られ るようになってきている。午前中はデイサービス、午後は一般の入浴サービスを行うなど、 従来の銭湯の施設を活用した介護サービスを提供している[43]。施設から各家庭への距離 が離れていると送迎が困難になりがちだが、公衆浴場からならば、地域に密着しているこ とから比較的送迎は容易になり、地域住民の利用度も高くまることが予想される[44]。 また高齢者と地域住民がふれあえるレクリエーションを企画する銭湯が多く、現在希薄 になりつつあるといわれる地域住民のコミュニケーションの場としても利用されつつある。 [45]。 以上のことから、従来の家族型銭湯は、国や地方自治体の援助を受けることにより、公 共性の増大を図り、地域の介護としての場としてだけではなく、なおかつ地域住民のコミ
ュニケーションの場としても利用される公共サービス機関に近い形態として、運営される ことが望ましいと考えられる。 国や自治体が支援して、銭湯が通所介護施設になる。す ると介護が必要な高齢者が銭湯に集う。そして地域の住民と高齢者とがコミュニケーショ ンをとり、町を挙げての介護が行われる。 この図式の中心の場として銭湯を据えること が、家族経営による銭湯の存続の道であると共に、地域の住民同士がコミュニケーション を図る上でも、ふさわしい形態である。 よって、この「介護サービスの場」としての地域密着型銭湯の形態をとることを、従来 の家族経営による銭湯を今後存続させるための形態として提案する。 終わりに 入浴施設に求められる要素は前述したように、現在の入浴施設において、「衛生管理」か ら「遊び」へとシフトしている。 この「遊び」の要素を含む入浴施設は幅広い年齢層から非常に注目されており、市場の 成長性とシェアを相関にとる、ポートフォリオ分析の考え方に基づいてみると、入浴施設 は高い成長率と高いシェアが見込まれ、花形市場に位置付けられている傾向にある。 3章で述べたように、現代人の「遊び」への欲求は高くなっており、現在レジャー部門 の中で非常に人気の高い入浴施設と「遊び」とのコラボレーションによって、第二世代期 に著しい低迷に悩まされた入浴施設の成功・発展に期待する。また、新しい動きとして今 日取り組まれているデイサービスの利用により、第3世代銭湯が、かつての第1世代期の ように現代人に失われている地域のコミュニケーションの役わりを果たすような入浴施設 の姿に変貌を遂げることができれば、理想である。 江戸期のような銭湯の姿を追う、まさに「遊び」への回帰が今後の入浴施設の存続の重 要な鍵となるだろう。 最後に、本稿を作成するにあたり快くインタビューに応じてくださった有限会社睦和商 事社長の山浦和明氏、並びに、協力して下さった方々に深く感謝の意を示したい。
【参考文献】 町田忍著『銭湯の謎』扶桑社、2001 年 町田忍著『銭湯へ行こう・旅情編』TOTO出版、1993 年 町田忍著『昭和浪漫図鑑』WAVE出版、1998 年 町田忍・大竹誠著『風呂屋の富士山』ファラオ企画、1994 年 松平誠著『入浴の解体新書』小学館、1997 年 八岩まどか著『温泉と共同湯』青弓社、1997 年 落合茂著『洗う風俗史』未来社、1984 年 小嶋秀夫著『心の育ちと文化』有斐閣、2001 年 小野瀬由一・清江著『介護ビジネス 2004』同友館、2004 年 宮武剛著『「介護保険」のすべて改定新版 』保険同人社、2000 年 筒井大八著『21 世紀の高齢化社会を生きぬくために∼介護保険を考える∼』 近代文芸社、 2000 年 伊藤周平著『介護保険で福祉が消える̶福祉をなくさないための介護保険の修正提言』かも がわ出版、2000 年 坂脇昭吉・中原弘二著『新版 現代日本の社会保障』ミネルヴァ書房、2002 年 中野栄三著『入浴・銭湯の歴史』雄山閣、1984 年 落合茂著『洗う風俗史』未来社、1984 年 江夏弘著『お風呂考現学』TOTO出版、1997 年 坂坂元著『色恋江戸の本』1994 年
Sento Style 推進委員会著『銭湯読本 The New Life With SENTO』角川書店、2002 年 財団法人自由時間デザイン協会編集・発行『レジャー白書 2001 年度版』、2001 年 財団法人社会経済生産性本部編集・発行『レジャー白書 2004 年度版』、2004 年 速水融,宮本又郎編『経済社会の成立 17‐18 世紀 』岩波書店、1998 年 厚生労働省『公衆浴場業(一般公衆浴場)の実態と経営改善の方策』、2003 年 内閣府『高齢社会白書』2003 年
[1]欧米では、日常の入浴の目的を体の洗浄と捉える傾向が強く、バスタブに湯を張り、浴槽内で全身 の洗浄を行なう習慣が一般である。また、イギリスへのホームステイ留学において、入浴時間や湯 の使用量に対する考え方などの入浴習慣の違いから、イギリス家庭と日本人留学生の間に問題が生 じるケースが多くあげられる。このように家庭での入浴習慣に「湯に浸かる」形態が無い国も複数 存在するなど、各国で大きな違いがある。 アメリカ生活ドットネットhttp//www.americaseikatsu.net/bathroom.html StudyUK ホームぺージより http://www.studyuk.jp/UKlife9.html [2]中野栄三著「入浴銭湯の歴史」まえがき参照 [3]欧州では、治療としての温泉利用が主である。日本ほどに観光的要素は強くないようであるが、起 源となっている古代ローマの温泉では人々が社交場として利用していたことから、現在ではレジャ ー志向の設備を充実させ、人々の憩いの場となっている温泉が多く存在する。 有 限 会 社 出 村 企 画 事 務 所 制 作 「 AKITA 湯 の 國 」 ホ ー ム ペ ー ジ よ り http://www.norte.co.jp/yu/index.html [4]2002 年 3 月 20 日 読売新聞より 過去には2000 年のシドニー五輪において銀メダルを獲得した、女子ソフトボール日本代表選手団が 同じ目的で風呂を利用した例もあげられる。 [5] 2003 年 3 月 14 日 スポーツニッポンより [6]2004 年 8 月 19 日に有限会社睦和商事にて行ったインタビューより、同社社長山浦和明氏のコメン ト。 『家庭内の男性と女性においての決まりごともあったようで、姉弟の入浴順では男性である弟が先に 入浴をすることが常識となっていた。』 [7]現在では、生活環境のなかの食文化において、日本国内で欧米の形式が普及し、日本独自の形式が 喪失している動向が顕著に見られる。近年、一部ではこれを見直し、日本式の利点を改めて見直し、 諸外国で日本式を採用する動きもある。 米穀安定供給確保支援機構ホームページより http://www.komenet.jp/gnk/index.html [8] 本稿第 2 章 第 2 節にも示すが、銭湯の衰退と、内風呂の普及に相関関係があることがあげられる。 このことは、全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会事務局広報担当常任理事村上健三氏のビデオ
によるコメントおいて、同氏は内風呂の普及による銭湯の衰退を認めたうえで、今後、風呂の無い 人のみを対象とした経営ではなく、銭湯にあり、内風呂には無い魅力を広めるための PR 活動に注 力していくとしていた。 [9]中野栄三著 「銭湯の歴史」雄山閣 より [10]東京都公衆浴場組合 ホームページ http://www.1010.or.jp/main/index.shtml [銭湯の歴史」より [11]株式会社内田豊建築事務所のホームページ http://www.u-arc.co.jp/hanseiki.htm 「浴室の変換」より 高度経済成長期、内風呂普及は7 割をこえていた。
[12]Sento Style 推進委員会著 「銭湯読本 The New Life With SENTO」角川書店 『近代の銭湯』 より 「銭湯はいま、新たなる時代へ向けて変わりつつある。建物は近代的に、湯船は超音波や電気風呂 といった機能のあるもの、その他サウナや飲食スペース、駐車場など入浴以外の部分が充実してい る銭湯が増えつつある。」 [13]マーケティング研究会ホームページより http://www.marketing21.jp/ 「ここ数年で各地に大規模な都市型入浴施設が次々に登場し、ファミリー、高齢者、女性を意識し たさまざまなサービスを展開している。」 [14]松平誠著 「入浴の解体新書」小学館 (株)アーバン・コミュニケーションズ 湯の国 ホームページより http://www.yunokuni.com/index.html 「首都圏を中心に、お風呂付きのマンションや団地の供給が増えたこと、燃料や水道設備の改善に より木賃アパートの内風呂普及率は7 割以上になる一方、公衆浴場は昭和四十三年以後、急速に 減り始める結果となった。」
[15]Sento Style 推進委員会著 「銭湯読本 The New Life With SENTO」角川書店 より参照 「1 日平均客数が 30 人というある銭湯のひと月の売上げは 36 万円。一見多そうだがそこからシャ
ンプーなどの備品やドリンク代、水道光熱費などをひいていくと現状は厳しい。」
の内風呂普及率の状況は、1963 年では、いまだ僅か 3 分の 1 に過ぎない。銭湯がピークを迎えた 1968 年で 42.2%、この時点でも 50%台に達していない。50%を超えたのは 1973 年のことであ る。そのあとは、1983 年で 74.8%、1988 年で 83.1%、1993 年で 90.0%、1998 年で 94.2%とな っている。 [17]睦和商事 インタビューより [18]全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会 資料より [19]江戸時代初期の1600 年の人口は 1200 万人、実収石高は 2000 万石程度だったが、百年後の 1700 年には人口2769 万人、実収石高は 3000 万石と急激に伸び、更に百年後の人口は 3000 万人を突 破した。(速水融・宮本又郎編「経済社会の成立 17−18 世紀」参照) [20]江戸期の銭湯についての定義は様々であるが、ここでは、江戸近辺での銭湯の呼び名を「湯屋」 とする。 [21]吉原では、客足の減少を危惧し、遊郭営業は吉原のみにしか許可されていないことを理由に、湯 屋を取り締まるように頼む嘆願状を幕府に提出したとの記述が、中野栄三著『入浴・銭湯の歴史』 に見られる。 [22]1637 年(寛永 14 年)、湯女の人数を 3 人限りと定め、1648 年(慶安 4 年)4 月、江戸市中の湯 女を禁じる御触書がでる。しかし、その後も湯女の数は減少しなかったため、1652 年(慶安 5 年) に再び湯女の制限令を出し、1657 年(明暦 3 年)湯女風呂の禁止が出されるが、店の形態を茶屋 として存続された。 [23]1790 年(寛政 2 年)、市中の湯屋の新規開業の制限の御触書をだし、翌年には「男女入込湯」の 禁止が打ち出された。「男女入込湯」とは日を定めその日は男湯、他日は女湯として男女を分けて の営業を目的としたが、実際には効果が見られなかった。混浴でなく なるのはこの「男女入込 湯」が廃止になってからである。 [24]戯作者西沢一鳳(1802∼1852)の著書『皇都午睡』に、二階風呂の情景が細かく描かれている。 [25]財団法人社会経済生産性本部編集・発行『レジャー白書 2004 年度版』2004 年 7 月、4 頁。 [26]同上書、巻頭2 頁。 [27]財団法人自由時間デザイン協会編集・発行『レジャー白書 2001 年度版』 2001 年 7 月、101 頁。 [28]財団法人社会経済生産性本部編集・発行 『レジャー白書 2004 年度版』2004 年 7 月、巻頭 4
頁。 [29]積極的休養とは、刺激や気晴らしを求める余暇。デスクワークなどで疲労した体を、軽い運動を することで休ませる休養。ストレス発散に役立つ。 消極的休養とは、精神的な解放を求めて「心」 を癒したり、体に優しい環境・低刺激の環境を求めるなど、「体」の癒しを求める余暇。寝る、風 呂に入る、くつろぐ事を言う。 [30]財団法人自由時間デザイン協会編集・発行『レジャー白書 2001 年度版』 2001 年 7 月、118 頁。 [31]財団法人社会経済生産性本部編集・発行 『レジャー白書 2004 年度版』2004 年 7 月、10 頁 [32]財団法人余暇開発センター編集・発行『レジャー白書 1988∼2000 年度版』 財団法人自由時間デザイン協会編集・発行『レジャー白書 2001∼2002 年度版』 財団法人社会経済生産本部編集・発行『レジャー白書 2002∼2003 年度版』 [33]財団法人自由時間デザイン協会編集・発行『レジャー白書 2001 年度版』 2001 年 7 月、123 頁。 [34]入浴以外の娯楽要素の具体的な例としてマッサージ・エステなどが挙げられ、以前からあるコイ ン式マッサージチェアのようなものから、整体師やエステティシャンによる本格的なマッサージ まで現代の癒し・健康志向に応える形で取り入れている施設も多く見られる。また、女性向けの サービスとして化粧会社と提携しコスメグッズの試供品を設置したり、アロマオイル等の香りを 店内で用いたりするなど女性の志向に合わせたサービスや、施設内の音楽や内装にこだわりをみ せ、従来のただ湯につかるだけの入浴施設とのイメージの差別化を図っている [35]最新設備を導入した入浴設備を建設する場合、土地代も含みで、初期費用が約5億円から5億5 千万円必要となる。 http://allabout.co.jp/finance/tochikatsuyo/closeup/CU20031230A/ (All About japan ホームページ参照)
[36]『吉本興業は、スーパー銭湯大手の自然堂(じねんどう、東京・千代田、喜多尾将秋社長)と業務
提携する。フランチャイズチェーン契約を結び、スーパー銭湯を運営する。自然堂の「極楽湯」
に吉本興業の芸能人を派遣し、館内で寄席なども開く』(2002年7月 日経流通新聞より抜粋)
などの例が見られる。
カップルや友人同士の若者の姿が多く見られ、逆に銭湯の若者の利用者は年々減少している。 [38]「65歳以上の高齢者人口は、2003年10月1日現在、2431万人であり、このうち、男性 は1026万人と初めて1000万人を超えた。総人口に占める高齢者の割合(高齢化率)は1 9,0%となっている。高齢者人口のうち、前期高齢者(65∼74歳)人口は 1,376 万人、後期 高齢者(75歳以上)人口は1055万人となっている。 なお、全国の100歳以上の高齢者 は、2003年9月現在で2 万人を超え、わずか 5 年で倍増している。」(2003年内閣府「高 齢社会白書」より抜粋) [39]2003年内閣府「高齢社会白書」によれば、高齢者人口は平成32(2020)年まで急速に増加し、 高齢化率は上昇を続け、27(2015)年には 26.0%、62(2050)年には 35.7%に達すると見込ま れている [40]常に介護を必要とする状態(要介護状態)や、常時の介護までは必要ではないが、家事や日常生 活などで支援が必要な状態(要支援状態)になったとき、状況に応じて保健・医療・福祉のサー ビスを総合的に受けられる、年金、健康保険、雇用保険に次ぐ4つめの社会保険制度(厚生労働 省発表資料参照) [41]在宅介護サービスの委託先の条件を「住民団体などについても弾力的な運用を認める」(厚生省) とし、ビル一室の「ミニデイサービス」や民家を利用することを公認した。 [42]在宅で介護を受けているお年寄りを施設まで送り迎えし、入浴・食事・生活相談・機能訓練・健 康チェックや相談等を日帰りで利用するサービスを提供する通所介護サービスのこと [43]京都公衆浴場業生活衛生同業組合連合会は、 公衆浴場施設を活用した福祉入浴サービス、「いき いき銭湯」を創設し、1行政区に1浴場を目標にし、市内11浴場で月1回のペースで「いきい き銭湯」を実施している。(HP 参照) [44]小野瀬 由一・清江著「介護ビジネス2004」参照 [45]全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会のビデオによる。