これからの理学療法の話をしよう 307 はじめに これからの理学療法を考えるにあたって,人口構成の変化は 重要なポイントです。日本では世界に先立って,超高齢社会を 迎えています。そこで政府は 2025 年を目途とした地域包括ケ アシステムの構築をめざしているところです。この地域包括ケ アシステムは当初はその実現を危惧する意見が大半を占めてい ましたが,平成 25 年末の社会保障改革プログラム法の成立等 で,一気にそして加速度的に進展しています。 もうひとつのポイントは,疾病構造の変化です。先日,医 療・介護の中心的な方々との勉強会でがんの克服まで 5 ∼ 6 年 であることが厚生労働省から表明されました。それが事実だと すると,がんリハビリテーションや呼吸器リハビリテーション はどうなるのでしょうか。また,脳血管疾患も従前は脳出血が 中心でしたが,脳梗塞がその大半を占めるようになりました。 厚生労働省も脳血管疾患の抑制は医療費の大きな削減になり, tPA の効率的な活用について重大な関心をもっています。2 時 間以内の搬送が効果の決め手でしたがそれが 3 時間以内に拡大 されたこと,救急搬送システムが効率化されること,国民が脳 梗塞の初期症状を熟知することによって,脳梗塞患者の激減が 予測されます。運動器では TKA 平均在院日数は本邦では 23 日となっていますが,フランス等では日帰り手術となっていま す。当然ながら上肢骨折や腱板断裂も日帰り手術で,外来によ る理学療法を行います。このような術後の日程になれば,理学 療法士の患者とのかかわりは 1 ∼ 2 週間に減少します。また, iPS 細胞による臨床応用まで 10 年といわれています。この変 化も理学療法対象疾患に大きな影響を与えることは必定です。 今回,人口構成や疾病構造の変化,そしてその変化に対する 医療・介護の将来を予測しながら,これからの理学療法につい て話をさせていただきます。 社会保障制度改革国民会議報告書 現行の社会保障制度や国民皆保険制度の維持を目的として, 平成 25(2013)年 8 月に社会保障制度改革国民会議の報告書 が提出されました。この報告書は単に医療制度の改革をまとめ たものではなく,これからの社会保障制度を相対的に取りまと めたものとなっています。 1.自助・共助・公助 社会保障制度改革推進法の基本的な考え方の中で,自助・共 助・公助の最適な組み合せとして,「自らの健康は,自ら維持 するという自助を基本としながら,高齢や疾病・介護を始めと する生活上のリスクに対しては,社会連帯の精神に基づき,共 同してリスクに備える共助が自助を支え,自助や共助では対応 できない困窮などの状況については,公助が補完する仕組みと する。」となっています。この自助の考え方は,これまで医療 保険や介護保険を湯水のように浪費してきた国民に対する強い メッセージが感じられ,社会保障制度の持続に向けたもので す。しかし,この自助に関する国民的理解はけっして進んでい るとはいえず,日本理学療法士協会としては理学療法週間等を 通じて,国民的理解を進めるとともに理学療法(運動療法)の 有用性を訴えるチャンスであるといえます。 2.医療機能の分化と連携 社会保障制度改革の方向性では,「高齢化に伴い患者が急増 することによって,医療需要が量的に増加するだけでなく,疾 病構造も変化し,求められる医療もそれに合わせた形で変化す る中で,医療資源を有効に使い,より質の高い医療供給体制 を実現するため,医療機能の分化・連携を強力に進めることが 必要であるが,その改革の実現のためには,在宅等住み慣れた 地域の中で患者等の生活を支える地域包括ケアシステムの構築 が不可欠である。」となっています。このように,地域包括ケ アシステムの中で医療資源の分化を行うことが明記されていま す。医療機関に従事している理学療法士の中には地域包括ケア システムなので医療には関係がないという考えが散見されます が,その考え方では時代から取り残されて,所属するリハビリ テーション科ないしは理学療法科の存亡にもかかわってくると 思われます。これから一般病床は高度急性期・一般急性期・亜 急性期等に分類され,それぞれに機能分化していくことになり ます。平成 26 年度診療報酬改定で地域包括ケア病棟が誕生し たことは象徴的事実となりました。 3.治す医療から治して支える医療へ 成熟社会の構築へのチャレンジとして,報告書では「医療の 目的は治す医療からより QOL を重視した治し・支える医療へ 理学療法学 第 42 巻第 4 号 307 ∼ 310 頁(2015 年)
これからの理学療法の話をしよう
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半 田 一 登
**基調講演「これからの理学療法の話をしよう」
*Let’s Talk about Physical Therapy for the Future
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公益社団法人日本理学療法士協会 会長 (〒 151‒0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷 3‒8‒5)
Kazuto Handa, PT: Japanese Physical Therapy Association キーワード:国民会議報告書,地域包括ケア,予防理学療法
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理学療法学 第 42 巻第 4 号 308 の転換が求められる。(中略),終末期や看取りのあり方につい ても,最後まで自分らしく生きるためにどうあるべきかという 観点から,国民的な論議を行っていくことが求められる。」と されています。これまで長期間にわたるリハビリテーションを 「漫然たるリハビリテーション」として否定されてきましたが, この度の支えるリハビリテーションの具体的なあり方は早急 に検討をしなければなりません。また,QOL を重視したリハ ビリテーションはけっして新しい概念ではなく,リハビリテー ション医療が本来もっていなければならない基本的概念です。 自宅復帰を目標とした現在のリハビリテーションはこの基本概 念を大きく矮小化しています。 4.地域完結型医療 改革が求められる背景として,「平均寿命が男性で 80 歳近く となり,女性では 86 歳を超えている社会では,慢性疾患によ る受診が多く,複数の疾病を抱えるなどの特徴をもつ老齢期の 患者が中心となる。医療は,かつての病院完結型から,患者の 住み慣れた地域や自宅での生活のための医療,地域完結型の医 療,住まいや自立した生活の支援までもが切れ目なくつながる 医療に変わらざるを得ない。」とされています。厚生労働省の 資料で,「施設から地域へ」「医療から介護へ」というフレーズ はよく使われています。これらのことは,病院での在院日数の 短縮にさらにつながることが予測され,介護保険下においても 保険給付の短縮も検討課題にして浮上しています。また,この ような状況で大きな課題は,地域における理学療法士教育が臨 床実習前教育の段階で大きく不足していること,臨床実習の対 象として地域における老人保健施設や訪問リハビリテーション 施設・通所リハビリテーション施設への実習に分量的制限があ ること,そしてそれらが反映した形で新卒者の就職希望が今で も医療機関に偏っていることが挙げられます。これらを早期に 克服しなければ,理学療法士は社会に適合できない職種とし て,職域を減らしていくことになります。 5.職能団体の役割 職能団体に対して,「急性期から亜急性期,回復期等まで, 患者が状態に見合った病床でその状態にふさわしい医療を受け ることができるよう,急性期を中心に人的・物的資源を集中投 入し,入院期間を減らして早期の家庭復帰・在宅看護を充実さ せていく必要がある。その際,適切な場で適切な医療を提供で きる人材が確保できるよう,職能団体には,中心となって,計 画的に育成・研修することを考えていく責務がある。」として います。本会ではこれまでも生涯学習システムの中で,多様な 研修会等を開催しており,平成 25 年度には年間に 250 以上を 開催してきましたが,時代に即応できる視点や内容ということ ではやや問題点もあります。そこで平成 26 年度からは,研修 体制の抜本的な見直しを行い,時代が要求する課題をできるだ け早くキャッチし,その情報をもとに研修会を組み立てるよう にしました。しかし,課題も多く,そのひとつは時間軸であり 厚生労働省あたりの動きは非常に早く,そのスピード感に負け ないような組織運営が必要です。そして,もうひとつが適切な 医療を提供できる人材の育成で,単に研修会を終えたというレ ベルではなく,しっかりと役割を果たすことのできる人材を育 成しなければなりません。それが名目のみに終わるようなこと になれば,理学療法士に対する社会的失望感は蔓延し,理学療 法士の職域に大きな影響がでることは必定となります。 6.チーム医療 以上のことを前提として,医療のあり方として,「総合診療 医の育成と並行して,医療職種の職務の見直しを行うととも に,チーム医療の確立を図ることが重要である。」ということ を提言しています。この数年,チーム医療という言葉が活発に 使われるようになりましたが,その背景としては,医師の業務 量過多が理由として挙げられています。私はチーム医療推進の 背景には多くの理由(図 1)が存在すると考えており,医療の 高度化・医療の社会化・医療の科学化・医療の安全等が挙げら れます。当然ながら,医師や看護師不足もその要因のひとつで すが,それだけが必要条件ではありません。チーム医療とは対 比的な用語として,パターナリズム医療があります。従来,医 療の世界では Para-Medical Staff という用語で医療専門職を表 現していました。Para とは下という意味であり,下の医療ス タッフということになります。その後,Co-Medical Staff とな り,Co とはともにという意味で,医師とともに働くスタッフ となりましたが,現実には臨床現場では Para の環境のままで あるといっても過言ではありません。直近では,Medical Staff というように用語は変わっており,スタッフの一員として医師 が存在するというようになってきました。このように用語は変 わってきましたが,医療現場での父権主義といわれるパターナ リズム医療が大きく強く存在しているのも事実です。その背景 として,医師と医療職の間で知識の非対称性が強いことがあり ます。6 年間教育による医師,3 年間教育による理学療法士, これでは知識の非対称性が強いのはあたり前であり,この根本 的な教育に起因する知識の非対称性を克服しない限り,本当の 意味でのチーム医療の確立は難しいと考えています。 平成 26 年度診療報酬改定の新たな方向性 平成 26 年度の診療報酬改定は,医療関係者の予測をはるか に超えるものとなり,それゆえに医療界全体に動揺が広がりま した。そして,強力に印象づけたのが,地域包括ケアシステム 図 1 チーム医療の背景
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これからの理学療法の話をしよう 309 における医療のあり方という視点がはっきりとしたことです。 これまで地域包括ケアシステムという言葉に,医療保険下の理 学療法士はあまり関心を寄せてきませんでしたが,この度の改 定によって医療・介護が一体となったケアシステムということ が明確になりました。 1.急性期病棟での ADL 維持向上等体制加算(図 2) 本会は理学療法士の病棟配置を平成 24(2012)年改定から 要望し続け,26 年度改定で厚生労働省から認められました。 この病棟配置の理学療法士の職務は,入院患者の廃用症候群や 転倒転落の予防等を中心としています。この制度の導入にあ たっては,厚生労働省の一部や健保組合等の支払い側の強い反 対があり,彼らの主張は「医療費は元々治療費として認めたも のであり,予防行為に対するものではない」という点でした。 これらの意見を乗り越えて制度化された背景には,入院患者の 高齢化が進み,その要因によって急性期病棟の在院日数の延伸 が起こることを防ぐことにありました。この ADL 維持向上等 体制加算を実効あるものとし,在院日数の短縮を果たすことが 理学療法士に突きつけられた課題です。厚生労働省もこの制度 を一緒に育てていくことを強く期待しています。 2.地域包括ケア病棟(図 3) この病棟は,急性期病院からの受け皿であるとともに地域か らの受け皿でもあります。私は急性期病院と地域との中間的存 在と思っています。その病棟に理学療法士等が専従配置された ことは,輝かしい結果と思っています。そして,この病棟の特 徴は,リハビリテーション料がまるめられていることにありま す。これまで理学療法士は 1 日標準 18 単位,最大 24 単位,週 108 単位をノルマとされ,臨床の場では単位こそがすべての支 配的立場となっていました。まるめについて,理学療法士の主 図 2 急性期病棟におけるリハビリテーション専門職の配置に対する評価 図 3 地域包括ケアを支援する病棟の評価
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理学療法学 第 42 巻第 4 号 310 体性が消えるとの意見もいただいていますが,理学療法士の自 由度が高くなり,単位に拘束される日々からの解放につながる ことを期待しています。 3.認知症リハビリテーション 増え続け,社会問題化している認知症に対するリハビリテー ション料に理学療法士の職名も明記されました。最近のデータ では,認知症に対する運動療法の効果が示されており,加えて 認知症者の体力の低下も課題として指摘されています。理学療 法士はこれまで,この分野には強くかかわることはありません でしたが,報酬上位置づけられたことを踏まえて,強い関心を もたねばなりません。 これからの理学療法(図 4) 理学療法は昭和 41(1966)年から病院等でのリハビリテー ション医療として発展し,そして徐々に領域を拡大してきまし た。運動を治療として活用する理学療法は予防分野での活躍が 期待されており,その対象は廃用予防・転倒予防・生活習慣病 予防・腰痛予防・精神心理疾患予防へと広がっています。ま た,診療報酬下での理学療法ははっきりとしたエビデンスが求 められ,エビデンスなき理学療法は淘汰される運命をたどるこ とになります。そして,生活期理学療法では,機能訓練を基礎 としながら,活動や参加を評価する方向に変わっていきます。 この生活期に適応した理学療法を確立するとともに,多くの実 務者を育成しなければなりません。 おわりに これからの理学療法士は,努力をして能力のある者のみが生 き残れます。本会としましては,すべての会員に平等にチャン スは提供しますが,それを捉えるか否かは個人の判断となりま す。また,医療費に占めるリハビリテーション料は従前におい ては約 1%でしたが,現在では 4%をはるかに突破しています。 この状況を看過するほど,日本の社会保障制度には余裕があり ません。優良な理学療法,優良な理学療法士しか,社会的に容 認されないことが予測されます。 時代の流れが速い中で,変わらずにいるということは遅れる ことを意味します。「変わらねば,置いて行かれる」,だからこ そ変わる意思を強くもたねばなりません。 図 4 防ぐ・治す・支える理学療法の確立
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