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イネのソース能の遺伝解析に向けた評価方法の創意・工夫

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Academic year: 2021

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1.はじめに

 コメは,日本を含むアジアの国々の主食であり,世界人 口の半数以上の食を満たしている.そのアジアの国々にお いては,今後人口増に伴う食糧需給の逼迫が予測されてお り,これまで以上のイネ生産(増収)が要求されている. 一方,食料自給率の低い日本(カロリーベース 39%)に おいても,イネを家畜の飼料として用いることやコメ粉な どの多用途として用いることで食料自給率向上を目指す試 みが進んでおり,これまで以上の多収イネの育成が育種課 題の 1 つとなっている. 2.収量性の遺伝研究  この 20 年間の分子遺伝学技術の進歩やイネゲノム全塩 基配列完全解読などの目覚しいゲノム研究の発展により, quantitative trait locus(QTL)解析を利用した農業上重要な 形質の遺伝研究が飛躍的に進んできた.その中で収量は農 業上最も複雑な形質の 1 つであり,その形成には非常に多 くの要因が関与するため,収量データを直接用いての QTL 解析は精度が非常に低い.そのため,収量をその成 立要因を基に要因分解して解析されることが多い.イネの 収量は主に,器となるシンク,CO2を同化するソース能お よび同化産物をシンクへ送り込む転流の 3 要素により制御 されている.シンクは,籾数と籾サイズによって決まり, 形態形質であるため,「カウンター(計数器)」「ものさし」 「量り」といった簡易な道具で数値化・定量化でき,遺伝 解析が進んでいる.最近 7 年の間に,一穂籾数および籾サ イズに関与する QTL 遺伝子が複数同定・単離されている (Xing et al. 2010).一方で,ソース能や転流は形質自体が 動的であり,測定が煩雑であること,また測定が環境の影 響を受けやすいこと等のために,遺伝解析はシンクに比べ て遅れている.しかしながら,シンクの改良は収量向上に 対して,必要条件であるが十分条件ではなく(Ohsumi et al. 2011),ソース能や転流の遺伝要因の解明を通して初めて 効率的な多収育種が達成されると考えられる.特に,現在 の多収品種の収量ポテンシャルを打破するには,ソース能 の中でも光合成能を向上させることが指摘されており (Takai et al. 2006a),イネの光合成能の自然変異に関わる

遺伝要因の解明が望まれている.  イネの個葉光合成速度の測定は,携帯型光合成測定シス テムの登場により,圃場条件下でそれまでの同化箱法に比 べて格段にその測定が容易となった.しかしながら,水田 の中を数キロある装置を持ち歩き,1 回の測定に 2 ∼ 3 分 を要し,また光合成自体が天候に左右されるものであるた め,遺伝解析用の多検体を測定するには非常に労力がかか り,測定精度の面においても不安要素がある.光合成速度 の直接測定の代わりに,光合成能を簡易に精度良く評価で きる手法があれば,光合成能の遺伝解析が飛躍的に進むこ とが期待される.

3.光合成能の評価方法の確立

 このような状況の下,著者は光合成能の遺伝解析に向け て,光合成速度の成立メカニズムに着目し,成立過程で鍵 となる要因を評価することで遺伝解析に資することができ ないか検討した.一般に光合成速度は,CO2が大気中から 気孔を通り,葉肉細胞内の葉緑体へと拡散されるまでの CO2供給能と供給された CO2を炭酸固定する CO2需要能 のバランスによって決定される(第 1 図).CO2の固定は

イネのソース能の遺伝解析に向けた評価方法の創意・工夫

髙井俊之

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構作物研究所 (〒 305 − 8518 茨城県つくば市観音台 2 − 1 − 18) 要旨:イネの収量はシンク,ソース,転流の 3 要素によって制御されている.ゲノム研究の進展により,複 雑な農業形質を支配する遺伝要因の解明が進みつつあり,シンクに関しては籾数,籾サイズを決定する QTL 遺伝子が複数同定されている.一方,ソース能についてはシンクに比べて遺伝研究が遅れているのが現状で ある.その理由の 1 つとして,籾数や籾サイズは「カウンター(計数器)」「ものさし」「量り」といった簡 易な道具で数値化・定量化できるのに対して,ソース能を簡易に精度良く数値化・定量化することの困難さ が考えられる.著者はイネのソース能の遺伝研究を進めるに当たり,ソース能,特に光合成能を如何に評価 するか,新たな「ものさし」の確立に向けて創意,工夫,検討を行ってきた.本総説では,現在演者が遺伝 解析に使用している「ものさし」のいくつにかついて留意点も含めて紹介し,今後のソース能研究発展のた めの端緒となればと考えている. キーワード:イネ,収量,ソース能,光合成,QTL 2012 年 4 月 6 日受理 連絡責任者:髙井俊之([email protected]

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葉緑体内のストロマに存在する Rubisco タンパクによって 行われる.Rubisco はストロマ中の可溶性タンパクの 50% を占めており,このことは葉緑体が多ければ CO2固定の 速度が上がることを示している.葉緑体にはチラコイドと 呼ばれる円盤状の小胞も存在しており,この中に光エネル ギーを吸収する葉緑素(クロロフィル)が含まれている. 葉緑体の数・量とクロロフィル含量の間には正の関係があ り,クロロフィル含量を簡易に測定することができれば, 葉緑体の数・量,延いては CO2需要能としての光合成速 度が間接的に評価できると考えられる.クロロフィル含量 は葉緑素計(SPAD 計)で瞬時に測ることができるため, 著者は SPAD 値を光合成能の評価指標として利用できない か検討した.数品種,いくつかの生育ステージについて, 葉身の SPAD 値,クロロフィル含量および光合成速度を測 定したところ,SPAD 値はクロロフィル含量をほぼ 100% 説明し,光合成速度を十分反映することが確認された(第 2 図).ただし,SPAD 値を圃場条件下で測定中,SPAD 計 が日射により熱せられると SPAD 値が低く測定されること が認められた.そこで,SPAD 値の異なる 6 枚の葉身およ び SPAD 計に付属している Checker を種々の温度条件で測 定したところ,どの葉身および Checker においても高温下 で SPAD 値が下がる温度依存が確認され,20℃→ 45℃に 温度が変わると最大で SPAD 値が 3.0 低くなった(第 3 図). 夏の炎天下の圃場で SPAD 計が直射日光に晒されると,そ の温度は軽く 50℃を超える.仮に曇りの気温 25℃の日と 晴天日に SPAD 値を測定した場合,そこには 3.0 の誤差が 生じる可能性がある.SPAD 値の遺伝解析により検出した これまでの QTL の効果は,大きいものでも相加効果が 3.0 ∼ 4.0 であり,3.0 の誤差は QTL の効果を打ち消してしま い,遺伝解析の妨げとなる.実際,SPAD 値の QTL 解析 の報告はいくつかあるが,どの研究もその後の進捗が芳し くないのは,このような理由によるかもしれない.著者は この問題を解決すべく,測定対象となる葉身を圃場でサン プリングし,萎れないように冷水に浸けた状態で実験室に 持ち帰り,常に一定の室温条件で SPAD 値を測定するよう にした.葉身をサンプリングしたことによる SPAD 値の変 化は,その日のうちに測定する範囲では認められなかった. 測定には細心の注意を払い,常に Checker の値も測定し, その値の変動も考慮した.その結果,SPAD 値の QTL をファ インマッピングすることに成功した(Takai et al. 2010a). 以上より,SPAD 計の温度依存に留意すれば,SPAD 値は 光合成能の評価指標として遺伝解析に適した形質であるこ とが判明した.

 次に,CO2の供給能について検討を行った.大気中から

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葉内への CO2拡散は光合成測定システムによって測定す ることができるが,前述したように遺伝解析には不向きで ある.著者は,葉から水蒸気が蒸散される際に気化熱によっ て葉温が下がる現象に着目し,気孔開度が大きく CO2供 給能の高いイネは葉温が低いことを明らかにした(Horie et al. 2006).葉温は赤外線サーモグラフィによって非破壊 で迅速に計測でき,葉温を精度良く計測できれば遺伝解析 に資することができると考えられる(第 1 図).しかしな がら,葉温は環境・微気象の影響を直接受け,しかも秒単 位で変化するため,異なる熱画像間で葉温を比較する際に は,微気象のノイズが必ず含まれ遺伝解析の妨げとなる. この問題を解決するために,各熱画像に基準品種が写るよ う,具体的には 3 系統ごとに基準品種を栽培し,基準品種 の葉温と各系統の葉温差(Canopy temperature difference,

CTd)を CO2供給能の指標となるか検討した(第 4 図). 結果,CTd は気孔コンダクタンスと密接な関係があり, CTd が低い ( 基準品種より葉温が低い ) ものは光合成速度 も高いことが明らかになった.以上より,同一画像間で葉 温を比較することで微気象のノイズを減らし,これまで以 上に精度良く葉温を光合成能の評価形質として使用できる 可能性が示された(Takai et al. 2010b).ただし,微気象条 件を全く無視して良いと言うわけでなく,測定中に雲が日 射を遮った際には気孔が閉じてしまうので,曇天下で計測 した CTd と晴天下で計測した CTd を合わせて解析するの は避けるべきである.このことは,晴曇が繰返され日射が 安定しない条件での測定は計測時間が限られることを意味 する.そこで,計測時間の確保について思案し,低日射な がら日射が安定している曇天の日に CTd の計測は可能か 検討した.興味深いことに,曇天の日でも品種・系統間に CTd に変異が存在し,曇天時の CTd でも光合成能の評価 指標として使用できる可能性を示唆した(第 4 図).晴天 第 2 図 SPAD 値とクロロフィル含量および光合成速 度との関係. 第 3 図 SPAD 値と気温との関係. 第 4 図 晴天時と曇天時にサーモグラフィで計測 した葉温の比較.

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時の CTd と曇天時の CTd が同じ遺伝要因に支配されてい るかどうかは,今後の遺伝解析の結果により明らかになる だろうが,曇天時の光合成もイネの生育には重要であり, 今回考案した CTd を晴天曇天両条件で遺伝解析すること で,より有用な情報が得られると考えている.  3 つ目に炭素同位体分別という現象が光合成能の評価指 標に使えないか検討した(第 1 図).大気中には質量数 12 の CO2が 99%,質量数 13 の CO2が 1%存在する.この CO2が葉内に取り込まれる際に,13C は12C に比べて重いこ とにより取込み程度に差が生じる.さらに,Rubisco は13C よりも12C を好んで固定する性質があるため,CO 2固定の 際にも差が生じる.この大気中の C の同位体比が植物体内 に取込まれる際に変化した割合(13C が取込まれず分別さ れた割合)を炭素同位体分別といい,Δ13C で表される(第 5 図).上述のようにΔ13C 値は CO 2供給と固定の両者のバ ランスにより決定される.すなわち,気孔が開いていると き に は,12C を 多 く 取 込 み, Δ13C 値 が 上 が る. ま た, Rubisco 含量が低いと葉緑体内に豊富に存在する CO2のう ち12C の CO 2から固定して行き,結果として Δ13C 値は上 がる.イネの品種・系統間でΔ13C 値に変異が存在する場合, その変異は CO2供給と固定にも変異が存在することを示唆 している.Δ13C 値は葉身をサンプリング後,乾燥して粉砕 したサンプルを質量分析計で測定できるので,夏の圃場条 件下で慌しく調査する必要が無い.著者は,この利点を活 かしてΔ13C から光合成能に関与する QTL を検出できない か試みた.遺伝解析の結果,複数のΔ13C に関わる QTL を 検出したが(Takai et al. 2006b),中でも第 3 染色体長腕の QTL が気孔コンダクタンスを高める効果を有することが明 らかになった(Takai et al. 2009).しかしながら,イネの Δ13C 値は生育が進むにつれて下がる性質があり,出穂期 が異なる止葉間のΔ13C 値を比較した場合,その値には出 穂の差異の影響が含まれることが認められた.Δ13C の QTL 近傍に出穂の QTL がある場合,Δ13C の QTL の効果 が本質的なものか出穂 QTL の多面発現か区別する 1 つの 方法として,出穂の影響を除いた解析を考案した.すなわ ち,出穂前の同じ日に,全系統について完全展開葉をサン プリングし,そのサンプルのΔ13C 値について遺伝解析を 行い,QTL が検出されればその QTL は出穂の多面発現で はない可能性が高いと考えられる.Δ13C に限らず,光合成 能は出穂の早晩の影響を非常に強く受ける.誤って出穂の QTL をマッピングしないよう,光合成能の遺伝解析におい て出穂の変異には常に留意して解析を進めることが重要で ある.

4.おわりに

 ゲノム研究の進展により,例えば染色体断片置換系統群 (CSSLs)など遺伝解析に必要なツールは充実してきた (Takai et al. 2007).現在課題となっているのは目的とする 表現形質を遺伝解析に耐えうる精度で如何に評価するかで ある.本総説では主としてイネのソース能・光合成能につ いて評価方法の工夫を紹介したが,収量に関わる第 3 要因 である転流についても遺伝解析の報告はあるものの,その 評価が十分にできているとは言い難い(Takai et al. 2005). しかし,評価方法が遺伝要因の本質をついていればその要 因を検出することは可能であると思われる.評価方法の精 度を上げるには,日々の弛まぬイネ観察からの発見や異分 野で利用されている技術,新しいものさしの利用・応用で あろう.作物研究者として幅広くアンテナを張り巡らし, どこかに隠れているヒントを探し出す努力が今後の研究の 発展を支えると考えている.

引用文献

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Ohsumi, A., T. Takai, M. Ida, T. Yamamoto, Y. Arai-Sanoh, M.

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Yano, T. Ando and M. Kondo(2011)Evaluation of yield performance in rice near-isogenic lines with increased spikelet number. Field Crop Res. 120:68 − 75.

Takai, T., Y. Fukuta, T. Shiraiwa and T. Horie(2005)Time-related mapping of quantitative trait loci controlling grain-filling in rice (Oryza sativa L.). J. Exp. Bot. 56:2107 − 2118. Takai, T., S. Matsuura, T. Nishio, A. Ohsumi, T. Shiraiwa and T. Horie(2006a)Rice yield potential is closely related to crop growth rate during late reproductive period. Field Crop Res. 96:328 − 335.

Takai, T., Y. Fukuta, A. Sugimoto, T. Shiraiwa and T. Horie (2006b)Mapping of QTLs controlling carbon isotope discrimination in the photosynthetic system using recombinant inbred lines derived from a cross between two different rice (Oryza sativa L.) cultivars. Plant Prod. Sci. 9:271 − 280. Takai, T., Y. Nonoue, S. Yamamoto, U. Yamanouchi, K.

Matsubara, Z. Liang, H. Lin, N. Ono, Y. Uga and M. Yano (2007)Development of chromosome substitution lines

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Takai, T., M. Yano and T. Yamamoto(2010b)Canopy temperature on clear and cloudy days can be used to estimate varietal differences in stomatal conductance in rice. Field Crop Res. 115:165 − 170.

Xing, Y. and Q. Zang(2010)Genetic and molecular based of rice yield. Annu. Rev. Plant Biol. 61:421 − 442.

Originality and Ingenuity for Genetic Analysis on Source Ability in Rice

Toshiyuki Takai

NARO Institute of Crop Science(〒 305 − 8518 Kannondai 2 − 1 − 18, Tuskuba, Ibaraki)

Journal of Crop Research 57 : 67 − 71(2012) Correspondence : Toshiyuki Takai([email protected]

参照

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