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市場社会主義論の検討 : 分析的マルクス主義のばあい(仙田左千夫教授退官記念論文集)

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市場社会主義論の検討

一一ェ析的マルクス主義のばあい

福  田  敏  浩

1 はじめに

 近年アメリカを中心にして分析的マルクス主義(Analytical Marxism)と称す る思想グループが活発な文筆活動を展開し,左翼思想に新風を吹き込んでいる。 その分析的マルクス主義は,チルコット(E.B. Chilcote&R. H. Chilcote)によ  1) れば,二会科学への実証主義的アブU一チの立場を取り,とりわけ新古典派経 済学と同様の個人の合理的選択のパラダイムを機軸にして理論を構成している。 代表的論者には経済学のローマー(J.E。 Roemer)やバーダン(P・K. Bard− han),社会学めライト(E.0. Wright>,政治学のプシェボルスキ(A. Przewor・ ski),哲学のエルスター(J. Elster)および歴史学のコーヘン(G. A. Cohen)ら がいる。経済学に限っていえば,分析的マルクス主義は,第1に新古典派と同 様に個人の合理的選択および合理的意思決定を分析のパラダイムとし,数学や 統計学を分析のトゥールとして活用していること,第2に資産分配の不平等を 搾取の問題として捉え,その平等な分配を主張すること,をもって特徴づけら  2) れる。さらにこの派の経済学者は理想的な経済体制の設計をも試みている。か れらが提唱するのは市場社会主義(market socialism)である。  本稿は分析的マルクス主義者の主張する市場社会主義論を批判的に検討しよ うとするものである。ここではローマーとユンカー(J. A. Yunker)の説を取り 上げてみたい。 1)Chilcote〔4〕邦訳261ページ。 2)Chilcote〔4〕邦訳262−266ページ。

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112  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号) II マルクス主義における市場社会主義論の系譜  本論に先立ってマルクス主義における市場社会主義論の系譜を簡単に見てお こう。  マルクス主義の陣営の中で市場社会主義論が台頭し,現実の社会主義建設に 対して影響力を行使するようになるのは第2次世界大戦以後のことである。ユ ーゴスラヴィアのチトー主義がその先陣を切った。チトー主義の基本思想は反 官僚主義,国家退場論および自主管理思想であった。ユーゴスラヴィアでは 1950年代以降このようなチトー主義をベースにして生産手段の社会有,市場経 済および労働者自主管理企業から成る独特の市場社会主義の制度化が試みられ たが,結局は失敗し,1990年代に入るとユーゴスラヴィアそのものが分裂して しまった。  次に登場したのはハンガリーのカーダール主義である。これはカーダール (J. Kfidar)書記長率いるハンガリー社会主義労働者党の理論であり,生産手 段の国有,市場経済および共産党独裁から成る市場社会主義を柱としていた。 この案はニエルシュ(R.Nyers)に代表される党の開明派エコノミストによって 作成された。ハンガリーにおける市場社会主義論の登場の時期は比較的古く, 1950年代にすでにペーター(G.Peter)やコルナイ(J. Kornai)やチコーシュ= ナジ(B.Csik6s−Nagy)らによって主張されていた。かれらの主張がカーダール 主義に与えた影響は大きく,ニエルシュらはかれらの主張を下地にして市場社 会主義モデルを構想したのである。ハンガリーではこのモデルは1968年から実 践に移されたが,これもまた結局は失敗し,現在は資本主義への移行をめざし た体制転換政策が推進されている。  ハンガリーと同じ時期に市場社会主義の制度化に乗り出したのはチェコスロ       ヴァキアであった。この国の市場社会主義のデザイナーはシク(0.Sik)やセル       3) ツキー(R.Selcky)やコスタ(J. Kosta)らの移住プラハ学派の人びとであっ 3)移住プラハ学派の名称は筆者が命名したものである。詳しくは次の箇所参照。福田〔5)  153ページ。なおシクは1990年に亡命先のスイスからチェコに帰り,バベル(V.Havel)大  統領の経済顧問に就任した。

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      市場社会主義論の検討  113 た。かれらが描いた市場社会主義は労働者自主管理を中核としており,基本に おいてチトー主義の市場社会主義モデルに通じていたが,政治システムの面で は決定的な違いを見せていた。チトー主義が共産党独裁を堅持したのに対し, 移住プラハ学派は西欧型民主主義を志向したのである。この派の案がチェコス ロヴァキア共産党の正式の改革案となり,1968年から市場社会主義への移行が 開始されたが,ソ連の軍事介入によってその建設はわずか1年で挫折してしま い,チェコスロヴァキアはソ連想管理社会主義への復帰を余儀なくされた。以 後この国は1980年代末まで管理社会主義を堅持していたが,東欧革命以後は一 転して資本主義への移行をめざすようになった。  1980年代になるとソ連やポーランドでも市場社会主義への動きが生じた。ソ 連では1985年に権力の座についたゴルバチョフ(M.Gorbachev)によってペレ ストロイカが発動された。これは政治の民主化,グラスノスチおよび経済体制 改革の三つを柱にしていた。経済体制改革は市場社会主義の制度化をめざした ものであったが,そのさいゴルバチョフが採用したのはカーダール主義であっ        4) た。私見によればゴルバチョフはハンガリーの後を追ったのである。カーダー ル主義との決定的な違いは,ゴルバチョフが政治の民主化(共産党独裁の放棄, 複数政党制の導入など)と情報の自由化(情報公開,報道の自由化,検閲の廃止な ど)を断行したところにある。この限りではゴルバチョフ改革は1968年の「プ ラハの春」の改革に通ずるものがある。しかしペレストロイカはソ連の再建ど ころか,経済の一層の悪化,共産党の威信の低下,民族紛争などを誘発し,い わば意図せざる結果としてソ連邦の解体を招いてしまった。  ポーランドでは1982年からヤルゼルスキ(W.Jaruzelski)統一労働者党第1書 記の指導のもとに経済体制改革が実施されたが,それは市場社会主義への移行 をめざしていた。その青写真は党および政府の経済テクノクラートや経済学者 などによって描かれたが,私見によればポーランド・モデルは基本においてハ ンガリー・モデルと同様であった。国有企業制(国有企業への労働者自主管理の導 入),規制された市場および誘導的マクロ経済政策を柱としていたからである。 4)詳しくは福田〔6〕を参照されたい。

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114  仙田左干夫教授退官記念論文集(第292号) 市場社会主義の制度化は予想以上に難航し,政府は局面打開のため1988年1月 に経済改革の第2段階の実施に踏み切ったが,事態を改善するには至らず,経 済情勢は悪化の一途をたどった。1988年にはショーティジフレーション(極度の 物不足とハイパー・インフレーションの同時発生)という経済危機が発生し,市場 社会主義の実験はここに頓挫したのである。  以上のように東の市場社会主義論の特徴は,政権党の経済政策構想の形で展 開されたところにある。市場社会主義論は単なる理論モデルではなく政策志向 の実践論だったのである。その背景には  ソ連とのイデオロギー的・外交的対 立のゆえに市場社会主義を選択したユーゴスラヴィアを別として一経済の停滞と いう現実があった。如上の国々の政権党はその打開策として市場経済の導入に 踏み切り,経済の再生を図ったのだが,結局失敗してしまった。公的所有を温 存したままで市場経済を活用しようとしたからである。公的所有は市場経済の 機能にとってブレーキとなることが分かった。社会主義の最後の砦ともいうべ き市場社会主義の制度化は失敗し,ロシア・中欧・東欧諸国は一斉に資本主義        5) への移行を開始した。これらの国では市場社会主義論は,シクの説を例外とし て,影を潜めてしまった。  一方,1980年代以降のアングロ・アメリカ圏では社会主義の衰退に危機意識 を募らせた左翼の思想家たちが社会主義の再生をめざして市場社会主義論を提 唱するようになった。筆者の知る限り,それには二つの流れがある。一つはイ ギリスを中心としたフェビアン・ソーシァリズムの流れの市場社会主義論であ る。ル・グラン(J。Le Grand),エストりン(S. Estrin)およびミラー(D. Miller) が代表的論者であるが,かれらは伝統的な協同組合思想をベースにした市場社       6) 会主義論を展開している。もう一つはアメリカを中心とした分析的マルクス主 義の市場社会主義論である。ローマー,バーダン,ユンカーおよびワイスコフ (T.E. Weisskopf)が代表的論者であるが,かれらの問題意識は現存経済体制を        5)シクは1ggo年に自主管理をベースにした市場社会主義論を展開した。 Sik〔20〕.シク説 については福田〔12〕をも参照されたい。 6)Le Grand〔17〕.

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      市場社会主義論の検討  115 超えた理想的経済体制を提示しようとするところにある。つまり,現存社会主 義および現存資本主義の次にくる経済体制の提示である。 III分析的マルクス主義の市場社会主義論  筆者は別の機会にU一マー,バーダンおよびワイスコフの説を検討したこと    7) があるが,ここではローマ一説を再度取り上げてみたい。ローマーは最近出し たAFuture for Socialism(Cambridge,エ994)の中で自説を一層体開化している からである。ここではまた,前回には取り上げなかったユンカーの説も検討す ることにしよう。  1.ローマー説  ローマーは現存社会主義の崩壊にもかかわらず社会主義の実現を固く信じて いる論者の一人である。かれによれば,ソヴィエト社会主義は社会主義の実験 のひとつでしかなく,しかもその実験は人類史のごくわずかな期間を占めてい          8) たにすぎないのである。ソヴィエト社会主義が崩壊したのは,市場が廃止され, 競争およびインセンチィヴが欠如し,プリンシパルーエイジェント問題が解決       9) されなかったことによるものであった。これらの問題が解決できれば社会主義 は十分に機能し,しかも現存資本主義よりもよりよいパフォーマンスを実現で きるだろうという見通しがローマー説の出発点にある。  ソヴィエト社会主義の教訓を踏まえてローマーが選択したのは,市場社会主 義(market・socialism)の道であった。これには労働者自主管理(labor−managed) タイプと経営者(managerial)タイプの二つがあるが,かれが選択したのは経 営者タイプつまり経営者市場社会主義である。その選択根拠は効率である。ユ ーゴスラヴィアの経験が示すように,労働者自主管理はリスク回避行動のゆえ に低効率に悩まされた。経営効率の面では資本主義的経営者に頼らざるをえな い。チトー主義にしてもカーダール主義にしても移住プラハ学派にしても労働 7)福田〔12〕。 8) Roemer (19) p.26. 9) Roemer C19) p. 7.

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116  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号) 者自主管理に生産現場での民主主義の実現を託したのだが,ローマー説にはそ うした民主主義からの発想はない。効率重視の市場社会主義論である。これは 分析的マルクス主義に所属するバーダンやユンカーの説にも共通して見られる      の 特徴である。  もっとも効率重視といっても社会主義本来の価値である平等が軽視されてい るのではない。むしろ,ローマーは社会主義の杜会主義たるゆえんは平等にあ ると見る。それは機会の均等という意味に解され,自己実現と豊かに生きる機 会,政治への影響の機会,社会的ステータスへの機会を万人に対して平等に保       11) 証することが社会主義の使命と考えられている。市場社会主義はいうまでもな く経済体制であるが,それはことに物質的に豊かな生活の機会を万人に保証す るという意図をもって構想されているのである。  かくて市場社会主義の課題は「平等と効率」の実現ということになる。ロー マーによれば平等は所有権システムの問題であり,効率は経済メカニズムの問    12) 題である。前者については社会主義が,後者については市場経済が強みをもつ。 つまり,平等は公的所有によって,効率は市場メカニズムによって最もよく実 現されるのである。  平等の問題は具体的には所得分配の問題となる。ローマー説の特色はこの間       13) 題を総利潤の市民への平等な分配によって解決しようとするところにある。そ れを可能にする制度的手段として公的所有が考えられているが,それが具体的 に何をさすかは明瞭でない。ローマーの叙述にしばしば出てくるのは国有企業       14) だが,他方でまた企業の市民所有と受けとれる文言もある。かれのいうように 所有権システムの選択は手段的な事柄であるとはいえ,公的所有の内容規定を なおざりにしてよいというものでもないだろう。 10)バーダン説については次の文献参照。Bardhan〔2〕,Bardhan〔3〕.分析的マルクス主義 者の中にもワイスコフのように自主管理民主主義を重視する者もいる。Weisskopf〔21〕. 11) Roemer (19) p 11. 12) Roemer (19) p. 2, p. 20. 13) Roemer (18) pp.89−90. 14) Roemer (19) p. 23.

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       市場杜会主義論の検討  117  総利潤の市民への平等な分配の具体的な方法として提示されているのは,ク ーポン方式である。クーポンとは企業利潤に対する請求権である。クーポンは 成人した全市民に一各人に同額の形で  支給され,市民はそれで株式を取得 し配当を受け取る。そのさい市民は投資信託(mutual fund)ヘクーポンを投資 し,投資信託の株式を取得して配当を得るのである。株式をマネーで購入する ことは禁止される。それを認めると少数の富者が株式の多くを買い占めること        15> になるからである。市民の死去のさいにはクーポンは国庫に返却される。  ローマーのクーポン経済(coupon economy)におけるアクターは市民,投資 信託および企業である。投資信託はプリンシパルたる市民のエイジェントとし ての役割を演じ,信託されたクーポンを株式市場で運用して最大の配当を実現 するよう行動する。投資信託は企業に対してはプリンシパルとして行動し,企 業が利潤最大化で行動するよう監視する。ローマーが投資信託にこのような役 割を与えたのは,多数の市民よりは少数の投資信託にプリンシパルとしての機 能を与えた方が企業のモニタリング効果があると考えたからである。また,市 民と企業との間に投資信託を置くことで市民の企業への直接投資に歯止めをか け,投資の失敗による株式資産の喪失やその少数者への集中を防止するという ことも意図されている。  公企業はメイン・バンクを中心に組織されたグループに所属する。この企業 グループの考えはB本の企業系列に着想をえている。公企業は独立の法人であ り,株式会社の形態を取る。メイン・バンクは公的所有であり,大銀行は国家 によって所有されるが,国家権力の介入を避けるため憲法によってその独立が     16) 保証される。銀行の役割は公企業に対するファイナンスと公企業の監視である。  公企業に対するコーポレート・ガバナンスは,以上のように,資本市場とバ ンキング・システムで行われる。企業業績が悪化し株価が低下すると,投資信 託は株式を売却する行動に出,メイン・バンクは融資を控える。このような規 律によって企業の経営者は合理的行動を余儀なくされる。加えて公企業の取締 15) Roemer (19) pp.49−50. 16) Roemer (19) p. 76.

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118  仙田:左千夫教授退官記念論文集(第292号) 役会には投資信託およびメイン・バンクから代表が派遣され,当該企業の経営        17)者の行動や業績はこの社外取締役によってもチェックされる。  U一マー説では小規模の私企業の設立も認められている。私企業はいわゆる 企業家によって所有され経営されるが,その企業家にはイノベーターとしての 役割が期待されている。ただし,私企業が一定規模に達すると,それは公企業      18) に転換される。つまり,政府が私企業をオークションで公企業に売却したり, 公企業が直接私企業を買収したりするのである。私企業の公企業への転換の目       19) 的は資本家階級の出現を防止することにある。  以上がローマ心底の概要であるが,その特徴は所得分配の平等はクーポン方 式で,効率は金融・資本市場によるコーポレート・ガバナンスで実現しようと するところにある。クーポン方式は,チェコ・スロヴァキアで私有化の一環と        20) して1992年から実施されたバウチャー方式に着想をえている。コーポレート・ ガバナンスは,公企業は低効率という批判に対するローマーの回答である。公 企業の効率化は経営者に対する内部および外部からのモニタリングで実現でき るというのがローマーの考えである。そのさいかれが念頭に置いたのはアメリ カで発達したコーポレート・ガバナンスである。周知のようにアメリカでは1970 年代に社外取締役によるモニタリングが,1980年代に企業買収という形での外 部からのチェックが,近年では年金基金や保険会社などの機関投資家・株主に よるモニタリングが発達した。ただ,アメリカのばあいにはこれらは私企業を 対象にしたものであった。これに対しローマ一説ではそれらを公企業に応用し よっといつのである。  企業利潤の市民への平等な分配がU一マー説の核心を成すことは既述のとお りであるが,その背景には搾取および不労所得の排除というマルクス主義の伝 統的な考えがある。クーポン方式はこれらを排除できるだろうか。アーネソン 17) Roemer (18) p. 97. 18) Roemer (18) p. 97, Roemer (19) p. 78. 19) Roemer (19) p. 79. 20)チェコのバウチャー方式については福田〔13〕を参照されたい。

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       市場社会主義論の検討  119       21) (R.J. Arneson)が指摘しているように,クーポン方式では多数が多数を搾取す ることになる。資本主義では少数の資本家が多数の労働者を搾取して不労所得 を獲得する。市場社会主義では直接労働に参加しない多数の市民がクーポンに よって利潤の分配に与かるのだから多数の市民が多数の労働者を搾取すること にならざるをえないというのである。鋭い批判といわねばならない。  ローマー説では公的所有の内容が曖昧であることはすでに指摘した。筆者の 見るところローマーは国有企業をかなり意識しているようであるが,もしも国 有企業中心の所有制を考えているのであれば,効率の面で問題が出てくる。国 有企業体制にすると企業は必ず官僚の統制に服することになる。たしかに法に よって国有企業の独立が保証されるにしても当該企業の所有権を保有する機関 の官僚は企業に対してコルナイのいう間接の官僚的調整を行い,それによって 官僚と企業マネジャーの間にパターナリズムが形成され,その結果国有企業の 予算がソフト化することは,ハンガリーの市場社会主義の経験が教えるとおり である。ローマーの市場社会主義で企業の予算制約のソフト化が生じないとい う保証はない。官僚制の分析が決定的に欠けているからである。パターナリズ ムの支配するところにアメリカのコーポレート・ガバナンスを導入しても意味 がない。それは私有と市場経済の組み合わせを基本とする資本主義のもとで発 達したものである。それをこうした体制的枠組みから切り離し,公的所有に接 合しても有効に機能するはずがない。  公企業の設立はどうなるのだろうか。これについてU一マーは一言も述べて いない。論理的にいえば公企業は公的機関の所有になるのだからその設立者は 行政機関ということになろう。行政機関が公企業の設立権限を占有すると市場 での新規参入および退出(倒産)の自由が著しく制限されることはハンガリーで       22) 証明済みである。私企業の設立はどうなるのだろうか。これについても一言の 説明もない。私人に起業の自由を保証するには少なくとも土地市場を制度化し, 土地取引の自由を認めておく必要がある。土地も公的所有となれば私企業の設 21) Arneson C 1) p. 287, p. 289. 22) Kornai (16) pp. 54−55.

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120  仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号) 立は官僚の統制に服することになる。市場経済が有効に機能するためには市場 での自由参入と自由退出を保証する所有方式の制度化が不可欠である。ローマ ー説はこの点の分析を欠いた魅力に乏しい説といわざるをえない。  私企業は一定の規模に到達すると公企業に転換されることになっているが, このような制約の中で企業家タイプの人物が自発的に企業を興すだろうか。ア メリカでは企業家が自分の企業を他の大企業に売却する例が多数見られる。ロ ーマーはこのような事実をもとに私企業の公企業への転換を思いついたのであ ろうが,それとアメリカのケースを同列に論じることはできない。資本主義ア メリカでは大企業への売却は企業家の裁量に委ねられている。公的セクターへ の売却が制度的に強制されるローマーの市場社会主義でアメリカ並の小私企業 の創設率とイノベーションが達成されるとはとても思えない。  ローマー説は一国社会主義論である。国民経済中心の閉鎖的なモデルである。 対外経済関係に関する説明がないのである。経済のグローバリゼーションやボ ーダーレス化が進行し,国民経済中心の経済学のパラダイムの見直しが要請さ れている中で一国社会主義論は時代遅れの印象を受ける。市場社会主義におけ る対外経済関係はどうなるかを説得的に論じない限り市場社会主義論は生き残 れないだろう。  2.ユンカー説  ユンカーの問題意識は,随一マーと同様に,「平等と効率」を実現する経済体 制をデザインすることにある。この問題意識をもってユンカーが設計したのは 「プラグマティックな市場社会主義」(pragmatic market socialism)であった。 これは,相続や資産から発生する不労所得を防ぎ,資産所得の分配の平等を実   23) 現すると同時に,現存資本主義の市場経済をコピーした市場経済によって高志      24) 率を達成するような経済体制である。不労資産所得の防止のため資産の私有は 禁止され,資本家階級は排除される。経済メカニズムの点では現存資本主義の メカニズムが転用される。たとえば企業間競争,需給による価格の決定,ファ 23) Yunker (22) p. 29, p. 68, p. 277. 24) Yunker (22) p. 29, p. 50.

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      市場社会主義論の検討  121 イナソシャル・インセンチィヴ,企業経営システム,消費者主権などである。 このような資本主義の制度をそのまま借用しようというのだからプラグマティ ックという形容詞がつけられたのであろう。  私有の原則禁止により大企業は公的所有に転換される。公的所有の目的は, 大企業の資産所得(配当,利子,キャピタルゲインなど)を国民に平等に分配する      25) ところにある。大企業の所有権は公有庁(Bureau of Public Ownership)が保有 する。したがって公企業は国有企業ということになる。公有庁はいわば政府の 持ち株会社であり,公企業に対してプリンシパルとしての役割を演じるととも に,企業の資産所得の分配機関としての役割をも演じる。公有庁は本庁と出先 機関から成る。各出先機関には公有庁の代理人が常駐し,かれらが公企業を監 視し,業績不振のばあいには最高経営責任者(CEO)の解任を行う。ただし,公 有庁および代理人は企業の経常活動に介入することはできず,企業の独立は保 証される。公企業は利潤最大化で行動し,市場で競争し,業績不振のばあいに は破産法の適用を受ける。  ユンカーは小規模企業および企業家経営企業については例外的に私有を認め ている。その理由として,第1にこれにより公有庁の管理負担が軽減されるこ と,第2に私的企業家はダイナミックなパフォーマンスやイノベーションの面        26) で良好な実績をあげること,が挙げられている。企業家経営企業が公企業に転 換することがあるが,それは,ローマー説と違って,企業家の裁量に委ねられ る。  コーポレート・ガバナンスについては資本主義と同様の制度が考えれられて いる。破産制度,競争,金融・資本市場および企業の取締役会である。公企業 に対してはこれらに公有庁のモニタリングが加わる。公有庁は国民(プリンシパ ル)のエイジェントであるが,公企業のCEO(エイジェント)に対してはプリン シパルとしての役割を演じる。  分配についていうと,公有庁は公企業の資産所得を徴収し,これを国民に分 25) Yunker C22) pp.3−4. 26) Yunker (22) p.33.

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122 仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号) 配する。具体的には徴収した総資産所得のうち最大限5%を運営費として公有 庁に残し,残りの95%以上は社会的配当所得(social dividend income)という形 で国民に分配する。そのさい就労者については各人の労働所得に応じて,退職        27) 者については各人の年金額に応じてという原則が適用される。労働所得(賃金, 給料)については各人の貢献に応じてという原則が適用され,公的介入は行われ ない。つまり,労働所得は課税の対象とはならないのである。  私的家計は労働所得と社会的配当所得を受け取る。株式や債権や社債や公債       28) などの不労所得の源泉となる金融資産の保有は禁止される。つまり私的家計は 資本市場に参加できない。それへの参加が認められるのは保険会社や年金基金 などの公的金融機関である。私的家計の預金に対する実質利子率の支払いも禁 止される。つまり,銀行や貯蓄組合は預金者に対し利子を支払うが,その名目 利子率は現行インフレ率に等しく設定されるのである。私的家計の所得に対す る課税は廃止される。法人税と付加価値税が税制の柱となる。  以上のモデルは先進資本主義諸国での実現を意図して設計されたものである。 より正確にいえば,資本主i義アメリカを市場社会主義のアメリカにすることが       29) 意図されている。ユンカーはこのような体制転換は現行の経済制度に公有庁と 公有化を付け加えるだけのことだから容易に実現できると考えている。この意        30) 味で自分の提案は保守的なものであると述べている。また,かれは自分の案は 資本主義の病の治療であって,この治療で一層病状が悪化すれば公有庁の廃止        31) と再私有化を行って資本主義に復帰すべきであるとも述べている。自分のモデ ルをプラグマティックと形容したのも頷けようというものである。  ユンカー説の問題点のいくつかは先に指摘したローマ一説のそれと重なり合 う。国有企業体制につきものの官僚統制の問題,公企業および私企業の設立の 問題,国民経済をベースにした一国社会主義論がそうである。 27) Yunker (22) p. 35, p. 277. 28) Yunker C22) p.30, 29) Yunker C22) p. 246, p. 253. 30) Yunker (22) p.280. 31) Yunker (22) p.278, p. 281.

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       市場社会主義論の検討  123  ユンカー説の決定的な難点は,大企業の公有化と公有庁の設立にある。ユン カーは,公有化は官僚的中央管理計画システムをめざすのではないと述べてい  32) るが,はたしてそういえるだろうか。たしかにソ連曲の管理システムは論理的 には成立しえないだろう。つまり,国家計画委員会が企業の投入および産出を 計画し,統制するといういわば企業活動のスタート地点の管理システムである。 しかし,政府持ち株会社たる公有庁を設立し,これに企業の資産所得の徴収を 委ねるとすれば,企業活動のいわばゴール地点での中央管理システムが形成さ れはしないだろうか。公企業は国有企業なのだからなおさらそうである。ユン カー・モデルで想定する欧米型民主主義のもとでの政府は,人気取りのため社 会的配当所得の額を年々増やすに違いない。このため公有庁は結局は公企業の 産出および投入を統制せざるをえないだろう。統制が統制を呼ぶのである。ソ 連・東欧の経験が示すように公有制ではミ一尺ス(Lv. Mises)のいう統制波及 の法則が貫徹する。  ユンカーは市場社会主義の実験に失敗するならば資本主義へ帰ればよいと考 えているが,これはずいぶん乱暴な議論である。かれはアメリカでの体制転換 を考えているが,大国での転換コストは計りしれないほど大きい。中欧の小規 模国家で現在進行中の私有化でさえ難航していることを思えばなおさらである。 大企業を公有化しておいて失敗したらもう一度私有化すればよいというのはコ ストを無視した暴論である。

IVおわりに

 分析的マルクス主義者の立論方法は組み立て主義である。まず社会主義の価 値は所有の問題として扱われ,平等(所得分配の平等)の実現に与かる最適の所 有方式として公的所有が選択される。ついで効率の問題は資源配分の問題とし て扱われ,最適の方式として市場経済が選び出される。そうして最後に,公的 所有と市場経済が機械的に結合されて市場社会主義が組み立てられるのである。 組み立て主義は市場社会主義論の伝統的な方法であり,チトー主義にせよカー 32) Yunker (22) p.3.

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124 仙田左千夫教授退官記念論文集(第292号) ダール主義にせよ移住プラハ学派にせよいずれもこの方法に依拠してきた。  このような組み立て主義に早くから非を唱えてきたのは新自由主義者であっ た。ミーゼスやハイエク(F.A. v. Hayek)やオイケン(W, Eucken)らは,すで に戦前に,経済体制の構成諸要素は相互に依存しあっており,それらをランダ ムに組み合わせることはできないと主張した。公的所有と市場経済,私的所有 と計画経済は長期的には両立しえないというのである。最近ではかって市場社 会主義者であったコルナイでさえも,ハンガリーの経験を踏まえて,国有と市 場の問には弱い結合(weak Iinkage)しか成立しなかったために市場社会主義は       33) 生き残れなかったと述べている。ソ連・東欧諸国の経済体制動向を冷静に観察 してきた者なら誰しも新自由主義者やコルナイに同調せざるをえないだろう。 筆者もそのうちの一人であり,公的所有と市場経済を組み合わせたから市場社       34) 会主義は失敗したということを繰り返し指摘してきた。  20世紀の経済体制実験の時代は,所有の問題と資源配分の問題はワンセット で考察しなければならないことを教えている。この考察方法に立てば市場経済 は私的所有に結び付いてこそ本領を発揮することが分かるはずである。資本主 義の健在ぶりがこのことを雄弁に物語っている。分析的マルクス主義はこのよ うな経験から何を学んだというのだろうか。その市場社会主義論は机上の説と いわざるをえない。       参 照 文 献 ( 1 ) Arneson, R. J., Market Socialism and Egalitarian Ethics, in Bardhan, P. K., J, E.  Roemer(eds,), Market Socialism, The Current Debate, New York, 1993, pp. 281−297. (2) Bardhan, P. K., J. E. Roemer, Market Socialism, A Case for Rejuvenation, in  /burnal(ゾEconomic PerSpectives, Vol.6, No.3,1992, pp.101−116. ( 3) Bardhan, P. K., On Tackling the Soft Budget Constraint in Market Socialism, in  Bardhan, P, K, J. E Roemer(eds.), Marfeet Socialism, The Current Debate, New  York, 1993, pp. 145−155. (4) Chilcote, E. B., R. H. Chilcote, The Crisis of Marxism: an appraisal of new 33)Kornai〔14〕, Kornai〔15〕p.574.コルナイ説については福田〔10〕をも参照されたい。 34)福田〔7〕,福田〔8〕,福田〔9〕,福田〔11〕。

(15)

市場社会主義論の検討  125   directions,若森章孝訳「マルクス主義の危機と動方向」『経済論集』(関西大学)第44巻,   第2号,1994年,245−287ページ。 〔5〕福田敏浩『現代の経済体制論』晃洋書房,1990年。 〔6〕福田敏浩「揺れ動く東欧諸国の経済体制」野尻武敏,丹羽春喜,福田敏浩,嵐田万寿夫   『ひとつのドラマの終り一共産主義の倒壊一』晃洋書房,1991年,103−155ページ。 〔7〕福田敏浩「経済体制収細説の再登場」「彦根論叢』第269号,1991年,25−44ページ。 〔8〕福田敏浩「所有と調整一ワンセット思考の必要性一」『彦根論叢』第273・274号,1991   年,319−331ページ。 〔9〕福田敏浩「所有と市場一市場社会主義の失敗に寄せて一」『彦根論叢』第276・277号,   1992年,57−72ページ。 〔10〕福田敏浩「体制転換の政治経済学一コルナイ説をめぐって一」『彦根論叢』第279・280   号,1992年,225−240ページ。 〔11〕福田敏浩「経済体制移行論の再登場」『彦根論叢』第282号,1993年,17−34ページ。 〔12〕福田敏浩「市場社会主義論再考」『国民経済雑誌』第170巻,第4号,1994年,45−61ぺ   fiンQ 〔13〕福田敏浩「中欧の私有化政策」「彦根論叢』第291号,1994年,1−16ページ。 〔14〕Kornai, J., The Affinity between Ownership and Coordination Mechanism, The   Com王non Experience of Reform in Socialist Countries, in Bogomolov,0. T.(ed.),   Mar鳶et Forces in Planned Economies, London,1990, PP 33−54. 〔15〕 Kornai, J., The Socialist System, The Political Economy Of Communism,P「inceton,   1992. 〔16〕Kornai, J., Market Socialism Revisited, in Bardhan, P. K.,」. E. Roemer(eds.),   Market Socialism, The Czarrent Debate, New York,1993, pp.42−68, 〔17〕 Le Grand, J., S. Estrin, Market Socialism, Oxford,1989. 〔18〕 Roemer, J. E., Can There Be Socialism after Communism ?, in Bardhan, P. K,, J, E.   Roemer(eds.),Market Socialism, The Current l)ebate, New York,1993, pp. 89−107. 〔19〕 Roemer, J. E., A Future for Socialism, Cambridge,1994.      〔20〕 Sik,0., Die sozialgerechte Marletwirtschaft, Ein晦.醜70steuropa, Breisgau,1990. 〔21〕Weisskopf, T. E., A Democratic Enterprise−Based Market Socialism, in Bardhan,   P、 K,,J. E. Roemer(eds.),ル4αrket Socialism, The Current Debate, New York,1993, pp.   120−141. 〔22〕 Yunker, J. A., Socialism Revised and Modernized, The Case for Pragmatic Market   Socialism, New York, Westport, London,!992. 一 1994・11・ 7

参照

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