と社会関係の持続と変化――ボーン・アゲイン・ク
リスチャンと イスラーム改宗者の事例から
著者
細田 尚美, 渡邊 暁子
著者別名
HOSODA Naomi, WATANABE Akiko
雑誌名
白山人類学
号
16
ページ
29-53
発行年
2013-03
i
特集論文i
湾岸アラブ諸国におけるフィリピン人労働者の改宗と
社会関係の持続と変化
一一ボーン・アゲイン・クリスチャンと
イスラーム改宗者の事例から一一
細 田 尚 美 * ・ 渡 遁 暁 子 付
Impacts of Religious Conversion on Social Relations of Filipino Migrant Workers in the Arab Gulf States:
Cases of Born-again Christians and New Muslims
HOSODANaomi* and WATANABEAkiko付
Abstract
This paper focuses on the persistence and changes of social relations of Filipino migrants who experienced religious conversion in theArab Gulf states. Earlier studies have argued that foreign workers in the Gulf countries were not only segmented by their ethnicity, nationality and class,
but also suppressed and isolated due to their legal status as permanently temporary workers. Thus their private associates were assumed to be limited ωfamilies and relatives for those who were financially capable of bringing such kins from the Philippines, or some friends, if not any.
In this paper the authors draw focus on two groups of Filipino religious converts, namely,
born-again Christians and new Muslims, in the United Arab Emirates as well as in Qatar, and seek whether their conversion had led to changes in their social relations. From intensive interviews and participatory observation taken place in these countries for four months between 2009 and 2012, the study reveals that the people these converts often associate include the members of new faith groups, in additionωkins and friends whom they had known even before conversion. Moreover, in their faith groups, these converts also closely associate with Filipinos of different class and members of other nationalities. Yet, there are differences between born-again Christians and new Muslims. First, while born-again Christians would spend less time with kins and friends after their entering new groups, New Muslims would experience even greater
* 香川大学インターナショナルオフィス;International Offic,巴Kagawa Univ巴rsitぁ1-1Saiwai-cho, Takamatsu, Kagawa, 760-8521, Japan/ e-mail: [email protected]
州 東 洋 大 学 社 会 学 部 ;Faculty of Sociology, Toyo University 5-28-20, Haku呂田, Bunkyo, Tokyo, 112-8606/ e-mail: kay巴watanab巴@gmail.com
transformation of social r巴lationsthan born-again Christians, such as moving out from their
shar巴drooms with kins/fri巴nds. S巴cond,among born-again Christians, n巴wly-formedclos巴
relationships are s巴enpr巴dominantlyin church activiti巴s,while among new Muslims, the s巴ns巴
of solidarity and r巴lationshipsgo b巴yondtheir religious activities, and can affi巴ctrelationships in
the workplace or at tim巴slead to intermarriage.
キーワード:湾岸アラブ諸国,フィリピン人労働者,改宗,社会関係
Keywords: Arab Gulf States, Filipino migrant workers, religious conversion, social relations
I
は じ め に
本稿は,アラブ首長国連邦 (UAE) とカタル首長国において,カトリックからボーン・アゲ イン (born-again) クリスチャン1)に改宗したフィリピン人,ならびにカトリックからイスラ ームに改宗したフィリピン人の聞にみられる社会関係の持続/変化を分析する。 本稿は,湾岸アラブ諸国に暮らすフィリピン人労働者が,自分の家族・親族あるいは個人的 な友人を除いて,どういった局面でどのような人たちと親しくなっているのだろうか,またど ういったコミュニティを現地で形成してきたのか,という疑問から出発している。フィリピン 出身の海外家事労働者が形成する生活世界に関しては,既にいくつかの民族誌が書かれている。 たとえば,香港,ローマ,台北で働くフィリピン人家事労働者を対象とした研究は,彼女らが 家事労働者同土の互助ネットワークのなかで,休日をともに過ごし,情報交換をしながら,同 胞 を 踊 す ケ ー ス も な か に は あ る も の の , 多 く の 場 合 は 助 け 合 っ て 暮 ら す 様 子 を 描 い て い る [Constable 1998; Parrenas 2001; Lan 2006J。ところが,湾岸のフィリピン人労働者に関し ては,現地調査に基づく先行研究の数が少ないために,湾岸の外国人労働者一般について言わ れること,すなわち,後述するように外国人労働者は国籍や階層によって細かく分断されてい るとし寸言説しか,そのイメージを把握するときに拠り所にできるものはなかった。 さらにいえば,家事労働者がフィリピン人人口の大多数を占める香港などとは違い,湾岸諸 国では,フィリピン人は家事労働者に限らず,多様な職業に就いている。一例として, 2010年 に UAEで雇用されたフィリピン人の 35%はサービス業分野で働いており,家事労働に従事す るフィリピン人の割合(全体の 30%) を上回っている [PhilippineOverseas Employment Administration 2011J。よって,湾岸諸国では,家事労働者だけの生活世界に注目するのみな らず,他の職業に就いているフィリピン人をも視野に入れた研究が必要である。 1) フィリピン人の問では,カトリックに属さないベンテコステ・カリスマ運動集団を一般にボーン・ア ゲインと呼ぶため,本稿ではこの表現を用いる。そこで次に,改宗者の集団に注目する背景を述べたい。筆者らがフィリピン人労働者の改宗 に関心を持ったきっかけは, UAE,カタル両国でのフィールドワーク中に,湾岸諸国で改宗し たというフィリピン人にしばしば出会ったことだ、った。さらに調べてみると,フィリピン人の 聞の改宗者の割合を示す統計はなかったものの,断片的ながら,改宗が両国在住のフィリピン 人にとって珍しい事象ではないことを示唆するデータがいくつかあった。 UAEを構成する首長 国のひとつド、パイに在住するフィリピン人インフォーマントたちによると,様々なボーン・ア ゲイン集団のメンバーから集会への参加の誘いを受けることは,ド、パイの日常の一面だとし、う。 ド、パイのボーン・アゲイン集団が集会を開く際によく利用する英国教会の聖トリニティ教会 (HolyTrinity Church) によると,同教会を利用するゲスト信仰集団は 122を数える。同教会 関係者の話では,ボーン・アゲイン集団はこれら集団の大多数を占め,そして,フィリピン人 はインド人とならび最も活発にボーン・アゲイン集団の活動を行っている国民だという。また, イスラーム改宗の増加については,次のような数値が現地の英字紙に載っている2)0UAEの別 の首長国アブダピでは, 2004年から 2008年にかけて 630人が改宗し,そのうちの半数がフィ リピン人で7割が女性であった [TheNational, Nov. 2008J。 ドパイでは, 2010年の改宗者は 5,000人に達し,その理由として,改宗者がムスリム男性と結婚したことや,ムスリム家庭で 家事労働者として働いていたことを挙げている[KhaleejTimes, Jan. 2011J。一方,カタルで、 は, 2011年前半に 800人がイスラームに改宗したとの記事が掲載されている [GulfNews,Sep. 2011J。 近年のトランスナショナル・コミュニティ研究において,移住後の宗教実践や移住先の信仰 を基盤とした集団に対する関心は高まりを見せている。人類学分野における移民研究の動向を 整理したBrettell[2008: 124-131J によれば,移民の社会関係に関する研究は従来から親族ネ ットワークないしはエスニシティにまず注目する傾向がみられる。したがって,移民の信仰集 団を対象とした研究においても,研究者はこれまで,出身地域のエスニック・コミュニティの 一部として信仰集団を捉えることが多かった。たとえば,カトリック教徒が人口の約8割を占 めるフィリピンからの移民についての研究では,ほとんどすべての対象が移住先のカトリック 教会で繰り広げられるフィリピン人グ、ルーフ。の活動内容やネットワークになっている [e.g. Tondo 2011; Bonifacio and Angeles 2010;マテオ 1999J。ところが最近,移民の出身地域のエ スニック・コミュニティの一部と考えられる信仰集団のみならず,さらに多様な移民の信仰活 動と社会関係を見ていくべきだとの主張も強まっている [Johnsonand Werbner 2011J。たと えば,グリック・シラーらは,ひとつのエスニシティに限定されない職場ネットワーク,ピジ 2) 本稿では, Lacarらの定義を基に
r
改宗」を,新たな集団の宗教的教義,信仰,儀礼,実践を取り入 れていく過程を指すものとする [Lacar2001: 39J。ネス・ネットワーク,政党ネットワークなどへの移民たちの参加にくわえ,彼/彼女らの別の 宗教集団への参加も,移民と移住先の社会の関係を探るうえでの新たな分析単位になると主張 している[GlickSchiller, etal.2006: 613・614,625・626J。 このような観点から湾岸の外国人労働者研究を見てみると,女性家事労働者の改宗やそれに 類似した現象に着目する研究が少しずつ発表され始めている [Angeles2011; Ahmad 2011; Frantz 2011J。しかし,いずれも研究対象を女性家事労働者に限定していることにくわえ,女 性家事労働者たちが信仰を基盤とした集団に参加することにより,彼女たちの社会関係にどの ような変化が起こっているのかについては明らかにしていない。 そこで本稿は,改宗したフィリピン人労働者の社会関係の持続/変化に焦点を当てる。最初 に湾岸諸国における外国人労働者が置かれている社会環境の特徴を挙げたうえで, UAEとカタ ルに在住するフィリピン人の概況を示す。続いて,ボーン・アゲイン・クリスチャン,イスラ ーム改宗者の順に改宗者の集会の様子や改宗後の周囲の人たちとの関係の持続/変化の事例を 挙げ,最後に両集団の改宗後の社会関係の持続/変化を比較考察し,改宗者集団には国籍や階 層による分断が認められるかどうかについて検討する。 本稿が着目する社会関係は,調査対象者らが実際に日常生活や活動をともにする親しい人に ついてである。湾岸のフィリピン人労働者の生活世界に関する研究がまだ不十分な現時点では, 親族関係など研究者が想定できる関係性に縛られず,対象者を取り巻く社会関係をもっと柔軟 にみていくことが重要と筆者らは考えるためである。 本稿の内容に関連する主たる調査はUAE・カタル両国において, 2009~2012 年の聞に計 4 カ月程度,参与観察と聞き取りを中心に行った。筆者二人はそれぞれ,これまでにフィリピン 本国でフィールド調査を行ってきた地域(渡遁はマニラ首都圏とミンダナオ島のムスリム集住 地域,細田は東ピサヤ地方とマニラ首都圏)の知人らを通じて,本稿で取り上げる信仰集団の メンバーと知り合った。聞き取り調査では,タガログ語と英語を主に用いている。 II 湾 岸 諸 国 の 外 国 人 労 働 者 に か か わ る 社 会 環 境 湾岸諸国は,基本的に外国人に対して永住権を認めていない。外国人労働者は,職種にかか わらず,すべて 2年程度の就労契約期間(契約更新あり)のみ滞在を許可されている。外国人 の入国や滞在には,カフィール(スポンサー,身元引受人)がすべてに関与する。外国人労働 者の場合は,通常各々の雇用者がカフィールになるため,外国人労働者の滞在は雇用者の意思 一つで決まる制度になっている。そのため,外国人労働者は雇用者に対して非常に弱い立場に 置かれることになる(詳しくは特集の松尾論文参照)。 労働市場では,自国民優遇政策により外国人労働者の給与水準は国民のそれより低く設定さ
れている。くわえて,外国人労働者に対しては分割労働市場の原理が適用されているために, 外国人労働者の給与や待遇は,送り出し国の物価を基準に定められている。よって,湾岸諸国 では同じ職場で同ーの仕事をしても,国籍によって賃金に格差がある点も差別としばしば指摘 される [e.g.Mednicoff 2012;Gardner 2010;Owen 1985J。経済格差は生活スタイルの差にも つながる。給与水準の高い国の出身者と低い国の出身者は経済力の差ゆえに居住地域や余暇の 過ごし方にも明確な差が出ている。
このような法的,経済的な格差を背景として,湾岸諸国における国籍の異なる移民労働者聞 の関係を見てみると,大まかに次のような傾向が指摘されてきた。第1に自国民と外国人の聞 ならびに外国人同士の聞の関係は,プライベートな付き合い,同一組織への参加,国際結婚は ごく稀であり,分断されている[Ahmad2012;松尾 2012;Kapiszewski 2001:chap. 8J。第 2 に,同国人の聞の関係は,中間層や富裕層を対象としたアソシエーション組織が存在するもの の,中間層と低所得者層との聞では生活様式や考え方が異なり,分断していることが多い[Ali 2010;Bristol-Rhys 2012J。 一方,湾岸諸国では基本的に結社が禁じられている [Kapiszewski2001: 209J。したがって, ノtーレーンを除き,市民が主体となる労働組合や NGOは少なくとも表向きは存在しない。ま た,各国ともイスラームを国教 (UAEやカタルで、はイスラームが憲法によって国教と定められ ている)とし,その普及のための公的支援を積極的に行っている。イスラーム以外の宗教につ いては,国別に程度の差がみられるものの,規制ないしは禁止されている母。 UAEとカタルの 状況をさらに詳しく述べると,両国ではムスリムの自国民に対してイスラーム以外の布教活動 をすることも憲法で禁止されている。したがって,両国在住の非ムスリム外国人は,自宅など の私的空間で自らの信仰に基づいた宗教行為を実践することのみが許されている。例外として, UAEでは首長が無償で貸し出した土地に建てられたキリスト教教会(カトリックとプロテスタ ントの両方)とヒンドワ寺院が僅かながら存在し,信徒はその内部で宗教行為を行うことがで きる。カタルでも 2008年に初のカトリック教会が首長の貸与した土地に建設された[Al Jazeera, Jun. 2008J。ただし,両国の教会や寺院を建てた信徒らは,外部からは宗教施設であ ることが分からないような建築デザインを用いるなどの工夫を施し,ムスリム以外の人々が集 会を開いていることによって首長や自国民の感情を害しないように配慮している。 ところで,今日の UAEとカタルに関していえば,異なる国籍の外国人同士の聞で交流が起 こりやすい社会的状況もあることも同時に考慮すべきだろう。第 1に,職場の多国籍化状態を 挙げることができる。企業が雇用する外国人を特定の国民に偏らせたくないという政府の意図
3) UAE Cabinet岬rheConstitution of th巴UAE"(http://www.ua巴cabin巴t.ae/English/)ならびにMinistry
もあり4), UAEやカタルでは多様な国籍の人々が雇用されている。第 2に,多数の外国人を抱 える両国では,都市の大部分において多文化が入り組んだ、空間構成になっており,在住外国人 たちは他の文化や他の文化を持つ人に触れる機会が非常に多くなっている[Moors,et al. 2009J。 たとえば, ド、パイのデイラ地区やカラマ地区にはアジア・アフリカ地域の様々な国出身者の小 規模庖が連なっており,外国人労働者が自分と異なる国籍の庖に日常的に入ることは珍しくな い。頻繁に顔を合わせる他の国籍の「友人」がいる外国人労働者も一般的といえる。第3に, 外国人労働者の聞の単身者の多さについてである。外国人労働者の入固ならびに就労に関する 規制により,両国の外国人労働者の多くは家族をともなわない単身者だといわれる[Khalafand Alkobaisi 1999: 292-293J。単身者の場合,滞在期聞が長くなればなるほど,ともに時間を過ご す仲間を探す傾向が家族同伴の人々よりも強いと考えられる。 III UAEな ら び に カ タ ル 在 住 の フ ィ リ ピ ン 人 UAE・カタル両国は,一時滞在するフィリピン人が極めて多い国である。フィリピン政府に よると, 2010年現在,国外在住のフィリピン人は国民の 10人に 1人に匹敵する約 900万人と 推定されている。このうち,永住資格を持ったフィリピン人が最も多く暮らす地域は北米だが, 就労目的などで一時滞在するフィリピン人が最も多い地域は中東である。湾岸で最もフィリピ ン人人口が多い国は,サウジアラビア (151万人)であり,続いて UAE(64万人),カタル (31 万人)の順である [Commissionon Filipinos Overseas 2011J。 2000年代における両国のフィリピン人人口の推移をみると, UAEにおいて特に伸びが著し かったのは, 21 万人から 57 万人へと 3 倍近くに増えた 2004~2007 年の 3 年間だった。この 期間はまさに,金融,流通,観光の拠点、都市のひとつとしてドパイの経済的躍進が世界的に注 目された時期と重なる。フィリピン人はド、パイにおいて,英語に堪能で、文化的柔軟性があり低 賃金でも就労するとの評判があるため,この期間急成長していたホテル産業,小売業,飲食業 の分野で、重要が高かった。一方,フィリピン本国においてドパイは,フィリピン人の聞で「オ ープン・シティ」と呼ばれる,フィリピン人が一時滞在ピザで入りやすいうえに文化的多様性 に寛容な街として全国的に知られるようになり, ドパイ行きを希望する人々が続出した結果, 4) 企業の従業員の多国籍化を求める政府の姿勢が現れている例として, UAEにおける文化多様性 (cultural)政策を挙げることができる。 UAEでは,従業員の国籍の多様性の度合いにより,従業員 雇用時の各種手続き時に発生する手数料を変える仕組みを導入し,企業の従業員の多国籍化を推進し ている。 2010年閣議決定 (Minist巴rialOrd巴r)No.1187によって定められた手数料は,同一出身国の 従業員の割合が25%以下の企業の場合は 600ディルハム,同割合が 25%を超えて 50%以下の企業の 場合は1,500ディルハム,同割合が 50%を超える企業の場合は 2,000ディルハムである [cf.日本貿易 振興機構2013J。
このような人口急増へとつながった [Hosoda近刊Jo 2008年以降は, UAE政府による一時滞 在ピザ発給条件の厳粛化とドパイショック直後の経済成長の鈍化により, UAE在住フィリピン 人人口の伸び率は低くなったものの,毎年増加は続いている。一方カタルで、は,カタル政府の 教育や文化に重点を置く経済戦略とそれに伴う経済発展を背景に,在住フィリピン人数も着実 な増加を続け,2005~2010 年の 5 年間で 8 万人から 31 万人と 4 倍近く増えている[Commission on Filipinos Overseas 2011J。 筆者らが行った調査によると, UAE在住のフィリピン人のサブグループを整理すると,彼ら は専門職労働者,熟練および半熟練労働者(以下では一般労働者と記す),家事労働者の3つの グ、ループに大きく分けられる。専門職には看護師,技師,教師,会計士,建築士, IT技術士, 上級事務職(書類管理土など),上級営業職,中間管理職などが入り,週休1.5ないしは 2日, 多くは家族とともにアパート1室あるいはアパートの一部を間借りて暮らしている。一般労働 者は飲食庖従業員,ホテル客室業務員,小売庖庖員,旅行業エージェント,事務員,警備員, 溶接工,機械工などで, Iベッドスペース」と呼ばれるドミトリー形式の寝場所で暮らす。週休 1日が原則だが,休日にも出動したり,あるいは別のところで、パートタイムの仕事を請け負っ たりして,少しでも収入を増やす工夫をしている。家事労働者の多くは住み込みであり,低賃 金のうえ移動の自由も休日もないことが多い。ただし,後述の事例 2のケースにあるように, 住み込みではなく通いの家事労働者も一部いる [Hosoda2013J。 さらに,専門職労働者を中間層,一般労働者と家事労働者を低所得者層とみなすとすれば, 筆者らがこれまで、に行ってきた調査結果からは, UAE在住フィリピン人の問には階層差が見ら れる一方で,公共空聞を活用できるフィリピン人(専門職労働者と一般労働者)の聞では,情 報共有や緊急の助け合いが行われる緩やかなつながりがあることが示された。しかし,行動範 囲が基本的に雇用者宅に限られ,頻繁に公共空間を活用しにくい家事労働者らは孤立している [Dubai Migrant Studies Group 2011J。その一方で,中間層と低所得者層の聞には相互に不 信感も存在し,長期にわたる親密な関係が結ぼれることはごく稀である。中間層側には低所得 者層の人々を教育をあまり受けていない無作法な人,低所得者層側は中間層の人々を高慢で自 分たちを蔑視する人と考える傾向がある。 では,こうした社会経済階層ではなく,信仰集団を分析単位としたとき,改宗者集団の中で は,どのような関係性の持続/変化がみられるのか。以下ではボーン・アゲイン・クリスチャ ンと,イスラーム改宗者のふたつの信仰集団の例から,この点について検討してし、く。 IV ボ ー ン ・ ア ゲ イ ン ・ ク リ ス チ ャ ン カトリック教徒が中心のフィリピンにおいて,近年,ベンテコステ・カリスマ運動が全国的
に顕著な広がりをみせている[東2006J5)01960年代までは,アメリカの宣教師やアメリカか ら戻ったフィリピン人がアメリカのベンテコステ教会の布教活動を進めていたが, 1970年代か らは,フィリピン独自のベンテコステ教会の活動が目立ち始めるようになった。 1980年代以降 は,カトリックの中のカリスマ刷新運動が勢いを増し,カトリックであることは認めながらも リーダーを中心に教区を超えて集会を聞き,また,マスメディアも利用して布教活動を行って いる [Ma2005: 216-218; Wiegele 2005J。 フィリピン人の国外移住現象と宗教との関連については,フィリピン人は,国外に居住する 際にはカトリック教会を基盤にフィリピン人コミュニティを形成する点が強調されてきた,と 先に述べた。 UAEの場合,フィリピン人カトリック教徒の集団的活動は大きく 2つに分けられ る。ひとつは,教会のミサに出席することである。 ドパイ,アブダピ, ドーハといった大都市 のカトリック教会では,フィリピン人司祭によるタガログ語のミサが定期的に聞かれ,多数の フィリピン人が参加する。 ドパイのカトリック教会のフィリピン人司祭によると,タガログ語 ミサには1回に約 3,000人が集まる。もうひとつは,カトリックのコミュニティに参加するこ とである。カトリック教会内部には IコンカニJIマラヤラムJIタミルJIタガログ」など言 語グループごとに分けられた「コミュニテイ」の掲示板があり,そこにそれぞれのコミュニテ ィごとの集会のスケジュールが記されている。これらコミュニティのメンバーになると,およ そ数十人単位の仲間とともに,定期的に聖書勉強会や年中行事などに参加することになる。 他方, UAEにおけるプロテスタント系諸派は,プロテスタント系教会の敷地内にある建物の セミナ一室と呼ばれる部屋を借りて,各々の活動を行っている。冒頭で述べたように, ドパイ の聖トリニティ教会の場合,英国教会以外でこの敷地を利用している宗派は 122に上る。同教 会の事務局によると,全宗派のメンバーを合わせると約3万人になるが,それぞれの宗派は百 人から数百人規模だという。すなわち,各宗派がそれぞれコミュニティを形成していると考え られる。 以下,参与観察と聞き取り調査を行ったボーン・アゲイン集団の一例を紹介する。 G教会は 2001年にドパイで結成された,多国籍の人々が参加するボーン・アゲイン集団である。メンバ ーの大多数はフィリピン人だが,牧師は60代のスリランカ人男性である。牧師は幼いころは英 国教会に通っていたが, 1980年代半ばにドパイで金融ディーラーとしての職を得て家族ととも 5) ペンテコステ・カリスマ運動は現在,世界規模で急成長しているキリスト教の運動である。この運動 は,霊的賜物(カリスマ)との実際の体験を重視し,その実践を強調するところに特徴がある。歴史 的には20世紀初めにアメリカで始まったとされ,当初はプロテスタント諸派のひとつと分類されてい たが,その後,この運動はカトリックなど他の教派の中でも起こり始めた。さらに,欧米よりも南ア メリカ,アフリカ,韓国などアジアの各地で,様々なローカルな要素も取り入れながら,より広く拡 大しているという。したがって現在では,教派のひとつとして考えるよりも,聖霊の動きを重要視す る人々が世界各地で展開している運動としてみなされる傾向が強い[シュー・士戸2003:61-65, 73J。
に移り住んだ後,カトリック,イスラーム,仏教等,様々な宗教の集会に参加し,それぞれの 教えを学んだ。しかし,自分が納得いく教えに出会うことはなかった。 ド、パイの聖トリニテイ 教会で集会を開いていたフィリピン系のボーン・アゲイン集団に参加していたところ,その集 団内で探め事が起き,メンバーがフィリピン人の元牧師から離反する騒動へと発展した。スリ ランカ人男性は,フィリピン人牧師から離反したメンバーたちの新たな牧師として選ばれ,
G
教会という別の教会を組織するに至った。彼によると, G 教会は他のボーン・アゲイン集団と 類似した活動を行っているが,教えについては自分がこれまでに学んだ様々な宗教の要素や自 らの神秘体験も取り入れた独自のものになっているとし寸。集会の言語は英語である。 2012年現在,メンバーはドパイに 220人,アブダピに 140人,シャルジャに 30人おり,さ らにフィリピンに 7つの活動拠点を持つ。 ドパイ以外に活動拠点が増加しているのは,メンバ ーが他の首長国やフィリピンに移動し,移動先で、布教を行っているためである。メンバーには, フィリピン人以外に20名程度の別の外国人(インド人,パキスタン人,パングラデ、シュ人,パ ハレーン人)がいる。たとえば,過去2年間集会に参加しているインド人夫妻は,本国ではカ トリックだ、った。 UAEへの移住を機に,ボーン・アゲイン集会に参加し始めた。 G教会に入る 前には, ドパイで行われているインド系のボーン・アゲイン集会に参加していた。その後,同 僚のフィリピン人に誘われて参加してみたG教会での教えが自分たちの考えに最も合うと感じ, さらに他のメンバーたちと過ごす時間も心地よいため,現在では毎週G教会の集会に参加して いる。 G教会の活動内容は,メンバーの多くが参加する礼拝と,有志による多様な活動とのふたつ に大別できる。礼拝は毎週,金曜日には聖トリニティ教会のセミナ一室で,火曜日には教会の 家(教会が借りている一戸建て住宅)で開かれる。礼拝は1時間半程度で,大音響の中で踊り ながらの賛歌の合唱,牧師による説教,平伏(牧師がメンバーの額に手をかざし,手をかざさ れた人は後方に倒れる儀礼)などを行う。礼拝後は,メンバーが持ち寄った手料理を食べなが らのメンバー同土の語り合いの時間(フエローシップ)がある。有志による活動には,教会の 家やメンバ一個人の家で行われる聖書勉強会やリーダー養成講座のほか,性別や年齢層別のサ ブグループに分かれての各種の催し物が聞かれている。活動資金はメンバーからの献金である。 活動については教会のホームページに掲載している。 メンバーには,専門職,一般労働者,家事労働者が含まれる。中心メンバーへの聞き取りに よれば,男女比はおよそ半々である。家事労働者には住み込みと通いの2種類の形態があるが, 前者は休日があまりないため頻繁に活動に参加できず,参加人数が少ないという。メンバーは また,非常に積極的な中心メンバーと,時々集会に参加する非中心メンバーがいる。中心メン バーは,中間層,低所得者層を問わず, G 教会に入り世界観(特に自分と神との関係)が大き く変化したと語る人が多く,自分の時間のほとんどを教会の活動に使うようになり,就業時間以外のプライベートな時聞をともに過ごす相手が変わる傾向がみられる。なお,下記のAさん の事例の中で言及されているフィリピン人のアソシエーションとは,職業,出身校,出身地域, 趣味,ボランティアの志向性などが同じ在外フィリピン人が集まる組織である。メンバーの大 部分はフィリピン人中間層であり,低所得者層やフィリピン人以外の外国人が加わることは稀 である6)。 事例1:40代女性 A さん[中間層] 建築資材卸売会社の秘書として働く 40代女性Aさんは, 1998年から家族とともにドパイで 暮らしてきた。到着直後は生活の再建と故郷への仕送りに必死だったために,家族以外との付 き合いはほとんどなかったが,滞在が長期化するにつれて,家族以外の仲間を求めてフィリピ ン人のアソシエーションに複数加わり,休日はアソシエーションの仲間と過ごすようになった。 2010年,故郷の親友がサウジアラビアからドパイに移り住み,その知人の紹介で G 教会に通 い始めた。以前にもドパイでボーン・アゲインの集会に誘われたことはあったが,宗教に対す る関心は低く,あまり乗り気で、はなかった。ところがG教会へ誘われた時は,自分や家族の将 来について悩んで、いた時期と重なり,自然と教会へ足を運んだという。そして,他の教会メン ノ号ーと同じ活動をするうちに,生まれて初めて神の存在を身近に感じる体験をした。彼女は現 在教会の中心メンバーのひとりであり,週に 3日程度は教会の活動に参加している。それまで のアソシエーション中心の生活スタイルはG教会中心へと変わった。夫と子どもたちも休日に はG教会の礼拝に参加する。一方,それまでは時々会っていたドパイ在住の親族とは,誕生日 パーティなどの特別な機会でない限り,会わなくなってしまった。 メンバーには中間層と低所得者層の双方が参加していると先に述べたが,次の事例にあるよ うに,低所得者層側からすると G教会メンバー内では中間層の人々が低所得者層を見下すよう な行為をすることは少ないとのことだった。 事例2:30代女性 B さん[低所得者層] 30代女性Bさんは2007年からドパイで家事労働者として働いている。 2009年までは住み 込みの家事労働者だ、ったが,その後,通いの家事労働者として働くことを選んだ。住み込みで は, 24時間雇用主の監視下に置かれて自由がないうえに給料も良くないが,通いの場合,滞在 を保証してくれるスポンサーに年間一定の金額を払えば,後は自由に自分で雇用主を見つけて 時給で収入を得ることができるからである。 ドパイには,住み込みの家事労働者の妹と,養護 学校の非常勤教員として働く故郷の親友がおり,休日は主に3人で過ごす。 2009年, ドパイで 6) UAEにあるフィリピン人アソシエーションの一部は,フィリピン大使館(在アブダビ)や領事館(在 ドパイ)に登録されている。登録されているアソシエーション数は100以上ある。
知り合ったフィリピン人の誘いで, 3人はG教会へ行った。妹は自由な時聞があまりなく,親 友はG教会に関心がない様子だ、ったので,今ではBさんのみが週に1回,礼拝に参加している。 Bさんは教会を一緒に食事をして楽しく過ごせる,大家族のようなものと感じている。 Bさん はまた,一般的な専門職のフィリピン人と違い,教会で会う専門職の人々は親切で,自分たち は貧しいフィリピン人とは違うとしづ態度を示すことはしないとしづ。新しい雇用主をG教会 のメンバーに紹介してもらったこともある。 B さんと同様に,他のメンバーからも教会の活動に参加する意義として, G教会が「家族の ようだからJ(parang isangpamiJya)とし、う理由がしばしば聞かれた。後でも述べるが,フィ リピン社会では一般に, I家族のよう」ということは,親密であり,階層のような差がないこと を意味する。そして,その親密性を現す行為として,実のキョウダイでなくとも親しみを感じ る年上の相手に対してアテ,クヤ(タガログ語で姉さんate,兄さんkuyaの意)と呼びかける などといった家族内での呼称を用いる。さらに家族や親族同土のつながりの象徴のひとつは, 一緒に同じものを食べることである。先述のインド人夫妻は, G 教会に参加し始めたころはア テ,クヤという呼びかけに文化的違和感聞を覚えたと語るが,現在は慣れ,教会内で自らも使 っている。 他方 I家族」といえども,このようなボーン・アゲイン集団への参加は,フィリピン人と交 友関係を持つための一時的なものとみなす人もいる。建設企業で働く 50代男性は,あるボー ン・アゲイン集団に参加していたが, UAE内の勤務地が変わったことを契機に近年,活動に加 わらなくなった。「ドパイで一人で寂しかったので誘いに乗り参加した。メンバーがいつも車を 出してくれたから。金持ちのメンバーのおかげで、毎回フィリピン料理もただで食べられる」と 語る。今は職場が遠くなり,誰も迎えにこないので参加しなくなったが, I最初からドパイにい る聞だけの活動と思っていたので,特にどうも思わなし、」と語っている。
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イ ス ラ ー ム 改 宗 者 現在フィリピンにおいてイスラーム改宗者の数は22万人ともいわれている [Angeles2011J。 かれらの改宗のきっかけは,本人の中東湾岸諸国での就労,もしくはこの地域で就労した家族 や友人の影響による。湾岸で改宗した人の多くは,次に説明するイスラミック・センターで信 仰告白をする。このため,イスラミック・センターが新聞等で報道されるイスラーム入信者数 を把握しているのである。たとえば, ドパイの外国人労働者集住地区にあるイスラミック・セ ンターによると, 2012年2月時点で同センターが受け入れていた参加者は,女性が55人,男 性が45人と若干女性の方が多かった。男性は,サービス業,技師,熟練労働者,事務員等であり,女性は,サービス業,事務員,家事労働者など多様な階層から成る。改宗動機として,男 性は,改宗した知人や同僚ムスリムの勧めによって興味を持ったり,街中で配布されていた印 刷物を読んで、関心を持ったというのが最多で、あった。女性の場合,同国人や外国人ムスリムと の結婚もしくは結婚予定にあることが圧倒的多く,独身女性の半数ほどは,センターに通った あとにムスリムと結婚している。結婚やロマンスに次ぐ改宗理由は,イスラームの教義に者、か れたというもので、あった。 ただし,後述する事例にみられるように,マイノリティの宗教からマジョリティの宗教への 改宗が功利主義的なものと捉えられかねない場合もある。また, Angeles [2011Jは,功利的 理由で改宗ムスリムの多くがフィリピンに帰国した後に元の宗教に戻っているとも指摘してい る。しかし,多数がそうであっても,そうでない事例も間違いなく存在しており,本稿では彼 /彼女たちがどのような関係を就労先でつくっているかを考察してし、く。 イスラーム改宗者の集う場としてのイスラミック・センターは, UAEではイスラーム問題・ 慈善活動庁,カタルではイスラーム宗教局といったように,湾岸アラブ諸国の政府の管轄下に あるダアワ (dawah,布教)教育支援施設である。ここでは,イスラームに関心を持つ異教徒, 新規入信者,生まれながらのムスリムを対象として,イスラームの普及をめざしている7)。具体 的には,アラビア語の授業やアラブの文化といった講義,クルアーン解釈(タフシール)の授 業,イスラーム関連印刷物の提供,イスラーム入信を認めるシャハーダ(信仰告白)の受け付 けと,関係省庁を通じた入信証明書の発行(結婚や就職の際に提出),新規入信者の礼拝の作法 や家族からの理解を得るための改宗表明方法に関する助言,イスラーム実践に対する指導など をおこなっている。このほかのイスラミック・センターの活動としては,街頭でのダアワ演説 会や,公開シヤハーダなど,キリスト教と比べて公の場での活動が顕著で、ある8)。 こうしたイスラミック・センターには,湾岸に滞在する外国人労働者がイスラームを学ぶた めに集まり,同じ外国人ムスリムとしてのコミュニティが形成されている。上述のイスラミッ ク・センターでは, 日曜日から木曜日までの平日には英語による授業がおこなわれ,休日の金 曜日にはフィリピン人改宗者の教師によるタガログ語での授業が聞かれている9)。授業は,習熟 7) センターには生まれながらの「フィリピン・ムスリム」も若干名いるが,圧倒的多数は改宗者である。 筆者(渡遁)が会ったフィリピン・ムスリムの女性は,イスラミック・センターの近くに住んでいた が
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あそこは新規改宗者のためのものだから」とセンターに行くことはなかった。 8) 筆者らが滞在したカタルでは,金曜日の午後,音響装置を備えた小型トラックが市場の駐車場に停め られ,男性数名が英語で公開討論をおこなっていた。聴衆は,多様な国籍の男性ムスリムであった。 この日,男性 1名がこの場で信仰告白をし,ムスリムに改宗した。唱和した後,彼は周囲のムスリム たちから抱擁を受けていた。 9) このイスラミック・センターの教師と職員の 8名すべてがフィリピン人改宗者であり,管轄庁から正 規職員として給与が支払われていた。度により分かれ,初心者は別室にてフィリピン人改宗教師のもとでムスリムとしての服装や礼 拝の仕方などの初歩を学ぶ。さらに金曜日は,午前中の授業の後,近くにあるモスクで正午の 集団礼拝を共にし,戻った後はセンターより食事が振る舞われ(このときフィリピン料理の副 菜も持ち寄られる),午後の授業が5時くらいまで続けられる。参加者が最も多いのは金曜日で あり,休日のない家事労働者たちも,イスラミック・センターでの授業に参加するという名目 で雇用主から外出を許されることがある。そのため,イスラミック・センターは,雇い主の目 を離れてフィリピン人たちだけで集う場となる。それだけでなく,フィリピンからの化粧品, 痩身剤,型落ちゃ規格外のブランド商品を売り買いする経済活動を行う空間となり,経済的・ 個人的問題を相談し,経験が共有され,さまざまな情報交換が行われる場となっている。 他方で,改宗者たちは,ここで様々な変化を体験する。まずは,シスター・ファティマ,ブ ラザー・イスマイルなど改宗後のムスリム名で呼ばれることになる。次に,服装の変化がみら れる。女性の新規入信者は,当初はTシャツにジーンズなど、身体にぴったりした衣服を着用し ていたが,次第にスカーブを上手く着けアパヤ(女性用が外出する際の黒い外套)を纏うよう になり,身体のラインを隠し始めるようになる。ニカブ(目以外を隠すベール)で顔を覆い始 める女性もいる。さらに,改宗者との付き合いが増えることによって,それまでの交友関係に 変化が生まれる。センターにおいてこうした関係や衣服の変化,供される食事,信仰告白や講 義により,ムスリムであるならばこうすることが「正しい道」と教え諭され,自分はイスラー ム教徒であるというアイデンティティの変化を経験する。このようにみると,イスラミック・ センターは,そこへの参加を通して徐々にムスリムの身体がつくられる場ともなるのである10)。 イスラミック・センターでは,改宗によって女性たちが従来属していた階層聞の違いがいっ たん無に帰され,イスラームに改宗した時点、で同じ「新規入信者」とし、う立場になる。ただし, その後に経験する関係の変化は様々である。女性が既婚者で、あった場合,夫の国籍や階層によ って,一緒に行動する仲間が変わる。たとえば,自国民と結婚した女性は,同じ自国民と結婚 した人やアラブ園の男性と結婚した人と新たなつながりを築いていく。パキスタン人と結婚し た女性も多いが,そのなかでは夫の職業や階層によって分かれたりもする。一方で,家事労働 者は就労先が近い人同土で行動を共にするようになったり,フィリピン人改宗者夫婦と親しく なったりしている。女性たちのフィリピンでの出身地域の影響がどれくらいあるのかは,今後 調査すべき点であろう。 上記の新しい関係は,国籍を超えたつながりを築くこともある。外国人人口の多寡によって, 吟筆者らが滞在したカタルでは,金曜日の午後,音響装置を備えた小型トラックが市場の駐車場に停め られ,男性数名が英語で公開討論をおこなっていた。聴衆は,多様な国籍の男性ムスリムであった。 この日,男性 1名がこの場で信仰告白をし,ムスリムに改宗した。唱和した後,彼は周囲のムスリム たちから抱擁を受けていた。
湾岸諸国内でもイスラミック・センターの性質に違いがある。たとえば, ドパイでは,イスラ ーム問題・慈善活動庁の管轄下に登録されているイスラミック・センターは13に及ぶ(表 1)。 そのなかには中国人,インド人と冠されたイスラミック・センターもあり,主たる国民や教授 言語を想起させることから, ドパイではイスラミック・センターが国籍によって分化されてい る側面があることがわかる。新規入信者やアラビア語を学びたい人がどのイスラミック・セン ターを選択するかは,上で述べたセンターの言語上の性格や,センターと居住地との近さで選 ばれたり,友人に伴われて参加したり,雇用主の選択に委ねられたりする。 表 1 ドパイにあるイスラミック・センター (2012年7月時点) 名 称
1 Sheikh Mohammad bin Rashed Center for Cultural and Social Understanding (women)
2 Sheikh Mohammad bin Rashed Center for Cultural Understanding 3 Kalemah Center
4 Manahel Al Khair Center 5 Jumeira Islamic Learning Center 6 Al Farooq Omar bin Khatab Center 7 Indian Islahi Center
8 Sunni Cultural Center
9 Sunni Center for Islamic Education Abu Bakr Assiddiq Islamic Center 10 Jamia SaadiyaArabiya Indian Center
11 Dubai Kerala Muslim Center
12 Dubai Indian Islamic Center Anjuman-E-Najmi 13 China Islamic Center 出典:UAEのイスラーム問題・慈善活動庁ウェブサイトより 一方,カタルには,ふたつのイスラミック・センターがある。筆者(渡遺)の調査によると, センター1は男女で別々の建物となっており,女性のセンターには,アイルランド人,アフリ カ系アメリカ人,インド人,スリランカ人,フィリピン人の教師とボランティアがいる。レバ ノン人のセンター長を除き,全員が改宗者である。そこでは,通常の授業に加え,討論による イスラーム理解がはかられている。センター2は,入口は異なるが同じ建物で男女を受け入れ ており,フィリピン人,インドネシア人,インド人等の教師により,アラビア語コースなど, 固定的なスケジュールが組まれている。 このように,イスラミック・センターの性格によって,メンバーのあいだで国籍を超えたつ ながりが生じたり,同国人同士の集まりに留まったりしていることが明らかとなった。では,
イスラミック・センター以外の場所ではどのような関係の変化が生まれているのだろうか。以 下では,一般労働者と家事労働者のふたつの事例を紹介する。 事例3:20代女性 Cさん[中 低所得者層] 28歳の C さんは, 2006年よりドパイの写真屋で働く女性である。建設会社に勤めるフィリ ピン人の夫が先にドパイでイスラームに改宗した。夫とともに働こうと後を追ってきたCさん は,夫の勧めで印刷物などを読んだり,夫の言葉や行動の変化を見ていくなかで,イスラーム に興味を持ち,イスラミック・センターに通うようになり,やがて改宗した。アパートには, それまで親族や姻戚関係にある 5世帯と台所を共用するかたちで住んでいたが, C さん夫婦は イスラームに改宗してしばらくした後に転出した。「私たちはシンセキだ、ったけれど, (イスラ ームの
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正しい道』を行くために (5世帯の人たちと)一緒にはいられないと思った」と語る。 同じフライパンで、豚肉の料理をしたり,週末にアルコールを飲んで、パーティをするような環境 で,信仰を続けることができないと感じたからである。現在は,イスラミック・センターで出 会った同年代のフィリピン人改宗者夫婦とともに暮らしている。このように,親族で、あっても 宗教が異なるということで付き合いが少ないこともある。 Cさんのような親族関係の変化を経験する人もいれば,下記のDさんのように雇用主との関 係が変わったと感じる人もいる。 事例4:50代女性 D さん[低所得者層] Dさんは,フィリピンに夫と,現在は成人した 4人の子どもを残している 50代の女性であり, カタルにて20年間,同じ家族のもとで働く家事労働者である。彼女は,女性雇用主や家族のイ スラーム実践をみていくなかで雇用されて5年目に信仰告白をした。そのとき雇用主は目に見 えて喜んだという。イスラームについてもっと学ぶために,イスラミック・センターに連れて きてくれたのも雇用主で、あった。「マダム(女性雇用主)は家族のように私をみてくれる」と D さんは言う。以後,マダムのもとで働きつつ,センターで週に2回,ボランティアをすること が許され,マダムと共に巡礼もし,折に触れてプレゼントをもらうようになった。家事につい ても Iほかのメイドは重労働,自分は軽微な仕事だけを頼まれるようになった」と D さんは 他の非ムスリム家事労働者との待遇や信頼の差異を認識している。カタルの雇用主やセンター の他の教師や改宗者のボランティアの人たちとの心理的距離が縮まったと感じ,自分の居場所 と新規改宗者への心理的サポートという「使命」をみつける一方で,イスラームに改宗したこ とをフィリピンの家族には告げる機会を逸したこともあり, 15年ほどフィリピンに帰国してお らず,フィリピンの家族とはすっかり音信不通となっている。 このように,女性雇用主と同じ宗教に入信することによって,待遇が変わったと感じる家事労働者もいる。ただし,同じムスリムになったからといって,雇用=被雇用関係や,国籍聞の 格差は依然として残ったままである。ここで, D さんが感じたのは,女性雇用主からの扱いが 少しでも改善したことや,巡礼への同行,プレゼント,仕事量の軽減等,他の非ムスリム・フ ィリピン人や外国人と比べて「優遇されるようになったJI信頼されるようになった」という距 離のわずかな縮小である。 VI 改 宗 後 の 社 会 関 係 の 持 続 / 変 化 ボーン・アゲイン・クリスチャン集団とイスラーム改宗者集団の様子,ならびにそのメンバ ーの事例をみてきたが,次に,改宗者の問に見られる社会関係の持続/変化について考察する。 まず,改宗によって変化する社会関係としては, 日常生活をともに過ごす親しい人がだれか という点に変化がみられた。改宗前は,家族と同居している人は家族と最も長い時聞を過ごし, 時々または頻繁に親族や友人とともに時間を過ごすことが多かった。単身で UAEあるいはカ タルに来ている人の場合は,親族や友人が滞在中に最も長く日常生活をともに過ごす人となっ ていた。ところが,改宗することによって,これら親しい人たちの構成に変化が起きていた。 変化にはいくつかの傾向がみられる。 ひとつめは,両集団において,改宗者が日常生活をともに過ごすような親しい人の範曙には, 改宗以前からの家族・親族・友人といった人々に加えて,改宗者集団のメンバーも入るように なる点である。そして,改宗した信仰のために使う時聞が増えれば増えるほど,改宗集団のメ ンバーとともにする時間も増加するため,集団以外の人たちと過ごす時間は減る。 G 教会の非 中心メンバーで、ある Bさんの場合,妹や親友とは以前と変わらず会っている一方で, G教会の メンバーとも週に1回会っているように,メンバーも彼女の親しい人たちの一部になっている。 G教会の中心メンバーで、ある A さんの場合も,同様の変化が見られる。ただ, Aさんは Bさん 以上にG教会の活動にプライベートな時聞を割いているため,改宗前は時々会っていたアソシ エーションの仲間や親族と過ごす時間は大幅に減った。イスラミック・センターに通う Cさん の場合は, G教会の A さんや Bさんと同様に,改宗者と過ごしイスラームの学習に割く時聞が 長くなる分,非ムスリムの家族や親族と過ごす時聞が短くなっている。一方Dさんは,改宗以 前の関係がほぼ薄れ,代わりに改宗者とのつきあいが増している。雇用者の女性との硬直した 関係にも改善がみられたが,上述したように,雇用者の家族内における
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さんの位置づけは変 わらない。 ふたつめは,改宗前に親しかった人たちとの改宗後の関係について, G 教会メンバーとイス ラミック・センターのメンバーを比べてみると,前者よりも後者の方が,より疎遠になる傾向 がある。前者の場合,信仰に関する考え方については変化があるが,生活習'慣や慣行については改宗前後で大きく変化することはない。そのため,頻繁に会う仲間が変化するが,居住スペ ースを変えたりすることはない。また,雇用主もG教会のメンバーで、はないため,労働空間で の関係の変化もない。他方,後者の場合は,改宗によって信仰面の変化のみならず,生活習慣 や慣行の面における大きな変化も伴う。 Cさんは,そうした理由でカトリックの親族との同居 生活を止め,代わりにイスラーム改宗者との同居へと移行した。また,
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さんは,フィリピン にいるキリスト教との夫や子どもたちと縁遠くなり,代わりにボランティアとして,フィリピ ン人の新規入信者や外国人の女性改宗者とともに時間を過ごすようになる。 次に,本稿が特に注目する階層間(中間層と低所得者層の間)ならびに国籍聞(国籍が異な る外国人の聞)の関係に変化がみられるか否かについて検討する。階層聞に関しては, G教会, イスラミック・センターの両方のメンバー内において,階層聞の関係がより親しい方向へと変 化する可能性がみられる。階層の差にかかわらず,集団内の活動にともに参加している。また, メンバー内で、は, I姉さん,兄さん」等の家族内の呼称が使われている。フィリピン社会の文脈 において,このような行為は心理的な親近感を示すといわれている [Jocano1998: 61J。実際, Bさんは,専門職も含めてG教会のメンバーは「家族のよう」と語っている。また,食事の際 にはメンバー全員が同じ料理を食べている。フィリピン社会では,この行為も家族や親族に代 表される親しい仲間同士であることの確認,ないしは親しい関係性の始まりの象徴のひとつと される [Hosoda2012 : 369・371J。イスラミック・センターにおいては,階層差がある人の問 でもブラザーやシスターという呼称が使われ,より広範なイスラーム共同体の成員として互い に認識されている。 第1章で述べたように,湾岸の外国人労働者研究において,外国人労働者は階層によって分 断されていると想定されている。湾岸地域に限らない在外フィリピン人の研究一般でも,在外 フィリピン人数が増大しでも,それが階層を越えることはないと論じられてきた [Aguilar 1996;Pinches 2001J。しかしながら,改宗者の集団の事例からは,集団内では,両者はより近 しい関係へと変化する可能性が示されている。 ただし,ここで留意しなくてはならないのは,集団内では階層間関係に変化があっても,そ の変化は集団外にも影響しているとはいえない点である。筆者らの観察や聞き取りにおいて, たとえば低所得者層のメンバーが中間層のメンバーとの親交を深めたことによって中間層のア ソシエーションに加わるなど,集団内での両者の関係の変化が,集団を超えた範囲にまで広が っていることを示す例はみられなかった。となれば,階層を超えた社会関係が構築されるのは, 改宗者各々の信仰集団内という限定的範囲内で起きるものだということになる。 国籍聞の関係については,両集団ともに,国籍を越えた関係も構築される可能性が示された。 しかし, G教会メンバーとイスラミック・センターの改宗者の聞で違いがみられる。 G教会メ ンバーの聞では,階層聞の関係と同様に,国籍聞の関係も教会に関係する場面においては同じ場に参加し,一緒に食事し,共同活動を行うなど,大きな隔たりはなく同じ教会メンバーとし て時聞をともに過ごしている。しかし,教会の活動を超えた範囲では,たとえばフィリピン人 メンバーがインド人コミュニティの非宗教的行事にも参加するなど,特に親しい関係がみられ る様子ではなかった。さらに,筆者の牧師への聞き取りでは,これまでのところ国籍聞の通婚 の例はないとのことだ、った。 これに対して,イスラミック・センターは,センターごとに中心となっている国籍や,国籍 別メンバーの割合が異なるため,一概に国籍聞の関係や変化について言及で、きない。たとえば, ド、パイのあるセンターでは, 9割がフィリピン人であり,よって国籍聞の関係は,女性の場合, 個々人の婚姻によるつながりにしか見られないだろう。通婚については,出席する半数ぐらい の女性が,改宗した後にムスリム男性と結婚している。通婚が多い理由は,単身で働く外国人 ムスリムと,レストランやショップなどのサービス業部門で働くフィリピン人女性との出会い の多さが挙げられる。なお,センターの立地によってもメンバーの性質は異なり,高層住宅が 乱立した地域では,ほとんどの参加者が中間層で,国籍もさまざまである。 最後に,国籍を越えた関係が構築されることが与える社会的影響について何点か考えてみた い。第
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に,改宗者の信仰集団がホスト社会,ここではUAE
とカタルの社会へ与える影響に ついてであるが,これはほとんどないと思われる。まずG教会のようなボーン・アゲイン集団 の公的空間における活動は禁止されている。ムスリムであるホスト社会の人聞がボーン・アゲ インの宗派に改宗することも同じく禁止されているため,ボーン・アゲイン・クリスチャンの 外国人と自国民との聞に関係が構築されることは,少なくとも表向きは考えにくく,ボーン・ アゲイン・クリスチャンの活動は,両国の自国民にとってはほとんど関係ない事柄といってい いだろう。イスラーム改宗者の場合,とくに注目すべき対象は,自国民と結婚する女性たちと 家事労働者である。前者は,彼女たちが自国民の家族の構成員になることによって,湾岸社会 のアラブ性を削ぐことにつながりうる。ただし,UAE
では,ムスリム女性と結婚する男性はム スリムであることが必須条件であるのに対し,逆はその限りではないことを断っておく。後者 は,彼女たちがムスリムとして雇用主家庭に入り,育児に関わるなかで,イスラミック・セン ターで学んだイスラームへの理解と,その家庭で、の実践が異なった場合にどのような影響が起 こりうるかという点である。これに関しては,今後調査していきたい。 第2に,改宗者集団内における国籍を越えた関係の構築がフィリピン人労働者の移住ネット ワークの拡大に与える影響に関しては,十分考慮するに値し,今後さらなる検討が求められる。 事例はいずれもUAE
・カタル両国で、就業中のフィリピン人労働者についてで、あったため,本稿 では十分記述できなかったが,両集団のメンバー内で、は,国籍の異同にかかわらず,求人情報 を含めた多様な情報交換や就職の紹介が相互扶助の一環として行われている。 G 教会での参与 観察中,フィリピン人以外のメンバーが,なかなか良い仕事がみつけられないと牧師やコアメンパーに相談していることがあった。また,メンバーの中には,教会のネットワークでマニラ やカタルで、仕事を得た人がいるという。こうした状況から判断して,複数の国籍のメンバーが いる同教会に参加することで,フィリピン人メンバーは,フィリピン人同土,さらには他の国 籍のメンバーとの聞の就労に関する移住ネットワークを拡大する可能性が十分考えられる。イ スラーム改宗者についても,イスラミック・センターでともに過ごすなかで,モノの売り買い をすることで金銭的な相互扶助をおこない,新規入信者としての心得などを先輩改宗者から教 わったりする。また, ドパイのセンターでは,改宗者への改宗後のケアとして,改宗者をメン ノ号一内で、積極的に雇用したり,いったん帰国した改宗者を今度はセンターの教師として呼び戻 したりするなど,国を超えた移住ネットワークがつくられている。なお,すでに述べたが,今 後の就労先には,ムスリムとしてイスラームにのっとった生活が可能な湾岸諸国や東南アジア のムスリム国を選好するようになり,フィリピンへの帰国後,マニラでは,改宗者同士の集ま りのなかで就職先の紹介があることも確認されている。
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おわりに
本稿では,湾岸アラブ諸国におけるフィリピン人改宗者を対象とし,改宗によって彼/彼女 らの社会関係の持続/変化について考察した。湾岸諸国在住の外国人労働者は,民族や国籍, 階層によって分断され,市民権がないだけでなく雇用契約期間内の滞在しか認められずといっ た特徴から,抑圧され,孤立していると先行研究のなかで述べられてきた。親しい人は現地に はいないか,家族ないしは親族と同居できる経済力を持つ人は家族・親族,あるいは友人のみ だとされてきた。本稿は,これまでほとんど注目されてこなかったフィリピン人改宗者のふた つの信仰集団(ボーン・アゲイン・クリスチャンとイスラーム改宗者)に焦点を当て, UAE と カタルにおいて,改宗することで彼/彼女らの社会関係に変化がみられるかどうかを検討した。 その結果,両集団において,改宗者がプライベートな時間をともに過ごすような親しい人の範 曙には,改宗以前からの家族・親族・友人といった人々に加えて,改宗者集団のメンバーも入 るように変化することが明らかになった。また,これらの改宗者集団に,階層や国籍が異なる メンバーがいる場合,フィリピン人改宗者たちとそうしたメンバーたちが親しい関係になるこ ともあることが両集団の例で示された。 ただし,両集団の聞には相違点もあった。第 1に,改宗後における改宗集団外の親しいフィ リピン人との関係についてである。ボーン・アゲイン・クリスチャンの場合,改宗前から親しか った家族・親族・友人たちとの関係において,ともに過ごす時聞が減るといった変化はあるも のの,居住スペースを変えるといった生活面での大きな変化はみられなかった。他方,イスラ ーム改宗者の場合は,以前から親しかった人たちとともに過ごす時聞が減るだけでなく,そうした人たちと居住スペースを共有しづらくなり,引っ越すというケースもあった。この違いは, 両信仰における実践面での差が影響を及ぼしているためと考えられる。つまり,カトリックと ボーン・アゲインの間にある信仰の実践面の差よりも,カトリックとイスラームの間にある実 践面の差の方が大きく,イスラーム改宗者の方が以前親しかったカトリックの人々とともにプ ライベートな時間を過ごすことがより困難になるということである。第2に,第 1点、目に関連 することであるが,両集団の聞では,国籍の差を越えた親しい関係の場や密度に相違点がみら れる。ボーン・アゲイン改宗者が持つ国籍の差を越えた親しい関係は,教会の活動の場とそこで みられる親しい行為が中心である。対して,イスラーム改宗者のそれには,国籍は違えど改宗 という過程をたどった人同士の連帯感のほかに,通婚や職場でのムスリムとのつきあいなどセ ンター外でもみられている。 湾岸諸国の外国人受け入れ制度は,現地での外国人労働者を労働分野のみに押し込め,社会 関係の拡大をも抑制する効果が強いものになっているが,労働者の滞在中の労働分野以外の社 会関係にも目を向けて調査することで,彼/彼女らの生活世界の一端を見ることができた。今 後,こうした労働分野以外での営みにも注目していくことが, I労働者」として受け入れられて いる人々の現状の理解にはいっそう望まれる。 謝 辞 本稿の調査は科学研究費補助金基盤研究(B)Iドパイで働くフィリピン女性のアイデンティテ イの再編 キリスト教徒とムスリムの比較J(2008・2010年度,課題番号 20401007) ならびに 科学研究費補助金基盤研究(B) I湾岸諸国における外国人労働者一「多外国人国家」における共 生・分断モデルの構築J(2011-2013年度,課題番号 70452290)を受けて行われた。また, 2012 年10月6日に東洋大学で開催された白山人類学研究会第6回研究フォーラム「湾岸アラブ諸国 における東南アジア出身の外国人労働者 共生と分断の視点からJ(白山人類学研究会・東洋 大学アジア文化研究所との共催)ではコメンテーターや参加者の方々から大変有益な意見をい ただいた。さらに, 2名の匿名の査読者からも,丁寧なコメントをいただいた。ここに記して 深謝申し上げます。 参 考 文 献 〔外国語〕 Aguilar
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