中小企業の海外進出にみる変化
−直接投資を中心に−
日本政策金融公庫総合研究所主席研究員丹 下 英 明
要 旨 本稿の目的は、中小企業の海外直接投資による進出に焦点を当てて、その変化を明らかにすること である。そのためにアンケートを用いて、海外拠点の進出年代別に、進出前の準備実施状況や、海外 拠点の管理状況などにどのような変化があるのかを分析した。結果は次のとおりである。 第一に、進出前の準備については、進出年代が新しい海外拠点ほど、実施割合が増加している。具 体的には、フィージビリティ・スタディ実施の有無をみると、進出年代が最近になるほど、実施した とする割合が高くなる傾向がみられる。撤退基準の設定についても、進出年代が最近になるほど、設 定したとする割合が高くなる傾向がみられた。これらを踏まえると、中小企業による海外進出は、進 出年代が新しいほど、より計画的なものに変化してきていると判断できる。 こうした変化が起きている要因として、( 1 )中小企業による進出・撤退累計数の増加、( 2 )中小 企業に対する海外進出支援の拡充、( 3 )海外進出に取り組む人材の変化という三点が考えられる可 能性を指摘した。 第二に、進出年代が新しいほど、海外拠点の従業員教育や労務管理において、日本でのやり方をベー スにしたとする割合が高まっている。これらを踏まえると、中小企業の海外進出は、近年変化してい るといえるだろう。 一方で、進出前の準備を十分には行わなかった海外拠点がいまなお多く存在することも明らかに なった。フィージビリティ・スタディ実施や撤退基準の設定など、海外展開を考える中小企業が進出 前の準備をしっかりと行うように、一層の支援が求められる。1 はじめに(問題意識)
本稿では、中小企業の海外直接投資による進出 に焦点を当てて、その変化を明らかにすることを 目的としている。 日本中小企業の海外展開1は、大企業による海 外生産拡大への対応と、安価な労働力確保を主な 目的としてこれまで行われてきた。北嶋(2004) によれば、1985年のプラザ合意以降、急激な円高 に対応すべく、大企業の多くがASEAN地域を重 要な生産拠点と位置づけ、海外現地生産を積極的 に展開してきた。そうした大企業の動きに追随す る 形 で、90年 代 に は 中 小 製 造 業 を 中 心 に、 ASEAN地域への進出が活発化していった。さら に、90年代半ば以降は、中国を中心に中小製造業 の多くが量産工場を設立し、労働集約型のモノづ くりの移転が積極的に展開された(北嶋、2004)。 このような流れで進んできた中小企業の海外展 開であるが、近年、その状況は大きく変化してい る。2000年代に入り、大企業の海外生産は更に拡 大し、海外展開する中小企業も増加している。そ のため、アジアでは、日系企業同士の競合も進み つつある(加藤、2011)。新興国消費者の所得水 準向上により、現地の消費市場開拓を目的とした 中小企業の進出も増えている。一方で、進出国での 人件費上昇などを反映し、撤退する中小企業もみら れる。中小企業の海外展開に関する研究では、こう した変化を踏まえた新たな研究が求められている。 だが、中小企業の海外展開に関する研究は、こ うした変化を十分にとらえているとはいえないの が現状である2。中小企業が海外展開を実現する ためには、このような変化の実態をしっかりと明 らかにしたうえで、新たな理論構築に取り組む必 要があると考える。 そこで、本稿では、日本中小企業による海外展 開がどのように変化しているのか、その実態を明 らかにすることを目的とする。特に、海外直接投 資に焦点を当てて、その変化を明らかにしたい。 海外直接投資に焦点を当てる理由は、議論の混 乱を招かないためである。一口に海外展開といっ ても、その形態は様々である。具体的には、輸出 や生産委託、技術供与、海外直接投資などがあげ られる。そうした形態を一つにまとめて分析した 場合、議論が錯綜してしまう可能性がある。 海外展開のなかで一番リスクが高く、困難を伴 う形態が海外直接投資であることも、本稿で海外 直接投資を採り上げる理由である。海外に生産拠 点を設置する製造業を例にとると、進出に当たっ ては、土地や建物、機械など多額の投資が必要と なる。撤退に際しては、こうした多額の投資をど のように回収するかが重要となる。一方、輸出の 場合、投資額は、海外直接投資に比べればそれほ ど大きくはならないだろう。日本から製品を送る だけなので、リスクも大きくはない。輸出から撤 退する際にも、海外直接投資に比べれば投資回収 の問題は少なく、難しくはない。こうした点を踏 まえると、中小企業の海外展開への示唆を得るた めには、撤退が比較的容易な輸出や生産委託、技 術供与などの進出形態を分析するよりも、より大 きな困難に直面することが想定される海外直接投 資に焦点を当てることが重要と考える。 海外直接投資のプロセスは、大きく分けると、 進出、拡大、撤退に分類することができる。本稿 では、こうした海外直接投資プロセスのなかでも、 進出に焦点を当てて、その変化を明らかにする。 1 本稿では海外展開を「直接輸出や間接輸出、海外直接投資、技術供与、生産委託など何らかの形で自社がかかわる製品やサービスを 海外に提供するための取り組み」と定義する。そのため、本稿において「海外展開」と表記する場合は、海外直接投資だけでなく、 以上に示した海外進出形態すべてを含むものとする。 2 中小企業の海外展開に関する先行研究の意義と課題については、丹下(2015b)を参照されたい。その理由は、後述するように、中小企業の海外進 出がどのように変化しているのかといった点につ いては、十分には明らかにされていないためであ る。中小企業による海外進出の変化を把握すること は、適切な海外進出支援につながるものと考える。 以上を踏まえて、本稿では、中小企業の海外進 出にみる変化を分析することを目的とする。具体 的には、統計データと、日本政策金融公庫総合研 究所において実施したアンケート結果を用いる。 海外拠点の進出年代別に、親会社の概要や進出前 の準備実施状況、海外拠点の管理状況などを分析 することで、中小企業による海外進出において時 系列でどのような変化が生じているのかを明らか にしたい。 本稿の構成は次のとおりである。第 2 節では、 統計データから、中小企業の海外進出にみられる 変化を分析する。第 3 節では、先行研究の意義と 課題についてのべる。第 4 節では、アンケート結 果から、海外拠点の状況を進出年代別に分析する ことで、海外直接投資による進出の変化を明らか にする。第 5 節では本稿の結論と課題を示す。
2 統計データにみる海外進出の変化
⑴ 海外展開する中小企業は少数
中小企業の海外展開状況を示すデータとして は、経済産業省「海外事業活動基本調査」、総務 省「経済センサス」、東洋経済新報社「海外企業 進出総覧」などが存在する。各データにはそれぞ れ制約があるため、中小企業の海外展開をこうし た既存の統計データから完全に把握することは困 難である(加藤、2011、 pp.128−143)。本節では、 そうした制約を考慮して、中小企業全体の海外展 開状況を分析する。 まず、中小企業全体のなかで、海外展開する中 小企業がどの程度の割合を占めているのか、確認 しておく必要があるだろう。日本政策金融公庫総 合研究所が実施した「中小企業の海外進出に関す るアンケート調査」3に回答した中小企業4,607社に ついてみると、「海外展開はしていない」とする 割合は72.4%にものぼる(表− 1 )。業種別にみ 表- 1 中小企業の海外展開の形態(複数回答) (単位:%) 全産業 (N=4,607) (N=2,090)製造業 (N=2,517)非製造業 海外展開はしていない 72.4 59.5 83.1 海外直接投資(現地法人の設立、または既存の外国企業への出資(いずれも出資比率 10%以上))をしている 7.0 11.3 3.5 海外直接投資(現地法人の設立、または既存の外国企業への出資(いずれも出資比率 10%未満))をしている 2.7 3.8 1.8 駐在・情報収集などのための拠点を設置している 2.0 2.7 1.4 外国企業と業務・技術提携、役員の派遣など資本関係以外の永続的な関係を有している 2.3 3.6 1.3 直接海外に輸出している 9.2 14.9 4.5 間接的に輸出(商社や販売先の国内企業を経由する輸出)している 11.5 20.0 1.4 直接海外から輸入している 13.0 18.1 8.7 その他 1.2 1.5 1.0 資料:日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の海外進出に関する調査」(2012年) (注) 1 IMFの国際収支統計では、株式等の取得を通じた出資について、外国投資家が、対象国内企業の発効済み株式総数の10%以 上を取得した場合を直接投資としている。 2 複数回答のため、合計は100%を超える。 3 同調査の概要は、次のとおりである。調査時点:2012年 3 月中~下旬、調査対象:日本政策金融公庫の取引先(原則従業員20人以上) 11,297社、有効回答数:4,607社(回答率40.8%)。ると、製造業で59.5%、非製造業で83.1%となっ ており、非製造業で高い割合を示している。これ をみると、多くの中小企業は、未だ海外展開を実 現できていないことがわかる4。その要因として、 海外に生産拠点を設立する場合、準備資金等に加 えて設備資金が必要なこともあり、相応の企業体 力が求められる点が指摘されている(中小企業庁 2012、p.83)。加藤(2011)は、中小企業の海外 展開が低水準にとどまっている理由として、人材 不足(経営管理と技術指導等)と資本力不足(資 金調達力等)を指摘する。海外展開している中小 企業は、全体の 3 割弱にとどまっており、本稿で 分析するデータは、そうした一部の企業であると いう点を常に意識しておく必要がある。
⑵ 増加する中小企業の海外直接投資
ここからは、海外直接投資に焦点を当てて、分 析を行う。まず、海外直接投資を行う中小企業は、 どの程度の割合を占めているのだろうか。表− 1 をみると、「海外直接投資(現地法人の設立、ま たは既存の外国企業への出資(いずれも出資比率 10%以上))をしている」と回答した企業は324社 で、全体の7.0%となっている。これは、「間接的 に輸出している」(11.5%)、「直接海外に輸出し ている」(9.2%)と比べても低い水準にとどまっ ている。中小企業の海外展開において、海外直接 投資を行うことは、間接輸出や直接輸出に比べて、 負担が重く、難しいことが読み取れる。なお、海 外直接投資を行う中小企業の割合を業種別にみる と、製造業で11.3%となっており、非製造業(3.5%) を大きく上回る。 海外直接投資を行う中小企業の数はどのように 推移しているのだろうか。総務省「事業所・企業 統計調査」によると、海外に子会社を保有する中 小企業の数は、01年には4,143社であったが、06年 には5,795社にまで増加している(表− 2 )。09年 の「経済センサス」では5,630社に減少しているが、 調査に連続性がないため、必ずしも減少したとは 判断できない。実際、経済産業省「海外事業活動 基本調査」をみると、中小企業の海外現地法人数 は、06年の1,941社から12年には5,902社まで増加 している(表− 3 )。中小企業の海外直接投資は、 増加傾向にあると判断してよいだろう。 業種別にみるとどうだろうか。表− 3 で業種別 に中小企業の海外現地法人数をみると、12年度は、 製造業が3,082社に対し、非製造業は2,820社と 表- 2 規模別の直接投資企業の数 (単位:社) 年 2001 2006 2009 大企業 1,931 2,416 2,347 中小企業 4,143 5,795 5,630 (うち中小製造業) 2,013 2,944 2,869 合計 6,074 8,211 7,977 中小企業が占める割合 68% 71% 71% 中小製造業が占める割合 33% 36% 36% 出所:中小企業庁「2012年版中小企業白書」p.76 資料:総務省「事業所・企業統計調査」「平成21年経済センサス−基礎調査」再編加工 (注) 1 ここでいう直接投資企業とは、海外に子会社(当該会社が50%超の議決権を所有する会社。 子会社又は当該会社と子会社の合計で50%超の議決権を有する場合と、50%以下でも連結財務 諸表の象となる場合も含む。)を保有する企業(個人事業所は含まない。)をいう。 2 ここでいう大企業とは、中小企業基本法に定義する中小企業者以外の企業をいう。 4 ただし、同調査は、日本政策金融公庫の取引先で、かつ原則従業員20名以上の中小企業に対して実施したものである点に留意する必 要がある。従業員20名以下の中小企業を含めると、実際の海外展開比率はさらに低いものと推測される。製造業の海外現地法人数が多い。ただし、ここで 注目すべきは、06年度から12年度にかけて、製造 業と非製造業の差が大きく縮まっている点である。 06年をみると、製造業の海外現地法人数は非製造 業の約1.6倍であったのに対し、12年度にはほぼ 約1.1倍にまで縮まっている。近年は、非製造業 の海外進出が増えており、その増加ペースは製造 業を上回っていることがわかる。
⑶ 市場開拓を目的とした
海外直接投資の増加
従来、中小企業の海外直接投資目的は、国内の 親企業からの進出要請に応えることを目的とした 「下請型」と、自社製品の生産コストの低減を目 的とした「自立型」がその中心であった(加藤、 2011、p.141)。 だが、中小企業の海外直接投資目的は、ここ数 年で大きく変化している。表− 4 は、中小企業が 海外直接投資を決定した際のポイントの推移は示 したものである。これをみると、「現地の製品需 要が旺盛又は今後の需要が見込まれる」と回答し た企業の割合が04年度の29.3%から11年度には 49.0%にまで増加していることがわかる。一方で、 04年度には31.2%と高い割合を示していた「良質 で安価な労働力が確保できる」と回答する企業が 11年度には27.2%と減少している。中小企業によ る海外直接投資の目的が、生産コスト低減から市 場開拓へとその中心が移っていることがわかる。3 先行研究
ここまで、統計データをもとに、中小企業の海外 進出にみる変化を分析した。ここからは、中小企業 の海外直接投資に関する先行研究をレビューする5。 中小企業の海外直接投資と一口に言っても、海 外直接投資のどのプロセスに着目するかで、得ら 表- 3 中小企業の現地法人企業数 (単位:社) 年度 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 製 造 業 1,187 1,287 1,486 1,767 1,828 1,831 3,082 非製造業 754 886 1,110 1,394 1,423 1,553 2,820 中小企業合計 1,941 2,173 2,596 3,161 3,251 3,384 5,902 製 造 業 7,100 7,031 6,661 6,632 6,584 6,853 7,343 非製造業 7,329 7,528 8,401 8,408 8,764 9,013 10,106 大企業合計 14,429 14,559 15,062 15,040 15,348 15,866 17,449 資料:経済産業省「海外事業活動基本調査」 (注)ここでは資本金基準に基づき、国内本社の資本金により 3 億円以下を中小企業、 3 億円以上を大企業として分類した。 表- 4 中小企業が直接投資を決定した際のポイントの推移(複数回答) (単位:%) 年度 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 良質で安価な労働力が確保できる 31.2 19.9 22.8 26.3 27.7 20.4 28.4 27.2 現地の製品需要が旺盛又は今後の需要が見込まれる 29.3 28.7 30.4 31.6 33.2 39.5 45.5 49.0 納入先を含む、他の日系企業の進出実績がある 23.7 17.0 18.5 20.6 21.1 16.4 25.5 30.1 出所:中小企業庁「2014年版中小企業白書」p.304 資料:経済産業省「海外事業活動基本調査」 (注) 1 国内本社が、中小企業基本法に定義する中小企業者と判定された企業を集計している。 2 2011年度に回答の割合の高い上位 3 項目について表示している。 5 本稿では採り上げないが、大企業の海外直接投資に関しては、洞口(1992)が有益である。れる結論は異なってくる。一般的に、企業の海外 直接投資プロセスは、①進出(進出前の準備段階 を含む)、②拡大、③撤退の三つに分類できる。 ここでは、こうした海外直接投資プロセスのなか で、先行研究が主にどのプロセスに重点をおいて いるかで分類を試みる。 先行研究をみると、すでに海外直接投資を行っ た中小製造業を対象として、主に拡大に焦点を当 てて、海外拠点の生産機能を分析したものが多い6。 こうした研究として、久保田(2007)、中小企業 金融公庫総合研究所(2008)、加藤(2011)、藤井 (2013a)などがある。 久保田(2007)は、ASEANと中国の双方に生 産拠点を持つ中小製造業者を対象に、生産機能の 国際的配置について論じている。そして、中核的 な経営資源が明確に区分しやすいかどうかで、生 産機能の国際的配置のあり方が異なっている点を 指摘する。すなわち、オリジナルな材料や中核部 品、装置を有するといった、中核的な経営資源が 明確に区分しやすい中小企業は、国内拠点と海外 拠点の生産機能は異なっている。それに対して、 総合的な技術力でユーザーのニーズに応えると いった、中核的な経営資源を明確には区分しにく い中小企業は、国内外で同様の一貫生産体制をも つ傾向があるとしている。 中小企業金融公庫総合研究所(2008)も、海外 に拠点をもつ中小自動車部品サプライヤーを対象 として、国内外の生産体制について論じている。 現地生産を行う中小部品サプライヤーは、開発・ 設計機能を日本に残す一方で、国内外拠点間で製 品別分業や工程別分業を活用したり、原材料・設 備の現地調達を一部活用することで、海外拠点を うまく活用している点を明らかにしている。この ように先行研究では、進出段階あるいは拡大段階 にある中小企業を対象に、その現状を分析した研 究が蓄積されている。また、生産や調達、開発と いった機能に着目した研究が多い。 また、近年は、海外直接投資によって国内業績 が向上するプロセスを明らかにしようとする研究 が盛んになってきている。 浜松(2013)は、長野県諏訪地域の海外展開企 業を対象に、事例研究を行い、国内事業への効果 波及プロセスを明らかにしている。海外展開によ る国内業績への効果を直接的効果と間接的効果に 分類して分析している。直接的効果としては、「グ ローバル受注」「営業拠点機能」「利益移転」の三 つをあげ、海外拠点を設立すると自動的に得られ る直接的効果のインパクトはそれほど大きくない とする。一方で、海外展開によって生まれた生産 能力余剰と危機感により、自社で顧客開拓、技術 蓄積を実行する能力の向上をもたらす「触媒的効 果」があると主張する。 こうした浜松(2013)の主張に対し、山藤(2014) は反論し、浜松(2013)が限定的であるとした三 つの直接的効果が日本の中小企業の国内事業の維 持・拡大に貢献していることを事例研究によって 示している。三つの直接的効果のうち、特に「営 業拠点機能」については、「海外拠点の顧客の紹 介により、国内拠点の顧客が増加すること」を 「ブーメラン効果」と定義して、その効果を強調 している。 藤井(2013a)は、海外直接投資が国内事業の どのような要素に変化をもたらすのかを分析し、 四つのパターンに整理した。①労働集約的な業務 を海外へと移管し、国内は製品企画やマーケティ ングなど知識集約的な業務に特化することで、企 画力や営業力が高まるパターン、②海外での取引 をきっかけに国内事業の評価や営業力が向上する 6 中小企業の海外進出目的は、従来、親会社への追随や生産コスト低減が多かった。また、現地法人の主な機能は生産機能とする中小 企業が多い。こうした点が、生産機能に着目した研究が多い理由として指摘できる。 近年では、現地市場開拓への取り組みが進むなかで、販売面に着目した研究も増えつつある(丹下、2012、丹下、2015aなど)
習や評判、能力といった点で、時間差をもって成 果を享受するプロセスを明らかにしている。こう した先行研究は、進出に焦点を当てた研究として 意義をもつ。一方で、本稿の目的である「中小企業 の海外進出がどのように変化しているのか」と いった点については、更なる考察が必要と考える。
4 海外進出にみる変化
-アンケート調査より-
⑴ データ
ここからは、日本政策金融公庫総合研究所が実 施した「中小企業の海外事業再編に関するアン ケート」(以下、アンケート)の結果を用いて、 分析を行う。アンケートの実施要領は表− 5 のと おりである。調査対象は日本政策金融公庫中小企 業事業の取引先のうち、海外展開9の経験を有す る企業945社で、うち440社は海外直接投資からの 撤退経験を有する先となっている。サンプル抽出 においては、層化抽出法を用いた10。 アンケートの特徴は、現存する海外拠点11だけ パターン、③海外での勤務機会の存在が従業員の士 気の向上や採用のしやすさにつながるパターン、 ④国内とは異なる経営環境に足を踏み入れたこ とでイノベーションが起き、品質管理体制の改善 や製品・サービスのラインアップの拡大などにつ ながるパターン、の四つである。 こうした研究は、これまで明らかになっていな かった中小企業の海外直接投資による国内事業へ の波及プロセスを明らかにした点で意義のある研 究である7。 一方で、本稿の目的である進出そのものに焦点 を当てた研究は、それほど多くない8。進出に焦 点を当てた研究としては、米倉(2000)、関(2013) などがあげられる。米倉(2000)は、中小企業の 海外進出前の意思決定プロセスを事例研究によっ て分析している。その結果、中小企業ではトップマ ネジメントの起動力が海外進出を可能にしており、 ボトムアップによって意思決定がなされる大企業 とは異なる点を明らかにしている。関(2013)は、 タイへの進出を計画している日本の中小製造業者 の事例研究を行っている。その結果、中小製造業者 が国内および国外での連携によって、情報共有・学 表- 5 アンケートの実施要領 名 称 中小企業の海外事業再編に関するアンケート 調査時点 2014年10月 調査対象 日本政策金融公庫中小企業事業の取引先のうち、海外進出(海外直接投資のほか、支店の設立 や技術供与を含む)の経験を有する企業945社(うち440社は撤退経験を有する先) 調査方法 調査票の送付・回収ともに郵送。調査票は無記名 回 収 数 298社(回収率31.5%) 資料:日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の海外事業再編に関するアンケート」(2014年、以下同じ) 7 海外直接投資と国内業績との関係に関する研究は、他にも藤井(2014)などがある。こうした研究の意義と課題ついては、丹下(2015b) を参照されたい。 8 撤退に関する先行研究は、さらに少ない。中小企業の海外撤退に関する先行研究の意義と課題については、丹下・金子(2015)に参照されたい。 9 アンケートにおける「海外展開」には、海外直接投資のほか、支店の設立や技術供与を含むが、輸出は含んでいない。 10 まず、当公庫データベースから、①海外から撤退した経験がある企業と、②海外から撤退した経験がなく、かつ現在も海外に進出し ている企業をそれぞれ抽出した。次に、①については全数を、②については、①とサンプルサイズが同程度になるよう無作為に抽出 した先をサンプル候補先とした。最後に、サンプル候補先について、当公庫内でアンケート送付可否を確認し、不適格な一部企業を 削除したうえで、最終的なサンプル(=アンケート送付先)とした。アンケート結果には、こうしたサンプル抽出に起因するバイア スが存在する点には留意する必要がある。 11 アンケートでは海外拠点について、「海外直接投資先」という用語を用いている。アンケートにおける海外直接投資の定義は「現地 法人の設立、または外国企業への出資」である。でなく、既に撤退した海外拠点のデータも含む点 にある。藤井(2013b)は、中小企業の海外展開 に関するアンケート分析の課題として、海外から 撤退した企業が回答先に含まれていない点を指摘 する。そのうえで、「海外事業に成功した企業を 分析するだけではなく、失敗した企業との比較が できれば、より示唆に富んだ結果が得られるかも しれない」と述べている12。進出年代別に海外直 接投資先の変化を明らかにするという、本稿の目 的を達成するためには、藤井(2013b)が指摘す るように、現存する海外拠点の変化をみるだけで は十分とはいえない。既に撤退した海外拠点の データを含めることで、中小企業の海外進出にお ける変化がより実態に近いものとなるだろう。本 稿で用いるアンケートデータは、撤退した海外拠 点を含むものである。その点において、中小企業 における進出の変化を明らかにするうえでは、意 義のあるデータと考える。 回答企業の属性をみると、従業者の平均は112 人であった。カテゴリー別では、「50~99人」が 32.2%と最も多く、「20~49人」が24.9%、「100~ 199人」が21.5%と続く。一方で、19人以下の企 業は9.3%にとどまっており、規模の小さい企業 は比較的少ない。業種は、製造業が74.6%、非製 造業が25.4%となっている。
⑵ 分析結果
以下、海外拠点の進出年代別にどのような変化 がみられるのか、⑴で示したデータを用いて分析 を行う。 分析に際しては、①親会社属性、②進出前の準 備、③海外拠点の管理、④海外拠点の成果の 4 点 に着目する。 ① 親会社属性 親会社の属性としては、(イ)差別化された技術、 製品・サービス、ビジネスモデルの有無(以下、「差 別化された技術等の有無」と称す)、(ロ)下請比 率13に着目する。 第 2 節でみたように、海外直接投資による進出 目的が生産コスト低減から市場開拓へと変化して いる(中小企業庁、2012)。市場開拓が進出目的 であれば、これまでよりも差別化された技術や製 品・サービス、ビジネスモデルが求められること が想定される。特に、消費財分野では、現地企業 に負けない何らかの強みが求められるだろう。ま た、こうした企業の場合、下請受注よりも自社製 品の販売割合が高いことが想定される。 まず、差別化された技術等の有無についてみて みよう。表− 6 は、差別化された技術等の有無を 年代別にみたものである。ここでは、親会社につ いて、「同業他社と比較して、差別化された技術、 製品・サービス、ビジネスモデルはありますか」 との問いに対し、「大いにある」「多少ある」と回 答があった先を「有」、「ほとんどない」「まった くない」を「無」として集計している。表− 6 で 合計をみると、差別化された技術等を有する企業 の割合は72.7%と高い。海外進出する企業の多く は、何らかの差別化された技術等を有すると考え ていることがわかる。 進出年代別にみるとどうだろか。差別化された 技術等を有する企業の割合はいずれの年代も70% 前後となっており、大きな変化はない。カイ 2 乗 値をみても統計的に有意ではないことから、進出 年代ごとに差別化された技術等の有無に違いがあ るとはいえない。 下請比率についてはどうだろうか。親会社の下 12 撤退企業をすべて失敗企業とみなすのが妥当なのかについては、ここでは議論しない。丹下・金子(2015)では、一定の成果をあげ ていたにもかかわらず撤退したとする企業が 4 割も存在する点を明らかにしている。そうした結果を踏まえると、撤退企業=失敗企 業とは必ずしも言い切れないと考える。 13 アンケートにおける下請受注の定義は「他の事業者から仕様、内容などを指定されて、物品などの製造・加工(製造受託)を行うこと」 である。請比率について、海外拠点の進出年代別にみたの が表− 7 である。ここでは、親会社の「売上に占 める下請受注比率」について、「50%以上75%未満」 「75%以上」と回答した先を「高い」、「下請けなし」 「 0 %超25%未満」「25%以上50%未満」と回答し た先を「低い」として集計している。表− 7 をみ ると、下請比率が高いと回答した企業の割合は 33.3%、下請比率が低いと回答した企業の割合は 66.7%となっており、全体的には下請比率が低い とする企業が多い。 進出年代別にみると、2010年以降に進出した拠 点において、下請比率が低いとする割合が60.0% と低下する一方、下請比率が高いとする割合が 40.0%に上昇している。ただし、カイ 2 乗値をみ ると、こうした関係は統計的に有意ではない。そ のため、進出年代ごとに、下請比率に違いがある とはいえない。 以上、親会社の属性としては、(イ)差別化さ れた技術等の有無、(ロ)下請比率について、海 外拠点の進出年代との関係をみてきたが、いずれ も進出年代ごとに違いはあるとはいえない。 ② 進出前の準備 次に、海外進出前の準備について、進出年代 別にどのような変化がみられるのか、分析してみ よう。 海外進出前の準備としては、(イ)フィージビ リティ・スタディ14(以下、F/S)の実施、(ロ) 撤退基準の設定、(ハ)撤退手続きの確認、の 3 つに着目する。F/Sは、日本国内での新事業に取 り組む際にも重要であるが、環境の異なる海外に 進出する際には、特に重要となる。だが、中小企 業の場合、F/Sを行うための人的資源や資金、ノ ウハウが少なく、十分に行われないまま海外進出 表- 6 海外拠点の進出年代別にみた差別化技術等の有無 (n=264) 差別化された技術、 製品・サービス 合計 有 無 進出年代 ~1989 拠点数 23 8 31 構成比 74.2% 25.8% 100.0% 1990~1994 拠点数 22 11 33 構成比 66.7% 33.3% 100.0% 1995~1999 拠点数 33 13 46 構成比 71.7% 28.3% 100.0% 2000~2004 拠点数 48 15 63 構成比 76.2% 23.8% 100.0% 2005~2009 拠点数 34 12 46 構成比 73.9% 26.1% 100.0% 2010~ 拠点数 32 13 45 構成比 71.1% 28.9% 100.0% 合計 拠点数 192 72 264 構成比 72.7% 27.3% 100.0% (注) 1 Pearsonのカイ 2 乗値:0.95 2 「同業他社と比較して、差別化された技術、製品・サービス、ビジネスモデルはありますか」と の問いに対し、「大いにある」「多少ある」と回答があった先を「有」、「ほとんどない」「まったく ない」を「無」として集計。 14 フィージビリティ・スタディとは、海外展開する際に、自社で計画した事業が実現可能か、実施することで採算がとれるか、などを 多角的に調査することである。
に至るケースも耳にする15。こうした状況は、進 出年代によって、変化があるのだろうか。また、 (ロ)撤退基準の設定、(ハ)撤退手続きの確認に ついても、その必要性が指摘されている(中小企 業基盤整備機構、2014)。これらについても、進 出年代別に変化があるのかみていこう。 まず、F/S実施の有無である。海外拠点の進出 年代別にF/Sの実施状況をみたのが、表− 8 であ る。ここでは、「フィージビリティ・スタディは 実施しましたか」との問いに対し、「十分に実施 した」「多少実施した」と回答があった海外拠点 を「有」、「どちらともいえない」「あまり実施し ていない」「まったく実施していない」と回答が あった拠点を「無」として集計している。 これをみると、F/Sを実施したとする割合は合 計で58.3%となっており、半分以上の拠点でF/S を実施していることがわかる。進出年代別にみる と、進出年代が最近になるほど、F/Sを実施した とする割合が高くなる傾向がみられる。1989年以 前に進出した拠点では、F/Sを実施したとする企 業の割合は、54.8%となっている。00年代前半に 進出した拠点では、実施割合は47.7%に低下する ものの、00年代後半からその割合は上昇し、10年 以降に進出した拠点では、76.1%と高い割合を示 している。 こうした進出年代とF/S実施の有無について、 関係性をみると、カイ 2 乗値は0.078と10%水 準ではあるが有意となっている。進出年代ごと にF/Sの実施状況には違いがあるといってよい だろう。 撤退基準設定の有無についてはどうだろうか。 海外拠点の進出年代別に撤退基準の設定状況をみ たのが、表− 9 である。ここでは、「撤退時に備 えて、撤退基準をあらかじめ設定しましたか」と の問いに対し、「書面にして設定した」「書面には していないが設定した」と回答があった拠点を 15 例えば、「友人の企業が現地に進出しているから」「現地を訪問した際に出会った現地企業の経営者と意気投合したから」といったケー スである。 表- 7 海外拠点の進出年代別にみた親会社の下請比率 (n=267) 親会社の下請比率 合計 多い 少ない 進出年代 ~1989 拠点数 10 21 31 構成比 32.3% 67.7% 100.0% 1990~1994 拠点数 8 25 33 構成比 24.2% 75.8% 100.0% 1995~1999 拠点数 18 28 46 構成比 39.1% 60.9% 100.0% 2000~2004 拠点数 19 47 66 構成比 28.8% 71.2% 100.0% 2005~2009 拠点数 16 30 46 構成比 34.8% 65.2% 100.0% 2010~ 拠点数 18 27 45 構成比 40.0% 60.0% 100.0% 合計 拠点数 89 178 267 構成比 33.3% 66.7% 100.0% (注) 1 Pearsonのカイ 2 乗値:0.624 2 「売上に占める下請受注比率」について、「50%以上75%未満」「75%以上」と回答した先を「多 い」、「下請けなし」「 0 %超25%未満」「25%以上50%未満」と回答した先を「少ない」として集計。
「有」、「設定しなかった」と回答した先を「無」 として集計している。 これをみると、撤退基準をあらかじめ設定した とする割合は、全体で24.1%にとどまっており、 多くの企業で撤退基準をあらかじめ設定していな いことがわかる。年代別にみると、撤退基準をあ 表- 8 海外拠点の進出年代別にみたF/S実施の有無 (n=266) F/Sの実施 合計 有 無 進出年代 ~1989 拠点数 17 14 31 構成比 54.8% 45.2% 100.0% 1990~1994 拠点数 18 15 33 構成比 54.5% 45.5% 100.0% 1995~1999 拠点数 25 20 45 構成比 55.6% 44.4% 100.0% 2000~2004 拠点数 31 34 65 構成比 47.7% 52.3% 100.0% 2005~2009 拠点数 29 17 46 構成比 63.0% 37.0% 100.0% 2010~ 拠点数 35 11 46 構成比 76.1% 23.9% 100.0% 合計 拠点数 155 111 266 構成比 58.3% 41.7% 100.0% (注) 1 Pearsonのカイ 2 乗値:0.078 2 「フィージビリティ・スタディは実施しましたか」との問いに対し、「十分に実施した」「多少実施した」 と回答があった拠点を「有」、「どちらともいえない」「あまり実施していない」「まったく実施していな い」を「無」として集計。 表- 9 海外拠点の進出年代別にみた撤退基準設定の有無 (n=257) 撤退基準の設定の有無 合計 有 無 進出年代 ~1989 拠点数 6 23 29 構成比 20.7% 79.3% 100.0% 1990~1994 拠点数 8 24 32 構成比 25.0% 75.0% 100.0% 1995~1999 拠点数 3 40 43 構成比 7.0% 93.0% 100.0% 2000~2004 拠点数 16 47 63 構成比 25.4% 74.6% 100.0% 2005~2009 拠点数 11 34 45 構成比 24.4% 75.6% 100.0% 2010~ 拠点数 18 27 45 構成比 40.0% 60.0% 100.0% 合計 拠点数 62 195 257 構成比 24.1% 75.9% 100.0% (注) 1 Pearsonのカイ 2 乗値:0.020 2 「撤退時に備えて、撤退基準をあらかじめ設定しましたか」との問いに対し、「書面にして設定した」「書 面にはしていながい設定した」と回答があった拠点を「有」、「設定しなかった」を「無」として集計。
らかじめ設定したとする割合は10年以降に進出し た拠点で高くなっている。90年代後半を除き、撤 退基準をあらかじめ設定したとする割合は、20% 台を維持してきたが、10年以降に進出した拠点で は40.0%と実施割合が大きく上昇している。 こうした進出年代と、撤退基準設定の有無につ いて、関係性をみると、カイ 2 乗値は0.020と 5 % 水準で有意となっている。進出年代ごとに、撤退 基準設定状況には違いがあるといえる。 撤退手続き確認の有無についてはどうだろう か。進出年代別に撤退手続き確認の状況をみたの が、表−10である。ここでは、「撤退に必要な手 続きをあらかじめ確認しましたか」との問いに対 し、「確認した」「確認しなかった」とそれぞれ回 答した先を集計している。 これをみると、撤退手続きをあらかじめ確認し たとする割合は、全体で30.9%にとどまっている。 進出年代別にみると、撤退手続きをあらかじめ確 認したとする割合は00年代後半以降に進出した拠 点で高くなっている。00年代後半に進出した拠点 では41.9%、10年以降に進出した拠点では37.8% となっており、平均の30.9%を上回っている。 こうした進出年代と、撤退手続き確認の有無に ついて、関係性をみると、カイ 2 乗値は0.232と なっており、有意ではない。進出年代と撤退手続 き確認の有無との間には、統計的な関係が存在し ないといえる。 以上、海外進出前の準備としては、(イ)F/S の実施、(ロ)撤退基準の設定、(ハ)撤退手続き の確認、の三つについて、海外拠点の進出年代と の関係をみてきた。(イ)F/Sの実施が10%水準 ながらも有意であり、(ロ)撤退基準設定は 5 % 水準で有意となった。一方、(ハ)進出前の撤退 手続き確認については、進出年代との関係性は見 出せなかった。三つのうち、二つの変数において 有意となったことから、海外拠点の進出年代が新 しいほど、進出前の準備を行っているという関係 性は存在するものと判断してよいだろう。 では、なぜ進出年代が最近になるにつれて、進 出前の準備を行っている企業の割合が増加してい 表-10 海外拠点の進出年代別にみた撤退手続き確認の有無 (n=249) 撤退手続きの確認状況 合計 確認した 確認しなかった 進出年代 ~1989 拠点数 8 20 28 構成比 28.6% 71.4% 100.0% 1990~1994 拠点数 11 21 32 構成比 34.4% 65.6% 100.0% 1995~1999 拠点数 9 33 42 構成比 21.4% 78.6% 100.0% 2000~2004 拠点数 14 45 59 構成比 23.7% 76.3% 100.0% 2005~2009 拠点数 18 25 43 構成比 41.9% 58.1% 100.0% 2010~ 拠点数 17 28 45 構成比 37.8% 62.2% 100.0% 合計 拠点数 77 172 249 構成比 30.9% 69.1% 100.0% (注) 1 Pearsonのカイ 2 乗値:0.232 2 「撤退に必要な手続きをあらかじめ確認しましたか」との問いに対する回答を集計。
るのだろうか。残念ながら、アンケートのデータ だけでは、この問いに答えることはできない。た だ、以下の三つが理由として想定される16。 第一に、中小企業による進出・撤退累計数の増 加が影響している可能性がある。1989年以前には、 中小企業の進出は一部に限られており、そうした 中では、進出前にどのような準備が必要なのか、 中小企業には十分には認識されていなかったもの と思われる。その後、中小企業による進出・撤退 累計数が現在に至るまで増加するなかで、早期に 進出・撤退を経験した中小企業からその後の海外 に進出した中小企業へと、進出前の準備の必要性 が共有されていった結果、進出年代が最近になる につれて、進出前の準備を行っている企業の割合 が増加しているものと思われる。 第二に、中小企業に対する海外進出支援が拡充 されたことも影響している可能性がある。以前は 日本国内の空洞化議論と相まって、中小企業の海 外展開に対する支援が十分とはいえない状況が続 いていた。その後、日本国内市場の縮小と、海外 展開が国内拠点に好影響を及ぼすとの研究成果を 踏まえ、中小企業の海外展開への積極的な支援が なされる。その過程では、支援機関による海外進 出に関して、様々な情報提供や進出支援が中小企 業に対してなされるようになってきた。こうした 支援機関による支援が進出前の準備実施を促した 可能性がある。 第三に、海外進出に取り組む人材の変化であ る。近年では、大企業での勤務経験を経た後継者 が海外進出に取り組むケースが散見される。こう したケースでは、大企業での勤務経験を活かし て、進出前の準備を周到に実施している可能性が ある。 ③ 海外拠点の管理 次に、海外拠点の管理についてみてみよう。海 外拠点の管理については、進出年代別にどのよう な変化がみられるのだろうか。ここでは、海外拠 点の労務管理方法に着目する17。海外拠点の運営 管理については、日本方式を海外に移植する「適 用」の可否に関する議論がこれまで行われてきた。 本章でもそうした先行研究を踏まえて、海外拠点 の労務管理方法が日本をベースとしているのか、 現地の方式をベースとしているのかに着目し、進 出年代別にみた変化を分析する。 表−11は、海外拠点の進出年代別に海外拠点の 労務管理方式をみたものである。ここでは、「現 地の従業員教育や労務管理はどのようにしていま したか」との問いに対して、「日本とまったく同 じようにしていた」「日本のやり方をベースにし ているが、現地の事情を踏まえて修正していた」 と回答があった拠点を「日本ベース」、「現地の事 情を踏まえて、一から研修・管理体制を築いた」 「現地企業のやり方をまねた」「合弁相手に任せた」 と回答があった拠点を「現地ベース」として集計 した。 これをみると、「日本ベース」との回答割合が 67.1%となっており、「現地ベース」は32.9%にと どまっている。進出年別にみると、進出年が新し いほど、海外拠点の労務管理が日本ベースである とする割合が高くなる傾向がみられる。89年以前 は、日本ベースであるとの回答割合は46.4%にと どまっていたが、00年台後半に進出した拠点では、 75.0%、10年以降に進出した拠点では79.1%と実 施割合が大きく上昇している。 こうした進出年代と、海外拠点の労務管理につ いて、関係性をみると、カイ 2 乗値は0.046と 5 % 16 こうした理由が妥当かどうかについては、検証が必要であり、今後の課題としたい。 17 アンケートでは、海外拠点の管理について、本章で採り上げる海外拠点の労務管理方法以外にも、「日本本社への財務データの提出」「日 本本社から経営管理職が定期的に訪問」などの実施の有無を回答してもらっている。ただし、これらの集計結果は、進出年代との間 で統計的に有意ではなかったため、本稿では採り上げていない。
水準で有意となっている。進出年代ごとに、海外 拠点の労務管理には違いがあるといえる。 では、なぜ進出年代が最近になるにつれて、海 外拠点の労務管理が日本ベースであるとする割合 が増加しているのだろうか。まず、進出年代が最 近になるほど、親会社の出資比率が高い海外拠点 の割合が高くなっている可能性が想定される。出 資比率が高いほど、親会社の意向が反映されるた め、海外拠点の管理も日本ベースとなる可能性が 高くなることが想定される。実際、アジア各国で は、自国の産業振興を目的として、現地企業との 合弁による進出しか認められないなど、過去には 出資比率に関する規制が多く存在していた。一方、 近年は、アジア各国の発展に伴い、こうした規制 は徐々に減ってきている。こうした動きも勘案す ると、出資比率と進出年との関係性を確認してお く必要がある。そこで、海外拠点の進出年と出資 比率との相関関係をみると、相関係数は、0.100 であり、相関関係にあるとはいえない。進出年と 出資比率は独立した関係にあることから、海外拠 点の労務管理変化に出資比率が影響しているわけ ではなさそうである。 そのほかの理由として、ここでもやはり、中小 企業による進出・撤退累計数の増加が影響してい る可能性が想定されるだろう。先に進出した中小 企業の経験・知識が伝播した結果、日本ベースの 労務管理が増えた可能性がある。ただし、残念な がら、アンケートのデータだけでは、この仮説を 分析するには不十分である。進出年代が最近にな るにつれて、海外拠点の労務管理が日本ベースで あるとする割合がなぜ増加しているのか、その理 由の検証については、今後の課題としたい。 ④ 海外拠点の成果 ここまでみてきたように、中小企業による海外 進出は、進出年代が新しいほど、より計画的なも のに変化してきている。また、進出年代が新しい ほど、海外拠点の従業員教育や労務管理において、 表-11 進出年代別にみた海外拠点の労務管理 (n=246) 現地拠点の労務管理 合計 日本ベース 現地ベース 進出年代 ~1989 拠点数 13 15 28 構成比 46.4% 53.6% 100.0% 1990~1994 拠点数 21 11 32 構成比 65.6% 34.4% 100.0% 1995~1999 拠点数 23 17 40 構成比 57.5% 42.5% 100.0% 2000~2004 拠点数 41 18 59 構成比 69.5% 30.5% 100.0% 2005~2009 拠点数 33 11 44 構成比 75.0% 25.0% 100.0% 2010~ 拠点数 34 9 43 構成比 79.1% 20.9% 100.0% 合計 拠点数 165 81 246 構成比 67.1% 32.9% 100.0% (注) 1 Pearsonのカイ 2 乗値:0.046 2 「現地の従業員教育や労務管理はどのようにしていましたか」との問いに対して、「日本とまったく同 じようにしていた」「日本のやり方をベースにしているが、現地の事情を踏まえて修正していた」と回 答があった拠点を「日本ベース」、「現地の事情をふまえて、一から研修・管理体制を築いた」「現地企 業のやり方をまねた」「合弁相手に任せた」と回答があった拠点を「現地ベース」として集計。
日本でのやり方をベースにしたとする割合が高 まっている。では、こうした変化は、海外拠点の 成果とどのように結びついているのだろうか。こ こでは、進出年代と海外拠点の成果との関係を分 析してみよう。 進出年代別に海外拠点の成果をみたのが、表− 12である。ここでは、「当該拠点の成果をどのよ うに評価していますか」との問いに対して、「予 想を上回る成果を上げた」「予想通りの成果を上 げた」と回答があった拠点を「予想以上」、「予想 を下回る成果にとどまった」「予想をかなり下回 る成果にとどまった」と回答があった拠点を「予 想未達」として集計している。ここで留意すべき 点は、「成果」を回答する対象期間である。すな わち、撤退した海外拠点については、進出から撤 退時までの成果を示している。一方、現存する海 外拠点については、進出から回答時点までの成果 を示している。そのため、進出して間もない拠点 については、現地拠点の運営が軌道に乗っておら ずに、成果が上がっていないと回答する先が増え ることが想定される。 表−12をみると、「予想以上」と回答した先が 50.2%、「予想未達」と回答した先が49.8%となっ ている。海外進出が成果を上げるか否かは、半々 といった様子がうかがわれる。進出年代ごとにみ ると、進出年代が新しいほど、成果を上げたとす る割合が低くなっていることがわかる。89年以前 に進出した海外拠点では、成果が予想以上である とする割合が64.5%と高いのに対し、10年以降に 進出した拠点では40.9%にとどまっている。ただ し、進出年代と成果との関係性をみても、カイ 2 乗値は0.280となっており、有意ではない。進出 年代と成果との間には、統計的な関係が存在しな いといえる。
5 結 論
本稿では、海外直接投資プロセスのなかでも、 表-12 進出年代別にみた海外拠点の成果 (n=263) 海外拠点の成果 合計 予想以上 予想未達 進出年代 ~1989 拠点数 20 11 31 構成比 64.5% 35.5% 100.0% 1990~1994 拠点数 18 15 33 構成比 54.5% 45.5% 100.0% 1995~1999 拠点数 25 20 45 構成比 55.6% 44.4% 100.0% 2000~2004 拠点数 32 32 64 構成比 50.0% 50.0% 100.0% 2005~2009 拠点数 19 27 46 構成比 41.3% 58.7% 100.0% 2010~ 拠点数 18 26 44 構成比 40.9% 59.1% 100.0% 合計 拠点数 132 131 263 構成比 50.2% 49.8% 100.0% (注) 1 Pearsonのカイ 2 乗値:0.280 2 「当該拠点の成果をどのように評価していますか」との問いに対して、「予想を上回る成果を上げた」 「予想通りの成果を上げた」と回答があった拠点を「予想以上」、「予想を下回る成果にとどまった」「予 想をかなり下回る成果にとどまった」と回答があった拠点を「予想未達」として集計。進出に焦点を当てて分析を行った。 まず統計データを用いて、中小企業の海外直接 投資による進出がどのように変化しているのかを 分析した。その結果、次の三点が明らかになった。 第一に、中小企業の海外現地法人数は、06年の 1,941社から12年には5,902社まで増加しており、 中小企業の海外直接投資は、増加傾向にあると判 断できる。第二に、業種別に中小企業の海外現地 法人数をみると製造業が多いものの、06年から12 年にかけて、製造業と非製造業の差が大きく縮 まっている。近年は、非製造業の海外進出が増え ており、その増加ペースは製造業を上回っている。 一方で、第三に、海外直接投資を行う中小企業の 割合は全体の7.0%にとどまっており、まったく 海外展開していない中小企業が約 7 割も存在す る。前述のとおり、中小企業の海外直接投資は増 加傾向にあるものの、それでもなお、中小企業に とって海外直接投資を行うことは、直接輸出など に比べて負担が重く、難しいことが読み取れる。 次に、アンケートを用いて、海外拠点の進出年 代別に親会社の属性や進出前の準備実施状況、海 外拠点の管理状況にどのような変化があるかを分 析した。その結果は次のとおりである。 第一に、進出前の準備については、進出年代が 新しいほど、実施割合が増加している。フィージ ビリティ・スタディの実施については、進出年代 が最近になるほど、実施したとする割合が高くな る傾向がみられる。撤退基準の設定についても、 進出年代が最近になるほど、設定したとする割合 が高くなる傾向がみられた。撤退手続きの確認に ついては、有意ではないもの、00年代後半以降に 進出した拠点で高くなっている。これらを踏まえ ると、中小企業による海外進出は、進出年代が新 しいほど、より計画的なものに変化してきている と判断してよいだろう。 こうした変化が起きている要因については、残 念ながら、本稿で用いたデータだけでは、分析が 困難である。ただし、(イ)中小企業による進出・ 撤退累計数の増加、(ロ)中小企業に対する海外 進出支援の拡充、(ハ)海外進出に取り組む人材 の変化という三点が影響している可能性を本稿で は指摘した。こうした要因が影響することで、中 小企業による海外進出は、進出年代が新しいほど、 より計画的なものに変化してきている可能性があ ると考える。 第二に、進出年代が新しいほど、海外拠点の従 業員教育や労務管理において、日本でのやり方を ベースにしたとする割合が高まっている。 このように、中小企業の海外進出は、進出年代 が新しいほど、より計画的なものに変化してきて いる。海外拠点の従業員教育や労務管理において、 日本でのやり方をベースにしたとする割合が高ま るといった変化もみられる。これらを踏まえると、 中小企業の海外進出は、近年変化しているといっ てよいだろう。 本稿の結論を別の視点から分析すると、重要な 示唆が得られる。本稿では、進出年代が新しいほど、 進出前の準備を実施した海外拠点の割合が増加し ている点を指摘したが、一方で、準備を実施して いなかった海外拠点もなお多く存在することも、 明らかとなった。具体的には、フィージビリティ・ スタディを実施しなかったとする海外拠点の割合 は、2010年以降に進出した海外拠点でも23.9%も 存在する。撤退基準を設定していない海外拠点も 同様に60.0%存在する。こうした取り組みは、海 外直接投資を成功させるためには、重要な要因で ある18。こうした事実を踏まえると、海外展開を 考える中小企業に対して、進出前の準備をしっか 18 丹下・金子(2015)では、本稿で用いたアンケートの回答先に対して、「海外直接投資の経験を踏まえて、海外直接投資を成功させる ために最も重要と考える項目」について聞いた結果、「フィージビリティ・スタディの実施」が21.0%と最も高い割合となった点を明 らかにしている。特に、撤退経験を有する企業では、「フィージビリティ・スタディの実施」が、撤退経験がない企業よりも高い割合 となっており、撤退企業が自らの経験を踏まえたうえで、「フィージビリティ・スタディの実施」が重要と考えていることがわかる。
りと行うように、一層の支援が求められる。 最後に、本稿の課題を挙げたい。第一に、バイ アスの存在である。サンプルは、日本政策金融公 庫中小企業事業の取引先のうち、海外進出の経験 を有する企業であるため、必ずしも日本中小企業 の業種構成を反映したものではない。また、当然 ながら、海外から撤退した後に倒産・廃業した企 業は、調査対象には含まれていない。本稿におい ては、こうしたサンプル抽出に伴うバイアスに留 意する必要がある。 第二に、海外拠点の成果との関係である。本稿 で示した進出にみる変化が海外拠点の成果とどの ように結びついているのかについては、本稿では 十分に明らかにできていない。前述のような進出 における変化の多くが最近になってのものである ため、成果との関連をみることが困難であった。 今後は、こうした変化が海外拠点の成果に結びつ いていくのかどうか注視していく必要がある。 以上の課題を解決するべく、今後研究を行って いきたい。 < 参考文献 > 加藤秀雄(2011)『日本産業と中小企業:海外生産と国内生産の行方』新評論 北嶋守(2004)「アジア規模のモノづくりの進展と国内産業集積の再構築−競合モデルと協働モデルの視点から−」 日本中小企業学会『アジア新時代の中小企業 日本中小企業学会論集』第23巻、同友館、pp.47-60 久保田典男(2007)「生産機能の国際的配置−中小企業の海外直接投資におけるケーススタディ」中小企業金融公 庫総合研究所『中小企業総合研究』第6号、pp.43-61 経済産業省『海外事業活動基本調査』 関智宏(2013)「中小企業の国際連携を通じた企業発展のプロセス−タイに進出しようとする日本中小企業をケー スとして−」日本中小企業学会『日本産業の再構築と中小企業 日本中小企業学会論集』第32巻、同友館、 pp.71-83 総務省「事業所・企業統計調査」 総務省「平成21年経済センサス−基礎調査」 丹下英明(2012)「新興国市場を開拓する中小企業のマーケティング戦略─中国アジア市場を開拓する消費財メー カーを中心に─」日本中小企業学会『中小企業のイノベーション 日本中小企業学会論集』第31巻、同友 館、pp.133-145 ────(2015a)「中小企業の新興国メーカー開拓戦略─中国自動車メーカーとの取引を実現した日系中小自動車 部品メーカーの戦略と課題─」日本政策金融公庫総合研究所『日本政策金融公庫論集』第27号、pp.21-42 ────(2015b)「中小企業の海外展開に関する研究の現状と課題─アジアに展開する日本の中小製造業を中心 に─」埼玉大学経済学会『経済科学論究』第12号、pp.25-39 丹下英明・金子昌弘(2015)「中小企業による海外撤退の実態−戦略的撤退と撤退経験の活用−」日本政策金融公 庫総合研究所『日本政策金融公庫論集』第26号、pp.15-34 中小企業基盤整備機構(2014)『中小企業が海外事業を成功させるための方法』 中小企業金融公庫総合研究所(2008)「中小自動車部品サプライヤーによるグローバル供給体制の構築」『中小公庫 レポート』№2008-4 中小企業庁(2012)『中小企業白書 2012年版』日経印刷 ────(2014)『中小企業白書 2014年版』日経印刷 日本政策金融公庫総合研究所(2012)「中小企業の海外進出に関する調査」 ────(2015)「中小企業の海外撤退の実態~『中小企業の海外事業再編に関するアンケート』から~」 浜松翔平(2013)「海外展開が国内拠点に与える触媒的効果−諏訪地域海外展開中小企業の国内競争力強化の一要 因−」日本中小企業学会『日本産業の再構築と中小企業 日本中小企業学会論集』第32巻、同友館、 pp.84-96 藤井辰紀(2013a)「中小企業における海外直接投資の効果」日本政策金融公庫総合研究所『日本政策金融公庫論集』
第21号、pp.49-66 ────(2013b)「中小企業における海外直接投資の現状と効果」日本政策金融公庫総合研究所編『中小企業を 変える海外展開』pp.77-132 ────(2014)「中小企業の海外直接投資が国内事業に影響を及ぼすメカニズム」日本中小企業学会『アジア大 の分業構造と中小企業 中小企業学会論集』第33巻、同友館、pp.173-185 洞口治夫(1992)『日本企業の海外直接投資』東京大学出版会 山藤竜太郎(2014)「海外事業と国内事業の両立可能性−ブーメラン効果に注目して−」日本中小企業学会『アジ ア大の分業構造と中小企業 中小企業学会論集』第33巻、同友館、pp.199-211 米倉穣(2000)「中小企業の海外進出の意思決定プロセスとパフォーマンス− 4 社の成功事例にみる−」日本中小 企業学会『新中小企業像の構築 日本中小企業学会論集』第19巻、同友館、pp.145-150