• 検索結果がありません。

巻頭言

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "巻頭言"

Copied!
1
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1 再チャレンジという言葉が大っぴらに言える ようになったようだ。これまでの我が国は一度 失敗すれば大きな傷となり、立ち直りが難しい 社会であった。それ故、親たちは子供が社会で 傷つかないようにと、幼いころから有名塾にい れ、お受験を体験させ、ブランド大学、そして ブランド企業にいれようとした。有名企業に入 りさえすれば、あとは学歴が護ってくれるだろ うという幻想を抱いていたのである。しかし、 現在のこの大不況は学歴どころかブランド企業 でさえ、その名前だけでは生きのびることがで きなくなってしまった。 ところで、再チャレンジをするためには、失 敗という惨めな体験を乗り越える必要がある。 それは敗者とも言い換えることができる。日本 には判官びいきという言葉があるように、敗者 を尊ぶ面があることはあるが、それは源義経、 楠正成に代表されるように敗者となって死ぬか らこそ尊ばれるのであって、敗者となって生き 続けようとすることは生き恥をさらすことにな るのである。 私たち心理療法家のもとに来られる人々の胸 中には、何らかの負け体験による大きな傷が石 のような異物として止まり続けていることが多 い。心理療法家は彼ら自身でその異物をあこや 貝のように真珠に変容させることができるよう に同行するのであるが、 生き恥をさらすという 感情を抱いているが故に、彼らは自分自身を虫 けらのようだと感じていることが多い。阪神大 震災の直後、兵庫県ではフェニックスを復興の シンボルにした。フェニックスは一度死んだの ち蛆虫として蘇る。あのフェニックスでさえ、 敗者となれば虫けらのようなあつかいを受ける のである。 西洋、東洋を問わず偉大な宗教家は虫けらの ような状態を体験している。法然は山を降り生 涯を市井の中で暮らし、その教えを引き継ぐ親 鸞も虫けらのような一介の僧として民衆の中に 入った。現代に於いて、私たち心理療法家も一 介の虫けらのような存在であるという意識を持 ち続けてこそ、敗者となり生き恥をさらすとい う感情状態に陥っている人々を支えることがで きるのだと考えている。

巻頭言

今 井 晥 弌

参照

関連したドキュメント

このような情念の側面を取り扱わないことには それなりの理由がある。しかし、リードもまた

わかりやすい解説により、今言われているデジタル化の変革と

○安井会長 ありがとうございました。.

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場

これも、行政にしかできないようなことではあるかと思うのですが、公共インフラに