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妻たちの女性運動と「宗教的なもの」――初期新真婦人会を中心に

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真宗総合研究所研究紀要 第38号

妻たちの女性運動と「宗教的なもの」

――初期新真婦人会を中心に

  従 来 の 男 女 の 価 値 観 の 打 破 を 目 指 し な が ら 新 し い 性 観 念 を 打 ち 出 し て い っ た 、 い わ ゆ る 「 新 し い 女 」 と 呼 ば れ る 女 性 た ち は 、一 九 世 紀 末 か ら 二 〇 世 紀 初 頭 に か け て ヨ ー ロ ッ パ か ら ア メ リ カ 、そ し て ア ジ ア 諸 国 に 広 ま っ て い っ た 1 。 日 本 で は 、 一 九 一 一 ( 明 治 四 四 ) 年 に 平 塚 ら い て ふ ( 一 八 八 六 〜 一 九 七 一 ) が 青 鞜 社 を 立 ち 上 げ て 女 性 解 放 運 動 の 一 歩 を 踏 み 出 し 、 女 性 た ち だ け の 手 に よ る 初 の 文 芸 誌 『 青 鞜 』 を 創 刊 す る に 至 っ て い る 。   本稿が検討するのは 、「もう一つの 『青鞜 』 2 」と呼ばれる 『新真婦人』を発行した新真婦人会の三人の女性― ―西川文 子 (一八八二〜一九六〇) ・木村駒子 (一八八七〜一九八〇) ・宮崎光子 (一八八五〜一九一六)― ―の思想である 。青 鞜 社 発 足 の 二 年 後 、 一 九 一 三 ( 大 正 二 ) 年 に 結 成 さ れ た 新 真 婦 人 会 は 、 女 性 の 自 覚 と 修 養 を 掲 げ 、 精 神 面 と 実 践 的 な 見 地 か ら の 女 性 解 放 を 訴 え た 。 青 鞜 社 が 文 学 を 土 台 に 家 父 長 制 的 な 家 か ら の 解 放 を 目 指 し た の に 対 し 、 新 真 婦 人 会 の 三 人 は 夫 を 持 つ 妻 の 立 場 か ら 、 宗 教 的 な 思 想 を 軸 に 女 性 運 動 を 開 始 し た 。   新 真 婦 人 会 の 活 動 は 、 当 時 か ら 注 目 さ れ て い た も の の 現 存 す る 資 料 が 少 な く 3 、 近 代 日 本 の 女 性 史 研 究 は 青 鞜 社 が 中 心

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と な っ て い る 。 ま た 、 新 真 婦 人 会 の 三 人 が 説 く 宗 教 的 な 女 性 論 の 位 置 付 け や そ の 背 景 も 、 十 分 検 証 さ れ て こ な か っ た 。 そ こ で 本 稿 で は 、 女 性 運 動 と 夫 婦 関 係 、 さ ら に は 「 宗 教 的 な も の 」 が 複 雑 に 組 み 合 わ さ れ た 三 人 の 女 性 論 の 実 態 と そ の 位 置 づ け を 考 察 す る 。

 

  1   西 川 文 子 4   新 真 婦 人 会 の 中 心 だ っ た 西 川 文 子 ( 志 知 ふ み ) は 、 岐 阜 県 大 垣 の 地 主 で 篤 信 の 真 宗 門 徒 の 家 に 生 ま れ た 。 京 都 府 高 等 女 学 校 本 科 を 経 て 、 与 謝 野 晶 子 の 妹 ・ 鳳 里 子 と と も に 同 校 の 国 漢 専 攻 科 に 進 学 。 里 子 は 卒 業 と 同 時 に 文 子 の 兄 ・ 志 知 善 友 5 と 結 婚 し た た め 、 文 子 は 晶 子 の 義 妹 に あ た る 。 卒 業 後 、 専 攻 科 時 代 に 知 り 合 っ た 松 岡 荒 村 ( 松 岡 悟 、 一 八 七 九 〜 一 九 〇 四 ) と 結 婚 。 松 岡 は キ リ ス ト 教 か ら 社 会 主 義 に 向 か っ た 青 年 だ っ た 。 文 子 は 結 婚 後 も 大 垣 私 立 高 等 女 学 校 に 勤 務 し て い た が 、 同 僚 か ら 恋 愛 結 婚 を 非 難 さ れ て 辞 職 し 、 荒 村 の い る 東 京 に 居 を 移 し た 。 こ の 頃 か ら 社 会 主 義 協 会 主 催 の 演 説会や平民社の講演会に出席し 、堺利彦 、幸徳秋水 、阿部磯雄 、西川光二郎 (光次郎 、一八九六〜一九四〇)らと交流 す る よ う に な っ た 。   荒 村 は 結 婚 し て 二 年 ほ ど で 病 死 し 、 文 子 は 一 九 〇 四 ( 明 治 三 七 ) 年 一 〇 月 に 平 民 社 に 入 社 す る 。 同 社 に 住 み 込 み 、 社 会 主 義 婦 人 会 で 演 説 し 、 治 安 警 察 法 第 五 条 撤 廃 運 動 な ど に も 加 わ っ た 。 翌 年 、 平 民 社 の 光 二 郎 と 再 婚 。 し ば ら く し て 彼 は 社 会 主 義 か ら 転 向 し 、 松 村 介 石 の 日 本 教 会 に 加 わ っ た た め 、 文 子 も 入 会 し て 活 動 を 共 に し た 。 関 東 大 震 災 に よ っ て 新 真 婦 人 会 が 活 動 を 終 え た 後 も 文 子 は 女 性 運 動 に 携 わ り 、 一 九 五 七 ( 昭 和 三 二 ) 年 に は 市 川 房 枝 ら の 婦 選 運 動 グ ル ー プ か ら 堺 為 子 ら 五 名 と 共 に 婦 人 運 動 の 先 駆 者 と し て 表 彰 さ れ て い る 。

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真宗総合研究所研究紀要 第38号   2   木 村 駒 子 6   木 村 駒子 ( 黒 瀬こ ま ) は 、熊 本 に 生ま れ 、 アメ リ カ と日 本 で 活躍 し た女 優 で ある 。 地 元の 商 家 ・ 木村 萬 作 の支 援 で熊 本 女学 校 を 卒業 、 福 岡 英和 女 学 校を 経 て 、一 九 〇 五 (明 治 三 八) 年 に青 山 女 学院 英 文専 科 へ 編入 し た 。 当時 、 萬 作の 甥 の 木 村 秀 雄 ( 一 八 八 二 〜 一 九 三 五 ) が 同 志 社 大 学 を 経 て ア メ リ カ に 留 学 し て お り 、 駒 子 は 秀 雄 に 憧 れ 、 彼 の い る ア メ リ カ に 渡 る こ と を 目 指 し て 英 語 の 習 得 に 励 ん だ 。 秀 雄 の 帰 国 後 、二 人 は 周 囲 の 反 対 を 押 し 切 っ て 正 式 に は 籍 を 入 れ な い 「 自 由 結 婚 」を す る 。 秀 雄 は 文 子 の 最 初 の 夫 ・ 荒 村 の 同 志 社 時 代 か ら の 親 友 だ っ た 。 こ の 頃 か ら 駒 子 は 社 会 派 の 新 聞『 熊 本 新 聞 』 に 寄 稿 し 、 新 し い 行 動 を 起 こ す 意 欲 を 表 明 し て い た が 7 、 女 優 を 目 指 し て 単 身 上 京 。 帝 国 女 優 養 成 所 の 試 験 に 合 格 し た も の の 、 家 庭 の 事 情 で 入 所 を 断 念 し て 帰 郷 。 催 眠 療 法 を 行 う 心 霊 研 究 会 を 立 ち 上 げ て い た 夫 と 共 に 神 秘 術 を 施 し な が ら 再 度 上 京 を 目 指 し た 。   駒 子 が 新 真 婦 人 会 で 活 動 し た の は 、 夫 婦 で 上 京 し て 観 自 在 宗 を 立 ち 上 げ た 頃 で あ る 。 彼 女 は 数 年 ほ ど 新 真 婦 人 会 で 活 動 し た 後 、浅 草 で 看 板 女 優 と し て 活 動 し 、一 九 一 七 ( 大 正 六 ) 年 か ら 八 年 間 、夫 と 共 に ア メ リ カ に 渡 っ た 。 ブ ロ ー ド ウ ェ ー や カ ー ネ ギ ー ホ ー ル で 女 優 や 演 劇 の 講 師 と し て 活 動 し つ つ 、 女 性 参 政 権 獲 得 に 向 け た 運 動 に も 参 加 し 、 ダ ン サ ー の 伊 藤 道 郎や 、 ア メ リカ 女 性 参政 権 運動 の 指 導者 キ ャ リー ・ チ ャッ プ マ ン ・キ ャ ッ トら と 親し く 交 流し て いる 。帰 国 後は 、 芸 術 大 学 の 設 立 を 目 指 し 、『 舞 踊 芸 術 教 程 』( 一 九 三 七 年 ) を 刊 行 す る な ど 晩 年 ま で 舞 踊 の 普 及 と 教 育 に 励 ん だ 。   3   宮 崎 光 子 8   宮 崎 光 子 ( 池 松 み つ ) は 、 福 岡 県 柳 川 町 の 陶 器 商 で 柳 川 屈 指 の 資 産 家 の 娘 と し て 生 ま れ た が 、 幼 く し て 両 親 を 亡 く し 、 兄 の 放 蕩 に よ り 資 産 の ほ と ん ど を 失 っ た と い う 。 一 九 〇 一 ( 明 治 三 四 ) 年 に 跡 見 女 学 校 に 入 学 す る も 、 病 気 と 経 済 的 理 由 で 退 学 。 同 郷 の 宮 崎 虎 之 助 ( 一 八 七 一 〜 一 九 二 九 ) の 『 我 が 新 福 音 』( 一 九 〇 四 年 ) を 読 ん で 彼 を 信 奉 す る よ う に な っ

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た と思 わ れ 、 一九 〇 七 ( 明治 四 〇 )年 に 虎之 助 と 結婚 、 娘 を 出産 し た 。夫 婦 で上 京 し 、 神 生教 壇 を立 ち 上 げて 布 教活 動 を 行 な っ て い た 頃 、 光 子 は 文 子 と 出 会 っ て 新 真 婦 人 会 を 結 成 し た 。 当 初 は 光 子 が 会 の 発 起 人 と も 目 さ れ て い た が 、 彼 女 は同会でしばらく活動した後 、夫と共に関西 、山陽 、東北 、四国 、九州を約半年間回る伝道の旅に出た 。その途中で病 に 倒 れ て 東 京 に 戻 り 、 死 の 直 前 ま で 上 野 公 園 で 辻 説 法 を し な が ら 極 貧 生 活 を 送 り 、 一 九 一 六 ( 大 正 五 ) 年 に 三 二 歳 で 病 死 し て い る 。   光 子 夫婦 と 交流 の あ った 人 物 に 、 渋 沢 栄一 、 高 島 米峰 、 井 上 哲次 郎 、 鈴木 大 拙 など が いる 。 彼 ら は夫 婦 に 金銭 的 援 助 を 申 し 出 た が 、 虎 之 助 は そ れ を 断 っ て 貧 し い 伝 道 生 活 を 続 け た 。 光 子 の 死 の 翌 年 、 遺 稿 を ま と め た 『 聖 女 光 子 の 声 』 を 出 版 す る 際 に は 新 渡 戸 稲 造 が 全 額 資 金 提 供 し て お り 、 大 拙 ら の ほ か 、 柳 宗 悦 、 生 田 長 江 、 相 馬 御 風 な ど の 著 名 人 が 追 悼 の 辞 を 寄 せ て い る 。

 

  1   新 真 婦 人 会 の 活 動 概 要   新 真 婦 人 会 結 成 の 直 接 的 な 契 機 は 、 一 九 一 三 年 二 月 二 五 日 に 行 わ れ た 第 一 回 青 鞜 社 講 演 会 で あ る 。 夫 と 演 説 を 聴 い て い た 光 子 は 、「 あ の 様 に 離 婚 を 勧 め 姦 通 を 勧 め て 婦 人 を 恥 し め た る 演 説 に 如 何 に し て 戦 は ず に 居 ら れ ま せ う 」 と の 思 い に か ら れ 、「 何 と か し て 、 之 が 救 済 の 道 は な い か と 思 ひ 立 つ た の が 此 会 を 起 し ま す 動 機 」 だ と 語 っ て い る 9 。 同 年 三 月 、 文 子 ・ 駒 子 ・ 光 子 の 三 人 は 新 真 婦 人 会 を 立 ち 上 げ た 。 本 来 は こ こ へ 明 治 三 八 ( 一 九 〇 五 ) 年 に 無 我 苑 を 開 苑 し た 伊 藤 証 信 ( 一 八 七 六 〜 一 九 六 三 ) の 妻 の 朝 子 ( あ さ 、 一 八 八 〇 〜 一 九 五 六 ) も 加 わ る は ず だ っ た が 、 三 人 で の 出 発 と な っ た 。 当 初 、 事 務 所 を 小 石 川 区 白 山 に あ っ た 宮 崎 夫 妻 の 自 宅 に 置 い た こ と や 、 文 子 と 駒 子 も 白 山 に 住 ん で い た こ と か ら マ ス コ ミ は 新 真 婦 人 会 を 「 白 軍 」、 青 鞜 社 を 「 青 軍 」 と 呼 ん で 敵 対 関 係 を 煽 っ た 10 。 し か し 、新 真 婦 人 会 が 完 全 に 青 鞜 社 と 対 抗 関 係 に あ っ

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真宗総合研究所研究紀要 第38号 た わ け で は な く 11 、 文 子 は ら い て ふ ら の 行 動 を 、「 頑 迷 な 旧 習 慣 を 破 る 第 一 着 歩 」 と 擁 護 し て い る 12 。 そ れ ぞ れ 自 由 恋 愛 を 経 験 し た 三 人 は 、 青 鞜 社 の よ う に 女 性 が 新 し く 生 き る 道 を 切 り 拓 こ う と し た の だ 。   新 真 婦 人 会 で は 、 婦 人 雄 弁 会 が 設 け ら れ 、 神 田 和 強 楽 堂 、 大 和 座 な ど で 講 演 会 が 行 わ れ た 。 文 子 た ち は 自 ら 弁 士 と し て 壇 上 に 上 が り 、 三 月 一 六 日 に は 第 一 回 新 真 婦 人 雄 弁 会 を 開 催 し て い る 13 。 同 年 四 月 二 五 日 、 文 子 ・ 駒 子 ・ 光 子 は 共 著 『 新 し き 女 の 行 く べ き 道 』 を 刊 行 、翌 月 に は 機 関 紙 『 新 真 婦 人 』 を 創 刊 し た 。 こ の 雑 誌 は 一 九 二 三 ( 大 正 一 二 ) 年 の 関 東 大 震 災 に よ っ て 第 一 二 四 号 で 廃 刊 と な る ま で 続 け ら れ た 。 内 容 は 雄 弁 会 で の 演 説 内 容 や 詩 や 小 説 、 評 論 、 エ ッ セ イ が 中 心 で 、 平 均 五 〇 〜 六 〇 ペ ー ジ 前 後 、 発 行 部 数 は 二 〇 〇 〇 部 で あ る 14 。 当 初 は 女 性 の 実 体 験 を 記 し た 記 事 が 多 か っ た が 、 次 第 に 健 康 問 題 や 育 児 に 関 す る 記 事 が 増 え 、「 女 性 問 題 研 究 誌 よ り も む し ろ 家 庭 雑 誌 的 な 傾 向 が 強 ま っ て い る の も 否 定 で き な い 」 15 と の 指 摘 はあ る も のの 、 自 由 恋愛 ・ 自 由 結婚 に 基づ く 男 女関 係 を 主張 す る点 は 一 貫し て い た 。 主 な 寄稿 者 は 、 神近 市 子 、 木下 尚 江 、 島 村 抱 月 、 相 馬 御 風 、 高 島 平 三 郎 、 高 島 米 峰 、 田 村 俊 子 、 中 里 介 山 、 新 渡 戸 稲 造 、 三 宅 雪 嶺 、 宮 武 外 骨 、 山 室 軍 平 、 与 謝 野 晶 子 、 与 謝 野 寛 、 吉 野 作 造 な ど で 、 こ の ほ か 社 会 主 義 者 を 含 む さ ま ざ ま な 分 野 の 著 名 人 が 寄 稿 し て い る 。   談 話 会 も 毎 月 開 催 し 、 一 九 一 三 年 六 月 か ら は 「 婦 人 問 題 研 究 会 」 を 開 催 、「 婦 人 相 談 部 」 も 開 設 し 、 同 年 二 月 に は 東 北 ・ 北 海 道 の 窮 民 救 済 活 動 を 実 施 、「 家 庭 健 康 顧 問 会 」 や 職 業 婦 人 の 寄 宿 舎 「 青 葉 の 舎 」 な ど を 開 設 し た ほ か 、 二 〇 年 四 月 に は 禁 酒 宣 伝 運 動 に も 取 り 組 ん だ 。 関 東 大 震 災 の 際 は 、平 塚 ら い て ふ や 三 宅 や す 子 、中 条 百 合 子 ら と 災 害 救 済 婦 人 会 を 作 り 、 義 捐 活 動 も 行 っ て い る 16 。   新 真 婦 人 会 を 立 ち 上 げ た 三 人 の う ち 、 駒 子 と 光 子 は 『 新 真 婦 人 』 へ 第 五 号 以 降 寄 稿 し て い な い 。 駒 子 は 一 九 一 五 年 の 暮 れ 頃 か ら 二 年 ほ ど 浅 草 で 女 優 と し て 活 動 し た 後 に 渡 米 し て お り 、 光 子 は 発 足 し て 半 年 ほ ど 後 に 夫 と 共 に 各 地 へ 伝 道 の 旅に出かけ 、一六年に死去している 。したがって 、文子 ・駒子 ・光子の三人が揃って 『新真婦人』に執筆した時期は新 真 婦 人 会 の 初 期 に 限 ら れ る 。 だ が 、 同 会 は こ の 三 人 の 意 思 と 共 著 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』 に よ っ て ス タ ー ト し た も

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の で あ る た め 、 本 稿 で は 文 子 ・ 駒 子 ・ 光 子 の 三 人 を 初 期 新 真 婦 人 会 の 女 性 と 呼 び 、 そ の 思 想 を 検 証 し て い く 。

 

  新 真 婦 人 会 は 、 女 性 の 精 神 向 上 の 場 の 開 発 と 活 動 を 推 進 し た 運 動 だ っ た 。「 新 真 婦 人 会 趣 意 書 」 に は 、 こ の 運 動 で は 海 外 か ら 入 っ て き た 新 し い 思 想 の 中 で も 「 最 も 善 い 思 想 、 健 全 な 思 想 ば か り を 採 つ て 行 か う 」 17 と 記 さ れ て い る 。 思 想 の 善 悪 優 劣 の 判 断 は 、 女 性 た ち の 心 の 奥 底 に あ る 「 尊 い 真 な 活 き た 者 」 を 自 覚 す る こ と で 可 能 と な り 、 そ れ ぞ れ が 「 無 限 の 潜 在 力 を 、 ど こ ま で も 発 揮 し や う と 努 力 し ま す の が 、 新 ら し い 真 の 婦 人 の 生 活 で あ り ま す 」 と の 宣 言 も あ る 18 。 三 人 は こ こ で 言 う 「 真 の 婦 人 の 生 活 」 を 精 神 面 で の 修 養 を 通 し て 実 現 し 、 女 性 の 自 覚 を 促 そ う と し た 。 女 性 の 精 神 的 な 解 放 の 達 成 を 重 視 し た 上 で 、 社 会 活 動 や 教 育 と い っ た 具 体 策 を 提 起 し た 点 は 、 青 鞜 社 と の 違 い の 一 つ で あ る 。   彼 女 た ち が 理 想 と し た 「 新 し い 女 」 と は ど の よ う な も の か 。『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』 の な か で 文 子 は 、「 婦 人 に 真 の 自 覚 を し て 欲 し い 」と 記 し 、男 性 の 真 似 を し た り 男 性 に 反 抗 し た り す る の で は な く 、婦 人 だ か ら と い っ て 家 庭 に 留 ま ら ず 、「 家 政 に 力 を 尽 く す 傍 ら に 読 書 し 、 智 識 を 増 し 、 向 上 す る 」 よ う に と 説 く 19 。 会 の 設 立 目 的 に は 、「 学 校 を 卒 業 し 、 家 庭 の 人 と な り し 婦 人 の 読 書 修 養 を 助 く る 」 こ と を 掲 げ 、「 修 養 し や う と す る 真 に 自 覚 せ る 婦 人 」 こ そ が 新 真 婦 人 だ と 述 べ る 20 。 さ ら に は 、 「 真 の 現 代 式 良 妻 賢 母 」 と し て 、「 内 助 も せ よ 外 助 も せ よ 」 と 記 し 、 夫 婦 関 係 や 家 庭 生 活 を 維 持 し な が ら 、 女 性 が 主 体 的 に 精 神 面 の 向 上 に 励 む よ う 訴 え た 。 男 女 の 区 別 や 性 別 役 割 分 業 を 認 め 、 思 想 、 知 識 、 品 性 か ら し て も 時 代 の 先 覚 者 か つ 良 妻 賢 母 と い う の が 文 子 の 目 指 す 新 し い 女 で あ っ た 21 。   新 し い 女 が 生 ま れ た 理 由 と し て 駒 子 は 、 日 本 の 女 性 が 世 界 の 女 性 と 同 程 度 ま で 思 想 的 発 達 を し て い る に も か か わ ら ず 、 教 育 家 や 識 者 の 説 く 「 因 習 の 頑 固 な 力 」 22 に 押 さ え つ け ら れ て い る 矛 盾 を 挙 げ る 。 さ ら に 、 日 本 の 家 の 構 造 で は 女 性 が 一 室 に 篭 っ て 集 中 し て 学 ぶ こ と が で き ず 、 親 や 夫 の 世 話 で 自 分 の 時 間 も 持 て な い た め 、 女 性 が 一 定 の 場 所 に 集 ま っ て 修 養

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真宗総合研究所研究紀要 第38号 す る 方 法 が 求 め ら れ 、 こ の 会 を 設 立 し た と い う 23 。 彼 女 は 女 性 を 縛 り 付 け る 因 習 は 批 判 す る が 、 先 の 文 子 と 同 様 、 男 女 の 区 別 を 否 定 せ ず 、 夫 の 存 在 を 切 り 離 す こ と も し て い な い 。 駒 子 は 、「 真 に 自 覚 し た 女 は 女 性 の 本 能 を 覚 知 し て 男 子 か ら 征 服 さ る ゝ こ と を 望 ん で 居 り ま す 、 自 分 を 征 服 し 得 る 男 で な け れ ば 夫 と す る こ と は 出 来 な い の で あ り ま す 」 と 論 じ る 24 。 妻 が 夫 に 服 従 す る の は 、 そ の 夫 が 服 従 す る に 値 す る 男 性 だ と 妻 が 判 断 し た か ら で あ っ て 、 夫 に 服 従 す る か ど う か の 決 定 権 は あ く ま で も 妻 の 側 に あ る と い う の だ 。 彼 女 は 、 女 性 ( 妻 ) が そ の 判 断 力 を 養 う た め に は 精 神 面 で 修 養 し 、 自 己 の 本 能 を 発 揮 し 、 天 賦 の 才 能 を 発 達 さ せ る こ と が 必 要 だ と 主 張 し て い た 。   女 性 の 内 面 的 な 向 上 を 促 し つ つ 夫 婦 関 係 を 重 視 す る 姿 勢 は 光 子 も 同 じ で 、 彼 女 は 家 庭 の 一 切 を 切 り 盛 り し つ つ 、「 良 人 の外 交 方針 」の 相 談に 乗れ る 妻を 理想 に 挙げ る 25 。 夫婦 を 倫理 の基 礎 に置 き 、男 女の 区 別を 認 め 、「男 性は 男 性と し て 、 女 性 は 女 性 と し て 、 男 女 両 性 一 体 の 上 に 経 済 の 独 立 を 求 め 」 26 て い く こ と が 今 後 の 新 し い 生 活 に は 必 要 だ と 述 べ る 彼 女 も 、 男 女 の 性 別 役 割 分 業 を 完 全 に は 否 定 し て い な い 。 彼 女 は 、 女 性 の 参 政 権 獲 得 、 政 治 と 教 育 で の 男 女 平 等 の 実 現 、 男 女 が 同 じ 時 間 働 い た 賃 金 は 同 一 に す べ き と い っ た 具 体 策 を 提 唱 し て い る が 、 あ く ま で 男 女 の 体 力 差 や 向 き 不 向 き を ふ ま え 、 「 男 性 は 男 性 と し て 、 女 性 は 女 性 と し て 各 々 そ の 適 合 す る と こ ろ に 落 ち つ く 可 き 」 27 と 考 え て い た 。 青 鞜 社 の 対 抗 者 と し て 、「 新 し い 女 の 新 し い 敵 」 28 と 揶 揄 さ れ た 新 真 婦 人 会 の 理 念 が 青 鞜 社 と 全 く 異 な っ て い た わ け で は な い こ と は 先 に 述 べ た 。 し か し 、 補 填 的 な 男 女 関 係 に 重 き を 置 き 、 男 女 の 区 別 や 性 別 役 割 分 業 を 擁 護 し 、 あ る い は 駒 子 の よ う に 夫 へ の 服 従 す ら 容 認 し て 女 性 の 精 神 的 解 放 を 説 く 点 は 、 青 鞜 社 と 明 ら か に 異 な る 。   初 期新 真 婦 人会 の 最 大の 特 徴は 、 文 子 ・ 駒子 ・ 光 子 がい ず れも 「 宗 教 的な も の」 と 密 接に 関 わ りな が ら 、精 神 的 な向 上による女性解放を目指したことであ る 29 。ここで言う 「宗教的なもの」とは 、「宗教」とは区別されるが 、「宗教」を源 泉としたり 、何らかの宗教性や霊性を帯びたものであり 、「霊術」や 「民間精神療法」 、あるいは 「宗教的共同体」をさ す 30 。 新 真 婦 人 会 が 発 足 し た 大 正 期 の 日 本 宗 教 は 、religion の 訳 語 と し て 明 治 に 生 ま れ た 各 宗 教 伝 統 や そ れ ら を 包 括 す る「 宗

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教」 と 31 、「宗教的なもの」 、そして民俗信仰や類似宗教 (新宗教 、民衆宗教)といった 「非宗教」の複合体から形成され て い た 32 。 大 正 期 は 、そ れ ら の 領 域 内 、領 域 間 で さ ま ざ ま な 交 渉 や 交 流 、抑 圧 が 見 ら れ 、「 宗 教 」 で も 「 非 宗 教 」 で も な い 「 宗 教 的 な も の 」 が 広 く 人 々 に 支 持 さ れ 、 受 容 さ れ て き た こ と が 明 ら か に さ れ つ つ あ る 33 。 た と え ば 大 正 教 養 主 義 は 、 西 田 天 香 や 綱 島 梁 川 と い っ た 宗 教 的 な 人 物 と も 深 い 関 わ り が あ り 34 、 明 治 末 期 に 刊 行 さ れ た 加 藤 咄 堂 の 『 瞑 想 論 』( 一 九 〇 五 年 ) や 『 修 養 論 』( 一 九 〇 九 ) 以 来 、 宗 教 的 文 脈 に 依 存 し な い 「 心 身 修 養 」 が 流 行 し て 大 正 期 に 呼 吸 や 静 坐 法 と い っ た 民 間 精 神 療 法 が 最 盛 期 を 迎 え 35 、 大 本 教 や 大 霊 道 と い っ た 宗 教 団 体 ・ 霊 術 団 体 も 急 成 長 し 、「 神 秘 ・ 呪 術 ブ ー ム 」 が 起 こ っ て い る 36 。 新 真 婦 人 会 は 、 こ う し た 大 正 期 の 独 特 な 宗 教 事 情 を 土 壌 に し て 生 ま れ た 宗 教 的 な 女 性 運 動 だ っ た の だ 。

 

  1   文 子 と 修 養 思 想   実 際 、 彼 女 た ち は 自 分 た ち の 運 動 が 宗 教 的 ・ 精 神 的 な も の で あ る こ と を 意 識 し て い た 。 文 子 に よ れ ば 、 女 性 運 動 に は 、 男 女 平 等 を 説 く 「 英 米 風 婦 人 運 動 」、 母 権 を 基 礎 に 婦 人 の 自 由 や 保 護 を 説 く 「 獨 乙 風 の 婦 人 運 動 」、 そ し て 婦 人 の 価 値 を 示 す 「 宗 教 的 自 覚 を 説 く 婦 人 運 動 」 の 三 種 が あ り 、「 心 の 修 養 」 を 重 視 す る 「 精 神 ( 宗 教 ) 的 自 覚 」 が 最 も 高 尚 だ と い う 37 。   彼 女 が そ の よ う な 思 考 に 至 っ た の に は 、 夫 ・ 光 二 郎 の 存 在 が 大 き い 。 一 九 一 〇 ( 明 治 四 三 ) 年 に 大 逆 事 件 の 検 挙 が 開 始 さ れ た 頃 、 光 二 郎 は デ モ を 主 導 し た 罪 で 二 年 間 収 容 さ れ て い た 。 出 獄 す る と 直 ち に 社 会 主 義 か ら の 転 向 を 表 明 し 、 文 子 も 社 会 主 義 か ら 脱 却 。 光 二 郎 は 、キ リ ス ト 教 に 儒 教 を 合 わ せ た 独 自 の 思 想 を 説 く 松 村 介 石 の 日 本 教 会 ( 道 会 ) に 加 わ り 、 翌 年 に は 文 子 も 入 会 し て 活 動 を 共 に し た 38 。 光 二 郎 は 、一 九 一 一 ( 明 治 四 四 ) 年 か ら 道 の 会 ( 道 会 の 大 衆 組 織 ) の 機 関 紙 『 道 話 』 の 編 纂 に 関 わ り 、 文 子 も そ れ を 手 伝 っ た 。 し か し 、 彼 女 が 新 真 婦 人 会 を 立 ち 上 げ た こ と で 新 聞 に 騒 が れ る よ う に な

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真宗総合研究所研究紀要 第38号 る と 、 道 の 会 の 婦 人 会 か ら 脱 退 を 迫 ら れ て 夫 婦 揃 っ て 道 会 を 脱 退 39 、 一 九 一 四 ( 大 正 三 ) 年 四 月 か ら 修 養 雑 誌 『 自 働 道 話 』 を 刊 行 し て い る 。   光 二 郎 が 説 い た 「 自 働 」 と は 、「 人 に 強 い ら れ ず 自 ら 働 き か け る 道 話 」 と い う 意 味 で 40 、 石 田 梅 岩 や 貝 原 益 軒 の 思 想 、 横 山 丸 三 の 淘 宮 術 を 拠 り ど こ ろ と し た 折 衷 的 な 思 想 で あ る 。 彼 は 、「 基 督 教 の 伝 道 者 で な く 、 仏 教 の 布 教 師 で な く 、 又 儒 者 で も 、 神 道 者 流 で も あ り ま せ ん 。 た ゞ 平 民 の 間 に 徳 教 を 普 及 し た い 、 念 願 を 存 ず る も の で あ り ま す か ら 、 自 然 心 学 道 話 の 立 場 に 立 つ こ と を 選 ぶ に 至 つ た 」 41 と 述 べ 、 近 世 以 来 の 儒 教 に 自 己 修 養 の 要 素 を 取 り 入 れ 、 健 康 問 題 に 強 く 関 心 を 寄 せ て い た 。 一 方 、 文 子 も 光 二 郎 の 修 養 思 想 に 共 鳴 し 、 自 ら も 子 ど も の 道 徳 と 修 養 を 重 視 し た 家 庭 生 活 を 提 唱 し 、 雑 誌 『 子 供の道話』 (一九二六年) 、『ハイハイ帳― ―少年少女の修養書』 (一九三二)を刊行している 。あるべき女性の人格を目 指 し て 修 養 を 説 く 彼 女 の 女 性 論 も 、 光 二 郎 と 重 な っ て い た 42 。 彼 女 に と っ て 新 し い 女 と は 、「 一 定 の 目 的 を 定 め て 有 意 義 に 自 分 の 個 性 を 発 揮 し て 行 か う と 云 ふ 、 真 に 自 覚 せ る 婦 人 」 43 で あ る 。 彼 女 は 光 二 郎 の 修 養 思 想 を 土 台 に し て 、 修 養 に よ っ て 人 格 を 向 上 さ せ 、 家 庭 の 内 だ け で な く 外 で も 活 動 で き る 女 性 を 理 想 に 掲 げ て い た の で あ る 。   2   駒 子 と 光 子 の 霊 的 思 想   「 宗 教 的 な も の 」 の う ち 、 霊 的 思 想 か ら 女 性 解 放 を 訴 え た の が 、 駒 子 と 光 子 で あ る 。 駒 子 は 自 ら 神 秘 家 と 称 し 、 夫 の 秀 雄 と と も に 霊 視 や 催 眠 術 を 行 っ て い た 。 秀 雄 は 、 バ ー ク レ ー 滞 在 中 に ピ エ ー ル ・ ア ー ノ ル ド ・ バ ー ナ ー ド な る 人 物 か ら イ ン ド の タ ン ト ラ を 起 源 と す る 心 霊 術 を 学 び 、 帰 国 後 の 一 九 〇 六 ( 明 治 三 九 ) 年 に 日 本 心 霊 術 研 究 会 の 看 板 を 掲 げ て 催 眠 療 法 に よ る 治 療 を 開 始 44 、 三 年 後 に 夫 婦 で 上 京 し て 観 自 在 宗 を 立 ち 上 げ た 。 観 自 在 宗 で は 、「 大 宇 宙 の 真 諦 た る 心 霊 の 神 秘 を 実 証 し 以 て 古 代 印 度 の 聖 者 が 行 ひ た る 六 神 通 を 体 得 し 」 45 、 人 々 を 心 の 煩 い や 病 か ら 救 っ て 観 自 在 の 境 地 に 至 ら し め る こ と が 目 指 さ れ た 。 こ こ に は 、 留 学 前 か ら 大 乗 起 信 論 や 阿 弥 陀 経 を 読 み 込 み 、 留 学 中 に は 新 神 秘 主 義 に 影 響 を 受

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け た 秀 雄 の 折 衷 的 な 宗 教 観 が 反 映 さ れ て い る 。   駒 子 が 新 真 婦 人 会 で 活 動 し た の は 、 秀 雄 と 正 式 に 結 婚 し 、 観 自 在 宗 の 信 者 も 増 え て き た 頃 で あ る 。「 人 類 の 救 主 に な る 」 と 宣 言 す る 秀 雄 を 彼 女 は 「 宗 祖 」 と 呼 び 、『 観 自 在 術 』( 一 九 一 四 年 ) を 著 し て 自 身 の 経 歴 と と も に 観 自 在 宗 の 教 義 と そ れ に 対 す る 信 仰 を 表 明 し て い る 。 駒 子 自 ら も 「 技 芸 天 女 の 法 」 な る も の を 行 い 、「 私 は 観 念 に よ つ て 自 身 を 自 在 に す る こ と が 出 来 る 。 病 気 を 起 こ す も 、 そ れ を 治 す る も 瞬 間 に し て 思 ひ の ま ゝ 、 全 く 脈 拍 を と め て 、 数 分 間 死 す る こ と が で き る 」 46 と 論 じ て 複 数 の 太 い 針 を 腕 に 突 き 刺 し て 見 せ 、 観 自 在 術 の 効 果 を 宣 伝 し て 回 っ た 47 。   駒 子 は 、「 神 秘 家 と し て 現 代 の 婦 人 問 題 を 解 決 し や う 」 と 考 え て い た 。 彼 女 は 女 性 解 放 の 段 階 を 、「 虚 栄 、 煩 悶 、 奔 放 、 自 覚 を 経 て 新 に 修 養 、 奮 闘 を 超 越 し て 遂 に 観 自 在 境 に 達 す る 」 と 捉 え る 48 。 観 自 在 境 と は 「 人 間 の 終 局 の 境 界 」 49 と さ れ る が 、 こ れ は 観 自 在 宗 が 説 く も の と 同 じ で あ る 。 そ ん な 駒 子 が 『 新 真 婦 人 』 の 創 刊 号 に 寄 せ た 文 章 は 、「 恋 愛 と 自 覚 」 だ っ た 。 彼 女 に と っ て 、 女 性 の 解 放 は 女 性 が 発 揮 す る 神 秘 的 力 に よ っ て 達 成 さ れ る も の だ っ た の だ 。 彼 女 は 女 性 が そ の よ う な 力 を 発 露 す る た め に 必 要 な の が 修 養 と 自 覚 ( 自 分 を 知 る こ と ) で あ り 、 そ こ で 重 要 と な る の が 恋 愛 だ と 言 う 50 。 た と え ば 、 自 由 結 婚 は 周 囲 の 迫 害 を 抑 え て 社 会 的 勝 利 を 得 る 「 光 明 界 の 扉 を 開 く 」 道 で あ り 、 考 え た り 煩 っ た り す る 心 的 状 態 は 恋 愛 に よ っ て 初 め て 惹 起 し 、「 自 覚 の 源 泉 は 人 心 の 奥 に 何 物 に か 憧 れ て 居 る と 云 ふ 所 か ら 発 す る 」 と 述 べ る 51 。 こ こ に は 、 恋 愛 な き 結 婚 に 対 す る 批 判 が 込 め ら れ て お り 、 恋 愛 に よ っ て 自 分 が 何 者 で あ る か を 自 覚 し た 女 性 は 、「 奴 隷 的 因 習 的 」 な 結 婚 に 縛 ら れ る こ と も な く な り 、 自 覚 し た 女 性 を 征 服 す る こ と が で き る 力 を 持 つ 男 性 に 対 し て は 、「 身 も 霊 も 征 服 さ る ゝ 事 」 に 満 足 す る と い う 。 性 欲 に つ い て も 、そ こ に 恋 愛 が 伴 っ て い れ ば 、「 体 質 を 発 達 」 さ せ 、「 心 霊 を 鍛 錬 し 進 化 せ し め る 」 も の だ と 論 じ る 52 。   一 方 、 光 子 は 新 真 婦 人 会 設 立 に あ た り 、「 私 た ち は 、 心 霊 の 自 覚 の 上 か ら 、 女 性 と し て の 婦 人 問 題 を 解 決 し や う と す る 」 と 宣 言 し 、 人 間 の 真 の 幸 福 は 「 精 神 の 向 上 と 修 養 の 努 力 に よ つ て 、 其 各 々 の 人 格 を 造 り あ げ る 」 こ と に あ る と 述 べ

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真宗総合研究所研究紀要 第38号 る 53 。 精神 向 上 と修 養 に よる 女 性 解放 は 、 三人 に 共 通し て お り 、 光 子 の女 性 論 にも ま た 、夫 の 思 想が 影 響し て い た 。彼 女 は 、 男 女 の 差 別 は 宗 教 的 生 活 に 入 る こ と で 解 決 で き 、 女 性 が 潜 在 的 能 力 を 発 揮 す る た め に は 信 仰 を 獲 得 し て い く 必 要 が あ る と 訴 え る 。 彼 女 は 、 こ の 世 に 天 地 と 宇 宙 が 存 在 す る の は 人 間 が 神 に な る た め で あ り 、「 神 の 生 活 」 に 入 る こ と で は じめて人間として 、国民として 、婦人として 、妻として 、母として十分な行動ができるとい う 54 。彼女の夫 ・虎之助は神 田 の ニ コ ラ イ 堂 に 通 っ て ロ シ ア 正 教 を 学 び 、一 九 〇 三 ( 明 治 三 六 ) 年 一 〇 月 に 突 然 ト ラ ン ス 状 態 に 入 り 、神 か ら 「 預 言 者 」 と の 名 を 授 か っ た と さ れ る 55 。 虎 之 助 は 宇 宙 大 生 命 の 要 求 を 啓 示 さ れ た 「 メ シ ア 仏 陀 ( ブ ッ ダ メ シ ア )」 を 自 称 し 、 神 の 国 の 実 現 の た め に は 「 神 の 生 活 」 を 現 世 で 営 む べ き だ と 説 い て 回 っ て い た 。 彼 の 言 う 神 と は 、 キ リ ス ト 教 の 神 で も ブ ッ ダでもなく 、神の生活を営む実践そのものである 。彼はキリスト 、モーゼ 、孔子 、マホメット 、ソクラテスを神の生活 の 一 部 を 送 っ た 人 だ と 述 べ て 精 神 的 解 放 が あ っ て こ そ 肉 体 の 解 放 が あ る と 論 じ て い た が 、 光 子 は 虎 之 助 の 思 想 を 女 性 の 解 放 に 当 て は め て い た の だ 。   し か し な が ら 、 駒 子 と 同 じ く 光 子 も 夫 の 活 動 に 単 に 付 き 従 っ て い た わ け で は な い 。 虎 之 助 が 本 格 的 に 伝 道 を 始 め た の は 光 子 と 結 婚 後 で あ る 。 光 子 は 虎 之 助 を 「 預 言 者 」 と 呼 ん で 夫 婦 で 伝 道 生 活 を 送 っ た 。 神 生 教 壇 の 活 動 が も っ と も 充 実 し て い た の は 夫 婦 で 伝 道 し て い た 時 期 で あ り 56 、 虎 之 助 の 伝 道 生 活 は 、 光 子 あ っ て こ そ 成 り 立 っ て い た 。 光 子 は 演 説 す る 夫 の横 で白 い 着物 に 「神 の 生活 」、 「 我れ 神」 と の襷 を肩 に かけ 、 娘 を抱 きな がら カ ンパ を 集め た 。彼 女 が説 教に 立 つこ と も多く 、「我が 預言 者は 宇宙 的大 生命 のシ ムボ ルで あり ます 」、 「『神 の生 活』 とは 無限 の価 値を 表は した 生活 の標 識で 有 る 」 な ど と 熱 弁 し 57 、 彼 女 の 死 後 は 神 生 教 壇 の 住 み 込 み の 弟 子 が 全 員 去 る ほ ど 彼 女 は 教 壇 に 欠 か せ な い 存 在 だ っ た 。 光 子 が 説 く 新 し い 女 と は 、 女 性 の 権 利 や 地 位 に つ い て い た ず ら に 論 議 す る 女 性 で は な く 、「 退 い て 我 れ 自 ら の 修 養 を 心 が け 、 婦 人 が 関 係 す る あ ら ゆ る 事 業 に 於 て は 、 真 に 自 覚 し た る 思 想 の 根 底 よ り 漲 り 出 づ る 力 に て 処 置 せ ん と 努 力 す る 者 」 で あ る 58 。 彼 女 は 自 身 が 理 想 と す る 新 し い 女 を 、 信 仰 を 中 心 と し た 自 分 た ち の 夫 婦 関 係 や 妻 と し て の 自 分 の あ り 方 と 重 ね て い

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た の で あ る 。   3   ら い て ふ と 霊 的 思 想   抑 圧 や 不 平 等 を 克 服 す る 手 段 と し て 女 性 の 内 面 に 目 を 向 け 、 女 性 の 神 秘 性 を 説 く 姿 勢 は 、 ら い て ふ に も 見 ら れ る 。 日 本 女 子 大 学 在 学 中 か ら 人 生 に 悩 み 、 哲 学 書 や 宗 教 書 を 読 み あ さ っ て い く う ち に 禅 に 向 か っ た 彼 女 は 、 綱 島 梁 川 の 「 予 が 見 神 の 実 験 」 に 感 動 し 、「 見 性 と い う こ と は 、 梁 川 の 見 神 と 同 一 意 識 体 験 に 相 違 な い よ う に 思 わ れ 、 そ こ に は じ め て 自 分 の 進 む べ き 道 を 見 た 」 59 と い う 。『 青 鞜 』 の 創 刊 時 に も 、「 自 己 内 部 の 探 求 、自 己 の 完 成 と い う こ と が 、一 番 大 事 な こ と 」 60 と 述 べ て お り 、 青 鞜 社 の マ ニ フ ェ ス ト 「 元 始 、 女 性 は 太 陽 で あ っ た 」 に は 、 社 会 的 不 平 等 か ら の 女 性 の 解 放 と 同 時 に 人 間 と し て の 真 の 解 放 が 語 ら れ て い る 。   真 の 解 放 に つ い て ら い て ふ は 、 次 の よ う に 記 す 。「 真 の 自 由 解 放 と は 何 だ ら う 。 云 ふ 迄 も な く 潜 め る 天 才 を 、 偉 大 な る 潜 在 能 力 を 十 二 分 に 発 揮 さ せ る こ と に 外 な ら ぬ ( 中 略 ) 我 れ 我 れ を 遊 離 す る 時 、潜 め る 天 才 は 発 現 す る 」 61 。 さ ら に 女 性 は 、 「 熱 誠 」 と い う 「 祈 祷 力 で あ る 。 意 志 の 力 で あ る 。 禅 定 力 で あ る 。 神 道 力 で あ る 。 い い か れ ば 精 神 集 注 力 」 に 依 っ て 立 ち 、 精 神 集 註 に よ っ て の み 神 秘 の 門 に 入 る こ と が で き る と い う 62 。 彼 女 は ま た 、 解 放 の 鍵 と な る 天 才 と は 、 神 秘 そ の も の で あ っ て 、 真 正 の 人 で あ り 、 自 分 は 催 眠 術 に か か れ な い が 、 潜 め る 天 才 の 発 現 は 催 眠 術 で も 起 こ る と も 述 べ て い る 63 。『 新 真 婦 人 』 創 刊 号 の 「 宣 言 」 に も 、「 無 限 の 潜 在 力 を ど こ ま で も 発 揮 し や う と 努 力 し ま す の が 、 新 ら し い 真 の 婦 人 生 活 で あ つ て 私 た ち は 自 か ら 之 れ に 向 て 努 力 す る と 共 に 、ま た 他 の 御 婦 人 が た へ も 御 勧 め 申 し た い 」 64 と あ る 。 こ れ は 、青 鞜 社 の 概 則( 改 正 ) に あ る 「 女 子 の 覚 醒 を 促 し 、 各 自 天 賦 の 特 性 を 発 揮 せ し め 、 他 日 女 流 の 天 才 を 生 ま む 」 65 と の 姿 勢 と 重 な る 。 こ の よ う に 、 明 治 末 か ら 大 正 初 期 の ほ ぼ 同 時 期 に 、 同 世 代 の 女 性 た ち が 起 こ し た 女 性 運 動 と 「 宗 教 的 な も の 」 が 関 係 し て い た こ と は 注 目 で き る 66 。

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真宗総合研究所研究紀要 第38号   し か し な が ら 、 青 鞜 社 全 体 が 精 神 的 ・ 宗 教 的 な 面 か ら 女 性 解 放 を 訴 え て 結 束 し て い た わ け で は な い 。 ま た 、 ら い て ふ は 駒 子 や 光 子 の 説 く よ う に 女 性 の 神 秘 的 な 力 や 信 仰 獲 得 が 女 性 の 解 放 に 直 結 す る と は 考 え て お ら ず 、 ら い て ふ の 神 秘 的 な力の理解は 、駒子によって批判もされている 。駒子は 、らいてふが祈祷力 、意志の力 、禅定 、神通力 、精神集注力を 区 別 で き て お ら ず 、 彼 女 は 一 度 も 精 神 集 注 を 試 み た こ と が な く 、 催 眠 状 態 に な っ た こ と も な い の に そ れ を 説 明 し よ う と す る か ら ま と ま り が な い と 非 難 し た 67 。 自 ら 神 秘 家 と し て 活 動 し 、 男 女 の 性 は 歴 然 と し て 存 在 し て い て 、 恋 愛 と い う 両 性 の 接 触 に よ っ て 神 秘 も 天 才 も 生 ま れ る と 考 え る 駒 子 に と っ て 68 、 ら い て ふ の 神 秘 の 捉 え 方 や 彼 女 の 説 く 女 性 の 精 神 的 自 覚 は 容 認 で き る も の で は な か っ た の だ 。

 

  1   実 際 の 家 庭 生 活 を 重 視 し た 女 性 論   文子 ・駒子 ・光子の言動には 、夫の存在が切り離せな い 69 。駒子は 、夫を宗祖と呼び 、彼こそが真に自覚した自分が見 極 めた 、 自 分 を 「征 服 」 しう る 男だ と 捉 え 、光 子 は 夫を 預 言者 と 呼 んで 崇 拝 し 、 極 貧 生活 の な かで も 「 人間 の 人 間た る 生 活 は 、 即 ち 夫 婦 一 体 の 生 活 で あ る 」 と 訴 え 続 け た 。 一 方 文 子 は 、 新 真 婦 人 会 を 立 ち 上 げ た 当 時 に つ い て 、「 わ た し は 西 川 ( 光 二 郎 の こ と : 筆 者 注 ) の よ う に 二 カ 年 間 読 書 瞑 想 し た わ け で も な い し 、 思 想 が そ う 鵜 呑 み に 一 朝 一 夕 に 変 る わ け に は 行 か な い 。( 中 略 ) 家 庭 の 仕 事 に 没 頭 し よ う と 思 い 、 一 生 懸 命 す れ ば す る ほ ど 、 こ ん な 毎 日 毎 日 消 え て 行 く 仕 事 をしていてどうするのだろう 、何とかしなくてはという気がむらむらおこって仕方なかった 」 70 と振り返り 、転向した夫 や 家 事 へ の 鬱 屈 し た 気 持 ち が 募 っ て い た こ と を 吐 露 し て い る 。   彼 女 た ち の 言 動 を 夫 に 対 す る 服 従 や 諦 め の 結 果 と 見 な し 、 抑 圧 さ れ た 自 分 た ち が 生 き る 道 を 女 性 運 動 に 見 い だ そ う と し た と 結 論 づ け る の は た や す い 。 初 期 新 進 婦 人 会 の 三 人 は 、「 そ れ な り に 女 の 家 庭 的 な 幸 福 を 、 た ん に 夫 に 盲 従 す る も の

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で は な い 良 妻 賢 母 を 求 め た 」 と 論 じ る 石 原 道 子 は 、 彼 女 た ち が 「 時 勢 を あ ん に み と め た 新 興 宗 教 あ る い は 道 学 に す く い を み い だ し 、 夫 に し た が い 、 夫 か ら 自 立 で き な か っ た の で あ る 」 と 指 摘 し 、 そ の 理 由 と し て 彼 女 た ち が 「 じ ゅ う ぶ ん な 近 代 化 を 受 け 取 っ て い な か っ た 」 こ と を 挙 げ る 71 。 し か し 、「 そ れ な り に 女 の 家 庭 的 な 幸 福 」 の 実 現 に 向 け た 運 動 だ っ た と し て も 、 彼 女 た ち が 、「 新 興 宗 教 あ る い は 道 学 」 に 救 い を 見 出 し て 連 帯 し 、 夫 と 共 に 家 庭 生 活 を 営 み な が ら 女 性 解 放 を 訴 え た こ と も 積 極 的 に 評 価 す べ き で は な い か 。 彼 女 た ち は 夫 の 思 想 を 取 り 込 み 、 そ れ を 女 性 運 動 に 結 び つ け 、 自 ら が 表 に 立 っ て 発 言 し て い っ た 。 駒 子 や 光 子 に と っ て 、 夫 へ の 服 従 や 信 仰 と 家 庭 生 活 の 両 立 は 女 性 が 真 に 自 覚 し た 結 果 で あ り 、 夫 と 思 想 や 信 仰 を 同 じ く し な が ら 、 そ の 思 想 や 信 仰 の あ り 方 を 女 性 解 放 論 に 繋 げ て い く こ と は 、 夫 や 家 か ら 独 立 し て 女 性 解 放 を 主 張 す る こ と と は 別 の 困 難 も 付 き ま と う 。   さ ら に 言 え ば 、 女 子 大 を 出 た ば か り の ら い て ふ を は じ め 、 未 婚 女 性 が 中 心 だ っ た 青 鞜 社 に 対 し 、 初 期 新 真 婦 人 会 の 三 人 は 全 員 恋 愛 結 婚 を し て 既 に 子 ど も を 持 っ て い た 。 彼 女 た ち は 、 妻 で あ り 母 と し て 生 き る 現 実 の 生 活 の な か で 女 性 の 解 放 を 唱 え た の で あ る 。 ら い て ふ に お い て も 、 後 に 恋 人 と 同 棲 し て 出 産 や 育 児 を 経 験 し た こ と で 女 性 の 妊 娠 ・ 出 産 ・ 育 児 の 保 護 を 訴 え な が ら 母 性 思 想 を 深 め て い く が 、 妻 で あ り 母 で も あ っ た 初 期 新 真 婦 人 会 の 三 人 は 、 ら い て ふ 以 前 に 私 生 活 か ら 思 想 を 形 成 し 、 現 実 に 目 を 向 け た 女 性 の 自 由 を 説 い た の で あ る 。 女 子 の み に 適 応 さ れ る 姦 通 罪 の 男 女 差 別 を 訴 え て 、 「 男 子 の 不 品 行 」 を 論 じ る よ う な 新 真 婦 人 会 は 考 え が 古 い と の 批 判 も な さ れ た が 、 文 子 は 、「 ど ん な に 新 ら し さ を 標 榜 し て ゐ て も 実 際 に 行 は れ て 行 け る も の で な く て は 詰 ら な い 。 私 達 は 第 一 に 「 実 際 」 と 云 ふ 事 を 常 に 主 眼 と し て 居 る 」 と 反 論 し て い る 72 。 男 女 の 区 別 や 性 別 役 割 分 業 を 認 め る 光 子 も 、 ど ん な 学 課 で も 男 子 と 同 様 に 授 け て 少 し も 差 支 え は な い と 述 べ て 部 分 的 に 性 別 役 割 分 業 を 否 定 し つ つ 、 家 庭 生 活 を 営 む 上 で の 具 体 的 な 解 決 策 を 訴 え た 73 。 女 の 自 覚 は 、 男 に な る こ と で も 男 性 に 反 抗 す る こ と で も な い と い う 彼 女 た ち は 、 目 の 前 に あ る 実 際 の 家 庭 生 活 を 、 い か に よ り 良 い も の に す る か に 目 を 向 け た の で あ る 。

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真宗総合研究所研究紀要 第38号   2   「 宗 教 的 な も の 」 と 女 性 運 動   初 期 新 真 婦 人 会 の 三 人 は 、 思 想 や 信 仰 の 違 い こ そ あ れ 、 い ず れ も 夫 と 同 じ 「 宗 教 的 な も の 」 を 軸 に し て い た 。 彼 女 た ち の 根 本 に あ っ た の は 、 既 成 教 団 の 説 く 教 義 で は な く 、 儒 教 と キ リ ス ト 教 、 仏 教 と 神 道 、 さ ら に は 催 眠 術 と 神 秘 主 義 を 合 わ せ た よ う な 折 衷 型 の 「 宗 教 的 な も の 」 だ っ た 。 思 想 や 教 義 に 違 い が あ っ て も 連 帯 が 可 能 だ っ た の は 、 既 成 教 団 の 組 織 や 教 義 理 解 の 枠 を 超 え た 「 宗 教 的 な も の 」 を 通 じ た 精 神 向 上 と い う 点 で 結 束 で き た か ら で は な い だ ろ う か 。   彼 女 た ち は ま た 、 宗 教 的 な 思 想 を 説 き 、 実 践 す る 夫 を 持 つ 妻 で も あ っ た 。 こ れ ま で 論 じ て き た よ う に 、 彼 女 た ち の 思 想 は そ の 生 活 体 験 に 支 え ら れ た も の で も あ っ た 。 女 性 の 救 済 を 宗 教 的 立 場 か ら 説 く ケ ー ス は 近 代 以 前 か ら あ り 、 法 然 や 親 鸞 の 場 合 、 女 性 は 男 性 の 身 と な る こ と で 往 生 で き ( 変 成 男 子 )、 女 性 は 阿 弥 陀 仏 の 願 い に よ っ て こ そ 救 わ れ る こ と が 強 調 さ れ て き た 74 。 そ こ に は 五 障 三 従 の 女 性 と い う 前 提 が あ り 、 女 性 の 救 済 は 主 に 、 男 性 で あ る 法 然 や 親 鸞 を は じ め と す る 男 性 僧 侶 に よ っ て 説 か れ て き た 。 近 代 に 入 り 、 出 口 な お や 中 山 み き ら 新 宗 教 の 女 性 教 祖 た ち が 活 躍 す る が 、 彼 女 た ち は 女 性 で は な く 男 性 的 な ジ ェ ン ダ ー を 獲 得 し な が ら 両 性 具 有 的 な 性 格 を 帯 び る こ と で 、 そ の 宗 教 体 験 や 神 観 念 を 表 現 し て い っ た こ と が 指 摘 さ れ て い る 75 。   こ れ ら を 考 慮 し た 時 、 初 期 新 真 婦 人 会 の 三 人 が 妻 や 母 、 さ ら に は 駒 子 の 説 く よ う に 恋 愛 や 女 性 の 神 秘 的 な 力 と い っ た 女 性 性 を 保 持 し た ま ま 、「 宗 教 的 な も の 」 を 拠 り ど こ ろ に 自 ら 女 性 の 解 放 を 訴 え て い っ た 点 は 注 目 で き る 76 。 た と え 彼 女 た ち が 夫 の 思 想 を 「 盲 信 」 し て い た と し て も 、 彼 女 た ち は 夫 と 同 じ 思 想 や 信 仰 、 そ し て 夫 と の 家 庭 生 活 を 維 持 し て い く こ と に 労 力 を 注 ぎ つ つ 、 夫 た ち の 説 く 「 宗 教 的 な も の 」 を 現 実 問 題 に 落 と し 込 み 、 女 性 の 身 の ま ま で 女 性 の 精 神 と 肉 体 両 面 の 解 放 を 説 い た の で あ る 。

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  文 子 ・ 駒子 ・ 光 子の よ う に 、女 性 の 解放 に あた り 女 性の 覚 醒 と神 秘 的力 を 説 く点 は 、 らい て ふ も 同じ だ った 。 青 鞜社 立 ち 上 げ 前 後 に お け る 彼 女 の ス ピ リ チ ュ ア リ ズ ム へ の 傾 倒 を 論 じ た 吉 永 進 一 が 指 摘 す る よ う に 、 禅 を 通 し て 彼 女 が 体 験 し た 精 神 的 高 揚 感 は 、 禅 そ の も の か ら す れ ば 「 魔 境 と さ れ 、 警 戒 の 対 象 と な る 」 が 、 近 代 精 神 史 と い う 視 点 か ら す れ ば 、 女 性 の 自 我 確 立 と 身 体 へ の 権 利 を 主 張 す る 契 機 と な っ た 77 。 初 期 新 真 婦 人 会 の 女 性 た ち の 思 想 や 活 動 も 、 既 成 教 団 の 枠 に と ど ま ら な い 近 代 的 な 精 神 性 の 発 露 と 見 れ ば 、 そ れ が 十 分 に 近 代 化 さ れ て い な か っ た 結 果 だ と は 言 い 切 れ な い 。   彼 女 た ち の 運 動 を 夫 に 対 す る 従 属 の な か の 抵 抗 と 見 る か 、 あ る い は 単 な る 従 属 と 見 る か は 別 と し て も 、 彼 女 た ち は 、 青 鞜 社 の 主 張 に 収 ま ら な い 女 性 の 生 き 方 を 拾 い 上 げ 、 夫 婦 や 男 女 と い う 現 実 の 対 関 係 の な か で の 女 性 解 放 の 道 を 訴 え た の で あ る 。 こ れ は 、 明 治 に な り 僧 侶 の 妻 帯 が 公 認 さ れ た こ と に 伴 っ て 誕 生 し た 僧 侶 の 妻 に も つ な が る 問 題 で も あ る 78 。 明 治 以 降 、 僧 侶 の 妻 た ち が 主 体 的 に 仏 教 思 想 を 女 性 解 放 に 結 び つ け て い け た の か 否 か や 、 そ の 内 実 に つ い て は 稿 を 改 め る が 、 僧 侶 の 妻 と い う 存 在 が 、 家 庭 と 信 仰 生 活 を 両 立 さ せ つ つ 、 近 代 社 会 を 生 き る 女 性 と し て 、 緊 張 関 係 を 抱 え な が ら い か に 生 き て き た か を 考 え る 際 、 初 期 新 真 婦 人 会 の 思 想 と 実 践 は 一 つ の 糸 口 と な る だ ろ う 。 1   イ ギ リ ス の 「 新 し い 女 」 は 文 学 の な か で 登 場 し 、 そ の 表 象 は 時 代 の 移 行 に よ っ て 少 し ず つ 変 化 し て い く 。 選 挙 権 や 教 育 ・ 職 業 の 機 会 均 等 を 求 め た 女 性 た ち は 「 放 埒 な 女 」、 「 野 生 の 女 」 な ど と 揶 揄 さ れ 、 宣 伝 さ れ な が ら 、 最 終 的 に 「 新 し い 女 」 と 命 名 さ れ た ( 武 田 美 保 子 『〈 新 し い 女 〉 の 系 譜 ― ― ジ ェ ン ダ ー の 言 説 と 表 象 』 彩 流 社 、 二 〇 〇 三 年 )。 2   ウ ル リ ケ ・ ヴ ェ ー ル 「 も う 一 つ の 『 青 鞜 』 ― ― 女 た ち の 連 帯 を め ざ し た 雑 誌 『 新 真 婦 人 』」 鶴 見 和 子 ほ か 監 修 ・ 奥 田 暁 子 編 『 女 と 男 の 時 空 ― ― 日 本 女 性 史 再 考 Ⅴ 鬩 ぎ 合 う 女 と 男 ― ― 近 代 』 藤 原 書 店 一 九 九 五 年 。

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真宗総合研究所研究紀要 第38号 3   『 新 真 婦 人 』 は 、『 青 鞜 』 よ り 長 い 一 〇 年 五 ヶ 月 に わ た っ て 刊 行 さ れ て い た が 、 現 存 確 認 数 は 計 三 八 冊 で あ る ( 天 野 茂 「 西 川 文 子 『 婦 人 解 放 論 』 解 説 」『 婦 人 解 放 論 叢 書 青 鞜 の 女 た ち 』 第 一 六 巻 、 不 二 出 版 、 一 九 八 六 年 、 一 八 〜 一 九 頁 )。 4   文 子 の 経 歴 と 平 民 社 で の 活 動 は 西 川 文 子 『 平 民 社 の 女 ― ― 西 川 文 子 自 伝 』( 青 山 館 、 一 九 八 四 年 ) 参 照 。 5   一 時 僧 籍 に 入 り 、 金 沢 四 高 か ら 東 京 帝 国 大 学 に 進 み 哲 学 を 学 ぶ 。 自 ら 預 言 者 ・ 善 友 仏 と 称 し て 『 明 星 』 に 「 救 世 言 」 を 掲 載 。 義 兄 の 与 謝 野 寛 は 彼 の 熱 心 な 信 奉 者 で あ っ た 。 6   伝 記 に 藤 田 富 士 男 『 も う 一 人 の 新 し い 女   伝 記 小 説 ・ 木 村 駒 子 』( か た り べ 舎 、 一 九 九 九 年 ) が あ る 。 7   熊 本 評 論 社 に は 荒 村 の 従 兄 弟 が お り 、 駒 子 は 一 九 〇 八 年 新 年 号 に 「 革 命 の 新 年 」 と 題 し た 文 章 を 寄 せ て い る 。 8   光 子 と 虎 之 助 の 経 歴 は 、 柏 木 隆 法 「 宮 崎 虎 之 助 ・ 光 子 の 生 涯 ( 一 )」 、 同 「 宮 崎 虎 之 助 ・ 光 子 の 生 涯 ( 二 )」 、 同 「 宮 崎 虎 之 助 ・ 光 子 の 生 涯 ( 三 )」 同 「 宮 崎 虎 之 助 ・ 光 子 の 生 涯 ( 最 終 回 )」 (『 禅 文 化 』 一 七 八 〜 一 八 一 号 、 二 〇 〇 〇 〜 二 〇 〇 一 年 ) お よ び 鳥 谷 部 陽 之 助 『 新 十 和 田 湖 物 語 ― ― 神 秘 の 湖 に 憑 か れ た 人 び と 』( 彩 流 社 、 一 九 八 三 年 ) に よ る 。 9   『 東 京 日 日 新 聞 』 一 九 一 三 年 三 月 一 日 付 。 こ の 講 演 会 で 岩 野 泡 鳴 が 演 説 し て い る 最 中 に 虎 之 助 が そ の 内 容 を 批 判 し て 取 っ 組 み 合 い の 喧 嘩 と な っ た と さ れ る 。 10   例 え ば 、「 青 鞜 社 に 対 抗 す る 白 山 組 現 は る 」『 東 京 日 日 新 聞 』 一 九 一 三 年 三 月 六 日 付 。 11   天 野 、 前 掲 「 西 川 文 子 著 『 婦 人 解 放 論 』 解 説 」、 一 一 〜 一 二 頁 。 12   西 川 、 前 掲 『 平 民 社 の 女 』、 一 三 五 頁 。 13   会 で は 、文 子 が「 新 し い 女 と 良 妻 賢 母 」、 光 子 が「 真 に 新 し い 女 」、 駒 子 が「 自 覚 と 恋 愛 」と の 題 で そ れ ぞ れ 講 演 を 行 っ た 。 五 月 四 日 に は 、 第 二 回 講 演 会 を 開 催 。 こ こ で も 、 そ れ ぞ れ 「 男 女 交 際 論 」、 「 人 と し て の 女 性 」、 「 恋 愛 よ り 芸 術 へ 」 と 題 し て 演 説 し て い る 。 14   第 一 号 〜 第 三 六 号 、 第 五 三 ・ 六 〇 〜 六 二 、六 四 ・ 六 五 ・ 八 〇 ・ 八 二 〜 八 四 、九 一 、九 五 、一 〇 二 号 が 復 刻 さ れ て い る が 、 そ の 他 は 散 失 。 15   岡 野 幸 江 「 解 説 」『 新 真 婦 人   解 説 ・ 総 目 次 ・ 索 引 』 不 二 出 版 、 一 九 九 四 年 、 一 三 頁 。 16   同 前 、 一 三 頁 。 17   西 川 文 子 ・ 木 村 駒 子 ・ 宮 崎 光 子 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』 洛 陽 堂 、 一 九 一 三 年 (『 叢 書   『 青 鞜 』 の 女 た ち   第 1 5 巻   新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』、 不 二 出 版 、 一 九 八 六 年 )、 一 七 九 頁 。 18   西 川 ・ 木 村 ・ 宮 崎 、 前 掲 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』、 一 七 九 頁 。

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19   同 前 、 一 頁 お よ び 五 頁 。 20   同 前 、 一 二 頁 お よ び 二 六 頁 。 21   同 前 、 二 〇 頁 、 三 一 、二 一 頁 。 22   同 前 、 九 四 頁 。 23   同 前 、 一 一 六 頁 。 24   同 前 、 一 一 一 頁 お よ び 一 一 四 〜 一 一 五 頁 。 25   同 前 、 一 八 一 頁 。 26   同 前 、 一 九 七 頁 。 27   同 前 、 一 九 一 頁 。 28   『 東 京 日 日 新 聞 』 は 「 新 し い 女 の 新 し い 敵 」 と の 見 出 し で 記 事 を 連 載 し て い た (「 新 し い 女 の 新 し い 敵   青 鞜 社 の 反 対 軍 新 真 婦 人 会 起 る 」 一 九 一 三 年 三 月 一 日 付 、「 新 し い 女 の 新 し い 敵   青 鞜 社 に 対 抗 す る 白 山 組 現 は る 」 三 月 六 日 付 な ど )。 29   「 青 軍 」 の 青 鞜 社 と 「 白 軍 」 の 新 真 婦 人 会 の 対 比 と し て 当 時 の 新 聞 に は 、「 青 軍 は 欧 羅 巴 流 行 の 思 潮 に 乗 つ て 自 由 の 肉 を 叫 び 白 軍 は 信 仰 生 活 か ら 出 て 霊 を 呼 ぼ う 。 両 々 対 峙 し た 二 つ の 会 は 畢 竟 霊 肉 の 争 い で 当 今 婦 人 思 想 の 争 ひ を 代 表 す 」 と あ る (『 東 京 日 日 新 聞 』 一 九 一 三 年 三 月 二 〇 日 付 )。 30   大 谷 栄 一 「 総 論 ― ― 大 正 宗 教 史 の 射 程 」 島 薗 進 ほ か 編 『 近 代 日 本 宗 教 史 第 3 巻   教 養 と 生 命 ― ― 大 正 期 』 春 秋 社 、二 〇 二 〇 年 、六 頁 。 31   鈴 木 範 久 『 明 治 宗 教 思 潮 の 研 究 ― ― 宗 教 学 事 始 』 東 京 大 学 出 版 会 、 一 九 七 九 年 、 一 三 〜 一 七 頁 。 磯 前 順 一 『 近 代 日 本 の 宗 教 言 説 と そ の 系 譜 ― ― 宗 教 ・ 国 家 ・ 神 道 』 岩 波 書 店 、 二 〇 〇 三 年 、 三 一 〜 三 八 頁 。 32   大 谷 、 前 掲 、 七 〜 八 頁 。 33   大 谷 、 前 掲 、 一 七 〜 二 二 頁 。 34   大 谷 、前 掲 、一 二 〜 一 七 頁 お よ び 筒 井 清 忠 「 近 代 日 本 の 教 養 主 義 と 修 養 主 義 ― ― そ の 成 立 過 程 の 考 察 」『 思 想 』 八 一 二 号 、一 九 九 二 年 、 一 六 三 〜 五 頁 。 35   栗 田 英 彦 「 明 治 三 〇 年 代 に お け る 「 修 養 」 概 念 と 将 来 の 宗 教 の 構 想 」『 宗 教 研 究 』 八 九 巻 三 号 。 お よ び 吉 永 進 一 「 序 論 」 栗 田 ほ か 編 『 近 現 代 日 本 の 民 間 精 神 療 法 ― ― 不 可 視 な エ ネ ル ギ ー の 諸 相 』 国 書 刊 行 会 、 二 〇 一 九 年 。

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真宗総合研究所研究紀要 第38号 36   大 谷 、 前 掲 、 二 一 〜 二 三 頁 。 37   西 川 「 三 種 の 婦 人 運 動 」『 新 真 婦 人 』 第 二 巻 二 号 、 一 九 一 三 年 、 二 〜 四 頁 。 38   一 九 一 二 年 に 日 本 教 会 は 道 会 に 名 称 を 改 め 、 新 宗 教 を 名 乗 っ た ( マ ー ク ・ R ・ マ リ ン ズ 著 ・ 高 崎 恵 訳 『 メ イ ド ・ イ ン ・ ジ ャ パ ン の キ リ ス ト 教 』 ト ラ ン ス ビ ュ ー 、 二 〇 〇 五 年 、 一 〇 二 頁 )。 39   西 川 、 前 掲 『 平 民 社 の 女 』、 一 一 〇 〜 一 一 一 頁 。 40   一 銭 入 れ る と 雑 誌 が 自 動 で 出 て く る 自 働 販 売 箱 を 市 中 に 設 置 す る 構 想 を し て い た が 実 現 し な か っ た 。 発 行 部 数 は 一 万 部 ま で 達 し た ( 西 川 、 前 掲 『 平 民 社 の 女 』、 一 一 一 頁 )。 41   西 川 光 次 郎 『 生 活 の 力 と な る 道 徳 』 北 文 館 、 一 九 一 七 年 、 二 九 六 頁 。 42   光 二 郎 は 職 業 婦 人 や 女 性 の 健 康 、 女 性 の 参 政 権 に つ い て の 論 稿 を 『 新 真 婦 人 』 に 寄 せ 、 新 真 婦 人 』 創 刊 の 直 後 に は 『 婦 人 運 動 』 ( 一 九 一 三 年 ) を 刊 行 し て い る 。 ま た 、『 悪 人 研 究   続 編 』( 洛 陽 堂 、一 九 一 三 年 、四 四 〜 五 〇 頁 ) で は 、ら い て ふ の 女 性 論 に 賛 同 し つ つ 、 新 し い 女 は 必 ず し も 独 身 主 義 で な く と も 良 く 、 覚 醒 し た 新 し い 女 は 良 妻 賢 母 と は 衝 突 せ ず 、 男 女 の 関 係 を 壊 す も の で は な い と 論 じ て い る 。 43   西 川 ・ 木 村 ・ 宮 崎 、 前 掲 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』、 二 一 頁 。 44   藤 田 富 士 男 「 木 村 駒 子 の 生 涯 ― ― 青 春 時 代 ― ― 」『 学 校 法 人 佐 藤 栄 学 園 埼 玉 短 期 大 学 研 究 紀 要 』 第 三 号 、 一 九 九 四 年 、 二 三 頁 。 45   木 村 『 観 自 在 術 』 育 成 会 、 一 九 一 四 年 ( 吉 永 進 一 編 『 日 本 人 の 身 ・ 心 ・ 霊 ― ― 近 代 民 間 精 神 療 法 叢 書 Ⅱ 7』 ク レ ス 出 版 、 二 〇 〇 四 年 )、 二 五 六 頁 。 46   木 村 「 半 世 の 神 秘 生 活 」『 新 公 論 』 二 八 巻 一 〇 月 号 、 一 九 一 三 年 、 五 六 頁 。 47   夫 婦 で 藤 田 霊 斎 の 心 霊 の 実 証 実 験 に も 参 加 し た ( 木 村 「 半 世 の 神 秘 生 活 」『 新 公 論 』 二 八 巻 一 〇 月 号 、 一 九 一 三 年 、 五 六 頁 )。 48   木 村 、 前 掲 『 観 自 在 術 』 二 頁 お よ び 西 川 ・ 木 村 ・ 宮 崎 、 前 掲 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』 九 五 頁 。 49   西 川 ・ 木 村 ・ 宮 崎 、 前 掲 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』 一 三 一 頁 。 50   木 村 「 恋 愛 と 自 覚 」『 新 真 婦 人 』 第 一 巻 第 一 号 。 51   木 村 、 前 掲 「 恋 愛 と 自 覚 」、 三 二 頁 。 52   同 前 、 三 二 〜 三 三 頁 。

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53   西 川 ・ 木 村 ・ 宮 崎 、 前 掲 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』 一 七 八 頁 、 宮 崎 「 女 性 の 自 覚 」『 新 真 婦 人 』 第 一 巻 第 一 号 、 一 九 一 三 年 、 一 〇 頁 、 一 四 頁 。 54   西 川 ・ 木 村 ・ 宮 崎 、 前 掲 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』 二 五 〇 頁 、 二 四 二 頁 お よ び 宮 崎 「 大 正 期 婦 人 の 革 命 期 」『 御 即 位 礼 画 報 』 二 号 、 一 九 一 四 年 、 六 七 頁 。 55   柏 木 、 前 掲 「 宮 崎 虎 之 助 ・ 光 子 の 生 涯 ( 一 )」 、 二 一 頁 。 56   柏 木 、 前 掲 「 宮 崎 虎 之 助 ・ 光 子 の 生 涯 ( 三 )」 、 八 八 頁 。 57   宮 崎 「 宗 教 の 根 本 革 命 」『 世 界 之 日 本 』 五 巻 一 一 号 、 六 三 頁 お よ び 遠 藤 順 治 編 『 聖 女 光 子 の 声 』 神 生 教 壇 、 一 九 一 七 年 (『 叢 書 女 性 論 1 4 聖 女 光 子 の 声 』 大 空 社 、 一 九 九 六 年 、 二 五 八 頁 )。 58   遠 藤 編 、 前 掲 『 聖 女 光 子 の 声 』、 二 〇 六 頁 。 59   平 塚 ら い て う 『 平 塚 ら い て う 自 伝 元 始 、 女 性 は 太 陽 で あ っ た 1 』 大 月 書 店 、 一 九 九 二 年 、 一 九 三 頁 。 60   同 前 、 三 一 七 頁 。 61   岩 田 な な つ 編 ・ 解 題 『 青 鞜 文 学 集 』 不 二 出 版 、 二 〇 〇 四 年 、 二 九 頁 。 62   同 前 、 二 二 頁 。 63   ら い て ふ の ス ピ リ チ ュ ア リ ズ ム に 関 す る 知 識 に つ い て 吉 永 進 一 は 、 綱 島 の 影 響 を 指 摘 す る (「 ら い て う の 「 天 才 」」 日 本 ス ウ ェ ー デ ン ボ ル グ 協 会 編 『 ス ウ ェ ー デ ン ボ ル グ を 読 み 解 く 』 春 風 社 、 二 〇 〇 七 年 、 一 一 〇 〜 一 一 二 頁 )。 64   『 新 真 婦 人 』 第 一 号 、 一 頁 、 一 九 一 三 年 。 65   『 青 鞜 』 第 三 巻 一 〇 号 、 一 九 一 三 年 。 66   ら い て ふ は 見 性 を 得 て「 何 も か も た の し く 、美 し く 、う れ し さ で い っ ぱ い 」に な り 、「 真 の 自 由 、真 の 解 放 」を 感 じ た と い う( 井 出 文 子『 平 塚 ら い て う   近 代 と 神 秘 』 新 潮 社 、 一 九 八 七 年 、 四 四 頁 )。 初 期 か ら 新 真 婦 人 会 に 加 わ る 予 定 だ っ た 伊 藤 あ さ も 宗 教 的 な 実 践 に 携 わ る 夫 ( 証 信 ) を 持 ち 、 夫 婦 で 活 動 し て い た 。 67   木 村 「 円 窓 よ り を 読 み て 」『 新 真 婦 人 』 第 四 号 、 一 九 一 三 年 、 四 一 〜 四 二 頁 。 68   同 前 。 69   新 真 婦 人 会 の 全 員 が 既 婚 女 性 で あ っ た わ け で は な い が 、 文 子 ・ 駒 子 ・ 光 子 の 活 動 時 期 に 掲 載 さ れ た 文 章 は 夫 婦 論 、 家 庭 改 良 論 が 中

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真宗総合研究所研究紀要 第38号 心 で あ る 。 し か し 、「 男 性 中 心 の 思 想 」( 「 婦 人 問 題 の 中 心 点 」 三 号 ) を 排 し 、「 飽 く ま で も 同 性 の 為 め に 同 情 す る 」( 「 松 井 須 磨 子 論 」 四 号 ) す る と い っ た 記 事 も 見 ら れ 、「 単 な る 修 養 論 あ る い は 改 良 論 に と ど ま る も の で な い こ と も 確 か 」( 岡 野 、 前 掲 「 解 説 」、 九 頁 ) と の 評 価 が な さ れ て い る 。 70   西 川 、 前 掲 『 平 民 社 の 女 』、 一 三 三 頁 。 71   石 原 道 子 「 西 川 文 子 ・ 木 村 駒 子 ・ 宮 崎 光 子 著 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』 解 説 」( 前 掲 『 叢 書 『 青 鞜 』 の 女 た ち 第 1 5 巻   新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』) 、 一 〇 頁 。 72   西 川 「 自 己 本 位 の 青 鞜 社 」『 處 女 』 九 月 号 、 一 九 一 三 年 、 四 五 頁 。 73   西 川 ・ 木 村 ・ 宮 崎 、 前 掲 『 新 ら し き 女 の 行 く べ き 道 』 一 九 四 、一 九 七 頁 。 74   笠 原 一 男 『 女 人 往 生 思 想 の 系 譜 』 吉 川 弘 文 館 、 一 九 七 五 年 、 一 三 六 〜 一 七 三 頁 。 75   宮 本 要 太 郎 「 男 性 教 祖 と 女 性 教 祖 」『 宗 教 研 究 』 六 四 巻 三 号 、 一 九 九 〇 年 。 76   恋 愛 や 夫 婦 愛 の 観 念 が 本 来 の 自 己 の 解 放 を 実 現 で き る も の と す る 発 想 は 、 明 治 二 〇 年 代 の 成 立 期 で は 男 性 の も の あ っ た と さ れ る が ( 田 中 亜 以 子 『 男 た ち / 女 た ち の 恋 愛   近 代 日 本 の 「 自 己 」 と ジ ェ ン ダ ー 』 勁 草 書 房 、 二 〇 一 九 年 、 二 二 八 頁 )、 駒 子 の 場 合 は 女 性 が 恋 愛 に よ っ て 自 我 に 目 覚 め る こ と を 意 味 し て い た 。 77   吉 永 、 前 掲 「 ら い て う の 「 天 才 」、 一 一 三 頁 。 78   僧 侶 の 妻 帯 は 一 八 七 二 年 の い わ ゆ る 「 肉 食 妻 帯 勝 手 令 」( 太 政 官 布 告 第 一 三 三 号 ) 以 降 公 認 さ れ る 。 真 宗 の 場 合 は 近 世 か ら 妻 帯 を 公 認 さ れ て い た が 、 坊 守 の 宗 教 者 と し て の 位 置 づ け や 役 割 に つ い て は 検 証 す る 必 要 が あ る 。 現 代 に お け る 真 宗 寺 院 の 坊 守 の 実 態 を 考 察 し た も の と し て は 、 Jessica Starling "Guardians of the Buddha's Home: Domestic Religion in the Contemporary Jōdo Shinshū" (

Univercity of Hawaii Press

、 二 〇 一 九 年 ) が あ る 。 本 稿 は 、 J S P S 科 研 費 ( 基 盤 研 究 C 、 課 題 番 号 20K00088 ) の 助 成 に よ る 研 究 成 果 の 一 部 で あ る 。

参照

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