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巨大公共事業と対抗科学 -千歳川流域治水対策を事例として-

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(1)Title. 巨大公共事業と対抗科学 −千歳川流域治水対策を事例として−. Author(s). 角, 一典. Citation. 北海道教育大学紀要. 人文科学・社会科学編, 61(1): 71-85. Issue Date. 2010-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2269. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第61巻 第1号 JournalofHokkaidoUniversityofEducadon(HumanitiesandSocialSciences)Vol.61,No.1. 平成22年8月 August,2010. 巨大公共事業と対抗科学 千歳川流域治水対策を事例として. 一. 曲. ′ ヽ. 北海道教育大学教育学部旭川枚社会学研究室. Anti−PolitySciencesintheHugePublicConstruction TheCaseofChitoseRiver’sImprovementProject. KADO Kazunori. DepartmentofSociology,AsahikawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 概 要 本稿は,千歳川流域治水対策における科学論争を手がかりとして,巨大公共事業に対して反対の立場を明 らかにして,事業の推進に関わる諸主体で構成される「政治体」に対抗しようとする専門家によって担われ る科学を「対抗科学」とし,対抗科学の意義について考察するとともに,その機能要件について簡単な整理 を試みた。巨大公共事業では高度の専門性が問われる機会が多く,したがって,対抗科学の重要性も高い。 特に,一般世論の動向が事業の趨勢を決定づける要因としてその地位を高めている今日,対抗科学の役割は,. 直接的に政治体への対抗を可能にするという役割にとどまらず,間接的にパブリックアテンションの獲得と いう目的においても役割が期待されている。その一方で,対抗科学は,単に政治体との対決にとどまること なく,公共事業そのものを洗練させる創発的役割も期待されている。. はじめに. 整備新幹線やダム建設の取り扱いにみられるよう に,国家水準の巨大公共事業は,依然として流動. 今日,巨大公共事業の取り扱いは改革の最重要 課題のひとつになっている。財政事情の悪化とい. 的な状況にある。. 千歳川流域治水対策は国の直轄事業であった. う「僚倖」にも恵まれて,都道府県水準では,公. が,1997年に千歳川放水路計画の中止が決定し,. 共事業見直しがかなりの進捗をみせているし,. 2002年に堤防強化と遊水地を核とした総合治水が. 2009年8月の衆議院選挙における民主党の大勝利. 最終案とされることによって,正式に放水路以外. を墳に,国レベルでも公共事業のあり方について. の方法によるものとなり,徳島県の細川内ダムや. 大きな変化の兆しがみられている。しかしながら,. 新潟県の巻原発などと並び,国家水準の巨大公共. 71.

(3) 角. 事業が根本的に見直された事例として注目され. 一 曲. 誤解を恐れずに言い替えれば,ある種の事象を. た。千歳川放水路が中止に至った要因・背景とし. 社会問題として定義するということはきわめて. ては,関係者やマスコミの分析などによってさま. 「政治的」であるということであり,特に,先鋭. ざまな要因が指摘されているが,科学者の関与も. 的な対立が生じているような社会問題の場合は,. そのひとつとして上げられる。本箱では,この点. 状況の定義が集団間の勢力関係に大きく影響され. に焦点を絞って論を展開してみたい。その際,重. ることを示している。. 要な視点は2つになる。ひとつは巨大公共事業を めぐる政治過程における科学論争の意義であり, もうひとつは反対運動セクターにおける科学者集 団の存在の意味である。. 本稿では,千歳川放水路計画をめぐる科学論争. 1.2 パブリックアテンションと科学論争 戦後,さまざまな社会問題の場において,科学. 者の発言が重要な役割を果たしてきた。たとえば, 公害原論の宇井純や水俣病における原田正純と. を理解するための分析視座を整理し(第1章),. いった研究者,イタイイタイ病の萩野昇医師など. 放水路問題の政治過程を,主要な科学者集団の交. の他,廃棄物焼却灰内にダイオキシンが存在する. 代に対応させながら大きく2期に分けて記述し. ことを指摘した立川涼や原子力関連における高木. (第2.3章),そこから対抗科学について簡単な. 仁三郎の仕事などは記憶に新しいところである。. 考察を加える(第4章)。. このような,さまざまな社会問題におけるアンバ ランスな権力関係を,反対運動の立場に有利なよ うに再構築しようとするような科学について,本. 1.分析視角の整理. 1.1 社会問題研究における構築主義の視座 Beckerが,アメリカ社会においてマリファナ などの薬物使用や堕胎などの行為が逸脱と捉えら. ノ稿では対抗科学という語を用いる。対抗科学の研 究者は,「抑圧される弱者」に代わり,巨大な権. 力を有する敵手に対して科学的な見地から対抗す る役割を担ったとみることができる。. れ,その行為者が「アウトサイダー」として認知. 近年では,巨大公共事業をめぐる政治過程にお. されるのが,ある集団やあるいは社会によるラベ. いても,対抗科学がその役割を果たすケースがし. リングによるものとして,社会問題の存在そのも. ばしばみられる。巨大公共事業の推進主体は,中. のを相対化する視座を提供してみせて以降,社会. 央政府を中心とし,事業を請け負う特殊法人や企. 学においては,社会問題が社会によって「構築」. 業などを含めたいわゆる「政治体(polity)」で. されるという考え方がさまざまな側面に応用され. あるが,政治体そのものの有する権威に基づいた. るようになった。. 正統性,あるいは「御用学者」たちが与える政治. 社会問題についての構築主義的アプローチが明. 体に対しての科学的正当性のお墨付きに対して,. らかにしているのは,社会問題を本質的なものと. 対抗科学の研究者たちは反権力の立場で活動し,. して捉える視座のみでは,社会問題の実態をみる. 弱者救済に一定の成果を収めている。. 上で十分なものではなく,むしろ問題の正確な理. かれらの活動が一定の成果を収めることができ. 解を阻害する恐れすらあるということである。さ. た背景として,科学知の正統性に関わる闘争で,. らにいえば,集団間の力学がある事柄を社会問題. かれらの主張が敵手の主張に優越したことを見逃. として顕在化させることを,あるいは逆に顕在化. すことはできない。科学的「正論」が常に公衆の. されるべき社会問題を隠蔽することを可能にする. 一般常識であるとは限らず1,リスク社会論に立. こともありえるのである。. 脚すれば,一般認識あるいはリスクの定義をめぐ. 1例えば,中西準子は,日本におけるダイオキシンなど特定の有害化学物質に対する「過敏」な反応を問題視し,リスクと. 72.

(4) 巨大公共事業と対抗科学. る闘争は,むしろポスト近代社会のホットなア. こうした不利別犬況に対して,反対運動は主に. リーナですらある(Beck,1986=1998;原口,. 次のような戦略で対抗することが可能である。(丑. 2003)。. 科学論争を避ける,②科学知(専門知)とは異なっ. Hilgartner and Bosk(1988)は,構築主義と. た文脈での対抗(経験知等)を試みる(ex.平川,. 資源動員論とを結びつけ,パブリックアリーナモ. 2004),③地域住民自身の努力によって科学知を. デルを提示し,パブリックアリーナにおけるパブ. 学習して対抗する(ex.暮らしの手帳編集部,1982. リックアテンションの獲得が社会問題の趨勢に重. ;星野/西岡/中嶋,1971=1993),④適切な専門. 大な影響を与えると主張した。この文脈から捉え. 家の力を利用する3。事業規模の大きさは,住民. ると,対抗科学の研究者たちは,マスコミや各種. 運動の戦略をある程度規定する要因となる。一般. の出版物といったパブリックアリーナにおける闘. に,事業規模が巨大になればなるほど,より大き. 争において優位に立つこと,すなわち公衆の支持. な対抗力が必要となると考えられるが,広範な公. の獲得を背景として,みずからの主張に「正統性」. 衆の支持=パブリックアテンションの獲得は,対. を付与することに成功した結果,「敵手」に対す. 抗力の形成という観点から重要となる。それゆえ,. る対抗力を獲得することに成功したとみることが. 反対運動にとって科学論争は,自らの主張の正統. できるのである2。. 性をより強固なものとするために,単に積極的な 意味づけがなされるにとどまらず,公衆に主張の. 1.3 巨大公共事業と対抗科学 巨大公共事業に関連する意思決定においては,. 合理性を認知してもらうための適切な対応が求め られる状況にもなっているのである4。したがっ. 科学的手続きによって導き出されたさまざまな数. て,巨大公共事業において反対勢力の採用する戦. 値が重要な役割を果たしているが,それら多くの. 術は,(勤や④となることが必要となる。さらにい. 数値は,専門性がきわめて高いがゆえに一般市民. えば,巨大公共事業においては,批判にあたって. には本質的な理解が難しく,不問のままにされる. さまざまな専門的知識を駆使する必要が高く,(む. こともしばしばである。その一方で,近年,巨大. の戦術の重要性がより高まると考えられるだろう。. 公共事業に対して反対運動から代案が碇示される. 要するに,今日,科学論争は,反対運動に対し. 場面も増えてきているものの,その有効性につい. て抵抗力を与える源泉であると同時に,自らの主. ては不確芙な部分が多分にあるという点は否めな. 張の正当性を確かなものにするために避けること. い。反対運動は,主に関係地域住民によって構成. のできないハードルともなっているのである。. されるが,そこに適切な知識を有する人材がいる ことが保障されているわけではない。それゆえ, 一般に反対運動は,科学論争において不利な立場 におかれている。. 1.4 パブリックアテンションの獲得をどのよ うに「測定」するか パブリックアリーナモデルを事例分析に適用す. 政策効果のバランスを考慮した対応が必要であることを主張している(中西,1995)。 2 もちろん,パブリックアテンションの獲得は,科学論争以外の方法も考えることができる。社会運動論におけるフレーム 分析では,科学以外のさまざまな要素もパブリックアテンションの獲得に貢献することが想定されている。それゆえ,科学 論争の過程でのパブリックアテンションの獲得は,社会運動セクターの対抗権力の強化に関する十分条件であって,必要条. 件ではないということは強調しておかねばならない。 3 これらは複合的に使われることもあるし,むしろその方が一般的といえるかもしれない。 4 八ッ場ダムをめぐる政権交代後の報道は,この状況を理解する上で参考になる。政権交代前は国民の多くが「不要なダム」 と認知していたのが,地元の建設推進の動きとその背景について詳しい報道がされはじめると,世論は揺らぎはじめ,現在,. 脱ダムの運動は新たな対応が求められている。. 73.

(5) 角. 一 曲. る場合には,パブリックアテンションの獲得をど. のの,科学者達が自ら「独立」の立場で参加して. のようにして測定するかが重要な問題となる。. いった点にひとつの特徴がある。. 事例によっては世論調査などのデータが蓄積さ. 千歳川放水路計画をめぐる政治過程では,科学. れており,それを利用して測定することはできる. 者集団の関与は大きく2段階に分けることができ. だろうが,千歳川放水路問題の場合,継続的な意. る。第一段階は,千歳川放水路計画の公表から1990. 識調査が行われているわけではない。したがって,. 年代初めまで,日本科学者会議北海道支部によっ. パブリックアテンションの獲得について別の指標. て行われたもの,そして第二段階は,日本自然保. を設ける必要がある。. 護協会や日本野鳥の会に関係する科学者集団を中. 本稿では,第一に,パブリックアテンションの. 獲得について,反対運動にとっての敵手の対応に. 心に行われたものである。以下では,それぞれの 段階における科学論争の過程を記述する。. 注目する。反対運動の主張に対して敵手は,時に. 黙殺という戦略を採り,また時には反論に対する 反批判もしくは釈明という戦略をも採る。これら の対応には,その背景に世論への配慮という側面 があると考えられる。すなわち,敵手の対応によっ て,敵手がパブリックアテンションの動向をどの ように評価しているのかということを理解するこ とが可能なのである。. 2.千歳川放水路問題における対抗科学の第 一段階. 2.1 日本科学者会議北海道支部による代案の 作成 くり返し洪水被害を受け続けた石狩川流域の治. 水は関係者にとって大きな関心事ではあったもの. 第二に,千歳川放水路問題においては,シンポ. の,計画高水流量は1965年に9700m3/sに改めら. ジウムや諮問機関としての委員会が設置されるな. れて以降据え置かれていた。ところが,1981年8. ど,推進派と反対派の双方が会い見えて協議する. 月に発生した五六水害では,計画高水流量を上回. 場が数多く作られているが,ここにおける議題の. る11330m3/sが石狩川に流れ込み,流域に大水害. 選択や議論の評価も,パブリックアテンションと. を引き起こしてしまったのである。この時,支流. の関連性が想定できるだろう。つまり,建設主体. にあたる千歳川でも,本流の石狩川の「想定外」. である北海道開発局や,事業の推進を望んだ千歳. の水量のため内水排除を停止せざるを得ず,広範. 川流域の自治体関係者,あるいは,千歳川放水路. 囲にわたる被害が発生した。後日,北海道開発局. 計画に反対の意を表明していた反対運動とは異な. は,排除できなかった内水を加えると,. る,「第三者の立場」からの視点で,論点整理が. 12080m3/sの処理されるべき水が発生していたと. 必要だと認識される事柄は,パブリックアリーナ. まとめている。. において「括抗している」論点であるという評価 をすることが可能なのである。. 大規模な水害の発生を受けて石狩川流域治水計 画は大幅な変更を余儀なくされ,1982年3月に計 画高水流量を18000m3/sに改定,14000m3/sは水. 1.5 千歳川放水路問題における対抗科学 千歳川放水路計画をめぐる政治過程において. 路の拡幅などによって石狩川本流で処理し,残り の4000m3/sをダム建設などでカットすることと. は,計画の公表から中止に至るまで,一貫して科. なり,その一環として,1200m3/s分を処理する. 学者集団の関わりがみられ,政治過程へ影響を与. 千歳川放水路計画が策定された。. えている。巨大公共事業に対する科学者もしくは. これに先立ち,五六水害直後に,日本科学者会. 科学者集団のかかわりは,反対運動からの要請に. 議北海道支部の国府谷盛明は,石狩川水系の治水. よってなされる場合も多いと思われるが,千歳川. 基本計画の根本的な見直しが必要であると主張,. 放水路計画においては,さまざまな背景はあるも. 築堤による対策には限界があり5,計画高水流量. 74.

(6) 巨大公共事業と対抗科学. の抜本的見直しが必要であるとともに,本流での. 計画高水流量を大幅に引き上げるという点と,. 水位を下げるために河川断面の拡大・石狩川河口. 単純な堤防のかさ上げによる対処は被堤の際の被. 部分に放水路を設置・流域に遊水地を設置するこ. 害が大きくなるので採用すべきでないという点. となどを提言していた(国府谷,1981:6)。国府. は,日本科学者会議北海道支部および日本共産党. 谷をはじめとする日本科学者会議北海道支部の提. 北海道委員会と,北海道開発局が計画立案した,. 言を受ける形で,1981年12月1日,日本共産党北. 千歳川放水路計画を含めた石狩川流域治水対策と. 海道委員会は,石狩川水系治水計画についての提. の間に矛盾はない。しかし,この段階においてす. 言をまとめ,石狩川の計画高水流量を15000m3/s. でに方法に関する対立は存在したのである。. 以上へ変更すべきであり6,洪水対策として,従. なお,北海道開発局は,石狩川放水路について,. 来のような堤防のかさ上げに頼るのではなく,石. 移転家屋が多いことと水位低下の効果が千歳川の. 狩川本流の河川断面の拡大・石狩川河口部分に放. 合流点まで達しないこと,また,石狩川本流の河. 水路を建設・遊水地の設置・洪水調整ダムの設置. 川断面拡大については,河床の拡幅によって河川. を核とする総合治水対策によって対応すべきとし. の水深と流速が低下し,砂礫の堆積が増加するた. た(表1)。また,すでに計画が検討されている. めに,河道の維持が困難になるとして否定した。. ことが明らかになっていた千歳川放水路計画につ. さらに遊水地については,広大な農地が消失する. いては,さまざまな問題があることを指摘した上. という理由で退けている。. に7,治水上の効果についても疑問を呈している8。. 表1 日本共産党北海道支部による石狩川治水対策案の概要 石狩川の河川断面の拡大 石狩川河口部での薪水路建設 遊水地の設置 洪水調整ダムの設置 内水対策. 用地問題などで堤防を拡幅することは困難なので、堤防内の中水位河川敷の拡幅・ 掘削を行う。 石狩川河口部の屈曲している部分について、直線上に日本海に放水路を掘削し、最 短距離で結ぶ。 石狩川水系の上・中・下流部に、河川改修によって生じた河跡、旧河川敷などを利 用して遊水地を設置する。. 適地へのダム増設。支流でのダム増設。利水ダムに対する洪水調整の義務付け。ダ ム操作規定の見直し等。 排水ポンプ機場の増設。名水系ごとに排水機の操作を統一的に運用するセンターの 設置。 出典:日本共産党北海道委員会(1981:16−17)より筆者作成. 5 国府谷は,石狩川流域の洪水被害は,無堤地帯が存在していた1961年および62年の洪水と,連続堤が暫定的に完成してい た1975年以降の洪水とではその意味が全く異なっており,石狩川治水の進行に支流の治水がついていけてないために洪水が より大きくなったと指摘,加えて,特に札幌近郊で急速に進展している都市化と,減反政策による畑地の拡大が,被害をさ らに大きくしたと分析している(国府谷,1981:ト2)。. 6 日本共産党北海道委員会は,1975年に発生した水害の発生の時点で,1965年に定められた9700m3/sでは対応できないこ とはすでに明らかであって,さらに,新十津川や新篠津に広がっていた広大な湿地帯が戦後開拓によって水田化されたこと なども,流域における遊水機能の低下をもたらしたと指摘している(日本共産党北海道委員会,1981:15)。 7 「千歳川の太平洋への放流は,水利権をはじめ,ウトナイ湖の環境問題,掘削距離,下流における権益,治水問題など検 討すべき多くの問題を抱えている」(日本共産党北海道委員会,1981:16)。 8 「江別から太平洋の距離に比し,この間の落差は小さく,標高からみて,千歳川の漁川合流点部分より上流部の水しか, 太平洋側にぬくことができず,その流量は多く見積もっても三00m3/s以下に過ぎず,石狩川本流の負担を軽減すること ができるのは,現基本高水流量の三%以下の効果に過ぎない」(日本共産党北海道委員会,1981:16)。. 75.

(7) 角. 2.2 日本科学者会議北海道支部による千歳川 放水路計画への批判と背割提案の提示. 日本科学者会議北海道支部は,石狩川流域の治. 一 曲. に加え,これを総合的治水対策の根幹に置く代替 構想を表明した(神山,1989:33)9。さらに,1988. 年5月には,放水路問題と,それに対する自らの. 水対策について提言を行ったものの,千歳川放水. 主張を一般の人々に知ってもらうために冊子を作. 路問題に対しては直接的な関与をしていなかっ. 成するなど,広報にも努力している(日本科学者. た。しかし,1984年に北海道開発局によって計画. 会議北海道支部,1988)。. の概要が公表,東・中・西の3ルート案が明らか. 日本科学者会議北海道支部による代案の提示. にされて以降,一貫して千歳川放水路計画に反対. は,反対運動に新たな展開をもたらした。当時す. の立場をとるようになる。. でに自然保護団体と市民団体を核とした反対運動. 日本科学者会議北海道支部では,先述のとおり,. の共闘が苫小牧を中心に成立していたが,これに. 千歳川放水路案に対しては懐疑的な意見を持って. 日本科学者会議北海道支部も加わることとなる。. いたが,北海道開発局の碇示した案に対して改め. 1987年11月には,千歳川放水路を考える会・苫小. て検討を加え,千歳川放水路計画の問題点を再度. 牧自然保護協会・北海道自然保護協会・日本自然. 整理した。その結果,放水路建設によって,農地. 保護協会・日本野鳥の会と合同で,千歳川放水路. が奪われたり分断されたりする農業者が出るこ. に予算をつけないように大蔵省に要望書を提出,. と,地下水に影響を与えるため美々川・ウトナイ. 以後,1989年と1991年にも6団体共同で要望書を. 湖あるいは近隣農地への重大な影響が出ること,. 碇出するなど,日本科学者会議北海道支部は千歳. 汚濁水の海域への流人や海霧などによる農漁業被. 川放水路問題の反対運動セクターの一角を担って. 害の恐れ,掘削土の処理問題など,問題が山積し. いた。. ていることを理由として,反対姿勢を明確にして 千歳川放水路問題に取り組むこととなった。. しかし,千歳川放水路問題が,苫小牧周辺の地 域問題から道水準の問題へと変化していく1990年. 1987年8月,日本科学者会議北海道支部は北海. 代前半になると,社会党周辺のセクターの活動が. 道開発局に対して千歳川放水路計画の白紙撤回を. 活性化し,それと同時に日本科学者会議北海道支. 要請,千歳川放水路に代わる案として,表1にま. 部と他の団体との関係に変化が生じた10。また,. とめた案をベースとしながら,背割堤を石狩川と. 千歳川放水路問題に対する日本科学者会議北海道. 千歳川の合流点に設置することによって石狩川と. 支部としての関わりも,1993年に,背割堤を核と. 千歳川の流れを分断し,千歳川流域の被害拡大の. した総合的治水対策という従来の主張をまとめた. 原因となっている増水時の千歳川の流れの停滞あ. 報告書を発行してからは目立った動きが見られな. るいは石狩川からの逆流を防ぐという方法を新た. くなった。日本科学者会議北海道支部は,千歳川. 9 背剖堤以前には,1985年1月20日に安倍啓工学院大学教授が衆参両院議長に碇出した陳情書において代替案として示した, 石狩川と千歳川の合流点における大型ポンプによる排水案も提示されている(八木,1986:90−91)。この案に対して北海道 開発局は,現状のポンプの性能や維持費用などの観点から批判を加えている。 なお,国府谷(1984)では,遊水地のみが代替案として示され,日常的には生産の場として利用し,洪水時の非常用とし て利用することが提唱されている他,補償制度の充実や都市計画等による土地利用規制などについての言及があり,日本科. 学者会議北海道支部による新たな給合治水対策案の中でもそれが反映されている。 10 この理由ははっきりしないが,反対派の諸団体が政党およびイデオロギー的な色付けを嫌ったという可能性が考えられる。 1997年に千歳川流域治水対策検討委員会,1999年には千歳川流域治水対策全体計画検討委員会が立ち上がり,それぞれ関連 諸団体との意見交換会を開いている。そこでは,自然保護団体や市民団体が同じ席上に呼ばれているのに対して,日本科学 者会議北海道支部は別の時間を設けて意見を求められている。こうした事実からも,日本科学者会議北海道支部と他の諸団 体との共闘関係は,少なくとも表面上は消滅していると判断される。. 76.

(8) 巨大公共事業と対抗科学. 放水路に関連する反対運動セクターの中では周辺. うになる。1992年5月,日本野鳥の会は千歳川放. に位置するようになったのである11。. 水路対策専門委員会を設置した(表2)。また,. なお,北海道開発局は背割堤について,上流部. 日本自然保護協会では,全国的な認知を得ていた. での治水効果が小さく,また,合流点付近は軟弱. 長良川河口堰問題をきっかけとして,河川に関連. 地盤であるために「石狩川の河道の中に,丈夫な. する開発問題に関する学識経験者の専門的な検討. 堤防を9キロにわたって作ること自体が困難」と. 機関である河川問題特別委員会を設置しており,. 回答している(小野,1992:16)。. 1992年11月から,その下部組織として千歳川問題 専門委員会を設置して検討を進めていった(表 3)。長良川をきっかけに河川問題に関する科学. 3.千歳川放水路問題における対抗科学の第. 者のネットワークが構築され,それが千歳川放水. 二.段階. 路計画に対しても機能したといえよう。そして, これ以降,この2つの委員会に名を連ねた科学者. 3.1 自然保護団体の科学者ネットワークの「動. を中心とする放水路批判と代替案の提示が展開さ. 員」. 千歳川放水路計画をめぐる紛争は,1990年代に. れることとなる12。. 当初,自然保護団体を基盤とした科学者集団と. 入ると,日本野鳥の会や日本自然保護協会に関係. 日本科学者会議北海道支部との間には,6団体の. する研究者が中心となって科学論争を展開するよ. 表2 日本野鳥の会千歳川放水路対策専門委員会 高 田 直 俊. 地盤工学. 大 熊. 委員長・大阪市立大学教授 日本野鳥の会常務理事. 市 田 則 孝 孝. 河川工学. 新潟大学工学部教授. 小 野 有 土 環境地理学・地形学 北海道大学地球環境科学研究科教授 紀 藤 義 一. 日本野鳥の会苫小牧支部長 出典:日本野鳥の会(1992). 表3 日本自然保護協会千歳川問題検討委員会 石 田 昭 夫 大 熊. 水性生物学・水質 孝. 河川工学. 元国立水産醇化場 新潟大学工学部教授. 小 野 有 五 環境地理学・地形学 北海道大学地球環境科学研究科教授 神 田 房 行. 植物生態学. 北海道教育大学釧路分校教授. 桜 井 善 雄. 陸水生物学. 元信州大学教授. 畠 山 武 道. 法学. 北海道大学法学部教授. 出典:日本自然保護協会千歳川問題専門委員会(1994). 11こうした流れの背景には,関係の探い日本共産党北海道委員会の「内部矛盾」も関係しているものと思われる。日本共産 党北海道委員会は,受苦圏である苫小牧だけでなく,受益圏である千歳川流域にも関係者がおり,各地域での意見の違いが あったために,北海道委員会としての意見表明が困難な立場におかれていた。日本科学者会議にとっては,日本共産党北海 道委員会のこうした立場が,影響を与えていた可能性がある。 これを象徴的に示していると思われるのは,単なる偶然の可能性も否定できないが,千歳川放水路問題についての反対派の 論文が掲載される主要な雑誌媒体が,共産党系のシンクタンクである北海道経済研究所が発行する『北海道経済』から北海. 道自然保護協会が発行する『北海道の自然』へと移り変わったことである。 12 中でも,小野有五は1991年頃から千歳川放水路を批判する論文や雑誌記事を執筆しはじめ,また,とりかえそう北海道の 川実行委員会を立ち上げて代表に就任するなど,次第に千歳川放水路反対運動の中核的な立場を担うようになっていった。. 77.

(9) 角. 一 曲. 関係を通じて共闘関係が成立していたと思われ. るとともに,内水対策として,もともと低湿地帯. る。それゆえ,2つの委員会の主張は,日本科学. であった千歳川流域に関しては遊水地によって対. 者会議北海道支部の代替案を支持する傾向にあっ. 応することが最も適した方法であると主張した。. たし,第三者機関による検討がはじまってからも,. さらに,日本科学者会議北海道支部によって提案. その主張を大きく変えることはなかった。あえて. されていた,石狩川本流の河道拡幅および背割堤. 違いを述べるとすれば,それまでの主張が背割堤. によって石狩川と千歳川の流れを分流する代替案. などの個別具体的な代替案で象徴される色合いが. の有効性も主張されている(千歳川放水路フォー. 濃かったのに比べると,第二段階ではむしろさま. ラム実行委員会,1992)15。. ざまな方策を効果的に組み合わせることを重視す. 計画高水流量への批判はその後の科学者集団に. る立場が強調されるようになっているように思わ. よる主張の核をなすものとなり,1992年11月21日. れる。その象徴が「総合治水対策」という語であ. に行われたパネルディスカッションでも再度この. る13。. 点が,小野によって以下のように指摘されている。. その一方で,この時期の特徴として挙げられる のが,北海道開発局に対して再三にわたってデー. 「確かに18000tという答えは出てくるんで. タの公開を要求していることである。科学論争を. すけれども,…15000tという答えも出てくる. 本格的に展開する上で,北海道開発局がいかなる. んです。…確かに治水対策としては,最悪の場. 根拠でさまざまな結論を導き出しているかを知る. 合を考えれば一番いい,これはわかります。し. 必要があるとの判断がその背景にある14。. かし,われわれだって生命保険をかける時に何. もうひとつの重要な点は,これまでの科学論争. 十億円の生命保険をかけるということはできな. が代替案をめぐるものであったのに射し,新たな. いわけです。…例えば,18000tを1000t減らし. 論点を提示したことである。1992年5月4日に「千. ただけで,…もう放水路計画そのものがいらな. 歳川放水路フォーラム」が開催され,2つの委員. くなってしまう,こういう計画なんです」(千歳. 会にかかわる研究者が壇上に立ち,千歳川放水路. 川放水路に反対する市民の会,1992:27−28)16。. 計画の問題点をさまざまな観点から指摘したが,. その中で,千歳川放水路建設の根拠である石狩川 の計画高水流量18000m3/sについて異議を唱えた. 3.2 札幌弁護士会による論点整理 札幌弁護士会公害対策・環境保全委員会では,. のである。フォーラムの口火を切る報告を行った. 1992年皮から千歳川放水路計画問題への取り組み. 小野は,18000m3/sの算出プロセスを振り返り数. をテーマとして取り上げていたが,どちらに組す. 値が過大なものではないかという疑問を投げかけ. ることなく,第三者の立場で(「行司役として」). 13 これは,あくまでも微妙な程度の問題であり,大きな主張の変化とまで言えるものではない。 14 もっとも,データの公表については,日本科学者会議北海道支部をはじめとする反対運動セクターも,それ以前から繰り. 返し要求していたことを付け加えておかねばならない。 15 すでに記したように,遊水地・石狩川放水路・河道拡幅・背剖堤については,当時すでに北海道開発局による批判が行わ れている。このうち,遊水地については,千歳川放水路の治水効果に匹敵するものを設置しようとすれば1万haにもおよ ぶ土地が必要となり,実現可能性がないとされたが,反対派の主張する内水対策としての遊水地という提案とはずれがあっ た。石狩川本流の拡幅については,反対派は,汲深によって河道の維持は可能であって,問題はそれがどのくらいの負担で 可能であるかということであり,それについてデータを出すよう要求している。背剖堤については,反対派は,水位でいく と,千歳川放水路と背剖堤との差は,多くの地域で30cmに過ぎず,背剖堤で十分な治水効果があげられると主張した。 16 この公開討論会で,北海道開発局は,1982年の段階で8つの代替案が検討され,治水効果と費用の点で千歳川放水路が最 も優れていると主張している。なお,翌93年8月14日にも,再び公開討論会が開かれ,北海道開発局と反対派との間でのディ スカッションが行われているが,ここでも,双方の基本的な主張に変化は見られない。. 78.

(10) 巨大公共事業と対抗科学. 双方の主張を聞くため,1993年11月25日にパネル. ② 代替案についても十分な科学的検討をし,. ディスカッションを開催した。この際,札幌弁護. 士会によって,千歳川放水路計画問題をめぐる18. 千歳川放水路計画との比較データを全て公開. ③ 石狩川および千歳川の治水対策につき,そ の対策内容の選択を含め計画の立案芙施手続. の論点が整理され,議論が展開された(表4)。. 事前に提出された論点への回答で,反対派の主. きに広く市民を参加させる途を講ずる. 張が千歳川放水路の治水上の有効性を認める記述. これらは,千歳川放水路を否定したものではな. に「変化」しているように見受けられるのは印象. いが,それが唯一最良のものであるという北海道. 的である。反対派の主張は,千歳川放水路の「全否. 開発局の主張に疑問を持っているものと考えられ. 定」から,放水路によってもたらされるマイナスと. る。つまりは反対派の主張に理解を示したものと. の比較考量へと変わったとみることができる17。. 解釈してよいだろう。. 1994年7月,北海道弁護士連合会名で公表され た決議文は,千歳川放水路建設問題について,各. 種調査のデータや代替案の比較に関する検討結果. 3.3 北海道開発局の反批判と議論の活性化 札幌弁護士会からも上記のような指摘をされ,. の公開が不十分であり,正しい判断をするための. 科学者集団との科学論争の中で,北海道開発局も. 資料が提供されていないとし,建設省と北海道開. 新たな理論武装を余儀なくされた。1994年7月,. 発局に対して以下の3点を要求している。. 北海道開発局は『千歳川放水路計画に関する技術. ① 公正中立な第三者的機関による自然環境へ の影響の調査を実施し,その結果を全て公表. 報告』を刊行,15通りの治水案を検討した上で千 歳川放水路計画の優位性を主張するとともに,千 歳川放水路建設にともない懸念されている,美々. 表4 札幌弁護士会がまとめた論点(1993). 川・ウトナイ湖の環境保全,掘削残土の処理,農. 漁業に対する影響などの諸問題についての対応策 を明らかにした。その中には,反対派の主張して. いるさまざまな代替案に対する批判も含まれてい た18。. 北海道開発局の出した報告書は,科学論争に新 たなきっかけを与えたと評価できる。北海道開発 局は,それまで十分に明確な根拠を示さずに反対 派の代替案を批判してきたが,この報告書によっ て互いに共通の土俵で議論が展開されるための前 接が成立したからである。. 背割堤については,それまでにも北海道開発局 は否定的見解を表明してきたが,報告書では,あ らためて合流点が軟弱地盤でありかつ洗掘が激し. いために工事を行うには相当の困難があるだけで なく,背割堤が十分な効果を発するためには千歳 出典:札幌弁護士会(1994:12−29)より筆者作成. 川および石狩川の大幅な拡幅が必要であるため. 17 「千歳川放水路は治水のみを考えれば有効ではあるが,大きなマイナスの影響が出ることは必至であり,反対論が問題と するところもそこにある」(札幌弁護士会,1994:12)。このような変化は,北海道開発局による,千歳川流域における洪水. 継続時間に関する指摘などの反批判を受けたものとみることができる。 18 基本的にはこれまでに記した内容と同じものである。. 79.

(11) 角. 一 曲. に,多くの移転家屋が発生する上に,建設費およ. 保全であった。北海道開発局も,千歳川放水路を. び工期も千歳川放水路の倍かかるとの結果をまと. 掘削することよって地下水が放水路に流出し,部. めた。反対派は,これに対して有効な反論を見出. 分的に乾燥することを認めざるを得なかった。ま. せなかったものと思われ,背割堤に関する主張は. た,反対派は,放水路に流出する地下水をサイフォ. 以降トーンダウンしていくこととなる。. ン方式で美々川・ウトナイ湖に供給する案につい. 1995年12月11日に行われた,札幌弁護士会主催 の2度目のパネルディスカッションでは,再び札 幌弁護士会による10の論点整理が行われた(表. ても,戻すとされた水量の多さなどの点から実現. 可能性を疑問視した19。 1997年12月13日に開かれたフォーラムの場で,. 5)。この中で反対派は,北海道開発局が遊水地. 反対派の論客の一人である高田直俊は,千歳川流. に否定的であることに対し,全国各地で遊水地が. 域における総合治水対策について報告を行った。. 建設省の事業として着手されているにもかかわら. これまでの議論を整理したこの報告では,直接的. ず,農業者の営農意欲が削がれることを理由に千. な洪水への対応だけにとどまらず,間接的な対応. 歳川流域では困難との主張をすることの矛盾を指. も含めるという点を今まで以上に強調するもので. 摘し,あくまでも内水対策としてという従来の主. あった(千歳川放水路に反対する市民の会編,. 張を維持しつつ,当面の対策として,浸水被害の. 1998:20)20。“FloodControl”から“FloodMan−. 多い場所の遊水地化と家屋の移転・嵩上げ・新築. agement”へ,すなわち,内水を完全に排除する. の二つを提案するとともに,遊水地化に対する補. という発想を見直し,致命的にならない範囲内で,. 償を行うことを提案に付加した。. 多少の冠水は許容し,洪水とつき合うということ. 他方,北海道開発局によって示された,千歳川. が提唱されたのである。その上で,新たな総合治. 放水路建設にともなって懸念される諸問題につい. 水対策が提示された。石狩川と千歳川の合流点に. ての北海道開発局の主張は,反対派にとって格好. おける水位を,石狩川河口部のショートカット・. の攻撃材料を提供した形となったようである。特. 低水路拡幅・高水敷切り下げによって1.8m,背. に問題とされたのは,美々川・ウトナイ湖の環境. 割堤・石狩川本流の遊水地に加え,篠津運河の拡 幅で0.5m,茨戸川への分流で0.15m,合わせて. 表5 札幌弁護士会がまとめた論点(1995). 約2.4m下げ,千歳川においても拡幅と蛇行の修 正および遊水地で対応することで一定の治水効果 を見込めると主張した。. 3.4 第三者機関における論争の「評価」 1997年,北海道知事の私的諮問機関として千歳 川流域治水対策検討委員会(以下「山田委員会」) が設置された。ここにおいて,改めてこれまでの. 論争が第三者によって是非を判断されることと 出典:札幌弁護士会(1996:16−31)より筆者作成. なった。. 19 なお,1回目のパネルディスカッションで論点とされていた農漁業への影響については,当事者である農業団体,漁業団 体が科学者集団と距離を置いていたために,2回目では外されたものと思われる。. 20 この報告において,直凛法として堤防嵩上げおよび強化・河川敷および低水路拡幅・河床掘削・ダム・遊水池(常時湛 水)・放水路など,間凛法として現位置貯留・遊水地(洪水時のみ湛水)・ため池群・地下浸透などが挙げられている。ま た,大熊が碇喝した水害防備林や水害に対する保障制度の充実などもこれに含まれる。. 80.

(12) 巨大公共事業と対抗科学. 北海道開発局と反対派から出された論点は,札. 背割堤を総合治水対策の一部として提示してきた. 幌弁護士会によってほぼ整理された形となってお. 反対運動セクターも,合流点対策に対して否定的. り,山田委員会における議論でも同様の論点を中. 見解を表明するに至った。. 心に議論が展開された。委員たちの間では共通の. 小林委員会は,合流点対策とは違った対策を,. 見解があったわけではなく,各自がそれぞれの立. 千歳川の堤防を拡げる,いわゆる堤防強化案を志. 場で双方の主張を評価したが,基本的には,河川. 向するようになる。反対派も,新遠浅川案と合流. 工学系の委員たちが北海道開発局の主張に同意す. 点対策を否定することの帰結として,積極的とは. る傾向を示す一方,その他の委員たちの多くは相. いえないまでも小林委員会の流れを支持する方向. 対的に反対派の意見に対して理解を示したように. にあったと思われる。他方,河川工学専門の委員. 見受けられる。. および北海道開発局からは,堤防強化案について,. 山田委員会でも,第二段階の重要な論点であっ. 千歳川の高水位が高くなるために被堤の際の被害. た計画高水流量18000m3/sについて討論が行われ. が大きくなるという点と,引き堤によって多くの. たが,最終的には18000m3/sを変更する必要はな. 移転家屋が生じるという点に基づいた消極的見解. いという結論に落ち着いた。他方,10年を越える. が出された。. 長期の紛争状態というこれまでの経緯を重視した. 最終的に小林委員会は,最終候補として挙げら. 山田委員長の意思もあり,千歳川放水路による治. れた3つの案の中で千歳川放水路が治水上最も優. 水という結論に対しては会議の冒頭から相当な困. れていることを認めつつも,社会的合意という観. 難があるという雰囲気が,委員の間で共有されて. 点から堤防強化案をもって千歳川流域の治水を進. いたように思われる。山田委員会の結論は,合流. めるべきであるという最終提言をまとめた。. 点対策を軸とした総合的治水対策で,合流点対策 が顕著な効果を示さないことが明らかになった時 点で,千歳川放水路の縮小版である新遠浅川案を. 4.考 察. 検討するというものであった。千歳川放水路およ. 千歳川放水路をめぐる一連の科学論争の過程を. び新遠浅川案は,自然環境にも社会的にも影響が. 観察すると,対抗科学の意義についていくつかの. 大きく問題があるという反対派の主張は山田委員. 知見を導き出すことができる。それを簡単に整理. 会でも認められたと評価できる。しかしながら,. しておこう。. 一部の委員や関係者の中に根強くくすぶっていた 合流点対策に対する消極的意見を無視することは 難しかった. 1999年12月,山田委員会の出した提言を前碇と. 4.1 巨大公共事業における対抗科学の意義 これらの一連の過程は,科学をめぐるポリティ クスの存在を示唆する。すなわち,「科学は中立」. して,千歳川流域治水対策全体計画検討委員会(以. ということを安易に信じることは危険であり,科. 下「小林委員会」)がスタートした。しかしながら,. 学的に導き出された数倍そのものが「政治性」を. 会議の冒頭から,合流点対策が江別市に大きな負. 帯びてしまうということである22。科学は意思決. 担を与えるということが問題となった21。そして,. 定のための材料を提供することはできるが,科学. 21これは,千歳川放水路建設の論理との共通点を指摘されることになり,いわば千歳川放水路(新遠浅川案)に対する暗黙. の批判となったと思われる。 22 もっとも,当事者たちは科学の中立性についてのこだわりがあるようである。たとえば小野は,公開討論会などの場での 発言の冒頭に,たびたび「放水路に反対するということが目的ではなく,中立の立場で放水路計画というものを,環境科学・. 自然科学の立場から判断している」ということわりを入れている。. 81.

(13) 角. 一 曲. 自身が意思決定の最適解を導くことは根本的に不. 対運動セクターへの説得を試みている。このよう. 可能である。対抗科学は本質的に反権力的・反権. な背景が,反対運動セクターの一翼を担う科学者. 威的であり,政治体が特定の集団に利する決定を. 集団の主張が公衆の支持を受けやすい素地となっ. 行い,それ以外の主体を排除するのに対抗するも. ていたと考えられる。言い換えれば,対抗科学に. のである。巨大な権力を所有している政治体に対. よるパブリックアテンションの獲得は,既存の対. する勢力の形成という点では,民主主義のありよ. 抗勢力のあり様に依拠しているといえるのであ. うとも深く関わっていると考えることができるの. る。つまり,反対運動セクターの勢力の強さによっ. である。. て対抗科学のパブリックアテンション獲得の可能. このようにまとめてしまうと,対抗科学が関与. 性が一定程度左右されている,いわば相互依存的. するポリティクスは,あたかも単純なゼロサム. 関係なのである。さらにいえば,反対運動セクター. ゲームとして捉えられてしまうかもしれない。し. と科学者集団は,相互に動員し,される関係にあ. かしながら,少なくとも本事例からは,むしろ対. るといえる。. 抗的相補性のような関係性がみえるように思われ. 上記のとおり,対抗科学がインパクトを持つた. る。日本は官僚国家だといわれることがあるが,. めには,その背景に一定の勢力が必要となるが,. それは,一面では官僚によって立案された事業が. それは同時に,反対運動セクター内での対抗科学. 変更困難なものであるという一般の理解に基づい. およびそれを担う専門家集団の位置づけが重要で. ている。千歳川流域治水対策は当初,北海道開発. あるということを示している。本事例を振り返る. 局が立案した千歳川放水路計画が唯一無二のもの. と,日本科学者会議北海道支部は,第一段階には. であり,それ以外の方法によるということはかな. パブリックアテンションの獲得に成功したにも関. り困難であると,多くの関係者は考えていただろ. わらず,特定政党との関係という「しがらみ」に. う。しかし,長い時間がかかってしまったものの,. よって反対運動セクターの中核から離れてしまう. 最終案の中には反対運動セクターの主張が少なか. ことによって公衆の支持を得る位置を失ってし. らず盛り込まれている。また,逆に,反対派の主. まったのである。. 張の一部は,北海道開発局による反批判によって. 他方,第二段階では,反対運動セクターの内部. 変更を余儀なくされたし,山田委員会では有力な. で,ナショナルレベルの自然保護団体に関わる科. 代替案として取り上げられた背割党案も小林委員. 学者集団が次第に中心的な位置を占めるようにな. 会でその困難が認識された。. り,千歳川放水路計画の白紙撤回に至るまで反対. このようなことを考慮するならば,対抗科学は. 運動セクターとの共闘関係を「後ろ盾」としなが. ゼロサム関係の中に位置づけられているというよ. ら発言することができた。これも対抗科学の「政. りも,むしろ紛争を昇華させ,カオスの中から創. 治性」を明らかにするものである。すなわち,巨. 発性を発露させるという意義をも有していると考. 大公共事業をはじめとする,政治過程における科. えられるのである。. 学論争では,主張の「正統性」は科学上の妥当性 を与件とするのみならず,一定の反対運動セク. 4.2 対抗科学の「機能要件」. 千歳川放水路問題では,流域外対策という特殊. ターの勢力と反対運動セクター内における対抗科 学の位置取りが重要になるのである。. 事情に加え,美々川・ウトナイ湖の自然環境保護 というフレームが公衆の支持を受けたために,反 対運動セクターの対抗勢力が無視できないものに. 4.3 事例依存的な諸要素 これまでの考察が相対的に一般化されたものと. なっていた。それゆえ,北海道開発局は,ことあ. するならば,ここからは,千歳川放水路計画とい. るごとに自然保護団体への説明会を開くなど,反. う事例の特殊性に立脚した点についての整理と位. 82.

(14) 巨大公共事業と対抗科学. 置づけることができる。. の形成も困難である。. 巨大公共事業にもさまざまな分野があるが,そ. 第三に,流域外対策という特殊性から,受益国. れらを貫く共通要素がある一方で,それぞれの分. と受苦圏がほぼ自治体単位で明確に分離されてい. 野ごとの特色があり,それが政治過程の趨勢に大. たことである(角,2003)。巨大公共事業では基. きく影響することは否定できない。千歳川放水路. 礎自治体の首長の意向が政治過程の趨勢に影響す. 計画は典型的な治水の事例であるが,その一方で,. るが,掘削予定地となった苫小牧市および早来町. 局地性の強いダムなどとは違い,石狩川を含む流. では,首長が計画推進を食い止めるための礎と. 域全体がステイクホルダーとなっている。また,. なっていたことは否定できない。このような首長. ダムの場合は発電などの利水の側而もあるが,千. の姿勢は,反対運動にとって,直接的に操作する. 歳川放水路計画の場合は「純粋な」治水である点. ことのできる資源ではないものの,自らの立場を. も特徴的である。このような背景は政治過程にい. 支える有効な政治的機会構造を形成するものであ. くつかの特徴を与えたと考えられる。. る。. 第一に,事業が河川行政の範疇にあったという ことを指摘しなければならない。一般に,河川は. 数ある土木分野の中で,道路と並ぶ力を持った存 在であるといわれている。北海道開発局に限れば,. おわりに 先に,千歳川放水路計画をめぐる政治過程では,. 局長を道路と河川でシェアし合っていることにそ. 事業者と反対運動セクターとの対抗的相補性的関. れが現われている。そのような官僚組織内での優. 係を見ることができると指摘した。そのような関. 位に基づく自負心が,悪く言ってしまえば「胡坐. 係が成立していたと仮定して,こうした関係が可. をかいた」ことが,千歳川放水路の建設推進の一. 能になったのは,反対運動セクターの対抗勢力の. 点を頑なに死守しようとする姿勢を生んだのでは. あり方が大きく影響している。そして,政治体と. ないかとさえ思える23。日本の公共事業では,地. 括抗することが可能な反対運動セクターが存在す. 価の高さが非常に大きな制約となり,事業者に. るためには,それを可能にする市民の水準が大き. とっては譲歩や工夫の余地が少ないことも確かで. く関係する。近年,民主主義の意義がいささか揺. ある。しかしながら,そうした制約を乗り越えて. らいでいるようにもみえるが,民主主義の「成熟」. 紛争を昇華させた例は数多く存在するのである。. した社会における紛争は,前近代から近代への移. 第二に,千歳川放水路そのものは,建設時を除. 行期に見られたような暴力的な革命とは異なり,. けば直接的な経済的メリットにはつながらず,む. 対抗するもの同士の互いの利益になるということ. しろデメリット(農地の消滅など)の方が見えや. を示唆しているのかもしれない。. すい構図であったことである。施設そのものが直 接的な経済的利益を生み出すものではない以上,. (付記)本稿は,2003年12月14日,京都精華大学. 計画推進に積極的に関わろうとする人の数は限定. で行われた第28回環境社会学会セミナー自由報告. されざるを得ないし,擬似受益圏(砂田,1980). における報告原稿に大幅な加筆修正を加えたもの. 231984年9月10日に行われた北海道開発局による苫小牧の自然保護団体に対する初の公式説明会の席上,開発局の担当官は 「放水路も時が経てば新たな自然を作る」と,居直りとも取れるような発言をしている。また,千歳川放水路計画の担当官 の一人は雑誌論文の最後に次のような文章を残している。「放水路は千歳川の洪水を流下させるものであるが,常時は貴重 な河川空間として住民の潤いの場となることが十分予想される」(吉田,1987:69)。これらは,個人の意見というよりはむ しろ北海道開発局の考え方であり,あるいは河川行政に携わる者にとっては当たり前の発想なのかもしれない。しかし,こ のような一連の発言が自然保護団体の反発を生み,ひいては一般市民の感情を逆なでしたであろうことを,担当者たちは知. るべきだろう。. 83.

(15) 角. である。また,本稿は,1999年反日本経済研究奨 励財団奨励金および2000−01年度文部省科学研究. 一 曲 *千歳川放水路に反対する市民の会編,1998,『フォーラ ム:土木工学者とともに考える こうすればできる!石 狩川・千歳川流域の新しい稔合治水対策 記録集』.. 費補助金(奨励研究伍))の成果の一部である。. *千歳川放水路に反対する市民の会編,2000,『フォーラ ム:21世紀の北海道の給合治水対「策を考える 記録集』. *千歳川放水路フォーラム実行委員会,1992,『千歳川放. 参考文献. 水路フォーラム 農業も自然も守れる代替案を!』. *千歳川流域治水対策検討委員会,1997−1999,「千歳川. *大熊孝,1997,「水害防備林の再興に関する一考察」『土 木史研究』17:135−143. *大畑裕嗣/成元哲/道場親信/樋口直人編,2004,『社 会運動の社会学』有斐閣選書. *小野有五,1992,「千歳川放水路は必要か」『北海道経済』 313:9−27.. *小野有五,1995,「千歳川放水路計画の問題点と今後の 課題」『北海道の自然』33:69−73. *角一典,2003,「千歳川放水路問題における受益国/受 苦圏構造」『現代社会学研究』16:85−101. *熊木大仁,1991,「千歳川放水路代替案への応募」『HC Hokkaido』77:5−7. *熊木大仁,1999,「千歳川放水路問題一知事私的諮問 機関・検討委員会設置の経緯−」『北海道の自然』37: 36−43.. *暮らしの手帳編集部,1982,「新幹線にグリーンベルト を」『暮らしの手帳』80:20−29. *国府谷盛明,1981,「81年水害の問題点と特徴」『北海 道経済』203:1−10. *国府谷盛明,1984,「千歳川放水路で水害が防げるか」, 『北海道経済』232:15−23. *神山桂一,1988,「千歳川放水路とその問題点」『日本 の科学者』23(11):10−14. *神山桂一,1989,「千歳川放水路はいらない」『エコノ ミスト』1989.6.27:28−33. *小桧丈晃,2003,『リスク論のルーマン』勤草書房. *砂田一郎,1980,「原発誘致問題への国際的インパクト. とその政治的解決の方式についての考察地域間題の新 しい展開」,馬場伸也//梶田孝道編『昭和52−54年度文. 部省科学研究費助成総合研究非国家的行為主体のトラ ンスナショナルな活動とその相互行為の分析による国 際社会学』津田塾大学国際関係研究所,pp.61−76. *平英美/中河伸俊変,2000,『構築主義の社会学 論叢 と議論のエスノグラフイー』世界思想社. *千歳川放水路に反対する市民の会,1992,『千歳川放水 路1992.11.12記録集』. *千歳川放水路に反対する市民の会,1993,『パネルディ. スカッ ショ ン徹底検証!千歳川放水路vol.2 1993.8.14記録集』. *千歳川放水路に反対する市民の会,1995,『パネルディ. スカッ ショ ン徹底検証!千歳川放水路vol.3 1994.11.26記録集』.. 84. 流域対策検討委員会議事録」. *千歳川流域治水対策検討委員会,1999,『千歳川流域の 治水対策に関する提言』. *千歳川流域治水対策全体計画検討委員会,1999−2002, 「千歳川流域対策検討委員会議事録」. *千歳川流域治水対策全体計画検討委員会,2002,『千歳 川流域の治水対策全体計画に対する提言』. *恒桧浩/柳屋慶吾/中津川誠,1997,「千歳川放水路計 画について」,『水文・水資源学会誌』10(4):375−385. *中河伸俊,1999,『社会問題の社会学 構築主義アプロー チの新展開』世界思想社. *日本科学者会議北海道支部,1988,「“千歳川放水路は. 必要か” 千歳川放水路についてのQuestionand Answer」.. *中西準子,1995,『環境リスク論 技術論からみた政策 提言』岩波書店. *日本科学者会議北海道支部「千歳川放水路計画に関す る研究会」,1993,『千歳川放水路はいらない!石狩川 水系の総合的治水対策への碇言』. *日本共産党北海道委員会,1981,「災害をふたたびくり. かえさないために 石狩川水系治水計画についての提 言」『北海道経済』206:14−19. *日本共産党北海道委員会,1992,『石狩川・千歳川流域. の治水問題を考えるシンポジウム 一道民合意の治水 対策を探求する一 報告集』. *日本自然保護協会千歳川問題専門委員会,1994,『千歳 川放水路計画の問題点第一次報告書』. *日本自然保護協会千歳川問題専門委員会,1996,『千歳. 川放水路計画の問題点第二次報告書』財団法人日本自 然保護協会報告書第81号.. *日本野鳥の会,1996a,『やっぱりいらない放水路! 北海道開発局「千歳川放水路計画に関する技術報告」 への反論 日本野鳥の会千歳川放水路対「策専門委員会 報告書第2集』. *原口弥生,2003,「リスク社会における『杉並病』問題」 『地域社会学会年季鮎15:205−223. *平川全機,2004,「合意形成における環境認識と『オル. タナティブ・ストーリー』 札幌市真駒内川の改修計 画から」『環境社会学研究』10:103−116. *星野重雄/西岡昭夫/中嶋勇,1971=1993,『石油コン ビナート阻止 沼津・三島・清水,二市一町住民のた.

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参照

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