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構成教育に関する一考察

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Academic year: 2021

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(1)Title. 構成教育に関する一考察. Author(s). 福田, 隆眞. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 32(2): 157-168. Issue Date. 1982-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4864. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 構成教育に関する一考察. 福. 田. 隆. 真. 1, は じめ に. 「構成」 という言葉から連想さ れる内容は, 芸術運動としての構成主義や 組み立てる 組み合 , , わせる, などの造形操作や, 造形教育 の一環としての構成教育等が挙げられる 本稿 では これら . , が相互に関連を持ちな がら変遷して来た構成教育についての考察を試みるものである . 「構成教育」という言葉は, 現在の造形教育の言葉のニュ アンスとしては, 一時代前の響きを持っ ている感がある. それは, 構成教育ということが, 昭和初期の川喜田煉七郎を中心とする運動を連 想させることに一因があり, また, 戦後の大学に設置された講座, あるいは カリキュ ラムの総称 , として構成が採り挙げられたことにも由来している. そういっ た意味から, 構成教育という言葉は , 必ずしも現代の造形教育界において,適確に内容を示しているか否かは疑問の余地を残 すけれども , そこに受けつがれて来た理念については, 考察の価値があるもの である. 特に, 専門教育における 性格や理念と, 普通教育における内容, 位置づけは, 現在も混迷の時代にあるといえる . 「構成」という言葉が造形の分野で使われたのは, 1 l t t ungを構成と訳し 930年に水谷武彦が Ge s a ) この訳語については 「造形」あるいは「形成」という解釈もあり2 ) たことに始まると考えられる1 , , , 訳語自体の適確性の判断は, 困難である. むしろ, 以後半世紀に渡り活動されて来た内容に 独自 , の解釈に様々なア プローチが試行錯誤され, 同時に, 構成教育についても, 欧米の教育活動の導入 によって変遷をたどっ て来ている. 例えば, 普通教育においては, アメリカのアーサー・ ダウの造 形要素の系統化による鑑賞教育の影響もあり, 専門教育においては, バウハウス- ヴフテマス等の 基礎造形教育の導入がある. なかでも, バウハウスの予備課程で行なわれた教育については その , 後の造形教育に多大な影響を及ぼし, わが国における構成教育においても, 中心的な役割を果して 来た. したがっ て, 構成教育の出発点は, バウハウスの予備課程と考えら れるし 川喜田煉七郎 , ,. 武井勝雄の構成教育運動, 同時代の桐光会の構成教育等が, 普通教育の図画, 手工教育に導入した 教育方法を構成教育 の始まりと解することができる.その後の軍事体制下での教科組織としての「構 作科」 の提案も, 広い意味での構成教育と見なされる であろう. 戦後の構成教育に ついては 専門 , 教育(主として大学)と普通教育 での内容の相違と, デザインの領域とのかかわり合いが問題となっ て 来て い る.. 157.

(3) . 福. 田. 隆. 真. 2. 川書田煉七郎と構成教育 構成教育という言葉に関連してまず連想されるのが, 川喜田煉七郎と武井勝雄の「構成教育大系」 934年 (昭和9年) のことで である. この書が, 一種の教科書のように取り扱われて始めたのが, 1 ある, 確かに, 現在, 構成教育に携わっている人間の側から見れば, わが国の構成教育の原点とも いえるエポック・メイキン グな書物である. しかし一方, 山形寛の 「日本美術教育史」 には, ほと んど触れられていない分野でもある. このような美術教育 史の基本的書物において触れられていな いというのは, 意識的にしろ, 無意識にしろ, 現在もなおかつ, 構成教育の全体像がとらえにくい 存在 であることに原因があるのかも知れない. この昭和初期の構成教育がバウハウスの予備課程の内容の直訳であるというのは過言であるかも 知れないが, 当時帰国した水谷武彦から, バ ウハウスの教育システムの影響を受けたことは間違い ないであろう. 実際, 川喜田は19 32年 (昭和7年)に, バウハウスに基づいた新建築工芸学院を銀 基礎訓練を行 座に設立し, そこで造形の っ ている. また, その周辺の科目として, 建築科, 工芸美 術科, 洋裁科, 織物科, 絵画科, 演劇科等を置いた. バウハウスにおける予備課程が造形芸術の専 ) 構成教育は 芸術家養成のための 基礎 門家のために基礎能力を養成する ために設置されたように3 , , として行なわれた, しかし, こう した構成教育の活動は, 当時の図画工作教育の教師にも影響を与 え, 実際に, 実技講習会に参加 した教師により, 構成教育が, 小中学校の現場でも実践された. む しろ,専門家養成という面よりは,小中学校の図画工作教育にもたらした影響の方が大きく, 戦後, 造形教育センターの結成にもみられるように, 造形能力の育成ということで, 普通教育への功罪の 方に意義があったといえる. 川喜田は, 構成教育の理念として, 次のように述べ ている. 「構成教育とは丸や, 四角や, 三角を ならべる事ではない. 所謂構成派模様を描くことでもない. 我々の日常の生活の極くありふれた, 極く卑近な事を充分とり出して見て, それを新しい目で見なほして, それを鑑賞したり, 作ったり する上のコ、 ソを掴みとるところの教育, それが構成教育 である. 構成教育をとても抽象的な, わか 4 )しかし この概念 りにくい学問の様に 心得てゐる人があるが, それは極めて具体的な実際である.」 , l l 砕きのような説明においても充分に納得できるものではない. つまり, この書を書くに当って, i 喜田は, 構成教育を, 小中学校の図工教育の一環として, 感覚教育を前提にしている節がうかがえ るのである. しかもその方法は, 機械的, 合理的な形式をとっている. その事例は, この書物のひ とつひとつに見られるが, 例えば, シュ パヌンクがそう であろう, シュ パヌン クをあえて日本語訳 にしないで用いているが, 強いて説明を加えるならば, 視覚上の関係 であろう. この関係 づけを, 客観的な正 当性を持たせるべく, 感覚訓練を行うのである. また, 単化練習, 平面のコンポジショ ンにしても, 分析的な方法を主軸においている. 同じく絵画練習にしても, 複雑なものから解り易 い方向に, 分解的指導を説いている, このような分析的方法によ って解説し, また, 要素をとらえ 直して総合する方法は, 一 見, 明瞭な解決策 である. 同時に, 子供の生活から, 造形の要素をとり あげていく方法がなされた. 例えば, 色彩練習においては,「ともかく構成教育に於ける色彩の学習 は, 従来の概念的な, 抽象的な, 絶対空間に於ける色彩関係をその億頭か ら暗記させるのとは全く 違ふ. それは生活のためのあらゆる場面から目にう つる色を採集させ, それを整理することによっ て, 自然に, 調和とか色の重要性とかを悟らせる方法で, その方法は弦に述べ る所の練習法を置い 5 )と述べ 図案教育における科学的指導法と生活への関連性を重視し て他にないことを断言する.」 , 158.

(4) . 構成教育に関する一考察 て い る.. このように, ひとつひとつの項目をとりあげてみても川喜田の言う構成教育は, 造形の要素を分 析して, シュ パヌ ンクに代表されるような感覚教育を行うことを目標としている. しかもなおかつ, 生活に根 ざしていて, 決して, バウハウスの予備課程のような芸術家の育成を前提としたものでは なく, いわゆる普通教育における人間形成の一助としている点に, 構成教育の理念と内容に, 解釈 の差が出てくるのではないかと思われる. 結局, この書では, 構成教育を次のように定義している. 「換言すれば, 構成教育は結局, 教育的方法と, 生活技術の訓練といふ二つの方法を持って, 我々 6 )この定義においては 教育 人間の生活に,最も積極的に働きかけるものであるといへるのである,」 , 的方法と生活技術の訓練の2つの面が強調されている. 第一の教育的方法というのは, これ以上に 厳密な説明はなされていないが,.従来の美術教育に対する改革と, 図画工作教育における新しい方 法の導入というように解される. 従来の美術家養成のためのアカ デミーに対する批判は, バウハウ スでの予備課程の設立にあたっ て, 材料, 技術, 経済などの社会的関連と, 形態, 色彩などの基本 )ことにも由来していると考えられる 更に それらの方法を 小 的な表現方法を客観的に指示した7 , . , 中学校に降ろすことによって, 図画工作教育 への刷新と, 美術をより身近かなものにするための生 活環境からの感覚訓練の出発ということが出て来る. しかしこの考え方は, ややもすると, 軍国主 義の政治権力に つながる批判の対象となる可能性を含んでいる. 事実, 小中学校への構成教育 の導 入の功罪について, 滝本正男は次のように危倶している.「描画中心の従来の美術教育の中に, 綜合 教育の理念と, 近代美術の生んだ多彩な方法を導入したことは, 構成教育の功績といっ てよいかも ′) 美術教育が, ーばん大切な精神の問題を, 素材や しれない, しかし, その後の (殊にこんにち. 表現技術の問題にすりかえた罪の多くは, 構成教育が負わねばならないのかもしれない. なぜなら 「構成教育」 を提唱した人々は, バウハウスの教育や, 近代美術の背後にあるきびしい批判精神と は別に, その理念と技術だけを学び, しかもそれを, 児童の心理や精神の問題と対決させることな 8 )更に滝本は 戦前の構成教育 く,安易に美術教育に移殖しようとした誤りをおかしたからである.」 , が軍事体制に利用されたことまで言及している. 純粋な造形感覚の教育は, 特定の造形ジャンルに 与するものではなく, ニュートラルな立場であるがゆえに, 誤解を招く点が多い. 以上のような点から, 一 =喜田煉七郎, 武井勝雄の構成教育では, 造形の要素の学習ということが 中心となっ ていると考えられる. 造形の要素を分析することによっ て, 造形感覚の養成を計り, な おかつ, 造形に対して, 知的理解の方法を推進している点は, 画期的である. しかし, 造形の分野 だけに留まらず, 生活全般に拡大している点は, いわば, 生活理念とも いえるが, 戦時下における 誤解を生むことにつながる. しかもバウハウスが結果的にチナズムに追われたという経緯もあり, 生活全般への拡大解釈は失敗であっ たと考えられる. 教材の取り扱いとして, 生活用品を採り挙げ ることは, 造形教育の分野では重要なことであり, デザイン活動の基本と考えられるが, 普通教育 にデザインの社会性を採り入れることは, 当時としては, 問題が多かっ たと考えられる. また, 内 }という批判もあるが 感覚教育に対する評 容において, 知的理解が先行して, 真の感性が育たない9 , 価が暖昧であったことの方が, その後の影響が多かっ たと考えられる.. 3, 桐光会における構成教育 川喜田煉七郎が銀座に新建築工芸学院を設立したのと前後して, 19 32年 (昭和 7年) に, 桐光会 という研究団体によっ て, 構成教育の研究が進められていた. 1932年の七月号の 「構成教育」 によ 159.

(5) . 福. 田. 隆. 真. o ) れば, 石川泰男は, 昭和5年に水谷武彦が帰朝して行っ た バウハウスの教育内容を紹介しているl . 当時バウハウスは, 実際的で機能主義的な芸術思潮として, わが国へ導入されたの である. それ以 前の村山知義による 「構成派研究」 においても, 19 20年代の芸術思潮の紹介があり, 当然のことな がら, バウハウスのわが国への影響は, 単に芸術思潮の面だけ でなく, 芸 術家養成のための専 門 教育において, 手工, あるいは, 工作に素材と構造の理解という新たな教育方法をもたらしたとも 言える. この研究会では, 主として, 構成の概念の規定と教育への導入ということを試みている. 当時, 御影師範学校の矢島雅夫は, 構成の概念を次のように規定している. 「0構成は一つの表現であり模倣であっ てはならない. 0構成は何時も進歩的, 発見的であっ て反復することはない. 0構成は多くの必然性を持っ た誕生 であり生長であって偶然的発生 ではない. 1 ) 0構成は人間にのみ与えられた精神的産物である.」1 この定義からみると, いささか, スロ ーガンを強く前面に押し出した精神主義ともいえるが, 当 時の構成という言葉に対しての暖昧さを拭いさる意味でもあえて強く規定したのではないかなと推 測される. しかし, 内容的には, 非常に実際的で, 実用目的のための構成と, 実用に目的を置かない構成に 分け, 前者は, 機械, 建築, 工芸等を挙げている. そして, この関係を, 労働とスポーツの関係に 合わせて説明を加えている. こういっ た目的造形と無目的造形の関係には,「構成と専門デザイ ンと 1 2 } の関係は, 数学, 物理学のような諸科学と, 建築, 造船などのような工学技術との関係に似ている」 という説明と酷似している点は, 構成を造形全体における共通項のようなとらえ方をしている. 更 に矢島は, 目的に実用をおかない構成として, 心理的構成と物理的構成に分類し, 前者は, 五感に 3 )これは 純粋な感覚教育 であるが 視覚のみならず 聴覚 触覚を よる構成として述べ ている, 1 , , , , も含めている点では, 構成の枠を可成広義にとらえようと試みたもの である, しかし, 実際には, カ ン ディ ンス キ ー の「点 ・ 線 ・ 面」な どの 紹 介 に お い て, シ ュ パ ヌ ン ク を用 い て 説 明 し て い る に と ど ま っ て い る.. 桐光会のメン バーは主に東京高等師範の同窓生からなり, 岡山秀吉, 阿部七五三吉を初めと ・して, 三苫正雄, 手塚又四郎, 松原郁二, 山形寛などがいた. 主として, 手工教育の研究がなされており, 図画工作科への理論的裏づけとして, 構成教育は吸収されて行っ た, 川喜田煉七郎の構成教育が, 普通教育の生活理念にまで押し進めようとしたのに対し, 桐光会の研究では, 手工教育への教材研 究にとどまっ ている. このことは, 専門教育, 普通教育の両者に片よることなく, よりニュ ートラ ルな立場をとっていたことの表われと解することができる.. 4, バウハウスの予備課程と構成教育 バウハウスの予備課程の教育と構成教育の関連性は, 専門教育においては, 比較的容易にその繋 がりを理解することができるけれでも, 問題は, 普通教育における構成教育の採り入れ方である. 構成教育の理念が, バウハウ スと同じであっ たのか否かは, 現在も残る問題である. 前述のように, わ が国に おける 構 成教育 の 源流は, バスハウスに在ることは, 誰もが否定しない事実であろう. ・キュ ラムの導入という点においては, 水谷武彦, 川喜田煉七郎, 桐光会の研 特に, 予備課程のカリ 究からみて明らか である, しかしながら, 普通教育においては, 必ずしも バウハウスとの結びつき 160.

(6) . 構成教育に関する一考察. は明確とは言い切 れない. まず, バウハウスの予備課程の設置の必要性であるが, J・イ ッテンによっ て提唱さ れたそれは , バウハ ウスが建築を目差す芸術の専門学校であっ たにもかかわらず, 戦争による学生の質的低下の ) つまり そこで 状況にあり, 技術的, 感覚的能力の向上を目的として, 設置されたもの であっ た4 . , は, 明確に, 造形の基礎の教育という理念が, 芸術家養成という立場で貫かれていたのである し . かし, ここでいう基礎は, いわゆる従来の芸術家養成 の基礎という意味よりも, バウハウス設立に あたり, その背後にミューズ思想が在っ たように, 全体的人間の育成 であっ たと考えられる この . ことについて, グロピウスは次のように述べている.「6ケ月間のこの訓練は, 知性と感情と想像力 とを展開させ成熟させることを目的とし, また, 生活のあらゆる事物を自らの生物学的核心から直 覚的な確実さをもってとらえ, さらに現今の 《技術時代》 の功撃と混沌とに耐え抜く 《全体的人間》 5 )つまり バウハウスの教育理念の中には 大前提として 全体 を育成することを意図していた.」1 , , , 的人間の育成をいうことが存在していたのである.それは,幅広い視野をもつ 芸術家の養成 でもあっ た. しかし, より現実的に予備課程の訓練内容からすると, それは今日, われわれが指するところ の専門教育における基礎造形と解釈される. もっ とも, このことは, バウハウス自体が, いわゆる 美術学校ではなく, むしろデザインの専門学校であっ たと規定する方が適切であるというところか ら来る問題 であろう. グロピウスは更に次のように述べている.「訓練全体の核心的構造は 学生が , 彼の将来の活動領域全体に 対して直接洞察できるように, デザインと技術のあらゆる本質的要素を はじめから内包するようになっ ていた. 従ってより進んだ訓練は, ただ広さと深さの方向で進めば よかった. それは基本的な 《予備教育》 とは, その範囲と徹底性の点で異なるにすぎず 本質的な , 1 6 )バウハウスの教育課程は 予備教育 工作教育 建築教 点では決して異なるもの ではなかっ た.」 , , , 育の三段階から成っていたが, わが国に導入されたのは, 主として, 予備教育の内容 である 水谷 , . 川喜田らの紹介, 武井の実践も, 実際は専門教育として の予備課程の段階をとり入れ それを普通 , 教育で行っ たのである. ここ で問題となるのは, 専門教育の基礎とされていた予備課程の内容と , 本来, 教育の目的が異なる普通教育 での美術, 図画, 手工, 工 作との内容をどのよ ,うに対崎させた かということである. このことについて, 武井勝雄は次のように述べている 「われわれの考えてい . る構成教育は, バウハウ スの直訳ではない. しかしバ ウハウ スの一ケ年の予備コースで実施された 感覚教育や材料教育は, 小中学校の教育に取入れるべき ものが少くない これは若い児童や生徒の . 活動本能や表現心理を基盤として, 材料をもてあそび, そこに本能を解放し, 創造活動を起させ, 潜在する感覚, 情緒を呼びさますことによって, 人間性の教育を施すことができる,それには思切っ て今ま での技術を棄て, 概念を離れなくてはならない. そこ にこそ真の意味での造形教育が始まる 1 7 )この考え方では 確かに 従来の描画中心の美術教育の中に 材料体験を通じての感 のである.」 , , , 覚の育成という方法をとり入れることによっ て刷新する動きがあったことは認められる それと同 . 時に手工芸の重視ということは, バウハウスにみられたように, 造形的創造の前提と考えられる , バウハウスにおいて, グロ ピウスが手工芸教育の必然性 に至っ たのは 機械芸術の源泉であ るし , , 8 } そういっ た意味 で 手工芸教育を創造性の開発という観点 で普通 歴史的必然 であっ たといえる1 . , 教育に導入することは, 当然の成り行き であった, 次に問題となるのは, 経験一元主義の教育方法を普通 教育に導入した場合の成果の 問題である . 9 } バウハウスの予備課程 川喜田は構成教育大系の中で,構成教育の目的を学習の経験においている1 . は, その方法論に創造性の開発という特徴はあっ たが, あくま でも芸術家養成の前提に立脚した基 礎教育 であり, そのための造形感覚, 能力 の開発, 育成が目的であっ たのに対し その内容を普通 , 教育に導入した場合, 経験学習, 材料体験, それ自体が教育 の目的になっていたの ではないか 無 . 161.

(7) . 福. 田. 隆. 真. 論, 大前提 であるところの人間 形成に対する目標は無視するまでもなく, 少なくとも, 造形品とし ての実体の伴わない造形教育 ではなかっ たであろうか. 「構成教育は, 云わぱ, 形や色のある物質, 2 0 )と川喜田が述べているように 造形の方 材料に触れて, これを色々に処理してゆく方 法である.」 , 法, プ ロ セ ス に 目 的 を 置 い て い る.. つまり, 普通教育における構成教育というものは, バウハウスの専門に対する予備課程という位 置にあるのではなく, 構成教育それ自体が独立していて, しかも, 造形の結果 (造形品) そのもの に教育の目的があるのでは なく, 教育方法にあると考えられる, 従って, 美術教育という従来の範 噂 で捉えることは出来ないし, 美術だけにと どまるべきものでは ないのである. 図画, 手工教育の 問題と関連して,川喜田は次のように述べている.「図画, 手工教育をそのまま改造することのみが, 構成教育の役目では ない. それを打っ て一丸とすると同時に, 更に我々の見, 聞き, 触れ味ふすべ ての世界にま でとけ込ませて, 或いは我々のそうした生活に於ける感覚を, 図画, 手工にまでも反 2 1 )つ 映させて, それを完全な生活そのものにしてしまふというところま で考へなければならない.」 まりは, 単に美術の枠にとどまるの ではなく, ものに対する考え方のひとつとして, 生活にまで携 わってくるとするものである. そして, 教科としての存在を, 合科教授とし, 造形的な学科のみで なく, 音楽, 舞踏, 体操, 作文等にも, 構成教育の内部的, 必然的な力によって合一するというふ うに説明 している. ここ でもう 一度, バ ウハウスの設立主旨を グロピウスの宣言書から見てみると,「建築家, 彫刻家, ′」 とあるように, 芸術家の養成に当り, 手工芸の 画家, 我我はみな手工芸に帰らなくてはならぬ. 必要性を説いている. それに至る過程は, 19世紀後半のウィ リアム・モリスの美術工芸運動の思潮 を受けて, 手工芸をあらゆる造形芸術の源泉と見なしていた点があげられる. また, 同時に, 芸術 と技術の両側面からの造形様式を決定する手段として, 手工芸を説いている. したがって, バウハ ウスでの手工芸の役割は, 近代における技術と芸術の立場に立った場合の, デザイナーを含めた芸 術家養成のためにあ ったと言える, バウハウスにおいて手工芸の訓練が多く 占められたのは, 予備 課程である. 予備課程が一般に, 造形の基礎とされ, 構成教育が担っている基礎造形の創始とされ るが, 基礎造形の特色のひとつとして, 貞包博幸は無様式性ということを指摘している. 特に, J・ イ ッテンが担当した初期の予備課程においては, 様式作品の制作に先だっ基礎訓練であっ て, グロ ピウスの言う手工芸による造形教育の目標 と合致して いた. 更に注目すべきことは, イ ッ テンが予備課程 で行っ た造形要素の分析, 学習, 加えて, 創造性開 2 } イ ッ テン自身がバウハウス招階以前に行っていた美術教育における創造性 発ということである2 . 開発と グロ ピウスの提唱する手工芸とが加わっ た形で, バウハウスの予備課程が出来上ったと考え られる. したがって, 昭和初期に導入された構成教育についての特徴は, 芸術様式を決定するため の基礎としての手工芸教育 であり, 普通教育においては手工教育を通しての感覚育成である. 加え て, イ ッテンの創始した 内容から来る無様式性と, 造形における創造性の教育 である. 特に, 創造 性の問題は, 戦後の普通教育において採り挙げられて来た.. 5. 戦後の普通教育における構成教育 戦後, 学習指導要領の発刊によ って, 小学校図画工作科, 中学校美術科, 高等学校美術科の中に, 系統的に 美術の領域が枠組みされた. ここにおいて, 構成教育は, 表面的な語藁表現はともかく, 実体としては教科の中に 組み込まれて行っ たのである. 162.

(8) . 構成教育に関する一考察. 昭和22年 ( 19 47年) に 「学校教育法施行規則」 の公布によっ て, 従来の図画科と工作科が統合さ れ 「図画工作科」 となり必修の教科となっ た. これは, アメリカのアート・アン ド・ハンディ クラ フトの教科内容を日本風に置き替えたものであり, 「学習指導要領図画工作編」 (試案) も民間情報 教育部の指導のもとに, ヴァージニア州のコース・オブ・スタディ ーを翻訳したものであっ た し . たがっ て, ここでは, アメリカの プラ グマティ ズムの影響が濃く, 内容的にも, 生活に役立 つ教科 ととらえられている. もちろん, ここには構成として領域はないし, デザインという言葉も用 いら れていないが, ハンディ クラフトの中にデザイ ンの要素は多分に含まれているし, また, デザイ ン 教育の提唱と実践としてのアーサー・ダウの影響 がもあり, 生活と結びついたデザイ ン教育の要素 が盛り込まれていたと思われる.デザイン教育の問題は後述するとして,昭和22年の試案について, 3 ) 「新しい造形品を創作し構成す 構成教育の内容としては, 次のようなものが挙げられるであろう2 . る能力」 (目標一の三) 「環境の諸要素を最も有効に用いる能力」 (目標二の三)「科学的, 研究的, 実践的態度」 (目標二の五) . これらの目標は戦前の構成教育運動の主旨と表現こそ違う が内容的に 同一と見なされる. 更に細かく見てみると, 材料体験の多さが特徴となっ ている. 木竹, 手芸, セ メントなどは実際的な観点から選ばれたものであるし, 造形要素として, 色彩, 形体, という項目 を設けてあるのも, 造形を要素からとらえる考え方に基づいている. ともかく, 戦後間もなくの, この指導要領 では, 内容を充実させる時間的余裕も少なく, 「図画エイ錠料」の必要性を生活面から説 くという形がとられ, 構成教育は, 姿を変えて再現した. 次いで昭和26年の小学校学習指導要領図画工作編 (試案) を見てみると, 造形芸術に 対するいわ ゆる芸術心の養成というよりも, 実用面の重視が特徴となっ ている. 更に構成という問題について は, より操作的な扱い方をしている, いわゆる造形操作として 「構成する」 という考え方 で, 戦前 の構成教育が造形を手だてにしていた教育方法であっ たとすれば, ここでは, もっ と, 意味の狭い, 造形を対象とした, 操作ということに帰結している. その一例として,「造形品を構成している材料 の良否, 構成方法の適否を判断する力を発達させること.」(目標( 1 )のb)「造形品を配置配合する能 4 ) しかしながら 造形に対して 要素的な見方をする 形や ) 力を発達させる.」(目標( 2 )等である2 , . , , 色における目標はより細かくなっ て来ている. また, 色彩, 図案, 工作の割合が全体の半分以上を 占めていることで, これらの項目の中に, 造形操作としての構成が組込まれていたと考えられる . 同様に, 昭和26年の中学校図画工作編では, 理解活動として, 構成要素, 素材の理解, 用具, 構成 5 )といっ たふうに はっきりと 構成要素と構成方法という2つに分けて 操作 形成, 構成する方法2 , , , と して 扱 っ て い る,. 続いて, 昭和33年 ( 195 8年) の小学校学習指導要領図画工作編 では, 初めて 「デザインをする」 という語句が現われている, 全体的な目標としては, 「造形感覚を発達させ る」「造形能力を生活に 生かす態度を養う」等, 構成教育の理念は, そのまま残 ってはいるが, 造形操作の活動については, 3学年以上に 「デザインする」 という表現に変わっ ている. 細かな目標としてみれば, 前回のもの と相違は少なく, 構成要素と構成の操作という学習が主であるが, 用途をもたないデザイ ンという ことで, 自由構成, 色や形の基礎練習を内容に入れている. つまり, この時点で, 構成という概念 は, 用途をもたないデザインという意味をもっ て来たのである. このことは, わが国全体に経済成 長のもと でデザインが ブームになっ たことにも影響しているが,構成という莫然としていた概念を, デザインということで, より解りやすく説明することに努めたのであろうが, そのことによっ て, デザインも構成も, 誤解をまねく結果となっ たと考えられる, そのひとつは, デザインが本来, 社 会性をもっ た活動 であるのに対し,より狭い意味でグラフィ ックデザイ ンとしてとらえられたこと, 構成がいわゆる組み合わせるという造形操作として受けとられたことである. そして, 両者とも, 163.

(9) . 福. 田. 隆. 真. 多分に造形要素の基礎練習という内容に終始している 点である. 同 じ年の中学校学習指導要領の内 容の説明においては, 色や形などの基礎練習ということ で, 構成が組み込まれ, 美術的デザインと 6 } ここ でいう構成は 造形の方法としての意味であり いう内容でデザインがとりあ げられている2 , , . 造形要素の操作技法としての構成という意味である. また, 同時にデザイ ンという場合には, 用途 に対する目的が明確なものだけを, 構成から切り離して, デザイ ンと呼ぶに過 ぎないと考えられる. そして, 構成の教育的 受割としては, 造形要素の基礎練習によって, 造形感覚の発達をうながすと いうことにある. このことは, 次の改定によ って, より明確化されて来る. そこで, 昭和44年版の小学校学習指導要領を見ると, 図画工作の目標のひとつに, 「色や形の構 2 7 }という項目があり 同 成を考えて表現し鑑賞することにより, 造形的な美の感覚の発達を図る.」 , じく目標の中に, 「デザインする」という言葉 で表現されている. また, 色や形などの造形の基礎を 主とした学習の項目には, 5年生になって, 構成というはっきりした言葉が出てくるが, 感覚の発 達を主目的とした構成という内容は, 基礎造形という分野に占められている. 次に, 中学校学習指 導要領をみると, 基礎造形の分野は, デザイ ンの項目に組み込まれている. デザインの学習を通し て, 構成に必要な発想力や美的感覚を高めるように 指導している. このことで, デザインは, やや もすれば, 基礎造形練習と同一視され, 構成はデザインと同様に基礎造形であるという考え方が確 立して来るのである. 次に, 昭和52年( 1 977年)の改定で, 小学校図画工作では, 大きく, 表現と鑑賞という分け方に なっ たため、 それま で, 基礎造形としてとらえられていた構成というのは, 具体的には提示されて いない. 強いて言うならば, 表現としてのデザインの分野に入る であろう. デザインの製作過程に おける基礎造形練習と見るべき であろう. このことは, 中学校美術科においては, 更に明確になりゞ 各学年の目標として, 「色や形などによる構成」という表現がされているが, ここでも伝達のための デザイ ンと工芸の製作のための製作過程のひとつとしてとらえられている. . 色や形による基礎練習 デ こう して,、指導要領を通して見ると, 構成という言葉が示す内容は, , ザインの製作過程のひとつとして捉えられて来た. また, 川喜田が構成は教育方法であるとした点 は, 基礎練習による造形感覚の育成という内容として姿を変えて来た.. 戦前の構成教育運動, 桐光会の構成教育等が普通教育で実践した内容は, 戦後, デザインの出現 によっ て, 構成がより狭義の意味と化し, 造形全般から離れ, デザインのための基礎練習というこ と に な っ た の であ る.. 6. 専門教育における構成教育 昭和初期から戦争直前まで, 民間運動としての構成教育が, 戦後, 専門教育として, 大学の講座 として, あるいはカリキュラムの一部として設置された. 東京教育大学の構成, 千葉大学の造形意 匠等は, 講座として構成教育がそれぞれの形で始め られ, また, 教員養成系の大学において も構成 の授業が単独に, あるいは, デザインとの複合という 形で設けられた. モデルとなっ たものは, 矢張り, バウハウスの予備課程 であるが, 全般的傾向としては, デザイ ンへの志向性の高い内容が多いことに特徴があるといえる. それは, 戦後, デザインの社会的ニー ズの増大にも影響されているし, 造形に対する要素的な思考から, 構成教育とデザイン教育の重複 が多いことにもその原因がある. 造形要素の習得が基礎造形の教育につ ながるということで, 高橋 正人は次のように基礎教育について述べている.「この 基礎教育は, 芸術上の一つのスタイルや, 表 164.

(10) . 構成教育に関する一考察. 現方法や, また技術の習得 ではなく, 人間の造形活動の根 本に深く根 ざし 全人としての創造的発 , 展を目的とするもの であるから, デザイナーや,建築家だけ でなく あらゆ る種類の造形芸 術家 -- , 画家・彫刻家・写真 家・舞台美術家等に, 現代的な能力を与えることに役立つもの であり また , , このような意味からこれは, 専門家でない一般人の造形感覚や 能力 の発達に非常な力と なるも の , 2 8 )この考え方は基礎造形教育が造形芸術家全般の基礎 であるとともに 一般 である.」 の人々 の造形 , 感覚, 造形能力 の育成にも寄与するという考え方 である もっ と極端な言い方をすれば 普通教育 . , にも通ずる教育原理 である. 更に 「構成教育は 学生の潜在的能力に最も大きな価値をおくもの で , あるから, 学習は完成された技術の習得よりも 未知数的な将来の発展に 最も役立つような感覚 , , 2 9 )こうした教育方法は J・イ テンの創始した創造性を開発 や知識に重きを置く,」 ッ する無様式性 , の造形活動にも類似しているし, 同時に造形要素の習得ということ で 普通教育 のデザイ ンの学習 , に適用される機会が増大した. 造形の要素のとらえ方は様々な軸が考えられるが 高橋正人は 視 , , 覚的な面と機能 的な両面から, 色彩, 形 (平面) コンポジション (平面) テクスチュア- (マテ , , リアルの触覚的物質) ・ , 構造 (マテリアルの構造的可能性) , ヴォ リウム, ス ペース (立体) , 光 (光 の構成・写真) , 運動等を挙げている. 更にこれらの分類から細かく分けると, 造形の感覚的操作で あ る と こ ろ の, リ ズ ム, ハ ー モ ニ ー シ ン メ ト リ ー 等 が 挙 げ ら れ る が こ れ ら は 特 に デ ザ イ ン の , , ,. 学習と結び合わせて, 大学教育よりもむしろ普通教育の次元で流布した こう してみると すでに . 、 , バウハウスでの芸術作品の創造手段r としての手工芸か ら離れ, 感覚育成をもとに 実験的な制 作と , 研究分野に押し拡げた感がある . したがって, 専門教育における構成教育は あらゆる造形に発展する可能性を育成するための基 , 礎造形教育という性格と, 従来のジャ ンルに適合しないような新しい芸術作品を制 作するため の方 法論を研究する性格 を兼ね備えているともいえ る この考え方は 更に拡大して 規則性や素 材の . , , 多様性から新しい美を創造す るという教育原理にま で及んでいる そして バウハウスの予備課程 . , が, 基礎の部分だけ であったのに 対して 構成としての専門性を強張している3 0 ) しかし ここで取 , , . り扱う専門性とは, 作品に対するそのものの価値に意味があるのではなく 製作過程における計画 , 性, 創造性, 感覚といっ た, いわば作品として完成される経過そのものに意味をおいている こう . した意味 での専門性は, デザインの制 作課程と類似点が多く いわゆる基礎造形という基礎 ではな , く, 専門性の含まれた 基礎デザイ ンの考え方も今日 では出現している 同時に 教員養成系の大学 , , においては, デザイナー養成ということではなく デザインを通しての感覚養成という内容 で構成 , 教育がとり入れられている.. 7, デザイン教育と構成教育 前述のように, 専門教育にお いても, 普通教育においても 構成教育はデザイ ン教育との重複部 , 分が増大して来た. 昭和初期の構成教育運動は 造形の分野だけ でなく 他教科への拡 がりを見せ , , はじめていたが, 直面する戦 事体制のために その姿は バウハウスの理念からは歪められ 変質 , , , をきたした面も 見られる. そのことに ついての批判は 前述のよう に滝本正男の厳しい判断がある , が, そもそも、 川喜田の構成教育運動の中には デザイン教育 と呼ばれる要素を含んでいた 生活 , . や社会とのかかわり合いにおいて造形的に処理することなどは 典型的な例 である こう した考え , , 方は, 戦後, デザインという言葉 でより明確化したといえる 専門教育に おいても大学 講座の増 . , 大によって, 職業教育としての一応の成果を示したといえる . 165.

(11) . 福. 田. 隆 真. しかし, ここでも普通教育においての問題を残 している. まず, 昭和36年の指導要領の 改定にお いて, デザイ ンという 項目が, 絵画, 彫塑と同 じ位置におかれたことについて, デザインの本来の 規定が不確定な状態で発足 したという, いわば見切り発車的な足跡である, それは, 一般社会での 0年代前半ま で続いていたにもかかわらず, 0年代, 4 デザイ ン ブー ムが高度成長に合わせて, 昭和3 普通教育にお けるデザイ ン教育の内容には, 教材組織, 系統性などが未整理のまま放置されたこと によるもの である. そしてもうひとつは, これと 関連した教員養成の問題である. 一般社会でのデ ザイ ン ブームに対して, 教員養成系の大学におけるカ リキュラム, 人材の不備という 点があげられ る, デザイ ンの内容に対 応するカリキ ュラムは, そのほとん どが, 基礎造形の範鴫を脱しているも のでは ないし, それ故に 基礎造形, 基礎デザイ ン, デザイン教育といっ た範祷の明確さを欠き, ひ いては, パターン, 幾何学的文様 をデザインと規 定してしまうなどという 誤解を 生ずることにもつ ながっ て行っ たのである. 教員養成の専 門教育においては, デザイ ン教育という のは,「デザインを 通しての教育」 という 意味であって, デザイ ンそのものの職 業教育 ではない. にもかかわらず職業 教育のための 授業内容をそのままの形で導入するということは, 結果的には普通教育への デザイン 教育の職業教育化, ミニ ュチュア化という 悪循環をもた らすものである. その一例として, 前述の パターン, 幾何学形態に対する誤解がある. 構成教育が抽象的形態を用いるという傾向にあっ たこ とと, デザイ ン教育, あるいは 基礎造形との結びつきに, 幾何学的形 態の存在ということが考 えら れるであろう. デザイン教育がスタンダー ド化というこ とを目指すことによ って, 幾何学的形態は より頻繁に使用されて来ているの である. デザイン教育の発達に伴って, 普通教育において, 現実に構成教育に とって替わったのが, 基礎 造形, あるいは 基礎デザインである. 基礎造形と基礎デザインの相 違は領域の点だけで, 目的の点 では同一視される, これらの目標を松原郁 二は次の二つに規定している.「総合的な創造活動 を要素 体的な用途など 的に分析し, その 一つ一つの 能力を向上させる」 , 「創造のための 主観的な動機や具 はもた ないが, 要素的な内容の目的, 条件を与えて, その問題解 決のために発想し, 展開し, 形成 1 3 ) する創造性のエッセンシャ ルなトレーニン グをするものである.」 すなわち, 造形の要素的な内容 の把握から統合への創 造的な能力の育 成という点では, 構成教育の 主張と同じと考えられる. した がって, 構成教育は, 普通教育においては, 基礎造形という形で現われており, 現状では基礎造形 という独立 した形での学習では なく, デザイ ンの学習の中に組み込まれている. そして, 単に造形 の範囲にと どまらなかっ た構成教育の理念は, 普通教育において も, バウハウ スの予備 課程で位置 していたように, デザインという枠の中で基礎能力の育成ということに変貌したのではないだろう か. そのために, 評価の問題 として, アイ デア, 技術, 感覚という方向に評価の基準が移行したと も考えられる. 専門教育のデザイン教育が明確化されない状況において, デザインの学習を普通教育に導 入し, しかも, そこにおいて, 従来からの構 成教育を内包させてしまっ たということで, 本来もっ ていた 構成教育の理念は普通教育と しての価値を失い,逆に,より専門的なデザイ ン教育に近 づいてしまっ た の で あ る.. 8. 構成教育の問題点 構成教育の 担う役割は, 様々 な変遷をたどり, 姿を変えて来た. 構成の言葉 が意味する内容も, 造形操作であっ たり, 要素の分析であったり, 生活技術の訓練である場合もある. また, 構成教育 166.

(12) . 構成教育に関する一考察. .の領域も デザインの基礎のような狭義から 生活全般 に対する造形処理のように幅の広いところ , , ま で拡大している. それらの様々 な解釈の中 で 共通項となっ ているものは 造形要素を媒体とし , , て, 造形能力と造 形感覚を育成するという内容である そして それが現状 であるともいえる し . , . かし, その現状に 対しても, いく つかの問題点が指摘されなけ ればならない , 専門教育においても普通教育においえても, 現在の状況としては主として幾何学的形態 を取り扱 うことが構成教育 の代名詞のようになっているが 本来の構成教育の主旨からすると 表現形式に , , 対する限定はしていな いし, むしろ, 無様式性ということに特質がある また 表現結果としての . , 形体そのものよりも, 表現形式の決定 表現結果に至る過 程に理念が置か れていたといえる とこ , , ろが幾何学的な形体が主流を占めるということから デザイン 工 作教育の中に構成教育 の概念が , , かなり明確な形 で入っ ていると いうのが現状である すなわち 幾何学的な形体というものは 直 . , , 接的に絵画や彫刻, あるいは, 書といっ たものの基礎形態とはなりにくく 一方 それらはデザイ , , ンの分野では容易 であるという ことに原因がある したがっ て 現状の構成教育 では デザインの . , , 優位性が前面に押し出さ れてしまうという 問題が生じている . そのような問題 があるにしても, デザインの領域に おける基礎教育という考え方で 一応の成果 , をあげていると考えられる. 特にそれは, 専門教育に おける特質である 普通教育においては 構 . , 成教育は造形全般 の基礎能力を養うということが意識と しては存在するが 現実には いわゆる美 , , 術科教育 の 一部を担うものであっ て, 絵画 彫塑 工芸 デザイ ンと同じ役割 である このことは , , , . , 昭和 5 2年の文部省の指導要領において,領域を拡大し 表現という ことにまとめられたこと により , , 改めつつあるとも考え られる. こういっ た現状の意味からして 基礎造形 あるいは造形基礎とい , , う形で, 基礎という名称を伴う語藁に改め つつあるとも考えられる こういっ た現状の経緯から考 . えると, 構成という名 称も, 現在のもつ意味からして 基礎造形 あるいは造形基礎という形 で , , , 基礎という名称を伴う語桑に 改めた方が 一般的な理解がされ易 いのではないかと考えら れる , , 構成教育の普及あるいは一般化を妨げる原因のひとつに その評価 の困難さがある 即ち 評価 , . , の指標, 判 断基準の位置づけ である. 表現形式が定っている領域とは 異なり 表現結果のそのも の , が, 造形作品になる場合も少ないの である このことは特に普通教育 では問題となり易 い 表現結 , . 果のみを判 断の対象とするなら ば, それは製作過程に おける推移に しか求められないであろう 同 . 様に, 美術科のも つ, 情操教育 の目標も, 知的理解の先行により非難の対象となる したがって . , 構成教育に おいて, その効果の判断の指標としては 表現形式を決定するアイ デアと表現技術の巧 , 拙の2つ であると考えられる. さらに, 構成教育においては, 造形を要素の総体として捉える考えに基づいて 要素を理解し , , それを組み立てて行く 「造形」 力を養い 感覚を磨く ことを目的としているが その造形は要素 の , , 総体であるという 考え方の弊害として, 要素を集合することで 総体の造形 が出来るという錯覚に , 陥り易く, 従っ て, 造形というものを安直に考えてしまう傾向にある エーレンツヴァイ クは そ . , のことをデザインという意 味合いで次のように述べている 「どのように複雑な構図でも単純な要素 . から組み立てられるということを学生に知らせ るのは 確かに有効 であり 明快なデザイ ンに向か , , わせること である. しかし同時に, 基礎的な要素 を知ることによ っ て仕事の過程を完全に意識的に 支配できるという 自己欺嚇におちいりやすい 幾何学的な単位へ熱中し過 ぎると その単位がさら . , に複雑な全体的構造に溶けこむときに生じる質的な変容に対して デザイナーを盲目にさせる 」 3 2 ) , . 彼の指摘は殊デザインに限らず, 構成教育というものに対する一つの批判として受けなければなら ★ し、 .. 167.

(13) . 福 田 隆 真. )王. 97 5年, 風山社 1) 高橋正人, 構成, 序, 1 6 97 3年, ペリかん社 2) 勝見勝監修, 現代デザイン理論のエッセンス, P18 ,1 1 バ 美術出版社 6 1 9 7 2年 ~ ウハウス 5 5 ) 利光功 3 .5 . , , . , ,p 4) 川喜田煉七郎, 武井勝雄, 構成教育大系, p .1 , 昭和9年, 学校美術協会出版部 92 5) 4) に同じP ,1 3 6) 4)に同じP .1 4号. 6年, 大分県立芸術短期大学研究紀要1 7 7) 貞包博幸, 初期バウハウスにおける教育活動, p .5 , 19 01 8年, 勤草書房 8) 滝本正男, 国民教育における芸術教育 (美術) , 195 , 講座現代芸術 V62 7 9年, 日本文教出版 9) 倉田三郎, 中村享, 日本美術教育の変遷, p236 , 19 l 雑誌構成研究 9~p52 rk ehr e 1 ) 石川泰男, バウハウスの工作教育 We p4 0 , 昭和7年, 桐光会, , )に同じ 1 1 ) 矢島雅夫, 構成教育の出発点に就いて, 収録は10 12 ) 1)に同じ )に同じ 1 )1 1 3 ) 3)に同じP5 1 4 5 . 97 1年, 講談社 5 1 ) ルードヴィ ヒ, グローテ他, バウハウス, p1 5 ,1 )15 )に同じ 1 6 2年, 造型社. ) 武井勝雄, デザイン教育入門, p3 1 7 , 昭和4 ) 7)に円じPI 1 8 . 19 ) 4)に同じP13 20 ) 4)に同じ ) 4)に同じ 2 1 l ess ng er 22 ) Hans .1969 年. MIT Pr . M. Wi ,The Bauhaus 2年度, 文部省 23 ) 小学校学習指導要領図画工作編 (試案) 昭和2 6年度, 文部省 ) 小学校学習指導要領図画工作編 (試案) 昭和2 24 6年度, 文部省 ) 中学校高等学校学習指導要領図画工作編 (試案) 25 , 昭和2 95 9年, 文部省. 26 ) 中学校美術指導書, 1 27 ) 小学校指導書図画工作編, 昭和43年, 文部省 1 0巻. 基礎造形, p3 ) 高橋正人, 構成教育, 工芸ニュース総集編第1 28 , 工芸財団 )に同じ 29 )28 i i i ll977年, ABC ed t l i l do G,Bi on p ona c Des ese e )1gi 30 gnlnternat .148 ,Graphi . ~ 松原郁二 新しい美術教育理論 1 6 1 6 8 1 ) 7 3 p p , 4年, 同文書院 7 ) アントン, エーレンツヴアイク, 芸術の隠 32 、された秩序, p48 , 19 (本 学 講 師・函 館 分 校). 168.

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