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J. S. Bach : 15 Inventionen und 15 Sinfonienの演奏に関する考察

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Academic year: 2021

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(1)Title. J. S. Bach : 15 Inventionen und 15 Sinfonienの演奏に関する考察. Author(s). 横谷, 英次. Citation. 北海道学芸大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 13(1・2): 39-49. Issue Date. 1962-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3872. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第 13 巻. 第1, 2号. 北海道学芸大学紀要 (第一部C). 昭和3 7年12月. J ionen und 15 Sinfoni en の 、 S, Bach: 15 無 vent. 演奏に関する考察 横. ,谷. 英. 次. 北海道学芸大学札幌分校音楽研究室. E i i Y窺くOYA : Study 。n the j. Per formance o f ’ ” ionen und 15S J i nf oni en” .S . Bachs 151nvent. 次. 目 序. ・綱. ornament i a[ on の問題について. 作品の 概 観. 誌. 結. Tempo に関する解釈について. 序. 論. 過去の時代, 特に, 今日既に失なわれた古い慣習のもとで成立した音楽 作品を考察すると き , それが単に楽譜のみに定着して, その背景となる生きた音楽の伝統を把握 しようとする努 力がな ければ, それは全く外見の生命だけを示し得るにす ぎない, j 00年余を経 .S . Bach の死後既に2 過した今日, 彼の作品を演奏する上に困難な問題 は, 彼の作品が Mende l s s。hn に よ っ て 復 活 さ れ る ま で に, 約80年 の 才月 の 空 白 が あ っ た こ と で あ る.. Wi l l i Ape l の い う 如 く, j ,S . Bach の. 独創力は, 新しい道を拓く人 のそれではなく, 完成する人 のそれであった1 ) . 中世的な伝統を基 盤とした彼 の作品は, 不幸にして1 8世紀後半から1 9世紀初頭の人びとにとっては, さほ ど魅力あ るものにはみえなかった, あらためてその真価が発見 されたとき, 既に Ba ch 時代の音楽的慣習 は忘れられ, しかも残された Text には演奏上の指示記号がほとん ど無かったのである 19世紀 . の音楽家達は “楽譜 に演奏上 の指示が無いのは奏者の判断にまかされているからであ る” と い う. 見解 の も と に,. Ur t ext に近代的な Espression や Tempo の指示を附加 した Te t を数多く編集 x ” ” Z 腐 ヱ5 Z メ ヱ5 した. 本研究の課題である りe〃 O”e” ”7 Sカメo7 2 〆8“ に お い て も Czerny 2 , Busoni , Bi f 等の解釈による1 schof 0数種からの Text が 出 現 し た が, こ れ ら の Text には, それぞれ異な i っ た lnt erpretat on が 指 示 さ れ て い る, と も あ れ 古 い 時 代 の 作 品 の 解 釈 は, そ の 背 景 に あ っ た 時. 代様式と慣習を理解することから出発 しなければならない, この問題に関して F. Rothschi dは l 「1 9世紀の音 楽家達の仕事は 情緒的で, あまりにも個人的な精神傾向に支配されてい た」 と主張 ) する2 tにはかくれた法則があり, それは一定不変なものであった x . 彼の誠によれば, 当時の Te と い う. こ の前 提 か ら 当 時 の 演 奏 の 慣 習 を 解 明 し よ う と し た F l d 説 は 興 味 深 い. し か , Rothschi し, 彼の説を全面的に受入れるとしても, 過去の Styl e をそのままの型態で再現す る こ と の意義. 性と,. i 当 時 の 楽 器 (K]avi chord chord) の 機 構 と 異 な る 現 今 の Pi ano forte で再現する場 , Harps. 合の表現能力の相違, という問題が残る. これらの 諸問題は, それぞれ複雑な機能的 関係 をもっ ていることであり, おそらく終ること のない演奏の理論的研究の断面 であろう . -3 9-.

(3) . 横. 谷. 英. 次. i edemann (1710-1784) の 教 育 目 的 で 書 か れ た15曲 の Z“堀 川 わ〃 元来は J .S . Bach が 長 男 Fr ts) と1 5曲の Sあげo〆” (3parts) は 現 代 に お い て も, Piano 奏 法 の 基 本 的 学 習 と し て の (2par “ ch to Bac『 と い う Mot to に新 教育的価値は少しも失ってはいない. とくに今日のように Ba P i みにとどまらな しい希望と信頼を見い だしている時代 では, その意義は単に ano 奏法の学習の ber tSchweizer の 言 を 借 り れ ば, 「Bach は教授法が演 奏 法を教える だけにとど い で あ ろ う. A1. まらず, 音楽作曲の本質に触れ るための手引きとなることを, 究極の目標とす るように要求して i d 発展である. ) 3 いるのである」 . この作品の演 奏に関して要求される究極的なものは音楽的 eaの それは特定 の編集者の解釈によった Text に盲従す ることではなく, 智識と感性の豊かな 結びつ きにより, 創造者の 意図にみずからの思考を反映させる努力を傾けることである. t l: Mas e r softhe Key 加ard (1952) p.138, 註 1) W.Ape i lnt ion, i t t l d: The Los roduc t Tradi on in Mus c(1951)- 2) F. Rothschi 6 190 8) 内垣啓一訳, p ch( 3) シュ ヴァイツ ァー著作集第13巻 J .2 .S ,Ba ,. 作 品 の 概 観 ”ヱ5 腐りe飼 わ〃e“ “ ch クメ ヱ5 SZ”た “ZB“’ に 関 す る J .S ,Ba. の創作意図は, 自筆譜の表題に 1 i 「 K の愛好者にして, とくに真の知 すなわち a v r 明らかである e 次の寂述によって 書かれた , . i t o を正しく扱い, 同 ga 識 を 求 め る 人 々 に, 2 声 で は っ き り 弾 く こ と, さ ら に 進 ん で 3 声 の obr i e の技術を上達させるため, かっ叉, 時に 良き lnvention を得ろを かりでなく, 演奏の Cantabi 723年」 とあり, 教育的意 作曲に 対する強い関心 を呼起させるための明確な方法を示す手引--1 義の強い作品 である. 7 ‐ 一23年の間の作曲と考えられているこ の作品は, 本質的に形 71 J , Bach の C6then 時代, 1 .S i er 作品であるD. 作品の 式 の 自 由 な 楽 曲 で あ る が Canon を主体とした自由対位法による Kiav ,. 鷲わ7 zヱ4) の小品からな ’ 7 2た〃”ヱヱ) 最低20小節 (加り8 規模からいえ ば, 1曲が最高72小節 (SZ るこの曲集を, 下記の一覧表 によって概観する.. 曲 番. I. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. i 2 ‐. 13. 14. 15. h f B A G g Es d F B Tonar D t C . 1 4 3 9 1 ◆ 3 3 ・ / 3 J . 8 リ 4 / 4 リ ん / / % ん / 8 TimeS i 4 / 8 4 l . 8 4 gn 4 4 8 /8 4 / . / 21 Z1-2 01-7 1-121-161-131 -111- 8 1-6 1-5 1一12 1‐7 1‐101‐1 ‐ ‐‐181-I 16-176一1612‐一22 --427-1 ‐一3221 8‐4312 312‐一2517‐一3414‐一3211--239-2 7‐1511‐2712‐421 ‐ / ‐一20 ・一2516 18 ‐ 一 4 ‐一2326 3 / ‐一621 3 43 43-5944一52 分 , 3部15‐22 ‐ Theme F B B A B D B C D E D A E B A. 穫畷. /. / //. /. /. 分類. 地 番 !. I. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. lo. 11. 12. 13. 14. 15. h f A B g BS G d F E D 3 3 4 9 1 3 1 . 3 4 1 4 9 ・ ・ / 3 / / ん 1 2 / / / / / / / 1 リ 8 4 6 / 8 4 4 8 4 1 . 4 . 4 8 / 柵 て 1部 1‐8 1‐9 1-141‐8 1-131-171-131ー7 1一121-101-281ー8 1-201-111一13 成 ‐一38 ‐ 一729-2 321--4812‐一2414 。立” 8-14 9‐1814 ‐一4114一247-1 513‐一2311 ‐一2918 -258‐1313 r ‐一2529 ムロ ド 区 ′ 一 一 6 ‐ 一3 1 4 9 4 」 一 2 4 - 一 3 6 3 3 ‐一2324 52 ‐ 一4415 ‐一38 25 13‐2329 / 分 ー 3部15‐2119-32 The l ne A D B B E B C A F A F B F B A. t Tonar C . TimeSign , ”. /. /. /. 分類. - 40 -. /.

(4) . infoni i l j l:151nvent onen und 15 S en の演奏に関する考察 .S, Bac. (備考) 1 ( } 構成区分の項目中の数字は小節数を示す. 2 ( ) Theme の分類は Ma y de Forest Payne の分類表によったものである, A. C. B. D. E. F. ′ 、・′ ・. 、・/ 、 ・. . .′・ . 、 .. Text. ・ ,′ .、 ′ .. についての問題点. l imi 1 ( ) みz健 蔵〆の2ヱ の自筆原稿の Facs e 版では次の如くである. ー ド. ′. 1 .. , -. , こ こ に 見 ら れ る Theme の3連音符は, 明らか に後日書き加えられたものと思われるが, こ l l れるま J er の見解によれば, これは改悪で . S. Bach 自 身 の も の か ど う か 不 明 で あ る. H. Ke ) あ り2 , 次 の Text の方 が 良 い. lhv i t ol en. l t t imi 1 Pe 2 er 版 の Edi er の 見 解 に よ れ ば, SZ ( ’ e 版 にみら れる 2た”如 5 -の 自 筆 原 稿 Facs. はJ ,S . Bach 自 身 の も の で は な い. し か し, そ の 確 証 は 明 ら か で は な く, 実 際 の 演 奏 で は, こ の ornament は奏出されている場合が多く, Text で は Peter 版のみが非. ornament. 常に簡略化して編集されている. ′(. ) Z〃〃β励 め7 ( 3 26 の30一32小 節 の 間 に あ ら わ れ る32分 音 符 は. Czerny. へ. 版では. Urtext. を書き変. え て, す べ て 半 音 的 関, 係 と し て い る. この理由は Mordant の ornament と し て 考 え, 16世. ) 紀代の古い理論 の慣習にょつたのかも知 れない3 , あるいは単なる音程関係の統一を求めた の か も知 れ な い が, ど ち ら に し て も, こ の Czerny の見解は独断的であ り, 意味のあること で は な い. -4 1-.

(5) . . 横 Urtext. 谷. Czerny. n-- 省. ,. …. 次. 英. 版 へ. ” 』, ,. . . . 註. 1) シュ ヴァイツァー著作集, 第13巻, p .25 , 内垣啓一訳-- 「即興曲集」 は, チェンバロのために書かれた のではなく, クラヴィコー ドのためのものであった. バッハが, 自分の作品で第一の目的としたと記した 「カソタr ビレ秦法」 は, このクラヴィコードによってのみ可能なものであった. l i erwerke Bachs P e K1 av er: Di 2) 日, Kel .112 . i i tb i s Schumann p av erwerken von Mozar erungen in den K1 3) L, Kreut zer: Di e Verz .32 , 中瀬古和 訳, L, Kreutzer は Riemann の Mordant の見解が 「主要音とその半音下によって成立される」 という ‐世紀時代の黒鍵が ornament のためにのみ使 点につき, あるいは彼が, 平均率の確立していなかった17 われた当時の習慣を根拠にしているのではないか, という疑問をなげかけ, その誤りである点を主張して い る,. Tempo に関する解釈について. 再現芸術である演奏領域の分野 では, 音楽作品をいかなる Tempo に性格 づ けるかという問題 e に よ る Tempo orononl は, 作品の Style と 重 要 な 関 係 を も つ, J .S . Bach の Urtext に は Met P l i l t M k r の標示すらない作品が の指示がないのは当然 であるが, 種々の ace を 指 示 す る a an a 〆’ の Urtext に も Tempo に関する指示は, まった クメ ヱ5 SZ”fのz毎夕 多 い. ‘ 5 乃2堀 川 わ〃のzz ‘. く記載がない. したがってこの曲を 具体的な音楽として再現する場合, Tempo を決定すべき条 件についての考察を欠くことはできない. 次に各種の Tempo の見解を図表によって示し, 考察 の 資 料 と す る.. I. 2. 3. 4. M.M. 基準 」. 」. 力. 」.. 曲 番. 5. 」. 7. 6. D. 」. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 」. 」. 」.. 」. 」.. 」. D. 」. 1 16 152 108 84 104 176 104 ‐ 40 40 40 27 40 40 53 40 40 40 80 F . Roths‐ 40 40 80 27 d 説 ‐60 ‐6 i l ( -120 ‐40 -60 ‐120 ‐60 ‐60 -60 ‐80 ‐60 ‐40 -60 ‐60 ‐60 ch 116 58 72 69 88 92 46 108 72 96 72 HKe l l e r説 63 52 138 60 ‐126. 全音・友社. 120 108 240. 討 議 憲 出 番 -. 72. 108. 144. 112. 1 44 ‐. 63. 60 132. 60. 96. 96. 58. 120. 58. 112. 84. 72. 108. 112. 66. 72. 32 66 1 ‐. 56. 72. 104. 72. 116. 63. 100. 66. 66. 120. 116. 92. I. 2. 3. 4. 5. 6. 7. S. 9. 10. 11. 13. 14. 1 5 ‐. 」. 」. 」. 」.. 」. 」. 」. 」. 」,. 」. D. 」. ハ.. 92. 84. 100. 112. 180. M.M. 基準 」 」. 全音・友社 96 loo. 84. 88. 92. 69. 100. 60. 12. 66. 112. 40 40 27 80 40 53 40 40 53 40 40 hs- 40 53 40 40 F, Rot l d 説 ‐60 ‐80 ‐60 ‐60 ‐60 ‐80 ‐60 ‐60 ‐60 -60 -40 -60 ‐120 ‐60 -80 i ch i H,Ke l l 説 er. 裏 { 轟. 69. 63. 66. 60. 92. 60. 76. / 72. 54. / 54. 48 42 52. 84. / 88. 56. / 56. / / 72. - 42 -. 46. / 50. 96. / IDO. 44 34 44. 84. / 84. 108. 54. 72. 69. 42. 50. 112. 60. SO.

(6) . ionen und 15 Sinfoni en の演奏に関する考察 J .S .Bach:151nvent. (備考) Edi ‐ 1 , 全音楽譜出版社 (全音) 及び音楽之友社 (友社) 版は, 編集者を明らかにしていないが, 主として i t er-Czerny に準拠したものであり, わが国では最も使用されている版. on Pet ● i d 説は, その著 The Los i t l t Tradi on in Mu 2 s c- The Meaning of Time signatulesas , . Rothschi S B h us ed byJ より引用 a c .. , l l i 3 0 ) 中より引用, erwerke Ba e K1 av er 説は, その著 Di ch s(195 , H. Ke L d k h d) は Victor LS…22 W H i 73より, 豊増昇の演奏は 「朝日ソノラマ」 に録 4 a n o w s a の演奏 ( r s c o r ap , . 音されたものから考察した. 5 . 各欄中, 斜線の部分は記載もしくは演奏がない,. ld 説 の み で あ る の で, こ こ の 図表 中 Tempo についての根拠が明確である の は, F. Rothschi の頃ではその主張を検討することからは じめる 先ず彼の主張の前提となる こ と は, Bach 時代. . c acc‐ では Tempo と い う 概 念 (Pace の 種 々 の 段 階 に お け る 個 人 的 表 現) も Accent(Dynami. t) と い う 用 ress (あ る い は Bea ) も知 ら れ て い な か っ た と し, 前 者 を Movement 後者を St ent h i l d B R h F h の 説 に よ る と, ac 時 代 の Movement 語 で 表 現 し て い る こ と に 注 意 を 要 す る. . ot sc. には速いものと遅いものの区別があるにすぎず, すなわち, 作品中に出てくる最少価の音符は, 勇, P, 」, の ど れ か で あ る に か か わ ら ず, 常 に Fast note と し て 取 扱 わ れ る. し た が っ て」 D i i B の Comb ow movement であり, ここで, もし同じ拍子記号をもつ曲があり,その nat on は S1 、 i i t movement を F t nat on」 D は Fas a note は D に な り, こ の 場 合 の Comb s 中に 勇がない場合,. . t movement を s 指示する, (ただ っの例外は最少の音符が拍子の 単位になっている場合は Fa T e m o を決定する要素は t は音符価の正 常な配置につけられない) -- すなわち p 意 味 し, Bea S l i t tua ) ta ru c r Beat an Mad( の意味を知 り, 2) 構造的な拍の配置 ( 1) す べ て の 拍 子 記 号 と 1 lue ina i ) を知 る こ と に よ っ て 規 定 さ れ る, と t e va on of Not を調 べ, 3) 音 符 価 の 配 分 (Comb. いうのがその根拠となっている. それでは, ここで図表にあらわれた結果について, 類型的に考 察 す る こ と とす る,. 1 ) 全音, 友社版の Tempo は 他 と 比 較 し て 極 め て 早 く, S〆“fo“Zα6 及 びヱ0以外に共 通点が ( な い, ld 説の Tempo は他と 比較して最も遅く, 図式的である. 2 ’ F. Rothschi ( H l l ) . Ke er 説 と, W, Landwska 及び豊増昇の Tempo には類似点が多い, L 3. この考察の結果から問題点として次の2点が挙げられる, すなわち他のものとの共通点がほと ld の 図 式 的 な Tempo の解釈が適 ん どみられない全音・友社の Tempo 指示, 及 び F. Rothschi ld と は Approach の違っ 当かどうかという点である. この疑問の解決のためには, F, Rothschi t zer の主張は, 複音楽的な J た見解も考察してみる必要があ ろ う. A.Schwei .S , Bach 作品のこ i A t t P h i u a e P c c n o n 七の rasng や を細部ま で奏出 r み入った過程を重要視している. すなわち, a. できる奏者は遅い Temp に指向されるし, 無能な奏者ほど Tempo が速くなら ざるを得ないこ ) A.Schwei i t t erpreta on に密着した考 zer の こ の 見 解 は 奏 者 の 側 か ら の lnt と を 指摘 し て い る1 . i d F. Rothsch l 説とは違 った Approach を 示 し て い る, 次 に ornament と Tempo の 関 係 に つ い て のPh, Em. ) べ Bach (1714一1788) の 論 述 に よ れ ば2 , ornament はあまり ,速く弾かれる きではなく, したが ってその使用は遅い Tempo の 曲 に ふ さ わ し い 点 を 指 摘 し て い る, こ の Ph. Em. Bach の見解 え方 を 示 して い る と 思わ れ, こ の 点 Bach. 時代の慣習を Logic なとらえ方をした. e を ornament と Tempo と の 関 係 に お い て, と ら え る こ と が で き る も の で は当時の演奏 Styl ある. この一 つの見解を前提として再 び前述の図表の結果を考察してみれば 4 3一.

(7) . 横. 谷. 英. 次. d 説 を 除 き, 2par l 1 ) F, Rothschi t t ( s の 方z粥 川〆のz よ り 構 成 的 に 複 雑 な 3par s の SZ クザo- W k T L d “ 方 て く の 向 指 示 し い る と を ’ ” の方が一般に遅い empo に . an ws a の演奏では . そ の 点 が 著 しし・ .. 2 1 比較的複雑な ornament を も つ 賜りβ幼わ“2, 7, 9, ヱヱ, ヱ5, 及 び SZ fのz卿 5 で は 全 { 夕 z d 説 以 外 は 他 の 曲 よ り 遅 い Tempo を 指 示 し て い る. と く に W, l 音 ・友社及び F. Rothschi Landwska. の演奏ではその点が著しい.. i こ の 考 察 に よ っ て 得 た 処 で は, 或 程 度 A. Schwe t zer 及び Ph. Em, Bach の主張が裏 づ けら l d の主張を反論す べき れること になるが, このこ とを もって考察の立場を異 に した F. Rothschi. 根拠とすることはできない. 彼の主張は単に当時 の贋習における普遍的原則を示した, と理解さ れるのだが, しかし現実的な演奏 の場では, 作品の構成的要素の表現が Tempo と 何 ら か の 関 連 l d の 主 張 す る Rul をもっと考える方 が自然であり, その点 F, Rothschi e の み で Tempo を決定 l d の説に対して次の批 することには疑問 を感ずる. したがって, われわれはこ こ で F, Rothschi 判をせざる をえない. すなわち, それぞれの時代における慣習では Text の表面にあらわれない. 共通の理念 として, かくれた Rul e が存在し得る ということは容易に理解できるが, 彼の主張に 関しての確証がない限 り, これはあくまで仮説である といわね ばな らない. 仮 に Bach 時 代 で は 彼の主張することが真実であ ったとしても, そのままの演奏型態を 現代に踏襲することは, 生き ) た 音 楽 と し て 意 味 を も て る か ど う か 疑 問 で あ り3 , 叉 彼 の 見 解 で あ る Tempo (種 々 の Pace の個. 人的な表 現) の概念が当時では存在しなかったとしても, それは意識的に Tempo の段階を感じ たかどうかの問題 であって実際の演奏の場 における Tempo の存在は否定することはできない, l d の主張は作品推考の出発点 では注目に値す これらの問題点 を含んでいるにせよ, F. Rothschi る, とくに最少価 の音符に関する着眼 に同感す べ き点があり, 」 Dと」 “βの Combinat i on と. Tempo の関係についても充分意味ある ことである. しかし, 適確な様式感のうえ に立脚した説 得力ある表現のためには音楽的表象との関係も無視することはできないであろう. ld 説を中心として J 以上 F. Rothschi .S . Bach の 作 品 に お け る Tempo について考察してき メ ヱ5S た の で あ る が, “ヱ5 腐り靴z z Z ′のz毎 が の Tempo を規範的な Me t 7 〃の ’ z o 2 “2 oronome 標 示. に よ って 示 そ う と す る こ と は lmage を固定化する結果となり, それは作品の特質からみて も, ) Bach 時代と現代における生活 t あ ま り 意 味 あ る こ と で は な い4 empo の 違 い も あ り, 奏 者 の . l i Par ty や 感 性 を 否 定 す る こ と は 不 自 然 で, 無 気 力 な 演 奏 に 終 る こ と は 間 違 い が な い し か し sona .. 厳格なものでなく, 大きな単位の中 での Tempo の約束は, これまでの考察を基礎とする処から 引きだすことができる. その意味から全音・友社の版によって指示された Tempo を考察すれば ) どの観点からみても 適当とは思われない. 何よ りもの問題は速す ぎるのである5 . この Tempo では. Mecani cal. i な訓練に役立っても Bach 的 榎 音 楽 の lnterpretat on は困難といわざるをえな. い. わが国では最も多く使用されているこの版に, このような欠点が見いだされることは, 教育 的立場からも重大な問題意識をいだかざるをえない. 註 1) シ ュ ヴァ ィ ッ ァ ー著作集, 第13巻, p d は ”The Los l i t Tradi t chi on i n Mu ‐ .91, 内垣 啓 一 訳, F . Roths ’ ’ S i A h ( 2 0 ) で i t s 5 c p. 「A.Schwe i t zer は彼の目的を高貴に . c wc zer の論述を次の如く批判している. . 完成した音楽家として, 思索家として, 事実がもっている現実そのものよりも情緒が高く価値づけられて “ e l i いた19世紀精神に浸っている」 nざ の世界を無視することはで . しかし演奏の具体的な場としては Fe きないし, 根源的な問題は Bach 的精神への Approch である. この意味で A.Schwei t zer 的思考の方 向も尊重されるべきであると考える. - 44 -.

(8) . J i i onen und 15 S oni en の演奏に関する考察 nf .S . Bach:15 1nvent 2) ver such Uberdi hr e wa e Artdas K1avierzu sPielen (1753), 3) 瀬野マリ子:J ch の K1avier 作品演奏法に関する一考察 (音楽学 Vol ,S ,Ba .5 No .1) p .7 を参照, ’ Pau I Hindemi th: A Composer l d( s Wo 195 1) 佐藤浩訳, p r .245一むかしの音楽の音をそのまま再現す ることは, 技術的に大した障碍があるわけではない しかしそれにもかかわらず われわれがどんなに骨 . , 折っても, 再現できるものは古い時代の音楽の過ぎ去った実体ではなくて その象徴にすぎない , , 4) 瀬野マリ子:J er 作品演奏に関する一考察 (音. ch の K1avi 楽学 Vol .S .Ba .5 No .1) p .5‐6 に 「7 . S, Bach が作品に明確な Tempo の指示をしなかった理由は F Ro R h h l d i l t の主張する慣習的 があ s u e c , . ったという考えのほかに A. Schweitzer の主張する如く, 当時には, 今日的意味の演奏芸術家が未だ存 在しなかったという理由も考えねばならず, 或は演奏法が現代における如く厳格に意図されるものでなか ったことも考慮しなければならない」 とある, i 5) とくに, lnvent on 8 の Czerny の指示した Tempo に つ い て は, H, Ke l i d 共にその l l er , F, Rothsch 過度な速さを指摘しているが, しか し, H, Kel l t movement r 方向を指示し, F. Roths d er は Fas l chi は S1ow movement を指示している点は興味深い, F hs d の公式的理論ではS i l 1 t ch ow movement の .Ro 曲ではあるが, 構成的要素や演奏技術的な要求を考えれば, この曲は Fast movement に な ら ざる をえ な いのである, ornamentation. 冴鯖 僻め DZメガ卿 研y o/ ion t. の問題について. 肌“s Zc-ornamentat i on の 項 の 記 述 に よ れ ば, 音 楽 的 ornament. は音楽の歴史を通じて次の3種類に分類される,. 1 ( ) まったく演奏者の自由にゆだねられているもの , 2 1 略 記 号 に よ っ て 指 示 さ れ て い る 一 定 の ornamel { t l , ‘弱. 音 符 に よ っ て 書 か れ て い る ornament . この分類中, 演奏者の自由にゆだねられた ornamentat i on は, 現 代 の 演 奏 行 為 で は そ の慣 習 は. 失われている. 叉略記号による or namentは近代 への移行にしたがって徐々に衰退しているが, Ba ch 時代 の慣習ではこの例が非常に多く, その奏法も多様をきわめていた. したがって, この項 での主な考察の対象となるのは, この種の. ornament で あ る .. 5Z卿eの め〃e ’ クメ ヱ5 Sばれた 鯛 の〆 に 含 ま れ る ornament に 関 す る 指 示 は, Text の編集 zz ‘. 者によって多 少の相違がみられる. この原因は J ,S . Bach の自筆原稿に2種類があり, それぞ れ ornament の指示に部分的な相違点がみいださ れる為と思われるが 編集者自身の独断による , ) ornament の解釈がある程度 と解釈される点も多い1 この編集者の見解の適否 は別として , , , 奏者の側に任されているという判断は, 必 ずしも誤 りとはいえない. われわれはこの問題を考察 するにあたって, その前提として近代と Bach 時代の音楽上 の慣習の最も大きな相違が即興性に ) i あり, その特徴的なものが ornamentat on に あ っ た こ と を 理 解 し て お く 必 要 が あ る2 . 実際に当 o i P l t t i t T n o r n ame a n r M l d t a s a 時の は奏者の on ramen に よ っ て, eo y を変奏したり y や empe. 音楽を活気づけた り, 拡大した りする効果をもたらしたに違いない, そして, この事実こそ現在 われわれが当時の作品 を意味ある音楽として再現する場合の問題点であ り, 解釈上の困難な問題 を 提 供さ れ た こ と を 意 味 す る.. す な わ ち, 当 時 の 奏 者 の 自 発 性 か ら 生 じ た ornament i l の状 at o l. 態がどんなであったかは, 本質的に即興であった がゆえに, Sco r e に記載がなく, 具体的にそれ を再現してみることは不可能である. したがって当時では様式感のうえに立った自由な行為であ ったものが, 現在では必 然的に学識のうえに立った解釈によって解決せ ざるをえないのである . そ の意 味から j ,S , Bach 作品の ornament に関する解釈には, 少なく とも次の2点を解明する ことが必要であると思われる. その第1は ornamentation の動機や目的を明らかにすることで あ り, 第2には J .S , Bach の略記号の奏法 の慣習を知ること である. 註 - 45 -.

(9) . 横. 谷. 英. 次. J 1) 全音楽譜出版社による解説に は 「 .Bach の ornament は Tempo によって困難な場合が出てくるの .S e rny の解釈は必ずしも Bach で Czerny 版では ピアノで弾きやすいように編集している」 とあるが, Cz ものと思われる C の慣習によった 時代 z e r n く むしろ y 忠実ではな . 時代の慣習に , i t t 8世紀を通じ i on は17一1 a namen i on の項に 「即興的な or i c-ornamentat onary of Mus 2) Harvard: Dict かれたようには も 多分決して楽譜に書 じて歌手たち この世紀を通 られた , て, 音楽演奏上広範囲に続け , So t を演奏 しなかったに相違ない」 とある. l o par 1.. ion ornamentat. の動機と目的. この問題の考察に関する最も根抵となる指針は Ph, Em. Bach: ”好 賜cル ひろげ 両B WおルデB ) i t Z on に 関 す る 記 述 で あ る1 AγZ dαs 止Z卿”γ z“ SPZβ , Em. B ’ z (1759) 中 の ornamenta . Ph e を詳細 に伝え ている. この点で, た と え Bach のこの論述は当時代の ornamentation の St yl. 彼が J. S. Bach. l l l e の立場にあった作曲家であっ たとしても, その基本的 ant と は 違 っ た Ga .Sty. 重要性を失なうものではない. 次に彼の論述のなかより, 本考察に必要なも のを摘出して 考察 す る. 先ずその目的としてうけとれる箇 処を挙げれば a) 音符をつな ぐ, b) 音符を活気 づ ける, c) 必要あるときに, 音符に強勢と重みをつける, d) 音符の美しさ をもたらす, e) 音符の意 味することを明確にする. 次に ornament の 扱 い 方 に 関 す る も の と し て, a) 歌 う Style と 結 び つける, b) 過剰な 使用を避ける, c) 和声的な配慮を必要とする, d) 音符の長さや, Tempo と の 均 衡 を 保 つ, e) Tempo の速いものより遅い方が, 叉音符の短いものより長い方の使用 に ion の動機の探究のためには ) な お 当 時 の ornamentat 適 して い る, と 以 上 の 如 く で あ る2 . , F . Couper i z (1697一1733) の 次 の 記 述 が あ る. す な わ ち F. Couperin n (1668一1733) と J . Quant ) の音を充実させる こ ion の目的は音を接続することのできない楽器3 er の ornamentat は K1avi ion は奏者が音 楽についての知識, 発明, 判断力 z は ornamentat と にあ る, と の べ, J . Quant ) を 示 す も の で あ る, と の べ て い る4 .. 以 上の考察 によって, われわれは Bach 時代の ornamentation がどんな動機から発展し, ど んな日的で使用されたかを理解することができる. すなわち, 短い音効果の楽器の音を持続させ ようとし, 即興的表 現によって単調さから救い, 音楽を活気あるものとし, 音楽の内容を明確に l し, さ ら に Me ody を美しく飾ることによって, 結果的には奏者の見識や趣味を表現するもので あった. なお, われわれはこの考察によって, 当時の演奏の慣習における ornamentation が必 ) 然的な行為として, 即興性を重んじた音楽的欲求と密着していたものであるこ とと同時に5 , お f i t P せ r e o o t 今 日 の で奏 られるもの が a n o K 1 i そらく当時の aver に よ っ て 表 現 さ れ た rnamen とは比較にならない美的効果をもたらしたに相適ないことを理解することができるのである, 註 i t i c H1 s ory p ce Readi ng in Mus 1) ol ver st runk: Sour .609一615 . i t l enta on は不可欠なもので, それを取 2) Ph. Em. Bach はこの論述中で, 音楽表現の手段としての ornan i o t t e n a o n の本来の意義である魅力を失 m r n a なお不手際な葵法は とする点 扱う手法は良い趣味を必要 , う点を強調している. l d の説によ ると, 当時 chi i chord はその機構上音の持続が悪く, F. Roths 3) 当時の K1avichord や Harps の Touch は Non legato が Normaltouch であった. f t erinthePe l erpre r or‐ softhelnt e: on the Right i 4) F. Couper n 及び j ,Quantz の引用は M.Pincher V V N IXLI l 2 M I M i T h i Q t o 中よりの再引用 O d h r e f s a u a r e uc ury usc y . . mance o 17th an 18t cent , , i i tb l s Schun ann (1944) 中 i erwerken Von Mozar d Kreut av erungen in den K1 5) Leoni zer: Di e Verz. 瀬古和訳, p .33 -有鍵楽器においては, 肉声や絃楽器のもっている魂をこめた, 表情に富んだ音を作り i d s cho r p だそうとする要求をもっており, それが K1avichord では 「ゆすり」 となってあらわれ, Har では装飾音によって豊かさをえようとした,. - 46 -.

(10) . infoni i J en の演奏に関する考察 onen und 15 S .S . Ba3h:151nvent. 2 .S . Bach 作品における略記号による ornament , J Z 〆”たγ8 AγZ dαs k煽りメザ z“ SPZB Ph B 師 B ’ z の論述のなか で . Em, Bach は =餅 期 燐 ひろげ α2 ornament. 明な. の. Style に つ い て 言 及 し イ タ リ ア 的 な Can i l tab e ,. 方式と, フランス的な輝かしい簡. Styl e を 結 合 して い る の が ドイ ツ の ornament の 特 質 で あ る こ と を の べ て い る D. こ のイ タ. リ ア 的 ornament と フ ラ ン ス 的 ornament の 相 違 に つ き,. 鼠 僻むαγα: DZ 〆鯛αγy o′ 脳脳s Z Zc G び 考察 よ ば イ タリア的なものは 平凡社の音楽事典中か 一定の型をもた 及 , らの に オ , 即興的で ず 必 要 あ る と き は 音 符 で 書 き あ ら わ さ れ る. 叉 フ ラ ン ス 的 な も の は Agrement s の名のもとに一定. l の型をもち, 類型化されて略記号をもって指示し, Ru eを確立している, すなわち, この項での l 考 察 の 対 象 で あ る 略 記 号 に よ る ornament は フ ラ ン ス 的 な Sty e から影響をうけたも のとい う こ. とであり, その確実な例証は J ,S . Bach が. Fr iedemann. のために書いた略記号の解説表 にみる. こ と が で き る, キ Z ′ たα脇川- i l i he he珠s d i S l t i i deu 鞍 t un e r t s ch e rZe c c ogewお eみ加川eだれa 1 } た コ p r e en 1 en - g宅usP . ,a l d ) l i d L Th d d n l d o r a t t ou r a n e n z P ‐Ca n z e e e e em. .Mo , Ca . Do p , l. d Do l t ‐CA e n z e e p p da u t r n ,Mo .. Ac t Ac t Ac c e n c e n tund e c n i d l l d ・N d 【 t o l e e 1 a e n t o r a n g . h .. Ac l tun c e n ( Tr l l i o ,. Mぐ i n .. この解説表によって J .S . Bach の作 品 に お け る ornament 奏法の基本的な方向が明らかとな ‘Dαs ‐ l W〆 る, し か し G. Henl ag 版 の ‘ 2Pe“B“” K腐“β〆 Urtext の Preface 中に e Ver o砂ZB” も 「J ,S . Bach 自身 の 指 示 し た 略 記 号 の ornament の奏法は単なる暗示である, 彼は確定的な ornament. を要求したいときは音符として書いてある」 とある如く, この解説表による説明は一 般的方向を指示したにと どま る, しかし J .S , Bach のこの処置は, 当時における ornamenta-. i t on の動機や目的を考え れば当然のことであり, 具体的な奏法の処 理は奏者の側にゆだねられて いた, と考察される. したがって略記号の奏法 を個々にわたって 具体的な指示をすることは多分 に教師的な見解にたよらざるをえないことになる. たとえば Merchi: 上B CZメメB dBs gcoZZBγs dg gzメガαγγB ( ) 「私は ornamentation についてはのべない. それらは本で読むよりも1人 1 77 7 )」 の 如 く で あ る A.Schwe i t の先 生 がよ り良 く 指 示 す る で あ ろ う3 zer に よ る 略 記 号 奏 法 の 解 説 も . こ の 意 味 に お い て, や は り教 師 風 な 見 解 と い っ て よ い だ ろ う. 彼 は 結 論 と して 「J ,S . Bach の ornan・ent. -般的な規則でしかなく, 調和した自然な音響だけが最後の拠 りどこ に関する法則は-. ) こ のA. Schwe i ろ で あ る」 と の べ な が ら も, 原 則 的 な 奏 法 を 実 例 を 挙 げ な が ら 解 明 し て い る4 t ‐ .. の見解は実証的基盤 に立った勝れたものであり, 重要ないくつかの点を明らかにしているこ とは否定できない」 それにもかかわらずこれま での考察の結果から 得られる判断は, すべて次の. zer. 方向に指向される. すなわち j .S . Bach の ornament を公式的な判断のみで解 決しようとする 態度は, 作品の意図するものから離れることとなろう. 端的にいって, 略記号による ornament i の奏法の最終的決定は現在においても奏者の側にあり, それは ornamentat on の 時 代 的 な 慣 習 と. その意義性の理解を基盤とし, 奏法の原則的 Rule を検討することを前提とする. さ らに歴史が 示す如 く, Bach 時代の ornamentation の Style は Piano fort への改良とともに失なわれてき - 47 -.

(11) . 横. 谷. 英. 次. た. このことは決して楽器の機構的変遷と無関係ではなく, ここに Bach 作 品 の ornament を i t Pi on は, ano forte で扱 う 場 合 の あ ら た な 問 題 点 が 生 じ る の で あ る. 音 楽 に お け る ornamenta. ある意味ではその時代の趣味や慣習をみ ごとに代表するものではあるが, それを今日的な意義性 ) の中に消化して再現することは奏者に負わされた義務である5 . これらの認識と自覚において奏 者 の 見 識 と 感 覚 が, Bach の ornamentation を決定する最後の鍵となるのである.. 註 i b l t 1) Ph. Em. Bach は 「現在のわれわれの趣味や, イタリアの Can a e方式は, かなりの効果をあげている. i e ので, 演奏者はフランス風装飾のみで行なうことはできない. K1 av r や他の楽器の最善の方法は, フラ l t ンス風の簡明な S e と, イタリアの歌うような好ましさを どのように結びつけるかにある」 とのべてい y る,. 0年, フランス作曲 2) 平凡社, 音楽事典第6巻, <装飾音>の項によれば, この解説表は j.S. Bach が172 ’ l t(1635一169 1) の一覧表にもとづき, フランス名を, ドイツ語とイタリア語に変え 家J ebe r . H.DAng たものである. f l t erpre erinthe Per s ofthe lnt ormance of17thand18thcentury Mu- e: on the Ri ght 3) M.Pincher i i I XL IV, No l I Quar t er s ca c y VO .2 中よりの再引用. , The Mus i i l l t zer の見解の主要な点につき要約して挙げれば, a) J 4) A. Schwe o をあらわすのに t .S . Bach は tr , i l l ′ )t ^ へ ~ は通例上方の副次音ではじまる t ~ の記号を区別せず用いている b r o r , , . , c) 後続する i l l l i l o をあらわす. d) 後打音をともなう t 音が下へ向う2度であればへ~の記号は通例, 反擬 tr oを r ・ m んγ及び Wぬ ) まt f ハ } ~と記している 下降する2度の前の ~ 及び人 r ) 前打 oの中断を意味する e . , , 音がある場合, 主要音は前打音にあって主要音符にはない, g) 後打音は常に短かく, 次の音符に引きよ せられる. s schumann p 5) Leonid Kreutzer: Die verzierungen in den K1avierwerken von Mozarヒbi .7 中瀬古 和訳--われわれの任務は知識と良心をかたむけて, われわれの時代の趣味に順応しつつ, 一方において は明確に認識される作品内容にもとづいて作曲家の意図に共鳴することに生きた, あたらしいものを創造 することである. 3,. “151nvent ione i 5Si I I und 1 on nf en” の ornamLent. 曲中に含まれている 略記号の. ornament を 挙 げ れ ば 次 の 如 く で あ る l l i i l l o o , Mordant . Tr , Tr. ) d fl A l l t‐Cadenze u. Mordant t‐Cadenze,ldem, Doppel endl u. M ordant , Ca enze, Doppe , ccent a .. i l l l l こ の うち, Tr end は Zれのe“≠〆の2 5 及 び 勘‐ o , Mordant がもっ と も 多 く 使 用 さ れ, Accentfa ) Doppe l t -cadenze u, Mordant は Zれりe郷わ7 夕げo〃〆α5 以 外 に は な く2 2ヱ2 の み に 使 用 さ れ てし・ , る. 特 例 的 な も の と し て は, み2徳 川Zo”9 及び Sあげo鯛α5 で 1 音 符 に Mordant と Cadenze を. 併用 したかたちがみられ, 叉. tr. ・節 目 に た だ 1 度 あ ら わ れ て い る. j タ の記号は Sメ 2ずの〆αヱ5, 37′. から一応償揮できるが, 個々の場合にわたって, 絶対的な奏法を ) 追求することは本考察の主旨ではない3 . しかし作品の特性上, 次の点 についての見識をもつこ. これらの秦法は原則的な. Rul e. l e の 性 格 と, 対 位 法 的 作 品 で あ っ て も, とは必要なことと思われる. すなわち, 作品の Cantabi 和 声 的 な 進 行 も 特 徴 的 で あ る こ と を 考 え れ ば, or l lament と音符価値の均衡の問題や, 和声的な ) 配 慮 を 重 要 視 す る こ と に よ っ て4 , こ の 作 品 の 表 現 力 の 増 加 に 関 し て の ornament の意味を強く 印 象 づ け る こ と が で き る,. 註 l 1) 前掲の J l による略記号 ornament 解説表の名称による. ,S. Bac i i f 2) Czerny t n on a6の34小節目にもこの記号がみられるが Ur extには記載がない, , 及び Busoni 版では S 3) 朝日ソノラマ中に記載された豊増昇氏の見解--マニ←レソは, それ自体各人の好みに属するものを含ん でいるので, いちいちその正確な関係を記述することは本来困難な事情にあります. そして, これらのこ とがらが古典の演奏を, はなはだ難解複雑ならしめている理由であります, 私はこの問題の決定について は, 自分の演奏の実際においてこれを示すべき立場にあって, その理由をのべる立場にありません. l 4) Ph rough Bass . Bach の見解--奏者は自分の耳をできるだけ良い演奏で訓練し, なかんづく Tho . Bn. -4 8-.

(12) . i inf i j onen und 15 S on en の演奏に関する考察 .S . Bach:15 1nvent. の技術に習熟すべきである. Harmony を理解しない人は装飾する場合に常にまごつき, 単に Chance を 求めるだけで良い結果に対する洞察力がない. 結. 語. J ld の lnterpretation に関する主張は 時代的考 i . Bach の 作 品 演 奏 に お け る F. Rothsch ,S ,. 証を基盤とした. な着眼を示してはいるが, それがただちに今日の演奏の場 に結び つくも の で あ る と は 考 え に く い, Bach 時代の精神を背景として造創された音楽性を, 今日的な意味に unique. おける必然性をもった行為として再現するためには, 知的領域のみで解決できること ではなく, ” 雑務 ”の世界にゆだねられるべき多くの要素をも “g つからである. 叉楽器のもつ表現力 の可能 性が, 作曲家の思考に決定的な作用をおよぼすものであれば, 演奏者の側にも可能性の追求の問 題がある. 演奏技 術の発達が表現力におよぼす作用も無視することができない, これらは今後の 問 題 と して 残 り, な お ‘ 5み初β飼わ欄” “ クメ ヱ5S初元〃””” の複音楽的作品の特性を生かしう る 確 実な 表 現 の た め に は, Phras ing や Str ) の 考 察 も 欠 く こ と は で き な い. こ の問題 ess (accent l d や A. Schwe i では F. Rothschi zer の主張に興味ある見解がみいださ れるのだが, 私には未だ 一般的原則にみち びくための確信をもち得る段階に至ってはいない. これらの問題は今後, 私に 残された課題であると考えている. 使用 Text l Bach‐Ge l f ion t Ed i t scha se imi Faks l f i t C. F. Pet e nach der Ur schr ers Bd i i i t ‐Ausgabe tkopf: Busoni on Br e i Edi t t ers: Czerny‐Ausgabe on Pe. 全音楽譜出版社 音楽之友社 春秋社:校訂-井口基成. 一 49 一.

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