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日本の古典舞踊と現代舞踊についての考察(1)

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(1)Title. 日本の古典舞踊と現代舞踊についての考察(1). Author(s). 加瀬谷, みゆき. Citation. 北海道学芸大学紀要. 第二部. C, 家庭・体育編, 16(2): 56-69. Issue Date. 1966-01. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/5857. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 6巻 第1. 第2号. 北海道学芸大学紀要(第二部C). 1年1月 昭和4. 1 ) 日本の古典 舞踊と現代舞踊についての考察 ( 加 瀬 谷 み ゆ き 北海道学芸大学岩見沢分校体育研究室 i c- ルl i yuki KASEGAI: Considerations on C1ass. 工 D c ings of Japan ( M d ) and . o em- an. 今回は第一報として, 日本舞踊の中で, 舞の最も基礎的なものを もっと考えられる, 古典舞踊中 の能楽についてのみ記すことにとどめる。 ま. え. が. き. 舞踊 (ダンス) とは 人はその思想感情 が内に沸く時, 自ら身振りによっ て外部に表出せられる。 これが肉体的運動の 形をとっ て現われたもの が舞踊 (ダンス) に他ならない。 舞踊は自然的存在 としての人間から文化. 的人間としての人間に至るま での普遍的な人間の表現活動である。 かかる表現への意欲を我々の中 によび起す最も原始的な対象は模倣活動であろう。 模倣に始まる舞踊は 人類と共に古くて, 人類と 共に永久 である。 それは人と神をつな ぎ, また人と人とを社会的につな ぐ動作である。 更に洗練さ. れた感情と共 に動作も洗練されて女化的に高い舞踊 が生れる。 人は内に感情の高揚を感ずる時, 喜 びにせよ, 悲 しみにせよ, 激 しくあれ, 叉, 大らかであれ, それは何等かの肉体運動によっ て表出 しようとする。 かかる肉体運動が時間に於けるリズムや, メロデ←と結びつき, 空間的動作として 構成さ れる時, 舞踊という独得の芸 術表現が生れる。 しかも, 合理的な自然運動からリズムが表わ れ, リ ズミ カ ル な 運 動 と な る。 そ の リ ズ ム は 音 楽 の リ ズ ム で は な く, 運 動 自 体 の リ ズ ム で あ っ て,. 音楽のリ ズムと合致する場合 もあり, 合致しない場合 もある。 いず れにせよ創造されたリズミカル な運動はそれが強調され, 制約され, 整理され統一の変化を以っ て次第に個性的な構成 を持つこと になる。 舞踊の表現は直観的に運動技巧を生み出 し, その構成を作るの であっ て, それ等を通 して 働いているものは舞踊にとっ て閃く感覚で舞踊 (ダ ンス) 感覚である。 ダンス感覚とは一言にして いうなら, 運動感覚, リズム感覚であり, 構成に於 ける均衡, 統一, 調和, 強調, 制約, 人体の表 現等に関する感覚, その他色彩感覚, 時代感覚等, ダ ンスに含まれている要素に対する感 覚の綜合. で, つま り美的感覚である。 この美的感 覚が個性によっ て練磨され, 選択され, 精神内容を温床と して表わ れるところに芸術舞踊の誕生がある。 我々 が真にダンスを知ろう とするならば, 自ら童心 に帰り, 赤裸の心によっ て虚飾を脱ぎ捨て, 明快率直な自己の思想感情を個性的に把握 し, 創造的 に表現することが何 よりも大切 である。. 学校に於ける舞踊 (ダンス) は, その本質上教育的にこれを培うものでなければならないのは勿 論である。 けれどもリズミカルな全身運動を通して思想感情を表現するためには美的陶冶が必要で. ある。 表現をなしうる身 体は調和的に発達 し, 強靭性, 柔軟性, 弾力性, 機敏性, 器用性を兼ね備 えたもの で, それに要求せられるのは, 工夫創造力のある美の追求であり, それによっ て人間性の 発展も芸術の発生も可能となる。 創作せられる作品は文学, 絵画, 音楽と同様 に人間の 心 を 励 ま (56).

(3) . 加 瀬 谷 み ゆ き. し, 生の喜びを与えてくれる。 創造はたとえそれが未成品であっ ても高い芸術に通 じて いるのであ る。 芸術を理解するためには我々の生活内容を高め, 精神生活を豊富にしなければな らない 叉 。 , 宇宙や自然現象の美 しさ, 偉大さを感 じ, 人類相互の心の清純と深さ, 広さを知り, あらゆる感 情 の存在を理解し得る力を養わねばならない。 いわば対象の精神を把み, そのものに成り切ることが. 必要である。 それと同時に自己の意志感情の表現が率直に楽 しまれ, 他の人々と協同し 親和する , という社 会性の面も大切である。. (一) 舞踊の本質 (定義) 足踏みをし, 踊り上るという意味の 「踊り」 と手をかざし,ある地点をまわるという意 味の 「舞」 という字をあわせて「舞踊」という熟語が出来ている。 これは明治時代になっ て ダンス (英 dance) やタ ソッ (独 Tan ) な どを翻案して新しく作られた言葉である。 それ以前には日本では単に舞や z 踊 り と い っ て い た に す ぎな い。. 舞踊は広く基本的な意味で, 次の3項目に要約される。 1 ) 何かしら強烈なエモーショ ン, たとえば集団的な歓喜とか宗教的な喜びによっ ておこる筋 ( 肉の自然な活動である。 ( 2 ) 踊る者にも同 じ喜びを与える優美な動きのさまざまな構成である。 ( 3 ) 踊り手が他の人によっ て振り付けられた動きと, 情熱を再現するために十分に鍛練した運 動 で あ る。. 舞踊の表現は非常に複雑で多角的であり種類も多く, 従っ て, それを表わす言葉も一様でなく , また芸術的, 娯楽的な ダンスもいっ しょに考えられている向きもあり, 舞踊と舞踏の区別すらも一 般に認識されていない。 舞踏は社交ダンス, タ ッ プ ダンス等の遊戯的なダンスを指して言い, 芸術. 舞踊を全て舞踊とよんでいる。 舞踊とは人間の肉体による意識的に整備された運動であっ て, 踊る者にも見る者にも快感を与え る構成を備えたものであると一応定義づけられる。 とこ ろでその快感がどこからく るかというと,. そ の 運 動 が リ ズ ミ カ ル に 調 節 さ れて い る か らで あ っ て, こ の リ ズミ カ ル な 肉 体 運 動 こ そ が 舞 踊 な の で あ る。 (註:玉川百科大辞典20 97~19 9 ) ,1. (二) 舞 踊 と リ ズ ム リ ズ ム は 舞 踊 の 生 命 で あ っ て, リ ズ ム の な い 舞 踊 は 絶 対 に 成 立 しな い。 リ ズ ム と は 律 動 と か 節 奏. とか周期性とかに訳されているが, ひとくちにいえば時間的なもののなかでのある種の釣り合い, その繰り返しとでもいうものである。 空間的なもののなかに於ける均整 (シンメトリー) な どと同 じ関係で, 一連の時間的なものの中に於ける調和的な印象を支配するものがリズムである。 音楽, 芸術, 文学でも同様である。 一つの舞踊が踊られる時, その動きを通してまず知覚するのはある種 の拍子である。 拍子の緩急やその組み合わせの変化によるおもしろさである。 しかし, 最も大切な ことは踊りの部分部分の拍子ではなくて, 次々におこる動きや, 次々に経過する拍子の緩急, 肉体 の 形 の 変 化 な どを 通 じて, 全 体 と して の あ る ま と ま っ た 印 象, しか も, そ れ が 刻 々 と 動 い て い る 出 来 ごと の な か で, 微 妙 な 感 動 を よ びさ ま さ せ る こ と で あ る。 舞踊 は 一 時 に 訴 え て く る も の で は な く. て, 部分部分が時間的な発展によっ て, 次々に続いて現われて初めてまとまっ た全体の も の だ か ら, こういう時間的芸術ではリズムは特に重要である。. (57).

(4) . 1 ) 日本の古典舞踊 と現代舞踊についての考察 (. (三). 日 本舞 踊 につ い て 歴 史 的 に 見た 場 合 おくに. 615) に出雲の阿国が創始 した歌舞伎舞踊とそれを 日本舞踊と称 しているのは慶長年間 (1956~1 母体として生れた現代日本舞踊を指していうのが普通 であるが, 日本で発生した舞踊の歴史をみる と, 上代に於ける原始舞踊の域から発展 し, 推古天皇のころから平安時代にかけて朝鮮や中国, イ ンドな どの舞踊の影響を著しく受けた。 その後日本特有 の文化の発達, 生活状態, 社会の変革な ど によっ て能や歌舞伎が生れ, 大正時代に至るまでほとんど西洋の舞踊文化との交 流がなく, 世界に 500年余の舞踊の足跡を舞踊形態によっ て区分すると, もめず らしい独特の舞踊 国を築いた。 その1 5 )新舞踊時代となる。 4 )歌舞伎舞踊時代,( 3 )能楽時代,( 2 )舞楽時代,( 1 )上代,( ( (1) 上 代 の 舞 踊. ◎葬送の舞踊, 原始的舞踊の呼称で 「古事記」 ,「菌葉集」 などに散見する④天石尾の舞踊, ,「日本書記」 宗教舞踊となり 饗宴 争 ( そ の他に戦 垣 ) 呪術的 , 宮廷舞踊 ⑭酒造りの舞踊, e新築祝いの舞踊, ◎歌 , , , た 代に移行してい て舞楽時 影響によ っ 。 っ として儀式に娯楽に, そして海外からの (2) 舞 楽 時 代 56 28~7 ) に唐の薬制が完成し, 舞楽が出来上った。 その唐 中国で唐の支配下になり, 大宗, 玄宗時代 (6 楽の輸入によって, 日本の宮廷の儀式に舞う 「菌歳業」 ,「三台姫」 等常装束 , 「春鴬噂」 , 「皇帝」 ,「太平楽」 した品位ある 厳粛を要素と 調和 ある 均整 4人以上で舞うものが 島甲をかぶり . という唐装束をつけ ” , , , ある 」 胡飲酒 等がそ の例で 」 , 。 叉,「陸王」 点が特徴である。 唐楽以外の舞楽は物員似が多い劇で,「技頭 ,「 平安時代に 能に転化した などは後に 中世の 胡徳 」 」 」 瓶子取 「 」 勧杯 笑面 「 」 「 紬蘇利 , 「 「 , 「還城楽」 , , , , , なり, 清和天皇の即位のとき神楽歌が制定された。 , ,「催馬楽」 一条天皇は神楽歌曲の散逸に心を痛められ, 自ら38曲を選定して,「清暑堂御神楽」 ,「東 遊」 「風俗歌」 などの保存を図った。 催馬楽は神楽の前張から分派 したものとされ, 易 拍 子, 琴, 琵琶, 笛を伴奏として舞う舞踊である。 宮 廷の舞楽に対して民間では白拍子舞や田楽などがあった。. (3) 能 楽 時 代. 室町時代になって舞踊も能楽のように簡素な形成をもった武家風の芸能が生れた。 この能楽は日本舞踊の えんねん 代表的な先駆芸能であり。 能楽時代を作り上げた,能楽は猿楽を母体として生れたもので,僧侶による延年の く げんきよく うし でんかく くせまい へいぎよ まい かぐら しらぴよ 鷺 神楽, 白拍子, 田楽, 曲舞, 平 曲, 元 曲の形成を参考にしたものであった。 完成者は観阿禰, 世阿綱 の父子であった。. 能楽は一口にいえば猿楽のもつ低俗さを幽玄を旨とした貴族趣味に引き上げ, 序, 破, 急5段のいわゆる 劇的形成を整えた舞踊 といえる。 江戸時代になって武家の式楽となって高踏的な演出が重んぜられて今日に. 保存されている。 能に用いられる詞章を 「謡」 といい, 謡のみをうたう時はこれを 「謡曲」 という, 仕舞は 能楽の特定の一部分だけを舞うもので螺子が入れば舞嘘子となる。 現在の流派は観世, 宝生, 金春, 金剛, 喜多の五流がある。 狂言は能狂言といって能と能との間に演ぜられるもので, 能の緊張を解き, 一座をくつ ろがせる役目をはたずものである。 能と共に洗練されたもので, 滑稽味のあるものである。 これも大蔵流, 和泉流の二派がある。. (4) 歌 舞 伎 舞 踊. 00年の泰平時代に民衆の芸 能楽は武家の庇護を受けて保存されたが, 民衆とは遠い世界であった。 徳川3 能が欲求されることとなり, そこに生れたのが歌舞伎踊りで, 今日の日本舞踊を形成している。 これが歌舞 き, う ぷ上. 伎舞踊時代の始まりである。 島舞」 歌舞伎踊りは出 ,「天 冠 舞」 など ,「 , ,雲の阿国が出雲大社の修復勧進のため京に上り,「両 俵 舞」 「 悌踊り 」 はもともと念 た 念 ′ の坐女踊りを演じたことにはじまる。 この踊りは新形式の念悌の踊りであっ 。. 悌 声 明 とともに鉦をたたいて踊るだけのものであった。 阿国は華美な小袖に細惜を しめ, 扇を手にすると か, 塗笠に紙の腰蓑鉦を首にかけるとかいった姿で, 笛, 鼓の禎子につれて今様歌をうたい舞った。 これが 回国は男装して踊る歌舞伎踊りを創作した。 後に三味線を使って非常 人気を呼び歌舞伎とよばれた。 ついで-. (58).

(5) . 加 瀬 谷 み ゆ き に成功した。 さらにこれは遊女歌舞伎, 若衆歌舞伎, 野郎歌舞伎等となり, 江戸時代には猿若勘三郎が寛永 年間に江戸の文化を育成し, 江戸歌舞伎として劇的な独特の高度な舞踊芸術にまで発展させたものである。 (5) 新舞踊 (明治時代1868~1912) 明治時代になっても, 歌舞伎舞踊は江戸時代 の伝統をそのまま受け継いだものが多かったが, 女物の急進 的な改革につれて, しだいに折衷的な変化が生れ, 能狂言に取材した新しい形式の舞踊などが試みられ, そ. の末期には坪内道遣らの舞踊改革運動が起り, 直接, 間接, に新舞踊時代が生れて来た。 この時代の新作舞 踊の踊り手としては, 四代目中村芝翫, 九代目市川団+郎, 五代目尾上菊五郎で, 他にもたくさん踊り手. が現われたのであった。 こうした歌舞伎踊りは結局, 歌舞伎の一部で江戸時代末期の伝統をそのまま受けつ いできたが, 明治年間の文物の急激な革新によって舞踊の面にもそれが大きく反映して, 新しい日本舞踊の 建設が考えられた。 その第一声が坪内道港であった。 彼は早稲田大学の教授でシェ ークスピアの翻訳や研究 者として有名であったが,「新楽劇論」 とその実験作品として舞踊劇の第一作 「新曲浦島」 を発表した。 こ 19 0 6年) で, その後の作品も今日でも上演されている。 9年 ( れが明治3. (四) 舞 ”). 舞. と. の. 諸. 要. 素. は. 舞踊の中の動き方の一つの名称, 元来 「回る」 動きを意味する言葉で, 律呂的な悠揚たる動 きを 示す。 この動きでは, 手振りには多くの変化が行われても, 下肢の変化は少なく, 足を高く上げる. ことが甚だ稀で, 地上, 叉は床上をとるが如くに進退する。 従っ て, 厳粛, 荘重, 幽玄の趣に富む 動作であり, 古代日本の宗教舞踊の殆ん ど全ては舞であっ た。 中世の能楽も,「舞働」 を除し・ては 悉く舞で 「序の舞」, 「中の舞」 等を初め, 多くの種類に分けられる。 関西方面で現在なお, 一般に 舞踊叉は踊というべ き場合にも, それらを舞と呼ぶ習慣があるが, それもつまりは関西方面には古. 代からの舞の形式が多く残存しているからである。 新たに興る舞踊についても, その地方で創作さ れるものの多くは, 土地の気風にあわせていた地唄な どの落ちついた音楽を伴奏する静寂な舞が多 く見られる。 Q) 踊. と. は. 踊はその字の示す如く, 上体よりも足取りの変化に重きをおく律呂的な動作である。 最も足取り の変化に重きをおくといっ ても, それは舞に比較してのことであっ て, 足の動きが多ければ多いほ ど, それにつれての上体の動き, また手振りも千変万化するのは当然である。 従っ て踊りは喜悦の. 情を表わすのに最も適した動作であるが, 同時にまた憤激の情, 恋愛の情, 闘争の姿勢等, およ そ, 人間の喜怒哀楽をそのままに表現する動作の多くは, 踊という名の下に綜括されるといっ てよ い。 日本の民衆舞踊, 郷土舞踊のほとんど悉く が 「何々踊」 と呼ばれるのは全くこのためであり,. また踊というものは, 自身で踊るところにこそ 真の楽しさと本来の意義があると主張する者の多い こ と も こ の た め で あ る。. (3) 振 (振付) とは 歌詞による物真似をリズミカル 化したものを振りといい, そこから一般に舞踊を創作することを. 振付というようになっ た。 この振付は最近では歌詞に関係ない洋舞にも応用されるようになっ た。. また振付師がその技法を伝えるのに流儀が生れ, その流儀を伝える日本独特の 「家元」 が生れた。 江戸時代からの流派では志賀山流, その他いく つかの流派があっ た。 叉, 京阪神地方を上方といっ て, 江戸舞踊と違っ た独特の 「上方舞」 が発達した。 一般に地唄舞といっ て, 地唄によっ て舞うか らである。 地唄は三味線音楽の一種で, 三味線組歌が元となっ て生れたものであり, 長唄, 端唄と かと同様に唄物に属する。 京都の 「地唄舞」 は 「京舞」 ともいっ て, 井 上流の他, 4流派がある。 (59).

(6) . 1 ) 日本の古典舞踊と現代舞踊についての考察 (. (4) 舞 踊 の 流 派 日本の芸能において, これに従事するものの個性や伎偏に よっ て, その芸風に差異が生じ, それ ぞれの流派が生れた。 各流派はその独創と権威を守るために,日本独特の封建的制度である「家元」. というものを作りだした。 この制度についての考え方は種々論議されるが, いまはそれには触れな いことにする。 この流派が舞楽, 能, 狂言, 螺子 (笛, 大小鼓, 太鼓) , 歌舞伎, 日本舞踊, 上方 舞, 地唄舞, 新舞踊いずれにもあり, 家元制度になっ ている。 (5) 能 の 特 殊 性. 能は幽玄の情趣を生命とするものであるから, 歌, 舞を本体とする量物も, 物真似を主とする現 在物も全て表現を簡素化する。 そうして簡素化は能の総ての面に施されているから, 写実的な演劇 に較 べると, 能は慣れないものにはかなり退屈なものである。 然し, 簡素化といっ ても, それは強. 烈な力を傾け注いだもの であるから, それによっ て観客は驚く べき迫力を感ずるのである。 また曲 に よ っ て は, こ れ と い う 要 所 に あ っ と い わ せ る よう な, 美 しい 離 れ 技 を す る こ と も あ り, ま た 早 く. て変化の多い動きをする場合にも, 美 しさをそこなわず, 姿勢に崩れを見せないことが肝要となっ て い る の で あ る。. (6) 能 の 舞 の 特 徴 能の舞には湖 (かげり) , 男舞 (お , 中の舞 (ちぅのまい) , 破の舞 (はのまい) , 働 (はたらき) ともいう序の舞がある とこまし・ 盤渉舞 ばんしきまい ( かみま ( ( ) ) 神舞 し ・ 早舞 はやまい ) ) 。 , , , 全て舞螺子で大小鼓 (大小物), 笛, 太鼓 (太鼓物), これが能楽の演技で舞事とも呼ばれている。. 能の舞の特徴としては, 第一に歩行進退の舞踊だといえる。 能では, 足は原則として床に密着し ていて, 歩く場合も床をすっ て歩く。 足拍子を踏むとか, 跳ぶとかする動作, 即ち, 足を床から離 す動作は所々にはさまれるに過ぎない。 上体は一定の姿勢にまっ す ぐ保たれ, 身をくねらせたりす る動きはない。 歩く場合も, 腰 から上は常にその姿勢を保つ。 前後左右に揺れたり, 傾いたりする ことは, それがごく僅かであっ ても, 崩されたと見なされる。 首も稀に上下左右を見るような動作 をするほかは, 一定の構えのままである。 手首は殆んど全く動かさない。 腕は動かすが, その時も. 足の進退を伴うことが多い。 そ して どちらかといえば進退に重点がある。 進退歩行にはリズム感が あるが, 腕の運動にはそれがないのだ。 舞踊の中にま ざる演劇的動作でも, 進退が重要であること が多い。 例えば, 何かを指す意味で左手の指を延ばして, その方向に出 しながら, 右足, 左足と2 歩進む動作があるが, 手を出さなくても足だけで, その意味が出ているようでなければ 面 白 く な. い。 また事実, 進退だけである意味を表現 していることが多い。 2足 退くこと が落胆を示すとか, 2, 3足 出ることで興奮を示すとかである。 第二に能の舞のリズムは極めて特色がある。 一般にリ ズム感はある事象の等間隔的な繰り返しによっ て生じるが, 能の場合はそれが著しくデフオルメさ れて, 実際は不等間隔であることは勿論である。 そ して歩行進退の足の動きのリズムと, 音楽のリ ズムと詩 (文章) のリズムと三者がある時は一致したり, ある時はかけ離されたりしながら, 綜合. されて特殊なリズム感を生む。 (7) 舞事 (まいごと). 能楽の演技であっ て, 単に舞というものと働き事とかある。 舞事には笛鼓 が協力 してリズムを奏. す る も の と, 鼓 だ け が リ ズ ム を奏 し, 笛 は リ ズ ム を 無 視 して, い わ ゆ る 「ア ツラ イ」 に 吹く もの と. がある。 叉, 鼓は大鼓小鼓だけで奏するもの (大小物という) と, これに太鼓も加わるもの (太鼓 物という) とがある。 狭義の好事の例 (単に界と いうもの) イ ( ) 大小序の舞=最も上品かつ最も静かで, 幽玄の極致とされる舞で, 美女の霊が舞う。 (60).

(7) . 加瀬谷 みゆき ( ) 太鼓序の舞=大小物より陽気で, 静かな中にも運びがある。 草木の精, 菩薩天人, 美男の霊, ロ 老木の精な どが舞う。 “ 真の序の舞 (太鼓物) =静かだが淀みなく, 強みのある崇高な舞。 老神が舞う。. 大小中の舞=比較的静かだが, この舞は現在人 (霊や精でない人間) の舞なので, 役の性格と. 婦. 曲の趣きとによっ て気分が違う。 的 太鼓中の舞=中位のテ ンポで, はなやかな明るい舞。 女神な どが舞う。 天女の舞 (太鼓物) =前に似てやや軽い. ㈹. ツ レの 天 女 の 舞。. (H 早舞 (太鼓物) =やや早めのテ ンポで, リズミカルに奏する。 笛が盤渉調で他の舞より調子が 高い。 貴公子の霊, 女菩薩な どが舞う。 ◎ 黄鐘早舞 (大小物) =次項につ ぐ急調で奏すること が多いが, 問題がある。 庶民の霊 が舞う。 1 ) ) 男舞 (大小物) =勇壮で急調な烈しい舞。 武士 (現在人) が舞う。 ( ) 神舞 (太鼓物) =急調で爽快, 祝言 (幽玄の対立概念) の極致とされる舞。 若い男の神 が舞 は う〇. 肋 急の舞 (大小物, 太鼓物) =最高速度の舞で, 「道成寺」 な ど特殊な曲にしかない。 ( 防 ) 楽 (太鼓物, 大小物) =極めてリズミカルな舞で, 冒頭はごく静かに, 段々テ ンポ が 急 に な. る。 足拍子の数が甚だ多いの が特徴で, 唐人が舞う。 別に性偉な容貌の神 が舞う楽があり, この 方は同じ譜ながらリズムを押さえて重厚に舞う。 大小物は女性や少年 が舞う。 ) 神楽 (太鼓物) =リズム感に富んだ中程度のテ ンポの舞, 普通は幣で舞う。 女神または 座女の ① 舞。. ◎ 掲鼓 (大小物) =胸につけた小形の喝鼓を膿で打ちながら舞う瓢逸な舞。 喝食行者, 放下僧な どが舞う。 に ) 乱 (太鼓物) =一句毎に速めたり, 緩めたりする特殊なリズムの舞。 総体テ ンポは 緩 か で あ. る。 狸々の舞で, 波を蹴るようにして歩む動作や, 波 上を漂うように爪先立ちで滑走する動作が ある。 別に鷺の乱があり, この方は素直なリズムである。 鷺の生態を模した動きがある。 { 夕 ) 獅子舞 (大鼓舞) コ単に獅子ともいう。 豪壮華麗な舞で, 首を烈 しく振っ たり, 上体を反らし たりする特殊な動作が多い。. て レ ) 乱拍子 (小鼓独奏, 笛はア シライ) =鼓の音と掛声とに合わせて, 爪先や腫を動かしたり, 足. 拍子を踏んだりする特殊な舞。 現在では 「道成寺」 に限られたようになっ ている。 ) 破の舞, 舞働, イロエ, いずれも短い舞 で, ことに後の二つは働き事とも見られる。 (8) 働 き 事 の 種 類. ) カ ケリ (大小物, 笛ア ツライ) =興奮状態を示すもので, テ ンポの変化が甚しい。 狂女, 武士 ” の霊 (修羅物) が演ずる。. ( ) 斬組 (大小物, 笛アツライ) =武士 (現在人) 達が入り乱れて戦闘する もの。 ロ ←一 祈り (太鼓物, 笛ア ッライ) =山伏または僧が, 鬼女を祈り伏せようとするのに, 鬼女が反抗 して 立ち 向 う も の。. H. 打合働 (太鼓物, 笛リ ズムに合う) =舞働ともいうが, 前掲とは別。 悪鬼と武士達, 叉は悪鬼. と 天 部 の 神 と の 戦 い。. 的. 立廻り (大小物, 太鼓物, 笛アシライ) =曲により動きが違う。 狂女が子を探し廻っ たり, 天 狗 が 雲 の 上 か ら下 界 を う か が っ た り, い ろ い ろ で あ る。 流 儀 に よ り ま た 曲 に よ り, イ ロ エ と か カ. ケリとか呼ぶこともある が, 前掲とは別物である。.

(8) . 1 ) 日本の古典舞踊と現代舞踊についての考察 (. 燈). 螺. 子. 螺子は音楽のリズムを高調せしめるために打楽器を主奏と して行う楽器で, 俗に 「おはや し」 と 呼ぶ。 螺子に手拍子を用いる事は古代 より行われ, これを 「手を打ちはやす」 と称された。 中世以 後, 太鼓, 鼓を主楽器と して用いること が行われる。 これは伎楽, 田楽, 猿楽等より出たもの で, 中世にはササラや銅拍子な ども用いられた。 雅楽にも舞楽などにも打物 のみで舞われる 部 分 も あ り, これも近代の螺子の起源の一部をなす。 螺子には 「アツライ」 と して笛 が加えられることもあ る。 近代の螺子には能楽系と神楽系と劇場系とある。 能楽螺子は大小鼓, 太鼓, 笛の 四 器 よ り 成 り, これを 四拍手と呼ぶ。 この 組織は江戸時代に入 り, 長唄螺子に用い られ, 鼓の数を増加 した り, 笛も能管 の外に篠笛を加える等の変化を試みた。 神楽螺子は笛と太鼓を主と し, しば しは鉦を 加える。 太鼓も猿楽太鼓の代りに大太鼓を主と して用いる。 これ より祭礼螺子, 屋台螺子, 馬鹿難 子 (若螺子) 等 が出て, 中にはこれに三味線をも加えることがある。 郷土舞踊等に見られる螺子は { ずざ その変形である。 劇場螺子は便宜上各種の打楽器を用いて演劇の効果をあげるに用い, これを下座 (お螺子) と呼び, 今は舞台下手の背後に特別の 座を設けてこれを行う。 ( 10 ) 舞 ロ 舞踊には踊を演ずる場所が必要であっ て, その踊る場所が舞台である。 古くは一般に野外の空地 まいぱ. まし ・ど. で大木の切株や桶を伏せたものか, 小高い地上で踊っ たもの で, 舞場, 舞処といっ た。 神社で舞っ. た神 楽は拝殿を舞 台と した。 舞楽では土舞 台, 石舞 台もあっ たらしい。 だいたいは高舞台に敷舞台をおいたものだっ た。 中世 の能楽では橋 懸りを持ち, 屋根をのせ, 後方に背景と して幕や板 (松羽目) を設けた。 歌舞伎劇に なっ て, 内容 が複雑化するにつれて附舞台を加えて拡張され, 橋懸りも広くなり, 花道となり, 背 景も多幕物となり, 引き幕も出来, 叉, 回り舞台が発明され, 舞台も広く設けられるよ う に な っ た。. 近世になり, 洋風額縁舞台が出来, 叉, 円形舞台や野外舞 台等も出来たわけで, 現在では背景 も 複雑になり, 演劇, 人形劇, 音楽の舞台等種々 の様式を持っ ている。 尚, 舞台の照明に よっ て, 舞 台演技の効果を挙げることが工夫されている。 特に回り舞台は歌舞 伎独得の舞台で人形劇の影響か ら来たもので, 狂言作者の考 案に基づくものといわれている。 明治20年頃から外国が模倣している もので, 実に世界に誇るべき発明であっ た。 い. しよう しよう ぞく. 裳=装. 束 演ずる人の着物であ 衣裳は舞台で っ て, 時代によっ て, 叉, 生活様式によっ てその役柄の衣裳 が あ るn 役々の描写を助け, それが適切でしかも芸術 的な美 しさをもつものでなければならない。 我 国古来からの舞楽, 呪師もそれぞれの衣裳があっ た。 能楽では装束といっ て, 最も華美な上品なも 1 1 ( ) 衣. のである。 能装束のために京都西陣の染織業の発達が盛んになっ たと伝え ら れ て い る。 歌舞伎も 叉, 舞台に立っ てみせるものは技芸と容 貌と衣裳であっ た。 そのため俳優は競っ て色彩, 模様を考 案した。 しかし, 後には役柄によっ て色彩, 形, 模様が定っ ているものがある。 新劇, 新舞踊, 民 族舞踊等もその後 時代的に, 叉, 地方的に考案されてそれぞれの衣裳で踊るようになり, 衣裳の事 だけでも興味深い芸術的魅力を感ずるもの である。 めん. か. ( 12 ) 面=仮. めん. 面. 面は舞踊につきもので, 世界のいずれの国でも, どんな未開の人種の間にも用いられている。 信 仰仮面と区別 して考えることが出来る。 我国でも古来か ら使用されていたのは 「伎 楽 面」 , 「舞 楽 面」, 「能面」, 「狂言面」, 「神楽面」 な どがある。 現在でも神楽等のなかには中国から渡 来 し た も の, 喜劇的な大黒舞,民俗的なひょっ とこ,地方色のある動物の面, 鬼の面等, 信仰或は戦争 に関係 (62).

(9) . 加 瀬 谷 み ゆ き. ある面もあり, これらは民衆との親しみをもつものであるが, 芸術的にはやはり能面があげられ る。 仮面の芸術といえる程, 能の美は能面に象徴されている もので, 能の生命ともいう べ き役割を 果すものであるか ら, 面は古来優れた芸術性をもつ工芸品と して価値を持つものが多い。 能面の種. 類も数多く曲に よっ て, 叉, 面の性格によっ てその使用法も定まっ ているが, いずれも能役者の使 用によっ て, 自由に感情を表現 し得るように製作されているのが能面の優れた点といえる。. ( 13 ) 役者=俳優=舞踊家=演技者 舞台で演ずる人を役者, 或は俳優, 踊り手といっ て, 「白拍子」, 「田楽法師」 , 「放下僧」, 能では. 「能役者」 , 「歌舞伎俳優」 と呼ばれる。 江戸時代頃から舞 , 「能楽師」, 歌舞伎では 「歌舞伎役者」 踊の流派が創始されてからは, 舞踊家といっ て, 振付にも工夫 が重ねられて現在に及び, 舞台舞踊 も漸次発展 して来ているわけである。 叉, 洋舞の輸入に よっ て舞踏家, 踊り子, 洋舞家, ダンサ ー, バ レ リ ー ナ 等と 呼 ば れ て い る。. ;舞台表現=構成 ( 14 ) 演出=演技;. 俳優の演技, 舞 台装置, セッ ト, 照明, 音楽, 衣裳等を組み立て, 舞台上に上演することを演出 という。 能では主役 (シテ) , , 地謡, 螺子 (三拍子, 四拍子) , 助演 (ワキ, ワキヅレ, 子方等) 狂言 (アヒ) の調和を保っ て, 舞台表現の芸術性, 能独特の序, 破, 急の原則に基づくテ ンポの流. れが形づく られる。 例えを , 序の部分は表現がやや粗く, テ ンポもやや早く, 破の部分は表現が細 やかでテ ンポも緩く, 急の部分は表現が最も粗く, テ ンポも最も早くなるのが自然の道理である。 この原則は能の全ての表現を支配する。 この原則に基づいて番組も編成される。 曲目によっ ては特 殊演出のものもあるが, その場合 「小書き」 してそれを断っ て演出 している。 歌舞伎の場合は, 劇. 作家の 戯曲, 役者, 或は俳優の演技, 舞台機構やその装置, お螺子や下座 (蔭での演奏) な どの音 楽, 衣裳や小道具, 舞台照明, 音響効果の調和統一の綜合的な表現に よっ て, 芸術的価値が決定さ れるわけで, 演出家の責任は重大である。 その他の舞 台表現は全て, この演出によるわけで, 日本 舞踊も洋舞演劇全てこの舞台に対する演出方法が適用されて行われるのである。 15 ( ) 鑑賞=観客 (見物)=批評=観察 芸術品をよく見てその性質, 効果, 価値等を味わい, 理解を深めること が鑑賞であっ て, 第三者. の立場と しての大事な役割で, 見物もそのための理解ある見方 が必要とされる。 その結果の良さ, 悪さ, 効果の批判も進歩向上のために必要であり, 叉, 責任ある観察が要求されるわけである。 能 には能の見方 があり, 歌舞伎, 日本舞踊にはそれぞれの歴史的発達状態, 伝統的社会, 風俗, あら ゆる面の状勢から観察する心構えが必要となる。 芸能といっ ても古典芸能の御神楽とか宮廷舞楽の 如きは見物 人が限られていた。 他方, 民俗芸能は見物 人を必要と しない。 参加者全員が演技者であ. り, 見物者である。 叉, 歌舞伎, 人形浄瑠璃, 新派, 新劇, 現代劇, 映画, 日舞,洋舞,学校劇あら ゆる種類の芸能 には観客があ り, 批評することによっ てその進歩向上があるものと思われる。. (五) 能楽と現代舞踊との関連性 (1) 能楽の芸術 性とその鑑賞 能楽は日本古来の芸術であっ て, その表現力の立派なこと, 世界の国々を見回 しても決 して見落 せない 良さ, 高度の芸術 性を現 しているものであるといいたい。 その高い表現力は他に及ばない も のがある。 その舞踊的な立場に立っ て表現だけについて見ても, 簡素化の極めて強烈な力を傾け注 いだものであるか ら, それによっ て観客は驚く べき迫力を感ずるものである。 これが他の舞踊 (歌 舞伎, 日本舞踊, 演劇等) に見られない特殊性である。 それは古来の日本舞踊の最も基礎 となるも のであり, 現代の舞踊のためにもその基礎となる要素が大いにある。 ひとた びこれを経験 し, 古事 (63).

(10) . 1 ) 日本の古典舞踊と現代舞踊についての考察 (. の物語による謡曲, 螺子の調和, 音楽の幽玄さ, 表現の深淵さを知る時, 精神衛生の上にも教養の 上にも大いに力になることを感ぜざるをえない。 (2) 抽象表現 (変形表現, デフォ ルメ). 能の動きの抽象化とは制約することである。 それは動きを抑える抽象化のように思われるが, こ れも制約のための制約ではない。 写実動作の写実的なところは切り取るかわりに, 或る動きを加え ることによっ て, 写実動作を舞いの表現運動化 したところに意義 がある。 能の回る向きを変えて歩. く舞踊的動きの中に, 写実動作から抽象化されたものが混っ ても不調和を来たさず, 融合した調和 美を持っ ように抽象化されている。 このことは芸 術的向上によっ て能というものの様式を創り上げ ているものである。 また表現の上にも整理と変化が行われ知的な裏付けをともなっ て, 含蓄のある もの, 格調の高い幽玄の世界をかもし出すようなものが要求されている。 この表現運動の適切な抽 象化は高く評価されなければならない。 (3) 空間構成 (舞台, 場). 舞楽や能には立派な空間構成がある。 舞楽の舞台は正方形の ツムメトリイ (均斉) で1人で舞う ときは舞台の中央部が多く使用され, 4人で舞うときは4人が四角になる ように位置するというや り方 で, 舞 の 方 も ツ ムメ ト リイ に動 く の が 原 則 と さ れ て い る。 能 の 場 合 は ァ ・ ツ ム メ ト リイ (不 均. 斉) に動くのが原則とされている。 能 は ァ ・ ツム メ ト リイ の 中 の 調 和 を 求 め る 空 間 構 成 を 持 っ て い る。 そ れ は 舞 楽 の 舞 台 と 同 じよ う. なものに橋懸りがついている。 舞台の後方に螺子方 (音楽部) が1列に, 舞台の左側に地謡 (合唱 部) が2列に並 ぶ。 また舞台の上手前は 「脇座」 と称してワキ役の居場所と してとっ ておかれる。 従っ て, 能の主役のシテの動きは舞台の上手を使用することが出来ず, 正面と右側の観客を対象と して舞う他はない。 見物席 (見所) も正面と右側 (脇正面) とに限られている。 演技や舞の重点は 正面と右と右斜め対角線となり, ァ・ツムメトリイの空間構成とならざるを得ない。 舞楽の場合は格式を尊ぶ, 儀式張っ た, 神社仏閣に関係があるので, シムメトリイ の形式を尊ん で、し・る。. 能 楽 の 場 合 に お け る, 日 本 人 の 趣 味 に も 合 っ て い る ァ ・ ツ ムメ ト リイ 中 の 調 和 を も つ 考 え方 は あ. らゆる芸術の上にも現われている。 それは日本古来の建築, 彫刻, 絵画の上でも日本人の好みに合 致するわけである。 能の場合, 脇座, 地謡座, 卵子 (笛, 小鼓, 大鼓, 太鼓) の座の関係もあり, 下手と中央だけを使う点, 世界中の舞踊にも類をみない。 舞 楽. 舞 台. 能. 舞. ム. 能 舞台の名 称 常 笛 大 座 脇 座. . . 喜弘 。。。。. 角. 小 前. 正. 座. 西 洋 の 舞 台 UPRC. UPC. UPLC. 下手奥 中央奥 上手奥. 地 謡. R工GHT CENTER LEFT CENTER CENTER. 正. 脇. 潮. 座. DR型N C. 中. 制. 下手中 中 央 上手中 下手前. 窯罰躍 #. (4) 能の動きの表現度 舞台はその区割りや高低によっ て, 表現度や性格を備えている。 能舞台の場合の高 低 は 高 さ , 24 c m位で, 広さは畳一畳位に限られているが, 立つ位置によっ て表現度が強かっ たり, 弱かっ たり す ることになる。 例えば, 何もせずに立つだけで, 中央前が一番強い表現度となり, 更に, 高い逸 (64).

(11) . 加 瀬 谷 み ゆ き. 舞台の区割 的 下手奥. 下』. ” )中央前 中冥奥 上掌奥 強 し・, 印 ” ) 中央前. 上錆. 域に立てばそれだけ表現度が強くなる。 しかし, 中央前に立 っ て表現度の弱い動きをするよりも, 下手前で強い動きをす る場合は負けて しまうことになる。 動 きにも表現度の強い動. 象, クラ. イ マッ ク. )儀式, 威厳, 印象的, 登場。 ◎親 ス。( 口 しみ, 家庭, 訪問, 噂, 愛情。 幹形式張 らない, 親しみの薄い, 孤立。 的汗情 的, 甘い感じ, 幻想, 物思い。 ⑳未経験 者, 弱い感じ, 目立たない。. きと弱い動きがある。 動きの表現度については複雑であるか ら, 舞台の地域を割り切る ように簡単にはいかない。 動きの. 表現度は身体の一部分を少 し変えただけでも強い弱いが全然. 違っ てくる。 例えば, 視線を観客の方に向けるか, 向けない かによっ ても, ずい分表現度の強さに違いが出て来る。 視線. な どの些細な部分でも, 使うか使わないかによっ て違いが出 が強い き た動き て来る。 顔も身体も正面 っ 。 まぶたを上げて視線を正面向きにすれば最も強い。 そ の反対は弱い。 叉, 横向, 後向きは弱くなる。 特に後姿は淋しい。 これらの動きの表現を能は無駄 なく, その曲目によっ て実感と して観客に訴えている芸能である。 これは空間的な面, 形の上から の動きであるが, 一方時間的な面からも表現度の強 弱が出てくる。 その第一歩は動きのタイミ ングである。 能, 日本舞踊では 「間」 と呼んでそれを大変重要視 して いる。 例えば, 能で8歩位歩く時, 第1歩, 第2歩はゆるく, 第3歩から少く速くなり, 第4歩,. 第5歩, 第6歩は速く, 第7歩をゆるめて, 8歩目にはゆっ くり締めるように止まるな どは代表的 なタイミ ングで表現 度に大きな関係がある。 能や仕舞を見ていて一番感ずることはこの間のよさで あ る。 初 心 者 の 動 作 は そ の 間 の動 き, タ イ ミ ング が 身 に つ い て い な い の で, 間 が 抜 け て く る わ け で あ る。 そ の 点 で は 能 の 大 家の 人 々 の動 作 に はタ イ ミ ング, い わゆ る 間 の 良 さ を 感 ず る。. タ イ ミ ング の 次 に 大 事 な の は アク セ ン ト で, 動 きの 表 現 度を 左 右 す る, 「強 い 動 き」, 「緊 張 度 の. 多い」 動きのことで, 音楽で 「強, 弱」 または 「強, 弱, 弱」 の 「強」 に相当するものである。 そ ういうアクセントの動きは表現度が強い。 先日能の 「道成寺」 を鑑賞した際, 乱拍子のシテと小鼓. との一騎打ちの真剣勝負の強烈なアクセントは, 全く観客一人一人の胸に迫る緊張感を 与 え た こ と で あ っ た。 中 々 鑑 賞 出 来 な い 能 で あ る。 も う 一 度 み たい と 思う。 アク セ ント 過剰 に な る こ と は 表. 現度をマイ ナス にする場合もある。 これ らも修練を要するものと思う。 次に動きのテ ンポもまた表 現度を左右するもので, だんだんテ ンポを速めていけば高翻 して表現度が強まる。 足拍子が加わる と尚強い。 能の早舞等は激昂 した場面を表現する動きと して, 観客を魅了するもの である。 このよ う にタ イ ミ ング, ア ク セ ント, テ ンポ を 巧 み に 捉 え た動 きは表 現 度 が 強 く, そ れ が ほ ん と う の リ ズ. ミカ ル な 良 い 動 き で あ っ て, 良 い 表 現 で あ り, よ い 運 動 と 一 致 した もの と い え る こ と に な る。. その外に時間的な動きと して, その前後関係が表現度を左右する。 例えば, 中位の弱い動 きを続 ズ, その表現度は高まっ て, ければ弱い動きと して見ても, その前後により弱い動きをもっ てくれを. それ程弱い動きには見えなくなる, 能のシテは面をつけるだけで女物, 男物, 武士, 神, その他の 役を表現するが, 面そのものの表情は変 らない。 その演ずる人の動きによっ て, その表現が変化 し て, 実在の 人物に見せる。 その動きの位置, 表現度の強弱, 姿勢や視線, 体の角度, そ してタイミ ング, ア ク セ ン ト, テ ンポ に よっ て, 主 体 性 が 表 現 さ れ る こ と に な る。 面 の 無 表 情 を 役 者 に よ っ. て, 感情の多くの種類を自由に表現し得るような技法が考え出されて, 演技の上で, 長い時間に不 便なく使える ようになっ ている点, 能面は全世界の仮面製作史上で, 古代からどの民族よりも優れ た 地 位 を 占め て い る。 こ れ は 我 国 の 誇 り と す る も の で あ る。. (5) 能の時間構 成 (筋のはこび) 能 は 演 劇 で あ る か ら 物 語 りの 形 式 を と っ て い る ドラ マ であ る。 「シテ」 は 主 役 で 物 語 りを 運 び,. 「ワキ」 は見物 人の代表であり, 物語りのきき役でもあるわけで, 旅僧とか里人とか漁師などがあ (65).

(12) . 日本の古典舞踊と現代舞踊についての考察 ( 1 ). - ・“~ -.. る。 その外, ツ レ, 子方, 間狂言等を演ずる人物があるわけで, その筋のはこびと しては, 文学の 上で 「文章構成」 に起, 承, 転, 結ということがあるように, 発端あり, 中枢あり, 結末 がある。 能ではその演出時間構成の基本は序, 破, 急であることで, 序は発端で, 破は中枢であり, 急は終 結 に な っ て い る。 尚, 図 に 示す と 次 の 通 り に な る。 盛. 急. 破. 整. 序. 時 日 間 本. ぢ. 電. ・ シ. 斜. 10. 9. 8. 7. 6. キ. 舞. 出. 待. 端. 謡. 間 の 狂. ヮ. リ. 脇 ロ. 語 シ. 後. 砂. 詞. 出. の 構 舞. 富. 成 踊. 5. 4. 3. 2. 1. ロ ソ ギ. ク. 間. 一. 次. 能. セ. 答. 声. 第. の. 師. 中. 地. シ. ー. 次. (. シ. テ. キ. ノ. の. 窯系叢孟萎キ轟公婁書誉警 お 照. 地. 宅. 舞. 纂 ). 遥 場. 零 ツ. ま. ロ 道. 行. 時 間 構 成. r 歌. 例えば, 高砂を演ずる場合, ワキ, ワキヅレが次第の螺子で登場 して一定の場所に着座するま で. ) の 部 分 で あ る。 こ れ は 粘 らず, サ ラ リと 運 ば れ る。 次 に 一 声2 ) の 螺 子 で シテ ッテ ヅ レ が は序1 , ー. 登場 して一定の場所に達する所は, 破の部分に入っ て序の部分 よりもずっ と位をもっ てテ ンポも緩 ) ツテ ヅ レの 問 答 が 始 ま り 破 の 第 2 段 に な り 次 に ク リ4 ) サ シ ク セ か らロ く な る。 次 に シテ3 , , , ,. ) ソギ5 , の終りまで破の第三段となり, 全曲の主要部分になり, 表現も入念でテ ンポも緩く, 曲目 によっ てそれ相応の幽玄さを表わす部分となるわけである。 その次ぎに中入後のワキ, ワキヅレの. 待謡から後ジテの出端の登場, 神舞, 切のロ ソギまでは全曲の急の部分であるから, これはテ ンポ を早めて堀爽たろ所を見せねばならない。 此の序, 破, 急の原則は全ての能に皆適用されている。 曲によっ ては必ず しもこの5 段 (序一 段, 破一段, 破二段, 破三段, 急一段) に区分されるとは限らず, 4段が妥当の物もあり, 或は6 段に区分されるべ き物もあるけれど, 総括的に見てこの原則に当てはまらないものはない。 その原. 則はまた一番の能の中の一部分にも適用されている。 例えば, 高砂の急の部分, 即ち中入後の部分 で, 初めワキ, ワキ ヅ レの待謡は序の部分で, 次の後シテの出端の登場から神舞までは 破 の 部 分. で, 最後は急の部分である。 その最後の切だけの部分についてもまた, 序, 破, 急があり, 更にそ の中の どの一部分についても序, 破, 急の原則は緊密に表現を支配 している。 更に幾番かの能を連. 結 して, 一つの番組を作成す る場合にも, その演出を支配するのは序, 破, 急の原則である。 (6) 能の空間構成 (踊跡). 能 は シテ 中 心 の 舞 踊 であ る の で, 舞 は 主 と して 1 人 (ソ ロ) の 舞 で あっ て, 2人 以 上 で 舞う こ と. は少ない。 三間四方の舞台で動き回る足跡によっ て動きの表現が出て来るわけで, そこに立派な空 間構成が出来あがるわけである。 能の踊跡は舞台の名 称の位置に一定の空間構成をもっ て舞うこと (66).

(13) . 加 瀬 谷 .み ゆ き. によっ て形成される。 それは空間をはっ きり意識し, 舞台の寸法を精密に計算 してなされることで あ る。 勿 論, ァ ・ シ ソメ ト リイ の 構 成 で, 舞 の 曲 目に よっ て そ の 内 容 が 違っ て い る。 先 ず 舞 台 の名. 称位置を知っ ておく必要があるが, それはさきに図に示したとおりであるo (7) 表現 (顔と眼との表情). 舞をする時, 顔の位置, 眼の附け処, そ して曲目に よっ ての表現は最もむずかしいもので, 能 の場合だけでなく, あらゆる舞踊に通 ずる同様の苦心点と考え られる。 仕舞の場合には常に能の 場合と同 じ気持ちで行わなければな らない。 能の場合は, 能面をつけているので顔の位 置 は 重 要. で, 要するに能面をつけていれば, 瞳孔は正面についているだけであるから, 横目も伏目も上目も 使えない, 正面を見ていなけれ ばならない。 これが常の構えである。 型をする時, 視線をそえるこ とがあるが, 例えば, 扇を扱う時, 開く, 閉 じる, 扇を左へとる, 右へとるなどの時は視線を添え る程 度で, 初めは中々出来ないことである。 型として物を見る時でも, 眼だけで見るのでなく顔を 動 か して 見 る。 こ こ で も能 面 を つ け て い る 心 持 ち で 顔 で 見 るこ と に 心 掛 け る こ と, そ して 曲 に よ り 見 る も の が 花 であっ た り, 月 や 景 色 を 見 回 す な ど, い ろ い ろ で あ る が, そ の 曲 の 心 を もっ て 見 る こ. とが大切 で, 悦 びにしても悲 しみにしても, 舞の表現の程度はこの型と謡の調和と顔, 眼の表情の 研究の程 度によっ て差が出来ることは, その他の舞踊についても同様にいうことが出来る。 顔を 仰向けることを 「面をテラス」 , 悲 しみを 表わす泣く型 「 , 備向けることを 「面をクモラス」 ツオ リ」 は面 を ク モ ラ シて か ら手 を 面 の と こ ろ へ 持っ て 行く, こ れ も 型 と いっ て も そ の 時 の悲 しみ. の状態で, その表現の程度が違っ てくる。 あまり大げさな動きをす れば芝居になる。 消極的であれ ば 型 が 生 き て こ な い の で, 初 心 者 は 全 く どう して よい か と, ま よう こ と であ る が, 素直 な 心 で 特 に. 飾りをせ ず, 舞うことが大切である。 稽古の際一番苦 しむのは間違っ たり注意されたり した時も正 面を向いたまま で, 落着いてきいていなければならない。 万一違っ たり叱られても恥ずか しい顔を. したり, 体をくねらせたり, 笑っ たりした ら師匠から, きびしく叱られることになる。 これが芸修 行の苦 しさで, それに随っ て馴れ親 しみ, 苦痛にたえ精進する処に芸の道の意 義がある, と思われ る。 勿論, 他の芸能も同様であると思う。. ま と め と し て 1, 能. の. 価. 値. 能の舞は古典的な芸術舞踊であるが, 現在では趣味と してその理解する意味と, 其の修業の苦 し い中に, 楽しみを味わうことのできる親 しめる芸能である点, 一度謡なり仕舞を習っ て見ると, や はり興味も出て来て, 立派な芸術の鑑賞も出来るようになり, 老若男女を問わ ず, 趣味と して身に つける点等, 一般的な上品なものと思われる。 尚, 舞踊の上か ら考える時, あ らゆる舞踊の基礎的 な面が沢山あること, 舞台の使い方でも舞の型でも修業の中で常に感 ずるのは表現の抽象芸術であ ること, しかも精神面での努力忍耐, そ して研究習熟を要する点, 一面趣味ではあるが教育的訓 練 にも大いなる効果 があ ると考え られる。 現にその修業の際の慎重さ, 厳格さは実に鍛錬の場ともい. えるので, 学校の一部にもとり入れた場合, 効果があると考えられる。 しか し, 現在この芸術は日 本古典と して, 家元制度であり, 一般的に普及 している段階でないので, やはり趣味と して特殊な 同 好 者 の レク リ ェ ー ショ ンと 考 え る より 外 な い が, こ こ に 示 して 置 く 必 要を 感 じたの は, 舞 踊 の 古. 典を探求するとともに, 学校舞踊との関係を考える上でのことである。 学校の舞踊のように表現の 自由, 創作の自由が能の上にはない。 師匠について型をおぼえて繰返し, 修練し, 折あれ ば発表の 機会に舞台に立つ 度に進歩す るといっ てもよい位である。 そ して謡と型の訓練によっ て生ずる自分. か ら会得して行く楽 しさが, 趣味の上で引き込まれて行く興味と考えられる。 学校での舞踊はその (67).

(14) . 1 ) 日本の古典舞踊と現代舞踊についての考察 (. 点体育 の中にあるリズム運動, ダンスであっ て, 舞台芸術とは違っ ているから, 芸術と混同するこ とは出来ない。 表現についての自由な中に, 能の表現の抽象的な表現と相通ずるものがある。 模倣 表現に してもそのもの ずばりと表現する場合もあり, 感情をおさえて最少限に表現して, その効果 がより大である場合もある。 体育的に考えた場合, 能の場合姿勢はあくまで正 しい姿勢でなければ. ならない。 動きについても曲目に より内容によっ て精神面を大きく表現するものと, 体力的に大き く動く場合と があり, また, 力の入る動きもある。 ここに参考となる点は多々あるが, 総括 して箇 条約に学校舞踊と能とを比較 した感想を述 べてみることにする。. 2. 日本の古典舞踊の中, 能についての舞踊としての教育的価値 1 ) 日本で最古の舞台芸能であっ て, 現在もなお伝承されている。 ( ( 2 ) 能の特殊 性は抽象表現芸術である。. 3 ) 古典芸能であるか ら, 昔のまま伝えられ守 られてきている。 ( 4 ( ) 型があるのでその型をすっ かり身につけて, その上で表現する。. 5 ) 能の表現は抽象表現で, しかも幽玄の情趣を生命とするか ら, 自分勝手に創作することが出来 ( ない。 あくまでも簡素化である。. ) 舞踊芸術であるか ら, 学校の中に取り入れ, 集団で行うことは出来ない。 しかし, 舞台で仕舞 ( 6 な どを舞うことは出来る。 7 ) お螺子は独特のもので, 中々学校で行うことは無理であ るが, レコー ドで舞螺子などを行うこ (. とも芸術鑑賞の 上で大変よいと思う。 ( 8 ) 謡, 仕舞などは古典芸 術一般を理解させる上に有 効であり, 趣味と しても大学のクラブ活動の 中にこれを取 り入れて, 大いに修練している大学も沢山ある。 そ して学生の活動と しては上品で あり, きわめて健康的である。 今後ますます発展するものと思われる。 9 ) 小・中・高校か ら始めたらもっ とよいと思われる。 ( 3. 能楽の学校に不適当と思われる点 ( 1 ) 古典的なため, 始めはあまり興味が起らない。 ( 2 ) 家元制度であり, 適当な指導者がない。. 3 ) 創作的でなく, 現代的な発展性に欠けている。 ( 4 ) 型を身につける点で, あまりにも模倣的であり, 訓練的である点, 現代的ではない。 ( ( 5 ) 謡, 螺子 (大小鼓, 太鼓, 笛) いずれも現代音楽と違っ てとりつきにくい。 ( 6 ) 集団でできるのは謡だけであるが, 趣味と してはむずかしす ぎる。 7 ) 指導者が学校内にいないため, 簡単に習えない。 ( 以 上 の 外 に も ま だ 障 害 と なっ て い る の は, 経 費 の 問 題 であ る。. ・ 4, 能楽, 仕舞についての今後の希望 (特に学校に於ける場合) と学校内に取り入れて行きたい が多いので も で 参考になる点 舞踊の基本的な面 1 ) ( 。 , っ , ◎ 型は日本舞踊だけでなく, 西洋舞踊にも印度舞踊にもあるわけで, 一応型をよく身につけるこ. とが踊りの基礎にもなり, 合理的な面の発見も大きいので, とり上げて行きたい。 ) 精神的な面 で, 非常に修養にもなり, 努力, 忍耐の精神を養うのに, 非常に よいと考えられる ( 3 点, 芸 術 の き び しさ を 知 る こ と が で き る。. 4 ) 舞台芸術であるだけに数多く舞台に出て, その度に緊張することが, 自分のため, 芸のため, ( 健 康 の ため 良 い と 思う。. ( 5 ) 老若男女, 年令差等を超越することによっ て, 切瑳琢磨してよい芸術の鑑賞, そ して品のよい られ る。 レク リ ェ ー ショ ンを お こ な う .こ と が 出 来 る と 考 え. (68).

(15) . 加 瀬 谷 み ゆ き. ( 6 ) 大学の学生の中で, クラブ活動と して良き指導者を見い出 し, 研修す ることが望ま しい 叉 。 , 小学校から習えば身につくことはたしかで, 芸能人でなくとも趣味と して立派に舞台 で舞う若い. 人々を見る時, 誠にうるわ しく感ずる。 7 ) 学校舞踊の上でも, 制約された抽象表現の参考に 役立つこと, 螺子や謡曲の合唱部と, 舞との ( リズムの調和, 間のとり方, 「不調和の調和」 が参考品と してよりも, 驚くほど洗練された感 じ で訴えてくる。 演 出者の和を感ずる時, 今後学校に普及 して, この立派な芸術を知っ てほしいと. 思う。. 参 1 ) 2 ) 3 ) 4 ). 考. 文. 小原国芳:玉川百科大辞典20 7~1 19 6 1 99 )。 , 19 ,( 3~12 5 1 2 0 1 8 1 2 江口隆哉:舞踊創作法, 9 ~ ( )。 , , 961 賓生九郎:賓生流図解仕舞総説, 27~34 1 5 9 4 ( ) , 。 野上豊一郎:能の話, 40~10 0 19 4 0 )。 ,(. (69). 献.

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参照

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